PandoraPartyProject

SS詳細

古傷

登場人物一覧

獅子若丸(p3p010859)
百獣剣聖

 朝から空は曇っていた。そんな記憶はある。
 鍛錬のために訪れていた竹藪は日当たりが良いとは言えなくて、空の色とは関係なしに薄暗かった。しかし雨が降り出すまで、空の色がより暗くなっていることに気が付かなかったのだ。よっぽど鍛錬に集中していたのだと言えば聞こえがいいが、景色に興味が無かったのだろうと言われてしまえばそれまでだ。

 幸い、近くの崖には洞があった。元いた世界の獅子若丸では狭かっただろうが、混沌世界に生きる自分は小柄だ。しばらく雨宿りする程度には不自由ないだろう。そう思い洞の中に座り込み、濡れた衣服を脱いでいく。

 衣服を絞れば、水滴がぽたぽたと滴る。濡れたままの身体を拭き、それから獅子若丸はゆっくりと息を吐く。

 鍛錬をしている間は、それ以外のことは見えなくなる。他のことは頭からなくなって、空っぽになる。だから古傷が痛んでいることにも気が付けない。だけどこうして座り込んでいると、背中や腕、足に残った傷たちが痛みだす。

 天気が悪くなると古傷は痛むもの、らしい。古傷といっても多くは小柄になる前の自分がもらい受けてきたものばかりなのだが、この身体にもそれは受け継がれた。
 かつて師匠から厳しく特訓されたときについた傷。かつて剣豪と命を奪い合ったときについた傷。それから、それから。
 ほとんどの傷は、どこでつけられた傷なのかは覚えている。だけど、誰につけられたものなのかは分からないものが多い。

 相手のことも知らぬまま、斬り伏せてきた。ある者は一息に心臓をつき、あるものは腹を切り裂いた。名前を知ることができれば良い方で、その生き様を知ることはできないことばかりだった。
 生きるために必死だった相手がつけた傷。それが獅子若丸の身体には残っている。彼等の生き様の断片が、遺っている。

 傷の一つひとつを指でなぞると、彼等の想いから指先から伝わってくるようで、傷のない場所にすら痛みが走る。だけどこの痛みは、相手の命を奪った罪の証だ。そして、強敵を屠ってきた誉でもあるのだ。気が付かないふりをすることはできない。

 背負え、ということであるか。

 傷を負った身体は自分のもののようで、自分のものではない。そうしたのは、自分だ。これからもこの咎を、誉を背負って行かねばならないのだ。

 もう一度傷をなぞり、その感触を確かめる。
 雨はまだ、止みそうになかった。


PAGETOPPAGEBOTTOM