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あるゴブリンと一人の男の話〜キドー・ルンペルシュティルツ〜

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!

 薄明るい空から無数の雨粒が滴り落ちている。私はコンビニの軒先を借りていた。得意先回りをサボっていると、緑色の影が近づいてきた。
「クソッタレが、降水確率10%、舐めてたぜ」
 小躯だが精悍、オレンジの髪。尖った鷲鼻が印象的だ。
 なんだゴブリンか。私はそう思った。ウォーカーだらけの練達では珍しくもない。だがローレットのイレギュラーズかもしれないと、私は考え直した。
 ゴブリンにしては上等な身なりをしている。サマーコートは本革だし、スーツは私ですら名前を知っている海洋ブランドだ。粗野な仕草はチンピラめいているが、片方だけの赤い瞳は鋭く、威厳すら感じさせた。
「アンタ」
「なんすか」
「タバコ吸っていいか」
 私は気圧されうなずいた。
 彼は茶色い染みの付いた紙巻きタバコをくわえると、安物のライターを取り出した。そしてタバコがしけていることに気づき、舌打ちをするなりタバコを握り潰して、灰皿へ放り込んだ。
「一本いります?」
「いらん」
 差し出した私のナナツホシはすげなく断られた。彼は再び懐を探ると、今度こそうまそうに紫煙を味わった。甘い香りが漂う。パチパチと火花を吐くタバコへ私は見入った。同時に、彼の横顔に見覚えがあることに気づいた。
「アンタ」
 記憶を弄っていた私へ、彼が声をかける。雨を眺めたまま。俗と聖が入り交じる横顔は、哲学者を思わせた。
「混沌に来て長いか?」
「それなりに」
「そうか」
 彼は独り言のリズムで続けた。
「相変わらずだな、練達は。どこもかしこもお綺麗でピカピカで、居心地が悪ぃ」
「住めば都っすよ」
「俺の都は海の向こうだ」
 彼は紫煙を吐き出し、残るタバコを灰皿でもみ消した。
「邪魔したな」
 彼が雨の中へ踏み出していく。やっと私は思い当たった。なんてこった、彼はテレビで見た、かの派遣会社のトップじゃないか。
「キドー社長!」
 訝しげに振り向く彼。
「お噂はかねがね! ぜひとも我が社と契約を!」
 彼は一瞬だけ私を見た。私の欲望を見た。右目の水晶塊が静かに光っている。
「……もうちっと荒波に揉まれて来な」
 雨へ隠れていく背中を私は見送った。残念だが、私では役者不足ということか。いつか彼の前に立ち堂々とプレゼンをしよう。海千山千の猛者を従える彼のお眼鏡にかなってみせよう。
 私は灰皿に残る煙草の吸殻から銘柄を確認し、その場でネット通販の決済をした。いまだくゆるタバコの残り香が、私の胸を躍らせていた。


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