PandoraPartyProject

SS詳細

汚れた鳥

登場人物一覧

ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
ベルナルド=ヴァレンティーノの関係者
→ イラスト
ベルナルド=ヴァレンティーノの関係者
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 特異運命座標になったばかりのベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)はローレットに行くこともなく、路地裏の壁を背に銀のスキットルに入れた甘ったるい泥の様な紅茶を飲み、今日も酒に溺れた男として生きるのだ。だが、幸か不幸か誰もベルナルドを独りにさせてはくれない。

 ──ベルナルド、今日は描かないのか?

 痩躯の男がベルナルドを見下ろす。日の当たらない路地裏は濡れた犬のような臭いがした濁った青色を放つ



「はは。悪ぃな、見ての通り手の震えがおさまらなくてよ……描けねぇんだわ」
 ベルナルドは暗い瞳を細め、震える手を男の眼前に伸ばし、今日も誘いを断った。もう、関わらないでくれと願って。裏切られる事も期待される事も真っ平だ。それに手が震えるのは本当だった。ベルナルドは、あぁと笑う。天義の画家として大成するはずだった男は『束縛の聖女』アネモネ・バードケージ──愛した女に再び捕らえられる事を恐れ、筆すら持つことが出来ない。
「……」
 スキットルを煽る男の頬にふと雨が落ち、涙のように流れる。空は墨色に染まっていた。息を吐く。降る雨が痛みと悲しみを思い出させる。無邪気に笑い合った日々は何処に消えたのだろうか。

 ベルナルドは収容所『鳥籠』にいる。愛した人を宗教画のモデルにしたことによって。不正義だと彼女は叫び、ベルナルドは囚えられた。宮廷画家の夢は断たれた。だが、囚えられたベルナルドは──何も知らない。

 会いたかった。でも、会いたくなかった。ベルナルドは顔を歪め、じくじくと痛む背を思った。クロウタドリの翼は彼女に毟られ、もう何処にも行くことができない。服は裂け、瘦せ細った身体は汗と血と皮脂で汚れ、拷問の跡が刻まれる。ベルナルドは此処で覚えのない罪の許しを請う。鍵を開ける音が聞こえた。【掣肘パラディン】小鳥遊 リンドウが来たのだ。所長である彼女は毎日、ベルナルドに声を掛ける。それは彼女の雇い主である聖女の指示だろうか。ベルナルドは部屋の隅に座り、四肢を投げ出している。そこに鎖はない。皆、ベルナルドが無抵抗であることを知っているのだ。
「やぁ、おはよう。気分はどうかなぁ? あぁ、顔の傷、とっても痛そうだねぇ」
 リンドウは気だるげに言い、右目の眼帯を撫でた。傷は昨日、リンドウに鞭を打たれた時に出来たものだ。リンドウはベルナルドを見つめる。隠す気はないのだろう。それとも、無意識なのだろうか。ねっとりとした好奇心がその目に、はっきりと浮かんでいる。だが、ベルナルドがそれを理解したところで何の意味もない。出ない唾を飲みこみ、ひび割れた唇を動かすことがベルナルドに出来る唯一のことだった。
「許してください……」
 何も知らぬまま、言葉を吐き出す。何故、拷問を受けているのか。目の前の看守も聖女も、誰も教えてはくれない。
「いやぁ、おねーさんはただの働き蜂だから。悪いねぇ、私じゃどうすることも出来ないんだよねぇ」
 リンドウは肩をすくめ、長く結んだ髪を揺らしながらベルナルドに近づく。そして、頬を両手で掴んだ。ベルナルドはぎょっとし、身を強張らせる。
「はは、良い目だ」
 傷を確かめるように指先でゆっくりとなぞっていく。傷口にリンドウの指が食い込む。リンドウは薄く笑っていた。頬から真っ赤な液体が滲み、ベルナルドをまた汚していく。
「許して、ください……絵を、絵が描きたいんです」
 ベルナルドは声を震わす。飢えや痛みより絵が描けない事が何より苦しかった。
「……知らないって。あぁ……なんで殺さないのかなぁ。他の飛行種はすぐ殺しちゃうのに」
 リンドウは舌を鳴らした。ベルナルドはリンドウの心にアネモネがいることを知った。
「いいなぁ」
 無意識だろう。リンドウは呟き、座っているベルナルドの顔を思いきり、蹴ったのだ。
「うぷっ!?」
 鼻から血が吹きだし、瞑った両目から涙が流れる。痛みで息が出来ない。ベルナルドは嗚咽を漏らしながら、それでも聖女を想った。赤が溢れ出す。

 アネモネの事が好きだった。だけれど、会いたいと願った聖女はベルナルドを傷つける。聖女の務めと重圧によって拷問という悪辣な趣味を愛したのだろうか。
(なら、一緒に逃げ……いや)
 聖女だからこそ、アネモネは逃げなかったのだろう。息を吐く。また、意味のないことを考えてしまう。
 彼女が恐ろしいと思った。それなのに、愛されたいと思った。もう一度、柔らかな笑みを見たかった。笑う。笑ってしまう。浅ましい願いは狂った妄想と同じ色をしている。ベルナルドは床に横たわり、真っ黒な天井を見上げる。ふと、雨音が聞こえる。
「泣いていたの?」
 雨音に聖女の声が混じった。唇から真っ赤な舌先がちろちろと見え、ベルナルドを嘲笑った。ベルナルドは答えなかった。ただ、震える声で口にしたのは、どうしてだろう。
「雨だな」
 それだけだった。
「ええ、今日はずっと雨かしら」
 聖女は言葉を返した。ベルナルドは目を見開き、乾いた笑みを浮かべた。何気ない会話が嬉しくて、とても悲しかった。愚かな感情、だろうか。

 彼が『鳥籠』にいる。アネモネはベルナルドと会えることがとても嬉しかった。いつだって、彼に会える。今度はアネモネがベルナルドに会いにいくのだ。部屋はベルナルドの香りがする。
「彼に水を」
 アネモネは看守に言った。ベルナルドに水を与えたかった。無表情の看守はベルナルドの髪を掴み、桶の水に頭を沈めるのだ。ベルナルドはもがき、飛沫を飛ばす。たちまち、雨音は掻き消され、ベルナルドの苦しみとアネモネの心臓の音だけが聞こえる。四つん這いのベルナルドの背──クロウタドリの翼が生えていたその背には、羽はなく、真っ赤にただれている。羨んだ鳥の羽、夢想する自由の象徴は消えたのだ。アネモネはベルナルドを見た。喉の渇きは癒えただろうか。
「やめ、止めてくれ……」
 泣き叫ぶ声が聞こえる。ベルナルドは咳き込み、泣きながら鼻水を垂らす。そして、アネモネにすがるような視線を向け、「アネ……モネ」
 震える手を伸ばした。
「ああ、ベルナルド」
 アネモネはぶるぶると震え、息をゆっくり吐きだし、「その画家を椅子に」
 そう笑った。看守は肘掛け椅子電気椅子に座らせ、彼の手足を固定する。アネモネの傍にはフットスイッチ。このスイッチを踏めば、椅子に電流が流れる。
「許してくだ、さい……」
 ぽたぽたと身体から滴を落とし、怯えるベルナルド。四肢は震え、顔は白蝋のように白い。可哀そうで、可笑しかった。アネモネは目を細め、フットスイッチを踏んだ。途端にベルナルドの身体に電流が流れる。
「あっ、ああっ!?」
 ベルナルドは目を剝き、涎を垂れ流しながら、身体を揺らすのだ。
(はは、最高ですわあ)
 アネモネはフットスイッチから足を離した。
「お、押さないでくれ……」
 湿った息を吐き、懇願する。四肢が面白いほどに震えている。
「何故?」
 アネモネは小首を傾げた。その選択だけは無いだろうに。電流を流す。アネモネはベルナルドの苦痛をジッと眺める。  
 歪んだ顔がアネモネを喜ばせる。
 
 嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、何度もフットスイッチを踏んだ。
 でも、死なせやしない。
「……」
 アネモネはフットスイッチから足を離し、動かず涎ばかりを流すベルナルドを見つめ、にたにたと笑い、永久を願った愛の言葉を吐いた
「また、来るわ。ベルナルド」と。


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