イチリンソウの雫

　どれ程の雨が人を包もうと。
　果たすべき約束が――其処に在るのなら。
　きっと人は待てるだろう。きっと人は、想いと共に在るのだろう。

　雫降る。雨夜の一時があるならば、貴方は如何に過ごすだろうか。
　或いは、降りしきる天からの恵みに何を想うだろうか。
　良き想いか。苦き想いか。

　それぞれの瞼の裏には――如何な光景が、如何な世界が広がるのだろうか。

シーズンテーマノベル『イチリンソウの雫』

ゲルツ・ゲブラー
「今回のテーマは『雨』か『花束』
　どちらかの文字がノベルに入っていればどのような内容でも大丈夫だ。
　……雨が降るな。全く、記憶も何もかも洗い流せれば――どれ程楽な事か」

シーズンテーマノベル『五月雨の雫』

景品詳細

サンプルSS：『待ち人来ず（NPC：ゲルツ・ゲブラー（p3n000131）』

　曇天たる世界に彼はいた。
　天が振り絞る雫は街を塗りつぶし、大地の恵みとなろう。
　だが。ソレは人にとっても幸多きモノであるとは限らない。
　――ゲルツ・ゲブラー。鉄帝国保安部に属する彼は、帝都スチールグラードの片隅にいた。
　立ち並ぶ建物。住宅街の一角だろうか……周囲に彼以外に人の気配はない。それは夕立の如く突如振り出した雨が大きく関係しているだろうし、時刻としても夕暮れを通り過ぎて夜へ至らんとしている頃だ。今頃皆、暖かな家の中にいる事だろう。
　だが彼は此処にいる。例え夜に至ろうが雨が降りしきろうが。
　『待って』いるから。ずっとずっと待っているから。
　その手に――花束を抱きながら。
「……」
　贈り物だ。可憐な麻紐に括られたソレは、手の中で彩りを保っている。ただ……贈られるべき筈のソレは彼の手中にあり続けるべきモノではない。
　花屋で吟味し選んだ、誰かの為のものなのだから。
　これは彼から旅立つべきものだ。
　……だけれども、待てども待てども待ち人は現れぬ。
　彼の心を埋める、たった一人の人物は。
「――、――」
　刹那。零れた言の葉は『誰か』の名前であったか。
　雨音に蕩ける様に掻き消され、誰ぞの耳に入る事も無かったが。
　手に抱く華は『その者』に向けられる筈だったものか。
　手に抱く想いは『その者』へのものであったか。
　……笑顔が美しい者であった。
　スラム出身であったゲルツに礼儀を叩き込んだ人物であり、保安部の先達として、そして同僚として――常に共にあった者。
　彼女を待っていた。ずっとずっと待っていた。
　彼は黙す。彼は語らぬ。
　ただ心の内に想いを閉ざし。
　その人を待つ。
　どれ程の時が過ぎようと。どれ程の雫が彼を濡らそうと。
　彼は、この花束を――贈りたいのだから。
　自らの心を伝えたいのだから。

　……待ち人は未だ来ぬ。内密の任が終わったら来ると言っていたのに。
　世界は未だ曇天に包まれていた。
　晴れやかなる時は、未だ来ぬ――

（キーワード：雨、花束を使用しています）（SS執筆：茶零四）