PandoraPartyProject

SS詳細

母へ贈る、赤色の

登場人物一覧

玄野 壱和(p3p010806)
ねこ

 街を奥へ。森の奥へ。在ると知らねば歩みを躊躇うような獣道の先、草臥れた外観に辛うじて読み取れる『猫之森』の看板。この瞬間の安堵と不安は幾度通えど消えず、携えた花束に吐息と落として扉を潜ったなら——
「いらっしゃイ。お待ちかねダナ」
 ——この茶屋に似合いの、にこりともしない店員が出迎えてくれる。こちらの台詞も待たずにバックヤードの薄暗がりに誘う小柄な少年、或いは少女・玄野 壱和の猫じみた後ろ姿を追えば、地下階段がぽっかりと口を開いて待っていた。
「常連さんを特別ご招待ダ」
 一段、一段と下る毎に強くなる、重く湿った、饐えた、枯れた臭い。真っ当に鳴り散らす警鐘。それでも最後の一段から踏み出し、知り得た異様な光景の全容は——
「い、ッ!? ……ぁ、あ゛あ゛」
 ——死と生の集積。下半身を持たない磔の白巨人。粟立つ背中を襲う衝撃。無様に転がった地面を上塗りする赤。急速に失われていくもの。熱は痛みだ。熱は命だ。私の末路だ。


「だまして悪いガ……お互い様ダロ?」
 ただの客と偽り、短くはない時間をかけて探ってきたつもりだったのに。まさかとっくに腹の中だったとは。
「冥途の土産に母の日らしい話でも聞いてけヨ」
 力の抜けた冷たい手足では、最早降ってくる声に意識を向けるので精一杯だった。

 壱和に親と呼べる個人は無い。何故なら産まれ落ちた瞬間から[ねこのおうを納めるための器]となるべく在ったからだ。強いて言うなら、そう調整し、御神体として崇めていた教団こそが『イツワ』の自我の親だろうか。
「まぁ、クソ親の類だったがナ」
「……ぁ、あ……を……」
 今際の際の疑問を拾い上げた壱和が答えを指し示す。上半身の断面から猫の顔と思しき何かが蠢く巨人——第九相、[ねこ]を産む権能を持つ[ねこ]・[つぇろる]こそが『壱和』の肉体的な親である、と。
 壱和の混沌召喚に巻き込まれたそれを保管し、食料を与えて生き永らえさせるための空間。ヒトの血肉を吸い上げ、新たに[ねこ]を産み出す地獄はこうして生まれた。
「アンタの方が贈り物だったってワケだガ、これの礼くらいにはなったカ?」
 十字架の元へ放り投げられた供物は応えない。瞳から興味を失い、残った花束を母へ捧げた壱和は次なる贈り物を探しに出掛けた。鮮やかな赤色をしたカーネーション母への愛、淡く綻ぶピンクの薔薇感謝、添えられた白いカスミ草幸福が母子の前途を寿ぐように血塗れていた。

おまけSS『母を想う、花屋にて』

 幼かった頃は心許ないお小遣いと何度も睨めっこしていたな——くるり。くるり。薄い包装紙で覆われていく花々を前にした現実逃避はリボンの人工的な赤で締め括られる。
「こちらもご一緒に如何ですかぁ?」
 店員が嬉々として差し出したメッセージカードの『THANKS!』の文字がとどめとばかりに突き刺さり、私は引き攣る唇を誤魔化しつつ丁重にお断りした。
 この花束は母の日の贈り物だ。しかし正確に言うなら知人から知人の母親への品であり、私は代理購入者に過ぎないのである。カーネーションをメインに据える注文から生じた、細やかで致命的な行き違いだった。
 ここで実家を出てから随分と顔も見ていない自身の親不孝ぶりをわざわざ晒せば、きっと今以上に居心地が悪くなるだろう。花屋など、ただでさえ慣れない場所だというのに。愛想も恰幅も良い女性店員に影を重ねてしまったが最後、指摘する言葉は苦笑いと共に噛み砕いて飲み込むしかない。
 感謝を告げる見送りを背に、唯一の逃げ道から窺う雨雲色の空へと私は声無き言い訳を溢した。今夜あたり電話でもかけてみよう、と——それがもう叶わないとは知りもせずに。


PAGETOPPAGEBOTTOM