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白く高貴な花束を

登場人物一覧

鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾

 鏡禍は街を歩いていた。るんるん笑顔で歩いていく彼を珍しいものを見たかのようにすれ違う人が次々振り返る。それもそうだろう、彼の腕の中には本当にびっくりするほど大きな百合の花束が大切に抱かれていたのだから。まるでプロポーズにでも行くのかと言わんばかりの豪華さである。
 とはいえ彼の左の薬指には金色の指輪が輝いており、その手のステップはすでに終えたのであろうことがうかがえた。
『じゃあその花束なんだよ?!』というのが周囲の人が多かれ少なかれ心の中に思ったことだろう。
「喜んでくれるでしょうか……いえきっと喜んでくれるはずですよね!」
 だがそんな人々の視線に鏡禍が気づくことはない。なぜなら頭の中でとても幸せな想像ばかりしていたからだ。周りが見えてないというのはこういうことを言うのだろう。

 基本的にこうなった鏡禍の頭の中は最愛の人に喜んでもらうことでいっぱいだ。
 きっとこんな豪華な花束を持っていったら驚きで目を丸くした後、綺麗だととても喜んで抱きしめてくれて、キスだってしてくれるに違いない。大きな花束だからあちこちに分けて飾って、家中が自分の持ってきた花の香りで満たされるのだ。
 と、ざっくりいえば彼の脳内はこんな風に幸せな想像で満たされていたが、頭のどこかに残った冷静な部分では想像通りに行かないこともまた自覚していた。
 そもそもかなり大きな花束だ。驚かれはするだろうが同時に大きなため息をつかれるだろう。そんな大きなもの一体どうするつもりだったの、と。
 もしかするとまた『愛が重い』などと言われるかもしれない。わざわざここまで大きくなくとも一輪だっていいのに、といった小言を言われながらそれでも彼女は無駄にしないように花束を綺麗に片付ける。自分が愛した女性とはそんな人物である。
 か弱く脆い、護ってあげたくなるようなそんな存在を頭の中での大部分では想定しているが、勝手知ったる理性的な部分では全くの逆であると理解しているのだ。それ故に想像通りに行かないこともまた理解している。
 この思考だけでもわかるように最愛の人に関しては鏡禍の中では矛盾でいっぱいだ。
 危険なところに行かないで欲しい、傷つかないで欲しいと願っているが、実際はどれだけ止めても危険なところへ行こうとする、それが力あるものの義務だと凛と立つ姿に彼女らしさを感じている。もしも願い通りに危険なところへは行かないと言い切るようだったら、喜んだとしても君は誰だと疑うだろう。
 自分の想像を裏切る、思ったようにいかない、そんなところに彼女らしさを見出している。
 端的に言って面倒くさく変な男なのだ。

 ともあれ、喜んでくれるだろうなと百合の花束を現在は抱えているのだが……本当は花束など買っていくつもりはなかったのだ。ただ街中で見かけた花屋が、その前に並べられている花たちが、偶然目に留まったから。
 時期としては薔薇や紫陽花も美しく咲く時分、同じように並べられた中にある白い百合を見て思い出したことがあったのだ。
「そういえば……百合の花って、花冠に使われるんでしたっけ」
 愛する人の故郷の風習はいくらか調べたことがある。何せ時代が古いので探すの多少苦労はしたが、その中で結婚式の時に百合を花冠として使うという話があったはずだ。百合は何度か彼女に似合うと思ったことはあるものの花自体は贈ったことはなかった。それに結婚式に使われるのなら……今の関係なら贈ったって罰は当たらないはずだ。
 だからつい買っていこうと思ったまでは良かったのだろうが「あれもいい」「この百合も綺麗」と選んでいったら大きな花束となっていた。
(それでももし、この花たちで花冠を作ってくれるのなら……)
 想像を巡らせかけて、鏡禍は首を振った。今から作ったところでどうせすぐ枯れてしまう。いくら結婚式を意識したとしてもさすがにそんな真似はしないだろうとすぐに思い至る。
「あ、でも、そうだ。押し花なら」
 枯れるでひらめいた。押し花で花冠のように作れるのではないだろうかと。幸い(?)にして百合の花は腕の中にたくさんある。何本か抜いて押し花にしてしまおう。
 そうと決まればまずは一人で落ち着ける場所に行かなければ。帰ろうとしていた足はくるりと反転して。灰の瞳は澄んだ空に彼女の笑顔を見る。

 純潔であり無垢、されど高貴な威厳を持ったこの花こそ何より貴女にふさわしい。
 だからこの花束を、花冠を、貴女が受け取ってくれますように。


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