PandoraPartyProject

SS詳細

赤く咲いたゼラニウム

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 ただ只管に駆けずり回るだけで一日が終ることがあった。寧ろ、探偵というのはそういうものであると天川は認識している。
 個人事務所を設けている雑居ビルにはイレギュラーズである天川の噂を聞いて依頼に遣ってくる者が居た。どうやら良い広告塔水夜子があれやこれやと宣伝上手に客引きをしてくれているようでもある。――と、言っても大体やってくるのはペット探しに浮気調査といった代物ではあるのだが。
 天川は本日の予定を確認する。居なくなってしまったという飼い猫のアリスちゃんを探して欲しいという依頼だ。特徴は白黒ブチ猫、何故か餡子の匂いに固執して居るという。
 猫探しと言えば一日二日は下らない。路地裏を覗いて、駆けずり回って昼夜の区別なく続く地味ながらも非常に難易度の高い仕事だ。猫が逃走してしまったという依頼人に天川は「見つからなかった場合は調査は切り上げる」と宣言しておく程度には見つからない可能性があるものだ。
 今日もそうなるだろうと考えて居た。aPhoneの時刻を確認すればAM10:21と表示されている。微妙な時間だが調査を開始しよう。昼食は近隣の商店街を利用する事にした。下町情緒が溢れる場所だが、天川は気軽に商品を購入できる上に情報収集を行ないやすいことから好んで足を運ぶ場所であった。
 商店街で調査を行なってから昼食を購入し、聞き込みを行ないながら夕方はその情報を元に調査計画を練ろう。そう考えて商店街に訪れた時、ふと依頼人の言って居た言葉を思い出した。
 ――餡子の匂いが好きなんです。私が小豆を炊いていたり、餡子を作っていると必ず寄ってきて……。
 どうして『アリスちゃん(白黒ブチ猫、♂)』がその匂いを好むのかは分からないがソレは個人的な事情だろう。
 もしかして、と天川が足を運んだのは和菓子店だ。老舗であるそこはみたらし団子が有名ではあるがおはぎなども陳列されていた筈だ。店内に入ってから女将に声を掛ければ「餡子ぉ?」と不思議そうに間延びした声が返された。
「あー……ああ! でぶちゃんね」
「でぶちゃん……」
 天川は思わず聞き直した。女将が手招く方向へと脚を進めれば何故か厨房で作業を行なっている従業員の足元で作り方を観察しているかのようにでっぷりと太った猫が鎮座していた。
 天川は内ポケットの写真を取り出す。アリスちゃんだ。紛れもなく探し猫がそこに鎮座して餡子を見守っていた。
 女将曰くふらりとやって来て餡子を作る際には必ずああしているという。でっぷりと太っているためにでぶちゃんと呼ばれているが、何処かの飼い猫だろうとのことで丁重に扱っていたらしい。天川は簡単に見つかってしまった猫に拍子抜けしながら依頼人へと電話を掛けた。直ぐに和菓子店へと向かってくると言う依頼人を待っている最中、ふと――猫を見て思ったのだ。
 肥満気味とも言えるでっぷりとしたフォルムに、たゆたゆと揺れる腹肉。腹肉に座っていると表現した方が確かなようにも感じる『でぶちゃん』ことアリスちゃん(♂)の写真をaPhoneで撮影した。
(先生が好きそうだな……)
 天川にとっての思い人である晴陽は妙な生き物が好きだ。何とも言えない表情をした生物や、何処かデザインの間の抜けた風貌のぬいぐるみなどを蒐集している。勿論のことだが、目の前のでっぷりとした猫も『何とも言えない不細工で可愛い生き物』として愛好される可能性を感じたのだ。
 依頼人に猫を渡してから、手持ち無沙汰になったと天川は街を彷徨いていた。昼食を会に出ようかと考えたが女将が面白がって幾つか団子をご馳走してくれたのでこれ以上の腹拵えは必要も無さそうだ。
(さて――と、どうするかね)
 大幅に時間を持て余してしまったか。時刻はPM0:00丁度になったか。まだ一日は始まったばかりと言った様子でもあるが――
「あー。どうするかね。突然暇になった日の時間の潰し方なんて忘れちまったよ……。ん?」
 頭をがりがりと掻いてから天川は視界の端に花屋がちらついた。可愛らしい看板に色とりどりの花を陳列した店舗は物語に出てくる可愛らしいフラワーショップをイメージしているのだろう。
「花……か」
 花を渡したい人物と言えば、浮かんだのは矢張り晴陽の事である。今日も澄原病院で仕事の真っ最中であろう彼女は若い身の上でありながら院長として多忙の日々を送っている。
「先生は仕事中だろうし、邪魔することになるかもしれんが……花束か……花束を渡しに行くくらいなら迷惑にならんか?」
 思い悩みながら店舗の入り口に飾ってある花を眺めた。季節の花々もそうだが、花束にはよく使われる薔薇を始め、色とりどりの花が目に優しい。
 天川は小さく唸った。わざわざ病院に花束を持っていくのは誤解を招くだろうか。晴陽は驚くかも知れないが、周囲から見れば身内の入院を見舞いに来た『オッサン』位に思って貰えるだろうか。勿論、晴陽が困るようであればそうした行動も控えるというのが天川のスタンスだ。
(いや、年齢も離れているしな。大きく問題にはならないだろう。そうと決まれば早速――)
 天川は店舗の内部で作業を行なっていた店員へ「すまん」と声を掛けた。妙な気恥ずかしさと、自身の中には花に対する知識がそれ程豊富でない事に気付いたからだ。
「花束を作って貰いたい」
「はい。どのような物にしましょうか?」
 にこやかに微笑む店員に天川は顎に手を当ててから、少しの間を置いて「幸せを意味する花をありったけ、包んで貰っても構わないだろうか」と静かな声音で言った。
 ぱちくりと瞬いた店員に天川は「できるか」と問うた。頭の中で花束を構築しているのだろう。少しばかり口を噤んだ店員は「畏まりました」と変わらぬ笑みを浮かべる。
 天川という男は不器用だ。花や物に意味を込めて、彼女へと想いを贈る事が多くなった。それは晴陽というこれまた不器用な女性の事を考えてのことである。
(先生は直接の好意には戸惑いがちだからな。困らすのは本意じゃないが……惚れた女の幸せを願わない男はいまい。
 傍に居るのは俺でなくても構わない。その資格もあるとはおもっちゃあ居ないが――ただ、幸せを願い力になるくらいはしてやりたいのが男心だろうよ)
 せっせと作業をする店員の背中を眺めながら天川は独り言ちた。彼女は花には詳しいだろうか。知識という面では彼女も其れなりに有しているはずだが――
「幸せを沢山込めてお包みしますが……奥様にでしょうか?」
 アルバイト店員へ花をとってくるようにと指示を行なっていた店員は柔らかな声音で天川に声を掛けた。器用に花を包む彼女の名札には店長という文字が躍っている。
「……いや、違う。だが、大切な人だ。傍に居ると幸せを感じるくらいにはな」
 苦い笑いを浮かべた天川に店員はぱちくりと瞬いてから「素敵なお気持ちだと思います」と微笑んだ。その言葉で何かを確信したのだろう。アルバイト店員に会計を任せ、リボンをとってきますと彼女は一度バックヤードへと向かう。
 お茶目な店員は花の意味を全く知らないであろう不器用な男にはばれないようにこっそりと赤いゼラニウムを忍ばせた。それを柔らかな臙脂色のリボンで包み上げる。
 華やかな花束を作り上げ「お渡しできますようにとおまじないのように口にした店員に天川は頷いた。
「ああ、そうだな。渡せると良いが……」
「応援しております。いってらっしゃいませ」
 店員の心配りに天川は小さく頭を下げた。彼女はビックリするだろうか。最近は彼女を揶揄う機会も増えている。
 つい、面白いのだ。好いた相手だと自覚したこともあるがつかず離れずの距離感で、本心を少しばかり包み隠して言葉を重ねれば、彼女はそれなりに表情を変えてくれるようになったのだ。困った際には目を眇め、可笑しいときには小さく笑みを浮かべるようにもなった。
 心を許してくれているのだろうとは思うが――そればかりでは彼女も困ってしまうだろう。
(流石に自重しねぇと。ああ見えて急に鋭いところを見せるからな……)
 天川はそんな事を考えながら澄原病院へと向かった。

 昼下がりの病院は人影も疏らであった。御前の診療を終え、午後は基本的には予約対応だけを行って居るのだろう。
 と、言えども院長は『夜妖の専門医』でもある。そちらの対応は忙しなく、晴陽が休憩に帰ってくるまでは暫く待つ必要があるようだった。
「お待ちください」と声を掛けてくれた看護師に天川は礼を言う。晴陽に会いたいと花束を携えてやって来た『オッサン』を目にしてから彼女は何かを察したように笑ったのだ。
 天川は現在晴陽と共に対応している仕事を思い出した。病棟には『あの』猫の娘が寝泊まりしているらしい。自宅に帰っても母が居ないことから彼女が間借しているというのは天川も関わっている静羅川立神教の一件で耳にしていた話だ。
 通された院長室で待ちながら、其れ等の一件について思い返す。自らが関わっている以上は晴陽にも危害が加わる可能性があるのでは――とそう考えてからは彼女とは密に連絡を取るようにして居た。
「お待たせしましたでしょうか」
 扉が開くと共に、白衣を着用して居る晴陽が顔を出した。診察を終えたばかりなのだろう。幾つかのカルテを手にしていた彼女は自席に着いてからそれらを『未処理』のラベルを貼り付けたボックスへと投げ入れる。
「いや、先生こそ忙しかったんだろう? 突然邪魔して悪かったな」
「いいえ。まあ、忙しくないと言えば嘘ですが、ソレなりに休憩を取るべきだと水夜子達にも言われていますから……。
 天川さんが訪ねてきた事を理由に看護師達も私を休憩に追いやるのですよね。全く以て度し難い話です。利用されていますよ」
 少しむくれた様子を見せる晴陽に天川は小さく笑った。気を許せばそうした幼さを滲ませるような表情までも見せてくれるのだ。それでも目許は眠たげで余り睡眠をとっていないようにも見受けられる。
「余り寝てないのか?」
「……実は夜妖憑きで少し厄介な患者がいまして。其方の対応をしていたのです。通常の診察もありますから、合間を縫って夜妖憑きの相手をするとなれば……今だけではありますが」
 否定しないのか、と天川は不機嫌そうな表情を見せた。草臥れた様子である晴陽は「今日は此の儘直帰の予定なので、直ぐに回復します」とさらりと言ってのける。眠れていないともなれば心配ではあるのだがそうした心配を行なえば彼女は余計なお節介だと言わんばかりに表情を曇らせることがあるのだ。
(どうやらみゃーこにはそうした反応を見せていたようだが、俺にも見せてくれるという事は気を許してくれているという事なのだろうか……)
 天川はそれ以上は何も言わず、少しだけ書類を整理している晴陽を眺めて居た。持ってきた物だけ処理をして置きたいと言う彼女の意志を尊重した形となる。
「そういえば……本日はどのようなご用件でしたか?」
「ああ、急ぎじゃないんだが。たまたま、時間が空いたんでな。花屋を覗いたんだ。そこで綺麗なのを見付けたから先生に持ってきた」
「私にですか? ……ありがとうございます」
 天川が花束を揺らせば晴陽は視線で追掛けてからぱちくりと瞬いた。赤いゼラニウムが視線に止ったのだろう。何かを考えるように眉を動かしたが、直ぐにその気配を消え去り目線を書類に落とした。
「少し待ってくださいね。……活けるための花瓶は何処かにあった筈ですので……これを終えたら……」
 そう言葉を紡ぎながら花瓶の在処を探し、ついでにカルテにメモを行って居るのだろう。天川は「ああ」と頷いて先程の晴陽の反応を思い出す。
 あれは何か――何かに気付いたかのような反応だった。揶揄い半分、本音は半分。鋭いところがある彼女にバレてしまっても気付かないふりをするとは思って居たが本当にその通りだ。深読みをして仕舞った自分を律するかのように視線を落としたところを見る限り花屋が気を利かせて何か『意味を込めた花』でも忍ばせたのだろう。
「終りました。少々お待ちくださいね」
 晴陽は一度部屋を後にしてから花瓶を手に戻って来た。天川から受け取った花束から数本の花を活けてもう一度包み直す。
「どうするんだ?」
「部屋に持っていこうかと。特にこの赤い花は綺麗ですし、最近買った花瓶に良く映えそうです」
 晴陽はいそいそと自身のaPhoneで撮影した画像を天川へと差し出した。ブサカワキャラクターの花瓶なのだろう。ショップで見付けたという妙な絵柄の花瓶を使うのが楽しみだと張り切った様子である。赤いゼラニウムをその為に持ち帰るという彼女は、ある程度花を整えてから「よし」と頷いた。
「天川さんはこれからどうなさいますか?」
「あー……時間が空いたんでな、どうしようかと悩んでいたところだ」
「それならば食事でもどうでしょうか? ……もう少しすれば夕食の時間ですし、私も此の儘直帰ですから」
 花を持っていくのは余り良いことではないかと考えてから「部屋に一度置きに行っても?」と晴陽は考えた末に問い掛けた。彼女の仮住まいは病院にも程近いマンションだ。底ならば花を活けて戻って来ても十分に時間がある。
「構わない。何処に行くか店は選んでおこうか」
「では、お願い致します。帰宅の準備をしてきます。少々お待ちください」
 準備をしてくると一度退室した晴陽を見送ってから天川は行きつけの小料理屋に連絡を入れた。酒も嗜む女性だ。軽く食事をしながら、酒を呷って近状を話す事にもなるだろう。
 気心がしれている店の方が行きやすいと考えて連絡を入れた後、天川はふと赤いゼラニウムについて検索を行なった。花言葉の一覧ページを見てから納得がいったようにaPhoneを伏せる。
 確かに――共に居ると幸福だと、幸せを願っていると、そうは告げたが其の儘の意味合いの花を含まれるとは思っても居なかった。
 彼女はその意味が分かってあのような顔をしたのだろうか。そうであれば、それを分かった上で食事に行くような女性ではない。関係性は良好と言えるだろうかと天川は考えてからそれが自惚れてであるかもしれないと首を振った。
(共に居る資格はないが――彼女にとって気が休まる存在であれば喜ばしいのも確かだな……)
 準備を終えて戻って来た晴陽には何事もなかったように声を掛けた。食事の席でも、二人とも何も変わらぬ様子で話を行なうのだろう。
 それが今の関係性であり天川にとって心地良い『距離感』でもあるのだ。

 ――その後、天川にとっての宿敵を相手にしたその時にあろう事か晴陽が何故か敵前に現れてティータイムを楽しんで居るとは思いもよらなかったのだ。
 そんな場面だからこそ、秘めておこうと考えた感情を吐露し、伝える事になる。その心地良い距離感に変化が起こったのはこの時よりももう少し先の話なのである。


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