シナリオ詳細
<絶海のアポカリプス>わだつみの涯
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オープニング
●
壮大なる海の涯、眠り妨げられしわだつみの咆哮が響く。
大気揺らがせ、海を割り、深海の怒りが顕現したが如く雷光が嘶いた。虚空をも埋め尽くすが如き水滴は『ソレ』が動いた事で雨が如く降り注ぐ。
人は、強大なる存在を見た時、恐怖に竦み怯え、膝を着く。『ソレ』は正しくそういう存在なのだ。冠位魔種を前にした時とは比ではない――それは悪夢を体現したかの様に蜷局を巻いていた。
荒れ狂う波濤の中、断末魔を上げ海を割る閃光は青白くイレギュラーズを嘲笑うかのようであった。
「竜種――」
その言葉を口にしたのが、誰であったのかは分からない。絶望に棲まう悪夢。
巨なる海原に黒き影を落とし、わだつみは神鳴りを喰らい大地を揺らすが如く海面を混ぜ返す。立つ波は全てを水泡の下へと誘わんと手を伸ばす。
背筋に奔る恐怖は人間の本能に植え付けられた絶対的な生存本能。死を覚悟した時に、人は――その視界を昏く染め上げる。呼吸する事さえ許されぬようなその場所を、絶望と呼ぶのだろう。
――称えよ、竦め。許しを乞え。我が名は滅海――滅海竜リヴァイアサンなり!
越えねばならぬ。
冠位を、斃さねば。纏わり着いた饐えた死の臭いは消えず、死の運命からは逃れられぬ。
――人間共。『冠位』を傷付けし者共よ。その顔を見てやろう。
首を垂れよ、項垂れ、竦め、そして、その御身を『生きて眼へ映せた』事へ感謝せよ。
竜は語らう。
竜は嘲る。
竜は、小さき者を僅かに認めた。
許しを乞わず、項垂れず、竦むことなく、前を向いた兵をを。
「かみさま。どうか……みていてくださらない」
少女は、大いなる存在へと恭しく言った。黒き靄に一層纏わりついた死の気配は竜にとっても心地よくはないだろう。
だから、少女は――『ミロワール』は一層頭を下げた。
「かみさま、、わたしがイレギュラーズをころすわ。だから、」
毒の如き怨嗟に蝕まれ、その命が海原へと溶け往く前に少女は祈るように言った。
――どうか、許してください。
●
――かがみよ、かがみ。ねえ、この世で一番幸せなのってだれかしら。
「もちろん、セイラよ。セイラ・フレーズ・バニーユ! わたしの大切で大好きなあなた」
手を伸ばして抱きしめる。ひんやりとしたその掌が心地よかった。
頬を寄せれば擦り寄って「甘えないで」と揶揄われる。まるで母の様な、その胸の中、微睡むように目を閉じて。
セイラ、と呼べば可笑しそうに笑った声が耳朶に転がる。背を撫でて、優しい歌を歌うの。
大好きな歌声が、幸せそうに響いている。陸になど行かずに、この暗がりの底で一緒に過ごしていたかった。
冠位様は意地悪だ。セイラの嫌いな海の国を見ておいでというのだから。
冠位様は意地悪だ。セイラが苦悩して涙を流しても知らんぷりなのだから。
だから、わたしは――助けたかった。
この怨嗟の海から解き放たれるのがしあわせだと、誰かが言っていたのに。
セイラの怨嗟が、わたしの事を蝕んだ。リーデルの薔薇が萎れていく。
二人が、傍に居るような気がして、わたしは、嬉しくなったのだ。
ねえ、ひとりじゃないわ!
ねえ、かみさま。わたし、ひとりじゃないの!
見ていて、見ていて、見ていて、かみさま。わたし、今度は、今度は、今度こそうまくやる。
あの人を殺すことが出来たら、私の罪は終わるでしょう?
――だから、そうしたら、もう一度、ぎゅっと、抱きしめて。
黒き靄が付き纏う。狂ったように夥しい怨嗟と毒を飲み喰らいながら。
嵐海の上、世界の涯に立つように魔種は――水没少女<シレーナ>は微笑んだ。
一層の、狂気を擁いて。
――もしも、わたしがわたしじゃなくなったら、
この海で『ビスコッティ』として殺して?
もしも、わたしが戻ってこれたら、
この海の外でもう一度『シャルロット』って呼んで。
ビスコッティに綺麗な花を一輪買って、弔いを行った後、
わたしのことを、彼女の許へ送ってほしいの。
約束よ、イレギュラーズ――
- <絶海のアポカリプス>わだつみの涯完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年06月13日 21時11分
- 章数4章
- 総採用数539人
- 参加費50RC
第4章
第4章 第1節
かみさまは、歌声を飲み込んだ。
かみさまは、『イレギュラーズ』を飲み込んだ。
わたしは、それが酷く恐ろしいのだ――
わたしが死んだとしても、只の一人の魔種が死んだという話で終わってくれるでしょう?
けれど、イレギュラーズは違うわ。未来があるの。
だから、みんな、わたしを守らないで。イレギュラーズの皆が生きる未来を守って。
「一緒に行くって約束した」
ええ、そうだわ。
けれどね、みんながいない未来なんて、何も嬉しくなんてないのよ。
「シャルロットがいないと意味がない?」
ふふ、うれしいわ。
けれどね、わたしは鏡。わたしのことをこんな風にしたのはあなたたちなのよ!
●
コン=モスカの『器』が濤に呑まれた。しかして、それは彼女が奇跡を起こして大いなるわだつみの一撃を受け止めたに過ぎない。
ミロワールの張り巡らせる『鏡面世界』への打撃も多い。
彼女の傍で守りを固めていたイレギュラーズとて理解はしているだろう。
――魔種ミロワールには残り時間が少ない。
廃滅に侵された彼女が鏡と言う性質を利用して、廃滅の海の攻撃を『跳ね返せる』のにも限りある。
黒き影の様な体をしているからこそ、その実情は分からぬが、負荷により彼女は重傷というよりも瀕死の体であった。
だが、魔種はイレギュラーズによって淘汰されるべきだという事を魔種ミロワールは理解している、理解していた、理解させられていた。
すぉれはイレギュラーズを映したことで察した事であり、仲間たちの信頼と、死という恐怖の中で希望(あした)を目指す彼らに影響されたことに他ならない。
魔種ミロワールは自身がこの海で死んだとしても、イレギュラーズが未だ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)へ向かうことが出来ればと願ってしまっていたのだ。
彼女の鏡面世界も長く持たないならば、『援軍も増えた味方艦隊』が戦える時間の中で、竜との戦いを終わらせねばならない。
鏡面世界が崩れた時、味方へのダメージがどれ程になるかは分からない。
時間がないのだ。
総力戦である。
最大火力をぶつけ、そして、竜を越えねばならぬのだ――!
=======補足========
・目標『リヴァイアサンを弱らせる事』です。
とにかく最大火力をぶつけて、リヴァイアサンの『左脚ゲージ』を削り取るのです。
のんびりしている時間は最早、ありません!
・魔種ミロワール
鏡面世界(弱)を行使中。ロワール自身は疲弊しており、味方艦隊への『攻撃は彼女が幾分か肩代わりすることで広範囲の鏡面世界』を使用していますが、現在『味方艦隊への攻撃が多く』瀕死です。
(味方艦隊への打撃が強い場合やリヴァイアサンの攻撃を受けた場合はダメージ蓄積によって死亡します。
つまりはリヴァイアサンを全力で倒し切らなければミロワールにとってもタイムリミットです。
※ミロワールの生死は<絶海のアポカリプス>に影響は与えません。)
魔種であるため、ミロワールには回復支援は行うことが出来ません。
また、彼女は『自身の生存』より『イレギュラーズの生存』に重きを置いて居ます。
・鏡面世界(弱)
リヴァイアサンへではなく味方艦隊へと使用されます。その効果は(弱)。
疲弊したミロワールが使える最大の力ですがタイムリミットがあります。
===============
第4章 第2節
――聞こえた。
それはわだつみに響いた、『正しき』音色であったのかもしれない。
コン=モスカは深海の神を祀り、絶望(はて)へ向かう者に加護を与えている。
生を受けた二人の娘。其々に役割を担わせて、その名家は海洋王国の国政とは別の穏やかな日常を送っていた筈だ。
―――♪
「あの唄を、あの命を賭したわだつみへの奉詩を。
直近で心震えぬ者がいるでしょうか。僕は間違いなく、この耳で、この体で聞きました」
そして、幻は確かに見た。神様の座(ケテル)より放たれた暴虐を、そして、それを詩で鎮めるが如く自身のその身に受け止めた少女を。神話にある人身御供だと言えば美しい話で終わるだろうか――だが、その少女はイレギュラーズであった。
幻は唇を噛み締める。
「その犠牲を、無駄にできるものですか」
深、と。うなばらに響いた歌声が消え去った其れに彼女の周りより奇術の蝶々が舞い踊る。
幻(ゆめ)見るが如く、舞い踊る胡蝶の夢。
「滅亡するのは僕達と貴方のどちらでしょうね? 僕達は必ず生き残ってみせますよ、貴方を滅ぼして」
――リヴァイアサンを倒して見せる、と。幻はそう言った。
それは決意の表明に過ぎない。だが、幻の決意に頷く者も居る。
「モスカの歌声……それに、味方艦隊を護っているミロワールにだって時間はない……。
もう犠牲は見たくないだわさ。その為なら今は戦うしかないだわさ!」
声を張り上げる。周囲を払うようにリヴァイアサンが脚を振り上げる。ぐ、と息を飲んだリルカはそれを受け止めながらも鱗薄い部分へと肉薄した。
「ッ――あたしもどうしたってあきらめきれないタチでねぃ。
希望が見えるまであがき続けてやるだわさ!」
希望と言う言葉。
それが俺ほどまでに素晴らしいものかは分からない。
「ッ――ち……!! 皆! ワッカへしがみつけ!
ワッカ、左に20! 5秒後、戻して回頭、また接近してくれ!」
行人のその言葉に返すが如く豊かなウェーブが揺れる。蒸留酒なら『とびきり』を呉れてやると約束すれば、水精は彼の言葉に応える様に『水上を踊る』。
「やれるだけを、やれる時に。後ろ向きになるのはあとで、どうだろう?」
大仰な程に波頭が絡みつく。後ろ向きになるのはあとでどうかと問いかける行人の声に頷いたモモカは傷だらけの体を動かした。
「いや、泣いてなんかいられないぞ――アタイたちは前に進むまでだ!
おいデカブツ、アタイはぜったいあきらめねーぞ! こうするしか道はないんだ!」
叫ぶ。そして鈍重、しかして、その一撃に荒れ狂う災厄の一撃を乗せてモコカは魔手甲で竜の巨体を殴りつける。
ぐ、と拳に伝わった衝撃に腕が痺れを感じる。その体を受け止める様にワッカが手を伸ばせば行人は「ワッカ、回避!」と叫んで見せた。
荒れ狂う海原の上を、一条の光が走る。それは桃色の色彩を宿し、天翔けた。
「『竜貫きて愛に類す愛と正義の灼光!
――魔法少女インフィニティハート、ここに見参!』」
びしりとポーズを決めて見せた愛より溢れるマジカルオーラ。集中に集中を重ねる。マジカルブースターが光を放ち、インフィニティハートを絶望の只中であれど輝かせた。
「シャルロットさん見えますか、私たちの愛と正義があの竜を打倒しつつあるところを。見えなければ、その鏡にて余すところなく映し見ると良いでしょう。
光景は一瞬でも、心に刻めば消えることはありません。それは正義の心に刻んだ愛、あるいは悪の身体に刻みつけた愛のパワーと同じなのです」
シャルロット、そう呼ばれた魔種ミロワールは魔『砲』少女のその言葉に頷いた。シャルロットが広げた広域結界に『友軍』達が続々と戦場に参戦していることが察知された。
(……みんなの為に、私が守らないと――)
そうして、命を賭す存在がイレギュラーズと云うならば。
諦めてなるものかとワモンは叫ぶ。速力を火力に変換し、魔砲よりも早く――前線へ。
「ちっきしょう! まだ倒れねぇのかよリヴァイアサン! ここまでに仲間達もだいぶやられちまった、シャルロットも限界はとっくに超えてる! オイラに……オイラにもっと力があれば!」
ワモンが叫ぶ。正義のヒーロー『とっかり仮面』の必殺技、『アザラシガトリングぶっ放すモード』を以て渾身のアザラシパワーを何度も発車する。
超奥義を出し惜しみしている暇なんてない。誰にも及ばず、影も踏ませず、走るようにアザラシの弾丸が戦場に駆け巡る。
竜は、そうするまでに強大だ。
アルペストゥスは自身のその身に纏わせた神雷に喉奥を揺らがせた。神竜醒(ライズ・ワン)はその身に自然に身について居た。
今、この海で、死にゆく気配がする。誰かが、力を注いでくれる誰かが。
すきじゃあない。うれしくない。
一刻も早く、この戦いから、この時間を遠ざけねば。
アルペストゥスのレーダーは周囲の友軍たち、そしてイレギュラーズが持ち得る能力を感知する。
ミロワール、魔種。『自身らと相容れない存在』であるは確かであるのに彼女は命を賭したのか。
悪夢に叩き落すが如く魔弾が放たれ続ける。
「―――――!」
アルペストゥスの喉奥より叫び声が漏れた。
――命の、音色が聞こえる。
そうか。いのちをまもるために、そのために、ぼくはここにいるんだ。
リヴァイアサンの雷が落ちる。その中でもアルペストゥスは怯むことなくリヴァイアサンを見遣った。
いのちは、斯くも重たいものなのか。
成否
成功
状態異常
第4章 第3節
「もう一度! もう一度だ、船を漕ぎ出すぞ!
全員掴まれ、一撃でも喰らえば木っ端微塵なんだからな!」
アトは叫ぶ。『観光客』は相手の技量を見誤ることはない。相手がどれ程に強大であるかくらい、厭になるほどに分かっていた。
竜の荒立てた濤声が今でもその耳奥にこびり付く。毀れ落ちた『あいつ』のコインは戻ってこないんだとアトは叫んだ。
「――あいつの賭けに勝つしかないんだ!!」
ベットするのが全員の命と言うならば何と重たい賭けであろうか。操船技術を駆使してアトは前線へと躍り出る。
その眼前、竜より降り注ぐ水泡を受け止めるが如く、ドラゴンランスが翻る。城壁が如く迎撃すべく不動の構えを見せたレイリーは『騎兵隊一番槍』として前線へと翔けた。
「私はレイリー=シュタイン! さぁ、竜よ、落ちてもらおう」
ここで立ち止まっている場合ではない。シャルロットが、『鏡面世界』が張り巡らされている。空が怒るように轟と音を立てる。白光のその向こう、悍ましき雷を視界に映してリウィルディアは小さく笑う。
「オーダーは全力で叩き込む。成程、シンプルで分かり易いね。いいとも、大歓迎だ。
皆で奴を殺し切る為に、僕も心血を注ごうじゃないか……!」
西方の魔術具をその手に、味方全体を立て直す号令を響かせる。リウィルディアのその声は言霊となり味方の苦境を救うが如く――その戦略眼は遠くを見通した。
タントとゼフィラの背を見つめ、リウィルディアは言う。『魔力の供給は僕たちがすべて請け負った』と。支える者達は惜しむことはない。
前線戦うレイリーとて、攻撃手を守る固めにその身を盾として投じた。
殺意滲ませた『土葬』する技術。海葬を行うには未だ遠いであろうか。
然し、遠いと悠長に構えている暇もない。ウィートラントはマスケット銃を手に月の名を冠する黒狼の牙をリヴァイアサンへと向かわせる。
「ああ、ああ、ミロワール様。わっちらが下人で変わったというなら、責任をおとりいたしんしょう」
唸る雷の音を聞く。降り注ぐ神の雷にその身を撃たれようともイレギュラーズは迷うことはない。
後方では味方艦隊を支援し続ける者達がいる。ならば――『騎兵隊』に下されるオーダーは只、一つ。
『彼ら』はその旗に集いし存在だ。旗。魔書より召喚された戦旗。
その下に集いし者達は皆が皆、此処で退く訳には行かない理由を得た。
喉が痛い、体が居たい、目が霞む。手の感覚がない、旗は――?
「イーリン、大丈夫」
ウィズィの声がした。旗はちゃんと掲げられているとそう告げるような言葉にイーリンは顔を上げる。
ヒールを鳴らせ、声を張り上げろ! 騎兵隊は進むのみ。
「我ら騎兵隊は意気軒昂! 遍く観客達はご照覧あれ!」
往くわよと。凱旋すべく乙女は紫苑の髪を揺らす。瞳は紅玉の輝きを湛え、魔力塊がリヴァイアサンを穿つ。
がりがりと音立てたは鱗か。その強靭さにイーリンが歯噛みする。押せ、押せ、押し通せ――!
それに合わせるように、飛び込んだはメリッカの魔砲。神秘的な力を扱う『本能』が彼女の中で目醒めたその刹那、飛び込む魔撃は只、イーリンの生み出す刃を押し込むだけだ。
「万一落ちたらすぐ引き上げるけどね、万一なんて無いに越したことないので! くれぐれも振り落とされないように!」
「ああ、振り落とされないように安全運転――とはいかないからね!」
メリッカはその翼と水中での適応を生かして仲間たちを助けるべく気を配る。『其処にまで気を配って居れば雷にあたって藻屑』だとアトは操舵の手を緩めることはない。
「危機は時として機会になる。されど危機もまた続いている……
だらだら続ける積りはない。これ以上喪わぬため、ここで終止符を打つ!」
失った者がいる。
その言葉の意味に歯噛みしたのはクレマァダ。騎兵隊にとっては『見知ったその顔』は陽気な笑みではない、苦し気で生真面目な色を乗せていた。
それがカタラァナではなく、クレマァダである事にアトは悔し気に奥歯に力を込める。クレマァダ=コン=モスカ祭司長はその力をかたわれと共に失くした。力の均衡が、慣れ親しんだ『コン=モスカ』が己の中より抜け落ちる感覚のなんと恐ろしい事か!
(――じゃが、今ならまだ歌がこの戦場に残っておる。
その導きを頼りにカタラァナの魔円をすることしか出来ぬ)
クレマァダ=コン=モスカは心配性だ。だからこそ、自身の波濤魔術にて、『姉の仲間』を窮地より救いたかった。
クレマァダ=コン=モスカは心配性だ。だからこそ、悪い夢が現実になる前に、『姉』を救いたかった。
恨み事を言った所で意味はない。だからこそ、姉と同じように魔楽器を弾きならす。
「進め、騎兵隊!! 我(カタラァナ)が我に寝物語で伝えたその勇姿は。もっと勇壮であったぞ!!」
叫ぶように濤声が響く。背を押された様に安楽椅子――否、車椅子探偵は無敵の進軍を約束するが如くその指揮棒を振るう。
「ああ。英雄という者は実に勇敢でなくてはならないんだ。
ならば、どう進むか? ――簡単な話だ、殴って殴って殴り抜け。どんなに難しい作戦とて、一つ一つに分解すればこういう単純な事の積み重ねだ。この期に及んでは、目の前の事に必死になる以外あるまいよ」
軍師はその声音をhび貸せる。当たるも八卦、当たらぬも八卦。その指揮はシャルロッテの体にも痛みを与える。苦痛とは全世界で共通だ。『ちょっとの痛み』で退く程に騎兵隊はやわではない。
その目が見据える――空の色が、変化する。
「雷が落ちるぞ、注意しろ!」
シャルロッテのその声に頷いた。華蓮は海へと堕つるその天罰に悔し気に眉を寄せる。
仲間たちは強い。
進むことを忘れない。その体に死の呪いを宿したものも、愛しい人とは別の場所に向かう人も、愛しい人を失ったばかりの人も。
たくさんの人が、この戦場を駆けている。そうしなくてはならないと思わせるほどの強大な敵、リヴァイアサン。
――私は?
華蓮は付け焼刃のように魔力を強化した。体だけじゃない、魔力だけじゃない、心が違うんだ。
(私だって、私だって……けど、手を伸ばすには遠すぎて、諦めるには近すぎて……! そんな嫉妬で、みんなを癒す事も出来なくて……!)
焦がれる。妬み嫉む。仲間の強さがあまりにも遠すぎて。
華蓮より放たれた小さな棘は心の奥底からどろりと溢れるような乙女心。ちくり、ちくりと刺すように。今は心が言う事を聞かないと葬送の魔性を抱いた魔石が僅かに煌めいた。
「ッ――」
そうして、思い焦がれる者がいる。その『美しさ』を武器商人は知っていた。人間(いのち)とは何と美しいものか! 思い焦がれて、交錯させる。
突き刺すような棘(まりょく)を見送って武器商人は忌鎌(かわいいこ)へと声を掛ける。
「サァ。大詰めといった所だね。我(アタシ)たちが勢いのまま押し切るか向こうが耐えきって我(アタシ)たちを蹂躙するか……実に楽しくなってきたね! ヒヒヒ!」
波は雄弁だ。リヴァイアサンのその身動ぎ一つで海は怯え竦む様に揺れ動く。
自身が斃れるならば、その命を刈り取る一撃に他ならぬと武器商人は小さく笑う。
「無理はしないで……!」
最大火力を投射するには万全でなければならない。
万全とは何か。守りが安定し、攻撃手が専念できる状況の事である。
それこそ、ココロが『イーリン』という師より教わった事だ。武器商人やレイリーと達へと回復を行いながらブルーゾイサイトを散りばめた魔導書に魔力を込める。
「ヒールが鳴る音は、希望を告げる鐘の音! 負けちゃダメですよ!」
目を凝らす。状況を分析し、問題を解決するが如くココロは声を発する。
降り注ぐ水泡など決して自身らの敵ではないと告げる様に。
彼女の癒しを受けながらアルムは守護固めの剣と盾を握り前線へと躍り出た。どのような場所であれどメイドと言うのは美しく業務を遂行しなくてはならない。主人の命がそこにあるというならば、騎士たる乙女は活路を開くべくその身を盾とする。
「オーダーを復唱しましょウ。
例えどのような苛烈な攻撃だろうとアタッカーの皆様を守り抜き、そして全員で生きて帰る……心得ておりまス」
スカートを持ち上げる。盾を自認するメイドの堅牢さをとくとご覧あれと微笑む彼女へとココロの癒しが齎されればその唇には笑みが浮かんだ。
「それにワタクシも死ぬのだけは、死んでもゴメンですのデ」
「ああ――そうだな」
レイヴンが囁いた。四肢が悲鳴を上げている。それでも、進まねばならなかった。
もはや過去に消えた『無銘の執行者』を自身に投影する。その掌がしっかりと握りしめた『執行の大鎌』がリヴァイアサンへと突き刺さる。覇竜の導きを以て、降り注ぐ落雷にに気にも留めない。そして――『自身の中にあった感覚』が鮮明に呼び起こされる事だって、レイヴンは気には留めなかった。
霧が如く消えた『人殺しの自分』の力を恐れる勿れ。今はその力も必要なのだと鼓舞する様に走り続ける。
「最大火力がいるってか? っは! 面白れぇ! アタシの持てる最大火力で行ってやんよ! ――少しでも手は欲しいだろうからな!」
的確に敵を射抜くオーラをその身に宿す。エレンシアは霊樹の大剣を握りしめ、只、只管に憎悪の爪牙でリヴァイアサンを斬り続ける。剥がれた鱗の奥より血潮が動きに合わせてジワリと滲む。
苛烈なる攻撃の中、ぎしぎしと潮風で痛む髪とべたつく体に自身が随分長く海の上に居る事を感じてリアナルは「ぐええ」と唸った。
「流石にそろそろ……陸に帰りたいぞっ……!
水夫でもねぇのに船の上に居すぎてるんだ……乙女として大事なものを失ってしまいそうお……」
げっそりとしたリアナルは自身をバッファーであると位置づける。先ずは最適化する特殊支援を、そして、ヒーラーや他のバッファーたちへと能率を上げて戦闘を行えるようにと対応し続ける。
「いやもう、人も多すぎてどこまで騎兵隊かわからねぇから付与受けたいやつは近くに来い! 過労死するまでやってやらぁ!」
声を張り上げる。この戦場に居る者は皆仲間だと思えば、『過労死』レベルに働き倒しても悪くはない気さえした。
「過労死か、確かにしてしまいそうなほどにこの海は広い。
……だが、『オーダー』が分かり易いのは実に良い。足並みをそろえやすいじゃないか」
ゼフィラは小さく笑った。探索者便利セットをその腰に携え、魔性の直感で味方全員を立て直すべく号令放つ。
「本音を言えばもう少しスマートに戦いたいところだけれど、その余裕もないのでね――さて、騎兵隊の足を引っ張らないように頑張るとしようか」
その手には深緑に伝承される星狩りの弓を。
ゼフィラの声が聞こえる範囲に立ちながらタントは堂々と胸を張った。
「オーッホッホッホッ! 猛火豪炎烈日の如く! フルバーストで参りますわよ皆様!」
きらんと額を輝かせ、煌めきの如くポンポンを振り回す彼女はこの場における応援要員だ。その声援を響かせて、仲間たちを底上げする。そうする事でこの総力攻撃で有利に仲間たちが動くことが出来るように――
「海が、嵐が、水の中をうねる蛇が! 太陽に敵う筈がございませんわ!」
そう、彼女こそが苛烈なる太陽。『お天道様』はきらりと輝き、嵐の中でもその煌めきは失わない。
「構うな! 背中の些事は全て僕たちが排除する!力を出し尽くせ!」
リウィルディアのその声にタントは「ええ」と何度も頷いた。自身らが敷いた陣の中、仲間たちは圧倒的応援を受ける事だろう。
その励ましを確かに感じ取る。ウィズィは『戦うことしかできない』みたいだとその手にたくさんの想いを抱え、『可能性』をその身に纏う。
「叩き込んでやりますよ、最大火力……! 私の獣を、解き放つッ!」
目覚めて。雷電繰る獅子が如く、放射状に広がった。蒼焔がばちりと爆ぜる。
ウィズィは未来に向けて突き進む。狙うは、鱗落ちた肉。
しかし、一斉射撃に対してリヴァイアサンとて『虫の一刺し』を厭うものだ。
荒れ狂う波濤の上に雷が幾重も落ち、その脚が持ち上げられる。
「ッ――の!」
その脚に力を込めたウィズィがリヴァイアサンの脚を駆けあがる。具、と受け止めるレイリーにアトは船を繰りながら口笛を一つ。
「風穴こじ開けました、ぶち破って下さいッ!」
「オーケー! 『穴』に向かっていくぜ。振り落とされるな!」
アトのその言葉にイーリンは唇を釣り上げた。
「見なさい、私達の流星を。水平線の彼方までぶっ飛ばしてやるわ!」
叩き込んだ最大火力。
それ故に、リヴァイアサンの左脚が僅かに揺れたのは気のせいではない。
騎兵隊、此度は18人の戦士がリヴァイアサンと相対している。踊るが如くリヴァイアサンの前に滑り込んだ武器商人がその爪を受け止めれば、その身に纏う障壁が打ち砕かれてゆく。
顔を上げた華蓮はこんな自分でもと癒しを送った。どれだけ嫉妬に濡れようともその身に宿った魔力が誰かを癒す。彼女の傍、指揮棒を振るうシャルロッテが天空を見上げ「気をつけろ」と囁いた。
「けれど、『攻撃手』は進んで。言っただろう? 背中の些事は全て僕たちが排除する――って」
リウィルディアのその言葉にイーリンは頷き、メリッカは魔力をその身に惑わせる。
毀れたコインと後は言った。カタラァナの力だって騎兵隊のパワーの一つだとウィズィは前線へと飛び込んだ。
「……頼む」
クレマァダは言った。言わずには居られなかった。涙を流したわけではない――気丈にも彼女は真っ直ぐにリヴァイアサンを見ていた。「やだな、僕(クレマァダ)。そんな顔似合わないよ」なんて、言ってくれるな。
我の姉上の仇を――お姉ちゃんを殺した奴を、殺してくれ。
成否
成功
状態異常
第4章 第4節
「全く、あちらもこちらも自己犠牲の好きな死にたがりばかり……。
誰かの命だとか、想いだとか、そんなものは背負いたくなかったのに――私は自分一人だって抱えきれないくらいだって言うのに」
きりはそう、口にした。人の命とは斯くも重たいものか。生き残るが為の戦いに挑む『生存者』は攻撃を防ぐ障壁を展開させる。彼女の周りには妖気がぞろりと蠢いた。色違いの瞳はしかと眼前のリヴァイアサンを見据えている。
『オンラインゲーム』の中では命を賭ける事なんてなかった。ゲームは死んだとしてももう一度、復帰地点から開始できるからだ。
「はぁ……もう、でも、あんなものを見て、聞いて……それでもそんな甘い事を言ってられないですよね」
自身も覚悟を決めた。
コン=モスカの歌声に。『鏡面世界』が反射した攻撃に。
妖気がリヴァイアサンへと襲い往く。その背後に立っていたベークは味方へと強化と、そして破壊の肯定を与える。自身には聖なる哉と不可侵の聖域を纏い、あらゆる災厄を跳ね除けるための術式に魔力を灯す。
「ミロワール……いえ、シャルロットでしたか。少しは信用できるのかもしれませんし。
彼女の負担を減らすためにも、少しは頑張ってみましょうか」
そう呟いたベークの言葉に修也は大きく頷いた。先ほどまでは『魔種とイレギュラーズ』の関係性であった――だが、鏡面世界の結界が跳ね返した『味方艦隊へのダメージ』を考えればこそ、修也は彼女の『制限時間』の中で戦わずには居られぬとタクティカルハーフグローブに包まれた拳に力を入れる。
「彼女が個別に俺を認識していなくとも、このまま借りっぱなしと言うのも男としてな、立つ瀬がなくなる。
……彼女が魔種で、回復行動に何ら意味を持たないというならば、『攻撃こそが最大の防御』ってやつだな」
少しでも、一撃でもリヴァイアサンへと届かせるべく修也は己の中に存在した魔力を砲弾として作り出す。
高度な両面的戦闘をこなすことが出来る枯れは独特のリズムによる後の先にて、相手の攻撃を裁くが如く疾風が如く揺れ動く。
きりの妖気と合わさる魔砲がリヴァイアサンの鱗を僅かに軋ませた。
「罅……。成程、塵も積もればとか確かですね」
ベークの言葉に大きく頷いたリリーはレブンの背に乗りながら圧倒的な眼力でリヴァイアサンを睨みつける。狼の刻印刻まれた魔道銃を手に、冥闇の黒炎烏が周囲を踊る。
「火力全開? わかった、本気で……いや、リリーらしく!」
その手には緋色の鷹の翼を。レブン乗せを撫でて、リリーは真っ直ぐに攻撃を放った。
この戦いは愛しい人が『機』を作り出した。水竜の導きに、鏡の盾、そして――歌。
「すこしでもとおるなら、このまま……いくよ!
これがリリーたちのおもいのこもった……のろいだよ!」
リリーの放つ呪いに合わせ、前線へと飛び込むようにすずなが躍る。竜胆は禍々しい妖気と霊刀の如き清廉さを放つ。乙女の嗜みたる髪留めが大きく揺れ、麗しく淑女は『実践剣術』を放った。
「後がないのは何処も同じ、という事ですか。
そしてミロワール――いえ、シャルロット。貴女の挺身、確と見ました――一度は貴女を拒絶し、刃を向けた身なれど!」
届かぬ道理はないとリヴァイアサンへと放った一閃。切り裂き、穿ったその一撃に続きすずなの瞳が穏やかでない色を宿す。
「その挺身――無駄にはしません!! そして! ここでその命、散らせはしません……!」
竜鱗を斬って、斬って、斬りまくる。どれ程強固であろうとも、その刃で穿ってみせると羅刹門を潜りて乙女は息潜める。
踏み込むが儘、一歩。神速の抜刀がリヴァイアサンの鱗の罅を大きくする。
「脆いッ!」
すずなの一声が響く。どの箇所も時間勝負。ならばこそ、穿つのだとリヴァイアサンへと叫ぶ。
「リヴァイアサン! その腕――此処に、置いていけェ……!」
すずなの体を包み込んだのは柔らかなマナ。澱の森に漂う不変の霊力が仲間たちを癒し往く。ルフナのその身を巡る故郷の守護は絶望の只中であれども霞むことはない。
「シャルロット……!」
彼は振り向いて息を飲む。彼女が『鏡面世界』で味方陣営のダメージを肩代わりしていることは知っていた。
だからこそ、ほんのミリ単位でも敵の体力を削れれば。味方の体力が大きく残るようにと癒しを送る。
「何度でも呼ぶよ、シャルロット。友人として君の名前を呼ぶからさ。ちゃんと返事するんだよ。いいね?」
「……ええ、ルフナ」
ぎこちない声が返る。痛みを堪えたような、そんな声音にルフナは首を振った。
「君がいない未来なんて嬉しくないのはお互い様なんだからね!
君が運命に愛されなくっても紛れもなく僕らの一員だ。こんなに身を削ってくれた功労者を部外者とか敵とか呼びたくないんだ。
……それに、仲間の死は哀しいよ。だから――2回も僕を泣かせないでよね」
シャルロットは堪えることが出来なかった。自身は知っていた、この海原に起きた波頭が一人の少女を飲んだ事を。
ルフナは彼女の名を呼んだ。きっと、彼女はイレギュラーズの為ならばその身を『砕いても』良いと思っている。その曖昧な空気へと助け船を出したのは魔性の直感により周辺状況を解析したセリアの号令。
「まったく……みんな時間がないのはわかるけど、そっちが無茶するとこっちも頑張らないといけないんだから。
少しは長持ちするように手を抜いたり調整したりもしてよね。
――まぁ、わたしはあるだけ全力で吐き出すだけだけど」
その手には雄弁なる絶対者を抱え、魔力の雷が落ち続ける。リヴァイアサンより降り注ぐ雷などの物ともせぬとルフナが齎す福音を感じながら幸運の持ち主たる幻想種は己が内に渦巻く魔力を燃やし続ける。
ぐん、とその雷を受けても止まることはないようにとハルアは進んだ。清けき月を想起させるその衣服を揺らし、靭やかに踊りゆく。
「魔種なら絶対倒すってもう思えない。思わなくて良いって、シャルロットが教えてくれたよ。
……ボクは憎いわけじゃない。ただこんな今を吹き飛ばすんだ。だから、リヴァイアサン――!」
その掌に力を込める。生命体を破壊する気を送り込めば罅の入った鱗がぐらりと揺らいだ。
だがしかし、深追いする事は禁物か。戦慄く空より降り注ぐ白光は空を舞う者へと狙いすましたかのように降り注ぐ。
「ッ――また手を繋ごう。お祝いのハグもしようよ。無理しないで……!」
「あなたも。あなたもよ。ハルア。
……いきて、むりをしないで。わたしがみんなを守って見せるから」
祈るように、そう言ったシャルロットの言葉を聞いてカロンはくすくすと笑った。霧の森に住まう魔女は惨劇の沼より『伝承通り』の姿を模して顕現した。
産みの嵐を切り裂く伝承をその手にカロンは「シャルロット?」とわざとらしく首を傾いで見せる。
「なーに殉教しようとしてンのよシャルロット。イレギュラーズのために犠牲になるなんてそんな良いものじゃないわよ?」
魔女は己の身の内の魔力を真っ直ぐにリヴァイアサンへと放った。彼女の言葉は軽やかで、飄々としており、そして『魔女』敵だ。
「それにね、あんたは今まで悪い事してごめんなさいって謝りに行く仕事が残ってるの。
こんなとこでぶっ倒れて休ませてなんかあげるものですか。ローレットの為にずぅっとこき使ってあげるから覚悟しときなさい!」
唇が吊り上がる。猫の如く「ニャハハ」と笑ったカロンは攻撃を重視して戦い続ける。
「ヒロイックな死なんてクソよ! 絶対に死なせてなんてあげなぁい!
それに、海蛇もよ! 左脚だろうが右脚だろうが全部もいで情けないイモムシにしてあげるワ! きひひひひひ!!」
リヴァイアサンと名乗るのも恥ずかしくなるくらいの辱めをプレゼントしてあげるんだからと打ち出された魔力が一枚の鱗を大海へと弾いた。
成否
成功
第4章 第5節
戦場に響いたその歌声を、確かに受け取った。
ベネディクトはそれ以上は口を開かなかった。それ以上、語るのは無粋。戦場で雄弁なるは敗北だ。
栄光を関する槍に受けた思いと力を注ぎ込むのみとリヴァイアサンが元へと飛び込んだ。
「喰らい破れ、我が槍よ! 我が敵を打ち破り、勝利への道を切り拓け──!」
時間はもはやなく、防御に割いて居た意識は攻撃へと向けられる。そうした思考回路さえおしく感じられた。
掌から、呆気なく命は零れる。
誰かが死ぬというならば――それはどれ程に恐ろしいか。
各部チェック。『まだ動く』
ぎし、と音を足せてイルミナは立ち上がった。少しでもいい、ほんの少しでいい、シャルロットの時間を、この戦いだけで使い切らせないために、彼女は『機械の心』に惑いを抱いた。
「……彼女には先に進んでもらわないと!
イレギュラーズでも魔種でもなんでもいい、ヒトが先に進むなら、それを助けるッス!
そのためなら……機体の一部くらい、いや……全てでも、くれてやっても惜しくはないッス!」
守るが為に身を投じる。降る水泡よりベネディクトを庇うイルミナは自身に降り注ぐ痛みを全て攻撃へと変えてゆく。
「今まで蓄積されてきた傷跡がそこかしこにあるはずッス……そこを抉ってやるッスよ!」
押し込むように、自身の体を前へ、前へと投じた。
動け。
動け――!
軋む機械の体を惜しんでいる暇はない。機体の一部位惜しくはないと思えたからだ。
魔種。その言葉を唇に乗せて咲耶は首を振る。
「拙者は魔種を好まぬ。混沌で生まれた以上はその脅威も恐怖も良く身に染みているでござるからな。
しかし、お主は仲間を護った。何の因果であろうか分からない。
お主が仲間を守るというならば、拙者も微力ながらその想いに応えよう!」
翔ける様に、走る。絶望の青での戦いも幕引きは近い。
黒き獣が走るが如く牙を覗かせた。闇より討つその身を躍らせて咲耶は「後一刻耐えよ、ミロワール!」と叫んだ。
「ふふ、勝手に言ってくれる」
「だが、好ましそうだな。ミロワール……いや、人としての名はシャルロットか。
もう残りが少ないのだな。大丈夫だ、アンタは強い。魔種がどうだとかそういう事じゃない。
アンタとなら絶対に共にこの海を越えることが出来る。俺はそう信じるよ」
フレイはそうやって笑った。もしも、海を越えられないというならばその背に、ここに『シャルロット』と言う少女の想いを残していってくれと彼は言う。
海を越えた時、ミロワールと言う少女が存在しないことほど恐ろしく愚かな事はないと彼は篭手の形をした礼装を黒き盾へと変貌させる。
「それまでは絶対に守る。俺は守るのは得意だからな。俺は誰かを守るのが役目だ。
無為に命を散らすことはしないし、仲間の命を散らさぬように守るのも役目だ」
「けれど――」
フレイはシャルロットと仲間を守ると言った。シャルロットはいけないわと首を振る。
彼女は『自身の命を賭してまで他者を救うイレギュラーズを映した』鏡に他ならぬのだから。
フレイは小さく笑う。影の如き少女の頭にぽん、と手を乗せて。
「今は俺の背に守られる姫になって、己が役目を果たせ。そして、共にイレギュラーズの道を守ろう」
「――ええ、長く。『あなた』達を守る」
その言葉に、咲耶は、ベネディクトは前へと飛び込んだ。後悔する時間さえも惜しい。前へ、と身体は進む。
「ええっと、ええーと!? 相手は巨大ドラゴンで……早く斃さないとバリアも消えてミロワールは死んじゃって……!?」
リーゼロッテは煌めきの羽ペンを手に「うう」と唸った。そんな物語の様なシチュエーション、どうやってついて行けようか!
これが英雄譚の一節だというならば作者に「落ち着いて!」と叫びたい衝動を抑えてリーゼロッテは「お、お腹が痛くなってきたのよ」と小さく呟いた。
「でもでも、もうやれるだけやるしかないのよ! 頑張れわたし!
こっちは時間がないのよ! 早く動かなくなっちゃいなさい、このデカ物!!」
リヴァイアサンが眠りにつくまで。そうなるまで消耗を狙わねばならない。
リーゼロッテが描いた魔法陣より巨大なる炎の腕が飛び出した。
「天空よりその一片を顕現せよ──炎帝の魔腕!」
諦めてる場合じゃない。頑張らないといけない。誰かが死んだ。死んだとしても――前に進まねばいけない!
リーゼロッテの詠唱を聞きながら、聖骸剣ミュルグレスIII-2を手にしたセティアが「言っとくけど、おまえのこと、わたしもう許さないし」とリヴァイアサンを見据えた。
「もう呼び捨てにするから、リヴァイア!」
――その名はリヴァイアサン。リヴァイアサンさんになるのかもしれないが、そう思えば、元から呼び捨てであっただろう。だが、気にすることはない妖精騎士は細かいことは気にしないのだ。
「わたしたちあるばにあ? オカマ? よくわかんないやつ倒して此処とおりたいだけだし。
目あったからって絡んでくるリヴァイアほんと無理ってかんじ、みんなそうおもってる、たぶん」
放つはゲーミング斬り。妖精刀法アイリスティアは(以下略)を導く。もはや覚えてない。七色のきらめきがリヴァイアサンを目掛けて放たれる。
「泣いたら許されるとか思わないで。倒したら蹴るしライターで火をつけるしウナギのかば焼きにするからたぶん」
「……うなぎ?」
セティア時空に首を傾いだアンナは首を振る。不滅の布を揺らし、彼女は天を踊るように接近しながら周囲を見回した。
(成程……もう限界も近いわね。私も攻撃に回りましょう。
戦友の死を無駄にしないために。そして友人になった彼女を見殺しにしないためにも)
前線で『鰻虐め』を行うセティアの傍ら、アンナは刹那的な力を手にする。そして、飛び込むは一撃。
例え一発でもリヴァイアサンによる攻撃が自身に降り注げば――そうする事で猶予が伸びる筈だと時間に干渉するが如く微かな予知で戦いを有利な方向へと導いた。
黒マントをはためかせる彼女の傍ら、ぐん、と前へと飛び込んだジョージがリヴァイアサンの周囲に暴風を起こす。
「誇れ! シャルロット嬢。貴様は今この時、紛うことなき英雄だ」
「―――!」
シャルロットへと、その声を響かせる。ジョージは『連れていく』とイレギュラーズが約束したのならそうするのみだと拳を振るい続ける。
「あぁ、レディが身体を張っているのだ。背中を守られているのだ。ならば、それに応える。それが俺達の役目だ!
ひたすら戦い続けるのならば俺の得意分野だ! あいにく、拳を振るうことしか能がなくてな!」
ジョージが深くえぐるように放った一撃が左脚の肉を抉る。ずん、と音を立てたそれを聞き、ヨゾラは武装に頼ることなく特殊な技術や才覚を培い、熟練の技を放つ。
狙うは奇襲。探索のスペシャリストたるヨゾラは銀の髪を靡かせる。ミッドナイトブルーで描いた月星の魔法陣。巡る魔力を感じながら、リヴァイアサンへと奇襲を繰り出し続ける。
(焼け石に水かもだけど……何もしないよりはずっとましなはず!)
時間がない、と聞いて居た。その視線の向こうん存在するは黒き影の『魔種』ミロワール。ヨゾラ自身にとって関わる事のない存在であれど、味方艦隊を護ってくれているその存在がイレギュラーズと約束したのだ。
――生きて陸へ。
それが叶ってくれればいいと、そう願わずには居られない。
成否
成功
第4章 第6節
ふわりと宙を泳ぐように。ノリアにとって空も海もそのどちらもが『泳ぐ場所』だ。
被食者たる彼女は海水の中ちゃぷり、と顔を出す。
「いくら、ミロワールさんが、魔種だからといって、わたしたちを、信じてくださっているかたが、
わたしたちのために、傷ついてくださっている……それを、みすごすわけには、ゆきませんの……!」
小さな半透明の人魚の言葉にゴリョウは「よく言った」と腹をどんと叩く。
愛しの人は同じ気持ち。
そう思えばこそノリアはゴリョウと共に戦場を駆ける勇気と、やり遂げるという覚悟で胸がいっぱいになる。
(力強い、ゴリョウさんと比べれば、たいしたことは、できないかもしれませんけど……)
何事にも動じる事ない大いなる海の力を仲間たちへ。ノリアとすれ違うようにしてゴリョウは味方艦隊の前へと躍り出た。
「ぶはははッ、オメェさん一人に負担はさせねぇぜ!」
魔種ミロワールは『自身の生存』を優先してはいない。『イレギュラーズの生存』を『彼らが守りたい味方の生存』を重きに置いて自身の権能を発揮しているのだろう。
鏡を以てイレギュラーズを映し、イレギュラーズの『その思い』の通りに動くというならば借りは返すとノリアとゴリョウは協力し合う。
「ゴリョウさん」
「ああ! 無理するなよ!」
そっと、すれ違い様に指を絡める。それだけで、戦場を駆ける勇気になるのだから。
ゴリョウは耐え凌ぐように船へと落ちる落雷を受け止めた。
「不思議ね。殊勝な魔種も居るものね……まあ、本人の性質に因るのでしょうけれど」
猫を思わせる紅の瞳を細めて、澪音は信念を失い彷徨う様にして、生きていた。
だが、今は『彼女』と『この海原に在る者全て』の物語が進んでいるのだ。
「時計が壊れようとも、時が停まる事はない――そう。あまり、時間はない。
壊れた時計は物語の足を止めてしまう。けれど、この海原にある者の時計の針は進んでいるのでしょう?
……私も、精々抗うとしましょう」
澪音は巨体は当てるに易いと遠隔より飛ぶ斬撃を繰り出した。
当て勘は冴えわたる。魔的な勘を駆使して、澪音は降り注ぐ雷撃の隙間を縫った。
澪音を庇う様に、白は驚異的生命体なるその身でリヴァイアサンへと雷撃を返す。
防御を優先し、生存を優先し――そして、生き抜くために持久戦を繰り広げる。
魂が震えている。それは恐怖であり、驚愕であり、そして興奮と感激だった。
届かなかった思いを抱え、その未練を抱えた儘の『私達』にとっての奇跡。『伝説』も『奇跡』も白にとってはまだ遠い言葉のようで、これほどまでに近くに存在するか!
「私は今起きた伝説ほどの力も覚悟もないけど、私でも、私達でも出来ることはある。
――さあ神に届かない神楽を何度だって贈りましょう」
その身降ろすは力を継ぐ事出来ず神との対話をできない儘であった巫女。
巫女の神楽の傍らで、クォは「何が起きてるんだよー!?」と大仰に叫んだ。
「……何という事だ。一人の少女が、イレギュラーズが、大波に攫われ消えてしまった。
あれが、リヴァイアサンの放つ大海嘯と言うのか。あれが、イレギュラーズによる奇跡と言うのか」
呆然と囁いた鞍馬天狗。こうなれば出し惜しみをしている場合でもないかと彼はゆっくりと顔を上げる。
「待って、ぼくだって、戦えるんだよー!!」
クォの叫びに頷いたはルー。右側ではラド・バウの闘士たちも戦い続けている。それを思えばこそ、リヴァイアサンがどれ程までに強敵であるのかは身を以て実感できる。
「だが、周りの連中もこいつと戦ってるんだ。俺様、こいつをブチのめすしかねぇんだぜ。
こうなったら、どうこうあれ、絶対生き延びてやる。団長、指示を頼むぜ!」
ルーの言葉に次郎は「こいつとどうやって戦うというのだ……」と呟いた。眼前にあるのは自身よりも遥かに強大な竜の姿だ。
「しかし……イレギュラーズも抵抗激しいな。ならば、俺達も、やるしかないな。
有馬 次郎、この一世一代の戦い、生き延びてみせる! よし、ホリ、オレも攻勢に出させていただく」
覚悟完了と次郎はそう告げた。その言葉に頷いたのはホリ。
これが『竜種』と呼ばれる存在なのかとホリは小さく呟く。少なくともこの海を『越える』為にはアレを打倒さねばならないのは確かなのだ。
七星団の力を終結して――そして戦わんと小さな体に大きな勇気を抱いてホリは言った。
「今まで動けなかったんだ。自分らの不甲斐なさを、これで動かなければ、何が勇者だ。
ならば、死活に道を切り開く!! こうなれば、一気に攻めて奴を弱らせる!!
行くぜ、七星団!! 次郎! クォ! ルー! そして、鞍馬天狗、狙いは一点だ!! 一気に行くぜ!!」
ホリのその号令に従って次郎、ルー、クォ、鞍馬天狗が攻勢に転じる。
次郎が握る大盾には渾身の一撃を乗せる。リヴァイアサンによる猛攻がその身を削り取ろうとも、彼は倒れることはない。
強固なる盾のその背後より、滑り込む様にルーが飛び込んだ。ファイターは前線で戦うために生きている。蹴撃を放った彼に合わせて鞍馬天狗が後方より攻撃放つ。
リヴァイアサンの左脚が持ち上げられ、薙ぎ払うようにイレギュラーズへと繰り出される。
それはちくりと刺した『海月』の毒が回るかの如く、鬱陶しいと払うように動いた。その足の動きにノリアが「ゴリョウさん!」と声を上げる。
「ブハハハッ! 脚か! デケェな!」
笑うゴリョウは鏡面世界での『味方艦隊』の負担が掛からぬ様にと自身の身を滑り込ませた。
賦活の精神で、耐え忍ぶ彼の隣で唇を噛むように白が堪え続ける。
「シャルロット……! 大丈夫!?」
走り寄るニアのその声にハッとしたように魔種ミロワール――シャルロットは顔を上げて小さく頷いた。
イレギュラーズは優しい。だからこそ、自身を鼓舞し、自身を癒そうとしてくれている。
こんな、どこからやって来たか分からない敵陣の魔種を『使えるバリア』として使用するのではなく、一人の人間として扱ってくれるのだから。
僅か、黒い影が晴れる。少女の闇色の髪が僅かに覗く。それは、ノリアやゴリョウ、ニアたちを映したことでの変化だろうか。
「……無理をしないで」
「むりなんかじゃ、ないですの。わたしたちは、そうしたい、そう思ったから、こうしていますの」
ノリアは静かにそう言った。ゴリョウも、ノリアも自身の思いのままに行動しているのだという。
シャルロットは「あなたたちって、優しいのね」と困った様に、呟いた。
「……優しいよ」
ニアは呟いて、手をひらりと返す。
先ほど、シャルロットが口にした言葉をどうにも忘れられずにいたからだ。
「――私を守らないで、か。ふふ、そうだね。子ども扱いして悪かったよ。
また……お母さんみたい、なんて揶揄われちまう所だったかな。信じるよ、シャルロット」
ニアは風を纏い、小さく言った。「またね」と。シャルロットを戦場に遺して翔けるために。
「ええ、またね。ニア」
柔らかに、シャルロットの声が降った。その声音の刹那さにニアは唇を噛んだ。
彼女とて、もう永くはない事は分かっている。『鏡面世界』による負荷は蓄積している。その上で、リヴァイアサンの猛攻が見られたならば――
シャルロットが頑張っているのだから、とニアは水精の加護を頼りに攻撃を叩きこむ。
(シャルロットの時間も、少しは稼げるしね……! 待ってて。シャルロット。
あたしだって、約束があるから。皆で、生きて帰るんだ。あたしはその為に、ここにいる……!)
そして放つは『風』断ち。腕へと感じた衝撃はリヴァイアサンの纏う風が強靭である証拠か。
「ッ―――!」
それでも、諦める場合ではないのだ。
誰もが、そう、感じていた。
成否
成功
状態異常
第4章 第7節
「シャルロット殿、貴殿は……――いや、何も言うまいよ」
鬼灯が唇を噤む。その腕に抱かれる『嫁殿』は鈴鳴るように小さく笑い「鬼灯くんったら」と困った旦那様を慈しむように囁いた。
「ねえ、シャルロットさん。この間ね。フロランタンの作り方を教わったのよ。美味しい紅茶もあるわ」
嫁殿の紡ぐ言葉の続きを、鬼灯は理解していた。他ならぬ嫁殿の願いだというならば――叶えたいというのが自身の願いだ。だが、尊重するはシャルロットと言う少女、只一人だ。
「だから、だからね終わったらね……私と一緒にお茶会してくださる……?」
「奥様、もしも私の命が潰えて居たら『貴婦人のキス』の名の菓子を作って下さらない?」
シャルロットのその言葉に嫁殿は「鬼灯くん」と静かに声を掛けた。頷き、そして彼は前線へと飛び出した。
自身として――黒衣としての事を抜きにして――彼女の舞台はまだまだ見て居たい。だが、彼女が降り注ぐ喝采の中、それをも満足して舞台を降りるならば邪魔をする事は『忍』として許せない。
「……だめ。だめ、です……! 生きて、この先に進む、のは……一人でも多い方が、いい、ですから……シャルロット、さんも……どうか、海が穏やかになる、まで……ご一緒、に……!」
フェリシアは声を震わせた。落ちる鱗が雨のように、降り注ぐ。竜鱗は美しくも白光を反射し続けた。
絶対に帰って見せるという願いを胸にフェリシアは攻撃を重ねていく。
「もう、誰も……欠けること、なく。あの歌を、憶えて……生きて、伝えるためにも……」
フェリシアは確かに聴いた。竜への鎮歌。それがこの海に伝わる力であったというならば。
その歌を伝えるためにも、『これ以上の犠牲』は――フェリシアは頭を振った。
「そうですね。……ミミは魔種は怖いとしか思いませんけど、
彼女を大事に思う皆さんの気持ち、それを大事にしたいですよ」
混沌に生を受けたものは皆、魔種の恐ろしさを身を以て知っている。『ミロワール』が呼び声を発する事が無かった事で幾分か彼女への恐怖心はそぎ落とされてはいるが――彼女は人殺しだ。それも、自身の妹を殺した『過去』を持つ。
(そんなの怖いとしか思えないですよ……けど、今はミミたちを助けてくれている!)
味方艦隊へとポーションを分け与えるミミは眼前の強大なる竜を見てえへんと胸を張る。
「彼女、ミロワールを助ける為に今必要な事が竜を討つ事なれば……しょーがないですね!
ミミも一丁、やったるですよ! 喧嘩も滅多にすることはねーです、棒で叩くなんてお布団位です!」
けれど――『これだけでかい』のだからとミミは護身用スタンロッドでリヴァイアサンを殴りつけた。
「ミロワールの……シャルロットの作ってくれた、金剛石よりも大事なこの時間を。
一秒たりとも、一瞬たりとも、無駄にすることは許されないんだ……!」
マルクは兎に角、傷を刻み付けるのだと攻撃を重ね続ける。剥がれた鱗の下に叩きつける不可視の悪意。しかして、リヴァイアサンは低く唸るだけだ。
(今、ヒーラーとして出来る事は『アタッカー』の火力をいかに場持ちさせるかだ……!)
マルクによる癒しを受けて、マリアは前線へと飛び込んだ。赤電をその身に纏い、マリアは唇を噛む。
歯痒い! 歯痒い! 歯痒い!!
――これほど火力がない自分を歯痒いと思ったことはあるだろうか……!
マリア・レイシスはこの時点で一人の仲間を失った。イレギュラーズの、カタラァナ=コン=モスカと言う少女だ。彼女の起こした奇跡により多くの命が救われた。
そして、マリアの仲間を守るのは魔種であるはずのシャルロット。命を削り尚、守る固めに立ち続けている。その思いに応えたい――応えたいと願えども、圧倒的に力が足りないのだと歯噛みした。
「くそ……!」
思わずついた悪態と共にリヴァイアサンの元へと飛び込んだ。手を止める事など必要ない。天より落ちる白雷が自身を穿とうともマリアは止まることはない。
「君はいつになったらガス欠になってくれるんだい!? リヴァイアサン君! いい加減にしたまえ!」
叫ぶその声に応える様に不可視の悪意が放たれる。ゴシックロリータのワンピースを揺らして狐火を揺らがせる紅葉は邪眼――その色は熱血の赤か――を揺らし、小さく笑う。
「ククッ……流石ね、『大海の主』リヴァイアサン! そう簡単に倒れて呉れそうにないわね。
ええ、そう来なくっちゃ。そうじゃなきゃ面白くもないわっ! 詰まらない英雄譚では終われないもの!」
書に刻まれた英雄が如く戦うのだと『超魔王』として紅葉は攻撃を放つ。いつもの如くのポーズを取った彼女のその一瞥から攻撃が放たれる。
「下僕(なかま)達がこなしてくれるわ! 大口開けて呆けて居られるのも今の内よ、リヴァイアサン!」
紅葉のその言葉が現実になるように、前線飛び込むは凶弾。思わずあんぐりと口を開けた紅葉の隣でジェイクは小さく息を吐く。
「――シャルロット。『分かってる』な?」
「貴方こそ」
ジェイクは唇に笑みを乗せた。シャルロットを殺すのは己だとそう告げたジェイクは『殺すために守って』くれているのだ。彼に言わせれば『クソッタレな海』は人の死を雄大に受け入れる。
「お前をリヴァイアサンで死なせる心算はねえ。
それに――コン=モスカの加護で流れはこっちに来てるんだ。此の儘一気に押し込んでやる!」
その思いは滾る。だが、熱き思いを抱きながらもクールであれと自身に言い聞かせる様に息を吐いた。ターゲットを的確に狙い穿つには――?
そうだ。冷静沈着に、そして初心に戻るのみ。
「滅海竜よ。今のお前はただの獲物だ。獲物は追い詰めて喰らうだけだ」
「獲物。んふふ~、良いわね。脚を切り取っても『首』生えれないかしら?」
ころころと笑みを零した斬華。悪夢を屠り続けた戦士の伝説が自身の許ととなった乙女は「ふふ~ん」と笑みを零し『首を刈り取る』為にリヴァイアサンの左脚へと踊り出る。
「私ったら、只の都市伝説の残滓なの。けれど、皆を守って逝ってしまった見知らぬあの子や魔種でありながらお姉さんを守ってくれるシャルロットちゃんの為に戦うぐらいの気概はあるんです」
唇にたっぷりの笑みを乗せて、斬華は攻撃を繰り返す。何でも『首』だ。脚――ええ、『首』でしょう?
――誰に味方するのか、どう生きるのかは、そう大した問題じゃない。
利一は嘗てレオンに言われたという言葉が脳裏に巡り続けていた。ミロワールは魔種だ。彼女が生きる事で蓄積する滅びは見過ごせない。だが――順番がある。
彼女の今後等リヴァイアサンとの決着が着けば自ずと分かる事だった。気をまわしている余裕なんてない、ただ、目の前の戦いに集中するのだと利一は攻撃を放ち続ける。
「鱗が剥がれたか――! ならば、叩きつけるのみだ。
追い込まれた敵というものはなりふり構わず攻撃を繰り出してくる。注意するように!」
「ええ、分かりましたわ。……と言っても、此方もなりふり構っておりませんのよ!
ありがとう、ミロワール。その気持ちは決して無駄には致しませんわ。
貴女のために、ここまでに倒れた人達のために、リヴァイアサンを倒して絶望の青の先に行きましょう! 全ては誰もが幸福に暮らせる未来のために!」
ヴァレーリヤは祈る。その祈りの果て――叶わぬものがなきようにと自身の力を放ち続ける。
目指すは短期決戦だ。鏡面世界が効果を発揮しているうちに一気に畳み掛けるしかない。
「いきますわー!」
助けたいと願う事は、戸惑うことばかりだ。
それでも、ヴァレーリヤは、人を救うことを決して悍ましい事だとは思わない。
願うように、リヴァイアサンへと向き直れば、その眼前を走り抜ける聖剣の光が眩くも周囲を照らす。
ドーナツをぱくりと口に含んだ魔法騎士は「むぐ」と小さく唸った後にごくん、とドーナツを飲み込んでびしりとリヴァイアサンを指した。
「皆が頑張ってる……! 海洋の人達も、鉄帝の人達も、イレギュラーズも。そしてミロワールだって!
なら、ボク達も頑張らなきゃね。リヴァイアサンを倒して、ハッピーエンドを掴んでみせる!」
全ては『ハッピーエンドの為』に。
「ボク達は一人じゃ無い。こんなにも素晴らしい仲間がいる!
だからどんな強敵にだって、力を合わせて勝利してみせる!」
跳ね上がる。赤い兎の耳を思わせたリボンが大きく揺れた。
セララは息を飲む、そしてその掌に力を込めて叫ぶ。
「これが絆の一撃だよ! ギガセララブレイク!」
呼び寄せた天雷は聖剣へ。雷光を纏った斬撃を放つ魔法剣士の赤いマントが大仰にたなびいた。
リヴァイアサンのその身より溢れる紅がセララへ雨のように被さっていく。
だが――だが、流石は竜種か。それでも尚、へたり込むことはない。
「さあ、愛おしいミロワールちゃん。たくさんのイレギュラーズに愛された君の望みをおにーさんが叶えよう。
守るなというならどうか、せめて、イレギュラーズの誰かの手にかかるまで消えないでね?」
囁くヴォルペのその言葉にシャルロットは「約束、できるかしら」と静かに呟いた。
「約束してもらわなくっちゃ困るよ。みんな悲しむだろう?
それに――おにーさんは重傷も瀕死も興奮するタチで、守ることがお仕事なんだ!」
笑みを浮かべて見せた彼の言葉にシャルロットは可笑しそうに小さく笑った。
彼はぐん、と前へと進む。二重の障壁を張り巡らせる。リヴァイアサンより降り注ぐ水泡など気に留める事無く、仲間が殴り続けた左脚の傷へと『一度きりのチャンス』を叩きつけた。
成否
成功
第4章 第8節
「……シャルロット、持ち堪えて下さいっす! 作って貰った時間は無駄にしないっすよ!」
ジルはシャルロットへとそう声を投げかけた。美少女――その言葉は、混沌世界のイレギュラーズ達にとっては余りにも『武』に寄っている――達は小型船でずんずんと攻め往く。
「もはや時間は無いか……。砂時計を止める術はなし、全て落ちきる前に片を付けるぞ!」
種族:美少女たる百合子はその可憐な美貌に漢の表情を乗せた。操舵は自身が、足に蹴られて転覆しては全員でお陀仏だと快活に笑う彼女は蛇行するように船を動かし続ける。
「中々の運転だな」
汰磨羈の頷く言葉にセレマは「そうだね」と静かに囁いた。彼――性別が『美少年』だというので便宜上彼だ――は苛立った様にリヴァイアサンを睨め付ける。
「お前……竜如きがボクの物に傷をつけたな?
有用であったら利用しようとも思っていたが、もういい。お前はいらない。
お前如きがボクの所有物に傷をつけて良い理由はない。もうここでいなくなれ」
それは見捨てるかのごとき言葉であった。セレマにとっての所有物(シャルロット)は有用だ。それ以上もそれ以下も無く、自身の物であると位置づける。その彼女が瀕死だという。有用な『鏡』。美しくも残酷な美少年が為の鏡に罅を入れたというか。
「お冠だな、美少年」
「……怒る顔も美しいだろう?」
百合子の言葉に一瞥返したセレマの様子に汰磨羈は小さく笑う。楽し気に会話を重ねているが、彼女らはリヴァイアサンを斃す事しか頭にはないのだ。
「いよいよ、終幕の時が近づいて来たな。ここまで来たら、後はどちらかが斃れるまで只管に殴り続けるのみだ! 命を賭けた根競べ――人類のしぶとさ、特と味わい尽くしていくがいい!」
それは『矮小なる者』とイレギュラーズを見なした竜への言葉であった。
その矮小なるものにこうも傷を負わされている竜種へと汰磨羈は『根競べ』を仕掛ける。
「まったく……いい加減、その左脚を根元から切り落としてやりたいものだな!
竜種の脚――何に使えるかは分からないが、そのくらいの『儲け』を所望しても構わないだろう?」
汰磨羈の言葉にセレマは「傷だらけで美しくないだろう」と表情を曇らせた。
「竜を斃した誉れ――というのも『素晴らしい』モノッスけど!」
それは、彼女が師と仰ぐ赤犬さえ成し得なかったことだ。彼と、ローレットの頭目は竜種たちの住まう『領域(デザストル)』より逃げ果せたそうだ。そこに踏み込む勇気に生還したという逸話は英雄譚の一つであろうが『倒した』と言う方が更に上ではあるまいか!
鹿ノ子は達ほどの大きさの黒蝶をしっかりと握りしめる。繰り出すは、灯火を削り取る深々たる一撃――それは、雪の如く、静かにそして軽やかに。
「ひとひらの雪、それは取り留めもない一粒かもしれないけれど積もり積もって、気付いた頃には大きな塊になるッス!」
手応えを感じると言えば嘘になる。仲間たちの重ねた攻撃により傷ついた左脚より溢れる血潮に濡れることも厭わずに鹿ノ子は攻撃を重ねる。ただ、信じるだけ――信じるという心がどれ程までに尊いものか!
「誰かの死を悲しむのも、喪に服すのも、そんなのは全部終わってからでいいッス!
いま! この時が! 最大の好機! 冠位に勝利することが! 犠牲になったひとたちへの、僕からの餞ッス!」
鹿ノ子の言葉に頷き返したのは十七号であった。時間がないからこそ、我武者羅に攻めるしかなかった。
(――そろそろ、時間がない)
それは漠然と、そして確信めいて皆、分かっていた。分かり切っていた。あれ程までの攻撃を『受け止めた』のだ。鏡の魔種は自身の命を賭けてまでこの領域を越えるイレギュラーズを望んでいる!
(私自身が攻め手としてはやや不安定だという事は承知している。
だが、今がその時だ。……生き延びられたなら、攻勢の剣も学ぶ必要があるだろうか)
その培ってきた防御技術を生かし、破壊力へと変換した一撃を十七号は叩き込む。それを癒すはジル。美少女たちは荒れ狂う波濤を避けながら進むがリヴァイアサンの左脚が放った蹴撃を眼前より受け止める。ジルは直ぐ様に医療知識を生かして、仲間たちを癒し続けた。
十七号が自身の体をばねの様に使用して防御の技術を駆使しながらリヴァイアサンへと攻撃放つ中、ジルは仲間たちを癒し続ける。
背後で結界を張り巡らせたままのシャルロットを思えばこそ、彼女を癒したいと思うのが医術士の願いだが、それも儘ならないというのは歯痒く感じられた。
「シャルロット! 無理せずっすよ!」
ジルのその声にシャルロットは頷いた。彼女の事を気遣うイレギュラーズは山の様にいる。
ポテトはその様子に小さく息を吐いた。共に戦うことのできる存在となっても、シャルロットを助けるための癒しの力は与えられない。
(仲間を支えるのがヒーラーなのに……!)
シャルロットはこの儘では倒れてしまう。ならば、とリゲルへと、そして周囲のイレギュラーズへと号令を放つ。彼女は栄光を奏でる様に指揮棒を振り、自身の調和を賦活に変えた。
魔種。パンドラの魔法。それはリゲルが父と相対した時にも感じた無力感だった。
大切な人との別れを止める事の出来ないもどかしさに彼は唇を噛む。
「……それでも、俺たちの願いは、シャルロットをビスコッティに会わせる事なんだよ。
君が俺たちを想ってくれているように、俺たちだって君を想ってる」
銀の軌跡が走る。銀剣(リゲル)はその煌めきを蹴り飛ばすように動いたリヴァイアサンへと返す。
もう時間がない、とうリゲルは光を纏わせた剣を振り下ろす。
「失った沢山の命や思いと共に、ここでお前は水竜様と共に眠るんだリヴァイアサン!!」
ポテトのその言葉に、リゲルは自身も同じ思いだと終焉の刃を振り下ろす。
竜より雷が落ちる。怒り狂うように左脚が濤声を響かせる。
「ッ――なかなかの強者よの……だが、面白い!」
百合子は唇に笑みを乗せ、只、リヴァイアサンの許へと船を走らせた。
成否
成功
第4章 第9節
世界と言うのは斯くも残酷なのか。世界が軋む。荒神など天がお赦しになる訳もない。
怒り狂う神に歯向かう矮小なる人間を世界(くに)は認めることはないだろう。
あれは魔だ。淘汰すべき魔。為ればこそ、魔の示す滅びの運命から必死に足掻く事が人の子にできる事だ。
「魔種に守られているし、神様に攻撃しているし。
天義の御上が聞いたらなんて顔するか……今から楽しみね?」
メルトリリスは唇にゆったりと笑みを乗せた。薄桃の髪を揺らし、騎士見習いたる乙女は不屈の精神で己を鼓舞し続ける。
「さあ、神様、こんなときだからこそ、ギフトで明るい未来くらい見せなさいよね!! ばーか!!」
神の愛娘はゆっくりと振り返る。高潔なる彼女は自身のその身に万全の癒しを持つ。だからこそ、シュバルツを守ると堂々と言い放った。
「姉さんの彼氏だからとか、ロストレインは貴方に負い目があるとか、そんなんじゃ無くて……。
私が貴方を守りたいから守る――私、もう、子供じゃないから!
守護騎士を名乗るには、まだ体のパーツが多すぎるならば、足や目くらい捧げてやるわよ!!」
その言葉にシュバルツは小さく笑う。「ったく、言う様になりやがって」と彼女の頭をぐしゃりと乱雑に撫でてから、黒刃を翻した。
「俺は攻撃に専念する。だから任せたぞ、メルトリリス。
シャルロット。お前の覚悟鹿と受け取ったぜ。魔種だろうが何だろうが、今はこの際関係ねぇ。
たった一人の少女が、身を挺して守ってるんだ。俺らの明日を、未来への可能性を」
前進する、そして彼が放つは魔術と格闘を織り交ぜた独自技。シュバルツへと迫り来る水泡を受け止めるメルトリリスの表情が僅かに歪む。然し、直ぐにその表情は常の物へ。
「それに……さっきの詩、状況を見りゃ何が起こったかは想像が付く。
それに答えなきゃ、此処に居る意味がねぇだろう! 決めたんだ。この命は誰かの『大切』の為に使うってな。
ありったけの全力だ。俺らは生きて、この海を超えていく。だから、その道を退けろ滅海竜!!」
叫ぶ。喉奥より声をあげる様に。
その切っ先を竜へと届ける様に。
歌、そうだ、美しい歌だった――その響きを思い返してからノースポールはにんまりと微笑んだ。
「そうだね、シャルロットは守られているだけのお姫様じゃないんだね。
大切な人を守って、未来を勝ち取る為に戦ってる。まるで、騎士様みたい」
ノースポールは手を差し伸べる。魔種とか魔種じゃないとか、そんなことはノースポールには、そして、ルチアーノにとっても関係はなかった。
「貴女を信じる、信じてるよシャルロット。あなたは私達と同じ志を持った『仲間』なんだ!」
「ああ。君は――……ううん、だから、ポーは君を放っては置けないんだね。勿論、僕だってそうだ。
僕たちは諦めないよ。だから、シャルロット! 君も諦めちゃダメだ! あと少しで勝てるんだ!」
振り向かないと、ノースポールが走る。その背を援護するようにルチアーノはウイルス弾を打ち込んだ。
情念の刃が変化したマスケット銃より打ち出されるは理性を失う毒。宙を踊ったノースポールは白く眩い一弾を打ち込んだ。
「ルーク! 思いっきり打って!」
「ああ――人間の底力を目に焼き付けて、海の底へと帰るといいよ!」
暴れる様にリヴァイアサンが脚を振り上げる。その仕草に『いけない』と感じたのは誰だったか。
最早時間が少ないことを沙月は痛感していた。シャルロットが斃れるのが先か、リヴァイアサンを弱らせるのが先か、刻々とタイムリミットは迫り続ける。
「少しであれど、共闘した仲、無碍に死なせるものですか。彼女の想いに応える為に死力を尽くさせていただきましょう」
「ああ、だが――シャルロット。守るな? 諦めるつもりか。
冠位が相手だろうと竜が相手だろうと、諦める事を知らず往生際悪く足掻く私達を写し取った癖にか?」
ラダは静かにシャルロットへと言った。彼女の攻撃は牙を見せ噛み付くようにリヴァイアサンの許へと走る。
食い千切れと堅い表皮に牙突き立てながら、ラダ「シャルロット」ともう一度その名夜をんだ。
「私達の中には随分とお前贔屓の者がいる。
影響を与えただけの責任はとれ。無理だと思っても最後まで足掻け!」
「ふふ――そうね、わたしは『鏡』。あなた達って、恐れないんだもの。
わたしも怖くなくなっちゃった。歌を聞いたわ。そしたら、みんな、みんな、走り出したんだもの」
ころころと笑ったシャルロットの声を聞き沙月は彼女は本当に『鏡』なのだと感じた。
死とは恐れるに足らぬ事だ。だが、仲間が死ぬ事には慣れない。心が苦しいと声を上げだす。
これ以上の被害者など、犠牲者など、出さぬ様にと沙月が感じる胸中を『ミロワールは映している』。
「……参ります!」
ぐん、とその脚に力を込める。まるで華が躍るが如く、靭やかな身のこなしで沙月は走る。
これ以上の犠牲者など出さぬ様にと流れるように叩きつけたその手刀。沙月が一瞬後退したその刹那、けだもの牙が走る。
「僕自身はあまり口を出せる立場ではないのはよく分かっているけれどね。
ミロワール、君が死ぬというのは流石に見過ごせないよ……さっき、『責任取れ』って。そうだよ。
『シャルロット』を生かす為に言葉を重ねて、この海の外まで連れ出そうとしている人達がいるだろう。……君はそれに、彼らの願いに報いるべきだ」
シルヴェストルは自身の魔術知識でも魔種が『再反転』することがないことを知っていた。魔種ミロワールは如何なる奇跡の上でもその身を『人』とすることは出来ないのだから。
ああ、けれど――シルヴェストルの傍より影が牙を剥く。蝙蝠はリヴァイアサンのその身に牙を突き立てながら、シルヴェストルを振り返った。
「第一、ここで死んでしまったら――結局君は『海に溶けて死ぬ』のと、全く変わりがないじゃないか」
海に溶ける。
海へ――
それがどれ程までに鬱蒼とした事であるかを縁は初めて実感していた。
「……あぁ、生きるってのはこういう事か」
命を削って、ボロボロになって、数えきれないまでの犠牲を払って、それでも勝てなかったら――?
生まれて初めて、恐ろしいとさえ思えた。死という圧倒的な領域が今迄悪びれる事なく笑っていたそれが。
「俺は、諦めらんねぇんだ、くそったれ」
リーデルを深緑に連れて帰るために、マイセンに謝るために、それから――蜻蛉との“約束”を守るために。
縁は笑う。ありったけの力を込めて、リヴァイアサンのその体に刀を強く突き刺した。
その体が。吹き飛ばされようと、気になど止めるかと男は唇を釣り上げて。
「……ここを最初に“絶望の青”と呼んだやつに言ってやりたいね。見る目もセンスもねぇってな」
成否
成功
状態異常
第4章 第10節
「いよぉーしっ! さっきまでちょっと気絶してたのでなにがなんだかわかりませんがぁっ!
とにもかくにも大チャンスっ! いつものフルスロットルの倍の倍くらいでやってやりますよっこらぁーっ!」
がバリと起き上がったヨハナは叫ぶ。常の通りのフルスロットル、明るく元気な未来人だ。
ウザさで勝負を自認する彼女はアクロバティックにその身をリヴァイアサンの前へと踊らせた。
鍵をその堅い表皮へ――そして、仲間が傷つけた傷へ――突き立ててリヴァイアサンの体を駆けあがる。
「こっちにいますよっ! 蚊を追って自分の体をペッチンしちゃうみたいに自傷するがいいわフハハハハー!」
ちょろちょろと走り回るヨハナ。そろ、とその身はリヴァイアサンによる雷を澄んでで躱すが竜の体の上でその痺れに唸りを漏らす。
「ッ――おおっと! タンマですよ! ターンマ!」
ヨハナのタンマの間に。背の翼で頼々をリヴァイアサンの許へと運ぶハンスは鼓舞する様に呟いた。
「どんな苦境にあろうとも、今この戦場で、自分は鬼狩りの翼となると決めたのだから──!」
頼々が進めとハンスを掻き立てる。その気分は向上している。此処で攻撃なんて外すわけがないという自身さえも沸き立った。
「……我ながら、乗り物としての成長ばかりかな」
「いいや? ハンスの翼のおかげか攻撃を外す気さえしないようだ!」
悪い薬のようだと揶揄う頼々に人聞きが悪いとハンスは唇を尖らせた。然し、そうして遊んでいる場合でもないかと頼々は静かに彼を呼ぶ。
「――時間がない……ハンス! アレをやる時が来たぞ!」
「了解!解体ショーを始めちゃおう! カッ飛ばすよ!」
ただ、その言葉だけでハンスは超加速を始める。
勇者ではない――? 知っている。
経験もない――? あって堪るか。
けれど、あの奇跡と伝説を目の当たりにして、この羽搏きを止める程に恥知らずではなのだから!
「頼々くん!」
頷きだけが返された。ふははは、と大仰に笑い続けていた頼々の瞳に光が宿る。
「虚刃流秘奥――【空柊】! 有り得ざる刃とはいえ、徹りは悪いが手応えアリだ!
駆けろハンス! コイツを三枚におろしてやる!」
「しっかり捕まっててよ!」
駆ける。荒れ狂う波濤の中でも尚、その動きを止めることはないと真っ直ぐに駆け続ける。
それを眺めながら、利香は小さく息を吐いた。
「散々手を焼かせてもらったもの。
『鏡の魔種』ね。貴女ほどの強力な魔種、確かに死ねば滅びのアークの増加は相当抑えられるでしょうね」
「……ええ」
それは自身が滅びを助ける存在であることを知っているという頷きだったのだろうか。利香は素直に頷くシャルロットの顔を覗き込んで「馬鹿ね」と唇で三日月を形作る。
「でもせっかく助けたのよ、死ぬにしたってもうちょっとは粘りなさいな!
こんな曇り空じゃなくて、せめて最後に見る景色ぐらい晴れ渡った空にしなさい、シャルロット」
この荒れ狂う絶望は――美しく晴れ渡った未だ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)となるはずなのだ。
利香にとって魔種は愛を分け与える存在であっても情けをかける相手ではない。だが、ここまでしたのだ。この海が晴れ渡った所位――見せてやってもバチは当たらないだろう。
甲板を踏みしめる。降り注いだ水泡を受け止めて、利香は背後でイレギュラーズを支援する海洋王国軍を振り返る。
「私が彼らを護るわ。シャルロットの負担も軽減。どう、悪くはないでしょ?」
「……すごく優しい愛なのね」
シャルロットの言葉に利香は「どうかしら」と嘯いた。降り注ぐ水泡の下、スティアは福音を謳う。
魔種とは相容れることのない存在だ。癒しの効果が、そして彼女を救わんとした自身の魔力を魔種は真っ向から『その体』で否定した。
(私のやるべきことは、それでもあるんだ……! 今攻勢に出ている人達の支援を行うこと!
そしてシャルロットが倒れる前にこの戦いを終わらすこと! 絶対に諦めてなんてあげない! どんなに辛くてもやり遂げるんだ!)
祈る。
どうか、どうか、間に合いますように。
そうやって祈る事しかできないことがもどかしくてスティアは唇を噛み締める。
もどかしい――もどかしくて、堪らない。
「時間切れになるのはごめんなんだよなぁ!!
ここまでどれだけ時間をかけてどれだけの仲間が死んだと思ってるんだ。だから、まだ、戦え!!」
ランドウェラは吼えた。眼前の存在はどれ程までに強大化。
リヴァイアサンの命が自身の糧になると思えば、燃えてくるとランドウェラは二まりと笑う。
「何もしないよりましだろう。ちょっとくらい、役に立たせておくれ?」
狙い穿つ。その痛みを与え乍ら。楽爛乱と笑い続ける。
健やかに、穏やかに、そして、醜く壊れていく。心はまるでガラス細工。
だが、ランドウェラは止まらない。にんまりと微笑んで、生命をわがものとすべくその命を吸い続ける。
仲間が死んだ。
海洋王国のものも、イレギュラーズだって。
死んだ。
「シャルロット君……わかった。貴女の覚悟は無駄にはしない。
あなたが作ってくれた時間で、必ず道を拓いてみんなで未来を掴む!
もちろん、あなたも一緒にね!! 私は絶対に諦めないから!」
アレクシアは振り返らない。リヴァイアサンを弱らせるべく美しき花を纏う。
大きな体に蝕む毒はアレクシアの願いを込めて。リヴァイアサンを弱らせて、シャルロットと陸へ向かうが為。
スティア、アレクシア、とシャルロットはそう呼んだ。鏡に映った彼女たちは、どこまでも高潔だ。
「わたしも、頑張らないと」
「――ミロワールは、残り少ない命を懸けて、私達に託してくれました。その想い、無駄にはできません。
経った今ここに駆け付けた私ですが、彼女の生きた証はこの世界にあるんです。
この世界を失えば、彼女が残した生き様も無駄になる、私は、そんなの絶対に見過ごせません!
シフォリィ・シリア・アルテロンド、参ります!」
鮮やか青空の如くマントを揺らしてシフォリィは前線へと飛び込んだ。アレクシアの美しき華の中、背に不可視の翼を羽搏かせシフォリィは白銀の刃でリヴァイアサンのその身を傷つける。
左腕の鱗がごろりと落ちていくさまがアレクシアには美しき華が枯れ落ちる瞬間にも思えた。
「シャルロット君のためにも! 自分の怪我なんて気にしてられるもんか!」
「ええ。勝利の為に得た傷など、掠り傷同然です。行きましょう――!」
可能性がその身を巡る。シフォリィが踏み込むと同時、、棘の花をその身に惑わせたアレクシアは魔力の矢を放つ。
「あかんよ。……きっと、シャルロットちゃんは二人が死ぬと後悔する。まあ、死なせてはあげへんのやけど」
蜻蛉は囁いた。死の臭い満ちる中でも彼女は美しいコロンをその身に寄り添わせる。
誰かの命の上に人は皆、生きている。
強い思いが突き動かす運命は常に変動し続ける。今までを思い返す。関わる人が違えば――好きになる人が違えば――ここに立つことなんて、なかったのかもしれないと。
「……今更。でも後悔はしとらんのよ」
大切な人を守りたかった。その思いには嘘はない。ただ、それだけなのだ。
単純だと笑うだろうか。諦めてしまいたくなっても諦めなかったと未練がましいと笑うだろうか。
女とはそういうものなのだというように神秘に親和し蝶を躍らせる。降り注ぐその痛みを、この手が拭えるならば――『悪くはない』でしょう。
「ひと華……咲かせましょうや。枯れぬ想いの花よ」
命の花が咲き誇る。
散った華がある事にジェックは唇を噛んだ。赤い血潮が溢れたって、それでもいい。
不甲斐ないとさえ、自身の事を思った。はじめて、戦うことしかできない自分を恥じた。
「まだだ………マダ、足りない。削って、削って、ケズらないと。
これ以上ダレかが死ぬ前に、夢から醒めたあのコが傷付きタオれる前に、アタシには……コレしか、デキないんだカラ……」
世界法則を計算式に置換した。黒き猛禽は愚直にリヴァイアサンを貫いた。僅か、表皮に刺さった弾丸に、もっとだと求める様に引き金を引く。
どれだけ小さな所でも、針の孔でも打ち続けなければ、当て続けなければいけない。
「道はヒトリで引くものじゃナイ。アタシにできるのは、ソノ走りにナルこと。
少しでも火力をダすことが、一人でもオオくの命をスクうと信じて――」
灰色の世界を生き抜くための、師の教えが、相棒の気配が、戦友の声が、父子の絆が、兄妹の如き記憶の灯りが彼女の指先に力を与える。
撃鉄を起こせ。引き金を絞れ。
前へ――リヴァイアサンを撃ち抜け!
成否
成功
状態異常
第4章 第11節
「ははあ、やっぱりキミには回復できないんだねシャルロット。任せておけ、僕が何とかするさ」
ヨハンは柔らかに微笑んだ。任せておけ、とその胸を張って指揮官として声高に叫ぶ。
「さぁ行くぞ! オールハンデッド!!
鏡面世界を無駄にしないためにも戦って戦って戦い続けるんだ!!
回復、指揮は僕が受け持つ!あるもの全てをぶつけて投げつけてたたきつけてやれ!!」
情報は出揃った。悲しみ嘆いている暇があるならば剣を取るべきなのだと指揮棒を振るう。
ヨハンはこれを好機とせずに何がレイザータクトであるかと魔性の直感において、味方全体を当てなおす。
戦いの教本、生きた見本として。参謀たるその身を戦場に踊らせる。
「僕が攻撃手たちを最強のアタッカーにかえて見せよう。さあ、進め!」
遠くに響いた仲間の歌声。荒れ狂った竜の怒りに、逆鱗が如く立った波頭。
レジーナは確かにそれを見た。そして、歌が消えうせた時、刹那、黙祷をささげてから小さく笑みを唇に乗せる。
「我(わたし)も主義を貫くのをやめる時かしらね?
――リリース。『善と悪を敷く天鍵の女王――我が身は鋼となりて』!」
その白髪を揺らし、『アストラークゲッシュ』の乙女は享楽の悪夢を知らしめる。青薔薇の近衛たる乙女はくすりと『お嬢様』の如く笑みを漏らした。
「しかし、人種の意地の前に、その傲慢さをどこまで保てるかしら?
まぁ最後まで保って貰って構わないのだけれどね。……遠慮はいらないわ。
我慢なんてしないでさっさと墜ちなさいな」
指先が躍るように、手を伸ばす。突進するが如く軍馬が走る。フルーカス・エト・テンペスタスをリリース。
前線へと飛び込んで行くそれを見送って史之は不安げにシャルロットの名を呼んだ。
「ダメな子だね、シャルロット。本当にダメだよ。こんなところで力尽きちゃ。
ビスコッティに花を一輪送るんだろう? 彼女を弔うんだろう?」
「ええ。ビスコ……わたしの愛しいあの子に」
史之の言葉にシャルロットは苦し気にそう言った。彼女にとって、それは叶わぬ約束だというか。
その刹那気な気配に気づいたように史之は肩を竦める。聖なるかなと光がリヴァイアサンの前で霧散した。
「……言ったよね。この海の外でシャルロットと呼んで欲しいと
まだだよシャルロット。まだその時じゃない。
君が見たいと言った『みんなの未来』には君も含まれているんだから」
その未来の為、暴れるしか能の無い竜など必要はないと史之は毒づいた。
リヴァイアサン――龍とは神とも称される。神と言うならば話せばわかると、そう想像もしていた。
嗚呼、だが、これほどまでに荒ぶる存在と同話が出来たものか!
史之は残念だと小さく呟いた。降り注ぐ水泡の中、レイチェルはシャルロットの手をそっと握る。
「鏡だとか魔種だとか一切合切関係無い。
シャルロットが死んでも俺は悲しい。また誰かの命を取り溢すは御免だ。お前含め、皆一緒にこの海を越えなきゃ意味がねぇンだよ!」
レイチェルは叫んだ。己の身に刻み込んだ術式のリミッターなどこの場には必要なかった。
神は復讐を咎める。神の怒りに任せよ、と。今この場で神を信じてどうなるというのか――!
復讐するは――『彼女』を救うのは自身らしかないではないか。
「ヨハンナも、死なないで」
シャルロットのその言葉に小さく笑う。唇より牙を見せて。鏡面世界が跳ね返すダメージ量で彼女の影が揺らいでいる。
レイチェルは――ヨハンナは彼女の頬をそっと撫でて、リヴァイアサンを見上げた。
「……時間がねぇ、とっとと大人しくしやがれデカブツが!」
その眼前へと踊るように弥恵がその身を投じた。死と腐敗と茨を形作るは悪意と快楽の死滅結界。美しき舞姫は銀のヴェールを揺らして、リヴァイアサンを前で『魅せる』が如く自身に輝くステージを位置づけた。
「要はミロワール様は私達を守ってくれていて、早くリヴァイアサンを倒さないとダメ。
――それだけ分かっていれば十分です。他の事は平和になった時に考えればいいのですから。
さあ、とくとご覧あれ! 荒波の上でも我が踊りは狂うことはしませんよ!」
凛々しく清楚に。そして色香を漂わせる弥恵はすらりと長い脚で踊り狂う。呪い穿つが如く、黒薔薇のドレスを纏った弥恵はエンターテインメントの如く『魅』せ続ける。
全部出し切るつもりなのだと、踊り続ける。何かに意識がそれたならばリヴァイアサンの作る荒波に呑まれること位分かっている。だからこそ、痛みなど、消耗など気にする余地もない。
踊りを眺める人々は彼女に勇気つけられただろう。
だが、傷つくものは多い。郷は治療しても治癒しても終わりがないと神託者の杖をぎゅ、と握る。
「これがいつまで続くんだ……」
まさしく、地獄だというように郷は治療環境を整える。体力、精神力、意志、抵抗力をフル活用し、傷病者を救うがために走り続ける。
こんな所で失われていいいのちなど、ないのだというように。
「だから、もう少しだけ生きてくれ! もう少しで、誰かが――誰かが来てくれるから!」
励ます声に不安が積もる。簡易的な治癒魔法を施して、郷は励まし続けた。人が、死ぬ事なんて、御免だった。
「共闘してくれたんだから、魔種と言ってもミロワールにはムクイてやらなきゃってオレは思うんだよね。
ラストバトルだ! クイを残さないように! 倒れる時は前ノメリだよ!」
イグナートはその右腕に力を込める。ミロワールにしてやれることは何だろうか、と考えた。
大きな戦いは犠牲が付き物だ。一人、海に呑まれ、一人、ビームに焼かれた。一人、そうやって考えたって限はない。それでも少しでも、納得のいく方に歩を進めるがためにイグナートは拳を固める。
「ミロワール! あの竜を斃すトコロをミテいて! きっと晴天だ!」
「ええ、ええ、きっと――美しいんでしょうね。青空が」
シャルロットの言葉にイグナートは頷いた。
苦難を敗れ、栄光を掴むがために。正義の拳がリヴァイアサンへと突き立てられる。体内の木の流れを制御し、自身に積もるダメージを受け流す。
「もう一息! どうせなら竜のアシを引き千切って勝利のアカシにしてやろう!」
竜の脚を捥いだ英雄。確かにそういうのが居てもいいだろう。そう思えばこそ愛無は『面白いものだ』と感じた。
人間とは斯くも勇敢か。そして、魔種と言う存在は『自身の性質』で斯くも変わるか。
愛無が一瞥する。相手も相応に傷ついているだろうが味方の消耗が早い。リヴァイアサンか、それとも退路を失うか。
これは生物としてのスペックの差だ。流石は矮小なる者だとこちらを莫迦にするだけの事はある。
退くことが出来ないのならば、戦うしかあるまいかと愛無は何時もの如く、セオリー通りに自身に全盛の力を乗せる。
無数の眼球がぎょろりと動く。悍ましき呪いが如く、蛇はその牙を覗かせた。
「超えられない壁なら。貫き穿つのみ」
穿つ。穿たなくてはならないとライセルは唇を噛んだ。
カタラァナ=コン=モスカと言う少女が居た。イレギュラーズの、海洋出身の少女だった。
水竜様と呼ばれた小さな近海の主が居た。神様と呼びかければはにかむような、小さな少女だった。
鏡の魔種ミロワールと呼ばれた魔種が居た。仲間を守る為に結界を張った、小さな少女だった。
「頑張ってくれてるのは女の子ばかりだ。――ここで頑張らないと男として立つ瀬が無い」
ライセルは吸血の魔剣を手に前線へとその身を躍らせた。深いアメジストを飾った『永久』が音立てる。
「ッ――ここでアルバニアを倒さないとラクリマが死ぬんだ。
早くどけよ……早く……! 時間が無いんだよ!」
ライセルは叫んだ。リヴァイアサンの血潮溢れるその場所へとその身を投じて苛立ったように振り下ろす。
皆が傷んだ傷がそこにはあった。この一太刀に、この傷にどれだけの犠牲が払われたであろうか。
ライセルの脳裏に過ったのは薔薇の青年。彼は、死の呪いに侵されている、それでも尚、戦い続けていた。
ライセルのその身にリヴァイアサンの爪が降り注ぐ。エテルニタスのチェーンは切れることはない。
「……俺が負う傷なんて痛くない。俺は絶対に諦めない。――俺は、ラクリマの命を諦めない!
リヴァイアサンを封印してアルバニアを倒す! 血を啜れよDáinsleif!」
此処を越えなくては、誰かが死ぬ。大切な人が。この海に溶けて消えていく。
そんなことが、許されようか!
成否
成功
状態異常
第4章 第12節
幾星霜を照らす清き月の光よ、瓶の中に揺れる静謐なる世界よ。
アカツキは瓶の蓋を開けて、シャルロットへと手渡した。だが、聖なる光は彼女の影に溶けるだけだ。
「まあ、効かぬとは思って居ったよ。居ったけど……折角用意したし……。
身勝手と怒ってくれるなよ、妾の心残りをなくすための儀式なんじゃ。シャルロットちゃん」
そっと、アカツキは微笑んだ。朱の刻印をその両腕に刻み、焔の気配を揺らす彼女はゆっくりとシャルロットの傍を発つ。
「ほいでは、行ってくるぞー! また会えることを信じておるよ、妾は」
「アカツキさん」
「リンちゃんも。後で会おうぞ!」
にんまりと微笑んでアカツキは前線へと走り出す。焦りは禁物と分かって居ながらも、背後の事が気になってしまう。
それが自身の悪い所だとでも言うようにアカツキは小さく笑った。すれ違い様、声を掛けてくれたリンディスが直ぐに行きますと本より一枚破っている様子を見遣ってから天をも焦がす焔を放つ。
「さあ、燃える良い! 鰻焼きの準備は整っておるぞ!
むぅ、……こういう極限の場面こそ焦ることなかれ……頭では分かっておるのじゃが、いざ実践しようとすると何と難しい事か!」
シャルロットの傍で、リンディスは焦っていた。時間がない、と言うのは分かっている。
こんなにも目の前に存在していると言うのに、彼女には何も施すことが出来なくて。
厭、と頭を振った。目の前の竜を一秒でも早く斃す事が叶うならば――『可能性』はある。
「シャルロット、一緒に、頑張りましょう。癒す事も、物語の加護も貴女には与えられない。
けれど……私達は少しでも早く、この戦いを終わらせます。だから――その時まで、これは預けておきますね」
白紙にはシャルロットの記録と綴った。そこから先はまだ何もない。行ってきますとリンディスは前線へとその身を投じた。
「白紙……?」
それを呆然と見下ろして、シャルロットは首を傾ぐ。戦いが終わったら書いてみてくださいと微笑んだリンディスの背を見送ったシャルロットの傍らでミーナはリヴァイアサンの呼び寄せる白雷より彼女を守るようにその身を投じる。
「白紙、か。お前の物語を書くんだよ、シャルロット」
ウィリアムのその言葉にシャルロットは「わたしの」と小さく呟いた。
リヴァイアサンの左脚への攻勢は続いている。だが、だが――シャルロットの――『鏡面世界』のタイムリミットが違い事には違いない。
「回復が効かねぇなんて……不公平だろ! シャルロット、もういい、もう十分だ!
お前が死んだら約束も何もないだろ? また私の手を振りほどくのかよ!
無駄だって何だっていい! 海洋の兵で、回復スキル使えるのはいないのかよ!?」
叫ぶミーナの声に応える様に海洋の友軍兵士たちより齎される癒しは、効果を顕すことはない。
畜生、とミーナは呻いた。畜生、と。自分の命の半分だろうが何だろうが持っていけばいいとミーナは叫んだ。
こんな所で死なせて堪るかと叫ぶその声に応える様にウィリアムは頷いた。
「例え相容れない魔種であっても、約束は果たす。
俺達は、最後まで諦めない。だから、お前も――お前も、約束を諦めるな、ミロワール!」
「諦めたくは、ないわ。諦めたくない。……けれど、みんなが死ぬのは、もっと恐ろしいの!」
叫ぶシャルロットのその声にウィリアムは唇を噛んだ。最大の魔力を、リヴァイアサンへ届ける彼は息を飲む。
もう二度と、誰かを失いたくはなかった。
彼女だってその『誰か』の一員だ。身を挺してまで仲間を守ろうとする彼女。
願いは、叶えるものだ。星を見続けた彼は、そう願う。
「貴女が私達を映し、そうなったのだとしたら――
その在り様は最早魔種のミロワールではなく、イレギュラーズのシャルロットなのではないですか」
無量は目を伏せてそう言った。魔種にあるまじき言動は『普通にローレットで過ごす少女』のようで。
「そう、かしら。ふふ――今だけ、わたし、貴女と一緒なのね。無量」
己の行く末を知り、その上で運命を受け入れて他者の想いを慈しむ彼女。仏の教えにおける悟りの領域に踏み出したと同様のその状況に彼女は小さく呟いた。
「妬けますね」
嗚呼、自身が『救う』と決めた彼女のその楽し気な空気が、苛立たせるような気さえした。
だからこそ、独りでなど、彼女をこの海の底へ等、逝かせたくはなかった。
神を斬るが為、無量は進み往く。
その背を見送るシャルロットの手をぎゅ、と握ってムスティスラーフは小さく笑った。
「もう一回呼んでみて」
「おとうさん」
「ふふ。お父さん、か。父と呼ばれたのはいつ以来だろうね。……息子が最期に、……」
ムスティスラーフの記憶の記憶にこびり付く父と子の記憶。息子は、最後に守ろうとして、そう呼んだのだ。
似ていると、ムスティスラーフは感じた。
「……今度は、今度こそは僕が絶対守るから」
――もう二度と失ってたまるか。
何もできない無力な自分とは違う。何度も撃った、何度もぶつけた。最強放題の名を得た。
「シャルロット。この力で必ず君に希望を見せるよ――最後の願い、叶えて見せる」
ムスティスラーフのその言葉に、シャルロットは不安げに頷いた。
「ねえ、海が……」
囁くその言葉の意味に気付いたのは無量も同じであっただろうか。振り仰ぎ、彼女は「シャルロット」と彼女を呼んだ。
壮大なる海の涯、眠り妨げられしわだつみの咆哮が響く。
大気揺らがせ、海を割り、深海の怒りが顕現したが如く雷光が嘶いた。虚空をも埋め尽くすが如き水滴は『ソレ』が動いた事で雨が如く降り注ぐ。
悪夢が如く血潮を溢れさせた左脚が揺れ動く。白雷は持ち上げられた波濤に巻き込まれ、橇立つ城壁の様にも見えた。
――水竜覇道――
その言葉がウィリアムの脳裏に過る。
「――くそっ! シャルロット!」
奇跡を乞う。ミーナとて同じだ。
この手を取ってくれ、と伸ばす。だが、奇跡とは起きないからこそ、人は奇跡と呼ぶのだろうか。
「おとうさん――!」
「――シャルロット!」
シャルロットをムスティスラーフが留めんとその手を握る。
立ち向かうための力になる。彼女を失わないために、『もう二度と』がないように。
は、と息呑んだ。眩いばかりの、白き光。雪が如く降った奇跡の鱗粉。
ムスティスラーフの握った少女の指先から、影が抜け落ちていく。
それは奇跡の光によるものだった。
「シャルロット……?」
名を呼ばれ、シャルロットは眼前の少女を見た。白き少女、シルキィ。
彼女はその命を代償にしたって、荷物を分け合うことを選んだ。
鏡面世界のダメージを肩代わりすることを。奇跡は確かに、その場で花開いた。
白き雪の様に降る、淡くも美しい奇跡であった。
「どうしたのぉ? シャルロットちゃん」
白き姿をした少女は、小さく小さく笑った。願いが叶ったとでも、言うように――
●
癒しが届かないなら――
加護が届かないなら――
世界は理不尽だけれど、それでも順当に回っている。
なら、その痛みを分けて欲しい。重たい荷物は二人でなら持って居られるはずでしょう?
シルキィは願った。『あの子』のその力を、鏡面世界をほんの一部でいいから、どんなに歪でもいいから。
自分の神秘の全てを懸けて、再現と防御を。
シャルロットの負担を少しでも肩代わりできれば。
シルキィの周りに漂う白き光にシャルロットは彼女を呼んだ。「ダメ」と「嫌」と。
「……可笑しいなぁ、なぁんにも聞こえないけど、キミの考えてること、何となくわかるよぉ。
それでもわたし、キミに死んで欲しくないんだ。だから、あの時みたいに痛みを分かち合おう?」
そっと、シャルロットを抱きしめていたムスティスラーフが彼女の背を押した。
鏡の魔種『ミロワール』のその姿は奇跡の残滓が触れた部分より、影が抜け落ちていく。
「やっと、キミの顔、見れたねぇ」
微笑が、薄れるように消えていく。荒れ狂う波濤を、天より落ちた白雷を受け止めた『鏡面世界』の罅が修復されていく。
それが、シルキィという特異運命座標が肩代わりしたという証左であった。
「……だめ。だめよ。わたしは、魔種だもの。死んだってそんな魔種が居たって話で終わるでしょう!?
あなたは、あなたは未来があるの。あなたはイレギュラーズなの。あなたは……わたしの、友達なの」
シャルロットは、無量が言ったとおりに『イレギュラーズを映した』事で、イレギュラーズの少女の様に振舞った。
魔種でありながら、破滅を蓄積させながら、聖なる光の中でも尚、何処にでもいるような少女の様な顔をして。
「わたしが、わたしが全てを受け止めるから……!」
囁いたその言葉に首を振る。
また会えるよ、とアカツキは微笑んで手を振った。
白紙の頁に物語を書いてください、とリンディスに乞われていた。
ムスティスラーフは守るよと、その手を握りしめてくれた。
ミーナはもう二度と手を振り払うなと願い、ウィリアムは彼女を守る結界を欲した。
全ては一つの約束を守る為に――
その上に、たくさんの約束が積み重なって、奇跡の光の中で淡く光る。
「だから……わたしからも、お願いがあるんだぁ。約束して、シャルロットちゃん」
シルキィの掌が、そっと。シャルロットの頬に触れた。
――もしも、わたしが生きていたら、一緒にこの海を出よう。
もしも、わたしが死んでいたら……キミは生きて、この海を出て。
この海の外で、ビスコちゃんに綺麗な花を一輪買って、弔ってあげて
……約束だよ、シャルロットちゃん――
いやだと叫び声が響いた。何かが、割れる音がした。
それが、シルキィと『分かち合った』痛みである事に気付いた時、『鏡の魔種』ミロワールは――シャルロット・ディ・ダーマは泣いた。
成否
大成功
状態異常
第4章 第13節
光の粒子の下、黒髪の少女が茫然自失として立っていた。
「どう――なった……?」
ドゥーの言葉にシャルロットは――『鏡の魔種』ミロワールは「分からない」と首を振る。
「わたしは、奇跡なんて起こせないわ。可能性(パンドラ)に愛されていないもの。
けれど……わたしの『鏡面世界』への負担が減ったのは確かなの。まだ、戦えるのだって……」
へたり込むシャルロットのその背を撫でて未散は「立てますか」と囁いた。
「言ってたでしょう、シャルロット様。『自分なんて』と。
ええ、此処で貴女が死んだのであれば屹度さぞ美談として語られるのでしょうね。
『そういう運命の巡り合わせで遭った』と謳われる。けれど――そうは思わぬ者も多数いたという事です」
蚕蛾の娘はその命を賭してでもシャルロットの背負った負担を分け合いたいと願った。
その奇跡を、『青い鳥』は否定しない。姿を見ることが出来るようになった黒髪の少女の背中を眺めてヴィクトールはその表情を、そのちっぽけさに「ああ、確かに鏡なのだ」と思った。
死にたがり。
死にたがりの、シャルロット。
鏡の少女はイレギュラーズを映して『命を賭す』事をした。
(でも君は死んでしまうんだ。このままだと。
ボクは死んだっていい、けど君は――ときっと思っているのでしょう)
ヴィクトールがシャルロットの背に並び立った味方艦隊を見遣る。魔種である彼女にとっては『敵』であるその存在。
「さあ、シャルロット様。こうなった以上、観念するしかありません。
我々が生きて臨む未来に、あなたさまも『勘定に含まれている』のです
冥銭までベットしてしまったのだ。筋書きの一つや二つ、変えてしまえと欲張ったって良いんですよ!」
踊るように、乙女は言った。運命にシナリオラインがあるというならば、そんなものに砂をかけてやればいい。
それが出来るのが、可能性――『特異』な運命を背負った座標(ひと)なのだから!
「ヴィクトールさま、お願いします、船を! ――両方、守る、」
「ええ。当然です。けれど、未散様。聞いていただけますか?
僕は、欲深いんです。そして、特異運命座標はそんな欲張りの聞かん坊ばかりの集まりなのです。
死にたがりで――ですが、我武者羅な程に救いたがりで、生きたがりなのです」
二兎を追って何も得ずと言うのは面白くはない。未散は悪戯めかす。ならば全てを救いませうと。
彼女のその言葉にヴィクトールは揶揄うように「仰せの儘に」と囁いた――救えないのは、もう、いやだ。
「……シャルロット。みんなの意見んはバラバラだろうけれど、俺は君と一緒に海の先を見たいんだ。
君の願いを叶えたい。……シャルロットの意志は尊重したい、けど――」
「……ねえ、教えて欲しいことがあるの」
シャルロットはドゥーへとそっとそう囁いた。不可視の悪意を放つ彼のかたわらで、広範囲に鏡面世界を展開し続ける彼女は『自身の結界の修復された罅に僅かな違和感を感じながら』彼を見る。
「涙の止め方」
「……どうして?」
「……わたしが泣いていては進まないのね。『鏡』は映したわ。
皆、止まっていてはいけないと、そう言って居るの。けれど、どうしてかしら、私の涙は止まらないの」
彼女のその言葉にドゥーは可笑しそうに微笑んだ。なんと、『イレギュラーズの普通の少女』のようなのか!
自身の攻撃を出し惜しみはしないとミルヴィはシャルロットの手を力強く握りしめる。
「――馬鹿だね」
降る声は、力強い。
「シャルロット、馬鹿言わないの。
アンタは鏡、ならアタシ達も鏡。助けてくれって、死にたくないって言ったのは貴女。
だから私は、私達は目の前を切り開く、ただ、それだけだよ。
シャルロット――笑って笑って、折角の綺麗な顔が台無しだよっ。それから、見ていて!」
にっこりと微笑んだ。その白い掌から別たれるようにミルヴィは前線へとその身を投じる。
踊るが如く、情熱の剣舞を魅せる。万華鏡、合わせ鏡は無限で永遠の存在だ。
「――もう友達や大切な人が死ぬのは嫌なんだよ!」
神鳴りが穿つように落ちてくる。身を投じてシャルロットの前に立った夏子は「ああ、嬉しいね」と笑った。
「特別嬉しいレディからのお願いだ。聞かない訳にはいかないだろ?
だけど、レディ。間違えてる。君は力不足なんかじゃない。お願いか――叶えてやりたいけれど」
雷にその身を撃たれようとも夏子は常の余裕を崩すことはしない。
「ゴメンな? ――死んで欲しくない誰もってのに シャロちゃん 君も入っててさ!」
「ッ――でも!」
「シャロちゃんの助けがなかったら悔しい事に我々はもっと派手に死ぬ。其れこそこの海の養分だ。
それに『レディに頼まれたから』なんて他の連中に言ったら俺が多分、いや、本気で凄え怒られる」
怖い怖いとその肩を竦めて見せる。
俺が誰かに叱られるところが見たい、なんて陸の上で交わすような軽口をその唇で遊ばせながら夏子は少しでも、一秒でも、一瞬でも長く保たせるとその脚に力を込める。
「シャロちゃんはさ、分かってよ。皆が一番頑張れるのってどんな事なのか」
「……誰も死なないように、死なせないように……?」
シャルロットの震える声に夏子は頷いた。彼女はシルキィの命を背負っている。奇跡が彼女をどうしたのかは分からない――だが、漠然と分かる事はある。
此処で負ければ、誰も助からない、という事だ。
「戦況は逼迫。退く余地は無く、選択肢は『目標の撃破』ただ一つ。ここまでくると、後は精神力の問題ですね」
鶫はそう呟いた。低空飛行姿勢より攻撃を行う鶫は『女の意地』でここを乗り切るしかないと口にする。
それは得意分野だとメイドは小さく笑みを浮かべた。
「『魔種と共に戦う』事はまだ少し不思議だけれど……でも、シャルロットちゃんは私達を信じてくれている。
そんな想いに応えないなんて、女が廃るわよねぇ。ええ、やることは一つ――思いっきりぶちかましちゃいましょ!」
鶫の攻撃に合わせて、アーリアはリヴァイアサンの視線を釘付けにするようにと走った。波濤には負けぬ様にと足元の揺らぎを感じ取る。
「あら、奇遇ね」
小夜はアーリアの言葉に小さく笑った。やることは一つ、それは美しく咲いた女四人、誰もの認識の上であったのだろう。
「彼女、シャルロットは私達に死んで欲しくないと、文字通り『決死』の想いで耐えてくれている。
そんな彼女をみすみす本当に死なせる程、忘恩の徒にはなりたくはないわ」
小夜はゆっくりと鉄扇を構える。月に叢雲、花に風。美しく月と雲の図柄が染め抜かれる奥義で天を仰ぐ。
妄執の果てに鬼へと至るように、可憐なる花が起こすは殺意の突風。
ビュウ――吹く風を噛んっ時取りながらゼファーはひとふりの槍の穂先をリヴァイアサンへと向けた。
愚か者は今日も走り、進むしかない。屹度、愚かであるからだ。そして、一寸ばかし希望なんてものを夢に見る。
「あの子はあの子の想う儘、自分が願う様にやればいい。だから、私も私が想う儘にやるだけよ。
――ね? そうでしょう? 『私たち』は皆、想うが儘。それがどれ程に強いのかを知っているのですもの」
小夜の風に背を押される。速く、鋭く、一閃は雷鳴がとどろくが如く。リヴァイアサンの固い表皮に突き刺さった槍を一気に引き抜いた。
研鑽に依って培ったその技狂う事が無い。
「さっさと此のデカいトカゲをぶっ飛ばして――貴女を水平の向こうに連れて行ってやるわ!」
堂々たるその言葉に小夜はええと小さく頷いた。風の中舞うように黒髪が躍る。その目は『気配』を感じ取る。
強大なそれは、矮小なる人の手で傷つき続けているというか。
「諦めるものですか。良い女ってのはね。仲間を見捨てないのよ」
「ええ。きっと竜を『片付けた』となれば、英雄譚になるでしょう?
帰ったら、この冒険譚をご主人様に語らないといけないんです。だから……いい加減眠っていただけませんか!」
鶫が霊子(マナ)を装填し続ける。メイド服の裾が大仰に揺れて地面を踏みしめた儘、一斉放射が襲い往く。
その中でアーリアは気紛れに、そして嫌がらせするように葡萄酒の色にその神先を染め上げ、蔦でぐるりとリヴァイアサンを覆う。
「豊穣と葡萄酒の神だって、貴女の暴虐は許せないわ? だって、お酒が不味くなってしまうんですもの!」
成否
成功
第4章 第14節
――奇跡を見た。
零はシャルロットの名を呼ぶ。歌を響かせた、そして、シャルロットを救う為に『分け合った者も居る』
「皆がいない未来は嫌だ。俺も嫌だよ。……でもさ、俺はその皆にお前も入れてんだぜ!」
これ以上はいけないと零は力強く言った。
此処で、シャルロットに気を使ってのんびりと過ごす暇などないことは分かっていた。
やってやるよ、と零は叫んだ。
やってやる、やらないと『何も残らない』と彼は拳を固める。
「行くぞおらぁ!! ――どうせ此処でリヴァイアサンを打倒できなきゃ俺も死ぬし皆死ぬ!
だったら、これ以上の犠牲を一切なくし! 完膚なきまでに叩き落とす!!!」
フランスパンと侮る勿れ。美味しい物は世界を救うのだから。
零が奔りゆく背を見送ってからエルシアは背筋が凍るような思いを感じていた。
シャルロット。鏡の魔種ミロワール。彼女は――傷つきながらも『天真爛漫な少女』のように振舞っていた。
命を賭す仲間になったのだと思った。気丈に微笑みを絶やさぬわけではない、彼女は無邪気なのだ。
命を賭しているその状況にすら『鏡に映ったからそうした』かのような態度をとる。
(――彼女はやはり、魔種なのですね。
彼女との約束が彼女との希望だというならば。それを齎したのだって特異運命座標を映したから。
……彼女の希望は自殺願望に他ならない。そう思えば、心が痛まずには居られないのです)
エルシアは少しでも彼女の苦しみが短く済むようにと全てを速やかに終わらす事しかできないと目を伏せた。
たった一つでも、何か為せるのならば。そのために祈り続ける。
「……もう時間が無い……でも……こんなところで皆いなくなる選択肢も……僕には……無いんだ……!
……ここで出せる全てを尽くして……リヴァイアサンを穿つ……。
それでも足りないかもしれないけど……一歩でも……生きるための道を拓くんだ……!」
グレイルは叫ぶ。諦めるなんて絶対にしないと。その魔力は食らいついて見せるとリヴァイアサンを追う。
四重に重なるは中規模魔術。巨大な泡を思わせる防御術式に身を包んだグレイルは超反射神経を生かして空より降る水泡を避ける。
(絶対に……逃さないよ……!)
やる気は十分、その魔力の傍らを奔るは規格外をその手に収めた白き乙女。
「……大きいものね。昔の……元の世界の『わたし』が恋しくなったのは、久しぶりだわ。
それでも、この素敵な世界を守る為だもの。できる事をやらせてもらいましょう」
くす、と小さく笑った。白くその髪を靡かせて、かんなはその白き指先に儚き純黒の大鎌を握りしめる。
それは暗雲立ち込める空を穿つが如く遮断する。それは元の世界で彼女にとっては顕現すら容易であった存在だ。
「……鏡の魔種」
ちら、と彼女の視線が向けられる。かんなは自身は関わらなくてよかったかもしれないとさえ思えた。
今の彼女が『素敵』に見えたからだ。虚ろな自分を映したならば――嗚呼、それも多分な与太話であろうか。
「お話はあとにしましょう。今は出し惜しみは、なしよ」
「出し惜しみ、か。うむ、うむ! その様な事をしている暇はないな!
魔種ミロワール――うぬの献身、余の胸にしかと刻み込んだぞ。
なれば、それを無駄にせぬためにもやることはただ一つ!
ミロワールの体力が尽きる前に滅海竜の封印を完遂する、それだけじゃ!」
堂々とフーリエは言い放つ。自身に降ろすは聖なる鎧。それは如何なるものにも侵されぬ聖域と自身を位置づけた。超魔王たる彼女の心臓付近に埋め込まれた力の根源に魔力が巡る。
最早あとは考えることはない。魔王は『魔王的』に攻撃を繰り返す事こそが今は求められるオーダーなのだ。
「もはや言葉も行動も尽くしきった。なれば後は気力の勝負よ!
余の精魂尽き果てるまで、とことんやってやるのじゃ!!!」
フーリエの言葉に錬は大仰に頷いた。今、最も必要なものがある。
それは火力! そして、攻撃力! 更には制圧力! それだけなのだ!
にやりと笑った錬が手にするはアンラックノート。恨み事が魔力を生むというならば彼の言葉も何らかの力を持つだろう。
「さぁ、今は矛こそが最強の盾だ。
他の者らの事を考えれば攻撃にこそ意識を裂かなくてはな。なぁに、少しの攻撃なら俺が直してやるさ」
今こそが踏ん張り時だというように錬は胸を張る。流れる赤き血潮は戦いの始まりを告げる。
錬は堂々とイレギュラーズを守るが為に宣言した。
空飛ぶ敷布団と天を駆ける掛け布団。そのどちらをもはためかせながらニャムリは進む。
「けっこう……いいの、貰っちゃったなぁ」
そうぼやいたのは自身の体に刻み込まれた負担だった。神鳴りを自在に操るリヴァイアサンの前では攻めるならば飛行こそが有用ではあるが同時に危険な行いともなる。空駆けるニャムリにとって、その身を穿つ白雷は『イイの』と言う他ない。大人しく後方に下がっていた方が安全なのだろうとも思う。だが――今は一人ではない。
「……一体誰の無茶振りが、移っちゃったんだろうね? コスモ」
ニャムリのその言葉にコスモはぱちりと瞬くだけだった。自身を乗せて運ぶその体は重体で、コスモはニャムリのその言葉で『私の為に無茶をしてくれている』という事に気付く。
「悪くはないよ。大分な無茶ぶりだけど……問題ない、ね。
たとえ重傷の上でだって…ぼくはうっかりミスなんてしないから」
「ええ、ならば――私もあなたに応えましょう。私に応え、その体の傷が私のためだというのならば。
ごめんなさい、と一言謝って前を向くのです。シャルロット様とお話しするには――シャルロット様たちを救う為には、そうするしかないのでしょう?」
魔種は奇跡の中で鏡面結界の負担を減らしている。それを思えばこそ、彼女と落ち着いて話すためにはリヴァイアサンを倒す他にない。悠長なフリートークを楽しんでいれば鏡面結界は何れは砕け散る事だろう。
「参りましょう。……それに、ああ、こうして誰かに命を預ける、というのは悪くない事、ですね?」
コスモが僅かに首を傾いだその言葉にニャムリは笑った。進め、そして、その宙を駆けた体より魔力を打ち出せ――!
「む”り”だよぉ!?」
逃夜は叫んだ。前線でリヴァイアサンをギリギリの位置から僅かの逃げ腰で攻撃を続ける。
声が震えた。逃夜には到底理解できないことがそこにはあったからだ。
「……どうして、そこまで」
『意訳:ついに狂ったか?』
「ほんといい加減にしろよバカ手袋ぉ!?」
魔種は『私の事は良いから』と言って居た。彼女を守るという行動がリヴァイアサンから遠ざかる為の大いなる理由であったのにと涙を浮かべる。
魔種とはどのような存在か、この世界にとってはどのように危険なのかは分からない。ただ、冠位魔種アルバニアを見る限りは危険な存在であることは確かなのだ。
魔種は『破滅のアーク』を集め、世界へと破滅を齎すものだ。つまり、存在していてはいけない。
ならば、どうして。その言葉に戻る。
「……いつ死んでもおかしくない戦いでも、挑むのはそれでも生きるためじゃないの?」
逃夜に応える者は、誰もいない。吹く風が波を煽る。
成否
成功
第4章 第15節
「シャルロットには時間がない……」
リュティスのその呟きに頷いたのはベネディクトであった。は、としたように彼女は『主人』を見遣ってから深々と礼をする。
「ああ、誰も彼もが疲弊している。希望を頼りに全力を振り絞って、抗い続けている。
……ならば、だ。他ならぬ俺達が折れてしまう訳にはいかない」
「ええ……であれば勝負を急ぐ他ありませんね。これ以上の艦隊の消耗も避けたいですからね」
ベネディクトを守るように従者の少女はそっと前へと踏み出した。
その傍らではリンディスがペンで加護を描く。その表情は――ベネディクトが心配する必要も無いのだろう。
「……後ろで、鏡の音がしたのです。奇跡の、音です。それは、紛れもなく、奇跡だったのでしょう。
彼女を願って起こした奇跡が、音を立てた。……シルキィさんの願いの物語は、此処で潰えてはいけない」
リンディスがリヴァイアサンの前へと躍り出る。自身を盾とするリンディスのその背後よりリュティスは躍り出た。
決して守りに入る暇などない。黒狼隊はこんな所で挫ける暇はないのだとベネディクトは不敵に笑った。
「ミロワールですか。魔種といえど彼女の支援はとてもありがたい。
協力だけさせておいて死なれるというのは寝ざめが悪くなりそうです。
――何より、貰うだけ貰って使い捨てる、そのような有り様は私が一番嫌う所でもありますから」
魔種に特別な意識を向けているわけではないが、彼女は今は共闘相手だ。リュティスが掌拱けば、黒きキューブがリヴァイアサンの左脚を包み込む。それは苦痛を内包した痛みの象徴。
自身は、英雄でも、正義の味方でも、騎士ですらもない──だが、それでも。
ベネディクト=レベンディス=マナガルムという男に生まれた以上、為さねばならぬ矜持がある!
ベネディクトは喉奥より声を絞り出す。槍はリヴァイアサンに突き刺さりその頬に赤き血潮を落とす。
「おおおおっ!!!!」
「――そこ!」
ベネディクトが一手下がったその場所にリュティスが舞った。告死蝶と共に踊る従者を従えてベネディクトは声高に叫ぶ。
「まだだ、俺達は……戦える! 続け、強引にでも道は切り拓いてやる!」
それは何度目のトライであったか。自身がこれまで受け取ってきたものが途切れるまで、戦い続けるとベネディクトは続けとその背を旗とした。
「流石は竜種、だよね。埒が明かないよ」
カインは小さくぼやく。削れている。損害は与えられている。しかし、イレギュラーズにとっても限界が近いのは真実だ。
どれだけの間戦い続けたか。数多のリソースを吐き出して、各地で奇跡のような出来事まで起こった。だが、リヴァイアサンの体はまだ、まだ、動くのか!
「手を緩められやしないし、休んでいる暇もありゃしないったら……!」
カインは唇を噛んだ。のんびりしている暇なんてないではないか。
魔弾を途切れることなく打ち続ける。ぐしゃりと醜い音をさせ溢れる血にリヴァイアサンは庇うことはない。深々と竜の脚に刻まれた傷痕が痛々しい程に抉れている。それはかの竜にとってはささくれの様なモノだとでもいうのか。
敵は斯くも巨大だ。地の利は彼方に。そして、戦力差だって紛れもない。だが、リヴァイアサンを削り取れればシャルロットとお話しできるだろうかとリュカシスは小さく言った。
「可能性の多さを考えるより、有るか無しかで考えた方が、いまは力が湧きますね。
――ならば此度は、可能性は有る、デス!」
リュカシスは宙を奔る。シャルロットが味方だというならば、リヴァイアサンを斃せば良い。
仲間の想いに応える様にパワー振り絞る。
彼女が敵となる可能性は? 利用してきているだけの可能性は?
嗚呼、そんな栓の無い事ばかり考えたって意味はない。
「力こそ――パワー!!!!」
「そう。其の儘参りましょうー。
援軍も来たというのに、これで膝を着いては戦士の名折れ。情けないですわねー。
わたくし、それ程戦闘は得意ではないのですが……それでも『工夫』は得意ですのよー」
にんまりと微笑んだユゥリアリアはその身に加護を下ろす。踊り歌うがメリルナートの淑女。
鏡面世界はこうしてみれば美しい。まるで天より落ちる雷を反射したようにきらりと輝いて見せる。先ほどの奇跡の白雪が修復した鏡は一層その煌めきを増していた。
「残っているうちに、なんとかならないかと思ってしまうではないですか……!」
ユゥリアリアが自身の血を媒体に氷の槍を生成する。赤いそれが澄んだ白に変貌し、彼女の魔的な勘は的確にリヴァイアサンを穿つ。
「私は、あの子のことを知らない。……だけど、あれだけの翼を見させてくれたから」
イルリカは震えるような声でそう言った。
昔、憧れていた物語があった。精霊と契約を交わし、光の翼を広げて人々の希望となって世界を救う絵本の物語。
その導きは何時しか手段へと切り替わった。
何度も泥を啜りながら、復讐を果たしたのちに哀しみに埋もれた『私の物語』だ。
――けれど、翼は希望だった。皆、希望の翼をその背に。
イルリカはそう信じてやまなかった。それを自身の翼(きぼう)が繋いで見せると空を駆る。
只の一つ、その一撃だけでいい。リヴァイアサンへ届ける様にイルリカは飛び込んだ。
「――ねえ、シャルロット。魔種だから、といいますけれど。
魔種が原罪の呼び声に反転するように。実は『希望の呼び声』なんてものがあるのかも、しれませんよ」
大波濤を受け止め飲み込まれて行ったコン=モスカの少女の様に。
鏡写しになって居る、彼女の奇跡の様に――
リンディスのその言葉にシャルロットは「素敵ね」と小さく呟いた。
「その呼び声で反転できれば、どれだけ嬉しいのでしょうね」
成否
成功
第4章 第16節
「ぐぬぬぬ……やはりあの電気ビリビリされなければもうちょっとウザ絡みできたんですがっ!
ビリビリ棒とか握って感電させられた気分ですよ。ヨハナは! 上手くいかないならこういう時は作戦を変えましょうっ!
即ち――『弱点を攻める』んですっ! ……はいっ! その弱点ってどこですかって話ですよねっ!」
鍵を握りしめたままヨハナはその唇で流暢に言葉をつなげていく。のたうつリヴァイアサンをじいと観察しては赤く濁った血を溢れさせるその場所目指して一撃放つ。
詰まりは、血が出てるなら再生が間に合ってない。つまりは弱点だ! と言う判断だ。肉が音を立て抉れ、そして血潮が滲んだその場所は紛れもなく硬い表皮をイレギュラーズが突破した証拠である。
「いっきますよーっ! これはさっきビリビリを食らった分! そしてこれはアルバニアに殴られた分だっ!」
ヨハナが放つその攻撃の場所へとハロルドは飛びこんだ。魔種を仲間と認識することに対して思うことはある。だが、それは『イレギュラーズならば当り前』の事なのかもしれないとさえ思えた――彼は聖なる剣を握りしめ、そして『イレギュラーズを救う為』にリヴァイアサンを封印しなくてはならない。
(――ここまでくれば押し切るのみ)
言葉はない。然して、彼はリヴァイアサンを真っ直ぐに見据える。それは、巨大な竜だ。のたうつ海の主。わだつみに住まう象徴。
ハロルドはその身に最盛の力を身に着ける。甲板を蹴り上げてリヴァイアサンの腕を伝うように走り剣を振り下ろす。
「変化自在の戦法こそが俺の十八番ってやつでな! また新たな力で相手をしてやろうじゃねぇか! 俺の剣! 受けてみやがれ!」
堂々と叫ぶ。そして、その体が宙に投げ出されぬ様にと深く竜の体へと剣を突き立てた。
「さぁ、正念場だ! テメェら! 勝ちに行こうぜ!」
頷き返すは一悟。何かを考えている暇なんてない。只、攻撃を重ねていくだけだ。
「オラオラオラッ! 矮小な人間にだって意地ってもんがあるんだ、なめんなよ!」
吼える様に一悟は言った。血が溢れ、肉が見えたその場所にただ只管に攻撃を重ね続ける。
この『死の海』に漂う仲間たちに力を貸してくれと願えば、霊魂たちは皆、怯えたようにリヴァイアサンを前に竦む。イレギュラーズの作り出した『可能性』に対して一悟は限界まで近づくと小型船を近寄らせた。どん、とハロルドがその場所に飛び降りる。足場たるその場所より一悟は一気に飛び上がる。
自身が誇る機動力を武器にしてパティリアはリヴァイアサンの左脚の上を走った。海に落ちようとも彼女は気にはしない。海はむしろフィールドだ。
リヴァイアサンを削り寄るようにして、そして、一人でも多くの者を救うがために、船を、水中を駆けまわる。一人でも多くを救えば、そして、船への攻撃を防ぐことが出来れば、結果として鏡面世界の維持にも貢献できるはずであると忍者はにいと唇を三日月に歪めて笑う。
「自分にしか出来ぬことを、一つ一つ積み重ねていく。ニンジャの本領ってやつでござる!」
「ふむ……『自分にしか出来ぬ事』――俺に出来る事、か」
パティリアの言葉にコルウィンは小さく頷いた。対戦車ライフルタイプをその手に、コルウィンは進む。
物量こそが力、粉砕。即ち、ありったけの弾幕を放てとコルウィンは怪物が如き破壊力で攻撃を重ね続ける。その背後よりパティリアは自身の『体』を生かして、べたりと張り付きそして跳躍した。
「こっちでござる!」
獲物を旋回させるパティリアが放った暴風域にコルウィンの弾幕が吸い込まれる。リヴァイアサンの身の内へ降り注ぐそれは瞬く間に血潮を溢れさせた。
(せめて左脚だけ……いや、違う。リヴァイアサン全てを封印できなくちゃ……!
シャルロットを失わせないよ……! 希望を持ったなら、今すぐ消えなくていいなら……!)
アクセルは自身のその内にある魔力を滾らせる。腐食結界が作り出すは茨の死滅結界。
「……大海嘯をひとりで受け止めたヒトの前で、望んだ未来を掴むのを諦めるとか、できないから!」
アクセルのその言葉に小さく笑ったウェールはアンファングと共に翔ける。
「後悔するのは終わってからだ。……ミロワールの頑張り、無駄にしないために俺ら二人は頑張って時間を稼ぐ!」
ウェールの言葉にアンファングは盾となるべくその身を前線に投じる。穿つ白光など気にすることはない。波濤の中で、彼は真っ直ぐにリヴァイアサンを睨みつけた。
「……二回しか会ったことのない相手を、しかも魔種を守ろうとする自身を馬鹿だと思う自分がいるが……」
それは、僅かな自嘲であった。魔種がどのような存在なのかを知らぬわけではない。
ウェールも、アンファングも、魔種ミロワールの事を想像した時に、同時に浮かぶのは同居人のアザラシだった。
一緒にピクニックに行きたいと夢を語っていた。抱きしめてやってほしいと楽し気に微笑んでいた。
「……一つ同じ屋根の下で暮らしてるアザラシと、感謝しきれない人が全力で守ろうとしてるんだ。
だったら俺も俺なりの全力を出して守る!」
そこで、「関係ない」なんて知らぬ振りが出来る程アンファングも、ウェールも情に薄い訳はない。
だが、深追いしすぎるのは禁物であると自身らで決まりを作った。皆がそろった未来でなければ受け入れたくはない。
「目標は?」
「ミロワールの鏡面世界を少しでも維持させるため。
あとは――子供に守られてばっかりだとうちの息子に思い出話できないからな?」
揶揄う様なウェールの言葉にアンファングは頷いた。たくさんの英雄譚を、冒険譚を届けてやらねばならない。その為ならば――!
「イルミナにもシャルロットのように、全てのヒトを護れるような……そんな機能があったなら。
皆さんを救えるのに……! 手が届くのはほんの僅かな範囲だけっ……」
イルミナは悔しいと。そう感じた。機械の心は、もはや錆び付いた錻力なんかではない。人間の様に思考し、そして迷い続ける。
鏡面世界は人々を守るが為に広く展開されている。魔種ミロワールの行動を、そして、権能を全て其方に割いて居る。武力よりも防御に向けたその力は彼女が強力な魔種であったというよりも、セイラ・フレーズ・バニーユによるシャルロットへの守護が転じた結果の様にさえ思えた。
魔の力が、人々を守っている。魔であれど――
「それでも、救うべきヒトを救う……無事に喜びを分かち合うために。
できる最善を尽くすッス……! 危なくなったらイルミナの後ろへ、ッスよ!」
イルミナは身を張り続ける。一撃で足りないのなら、何度だって、何回だって。
「……何度でも立ち上がって、ぶん殴ってやるッス!
それが……イルミナにも出来ること! やらなければいけないこと!」
成否
成功
第4章 第17節
ねえ、と秋奈はイレギュラーズを振り返る。戦神はその名に違うこと無き清廉なる気配を身に着ける。
「もういっそ、あの脚を切り落としてしまっても構わないのでしょう?」
手にするは戦神舞台に配備されることの無き緋い刀身の武骨な姉妹刀。友の名を冠する刃に決意を乗せてリヴァイアサンを見つめていた秋奈の表情が見る見るうちに変化し――
「船だと酔う! 酔った! オエーッ!」
淑女にあるまじき展開が待ち受けていた。絶望の海へと絶望を垂れ流してからぜいぜいと息を吐く。
「こちとら特異運命座標だ! 舐めないでよね!」
近づけば危険が多いというならば、遠距離より攻撃放てと声を張り上げる。
「例え有象無象でも、私はッーー私達は戦ってきた!
この世界でも、元の世界でもっ、防衛システムの一つだったとしても、この剣を私は振るうわ!」
剣を振るうことに躊躇う事なき斬華はくすくすと笑み漏らす。首を刈るのは自身のその内に身についた能力だとでも言うように彼女は瞳を丸くし小さく笑う。
「ふふ♪これだけ刈っても刈っても無くならない首は、オリジナルの記憶にもありませんでしたね♪
シャルロットちゃんでしたか? お姉さんが貴方と貴方のお友達の願いを叶える手伝いをしましょう♪」
悪戯めかす。そして、不思議ねと斬華は瞬いた。都市伝説として恐れおののかれるだけの存在であった。それは現実には存在してはならぬ『首刈』――それが、誰かの為と戦うというのだから。
オリジナルはどのような気分で戦ったのか。それはちょっとした興味本位だ。自身の名を冠する無形の奥義を放ちながらうんと小さく考えた。
「分からないわ?」
屹度、未だ――分からない事なのだろうと僅かに目を伏せて。
「死を受け入れ、奇跡に殉じる。
それを悲と思う心はオレには無いが、紛い物の感情を封印しても炎が蠢くのを感じるよ」
ウォリアはただ静かにそう言った。世界の理を断つ、混沌に来る前ならばと思わぬことも無い。
船を駆り前線へと進みよく。戦いの始まりに、苛烈なる衝動は燃え盛る。
絶対威力の暴君を振るうウォリアを癒すはヨシト。この場では誰も彼もが『未来』の為に進むというのか。
「時間の多寡ではなく、お前もまた共にある存在。
守らなくていいならそれでいい。その命が尽きる前に滅海竜を狩るだけだ……君に最期に見せたいのは、此処じゃない」
約束をしたのだという。イレギュラーズと、ちっぽけであれど、大切な。
ウォリアの声を聞きシャルロットは鏡面結界を張り続け乍ら「どんな場所かしら」と小さく呟いた。
ヨシトはそんな寂し気な彼女の負担を減らしたいと願った。一刻も早く、ひとりでも多くの怪我人を救う。鏡面世界の防御機能が発動しなくても良い程の癒しを満ち溢れさせれれば。
そう願い、ヨシトは船を守るが為、そして、人員を維持するために走り続ける。
「よっしゃ! よく生きてた! いいな、絶対に死ぬな。
こんな所で死んだって、何も得られない。皆で陸(おか)に帰るんだ!」
力強く、彼は言う。陸は遠い。シャルロットに回復の効果がないことを文は歯痒いとさえ感じていた。
こんな時、寝物語なら奇跡が起こるのだろうか。癒し手としての訓練を積んでいた自身にとって、誰かを庇い立つ方法はまだ未知で。一朝一夕でそれが手に入れられたなら何て、小さく笑う。
「今は奇跡というより……立っていられる偶然と呼ぶべきかな。
いま神頼みをすれば、聞いてくれる神さまは目前のリヴァイアサンになるのだろうか?」
「そうね、かみさま、だわ」
「……あはは。早く寝てくれという願いを……そろそろ聞いてはくれないか」
シャルロットの返答に文は小さく笑った。眠りの淵へと誘われればと願わずには居られない。
ジルは『あの子の為にできる事を』と願った。ヨシトとの連携を意識する。医療知識を併用し、常に仲間たちを鼓舞し続けた。
福音を以て、イレギュラーズを前線へと送り出す薬師は悔し気に唇を噛む。それは、文と同じか。自身が出来る最大の力をシャルロットの――魔種であれど、味方である彼女の――為に使うことが出来ぬとは何と歯痒い事か!
その中で、重い腰を上げたエイヴァンは「はくよう」で海を駆る。
「さて……俺もそろそろ攻勢に転じないとな。勿論、ここでくたばるつもりはない」
絶望の青と呼ばれたこの海。此処には彼にとっての『探し物』が存在していた。それがどうしているかなんて分からないが――だが、探さぬ方が損だとでも言うように彼は小さく笑う。
「それに、どこぞのお嬢様の不凍港ベネクトやバラミタ鉱山への視察にも付き合わなきゃなんねぇわけで、やらなきゃなんねことは腐るほどあるんだ……邪魔をするっていうのなら、海の底に沈めてやるまでよ」
『どこぞのお嬢様』は泣き虫で心配性だ。そして、苛立つと直ぐに拗ねてそっぽを向く。そんな彼女が大切なイレギュラーズを死地へと送り出した気持ちを考えたならば、此処で悠長に構えてる暇はないか。
彼女にこの戦いを語れば、『無茶ですわ』と驚いたように言うだろうか。エイヴァンの唇が吊り上がる。
「さあ、盛り上がって来たね! 宴とはこうでなくては!
主賓は他所に居るだろうけど、私とて参席者だ。存分に楽しませてもらうよ」
ディナーナイフとディナーフォークをその手に。食事をするように『腹を空かせた』悪魔はぺろりと舌を覗かせる。
聖なる哉と齎す鎧は堅牢なる気配を纏う。その中で、前線で戦うものを支えんとした彼女は面白おかしくこういった。
マルベートは只、美しい笑みをイレギュラーズに見せるだけだ。
「勝利には代償が伴うものだ。此度は少しばかり、私が奢ろうじゃないか。
何、遠慮はしなくていい。お題は後程たっぷりとあの竜から頂こうと思うからね」
その言葉に背を押されるようにカンベエはその背をピンと伸ばした。
勝利まで足を止めるな。
例え誰かの屍の上に立とうとも、その先で一人の少女が消えると分って居ようとも。
命を亡くしたとて、総てが終わるわけではない。誰かが死んだからと言って戦いが終わるほどに穏やかなものでもない。
思いや願いが違ったとしても継がれるものはあるのだ。
シャルロットは呪縛を逃れた。鏡面の展開された戦場に憂いはない!
カンベエは降り注ぐ泡の中、ゆっくりと振り返る。
「お前が命を使い守るように、ワシに出来る事は体を張って味方を守る事だけ! わしにも役目を分けて頂くとしましょうか!」
魔種ミロワール。鏡の魔種。アクエリアではイレギュラーズに対して悪夢的な『鏡面』で歓迎した少女。
彼女はセイラ・フレーズ・バニーユの合わせ鏡。彼女はイレギュラーズの合わせ鏡。
例え、彼女が『紛い物の様に影響された存在であろうとも』! 今、イレギュラーズの様に振舞っていることは紛れもないのだから!
こうして共に戦えるとは、とカンベエは胸が高鳴る。破顔が止まらぬとシャルロットに微笑んだ。
「さあ! 勝利まで走り抜けようじゃごぜえませんか!!」
――さあ、足を止めるな。走れ!
成否
成功
第4章 第18節
「滅海竜リヴァイアサンーー
この身は小さく柔らかいけれど、人は、弱きものはここまであなたを追い詰めた。
本気を出さなければならないほどに、猛々しく強きものを。奇跡すらも起こして魅せた。
私もあなたを穿ちましょう。焔で焼いて、その鱗を砕きましょう。
ええ、ええ、できないことも知ってる。
けれど、それではじめからしないのと無謀でも行動を起こすのでは大きく差が出るわ?」
ころころと、フルールは笑った。美しく、歌うような声音で、そう告げてゆっくりと振り返る。
「ねぇ、ミロワール、シャルロット? お願いがあるの。私を『呼んで』?」
その意味が分からぬほどに、魔種は阿呆ではない。彼女達にとって仲間を増やすという意味と同義だ。快楽を主とする色欲の魔種であればそれを繁殖の一つだと見做すだろうか。フルールの柔らかな笑みにシャルロットは首を振る。
「いいえ、いいえ。私は貴女を殺したくないわ」
「殺す……?」
「魔種になったら未来はないわ。待ち受けるのは死刑宣告、ただそれだけなの」
何処か不安げな顔をしてシャルロットはフルールへと、そう告げた。
「嗚呼、愛しきミロワール。愛されしシャルロットちゃん。
安心して、悲しい顔は今は必要ない。誰が斃れたって可笑しくはないけれどね、こんなにも愛が満ちてるんだ」
にんまりと微笑んでヴォルペはそう言った。愛すべき世界(イレギュラーズ)が絶望の海へと消えていく。それを許すほどに力のない自分が厭になると彼が囁けば、シャルロットは唇を噛んだ。
「……もう誰も失いたくないわ。ねえ、そうでしょう?」
「そうだよ。君を愛し護ろう彼(イレギュラーズ)が望むから、
この世界に召喚された俺が所属するのがローレットだから――そう言えば、君からすれば不思議かな。
でもね、おにーさんはその願いを叶えたい。義務感じゃないよ。
只、おにーさんは『護ることがお仕事』なんだ」
この場に居て誰かを守る。その『可能性』を奇跡には捧げやしないと微笑む彼の傍らでアルペストゥスは奇跡という言葉に反応を示した。
「……?」
誰かの願いが、連なった。
響いた音色に、重なった白き雪。
群と首を伸ばしてリヴァイアサンを眺め湿気に満ちた空気を吸い取った。変調するミロワールの波を感じ取りながらアルペストゥスはグルルと喉を鳴らした。
かなしい。大きな力の側ではなんだっておきる。
かなしい。それに、あこがれている自分が居る事が。
「……グルルルルルルル……!」
獣の世界は命の喪失は日常だ。だが、感情のうねりは思い得る者が多い。無為に減るいのちは少ない方がいいとさえ思えた。
竜はリヴァイアサンへと語り掛ける。
しかし、その声はまだ届かないか。溢れる血がアルペストゥスへと掛かる。
竜血は溢れ、確かにその体に傷を刻んでいることだけを伝えてきた。
「ああ、なんてこと……。シャルロット、もう、いい。大丈夫よ。お願いだから、下がって」
ルチアはそう口にして唇を噛んだ。彼女は、止まらない。誰かの奇跡の上に立っているんらば、彼女は尚も壁を作るだろう。
けれど、ルチアはそう言わざるを得なかった。前線へ行こうと振り返ればそこに立っているのはマリア。
「ああ、いこう……!」
鱗が剥がれ落ち、傷口から肉が露出する。赤い血潮が溢れ出しても感じられる竜の存在感に違いはなく、蠢くその脚が攻撃を繰り出せどマリアは怯むことはしない。
「ふぅ……! 流石に堪えるね……!
でもまだ! まだ止まらないよ! 皆の! 仲間達との未來の為に!」
穿つが如く、電磁加速で放つ紅雷を纏った蹴撃を繰り出した。結い上げた赤い髪が大きく揺れる。
後悔しろ、と彼女は言った。矮小と見縊った事を竜は航海するべきなのだ。
「好きにさせるものか! 私にも意地や矜持はある!!」
リヴァイアサンの一撃に自身の体が鈍く痛んだ。縁は「くそ」と吐き出す。
「…生憎と、俺も“龍”を背負ってる身でね。諦めの悪さはお互い様だろ?」
リヴァイアサンを見遣ってから、自身の怪我にも構うことなく縁は飛び込んだ。
適当に生きてきた――そして世界の破滅が来る日を待って居た。
美しい海だけは、彼女のためにと守ってきたものだけれど。
世界の破滅なんて止めるつもりはなかった。誰の記憶にも残らずに死んでいくことが、唯一、『あいつ』への罪滅ぼしの筈だったのに――命を懸けるだなんて、世界を救うだなんて柄じゃないのに。
いつの間にか、縁に取り囲まれて、命をつなぎ留められて、それが厭じゃないのか。
縁は苦笑を漏らした。こんな状況だと言うのに、自分の道が見えてくるだなんて。
(誰かを守りたい――)
そう願ったならば、優しい光が満ちた。ミドリは、それを見た。
魔種ミロワールが鏡でイレギュラーズを映して、そしてそう願ったのであれば尊い心だ。
ミドリが願うのはシャルロットが鏡の魔種として映したイレギュラーズとしての在り方ではない。彼女の一人の少女としての願いだ。
命を分ける様に。ほんの一握りの命の水を、時間と言う名の、尊いそのリソースを。
死ぬ気でないと勝てないのだとしても、死のうとなんて、誰も思わないでほしい。
生きると決めて臨んだ戦いこそが――きっと、未来を創るのだから。
「Pi!」
魔砲を放ったミドリのその傍らでシルヴェストルは小さく呟いた、成程、と。
「これは負けられない上に……死んでもいいなんて言えなくなったね、シャルロット」
蝙蝠がその姿を見せる。牙をリヴァイアサンに突き立てれば鈍くその脚が脈打った。
「そろそろ降り続けた雨垂れが、石と言わずに岩を砕く頃合いだろう?
虫食いならそこを押し広げて、風穴が開いたなら蹂躙してやろう――矮小だからこそ、の傷だ」
シルヴェストルは小さく笑う。海を出てやりたいことがある、その心が魔より転じたようにさえ思わせたその少女の行く末が気になっては仕方ないのだ。
「命を繋ぐために奮闘する少女が辿った物語を、最後まで見届ける。そういう事がしたいから、どうかよろしくね?」
「……ええ」
どこか、寂しげな表情だとシルヴェストルは感じた。黒き影を晴らした奇跡の雪。海を映したような黒髪を靡かせたシャルロットは『何かを悟った様にぎこちなく笑っている』
「シャルロット……?」
「ううん、なにもないの。頑張りましょう」
それから、シルキィを迎えに行くの、とシャルロットはまるでイレギュラーズの様な素振りでそう言った。
「ムッハー! おどろおどろしい魔種と思いきや、なぁんと可憐にして可愛らしいフロゥレンスであったことであ~るか!」
グリモー・アールは楽し気な声音でシャルロットへと告げた。
「ナイストゥミーチュリトルレィディ、吾輩こそが叡智なる大魔導書グリモーであ~る
しかし吾輩もう少しボンキュッボンが好みであ~るゆえ今日はツバをつけておくに、とどめもう大人になった時分に迎えに来るであ~る。なにリヴァイアサンなど吾輩にかかればちょちょいのちょいであ~る、大船に乗ったつもりで待っているがよいであ~る」
楽し気にそう告げるグリモーの言葉にシャルロットは小さく笑った。
嗚呼、イレギュラーズは楽しい。けれど――もう、あまり長くは一緒には居られないのね。
成否
成功
第4章 第19節
互いの無理しないで、につい笑みがこぼれた。ハルアは「お互い様だねっ」と微笑んで見せる。
そんな、友人同士の様な淡い言葉。焦っちゃダメと縛り付けていた心が辛い。
「ねえ、シャルロット。もしもふらついたり、落ちそうになったらボクが助けるから」
この手を取って、とハルアは言った。影の取り払われた彼女はハルアと『同じように』笑った。
それが鏡の魔種であるからなのかは分からない――だが、確かにシャルロットと言う少女がそこにいる気さえさせた。
「……なんとなく、表情伝わって来てたが。やっとちゃんと顔、見れたな。
護ってもらっている分、俺も支えさせてくれ。痛みを分かち合いたいんンだ」
レイチェルの――ヨハンナのその言葉にシャルロットは「もう十分よ」と笑みを浮かべた。
もしも、シャルロットが傷を負ったならばレイチェルは自身の命を半分、渡したかった。
そのいのちを半分ずつ、そうして心の臓が動くというならば。
「ヨハンナ。貴女は幸せにならないといけないの」
「シャルロットもだろ」
「……わたしは、ヨハンナに食べられてしまっても、よかったもの」
揶揄うように、シャルロットが告げた言葉にハルアとレイチェルは顔を見合わせる。
「レイチェルさん、食べちゃうの?」
「……莫迦言うなよ?」
まるで、戦場なんかではないような、そんな時間。そう告げてから、ハルアは地面を器用に蹴って宙をぐるりと回る。リヴァイアサンの許へと一撃を投じるために。
その背を追いかけるように赫々たる炎を灯す。その紅さを眺めながら、マッダラーはシャルロットと言う少女は魔種でありながら『やさしさに触れやさしさを映した』のかと瞬いた。
「流れる血の色が変わろうとも、そこに想いがあるのなら、君は……。
いや、言うまでもないことだったか。誰かを守りたい気持ち、か。
それが今、俺たちをこの場に立ち続けさせている……揺れる心を写した鏡がどれだけ不安定であろうとも、誰かを思う心がそれを繋ぎ止める鎖となり絶望の海を乗り越える力となる」
泥人形と侮るなかれ、とマッダラーは仲間たちを鼓舞し続ける。魔種と純種、その違いを口にする事など、今は無粋とさえ思わせるような、そんな空間だったのだ。
「どうだい諸君、もうひと踏ん張り行こうじゃないか」
「ええ。歌声が聞こえたのです。お聞きになりましたか?」
蠱惑的な笑みを浮かべた弥恵はそっとマッダラーへと問いかける。泥人形はゆっくりと頷いた。
確かに聞こえた。竜を鎮めるための唄、そしてその後に降った白雪の様な奇跡。
「ああ、なんてことでしょうか。心が震えたのです。そして、進めと、心が駆り立てる。
踊らずになんていられません。さあ、私も踊りましょう」
甲板の上で死薔薇が如く茨の牢でダンサーは踊り続ける。肢体を乱し、ただ、彼女は何処であろうとステージの上ならば薔薇が如く咲(おど)るだけ。
「でも、やはり、平和な場所で踊りたいです。
皆が楽しんで、感動して、ちょっぴりドジしたりそんな平和な場でこそ踊りたい――だから皆、生きてそして私の踊りを見てくださいましね」
懇願するように弥恵は穏やかにそう言った。一例と共に、彼女はぐん、と背を伸ばす。
高らかに、乙女は声を張り上げた。
「雷鼓を鳴らせ、笛を吹け、カスタネットを打ち鳴らせ!
思いのままに! さぁ、龍よこれが私の捧げる舞です!」
古来より、竜を、神を、鎮める時は乙女が舞いを奉納したそうだ。
それを思えばこそ、美しく舞い踊る乙女が命を賭して踊る様子さえランドウェラには『羨ましい』と感じられた。
人は命を輝かせることがある。誰かが起こした奇跡の残滓に羨むことはあれど――ほんのちょっぴり『戦い』を工夫する方向に思考をシフトさせる。
「何だか弱ってきている気がするから一気に叩き込んでいかないとな! 痛みを分け合っている仲間もいるんだ」
リヴァイアサンは健全ではない。溢れる血潮はこの海に垂れ、傷口は開いている。『脚』という部位だけに命があるとするならば死に体であるのは明らかなのだろう。
ならば――ランドウェラは考える。近距離に我武者羅に飛び込むよりも尚、距離も関係なく雷で傷を穿ち、その肉を断てばいい。
「傷が開いてるな。お行儀良く決め込んでなんて居られないなあ。
ショウ・ダウンまで手は作れるだけ――作るのさ。レイズ(おかわり)だ!!」
行人は「ワッカ!」と呼んだ。柔らかなその髪を揺らした水精は今日と言う日は大忙しだ。
「生きの良い仲間たちと共にまた征こう。同乗者は募っているよ。
さあさ、もう一度あの脚に行きたいってヤツは誰かいないか!!」
彼のその声に、愛無は「良いな。行こう。旅は道連れと言うやつだ」と小さく頷いた。
時間がないと行人は最速で行こうとワッカを駆り立てる。だが、辿り着く前に命潰えてしまえばそれは意味をなさない。出来る限りの攻撃を相手に届ける事こそが今は重要なのだから。
「この一押しをしなかったから、絶望が降りかかる。そんなのが来ないようにさ!!」
「ああ。身も蓋もない話だが。現状は「奇跡」を起こし延命をしているに過ぎない。
結局のところ。どうしようもなく。シンプルな法則だけが残る。
――強い者が生き。弱い者は死ぬ。それだけだ。忘れていた。当てられていた」
愛無は言う。
愛は世界を救うだとか。愛と平和が一番だとか。
綺麗なその言葉などかなぐり捨てる様に、飢獣は言った。
「そろそろ、らぶあんどぴーすはお休みだ。殺さなければ死ぬ。弱ければ死ぬ。
シンプルな答えだ。大切なのは、相手を殺すという刃金の意志。
眠らせるなど生ぬるい。肉を削ぎ。骨を砕き。命を穿つ。
――『先』などを見るゆえに牙が折れる。今、ここで決着をつける。喰い殺す」
愛無は喰らいつく。未来など、存在しえないとでも言うように。牙を見せる。
その牙はリヴァイアサンの脚の肉に食い込んだ。だが、まだだ。まだ届かないか。
「ルーク!」
ノースポールの声が響く。ノースポールもルチアーノも傷を負った。だが、まだ、体は動く。
「シャルロットのために運命を使った子がいたんだね……
だったら尚更、負けるわけにはいかない!
私達とシャルロットが交わした約束も、シャルロットが皆と交わした約束も、全部、全部守るから!!」
叫ぶ。そしてノースポールは走る。武器を握って戦場を駆けられるなら、それだけでいい。
ルチアーノは地球に居た頃、人の命を軽んじていた事があったと思い返す。
この混沌に来て、ノースポールと出会った。そして、変わった。シャルロットだって、変化を得た。
「シャルロットもシルキィさんも、どちらも死なせない――!」
人の思いの力とはこれ程大きかったか。ルチアーノは勝つ為にと一撃、後一撃と放ち続ける。
ルチアーノと合わせ、ノースポールは引き金に指を添えた。
「一発で足りなければ、もっと沢山撃てばいい。
どんなに痛くても辛くても諦めない! それが、私達の戦い方だよ!」
成否
成功
状態異常
第4章 第20節
「――ま、詳しい経緯は知ったことじゃないし、魔種というものがどれだけの厄ネタかは知ってるつもりですが……危険性を知ってるはずのイレギュラーズがこれだけ助けたがってるなんて、ホント、変わり者が多いわ」
瑠璃は小さくため息を吐いた。知らない間に海の邪魔者は減っていた。リヴァイアサンだって瑠璃が見た限り『あと少し』だ。
幾らか余裕が生まれたのだろうかと速攻戦術の儘、攻め立てる。傷口目掛け不可視の悪意を放つ瑠璃は、ちら、と後方に視線を向けた。
魔種――危険分子。『心だけイレギュラーズの影響を受けた』ミロワール。
「……ほんっと、世界は残酷だよなシャルロット」
そう、ミーナは呟いた。奇跡を起こした蚕蛾の少女が姿を消した。
そして、自身は『こうして此処に立っている』のだ。自身が姿を消すことなく――只、誰かが犠牲になる光景を目の当たりにし続ける。
「だけど絶望するにはまだ早い! 諦めるな、生きる事を! 何よりあいつが生きてるってことを!」
「大丈夫……」
シャルロットはそう、呟いた。
ミーナは振り返る。鏡面世界という防衛機構を展開させたままのミロワールはもう一度重ねて「大丈夫」と言う。
「シルキィは生きてる」
「分かってるさ。シルキィは死んじゃいねえ。何となくだが、俺は分かる。
だから今は、リヴァイアサンに集中すべき――そうだろう? シャルロット」
ジェイクのその言葉にシャルロットは頷いた。ばちり、と鏡面世界が何かを跳ね返す。それがリヴァイアサンの降らせる水泡である事に気付いた時にミーナはくそ、と毒吐いた。
「じゃあ、アイツをどうにかするしかねぇんだな!? ……誰も死なせねぇ!」
「ああーーそれと、シャルロット」
走るミーナを見送ってからジェイクは自身の獲物をゆっくり構え、シャルロットを振り返った。
「おめえもここでは死なせねえ」
「……え?」
「ったりめーだろ。おめーを殺すのは俺の役目だからな。
そして俺も、こんな所でくたばるつもりはねえ。
いいな? ――俺達でリヴァイアサンを倒すぞ」
「……ジェイク。貴方は私を殺すんでしょう? なら、死んでは駄目よ」
その言葉に「良く言う」とジェイクは小さく返した。滅海竜だろうが絶望の名の存在だろうとそれがどうしたと笑ってやるのだ。
黒き牙が襲い往く。『幻狼』灰色狼と呼ばれた自身の名を知らぬというならばその命中精度でとくと味わえと引き金を引いた。
優しい愛、ねと利香は呟く。愛情というのは夢魔にとっては商売道具だ。
「ま、半分成り行きよ。私らは大勢の人達や仲間を喪った、あのバカ竜には1兆年寝て貰わないと気がすまない――その為にアンタには最後はともかく馬車馬の様に働いて貰うつもりだった、けど……」
利香はその美しい髪をかき上げてはあ、とため息を吐いた。金の瞳に決意を揺らす。
「あの子も気軽に言ってくれるわよね! 背負う命が多くなったじゃないの!」
シルキィが『分け合った』。その事でひび割れた鏡面世界は猶予を得たのだろう。
彼女の負担を考えるならば、鏡面世界を護ることに繋がってくる。利香からすれば『竜との戦いの為に味方を守ってくれる有難いバリアー』であったはずの鏡面世界は『人の命』が絡む重要な機構になったのだ。
「……な、なんだあの白い人……どうなった……?
でも確かめている時間がない……友軍は……! ここで押し込めなきゃ……!」
誠司は困惑を浮かべ続ける。利香は「残念だけど」と肩を竦めた。
「可愛い新人教育をしてあげたいけれど、今日はそうも行かないみたいね。
実践訓練よ。――シルキィちゃんは『生きている』そうだから。支えましょう、彼女を見つけるためにも」
利香のその言葉に誠司は頷いた。まだ一週間足らず、経験だって少ない。
しかし、猫の手も借りたいというローレットの招集に応えて彼は戦場へと踏み入れた。
兎に角ダメージを稼ぎたい。鏡面世界を守る利香の言葉に背を押されながら誠司はジェイクが穿ったその部分から肉が見えて居る事に気付く。
(打ち込めばいいか――! あそこに! 何か、何か残す事が出来れば!)
「無茶するなよ、新入り」
とん、と舞うように死神が躍る。ミーナは苛立ちを隠せぬ儘に『莫迦竜』に攻撃を放った。
リヴァイアサンが居なければ、ミロワールを受け入れる人間は少なかっただろう。
誰かを守るという彼女はこの戦いの中でも確かに、イレギュラーズの影響を受けている。
そんなことに感謝して堪るかとミーナは一撃を叩き込んだ。
「ミロワール――いや、シャルロットに対してあんだけ意志を示した戦友(イレギュラーズ)が居たんだ。
だったら、ここでその想いを途切れさせるわけにゃあいかんわな! 鏡面世界を一秒でも長く維持させるだの何だの、そういう打算はこの際抜きだ!」
ゴリョウはどん、と腹を叩いた。味方艦隊を護る。そして、鏡面世界が受け止める攻撃をより少なくするがためにゴリョウは立ち回る。
雷など逸らしてしまえ、水泡など弾いてしまえ、爪など――真っ向から受け止めろ!
吹き飛ばされようが構わない。形振り構っても居られない。
自身の底力が沸き上がるゴリョウは「オオオ」と唸った。
リヴァイアサンの爪を受け止める。蹴撃を孕んだそれがゴリョウの腹を抉る。然し、そんなことになど気には留めない。
「今が好機だ――!」
脚は受け止めたとゴリョウが叫ぶ。
「リゲル!」
ポテトは言った。行こう、今こそ戦いを終わらせに。
ポテトの癒しの支援を受けて、リゲルは走る。銀一閃、その切っ先に迷いはない。
嘗て、魔種と相対した時にリゲルが胸に抱いた惑いなど、もう今は必要なかった。
「ああ、ポテト。行こう!」
リゲルが走る。只、前へと。振り返ることはしなかった。
リゲル=アークライトは、ポテト=アークライトを信じていた。愛しいその人の力を。
癒しが己を包む。福音が前へ進む勇気を呉れる。
ポテト=アークライトも、リゲル=アークライトを信じていた。愛しいその人は、挫けぬと。
――今が、最後だ。
ありったけを。
死力を尽くすが如くリゲルはポテトと共にリヴァイアサンの前に飛び込んだ。
「シャルロット! 君を未来へと送り届ける!
こんな壁(リヴァイアサン)など風穴を開けてやる!
これほど切ない想いが叶えられない道理はない――皆の努力が報われない訳がない」
「シャルロット、贈る花は何が良いか考えておいてくれ。
それから、シャルロットが好きな花も教えてほしい。望む花、なんだって用意して見せる――だから一緒に勝利を迎えるぞ!」
ポテトのその言葉にシャルロットは涙を流す。
「わたしは花に詳しくないの。教えて」
――そう、乞う時間も無いのかもしれないけれど。
「一等素敵な花を頂戴」
その言葉にリゲルは頷いた。傷も、痛みも何もかも、一度は置いて来た。
だから、進む。信じているから。
「――貫き通してみせる!」
成否
成功
第4章 第21節
――我の姉上の仇を――お姉ちゃんを殺した奴を、殺してくれ――
その言葉に、ウィズィは笑った。水臭いだとか、当たり前、だとか、そういうことは言わない。
此処に居る全員が『同じ気持ち』だという事が厭になるほどに分かるから。
「頼まれなくっても当然――でも、頼まれた!」
ウィズィは駆けだす。
クレマァダ=コン=モスカ、海洋王国の辺境伯コン=モスカの『祭司長』
彼女には姉が居た。カタラァナ=コン=モスカ――竜の波濤を抱きしめた、歌の娘。
「騎兵隊は全員生存が旨。だから! カタラァナさんの想いは今も生きているッ!!」
声高にそう叫ぶ。唇を噛んだのは、目の前の強大なる竜に幾重ものトライを繰り返したからだ。
「殺してくれ、か――」
クレマァダの言葉を胸に刻み付ける様にイーリンは小さくぼやいてから顔を上げた。
「総員再結集! 動ける者だけで再編! 再突撃をするわ!」
時間がない。そんなものは百も承知だ。危険だ。そんなものも百も承知だ。
――然れども突撃を止める理由にはならず。歩を止めることを恥としれ!
「人使いが荒い司書だな……」
「アト、その吐きそうな面どうにかしなさい!」
叱り付ける様な、そして鼓舞するる様なイーリンの声音にアトは小さく笑う。
「誰が自分が舵を握る船で酔うものか。
眼子が曇ったか? 己の掛け金の価値を信じろ、司書。
それに、ほら、あれだよ、ウィズィとかまだ元気だぞ……いや、っていうかほんとに元気だな、何食ったらああなるんだ」
揶揄う様なアトのその声音にウィズィは「目の前に『竜』が居て、草臥れてられるものか」とちりり、と雷鳴を纏わせる。
「まあ、まあ! 騎兵隊の皆様はお元気ですわね!
皆様の太陽としてわたくし、輝きますわ! ええ……支えます。必要あらば範囲内にいらっしゃって」
タントは、その煌めきの儘に冷静に言った。美しき太陽の少女は振り仰いで唇を噛んだ。
騎兵隊から『一つの奇跡』が奏でられた、そして『もう一つの奇跡』が降り注いだ。その顛末。
「……もう、きっと、ミロワール様も長くは保ちませんわ。
ですから、惜しみなく! 限りなく! 容赦なく!
灼熱の太陽の如く、かの邪竜を燃やし尽くして下さいまし!!」
「たいようのように……ええっ!? またいこうとしてるの!?
もう……ホント……無茶するよね……! 偵察ならリリーにお任せ、だよ!」
海鳥が空を飛ぶ。轟く雷鳴にすらリリーは恐れることはない。アトとイーリンへと偵察は任せてと前へと出る小さな少女は常の愛らしい笑みがその表情から抜け落ちた。
式符が天に投げられる。そこより生み出さられるは冥府の闇より出る黒炎烏。羽搏く音が不協和音と不吉を呪う。これをワンパターンと言ってくれること勿れ。
「確かにワンパターンかもしれない、けど、リリーの十八番は……これ、なの!」
――冥刻を謳う者は、月を呑み高位術式を容易に扱って見せるのだ。
リリーによる偵察の言葉を聞いて、与一は練達の乙女が開発した殲滅兵装を握りしめる。それは、苛烈な乙女の恋心によるものだと聞いている――古今東西、女の愛という者は重たいという事か。
「遅くなりました! 追撃参加します!!」
ならば、その火力を盛大にリヴァイアサンにぶつけるだけだ。
恐れも畏れも怖れも怯えさえ、総て置いて来た。全力で全開。振り切ってきたと言うように与一が魔弾を放つ。
命、弾薬尽きるまで。かの竜のその体に爪痕――否、『命』を奪い戦果としてやらんと与一は叫んだ。
「我、不退転也……我ながら大分恥ずかしいこと言ってる気がする」
特別何かが苦手だというわけではない。華蓮とて器用な娘だ、様々なことを得意とする。
ああ、だけど、『これは私』だと誇ることが出来ないのは中途半端な自分の心のせいか。
何かを極めた仲間も、何かを為すために戦う皆も、その真っ直ぐさに酷く嫉妬した。
(けど、何をしても中途半端って……あの人も、イーリンさんも、同じことを言ってた。
何故あの人は……それでも、ああも凛々しくいられるのだろう)
華蓮はこんなの八つ当たりだわ、と付け焼刃の魔力で小さな棘を打ち続ける。
ささくれだった心をぶつけるように、華蓮は嫉妬の気持ちをごまかし続ける。
自分の得意分野でさえ、誰かの助けを必要としていることに――嗚呼、それにさえ、死っとしまうけれど。
――あなたの得たこの力が、きっと誰かを救いますように。
「師匠様! わたしのスタミナは無限大です! 全然行けますよ~」
にっこりと、自身を鼓舞する様にココロは言った。疲労なんて何のその、言葉の上では元気溌剌、臆することはないと言うようにココロはその手首にハートモチーフのブレスレットを飾る。
癒しを謳い、そして、決意にゆだねる様に魔導書の中で揺蕩う子守唄を指先で追った。
「海は誰でも奪う。あの巨体でも例外ではいられない」
海は悍ましくも恐ろしい。医術士はそれを酷く知っていた――どれ程恐ろしい物なのか。
賢者として、水中を制覇する者として、ココロは水中より巨大な土塊の拳をぐん、と伸ばす。
殴りつけられたリヴァイアサンの左脚から滲む血潮をイレギュラーズが見逃すはずもない。
士気軒高の為の檄。何処までが自分の本心かなんて分からない。
全ては民心の平らかなる為。そうだと、言い聞かせた。そうだ、そうなのだ。
「敵が呼吸を置けばっ、そこで陣を整えるが常道じゃろうにっ!
そこでダメ押しのおかわりかっ! 阿呆かお前らはっ! イレギュラーズは阿呆ばかりかっ!
船に打ち上がるダツでももう少し後先を考えるぞっ!」
クレマァダは怒鳴る。萎びた昆布の様に使い物にならないとは思わないが、卵を温めるペンギンの方が頭がいいと彼女は憤慨する。
守りを得てとしていた自身の用兵論などイレギュラーズ達の前では無だ。泡だ。忌みも残らない。
クレマァダは必死に楽器を弾きならす。アドリブが足りない。それでも、必死に食らいつく。
リズミカルに、ちゃんちゃらおかしい位に崩れた譜面をなぞるように。
「ああ――!」
苛立ちに叫ぶ。だが、――姉の気持ちが少し、分かった。
「『祭司長』がお怒りだよ、司書」
「あら? ……大丈夫よ」
アトの言葉にイーリンは頑張って頂戴とさらりと返した。
皆、感じているのだ『こちらに時間がなくとも彼方にだって時間はない』。それなりの疲労を感じているのだあろう。
アトはすう、と息を吸い込んだ。
「みんな、砕けて海に投げ出されるかもだが、心してくれ!
あの歌声が聞こえるか! ――彼女の声が聞こえるか!」
美しき深淵の歌声。やっと分った、分かってしまった、分からない儘ではいられなかった。
アトのその言葉に背を押されるように、騎兵隊は最期の一勝負に駆ける。
「まだ行けるか。そうか……
ふふっ、ははは!! 傷を負ってガッタガタだが行けるなら行くしかなかろうよ!
やるこたぁ基本は変わらねぇ! ただひたすらにぶん殴るだけさ!」
エレンシアのその体から赤き血が滲む。包帯越しにそれが滲もうとも、彼女は泣きごとなんて言ってる暇はないと霊樹の大剣を握りしめた。
「ここが押し時ならどうあろうと一気に行くしかなかろうよ!」
泣きごとなんて言ってはいられない。エレンシアが放つ憎悪の爪牙がリヴァイアサンのその身に突き刺さる。
「ここからが正念場。クレマァダ様の願いを聞いた以上、尚の事この戦、負けられませんわネ」
アルムはこういう時こそ優雅に振舞い、スマートに仕事をこなすのがメイドだと言うように穏やかに笑みを浮かべる。
「酔いが酷い方はハーブティーを用意しておりますので、
宜しければ召し上がって下さイ。少しはマシになりますヨ?」
「船の上でも至れり尽くせり、素敵ですわ!」
アルムの言葉にタントが手をぱん、と叩いた。前線では一番槍レイリーが堂々とその名乗りを上げる。
まだ立てる。
まだ動ける。
まだ――諦めてはいない。
誰かが行くならば『一番槍』が行かずしてどうするか!
もう時間がないだ。彼女が遺したものは無駄にできぬとレイリーは盾となるが為、過酷なる嵐の中に身を投じる。
「さぁ、竜よ! 堕ちてもらおう!」
堂々たる乙女は難攻不落の要塞として立ちはだかる。騎兵隊は此処から潰えることはない。
「楯を構え、槍を奮い、先頭で竜の攻撃を堂々と流して捌いて弾いてやる」
――絶対に倒れない。この手が届く限り、この脚が地面を踏む限り。
レイリーは唇を噛む。言葉にするは――「私は絶対に譲らない!」
「鉄腕メイド アルム・シュタール 推して参りまス」
優雅に一礼して、アルムもレイリーに続く。自身を盾とするように、穏やかにエプロンドレスを揺らした彼女は微笑み返した。
「不躾な返礼ですガ、御容赦下さいまセ?」
その言葉にレイリーは頷いた。『不躾』だろうと竜はお客様ではない。
穿て、落とせ、貫け――盾も槍も、眼前の竜に恐れおののくわけがない。
「あっはっは……♪ はは……♪
いや、この勢いだ。完全で冷静に言続けろとか言う方が無茶だろうよ!
進め進め!例えどれ程高揚しようとも、戦場を見渡す目と、策を編む頭は冷静に……それが『軍師』というものだ」
シャルロッテは車椅子を揺らして笑う。軍師として、振るうは未来を切り開くが為の手腕。
指揮棒に攻撃を合わせるように騎兵隊は進軍し続ける。
憂いを立ち、動きをサポートせよ。戦場を全て見通し、戦略眼で先を定める。
「……軍師らしい軍師だとは思わないか?」
シャルロッテはそう言ってから、タクトを大仰に振るった。
「――だが、今回は少しボクも混ぜろ」
軍師は戦場に非道なる罠を放つ。苦痛とは共通言語だ。痛みこそ、最大のコミュニケーション手段だとでも言うようにリヴァイアサンに悪逆非道なる罠が襲い往く。
「軍師まで、前線って……後……後何度殴ればいいんですか……私殴ってねーわあっはっ……はぁ……。
ウェルカム過労死? 少し前の私を殴りたいそうだ今の私を殴ればいいんだ……って馬鹿」
はあ、と溜息を漏らしたリアナルは侵されざるべき聖なる哉、と聖域を仲間へと齎した。特殊支援を施す彼女は改造巫女服――セーラーに身を包み、ため息を吐く。
「よし、弱音は吐いたから気合を入れ直そう」
だが、荒れ狂う海はリアナルにとっては苦手も苦手、澱の加護は生命への執着を齎した。
「遠距離攻撃できない私が憎いぞ、全く、練達兵装は海で使えないんだよ!
水飛沫で塩害ショートするから! 回路が錆びるんだ! 零れ落ちるよりかは! マシだろ!」
相手を翻弄する蠱惑の刃を握りしめてリアナルはそう叫んだ。
そうだ。零れ落ちるよりはましだ。錆びたとしても、とりあえず進むしかないのだ。
(くそ……カラダが心なしか重く感じる……いや、そんな事はないっ)
歯噛みする。此処で、挫けてなるものかとメリッカは顔を上げる。空飛ぶ翼に、水中さえも臆することなく、彼女は叫ぶ。
「奴が屈服するまで何度でも砲を撃つ備えが僕らにはある。このまま一気に押しきるぞ」
「「混沌に居ていい代物じゃねえだろ…!! やっぱり神様はクソだな!!」
メリッカの言葉に頷いてからマカライトはあれだけやってもまだまだ余裕を見せるのかこの水竜はと毒づいた。
確かな疲労を感じさせる。オーダーも『眠りに誘う』事だ。倒せと言われてないだけ、まだ心の平穏が保てる所か――この竜をどのように倒せというのか。水竜の力が及ぶ『域』がいつなのか。
そうやって思考回路を巡らせども、流石に理不尽だとマカライトは毒吐いて、そして『今迄を無駄にしないため』に魔力を打ち出した。
「押すべき時に押せる者が勝利を手にする! 間違いなく、今がその時だ!」
メリッカとマカライト。二人の破壊的な魔力が前線へと飛び込んで往く。
追いかけるは金の獣。そして、背後より紫の燐光が躍った。
「行くわよ! ウィズィ! 息あがってるわよ、私と合わせて!」
「オーケー、イーリン!
この局面を作り出してきた皆の力の全てで以って――お前を殺すぞ、リヴァイアサン!!」
リヴァイアサンの左脚から、肉が飛び散った。
赫々たるその色と、蠢いた脚が波濤を作り出す。
「ッーー!?」
水に飲まれぬ様にと騎兵隊は皆、互いを掬い上げる。
その眼前、その巨大な足は震えていた。
成否
成功
第4章 第22節
諦められない、諦めたくない。
明日という日を一緒に迎えるということを。
だって。あなたの献身に、わたし達は未だ報いることが出来ていないのですから――
アッシュは飛び散る肉片の下を潜るように毒花を咲かせた。
滅海竜リヴァイアサン。その左脚は僅かに動く。唇を噛んだはアラン。
(あの光は……仲間の……あああッ、クソがァッーー!)
その状況になって迄、未だ、動こうというのか。喉奥が血潮が滲んだ、怒りが漏れるような憎悪の聲であった。
「クソがァァァァァッ!」
竜種を攻撃する。今、それをやるしかないと、加速した。
これ以上仲間を失う? 何が奇跡だ。『自己犠牲』の間違いだろう。
「力を貸してくれ……俺に力を……セリア……!」
青い宝石のネックレスを握りしめる。ヘリオスはセレネを呼んだ。一時的再現に他ならない。
右手には太陽を、左手には月を。その刹那に彼は全盛の姿を見せる。勇者は、叫ぶ。
「ッッ! ――――おおおおおおぉぉぁぁああ!!」
幼馴染の従えた月輪の聖剣よ。
短くていい、こんな所でも見守ってくれているか。力を貸してくれ。
アランは振り下ろす。二対の疑似聖剣を振色おsる。紅と青の光の奔流がリヴァイアサンを呑まんと襲う。
アランのその腕に反動が跳ね返る。その体を受け止めたグドルフは「無茶すんなよ」と意地悪く笑った。
「なんでえ、思ったより良いツラしてんじゃねえかい。
影とか鏡なんざで隠すにゃあ勿体無ェなあ! おめえの事だぜ、シャルロット」
ゆっくりとグドルフが立ち上がる。背負った斧に赤の闘気を纏わせてグドルフはゆっくり進む。
「だが、そうだな、もちっと歳重ねたら、さぞ美人になるだろうよ。
いいか? おめえがおれさま好みのイイオンナになるにゃあ――こいつをブチのめさにゃあならねえってこった! ゲハハハッ、俄然ヤル気が出てきただろう!?」
任せろ、とアランへ言った。そして、グドルフが前線へと飛び出して行く。
赤い闘気を其の儘に、斧を振り下ろす。岩をも砕く勢いで、山賊は唇を釣り上げる。
「いくぜェ!」
その背を援護するようにジェックが黒の猛禽の瞳をぎょろりと動かした。
「沢山のヤクソクと、分けアった痛みと、差しノベられた手と。
ソレでもキミは我が身をギセイにするカイ……シャルロット。
ナンテ……身を挺してカバうを地で行くイレギュラーズをウツしたんじゃ、シカタないか」
そんなの、ジェックも知っているイレギュラーズではないか。
たくさん約束を重ねて、痛みを分け合って。手を差し伸べて。
世界の中にたくさんの愛が溢れていても何かの為に殉じて死んでゆく。
そんな馬鹿みたいな話、溢れているのだとジェックは撃鉄を起こす。
「アタシはずっとカわらない。撃つコトしかできないナラ、打ち続けるダケだ」
針の孔を打つように、狙いをつける。シャルロット、一輪の花を欲する彼女にジェックは聞いた。
――「銀の花ハ嫌イ?」と。
「いいえ、見てみたいわ」
「ソウ」
その肉の爛れた場所へと銀の花を咲かせ続ける。毒を孕んで、命を奪う歪な花。
それは――覚悟の証だった。
咲けばいい、そして咲き誇った花ごと王の道へと誘ってやろう。
「は、いいじゃねェか。……俺ぁよ、シャルロットの事をそんな知ってる訳じゃねえ。
だからお前さんが死んだって、お前さんがそれに十分満足してるなら良いじゃねえかって思ってた。
でもよ、アカツキとか、リンディスとか、ダチがお前さんを生かしたいって頑張ってんだ。
だったら力になってやらなきゃ嘘ってもんだろ?」
ルカはにい、と笑う。友達が、こうしたいと声を荒げた。それを否定するほどに冷たい男ではないとルカは拳を固める。
覇竜への誓いは幼き頃に見た遠くの影を――少年の心に抱いた竜へのあこがれを、擁いたままにリヴァイアサンへと飛び込んだ。
「ま、見とけよ。速攻でリヴァイアサンをぶちのめしてお前さんを助けてやるからよッーー!
そしたらアイツらと一緒に遊んでやりな、それが一番の恩返しになるってモンだ」
ぐん、とリヴァイアサンの肉へと食い込んだは黒き大顎。ぞろりと牙を覗かせてルカは容赦はしないと進み往く。
「たいそう粘ってくれたけどよぉ……! 流石に疲労が見えてきたみてぇだなぁ滅海竜さんヨォ!!」
竜の血潮が落ちてくる。セレマは「そんな顔をするなよ」とシャルロットの頬を撫でた。
「疲れてきたが、死ぬ気も殺される気もさらさらないよ。
それより逆転の一手があると言ったら、聞いてくれるかい?」
「……教えて」
「別の戦場で見たんだ。竜の血を触媒に自らの魔術を強化する魔種をさ。
なあ、キミにボクらの回復は届かないが、キミ自身が竜の血液をソースとして用いることはできるんじゃないか?」
その言葉にシャルロットは息を飲む。無理よ、と唇から出かけたそれを指先で止めた。
唇をななぞってセレマは笑う。
「不安がるな。できる――できるはずだ。
なぜならキミはボクが見込んだ、あらゆる可能性を内包した娘だからだ。
術式の知識が必要ならばボクを映せ。できると信じろ。それを信じるのがボクの役目だ」
セレマのその言葉にシャルロットは彼の白い指先をぎゅ、と握った。
「もう少しよ、セレマ。もう少し――」
「……ボクにはわかる。シャルロット。
キミは――もう死ぬだろう。約束を果たせばどうせ死ぬとでも言いたいのか」
奇跡なんて、そこに入らないとシャルロットは言った。
アッシュは首を振る。諦めないで、と。寂しい事を言わないで、と。
届いて、いますか。聞こえて、いますか。
わたしは、貴女にお礼が言いたい、です。
此の海の先を見たいのです。
出来れば、貴女とお友達にだってなりたいのです――
シャルロットは見た。
もう一度と駆けだしたアランの剣が竜の左脚の肉を断つ。
紅の奔流が襲い来る中で、その動きを制止するようにジェックが弾丸を放つ。
飛び散る肉片の中、未だ、堅牢なるその脚は動くのも気怠に、揺れていた。
それこそがイレギュラーズの総力。赫が飛び散るそれに体が弛緩する。それが緊張より解き放たれた感覚であると誰もが気付いた筈だろう。
屹度――それは、眠る刹那の動き。
「勝ったか……!?」
誰が言ったかは分からない。後は、水竜の力が及ぶか否か、だ。
「……シャルロット」
セレマの声が降る。
シャルロットは、セレマを見ない儘、言った。
「もしも……竜が眠ったのなら……陸へ、戻りましょう。
それから――それから、シルキィを迎えに行きましょう」
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。
●作戦目標
・滅海竜リヴァイアサン脚部(左)への可能な限りのダメージ
・魔種及び『魔種に類する存在』の撃破
●重要な備考
このラリーシナリオの期間は『時間切れ』になるまでです。
(時間切れとはアルバニアの権能復活を指します)
皆さんはどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド
『絶望の青』の海の上。水中での行動には『水中行動』、空中では『飛行』等をご使用ください。
足場に関してはリヴァイアサンに対しての超レ距離までは大型船で参りますが、それ以上は小型船の貸与(もしくは皆さんのアイテムの船等アイテムを使用)を行います。
リヴァイアサンの前に、ミロワール&薔薇の異形が存在。リヴァイアサンは固定ユニットですが、ミロワール&薔薇の異形は移動します。
●滅海竜リヴァイアサン脚部(左)
大いなる存在。竜種。大気を震わせ、海原を割る。絶望の主。
それ故に無尽蔵な体力、理不尽な耐性。攻撃の効果があるかもわからぬ存在です。
その脚部(左)となります。非常に巨大な敵であるためにイレギュラーズは部位ごとの作戦を行うこととなります。その一部です。
データ
・正しく命をも刈り取る非常に強力な攻撃を行う為、無用な接近は得策ではないでしょう。
・脚部(左)において鱗等が薄い部位がありますが『飛行』状態または『レンジ超遠(飛行なし)』出なくては攻撃する事が出来ません。
主だったステータス
・波動泡:5ターンに一度フィールド上に降り注ぐ水泡。猛毒/不吉/ダメージ(中)
・大海脚:複数対象に呪いを付与する蹴撃です。強烈なダメージ(大)。
・降轟雷:フィールド広範囲に対してダメージ(中)程度攻撃/感電付与/飛行対象に大ダメージ
・襲爪 :近接単体対象に大ダメージ
・水竜覇道:????
●魔種『水没少女<シレーナ>ミロワール』
『鏡の魔種ミロワール』『シャルロット・ディ・ダーマ』
黒い髪、黒い瞳、影を纏わり付かせ本来の姿を持たず相手を映す『鏡』の性質を持った魔種です。
その性質からセイラ・フレーズ・バニーユを映し、彼女の理解者でありましたが、アクエリア島にてイレギュラーズを映しこんだことで変化を遂げ、セイラを討つ手伝いを行いました。
現在は『セイラ・フレーズ・バニーユの怨念』による棺牢(コフィンゲージ)にて変異し、狂気を孕んでいます。
しかし、彼女は『鏡』であるが故に、イレギュラーズを映すことで変化を遂げる可能性は――
個人的なデータ
・双子の姉妹に『ビスコッティ』がいます。彼女を深く愛していますが、愛憎に駆られ身勝手にもその命を奪いました
・セイラとは互いに良き理解者であり、傍に居たいと願いました。しかし『性質変化』にて彼女を討つ手伝いをしたのもまたミロワールです。
登場シナリオ
・『<Despair Blue>うつしよのかがみ』
・『<バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる』
・『<鎖海に刻むヒストリア>終末泡沫エーヴィア』
※参考程度にです。ご覧にならなくとも参加に支障はございません。
主だったステータス
・性質変化:鏡の魔種。相手の姿を映す。その相手の行動や言葉に大きく感化されます。
・原罪の呼び声<嫉妬><不定形>:その呼び声は悍ましくも悲しい。
・鏡像世界:パッシブ。ミロワールが存在する限り鏡像(*後述)が生み出されます。
・鏡面世界:パッシブ。ミロワールが存在する限りリヴァイアサンへ与えたダメージが半減します
その他、神秘遠距離攻撃を中心に使用/歌声によるBS付与も豊富に行います。
・鏡像:フィールドに存在する存在の【鏡像】を作り出す。そのステータスは存在(PC)と同等となるが、その動きは劣化コピーとなる
●魔種に類する存在『薔薇の異形<わすれがたみ>』
『美しき不幸』『呪いの子』。魔種リーデル・コールがその腕に抱いていた『赤子』であった異形。
萎れた薔薇はミロワールを守るようにその茨や蔦を触腕として伸ばし続けます。
『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユの怨念に蝕まれ、毒が如き霧を発し続けています。
主だったステータス
・薔薇の鎧:薔薇の異形が存在する限りミロワールに棘を付与します
・薔薇の結界:薔薇の異形が存在する限りフィールド内のイレギュラーズはショック状態となります。
○味方NPC
・月原・亮(p3n000006)
・ウォロク・ウォンバット(p3n000125)&マイケル
・コンテュール家の派遣した船団*5
指示があれば従います。基本は退去用船の確保を行っています。
また派遣船団は海域離脱要員です。
それでは、ご武運を。
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