PandoraPartyProject

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キミの未来は輝いている

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
武器商人の関係者
→ イラスト


 其れは、月の世界と吸血鬼の騒動が終わりを迎えた直後の事。
 とある屋敷の客間にて。
 雨の隙間を縫うように、君を飼ってみせるとも。



「まあ、無茶をするねえキミも」

 銀髪の麗人は――武器商人はそう言って、ベッドに座る男の身体にゆっくりと包帯を巻いていく。
 当てられたガーゼには血が滲んでいるが、包帯で覆い隠されると見えなくなる。
 其れはこいつに似ているな、と男は――ドレッドレオは思いながら、大人しく包帯を巻かれていた。ドレッドレオは商人を名乗る男ではあるが、商人らしくない筋肉の付き方をしている。其れはたゆまぬ努力の証であった。
 ドレッドレオは惜しまない。努力も、計算も、頭を下げる事も惜しみはしない。鍛え上げた身体がより高額で宝石を買ってくれる令嬢の目に留まるならそうしたし、頭を下げる事で厄介事が通り過ぎてくれるならそうしてきた。

「やってみたかったんだよ、月での商売ってのを」

 そう。だからドレッドレオのこの言葉は決して嘘ではない。
 真実、彼は月で商売をしようとした。身体が弱いという吸血鬼の実験体を買った。美しいと言われるが危険だという宝石も買った。

 ――悪いのは買う奴だ。俺はただ、店に品物を置くだけさ。

 そう。そしてドレッドレオは、結果的に――月での商売には失敗した。
 月の世界は閉じられて、顧客になる筈だった吸血鬼たちは月の向こう側に消えた。
 其の一端を――イレギュラーズとして担った“元マスター”をちろりと責めるようにドレッドレオは見たが、はて、武器商人はどこ吹く風。楽しそうにドレッドレオの腹に包帯を巻いている。

「あんただって、月に河岸があるって判ったら手を出したくなるだろ?」
「まあね。でもドレッドレオ、害するものを市場に流すのは商人の悪だよ」
「しらね。買うのは客だ」
「こら」

 べー、と舌を出すドレッドレオはまるで子どものようだ。
 武器商人はラサでのドレッドレオを思い出し、くすくすと笑いながら包帯を巻き終え、留め具で其の端を止めた。

 ――悪いのは売った奴じゃない、買った奴だ。

 其れはドレッドレオの決まり文句だ。
 武器商人も其れを知っている。あれは、そう。確かドレッドレオが奴隷を売っていた事を謗られた際の言葉だったという。

 ――求められたからには売るモンだ。質の良いものを、求められた以上のものを。
 ――質が悪くて責められるのは上等だ。だが売ってるものが悪くて責められるのは気に食わない。

 まあ、手のかかる子だ。
 と、当時の武器商人は思ったものだ。其の時から危なっかしい子だと見てはいたのだが、まさか此処まで大きなことをしでかすほどに“成長”してくれるとは思わなかった。
 時にイレギュラーズを、そして最後には吸血鬼をも弄び寝返った男。武器商人は冷静に商人としてのドレッドレオは評価している。だが、人間としてのドレッドレオをどう思っているかというと――矢張り“手のかかる子”だろう。
 拗ねたように片足を立て、其処に頬杖を突いている男はとうに成人を迎えている。だが、其れでも武器商人は其の頭を撫でずにはいられなかった。

「いいこ、いいこ」
「……は?」

 まるで反抗期の少年のように、此方をむいて威嚇してくる様すら愛らしい。

「生きててえらいね、ドレッドレオ」
「誰かさんが丁寧に脅してくれたお陰だよ。俺は命は惜しいのさ。金庫に入れて保管しておきたいくらいには」
「其れでも我(アタシ)はキミの決断を評価するよ。大きくなったねえ」
「別に、あんたは俺の親じゃねえだろ」
「親代わりみたいなものさ。キミは孤児で、商人になろうとしてサヨナキドリの扉を叩いたんだろ? だったら我(アタシ)の家族も同然だ」
「……」

 武器商人の言葉は、果たして本心であった。
 勿論、かの月の大地で交わした言葉が嘘であった訳ではない。此方に帰ってこなければ殺す。其れは紛れもない武器商人の決意だった。
 だが、ドレッドレオはこうして帰って来たのだ。見事に吸血鬼を裏切って。寧ろわざわざかの吸血鬼エヴレオンを前線まで引っ張り出したという点では褒められるべきだとも思う。
 ドレッドレオは何とも言えぬ表情を浮かべていた。まさかラサ支部の木っ端とも言える自分のプロフィールを、サヨナキドリそのものを抱え上げる大烏めいた存在が把握しているとは思わなかったのだろう。珍しく言葉を探すように、雫が窓を叩く様を見詰めている。

「愛らしいね、ドレッドレオ。だけれど、今回みたいなことを繰り返すようじゃあ、我(アタシ)はちょっと心配だ。今でもやっぱり“質が良ければ何でも良い”って思ってるかい?」
「……思ってたらあんたは俺を殺すのか?」
「まさか」
「じゃあ『思ってる』って正直にいうぜ。どうせ此処でおべっか使っても、あんたは俺に首輪をつける。そうだろ」
「よく判ってるじゃないか」

 武器商人は嬉しくなった。
 矢張りこの子はとても優秀だ。よく頭が回る。商人として優秀で、オマケに“眼”も良いと来た。だからこそ、あの赤い宝石に目をつけてしまったのかも知れないが。
 だから武器商人は彼に首輪をつける事にした。対外的にもそうしなければならないし、そうでもしなければドレッドレオは凝りやしない。

「殺しはしないけどね、多少の制限は付けさせてもらうよ」
「例えば?」
「キミの取り扱う商品は、全てサヨナキドリ本部に報告してもらう。秘密はなしだ。我(アタシ)に隠し事が出来ないのは判っているだろう?」
「――あとは?」
「数年はラサで生活して貰うくらいかな。監視を付けるから」
「……。数年、か」
「そう。君にとっては致命的な数字だ」

 商人は一瞬を大事にする。
 例えば客と目があった一瞬だとか、客が商品に興味を向けた一瞬だとか、そういうものを。
 其の一瞬が売買の是非を分ける。其の一瞬を捉えられるかどうかが商人としての腕を左右するといっても間違いではない。
 そして武器商人の知る限り、ドレッドレオという男は其の一瞬を決して見逃しはしない。
 だからこそ――この数年という激動の時をラサで過ごさなければならないという処罰は、ドレッドレオによく効く筈だと武器商人が用意した薬だった。現に彼は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「最近は鉄帝では武器の商売が」
「ダメ」
「覇竜とか天義とかそっちの方も」
「ダメー」
「……ダメかー」
「ダメだよ」
「どうしても?」
「どうしても」
「……ダメかー」

 がっくりと項垂れるドレッドレオへ、武器商人は服を差し出す。雨の中だ、少し冷える。風邪を引かれてはたまらない。
 ドレッドレオは少しの間項垂れていたが、直ぐにしゃっきりと背筋を伸ばして服を受け取り、袖に腕を通す。

「まあ、俺はラサ支部長になる程度で十分だからな」
「程度って言った? 結構大変だよ、首輪つきから其処までとなると」
「――俺に出来ない事ってあると思うか?」

 抜け目がないかと思いきや、随分茶目っ気のある男だ。武器商人は笑いながらそう思う。
 普通なら首輪をつけられた時点でギルドを抜けていてもおかしくない。其れでもドレッドレオがサヨナキドリに居座る理由はただ一つ。“ラサの商売を握りたい”、ただ其れだけなのだ。
 其の為なら首輪をつけられた状態も甘んじて受ける、そう言外に告げた彼を心底愛らしいと思った。
 武器商人は大局を見据えた際、情に動かされるような存在ではない。だが――

「なれるといいね」
「……」

 今度はドレッドレオが目を丸くする番だった。きっと彼は、無理な願いだと思っていたのだろう。
 でも武器商人は彼で証明してみたくなった。“無理な事などない”のだと。

「ラサ支部を任されるかどうかは、キミ次第だよ。判ってるよね」
「――……勿論だ。其れくらいの方がやりがいがあるだろ。なあ、聞いてくれよ“マスター”。俺はラサでやってみたい事があるんだ」

 そう語る男の瞳はまるで子どものようにキラキラと輝いている。
 武器商人は其れを見て、ふと思い出した事があった。
 かの赤い宝石を巡る騒動の際、彼はこんな顔をしなかったと。只管狡猾さばかりを浮かべて、……其れが強がりだったのだとしたら?

「其れで、……って、何かおかしいこと言ったか?」
「いいや? ただ、キミが可愛くてね」
「……」

 俺はあんたのそういうとこが嫌いだよ、マスター。
 ドレッドレオは気まずそうに目を逸らしながらそう言った。彼の瞳にはもう、夢しか煌めいていなかった。


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