PandoraPartyProject

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2人の親友、雨の日の茶会

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
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●2人の茶会、密やかなれど嵐を呼ぶ
「ライゼンデ様。端的に言いますと……わたくし、ローレットに所属しようかと思っておりますの」
 ヨゾラの館の一室、彼と親友達が過ごす為の部屋にて。茶会用の上質なテーブルと4つの椅子、しかし今この場にいるのは2人だけ。
 ティーカップをそっと置いて告げた獣種の白猫令嬢フィールホープの言葉に、向かいの席に座る金髪碧眼の鉄騎種ライゼンデは複雑そうな顔を浮かべる。
 窓の外は曇り空。……ぽつぽつと、雨が降り始めていた。

「……フィールホープ。それを、何故俺に?」
 ライゼンデが口に出せたのはその一言のみ。厳密に聞きたかったのは『何故、俺と2人だけの時に』である。普段冷静で他者との交流も難なくこなす彼にしては、珍しく言葉が少ない。

 そんな彼の意図を理解したフィールホープは、涼やかな顔でこう告げる。
「親友4人の中で、ローレット未所属なのは私と貴方だけですから」
 ヨゾラの館の部屋であっても、ヨゾラが常にいる訳ではない。ローレット所属のヨゾラやもう一人の親友ファゴットは依頼や所用で不在の時も多く……今この部屋にいるのは、ライゼンデとフィールホープだけなのだ。

(2人だけの茶会で話す理由は理解した。だが……彼女の意図が、読めん)
 端正な顔立ちで、しかし表情は困惑したまま。ライゼンデは次の言葉を探せずにいた。何故俺だけの時に、という部分においてまだ納得ができていない。ローレット所属の希望なら他の親友がいる時でも問題は……。

「シトリンクォーツの日、ヨゾラ様に誘われて参加した茶会で……思い始めた事がある、というのもありますが」
 フィールホープはそう言いながら、ティーカップの中の紅茶をこくりと飲む。ミステリアスな雰囲気を持つ彼女の真意は、ライゼンデにはわからないままで。

(その日の事は知っている……ヨゾラと彼女は、俺とファゴットにも話してくれたから。時期や条件が良かったとはいえ、幻想の王城にイレギュラーズの親友も入れた事に驚いていたが……彼女はその時からローレットへの所属を考えていたのか。
 だが……やはりわからない。何故その考えをヨゾラ達ではなく俺だけの前で打ち明ける?)
 ライゼンデは真意を理解できずに困惑し、彼には珍しくその様子が顔に浮かんでいる。
 そんな彼の前で、フィールホープはカップをそっと置いてから、ライゼンデの方をしっかりと見てこう告げた。

「ヨゾラ様が各国で色々な事を行い、色々な催しを親友ファゴット様と共に楽しんでいるから。
 そして……幻想国で何かが起こりそうになっているからこそ。
 所属したほうが良いと思うのです、ライゼンデ様」
 ライゼンデはティーカップから手を離した。機械の右腕にぎし、と力が入り……その顔には青筋が浮かんでいる。
 フィールホープの提案は、彼の複雑な事情と感情に足を踏み入れるも同然の言葉だったのだ。

 ……窓の外に当たる雨粒の音は強く激しくなっていく。風の音も強まっていく。
 誰かの怒りを表すかのような……一時の嵐が、館の外に吹き荒れていた。

●彼等4人の、2人の事情
 ヨゾラと親友3人…【星空の友達】として4人チームを組む彼等は、しかし互いの過去や事情に関して全てを知っているわけではない。
 話したくない事は話さないかやんわり断り……ヨゾラ自体が他の3人の事情に強引に踏み入ろうとしない事もあり、自分以外の親友3人に関して過去や事情を知らないのは4人共通の懸念であった。
 その中で、ライゼンデとフィールホープの事情は……話してないのだから互いにこの事情を知らないのだが……幻想国とその内情、幻想の貴族という3点において複雑であるという共通点を持っていた。

 涼やかに話すフィールホープは、自身を幻想国の出身であり獣種の令嬢であると自称する。それを気にしない者もいるかもしれないが、一部の心無い悪徳な輩の標的となりうる、己の身を危機にさらしかねない自称を続ける理由は、未だ明かされる事はなく。

 半ば青筋を立てながらも怒りを我慢するライゼンデは、海洋の商人の家で育ち……しかしそうなる前の事情が複雑だ。幻想貴族の子ながら鉄騎種として生まれ、母にそれを隠されるように言われて隠れて育ち、父に追放され迫害され奴隷商人に売られ……その心には幻想国への切望と憤怒が入り混じっている。
 ……親友がいる組織であっても、幻想国の悪徳貴族からの依頼も受けるという一点で納得できず、ローレットに加入する事を躊躇う位に。

●怒りと悲しみと、真意
 窓の外にざあざあと激しい雨が降りしきる中、館の中の茶会は続く。

「貴様、こちらの事情も知らずに……!
 ……いや、すまない……申し訳ない。
 理由や事情も明かさぬままに怒りをぶつけるべきではなかった。どうか許してほしい」
 憤怒と激情を隠し切れず、怒りをフィールホープにぶつけかけ……しかしそれでも彼の理性が制止をかけた。己の事情を話していないのは自分自身なのだから、彼女は知りようもないのだと。深く、頭を下げた。

「ええ……こちらこそごめんなさい。貴方の事情に踏み入ってしまった」
 フィールホープは彼の怒りに一瞬驚き……そして申し訳ないという表情を浮かべ、ライゼンデに頭を下げ、心から謝る。互いに互いの事情を知らない。それでも踏み入ってはいけない部分はあるのだ。踏み入るならば……深く話す必要がある。それこそヨゾラ達も交えて、親友4人で。
 だが、今必要なのは、明かすべき事は……互いの事情ではなく、提案の真意であると。そう考えて、フィールホープは意見を述べる。

「……それでも。必要だと思うのです、私と貴方には。
 ヨゾラ様が私達と幸せに、悔いなく過ごす為に……私達が
 目を伏せ、悲しみの表情を浮かべたフィールホープの言葉に……ライゼンデは、はっと気づく。彼女の意図と思い、その真意に。
 見えぬ事情に踏み入る事になってでも2人だけの時に話す必要があったのだ。ヨゾラを癒す為に。

 ……窓の外の雨足が、風の音が、少し弱まった気がした。

●心の疵に寄り添って
 ヨゾラの親友3人、ヨゾラと共に【星空の友達】である彼等には意味がある。彼等がヨゾラを中心とする4人である事も、【星空の友達】が4人チームである理由も……他の誰にも【星空の友達】という名を絶対に名乗らせず許可しない理由も。
 ヨゾラには心の疵がある。他の仲間には事情があって明かせない、ローレットにさえ明かす事が叶わないであろう、消える事のない怒りと悲しみを内包する深い疵。ヨゾラが事情と心の疵を嘆きながら明かす事ができたのは、彼の親友である3人だけ。
 だから親友3人は誓ったのだ。ヨゾラと共に過ごし、ヨゾラの心の疵を癒せる親友であろうと。彼と笑い合い時には愚痴を聞き、彼を裏切ることなく、彼の親友として共に生きる……何があっても絶対の、唯一無二の親友達であろうと。

 ヨゾラはローレットの依頼の時……特に楽しんで過ごせそうな時には親友を招く。一緒に楽しんで過ごし、大切な思い出を作りたいから。
 しかしこの方法には問題があった。幻想国外……特に幻想国から離れている国の時、ローレット所属であるファゴット以外の親友をヨゾラが呼びにくいという事。
 実はライゼンデもフィールホープもイレギュラーズとして覚醒しており、空中神殿経由の移動はできるのだが、この時点ではその事をヨゾラに打ち明けていない。ヨゾラが大手を振って遠い国に誘えるのは、親友の中だとファゴットだけだったのだ。

 ヨゾラはきっとその事を気にしている。本当はライゼもフィールさんも色んな所に誘いたい、と言いたいが悩んでいるのだ。一緒に遊びたい。幻想国内でも、他の国々でも……大切な思い出を沢山作りたいのだ。
 それは彼の心の疵を少しでも癒す為に重要な事。裏切らない親友達との、癒しの日々が必要なのだ。
 親友達を呼びたいヨゾラの為に、親友3人が全員ローレットに所属する……彼と共に在る、ローレットのイレギュラーズである必要がある。絶対にヨゾラを裏切らない親友であり仲間である為に。だからこその提案であった。

●それは彼等を癒す為に
 窓の外の雨音が、雨粒の数が……少なくなっていく。

「俺は……俺自身の事情で、ずっと迷っていた。
 ローレットに所属せずともヨゾラに助力する方法はあるだろうと模索もした。
 だが……そうだな。俺の事情でヨゾラを癒せないのは、共に過ごせないのは……君と親友への裏切りになるし、何よりも俺が俺自身を許せない」
 ティーカップの紅茶を見るように目を伏せ……しかし心を決めたように、ライゼンデはそう告げてから少し冷めた紅茶を飲んだ。ティーカップをそっと置いた後、フィールホープの方に眼差しを向け……目を伏せていた彼女もまた、気付いて彼の方に顔を向けたのを理解してから……優しく、力強く宣言する。

「だから……君の提案を呑もう、フィールホープ……フィール。
 俺もローレットに所属する。ヨゾラ達には……戻ってから打ち明けるか」

 そう言いながら微笑むライゼンデに、フィールホープはようやっと柔らかな……嬉しそうな微笑を浮かべて。彼と同じく少し冷めてしまった紅茶をそっと口に運んでから、美しい笑顔と、柔らかな言葉で。
「ありがとうございます、ライゼンデ様……ライゼ様。
 この後、外の雨が止んだら……茶会を終えてローレットに向かいたいのです。
 2人だけの内緒話。ヨゾラ様達を驚かせたいから……一緒に行きましょう?」

 必要な話と感情の吐露を終え、大切な事を決めた2人の心のように……窓の外の雨はいつの間にか止んでいて。明るく暖かな日差しが部屋の窓から差し込む。
 雲も去った晴れやかな青空には……彼等の決意を祝うように、綺麗な虹が浮かんでいた。

おまけSS『後の話を少しだけ』

 その後、晴れた日差しと水溜りの残る幻想の街並みを2人は歩き……その日の内にローレットへと足を運び、ローレットに所属する手続きを行った。

 ライゼンデは変装時の偽名ヴァンデラーで登録するか悩んだが、結局自身の名ライゼンデで登録。フルネームなので書くのに少し時間がかかったのは内緒である。
 フィールホープはそのままの名フィールホープで登録した。彼女もまた本当の名で登録するかを少し悩んだのだが、親友達にも明かしてない名を他者に先に見せたいとは思えず、親友達との名をそのまま使う事にしたようだ。

 彼等の親友……ラサでのランプ作りを終えて帰ってきたヨゾラとファゴットが、2人の打ち明けた事を聞いて揃って驚き、そして喜ぶ事になるのは……また別の話である。


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