PandoraPartyProject

SS詳細

白キ紫陽花

登場人物一覧

ギルオス・ホリス(p3n000016)
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶

 雨の存在を窓に感じようか。
 梅雨の時期だ。この日々は、よく雨粒が来訪する。
 だから必然だった、というべきだろうか。外に出向いていたハリエットにギルオスが突如とした雨に見舞われたのは。慌てた二人が思わずに雨宿りとして辿り着いたのは――ハリエットの家だ。
「ふぅ、すまないね突然押しかける形になっちゃって」
「いいよ、全然。この前の事を考えると……むしろ逆になったね」
 暫く雨宿りしていこう、と。ハリエットはギルオスの自宅に招かれた日の事を思い返しながら呟こうか――あぁ。あの時の事は忘れられない。まさか今度は逆に、招待する事になるとは思ってなかったけれど。
「……それにしても、随分とスッキリとしてるね。あまり物は置かないタイプかい?」
「――えっ。そうかな? うーん……どうなんだろう。あんまり考えた事なかったな」
「はは。悪いって言う訳じゃないよ。僕の部屋だって仕事関係のが大半だしね」
 と、その時だ。タオルを差し出したハリエットへと、ギルオスは言の葉を。
 ハリエットの家には左程物が置かれていない事に気付いたのだ。
 必要最低限のものしかない、という表現が正確だろうか。タオルはあるし、食器の類もありはする。だが――そういった必需品たるものを除けば、この部屋には何が残るだろうか。生活感がやや感じられない――故、に。
「そうだ。花でも飾ってみるとかどうだい? きっと部屋が華やかになるよ」
「お花? お花か……どんなのがいいんだろう」
「花も色々あるからね。今度機会があれば一緒に見に行こうか。
 ハリエットに似合いそうな花はなにかな――」
 ギルオスは提案するものだ。花屋への訪れを。
 たった一輪でもあると、雰囲気そのものが変わるから――

 そして、数日後。

 晴れやかな日に二人は出かけていた。目的は、勿論……
「ギルオスさん。そういえばこの前、私の部屋に花を飾ってみれば? って言ってたけど……どんな花がいいかな? よく、わからないんだよね。色々違うのは分かるんだけど……」
「うん。そうだね、香りが強すぎると最初は困惑するだろうし……あまり香りや、それからパッと見の色も落ち着いているものの方がいいかな、なんて考えているよ」
 話していた花屋の一件の為に。
 ――今まで自身は勿論、部屋を飾るなんて考えたこともなかった。
 だからだろうか。多くの花を目の前にしても……未だ考えは纏まらない。
 綺麗だな。良い香りだな、なんて思う事はあるけれど。
 でもじゃあ『どれが部屋に似合うかな』となると――視線は右に左に。すると。
「――おっと。珍しい、白いアジサイだ」
 ハリエット共に店内を見て回っていたギルオスが……足を止める。
「どうだいハリエットこれなんて。机の上に飾ると、きっと賑やかになるよ」
「わっ。アジサイか……外だと結構見かけるよね」
「ああ。匂いもほとんどないしね。初めの一品としてはいいものじゃないかと思うんだ」
「うん――ありがとうギルオスさん」
 目前にあったのは、彼のいった通り白いアジサイだ。
 この時期に丁度花として咲き誇る、美しい代物。
 ドーム状に咲き誇る柔らかな印象が――目に留まろうか。
 店員に頼めば丁度良いサイズにカットしてくれて。
「でもやっぱり、それでも他のよりやや大きめだね」
「ふふ――でも。ハリエットは、やや大人しいからね。
 ふんわりと大きなアジサイが調和を成してくれるんじゃないかと思ったんだ」
「成程……お花選びにも色々あるんだね。あっ、そうだ。
 御返しにギルオスさんも何か……どうだろう。観葉植物とか」
「ああいいね。観葉植物だと部屋の入口になんか似合いそうだ――」
 花束にして渡してくれようか。ギルオスが抱えながら、言葉を紡ぐ。
 白いアジサイ。花言葉の意味……まで知っていたかいないかは、さて置いて。
 この一時をハリエットは楽しんでいた。
 心の臓の鼓動が早まる程ではないけれど。どこか胸の奥が暖かくなるほどに。
 ギルオスと店を巡って。これがいいかな、あれがいいかな、なんて。
 ゆっくりと時を過ごし……そして。
「あれ、雨が降りそうだね。家まで保つかな……どこかで雨宿りしていこうか」
「うん――そうだね」
 店を出んとする。が、丁度その時だ。梅雨の時期が故か、天候が怪しくなってきた。
 ――噂をすれば、ほら。雨が降り始める。
 また、あの日の様に。
 だけど穏やかな降り始めだ……前の様に焦る事はないだろう。
 ギルオスの家も、ハリエットの家も遠ければ、近場の喫茶店へとひとまずの避難。
 そこで――暖かな珈琲を口にしながら、もう少しだけお喋りといこうか。
「やれやれ。この時期はこれだから困るね」
「ふふ。でも、ある意味良かったかも」
「ん?」
「ローレットの近くだったりしたら、お仕事みたいになっちゃいそうだったから」
「はは。職業病ってヤツかな。確かに、仕事の雰囲気になっちゃいそうだ。
 全然関係ないお店でならそんな事もないし……確かにこれも良かったかな」
 入った店は、初めての場所。
 だから勿論ローレットなどとは全く関係ない場所だ――それがいい。
 少しだけお仕事から離れて休憩をするにはと……ハリエットは思考するものだ。
(……いいな、こういう時間)
 そして彼女は、ふと思う。
 窓に滴る雨の存在を感じながら。
 ……かつて。路上が家だった頃は、雨が降るのが嫌だった。
 だって。雨を凌ぐ場所を探さなきゃいけない。
 雨に濡れっぱなしじゃ体温が奪われて……いつの間にか動けなくなった子もいたか。
 どこかに安住の地なんてなかった。
 その上、探した先にほかの子がいたら追い出されたりもした。
 お互いに必死だった。他人を気遣う余裕なんてどこにもなかった。
 物を投げられ怪我もした事があっただろうか――
 でも、今は。
(なんでだろう)
 嫌いだった雨すら。
 愛おしく感じるのはなぜだろう?
 この一時が続いて欲しいと感じるのは――なぜだろう。
「ハリエット? どうしたんだい、どこか上の空だけど」
「――ううん。なんでもない。大丈夫」
 刹那。ハリエットの顔を覗き込んでくる、ギルオス。
 微かに、心の臓が跳ね上がったか。
 あぁ……この胸に渦巻く感情は……
 何かを想えど、しかしハリエットは珈琲を喉へと流し込みながら誤魔化そうか。
 それはむしろギルオスに気付かせないために。
 ……気づかれたら今のままじゃいられない、から今まで通りに。
 そう。今の儘でいいんだ。少なくとも、今日の内は――

 外では雨の音が続いていた。

 今少しばかりこの一時が長引いてくれそうな――
 恵みの雨であった気がした。

おまけSS『別視点』

 雨。雨、か――
 雨はいいものだ。『何か』を洗い流してくれる気がするから。
 強ければ強い程いい。『何か』を紛らわせてくれる気がするから。
「……」
 だが同時に、苦い思い出もまた、あるものだ。
 雨が降る日はよく――仲間を失う事があったから。
 ソレはジンクスのようなもの。必ずと言う訳ではなく、雨そのものに関連性はない。
 だけど。この腕の中で失われる事が確かにあったのだ。
 強い雨の日に。冷たくなっていく者が……
「――ギルオスさん?」
「ん。あぁ、いやごめんね。ちょっとボーッとしちゃったよ。
 それにしても……花を買いに行くだなんて、久々だったよ。
 忙しいのもそうだけど、そう思う機会がなかったからなぁ」
 直後。ギルオスは珈琲を口に運びながら、ハリエットの疑問の視線を逸らそうか。
 花を贈る。あぁいつ振りだったろうか、そんな事をしたのは。
 かつての世界で――仲間に送った事はあった、が。
「こっちの世界では初めてな気がするな」
「そうなんだ。ふふ、初めてを貰っちゃったのかな」
「あぁ――ハリエットになら悪くない。ハリエットの方はどうかな?」
「えっ?」
「観葉植物、選んでくれただろう? 君も花を贈るのは初めてなんじゃないかな」
「それは……ええと、そ、そうだけど」
 と。ふと零れた言葉は他愛なきもの。
 ハリエットをからかうような言を弄せば、あぁハリエットの瞳は右往左往。
 ……あぁ。そうだ、そう。花を贈ると言えば、思い出した。
 昔。かつての世界で、自分に花をくれた者がいた。

『私がいなくなっても、貴方が思い出せるように。
 目立つ所に置いといてあげるわ。枯らさないでよ?』
『縁起でもない事を』
『縁が切れないように、よ』

 『彼女』はもういないけど。
 互いに贈った花が、互いの縁を繋いでいてくれるだろうかと。
 なら。
「ハリエット、花を枯らさないように頑張ってみてね。
 ……って言っても永遠に咲き続ける訳じゃないからいつかは、だけどさ。
 僕も君からもらった植物、大切にするから」
「ん? うん。分かったよ、勿論」
 ハリエットとの縁も、大事に、大事に繋いでいきたいものだ。
 ここはかつての世界ではない。新たなる世界であるのだから。
 ……ジンクスなんてないのだと信じて。ハリエットはいてくれると、信じて。

 外では雨の音が続いていた。

 今少しばかりこの一時が長引いてくれそうな――
 恵みの雨であった気がした。


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