PandoraPartyProject

SS詳細

雨の向こうに咲く温かなほむらのように

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子

 雨が降っていた。2人の背中を押すような、隠し事をひっぺがえす様な雨。
 それはまるでこうなることを暗示していたみたいだ――なんていうのは、少しだけ、お話っぽすぎるのだろうか。
 ローレットが本拠を構えるはメフ・メフィート。
 長き歴史に彩られた幻想王国が都に敷き詰められた石の道が雨粒を跳ねて飛沫を作る。
「うわぁ~すごい降ってきた!」
 焔は買ったばかりの買ったばかりの品々が入ったバッグを傘の代わりに走っていた。
「お昼までは晴れだったのに……」
 大きな魔女帽子を目深にかぶって傘の代わりにするアレクシアはそれに比べればまだ濡れている範囲は少ないと言えるか。
「そういえば、この近くに雨宿りできる場所があったよね? 行こう! そこまで行ったら、ボクがギフトで乾かすよ」
「……そ、そうだね。うん、走ろう、焔君!」
 走り出した焔に対するアレクシアの声はどこか違和感があったが――それを気にしている場合ではない。
 先を行く焔の後を追いかけるようにして、アレクシアは進んでいく。
 やがて、小さな屋根付きの休憩所のようなものが見えてくる。
「ふぅ……」
 ホッと一息を入れた焔はギフトで指先に炎を出すと、そのまま買い物袋に少しだけ近づける。
「アレクシアちゃん、そのままじゃあ風邪ひいちゃう! ほら、こっちに来て!」
「う、うん……ありがとう、焔君」
 手招きする焔にアレクシアが頷いて隣に座り込む。
「少しだけここで待とうよ。ここってたしか、雨上がりには綺麗な虹が出る場所だよね?」
「そうだった……ね、うん。綺麗な虹……」
「……アレクシアちゃん?」
 歯切れ悪く頷くアレクシアに、焔は首をかしげる。
「何でもないよ! こんな雨だし、止んでも雲が晴れないと虹が見れないかもしれないね……それは少し残念だけど」
「そうだね……?」
 焔は首をかしげる。前に、ここを訪れた時も同じように雨の日だった。
 なんでこんな場所に屋根の付いた休憩所があるんだと思いながら、雨宿りをしていた時、雲間を裂いた陽の光が生む虹に2人で驚いたのを覚えている。
 あの時の景色を思い出すのに、どこか歯切れの悪いその様子は、不思議というか――もっと言うと、怪しい。
「……ここの景色も、翠璃ちゃんに見せれたらいいね」
「そうだね……うん、綺麗な虹なら……喜んでくれるかも」
 覇竜領域にて出会った魔種の少女の事を思い出して、何となく言ってみた。
 無尽蔵の知識欲を持つ彼女なら、その景色を喜んでくれる気がすると。
「アレクシアちゃん、どうしたの? 大丈夫?」
 芳しくない反応に、焔はアレクシアの方へと声をかける。
 もしも気分が優れないのなら無理をさせたのなら、少し休んだら帰った方が良い。
 誰よりもヒーローの少女は、その一方でどこか病弱なところがあるのだから。
「大丈夫、気分が悪いとかじゃないよ! ただ……」
(あはは、流石にもう隠せないかなあ。これは……)
 しばしの沈黙、アレクシアは内心に渇いた笑みを残す。
「実は……」
 ぽつり、アレクシアは声に漏らす。困り切ったように、ぽつり、ぽつりと。
 最近、記憶が消えていくようになっていること。
 特に、戦いの中で魔力を消費することで、その速度は上がりつつあること。
「そんな……! どうして? いつから?」
「多分、深緑の時ぐらいから……」
 可能性の限りを尽くして願う奇跡の痕跡は時にして重い代償を生む。
 アレクシアの虚弱体質、その原因たる病は軌跡の代償として魔力以外――記憶を食うようになっていた。
「そう……なんだ」
 アレクシアの告白に、焔は納得すると同時に、もやもやとした寂しさを覚えるものだ。
(……ちょっと変だなって思うことはあった。だから、納得も出来るけど……)
「どうして言ってくれなかったの?」
 心の中で思うだけではらしくないと、焔は声に出して問いかけた。
「それは……ごめん。でも、大切な友達を不安にさせたくなくて……」
「隠しきれなくなるまで話してくれない方が寂しいし不安だよ!」
「あはは、そうだよね……それは、本当にごめん」
 すっと立ち上がり、立ちふさがるようにアレクシアの前に立った焔に苦笑して、アレクシアはもういちど謝罪する。
 目を伏せて、そっと帽子を目深にかぶれば、ひとつ深呼吸をした。
 こみあげてきた熱が声に乗らないように。
「私はヒーローになりたかったんだ。ヒーローは挫けないものでしょう?
 私は、どうなったってその『在り方』は貫き通したいんだ」

 だから、ずっと隠してきた。きっと、否定なんてされないと思っていても。誰かに否定されたらと思ったら怖かった。
 否定されるのだとしても、私は忘れてしまう恐怖を抱えてでも笑顔で進み続けたい。
 大切な人たちのことを忘れてしまうことが怖くないはずがない。忘れていくのがイヤだというのも本当だ。
 それでも、私はヒーローだから。誰かの幸福の為に生きるのがヒーローだから。
 アレクシアは自分の生き方を曲げることなんてできないのだ。
 そもそも、記憶が消えていくぐらいのそんなことで諦められるなら、最初からヒーローなんて目指してないから。

「――私は、笑顔を携えて独りでも多くの人を助けてあげたい」
 真っすぐに見上げたアレクシアの瞳、その行く先で焔の瞳がそれを真っすぐに受け止める。
「……アレクシアちゃんが、そう在ろうとしてるのはわかってるから、とめないよ」
 瞳を受け止めるまま、焔は視線を返して真っすぐに言う。
 魔力を消費すればするほどに記憶を失う――それは即ち、『魔女』である限りは避けられないこと。

 ――本当は、もう戦わないでって言ってしまいたかった。
 自分を犠牲にしてまで、アレクシアが戦い続ける必要はないのだと。
 自分達が戦うからと、そう言ってしまえることそれ自体は本当に簡単だ。けれど――けれども。
 アレクシア・アトリー・アバークロンビーという大切な友人がそれを受け入れないことぐらい、焔だって知っている。
 こう見えて、この友達は頑固なのだ。その真っすぐさが、焔も友達として大好きだった。
 それにきっと、自分が同じ立場だったら、同じ結論だろうから。
 困っている人がいるのなら、自分がその人を助ける術を持っているのなら、焔だってそのために全力を尽くす。
 きっと、そこにという一歩があるかどうかの違いで。
 そして、その一歩を越えてしまうのは、焔がその立場になればやってしまうかもしれなかった。
 自分でもやってしまうかもしれないことを、この頑固で真っすぐな友達にやるな、なんて焔は言えやしない。
 だから、友人として出来ることは、きっと最初から決まってるんだ。

「ボクもみんなの笑顔のためにって頑張れるアレクシアちゃんが大好きだから……けど」
「……けど?」
「その中にアレクシアちゃんが入ってないところは嫌い!」
 アレクシアのおでこに突きつけた指を軽くぐりぐりしてから、焔は胸を張った。
 少しだけ目をつむって唸るアレクシアが、目を開けて驚いている。
「みんなの中にアレクシアちゃんが入ってないんじゃ、ボク達は笑顔になれないよ!
 治し方も一緒に探す! 戦わなくちゃいけない時は一緒に戦う!
 みんなを助けてくれるヒーローは、みんなで助けるから! もうこんなこと秘密にしてちゃ嫌だよ!」
 そこがこの友人の危ういところだなぁと、何となく焔は思うものだ。
 だから、助けないといけない。誰かの為に歩き続けられる友達の横を、後ろを、守れる皆で助けたい。
「あはは、ありがとう……うん、私も治すのを諦めたわけじゃないからさ。頑張るよ。秘密は……作らないよう善処します!」
「善処?」
「……なるべく、作らないよ」
 少しだけ視線を逸らしたアレクシアに焔は少しばかりむぅと思いつつ、ぱちんと自らの頬を張った。
「難しいお話はここまで! せっかく遊びに来たんだもん、楽しまないと!」
「――そうだね……もうそろそろ雨も上がったり、しないかな?」
 焔に頷いたアレクシアが目を伏せて、ぴくぴくと長いその耳が揺れる。
「……もうすぐ雨が上がるかも、だって」
「それじゃあ、もう少しだけここで待ってようか。雨が晴れたら、ひとまず今日の分!
 忘れきれないくらいたくさん思い出を作るんだから、覚悟しておいてよね!」
 そう。今日のことも、忘れてしまうのかもしれない。
 それでも、何か残るものがあるのなら――大切なお友達を全力で支えていこう。
 記憶という花束が、いつか枯れてしまうのならば、その前に新しい花を摘んでその束に加えよう。
 まずは今日の分からだ。
「そうだね、忘れきれないくらい沢山の思い出を作ろう!」
 焔が言えば、アレクシアが頷いた。
 そうこうしていると、雨の音が遠ざかっていきつつあることに気付いた。
 やがて光が空を裂く。
 分厚い雲を裂いて、陽の光がカーテンを降ろす。
 空にかかる七色の光が大地に降りた。どこまでも続く橙の果てに虹がかかる。
「わぁ――」
 アレクシアが声を紡ぐ。
 青々とした緑と青、雲間の白に合わせて掛かる七色のアーチがそこにはあった。
 それはまるで、掠れきったキャンパスにもう一度、同じ色を塗るような、そんな感覚だ。
「……綺麗だね」
 思わず目を瞠り、アレクシアは隣にいた焔に声をかければ、同じように焔も感嘆の息を漏らすもの。
 アレクシアにとっては初めてのその虹は、焔にとっては二度目であろうけれど。
 きっと、その日に見た虹は今の虹と同じように綺麗だったに違いない。
「アレクシアちゃん、また今度ここにこようよ! 今度はお昼に!」
 笑顔を向ける焔の言葉に、アレクシアが目を瞠る。
「今日の少しだけ日の傾いた虹と空も綺麗だけど、お昼の虹も綺麗だよ!」
「……そうだね、またこよう!」
 今度は、この景色が欠けてしまう前に。
 隠し事をする必要も無くなった大切な友達と一緒に、もう一度、その虹を見にこよう。
 アレクシアはそう思いながら、立ち上がった。
「でも、あんな風に綺麗な夕方の空ってことは、お店が閉まっちゃうかもしれないね」
「あっ、確かに! 大変だ! 速く行こう!」
 驚いた焔はアレクシアの手を取って走り出す。
 からりと笑う焔は優しく燃える炎のようにさえ思えようか。
 頼もしい友人に手を引かれながら、アレクシアはもう一度だけ、ちらりと虹の方を見た。
 夏の夕焼けはきっと沈み切るにはまだ早い。
 もう1つか2つか。思い出を作る時間はありそうだ。
「次はどこに行くんだっけ?」
 走り出した焔の方がそう疑問を言い出せば、思わずアレクシアの方が笑う番だった。
「お洋服を見に行こうとしてたんだっけ。そこに行こうよ」
「そうだった! いこう!」
 いつかまた、この日の事も忘れてしまうのだろうか。
 ――だとしたら、やっぱりそれはイヤだな、と。
 そんなことを思いながらアレクシアは吹き付けた風に飛ばされないように帽子を深くかぶった。


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