PandoraPartyProject

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梅雨の合間の一頁

登場人物一覧

古木・文(p3p001262)
文具屋

 晴れ渡っていたはずの空に白い雲が馳せ集まったかと思うと、ぱらぱらと雨粒が降り落ち、文の肩を叩いた。
 文は焦らず傘を広げる。梅雨の季節だからと傘を持ち歩いていて幸運だった。自身の慎重な気質に感謝するも束の間のこと――微笑ましい程度の雨は次第に勢いを強め、彼は通りがかりの店に身を滑り込ませた。
 カラフルな花々と、エキゾチックな香りが文を迎える。花屋たる店内にはさまざまな花が並び、自分が新たな主を品定めするとでも言いたげに、堂々と咲き誇っている。雨脚が遠のくまでの一時は充実して過ごせそうだ。
 ゆったりと店内を見て回る文は、とある花の前で立ち止まった。
 キンギョソウ。金魚。文は遠くに目を遣った。もしもかの電脳世界R.O.Oのように、お魚の姿でいられたら、どんな雨の中でもゆらゆらと突き進めたのだろうか?
 それはさておき。目の前の花は独特な姿をしていた。尾鰭を翻す金魚のような花弁。それが幾つも上下に連なり、一つの縦長の花の形を創造している。赤や黄の色合いも相まってか、溌剌で愛らしい外見に見えた。
 自宅か文具屋かに飾りたいな、と文は思った。なんだか名前も親近感が湧くし。
「その花にご興味が?」
 暇そうにしていた店員が文に声を掛けた。
「面白い名前ですよね、キンギョソウって」
「はは、遠くの地域じゃドラゴンって愛称があったりもするんですよ」
「ドラゴン……」
 やっぱり親近感は無かったことにした。とはいえ、愛嬌のあるこの花を置いてゆくのも名残惜しい。購入候補の一つに入れて、別の花に目を向けた。

 次に気に留まったのは、白い小ぶりの花。色とりどりな花に囲まれて、物静かに咲く姿は、逆に存在感を放っていた。
「クチナシかぁ」
 『梔子色』というと、文の頭の中には染料のイメージが浮かぶ。明るいサニーイエローだ。一方で目前のクチナシは控えめな真白色。というのも、染料は花ではなく実から作られるからだ。
 キンギョソウとは対極にあるような、慎ましやかな花が、無性に文の心を捕らえた。
 どちらを買って、飾ろうかと迷って――結局、両方とも買った。店員に花束へと加工してもらう。
 だが、二つ分も花束を抱えていたら傘を差すのが大変かもしれない。そんなことを考えながら外に出た文は、思わず目を細めた。降り始めと同じように振り終わりも唐突だった。白と灰色の混じった雲の合間から、一筋の黄金色の光が零れ落ち、花弁をきらりと照らした。

おまけSS『花の置き場所』

 本日、アルトバ文具店に新たな彩りが加えられた。
 定位置のカウンター前に腰を下ろし、文は活けたばかりの花を見てみる。
 クチナシは白き花を柔らかに咲かせている。甘やかな香りが文の鼻孔をくすぐった。花屋の中では気が付かなかったが、クチナシは意外と匂いが強い。この店は文香の類も扱っているから、それらの買い物選びを邪魔しないように、文のすぐ隣を静かに彩ってもらうことに決めた。
 あの色鮮やかなキンギョソウを飾ることも考えたが、試しに置いてみたところ、店内にトロピカルな雰囲気が漂い出したために撤去された。今は代わりに文の寝室に置いてある。起床して、真っ先に元気な花の色が目に入ってくると、一日の活力が継ぎ足される気がしたのだ。

 ……今度、花に似合うような新しい花瓶でも買い揃えてみようか。また新しい考えが浮かんで、文は花を見つめながら、微笑んだ。


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