PandoraPartyProject

SS詳細

【散花】深層ハイドランジア

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切


 誰かが俺を見下ろしている。
「アーマデル……どうして…!」
 嗚咽混じりの掠れた声。耳慣れた音――弾正だ。大粒の涙が頬に落ちて来る。
 口の中の異物感が「泣かないでくれ」という言葉すらも妨げる。
「コフッ、ケフ…!」
 息が詰まりそうだ。苦しい。やっとの思いで吐き出したのは、目が冴えるほどの色。

ーー鮮やかな青の紫陽花ハイドランジア


「安全な場所で状態を診よう。足の方を持ってくれ!」
 誰かが何か叫んでいる。音の精霊種が聞き取れない筈がない。間近での叫び声だ。ただ、頭の整理が追い付いていない。

 仕掛けて来たのは見た事のない奇妙な魔物だった。白毛の虎――それだけなら対処も楽に済んだだろう。
 その獣は、まるで何かに寄生されている様だった。半身に咲き広がる黒百合。苦しむ様に時々呻き花弁を散らせ、力任せに路地にある物を吹き飛ばす。
『あれは何だ? 苦しんでいる様に見えるが』
『弾正、さがっていてくれ。呪いや毒の類なら俺には効かない』
 戦場で、よく交わしている会話だった。敵の異様な光景に違和感を感じていた筈なのに、アーマデルの細い身体に守りを任せる事へ、何の疑問も持たなかった。

――その結果が、これだ。

「おい、アンタ!」
「……っ、すまない」
 動揺で動けない俺を、男が叱咤する。同い年くらいに見える黒髪の男は、後にラウと名乗った。
 彼はこの『再現性九龍城』で花屋を営んでおり、アーマデルによく花を売っているらしい。

 初耳だった。霊廟に花束を供えている事も、見知らぬ男から花束を買い続けていた事も。

 恋人になったからといって、相手の全てを知る権利がある訳はない。
 知らなくて当然。……けれど不安に押し潰されそうになるのは、自分が未熟者だからだろうか。

「機嫌悪そうだなオイ」
「別に」

 拗ねた様な声が出てしまい、少しだけ良心が痛む。劉はため息をつき、汗の滲むアーマデルの額をぬぐいながら話を続けた。

「弾正っつったか。アンタ、この花を知ってるか?」
「馬鹿にするな。紫陽花ぐらい俺でも分かる」
「名前じゃねぇ、聞きたかったのは花言葉を知ってるかって事だよ」

 酒や宝石に意味がある様に、花にも秘められた言葉がある。
 その意味がすばらしい物ならば、劉も言及する事は無かっただろう。

「青い紫陽花の花言葉は"移り気"――」
「違う!!」

 アーマデルはちゃんと俺を愛してくれている!感情の抑制が効いたままでも、一生懸命に愛情を伝えてくれているじゃないか!!
――それなら、俺がするべき事はひとつしか無いはずだ。

「何処へ行くつもりだ!?」

 弾かれた様に走り出したのは、劉の声から逃げたかった訳じゃない。ただ証明したかった――信頼の証を。
 俺がどれだけ、アーマデルを愛しているかという事を!


「うおおぉぉお!!」

 手負いの虎を見つけるのは容易だった。吠えたくり緋色の刃を振り上げ、虎の胴に斬りかかる。明滅するネオンだらけの寂れた路地に、ぱっと黒百合の花弁が散った。手負いの獣は脅威に抗い、組みつく弾正の肩へ噛みついた。骨が軋み、肉を裂く様な痛みと共に異音が響く感染した。紫色の花弁が辺りへ散らばり、浸食が広がろうと歯を食いしばり、技が"成る"まで虎へ刃を突き立て続けた。

「ッ、陰者…終曲……ッ!!」

 平蜘蛛の刃から紫雷が迸り、虎の身体を絡め取る。それは弾正からの信頼だった。
――新しい必殺技アクセルカレイドは【呪い】と【雷陣】がいい。BSを付けて有利になる様にしたいんだ。そうすればきっとアーマデルが……。

「黄昏に染まる忘却の川ワディ・ラカスより朱きもの猛毒よ、盃を満たし、我が敵の喉を焼け!」

 凛とした声が響き渡り、朱き猛毒の神酒が虎を襲う。痛みに虎がのたうち、ついに黒百合は枯れて巨体ごと黒ずみ崩れていった。
 最後の反撃だと勢いよく振り払われた弾正が、背後の壁にぶつかりかける。危ない、と割って入ったのは待ち望んでいた愛しい人――
「大丈夫か、弾じょ…うわっ」
 弾正を支えようと身構えたアーマデルは重量に耐えきれず、ついに一緒になって倒れ込んだ。
 青い花弁と紫の花弁が交じり合い降り注ぐ中で、アーマデルと弾正はお互いの温もりを確かめ合うように抱き合った。

「弾正も俺も、ボロボロだな」
「嗚呼。いつもスマートにいかないのが俺達らしい」

 なりふり構わず、がむしゃらに、どんな窮地も二人で生き延び続けてきた。
 終末は近い。けれど二人でなら、辿り着く筈だ。ハッピーエンドの、その先へ――


「さて、息はある様だけど、どうしようか」

 後から駆け付けたイシュミルが、二人仲良く眠るアーマデルと弾正の前で腕を組む。医者を呼ぶ役目を終えた劉は、辺りに散る花弁を見てようやく理解した。
 紫陽花の花言葉は"移り気"以外にもある。ただ――どれほど耐え忍び続ければ、こんな組み合わせになるというのだ。

――青の紫陽花辛抱強い愛紫のアネモネあなたを信じて待つなんて。

おまけSS『いんもんうずく あらしのよる』


「はっきりと言おう。今の弾正さんに会うのは危険だよ」
 雨が窓を叩き、雷鳴轟く嵐の夜。弾正の自宅のリビングで、イシュミルとアーマデルはテーブルを挟んで向かい合っていた。
「そんなに酷いのか、弾正の状態は」
「今の彼は誰でも見境なく襲うだろうね。私でさえ、睡眠薬で眠らせなければ触れる事すら危うかった。
……それでも、面会するつもり?」

 きっかけは、仕事帰りに一緒に立ち寄った闇市だった。
 アーマデルと弾正、そして依頼に同行してもらったイシュミルの三人での買い物中、弾正は「何だこのCOOLな茶器は!」と目を輝かせ、いかにも怪しげな湯呑みを商人から高額で買い取った。今思えば、その時から弾正の動向は怪しかったかもしれない。まるでその湯呑みに魅入られているようだった。
 けれどその時、アーマデルは命がけの依頼の後で気が緩み、嬉しそうに眼を輝かせる恋人を素直に微笑ましいと思うに留めてしまったのだ。

「お気に入りが見つかってよかったな、弾正」
「嗚呼。ちょうど普段使いの湯吞みが割れて困っていたところだったんだ。何度見ても詫び錆びを感じられる素敵な風合い……早く使ってやりたい」
「それなら今日はここで解散だな。また明日、ローレットで――」
「待ってくれ、アーマデル。今日この後は、お互いにフリーだったろう? どうだ、イシュミル殿も一緒に、俺の家でお茶でものんで行かないか」

 幸いな事に、現場は弾正の自宅からそう遠くはない。少しでも一緒にいたいと思ったアーマデルは「弾正がそう言うなら」と誘いにのって、三人で穏やかなお茶会の時間を過ごしていた……はずだった。

「ぐぅっ…!?」
「ッ、どうしたんだ弾正!?」

 使ったばかりの湯呑みがフローリングの床に転がる。急に右腕を押さえて苦しみだす弾正。
 アーマデルが駆け寄ろうとすると、駄目だと強く拒絶の言葉をぶつける。思わず立ちすくんでしまった事を、アーマデルは悔いていた。
 ふらふらと自分の部屋に去っていく弾正の額には、脂汗が浮いていた。きっと何かしらの衝動を抑え込もうとしていたのだろう。誰も傷つけない様に、たった独りで背負う為に。

「眠らせている間に診た限り、身体は健常。呪いの類では無いようだったね」
「それなら、ここから先は俺の仕事だな」

 病気でも呪いでもないのなら、考えられる可能性は、悪霊の憑依。逝くべき所へ導いてやらずに引き下がる訳にはいかない。

「イシュミル。俺が弾正の部屋に入って、半日経っても戻らなかったら……」
「ローレットに救援を求めればいいんだね」
「頼んだ」

――いい表情かおをするようになったじゃないか。

 アーマデルの顔からは、未だに感情の起伏が読み取りにくい。けれども無辜なる混沌に来て、表情の"はば"は広がっていった様にも見える。
 決意を秘めた、凛としたまなざし。凛とした横顔に決意を感じ取り、イシュミルは微笑みながら背中を見送って、そのまま――

 アーマデルが弾正のいる部屋へ入るのを見届けた後、ついに笑いを耐えきれず口元を抑えて笑い出した。


 部屋に入ると、ベッドの上で眠っていたはずの弾正が消えていた。
「ッ、まさか……!」
 後ろか、と気づいた頃にはもう遅い。ドン! と背後から突き飛ばされベッドの上へうつ伏せに沈む。
「くっ、目を覚ませ弾正!!」
「はぁ……はぁ、……アーマデル…」
 馬乗りになり身動きを封じられる。アーマデルも鍛えていない訳ではない。しかし、弾正のフィジカルはアーマデルを越えていた。身体がベッドに沈み、スプリングが軋む。
「意識があるのか、弾正」
「嗚呼。だが……欲望が抑えきれない。身体が勝手に動いてしまってッ……」

――欲望。

 もしや、とアーマデルは目を細めた。
(悪霊は、弾正と同じ欲望を持っていたのか。だとしたらこのまま、俺が欲望のはけ口になれば成仏してくれるかもしれない……)
 耳元に息がかかる程の距離で、弾正が囁く。
「ずっとシてみたかったんだ、アーマデルと――」
「……。…………いいぞ」
 雷鳴が響き渡る。もっと鳴り続ければいいのにとアーマデルは目を閉じた。心臓が早鐘をうつ。
 何をされるか分からない。けれど、弾正になら何をされても、後悔はしないから。
「いいぞ。好きなだけ、弾正の欲望を俺にぶつけて欲しい」
「アーマデル…はぁ…はぁっ…もう、我慢できない!!」

 ズブブッ!!

「――ッッ!!!」
 未知の感覚に細身の身体がビクンと跳ねた。目を見開き身をこわばらせる。
「ぅ、く――」
「痛むか?」
「ゃ、なんか、変な感じだっ……」
「力を抜いて楽にしていろ。……すぐに気持ちよくしてやる……」
 何本も指を挿入されて、押し広げられる。身体が熱い。ぐいぐいと押し広げられ、アーマデルは時分が何をされているのか解らず戸惑った。

(いや、本当に何をされているのかよく分からないんだが、誰か説明を……!!)

 背中と肩甲骨けんこうこつの間にある隙間を、弾正の筋張った男らしい指がぐいぐいと無遠慮に侵入し、広げていく。

「ずっと、シてみたかったんだ……肩甲骨はがし」
「肩甲骨はがし」

 思わず復唱した。
 固まってしまった肩甲骨周りの筋肉をほぐし、菱形筋りょうけいきん肩甲挙筋けんこうきょきんなどの手が届かない場所にある筋肉を動きやすくして、筋肉本来のパフォーマンスを取り戻す肩こり用のマッサージーーそれが肩甲骨はがしである。

「アーマデルはいつも、重たそうな蛇腹剣を振り回していたから……肩こりが酷いのではないかと思って」

 休日にTVでやり方を知ったのをきっかけに、ずっと試してみたかったのだという。

「これでどうだ。試しに右腕を回してみてくれないか?」
「凄いな、めちゃくちゃ軽いぞ弾正!」
「よかった。では左肩も施術しよう」

 闇市で弾正が手に入れた湯呑み。あれは練達のとある地区に住んでいた名のある整体師のじーさんの遺品だった。
 じーさんも相当に湯吞みを気に入っていたようで、寿命を全うした後も仕事をしたくてつい思い出の湯吞みに憑りついてしまい、お茶を楽しんでいる弾正の身体にのりうつってしまったのだ。弾正は弾正で"アーマデルを癒してやりたい"という良心がじーさんの思いと合致するも、他人にアーマデルの身体を触らせたくないという嫉妬があり――結果、意識は弾正・身体の自由は整体師という今の状況が生まれたのだった。

 ぐりっ! ぐりゅっ!! ――ビクン!!
「ぁ! くっ、駄目だ弾正っ……そこはッ…」
「ふふ。敏感だな、アーマデルは。殷門いんもんがそんなに疼くのか?」
「いん…もん……」
「そうだ。太ももの裏側にあるこのツボは、足のだるさを解消する。今日は敵を追いかけて沢山走ったからな」
「それもTVでやっていたのか……?」
「いや、じーさんの霊が教えてくれた。今ならわかる、わかるぞ……あらゆる身体のツボが!!」
「ゃ、そんな、激し……アッーー!!」

 この後、2時間みっちり全身もみほぐしフルコースを経て、整体師のじーさんは満足して成仏し、後にはすっかり盛り上がってしまって恥ずかしくなった弾正と、新調したかのように身が軽くなったアーマデルだけが残されたのだった。

「もう脅威は過ぎ去ったみたいだね?」
「イシュミル、お前知ってただろ」
「さぁ? 何の話だろうね」


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