PandoraPartyProject

SS詳細

君を乾す

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛

 迷路を攻略する為にワザワザ、所以もなく自らを贄にする事など本来は出来ない。オマエが贄として身投げする事になった理由は、成程、かみさまかおこさまに捧げた一本のナイフか。ここでひとつ、オマエに叩き付けておくとしよう。果たしてオマエが持っているのは、掴んでいるのは、ナイフの、持ち手の方なのではないか……? からからと嘲笑を始めた、今、生きている者と死んでいる者は、さて、同じ思考なのか。
 生ハム、生姜焼き、煮つけ、骨付き、はらわた、ジュース……ジュースジュースジュースジュースジュース……ジュース。
 欠片も残っていない、残される筈がない。抉れたガーネットの美しさに眩んだのは、おそろしく暗示をしていた所為だ。緑色の崩壊の原因についての仮説……体液が廻る所為だ……誰かと誰かの体液が混ざる所為だ。ゆっくりと迫ってくる化け物か怪物の、反射的な自傷が周囲の人々を巻き込んでいく。書いた通りにならなかったのは、成程、小規模なフリークス同士のじゃれ合いの所以だったのだ。脳内を駆けていくたくさんの思い出がひとつの意味を落としていく。ああ、最初からのスイッチを入れなかったとしても、俺は、僕は、自分が想像している以上の幸福を擁していると、そう謂う始末なんだね……。ぱあっと咲いてくれた彼等の名は造花だ。人造の花弁と無理矢理にくっつけられた花粉、蜜、エトセトラ。そうだ、二人で花束を作って二人で交換しないか、カンちゃん。それ好いね、とっても、良いと思うよしーちゃん。気分次第でついてくるノスフェラトゥの戯言……ノーライフキングへの外れ道……吐き散らかした新鮮な野菜と、如何にかお口にはあった現代の生魚。そうだ、生卵をかけるってのは如何? 俺で試してごらんよ。えっ? 試してごらんよ、って如何いう事なの、しーちゃん。前にも謂ったじゃないか、もう忘れたのかい、睦月……。
 経験してきた。あらゆる地獄とあらゆる楽園を、高低差で気が触れそうになった事だって何度も何度も遭った。カトラリーとお皿を準備している時間は無い。何せ、滴った先から失せていくのだ。サラダ・ドレッシングに不可欠な要素を付け足して満足感を増やす。滑り止めとして使用したのは変形した手の爪――皮剥ぎとは珍しくもなんともない。
 帳が嗤っていたのだと、ヴェールが哄笑していたのだと、俺が把握出来たのはおそらく、楽園とやらに棲んでいる喇叭持ちの群れの所為で在った。残酷に、乱雑に、病的に、冒涜的に、只管と名状し難く、狂っているフリをして形容詞を並べてみたところで、嗚呼、俺は俺の心地の良い花園について、殺す事や忘れる事など出来やしないのだ。一時期アノマロカリスの刺身に嵌まっていた事を考えてしまえば、先程の、途轍もない破滅的な肺臓の停滞は誰しもが羨む純愛ラヴ・ストーリーのエンディングと謂うワケだ。誑かし、唆し、時には互いに求め合い、精神の底の底から胎児のようにして怠慢を悪くないと思う。そう謂えば俺に必要なのは頽廃的な、退廃的な、あのお方の為に突き刺した沈黙の類なのではなかったのか。噛み付かれた酩酊の※段階に首無しの化け物のイメージを被せる。黙秘権を使うだって? アハハ、俺はね、俺の大切な人の為ならば、溺死する事も落下死する事も厭わない、だから、虚の、最後と、最期と呼ばれる蒼白に感謝しているのさ。サプライズ・パーティに出席する際は招待状を忘れたり、失くしたりしてはならない。スタッフに見つかれば最悪テーブルの上の肉の塊に成り果てて終うのだから……現実を眺めている余裕はない、濡れているのだ。
 強烈、なんて言葉では扱いきれないほどに咽喉が渇いている。いや、正確には、莫迦げているほどに餓えている。おねだりしたり、頭を抱えてみたり、不安定な脳味噌を如何にかして誤魔化そうと試みたけれども、さて、愈々、僕はまったく『僕』をやれていないらしい。まあ、もちろん、僕はきっと生じた頃から味音痴だった筈だ。濁流のような甘味の大渦巻きに埋もれていた筈だ。それが、現となっては滑稽なザマではないか。止まらない、留まらない涎に混在して、醜いほどに臭い、腐っている胃液サマのご登場と謂う沙汰なのか。だから、僕が狂っている事には、僕自身が一番把握しているのだと、何度伝えれば好いのだ、僕。なんですって? それなら、今、垂れ流しているオツムの具合は何者の仕業なのかと問われれば、己の牙と咽喉に語り掛けるのが宜しい。誇り高く、気高く、何よりも僕の現状が味わった事のない優越感を孕んでいる。しーちゃん。ねえ、しーちゃん。ありがとう。僕はもう大丈夫だから――ランチ・タイムに相応しい料理を数えよ、ただし、オマエの脳髄は含まれないとする――ダイヤモンドとアンモナイトって似てるよね、しーちゃん。
 スタッフィングの方法に関しては彼に教えてもらったばかりだ。プディングの胴体のヤカマシサはまさしく皮の無い生物に相応しい。兎も角、必要不可欠なのは血抜きではないか。騎士がお姫様を前にして跪き、その、柔らかで脆そうな手の甲に唇を当てる。また、随分と中てられたかのような格好だが、此度のポーズは……目の前に『ある』白い首……。しーちゃん、顔色が悪いよ、さっきもうまく歩けてないようだったし。いやいや、そんな事はないさ。俺はいつだって健康体だよ。そんな、身勝手な現実を僕の頭の中と謂うヤツは搾り出していたと、そう、告げたいのだろうか。だって、ほら、こんなにも僕の體は冷えているから、物理的に涙が転がっているから。オマエ、嗚呼、オマエ、わからないフリをするのはいい加減諦めたら如何なのだ。死んでいる。息、絶えている。こんな、干乾びた、人魚の木乃伊の真似事を大切に大切に抱えて、誰かに見つかったら如何様に脱するつもりなのか、変なこと謂わないでよ、まだ、しーちゃんは僕と一緒に居たいって笑ってくれているんだ。しかも、あの変な笑い方じゃなくて、僕に対してだけ向けてくれる、心の底からの笑顔なんだもん。
「カンちゃん、ねえ、食べてくれる?」
「そのままの意味だよ。カンちゃんが俺を殺して、食べるんだ」
「食べ方はカンちゃんに任せるよ、俺はもう、長くないからね」
 結局のところ俺は正直者で、更にはイカレタ嘘吐きで、人を血と肉の塊としか考えていない殺人鬼だったと謂うワケだ。だからこそ、この僥倖な言の葉に脳漿を流す事が出来たので在って人生一度きりのチャンスとやらを掴む事が出来たのだろう。嗚呼、カンちゃん、俺の大好きな大好きな睦月。俺の睦月――騙すような事をしてほんのちょっと悪いとは思っているけれど、こんな、素晴らしい機会を与えてくれた「かみさま」に棘を刺さなくちゃいけないのだ。そう、そうとも、俺は「長くない」かもしれないが、再現性東京あたりの病院で在れば生きる事は出来たかもしれない。アハハ! 御免だね、本当、そんな末路は御免だね。この貧血は、意識朦朧は、盲目的に己が突っ走った道なのではないか。だから、此処で俺だけが不幸なほどに呼吸をするのは間違っている――やあ、カンちゃん。今日は「陽が隠れている」事だし、散歩にでも出掛けてみないか。この天気なら知り合いに会う確率も低いだろうしさ。俺の事を悪魔だと罵るならば、そう、睦月とは関わらないでくれ……。
 恐怖――ふらふらと、鉛のような臭いに塗れて、俺は唯一の恐怖について咽喉を鳴らしてしまった。いや、この恐れは、怖れは、俺の総てを受け入れる為の爆薬とでも表現すべきか。そう、俺は――睦月を独りにしてしまうのが、何よりも、恐ろしいのだ、怖ろしいのだ。俺が死んでいるだけで、もしかしたら、別の誰かにひどい事をされるのかもしれない。いや、そうではない。カンちゃんがそんな事で俺への眩暈を忘れる筈がない。だったら、如何してだ……嗚呼、答えは簡単なものではないか。応えは俺の中にも存在するのではないか。独りは嫌だ、さびしい、哀しい、おいていかないで……。声が聴こえる。何処までも何処までも響く、俺の愛する妻さんの滂沱のような音だ。慰めの言葉を投げようとしたところで、俺は俺の状況を改めてみる。傘なんて要らないのだ、と、取り敢えず震えを放棄した。
「しーちゃん、見てよ、今日は誰もいないんだね」
「これなら誰の目も気にせずに……?」
「――しーちゃん」
「――おなかすいた、よ」
 知っていた。こうなる事はお互いに知っていた。現実離れしている事こそが現実なのだと、君を欲した時からわかりきっていたのだと。カンちゃん、さっきも言ったけど、いつでも俺を食べていいんだ。その代わりと謂ってはなんだけど、幸せな俺をもっと幸せにしてほしいのだけれど、肉や皮、骨とか色々と、残さないでくれ。しーちゃん、しーちゃん、しーちゃんしーちゃんしーちゃん……。縋るような状態か、抱っこしている状態か、まあ、そんな格好の事に一々、シナプスを回している余裕はない。誰の目にも明らかだが誰の目にも映りはしない、鏡面からの無碍――牙が這入る、唇が皮膚をつつく、唾液と血液が踊り狂う、失っているのは体温なのか、それとも、雨のざわつく空からのお迎え……。良かった。良かったんだ。これで、きっと、睦月は、俺で満たされてくれる……!
 にく汁、ステーキ、ハンバーグ、ウインナー、刺身、炭火焼、サンドイッチ、カレーライスの甘口、羊羹……ジュース……ジュースジュースジュースジュースジュースジュース……ジュースジュースジュースジュースジュース……!
「しーちゃん。ねえ、しーちゃん。どこ行っちゃったの?」
 焦燥感――目眩感――と同時に襲い掛かってくる、わけのわからない腹八分目。
「――返事してよ」
 卵が割れている、生卵が割れている。
 ぐちゃぐちゃになった生卵の貌が、どろりと、
 ――中身だけで返事をしている。
「スプーン……スプーン……」


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