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登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
冬越 弾正の関係者
→ イラスト


 雨の日。
 其の瞬間、芸能事務所『本能寺』に新たな火種が投げ込まれた。



 練達の街にも、等しく雨は降り注ぐ。

 其の時、是空・信長は急いでいた。
 次のクライアントとの案件の時刻が差し迫っていたからだ。
 傘をやや前に傾けて持ち、急ぎ足で道を奔るように歩く。其の途中、ふと、公園に佇む人影を見付けた。
 傘はない。――幽霊という存在を信じていない訳ではないが、もし幽霊がいるとしたらあのようなものなのだろうな、と何処か斜め上の感想を抱いて其の公園を通り過ぎた。何せ急いでいたから、次のクライアントに己の担当を売り込むにはどうしたらいいかばかりに気を取られていたのだ。

 ――傘くらい差し出した方が良かっただろうか。

 信長がそう思ったのは、公園を歩き去った後だった。


 数時間の交渉の末、何とか己の担当のCM出演を取り付けた信長。
 安堵のせいか、いつもより足取りは軽く、歩みは遅い。そうして来た道を帰って――数時間前に通った公園を通りすがった時だった。

「――……ん?」

 其処に人影が一つ、ぽつんとある事に気が付いた。そういえばクライアントのもとに向かう際も見かけた人影だと気が付くまで、そう時間はかからなかった。

 何時間も雨に打たれて、……風邪を引いてしまう。

 当時の信長は新人マネージャーであり、現在のような豪放磊落な部分は微かであったため、興味よりも心配が勝った。
 いっそ幽霊でも良い、傘を貸してやらねば。そう思い公園に踏み込んだ其の時、旋律が信長の耳を打った。

 其れは――和風の子守歌だった。

 まるで電撃に撃たれたかのような心地だった。
 緩やかに旋律をなぞる声、其の伸び、音程の正確さ、滑舌。

 ――絶対に売れる。

 信長は確信を抱いた。彼をスカウトしたい。この『本能寺』で輝かせたい!

「のう!」

 そう思った時には既に、声をかけていた。

「……?」

 振り返った青年は、不思議そうに信長を見上げていた。
 自らの所為で音を止めてしまった罪悪感を押しのけながら、信長は言う。

「君……デビューしてみんか!?」
「え?」
「君の声なら間違いなく売れる! 其の声、世に出さずにおくんはもったいない!!」

 大柄な男が突然“デビューしないか”と声をかけてきた。
 そんな状況にやや引いている相手などなんのその、信長は傘を目の前の彼に傾けながら語る。

「――…いや」

 しかし、青年から発せられたのは否定の言葉であった。

「俺の声なんて、どうせ誰にも届かないんだ。だから」
「そんな事はない! ――現に今! 俺に届いた!」

 青年に傘を貸している故に己は徐々に濡れながら、しかし、ばん! と手で胸を叩いて信長は言った。
 其の言葉に、青年は目を見開く。

「……ッ、でも俺は、誰にも認めて貰えなくて」
「俺は君を認めとる! 君ほどの逸材ならきっと」
「誰だってそう言った! でも、最後には“君は難あり”だと……」
「――……望むところだ! 俺が所属しとる事務所は実力主義じゃ! のう! そうやってお前を放ってきた奴らを、実力でねじ伏せてみとうはないか! 俺は此処まで出来るんだと見返してやりとうないか!?」
「…………」
「見返してやりたいじゃろ! “お前らが見放した奴は此処まで出来る奴だったんじゃ”って! のう!」
「……」

 ――あんた、本気か。

 青年は其の漆黒の双眸を伏せて言った。其の先から雨粒が垂れて落ちた。
 勿論本気だと信長は頷いた。二人ともずぶ濡れになりながら、信長から差し出された傘だけが静かに雫を遮っている。

「……あんたは、ディスってる訳じゃないんだな」
「勿論じゃ。この是空 信長、中途半端に期待させるような事は言わん」
「……事務所は、」
「本能寺」

 青年は薄く笑った。
 信長は其の背に、確かに雨の合間に差す光を見た。
 どんな問題児でも抱え込んでやる。そんな野心が既に信長の内にはあったのだろう。秋永 久秀と名乗った青年は傘をぐい、と信長の方へ押し。

「今日は帰る」
「え」
「……また明日、面接にいきます」

 そうしたら、俺を採用して下さい。
 僅かな信頼を弾ませた言葉に、信長は勿論だと頷いた。

 其れが、是空 信長と今の“冬越 弾正”との出会いである。
 しかし初めての仕事が『熱湯に耐えて10秒アプローチ』であった事を今でも弾正は根に持っている。


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