PandoraPartyProject

SS詳細

願いを音に

登場人物一覧

フーガ・リリオ(p3p010595)
君を護る黄金百合
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

 手に抱えた花束からは、歩く度に甘い香りが漂う。フーガが持つのは白百合。望乃が持つのは赤薔薇。普段なら慈しむように愛でる花たちだけれど、今日はなんだか触れてはいけないような気がする。そっと手にした茎の部分から、零れるように咲いた様子がどこか物悲しく見えるのは、持ち主の心を映しているからだろうか。

 二人で歩くときはいつもわくわくするし、些細なことにどきどきと胸が高鳴る。沈黙が苦しいなんてことはないけれど、何気ない会話はいつも弾んで、花を咲かせていく。しかしフーガと望乃の間にある空気は決して明るいものではなく、沈黙を避けるように通りかかった場所にあるものを指さして、思ったことを言い合っていくのだった。

「この辺りがいいんじゃねえかな」

 やがて沈黙を誤魔化すための会話が終わり、フーガは月の宮殿の近くで足を止めた。

 月の宮殿での闘いが終わったのはつい数日前のことだった。楽な闘いではなかったし、むしろ、苦しかった。そこに至るまでの闘いもやはり楽なものではなくて、目を閉じればその時の出来事が頭に思い浮かぶ。
 フーガが身を投じた最後の闘いは、月の宮殿のダンスホールでのものだった。そこにいたのは吸血鬼と、多くの晶獣たち。晶獣は元々小動物や小精霊たちだと知ったとき、フーガの心に浮かんだのは憐れみに似た情であり、彼等を変貌させた者に対する怒りであった。

「望乃、付き合わせてしまってごめん」

 あの日弔いの為の音を奏でてきたけれども、それだけでは気が済まなかった。しゃがみこんで石碑を作り始めると、望乃が隣に座って手伝い始める。

 フーガが決戦に行く前、望乃はフーガから仕事の内容を聞いていた。小動物や小精霊だったものたちがいると知らされたとき、望乃は「救ってほしい、解放してあげて」と願った。

(だって、あの子たちがあんまりにも)

 フーガに連れられてこの地に来て、お墓を作ってみると、彼等の想いの鱗片に触れられるような気がした。同時にフーガや皆が闘いに賭けたものも覗き込めてしまって、望乃は小さく息を吐き出す。

「フーガ、この子たちの最期は」

 望乃の呟くような言葉に、フーガは困ったように眉を下げた。フーガもくるしんでいるのだと分かるから、その硬く握られた拳に、手を伸ばしていた。

 ずっと、気になっていた。望乃が離れたところで彼等の救いを願ったことが、フーガの心を重くさせていたのではないかと。だけどそれを言葉にしてしまうと、彼を余計に傷つけてしまう気がして、言えなかった。
 望乃が気にしていること。触れた想い。それらが何度も頭の中を巡って、一つを言葉にするのも難しくなる。

「ありがとう」

 望乃が重ねた手に、フーガは自分のもう片方の手を乗せる。

「望乃を精霊たちに会わせたくて」

 理屈なんてないし、理由を聞かれたら困るけれど、ここには精霊たちの魂が眠っているのだとフーガは思う。だから離れていても彼等の救いを望んでいてくれた優しい望乃を、ここに連れてきたかったのだ。

 望乃と目が合うと、その瞳が惑うように揺れた。一緒に悩んでくれているのだと気が付けば嬉しいようで、同時に心が痛むようでもあった。

「この精霊たちは元々どこからやってきたんだろうな」

 もし晶獣にされてなければ、音楽のことを語り合ってみたかった。そう呟けば、あの決戦の日からの無念が浮き上がってくる。
 吸血鬼の指揮から解放する為に彼等を倒したことに悔いはない。その場で与えられた選択肢も、選べる方法も、それしかなかった。だけど、もしかしたら、奇跡の力を使えば救える命もあったのではないかと考えてしまうのだ。

 大切な人がいる今、奇跡の力を使うことは簡単に選んで良い選択肢ではないのは分かる。過ぎ去った過去は変えられないから、いくら悔やんでも変えられないのも分かる。だけどそんなもしものことを考えずにいることもできなくて、複雑に思い描いた未来図を抱えて悩んでしまうのだ。

「望乃。おいらはちゃんと、救えたのかな」

 フーガは一度望乃を見ようとしたが、途中で石碑の方に視線を戻してしまった。望乃がフーガにかける言葉に悩んでいる間に、ふわりと二人の間に風が吹いた。そよ風と呼ぶのが相応しいそれは、望乃の耳をくすぐり、静かな音を響かせていく。

『ありがとう』

 小さな音はやがて連なり、一つの言葉となって望乃の耳に届く。誰が話したのかと望乃は一度周囲を見回したけれど、この場にいるのはフーガしかいない。耳に届いた声は小さくて寂しそうで、でも確かに喜びの音を持っていて、きっとこれは彼等の声なのだと思った。

「大丈夫。フーガはちゃんと、精霊さん達を救えましたよ」

 胸を張って望乃が答えると、フーガは驚いたように望乃を見た。望乃が妖精たちの声を聴いたのだと伝えると、彼はくしゃりと表情を崩した。

「奇跡の力に頼らなくても、自分の力で精一杯のことをして」

 フーガは精霊たちを想い、悼み、彼等の心に寄り添おうとした。真っすぐな心を持つ彼がどれほど彼等を救いたいと思っていたのか、彼と共に在る望乃にはよく分かる。今この場の空気がこんなに清らかなのは、その気持ちが届いたからなのだと思う。もし彼等の魂すら救われていなかったのなら、この場所の空気は悲しみや苦しみが滲んでいるような、そういう澱んだものになっていただろうから。

「彼等は救われているんです。だから、胸を張ってください」

 フーガが一度目を逸らし、それからゆっくりと俯いた。たまらずに望乃が抱きしめて、「大丈夫」と繰り返し伝えると、フーガは次第に自分の選択を認められるようになったようで、ありがとうと呟いた。

「そうか、ちゃんと救えてたなら、よかった」

 解かれる抱擁。その穏やかさに名残惜しさを覚えながらも、フーガは静かに言葉を紡ぐ。
 人生なんて後悔の連続で、過去を振り返って後悔するのだって初めてではない。ただ命を背負うのは慣れなくて、苦しくて、でも望乃の優しさに救われた。

「なあ、『黄金の百合』をもう一度演奏してもいいかな?」
「はい。では、わたしは歌いますね」

 フーガが相棒を鳴らし、望乃が歌声を響かせると、その音に喜ぶように風が吹く。それは花の甘い香りをのせて、どこかに連れて行く。

 命は救えなかった。だけど、魂は救われたと信じている。どうか安らかにと歌に願いを乗せて、望乃はそっと目を閉じる。

 生まれ変わったら、一緒に演奏をしよう。そんな言葉と安寧を願う気持ちを音に込めて、フーガもまた目を閉じた。

おまけSS『守りたい』

 花束はあの場所に置いてきたから、歩いても甘い香りはしない。ただあの日の選択を許せるようになった分、フーガの気持ちは軽くて、行きと同じ道を歩いているのに景色が違って見えた。

 手を繋ごうと言い出したのはどちらだったか。気が付けば触れあった指は絡み合っていて、お互いの手の温もりが伝わっていく。そんな優しさに包まれてフーガの心に思い浮かんだのは「守りたい」という気持ちだった。

 仕方なかったと言って手を離すのは、もう嫌だ。あの時の選択に悔いはないし、自分は精一杯できることをしたと今では思える。けれど、もっと自分に力があれば、大切な人を守るだけじゃなくて、手を差し出したい誰かのことも救えるのではないかと思うのだ。

 守りたい。強くなりたい。救ってみせる。

 祈りにも似た決意。フーガはそれを口の中で呟いて、繋いだ望乃の手の温もりに再び身を委ねた。


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