PandoraPartyProject

SS詳細

それから、青空が見えた。

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

 ローレットに書類を提出して欲しいと言われていたことを思いだしてからちぐさは必要書類を抱えて早速出掛けることにした。
 意気揚々と部屋を飛び出して、歩き出す。今日はローレットにショウは居るだろうか。何時も忙しそうにしていて、会える機会も少ないけれど一目でも会えると嬉しいなあなんて考えて口元に笑みを浮かべる。少し緩んだ表情を引き締めて「よし、近道にゃ!」と裏通りへと進んだときのことであった。
 ぽつん、と鼻先に雫が落ちる。ちぐさは不思議そうに空を見上げ――一気に立ちこめた雲に目を瞠った。突如として降り始めた雨は雨脚も強く、勢いを増すばかり。
「わ、わ! ……今日は雨のにおいがしなかったのに!」
 雨の香りがしないからこそ、降らないと認識して何の備えもしていない。久方振りの晴天を散歩がてらローレットに向かおうと考えて居たのに、とちぐさは其の儘路地裏の軒下へと滑り込んだ。別に急ぐ理由も無い。今日、書類を提出する必要だって無い。
「びしょぬれになったにゃ……」
 何となく、その場で立ち竦んでいたちぐさはふと、ぼんやりと考えた。こうしてぼんやりと過ごす時間は久しぶりだ。喧噪の中に居ては考えられないことだって考えられる。
 賑やかな表通りを眺めれば突然の雨に慌てて走り抜けていく人影が幾つかあった。ちぐさは「ショウも雨に降られてしまったかにゃあ」と呟く。
 突然の雨だった。彼が雨に降られて風邪を引いてしまわなければ良いけれど――そう考えて居たちぐさの視界に黒い影が落ちた。
「ちぐさ?」
「……ショウ!」
 考えて居たら、目の前に当人が来た。ぱちくりと瞬いたちぐさの前にはフードを目深に被ったショウが立っている。何時も通り神秘攻撃力が上がりそうだと様々なアクセサリーを着けていた青年は「突然降ってきたね」とちぐさに話しかけた。
「そうにゃ。ショウもびしょびしょになってないかなって……あ、風邪引くにゃ。雨宿りしよう?」
「そうだね。じゃあ隣にお邪魔しようかな」
 ショウが微笑めばちぐさはこくんと頷いた。少しばかりぎこちない期間があったが、それも想いを汲んでくれ、最近は良好だ。
 水着の買い出しに行くのは何時にしようか、と話している内に互いが忙しい時間が増えてきてしまいそれもまだ叶っていない。
「雨、凄いにゃ」
「そうだね」
 側に立っているショウをじいと見上げてから、側による。擦り寄るように頭をぐりぐりと押し付けたちぐさの額を指先でぴんと弾いてからショウは笑った。
「どうかしたかい?」
「ううん」
 優しく頭を撫でてくれるショウにちぐさはにんまりと微笑んだ。何時だって彼は優しいのだ。そんな関係性がどうしても心地良くて、ちぐさは「ショウ、ショウ」と呼んで甘える。
「何処かに出掛けてたのかにゃ?」
「そうだね。覇竜も大一番だし、それにラサや深緑、鉄帝の方でも色々とあるからね。情報はあるに越したことはないし」
「そっか。やっぱりお仕事忙しいにゃ? ……僕も手伝えたらいいけど、今は僕にできること頑張るにゃ!」
「有り難う」とショウはちぐさの頭を撫でた。彼のような情報屋になれば彼の負担も減らせるだろうか。それでも、今のちぐさにはちぐさの出来る事を精一杯に頑張る必要性がある。
 ちぐさは「頑張るにゃ!」と拳を振り上げてから、小さく嚔をした。
「大丈夫かい?」
「うーん、僕は大丈夫なのにゃ! ショウは寒くないにゃ? 雨が止んだ後は温かいお茶飲んだり……体冷やさないように、にゃ」
「ちぐさも確り暖まるんだよ」
 気遣いをしてくれるショウに「お互い様なのにゃ」とちぐさはにんまりと微笑んだ。斯うして互いを気遣い合う関係性は心地良い。
 父代わり、ではないけれど本当の親子のような穏やかで優しい時間を共に過ごせるのだ。ちぐさはショウの傍で何気ない話をしている。最近見た不思議な花や、楽しげな商人達の話。それから――そうやって話続けるちぐさに相槌を打ちながらショウは「ちぐさは沢山のことを見てきたんだね」と微笑んだ。
「そうにゃ。ショウのお手伝いもできるにゃ!」
「ああ。オレよりも素晴らしい情報屋になるかもしれないね。世界を見て回るというのが一番に素晴らしい仕事だから」
 ショウはちぐさの頭をぽんぽんと撫でた。イレギュラーズとして世界を見て回ることがちぐさにとっての目標で、ショウの手伝いに当たる事は十分に理解している。
 それでも、ちぐさには不安はあったのだ。ちぐさがこの世界に召喚されたのは混沌世界が滅びに面しているからだ。
 滅びのアークの化身である『冠位魔種』だって目にしてきた。狂気を孕んだ旅人の姿だって目にしている。ラサの紅血晶や、覇竜領域の冠位魔種、それから天義の『遂行者』達に――終焉の気配。そうしたものが神託の少女が語る『預言』の現実味を増させるのだ。
「ショウ」
 名前を呼んでからちぐさは両手を伸ばした。小さなちぐさがぎゅっと抱き着けば、ショウは「どうしたんだい?」と優しく頭を撫でてくれる。ぐりぐりと胸の辺りに額を押し付ければ彼はされるがままの様子で笑っていた。
「……ちょっとだけ、不安になっただけなのにゃ」
「そうだね。世界は色々と変化しているし、オレも情報を集める中で不安になる事は多いよ」
 ぽんぽんと背を撫でるショウにちぐさは小さく息を履いた。膝の上で『猫』らしく甘えることは出来るけれど、こうやって抱き着く事はちぐさは緊張してしまう。
 猫としての仕草ではない、人間としての仕草はちぐさにとっては慣れやしない。生きてきた年数に対して『人間として過ごした』ちぐさが一人だった期間が長かったからだ。
 この不安をどうやって伝えれば良いのかさえ迷ってしまったのは確かである。
「ちぐさはイレギュラーズだからこそ、世界の滅びに対して行動を示さなくちゃならない時があるだろうね。
 オレは情報屋だからちぐさを見送る事しか出来ない。どれだけ世界が滅びそうになったって、オレはちぐさを見送って応援することだけしか出来ないのは歯痒いよ」
「ショウが応援してくれるなら、滅ぼす怖い物だってどっかいけって出来そうな気がするにゃ」
「はは、それなら沢山応援するよ。けれどね……そうした事には危険が付き物だ。何時か死んでしまう可能性だってある」
 ショウは優しくちぐさの背を撫でてから「怖いときには、不安なときには無理をしなくっていいんだ」とそう告げた。誰だって逃げ出したくなることはある。それを誰も責めることはないとショウは柔らかな声音で言うのだ。
「でも、それだとショウを護れないにゃ?」
「……オレよりちぐさの方が強いし、可能性に愛されているからね」
「パパを護るのも僕の役目なのにゃ!」
 胸を張ってぱっと離れたちぐさが自慢げに笑えばショウは可笑しそうに頷いた。気付けば雨が止んでいる。通り雨だったのだろうかとちぐさが振り向けばショウは「ローレットに向かうのかい?」と優しく問い掛ける。
「あ、そうだったにゃ。ローレットに行かないと」
「それなら、一緒に行こうか。タオルを借りてから暖かい飲み物でも飲もうか。今一番怖いのは滅びよりも風邪かも知れないからね」
 揶揄い半分、そうやって言ったショウにちぐさは「本当にそうかもしれないにゃ!」と大きく頷いた。
 夏の天気は変わりやすくて、何時雨が降り出すかも分からない。
 ちぐさはショウの手を取ってから楽しげな足取りで、空を見上げた。


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