PandoraPartyProject

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エルレサ

登場人物一覧

恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

 彼女についての情報を探って欲しいと情報屋に依頼したのは、余りに断片的な事しか知る由が無かったからだ。愛無が知りたかったのはエルレサと名乗った吸血鬼の娘だった。
 本来のエルレサという娘は幻想に生まれたらしい。とある貴族の次女だったという記録が残っていた。その家系も余り良いとは言えず、没落寸前であった男爵家では長女を半ば売りつけ得るかの勢いで他の家門へと嫁がせたらしい。それでも年の離れた末の娘である三女を男爵夫妻は大層な可愛がりようで慈しんだのだそうだ。
 ならば、エルレサはどうであったか。彼女は嫁ぎ先を運良く見付けた長女と違って、没落寸前の男爵家の次女であることから大したもらい手も見つからなかったのだそうだ。かと言って、自由恋愛をさせてやれるほど家門は裕福ではない。それが許されるのはエルレサより10個も年の離れた末の妹だけである。
「お前はどうするつもりだ」と男爵はエルレサに日々問うたらしい。社交界でどこぞの老貴族にでも取り入って愛人にでもなれと指示されていたのだろう。エルレサは勿論、父の言葉の意味合いを直ぐに理解し社交界では出来る限り裕福な家門の男に取り入るために振る舞ったらしい。
 勿論のことだが、形振り構わぬその姿は社交界では酷い言い草であった。着古したドレスを着用し、男達の間を飛び回る蝶々のように。ひらひらと揺蕩う姿を指差し笑う女達の声は酷く下品なものであっただろう。だが、女は形振り構って等居られなかった。そうでもしなければ生家に己の居場所はなかったのだ。
 花を好んでいたという娘は着古したドレスに生花を飾っていたという。その薫りはパーティーホールでもよく目立つ。薫りに誘われるように男がやって来る様子を嘲る女達の眼を気にする事無く彼女は様々な男の愛人になったらしい。だが、結局家門は没落した。彼女は最後まで両親の側に寄り添い、末の娘の嫁ぎ先だけを探して短い生涯を終えたのだという。

 不幸な話ではあるが、決して珍しくはない。そんな在り来たりな『幻想貴族』の話を目にしてから愛無は同時に情報屋に依頼していた墓標のある丘へと足を向けた。
 涼やかな風が吹く丘は雨上がりの薫りを微かにさせている。露に濡れた若草を踏み締めて、愛無はたったの一人でその場所へにやって来たのだ。
 ――愛無は最初は自ら思い人が吸血鬼になれば、彼女のような存在なのだろうかと感じていた。
 その掴み所も無く笑う姿に、己の抱く傷。そして、死を恐れる事無く、死の側に佇む姿がどうしようもなく興味を抱いた。彼女水夜子の父親は酷く不器用な人であると耳にしている。それ故に、娘を道具のように育て上げ、彼女を利用して来ていた。勿論、彼女の側も聞き分けの良い娘として育った。父親の理想を叶えるべく良く尽力してくれたことだろう。
(ああ、けれど、似ているというのも失礼だっただろうか)
 似ている人だからこそ、食事きになったというのは屹度彼女にとっては不服だろう。何方も我が強く、何方も自らの存在の確率を苦手にしていたのだから。
 故に、愛無はその感想を切り離すことに決めた。別個の者として認識しておいて遣った方が彼女達にとっても良いからだ。
 探し出した墓は随分と古びていたが、本物の彼女が眠るならば丁度良いのかも知れない。
 もう二度と、誰にも暴かれることがないように。もう二度とは、誰の目にも止らなくて良いだろう。これで彼女は『おしまい』なのだ。
「しかし、君は案外満足していたのかも知れないね。吸血鬼あのころは自由だっただろう。窮屈でもなく、思い思いに地を駆け回り、子供の様に笑えたのだろう?
 屹度、君には貴族という『箱』は似合わなかったのだろうね。それが良く分かる。それでも父親の理想に応えたいという思いだけは変わらなかったというのだから皮肉だ。
 義父の方が君にとって良かったのだろう。自由にさせてくれただろうからね。けれど――ああ、そうか。君は自らで決定する事が出来なかったのか」
 自分の在り方を人が敷いたレールの上に持っていた。だからこそ、聞き分けの良い子供でなくてはならなかったのだ。
 彼女も、きっと『あの子』もそうだ。放り出されてしまえば、取り乱して、苦しむのだろう。自らはどうすれば良いのかと。
 だからこそ、先を示してくれる誰かの方が心地良い。いっそ、死んでしまっても良いと思えるほどに何かに固執して、執着してみせることで生きる道を探しているのか。
「君も、彼女も、なんぞ不憫な生き方をしているが、案外それも心地良いのかもしれないな」
 呟いてから花束をそっと供えた。月夜に見た彼女に良く似合う花だ。
 墓標に飾られた情報屋から聞いた生前の彼女がよく身に着けていたというものばかりだった。その中でもたった一輪だけを取り出した。
 桃色のバラは、あの柔らかな髪にはさぞ映えただろう。そんなことを思いながら愛無は別れを告げた。


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