PandoraPartyProject

SS詳細

Rainning in your world.

登場人物一覧

ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
エト・アステリズム(p3p004324)
想星紡ぎ


 雨が降る日だった。
 エトが他の女性と笑うウィリアムを見たのは。
 買い物に出ていたエト。ウィリアムはここ数日出掛けていることが多いものだから、自分が頑張らねばと決意を固めていたのだ。
 梅雨も近付き始めていたから一人で行くのは少し寂しい。元より本から生まれてきた躯、水に濡れるのは少し苦手。だからこそ力が借りれれば嬉しかったのだけれど、我儘は言わない。きっと大切な用事なのだ。
 傘を落とさぬように重たい紙袋を抱え直して。はあ、とため息をついた矢先――ウィリアムは、居た。
「あれ、ウィルくん?」
 ショウウィンドウの向こう。何かを語る相手は女性。
 冷や汗が背中を伝った。
 柔らかい笑顔。慈しむような瞳。何かを語りかけれれば頬を染めて。
(……まさか、まさかね)
 そんなことはないと信じていたかった。だから聞けなかった。けれど、その翌日も。
「出掛けてくる」
「うん」
 何度も。何度も。予感が確証に変わるまで、その背中を追いかけて様子を窺う。そして、毎日毎日同じ店に足繁く通うウィリアムの視線の先にはいつも同じひとがいる。……こんなストーカーまがいのことをして確かめたくはなかったのに。
 これは、浮気というものなのだろう。帰ろうとした矢先、中の女性と視線が絡む。ウィリアムの肩を叩いた女性はエトを指差した。
(!?)
 どうして、そんなことをするの。
 わたしへのあてつけなのだろうか。好きな人の浮気も気付けない馬鹿だから? それともお前の男は奪ったぞなんてからかい? なにも、なにも解らない。
 彼が素直に愛を伝えられないひとであることは解っている。たけどこんな仕打ちはないでしょう。
 咄嗟に走り出した。帰る場所はひとつしかないけど、きっともうすぐなくなってしまう。
「エト!!」
 普段張り上げられることのない声が、雨音を抜けて耳へと突き刺さる。逃げてしまいたかった。けれど、走り出したエトのその背中を追いかけるウィリアムの足音はぐんと近付いてきて。
 雨足は強くなるばかりだった。

 傘もささずに手首を掴んで無理やり連れ帰られる。雨音は今も激しい。離してほしいのに、ウィリアムの手を振りほどくことも出来なくて。
「エト」
 酷い顔をしていることくらい解っていた。それ以上に、現実を理解したくはなかった。左手薬指の指輪が重いような気がして。
「もういい、何も聞きたくない」
「何を勘違いしてるんだよ、話を聞けって」
「うるさい、うるさい、うるさい」
「エト……」
「浮気じゃないなら、なんであんなに優しく笑うのよ……」
 泣き出した彼女の、雨で冷え切った躯を抱き寄せて。震える肩を抱けば、微かな抵抗が見られるのが可愛らしい。僅かな熱が其処にあるような気がして肌を覆う衣を剥がしていけば柔らかな肌に触れる。まるで壊れ物のように繊細で愛しくて。だからこそ守らねばと思うのに、それはまるで獣のように、心の何処かで酷く蹂躙してめちゃくちゃに壊してしまいたいと願う自分もいるものだから、困る。
 華奢な指を、掌を握れば、雨だか涙だか解らない雫がまたしとしとと頬を伝うものだから、一滴一滴を逃さぬように己が掌で拭う――つもりだった。けれどこの冷え切った躰ではそんなことを思考する余力はなくて、触れ合えなかった時間を埋めるように微熱を残した唇が雨を再現するかのように、何度も、何度も眦に触れる。
(熱くて、しょっぱい)
 だから涙だ。ヒトではない彼女だけれど。その涙は何よりも美しくてヒトらしい。
「浮気なんてしないで。するなら、わたしなんて捨ててよ」
「しないよ。してないし、捨てるつもりもない」
「してたじゃない。愛してるって言って」
「なんのことだか……。俺はエトだけを愛してる」
「もっと」
「エトを愛してる。心から」
 キスをして。甘噛みして。髪を掬って。それでも足りない。我儘をする子供のようにも、今にも壊れそうなガラス玉にも思われた。罅割れたグラスには水は満ちることはなくて。だから直すのだ。より深く甘い愛情で、彼女が笑い続けるように。
「まだ、まだ足りないの、もっと……」
 ほろほろと溢れ落ちる涙を親指で拭ってやって。冷えた躯に熱を移すように強く強く抱き締める。ああ、彼女の躯はこんなに細いのだ。こんなにも小さな躯で、寂しさを抱えて、溢れさせて。笑顔のほうが好きなことには変わりないのだけれど、大粒の涙に頬を濡らす彼女の姿さえも愛おしかった。それほどに好きだった。愛していた。
「エト。愛してる。……不安にさせてごめん」
「うん」
「……ほんとは、誕生日に渡すつもりだったんだけど。今でもいいか?」
 上手く行かないな、なんて苦笑したウィリアムに抱えられソファに座らされたエトは、その背中を眺めた。散らかった抜け殻を山にして、ベッドの下から取り出された箱。ウィリアムが促せば躊躇いがちながらもエトはその蓋をあける。
「これは……」
「靴。最近成長期みたいだし、新しいのを一足誂えた。足は大事にしないといけないし、それに」
「それに?」
「これを履いてるお前と、沢山出掛けられたらと思って」
 紺色の厚底のシューズは、紺色のレースとベルトで可愛らしくも甘過ぎないルックス。星型のスタッズに金色のストラップ、控えめ過ぎないリボンは明らかにエトを、エトの好みを熟知したウィリアムにしか頼めないデザインで。
 きっと。ウィリアムは笑っていたのだ。プレゼントを渡したときのエトの反応を思い浮かべて。どんな顔をしてくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。そんなことを思って。
 そうだ。疑うまでもなかったのに。それほどまでに彼はわたしを愛してくれているのに。
 店を確認すればよかったとか、店員さんに聞けばよかったとか、後悔は色々浮かんでくるものだけれど。
「……うれしい。ほんとうに。ありがとう、ウィルくん。疑っちゃって、ごめんね」
「いや、俺も悪かった。俺も同じ立場だったら、同じように心配する」
「ううん、いいの、もう。たくさん、たくさんデートしようね」
 宝物を守るようにぎゅっと抱き締めたエト。けれど今は彼が愛おしいから、宝物も放り出して何度目かのキスをする。『そういえば明日、デートじゃなかったっけ』『まぁ、今は何だっていいさ』『ちょっと、もう、……ばか!』なんてやりとりもご愛嬌。きっと太陽が頂点に座る頃には、柔らかいリネンを退けて起きるだろうから。
 不服そうな星の瞳を覆う瞼に口付けて、星空色の波打つ髪を乱して。鮮烈な赤茶の髪が頬を擽り、箒星の瞳が柔らかく弧を描く頃には、きっと二人共優しく夢の中。
 明日はどこへ行こうか。外行きには向かない季節だけれど、あなたが生きる世界へと駆けて行きたい。
 あなたの匂いのする黒いシャツに奇跡の花言葉を冠した青薔薇、金星光るコサージュを添えて。『大きなリボンがワンポイントなの!』なんて語ってもきっとあなたは解らないでしょうけど、一等お気に入りのコルセットスカート、帽子屋さんも似合うって太鼓判を押してくれた帽子を被って、台を降りた。
「お待たせ!」
「……かわいい」
「ま、まだ早いよ!」
 今度は間違えてしまわないように、しっかりと指を絡めて。
 今日はどこへ行こうか。あなたがいるならどこへでも。夜が来て月と踊るのも、朝焼けに目を細めて眠るのも悪くはないから。
 だからどうか。一番星に飛び乗ってでも、あなたがくれたこの靴で、あなたに『あい』にいかせて。

おまけSS『注文』


「その、すみません」
「はい、お伺いします!」
「妻の誕生日に、靴を贈りたくて」
「奥様にですね。足のサイズや年齢をお伺いしても?」
「足はこのくらいで……次に19になります」
「かしこまりました! 奥様の好みや人柄を知りたいので、しばらくお話頂ければと思います。魔法制作になりますのでハンドメイドよりも丈夫に早く仕上がりますよ!」
「わかりました、じゃあそれで」
「ふふ、奥様のことが大好きなんですね」
「はい。……ほんとうに」


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