SS詳細
Sea in the sky
登場人物一覧
少し前から降り始めた小雨から逃げるように帰り道を急いでいたのだが、まさかこんなことになってしまうとは。
「ウィ~……ヒィック……」
(なんなんすか、この人~!)
レッドは目の前の酔っ払いに対して内心で歯噛みしていた。
関わらないようにと脇を通り抜けようとしたのだが、道を塞いで退いてくれない。近道のために路地に入ったのが間違いだったか。
「俺は嘘なんかついちゃあいねぇ。空の中にはなぁ、海があるんだぜぇ……ヒック」
「なに言ってんすか。そんなはず……」
(なんか語り始めたっす~! でも……?)
男は雨粒など気にも留めず灰色の雲に覆われた空を見上げるとそう呟いた。
酔っ払いの戯言と切り捨てるには十分。しかし、ありえないと思いつつも妙に真に迫るこの語り口に興味を引かれたレッドは、仕方ないと諦めて最後まで話を聞く事にしたようだ。
せめて、本格的に降り出す前に終わって欲しいと願いながら。
「いいかぁ? 空が青いのはな、空の中にある海が見えてるからなのさぁ。その海では元気に魚が泳ぎまわっててだなぁ――――」
まるで本当に見てきたかのように男は語る。
酔っているせいか不明瞭な部分も多いが、本当にそういうことがあるのかもしれない。とレッドが思う程度には具体的だったのだ。
「ありゃ……。おーい、オジさん! こんな雨の中で寝ると風邪引いちゃうっすよ!」
語るだけ語った男は満足して高いびきだ。
漸く解放されたレッドは、雨が強まり始めたことを感じて早く帰ろうと思ったのだが、流石に雨の中に放って帰るのも悪い気がする。
レッドが起こそうと体を揺するが目覚める気配はない。
はぁ。と溜め息を吐くと、仕方ないのでどこか軒先にでも連れて行こうと男の腕を自分の肩に回し、そのまま力を込めて立ち上がった。
その時、近い場所に雷が落ち轟音が響くと共に雨が一層強まった。
しかし、移動しようとするレッドの足を止めたのは、雷の音でも土砂降りの雨が地面を強く叩きつける音でもなく、それらに混じって僅かに耳に届いた何か柔らかいものが落ちてきたような音だった。
その異質さに思わず振り返ると、そこいたのは水溜まりの中を跳ねる活きのいい一匹の鰯であった。
「………………まさか……っすよね?」
一瞬思考の止まったレッドは、そう呟きながら天を仰ぐのだった。
- Sea in the sky完了
- GM名東雲東
- 種別SS
- 納品日2023年05月17日
- テーマ『『イチリンソウの雫』』
・レッド(p3p000395)
※ おまけSS『Sea in the sky -after story-』付き
おまけSS『Sea in the sky -after story-』
あくる日のことだ。
レッドは自分の歩いている路地が、いつかの雨の日に迷惑な酔っ払いに絡まれた路地であったことに気付いた。
そういえばあの酔っ払いはどうしているだろうか。風邪を引いていなければいいのだが。とそこまで考えたところで、レッドは男のことが気になり始めた。
あの時は酔っていたようだが、素面ならもっと詳細に”空の中の海”について聞けるかもしれないと。
その日からレッドは時間を見つけてはあの時の男を探し始めた。
とはいえ、一度会っただけの名前も知らない相手。探し出すには苦労した。
だが、やがて心当たりがあるという一人の人物に行きつくことが出来た。
「その人は間違いなくあの人よ」
「よかったっす。それで、今その人は――――」
あの男の元恋人であるという人物の下へ向かったレッドは、思い出せる限りの容姿を伝えて確認を取るが、やはり間違いないらしい。では今あの男がどこにいるのか。早速問うべくレッドが口を開くと、その女は待ってとそれを制した。
「あなたがなぜあの人の事を知っているのかは知らないけど、あの人はもう亡くなっているの」
「…………え?」
十年前、なんの前触れもなく突然”空の中の海”を探しに行くと言って旅に出た男は、その少しあとに遺体となって発見されたという。
現場は屋外で、雨風や野生動物の往来などもあったためかかなり荒れていたらしい。調査しても事件か事故かすら分からなかったそうだ。
ただ一つ奇妙なのは、右手に一匹の鰯を握っていたということ。近くには鰯がいるような海はなどない場所だったにも関わらず、だ。
その後も暫くはなぞの事件として調査が続いたようだが、それ以上の進展はなく結局なにもかもが不明なまま打ち切りとなり、男が亡くなったという事実だけを残して今に至る。
そこまで語り数分ほど席を外した女が持ってきたのは、旅立つ前に男と撮った最後の写真。時間が経っているためか色褪せ見えるが、人物の表情ははっきりとみることが出来る。
女の隣に映っていたのは間違いなくあの男。しかし、写真の隅に書かれた撮影日が十年前にも関わらず、レッドが出会ったあの時と全く変わらない姿でそこにいた。