PandoraPartyProject

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ちいさなともだち

登場人物一覧

ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズの関係者
→ イラスト

 ふわりと、木の茶器からやわらかな香りが広がる。
 花の蜜を垂らした紅茶は華やかで口当たりもいい。大地の恵みになるとはいえ、雨に閉ざされた平坦で穏やかな時間の共とするには充分だろう。
 会話に花を咲かせていた少女が器を傾けて口を潤すと、とろりとやわく微笑む。
「おいしいです。すてきなお土産、ありがとうございます」
「気に入ってくれたならなによりだよ。色々な場所に向かうから中々決まったものは買えないけれど」
「ふふ、兄様からのお土産は様々な土地の空気が感じられて、嬉しいですよ」
 末の妹である少女、ライラは、棚の上に飾られている貝殻に視線を移す。港町から持ち帰ったそれを渡した時、纏う潮の香りや貝殻の向こうから響く漣に大層喜んでいたのは記憶に新しい。気ままに、好きなように各国を回っているけれど、こうして彼女が喜びそうなものを選ぶのもまた、旅の楽しみになっていた。
「僕もこの緑のにおいを感じると、帰ってきたなぁって思うよ」
 国を移れば、香りも変わる。木々の多い土地はあるけれど、同じ、と思えるような空気には中々出会えない。だからこそ、深い緑に覆われたこの土地が恋しくなることもあれば、離れたことで新しい刺激に心が躍ることもあった。
「今日は雨が降っているので、土の香りもありますね」
「そうだね。晴れたらまた濃くなりそうだ」
 樹上にあるツリーハウスの中からでも、地上からの土の香りがしっとりと漂ってくるほどだ。朝起きた時から窓を叩く音は決して軽くなく、空は変わらずに分厚い鈍色に覆われていた。きっと、まだしばらく雨は降り続けることだろう。
 言葉を受けたライラは白藍の瞳に窓を映し、ぽつりと言葉をこぼす。
「そういえば、私の人形たちはみんな水が苦手ですね……」
 そう言われて、記憶にある彼女の人形たちを思い浮かべる。
 人形師であるライラは、ぬいぐるみ型の魔法人形を作って操ることが出来る。小さいからこそ、静かで穏やかな空気の流れるノームの里で育った彼女が作る人形たちは丸みをおびていて愛らしく、動いている姿は子どもの心を掴んで離さない。
「一体くらいは、水が得意な子がいた方がいいかもしれません」
 前に見たことがあるのは、お土産として持って帰ってきた絵物語の主役の猫をモチーフにした人形や、頭に花を咲かせた妖精のような人形に、木の実を集めるのが得意な鳥の人形、だったか。他にもいくつか覚えがあるけれど、皆陸や樹上のイメージが強い。ぬいぐるみという性質も含めて考えると、確かに彼女が言うように水が得意そうな子はいなかった。
「兄様は彼方此方を旅していらっしゃいますよね。何かいい動物とか、心当たりがないでしょうか?」
「動物、かぁ」
 水に所縁のある動物というと、思いつくのは水と共に生きる海洋の国。何処までも続いていそうな広く澄んだ海の中に潜れば、色とりどりの生き物が軽やかにその身を踊らせていた。
 折角なら、彼女の興味が惹けるような動物が居れば良いのだけど、と思いながらお土産の貝殻に目をやると、思い出したことが一つ。
「海洋を訪れた時に、とても可愛い子がいたんだ。えっと……そうだな、ライラはイルカって分かるかな?」
「海の生き物、ですよね? 直接見たことはありませんけど、話に聞いたことなら」
「うん、そう。魚に近い見た目、かな。成長すると人よりも大きくなることが多いけど、僕が出会ったのはまだ小さい子どもだったよ」
 海の底にある都市を訪れた時、地上では見慣れないものが多くあるからこそ、目を惹かれては様々な場所に足が向かっていた。
 明かりの灯り方や、潮の流れの制御の仕方。建築物の造りや、細工の特徴。そこで暮らす人々や共に生きる生き物たち。知らないことを知るのは面白い。新しいものを目にする時、己の探究心は歩みを止めることを忘れる。そうするとまぁ、道にも迷うわけで。
 どうしようかな、と考えた時、背中をそっとつつかれて出会ったのが小さなイルカだった。
「きれいな水の色をしたイルカだったんだ。目がつぶらでキラキラしていてね。最初は遊んで欲しいのかな、って思ったんだけど、その子は迷子になった僕を道案内してくれたんだよ」
「賢い子ですね。兄様のこと、見ていたのでしょうか」
「そうだね。もしかしたら、ふらふらしてた僕のことが気になってついてきてくれたのかな? イルカはそもそも賢いとは聞いてたんだけど、僕の服の裾を噛んで引っ張ってくれたから、状況も分かってるみたいでね。びっくりしたよ」
「迷子に慣れていたのかもしれませんね」
 くすくすと、楽しそうにライラが笑う。知識を求めて外に出ては、持ち帰ってきた話や物を広げる兄の姿を見てきたのだ。きっと、旅先の姿など容易に想像が出来ただろう。笑顔のままに、彼女はぽんと手を合わせる。
「そうですね、そんな素敵な子がいたなら、ぜひ作ってみたいです。どんな姿だったのか、もう少し教えていただいてもいいですか?」
 創作意欲が刺激されたのか、声を跳ねさせながらライラが聞いてくる。それに頷きを返しながら、小さな出会いの話を広げていった。

 数日後、ノームの里では降りしきる雨の中を楽しそうに泳ぐイルカの姿があった。里に住む者ならそれが誰の手で作られているのかすぐ分かったことだろう。
 つるりとした肌は雨水を弾き、曇天の中だからこそ鮮やかにその色が輝いていた。



おまけSS

「道案内、ありがとうね」
 海上に出るまで傍にいてくれた小さな友に手を振れば、返事をするように頭を振りながら高い声で鳴いてくれた。何かお礼でもできれば良かったけど、あいにくとイルカの好みそうなものは手持ちにはない。小さな子だし、何か遊べたらいいのだけど、と思いながらボールに見立てた水球を彼の目の前に出してみると、不思議そうに口先でつつきだす。きっと宙に浮いている水が不思議なのだろう。
 少し上にまた水球を作ると、海の中から身体を伸ばして水球に触れる。どことなく、楽しそうな雰囲気を感じたのでまた更に上に水球を作る。今度は身体を伸ばしても届かなくなってしまったようだ。ぱしゃん、と水の中に潜ってしまった。
 帰ってしまったかな?と思った時、水中からジャンプをして水球にイルカが跳んでいった。
 楽しそうに声を上げる彼に顔を綻ばせると、近くで小さな拍手が起こる。目をやれば大喜びの子どもと、その両親と思しき家族の姿。どうやら、芸をしているとでも思われたようだ。
 拍手を受けて嬉しそうに身を揺らす彼に応えて、しばらくそこでささやかなショーを開くことになったのだけど、これはこれで、楽しい旅の思い出となったのだった。


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