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あめ、あめ、あの人を連れ去って
登場人物一覧
- 刻見 雲雀の関係者
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雨は嫌いだ。
雲雀はつくづくそう思う。
彼の体温が抜けていく感覚を思い出してしまうから。
雨は嫌いだ。
雲雀は心の底からそう思う。
彼から広がる血だまりが、彼の暖かさを吸っていくのを鮮明に思い出してしまうから。
雲雀がもといた世界では、“どのような”にこそ差異はあれど、必ず終わりは訪れていた。
そして其の“終焉”はいつだって、雨の降る日だった。
雨が降って、血が流されていく。真っ白な彼の膚が嫌という程眩しく見えて、唇をかみしめる。
喪わないと決めても、決めても、決めても。いつだって雨は雲雀から愛を奪って行った。静かに、そして残酷に。
だから、雨が降るたびに――雨音が響くたびに――何度も雲雀は夢に見た。正確には“夢という事にした”。彼の大切な片割れ、愛しい片割れの死をなぞっては夢だと断じて、時を巻き戻す。そうして生きている彼を前にして、再び微笑む。
其れでも雨が降るたびに、今日か否かと漠然とした不安が雲雀を襲っていた。
大切な半身を喪う恐怖。其れがこと此処、混沌に来てからは其れが強くなった。
やり直せないからだ。
この世界にいる間、雲雀は元いた世界の運命に手を加える事が出来ない。其の間に破滅の未来が、“終焉”が来てしまったら、其れを夢だと断じる事はもう出来ない。何より――混沌の世界法則により弱まった“邪眼”は、もう雲雀に繰り返しの力を与えてくれなかったのだ。
片割れを救う為に世界を繰り返した。邪眼の力を借りて、一度、二度、三度……何度も何度も繰り返した。けれど必ず雨の日には終焉がやってきて、260回あたりで数えるのをやめた。
いつだって雨の日に終わりはやってきた。無慈悲に、残酷に、終わりを告げて雲雀から愛する人を奪い取って行った。
だが――今回は違う。この混沌という世界に迷い込み、雲雀は初めて今までにない道筋を歩み続けている。
初めてばかりの世界。初めて見る顔。初めて掴む能力――何もかも初めてばかりだから、雲雀は知らず知らずのうちに期待をしていた。
もしかすれば、今回は“終焉”は来ていないのではないか。
もしかすれば、雨の日を越えてくれているのではないか。
そんな淡い期待をよすがに、雲雀は毎日を過ごしている。
雨の降る日は憂鬱だ。この世界で雨が降っているから他の世界でも――という事はないのだろうが、其れでも雨が降るたびに、これまで繰り返した200余の終焉を思い出すのだ。
――隼人は無事だろうか。
雲雀はただ、其れだけを思う。
静かに頭を振るう。自分が信じなくてどうするのだ、と己を叱咤する。自分がいなくなった事で、世界に変化が訪れているかもしれない。
――雲雀
今でも目を閉じれば思い出せる。
鏡で見る顔とそっくりな、しかし自分にだけ向けられる笑顔。優しい声、暖かい手。
会いたい。
雲雀の中には其れだけだった。
「会いたいな、隼人」
顔が見たい。声が聴きたい。其の手に触れて、暖かさを噛み締めたい。
そうして雲雀は、雨の中眠りに落ちていった。
●
今日も雨、だった。
人々は静かに傘を差し、葬列めいて波を作る。雲雀もまたその一人。所用によって買い物に出なければならなかったのだ。
食わなければ生きられない。例え愛おしい人を喪っても、雲雀は生きていかねばならない。
だってもしかしたら、彼は生きているかもしれないから。そうしたら、己が帰った後に抱き締め合えるかもしれないから。
そんなか細い可能性に賭けて、雲雀はいまを生きている。そう信じなければ生きていける自信がなかった。だってこんなにも、彼のいない世界は色がなくて灰色だ。
帰りには喫茶店に寄った。
雨が已むまで其処にいるつもりだった。
珈琲の香ばしい香りが鼻を擽る。
彼が生きていたら。いつかこの雨を好きになれる日が来るのだろうか? 隼人が生きていたら、この不思議な旅路をどう語れば良いだろう?
俺は別の世界に召喚されていたんだ、なんて話を信じてくれるだろうか。いや、隼人ならきっと信じてくれる。そんな不思議な確信があった。
此処であった事を話したい。色々な人に出会い、事件に出くわし、其れを解決してきた事。滅びゆく世界を護るために戦ってきた事。話したい事は山ほどある。
勿論、愛しい片割れとまた出会えた日には――其れは混沌から去る時であり。この混沌で出会った友人とは別れる事になるのだろう。其れは悲しい事だ。きっと二度と会えないから。……其れでも。雲雀はこの愛を手放せない。雲雀には彼だけで、彼にもきっと、雲雀だけだったからだ。
「……」
頬杖を突いて、ぼんやりと道行く人々を見詰める。
手を繋いだ親子連れ。同じ傘を分け合う恋人たち。家族の元へだろうか、家路を急ぐ人――様々な人がいる中で、雲雀は。
己によく似た横顔を、見付けた。
「……ッ!?」
思わずがたん、と席を立つ。
周囲の視線が集まるのも厭わず、喫茶店の扉を開いて雨の街道へと飛び出した雲雀。
だが既に其の流れは遙か向こうへと流れて行ってしまっており、雲雀が焦がれたあの横顔を見る事はなかった。
幻だったのだろうか?
会いたいと思う己の心が生み出した、一時の気の迷いだったのだろうか。
「……隼人」
濡れてゆく肩にも厭わず。雲雀は少しの間、其処に立ち尽くしていた。
●
刻見 隼人は振り返る。
雨の日は余り好きではない。“いずれ訪れる破滅”を思い出してしまうから。
けれど、腹は空いてしまう。よりによってこんな日に、と舌打ちをして――買い物に出て街道を歩いていた時のことだった。
雨に出歩く人は様々だ。己と同じように買い物をする人。傘を同じくして歩く恋人たち。喫茶店で雨を凌ぐ人々。
――そんな中、隼人の目に留まったのは。
――己とよく似た顔をした、愛しい片割れだった。
「……雲雀?」
立ち止まりたい。けれども人並みが許してはくれない。
隼人は人並みに押されるようにマーケット街へと足を進め、……そうしてようやく、立ち止まる。
あれは幻だったのだろうか。
会いたいと願う自分に世界が見せた、ひとときの夢だったのだろうか?
雲雀と隼人。二人はお互いが此処にいる事を知らない。
では、“終焉”は――“破滅”は回避されたのだろうか?
其れは、誰も知らない事。
- あめ、あめ、あの人を連れ去って完了
- GM名奇古譚
- 種別SS
- 納品日2023年07月16日
- テーマ『『イチリンソウの雫』』
・刻見 雲雀(p3p010272)
・刻見 雲雀の関係者