PandoraPartyProject

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雨に咲く花々

登場人物一覧

メイメイ・ルー(p3p004460)
約束の力


 ラサのスコールは、突然やってくる。
 雲ひとつ無い青空が急に陰り、ゴロゴロと雷様が唸り声をあげだしたら……後はもう、視界が烟るほどに雨が全てを濡らして通り過ぎていく。砂漠に生きる生命にとってそれは恵みにもなるのだが――遭遇した人にとっては溜まったものではないだろう。
「お風呂、いただき、ました」
 めぇと鳴いてメイメイ・ルーが顔を覗かせれば、室内で様々な絹物へと手を伸ばしていたアラーイス・アル・ニールが顔を上げてメイメイを見た。
 突然のスコールに遭遇したメイメイは服は勿論、耳も尻尾もびしょ濡れになってしまい、そこへ偶然通り掛かったアラーイスが「風邪を引いてしまいますわ」と柔らかに手を引いて店へと誘った。この地は水が貴重なため、シャワーの無い家も珍しくない。しかしアラーイスは香水屋で、従業員も当然自身の香りに気を使う必要がある。従業員が身なりを整えられるようにと、彼女の店には数名で入れる広々とした風呂があるのだ、と。
「ちゃんと温まれました? お湯加減は大丈夫でした?」
「はい。とても、いいにおいで」
 とろりと蜜が溶けていくように微笑んだアラーイスが手招く。誘われるままにコクコク頷きながら近付くメイメイの言葉のキレは悪い。……少し、落ち着かないのだ。
 メイメイの今の装いは、バスローブ。着ていた服は濡れてしまっているから、アラーイスが預かっている。
「さあメイメイ様」
「は、はい……」
 アラーイスが楽しげに両手を合わせて微笑み、メイメイは両手をぎゅっと合わせて身体を強張らせる。
「『どれから』参りましょうか?」
 幾何学模様の美しい絨毯の上に広げられた、いくつもの愛らしい衣装たち。
 生き生きと輝くアラーイスの眩しい笑顔。
 双方が揃えば、今から行われることはひとつしかない!
「わたくしはこれとか似合うと思うのですが……」
「は、はい……」
「でもこちらも捨てがたくて。こちらはメイメイ様には少々派手なように見えますが、けれどとてもお似合いになると思うのです。それでこちらが……」
 装いをひとつひとつ手にとって、メイメイに見やすいように見せてくれる。けれども滑らかに話し続けるアラーイスの視線は「さあどれを着ます? 全部着て下さい!」に他ならない。
 彼女が口にする通り、メイメイの目から見てもどれも可愛い。メイメイとて年頃の女子。ラサらしい装いの、他国の衣装に心が惹かれない訳では無い。
 しかし――
「あの、アラーイスさまっ」
「はい。決まりまして?」
「いえ、あの」
 耳をぴるぴるぴると震わせながら、メイメイが一生懸命何かを伝えようとしている。アラーイスは首を傾げ、彼女の言葉を待った。
「お、おへそが出ているのしか、無いのでしょうか……っ」
 ぱちり。アラーイスの瞳が瞬いた。
 きっと彼女にとってそれは普通の衣装で、けれどもメイメイにとっては普通ではなかった。勿論熱砂の国は熱いから、それが南国の衣装としては普通なのは解っている。しかし、だ。何せメイメイは、水着でだってへそを無防備に晒したことはない。恥ずかしい気持ちが先に立ってしまうのは仕方ない。
「そう……ですね」
 ……無いらしい。
「さあメイメイ様。いつまでもその姿では風邪を引いてしまいますわ」
 諦めてくださいませと書かれた笑顔で、アラーイスはメイメイへと迫った。
 狼ににじり寄られた哀れな子羊は、顔を真っ赤にしながら着せ替え人形となるしかないのだ……。

「まあメイメイ様。とってもお可愛らしい」
 よくお似合いです、素敵です、こちらも合わせてみましょうか? 次はこちら。それからこの飾りも。あらあら、とてもいいですわ。それでは今度はこれで……と、メイメイは目が回りそうな時間を過ごした。
「あれ。アラーイスさま、これって……」
「お気づきになられまして? わたくしとお揃いです」
 姿見の前にメイメイを立たせ、アラーイスが覗き込む。


 桃色のアラーイスと、白を基調とした紫紺に染まるメイメイ。
「先日選んでいらした贈り物のお色にしてみましたの」
「アラーイスさま、それは」
 わざわざ用意してくれたということだろう。気付いて口を開きかけたメイメイの唇に、指先がちょんと止まった。その先を口にするのは野暮というものですわ、と。
「今日、わたくしの遊びに付き合ってくださいましたもの。贈らせてくださいませ」
(スコールにあったわたしに温かい居場所とお風呂を提供してくださったのに)
 その恩に報いるのならば、遠慮せずに受け取ることだろう。
「あの……めぇ。はい、喜んで」
「嬉しい。でしたら今度、お揃いでお出かけしてくださいませ」
「えっ」
 しかしそれはへそ出しで外を歩く、という事だ。
 双子コーデというものに興味があってと尾を揺らすアラーイスを説得するのは大変そうであると理解して。
(ど、どうしましょう!)
 次のお誘いは嬉しいけれど、メイメイは大いに頭を悩ませたのだった。


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