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冥夜と蓮の話~俺が目覚めた時~

登場人物一覧

鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト


 俺が目覚めた時、世界は祝福しなかった。
 俺が目覚めた時、世界は失望の吐息を漏らした。
 俺が目覚めた時、世界は、ただひとりの主は、嘆いたのだ。


 冥夜にとって、その術式は初めてのものだった。
 この日のために何度も予習をして、兄にも確認してもらって、陣も日取りも時間帯も完璧にして、護符もとうぜん清書したなかでとびっきりのを使った。だから自信はあった。てごたえもあった。
 なのに、初召喚に成功した結果は、あんまりなものだった。
 男だった。べつにそれはいい。筋肉質で立派な体躯を持っている。だがそれはあくまでよく鍛えた程度の、普通の人間の域を出ないものであり、冥夜が夢想していたような、八面六臂のような、見た目からしていかつい式神の姿からは大きくかけはなれていた。冥夜は失望の吐息を漏らした。眼の前の上位式神は、感情のない瞳で主を見ている。
「やりなおすかあ」
「冥夜」
 あきれたように兄は苦笑した。
「この子は冥夜の魂魄と力量によって生み出された、人生の最良のパートナーだよ? それに、一度呼んだ式を気に入らないからと冥府へ突き返すのは、儀式へ協力してくれた神仙に対して失礼だ」
「しかし兄上」
「でももしかしもない。まずはこの子と仲良くなるんだ、やってごらん」
 兄にそう言われて、冥夜はしぶしぶうなずいた。


「と、言われてもな……」
 小雨のそぼ降る縁側で、冥夜はその式神と対峙していた。行儀悪くあぐらをかく冥夜の前で、式神は正座をしている。
 紙の式神は、どうにか操れるようになった。ゆえに次の段階へと冥夜は、意志を持ち、言語を理解し、自律行動可能な、感情を知る、人の形をした式神の召喚へ挑戦したのだ。
(もっと天狗や、妖狐みたいなのを想像していたのになあ)
 結果は、見ての通り。コワモテで、無愛想。短く切った黒い髪と三白眼気味の黒い瞳。いかにも凡庸。良く言えば目立たない、悪く言えばどこにでもいそう。せめて兄上のように頼れる感じの、優しくて笑顔のきれいなのだったらとも思うが、この式神には表情筋というものが実装されていないのか、ニコリともしない。もしかしてこうまで無愛想なのは、自分の術式に欠陥があったのでは? 冥夜はいぶかしがった。兄上の式神は、なにくれとなく世話を焼いてくれるかいがいしい性格が多い。人外の見た目の式神もたくさん持っている。なのに自分の式神は、召喚したっきり黙り込んだまま。せめて自分からコンタクトを取るとか、何かしら能動行動を取ってほしい。これでは、人型なだけの紙の式と同じだ。
 冥夜は片膝を立てて頬杖をつき、ぬぼーっと正座したままの自分の式神を改めて見つめた。これが今の自分の人生の最良のパートナーだと? 嘆かわしい。
 冥夜は腕組みをした。残念だが、結果がすべてだ。思考を切り替え、まずは対話すべきだろうと口を開く。
「名前を決めないとな」
 名は最初の呪であり、最後の呪である。存在を決定する最も重要な要素だ。にも関わらず、式神は押し黙ったままだった。
「なんとか言え。主人が声をかけているんだぞ」
「許可を待っています」
 やっと式神は口を開いた。
「は?」
「発言許可を頂いていないので」
「あ、ああ。なるほど……。俺の許可を待っていたのか。ええと」
 こういう時は、なんといえばいいのだ。言うなればプリインストールを任された状態。初期設定から始めねばならない。冥夜はうなった。しばらくうなると、こういうことにした。
「行動に関して、俺の許可はとらなくていい。式神三原則へ反しなければそれでいい」
 第一条、式神は主人へどのような形であれ、危害を加えてはならない。
 第二条、式神は第一条に反しない場合、必ず主人の命令に服従する。
 第三条、式神は第一条及び第二条に反しない範囲で、己を守らねばならない。
 式神はまばたきをした。
「安全・便利・長持ち、でよろしいですか」
「そう、それだ」
「かしこまりました。ご主人さま。以下、そのように取り計らい、行動いたします」
「追加だ。俺は堅苦しいのは好きじゃない。もっとくだけた調子で頼む」
「ちーっす主~。主ってばマジテンアゲ~」
「くだけすぎだからもう少し自制してくれ」
「かしこまりました」
「いやだから『すこし』でいいんだ『すこし』で!」
 ああでもないこうでもないと、言葉を変え、表現を変えて、ようやく式神が普通のですます調に落ち着くまで、かるく30分はかかった。冥夜はすでにこの式神へうんざりしていた。兄上に見つからないようにこっそり冥府へ返してやろうかとまで思った。このおそろしく融通の利かない式神に自律行動をさせるのは骨が折れそうだ。冥夜は頭痛すら感じていた。
 式神は式神で、まったく表情を変えない。声のトーンと言い回しだけを変えたにすぎない。冥夜は困り果てた。これからこいつと長い時間を共に過ごしていかねばならないのか。そう考えると暗澹たる思いに囚われた。
 せめて紙の式にできることくらいはやってもらわねばならない。よし、と冥夜は腹をくくった。
「お前に頼みたいことがある」
「なんなりと、冥夜さん」
「おつかいだ。花束を買ってこい」
「どこまで?」
「そこからか!?」
 式神はまたまばたきをした。どうやら考え込んだときや、困惑した時の意思表示らしい。冥夜はやっとこの式神の表情がわかってきた。
「花屋は知っているか?」
「生花店と造花店がありますが、この場合は生花店でいいでしょうか」
「そうだ、そっちでいい。そこへいって、なにか、こう、気に入った花を買ってこい」
「予算は?」
 冥夜は殴りたい気持ちを抑えて財布を取り出し、2000GOLD札を押し付けた。
「これが予算だ。使い切っていい」
「お急ぎですか?」
「急ぎではないが、夕飯までには帰ってこい」
「わかりました」
 式神は立ち上がった。そして雨に濡れる庭石の向こうへ目をやった。
「該当の花屋は6件あります。最も近い花屋でよろしいですか」
「どこでもいいさあ」
 冥夜は大きくため息をつくと、かがみこんだ。
「ではいってきます」
 式神が空間検索能力に優れていることに、冥夜は彼が立ち去ってから気づいた。
(ん? もしかして、あの図体とあわせて使い所をちゃんと考えてやれば、偵察の役に立つのでは?)
 若干気分が上向いてきた。難解なパズルの最初のピースがハマったかのような爽快感。冥夜は次の命令を楽しく考え始めた。


(帰ってこねえー!)
 夕飯になっても式神は帰ってこなかった。さっそく式神三原則を無視されて、冥夜は立腹した。ばくばくと飯を食い、奮然と早寝をした。もうどうにでもなれ。帰ってこなくとも知るものか。そう思いながら。
「冥夜さん、冥夜さん」
 翌朝、冥夜は障子の向こうに式神の影を見た。応えを返すと、式神は頭を下げながら入ってきた。
「おはようございます。冥夜さん。遅くなりました。申し訳ない」
 式神の手には、一輪の蓮があった。
「花屋で写真を見て、これが欲しいと思いましたが、あいにくと朝でないと咲かない花らしく、時間を頂いてしまいました」
 なんだそういうことか。冥夜は納得し、そして蓮と式神を見比べた。容姿に反して、強情で融通の利かないところが、式神そっくりだ。
「そうだ。お前の名前」
 式神が、よければと前置きした。
「この花と同じ名がいいです」
「俺もそう考えていた」
 蓮、と冥夜は花の名を教えた。式神は、蓮は、ゆるりと目元をゆるませた。


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