シナリオ詳細
酒! 現金! 充たる!
オープニング
●当たり前のように幕が上がる
その日、ローレットは静かだった。
イレギュラーズの多くが依頼に赴き、忙しさに追われ、その嵐が過ぎ去ったような静けさ。『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)はそれまでの忙しさが嘘のような状況に深々とため息をつきつつ、がらんとしたギルドを見回した。
どすん。
「……? 今、何か物音が」
視線を天井に向けた際、狙ったように聞こえた物音に彼女は首を傾げた。室内に視線を巡らせると、特に大きな変化は……いや、あった。
樽だ。どこからどう見ても、酒樽だ。お誂え向きに蛇口までついているそれは、明らかに誰かに飲まれる為に用意されたとしか思えない。
目の前の状況に理解が追いつかない彼女は、しかし次の瞬間、その思考停止が「甘かった」と認識せざるを得なくなる。
どどどどんっ。
地響きかと思うような振動と物音のあと、彼女が振り返った先にはピラミッド状に積まれた、横倒しの樽があるではないか。
しかもそれぞれに何が入っているか、鉄のパネルに刻まれている。……酒だ。刻まれた年代が正しければ、目眩のするような古酒ばかり。
酒だけではなく、至極珍しい果実を使ったジュース類、名だたる深山幽谷から汲み上げた名水の名もある。
「何が起きてるんでしょうか……落ち着いて深呼吸を」
「こんにちはー! 海洋からお届け物でーす!」
「させてくれないんですね、分かります……」
三弦が気を確かに持とうとした時には、さらなる混乱の種が芽吹いていたことは言うまでもなく。
ローレットは、昼の間に酒蔵もかくやという有様へと変貌した。
●飲み干せハラスメントと交流の夜(EX)
その夜。
ローレットに呼び出されたイレギュラーズの前に広がった光景は、数多の酒・水・ジュース類・その他飲料と、それを流し込む為に用意された料理達であった。
「皆さんにはこれらを飲み干していただきます」
「ええ……」
三弦の突然の言葉に、集まった面々は呆れたような表情を浮かべた。ごくごく一部、その辺にいる某国家と某国家のシスターあたりが目を輝かせているかもしれないが気のせいだろう。仄かに漂う酒気からも、その状況のヤバさは伝わってくる。
「本日、海洋から大量の酒や海産物が運ばれてきました。それに合わせ、『何処からか』酒が直接ここに送られてきました」
詳しい原理は不明ですが送りつけられました。そう告げた彼女の目が、もう深いことを考えまいとしているのがありありと伝わってくるだろう。
「そんなわけで元手ゼロで送りつけられたものなので、皆さんの懐は痛みません。というか、長期保存しようとするとローレットの床が抜けるので出来るだけ消費していただきたいので、『これは依頼です』。僅かですが報酬が出ます」
ただ酒タダ飯が保証されて報酬アリ。この世の天国か何か?
「なお、こちらで料理人も呼んでいますが自前で作っていただいても問題ありません。その辺りは皆さんの裁量におまかせします」
そう告げて準備に去っていった後ろでは、意味深な笑みを浮かべたマスターっぽい風貌の男性がサムズアップしていた。気さくだなオイ。
- 酒! 現金! 充たる!完了
- GM名ふみの
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年06月12日 22時05分
- 参加人数232/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 232 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(232人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
●覚悟はいいか? 俺は出来てる
「我らのグランドオーダーはただ一つ……『強く当たってます後は流れで!』
我らの戦闘装束、メイド服に袖を通したか!? 必ず呑みの連中も食いの連中も満足させるぞ!」
「こちらがメイド服です。何、男だから使わない? うるせぇ!お前がメイドになるんだよです!」
「だから着ねぇっつってんだろ おい 馬鹿やめろ 俺の そば に近寄るなァーーーーッ!!!」
ローレットの中は、既に床が抜けていないのがおかしい程の盛況に包まれていた。
【給】、つまり食と酒に群がったローレット・イレギュラーズへ食事を配する役割にいの一番に手を挙げたリアは、【修羅】となって【地獄】の一同を満足させることを約束。それに乗っかったルル家は制服をメイド服に規定、参加者全員へ強くそれを推奨(というか強制)したのである。
これに異論を挟んだのはハロルド。モンスター退治と聞かされたがまさかのアルハラモンスター対処だ。こんな理不尽があって良いのか。結果、彼はヘッドドレスとエプロンで妥協した。そして、彼は恐ろしいまでの機敏さで給仕に取り掛かっていた。
「拙者これでもコスプレ喫茶店の店員を兼ねる店長でありますからして結構こういうのは得意です!」
「素晴らしい! お前は今から『修羅メイドリーダー』だ! 暁の水平線に勝利を刻むぞ!」
ルル家の名乗りは割とマジであり、リアも優秀な右腕の登場に気をよくし饒舌だ。だがしかし、彼女は気づいていない。『暁』は夜明けのことだということに――!
「いっひひ! いくよお前ら! 全員まとめて『おもてなし』だァ!!」
姫喬は拳を振り上げて一同を鼓舞する。リアのガチ加減に呼び寄せられた連中には、ソレで十分だったのかもしれぬ。修羅の者達は、勢いを増した。
「メイド服を着用するのは初めてですが、制服っていいですよね。メイド服にしてはスカート丈が短いような?」
リディアは自分に割り当てられたメイド服を見て、他者のそれよりスカート丈が短いように思えた。ミニスカメイド、らしい。
「どこにどの料理を置くかちゃんと覚えないと……!」
「問題ない! 精霊による連携で私達がサポートする! ホウレンソウを徹底しろ! あと飲兵衛どもは何が来ても食う! 怖気づくな!」
リディアの心配は、リアが秒で払拭していく。これはプロの所業。
「メイド服が着れるって聞いて!」
「ネリヤも、ええと、ウエイトレスというものになる」
ハロルドが頓狂な格好でアルハラモンスター達との死闘を繰り広げている一方で、ほむらとネリヤはメイド服に嬉々として袖を通していた。何故かネリヤはミニスカだし、ほむらは足回りの処理が完璧過ぎて性別を見紛うレベル。だが彼は男だ。ホールでの接客が堂に入っているのは人生経験(意味深)だろう。そうに違いない。
「はーい! こちらおさげしまーす!」
「宴の時間だー! いえーい!」
ほむらが皿を下げ、新たに差し出したドーナツの山にセララは目を輝かせる。何でも出せると聞いたのでドーナツをあれこれ注文したら、マスターは期待以上のものを用意したのだ。もちもち食感のリングドーナツは表面のグレーズが輝き、彼女を誘う。チョコドーナツは半分に切ったそれに生クリームを挟んだり、ナッツをまぶしたもの。果ては揚げではなく焼きドーナツまで。そのアシストとして供されたのは希少果物のミックスジュース……と牛乳のブレンドだ。オレンジジュースも別にある。
天国! ここは誰に憚ることなく甘いものを食べられる場、セララは幸せそうにおやつに興じるのであった。
「厚焼き玉子ください。オムレツ下さい。あと……卵おまかせで」
ダナンディールは大量の卵料理を並べ、片端からひたすら食べつづけていた。蛇の半身を持つがゆえに卵を求めるのか、手当たりしだいに様々な卵料理に手をつけていた。調理する側も躍起になっているのか、茶葉蛋にエッグベネディクト、果てはバロットまで並んでいるのだからとんでもない。傍らに口にする酒はそのどれもが目玉飛び出そうな高級酒なのだが、彼女にとっては水と大差ない為勢いよく消費されていた。……いや、本当勿体ない。
「今日はお蕎麦で優勝していくの。蕎麦前、まだ抜きをお願いする勇気がないの。だから板わさと焼き味噌と蕎麦掻きを日本酒でキメてやるの!」
「ふふふ、御主は蕎麦で優勝か。中々に出来る! では。私はこの鶏つくねで優勝していくことにするわね」
妖精郷のかわいいお客さん(ストレリチア)が好きなものは蜂蜜酒(ミード)であるらしい。なるほどお髭のデザイナーのミードねってボケを入れようと待ち構えていたら、何故か彼女は日本酒も蕎麦前も「ぬき」も板わさも心得ていた。そして汰磨羈は、彼女が何を思ってそのラインナップにしたかを理解していた。で、汰磨羈は既に酔っているのか口調がしなを作った男めかしたものになっている。こころなしかいつもより声が太い。そしてストレリチアは何故か手にしていたバゲットの端に小さくかぶりついた。かわいい。
「生魚! 刺身ってやつがすごく美味しかったんだよ! あれを是非!」
「イカもアジもたべほうだーい♪ 今日はアジフライとイカリングで優勝だぜ!」
ランドウェラとワモンは、同じ海産物でもそれぞれ違う流れで優勝を目指していた。各々、新しい文化に触れたり、満足の行くものへの原点回帰に走ったりと様々だ。なお、「優勝」とはざっくりいうと「満足行く飲み食い」である。主に酒が伴うが、ワモンは子ども用ビールを手にしている。年齢問題!
「僕は酒は飲めない。そして誰が言ったか、『美味しいものは、脂肪と糖で出来ている』。口中をアルコールでリセット出来ない僕の答えは……炭酸水だ、炭酸水プリーズ!」
メリッカは炭酸水で優勝していくようだ。飲兵衛がアルコールで口の糖と脂肪をリセットして無限に食べるなら、自分は炭酸水。なるほど、無調味のそれなら効果は大だろう。優勝にはもってこいだ。
「にしてもこの料理の量たるや。よりどりみどり過ぎて……トリになったわね」
メリッカ、遂に羽ばたく。何処へ行く、君そもそも鳥種だろう。
「喰うのが依頼だって? よくわからんが都合がいい事もあるもんだぜ!」
積極的に優勝を目論む面々とは異なるが、ルウもまた食事と酒に釣られたものの一人だ。そして彼女の挙動もまた、優勝を求める者のそれと近い。
目の前に置かれた巨大な肉を目で味わい、豪快に噛みちぎって味を堪能し、そして酒でそれらを流し込む。一連の流れで『整った』彼女の表情が、『優勝』した面々と何が違おう。否、何も変わらず幸福なのである。
「ただ酒ただ飯を堪能できるいい機会です。みなさんの美味しそうな食事も気になりますね……」
勘蔵は年の功というのか、周囲の仲間ほどにはガツガツしていなかった。だが、漂う酒の匂いや次々運ばれてくる料理の数々は彼を刺激して余りある。というか、彼より一般妖精Unknownの方が日本酒慣れしているのはやはりおかしい。
「まず、小鉢の中に鶏つくねを入れて解していくわぁ……そして、すき焼きで使った卵を残影百手」
ハンマーで忘れちゃったんですけど、とイレギュラーズジョークをはさみつつ、汰磨羈は解したつくねに溶き卵を。すき焼きの出汁が効いた卵はつくねとよく絡み、艷やかな色を見せる。
「そして、ここにラー油とおろしにんにくを少量加え、混ぜ混ぜしたらぁ……御飯の上にGet on!」
「ン゛ンッ……それは、とても美味しそうですね」
「そうよぉ、美味しそうでしょう。ここでいつものゴリョウさんのやつ」
勘蔵が思わず喉を鳴らすと、気を良くした汰磨羈は天甜酒――混沌米を使った見事な逸品を取り出した。
「何か優勝するときにはビールが必要ってきいたから、オイラは子どもでも飲めるこどもびぃるで優勝だぜ!」
「かまぼこの舌触りと歯ごたえが絶妙で、生酒とのハーモニーが最の高なの! ねっとりした蕎麦掻きの素朴な味わいがたまらないの。焼き味噌のおこげ見てほしいの! 香ばしくて美味しいの!
じゃじゃーん! ここで焼き海苔なの! 日本酒が無限に進むの!」
(いやいやいや妖精は甘いもの食べてて、それこそこの間あった妖精たちはこんぺいとう食べたり羊羹食べたりしてたよ。何、個体値っていうやつなのかい?!)
ストレリチアは汰磨羈の定形スタイルの優勝とは異なり、己の満足いくままにあれやこれやと口にしていた。
それを見てショックを受けたランドウェラの姿が少し可哀想な気もするが、ビールとか蜂蜜酒とか妖精にも好き好きあると思うので、割り切るしか無いのである。
「こうなったら蕎麦焼酎の蕎麦湯割りなの! モツ煮と煮カツ皿もお願いなの!」
「はいはいただいまァ! 給仕が大変とは聞いてたけどホールもキッチンも大炎上しててすっげぇ大変なんだけどこれ報酬にイロつかないの?!」
扇はこの【優勝】の面々への給仕に回ったため、かなりの忙しさに巻き込まれていた。無論、これ以上の惨状もあるのだが……練達仕込の他世界料理のオンパレード、そしてそれらが溶けるようになくなっていくのだ。皿の取替え、酒の補充だけでひと仕事だ。
ヤケ食いを始めたランドウェラ、ノンアルで酔っぱらいムーブの走るワモン、優勝の流儀を競うストレリチアと汰磨羈、肉と酒を浴びるルウ。勘蔵はそれらでめぼしいものを追加注文するのだから消費量が半端ではない。
「食器洗いは任せるネ! だが洗うだけが勝負じゃねぇ。料理を盛り付けて運ぶまでが勝負ヨー!」
鈴音は運ばれてくる食器を次々と処理し、調理にも手を付ける。板わさ、焼味噌、焼海苔に白モツ。聞いたことのない料理だが崩れないバベルというのはこんな時にも効果を見せるのか、当たり前のように作っていく。
「お酒が止まらないの! もっとなの!」
「はいはい……!」
妖精の声に反応し、扇は妙な感触のあった樽を軽く叩き、それから蓋を開けた。
「……使ってるわよ」
僅かな隙間を開けて不満げに漏らしたセリアは、そのまま蓋を締めて知らぬ存ぜぬを決め込んだ。……この子、【給】にいるの割と詐欺くさくね?
「オイラはこのこどもびぃるで大人の階段を登るんだ……!」
「……いやあ、刺身美味しいなあ。俺はなにもみていなかった。そうだ、なにもなかった……」
まあ。食べる方で幸せそうなら、それでいいんじゃないだろうか。
「最後に盛り蕎麦一丁なの!」
……な?
「ゴリラ、クルモノコバマズ、サケ、ノム! ウホウホウホウホウホウホ」
「肉! 酒! 強いやつウホッホ!! オレはイグナート! 重傷を喰らいながらも火の精霊との飲みショウブに勝利した男だウホ!」
鉄帝のA級闘士・コンバルグ。彼が樽を豪快に引き開け浴びるように呑むと、周囲の出来上がっていたイレギュラーズからは拍手喝采が上がった。当然、鉄帝の者なら――イグナートのような『逸話持ち』なら――彼に絡みたくなるのは道理といえよう。挑戦者の登場に、コンバルグもドラミングだ。イグナートと一本のフランスパンをつかみ合うと、互いに引き合い、ちぎり合う。千切りだけに契ってかやかましいわ。
「ウホ、ウホホホホ、ウッホホイ、ウッホゴリラゴリラウホッホ!」
「ウホ、ウホウホウホホホウホ、ウホ?」
「ウホッホホホホイ、ウホ……ウ、ウホ? ……ウホッホ///」
これだけじゃ何が始まったのか分からない。フランが森ゴリラの誇りにかけ、ゴ式に従ってナックルウォークからのドラミング、そしてゴ語の挨拶である。商標と版権に喧嘩売ってくのほんとやめろよ。全部下手人は俺だけど。あと今の会話に照れる要素あったの?
「この盛り上がりは――ゴリラ……いや、コンバルグが居るのか」
飲めや食えや歌えやの大騒ぎの中、リュグナーもその騒ぎを敏感に察知した。郷に入っては郷に従えというが、相手を言葉で丸め込むのを得意とする彼がどの郷に従うというのか。
「『ゴリラが居てはゴリラに従え』というもの!! 何でも受けて立とうではないか!!」
ん? 何でもって言ったよね?
「大切な闘い中にみなさん気を抜きすぎなのでーす! そう思いませんかコンバルグ・コングさん!! ね! そう思いますよね!!! ね!!!!」
恐ろしいことが始まろうとする中、5割増しくらいで恐ろしいことを仕掛けにいったのはラクリマだった。
さほど酒に強くないだろうに、ワイン瓶片手にべろんべろんになってコンバルグに絡む様はいつ暴発してもおかしくないオートマ銃あたりをガチガチ引き金絞ってるのに似ている。重大な戦い続きできっとどこかでストレスが溜まっていたのだろう。ストレス大開放にも程がある絡み酒っぷりである。
「ウホ、ウッホホウホゥ……ホ……」
「ウホホウホ、ウホ」
その様子にさしものフランも気遣い気味にコンバルグに話しかける。ゴ語で。コンバルグも同様に返す。お互いどうかしている。
「コンバルグー! ほんものっ! サイン拾ってどんな人かなってラド・バウで見たらすごくパワフル! ボク釘付けだよ」
「コンバルグさんの太い腕……まるで故郷の深緑の大樹のよう……」
本人は知らぬ話だが、コンバルグは当然ながらファンも多い。この場にいる面々もだが、ハルアのように偶然知った者、契約精霊と安全地帯を探していた結果『強者に寄り添う』という結果に至ったエルシアのようなケースもある。
サインをねだったハルアの手には、次の瞬間力いっぱい握りしめられた色紙が広がっていた。紛うことなきこのゴリラのやり方だ。なお、一緒に渡したペンもインクが飛び散り色紙に奇妙な紋様を描いていた。誰がロールシャッハれといった。
エルシアはその暴挙にも強者としての余裕を感じ取ってか、却って安心してしまっている。これにはファルカウも苦笑い。樹だけど。
「随分賑やかですね。お邪魔してもよろしいですか?」
「アタラしい仲間だな! オレはイグナート!」
「私、ヘルツと申します。はじめましての方もそうでない方もよろしくお願いします」
コンバルグと勝負とばかりに酒を空けていたイグナートは、ヘルツに対し快く迎え入れた。出来上がっているが、彼は根底から善人なのでこういう時は対応が早い。
「ウホホウホホ……じゃなかった! フランだよ!」
「ハルアだよー!」
フランとハルアも快くヘルツを受け容れ、笑い合う。同じコンバルグを慕う者同士のシンパシーめいたものを感じたのかもしれない。多分、ヘルツは好感より前、好奇心の段階だが。
フランはバナナジュースとバナナマフィン、ハルアは果汁の炭酸割りだが、何れもこの世のものとは思えぬ味に仕上がっており、両者の舌を楽しませた。
「のんれまふかー! 飲んでないならさあ一献!」
「いえ、手酌で大丈夫です。だって――」
ラクリマの絡み酒に、片手を上げてやんわりと拒否しようとするヘルツだが、遅い。ラクリマの手にした瓶が上からドシャーーっとヘルツに引っかかり。
「んー、このおつまみも美味し……でもこれはこっちに……ああっ!?」
アクセルがつまみ食いしつつ運んでいたつまみがヘルツの頬に皿ごとクリーンヒット。FB値で片付かない不幸ぶりをまざまざと見せつける。それだけなら、まだいい。
「ふふ、おっと。我の辛味オイルが」
そのおつまみに、聖なる辛味オイルがかかってしまったのだからもうどうしようもない。そしてラクリマはそれを気づかずヘルツに押し付ける。絡み酒が酷い!
「ゴリラ、ナンデモクウ、スキキライ、ダメ!」
そこに助け舟を出したのはまさかのコンバルグ。辛味オイル入のおつまみをざらりと一口で、すり潰すように口を動かす。
ハルアは目前で見せられるイケゴリラムーブに思わず歓声を上げた。拳も突き上げた。
「成程、コンバルグの情報としては悪くない……」
「酒ウッホ、肉ウッホホ、オレも辛いモノでもなんでも来いだウホホウホ!」
こんな場面で情報を求めぬリュグナーであろうはずもなし。そして、イグナートは対抗心でリュグナーの辛味オイルを更に振りかける!
ヘルツはそれを見て『そういう勝負か』と勘違いしてしまう。違うぞ。戻ってこい。
「いつか、あなたの全力、受け止めて見せる!」
「ゴリラ、ダレノチョウセンデモ、ウケル」
そんな中、注ぎ直されたコングの杯に乾杯を仕掛けたのはレイリーだった。それはレイリーの心からの言葉であった……というのは、遠目で見ているミーナでも否応なしにわかるだろう。
「ああ、挨拶終わったかレイリー? ってかいきなりすっげぇ食べるな……後悔すんなよ?」
周囲の喧騒に正直引いてるミーナは、満足げに食事を始めたレイリーのことをジト目で見た。レイリーは気にしたふうでもなく、ミーナにスプーンを差し出した。
「ミーナ、あーん」
「ん? ……あー」
二人の様子はゴリラフリークの面々のドまん前で行われている。つまるところは二人の仲良しアピールは公然のものとなったのだが、更にヤバいことが続く。
「レイリー=シュタイン! 今から、ミーナにキスします」
「は? キス? ……お前酔ってr」
むぐ。ミーナは全部言うまえに、レイリーと濃厚接触(意味深)を果たした。フラン、そのおもくそパーになってる手じゃ隠れてないから。閉じなさい手を。
「ゴリラ、シズカニメシ……シズカ……ウホウホウホウホウホウホ!」
コンバルグ、ここにきてタガが外れる。思わず立ち上がりドラミング、からのダブルラリアット、そして床を大きく叩く。いきおい、周囲にいた面々が……否、フランは耐えた! これがGGG(グレート・ゴリラ・グレネード)の力だとでもいうのか!
これは何か大いなる戦いの予感……! じゃなくて。エルシアと、ついでにキドーとメーコが天井に頭だけめり込んでるから誰か助けてやれよ。
多分きっとこれ絶対ミーナとレイリーのせいが1割ぐらいあります。あーあ。もっとやれ。
(何故だろう、まだ酒宴は始まったばかりと言うにかなり飲んでいる気がする……まあ良い、此処最近は腰を落ち着けて酒を飲む機会もなかった。今宵は心行くまで飲ませて貰おう)
ベルフラウは一人盃を傾けながら、周囲の喧騒に耳を澄ませた。仲間達が賑やかに酒宴に興じるのは見ていて気分の悪いものではない。が、自身がそこに混じる必要もまた、彼女は感じていなかった。
ちらりと視線を向ければ、同様に一人酒を楽しむ者もいる。さらに視線を向ければ、慌ただしく動き、慣れぬメイド服に足をもつれさせたルネの姿が見られたことだろう。
飲み比べとなれば、枚挙に暇がない。様々な楽しみ方があるものだ、と彼女は破顔する。そして。
「我らローレットのこれからの旅路に幸多からん事を祈ろう――」
「――乾杯、と。やあ、ご機嫌よう。可愛い特異運命座標(アリス)。今日は君たちの誕生日会へ参加することが出来て嬉しいよ」
「そうねぇ、まさしくパーティーのお時間ねぇ~♪」
「わーいすごい、色んなお酒や高いお酒がいっぱいだぁ! 凄いゲストもいるし、今日はぶっ倒れるまで飲むぞー!」
フェルシアと創は、マッドハッターという思わぬ闖入者を交えつつ目の前に並べられた料理と酒に目を輝かせた。フェルシアにとってみれば、酒を楽しんで飲める、それ自体が喜びでもある。周囲に集まった人々は見知らぬ顔ばかりだが、だからこそ『三塔(ビッグネーム)』と同席したとて少し驚く程度で終わる。
創のように、明け透けに笑う人物は交流しやすく、肩を並べて酒を飲んで笑うことも容易いものだ。創にとっても、海洋や他国の目玉が飛び出そうな額の蒸留酒が味わえる機会などそうないのだから、誰が隣にいようと変わらぬか。
「いいねぇいいねぇ、こんなに気楽に飲める日は久しぶりだ。あ、そっちのお酒なにー?」
「あらぁ、それじゃあ取り替えて飲んでみましょうかぁ?」
「ふふ、特異運命座標(アリス)達が仲睦まじいことは嬉しい限りだよ。私もこの杯を空けようじゃないか。虚構の住民として、幾らでも飲み干そう。パン? 大歓迎だね」
創の好奇心旺盛な言葉に応じたフェルシアは、酔いからか常より人懐っこく笑う相手に笑みを返し、杯を交わす。二人の様子を楽しげに見守るマッドハッターは、他の面々の動向も見逃さない。そして、フェルシアは小さくつぶやく。
「ありがとう、神様」
そうそう、神様といえば――。
「古今東西お酒の神様というものは無数にあるものッスけど、今回先輩に信仰を勧めたいのはやはり有名なニヨン神様ッスね。お祈りは簡単、お酒を飲んでいるヒトの周りに集まって、ニヨン神様入りまーすはいのーんでのんでのんでって囃し立てるだけッスからね。後は呑んで騒ぐだけ」
「なんと、そのような神がおるのかえ? それは良いことを聞いた!」
青雀は夢心地と、ほか数名の前で神様談義をぶちあげていた。彼女のことを多少なり知るものであれば、その言説にどこまで真実味があるか怪しむものだが、多神教に抵抗なさそうな夢心地にとってはストライクだったらしい。
「……不思議な神もいるものだな。酔えない者にも平等なのだろうか?」
ウォリア、周囲に気を遣って隅の方へ身を寄せていたが近くで始まった謎の神談義に思わず身を乗り出した。性質ゆえ、酒も食事も思った通りに楽しめないがゆえに、別の娯楽に敏感らしい。
「面白い話してるっスね、あ、空き皿貰っていくっスよ」
マルカは会話に耳を傾けつつ、そのスピードで次々と皿を回収していく。今、少しでも食器を片付け回転率を上げておけば、終了後の被害も最小限で済むだろう。
『片付け』が得意な彼女の手にかかれば、それらも大過なく片付けられるというもの……なのだが……。
「やっぱりお酒の神様は大概の場合、夜は優しく翌朝は厳しくと相場が決まっているものッスよね。だからあまり浮k」
ガシャ、ポン。
青雀はニヨン神について熱弁し、ああこのまま行くと二日酔いの教訓めいた話になるのかな、と。夢心地、ウォリア、そして立ち聞きしたマルカは普通に思った。だが、先程の謎の音が怪しい。怪しい、どころか……。
「……そうッスよねお酒の神様より今はロベリ神様ッスよねイチゴの表面のぶつぶつをじっとみつめてホラ見つめてねえ見つめてじっとじっと見ててそうしたらぶつぶつのひとつひとつがあなたに話しかけてきてこの世界で嫌なこ、ねえ聞いてる?」
「き……聞いておる! 聞いておるから! 顔が近い! のう、この娘について何ぞしらぬかえ?!」
「こちらに聞かれてもな……神様談義がしたいのだろう。付き合ってやってはどうだ?」
「……あれ、ゴミとして掃除しちゃダメっスかね」
当たり前だが、青雀の神様談義は次々と神様が変わりながら行われた。夢心地はまだいい。ウォリアは途中から理解が及ばなくなったし、マルカは色々運んでいく度にこの調子のものを聞かされるのだから給仕として堪ったものではない。
尤も、メリポ神の話題にならなかっただけ一同は幸運だったのだが。
「ふふ……貴方達、神様について興味が……?」
「うわでた」
「何だか厄介事が増えたか……?」
夢心地とウォリアは、新たに現れた信仰者……セレスチアルの爛々と輝く目に恐怖を覚えた。なお青雀はマシンガントークが止まらない。
「私は普段(自主規制)ばかり口にしているから味覚が働いていなかったが、酒を楽しめる機会を与えてくださったのは偏にイーゼラー様のお導き。そう、イーゼラー様を信望し、命を捧げることで私達はさらなる喜びに至る。シギネア様と共にその教えを」
「……宗教に心酔する者とか皆このような感じなのか……?」
「聞くでない! 麿にもとんと理解できぬ!」
「皆様、心の準備は宜しいですカ? 経験者の方は未経験者の方への指導ヲよろしくお願い致しまス」
アルムは【メイド隊】に立候補した精鋭達の前に立ち、満足げに頷くと口を開く。シルフィナ、Suvia、アンジェリーナ、メートヒェン、シュラ。錚々たる経験者集団を揃えての文字通りのプロ集団に、しかし飛び入りで参加したシルヴィアは驚くやら混乱するやらだ。
「人手が必要で? メイドさん募集中か。しっかたねぇなぁ」
「メイドの心得その1、『如何なる時も余裕の笑みを』。メイドの心得その2、『常に優雅な立ち振る舞い』。メイドの心得その3、『適度な休息も必要』。勿論まかないもありますヨ?」
「わたしは紅茶マイスターですので、呈茶指導も承ります」
「こういう時のためにメイド力(ちから)をあげてきましたからね、精いっぱいお世話しましょう」
Suviaとアンジェリーナはアルムの心得を聞き、決意もあらたに拳を握る。得意分野がひとつでもある、というのは実に心強いものだ。
「酒も飲めるんだな? よっしゃ、俄然やる気が出てきたぜ!」
「私達が慌てた様子を見せてしまったら皆もくつろげなくなってしまうからね」
シルヴィアは「まかない」の単語に反応し、メートヒェンは余裕ある笑みと優雅な立ち振舞いを崩さない。彼女達のプロ意識が、大いに試される時がきたのである。
「和とか洋とかいうんだっけ。そういうタイプのお酒が飲みたいなぁ……」
「……焼酎は麦、米、芋、栗、蕎麦、胡麻、玉蜀黍、黒糖、落花生、泡盛などがあります、どちらを呑まれますか?」
ヨゾラが周囲の様子を見て、何を飲もうかと首をひねっていたところに、シルフィナがカートを押して現れる。種類別に分けられた中には和洋中の酒が混在し、まさしく混沌の様相を呈していた。
「よくわからないが、じゃああそこの妖精が蕎麦蕎麦いってたし蕎麦を……」
「じゃあ、わたしは芋を少しだけ頂いちゃいます!」
ヨゾラが悩んだ末に答えると、その脇からメアトロが希望を口にする。思わぬ形で現れた彼女は、すでに大皿で供された山菜の天ぷらに満足げ。
「なんかふにゃふにゃする? あははははー、そうかーこれがお酒かー!」
「水をどうぞ、多めに飲んでおいたほうが残りませんよ」
「わたしも水が欲しいわ。それと追加のお酒と、なにかいい和食を――」
半ば思い込みのような形で潰れつつあるヨゾラに、シルフィナが水を差し出す。さいわい、まだ大丈夫そうだ。それを見たメアトロは思い出したようにカラの皿を掲げ、リクエスト。お願いね、と言い切るより早く。傍らから皿が差し出された。
「なめろうに寿司、刺身にわかめしゃぶ、叩き胡瓜……こんな所で如何でごぜえますか?」
「凄いわねえ、どれも美味しそうだわ!」
「海鮮居酒屋『鯱食』、出張開店でごぜえます! よしなに!」
助け舟を出したのはカンベエだった。名乗りのとおり、彼は給仕をそこそこに調理の側へと回り、日頃より培ってきた料理の腕前を遺憾なく発揮している。
並べられた料理は和洋かかわらず海鮮を贅沢に使ったもの。彼の目利きも相まって、美味くないはずがないのである。
「美味そうなつまみだな、アタシも貰っていいかい?」
「勿論! 美味かったら他の御仁にも配ってくだせぇ!」
シルヴィアはここぞとばかりに顔を出し、小分けにされたなめろうに手を付ける。シルフィナはメイド仲間の様子に複雑な笑みを浮かべたが、巡り巡って他の客の腹に入るから悪くないか、と思い直した。なおシルヴィアは流れで日本酒に手を付けていた。
カンベエとしては、悪くない流れだ。給仕が味を理解していればより勧めてくれる可能性が増す。翻って、自分の店の評価が増すわけだ。拒否する理由がない。
結果としてシルヴィアの動きが良くなったりしたのは怪我の功名であろうか。
「いやはや、元気のいいヒトたちを見るのは楽しいね」
「偶にはお酒いただくのもいいわねぇ~。若い子たちみたいに、いっぱい飲むのは無理だけれど、楽しんで味わうぶんに量は関係ないもの~」
「……報酬が出てただ酒が飲めるなんて天国だな」
リョウブ、スガラムルディ、ジェラルドの三名はフロアの隅に陣取り、静かにちまちまと酒を堪能していた。一同はいずれもが、酒の量を誇ったり無闇に飲む部類ではない。ただ、静かに呑み、語らうことにこそ喜びを覚えているのだ。
「お待たせ致しました。どうぞお楽しみくださいませ」
「美味しそうねぇ~、お酒と一緒にいただくには丁度いいわぁ~」
テルルはそんな三人の元へと料理と酒を運ぶと、静かに一礼して去っていく。周囲の喧騒と激務に押されっぱなしのテルルだが、少なくともその三人相手の給仕は落ち着くのだ。
そんな彼女が持ってきたのは、揚出し豆腐やイカの燻製炙り、ナスの煮浸しなど比較的さっぱりして酒の味を邪魔しない品々。クセのない酒には特に合う。
「老いぼれに丁度いいね。助かるよ」
「楽しんで飲むにはもってこいねぇ~。助かるわぁ」
リョウブとスガラムルディが舌鼓を打つ様子を見つつ、ジェラルドは周囲にも気を配っていた。宴は始まって間がないが、瞬く間に泥酔する人間というのは多かれ少なかれいるものだ。面倒を見ることも彼の役目の一つとなる。非常に面倒な話だが、その余録が酒なら、いいのかもしれない。
「若い子達は元気ねぇ~」
「元気なのもいいし、悪酔いは自業自得なんだが、医者としては見逃せないんだよなあ……」
気のいい老婆の笑みに、ジェラルドは複雑な表情で返すしかない。酒も美味いし周囲の空気は悪くないが、これがいつ暴走するかわからないとなると……なのである。
「ご安心を! 店から酒を頂いてきていたのです! イッキ! イッキ!! イッキ!!!」
「一気飲みはダメよ! 倒れても知らないんだからね! ……知らないって言ってるでしょ!」
とか言ってる間にカンベエが出どころの怪しい酒(なお火がつきそうな濃度)を取り出してイッキさせようとしていた。酒の種類は兎も角、止めねば死人が出そうなアレだ。
……まあそれがウォリアだったので事なきを得たのだが。
●凄い惨状をこれから描写する前に箸休めに綺麗どころを書きたかったんだ。許してくれ
「オーホッホッ! !宴の催しには何が必要か? そう! 場を盛り上げるアイドルが必要!
ええ! 皆様それぞれ歌や踊り、その他個性あふれる綺羅星の「アイドル」の皆様! 存分にこの場を盛り上げてくださると確信していますわ!」
「あいどる……? はよくわかんないけど、歌って踊って盛り上げればいいのっ? 鳴、頑張っちゃうの!」
盛り上がりが加速する宴のさなか、ルビアの中に燃え上がるアイドル熱は抑えることができなかった。目の前には数多のファン(彼女視点)、居並ぶは綺羅星が如きアイドル適正を持つイレギュラーズ。ここで一大イベントを催さなくてなんとしようか。
喧騒に飲まれかけていた鳴は、より盛り上げる為ならばと手を挙げた。色々な小道具をごちゃっと取り出した彼女の方向性は行方不明だが、さりとて問題はあるまい。
「うおー、お祭りね! お祭りといえばお歌ね! 張り切っちゃうわ!
ステージはいらない! そう、皆がいて盛り上がってる空気こそが私達の最大のステージよ!」
「今私いいこと言った気がするわ!」と周囲に確認を取ろうとするトリーネ。周囲の喧騒と注目度は彼女達を目立たせ、わざわざお立ち台を用意するまでもない状況。うん、これはステージですわ。
「ワタシの魅力と技術力で楽しませたいと思います。得意ですから」
「宴会ならアタシの出番だね! ダンスに演奏に頑張っちゃうよ♪」
ネイアラとミルヴィも我が意を得たりとやる気十分だ。清楚だなんだと公言するミルヴィにとってみれば、これほどの好機もそうあるまい。
この面々が各々アピールをするという事態は、非常に魅力的な催しになる……そう考えていた時が私にもありました。
「オレ、強イ! アイドル、目立ツヤツ! ナラ、オレコソ! アイドル!」
全身鎧のレガシーゼロ、マッチョ☆プリン――☆は「きらり」と呼ぶらしい――は、ローレットに訪れた時同様、『目立つ=強い』の図式を組み立て、アイドルこそ目立つ、アイドルこそ強いと己の脳内変換に組み込んだ。然るに、強い己こそ最も目立つ。アイドルだ、という何段論法なのか分からない曲解に至る。
一も二もなく発光してみせたその姿は、周囲の耳目を否応無しに引き寄せる。
「……なんだアレ、本当になんなんだ……?」
フロアの隅で「本体」に酒と果汁を垂らしてまったりと味わっていたサイズは、視界の隅で起きた異常事態に反応する他なかった。反応しない理由がなかった。
続けざまにミルヴィの華麗な演奏が続けば、音楽に一家言ある彼もそちらに目を向けざるを得なくなる。
「ミンナァ! 楽しんでるゥ?」
そんな流れにまさかの便乗者が現れた。ギフトでネオンサインよろしく光の雨を降らせるチトセがそうだ。
テンションが上がるのに合わせ、どんどんステージを派手に彩り、そして仲間の動きに光をあわせより華やかにしていく姿はなるほど、花形といって差し支えない。
「こけぴよこけぴよぴっぴっぴー!ぴっぴっぴー♪ おはようございます! 爽やかな朝よ! 夜だけど!」
トリーネは演奏に合わせ軽快な歌声をあげ、或いは魔力のこもった鳴き声(歌)で次々酔いつぶれた者達を叩き起こしていく。控えめに言って狂気では?
ネイアラと鳴はそれぞれ異なるアプローチながら、自らの中に潜む性的な魅力をこれ見よがしにアピールしていく。
ネイアラの身から漂う香水の香り、鳴のあらゆる小道具を用いた派手な踊り。何れもがプロ意識を感じさせるもので、ただ色気があるだけ、ではないのがありありと伝わってくる。
その勢い、ノリのヤバさを象徴するように、マッダラーの演奏は次第に激しさを増していく。
飲食は必要ないが勧められたら断らない、そんな彼の気性は今この時に至ってはヤバめな方向に働いた。笑い上戸であるマッダラーは演奏の合間にギターに模したライフルをぶっ放そうとし……慌てて飛びかかった数名に拿捕されて人混みに消えていく。
「赤い砂のしらべ 貴方は何処に往くの
月明りの 冷たい砂漠をたったひとりで
貴方が探す花は もう遠くへ
幸せな 幻(いま)は想いの果てへ
熱砂に咲いた 一輪の花」
ミルヴィは、当初己の清楚をこれでもかとアピールする歌を唄っていたのだが、周囲の不満の声を受けて真面目な路線へと変更する。
ガチめに歌えばここまでの腕前になるのだ、と周囲は知っているからこそのチェンジだったのかもしれないが……ともあれ、酒宴に似つかわしくないしんみりとした空気が一瞬だけ、流れた。
「プリン、強イ! オレ、モット強イ!」
だがそれも一瞬だ。マッチョが巨大プリンをおもむろに放り投げると、筋力強化によりパンプアップ。おい全身鎧。
落下したプリンへと自らの傷を厭わぬ特攻で両腕により粉砕。発光の反射で光り輝くプリンの雨が降り注ぐ。
「コレガアイドルダ!」
発光したマッチョの周囲で降り注ぐプリンは、急遽回収に回ったルネが慌ただしく皿を傾けキャッチしていく。
スタッフが美味しくいただきましたみたいな展開になっているが、そう簡単にスタッフが見つかるわけもない。そして、我に続けみたいな感じで周囲を焚き付けたマッチョの姿にアイドル一同ドン引きである。あると思った。
「はい! 飲んで飲んで! 食べて食べて! 頑張れ頑張れ!」
ルビアのプロ根性、ここに開花す。
マッチョに負けじと周囲を囃し立てるべく声援をあげ、香水の香りと共にそのやる気を活性化させる。この影響で、周囲の喧騒はより大きくなったのだが……。
「なんで僕にこれを! もってくるんだよ!!!」
「あちらのお客様から……」
「あちらもなにもマッチョパフォーマンスだったじゃん! 油ものとお酒で気持ちよくやっていたのにいきなりマッチョ粉砕プリンって!」
ルネが粉砕プリンを持っていった先、それはまさかのギルオスだった。誰が酒場でギルオスシュートをやれといった。
「お酒もおつまみも凄く美味しいよね……唐揚げもしっかり二度揚げされてるしさ……そうじゃないんだよ、なんで僕が処理を任されてるかなんだよ!」
「プリン神のお導きッスよ」
青雀がここに来て混ぜっ返す。やめてやれや。
●地獄に修羅あり
「お酒を飲むのであればここが良いと聞いてきましたが、場所を間違ってしまったのでしょうか?」
沙月は混乱していた。酒宴を楽しむならこの集まりが最大手だよ、ここが絶対楽しいよと(多分)誘われてホイホイついてきちゃったんだろうけど、そこは文字通りの地獄である。
「みてこのお酒達! のみ放題よぉー! んふふ、ここは地獄であり天国! がんがん飲むわぁ!」
「しゃおらあっ! JKがなんぼのもんじゃあ! FOOOOOOOOOOOO!!」
【地獄】の首魁とも言えるアーリアが杯を高々と掲げている間に、秋奈がぐびっと(※お酒じゃない)飲み干して叫び声と共にジョッキ(※お酒じゃない)を放り投げる。地面に激突したそれが割れないのは、リゲルを始めとする【修羅】の連中が保護結界を張っているから。故意ではない故意では。ぼっと(福島弁:ついうっかり)だ。
「酔ってないわ! だってJKだもの! JKはお酒を飲まないでしょお!?」
「いいのよぉ! JK(31)なら問題なくお酒も飲めるのよぉ!」
この二人を横に並べた席配置担当は腹を切って〇ぬべきである。
「私は酒飲みとしては若輩者なので、お酒と食事を一緒に楽しめるなら組み合わせも知りたいところです」
「あらぁー初々しいわねぇ! それだったらおねーさんに任せて! ほらぁ【修羅】さんたち、主にリアちゃん!」
「他がいるだろう! あたしは皆の調整で忙しい!!」
沙月の初々しい言葉は、アルハラ機運にあったアーリアをいたく刺激した。だからって精霊を通して調整に奔走してるリアを呼ぶのはホントどうかと思う。
「僕は飲んだことないんだけど、お酒って美味しいんだよね? あつあつのアヒージョならここにもってき」
ガチャンっ。
「ごめんね今冷たい飲み物を」
がしゃんっ。
「……イレギュラーズだからって何でもそつなくこなせると思ったら大間違いだよ?」
カタラァナは不慣れだった。
しっとりと飲めるかもしれないという雰囲気にあった沙月の予想を覆すように、冷たい飲み物と熱々のアヒージョを立て続けに宙に投げつけてしまった。このままでは、被害不可避、沙月は美味しいお酒にありつけない――!
「おまたせしましたご主人様、ご注文のおつまみなのですよあっっっっっっっづっっっっっっ!?」
だが、そこに救いの手が差し伸べられた。偶然にも乾き物のおつまみとチョコレートを運んできたメィだ。この狭い空間でジェットパックを使ったら大惨事でしかないのだが、今この瞬間だけはお手柄な部分が大なり、である。
「うぅ……都会の洗礼ってこわいのですよ……あ、他に持ってくるものあるですか? メモするので、ご注文どうぞなのですよ!」
だがメィはくじけず、都会っ子(志望)の意地をみせた。
「あ、このチョコと蒸留酒の組み合わせはいいですね……」
そして、沙月は不幸中の幸いか、酒とつまみのマリアージュを舌で楽しめたのであった。
「ふふ……今日は飲み過ぎと!! 怒る部下もいない!! お金の都合でダメですと止める部下もいない!!」
鬼灯は横にお嫁殿が居るじゃないか。あ、暦さん達こっちです。こいつです。
『鬼灯くん飲み過ぎよ! めっ!』
「しかし嫁殿は何故こんなに可愛いのだ、白く透き通る肌に薔薇色の頬。太陽の煌めきの様に輝く髪に母なる海の如く深い慈愛に満ちた青色の瞳」
嫁殿に怒られても幸運とばかりに、彼は嫁殿を愛でる。めいっぱい、愛でる。ふにゃりと歪んだ目元は、愛がなければただの変態にしか見えないレベルに陥っていたが気にしてはいけない。早く来い師走。
「まだまだ呑むぞ。米でできたお酒おくれ」
「花の妖精が言ってた『日本酒』ってやつか? ったく、飲みすぎだろ……水も飲めよ!」
鬼灯をしっしっと手で払いながら酒を運ぶのはシラスだ。ルル家の魔手を逃れ、ベストにリボンタイ、シルエットの整ったスラックスに磨き上げた革靴。この地獄に咲いた徒花の如き容姿である。
「さーけ! さーけ!」
「わかってるから騒ぐな! 幾らでも運んでやる!」
腹のキマったシラスをして呆れさせる騒ぎっぷりなのはエッダである。ここに居る面々は覚えているか知らないが……この鉄騎種、この時点まで適度に狂いつつ猫かぶってやがったのである。
「おいおいおーーい、杯が乾いてるでありますよー? んんー? ワイン? お可愛いことでありm」
バキッ。
グビグビグビグビグビ、ガタンッ。
「はーっはっはっは! いいぞいいぞ! 調子がよくなってきた! ……何か言ったか?」
エッダ、絡み酒に挑もうとして凍りつく。いや、普段なら眼前でブレンダが見せたパフォーマンスなんて「なんでありますかそれくらいやってやるでありますよ」とか言って応じる筈なのだが、こう。無闇に手を出すのはまずいと、彼女の本能が告げていた。倫理とかな。
なお、彼女がこの程度でへこたれるわけがないのは皆が知るところなのだが、なんでそんなんなってるのかというと「飲ませて酔わせたらこの世に酔っ払いしかいなくなる」とかいうクソ理論の犠牲にされてるだけなのだが。
「ティラノサウルスが月まで飛んでいってなくした銀歯の儲け話があるということらしいので、今こそ立ち上がれ野郎ども!」
「つまりティラノサウルスは北へ向かっていったのであって……」
真顔でエッダの絡みに絡み返すフニクリ。両者の会話が噛み合っていないような、いるような不思議な空間である。なんか人々を扇動してるけど酔った勢いなら許されるか。そうだよな。
「はぁ?こんなとこにティラノサウルスが居るはずないじゃん。酔っ払ってるならあっちでみかんの皮をストーブで焼いておきなさい」
絶対酔ってるのフニクリなのに顔で全く察しがつかない。うっわめんど。
「だからみかんの皮を炙れば……おっこれお湯割りに良さそうじゃないでありますか?」
そしてこの酔っぱらいと迎合してこの暑い中更に熱くしようとするエッダは完璧にアルハラモンスターV3と呼んで差し支えないレベルだった。どうすんだよこれ。
「このアルハラ共を乗り越えて俺は――」
「あれ、シラス君? 人手が足りなさそうだったけど大丈夫?」
求めていた青い鳥ならぬアレクシアが眼前に現れ、シラスの呼吸が一瞬だけ止まる。
だが彼とてラド・バウD級闘士。無様に膝をつくようなことはな、あっアレクシアのメイド服が翻ってスカートが危険な領域。
「大変そうだったら休んでもいいからね、私もついてるから!」
「大丈夫だ、大丈夫……その、突然だったから……」
「そうだよね、ものすごい人数だもんね」
噛み合っているようで噛み合っていない二人の会話はしかし、あちらこちらから聞こえるアルハラと地獄の住民による声に遮られた。
二人は、なにがどうあれ互いにプロ意識の塊である。
アレクシアは目の前のことに誠実に取り組める精神で一人ひとりを丁寧に接客し、落ち着いて給仕することに専念する。
シラスはアルハラ客を丁寧に捌きつつ、アレクシアにアルハラの手が届かないように目を光らせる。なんだろう、戦友かなにかみたいな立ち回りだ。
「飯とか酒が大量に届いたってのは聞いたけどいくらなんでも大騒ぎになりすぎじゃねえのか……?」
アオイは荒れ狂う地獄の風を紙一重で躱しつつ、給仕に精を出していた。なお彼の格好がメイド服なのは、ルル家から逃れられなかったからだ。合掌。
しかし、彼は器用なもので。両手とギフトとを駆使して運ぶ皿の量は常人の2~3倍をゆうに超え、しかも割らずにときたもんだ。
これが若さというものか。
「ほら、追加の料理お待ち!」
「ウェーイ! おーつかれー!」
「いやー、ブラッドオーシャン号出張が長引きまして。遅参のほどお許しください」
所々目新しい傷を作ったスティーブンが杯を傾けると、寛治は恭しく頭を下げ、相手の杯よりやや下に己の杯の飲み口を当てる。これぞサラリーマンの持つ独自のマナー感覚である!
つい先日までブラッドオーシャン号に拉致(交渉)られていた彼が現れたことで、飲み会としての格は何段階か上がった。主にアルハラ的な意味で。
なにせ彼ときたら多くのアルハラを笑顔で受け入れるのだから堪ったものではない。
「あのねぇ! 普段から私、仕事でクッソ修羅場に突っ込まれたり! まとめ役で常に情報精査やすり合わせをしたり! その上で皆が活躍して勝ってくれて嬉しかったり! でもやっぱり思うのよ!」
で、既に出来上がっているのが同じくブラッドオーシャン出張組のイーリンである。その体躯でそんなにパッカパッカ空けるからだよ。
だが、まあ仕方ない、とスティーブンは思う。あっちゃこっちゃでナンパして回った自分なんて可愛いものだ。彼女らは、一歩間違えばマストに吊るされるレベルの修羅場を潜りつつ、かのドレイクを口説き落としたのだから。
「どうしたんですかイーリン様。出張で何か思うところでもおありで?」
寛治は気遣いを忘れない。ジョッキを叩きつけて憤る(酔ってる)イーリンは多分話を聞いてやれば気持ちよく酔えるのだと知っている。
「そろそろ!! 私の逸話が何かの拍子に職人に知れ渡ってなにかこう、流通してほしいじゃない!」
そうだね流石に色々伏せたけど今に及んで何もないってのはどうかと思うよね。でも恋人に友人時代にオープンクロッチを送ったとかいう逸話もちの君には馬のもも骨特大ジャーキーみたいなやつが流通すると面白いと思うんだ(※善意)。
「タダ! 酒! 呑む! ウェーーーーーーーーーーーイ!!」
「ア! このアイサツ、知ってる、こうダヨね……カンパイ!」
「ウェーーーーハッハッハッハ!」
千尋が豪快にジョッキを掲げると、ジェックは我が意を得たりとばかりに自らもジョッキを掲げ、彼のそれと打ち合う。
軽快な音をあげたそれはそれぞれの喉へ流し込まれ、両者ともに満足げな表情を浮かべた。……ジェックのそれは、目元から察される限りでだが。
千尋は周囲をちらちらと確認しつつ、酔って気が大きくなった者が近づいてきたら、牽制とばかりに鋭い視線を投げかける。
ジェックは激しい喧騒があまり得手ではない。できることなら、静かに楽しませたい。程々に酒を嗜んだ彼は、ジェックの一挙一動の観察に余念がない。何を望んでいるのか、飲み物は足りているか、はたまた食事は。
「アタシ、美味しいものノみたいな」
「おう、任せとけ。HEY! スタッフゥー!」
千尋はジェックの希望に、軽く手を挙げてTricky・Starsを呼び止める。短いやり取りで心得た彼は、素早く身を翻し、間をおかずに蓋付き容器に入った飲み物を手に戻ってくる。【修羅】に身を置きながらも執事服を身に纏っているのは、天使としての意地か何かであろうか。
「ほら、甘いものだぞ」
「これ、ナニ? どんなヤツだろ……? ウスめのバニラシェイク?」
小首をかしげたジェックに、千尋は短く「強く育てよ」と告げる。その飲み物の――ミルクプロテインのことを彼女がはっきり理解するには、もう少し時間が要りそうだ。
「そ、その、メイド服を着るのか? だ、大丈夫かな……に、似合う自信がないのだが……」
「イルちゃんが駆けつけてくれたから私は元気100倍だよ! リンツさんに可愛い姿を見せる機会だと思って!」
天義の騎士見習い、イル・フロッタ。彼女のもとに突如届いた手紙は、自らの助けを乞う友人(スティア)からのものだった。ローレットの危機と聞いて一も二もなく駆けつけた彼女は、メイド服姿に身を包み――スティアにめっちゃ写真撮られてた。
「リンツさんも喜ぶよ! わ、私が見たいだけってわけじゃないんだからねっ」
「女は度胸と器量だとお父様も言っていたからな! リンツァトルテ先輩に見せるかはともかく!」
給仕と口のうまさでスティアに敵わぬイルは、瞬く間に言いくるめられ記念撮影まで終わらせていた。だが、それだけで済むほどアルハラ共のノリは軽くない。
「こんな機会しか飲めない酒もあるんだ! じゃんじゃん持ってこい! 呑むぞー!」
利一は目の前の非現実的な光景に思考がフッ飛び、まずは楽しもうと決意した。後悔は酔いつぶれてからすればよいのだ、と。取り敢えず横切ったイルに適当に酒を見繕うように告げる。彼女、未成年なのにな。
「ダメだよお嬢さんにお酒のおすすめなんて聞いちゃ! でも、やっぱコレは天国でしょ~? どこ見てもゴキゲンなご婦人!」
この状況で利一をやんわりと諌めた夏子だが、イルやスティアに見せたキリッとした表情はなんかこうアピってる感が強かった。いいのか、その二人の片割れはこの間君と仲良くサメの口に飛び込んだ者同士だぞ。
「僕もね、普段そんなに呑むタイプじゃないけど飲兵衛に飲み方だけは教わったんだよね」
素人が猛者の戦い方を真似する宣言。これはまさに自殺宣言にほかならない。
「いうてチェイサーもほしいよね、おねーさんおねがーい」
「はーいお水でーす」
夏子は近くで水を配って回っていた姫喬に声をかけ、コップに入った透明な液体を受け取った。彼も馬鹿ではない。無理をするならそれなりのリスクヘッジをすべきだとどっかの眼鏡が言っていたはずだと液体を煽り、次の瞬間音を立ててブッ倒れた。
「……ありゃ。透明だからわかんなかったな。こいつぁ酒だぁ。……けっこ配ったなぁ」
おい誰かこの女からお盆を奪い取れ。
「ねえねえ見てくださいよあの梅泉さんがあんな近くでまたお酒飲んでますよクーア!」
「人斬りがなんですか。こちとら火付け人なのですほらよそ見してる暇があったら呑むのです」
利香はクーアにひっつきながら、梅泉の方を見つつきゃーきゃー叫んでいた。当人は素知らぬ顔で他者と飲んでいるのだが、これはアレか、イエス梅泉ノータッチってやつか。
あと、両者ともにメイド服だが客はクーアで、給仕は利香だ。もうこれわけわかんねえな。
「さあさあ次々行きますよ全種味比べする気で飲みましょうでひひひ……」
「すっかり出来上がってるじゃないですか。まだまだ飲みますよ」
利香はワインとチーズにつられて自身が食べているため完全に酔っている。かと思えば、クーアは度数の高い酒を水か何かのように飲んでいる。これが地獄か。
「というかそんなに気になるんだったらあっちにも飲ませにいったらどうなのです? 行くなら付き添いますけど」
「いえいえ、いいんですよぉうぇへへへへへ……」
面倒臭ぇ、とクーアが思ったかはともかく。利香、完璧に推しが近くて面倒くさいオタクみたいなムーブをしていた。本来は彼女がクーアのブレーキなのだが、下手すればアクセルを踏みかねない危険性すらはらんでいる。最悪じゃん?
ここまでのあらすじ。
「なんかメイドの中に旧人類混ざっておるが?」
「むむ……頼々くん! ここで遭ったが百年目!」
タダ酒につられて集まってきた人々に献身的に給仕をしていた朋子だったが、偶然にも頼々から挑発を受けてしまう。お茶を供して丁寧に接客していたハンスを巻き込み何故か対決する空気になってしまう。
「バナナの大食い対決だよ! 負けたらメイド服だからね!」
「貴様のスプーン一匙程度の脳みそでできることなど、割った皿の数でギネス記録を打ち出すくらいでは? 隅でバナナでも齧っている方がまだ貢献できるぞ? まあ我成長期だしぃ? 食った量でも貴様に負けることはないが?」
「え? バナナ大食い対決!? なにさそれ。……まあ喧嘩じゃないなら結構です!」
見事過ぎるフラグ立て大スイングの末にハンスが大量のバナナを用意し(どこから?)決戦の場を設けたがため、退路は完全に断たれた。
「ギフト発動!!」
「なんだ貴様その胃袋は……!?」
果たして、頼々と朋子の対決の行方は……?
「この我が……こんなヒラヒラの……メイド服をッ……!」
うん知ってた。原人に食べ比べを挑んだ時点で完全に頼々の手落ちである。あるのだが、彼の性質を思えばこの流れも必然であったのかもしれず。偏にばっかでー、とは言えないのである。涙拭けよ。
「イイ女にイイ酒たあ! 最高じゃねえか!」
「海洋の酒を送りつけたのは誰だって? 俺だよ俺。軍の経費で落とした」
バルバロッサの真横で堂々と大嘘をぶちあげるエイヴァンの姿に、周囲の空気が数度ほど下がったのは間違いあるまい。尤も、バルバロッサは気にしたふうでもなく彼の背をバンバン叩いて「でかした!」って言ってるんだからどっちもどっちか。
(おそらくこれは死力を尽くした争奪戦になるだろう。飲むも地獄、飲まぬも地獄。酒は持って帰るまでが遠足ってな……)
なお、当たり前だがエイヴァンはこのあと持ち帰りを敢行しようとして【窃盗】を名乗る連中とあわや同じ運命を辿りそうになるのだが、ここで酔いつぶれてもらうのでそれもない。
「ていうかバルバロッサさんもいるじゃない! 飲みましょー樽で! おいしいお酒にいい女に、天国見せてあげましょうじゃないの!」
「こちら、お手伝いしましょうか?」
アーリアはバルバロッサの方に歩いてきてはしなをつくり、豪快に笑う彼に酌をする。アンジェリーナは惨状と化しつつある状況に助け舟を出しつつ酒を絶やさぬプロの仕事でそれをサポート。
「宴。それはまさしく前の世界でも地獄……でも飲めなかった私がやろうとすると全力で止められた懐かしき記憶。なので今日は全力で飲み干してやるっすー!」
「はははっ! 良い飲みっぷりだ。いける口だな! まあ、無理しない程度にな」
リサはエールが入ったグラスを掲げ、乾杯とばかりに周囲の杯に軽く当てていく。身だしなみはさておき綺麗どころである。バルバロッサも満足げに応じ、同じタイミングでぐいっと酒を煽る。
「かー! これが最高っすよねー!」
「キンキンに冷えたのならあるわよ。さ、どうぞ」
早々に一杯飲み干したリサに、氷彗は次のジョッキを素早く供する。バルバロッサにも、他の面々にもだ。
彼女のギフトで冷やされたそれは、この酒場独特の熱気にあっては適度に体を冷やし、アルコールでさらに熱くさせる。この循環で気づかぬ内に多めに飲んでしまう……というのはあるのかもしれない。
「おー、バルバロッサも来ていたか。いやぁ、この人数を店によく収容できるものだなぁ」
「ようフレイ。ローレットってのは大したモンだな!」
流石に、バルバロッサの周囲は人が集まるものだ。ふらりと現れたフレイは、駆けつけ三杯どころかひと瓶飲み干し、ふぅと一息。相手の飲みっぷりに感心しつつ、以前の海戦についてあれやこれやと語り合う。肩を並べて戦った者同士、思う所があるのだろう。
「あ、すいません。このお店で出せる料理全部用意してもらっていいですか? バルバロッサさん、おごって!」
「ハッハッハ、アリアも遠慮がねえな! 食え食え! 俺のカネじゃねえがタダ飯だからな!」
そして、飲めないため【煉獄】に潜んでいたアリアが、バルバロッサを見るや突撃してきた。彼も勢いは好きな男なので、迷わず答える。打てば響くとはこのようなことをいうのだ。
「よう、元気そうじゃねえか。中々の飲みっぷりだな。どうでえ、俺と呑みで勝負しねえか?」
「ジェイクか、面白そうじゃねえか。乗ったぜ」
ジェイクは、この宴を好ましく感じていた。なにしろ、彼と仲間の命がかかった最終決戦の際である。海洋で肩を並べた仲間達と、今だけでも馬鹿やって思い出を作れることはどちらに転ぼうが悪い思い出になろうはずもなく。ここで酒を酌み交わす事に意味がある。潰れるまで飲み明かすことに意味がある。
「酒は呑んでも呑まれるな、っちゃ言うが……こういう時はいいもんだな。地獄だろうが天国だろうが、ペースを崩せば堕ちてしまうが。こういう時は、良いのかもな」
延々続きそうな酒盛りを横目に、瓶をラッパ飲みするフレイ。ジェイク達もだが、彼も密かにザルなのではないか……?
「いいわよーもっとやりなさーい! かーっ、ちょっとみんな一発芸でもしてちょうだい!」
「いいぜ、唸れ嵐の上腕筋!」
「いいだろう、とっておきを見せてやる――フンッ!」
義弘とブレンダは、全く打ち合わせもなしに息のあった筋肉アピール。上腕筋がパンプアップし、シャツが弾け、ギリギリのラインで踏みとどまる。なんてこった、このシャツは高EXF持ちだったのか。
当然ながら男どものアクションに女性、っていうかアーリアは大興奮だ。何杯目かのジョッキを干したバルバロッサも加わり、筋肉の宴はさらに危険な領域へと突入する――!
「えへへ、タダでお酒……主よ、感謝致します。私が普段から慎み深く善行を積み重ねているから、ご褒美を下さったのですね!
「ヴァレーリヤ君……。あんまり呑みすぎちゃ駄目だよ?」
ヴァレーリヤは小樽に頬ずりしながら、自分の行いが間違っていなかったことを確信していた。この間酔っ払ってぱんつを忘れてきた女のセリフではない。
だが、曲がりなりにも一線級のイレギュラーズだけのことはあり、マリアのように彼女を慕う者もいる。というか、多い。人徳ってやつか。
「マリア、こんな格言を知っていまして? 『吐けば吐くほど強くなる』。
ふふーん、飲み比べで私に勝てる方が居たら掛かって来なさい! 胃が引っくり返って裏返しになるまで酔わせて、トイレの座敷童子にジョブチェンジさせて差し上げますわー!」
「HAHAHA、それならミーと飲み比べというこうか! 樽上等! ビールでもウィスキーでもブランデーでもウォッカでもテキーラでもポン酒でも焼酎でも泡盛でもどんと来い! 酒は百薬の長だからいくら呑んでも大丈夫!!」
マリアにとんでもない理論をぶちあげているヴァレーリヤ、ここにきて新たな酒樽を手に挑戦者を募り始めた。そしてまさかの貴道を引き当ててしまった。
なお、吐いて強くなるのではなく吐くほど飲み続けて肝臓が麻痺、いやもいいや。鉄騎種だし。
「勝った奴は次の奴と! 負けた奴はぶっ倒れるあれか!! かはは。勝者は一人。敗者はそれ以外!! さいっっこうに燃える勝負じゃねーか!!」
「意地と気合と根性で樽の1つや2つ、グイっと飲み干してみせましょうとも!」
この空気に中てられて、ニコラスとカイルも酔ってくる。二日酔い、肝機能値、その他諸々。先の話は明日でいい、今楽しむべきなのだ――そんな空気がひしひしと伝わってくる。
普段は冷静なカイルがこの調子なのだ。普段から飲兵衛なほか3人が正常な判断力を有しているわけがない。
「「「「いざ、勝負!」」」」
かくして、地獄の中でなお濃い地獄への片道切符がここに切られたのである。
「それにしてもあの一角、すごい勢いで酒瓶……って、酒樽まで空けてる!?」
で、そんな争いに巻き込まれたのはアルテミアだ。呑むのもそこそこに助け舟を出しに来たらメイド服を着せられ、酒乱の真っ只中を瓶の回収に奔走し、果てはヴァレーリヤを中心とした輪の中で消費される酒樽を回収に回っている。満タンの酒樽を普通に運ぶのは簡単ではない。そしてカラになったそれも、多少なり中身が残っていたりするのである。
「い、忙しすぎて目が回りそうっ、羽目を外すにしても程があるわっ……へ? ちょ、ちょっとやめなさいっ、今はそんな余裕――ひゃぁぁぁ?!」
当然、割れた酒樽でメイド服が少し切れたりするし残っていた酒でびしょ濡れになるし、メイド服の白い部分とか透けるし。最高じゃん?
「……うぅ、もう僕はダメです……」
「畜生……明日は二日酔いだぁ……」
カイルが沈む! ニコラスが沈む!
「うっぷ……わたくしちょっとお花を摘んできますわ……」
そしてまさかの、ヴァレーリヤも沈む! 貴道、超人の自称は伊達ではない!
「オレ、ノミクラベ、スル!」
そして現れたこの筋骨隆々毛皮わっさーなsilhouetteは……?!
「給仕が足りないと言われてきたら……うん、確かにこれは足りないかもしれない」
「ぶはははっ! 呑んで食って騒いで楽しんで、実にイレギュラーズってやつだな!」
ローレットにおける料理上手の双頭[独自研究]のポテトとゴリョウは、互いの得意分野に徹することでキッチンを高速でブン回していた。
しかも、二人が調理する区画はオープンキッチン。リアルタイム飯テロの舞台と化すのである!
「俺も気合入れておつまみ作ってアルコールからイレギュラーズの胃腸を守らねぇとな! 腕が鳴るねぇ!」
「恋人が死地に赴くというのなら、わたしだって、覚悟を決めますの! 絶望の青に棲む、クリファルト……海のもずく……おいしい海鮮小鉢を作るための材料は揃っていて、高級天然海塩も、用意してありますの」
ゴリョウが本気になると聞いて、ノリアは(自分が食材にならない範囲で)覚悟を決めた。
海種としての能力を十分に発揮して獲ってきた食材の数々は、ゴリョウの腕と長らく苦楽をともにした調理器具によって次々と調理されていく。魚が軽快に切り分けられ、流麗な手さばきで盛り付けられ、藁焼き、ねぎとろ、その他多数の調理法を駆使して次々と皿を彩っていく。
「ゴリョウとノリアは流石だな。私も負けていられない」
他方、ポテトはウインナーにコーンバター、アスパラのベーコン巻きやカプレーゼ。洋食系ながらさらりとつまめるものを中心に調理を進めていた。つね日頃からの調理と、義母からの薫陶があれば料理上手に料理上手を掛け算して実際200に至るのである。
「ノリアは賄い作るから一旦休んでくれ!」
「ふわぁ……ゴリョウさんの手料理、食べられるのですね……!
「二人共休んでいてくれ、私も給仕に回る!」
ゴリョウとノリアが一段落した横で、ポテトはなおも慌ただしい。メイド服に袖を通した時点で修羅の覚悟は決まっているということか。
「成程、こうやって楽しむのですね?」
「おう、俺様は死ぬまで呑むぜ! 死なねえけどな、ゲハハハッ! 目標はジョッキで50杯だ!」
一方、その頃のリゲル。成人を間近に控えた彼は、ベテランの酒呑みたちの振る舞いから将来の自分の飲み方もきちんと見定めねばと飲み会の面々に混じっていた。
だが、グドルフについて飲み方を学ぼうというのは些か筋が悪い。
「……あれ、既に始まってるで御座るか!? くっ、出遅れたか……なれば、古の儀式『駆け付け三盃』を執り行わせて頂きたく候!」
そこに遅参ながら駆けつけたのは幻介だ。なぜここを選んだ。そしてまた酒飲みの忌まわしき風習を開陳するんじゃあない。
「カケツケサンバイ……? つまり席に就いてからまずは3杯飲みきれということですね?」
「うむ、その通りでござる! この小さい杯にな」
ドンッ。
幻介が訳知り顔で興味津々のリゲルへ説明しかけたところに、ジョッキの重々しい音が響き渡った。グドルフの手によるものだ。
「飲めるクチだろ? 3杯飲み干そうぜ!」
「えっ……拙者、この小さいので……」
「俺の酒が飲めねえってのか?!」
「イエ」
リゲルはこの二人のやり取りをメモに残しながら、飲み会とは何かを学んでいく。彼に限ってそれはなかろうが、なんていうか、凄い方向に振り切れそうだ。
「……お待たせ致しました。鶏肉のハニーマスタード焼き、ローストビーフ、厚切りステーキとなっております。どうぞごゆっくりお召し上がりください」
と、そんな二人をよそに給仕に訪れたのはポテトだ。リゲルは知っていたが、ポテトは未成年の彼が飲兵衛共と席を並べているなど思いもよらなかったのだ。
「あ、ああ、凄く美味しそうだね……」
内心の混乱をよそに流れるような接客をして去っていったポテトの背を見て、リゲルはやっぱりポテトはすごいな、などと見惚れつつも思っていた。尤も、ポテトはそれどころではないのだが。
「そ、そろそろ腹が酒で一杯で……もう呑めんで御座る。いや、本当に御座るよ?」
「そんなことないだろ。もっと飲もうぜ、ゲハハハッ!」
「待て、その手に持った酒をどうする気で御座るか……!? あっ、嫌……やめ、呑めないで御座る!呑め……あーーーーっ!!?」
甘酸っぱい空気のうらでは、こういう悲劇も起きている。
「こちら、トマトとバジルのブルスケッタと貝のソテーとなります」
「ええと、ご飯をお供に、たくさんお酒を……とても……楽しそうです、ね。お腹とパンドラがゆるす限り、頑張ってみよう、かと……」
フェリシアは、コレットによって目の前に並べられた酒とつまみの山に目を輝かせる。多用な料理に海の幸、それに合うフルーティな香りのワイン。
【修羅】の名を辱めることのないてきぱきとした動きを横目に、彼女はそれらに手を付ける。
「ふふふ、超年代物や海洋の名酒がただで呑めるとは、これはもう私も混ざって呑むしかないな」
と、自然な流れで椅子に腰掛けた妙齢の女性が、「そう思うだろ?」とばかりに視線を投げかけてくる。一人だったしいいかな、と思いながら、フェリシアは小首をかしげた。
「ああ、私は幻想北方にあるバシータの領主、ウィルヘルミナ=スマラクト=パラディースだ。ローレットには今後、いろいろと依頼を頼みに来ることになるだろう」
「わた、しは……フェリシアで、す」
よろしく頼む、と差し出された手に、フェリシアはおずおずと己の手を伸ばす。
初々しいやり取りだが、ウィルヘルミナの方が何を考えているかは今ひとつ分りづらい。少なくとも悪人ではなさそうだ。
「君達の活躍は聞いている。できるなら、是非話を聞きたいのだが……」
「この地獄にいる連中の話でいいのかい? 俺の話でよければ、聞いてもらえないか」
あわあわと考え込むフェリシアに助け舟を出した義弘は、空いた席に腰掛け、ウィルヘルミナに酒を注ぐ。
そこから、自然な流れで今まで幻想で起きた事や他国での依頼、冒険をつらつらと語っていく。
サーカス事件に砂蠍との激戦、それからも散発する幾多の事件。フェリシアであれば、比較的経験の浅い者同士で徒党を組んで討伐に向かった狼退治などがあっただろうか。
積み重ねた経験に差はあれど、両者ともに一端のイレギュラーズとして経験を積んでいるのだ。
「君達なら、私の領地でも活躍してくれるだろう。期待して……おのれ、よくもあんなトラブルだらけの領土を……」
ウィルヘルミナは満足げに話を聞いていたが、途中でくだを巻き始めたところを見るに、気分良く酔いすぎてしまったらしい。
「ところで……海種には水中親和なるスキルがあるのです、が……お酒にも適用されないでしょう、か。水も、アルコール、も……大体同じ、でしょう」
フェリシアは、義弘に唐突に問いかける。当然、旅人である彼が知る由もないが。
「……同じでしょう?」
目が据わった彼女の問いは、なんとか答えを出さねば帰して貰えそうにない。
「わーい! 吾、おさけすき! 樽持ってほしいのである! ジョッキ交換とか面倒であろう?」
レオンより年上(自称)の百合子は、飲み干された樽をテーブル代わりに、その横板をガンガン叩きながらゴキゲンな様子だった。
美少女に肝臓の出来を聞くのは切腹ものの非礼である。真の美少女は清楚さを残したまま酔う(推定)。
「羽目は外すためにあるんだから、じゃんじゃん騒いでおくれよ」
「わーい! 貴殿は話がわかって吾とても好きである!」
執事服に身を包んだシキは、百合子の熱烈なアプローチ(酔)をさらりと躱しながらも樽をスマートに運んでみせた。台車で。
そしておつまみも空いた手で一緒に運ぶ。この動きはどこかTOYOSUめいたプロ意識を彷彿とさせる。
「~~♪」
そんなシキでも、想定外はつねにある。酔った勢いで歌い出した百合子の姿は、一般人がみればあら素敵で済む。シキにとってもそうだ。
美少女力の高まった彼女の歌声は小動物を招き寄せる。共に歌い始めたそれを……掴む! 首を折る! 脊髄を引き抜く!
「!!!!?!?!???」
「んむ、貴殿も食べる? ネズミの尻尾とかコリコリしておいCであるよ???」
驚くだろう。慄くだろう。彼女の美少女(種族)ぶりを知っていたってそうだろう。小動物、それは共に語らう友人などではない。美少女にとっては非常食、百合子までいけば――嗜好品――!
「ますたー、クリームソーダをお願い。金魚鉢サイズのバニラアイスとチェリー増し増しで」
静かに頷き準備を始めたマスターを見て、ネリは周囲の喧騒をいま一度眺めた。【地獄】の面々は各々好き勝手にやっているが、おおむねひと所に集まっている。だからだろうか、言うほど大惨事には至っていない。個々のケースをみれば最悪極まりないが、大迫力のバトルを繰り広げる酒呑みたちの姿は「こうはなるまい」とネリに思わせる。
「隣、失礼しますね……」
ふう、と可愛らしい息を吐いて席に就いたのはメイド姿のコレットだ。立っていてもそうだが、3mの威容というのは座っても目立つ。
それでいて口にしているのはネリと変わらずジュース類。仕事をきっちりこなした証拠に、メイド服はところどころシミが残っている……そもそもそういう服なのだ、これは。
「あ、血……いや、ワインかな」
コレットがなんでもないように口にすると、ネリは思わず彼女を見た。確かに赤いシミだ。どちらとも見える。さっきまで確かにドタバタと騒ぎがあったし、彼女がセクハラまがいのことを受けても(外見は綺麗だし)不思議はない。
一息ついたコレットが立ち上がり、再び戦場へ向かう姿をネリは見た。そして次の瞬間、不届き者が新たに天井へと突き刺さったのもネリは見ていた。
「お待ち遠」
マスターが見事なメロンソーダを用意したのも忘れ、しばしソレに魅入ったのは言うまでもない。
「荒波に揺られ一週間以上ようやく拘束から解h……え? 決戦前の時空なんです? あ……そっかぁ」
リアナルのとてもベタい発言はさておき、未来へ向けて自棄酒を煽るのは凄くアレ。
そして彼女は、空き瓶を片手にもう片方の手で酒を呑むという荒業を見せている。既にトイレは大渋滞。次々と商標的に危ない行為に及んでいる。誰だよ隠語に商標使ったのは。
「うるさい! 知らん!」
何がかは分からないが、アルハラして来た一人をついうっかり瓶で(を)カチわったリアナルは、割れ瓶を手に危険な領域へと……まじ危ないから。
「ローレットの『二大酒乱』は健在か……このままじゃ酔いつぶれる奴が更に出てくるな」
マカライトは周囲の様子をひとしきり眺めたあと、既に酒に溺れた連中を見る。暫く復帰は無理そうな彼らを見て、マカライトが放っておけるワケもない。
大から小まで、並んで横たわった連中を端に寄せ。それに絡んでくる連中を怒鳴りつけ。
安全圏とはいえないが、トイレできっちり背中をさする。ある意味、給仕の方が向いているのではと言えなくもない働きぶりだ。
だからこそ、ひと心地ついたあとの酒が染みる。並べられた上等な出来のビールに、海洋産の新鮮な刺身。その横にハツ串と砂肝。歯ごたえが楽しめる上物だ。
「うむ、この一杯とツマミの為に生きてるな……」
心から喜び、緊張がほぐれた声でマカライトはつぶやく。だが油断はできない。ローレットの酒乱勢はまだまだ居るのだから。
「HAHAHA、まだまだ足りねえぞ、どんどん樽でもってこい!」
「ウホウホウホウホ! サケ! カネ! ヨコセ!」
貴道が! ゴリラが! 【地獄】の飲兵衛共が叫ぶ! 見よ、アーリアの髪はいろいろな酒をちゃんぽんしすぎてすっごいグラデかましてるし、寛治はRe:version(隠語)を経て焼酎の眼鏡割りを作り出した! 奴らまだ呑む気だ!
「うんうん、皆盛り上がっているようで嬉しいわ。私がお酌した甲斐があったわね」
ほくそ笑むイナリ。彼女が酌してまわった間、人心掌握したりなんやかんや根を回し、皆に楽しく酔ってもらおうと尽力していたようだ。どう考えてもやりすぎです本当にありがとうございました。
「でもまだ欲しいのね? なら――外を見ると良いわ!」
びしっと彼女が入り口を指差すと、いつの間にやらそこに樽があった。そう、家一軒分に相当するサイズの、巨大な樽が。
それは『桃源郷』と名付けられていた。呑むたびに味が変化する美酒、という触れ込みの、この場の酒類に引けを取らない大業物。
それが、ああ、なんということか! 数百人分はあろう量が鎮座しているのである!
【地獄】よ慄くがいい、【修羅】よ立ち上がるがいい、これが干されて樽がどけられない限り、君達はここから出られないのだ!!
「誰だよ! あんな大樽の販売許可を出したローレットの役人は!」
リアに気持ちを代弁してもらった。本当、土壇場で何しやがる……。
●騒乱のみではつまらない
「よぉ、ユキト、ベネディクト。海洋じゃあ世話になったな」
「や、ルカにベネット。この前は有難う……お招き頂き有難う。他の皆には改めて。伏見行人、旅人をしている」
「二人共来てくれてありがとう。皆も、こうして集まってくれて感謝している」
ルカ、行人、ベネディクト。それにアカツキ、リンディス、リュティスにソフィリアと誠吾……総勢8名にも及ぶ【黒狼】の大所帯は、初対面同士も見知った顔同士も問わず、非常に穏やかな雰囲気のなかにあった。
「音頭は任せたぜベネディクト。そういうの得意だろ?」
「では、そうだな……何に乾杯するか悩んだが。ドゥネーブの地の繁栄と決戦の勝利を願って」
ルカに促され、ベネディクトが杯を掲げる。
「はんえいとはってんと未来のためにー!」
「ドゥネーブ領の未来の為に!」
「ドゥネーブ領の今後の発展に乾杯なのじゃー!」
ソフィリアはいまいちわかってない様子で、リンディスとアカツキは慣れた調子で。それぞれ杯を掲げて乾杯する。
「俺はそうだな……皆との、この出会いに、というのも有るなあ」
「ああ、乾杯。俺が二十歳になった時には、皆と酒を飲めるといいんだけどな」
行人と誠吾もあわせて杯を傾ける。ルカはいち早く乾杯を終え、豪快に酒を煽っていた。
リュティスはといえば、己を顧みず周囲の酒を注いだり食事を配ったりだ。
「おぉ、未成年組は成人をお楽しみにだな。なぁに、すぐだよ」
「未成年の者はお酒はまたの機会だな、俺は確か超えている筈だから問題無いと思うが」
「ふふふ、妾こう見えても101歳なので飲酒はまるっとOKよ。じゃんじゃん呑むのじゃ」
未成年のメンツが半数近くいる中、ルカもベネディクトは気遣いを忘れない。そしてアカツキはその幼さにそぐわず、飲めるクチらしかった。……記憶が残ってないとか怖いこと言ってるが。
「ジュース、めちゃくちゃ美味しいのです!? 料理も凄く美味しいのです!」
「ソフィリア。食い物はなくならないからもうちょい落ち着け。あと、このキッシュは野菜多めで美味いぞ」
ジュースも、食事も一級品。それもそのはず、調理に回った者達にも優秀なイレギュラーズ揃い。ソフィリアが持ち帰れないことを嘆きながら、しかし順調に食べ進めていく。
誠吾にとって彼女の食べっぷりは見ていて気持ちのいいものだ。だからこそ、勧めたくもなる。
「あら、ベネディクトさんに黒狼隊の皆様。お揃いですね――どうぞ、此方になります」
「有難うリースリット。その皿はこちらで貰うよ」
そんな中、給仕として現れたのはリースリットだった。【地獄】の惨状を辛くも躱し、カイトの熱っぽい視線に不思議だとばかりに首を傾げ、彼女が至ったのがこの卓だったのだ。
行人はそんな彼女を素早くサポートし、食べ終えた皿をお盆に乗せる。どこか落ち着かない様子のリースリットを不思議そうに目で追ってから、話が盛り上がっている一同に視線を戻した。
「傭兵として活動し始めたのが16の冬の頃だ。それ以降は歳を数える暇も無くてな、実際の所はよく解らんのだ」
「なんだベネディクト。お前も傭兵だったのか。貴族かなんかだと思ってたぜ」
ベネディクトの身の上を聞いたルカは、心底驚いたような声を上げた。その容姿と立ち振舞いからそうは見えないが、彼は彼でかなりの修羅場を潜っているということになる。
「倒れて行く戦友、夜の闇を裂く魔法の炸裂音、途絶えた援軍、日に日に少なくなっていく食料──俺が、今こうして生きているのが不思議なくらいだ」
「ご主人様は辛い思いをされてきたのですね! これからは毎日幸せを感じるように誠心誠意お仕えせねば……!」
「リュティスは余り気を遣わなくていいからな? 自分のことも大事にしてほしい」
リュティスは彼の話に感じ入り、ふんすふんすと鼻息荒く献身を宣言する。悪い気はしないが自分のことも、と考えるのは、ベネディクトだからだろう。
「ううーん、何だかいい気分なのじゃ……ここは一発派手に芸でも見せるしかない気がするぞ」
アカツキは据わった目で周囲を見回し、怪しげな笑みを浮かべた。どう贔屓目に見ても酔っている。そして、彼女は何を思ったか火の玉ジャグリングを開始する――!
「おぉ……あんな事まで…ローレット内って、あんなに炎出して大丈夫なのです?」
「わからん、でもアカツキのことだから何か考えがあっての――」
ソフィリアと誠吾は食べる手を止め、アカツキの『蛮行』に目を丸くする。少なくとも、可燃物の回りではないのでまだセーフ、なのだろうか。
「当時は生きた心地などしなくてな、食事の味もよく解らなかった。……だから、今は幸せなんだろう。俺は」
「なら笑え!ほれ、アカツキ見ろよ!最高だぜありゃあ!うめぇもん食って、うめぇ酒を飲んで、仲間とバカ騒ぎしてよ!」
目の前の出来事が行きた心地がしない代物だが、語り始めたベネディクトはそこまで危機感を覚えていない様子だった。いいのか、悪いのかは別だが……そんな彼の背をバンバンと叩き、ルカは豪快に笑ってみせる。今こうしてバカ騒ぎに興じていられるのも、幸福なのだろう。
「まぁ、ルカの言う通り程に割り切れる質じゃないだろうが……それがあるから、黒狼隊の皆や俺達とも会えた。底だって言うなら、後は上がって行くだけだぜ? ベネットよう」
「過去も、大事にしてあげてくださ――」
「酒の席に暗い顔は似合わぬぞべー君、ここは妾必殺の宴会芸、指にわっかを作ってからのぉーーー火吹き幻想種スペシャルーーー!」
行人とリンディスが言葉を続けようとすると、アカツキが嬉しそうに大道芸を次のフェーズへと進めた。たちまちの内に上る炎!
「はいはい、アカツキ様は凄いですねー。火はご迷惑になりますのでお控えください」
リースリットから素早く濡れ布を受け取りその指の輪にひっかけるリュティス!
「……水、多めに持ってきますね」
駆けていくリースリットを見ながら、ベネディクトは小さく笑ったのだった。
「……グゥ?」
その頃、街角ではアルペストゥスがソロアをのせ、周囲をそぞろ歩いていた。
どこからか聞こえる喧騒。いかにも美味しそうな食事の匂い。皆が集まっているのに自分だけ食べられないのは勿体ない、僕も食べたい……そう感じた彼は、一目散にローレットへと突っ込んでいく。正面玄関は大樽でふさがっている。行くなら裏口、もしくは壁を破ってか。
「ちょ、ちょっとアル君急にどこへいくんだ?」
当然、背中に乗っていたソロアは勢いのままに彼に引っ張られ、しがみついている間にローレットへ到着。彼女の先導で、何とか内部に入ることが出来た。
「ギャウ! グギャウ!」
「……どうした、肉? 食事がほしいの、か?」
周囲のきらびやかな喧騒に一瞬だけ声を失ったアルペストゥスは、しかし肉汁したたるそれを見て強く要求する。エクスマリアは崩れないバベルにてそれを理解、運んでいたデミグラスソースのハンバーグを彼に差し出した。
「すごい人数だな、え、ご飯ただなのか?」
「ああ。食べる、か?」
遅ればせながら状況に気づいたソロアは、エクスマリアの問いにこくこくと頷いた。彼女の案内で空いている席に通された二人は、目の前で調理を続ける寡黙な男に次々と注文を始めた。
アルペストゥスはとにかく肉であればなんでも、もっと言えば肉でなくとも歓迎の構えだ。
他方、ソロアは大振りな骨付き肉を所望。マスターは小さく頷くと、ソロアが見たこともないサイズの肉を引っ張り出した。味付けは塩と胡椒、なんの芸もなさそうな大振りな肉。ソロアはそれと酒をアルペストゥスの鼻先に近づける。
肉は、少しかいでから食いつく。酒は、そっぽを向いた。
「お前も、食べるのだろう?」
さながら餌付けのようなことをしていたソロアに、エクスマリアは軽食メインで幾つか並べ、その反応を待つ。
ソロアは丁寧に礼をしてそれらを受け取ると、胃に入るならすべて、の勢いでひたすら食べていく。その食べっぷりをみたマスターの表情が僅かに緩む。
「うぅ、お腹が苦しい……も、無理」
ソロアはアルペストゥスの尾に頭をうずめると、夢の中の食事よろしく彼の尾に齧りつくのだった。アルペストゥスは気にしたふうでもなく、夢の中だ。
「ああ、お腹いっぱい……幸せ!」
「そりゃあよかった。じゃあ次は?」
満足げに腹をさするソアを見て、ウィリアム(メイド服のすがた)は一息つく。彼女と、マルベートの二人は彼が想像していたよりも健啖家であったらしく、運んだものが片端から消えていったのだ。
「次は二人で飲み比べだ。楽しく明るく潰れるまで飲もうじゃないか!」
「そうだよな、わかってた……で、酒は?」
「ワインものみたいな。ブランデーというお酒も葡萄から作るのでしょう? それとも他に美味しいものを教えてくれる?」
「私は葡萄酒の古酒。大好きなものでね」
二人の注文を聞き、ウィリアムは近場の精霊を経由して仲間にアドバイスを乞う。未成年の彼では判断し難いからだ。結果、並べられたのはワインにブランデー、それとアラックと呼ばれる蒸留酒が並んだ。
「えへへ、乾杯」
ソアの合図に合わせ、二人は杯を打ち合わせる。マルベートはゆっくりと酒の香りを楽しむと、くっと一息に飲み干した。同じ飲み方をソアに促すと、ソアはそれに倣う。
「んん~~っ!! 美味しい~~っ!! それじゃあ、次はっ?」
結構な強さを一息で飲んでもこの調子。気を良くしたマルベートは、ソアと酒を交換し、他の種類を選び、また飲みを繰り返す。
「ふふっ……しかし、君も中々いける口だね? けどね……悪魔の誇りにかけても先に潰れる訳には……」
果たして、マルベートはソアがそこそこ気分が良くなってきたタイミングでふらりと頭を傾け、意識を失ってしまうのだった。
「っしゃァせェ! なんメェ様ですかぁ(略)ぁあ!(略)!」
「ルァッシャいまセ↑ェええええ!!!!」
ルフナとブーケは、ギルド内で給仕として忙しなく駆け回っていた。凄く個性的な呼び込みだが絶対ウォーカーから変な文化を教わったに違いない。
「『とり生』頂きましたぁぁぁぁァ!! 喜んでぇえええええええ!!(超略)!!」
「……この世界では"働き人"が私しかいませんから、生殖階級(みなさん)が働くのは仕方のないこと……なの、ですが……」
アンジェラは目の前の二人の働きぶりというかはっちゃけぶりに混乱を隠せない。自分の思っている働く、とか救援する、という趣とは違う。
ルフナは叫ぶ。とにかく、叫ぶ。店内全てに届かせようという勢いで声を上げ、所狭しと駆ける。膝小僧を露出させたショタい格好での軽快な動きは好事家好みのそれ。
コーナー(変わった趣味)で差をつけろ。君なら出来る。
これはまるで楽しんでいるようだ。生殖階級が、働くことを。それはアンジェラにとってとても不思議に思えた。
……で、相方のブーケだが。
「ケホ、堪忍ね、やっぱ無理やわ、普段声出さへんからようと声出んわぁ……はいはぁい、待っててなあ。誘惑持ちのウサちゃんやからって、気安くなでさすとおもったら大間違いやからね!」
「ってブーケ、おま、お前やってないじゃん!」
これである。あっという間に声を張ることを忘れたブーケは、しかしルフナ以上の器用さでジョッキを抱えて運んでいた。最早曲芸である。
「……って感じだけど、どう? なにかわかった?」
「遠慮なく聞いてええからねー、ルフやんが全部答えてくれるから」
「お前もうちょっとやる気になれよ!」
ひとしきり暴走してからアンジェラに「簡単でしょう?」みたいなツラで語ったルフナは、即座にブーケに反論する。
アンジェラは、彼らのような"働き方"もあるのだ、としみじみ感じたのだった。
「ふむ、酒も種類が豊富で良いね。普段は手に入らないようなモノも多いし、色々と飲み比べてみたいな」
「旨い酒に飯、それに語れる相手が居る。最高じゃな」
ゼフィラと藤次郎は、並べられた料理を楽しみながら多種多様な酒を煽る。酒のちゃんぽん飲みは本来なら酔い易いのだが、藤次郎に限ってはその心配もない。
「ワシの生まれた世界は切った張ったが普通でなぁ、ワシ自身も親の顔を覚えとらん。育ての親はおるがな」
「私とは真逆だな。私は比較的恵まれていた……はずだ。あちらの世界で願っていたことが実現できているし、尚更な」
藤次郎のどこか愉快そうな言葉に、ゼフィラも含みをもたせつつ、不満はないというふうに告げた。生まれた世界、そこで学んだこと、全く違う趣のそれらは(特にゼフィラには)輝きを伴い聞こえただろう。
「ワシは旨い酒と面白い喧嘩ができれば十分じゃ」
「私は未知の探求に赴ければ、それでいいと思っているよ」
互いに行きてきた世界があり、望みがあり、語らう時間がある。
少なくとも、二人にとってそれは満足のいく「今」であることは語るべくもない。
「お酒がたくさん飲めると聞いてきたんだけど、有象無象の魑魅魍魎って感じだねぇ……」
神無は軽く修羅場と化しつつある周囲を見回し、呆れたように首を傾げた。
困っている相手、潰れた人間は開放せねば……そんなことを考えていた彼は、視線の先にノアを捉える。
「ん? 君はあの子の友人のノアちゃんだよね?」
「あ、うん……神無さん……だっけ。良かったら、飲み比べでもどう、かな? がぶがぶ飲んだらもったいないから、ゆっくりになるかも……だけど」
ノアは神無を見ると、おずおずとそんな提案をひとつ。意外な提案に、しかし神無は二つ返事だ。
「あ、このお酒美味しい……」
ノアが一口ずつ味わいながらかなりの量を呑む傍らで、神無は楽しみながらハイペースで呑んでいく。
そんな二人の周囲ではゴリラに天井吊るしに遭ったり酒クズ鉄騎種に潰されたり天義人間種(酒)に一発芸ハラスメントを受ける者はあとを断たず、優しい二人はその対処に手一杯になる。……二人が飲み直すかは別として、両者ともに片付けまで居座ったのは事実である。
「……僕もまだ多分成人してないので何とも言えないんですが……その。タルト、なんで酒場なんですか……?」
心配そうに周囲を見るベーク。酒場っていうかここ、いつものギルドなんだけどね。
「飲みの席! とくれば! 酒の肴! そう! さかなといえばあんたよベーク!」
魚といえばあんじゃないよ。通用するのアンコウぐらいだわ。
「いや酒はまだ飲んでないけども! いつになったら食べさせてくれるのかしら?」
「……全く。場所が場所だけに騒ぐのはかまいませんが、あまり他の人たちに迷惑かけてはいけませんからね?」
相手の意志を知ってか知らずかマシンガントークのタルトに、ベークは呆れたように返す。尤も、それに付き合っているのだから推して知るべし。
「ほらほら、好きなもの言ってみなさいな? たま~にはボクだって労ってあげるわよ♪」
「……あぁ、そうだ。貴女がこれまでで一番美味しく感じた甘味とか、出してみてくださいよ」
ベークの問いかけにタルトはしばし逡巡し……それから出たものは、どんな形であれ両者にとって満足行くものだったに違いない。
「こうやって見るとすげぇよな、食事だと呼ばれて来てみりゃ大盛況じゃないっスか」
「ね、すごいよね? 楽しい時間が過ごせると良いなぁ」
葵と陽花は宴会の様子に驚きながらもめぼしい席に就くと、それぞれラーメンと魚介のマリネを注文する。
ラーメンは麺こそ葵が慣れ親しんだものだが、スープは文化の違いをありありと感じさせる色。だが、香りは悪くない。
他方、マリネは海洋産の素材だけあってクセもなく非常に食べやすいものだ。
「あ!とっても美味しい~!」
「お、結構うめぇ」
二人は驚きに顔を見合わせ、そのまま互いの料理を小分けにし互いに口にすると、その味にまた驚きを覚えた。なお、この流れで間接キスに気づいた陽花の顔は仄かに赤い。
「あーちょっと待て、口に何かついてんぞ。取るからちょっと動くなよ?」
「え? 何かついてる……?」
間接キスについて思いを巡らせていた陽花は、続く葵の言葉に反応が追いつかない。近づく顔、仄かに香る汗の匂い、食事の香りが入り交じる。
互いの距離が離れたあと、しばしゆでダコと化した彼女から、葵はついぞ自分が誘われた理由を聞き出せないのだった。
「わーい! 久しぶりに王子と一緒! 一緒にお酒楽しいね!! それかんぱーい!」
「思えば確かに久しぶりかもしれない! よーし、今夜は思いっきり楽しもうじゃないか! かんぱーい! ハッハッハー!」
ロクとクリスティアンのテンションはこの時、最高潮を迎えていた。おいまだ序盤だぞ。
「ふふ、折角なら色々な物を飲み食いしてみたいからね。食は人生の幸福さ!」
「食事をご用命デスね、キャヒヒヒ!!」
そんなノリにスッと姿をあらわしたわんこは、先程から八面六臂の活躍をみせ、且つミスを起こしては居なかった。誰かに尽くすのが楽しくてしょうがない、そんな顔だ。
クリスティアンはあれこれと料理と酒をよどみなく頼み、ロクは勧められるままに酒を口にする。
「へへへ……さすが王子、おいしいお酒もよく……知ってるねぇ! ヒック! あ、わたしもね、お酒に合うかわからないけど持ってきたんだ!」
すっかり出来上がったロクは、どこか丸まり気味の手でロバ肉のジャーキーを取り出した。手の込んだ出来である。
「丹精込めて作ったんだよ食べて! 食べて! 何本入るかなァぐりぐり! ヒック!」
「丹精込めて作ってくれただけあって美味しいよ! おい、おいs……待ってそんなに入らないy……モガガ!」
「ロバ? ロリババアがご所望デスネ!」
「ハッヘ、ホヒヒャハハハホウヒ(待って、ロリババアはもうい)」
「子供の頃から育てた邪ロリババアの肉なんだ! ヒック!」
「「えっ」」
「折角だから普段飲めないようなお酒飲みたい……!」
ウィズィニャラァムは、握り拳で力説してから自分の貧乏性に肩を落とした。だが、改めて見たら全部普段飲めないじゃん、って気付いた彼女は気を取り直す。
そして彼女にとっての幸福はもうひとつ。
「美味しいご飯と美味しいお酒。大人のたのしみ、だね? お酒はよくわからないけどおつまみは美味しそう」
彼女に食事を運んでくるのが、アイラだったということだ。
「可愛い子に給仕してもらえるだけで何杯も美味しいんだよ! ほらアイラちゃんも何か雰囲気だけでも。この珍しそうなジュースとかどう?」
そして、アイラは誘われるままに席に就く。即座にジュースを渡すウィズィニャラァムの姿は、一体どちらがホスト側なのかわからない。
だが、乾杯すればそんな瑣末事はどうでもよくなる。
アイラは極彩色のジュースを口にして感動で固まり、ウィズィニャラァムは酒を舌で転がしてから、不満げに舌を出す。
「大人になったそのときは、ボクとも乾杯してね?」
「3年後、一緒にお酒飲めるの……楽しみにしてるね」
それは些細な二人の約束、叶うことを願うばかり。
「一杯飲もうと思ったが、なんだこの惨状は……?」
「……リズのメイド服可愛いなあ……」
シュバルツはカイトからSOSを受けてローレット(せんじょう)に馳せ参じた。そして、その窮状に目を丸くする。
一方その頃、カイトはリースリットのメイド服姿に見惚れていた。なお彼女は給仕にいった卓でちょっとしたトラブルに見舞われるのだが別の話で。
「これはどこのテーブルだ!」
「はい! 52番さんと、16番さんの生ビールピッチャー完了! ついでに、他の卓のカクテルとハイボールおまち!」
「おい酔っ払い共! 道を空けやがれ! ブロックするのは依頼の時だけにしろ!」
とはいえ、本気を出せばこの二人の動きは俊敏だ。
互いの動きを理解しているからこその手際、そして連携。
「1対230のドリンク捌き……悪くない……!」
「さぁ、俺もそろそろ本気で捌くとするか……!」
カイトとシュバルツは互いに本気の体勢に入ろうとしていた。まあ、流石に1対230ではない。せいぜい1対30くらいである。十分やべーわ。
「あそこにシュバルツさまもいらっしゃるのね、感心っ……」
で、そんなシュバルツを目で追うメルトリリス。彼の動きを見る、つまりは周囲を広く見渡すということである。
「エイゼルシュタイン令嬢? こんな所で何をしていらっしゃるのですか!?」
「へ!? い、いえ、ぼ、僕はエイゼルシュタインでは無いですよ!!?」
つまりは、こんな出会いもあるわけで。
トモエは暫し混乱した様子を見せてから、改めてメルトリリスを説得する。
「なるほど、何か訳ありですかね」
「お父様とお母様には隠し通したいからね、分かってくれて嬉しいわ。さあ、どうせなら一緒にご飯を食べましょうよ」
「ハイ!」
物分りのいいメルトリリスに、トモエも思わず頬が緩む。食事に誘ってさっくりと応じる対処の速さもまた彼女の魅力だ。
で、卓を囲むなりメルトリリスは次々と注文を告げていく。処理力に定評のあるわんこでもギリだ。
「はーい! ただいまお持ちしますー! 厨房さーん! おつまみで珍味のオーダー入りましたよー!」
そして、注文を通すのはリディア。
タダ飯タダ酒に群がるイレギュラーズの姿に商機を見出すが、一瞬でソレが無理だと理解する聡明さ。彼女は彼女で、物分りがいいようだ。
「メルトリリスさんは良く食べるのね」
「騎士たるものいつでも満腹で戦いに備えねば!」
目を輝かせて答える姿に、トモエはほっこりとした気持ちになるのであった。
「えーっとコレは……? 鯨のお刺身、ですか……? え? キョウオウシュ……? ……ま、まぁいいや、お出ししまーす!」
その裏で、リディアがとんでもないものを供しようとしていたのだが。ローレットはほんともう。
「ホント、オマエ達こういうの好きだよな?」
「いつも女の子侍らせてるギルドマスター君もね? あ、このワイン貰い物なんだけど飲んでくれない?」
ローレットのギルドマスターは、拠点がとんでもないことになっていても動じない。
そして、彼の傍らにすっとヴォルペが現れ、絡みだしたとしても「酒は好きだからね」と笑みで返してみせる度量があった。
「日々、ローレットに来る依頼を取り纏め、裏方として様々な処理をして忙しい日々を過ごしているレオン君が、珍しく表に出て依頼に参加していると思ったら、お酒飲みに来ただけですね!?」
「そりゃあね。ドラマもこんな機会なんだから飲めよ、イケるんだろ?」
そんな場所で『弟子』に見咎められても、彼はワイングラスを傾けて余裕の表情だ。
ひとしきり驚いたドラマは、しかし席に就くとそこそこ強いお酒をガンガン頼んでいく。幻想種らしいたしなみ方である。
「この程度ではまだ、酔わないれふよ!」
酔ってる酔ってる。そう感じながらも口にしない奥ゆかしさを、男二人は備えていた。
(レオンさんの所へ……いいえ、もしかして偶には敢えて引いてみるのも手なんじゃないかしら?)
そして華蓮は、給仕に勤しみながら混乱していた。よもや、こんなところでレオンに出くわすなんて。そして、自然に近づけるチャンス。……なのだが、彼女はレオンには中々近付かない。度が過ぎてはバレる。なので、彼女は付かず離れずを維持しつつ、持ち前の細やかさで次々と処理していく。
(ああ、でも我慢できない……1分に1回くらいチラチラ見てしま)
「華蓮、落ち着いたならこっちに来いよ。暇してるんだろ?」
「?!?!!!?!」
そして何度目かの視線の交錯。必然、レオンは華蓮を見つけるし、華蓮も見つかってから観念する他ないわけだ。
「真面目にやりすぎても疲れるぜ。『騒ぎってのはバカバカしい程に愉快だし、意味がない程に意味がある』。そういうのを楽しむのは大人の嗜みな訳」
「成程……奥が深いわ……」
一方、そんな一同を給仕をしつつ観察する影があった。
巧みな動きで周囲に視線を配るErstineは、錚々たる面々が集ったこの宴会に、「あの方」の姿があるかと思ったが、どうやら今回は不参加のようだ。
もしも彼に会えていたら、どんな酔い方をしただろう。どんな酔い方なら気を引けるだろう。
そんなことを考えながら給仕をしていた彼女の視線は、自然とレオンを中心とした人の輪に留まる。
嬉しそうに笑うドラマ、含みのある笑みで酒を酌み交わすヴォルペ、そして緊張しつつ喜びを隠さない華蓮。
恋する乙女の美しさを余裕ぶって見ている彼女は知る由もない。
実際に彼女が想い人と逢った時の反応を思えば、まだ可愛いものだという事実に。
「……全く、実に騒がしい事よ。思えば主等との付き合いもそう短くはないが、『切った張った』でもないのはそれなりに珍しいか」
「――死牡丹梅泉……何してるんですかこんな所で。酒盛りなんかやってて良いのです?」
梅泉の呆れたような言葉に、これまた呆れたようにかえしたのはすずなだ。「主らとて鉄火場におるだろうに」と返されれば、彼女も呻くしかない。
「貴方もこういう所に混ざっているの、意外と似合ってる感じもします、死牡丹」
「気にしちゃだめよ、梅泉はこんな男なのだし」
舞花と小夜は分かっているふうな様子でちらりと彼を見ると、各々手酌で酒を煽る。
「ホントは一緒にご飯と行きたかったんだけどね。仕事中だからねー! はい、ご注文どうぞ!」
「……という訳だ、主『も』一献付き合うが良い」
卓に就いたすずなと梅泉の前に現れたサクラは、メイド姿で二人を相手に注文を求めた。梅泉は暫し考えてから、近場にふらっと現れた武器商人を誘い出す。
「おやまあ、なんとも凄まじい顔ぶれだね。よかろよかろ、宴は盛大であれば盛大であるほどいい」
武器商人は驚きも恐れもなく、くつくつと笑った。今の梅泉は食と酒を充てがわれ、粋というものを心得ている様子だ。無闇やたらに抜く刀など鈍らと変わらない、ということか。
「ところで梅泉、おすすめはないの? 貴族様のお抱えなら美味しいお酒も色々知っているでしょう?」
「知らぬ。銘柄なぞを気にして飲んだことなどないのでな」
梅泉の言葉に、今度は小夜が目を丸くする。言われてみればの話だが、あの貴族が銘柄で酒を選ぶせせこましいことをするとは思えない。逆もしかり。
冗談めかして笑った彼は、杯が空になったのを見ると酒を探そうとし……そこに、新しいものが注がれたのを目にした。
「某は紅華禰と申す。おまえ様の噂はかねがね、しかし見ると聞くとはやはり大きく違うのう。今は宴の最中且つ某が弱輩の身故世間話しか出来ぬが、いずれはおまえ様と面と向かって獲物で語りたいものである」
「然様か。主が育ち切る前にわしの知らぬところで枯れぬように期待しておこう」
梅泉に酌をし、一方的に言い切って帰っていった紅華禰を眺め、一同は大いに驚いた。それに冗談を返す梅泉にも、だ。
「死牡丹の旦那も斬り捨てなんて無粋なことはしないだろうし、気楽に呑んでいればいいさ」
武器商人の言葉に納得したふうの一同は、しかし梅泉という存在一つで心穏やかには生きられない状況だ。
(日常の中の非日常……死牡丹・梅泉のような男であれ自然とそこに混じる事もある、ということですか)
自然にまじり、驚きを与え、そして去っていく。そんな日常があっても、悪くはない。舞花はそう自分に言い聞かせることにした。
●第三のアレ
「地獄に修羅に……なら我等、餓鬼道の如く食を貪る者達は? その先にある満腹という幸福を求めて食す苦しみを体験する我々には……【煉獄】の名が相応しい……さあ、暴食に耽るとしよう……いただきます」
「かんぱーい!」
「うむ、『めにゅーのはしからはしまでもってこーい』が出来る機会は逃せぬ。と言う事でじゃ、ジャンジャン持ってくるのじゃ~」
リペアの合図に合わせ、エリスがソフトドリンクを掲げ、ベディヴィアが早々にメニュー全部の暴挙に出る。だが、実は今回はメニューらしいメニューがあるわけではない。必然、『ありったけ作ってもってこい』の合図となる。
「よろしい、ならば食事だよぉ。遠慮しなくてもいいなら己の限界に挑戦するねぇ~」
シルキィは食べる順番にこだわりつつ、出来る限り多く食べようと気合を入れた。野菜から魚・肉類、そして炭水化物。無闇にあれこれ入れず、食事を大事にしていく姿勢が見て取れる。
エリスはとにかく揚げ物。次々と口に入れていくそのテンポは、先を全く考慮していない。
「廃棄すると逆に大金がかかってしまうから、タダで良いから消費して欲しい……と聞きまして? だったかな??」
エルは残念な解釈違いをしているが、タダ飯であることに変わりはないため、ひたすらに口に詰め込んでいた。だがタッパーはだめだ。食中毒で死亡判定など俺だって出したくないし出さざるを得なくなるので。
「ふぃふぁふぁふぃふぇふぇっふぇふぃっふぇふふぁふぉ!!!」
他方、アトは他のブラッド・オーシャン出向組より疲労の度合いが濃く、今にでも倒れてしまいそうな有様だ。足りない血を補う為、ひたすらに口に詰め込む姿は煉獄の者に相応しい鬼気を備えている。
「――ヴっ……!」
「大丈夫ですか!? お水です、呑んで下さい!」
アトの危機に偶然駆けつけたのはシリルだ。先程まで調理に回っていたのだが、給仕がいきなり忙しくなったのを機に、そちらへと回っていたのだ。それが奏功したのである。
水を一気に飲み干し、喉の内容物を嚥下した彼は、再びいくらか食べてから、するりと丸まって寝てしまった。……だらしないというなかれ、死線を超えた後の防衛反応なのである。
「みんな何時も頑張ってるみたいだし、私もこの際……一緒にはしゃいじゃおうかな? ビール一番大きい奴、ください……!」
「……ん……カルアももっと食べる……酒も飲む……」
カルアは仲間達の勢いに負けじと、自分も楽しもうと決意する。酒、食事、仲間との語らい。
全て均等に楽しんでこそのローレット・イレギュラーズだ。
彼女のノリの良さはリペアにとっても喜ばしい。酒と食事で滑らかになった舌から出てくる話は果たしてどんなものか。なんであっても、仲間のそれは楽しめぬわけもなし。
「から揚げ……フライドポテト……おにぎり……ゴリョウさんの料理……ポテサラ……干からびたパン……」
エルは次々と食べながら見る間に目を曇らせているが、大丈夫だ、ゴリョウは今休憩中なだけだ。
そのうち戻ってくるから、心配してはいけない。
「心配しないで、体は何歳か分からないけど、私結構、行けるから……!」
他方で、アトの二の舞に陥る者が出ないかとシリルは気が気ではなく、そうなると必然的にカルアやリペア当たりに目が行く。というかこのメンバー全員怖い。
だが、カルアはなんのこともないとひたすら飲み、食べ、笑う、そして唐突に寝る。自由な彼女の空気は、確実に一同の活気に繋がっていたのである。
さて、地獄の連中は極論、酒を与えておけばよい。話は簡単だ。
だが、食事をメインとする面々はそうはいかない。【煉獄】はほぼほぼ全員が全部もってこい教に入信済みだ。
そうなれば必然、割を食うのは給仕ではなく――。
「みんな元気があっていいね! 母ちゃんこういうの好きだよ!」
ドラグハートはローレットに入って早々の大酒宴に心躍らせていた。皆の母ちゃんを自称する彼女にとって、誰かに料理を振る舞えるのは至上の喜びであることは言うまでもなく。
「任せて下さい、かつては大怪獣すら捌いてみせたこの腕前、きっちり披露致しますから!」
【メイド隊】として参加したシュラもまた、調理の腕とその処理量には一家言ある様子だ。
この二人だから凄い、というわけでもない。が、たまさか大きな食材を捌くのが得意なシュラと、そこから大量の調理を苦もなくこなすドラグハートの組み合わせが偶然にも噛み合った、というだけなのだ。
「こんなにいい食材を使いやすく刻んでくれるなんて助かるねえ! 母ちゃん感激だよ!」
「ドラグハートさんこそ、手慣れてますよね。おいくつなんですか……?」
「永遠の100歳だよ!」
とまあ、こんなノリで二人は次々と料理を作り、給仕へと渡していく。その間につまみ食いがあろうと気にしないのが、母の器量だ。
「あれー……いつからローレットは地獄になったのですか?」
「おかしい、ルルと食事にきたはずが……何、この地獄は」
ルルリアとアンナは、入るなり聞こえる喧騒と慌ただしく駆け回るイレギュラーズと暴れる鉄ゴリラと対抗する森ゴリラ、そしてアルハラーズの暴挙にこの世の終わりを見た気がした。だが、ローレットだしこんなこともあるのだ。
「調理の手が足りねえ! もう少し手が要るなァ!」
「くっ……仕方ないですやってやりましょー!」
厨房から聞こえた某イレギュラーズの声を聞いたルルリアは、待ったなしとばかりに厨房へと駆けつける。その間、アンナはルル家に捕まりメイド服になっていた。
「ルル、何でも良いから早く頂戴!消化スピードがとんでもないわ……!」
「えっ、もう無くなったんですか?まだこのお肉生焼けですよ?」
「構わないわ! 胃に入ればいいのよ!」
良くはないが。全く良くはないのだが、そうでもしないと間に合わない。……まあ牛ならセーフ。牛なら。
「いやあ、あっちこっちにお偉方がいるなあ……お陰で営業も捗ったよ……」
零は満足げに呟くと、周囲の喧騒に目を細めた。
皆さんは気づいているだろうか。一部の他国の有名所がなんの脈絡もなくやれバゲットだフランスパンだと口にしていた事実に。あれは全部彼の手引だ。
「正直全員に売り込みたいけど、時間足りるか……? 死牡丹って人はフランスパン好きなのかわからないし……」
ここで敢えて梅泉に行くくらいなら、そこに幻想北方の領主がいるぞと教えてやったほうが良い気もする。
「まぁタダ酒と聞いてローレットの酒飲み共がはしゃがない筈がなかったと……」
「……なんでメイド服を着せられているのでしょうか! というか何ですかこの人数は! 地獄ですか!」
メイド服へのいざないを辛くも回避し、下手な本職よりも執事然としたクロバは、シフォリィが混乱で目を回している様子を横目で見ていた。
「しかし今の私は給仕、酔っ払いに大食いに殺人鬼に俗物シスター、何者にもこのシフォリィ、絶対に屈しません!」
フラグを確実に丹念に立てて回る姿は最早伝統芸通り越してローレットの無形文化財だが、さりとて放っておくわけにもいかない。クロバは彼女がヤバい卓へ向かうのを未然に阻止し、そして酔っぱな面々に暗に牽制して回る。恋人を守る男の姿は格好いい。
「ほらほら給仕なんてほっといて飲みなさいよ、わたくしのお酒が飲めないんですの?!」
「くっ、こんなことで私は決してお酒になんか負けません!」
……まあ女同士ならセーフかな、とクロバは見なかったことにした。あとシフォリィは普通に二日酔いに負けた。
「祭りだ、宴会だ、飲み会だ!!!!!」
「肉! 肉! 肉良い!! しかもタダだしコレを食べない理由などない!」
「――――」
カイト、ロゼット、そしてナハトラーベの食事の様子は、率直に言って限界集落の様相を呈していた。
魚、魚、米、魚、魚、米のペースで食べるカイトは、海洋の申し子といって差し支えない食べっぷりだ。海産物の調理に回ったイレギュラーズといえば『彼』なので、味の保証として申し分ない。
ロゼットは普段の生活が生活なので、食にかけている予算が乏しい反動からか肉に向ける死線が尋常のそれではなかった。猫だから? 猫なのに? まあ、肉食なのでそんなもんだろう。
そして、ナハトラーベは……何というかいつも通りとしか形容しようがない。他者との交流を度外視した食べっぷりは最早伝統芸の域に達し、それどころか自前の唐揚げセットに手をつける始末。よくよく見れば、全体的にジャンク色が強い。女の子としてその食事はどうなんだろう。
「ふー、喰った喰った。しっかし、皆まだ食べるのか」
「この者は肉が食べたりない。フライドチキンとかタンドリーチキンとか唐揚げとか」
「なんでこっちを見るんだよ? ……マスター? 何だよその目?」
ひとしきり食べて満足したカイトは、ロゼットとマスターの視線に遅ればせながら気付く。宛ら狩人のそれ。ナハトラーベは? 一顧だにしないが、彼女も「トリ」を食べている。
「……おいまさかやめろォ!? 誰か止めろぉ!?」
カイトの声は虚しくフロアに響き渡る。そしてこのあと、【新人会】の面々はとても美味しい鳥料理にありつくのだが、それは別の話。
●おいでませローレット~初夏の新人歓迎スペシャル~
「いやぁ~、言い出しっぺだけども此処まで集まるなんてね」
ロトはイレギュラーズとなって日が浅い。新人たちを集めて……とは思ったが、よもや総勢19人+αの大所帯になるとは想定外。
「それだけ仲間との交流を楽しみにしている面々が多かったということだよ」
ラダは食事の皿と飲み物を周囲に配って回りながら、初々しい雰囲気の面々をどこか楽しげに眺める。懐では、すあまが食事の匂いに鼻息も荒く。
「生まれて初めての飲み会……飲み会ってこんな混沌としてるんだ……ドゥー・ウーヤーだよ。よろしくね」
「最初ってご趣味は? とか聞くんだっけ、私の趣味はコスプレです!」
周囲の混沌とした有様を見れば、ドゥーのような勘違いをするのも当然か。新人同士でそこまでにはなるまい、そう思っていた者はまだ思考が幸せだ。トゥリトスのように、飲み会と合コンをごっちゃに覚えている者がお見合いの話の切り出し方プロトコルを参考にする者もいる。会話のとっかかりを探していたドゥーには丁度よかったのかもしれぬ。
「私は鏡華。ええ、ただの鏡華です。生業は剣士……まだ未熟ですが」
「一条佐里です、よろしくお願いしますね。私も召喚されて1年ちょっとですから」
鏡華と佐里も互いに挨拶を交わし、ジュースと酒とを酌み交わす。佐里の経験は鏡華にとっても、他の面々にとっても貴重なもの。請われるままに話す彼女の表情は、思い出す出来事とともにころころと変わり、周囲の耳目を楽しませた。
「……お疲れ様です。一杯如何ですか?」
ひとしきり話し、ひと呼吸置いた佐里の前に、湯気を立てた紅茶が差し出された。見れば、Suviaが今しがた淹れたもの。落ち着いた香りを放つそれは、呼吸を落ち着けるのに丁度いい。
「お茶を飲まれる方がいればお申し付けください、お淹れしますよ」
Suviaがそう水を向けると、未成年組がそれじゃ、と手を挙げる。求められることは嬉しいものだ。Suviaの表情も少し、ほころぶ。
「で、この中に旅人っているか? どんな世界から来たのか聞きたいな」
「……俺は、旅人だよ」
「私もです」
ドゥーと鏡華は互いにおずおずと手を挙げ、ぽつりぽつりと自分の世界のことを話す。尤も、二人共腹に一物あるタイプだ。所々端折っているのだろうが、混沌の外に興味を持つラダには瑣末事である。
「んむぅーー!? なにこれかっらい!!」
そしてその合間に、トゥリトスは寿司のわさびに鼻をやられていた。通過儀礼とはいえ、慣れていないと辛いものがある。
「私の故郷のラサは、雰囲気がローレットに似ていて、暮らすのは少々大変だけど良い所だよ」
ラダも返礼とばかりにラサの話を切り出し、いつか来てほしいものだと告げる。仲間達にすすめるのは無論、ラサの郷土料理だ。
新人達はまだまだ語る事が多い。過去のことも、未来のことも。
「何気にメイド服って初めて着るんですよね~♪」
ノースポールは、【地獄】以上にヤバげな【新人会】のサポートに回るべく、八面六臂の活躍を見せていた。メイド服で。
どうやら着用に抵抗はないらしく、むしろ機嫌がよくなった分、身のこなしがよくなっている。
「元気一杯で頑張るポーって可愛いよね」
「勿論だ、姉さんは昔から可愛い」
ルチアーノとネージュは、そんなノースポールを見て最大限の称賛を向けていた。二人共、こういうところはとても素直らしい。
そして、互いの給仕姿がそれなりに似合っていることも、二人は理解していた。ネージュは意識して口に出しはしないが。
軽口を叩きながらも抜群の連携を見せる二人。単独ながら、ジョッキを両手8個持ちでも一滴もこぼさないノースポール。三者三様、経験を積んだイレギュラーズなりの奮戦を見せていた。……ネージュに思う所はあれど、姉とその恋人を祝福する気構えは本物のようだ。
「それにしても、ネージュはポーによく似てるよね。メイド服も似合うんじゃない?」
「確かに似ているが、メイド服は違うだろ!? いや、近くでメイド服の姉さんを見れるのはそりゃあ嬉しいが……」
「おおっと! メイド服をご所望ですかな?」
ルチアーノはふと、ネージュの顔をまじまじと見て提案する。そしてネージュは逡巡した一瞬のうちに宇宙警察忍者に連れて行かれた。
「2人とも来てたん、だ……えっ!? ネル、何でメイド服なの!? 可愛い~~~! ルークは相変わらず格好良いねっ♪」
結果、メイド服姿で顔を伏せたネージュの姿があり、写真にきっちり残されたことは想像に難くない。
「ふふ、ホールは若くて綺麗な子が集まってくれてるし、私はお料理に専念しちゃいましょー♪ おばさんのメイド服なんて……ねー?」
「こう見えて料理は得意なのよ。任せなさい」
蘇芳とキツネは、調理場で次々と調理に勤しんでいた。両者ともに(キツネは人型状態でも)整った顔立ちなのだから、給仕に回っても喜ばれそうなものだが、物事はなにごとも適正があり、今は少しでも人手と効率がほしい状況だった。
「ふふ、山の様な海産物、ワクワクするわー♪」
「一杯いるんだし、しっかり作ってあげないとね」
蘇芳は焼き網を加熱している間に刺身を捌き、つみれを作っていく。雲丹を切り、棘を折って殻を器にすると、貝類を網に乗せて網焼きに。
キツネは大皿料理を主体にしつつ、合間にさっぱりとしたものを交えていくのも忘れない。
フロアから飛んでくるリクエストにも柔軟に応じる姿勢と手際の良さ。そして愛想の良さ。二人が目立たないわけもなく……。
「おおう!? ざんげとお別れしてワープポータルに乗ったらなんか宴会してる!?」
紅璃が幻想に降り立ち、ローレットに足を踏み入れた時、そこは喧騒に支配されていた。そして、初々しい会話の続く方へ向かったのは必然。
「拙者、酒乱かつ肉乱に候。さーさー人に迷惑をかけない程度に人に迷惑を掛けるでござるよー!」
肉乱ってなんだろな。書いてる俺もわかんねえや。しかし、至東が大真面目に酒と肉をかっくらい、すっかり出来上がっているのは事実。そして、紅璃に狙いが向くのは当然。
「やあやあ、拙者は観音打 至東と申す者! 貴殿の名は?」
「天雷 紅璃だよ。……すごいね、ここ」
「失礼、わたくし、まだこちらにまいったばかりなのですが…そういった方が集まる席はこちらでよろしいのかしら?」
至東は即座に紅璃と杯を打ち合い(紅璃はノンアルだが)、徹底的に絡もうと身構える。
そこに歩み寄ってきたアイラのこれまた初々しい様子に、両者ともにぶんぶんと頭を振る。
「ああ、よかった。わたくしも皆さんと一緒に食事をしたいと思っていたところですわ」
胸を撫で下ろしたアイラが席につくと、メイド服姿のボディが静かに3人へ歩み寄り、オーダーを取りにくる。
周囲のごたごたを見ながらも、しかしアイラは調子を変えず、海産物のコース料理。
至東はボリューム重視の食事、紅璃は呑まなくても楽しめる食事……など、食事にも個性が出る。
各々の食事へのスタンスに出る個性、続く会話、新人会の各方から上がる故郷や混沌内の国の話題……ボディにとって、ちょっとのふれあいの中でも聞こえてくる情報は多種多様だ。
ソレは非常に有益な情報であることだろう。……男がメイド服? という疑問は、余りに増えすぎた前例を前にすれば瑣末事なのである。
「ひゃぁ! なんやこの賑わい!! と、とりあえずイレギュラーズなって日も浅いし新人会の席行こかな……」
「おっと、新しいお客さんかな? 新人の集まりならあっちだよ。ゴリラとアルハラしてくる赤髪に気をつけてね」
真那はイレギュラーズとなって早々に催された酒宴の様子に、驚きの余り息を呑む。すかさず現れたリウィルディアは、執事服でかつ淀みない動きで彼女を案内する。最後の言葉に酷い実感が籠もっている気がした。
「あ、ここ座っていい? 真那っていいます、よろしくねぇ!!」
「ごきげんよう、貴女も来たばかりの方なんですね。私はフォークロア」
「クロエ・ブランシェットです。よろしくお願いします」
真那が人混みに押されつつ卓につくと、ちょうどフォークロアとクロエが腰掛けたところだった。奇妙な偶然もあるものだ、と三人は小さく笑う。
「メイドさんすいませーーん! サイダーとビーフジャーキーお願いしまーーす!!」
「私はおまかせでお願いします」
「ブルスケッタが食べたいかも。トッピングはおまかせで」
「誰がメイドさんだよ! あとおまかせ多いな! ちょっとまってね伝えてくるから!」
三人が矢継ぎ早に注文をするが、リウィルディアは反射的に突っ込みながらもてきぱきと捌いていく。流石に一度Re:version(隠語)した奴は面構えが違う。
「それにしても、お酒の質も高いですし……本当にいい機会ですね」
「こういうお祭り騒ぎ出来るんならイレギュラーズも悪くないなぁ!!」
フォークロアは運ばれてきた酒の香りを楽しむと、その芳醇さに目を細めた。真那も、ビーフジャーキーの出来に目をみはる。
食事を楽しみ、滑らかになった舌は二人の会話を盛り上げる。クロエの方を向いた二人は、サーモンとアボカドのブルスケッタを手に、聞き役でいられることを幸せそうに楽しむ彼女に優しい気持ちになったとか。
「飲んで騒いでといそがしーとこアルネ此処は!」
「んー、チーはお花の妖精なのだけど、果物お野菜大好きなのなの、共食いじゃないなの。お肉もお魚も好きなの! ヘイますたー! そこんトコよろしくなの、オススメたくさんちょーだいなのー!」
虎は呆れたような、嬉しそうな声で周囲を見回し、それぞれの卓を飾る料理に目を輝かせる。
チシャはといえば、何処かの酒妖精ばりの発言だ。これはもう優勝しかない。
「チーズバーガーとジンジャーエールを注文したい。バーガーは10個ほどで」
そしてその卓に就いていた十七号は、さらっと大量の注文をしてのける。食べ放題とは聞いたが、と虎の目が丸くなる。
ほどなくして運ばれてきた料理……虎はソーセージ類やモツ串などの肉メインに柑橘系のジュース、チシャにはコップ一杯に入ったソフトクリームと爪の先ほどの器に入った酒4種(垂らして食べるのだろうか)、そして十七号は注文通りの品。チーズが量産品より断然、厚い。チシャは目の前の量に既にめを回しそう。
「こういう時は楽しまねばな。それでは……乾杯!」
「今日は無礼講アル! ……デモ、そんなに皆のこと知らなかったネ」
十七号の合図で乾杯して一息に飲み干してから、虎は改めて二人のことを見て首を傾げた。両者も反応は似たようなもので、彼らはそもそも互いを余り知らないのだ。
「あっ、みなさんチーも新人なのなの。食べるコトにかけては期待の新人の座は誰にも譲るつもりはねーけど仲良くよろしくなのなの~」
「ああ、私も新人だよ。夜式・十七号だ。名前だけでも覚えてくれ」
「ウチは王 虎ネ! よろしくアル!」
乾杯してから名乗り合う。いかにも変わった交流の入り方だが、彼らにとっては、それがよかったのかもしれない。
なお、この間も十七号が保護結界を維持し、二人に酒乱の被害が及ばないように気を配っていた……の、だとか。
「海洋絡みの祭事であるならば、皆さんをおもてなしする事こそが私の努め。是非とも皆さんには歴史と品格のある海洋ディナーを……って、何の騒ぎですかこの有様はッ!?」
「こんにちはー! って、あれ!? ボク入る場所間違えたかな? ここローレットだよね?」
クラサフカと焔は遅れ馳せながら訪れたローレットの惨状に、一方は首を傾げ、一方は愕然とした。だが、二人も一応は一線級のイレギュラーズだ。頭の切り替えは早い。
「取り敢えずお皿洗いすればいいんだよね!」
「私と海洋の名誉のためにも、ここで逃げるわけには……!」
焔は早々に厨房に入ると、片っ端から皿をとって洗っていく。複数名が保護結界を維持しているだけあって、皿はどう雑に扱ってもそうそう割れない。
クラサフカは自慢の羽根と身のこなしで次々と食器を下げ、片付けていく。
「いくら片付けても終りが見えませんわ……!」
「お皿よりもグラスが多いね……〆のお茶漬けとかも要るかなぁ……?」
二人の手、そして口は止まらない。話しているうちは心が落ち着くとか、そういう話も……あるのかもしれない。それがどんちゃん騒ぎのイレギュラーズにとって、いいBGMになっているのかもしれず。
「これだけのイレギュラーズが集まりますか、お酒の力は偉大ですね……。作り甲斐もあると言うものです」
コロナは常と異なり、目を開いた状態で調理に臨んでいた。翻って、それは調理に全力を傾けているという証左でもある。
そして彼女は、二日酔いの予防を重視していた。カリフラワーと鶏肉のソテー、貝の煮付けなどを高速で作っていく。
「素晴らしい料理だな。こちらは私が持っていくとしよう」
「ありがとうございます。イル様などメイドの方々に賄いのことをお伝えいただけますか?」
モカがすかさず皿を手にフロアに向かおうとすると、コロナはその背に伝言を投げかけた。
「おまたせ、そしてごきげんよう。私も4ヶ月ほど前にこの世界に来たばかりのモカだ」
モカは、コロナのものと自分のもの、2種の料理を並べ、ついでとばかりに自分も席に腰掛けた。彼女とて、まだ勉強中の身だ。新人たちの姿に思うところもあろう。
「ありがとうございます、どんな料理を頼めばいいか分からなかったので……あ、雨紅です」
「TKRy・Ry……! 我もアルコールと合う料理を探していたから丁度いい! このタコという種族も美味いのだ!」
雨紅と萌乃は各々、「普通の食事」というものの経験が浅い。つまりは何から食べよう、という感じだったので、モカのそれは渡りに船だった様子。
まあ、後者は既に出来上がっている間が強いが。
「私も最初の頃は、この世界の情報を知るのも手探りだったなぁ。食文化も全く違うし、驚かされることばかりだ」
「TKRy……! 人類達は色々と考えるものなのだ! 酒とかいうアルコール溶液、これはいくらでも飲めるぞ!」
モカは二人の食事を見つつ、懐かしそうに頷く。萌乃は言葉通り酒をガンガン呑んでいるが、雨紅は流石に刺激が強いと思ったか、ちびりちびりといった調子。
そして、当然ながら萌乃の飲酒量は「宇宙最高の種族たる我がそんな目に遭うハズがないのだ!」と息巻いてるが、無いんだよなあ、観測範囲に宇宙。
「……………TKRy・Ry……の、飲みすぎたのだ…Ororororororo…っぷ!」
かくして、萌乃もまた商標を汚す者の仲間入りと相成ったのである。
「飲み会、新人会――参加せずにはいられないッ! 冒険者なら当然の事、だよね?」
「ああ、分かるよ。楽しまなければな」
カインの意気揚々とした声に、錬は鷹揚に頷く。カインの口元に既に食べかすがついているのは、おそらく厨房の(ドラグハート当たりの)食材をつまんできたからだろう。
錬はといえば、駆けつけがてら調理場にあった包丁をかるく調整し、切れ味を増したものへと変える心配りを見せていた。いちから作るよりは、こちらが早い。
「いやあ、この海産物も酒も最高だね! 幾らでも食べられ……」
「酒は適度に、だが……」
二人は自分のペースで食事を楽しみながら、しかし近くの卓にいたアビゲイルに視線を向けた。
「おすすめってなんです……あ、いえ、ごめんなさい!奴隷のオレがご飯なんて烏滸がましいですよねすみませ……」
「でしたら、私の師匠が愛用する紅茶なんていかがですか?」
「えっ、あ……いい香り……」
ちびちびと食事を続けつつ、しかしどこか引け目のある表情をするアビゲイルを、世話焼きのココロが気に留めない筈がなかった。
師匠譲りの好奇心の旺盛さか、新しい仲間達のことを知りたいと次々話しかけていた彼女は、こうして彼の元を訪れ、紅茶と一緒にこれまた師匠謹製のジャーキーなどを差し出していた。餌付けっぽい。
「…………ん、ん、んんん!」
「嬉しそうでよかったです。そういえば、あなたはどんな人? わたしに色々教えてください!」
紅茶とジャーキーの相性はともかく、アビゲイルはとても嬉しそうに笑う。ココロもここぞとばかりに、ずいと顔を近付けた。
「俺は鍛冶師だ。せっかくだから一緒に食事しないか?」
「僕は冒険者だよ! 君のしてきた冒険も聞きたいな!」
示し合わせたわけでもあるまいに、錬はアビゲイルに、カインはココロにそれぞれ話しかけていた。両者とも、一瞬驚いたように硬直すると、ふっと表情をほころばせた。
なお、カインは持ち帰りを目論んだが当然アウトである。ローレット発で食中毒や乾物についた虫でなにか起きたら危ないだろ。
「予測からして、此なる事態は恐らく公の記録に残ることはないだろう。故、我は此処に記す。此度の混沌の起こり、そして収束に至るまでの途を」
アエクは、そんな混沌の中、きゅうじそっちのけで仲間達の混乱と交流を見聞きし、ひたすらに綴っていた。
彼はこれを出版――しようとするとアウトくさいので、書架に飾ることを誓う。
まあ、この話も報告書になるんですけどね。ひっでえ話だ。
●信賞必罰、天網恢恢疎にして漏らさず
「わたくしは敬虔なシスターですから、神への感謝を奉仕という形で表さなくてはなりませんわ……このお酒を、広く世の人々に分け与えるのがわたくしの使命ですわ!」
シスター・テレジア、ナチュラルに自分と周囲をだまくらかす為に口八丁を行使する。恐ろしいのは、ギフトによる補正で無駄に説得力が上がっていることである。
「任せろ、かっぱらったモン卸す商人なら伝手があるぞ!」
ことほぎはヒソヒソ声でテレジアへと耳打ちする。彼女は先程から酒宴に混じっていたため顔が赤らんでいるが、生来の人相と内側から染み出す悪人感は些かも衰えていない。悪事に走る為なら万里を駆ける彼女ならではといった感がある。
「皆様、物騒なことをお考えなのですねー。ところでわたくしはその辺で楽器を奏でておりますので、ケースはご自由にお使いくださいませー」
ユゥリアリアは楽器を手に、持ち込んだ楽譜を開きながら誰に言うでもなくそう呟いた。すぐ側で悪巧みをする連中がいるのだが。明らかにそっち向けなのだが。
(ケースに入れろってことだな? ヨシ!)
(最近訪れた旅人がドヤ顔で開陳してた技法ですわね? 流石ですわ! 神は貴女をお許しになりますわよ!)
ことほぎもテレジアもこの調子で、大量に持ち込んだ空き瓶をこっそりと満たしていく。テレジアはその口を駆使し、ことほぎは女性であることを有効活用しおいおいレディーに何処行くかなんて聞いてんじゃねェよ酔っ払い共!」とか言って反論の自由を奪っている。レディらしい仕草をしてから言おうな。
「麻衣が爆死すると誰かがレアアイテムを手に出来るっすよ。麻衣はそういうことに幸せを感じるっす。それと同じように麻衣のお金がテレジアさんを幸せにするのであればそれはすごく幸せなことっすよー?」
「麻衣様?! これはいったい……?」
麻衣、ここでテレジアにまさかの直接介入。手にした酒瓶は「売約済み」の文字が眩しく、どこをどう見ても正規のルートで手に入れたそれだ。酒瓶だけど中身が酒だとは言っていないが。そもそもここで買った、ともはっきりしていないのだが。買えたならよかったんだけどね。
あと、いい話みたいになってるけど闇市爆死芸人のコメントとしては凄く疑わしいぞ。
「テレジアちゃん。余は思うのじゃよ。ここでコソコソと周りの目を気にするのは却って悪手ではないか、と……」
「でもようフーリエ。ここでバレたら正義脳の連中にボッコボコにされて放り出されるのがオチだぜ? 最後の最後まで尻尾を掴ませない方が確実じゃねえか?」
フーリエの堂々たる魔王(怪盗)ムーブに、さしものことほぎも動揺が隠せない。悪人ではあるが罰を受けたいわけではないのだから当然だ。
「でもテレジアちゃんがあのザマだから隠しても無駄だと思うんじゃが?」
「いざとなったらー、テレジア様に全て被ってもらえば解決ですのでー」
フーリエの正論、ユゥリアリアの代替論。本人が関わってない所で進む策謀の渦は見る間に大きくなっていく。
「なあに、これは余が正規の伝手で貰ったのじゃ。誰に遠慮するでもない! これぞ作戦名『勇気』! このまま出口に――」
堂々たる足取りで出口へと向かったフーリエはしかし、次の瞬間糸が切れたように膝を付き、だらりと四肢を投げ出した。
「誰でございますの?!」
「……何をなさってるのかしら、テレジア様?」
焦りを含んだ声で叫ぶテレジアの前に現れたのは、ガーベラだ。剣(鍬)と盾を手にした戦闘態勢の彼女と、脇に控えるのはバルガルだ。いかにもな怪しい雰囲気、しかし誰もが彼を大した脅威ではなしと見なすレベルの存在感の薄さ。ガーベラの存在の濃さは、翻ってバルガルの不意の一撃を成功せしめたのである。
「折角の宴会で何を馬鹿やってるんですかそこの馬鹿達は。にぎやかな雰囲気くらい、素直に楽しみたいものですが……」
眼鏡のブリッジを持ち上げたバルガルの言葉に、窃盗に加担した面々の空気がざわつく。強敵とみなしたからか、はたまた痛いところを突かれたからか――。
「まあ待て。そも腐らせてしまえば、無駄になる事を考えれば、需要と供給を満たしてやった方が、世のため人のためというモノだろう。ついでに万年所持金三桁の僕も懐が潤う。一石三鳥。奉仕活動といっても過言ではない」
ここで会話に割って入ったのは愛無だ。袖の下を通すように(或いは観念したように)酒瓶をガーベラに差し出した彼女の動きは、明らかに何か考えていそうなそれ。
見た目だけでは分からないが、比較的安価な酒を、これみよがしに選んで手にしていたのだ。ダミーとして、だが。
「わかっていると思うが――」
ガシャン、とギルドの外で音がした。誰あろう、迅牙の駆動音。サイズと重量の兼ね合いから入り口を張っていた迅牙は、文字通りテレジア派の面々の最後の壁となって立ちはだかる結果となり。
「そうですよ、この人達をささっと捕まえて然るべきところに突き出すべきなんですよォ!」
ヘイゼルはしれっと取り締まる側に寝返っていた。……否、最初から彼女はどちら側でもなかったのである。
『アウトロー、それは法律を守らない方々と云うことですが。逆に法律に守られない方々でもあると云うことなのです』と嘯く彼女は、窃盗に加担した面々の裏をかき、土壇場で横から掻っ攫うことを目論んでいた。目論んでいたのだが、うまいことテレジアの懐から一本くすねたところで迅牙によって出口が塞がれていたって寸法である。物理的障壁すごい。
「成金の小金持ちに売りつけて、売上を聖なる福祉のために寄進する予定ですの……人のためですわ!」
「テレジアさまは困っている方の為に悪事に手を染めたのですー」
テレジアの言い分に、ユゥリアリアも口を挟む。尤も、珍しく、の注釈がつくし、ユゥリアリアは小切手を作ろうとして『何故か』失敗しているのだが……。
「問答無用ですわ!」
だがガーベラには通用しそうにない。ちりちりと意思の鍔迫り合いが始まる中。
う~~、トイレトイレ
今トイレを探して全力疾走しているあたいはローレットに通う一般的なイレギュラーズ。
強いて違うところをあげるとすれば飲みとかまじ苦手ってとこかナー。名前は矢都花リリー、そんなわけでトイレに避難……
「ってなんであたいが逃げなきゃいけないのさ。逃げてるのはそこの窃盗団じゃないか。徒党を組むなんて陽キャムーブが認められるわけないだろ、ギルティだギルティ」
リリー、そんな中全部を引っ掻き回すべく参戦。陽キャの空気に中てられて完全に意気消沈していた彼女は、徒党を組んで陽キャよろしく仲良しこよしで窃盗団☆ みたいなどこかのバラエティ番組でアイドルが店を潰したと暴露したかのごとき暴挙に苛立ちが勝ったのだ。義憤というよりは完全にトラウマからの反動だ。
兎にも角にもギルティ同士のぶつかり合いだ。イレギュラーズ、それも経験を積んだ者同士の戦闘が本格化すれば無事で済む者は少ない。
「あらテレジア、どこに行きますの? ちょっとでいいから一緒に呑みましょうよぉー」
そんな戦闘の空気をぶち壊したのは誰あろうヴァレーリヤ。テレジアの腹部をパンパンと叩き、その感触に首を傾げた。
「んん~~~~?」
「やめて下さいまし! わ、わたくしは今日ちょっとお腹の調子が悪いんですのよ!」
「へー、だったらもっと呑んで綺麗さっぱりスッキリしましょうよぉ~。この樽を呑み終えるまでで構いませんのよ? 勿論あなた達が」
抵抗するテレジアに、ヴァレーリヤも退かない。未成年が多い中、彼女の言葉に従ったら……ハイルールすら侵犯してしまう……! そう誰かが思ったとき、それは現れた。
「シスター、それに皆さん。ここはひとつ、私に提案があります」
そう言って両陣営の真ん中に靴を滑り込ませたのは、メイド服(自前)姿の三弦だった。一同は何事かと彼女を見る。
「シスターとそのお仲間の皆さんには、お酒の持ち出しを許可いたしましょう」
「……本気ですか? この空気で軽くスルーしたらローレットの名に傷が……」
バルガルは流石に動揺を見せ、三弦に迫る。しかし彼女は彼を片手で制し、紙束をテレジア一派につきつけた。
「ただし、この誓約書にサインを頂きましょう。……決して問題はありませんよ。売買契約をした際に『何割か』をローレットに寄進いただくだけですから」
「ほう。両者にとって得ということだな?」
愛無がにたりと笑うと、三弦はにっこりと小首をかしげて笑みをつくる。紙面一杯にびっしりと書かれた誓約内容はしかし、全てを読み終えることなくテレジアがサインし、麻衣も(乙:テレジアの部分を自分のものにしようとして失敗しつつ)サインし、それにつられ【窃盗】に加担した面々がサインしてく。これぞ集団心理。
そして、そんな争乱を横目に一人堂々と外へと出ようとしたカイロの姿を、取締の面々が見逃そうはずもない。
「おっと、ついうっかり保っていたみたいですね」
「私とこの方々の目が黒いうちは、小細工は無駄だと思ってよろしいですよ。あなたにも、誓約書を書いてもらいましょう」
三弦は容赦がなかった。
「確かにお預かりしました。どうぞ」
迅牙に視線で促し、テレジア一派を見送った三弦に、取締に回った面々は怪訝な表情を向けていた。だが、彼女は笑みを絶やさない。
「大丈夫ですよ、最後に笑うのはこちらですから」
……数時間後、売りに出そうとして思わぬ展開を見せた一派の叫び声が聞こえたのは、当然の運びである。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
名前だけは全員出したと思います。なければ一報を。
描写量とかそのあたりは皆のプレイング参考にしような!
今回のダイジェスト
「えっ、10日で232人分のイベシナを?」
「できらぁっ!」
「なんで締め切りギリギリに書き始めてんだろうね俺、休出なかったら今日で7割書いてたわ。1日2万字近くとか地獄かよ」
「今月のリプレイ執筆確定分がまだ8本? あと2本どこです?」
統計(プレイングによる表記ゆれは加味しない)
【呑】 84人
├【地獄】29人
├【新人会】30人
├【天国】2(+1)人
└ほか、表記ゆれや個人参加
【食】43人
├【煉獄】11人
├【優勝】5人?
└ほか、表記ゆれや個人参加
【給】72人
├【修羅】30人←おい地獄より多いぞ
├【メイド隊】6人
├【おもてなし】3人←他から人を回しました
├【アイドル】6人? 7人?
└ほか、表記ゆれや個人参加
以上、追跡可能199人
残り33人はその他諸々。
運び込まれた酒樽6個くらい(うち1個超巨大樽)
持参された酒 もう数え切れねえよ
……いや、これふつうに床抜けない?
GMコメント
これはイケるのでは? と思いました。
何もイケてなんていなかったと気づいたのはOPを書き終えた後でした。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●プレイング書式
1行目:パートタグ
2行目:同行者名(IDがあればなおよし)orグループタグor空白
3行目:プレイング本文
●パートタグ
・【呑】
飲んで食って騒いで、でどちらかと言うと呑む方重視です。
酒は超がつく年代物がいくらか、海洋産のすごいお酒とかが多数。
(参考までに、謎のお酒は拙作リクエストシナリオ「のまれろアルハラの迷宮」ぐらいのレア度のあるお酒です)
いずれもあんまり飲める機会がないものです。多分。
水・ジュース類も充実しており、食事はすでに出来上がっている物メインですがかなり豪華。プレイングに書けば大抵あります。
アルハラは程々に。
・【食】
食べる方メインです。飲んでも大丈夫です。
幻想に店を構える料理店の店主が調理場に立っています。「おまかせで」って言うとその人の希望する料理を作ってくれます。
(拙作「いちばんの、ひとさら」のマスターです。プレイングにある程度の方針があれば作れる、って感じなので方向性だけでもお願いします)
・【給】
食事をサーブしたり片付けたり合いの手入れたり一気コールしたり……はダメですね。一気ダメゼッタイ。
あとは食事を作ったり、基本的に宴会のお手伝いのようなものです。食材は大抵のものは揃っています。
※あくまでも大雑把な方針なので、プレイング内で多少跨ってるような内容はアリです。
●NPC
所持するNPC(三弦、ドロッセル)、及びざんげ以外の幻想に住まうNPCが登場する可能性があります。
●注意事項
・イベントシナリオなので、描写は全体的に軽めで、アドリブが通常より多めになります。
・書式を守らなかったり、同行者同士でのタグや表記ゆれが起きると迷子扱いになり全体の空気に混じってしまう可能性があります。根回しは慎重に。
・お酒であっぱらぱーになるのは全然OKですが、辛味オイルは事前許可をとってやりましょう。
以上、遠慮なく楽しんで貰いたい。
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