PandoraPartyProject

SS詳細

せめて、この雨が止むまでは

登場人物一覧

紫暮 竜胆(p3p010938)
守護なる者
ピリア(p3p010939)
欠けない月

●青天の霹靂

 じとりと纏わりつくような、生ぬるい空気。ほんの少し前までは太陽も青空も見えていたのに、今頭上にあるのは、何かもの言いたげに地上を見下ろす、いつもより黒く分厚い雲。それと共に、ドォンと遠く音を聞いた気がして、海種の少女は、一度だけそれを見上げると、目的の門戸へと向き直った。2、3回、控えめな力加減のノックとともに。

「竜胆さーん、ごきげんよう、なのー!」

主の名を明るい声が呼ぶ。しかし、返事は聞こえない。

「……? 竜胆さん?」

もしかして不在だったろうか。であるなら、今日の所は一度出直すべきだろうか。そう思った所に、遠くゴロゴロと雷鳴がした。

えっ、ともう一度空を見上げれば、突如として打ち付ける数え切れぬほどの雨粒。
ピリアの頭上で一休みしていたカラクサフロシキウサギ……『うみちゃん』も、思わず彼女の元から飛び出して、かりかりかり、と掘るように前足を動かしたかと思うと、僅か生まれたその戸の隙間へと、小さな身体をねじ込んだ。

「あっ、うみちゃん!?」

しかし、うみちゃんが身体で作ってくれた僅かな隙間を見て、気づく。
どうやら、この部屋の主……竜胆は、鍵を掛けていない。ということは、今はお家に居るのかもしれない?

……なのに、お返事がないのは、どうして?

その答えを待たずして、雨の勢いが更に強まる。

「竜胆さん……!」

もしかして、仕事での無茶が祟って家の中で倒れてるのでは。
もしかして、また何処かで怪我をしてきたのだろうか。
……どうか、かわいいあの子とお昼寝してた、それだけであって欲しい、とも願って。

戸を引いて、飛び込むように入った、いつもの部屋。
青年と少女が、穏やかに語らう和室。茶の間、とも言っていたそこに、竜胆は座っていた。
ああよかった、と声をかけようとして、ピリアは気づいた。

 彼の姿勢は、座っているのではない。だって、いつもの綺麗な正座とは違う。『見苦しい所をお見せするが』と、遠慮がちに少し崩したあの座り方ですら無い。
どちらかと言えば、何か恐ろしいものを見てへたり込んでいるような、立てずにいるような。
彼が何を見たのかと視線の先を辿ってみると、ピリアの視界にも、瞬く間に空を埋め尽くしたあの雷雲が映った。もう一度竜胆を見たなら、やはり彼は、その世界を捉えたまま凍りついていて。
その周りでは、何をどうしたらいいのかと、くもりちゃんがウロウロとグルグルと回り続けていた。

「竜胆さん!」

間近でそう呼ぶピリアの声で、ようやっと我に帰ったのだろう、紫に暮れた瞳が、声を震わせた。

「あ、ああ、ピリア、殿」

何かが解けたような声に、泣きそうな色が僅か滲む。そして竜胆は、再び空を見た。

「あの日も、こんな雲だった」

ピリアが問うより前に、雨に濡れたわけでもないのに、冷え込んだように紫に染まった唇が、か細く声を紡いだ。

「あの時、俺は、何もできずに」
「竜胆さん」

その言葉とともに、柔らかなワンピースが、そっと竜胆の頬に触れた。

「つらいことが、あったのね。でも、はなしてくれなくってもいいの」

でも、ピリアがいるから。
だから、一人で怖がらないで、と。
小さな腕がぎゅうっと、青年の身体をいっぱいいっぱいに包み込もうとしていた。

●涙雨にはカーテンを

 空が泣き出して、どれほど時が経っただろう。閉められた窓を強かに打つ雨音。それ越しにも伝わる、力強い稲光。
それが聞こえる部屋の中で、うとうと眠るうみちゃんとくもりちゃん。
そのさまを視界の端に収めながら、竜胆は少しほわほわとした気持ちになっていた。
雷に時折ビクッと肩が跳ねる事こそあれど、ピリア達が訪れた直後に比べれば、随分と、落ち着い、

「あの……ピリア殿?」

否、落ち着いてなかった。むしろ声が何処か上ずっていた。

「なーに、竜胆さん?」

ピリアは彼の顔を覗き込むと、その頭をポンポンと数回撫でた。

「あの……普通、逆では無かろうか」
「ぎゃく、って?」
「……ああ、いや、その……」

 そう、今竜胆は、ピリアの顔を見上げている。逆に言えば、ピリアが竜胆の顔を見下ろしている。
ピリアよりずうっと背の高い筈の彼が、彼女を見上げるような状況になるとは、果たしてどういう事か?
果たして、その答えは?

「あの……普通……『こういうこと』は、親子なり、祖父母と孫なり……年長者が年少の者に行うと思うのだが……」
「そうなの?」

キョトンと、ピリアは竜胆の言に首を傾げていた。その彼は、今、自身の膝を枕に横たわっている。
一体全体、何故こんな事になったのか、と言われれば。

(……見事なまでに、言い負かされてしまった、からなあ……)




それは竜胆の震えをピリアが抱きとめて、間もなくの事だった。

『もう大丈夫だ、ありがとう、ピリア殿』

 その言葉の半分は嘘だった。まだ嫌な汗は消えないし、胸に重く雷雲が乗ったままだ。けれど、ピリアが来てくれた事で、少しばかり冷静になれたのも事実だ。
ただ、もし自分の涙で少女の召し物を汚してしまったらと思うと、申し訳無い気持ちになって、そろそろ、彼女の抱擁から離れたくなったのだ。

『ほんとう?』

じとーっと竜胆を見つめるピリア。その目から逃れる竜胆。また追いかけるピリア。
その攻防の果て、急にピリアがストン、と眼の前で腰を下ろしたため、おや、と今度は竜胆がピリアを見つめ返す番だ。

むん、とした顔で、ぽすぽす、と自らの膝を示すピリア。それが示す意味に、竜胆は目を丸くした。

『あの、ピリア殿。流石にそれ以上は』
『竜胆さん。いま、げんきなの?』
『いや……。ただ、この雨が止むまで休んでいれば、きっと、いつも通りに戻れるかな、とは』
『じゃあ、いつもの竜胆さんになるまででいいから、ピリアとおやすみして』
『えっと』
『竜胆さん、おむね、まだぐるぐるしてるでしょ?』
『……まあ、そうだな』
『だったら、ママじきでん?のヒミツのおまじない! ねっ!』

──ママになでてもらうと、どんなにぐるぐるしてても、とってもほっとしたの。だから、ピリアも竜胆さんをなでるの!

強い瞳でそう言って引かなかったピリア。竜胆は、そんな彼女に負けたのだ。




「あの……ピリア殿、重たくないか?」
「ううん、へーきなの」
「なら、良かった……」

竜胆の安堵に、ピリアはにこっと笑う。そして、息を吸った。

──♪ ♪♪ ♪ ♪

ピリアの歌とともに舞い踊る、暖かく綺麗な光。優しい歌声と、彼女に与えられた祝福が、竜胆の嵐をそっと遠ざけてくれる。

髪の流れに沿うように竜胆の頭を撫でる手は、柔らかく、それでいてどこか懐かしく。雨に冷えて、震えていた心身をそっと温めて、溶かしてくれるような。

「……ピリア殿」
「なあに?」
「ありがとう」

言葉のかわりににっこり笑顔を返したピリアは、歌の続きを口ずさむ。
歌詞は全く覚えていないけれど、メロディさえも朧気だけれど、竜胆はこの事をよく覚えている。

やがて怒り狂ったような激しい雨が、草木を潤す程度に変わった頃。雨がもたらした清涼な風が吹き込む和室にて、寄り添い眠る二人と二匹が、そこにいた。

その晩、彼等は夢を見た。
昔々、いつかの日常。それは、昔の自分の夢?
それとも、傍らでともに眠るキミの昔話?
こどもも、母親と思われるシルエットもぼんやりとしていて、それが誰なのかははっきりと、わからないけれど。

『おかあさん』
『あら、眠れないの?』

寝床にそっと腰を下ろし、幼子に微笑む母の姿。

『大丈夫』

柔らかな髪を梳く細い指。歌い継がれる子守唄。
ああ、自分にもこんな日があったのだと、確かに、愛されていたのだと。

その頬に伝う一滴を最後に、雨は止んだ。

おまけSS『また雨が降ったって』

 日向ぼっこのつもりが、予想外の暑さに庭先で伸びるくもりちゃん。それをせっせと陰まで運ぶうみちゃん。

「水浴びでもするか? うみ殿、くもり殿」

木桶に今汲んだばかりの水を張って、二匹の元に差し出せば、すぐにチロチロと水を飲むうみちゃん。くもりちゃんの方にも、前足で器用にピャッピャッと水をかけていく。

「ピリア殿。今日は氷菓子があるが、食べていくか?」
「こおり……がし……?」

耳馴染みのない言葉に瞬き一つ。けれど興味に輝く目をした彼女に、真っ青なアイスバーを一つ。

わあ、という声と同時にぱく、と咥えてみれば。

「んひゅっ……ちめたいの……でも、あまい……!」
「『そーだ味』らしいぞ」

固かったり、ちべたかったりなそれと格闘しながら、二人はそれを半分ほどまで食べ進める。ふと空を見て、ピリアが尋ねた。

「竜胆さん。もう大丈夫なの? 雨」
「……断言は、できない」
「……そうなの? でも、竜胆さんがだいじょうぶじゃなくっても、きっとだいじょうぶなの」
「何故?」

ぱちくりピリアを見る竜胆。彼女はむふん、と笑うと、どこかドヤァッと言い放った。

「またピリアが、おまじない、やってあげるの!」
「ぴ、ピリア殿……」

いや気持ちは嬉しいが。むず痒いと言うか恥ずかしいと言うか。
……出来ればお世話にならないように頑張ろう。
竜胆は一人、心の中でそうつぶやくのだった。


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