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あめ、あめ、あの人を連れ去って

登場人物一覧

刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼
刻見 雲雀の関係者
→ イラスト


 雨は嫌いだ。
 雲雀はつくづくそう思う。
 彼の体温が抜けていく感覚を思い出してしまうから。

 雨は嫌いだ。
 雲雀は心の底からそう思う。
 彼から広がる血だまりが、彼の暖かさを吸っていくのを鮮明に思い出してしまうから。

 雲雀がもといた世界では、“どのような”にこそ差異はあれど、必ず終わりは訪れていた。
 そして其の“終焉”はいつだって、雨の降る日だった。
 雨が降って、血が流されていく。真っ白な彼の膚が嫌という程眩しく見えて、唇をかみしめる。
 喪わないと決めても、決めても、決めても。いつだって雨は雲雀から愛を奪って行った。静かに、そして残酷に。

 だから、雨が降るたびに――雨音が響くたびに――何度も雲雀は夢に見た。正確には“夢という事にした”。彼の大切な片割れ、愛しい片割れの死をなぞっては夢だと断じて、時を巻き戻す。そうして生きている彼を前にして、再び微笑む。

 其れでも雨が降るたびに、今日か否かと漠然とした不安が雲雀を襲っていた。
 大切な半身を喪う恐怖。其れがこと此処、混沌に来てからは其れが強くなった。

 やり直せないからだ。

 この世界にいる間、雲雀は元いた世界の運命に手を加える事が出来ない。其の間に破滅の未来が、“終焉”が来てしまったら、其れを夢だと断じる事はもう出来ない。何より――混沌の世界法則により弱まった“邪眼”は、もう雲雀に繰り返しの力を与えてくれなかったのだ。
 片割れを救う為に世界を繰り返した。邪眼の力を借りて、一度、二度、三度……何度も何度も繰り返した。けれど必ず雨の日には終焉がやってきて、260回あたりで数えるのをやめた。
 いつだって雨の日に終わりはやってきた。無慈悲に、残酷に、終わりを告げて雲雀から愛する人を奪い取って行った。
 だが――今回は違う。この混沌という世界に迷い込み、雲雀は初めて今までにない道筋を歩み続けている。
 初めてばかりの世界。初めて見る顔。初めて掴む能力――何もかも初めてばかりだから、雲雀は知らず知らずのうちに期待をしていた。

 もしかすれば、今回は“終焉”は来ていないのではないか。
 もしかすれば、雨の日を越えてくれているのではないか。

 そんな淡い期待をよすがに、雲雀は毎日を過ごしている。
 雨の降る日は憂鬱だ。この世界で雨が降っているから他の世界でも――という事はないのだろうが、其れでも雨が降るたびに、これまで繰り返した200余の終焉を思い出すのだ。

 ――隼人は無事だろうか。

 雲雀はただ、其れだけを思う。
 静かに頭を振るう。自分が信じなくてどうするのだ、と己を叱咤する。自分がいなくなった事で、世界に変化が訪れているかもしれない。

 ――雲雀

 今でも目を閉じれば思い出せる。
 鏡で見る顔とそっくりな、しかし自分にだけ向けられる笑顔。優しい声、暖かい手。
 会いたい。
 雲雀の中には其れだけだった。

「会いたいな、隼人」

 顔が見たい。声が聴きたい。其の手に触れて、暖かさを噛み締めたい。
 そうして雲雀は、雨の中眠りに落ちていった。



 今日も雨、だった。
 人々は静かに傘を差し、葬列めいて波を作る。雲雀もまたその一人。所用によって買い物に出なければならなかったのだ。
 食わなければ生きられない。例え愛おしい人を喪っても、雲雀は生きていかねばならない。
 だってもしかしたら、彼は生きているかもしれないから。そうしたら、己が帰った後に抱き締め合えるかもしれないから。
 そんなか細い可能性に賭けて、雲雀はいまを生きている。そう信じなければ生きていける自信がなかった。だってこんなにも、彼のいない世界は色がなくて灰色だ。

 帰りには喫茶店に寄った。
 雨が已むまで其処にいるつもりだった。
 珈琲の香ばしい香りが鼻を擽る。
 彼が生きていたら。いつかこの雨を好きになれる日が来るのだろうか? 隼人が生きていたら、この不思議な旅路をどう語れば良いだろう?
 俺は別の世界に召喚されていたんだ、なんて話を信じてくれるだろうか。いや、隼人ならきっと信じてくれる。そんな不思議な確信があった。
 此処であった事を話したい。色々な人に出会い、事件に出くわし、其れを解決してきた事。滅びゆく世界を護るために戦ってきた事。話したい事は山ほどある。
 勿論、愛しい片割れとまた出会えた日には――其れは混沌から去る時であり。この混沌で出会った友人とは別れる事になるのだろう。其れは悲しい事だ。きっと二度と会えないから。……其れでも。雲雀はこの愛を手放せない。雲雀には彼だけで、彼にもきっと、雲雀だけだったからだ。

「……」

 頬杖を突いて、ぼんやりと道行く人々を見詰める。
 手を繋いだ親子連れ。同じ傘を分け合う恋人たち。家族の元へだろうか、家路を急ぐ人――様々な人がいる中で、雲雀は。

 己によく似た横顔を、見付けた。

「……ッ!?」

 思わずがたん、と席を立つ。
 周囲の視線が集まるのも厭わず、喫茶店の扉を開いて雨の街道へと飛び出した雲雀。
 だが既に其の流れは遙か向こうへと流れて行ってしまっており、雲雀が焦がれたあの横顔を見る事はなかった。

 幻だったのだろうか?
 会いたいと思う己の心が生み出した、一時の気の迷いだったのだろうか。

「……隼人」

 濡れてゆく肩にも厭わず。雲雀は少しの間、其処に立ち尽くしていた。



 刻見 隼人は振り返る。
 雨の日は余り好きではない。“いずれ訪れる破滅”を思い出してしまうから。
 けれど、腹は空いてしまう。よりによってこんな日に、と舌打ちをして――買い物に出て街道を歩いていた時のことだった。
 雨に出歩く人は様々だ。己と同じように買い物をする人。傘を同じくして歩く恋人たち。喫茶店で雨を凌ぐ人々。

 ――そんな中、隼人の目に留まったのは。

 ――己とよく似た顔をした、愛しい片割れだった。

「……雲雀?」

 立ち止まりたい。けれども人並みが許してはくれない。
 隼人は人並みに押されるようにマーケット街へと足を進め、……そうしてようやく、立ち止まる。

 あれは幻だったのだろうか。
 会いたいと願う自分に世界が見せた、ひとときの夢だったのだろうか?

 雲雀と隼人。二人はお互いが此処にいる事を知らない。
 では、“終焉”は――“破滅”は回避されたのだろうか?
 其れは、誰も知らない事。


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