PandoraPartyProject

SS詳細

ここに居るという事と、選ぶという事

登場人物一覧

ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

 雨だ。
 雨が降っている。
 カフェの窓の外からのぞく街角には、雨に翻弄されるように、たくさんの、いろいろな人たちがいた。
 傘をさして歩く人。その中でも、一人でひとつ、二人でひとつ、皆でたくさんの、と幅広い。
 あるいは、傘を忘れたのだろうか、大慌てで走っていく人の姿も見える。軒先で雨宿りを選んだ人は、時折空を見上げて、雲と太陽の機嫌を確認しては、ため息をついていた。
 ユーフォニーは雨は嫌いではない。雨は色々な『色』を見せてくれるからだ。ぽちゃん、と水たまりに落ちる色。ざあざあと降り注ぐ色。ひゅう、と雨を吹き飛ばす風の色。ばちゃばちゃと、雨を踏んで進む人たちの足音の色。ぱたたっ、と傘を叩く水の色――。
 一つ一つ数えれば、まさに枚挙にいとまがない、といえる。それくらいに、世界は色に満ちている。もちろん、晴れの日には晴れの色があるのだが、それはさておき、雨の日の色というのも、また格別であるともいえる。
 雨は嫌われがちだ。その気持ちはわかる。服に泥が跳ねたりしたら、それは嫌だろう。でもそれでも、ちょっと足を止めてみれば、こんなにも綺麗な色が見える。世界は万華鏡だ。透明の私と違って。
 ふぅ、と頬杖をついた。透明。あるいは、真っ白――だろうか。別に、今のユーフォニーの声や音に、色がついていない、というわけではない。ただ、生まれた瞬間の私は、何色でもなかった、と思うのだ。何色でもなかった、というのならば、真っ白、というのは間違いかもしれない。白とは、白という色があるのだ。例えば、白の上に黒を重ねれば黒になるけれど、黒の上に白を乗せたら、白くなる。混ざれば灰色になるけれどそれはさておいて、とにかく、白という色は存在するのだ。
 白の色を持つ人、というのは、確かに存在する。その意味を言葉遊びするのは今はいいだろう。問題は、生まれた瞬間の私は、何色だったのか――という事だ。白は、白という色がある、とさっき思った。例えば、その色は、両親からつながるものなのかもしれない。赤い色の心を持つお父さんと、紫色の心を持つお母さんから、白い色の心を持つ少年が生まれることもあるだろう。となるならば、色とは、継承されるものなのではないか、と思う。連綿と続く、人の営みのようなもので、色は、きっと次の世代に続いていく。
 子供を作る、というだけの話ではなくて、例えば自分の行いが、誰かの心に色々な色を咲かせることもあるかもしれなかった。道端で、転んだのを助けた少年に、何かの色が受け継がれるかもしれない。人というのは、そう言うものなのだ、と思う。
 翻って見れば――私は、気づいたときには私がいた、というのが適切だった。記憶がなかった。生まれた瞬間から私は私で、これまでずっと、無数の音と色に包まれて過ごしていたような気がしていた。ならば、私は、突然発生したのだろうか? 誰かの色を継承するわけではなく、突然、世界という無から、生まれたのだろうか?
 自分は旅人ウォーカーである。それは間違いない。という事は、私はここではない世界で生まれて、この世界にやってきたことになる。それだけが、ユーフォニーというものを担保する確定的な事実だった。それ以外のすべてが、私にはわからなかった。空中神殿でこの世界の理の説明を受けたときも、私は私が分らなくて、随分と混乱したのを覚えている……。
 と、考えれば、やっぱり自分は『透明』であると考えるのが、一番適切なのではないか、という気がしてきた。透明の、キャンバスだ。そこに、今、いろいろな経験と人との出会いがあって、いろいろな色と絵が描かれている。でも、私は透明なのだ。その出来た絵の上から、『私』というものを描くことができない。透明は、混ざらないし、上書きできないレイヤーだ。
 ちりん、と音がなって、ユーフォニーは思考から現実に意識を戻した。カフェのドアベルのなった音で、少しばかり息を弾ませながら、パタパタと傘の雫を落としている男性の姿が見えた。その男性は、カフェの中をきょろきょろと見渡した後、ユーフォニーへを発見して、少年のような笑みを浮かべた。
「遅れました! 申し訳ありません!」
 開口一番に彼はそう言って、それから、あ、と口を開いた。静かなカフェの静寂を乱したことに、気恥ずかし気に頭を下げつつ、いたずらをした猫のように、しゅんとした様子で店内を歩く。
 男性=ムサシはユーフォニーのテーブルに着くと、ふぅ、と息を吐いた。ズボンのすそに泥が跳ねている。走ってきたのだろう。
「申し訳ありません、依頼の報告に手間取りまして。
 あ、アイスコーヒーありますか」
 注文を取りに来た店員にそう告げてから、もう一度、ふぅ、と息を吐いた。その様子が面白くて、思わずユーフォニーがくすくすと笑う。
「大丈夫ですよ。雨、大丈夫でしたか?」
「ええ、ローレットを出るときに降り始めたので、傘を借りれましたから……あとで返しに行かないとな。
 ああ、それでも、すみません、待たせてしまった。自分からお誘いしたのに」
 ムサシの言うとおりに、この場をセッティングしたのは、ムサシの方だった。伝えたいことがある、という彼の言葉を受けての、この場であった。
「ええと、ごめんなさい。少し、飲み物を飲んでから」
 あはは、と笑う彼が緊張しているのがわかる。ムサシは色々と分かりやすい。それが好ましく、可愛らしく思う。ムサシが、運ばれてきたアイスコーヒーを、一口含んだ。
「美味しいですね。自分は、コーヒーの事はよくわかりませんが、香りが違う、という事くらいはわかります」
「最近お気に入りなんです。ピザトーストもおいしいですよ。練達の方で修行なさったとかで」
「へぇ……では、今度は一緒に頼みましょうか」
 そう言って、こほん、と咳払いをした。ムサシは少しだけ視線を落として、何かを悩むようなそぶりを見せた。どう、切り出そうか、と、考えている様子だった。
「俺は、その。あまりこういうことを言うのが得意じゃなくて」
 悩みながら、続ける。
「なんというのか、上手い誘導の仕方とか……こういうと変だな。いえ、こう、相手を悩ませない言い方、みたいなことは苦手で。
 だから単刀直入に言いたい。
 俺は、貴女を失いたくない」
 そう、ムサシは真っすぐに、そう言った。ユーフォニーが、けげんな顔をした。
「えっと……単刀直入すぎませんか……?」
「ですよね! ええ、ごめんなさい、今ちょっと話を整理します!」
 ふぅ、とムサシは深呼吸して、胸に手を当てた。それから、よし、とうなづくと、
「貴女は――ためらいがない、と思っているんです。命を懸けることに関して」
 その言葉に、ユーフォニーは、内心で静かにうなづいていた。
「ですから、なんというのでしょう、常に選択の片方に、それがあるのです。
 自分の命で事態が解決するのならば、それを為そう、という、選択肢が。
 奇妙なのは――というと失礼かもしれませんが、貴女は、死にたがりとは違うんです。
 勇敢と蛮勇をはき違えた者も、ただ死に場所を探したものも、自分は何度か見てきました。
 貴女は、違う。ただ当然のように、『自分の命を懸ける』という選択肢が、ある――」
「それは」
 ユーフォニーが、ふ、と息をのんだ。
「そう、です、ね」
 そう、答えた。
「何故」
 ムサシが言った。
「なぜ、でしょうか」
 なぜか、といわれれば――。
 透明な心で考える。
 透明な私が答える。
「例えば命を懸けることを楽観視している、というわけではないんです。
 私が消えるのは、嫌です。
 でも、『突然生まれた私は、突然消えるかもしれない』。
 そう、思ってしまうんです」
「それは」
 ムサシが声を上げた。
「そんなこと、ない、だろう?」
 そう言った。
「貴女はここに居る――間違いなく。消えたりしない」
「その保証はないと思うんです」
 ユーフォニーが言った。
「私は、私が分りません。私は、いつ消えてしまうかもわからない……いいえ、でも、それは考えのベースで、重要なのは」
 そう言って、笑った。
「今の私に、嘘をつきたくないんです」
「今の?」
「はい。どんな選択をしたって、未来で振り返ればきっと後悔するんです。
 なら、"今"の私の心が呼ぶ方を選びたいじゃないですか。
 ”今”の私ができる、”今”の私がやりたいと思ったことを、やらせてあげたい」
「それが、命を懸けることだとしても?」
「はい。全力を尽くすべきタイミングで……可能性を、奇跡を願わずに、そうだと胸を張って言えるかな、って」
 ユーフォニーの言葉は、結局の所、『自分がいつ消えるかわからない』という点からスタートする思いである。
 いつ消えるかわからない。明日、消えるかもしれない。いや、一秒先も、無いかもしれない。そんな中で、命をかけるべき時に、ためらって、本当に望むことに、嘘をついてしまうことが怖かった。
 シェームという大樹の嘆きがいた。彼との戦いの時に、奇跡を願ったら、何かが変わっただろうか。そう思ってしまう。あの時に、躊躇してしまった。踏みとどまってしまった。もし、踏み出せていたら――。
「貴女が後悔しない選択なら。自分は応援します」
 ムサシはゆっくりと、そう言った。言葉を選ぶように、考えながら。
「……でも。もし貴女が命を使うときが来たなら。自分の……いや。『俺』の命も、一緒に懸けてさせてほしい」
 そう、まっすぐな瞳で、そう言った。
「俺は、貴女を失いたくない。だからこそ、俺も貴女を全力で助けたいんだ」
 ようやく、この結論に戻ってきた気がする。言いたいことは、そうなのだ。ユーフォニーを失いたくないという、真摯な言葉と思いなのだ。
「伝わっているかな。伝わるまで、何度でもいう。
 俺は、貴女を、失いたくない。絶対に。
 俺は、守るべきものに優先順位を付けたことなんてなかった。全部、等しく、俺が守るべきものだと思っていた。
 ……今は、違うんだ。
 貴女が、貴女という存在が、真っ先に思い浮かぶ」
 ムサシが、す、と息を吸い込んだ。
「俺が……俺が、枷になります。こういうと傲慢かもしれないけど、どうか、命をかけたいと思ったときは、俺の顔を思い出してください。
 俺はどんな時でも、貴女の傍に立って、貴女とともに命をかける。
 もし貴女が――俺と、俺と同じ想いを、抱いていてくれるなら、どうか」
 少しだけ、泣きそうな表情だった。
 貴女の心の鎖になる。
 貴女の心の枷になる。
 だからどうか、その透明なキャンバスに、俺という色を加えてほしい。
 貴女がそのキャンバスを差し出すときに、そこには俺という色が絵がかれていることを、忘れないでほしい、と――。
 そう、言っているような気が、ユーフォニーにはした。
 ああ、と、ユーフォニーは思った。
 自分が消えるときに、何も残らないのだと思っていたのかもしれない。
 透明から生まれた自分は、透明に帰って、世界にどんな色も残さないのかと思っていたのかもしれない。
 残っている。
 ムサシの、心のキャンバスに。
 ユーフォニーの色。
 透明ではない、色。
 だからムサシは、一緒に立ってくれるといった。
 だからムサシは、ユーフォニーの枷になるといった。
 色は重なる。人の心に。人のつながりに。
 私は消えない。
 私は透明じゃない。
 それに――。
「ずるいですよ」
 ムサシも消えてしまうのは、
「あなたが消えてしまうのなんて、そんなの、嫌です」
 嫌だ、と強く思った。
 言葉にも、声にも、色が見える。
 ムサシの暖かな言葉には、いくつもの色が乗っていて、それがたぶん、愛情とか、優しさとか、悲しさとか、いろいろな感情を乗せた、等身大のムサシの言葉だったのだろう、と思う。それが、たくさんの色が、まるでユーフォニーには花束のように思えた。
 ムサシからの、花束だった。ユーフォニーは、それを、受け取ることにした。
「私は、まだ、いつ消えてしまうかわからないと思っています」
 けど。
「……でも、そうですね。貴方という枷で、私をつなぎとめてください」
 そう言って、ほほ笑んだ。
「よろこんで」
 ムサシもまた、笑った。
 気づけば雨が上がっていて、少しだけ熱い陽光が世界を照らしていた。新しい世界に新しい色が生まれて、華やかに優しく色づいていくように思えた。


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