PandoraPartyProject

SS詳細

束ねる花は

登場人物一覧

建葉・晴明(p3n000180)
中務卿
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 鉄帝国での戦いを経て、かの国の復興や被害状況確認を行なう人員確保が為されているローレットに晴明は訪れていた。
 豊穣郷の中務卿でもある彼が特別手を貸すことは余り褒められたことではないが、現状の確認も彼にとっては立派な仕事の一つである。
 ローレットの受付嬢から話を聞き、一先ずはそうした現状を幻想に滞在し、近日中には豊穣に戻る予定だという霞帝に報告したときのことである。
「久方振りの幻想はやはり見る物も真新しく感じるものだな。花々も知らぬ種類が多い。種を持ち帰って黄泉津で育てられるだろうか?」
「賀澄には無理じゃな」
 からからと笑った黄龍に霞帝は「何を云うか」とむくれて見せた。そんな主君とその守護神霊を眺めて居た晴明は遠く離れた異国でも彼等の日常は変わらぬのだと安堵する。
 豊穣郷では留守番――と言う名目で国家守護を行って居る――の黄泉津瑞神も同じようにむくれているのだろう。早く帰宅してやらねばならないと考えてから「何か瑞神にお土産でも用意しては如何でしょう」と提案した。
「種だな」
「種ではなく」
「いけないか? 瑞も女性だ、花にしようか」
「賀澄にしては良い提案じゃな。ついでに晴明も何か見て来ると良い。女子おなごに花を贈る機会じゃぞ。世話になった物にでも送れば良い」
 黄龍にそのように提案されてから共に共同戦線を張った者達のことを晴明は考えた。女性が多かったのも確かだが、それぞれに見合う物を礼として送るべきだろうか。
 花、で真っ先に思い浮かんだのは小さな羊の少女である。年の頃はつづりやそそぎと同じだろうか。愛らしい彼女は長閑な暮らしが良く似合う。故に、花といえばメイメイが浮かんだのである。
 幻想の城下町に存在するフラワーショップは王家御用達の看板を下げており、「ここにない花などない」とでも豪語するような店構えであった。慣れた様子で入店しさっさと花を選びに行ってしまった主君を視線で追いながらも晴明は思い悩む。花の質や目利きに関しては主君に連れ回された上で瑞兆の獣である瑞神からも学び、理解はしている。
 しかし、だ。その花の目利きが出来ても花の種類にまでは疎かった。そもそも、晴明がそうした植物の状況に詳しいのは食物としての認識である。女性に送るとなれば話が違うのだ。
「……」
 晴明は思い悩んだ。どうしたことかと頭を抱えた青年に「どうかなさいましたか」と声を開けたのは店員である。どうやら店舗でもそれなりの地位に当たる人間のようだ。顔を上げれば、その視線の先で霞帝が手を振った。彼が晴明の悩み解決のためにこの店員を派遣したという事か。
「その、花を贈りたいのだが……」
「まあ、素敵ですね。どの様な方にお送りになりますか?」
「友人、だ。女性の」
 晴明は『俺の頭の中に居るメイメイ』を思い浮かべて、辿々しく言葉に代えて行く。性別や年齢、関係性を掘り下げるように問い掛ける店員に「戦友であり友人だ。気心の知れる相手でもある」と晴明は付け加えた。
「年の頃は……そう、妹のような存在が居るのだが、彼女達と同じだと――認識しているが、人は見かけによらぬのでな。どうやら、彼女の雰囲気や口ぶりを見ればもう幾分か年が上……」
 晴明は悩ましげに呟いた。と、言っても実年齢は分からず自身よりも10は離れているのは確かだろうと思い悩む。店員はふむふむと頷いた。
 店員の見立てでは晴明は『彼女』に対して親近感や親愛を感じているがそれ程深く知ることの出来ない関係性である。そもそも、晴明の側が真面目過ぎるきらいがある。彼が掘り下げる事が無いのだろう。同様に彼女も奥手か、同様に真面目な存在だろう。だからこそ、晴明は『なんとなく』でしか彼女の全容を理解していないようだ。
「では、10歳くらい年の離れた、親しい女性ですね」
「ああ、そうなるかな。そうだろうと思われる」
「どの様なご用途でしょうか?」
「世話になった礼をしたい。彼女には随分と世話になって居るのでな。花を贈る……のは彼女にはよく花が似合うと思ったからだ」
「成程、どんな花が似合われると思いますか?」
「あまり華美すぎない方が良いだろう。俺から見れば、彼女は薔薇よりも桜、椿よりも梅のようにおもえるのだが……」
 控えめで、穏やかな女性という印象が強いのだと晴明は何となく自らの中にアルイメージを掻き集めるように言った。
 ぐいぐいと問い掛ける店員に半ば困った様子で救援要請を霞帝に送るが、彼の主君は笑顔で「頑張れ」と言わんばかりである。気付けば隣に居たであろう黄龍の姿が消えていたが――何処かで油でも売っているのだろうと晴明はそこまで深く考えないようにした。
「なら、そこまで華美な花束ではない方がよいでしょうか?」
「……そう、だな。しかし、花束を作るならば、目立つ花が幾つかあった方が良いのではないか?」
「ええ、それもそうですが、似合うものであるべきかと思われますよ。お客様の受ける印象を花束にしてお相手にお渡しするのも良いかと思います」
 どんな意味合いを込めましょうかと無数の花を指し示した店員に晴明は更に難しい表情を見せた。実のところ、彼女への贈り物を考える度に困惑してしまうのだ。
 何が似合うかと聞かれれば、女性に似合う物というのは想像が難しい。流行も分からなければ、何が好まれるのかも晴明には判断することが出来ないからだ。
 ――実の所、それは仕方がない話であるのかもしれない。ほぼ御所育ちであった晴明の周りの女性と言えば天香家の系譜を継ぐ物か、女房達、もしくは『神霊』達であったからだ。流行に触れる存在には疎いのは致し方がない。
「彼女に似合う物を包んで貰いたいのだが……こう、印象を与えるから……それでなんとかならないだろうか」
「なんとかして見せます。では、色は何色が似合いになられると思いますか?」
「印象としては、白、なのだが……柔らかな色彩である方が良いかと思う。犬が居るのだが、そうしたもふもふとした生物にも愛着を持っていた。
 可愛らしいものを好んでいるようなイメージだ。それから、衣服は、彼女の集落などの特有の衣服なのだろうか……刺繍の施したものが多いように思えるな」
 繊細なイメージがあると晴明はそう呟いた。艶やかな花などではなく、可愛らしいものが良く似合う。大輪の薔薇の印象を持つのはまた別の相手ではあるが、どちらかと言えば朗らかに咲き誇る柔らかで小さな花というのがメイメイそのものであるのだ。
 店員はふむふむと大きく頷いていた。晴明は難しい質問が多いのだと眉を顰める。花々に込める願い事があるとするならば――そう、幸せになってほしい、というものだろうか。
 時折彼女が見せる表情の変化を晴明は理解出来ては居ないが、何かを『越えなくてはならない』と彼女が考えて居るのは確かだ。
 何時か、共に彼女の故郷に行くという約束をしたが――その約束を果たすことになるならば彼女にとっては大きな試練にもなるであろう。
(……それがどの様な試練になるかは分からないが……その時に、彼女が挫けることがないように幸せと、成功を願う、というのが正しい気がしている)
 それを包み隠しながらも晴明は店員へと伝える事にした。店員が花束を作る為に選んだのは桜色の繊細な包み紙と、柔らかな色彩のリボンである。花は、控えめなものを多く採用した。これはどうだろうかと一本一本の意味や花の見栄えを晴明と話し合いながら選ぶ彼女の仕事ぶりに遠目で見詰めていた霞帝も満足げである。
 一頻りの作業を終えた頃、霞帝は「セイメイ!」と朗らかな声音で晴明を呼んだ。彼が晴明に着ける愛称はそのまま『本来の名前』としても利用されている節がある。
「どうかなさいましたか」
「花束を作るのだ。メイメイ殿に私に行けば良い。黄龍に頼んでおいたのでな、待ち合わせ場所はここだ」
 メモを差し出す霞帝に晴明は何をしているのかと言わんばかりに驚いた様子で彼を見た。突拍子のないことをする主君は「花が萎れては勿体ないだろう」とさも当たり前の様に言う。それはそうではあるのだが、突如として神霊に呼び出される彼女の気持にもなって欲しいと晴明は嘆息したのであった。

 ローレットでの依頼書を見ていたメイメイの背中に突如として重みが掛かったのは、晴明が花を選んでいる最中の事である。
「ひゃあ!」
「うむ、うむ。元気かの?」
 明るい笑みを浮かべた黄龍は「吾は伝達の役割なのじゃ。暇かえ?」と問い掛ける。艶やかな黒髪を揺らす神霊は霞帝がいなくては遠くに出掛けることは出来ない。ローレットまでの距離ならば辛うじて、という事だったのだろう。これ幸いと目当てを見付けた黄龍は「晴明と此処で待ち合わせをするんじゃぞ」と何故かメモを手渡してさっさと去ってしまった。
 突然の誘いには戸惑ったが、約束の時間までまだ余裕がある事に気付いてメイメイは準備のために一度帰宅した。思い人との待ち合わせなのだから、格好などにも気遣いたいというのが乙女心である。鏡の前で睨めっこをし、約束の時間を再度確認してからその地へと向かった。
 幻想の繁華街には待ち合わせによく使われる噴水があった。黄龍が遣いでやって来たのは霞帝の相手をしていたからなのだろう。何時も通りのおでかけだが、ひょっとすれば瑞神へのお土産探しを手伝って欲しいと言うものなのかもしれない。
 メイメイは瑞神を好いている。あのふわふわとした尾を有する神霊は愛らしく、黄泉津を愛する人々を心の底から慈しんでくれるのだ。
(瑞さまは、お留守番でしたから……何か、おいしいものを、お届けするのも、いいかもしれません、ね)
 晴明には食事と雑貨を持っていこうと提案するつもりだった。イレギュラーズであれば、直ぐにでもカムイグラへと渡ることが出来る。そうでない者は航路を使う必要があるため長旅にもなる。晴明やメイメイ、霞帝もそうだがさっさと移動できるのだからその辺りは利点だ。
「……晴さま」
 ぼんやりと待っていたメイメイの視界に晴明の姿が見えた。常の和装ではなく、幻想ではよく見られる洋装に身を包んでいた彼は「待たせただろうか」と肩を竦める。
「いいえ」
「突然済まない。黄龍がいきなり声を掛けて驚いたのではないか?」
「いえ。瑞さまに、お土産を、お選びになるのかと……」
 違いましたかと首を傾げるメイメイに違わないのだが、と晴明は呟いてから「本題はべつにあるのだ。良いだろうか」と何処か困ったようにそう言った。
「……はい?」
 晴明は紙袋をそっとメイメイへと差し出した。きょとんとしたまま受け取れば、紙袋の中には小さなミニブーケが入っている。余り華美ではなく、大きすぎないソレは晴明曰く『メイメイをイメージしたら小さな花になってしまった』との事だ。
「頂いて、よろしいのです、か……?」
「ああ。メイメイには世話になった。礼を……と思ったのだが中々浮かばず。よければ貰って欲しい。
 花も店員に聞いて組み合わせたのだが、好みのものでなかったのなら済まない」
「い、いいえ……! その、晴さまから、花を頂けるとは、思っても、居なかったので……」
 豊穣郷では余り見られない花も多い。それ故に、彼が困惑しながら選んでくれたことが分かってメイメイは心が温かくなった。ぽかぽかとした感覚に名前を付けられやしないが、それでも悪い気はしないのだ。嬉しいと微笑んだメイメイを見てから晴明の唇にも笑みが浮かんだ。
「喜んで貰えたのならば嬉しい。メイメイはあまり華美な花は似合わぬと思って……やはり、穏やかな色彩の方が良く似合うな」
 一輪の花をそっと手に取ってからメイメイのふわふわとした髪へと挿した。髪飾りとして飾られた生花にメイメイはぱちくりと瞬く。


 ガーベラの花が似合うと言ったのは、彼がメイメイに受ける朗らかな印象で合ったのかもしれない。
「……では、よければ瑞神の土産探しに付き合って貰っても?」
「はい。お供、します。どのようなものが、よいでしょうか?」
 歩き始めるメイメイに晴明はそっと手を差し出した。人が多く、逸れてしまわぬようにと言う気遣いだ。それが『妹のような自分』に向けられたことに気付いてから、メイメイは手を重ね合わせる。
 本当はあなたが見ているよりもうんとお姉さんなんですよ、とは言わないまま今はそのぬくもりの側に佇んでいたいとそう思った。


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