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拝啓、お父様、お母様

登場人物一覧

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

 母の笑顔を覚えている。
 父の笑顔を覚えている。
 覚えている。

 両親に花束を送りたい、と思ったのは、母の日を過ぎてしばらくしてからの事だった。そういえば、この世界には、母に日ごろの感謝を込めて贈り物を送る風習があった。それが旅人ウォーカー世界から来たものかはさておいて、いずれにしても、あるところにはある、という事だけは確かである。
 それはとても素敵な風習のように思えた。だからマリエッタは花束を一つ買って、母に、それから父にも日ごろの感謝を告げようと思い立った。無駄な話だけれどね。
 両親は今も、天義で生活しているはずだった。そう思い込んでいるの? マリエッタはただの村娘で、確かに召喚以前の記憶がないのだけれど、それでもうっすらと思い起こすところによれば、天義の村で、一緒に、生活していたはずである。まだそんな妄想にすがっているのかしら。だから――探せば、見つかるはずだ。
 心に刻んだ景色はある。村の景色だ。それは偽りなのに、探すとしたら、それを手掛かりにするしかないのかもしれなかった。

 でも、母の笑顔を覚えている。それは本当にあなたのお母さんなのかしら。
 でも、父の笑顔を覚えている。それは本当にあなたのお父さんなのかしら。
 覚えている。本当に?

 可哀そうなエーレイン。まだそんな無駄なことをしているのかしら。いいえ、貴女はエーレインですらないのよね。エーレインはだって、今もずっと、どこかをさまよっているのでしょうよ。
 でも、そうなると『あなた』は何なのかしら。マリエッタは『アタシ』。エーレインは『あの子』。なら、今両親を探して天義を歩いている、マリエッタ・エーレインとはいったいだあれ?
 あなたはだあれ? 今、自分がここにあると錯覚している、『アタシ』という魂の一部に生えた、偽りの『いのち』はいったい誰なのかしら。
 ああ、可哀そうで愚かで無様な『あなた』。この村も違ったわね。この村にあなたの両親はいない。そもそも、『あなた』の両親なんていないの。

 数件の村を訪問して、そのうちの一つの村の宿に泊まった。数少ない『思い出』の中から、似たような景色が視られそうな場所を探して選んでみたが、やはりどうにも、両親の情報も、自分の情報もえられなかった。
 わからない。両親の事も。
 わからない。『私』の事も。
 『私は』=『マリエッタ・エーレインである』――かつて死血の魔女として、悪徳にその手を染めた――。
 『マリエッタという存在がいる』。それは理解している。マリエッタ、という人格は、間違いなく、この体の内にある。
 だが――そうなれば、『私』とはいったいなんであるのだろうか? 『マリエッタ』という人格は、確かに存在する。ならば、『マリエッタ』とは死血の魔女、という事になるのだろうか。
 そうなれば、『私』とはいったい何なのか――という事になる。『私』という人格、意識というものは、なんなのだろう、という事だ。どこから生じたのだろう、という事だ。
 意識=魂とするならば、『私』の内には二つの魂があるという事になる。『マリエッタ』と、『私』である。魂の存在は、混沌世界でも今一つ未解明なところがあるので、そこは深く触れないとして、少なくとも、『意識』が二つある、という事は、『私』にも自覚できていた。
 『マリエッタ』。これは『オリジナルの死血の魔女』である。
 では、『私』とは?
 仮定するならば、『マリエッタ』が記憶を失った際に生まれた、まっさらな『マリエッタ』という事になる。つまり、『私』の根っこは『マリエッタ』であり、そこから『私』という枝葉がはえている、という事になる。
 これは、非常に分かりやすく納得しやすい結論だ。『私』=『マリエッタ』であるのだから。
 だが、『マリエッタ』という人格は、同時に存在してしまう。ならば、『私』=『マリエッタではない』という事もまた、真といえる。そうなってしまえば、私とは何なのだろう、という、漠然とした恐怖が湧き上がってきた。失われた記憶の中で、いくつか残っている、小さなピース。それが、村娘として生きていた記憶だったり、両親の記憶だったりしたが、それが結局、『マリエッタの記憶』なのか、『私』の記憶なのか、わからないのだ。
 『マリエッタの記憶』であるならば、『私』は他者の記憶を見ている。それならそれでいい。じゃあ、これが『私』の記憶であったとしたら――。
 『私』とは、つまり、だれ、であるのか。
 『私』、は、『私』なのか?
 『私』、は、『生きているのか』?

 ふと気が付くと、窓の外にはざあざあと雨が降っていた。私は窓を閉めると、テーブルの上を見る。そこには、長旅でしおれて、枯れてしまった両親へプレゼントの花束があった。
 私は少し考えてから、それをごみ箱に捨てた。

 母の笑顔を覚えている。
 父の笑顔を覚えている。
 覚えている。

 きっと全部嘘だ。


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