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雨夜を飛ぶなら

登場人物一覧

セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女


 それは夕暮れ時のこと。梅雨時といえば雨ばかりで、外を出るのも一苦労どころか億劫なのである。
 そんなセレナがなんとか買い出しを終えて雨に濡れないように帰り、今日こそは、今日の夜は空を飛べるだろうか、なんて荷物を片付けながら傘を畳もうとしたちょうどそのときのことである。
「あっ」
 パキ、と軽快な音を立てて。
 いともたやすく、傘が壊れた。そしてついでに手がずぶ濡れになった。これにはセレナもため息ものである。
 お気に入りの傘だった。闇夜の漆黒に紛れるにぴったりの、それはそれは真っ黒で丈夫な。見た目こそ華奢ではあるけれどこぶりなレースを裾に添えたりなんかもして。とにかく、可愛くてお気に入りだった。
 壊れた、ただそれだけならばいいのだけれど、セレナにとっての傘は魔女の秘密道具のそれである。
 見た目こそスリムであるがその内側はまるで星空。多種に渡る魔法を紡ぐための魔法陣を刻んであるのだ。
 雨というのは厄介で、毎夜空を飛ぶセレナ達魔女にとっては鬱陶しくてたまらない。そんな憂鬱を弾いてくれる傘が、壊れたのだ。
「……困ったわね」
 少し寂しい気持ちもあれどものはいつか壊れる。それが変わることはない。とは言え今一番困っているのは、これでは今晩は空を飛ぶことなんてできそうにない。
 セレナの持つ傘はすべて特注。というより手作りである。というのもただの傘で夜空を飛ぶには少々危険が過ぎるから。大雨に流されてしまうなんて危ないし、かっぱを着るなんてもってのほか。
 蘞の木をいくつか手に取り小さな結界を張り耐久性を上昇。あとはがりがりと雨空の地面に刻んだ結界に布や染料と一緒に一日置き去りにしておけば完成である。
 なんともあっけなく思うかもしれないがこれがまた大変なのである。蘞の木の加工だってなれなければ木っ端微塵にしてしまったり逆にぽきっとおれてしまったりするものだし、雨の日のぐちゃぐちゃでぬかるんだ地面に均一に魔力を流し込み魔法陣を書き切るのだって特訓が必要。これもセレナの過去の研鑽の証なのである。
 魔女を名乗るのならばこれくらい。だなんて思ってしまうこともあるけれど、今作っている傘の寿命がどれほどのものかもわからない。
 いつかもっと魔女として成長した暁には、もっともっと丈夫な傘ができるのだろうか。難しいものである。
 ちらりと窓の外を見れば、まだ外はざあざあと雨が降り続いていた。じいっと目を凝らせば針と糸が踊り、傘の表面に四葉の模様を刻んでいる。きっと、特別な彼女たちのことを考えないことはないからだろう。ゆるゆると頬が緩んでいく。
 時計の針はまだ十二時。夜が満ちてきた頃。きっとこの調子で行けば、雨が上がるまでに傘も完成するだろうから。
 そうしたら、雨夜を飛ぶのもいい頃合いだろう。ひんやりと冷たい雨の日の空は暑い夏の夜にはぴったりで、それから、新しい服をおろしたときのようにわくわくすること間違いないから。
 家事をして、ローレットの依頼を確認して。慌ただしくしていれば、雨も次第に落ち着いてくる。扉を開ければ完成したであろう傘がくるくると踊っていた。
 頬を濡らす雨音の余韻はまだあけることはなく。けれど完成した魔法具を手にしてしまえば使ってみたくなるのが魔女の性というもの。
 箒を手に取りたっと地面をければ、夜の空へ、ぐんぐん上昇して、月を見下してしまえるほどに空高くへ。
「……なんだ、いいじゃない」
 小ぶりな傘は先程折れたものとは違って箒全体を覆ってしまえるような大きさはないけれど、エレガントで愛らしさも備えた新しい傘はセレナ好みの一品。雨に濡れれば四葉の浮かぶデザインはなんとも雨が待ち遠しくなるものだ。
「毎日雨ばっかりってのは憂鬱だけど、梅雨もしばらくは楽しく過ごせそうね」

 例えば、目下に広がる街並みとその景色がいつもとは違って見えたとき。
 例えば、いつも見ていた変わらない夜空が違って見えるとき。
 そんなとき、空を飛ぶのが楽しいと思う。

 雨天決行の空の散歩は新顔を連れて。きっとすぐ戻るつもりだったのに、結局いつもと同じ時間飛んで帰ってしまうことになりそうだなんて肩をすくめてしまったセレナなのであった。


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