PandoraPartyProject

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余燼

登場人物一覧

焔心(p3n000304)
九皐会


 親の顔は知らない。幼い日の記憶も色褪せきっている。
 だが、全てを忘れた訳ではない。

 生まれたのは薄汚れた遊里だった。鮮やかに火の灯る朱塗りの大門もない、うす寂れた何処にでもある夜鷹に身を窶さない程度の下級遊女たちの溜まり場だ。
 母は遊女で、父の顔は当たり前に知らない。一過性の甘い言葉を吐く男を引き留めようと宿した子を堕ろさなかった、よくある話だ。高級遊郭のような教育はないため学もない、騙されるだけの莫迦な女。だが、腹が目立ち堕ろせなくなるまで遣り手婆をやり過ごせるくらいには狡猾で遣り手だったらしい。
 下級遊郭に生まれ落ちた俺の扱いは、相応に悪かった。女ならば商品になるが、男ではそうもいかない。顔が良ければ陰間男娼の道もあっただろうが、俺は父親によく似たらしい。浅黒い肌を持ち、角は大きく、髪はゴワゴワと跳ね返る。目つきが生意気だと、よく遣り手婆に杖で殴られたもんだ。
 燻る毎日。苛立ちの逃し場所も知らず、逃し方も知らない。
 母にも遣り手婆にも……他の遊女たちからも、出来るだけ殴られないで済むように、上手く立ち回るしか無かった。
 それでもまだ幸せだったのかもしれないと、後から俺は思ったものだ。

 ある雨の日、俺は生まれ育った妓楼から追い出された。
 母という繋がりの女が、男と足抜けをした逃げたらしい。男衆も遣手婆も血まなこで探し、楼主は「何か知らないか」と俺を折檻した。だが、何も知らされていない俺は彼奴らの望む言葉を持ってはいない。ただ、母親という生き物に捨てられた事実よりも、明日からの己の現実を考えていた。
 母親である遊女が居なくなれば、男の俺は此処では生きてはいけない。鼻つまみ者ではあったが、あの女がいて、初めて俺の存在が認められていた。後ろ盾となる母親を無くした俺足抜けした遊女の息子なぞ、置いておく必要はない。
『命があるだけマシだと思え』
 雨のよく降る日、傘一つなく、そんな言葉とともに俺は放り出された。
 着の身着のまま、持つものは己が身ひとつ。
 外での生活も知らず、ひとりきりで生き抜く術も知らない、ただの餓鬼。
 転がる先は、どうしたって暗がりにしかならないだろう。


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