PandoraPartyProject

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猫をさがして

登場人物一覧

ティナリス・ド・グランヴィル(p3n000302)
青の尖晶
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら

 灰色の曇り空からぽつりぽつりと雨が落ちてくる。
 次々と降り注ぐ雫はやがて、地面を全て灰色の染みで覆い尽くした。
 太陽の光は分厚い雲の向こうにあって、世界は薄暗いヴェールに包まれる。

「また、雨なのね」
 窓の外から見える景色が悲しみに満ちているように見えて、ティナリスは小さく溜息を吐いた。
 こんな日はどうしても気分が落ち込んでしまう。
 普段は考えないようにしている様々な不安が足下から這い上がってくる気配がするのだ。
 太陽の下で忙しくしていれば考えずに居られるのに、雨の日はどうしたって世界は停滞気味になって、憂鬱な気分を思い出せと囁くようだと思ってしまう。
 雨音が心地よい時もあるけれど、今日はアンニュイな気分なのだろう。
 少女はまだ、十七の子供であった。

「にゃぁ」
「ミルキィ……」
 足下へ歩いて来た愛猫のミルキィがティナリスの足に尻尾を絡ませる。
 体重を掛けて頭を擦りつけるのは猫の愛情表現だ。
「ふふ、今日も可愛いねミルキィ」
 しゃがみ込んだティナリスはミルキィの背をゆっくりと撫でる。
 顔を上げたミルキィは身体を震わせ、何かを警戒するように窓の外を睨み付けていた。
「どうしたの? あっ」
 部屋のドアの隙間へミルキィが走り出す。
「待ってミルキィ!」
「わ!?」
 言伝を持って尋ねて来たロニの足下をミルキィがすり抜けた。
 何事かと振り向いたロニはミルキィが宿舎の外へ駆けて行くのを見つける。
「ミルキィはどうしたんだ?」
 追いかけて来たティナリスへロニは首を傾げた。
「分かりません。急に飛び出して行ってしまって……」
「雨なのに心配だな。まだ遠くには行ってないだろうけど」
 猫は性質的に己の行動範囲の中で移動する事が多い。
 空腹を覚えれば自然と戻ってくることが大半だろう。けれど、心配ではある。

「一緒に探しに行ってやりたいが、生憎と隊長に呼ばれていてな。でも、お友達が来てるみたいだから一緒に探して貰えるよう頼んでみるか」
「友達?」
 こてりと首を傾げたティナリスは、騎士団の玄関先を見遣る。
 其処には見知った顔の『友人』が佇んでいた。
「えっ、ジルーシャさん?」
「ハァイ、ティナちゃん」
 廊下の先に居るジルーシャの元へティナリスは駆け寄る。
「……あら、どうしたの? 何かお困り事?」
「はい。ミルキィが逃げ出してしまって……」
 眉を下げるティナリスにジルーシャは「大丈夫よ」とウィンクしてみせた。
「さっき、ミルキィちゃんっぽい子が門から出て行ったのを見たわ。だから、念のために『お隣さん』にお願いしたのよ。追いかけてちょうだいって」
 精霊の友であるジルーシャは、そういったお願いをよくしているのだろう。
 ジルーシャのような力のあるイレギュラーズは、ティナリスにとって尊敬の対象である。
「すごいです……そんな簡単に出来るんですね」
 神聖魔術を介し精霊達に力を借りる事はあっても、ジルーシャのように気軽には行かないのだろう。
 ブルースピネルの瞳に敬意と憧れを宿し、ティナリスはジルーシャを見つめる。
「アタシが凄いんじゃないわ。心優しい子たちが多いのよ。まあ、おやつ目当ての子も居るけどね」
 それよりも、とジルーシャは傘を取って踵を返す。
「ミルキィちゃん探しに行きましょ?」
「は、はい! よろしくお願いします!」

 ――――
 ――

「ミルキィー! ミルキィー!」
 ティナリスの声が雨に濡れた街中に響く。
 尤も、雨音に掻き消され少女の声は遠くには届かなかった。
 焦燥感がティナリスの全身を駆け巡り、嫌な結末が脳裏に浮かぶ。
「早く見つけてあげないと……」
 雨に濡れて小さくなったミルキィが頭の中に過る。
 ミィミィと鳴いて、ひとりぼっちで寂しいに違いない。
 その姿が自分と重なってティナリスは息を飲んだ。

 ――寂しいのは、私だ。

 ミルキィは猫だ。自分で狩りをして生きて行けるだけの能力が備わっている。
 対して自分はどうだろうか。
 一人では何も出来ずに、ただ泣いていた四年前の自分。
 両親が死んで、悲しくて辛くて、泣くしか出来なかった子供の自分が嫌だった。
 だから、何でも一人で出来る様になろうとした。
 勉学に励み、剣術や神聖魔術も練習を積み重ねたのだ。
 憧れのイレギュラーズに並び立つ事ができれば、子供の自分は無かった事に出来る。
 泣いているだけで何も出来なかった、その汚名を雪がなければならない。
 誰に対してではない。自分自身が許せないから。

「ミルキィ、どこにいるの? ミルキィ……」
「ティナちゃん……見つけたわ! こっちよ」
 ジルーシャの声に振り向くティナリス。
 雨が降り注ぐ路地裏でミルキィは蹲っていた。
「ミルキィ?」
 何時もならすり寄ってくるミルキィが、蹲ったまま身動きしない。
「おいで、ミルキィ……」
 呼んでも返事すらしないミルキィにティナリスは不安が過る。
 傘を投げ捨てて、ティナリスはミルキィの元へ駆け寄った。
「ミルキィ、ミルキィ」
 抱き上げた白猫は身を縮めて震えている。よく見れば足から血が出ているではないか。
「どうしよう、ミルキィ……血がっ、死んじゃう」
 ぼろぼろと涙を流し、腕の中のミルキィを抱えるティナリス。
 ぐったりと目を伏せるミルキィと共に、雨が少女を打つ。
「やだ、置いて行かないで……ミルキィ」

「――大丈夫、ティナちゃん。大丈夫よ!」
 ふわりと優しい香りと共に、ジルーシャの腕がティナリスの肩を抱える。
「ほら、きちんと見て。足を怪我してるけど、治せば大丈夫。命までは消えてないわ」
「ぁ……」
 腕の中のミルキィは怪我の痛みでじっとしているが死んではいない。
 傘を差しながらジルーシャは精霊の竪琴を片手で奏でる。
 それは何時もよりぎこちなくあったけれど、優しい癒やしを与える音だった。
 何より傘の中で反響する心地よい弦の音が耳朶を打った。

 調香と旋律に誘われて精霊がジルーシャの周りに集まる。
「力を貸して頂戴、隣人さん」
 小さな精霊がジルーシャの肩に乗って手を前に翳した。
 それはこの場に満ちた水の精霊を繋ぐもの。雨音は祝福の音色となりミルキィの傷を癒す。
 そっと瞳を開けたミルキィは恐る恐る足を動かして、痛みが消えているのを確認すると、ティナリスの身体に自分の頭を擦りつけた。
「にゃぁ」
「ミルキィ……!」
 白猫を潰さないように強く抱きしめたティナリスは嬉し涙を流す。
「良かった、よかった……! ありがとうございます。ジルーシャさん!」
 泣き腫らした目でティナリスはジルーシャを見上げた。
「いいのよ。ミルキィちゃんが無事で、ティナちゃんが笑顔で居てくれるなら」
「はい!」
 元気よく返事をしたティナリスにジルーシャはハンカチを取り出す。
「ほら、これで涙を拭きなさい。ミルキィちゃんが心配しちゃうわ」
 ミルキィを降ろし、ハンカチを受け取ったティナリスは涙を拭いて顔を上げた。

「ありがとうございます! ジルーシャさん!」
「よしよし、良い笑顔ね……それじゃあアタシは帰るわね」
「えっ、何か用事があったんじゃ?」
 首を傾げるティナリスにジルーシャはにっこりと微笑む。
「また今度で良いわよ。それよりもミルキィちゃんも心細かったでしょうから傍に居てあげて?」
「……はい!」
 傘を差して去って行くジルーシャを見守り、ティナリスはぺこりとお辞儀をした。
 ミルキィを放さぬようにぎゅっと抱きしめながら――


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