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君が願ったから

登場人物一覧

恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣

 灰色の曇天からしとしとと雨が降り注ぐ。
 傘の中に響く雨音は嫌いでは無いと葛城春泥は目を細めた。
 パンダフードを被った春泥の手には花束が握られている。
「此処に来るのも何度目かな……」
 忙しい身の上ながら、春泥は足繁く深道本家の墓地に通っていた。
 勝手知ったる路地を抜けて、灰色に染まる敷地へと足を踏み入れる。
 掃除の行き届いた墓石の前へ座り込み花を供える春泥。
 形式というものは大事で、声を届ける為の線香に火を着けるけれど、生憎の雨で直ぐ消えてしまうだろうと春泥は立ち上がる煙を見つめた。

「ねえ、輝一朗……また『強い子』を見送ったよ。最初は弱かったのに、見違える程強く煌めいてた」
 白い悪魔と呼ばれた少年を思い浮かべ、春泥は僅かに瞳を伏せる。
「僕は彼に何かをしてあげられただろうか」
 死に往く少年への手向けは精々痛みを和らげることだけだった。
 強き者の母となる事を信念としている春泥は、其れが母性に由来するものなのか分からなかった。
 そうすべきだと感じたから、自分はあの場で鎮痛剤を与えた。
 信念に反する行為だと、矛盾を問いただす声が脳内に響く。
 何十年、何百年も生きて。
 それでも尚、己の感情と行動の指針は乱数を弾き出すことがあった。

 今まで難なく殺してきた実験体の『一匹を捨てた』のだって。
 その乱数のうちの一つに過ぎないはずなのだ。
 理由なんて考える度に違う答えになるけれど、腕の中の温かさを殺すのが惜しいと、ほんの少しだけ思ってしまったのだ。だって、最後の『胚』で作ったこれは、どうしたって『我が子』であるのだから。

 こう見えて春泥は子供が好きだった。
 自分の思想や考えとは程遠い場所に居る、不思議な生き物。
 己自身で産みたいと思ったのは、たった一度だけだけれど。
 その時にはもう揺り籠はこの身体には在しなかった。
「無くても子供、造ればいいと思ってたんだけどなぁ」
 身動き出来なくなる不自由より、造ってしまった方が早いと疑いもしなかった。
「お前との子は欲しかったよ、輝一朗」
 墓石に手を当てて、春泥は目を瞑った。

「でも、ようやくだ。ようやくお前の……いや、僕達の願いが叶うよ輝一朗」
 沢山の罪を重ねてきた。血は流れ、涙は涸れて。
「長かったね」
 それでも、揺るぎない信念があった。
 犠牲になるのは、あとたった一人だけだから。

「だから見守ってて」
 約束と願いを、必ず果たして見せるから――


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