PandoraPartyProject

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花言葉は七変化

登場人物一覧

リリィリィ・レギオン(p3n000234)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと


 雨の音は好きです。
 静かで、まるでこの部屋が隔絶されたような心地になります。孤独感はありません。だって外に出れば、わたしの友人たちがいます。
 雨の香りが好きです。
 飽和するほどの水の香り。其れは恵みをもたらしてくれるから。――あ、勿論、土砂降りや長雨だと困ってしまう事もあるのですが。

 そんなわたしは、今日はお出掛けの為に長靴に合う服を身体に当ててはベッドに置き、当ててはベッドに置き、を繰り返していました。
 リリィリィさま――リィさまとお出掛けする約束だからです。

 ――雨の日といえば紫陽花でしょ! 紫陽花見に行こうよ!

 いつだったか、夜をふわふわ散歩させて下さったあの時から、リィさまはわたしによく話しかけて下さるようになりました。今日はこんな事があった、例年ならもうすぐこんな事があるはずだ、と。そうしてそんなお話の中で、雨の話が話題にあがったのです。

「そういえば、メイメイは紫陽花って好き?」

 伺うようにわたしを見るリィさまの瞳には、絶対的な自信が映って見えました。わたしはリィさまのそういう所が羨ましいな、と感じる事があります。絶対、を信じられる。其れは其れだけで素敵だと思うのです。

「ええと……お家への帰りに、咲いてるのを見かける、程度、です」
「そっか。そっかそっか~!」

 やっぱりね、というお顔をして、リィさまがうんうんと頷きます。
 そうして、紫陽花が群生してる花畑をこの前見付けたんだ、とわたしに教えて下さいました。
 其れは素敵ですね、と私が返すと、む、と不機嫌そうな表情を浮かべるリィさま。――? わたし、何か変な事を言ったでしょうか。

「あのね、君に、紫陽花を見に行こうってお誘いをかけてるんだけど!」
「……え」
「メイメイは鈍いなあ」

 人より少し長い八重歯を見せてくすくす笑うリィさまに、わたしは恥ずかしさと照れ臭さで顔を赤くして俯くしか出来ませんでした。

 リィさまはあっという間に日時を決めて、私に「おめかしして家の前で待ってて」と仰いました。
 興味がないというと嘘になります。紫陽花の色、大きさ、どれくらいの規模なのか……でも、雨の日のお出掛けは少し……だいぶ、気を使わないといけないのです。

 短いスカートだと嫌われてしまうかしら。でも、余り長いスカートを履くと雨に濡れてしまってみっともないし。雨の日は少し冷えるから、いつもより少し厚着を――あれ? あのカーディガン、何処へ行ったのかな。

 私が四苦八苦して、少し厚いカーディガンに程よい長さのスカート、そして長靴を履いて家の前で待っていると。

「や~や~出迎えご苦労~! なんてね。ごめんね、メイメイ。待った?」

 リィさまはいつもの恰好に黒い長靴を履いて、赤い傘を差して、わたしの前に現れたのでした。



「いいえ、殆ど待っていないので、大丈夫です」
「ホント~? なら良いんだけど。あ! メイメイも長靴だね。長靴っていいよね、本当にヒトの発明には驚かされるよ」

 これで水溜りを踏んでも大丈夫って訳だね!
 そう言って笑うリィさまは、いつもより子どもっぽく見えて。
 そうですね、と返して笑えば、でしょ、と今度は少し大人びた笑みを浮かべて返して下さるのでした。

「あのね、こっちだよ。そんなに此処から遠くないけど、人が多いかもしれないから」

 リィさまが手を差し出します。
 わたしは其の意味を理解しかねて、きょとんと目を瞬かせます。
 ……リィさまの顔へ視線を戻すと、ん、ともう一度手を強調されました。そしてしびれをきらしたのか、わたしの手を取ってきゅっと握ります。

「手を繋いでいないと、メイメイは流されていってしまいそうだからさ」

 そう言って、有無を言わさずわたしを引っ張っていくリィさま。
 わたしは二人の手が濡れないように傘を傾けるのが精一杯。リィさまに手を引かれるまま、歩き出すのでした。



 リィさまが見付けたという紫陽花畑は、素晴らしい景色でした。
 思ったより人がいないね、と、ぱっと手が離されて。わたしはすごい、と瞳を瞬かせました。
 白い紫陽花、青紫の紫陽花。赤紫に、赤に近いもの。品種も様々で、低木に似て背が低いものがあれば、まるでコスモスのように高く伸びて花を咲かすもの。
 様々な紫陽花が其処には在って、まるで世界中の紫陽花を此処に集めたかのよう!

「わ、あ……!」
「凄いでしょ。空の上から見ても凄かったけど、こうして見ると本当に、世界中の紫陽花を集めたみたいだよね」
「はい! わ、わたしも、そう思いましたっ」

 奇しくもわたし達は同じ事を考えていたみたいで。
 わたしは其れが嬉しくなって、笑みを浮かべました。

「でも、……同じ場所に咲いているのに、どうして色が、違うのでしょう?」
「うーん、何でだろ。練達辺りの科学者なら知っているかもしれないね。でも僕は興味ないかなー! 興味ないっていうか、知るのが勿体無いっていうか」

 だって色鮮やかな方が綺麗じゃない?
 そういうリィさまに、わたしはこくりと頷きました。様々な色の紫陽花が咲き誇る様は、現実にとても綺麗で。其れに理屈をつけてしまうのは、なんだか勿体無いように思えたのです。

「晴れの日に来たらお弁当とか食べられたかな。でも雨の日だからこそ、紫陽花は綺麗に見えると思ったんだ。ね、メイメイ。感動した?」

 そう聞いて来たリィさまは、いつぞや、わたしを誘って下さったときと同じ顔をしていました。
 わたしが「いいえ」と言わない事を確信している瞳。大人の姿だったら其の姿に恐ろしさを感じていたのかもしれませんが、リィさまは少年の姿で、いっそ愛らしくも思えました。
 だからわたしは素直に、リィさまに笑顔で答えるのです。

「ええ、とっても。……あの」
「なに?」
「コーンスープでしたら、……寒いと思って、持ってきたのです、けれど」

 カバンの中に忍ばせていたボトル。其の中にはわたしが昨日から作っておいたコーンスープが入っていました。
 雨の日は肌寒いから、きっとリィさまも寒いはず。要らないなら要らないで、持って帰ってわたしが飲めばいいだけの話だから。
 と、持ってきたのですが――

「本当!? やったー! やっぱり雨の日には暖かい飲み物に限るよね!」

 と両手を上げて喜んで下さるリィさまを見て、わたしはほっと安堵の息を漏らしたのでした。
 紫陽花が良く見える場所で飲もうよ、と場所を探し出すリィさまに頷いて、わたしは紫陽花へと視線を移しました。

 赤、青、白。
 様々な色を湛えた花弁に、ぽたん、と雨のしずくが落ちて。花弁を僅かに揺らしていました。


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