PandoraPartyProject

SS詳細

通り雨が過ぎる頃に

登場人物一覧

ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)
指切りげんまん
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 共に受けた依頼の帰り道であった。突如として降り始めた雨は、次第にその雨脚を強くし、暫くの間は晴れ間を見せるつもりもないと素知らぬ顔をして居る。
 道行く人々は急ぎ脚で帰路を辿る。それは妙見子とヴィルメイズも同様であった。
 妙見子は「ほら、雨に濡れてしまいますよ!」とヴィルメイズを廃屋の軒下へと押しやった。この雨脚では直ぐに体を冷やしてしまうからだ。
「ああ~~そんなに押さなくても~~」と声を上げながらも屋根の下へと滑り込んでからヴィルメイズは「風邪を引いてしまいますよ」と妙見子を気遣う様に声を掛ける。
「私は大丈夫ですから、濡れていませんか?」
「ええ、勿論。大丈夫ですよ」
 ざあざあと降る雨を眺めて居るヴィルメイズは「あれ? 母こと妙見子様が妙に静かでは? あれあれ?」などと考えて居たが口を噤んだ。
 互いに各地で様々な仕事を承けるようになってからと言うものの考えることは増えてきた。物思いに触れる時間だって必要だ。
 茫と空を眺めて、雨は何時止むだろうかと視線を送っているだけのヴィルメイズの横顔を盗み見てから妙見子は重苦しい息を吐いた。

 ――母ですよ~!

 明るい声音でそう告げれば、彼は「母ですね!」と返してくれるような人だった。妙見子自身はマイペースで握り飯を頬張っているのんびりやの彼には塩対応を決めることが多かったが、それでも母子と呼び合う中ではある。実の親子ではないが、何処か穏やかな性質の彼についつい世話を焼いてしまうと言うのが妙見子の毎日だ。
 母親が居ないヴィルメイズは母親とは何であるかを良く知らないだろう。ならば、自身が母として彼を慈しんでやろうと――そう考えたのが妙見子の優しさと母性であった。
 だが、母が居ないという事は母の行いの欠片も理解出来ないという事でもある。自らが母らしく振る舞えれば、ヴィルメイズにとっては鬱陶しい行いであるかも知れないのだ。
(母と呼ばれようとも、私は本物の母親ではないのですから……嫌われてなど居なければ良いのですけれど。今更その様な事をどうやって聞こうものか。
 いえ、そもそも『お母さんのこと好き?』とか面倒くさい母親の典型例なのでは……? ああ、どうしたものでしょうか……)
 妙見子はぐるぐると頭の中で考えてからまたも重苦しい息を吐く。母親は気苦労が絶えない生き物だとはよく言ったものだが、息子との付き合い方に迷うとは思っても居なかった。
 妙見子はいつの間にやらしゃがんで蝸牛と遊び始めたヴィルメイズを見下ろしてから決意した。一人で悩んでいたって結論は出ない。
 特に、これは男女の仲よりも最も深い『親子』関係なのだ。妙見子とヴィルメイズは血の繋がりは無いが心では家族同然であると妙見子は認識している。腹を割って話すのも親子の特権、向き合う必要性だって親子の重要なピースである筈だ。
 妙見子は「よし!」と意気込んでから「あのお」と恐る恐ると声を掛けた。蝸牛と遊んでいたヴィルメイズは棒切れで蝸牛を突くのを止めて「はい」と顔を上げる。
「あ、蝸牛にその様な事をしてはなりませんよ! ではなく、その……母についてコメントを頂いても?」
「それは妙見子様についてですか? 良いお母さんですよ。ええ、何か仕事でお困り事でも?」
「え、ええ! そうなのです。実は母の居ない子供の一日お母さんになる仕事を承けることになりまして、参考に聞かせて頂ければなあ、と」
 ヴィルメイズは「そうですね~」と呟いてから何処か悩ましげに唸った。おとがいに手を当ててから「うーんうーん」と何度も唸る。
「悩む姿も美しいと定評の私なのですが、一つ応えをお渡しできるとすれば、血縁でなくとも心が通じていればなんとかなるのではないでしょうか?」
「こ、心……ですか?」
 ヴィルメイズは「はい」と頷いた。「美しい心の持ち主である私が言うのですから、その通りですよ。美しい心の持ち主は外見も清らかで美しいですからね」と、彼は何時ものように言葉を重ねている。
 妙見子はやれやれと肩を竦めたがそんな『息子』の言葉の一つを噛み砕くように「心」と呟いた。血縁ではない男女だ。それが親子の仲になるというのは難しい。二人の間にあるものが恋情ではないことくらい見る者が見れば明らかだ。だが、その間柄に愛情がないわけではない。家族であるからには――母子であるからには愛情はあってしかるべきなのである。
「実母は子を叱るものではありませんか。それは鬱陶しい行いなのではありませんか? 幾ら心根が通っていようとも、母親とは鬱陶しいものというのが通説ですし」
「あ~~、どうなのでしょう。実母が存在しないので何とも言えませんが、それが愛情なら素晴らしいことなのではないでしょうか。
 過干渉をされてしまえばこの美しさが削がれてしまう可能性がありますし? ある程度の自由の美も必要であるかとは思いますが……」
 ヴィルメイズは何かにピンッと来たように妙見子を見てから唇にゆったりとした笑みを浮かべた。嗚呼、成程、これは所謂『友達の話なんだけどね』というやつだ。
 妙見子が気にしているのは自らとの関係なのだろう、とヴィルメイズは頷いた。確かに自信と妙見子は血の繋がらぬ『親子』を演じている。それこそ母性の強い妙見子を母と慕う者は多いのだ。
「素晴らしいお母様であらせられるとおもいますよ! ええ、妙見子様は自信をお持ちになってください。
 この美しすぎる顔面が認めるのですから、それはある意味では美の神による承認と同じなのでは!?」
「美の神に謝ってください」
「美の神がこの美しさに慄いたと!?」
 驚愕してみせるヴィルメイズに妙見子はふっと笑みを浮かべた。ああ、何て可笑しいのだろう。先程まで悩んでいたというのに彼がこんな風に軽く言ってしまえば其れだけで納得してしまえるのだから。
 飄々とした態度と、気紛れな性格であるヴィルメイズは本心こそ分かりにくいが妙見子をきちんと母親として認識している。母性の強い彼女に世話を焼いて貰う『息子』として、愛情を抱いているのも確かでありそれを『家族愛と呼ぶ』のだという事だって知っている。母として立ち回る彼女を尊敬しているのも確かだ。
 だが、ソレを口にすることはないだろう。そうした感情は態度で示すに限る、というのがヴィルメイズの『らしさ』なのだ。妙見子が悩んでいたからこそ助け船を出した――というのが現状だが、彼女ならば屹度察してくれるはずだとヴィルメイズは何時も通りの尊大でユーモア溢れる誇らしげな表情で妙見子の前に立っている。
「参考になりました。有り難うございます。雨……まだ止みませんね」
「そうですね。屹度、女神がこの美しさに嫉妬をしてしまったのでしょう。なんて罪深い!
 雨で隠してしまえば良いと思ったのでしょうが、陽の光のように輝く美貌は何時だって顔を覗かせますからね」
「そうとも考えられてしまった女神が不憫でなりませんが」
「どうして」
 妙見子はくすりと笑った。あからさまにショックを受けてみせる彼に「分かりきった答えでは?」と揶揄うように笑う。
「ええと……おにぎり食べます?」
「喜んで」
 懐に忍ばせてあった軽食を取り出して、二人で縁側に腰掛けて握り飯を頬張った。美味しいだとか、味はこれが好きだとか、そうした事を口にする彼を横目に見ながら妙見子はこの関係性が心地良いのだと実感していた。


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