PandoraPartyProject

SS詳細

猫のお使い

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

●雨は待つ
 古びたオルゴールが、目の前にあった。
 水を水滴がはじくように、すいすいと音を奏でている。たわむれる子猫の足音のようだった。それでふと、眷属のことを思い出した。

 ああ、――雨が降る。

 このオルゴールは、見る目のない者によって廃棄される寸前だったが、武器商人の目利きにより、ここに来ることになったものである。品は良く、職人が手づからしつらえたのだろうそれは、新たによみがえり店頭に並んで新たな持ち主を待つことになる。

 ここは、小鳥が羽を休める止まり木のように無数ある商人ギルド・サヨナキドリの支店のひとつである。その小部屋のひとつで、古いオルゴールを語らうように愛でていた『闇之雲』武器商人(p3p001107)は、窓を見ずにして、また雨音も聞かずして、降雨があることをなんとなく悟った。
 雨が降る前の、土が匂いたつような独特の気配があった。
 あちらでも今ごろは雨が降るだろうか。
 武器商人は、ぱたんとオルゴールの蓋を閉めた。音は途切れる。
 生憎、可愛い可愛い『あいいろのおもい』クウハ(p3p010695)は、こんな天気の中でも取り立ての仕事だ。オルゴールにかこつけるまでもない。
 武器商人は慈愛を惜しみなく注ぎ、一日のうちに長い時間、クウハの姿を思い描いているのだ。

 商人ギルド・サヨナキドリは、この混沌の世界各地で手広く商売をやっている。ほんとうに世界各地に支店があるため、新たな土地にたどり着いたとき、その看板を探し求める者も絶えないのだ。
 多くの人間の道しるべでもあるのだ。
 骨董品から季節のおやつまで、果ては情報と手広く商売をやっているサヨナキドリにとっては、金融業もそのうちのひとつであった。
 ギルドで薫陶を受けた商人たちは、夢を叶えるために資金を借り、いき、うまく行けばサヨナキドリのもとに産んだ利益を返しに来る。
 あくまで商売の範囲であり、ボランティアではない。利子も、法外に安くこそないものの、であればこそ気を引き締めて商売にあたれるというものだ。
 あるいは商人ではない、普通の客にも金を貸している。
 審査は商売としては一般的なもので、客に気を配ってはいるが、すべての客が『良いコ』とは限らない。そういうリスクも織り込んでおくものである。
(今回のコは、クウハにはぴったりだね)
 今回、ギルドから金を借りた客は、悪辣な部類の客だった。
 たびたびの催促に沈黙し、金を返す気配はない。
 調べてみれば、「これを担保にしたい」、と言っていた畑の権利書を偽装しており、はじめから金をせしめてやろうというような甘い考えで金を借りたらしいのだ。
 正規の返済日の期限の延長などの申し入れであれば事情も斟酌することもあったが、今回は手加減する必要はないわけだ。
 素性を洗えば、言っていたような、病弱な娘も、借金を背負った年老いた親もいない。
 だから、武器商人はこの采配にはとてもとても満足していた。

 つまり、可愛い眷属は、妙な情を抱いて、ストレスをためる必要はないというわけである。
……主に仇なすものに容赦はないのではあるが、これは気分の問題だ。


●猫の狂騒曲
「あのな。
俺はオマエらの下らねェ言い訳を聞く為に、こんなゴミ溜めにまで来てるわけじゃねーんだよ」
 クウハの声は氷のように冷たかった。身内には優しく、甘やかな優しさを紡ぐその声は、今は研ぎ澄まされた刃物のようだ。
 このふるまいを知らぬ者は――たとえば愛らしい幽霊屋敷の幼い住人などであれば、今のクウハを別人とでも思ったかもしれない。
 だが、優しくする術を知っているものは、逆を言えば、相手の急所を探り出すのも上手いということであるのだ。
(ああ、やっぱりな。舐めてたんだろうな。情けないくらいに焦ってやがるし……)
 人数だけでも上回る男たちは、すくみあがって動けもしなかった。一人は鼻血を流しながら昏倒していた。傍らにはこん棒が転がっている。襲いかかろうとして、クウハに打ちのめされたのだった。
 赤い瞳が、債務者を見れば、睨んでいるわけでもないのに彼らは動けない。
……ほのかな優越を覚えて、口角をあげた。
 クウハにとってしてみれば、主人とサヨナキドリに害を齎す相手に温情を与える理由など何処にもない。
「だ、だから、来週まで、待ってもらえれば……っ、なんとか」
「それ、前も聞いたなぁ」
 目の前にいる相手は、間違いなく敵に回してはいけない人物だった。
――招き入れてはいけない悪霊だった。
 それを悟ったころにはもう遅い。
「悪かった、悪かったから……」
「オマエらのその御託にはクソ以下の価値しか無いって事が分からねーのか? で、誰がバックについてるって? そいつらはいつ助けに来てくれるんだろうな?」
 そういった相手がいないこともすでに調べはついている。
 猫は毛並みを逆立てて怒っている……ふうに、債務者からは見えはしたのだが、内心、ひどく退屈していて、その鼻はもうすぐの雨の気配を探り当てているのであった。
(ああ、雨が降る)
 考え事をする余裕もあるほどに手ごたえのない相手だったのだ。
 雨が降る。何とかぬれずに帰ることができるだろうか……。「慈雨」のもとに濡れたままで帰るのは避けたい。しかしながら、だとしたら、「おや、濡れネズミじゃないか」とでも言って、惜しみなく柔らかいタオルで優しく髪を拭ってくれるであろうことはわかっていた。それもいいかもしれない。
 ああ、きっと、暖かいお茶を用意してくれていることだろう。
 クウハは伸びている男を蹴り飛ばすと、ずかずかと店に上がりこみ、勝手に金目の物を物色しはじめる。
 当然、その権利はあった。債務は残っているのだから。
「ふうん、騙されて一文無しになった、って言う割には景気がよさそうじゃねぇか」
「ない、ない、今は一銭もない……っ」
「ヘェ」
「勘弁してくれ……俺にも生活があるんだ。妻と子がいるんだ」
「そりゃイイ事聞いちまったな!」
 男の動揺からクウハは上手にその機微を読み取り、重厚な金庫ではなく古びたソファーに向かった。
「みーつけた」
 悪霊のごとく、ソファーを持ち上げ、クウハが大鎌をふるった。
 金貨の詰まった袋が、ソファーの隙間からぼろぼろと出てきた。悪事を働くなら、もっとうまくやってくれないと手ごたえがない。隠し財産が零れ落ちてきた。
「嘘ついたら針千本ってなァ、知ってるか? なんだよ。足りねぇな」
「ひっ……ひいっ……」
「大丈夫だ、安心しろ。
その家族もちゃんと“有効活用”してやるからよ」

●今ごろあなたは何を考えているのか?
(そろそろかね)
 危険のある仕事を任せる――不安はとうになかった。今回の相手は単なる小悪党であって、脅かすほどのものではない。
 それでなくとも、だ、いつのまにか、クウハが己のために尽くすのは至極当然のことと思えている。ああ、だって己の一部のようなものではないか。何をしてもいい。もちろん……傷つけるつもりはなくて、ただ、己のものであるがままに、かわいがってやればいいのだ。
「おかえり、クウハ。今日は早かったね」
「早かったって?」
 しかしながら、主はそれを知っていたと見える。商人にとっては情報というのは何よりも大切なことである。紅茶がちょうどその時間にちょうどよくなるほどになっている。
「あくびが出るよ、まったく」
 しかしながらクウハもそれに疑問を抱かない。当たり前のように受け入れている。当たり前のようにハグを交わす。手を伸ばせば懐に収まった。
 これは、自分のもの。
 深く深く、パスでつながった愛しいコの感覚。
「どうだった? ケガはなかったかい?」
 それはやはり冗談の範疇である。クウハが、この程度でケガをするわけがない。それでもほめてもらいたそうに目を細めて「どうかな」といった。猫ののどを撫でるように手をさし伸ばして、髪をすくって、愛おしそうに笑う。
 黙っていても、愉快が伝わってくる。
 感覚を共有するような感覚は、目で見、呼吸をするのと同じことだった。しかしながら言葉を交わすことも、心をかわすことも愛しい時間で、手を抜くつもりはない。
「あっさりすんだぜ。アイツ、脅しにおびえ切って全部差し出してきた。いくらになるって言うんだよ。それでも支払いには足りないが、まあ、美術品で足りると思う。ふぁ……」
「その品を運ばせるのも大変だったろう? ゆっくりしてお行き。今日は紅茶と……」
「紅茶と、なんだ?」
「当てて御覧」
 推量するまでもないくらいに簡単なことだった。
 目の前には、アップルパイ。ただし、カスタードが入っている。
「これが好きなんだ」
 ああ、知ってる。
 それは、二人にとっては、言葉にせずともわかりきったことだ。深い歓喜が伝わってくる。
(でも、だからといって、結末のわかったモノガタリをなぞるのも悪くはない)
 武器商人は「お食べ」、と言って、今日は特別だとナイフで切り分けてやる。一人だけのために作られたパイは大きい。少しばかり過剰な甘やかしに溺れるように、享受しながらクウハは嬉しそうにアップルパイに手を伸ばす。
 黄金色に焼けた生地の中には、甘酸っぱいリンゴが収まっている。己も料理は好むところだけれども、やっぱりふるまってもらうこれは特別だった。クウハは先ほどまで、仕事で敵意をむき出しにして威嚇していた面影はまるでなかった。
 ああ、愛しきかな、その瞳。
 絵に描いたように、穏やかな午後。恐ろしいものがあるとするなら、きっとこんな風景をしている。
『幸福な夢こそが、何より一番恐ろしい』。
「たっぷりお食べ。お代わりもあるからね?」
 クウハは素直に頷きながらも、フォークから手を放さず、食べることを決してやめはしなかった。口元には食べかすが付いている。ほら、と、武器商人は指先で拭ってやって、ついでに、紅茶のお代わりすらも注いでやるのだった。

おまけSS『今日は何の日』

「今日のおやつはなに?」
 菓子作りに堪能なクウハである。
 幽霊屋敷で、料理を自分で作ってみることもある。ひとたびおやつを作ろうものなら、お騒がせの幽霊たちが集まってきて「美味しい!」という賛辞とともに狩りつくされてしまうのだった。
 これが深く記憶に刻み付けられているのは、最初に口にしたのがこれだったからかもしれない。
「あれ?」
 手に取った子供たちは普通のアップルパイじゃない、と思ったのだろうか。カスタードが入っていることに首をひねる。
「ふつうのとはちがう?」
「なんだと思う? 当てたらもう一切れやるよ」
 もう一切れくれないと分からないよ、とねだる子供に「ツケは後から高くつくこともあるぜ」と言いながら、やはり少し分けてやるのだった。


PAGETOPPAGEBOTTOM