シナリオ詳細
<絶海のアポカリプス>わだつみの涯
完了
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オープニング
●
壮大なる海の涯、眠り妨げられしわだつみの咆哮が響く。
大気揺らがせ、海を割り、深海の怒りが顕現したが如く雷光が嘶いた。虚空をも埋め尽くすが如き水滴は『ソレ』が動いた事で雨が如く降り注ぐ。
人は、強大なる存在を見た時、恐怖に竦み怯え、膝を着く。『ソレ』は正しくそういう存在なのだ。冠位魔種を前にした時とは比ではない――それは悪夢を体現したかの様に蜷局を巻いていた。
荒れ狂う波濤の中、断末魔を上げ海を割る閃光は青白くイレギュラーズを嘲笑うかのようであった。
「竜種――」
その言葉を口にしたのが、誰であったのかは分からない。絶望に棲まう悪夢。
巨なる海原に黒き影を落とし、わだつみは神鳴りを喰らい大地を揺らすが如く海面を混ぜ返す。立つ波は全てを水泡の下へと誘わんと手を伸ばす。
背筋に奔る恐怖は人間の本能に植え付けられた絶対的な生存本能。死を覚悟した時に、人は――その視界を昏く染め上げる。呼吸する事さえ許されぬようなその場所を、絶望と呼ぶのだろう。
――称えよ、竦め。許しを乞え。我が名は滅海――滅海竜リヴァイアサンなり!
越えねばならぬ。
冠位を、斃さねば。纏わり着いた饐えた死の臭いは消えず、死の運命からは逃れられぬ。
――人間共。『冠位』を傷付けし者共よ。その顔を見てやろう。
首を垂れよ、項垂れ、竦め、そして、その御身を『生きて眼へ映せた』事へ感謝せよ。
竜は語らう。
竜は嘲る。
竜は、小さき者を僅かに認めた。
許しを乞わず、項垂れず、竦むことなく、前を向いた兵をを。
「かみさま。どうか……みていてくださらない」
少女は、大いなる存在へと恭しく言った。黒き靄に一層纏わりついた死の気配は竜にとっても心地よくはないだろう。
だから、少女は――『ミロワール』は一層頭を下げた。
「かみさま、、わたしがイレギュラーズをころすわ。だから、」
毒の如き怨嗟に蝕まれ、その命が海原へと溶け往く前に少女は祈るように言った。
――どうか、許してください。
●
――かがみよ、かがみ。ねえ、この世で一番幸せなのってだれかしら。
「もちろん、セイラよ。セイラ・フレーズ・バニーユ! わたしの大切で大好きなあなた」
手を伸ばして抱きしめる。ひんやりとしたその掌が心地よかった。
頬を寄せれば擦り寄って「甘えないで」と揶揄われる。まるで母の様な、その胸の中、微睡むように目を閉じて。
セイラ、と呼べば可笑しそうに笑った声が耳朶に転がる。背を撫でて、優しい歌を歌うの。
大好きな歌声が、幸せそうに響いている。陸になど行かずに、この暗がりの底で一緒に過ごしていたかった。
冠位様は意地悪だ。セイラの嫌いな海の国を見ておいでというのだから。
冠位様は意地悪だ。セイラが苦悩して涙を流しても知らんぷりなのだから。
だから、わたしは――助けたかった。
この怨嗟の海から解き放たれるのがしあわせだと、誰かが言っていたのに。
セイラの怨嗟が、わたしの事を蝕んだ。リーデルの薔薇が萎れていく。
二人が、傍に居るような気がして、わたしは、嬉しくなったのだ。
ねえ、ひとりじゃないわ!
ねえ、かみさま。わたし、ひとりじゃないの!
見ていて、見ていて、見ていて、かみさま。わたし、今度は、今度は、今度こそうまくやる。
あの人を殺すことが出来たら、私の罪は終わるでしょう?
――だから、そうしたら、もう一度、ぎゅっと、抱きしめて。
黒き靄が付き纏う。狂ったように夥しい怨嗟と毒を飲み喰らいながら。
嵐海の上、世界の涯に立つように魔種は――水没少女<シレーナ>は微笑んだ。
一層の、狂気を擁いて。
――もしも、わたしがわたしじゃなくなったら、
この海で『ビスコッティ』として殺して?
もしも、わたしが戻ってこれたら、
この海の外でもう一度『シャルロット』って呼んで。
ビスコッティに綺麗な花を一輪買って、弔いを行った後、
わたしのことを、彼女の許へ送ってほしいの。
約束よ、イレギュラーズ――
- <絶海のアポカリプス>わだつみの涯完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年06月13日 21時11分
- 章数4章
- 総採用数539人
- 参加費50RC
第3章
第3章 第1節
魔種ミロワールは、シャルロットは、静かに言った。
「わたしは、皆の力になれる?」と。
囁くその声は確かな決意を感じさせる。
彼女の説得に伴い、使用した時間は味方艦隊にも大きく影響を与えていた。打撃を与えたならば、立て直さねば滅海竜との戦いは凌げない。
「――わたし、皆の為に考えがあるの」
それは、魔種ミロワールの『鏡面世界』を味方艦隊に使用することだった。
彼女により味方艦隊は守りを得られるだろう。だが、それは自身の『刻』をすり減らす事には違いない。
「……助けて、くれる?」
あの、滅海竜を越えなければ、彼女はイレギュラーズとの約束を果たせない。
だが、それ以上に――彼女は願った。
あなたたちが望んだ未来に、一緒に行ってみたいの、と。
=======補足========
・目標『リヴァイアサンを弱らせる事』です。水竜様の力はリヴァイアサンに及びません。
ですので、リヴァイアサンと『ともに眠れる』レベルまでリヴァイアサンを弱らせることが第一目標です。
・カイト・シャルラハ(p3p000684)の『PPP』にて顕現した水竜様は自身の持ち得る権能を使ってリヴァイアサンを覆う絶対権能『神威(海)』を阻害しています。
それにより今まで以上にダメージを与えることが出来るようになりました。
・魔種ミロワール
説得に応じて『狂気が取り払われました』。
彼女は自身能力鏡面世界を使用して、味方艦隊を支援するために攻撃を行えません。
また、ミロワール自身は疲弊しており、味方艦隊への『攻撃は彼女が幾分か肩代わりすることで広範囲の鏡面世界』を使用できるようです。
(味方艦隊への打撃が強い場合やリヴァイアサンの攻撃を受けた場合はダメージ蓄積によって死亡します。
つまりはリヴァイアサンを全力で倒し切らなければミロワールにとってもタイムリミットです。
※ミロワールの生死は<絶海のアポカリプス>に影響は与えません。)
・鏡面世界(弱)
リヴァイアサンへではなく味方艦隊へと使用されます。その効果は(弱)。
疲弊したミロワールが使える最大の力です。
===============
第3章 第2節
「潮の流れっていうのはどう変わるかはわからないものだな……また一つ状況が変わったようだ」
唇に笑みを乗せて。修也はそう呟いた。世界とは瞬きする間に様変わりするものだ。不俱戴天の仇なる魔種、この海で船乗りをその海底へと誘う鏡の少女――彼女は、今はイレギュラーズの味方となったというのか。
「さあて、潮目は変わり続けている。俺達に追い風も吹いた。伝えたい奴らが伝えたい事を伝えた結果、か……心って言うのは、美しい時は美しい物だなぁ」
行人の呟く言葉に微笑むは豊かなウェーブヘアーを揺らした貴婦人、水の精霊『穏やかなるワッカ』。流れを纏める様に、荒れ狂う濤を超える彼女へと行人は「行けるか?」と囁いた。
――勿論。
蠱惑的に笑みは浮かぶ。後でたんまりと『お礼』を送ろう。それも飛び切り上物の蒸留酒がいいだろうか。時間のロスが惜しいのは確かだ。『鏡面世界』が守護していた大竜の悠々なるその姿を見て行人は息を飲む。
「さあて、さて。切った張ったのお時間だ。
……今から最前線へ取って返すぞ。乗るヤツは乗ってくれ!!」
「それでは、シャルロット。軽い用事を済ませて参ります」
静かに目を伏せた無量のその掌が妖刀を握りしめる。豪の刃は妖しく光る。美しい微笑を浮かべた無量へと「行くの?」と静かに彼女は囁く。
「ええ。シャルロット。分かりますね。
貴女は貴女の願い、叶えるまで死んではなりませんよ。でないと――追いかけて殺します」
「まあ、怖い」
無量は『ミロワール』が――否、シャルロットが揶揄うように笑い乍らもどこか決意した表情である事に気付いていた。
必ず『未来』へ、共に。そう願うイレギュラーズは多数いるだろう。彼女が魔種(デモニア)と呼ばれ、純種とは別たれた破滅に愛された存在であれど、その願いを、手向けの花を抱かせ、そしてかたわれの許へと送ってやりたいと願うものは多数いた。
「シャルロット殿! いやいや、拙者は分かってましたよ、正気を取り戻したのですね!
うんうん、実に目出度い事です! しかしm彼我共に時間はなさそうですね!
ちゃちゃっと片付けてドラゴンバーベキューといきましょう! 面舵いっぱい!」
楽し気に、前線へと飛び込んだルル家は『宇宙警察忍者』の使用する武器を手に、にいと口角を釣り上げる。リヴァイアサンの許へと向かうというワッカへと『びしり』と指さす様にそう言う彼女へと「指示は俺がするって」と行人が揶揄った。
「危険は十分承知。ですが、宇宙力(クリティカル)とは銀河に瞬く星の如く、圧倒的な力を放ち『こうした使い道』があるのです!」
丁半博打より分がある勝負に出ると『幸運の女神』が微笑むそれを刻を待つ。
船乗りは、皆、そうした希望を胸に進むのだとカイトは知っていた。
「魔種だろうがなんだろうが、海の上で味方をするなら信じるまでだ!
船乗りってのは海の上のアクシデントもハプニングも全て呑み込んでこそだぜ!」
けらけらと笑ったカイトはこんな状況であれど楽しむのが船乗りの意気込みと、マントを靡かせ宙を踊った。
羽毛がぴりりと痺れる。リヴァイアサンの攻撃は強力だ。天の唸りの声を聞き、速力を武器に飛び込むカイトは『鏡面世界』の効果がなければこれ程までに『鱗は柔らかいのだろうか』と笑みを浮かべて見せる。
「届いた……! 皆さんの想いが、願いが!
あぁ、こんなに嬉しいことはないッス! ……きっと、海の外で!
改めて、シャルロットと呼ばせてもらうッスからね! ……行ってくるッス!」
イルミナは海濤を眼前に受け止める波頭より見えるはリヴァイアサンの脚か。ずん、と地響きと共に下ろされたそれを攻撃手に与えぬ様にと自身の体を駆使して滑り込む。
「ッ――さぁ、後はこの奇跡たちを無駄にしないようにもっともっと頑張るのみッス! フルドライブッスよー!!」
「ああ! さーて。いくらミロワールが踏みとどまっても、こいつがいちゃー意味がねぇ。さっさとどいてもらわにゃならんよな」
サンディは美しき水精へと「レディ、力を借りても?」と声を掛けた。前線向かう無量をリヴァイアサンより降り注いだ水泡より守るが為、自身の体を前線へと進める。
「お前を仕留める手を減らして堪るかよ。くそ、デケェな!
何度でも! このくそったれた海蛇が!! ――さっさとここから退くまでだぁっっ!!」
唇を噛み締めた。熟練の防御を司る魔石が光を帯びる。サンディの背後で操船技術を駆使して資金まで近づくウォリアの姿がある。
囂々と燃えるが如き焔を滾らせて、終焉の騎士は自身の中に滾る衝動を燃やし続ける。
「眼の前には神に等しき暴威、それでも億に一の勝機があるのならば……オレは戦士として進むのみ」
微かな希望(シャルロット)とてリヴァイアサンが相手では長くも持たない。彼女がその身を呈して味方艦隊を守っているならば、『彼女への攻撃の手はこの巨体のどこから繰り出されるかもわからないのだ』
(シャルロット殿の事を思えば、さっさと終わらせねばいけませんね……!
拙者も陸に結婚の約束をした相手が待って居るのですから! 勝手に決めました!)
ルル家の焦るの意味もウォリアはよく理解していた。だからこそ、己の中に滾る焔を燃やし尽す。
「さあ、滅海竜狩猟(リヴァイアサン・ハンティング)を始めよう!」
「ハンティーング! いいですぞ! 参戦タイミングにはばっちりですぞー!
イッエーイ! ベンジャミンただいま参上! ですぞー!
ふむふむ。なるほど。これは完全に出遅れましたな! さっっっぱり状況が分かりませんぞ!」
それでもやるべきことさえ分かっていればOKなのだというようにベンジャミンは満面の笑みを浮かべて見せる。やることはと言えば『ドデカいウナギ』を攻撃し続ければいいのだ。詰まる所、『ミロワール』は魔種として扱うよりも友軍たちを守る第一障壁だ。『ドデカいウナギハンティング』の制限時間を伸ばしたと考えればそれでいい。
「俺の神の供物となれることを光栄に思えですぞ!」
鱗へと彼が放つは信仰心と言う名の狂気。追いかけるは緋の翼。まるで獣の嘶きが如く天が大きく揺さぶられたことに気付きカイトの羽毛が粟立った。
「回避――!」
叫ぶ声がする。修也の放った魔砲をも飲み込むが如く落ちた雷鳴にサンディが「ヒュウ」と小さく声漏らす。
「熱烈な歓迎だな?」
「ええ。しかし、これだけの巨躯、『点』を曝け出している事には違いはありません。――狙うべき箇所は此処です!」
立つがために無量が地面を蹴り、跳ね上がる。後の先から先を打つ。縫い付けるその刃は邪剣が一つ。鬼はその美貌を歪ませた。
(硬い――か)
だが、然し、それで退く程にイレギュラーズは『お優しい人間』だらけではない。ウォリアは爆裂するその一撃を鱗へと放つ。僅かに草臥れたように見えたその向こうに『肉』の片鱗が見えた事にウォリアは小さく笑った。
成否
成功
状態異常
第3章 第3節
リヴァイアサンへの攻撃が展開され始める。それを見遣った朋子は「『魔種のバリア』が剥がれている!」と驚愕したように呟いた。
「うっしゃー! ダメージが通りやすくなったみたいだな! 今こそ畳みかける時だぜ!」
ぴょんと撥ねたワモン。その言葉を聞き朋子は「戦況に変化があったんだね」と小さく息を飲む。
「あれ……? あれって、魔種ミロワール、だよね……?
でも魔種の割には毒気が薄いっていうか、なんだか憑き物が落ちたような……」
朋子の視線の先ではミーナがシャルロットへと向き直っていた。見れば、魔種であるにも関わらずミロワールーーシャルロットはミーナに攻撃する素振りもない。
「シャルロット――!」
ミーナの厳しい一声を聞き、シャルロットは何かに耐えるような表情を見せる。味方艦隊へと放たれた攻撃を『自身の能力と、それ以上の性能を引き出すためにダメージを肩代わりした』シャルロットは痛みに呻くように表情を歪ませた。
「シャルロット……あまり無理はするなよ? 約束、破られるのは嫌だからな?」
「ええ。大丈夫。……貴女こそ、気を付けてね」
魔種らしからぬ心配の一声に朋子は不思議そうに目を丸くする。ミーナは「ん」と小さく頷いて何処か照れ臭そうに笑みを浮かべた。
「……ありがとうな、私達の想い、聞いてくれて」
その言葉を残し、彼女はリヴァイアサンへと向かう。その様子を見て居れば何となく『現況』という者が分かった気がして、朋子は小さく微笑んだ。
「なるほど、きっとなにかとても素敵なことがあったんだね!
彼女が手助けしてくれるならとても頼もしいよ! あたしも張り切って行かなきゃ!!」
水中をぐんぐんと進みアシカとしての大一番を見せるワモン。その背を船で追いかける朋子が放つは極限の暴虐。悪魔の外線が如く繰り出された大振りに合わせ、一撃の赤に二撃目の黒を重ねてミーナが破滅を謳う。
無情、無惨、むげに倒された者達が最後に伸ばした手を――『同胞』と共に白はリヴァイアサンと向き直る。
「ボクはミロワールにあったことはないけど何者にもなれなかったボク達だからこそ約束の大切さは解る。……それにオレ達みたいに家族のもとに帰れない奴らを出してたまるか!」
竜は恐ろしい。その存在におびえぬわけではない。だが、味方にだって旅人(ドラゴン)はおり、そして、海竜に打ち勝つためにと皆が前線に向かっている。
「ボクも味方を庇う! 倒れても何度だって受け止めて見せるさ!」
自身の生命力を犠牲に強化を送る。その励ましを受けながらフォークロワは魔力中をぎゅ、と握りしめた。
「ッチ、ここで死んでる場合じゃないのですよ!
我らを矮小であると侮り、脆弱であると嘲笑ったその傲慢さのツケ、今ここで払ってもらいましょうか!」
願うように悪意を放つ。広大なる海原に響く絶望の音色を退けるが如くわだつみを行くフォークロワは鱗が薄いと仲間たちが判断したその部分を何度も何度も狙う。
シャルロットが、此方の味方に付いている。それを生かして味方艦隊を守られるならば――終末刻限<タイムリミット>になど、目を剥けてなどいられるものか。
無名殉教者が遺した指輪に魔力を込める。ルチアは、信心深きその少女は、信仰を魔力へと変化させ、ゆっくりと顔を上げる。
生きる。生きるがために、この戦いに勝利せねばならぬのだ。
「ありがとう、シャルロット。私の、私たちの声を聞き届けてくれて。
――そして、私たちの描く未来を見ようと思ってくれて」
ルチアは静かにそう言った。彼女は約束の為に味方艦隊へと『鏡面世界』と呼ぶ結界を張ってくれている。鏡としての権能を、その身、その体全てで発揮してくれているならば。
――だから、これから先は、約束を守るのは私たちの方。
「リヴァイアサンはもちろん倒すけれど、シャルロットを死なせたりなんか、絶対にするものですか」
癒しを送る。幾許かの効果は見られる。だが、リヴァイアサンの攻撃は、それにより『味方が得たダメージ』はシャルロットを蝕み続けているか。
「シャルロット、大丈夫?」
ニアは静かにそう言った。風がヒュウと音を立てる。ルチアが癒しを送り、そして、ニアは風の祝福受けし盾を構えて見せる。
「その、なんだ。……良かった。ホントに、ね。
まだまだ、超えなきゃいけない大嵐が待ってるからね」
湿気る風に目まぐるしく変化する天候。『デカいトカゲ』との我慢比べなんて笑ってしまう位に荒唐無稽な話だとニアは笑う。
「あたしだって、死んだら起こるヤツがいるんだ。
ミロワール、お前もだろ? ……あたしは、友達が陸で待ってるから」
「陸に、帰りましょうね」
ニアの背にそっと手を当てたミロワールから温もりが感じられる。彼女のその掌は『氷の様に冷たく闇の気配をさせていた』と言うのに、今は感じられない。
生きている――
魔種であれど、純種であれど、命はそこに確かにある。
「あたしもね、色々負けてられないんだ。ここは意地の張り所ってね……!」
構えるニアの背後より、響くは未来を切り開くべく進むイレギュラーズ達への祝いの音色。幸あれと歌うそれに反応して加護が花開く。
イレギュラーズは英雄だ。『災厄』を退け続けてきた英雄だ。ならば、ここでだって。
ユゥリアリアは薬と微笑んだ。歌劇で使われる正装軍服に身を包み、メリルナートの令嬢は微笑を漏らす。
「ふふ、成し遂げられた方がいたのですねー。
素晴らしきかな人生。このような晴れがましい場に立ち会えるとは」
まるで喜劇のようではないか。蒼海の恋心を謳うが如く歌姫はその声音を響かせた。
「ここは彼ら主演でわたくしはバックコーラスの一人。そしてリヴァイアサン、貴方は敵役。彼らの手により倒れてくれることがお約束ですわよー」
指先は唇へ。氷の刃は乙女の血を媒体に花開く。鮮やかなるその色に「綺麗だな!」と笑ったワモンは『アザラシパワー』に身を包む。
降り荒む水泡。そして、禍が如く空よりふる白光を避けるようにぱしりと尾を揺らし、ワモンは叫んだ。
「――オイラは! アシカじゃ! ねええええ!」
成否
成功
第3章 第4節
「サテーー友軍は、コレでソロったんじゃナイかな」
ガスマスク越しに、ジェックが見遣ったのは黒き影の如き姿をした少女であった。魔種ミロワール、そして騎兵隊の尽力がおかげで友軍となったドレイク。そう思えばこそ、『本番』が始まったと狙撃手は黒き猛禽の名を冠する『相棒』をそっと抱きしめる。
「あの魔種の嬢ちゃんは『味方』になったのか。流石、可能性の塊・イレギュラーズだ」
凛と澄んだ美しい音色を響かせる鈴を自身の獲物に添えて、縁は小さく笑った。龍の逆鱗に触れた絶望の竜。水底漂うだけならよかろうに、やる気を出させるとはと縁は溜息を漏らした。
(可能性、か――俺もあの時あいつと……『リーデル』と最後までむきあてりゃぁ、きっと……)
希望的観測を、擁かずにはいられない。月の雫を連ねた蒼球をその腕に寒々しい慕情を揺らした縁は首を振る。
「後悔なんてしてねぇよ。俺は絶望を知っている。なら、『この程度』軽く乗り越えてやるさね」
「コえるべき壁は未だ天タカくても……イヤ、この場合は海フカくとも、と言うベキか」
揶揄う声音のジェックに頷きを返すはリュティス。海より深き絶望がそこに横合わっているというならば悲観するのも『時間の無駄』だ。
「準備は整ったので御座いましょう? それでは反撃開始と致しましょうか。
随分好き放題に暴れ回って下さったみたいですし、相応のお返しをせねばなりませんね――覚悟はよろしいでしょうか?」
美しく笑みを浮かべた淑女は劈くが如き白光を反射し返す首飾りを揺らす。その手には己が内に渦巻く魔力を鏃へと変えリュティスは目を伏せた。
「さて、参りましょう。折角の好機なのですから」
「好機……! うん、彼女は無事に助かったんだね。よかった。
結界か。味方艦隊を守ってくれているんだね。僕が考える通りなら、きっとイレギュラーズの皆は無茶をするんだ。なら、僕だって――」
その言葉の通り『無茶』をするように前へと走る者がいた。ロトは懐中時計を手に小さく笑う。
硝子が如き美しい魔剣を手に前へと向かうロトはミロワールに対して強い思い入れがあるわけではない。けれど――だ。アレクシアや、そして、『他の仲間たち』の様に、彼女の為と望むこのが居るのだから。
「どうしてっかって? あははは、それはね数々の事件を解決してくれた君達への恩返しさ」
「有難う……! オイラたちはミロワールにも恩返しをしなくちゃ。
ミロワールが味方艦隊を守ってくれるなら陸に戻れる人が増えるんだ!
それにさ、ミロワールの為でもある。きっと戻って、きみの約束を果たせるように」
シャルロットは命を賭してまでイレギュラーズを、そして『セイラが妬み嫉んだ国』を守ってくれている。最前線に向かう仲間たちの覚悟を笑う勿れ、チャロロは機煌重盾を手に前へ前へと走りゆく。
「シャルロット君! ……良かった……。
でも、ここからが本番だね――みんなで無事に此処を越えるんだ! こんな波、跳ね返してしまおう!」
アレクシアの声音が大きく響く。味方艦隊への被害を出来得る限り防ぐために。そして――攻撃を肩代わりし続けるシャルロットを守る為に。
「ッ、大切な友達を、これ以上傷つけさせるもんか! 相手がなんだろうとね!」
手を広げるアレクシア。降り荒む水砲の中、白光が真っ直ぐに自身へと落ちてくる。しかし、それさえも彼女は苦としないと奥歯を噛み締めた。
「アレクシア……!」
「シャルロット君の事は守る。だから、船の事は……ごめんね、お願い!」
頷いたミロワールの様子を見て、蜻蛉はは、と息を飲む。
彼女はその性質から『戻ってくることが出来た』のかもしれない。分かり合うことが出来ない儘に袂を分かつ者だって存在している。
(人の心が影を追い払った、なら……きっとこの嵐も。
信じる事を辞めてしもたら、そこで終わりよ。この手で救えるものは、多くないかもしれない……でも)
蜻蛉は不敵に笑う。風に嘯き月を弄ぶように、紅の結い紐が揺れている。
「諦めは悪いほうやの……色恋と同じでね」
朱を引いた唇が吊り上がる。アレクシアの肩口に蝶々が舞う。広いこの海の上、自身の友人達だって戦いへと赴いている。それほど迄に眼前の竜は兄弟で、そして雄大で――災いなのだ。
「うちの大事な友達も、別の場所でミロワールを守っとる。彼女を泣かすわけにはいかんのよ!」
――ひゅん、と風を切るが如く『悪意』の糸が伸びる。
伸び往くそれに合わせ、『まあ、素敵だわ!』と楽し気な声音が響く。
『鬼灯くん、彼女はシャルロットさんというのね! お友達になれるかしら?』
「ああ、嫁殿ならばきっと。――おかえり、シャルロット殿。
共に戦おう、そして、貴殿とこの絶望を超えることにしよう」
全ては愛おしい『嫁殿』が為に。鬼灯はそう口にしながらもシャルロットの為の舞台なのだと『黒子』として振舞った。
「さあ、舞台の幕を上げよう。此度の演目は『希望への道筋』――どうだろうか?」
「まあ、素敵ね」
希望の為に。
この海の向こうに何があるのかは分からない。本当に先があるのかも、混沌世界は未知だらけ。
進めば大きな瀑布が存在していて虚空に吸い込まれる事だってあるかもしれないと語る者だっていた。それでもいい――それでも、希望を胸に進まんとするものは居るのだから。
広がる花弁の中、アレクシアが危機を察知したようにシャルロットを見遣る。
「……シャルロット様の結界は広域。ならば他戦場による攻撃も貴女は受け止めているのですね」
静かにそう告げたリュティスへとシャルロットは頷いた。その言葉に縁は「耐えてくれよ」と静かに告げる。
「あのデカブツは聞かん坊だ。
――ったく、タフだねぇ。いい加減大人しく寝てくれや、でっかいの!」
縁のその言葉に合わせ、天をも穿つようにジェックは弾丸を打ち出した。
拓くに難しく、歩くに易い。
そんなもの、どこにも存在しないと知りながらも人は求める。
厄災を退けるという狂気。愚直に弾丸はリヴァイアサンを目指す。
零れ落ちた鱗の痕へ、爪の隙間へ、その何処へでも愚直に、只、燃やすが如く。
「道をヒき、繋ぎ、アトに続けるんだ――コレはそう言う総力戦ナンだから」
真っ直ぐ、とんだ一撃がリヴァイアサンの巨大な鱗を一枚吹き飛ばす。
濤声を響かせたそれを見て、ジェックはまだだと引き金を引いた。
ミロワールだろうと、リヴァイアサンだろうと、一人で倒せる相手だなんて思ってはいない。
しかし、『イレギュラーズの総力』ならば、その為に、道を切り開く――!
成否
成功
状態異常
第3章 第5節
「成程、奇跡と片付けるなら簡単だ。
だがこれは……度重なる前例にも縛られず、固定概念を覆し、愚直に諦めず、ただただ貫き通した『必然の成果』」
ラルフは興味深いと『シャルロット』を見遣った。錬金術師――学者と自信を名乗る事のある彼にとって、俗物的ではないこの状況は好ましい。
「さて、ミロワールだったね、以前殺してやろうかと思っていたが――良い。
たかが癇癪でこの美しい結晶を台無しにするかよ」
偶然ではない必然と言う名の成果の結晶を否定する事はない。ラルフは紙人形に砲撃の準備を命じる。剥奪術式を用いて、生存、加護、そして平穏の権利を脅かすが如く、執念の獣は号令を放つ。
「突撃してる味方を援護しろ! 私が観測射撃を行う。
こんな巨大な的にならどこに撃とうが当たるぞ!」
巨大も巨大だ。これ程までの脅威を目にしてみて見ぬ振りも出来ぬという者。数々の視線を共にしてきた自身の身に馴染む衣服をまといきりは攻撃防ぐ障壁を展開させる。
「気の利いた台詞もイケメンムーブも出来ませんが、物理的な力を貸す事は出来ます」
「物理的……ええ。そうね。力を貸すこと位ならできるわ。
ねえ、ミロワール。あなた、私を模倣することは出来ない?」
静かにそう問いかける澪音にシャルロットは苦し気に頭を振った。広域に至る『障壁』展開はリヴァイアサンを相手取るこの大いなる海に存在するすべての海洋艦隊へとその効果を発している。
「ごめんなさい。わたしはいま、みんなを守るので精一杯で――」
「そう。なら仕方ないわね。……攻撃を重ねましょう」
静かに息を吐く。漂う花、白雲は月鏡、そして無双の太刀を握り澪音はリヴァイアサンへ向けて飛翔する斬撃を放つ。
誰が何をよりどころにしようとも、それは自身には関係ないと澪音は口にした。
人であろうとなかろうと、魔種であろうとも、みんながみんな好きに生きている。
好きに生きるならば否定されるいわれもない――ミロワールを救うことも手を、払う事だって全ては自身ら次第なのだと、そう唇に乗せて。
「そう…『戻って来た』のね……それじゃあ愛してアゲルって言った所に無茶をさせるのもなんだけど……気張ってもらうわよ!」
複雑だけれど、と利香の視線がちらりとシャルロットへと向けられる。今までは誰かを守る為にその手腕を振るっていた利香も今は『前へ』進む時だ。
「ありがとうミロワール。貴女の助力に感謝するよ」
サクラは静かに息を吐いた。サクラは、ロウライトの娘は『魔種』を斬ると決めていた。この戦いが終わった後に、サクラは彼女を斬るだろうと明確に認識していた。
それが天義の貴族として生を受けたサクラ・ロウライトの生き様だ。感謝を口にするのを躊躇った。だが――『貴女を斬るから礼も言わない』など、言い訳に過ぎない。
――水竜様がいる。
――ドレイクも共に戦ってくれている。
――ミロワールも協力してくれている。
「あとは私達、イレギュラーズが頑張るだけだね!」
ミロワールへと自身が信ずる神の加護があらんことを。――そして、サクラは眼前でのたうつ巨体へと刃を向ける。
降り注ぐ雷撃を抜け、水泡の驟雨の下を走り受ける。
「やっぱり私はこう来なくちゃね!」
唇に蠱惑的な笑みを乗せた。利香は魅惑の宝玉を手に執拗な、そして、魔性を見せる。夢魔は唇に乗せた情愛を余すことなく巨竜へと放つ。
雷の属性を帯び、桃色の剣閃がサクラの一打と合わさった。天女の衣の様に流られる美しき乱舞の許、利香の瞳が細められる。
「――雷使いを雷で落とせるってのならやってみなさい!」
嘲るように、天空より雷が降り注ぐ。空を踊ったその体を蝕んだ痛みなど、利香は気にする素振りもなく再度、天を仰いだ。
「この程度で、勝ったつもりかしら?」
唇が吊り上がる利香を励ますように響いた圧倒的声援は彼女を前へと突き動かす。イルリカは祈るように小さな約束を口にした。
「私は足りないものばっかりだけれど……だからこそ」
だからこそ、仲間を励まし、送り出したい。
降り注ぐ水泡はその身を蝕めど、『生きて居たい』と祈るその声を決して無碍にはしないと信じさせてくれる。奇跡がそこにはある気がするのだから。
――さ、降り注ぐ死と踊ろう。それで、小雨だったって皆で笑って帰ろう。
小雨。その言葉に零は小さく笑みを浮かべた。そうだ、なんて来ない者だったねと笑ってやり過ごせたならばどれ程幸せだろうか。
「シャルロット……!!
お前が味方になるなら心強い、俺も大して強くはねぇがやれる事はやってやるさ」
にっこりと、その笑みをシャルロットへと向けた。ちょっといいことがありますように、なんて。祈るようにそう言った零の言葉にシャルロットは頷く。
「共に頑張りましょう?」
「……ああ! 見える敵は強大だ。だからこそ、俺もベストを尽くすしかない。
此れが今の俺のが出せる最大サイズ……! 『竜種』が目の前に居るんなら、奴に合わせたサイズのが出せたっておかしくねぇさ、なぁ!」
全力で、自身が作り出すのはフランスパン。美味しく味わってなんて言えやしないが痛みでのた打ち回ってもらう位なら十分だ。
戦況の好転を、そして悲劇の回避を願う零の想いを届ける様に砲撃が舞い踊る。
その様子を眺めながら、サクラは勝利の為にと走り出した。
白光した、神鳴りが鼓膜を劈く。
その時、世界は白く煌々と包み込まれた――そんな気さえ、したのだ。
成否
成功
状態異常
第3章 第6節
――人の身風情が、いい加減に賢しい。
――滅びよ。
リヴァイアサンの尾の先から真っ直ぐに伸びる光線は死の気配漂わせるわだつみを駆けた。
爆裂する水蒸気が視界へと被さっていく。見えない、と感じたのは刹那の事であったか。
神鳴りよりも尚、白い。
それが世界の終わりだというならば、そうだと頷いてしまいそうなほどの真白が迫る。
驚愕に息を飲んだものがいた。
絶望に叫んだものがいた。
それは、儚くも美しい、圧倒的であり絶望的な光であった。
「――だめ、これ以上はさせない。
あの人たちが、守りたいと願ったものを、奪い去らないで……!」
イレギュラーズの背後で、その声がした。彼女を守護るが為に滅海竜と相対していたアレクシアが息を飲んだ。
何事もないようにと平穏を願った零の喉奥から、声が漏れる。
「シャルロット―――!」
少女の身が、光を帯びる。それはリヴァイアサンの尾より放たれた光線であったらしい。
無量は唇を噛んだ。死ぬ事は許さぬと、殺すのは自分だと名を呼んだ彼女は自らを以て自身を死の淵へと追いやるというか。
彼女は、魔種ミロワールは――その身を、その能力を以て海洋軍を薙ぎ払わんとした光線より被害を食い止めたのだ。
「わたしが、支えるわ。だから、……だから、未来を見せて」
その身に傷を負った彼女は云う。
「――わたしはだいじょうぶ。わたしには未来は限られているわ。
それこそ、神さまの気まぐれのようにこの心を繋ぎとめてもらったのだもの。
みんなのおかげなの。みんなのくれた時間だから――わたしは、みんなの為に使いたい」
濤声は獣声の様に響く。
今、油断すれば全てが水の泡になる。
イレギュラーズはリヴァイアサンへと向き直る。
傷だらけの魔種ミロワールは、友軍艦隊は出来得る限り守ると云う。
自分を『信用しなくていい』けれど、『少しだけでいい、任してほしい』と両手を広げた。
「――行って!」
第3章 第7節
ひゅ、と息を飲んだスティアは彼女の名を叫ぶ。
「――シャルロット!」
それは瞬く間の事だった。尾より放たれた光線が一瞬にして攻勢に転じていた海洋軍を白波へ攫った。
リヴァイアサンにとって、自身らの行いが児戯と変わりないとでもまざまざ見せつけるかの如きその有様を僅かでも『逸らした』魔種ミロワールは己の体にあまり自由が利かぬ事に気付いている。
「大丈夫……!?」
「わたしより、みんなを……!」
スティアは頷き、仲間たちへと癒しを送る。天空を奔る者のその耳に囁くように響いた神聖なる祝福の音色。天使の歌声は仲間たちをまだ、前へと進ませる勇気となるはずだ。
盤石な土台を作れたわけではない。『絶望』から『やや希望』へと天秤が傾いただけに過ぎず、雲間より覗いた一筋の蜘蛛の糸でしかないのだ。
「……貴女が無茶をするってのは分かった。
シャルロット、ありがとう、助けてくれて。貴女の頑張りを無駄にしないためにも私も全力を尽くすね」
「ミロワール、受け取れますか。僕らの支援です――目下、問題は貴女が魔種である事だ」
低くベークはそう言った。彼が自信の持て得る全てを彼女に授けようとも、パンドラの灯は簡単に解れていく。シャルロットが浮かべたであろう苦笑にベークは唇を噛んだ。
「……本当は魔種って好きじゃないんですけどね。今は好き嫌いで語る場面じゃないでしょう」
彼女へと齎す事の出来ぬ加護に、スティアが言祝ぐ祝福さえもミロワールの闇の体は受け入れぬ。
(……もし、彼女がまた耐えられなくて堕ちてしまったときに、食い止められる人材も必要でしょう? いや、僕人ですから。鯛焼きじゃないんで人材って言葉を使いましたけどね)
ベークのその視線を受けて、シャルロットは困った様に微笑んだ――その気配をさせた、と言った方がいいのだろう。
「ねえ、私を信じてくれる?」
視線の先でシルキィはにんまりと微笑んだ。その言葉の意味が分からぬと言うように顔を上げたベークにシャルロットは味方艦隊への『守護』を展開させたまま微動だにしない。
「ん。勿論だよぉ。キミが戻ってきてくれて、本当に嬉しいよぉ。わたしは勿論キミを助ける。
その為に、ここに来たんだから! ここからは未来への総仕上げ。一緒に、頑張ろっかぁ……!」
「……未来に、いくのよね」
確かめるようなその声音に、頷いたのはノースポール。彼女の傍ではリヴァイアサンの様子を伺うルチアーノが立っている。
「悲しいことも辛いことも、全部抱えて前に進もう。
私達と一緒に、絶望を乗り越えよう――そしたらきっと、素敵な未来が待ってるよ」
「ああ、そうだよ。一緒に未来をもぎ取るよ! さあ、ポー、準備は……って、聞かなくても?」
揶揄うルチアーノの言葉へと、ノースポールはゆっくりと頷いた。真っ直ぐに、その目は滅海竜を睨め付けている。
「信じてるよ、シャルロット。だから、シャルロットも私達を信じて。
シャルロットがくれたチャンス、無駄にはしない! もちろんだよ、ルーク。気張っていこう!」
空を駆けだした。その背を追いかけるルチアーノがウィンクを一つ。
「シャルロット、必ず滅海竜を倒すからね。辛い思いばかりさせてゴメンね。
――きっとあと少し。もう少しで未来が開ける。
シャルロットの願いの邪魔はさせない! 終わらせるよ!」
「あなた達が生きていない未来なんて、要らないわ――!」
勿論、と口にしたのは誰であっただろうか。
飛ぶ力なんてないと信じていた翅に力を込めてシルキィは飛翔する。
リスクなんて十も承知だ。リスクばかりを気にして子供騙しに攻撃しては進む者も進まない。
「シャルロット――信じてる!」
「ええ」
「信じてるからねぇ!」
「ええ」
「だから、シャルロットも信じて――!」
眩い白光が撃つ。のたうつ波濤に攫われぬ様にとシルキィがその翅に力を込めた。
悪戯めいた攻勢を少しでも留めんと空翔けるノースポールにルチアーノが水中より合図する。
「竜だろうが何だろうが、邪魔立てするのは許さないよ!」
神鳴りよりも尚白い。弾丸がリヴァイアサンの肉へと突き刺さる。押しこむようにルチアーノが放つ弾丸を追いかけて、赤き雷撃が叩き込まれた。
「全く! どれだけ殴り続ければいいのやら! でもね! 負けてやらない!
ミロワール君! 『後、どれくらいなら持つ』!?」
マリアがぐるりと振り向いた。リヴァイアサンとの戦いはそもそもに置いてイレギュラーズ達にも大きな負担を強いている。自身らが『持つ』かどうかという問題もあるが広範囲のバリアを展開するミロワールとて強大な負担をその身に強いているだろう。
廃滅――
その言葉がエルシアの脳裏に過る。自身に道を指し示してくれた人、だなんていえば可笑しく聞こえてしまうだろうが、それでも確かに――『もう一人の自分』を受け入れる可能性を見つけてくれたのは魔種である彼女だったのだから。
「ミロワール――いえ、シャルロット。
貴女が命を賭す覚悟だというのなら、私も同じ覚悟で参ります」
命を賭して。未来が為に進むため。
エルシアは祈る。その祈りの行く先でマリアはリヴァイアサンの鱗が衝撃にへこんだ事に気付いた。
「幸いにも私も英雄の端くれくらいにはなってしまったのです。
命ばかりはパンドラが守ってくれます……ですが、貴女は――シャルロットはパンドラには愛されていないでしょう」
可能性(パンドラ)は英雄達に与えられた世界を変える『可能性』
滅海竜との戦いこそが可能性の一端、英雄譚の一つだと言われようとも、友軍たちもミロワールも『その可能性』を持ってはいない。
だからこそ、マリアは問いかけた。『どれくらい持つ』と。その命を守り切るにはどれ程に至難であるか。人の命は儚い。簡単に崩れ去る砂城が如く白波に攫われる。
「全く! どれだけ殴り続ければいいのやら! でもね! 負けてやらない!」
奥歯を噛み締めたマリアのその声に鼓舞する様にベークの支援が降り立った。スティアの癒しの声が、自身を前へと進ませる。
――私を信じてくれる?
どうして、今。
そんなことを聞いたのだろう。
成否
成功
状態異常
第3章 第8節
信じるという事は、どれ程までに尊いものか。星に願いを、想いを込めて――観測する星々は勝手な願いに辟易する事はないのだろうか。いや、彼らもこう思っているはずだ。
――星に願いを託したなら。託されたなら、後は叶えるだけだろう? と。
「待たせたな、ウミヘビ野郎。勝負の時間だ」
巡るは魔力。殲滅魔術を使用して、前へ前へと遠距離砲撃を行うウィリアムは満を持しての攻撃だと自身を鼓舞した。魔種ミロワールによる『鏡面世界』を此方側に展開できたことは僥倖だ。
「絶望の青に何度も希望が咲いたのを見た。
――お伽噺の存在を。伝説の海賊を。魔種まで味方につけて。小さな奇跡の花を咲かせてきたのね」
人間とは稀有な存在だ。こうして未来を変化させることが出来るのだから。
遠く、別戦場より聞こえるのはアルバニアの本格参戦のニュース。リヴァイアサンを抑えるが為にその権能を駆使していた近海の主が重傷を得た事、そして、魔種ミロワールとて大きなダメージをその身に受けた。
「……まだ気は抜けない。最後の大きな希望は私達全員の手で咲かせましょう」
静かに、アンナは凛と言った。退禍の水晶剣を大きく振るったアンナのその傍らでヨハンは「ははーん」と頷いた。
「攻め時ってやつですね。この好機を逃さず何倍にも戦果を膨れ上がらせるのが指揮官の仕事でして……アタッカー陣を徹底的にサポートして大ダメージを与えましょうか。
まだミロワールを助け切ったわけではありません、気を引き締めなおすのです!」
練達製のバリアシステムを展開させる。戦場において指揮官が行うべきは仲間の士気を落とさぬ事だ。指揮を上げ、前へと進む勇気をその胸に――ヨハンの言葉に「気持ちと言う襷を締めましたよー!」とヨハナが笑う。
「ふふん、この未来は予測できていたのですよ! より良き未来に近づけますからね!」
揶揄うようにヨハナは言った。腕に装着した携帯型デバイスを指先弄り、『未来人』は『在るべき場所』へと向かうがためにその手腕を振るう。
穴の向こうは何があるかな、勿論だと言うようにヨハナはにんまりと笑った。
「ヨハナはヨハナのそっくりさんが地雷なので! ヨハナが増えなくて喜ばしい限りですねー……。
なーんて感慨に浸ってる場合じゃありませんよっ! 廃滅竜ちゃんを相手にしますよっ!
恐らくリヴァイアさんもアルバニ兄貴も今が一番狼狽えているはずっ!」
「アルバニ兄貴とリヴァイアさんって友達みたいですね!」
「マブもマブですよ! 何せ、ヨハナとは一言二言喋った気がします!
いいですか? ここでさらにギャフンと言わせてペースを持っていくんですっ!
つまりどうするかってっ? ――むっちゃくちゃをやってのけるんですよっ!」
ヨハンが「それはいいですね」と揶揄うように笑う。鍵を大きく振り上げて前線飛び込むヨハナの一撃に鱗に僅かに傷が入る。
それを見逃さぬ様にラダが向けるは欠陥ライフル。アンティーク趣味であれども、『デカブツ』を狙うのならば困ることはない。
「残る人生の生き方を決まったか。多くの者にとって、竜の守りが消えただけでも有難い話。
共にこの海を出る事を艦隊が許すかは、これからの働きにかかっているのだろう」
ミロワールのバリアが艦隊を包んでいる。それだけでも褒章でも与えて呉れそうだと唇に言葉を遊ばせて、大嵐が如く銃声を響かせた。
豪、と。
波濤に響く一撃に鱗がぱきりと音立てる。
「山をひとつ越えて押し寄せる疲労は振り払おう。
休むのは、竜とアルバニアが倒れたのを見届けてからだ」
「ええ、竜も冠位魔種も我が愛で打ち払いましょう!
――『亢竜悔やしむ愛と正義の閃光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!』」
びしり、とポーズを決めたは魔法浄書インフィニティハートこと愛。
無限にその言葉にされた愛の言葉。魔種でさえ、愛と正義により十分に改心する者も居る。
ならば、この大いなる愛の『魔砲』は強大なる竜の心を撃ち抜いていく。
「どれほど巨大であっても、私たちの力は必ずやあのハートに届き、撃ち抜くことができるでしょう!」
可愛らしく魔法少女らしい言葉を紡いだは良いが、此処で言うハートとは『心臓』の事だという事で注意されたし。
その様子に小さく笑ったアンナはリヴァイアサンより降り注ぐ雷撃をその身に受け止める。
「命を刈り取る攻撃も未知の攻撃も、全部捌ききってみせるわ。奇跡を起こすよりは楽な仕事よ」
「奇跡、か……俺だって、これでもヒーローには憧れてるんだ、格好良い所は見せたいじゃないか」
小さく笑ったウィリアムにミルヴィはゆっくりと、背後に立っているシャルロットへと振り向いた。
「ミロワール! ……ううんシャルロット。ようやくこの名前で呼べるね!
ふふっ しんどい状況だケドアンタがいるなら百人力! 勿論、信じるよ!」
この波濤の上であれど、舞姫は挫ける事無く嵐を踊る。荒凪ぐ大風など自身を彩る舞台装置に過ぎない。
踊るようにリヴァイアサンへと攻撃放つは鎮魂の祈り。
「……アンタの気持ちはわかってるし皆約束した。それでもアタシはね、貴方に生きて欲しいの……!
残酷でも辛くても、取り返せない過ちをしたとしても生きて償う事を諦めないで……! 貴方はやっと歩き出せたじゃない!」
「優しいのね」
シャルロットは、ミルヴィに困ったように笑った。その意味が手に取るようにわかる気がしてウィリアムは息を飲む。
この絶望の只中で、手を貸してくれた彼女。
しかし――『魔種はこの世界に破滅を齎す存在だ』と言うどうしようもない世界の理は覆らない。
「シャルロット……!」
「優しいと、私、泣いてしまうから」
だから、その優しさの分だけ、涙の分だけ私を強く励まして戦わせて。
成否
成功
第3章 第9節
「ここは他のみんなに倣って、おはようシャルロット。
勿論、助けるに決まってるさ――滅海竜には眠ってもらって……みんなで生きて帰ろうね」
柔らかに微笑んだ文は子供の前でダメだ無理だ、できないだとか、ネガティブな言葉を並べたくはないねと小さく笑う。
無理でもやるし、ダメでも勝つ。ミロワールは死なせない、僕たちだって死なない。それが感情や根性論によってステータスパラメーターを向上させるわけでもないけれど、と文は眼鏡の位置を正す。
「信念も何もなかったころと比べれば、少しは諦めが悪くなったんだ。
時間は有限だ。僕らも、彼女も。
彼女が頑張るというならば、その期待に僕らも答えないとね」
「へえ……いいじゃない! 魔女はそう言う事は嫌いじゃないわ?
お人好しさん達のお陰でどんどん形勢が変わってくるわねぇ?」
にい、と唇を釣り上げたカロン。文の放った魔砲と共に重なるように威力は100%!
「鏡も鱗も邪魔なモノは全部ゼンブぜぇーんぶ取り払って素肌で受けなさいよ!」
唇を釣り上げた魔女の『魔砲』は全力でリヴァイアサンの鱗を叩き続ける。
戦略眼を伴えば、誰が何処を攻撃するかは分かっている。鱗が弾け飛んだ一点集中の攻勢はリヴァイアサンを傷つけ続ける。
ぐん、とその脚が持ち上げられた事に気付いたセリアの警告を聞き、周囲の仲間たちを励ますリンディスはリヴァイアサンによる一撃が世界を揺さぶるような感覚をさせるのだと息を飲んだ。
「シャルロットーー貴女が決めたことならば。その為に私たちは全力を尽くして切り開きましょう、この物語の続きを!」
「ええ。自分で考えて決めたなら好きにすればいいけど。
無理して倒れでもしたら約束だって果たせないんだからね?」
セリアが冗句めいて告げた言葉はこの場のイレギュラーズが――リンディスの様にミロワールを支えんと願うものが――彼女の無理と無茶に『心配』しているのだと告げていた。心配だなんて、幼い少女に使う言葉だが、紛れもなく純粋に、そうした感情を魔種に向けているのだ。
「あんなでかいだけが取り柄みたいのはわたしたちがさっさと始末してくるから。……まぁ、ちょっとは頼りにさせてもらうわ」
ぐん、と脚が揺れ動く。それが一点を狙われたことでの藻掻きである事をセイラは感じ取る。
「ッ――支えます!」
ペンを宙に走らせた。物語を描くリンディスの傍らでジルが友軍たちや仲間を意識し、癒しを送る。
「しっかり前に進んでるじゃないっすか、シャルロット。
それなら回復で支えるのが僕の役割って訳ですね。ここに集った人間はどうやら『支える』のが得意みたいっすよ?」
揶揄う様にそう告げた。ジルの癒しに励まされるように前へと行くものがいる。自身に及ばぬ癒しの効果をシャルロットは悲しむ事もなく当り前と受け入れた。
「私が貴女を癒せたならば――信じてます、シャルロット……!
『一緒に』行くんでしょう? 一人で、抱えないで。荷物は皆で持ちましょう。
戦い終わってこの白紙の頁にシャルロットの物語を書かせて貰うんですから、一緒に、共に、乗り越えるんです!」
彼女はどのようなことを喜ぶのだろうか。
彼女はどのようなことを楽しむのだろうか。
彼女はどのようなことで微笑むのだろうか。
それを知る為に、皆で前に進まんとしている。
「シャルロット……本当に良かった。
でも、この戦いはまだ終わってないんだ……俺たちがやるべきことはリヴァイアサンを倒す事。
シャルロット、一緒に頑張ろう。倒さなくっちゃ、勧めないんだ」
ドゥーはしっかりとリヴァイアサンを見据える。リンディスとジルの支えを受けながらドゥーが放つは見えぬ悪意、リヴァイアサンを倒すという的確な強き意志。
白光が蠢いた。天より陸を別つが如く降り注いだ雷光の下、クラリーチェはリヴァイアサンを見る。
リーデルの忘れ形見は潰えた。
魔種ミロワールはセイラの怨念より解き放たれイレギュラーズに味方した。
伝説の海賊ドレイクがこちらに協力し、近海の主さえも『奇跡(こえ)』に応えた。
「一歩一歩、一歩ずつです。最後に笑うが為――私はクラリーチェ、微力ながら貴女のお手伝いをさせてください」
クラリーチェは静かに微笑んだ。戦線を支えるが為、シャルロットの不安を取り除くように仲間たちを誰一人とも海の底へと沈めぬ様にとその魔力を揮い続ける。
(――最後に、笑うならば。今が辛くともいいのです。
どのような大波であろうと、乗り越える。それが、私達の願いなのですから)
祈るクラリーチェの傍らでドゥーは降り注いだ神鳴りに苛まれるその体を突き動かした。
「……みんな、無茶をするのね」
シャルロットの漏らした言葉にムスティスラーフは小さく笑う。
「君もね」
「……そう、かしら?」
「シャルロット、前に言った言葉憶えてる? 一緒にアルバニアを倒しに行こうって。
有り得ない話だと思った? 荒唐無稽なことを言ってると思った?
何が起こるかなんて、分からないものだね。こうやって並んで戦えたこと、とても嬉しいよ」
ムスティスラーフはシャルロットに微笑んだ。抱きしめたのは二度。
一度目は自分と戦うが為、二度目は『彼女』を引き戻すため。
「……しかし、自分の道を歩き始めて親離れしていく我が子を見ている気持ちなんだよね。
なんかちょっと嬉しいような、寂しいような変な気持ち。これって後方親父面ってやつ?」
「ふふ、『おとうさん』って呼べばいいの?
わたしには、そう呼んでいい人はいなかったの。いいえ、そう呼ぶのが怖かっただけね」
シャルロットが紡いだ言葉にムスティスラーフはにんまりと微笑んだ。
お父さんと呼ぶのは陸(おか)まで取っておこうか。
大きく息を吸い込んだ。
「伊達に最強砲台と呼ばれたわけじゃない――この名を背負ったからにはどんな絶望だって打ち砕く!」
吐き出されるは緑の閃光。
空より降った美しき白光よりも尚、鮮やかなるその色を追いかけて、二追の魔砲が空を裂く。
「こぉんな感動ストーリィを見せられたら有終の美を飾るしかないでしょぉ?
シャルロット、あなたが力尽きたらお人好しの泣き虫ちゃん達が泣き止まなくなるワ?」
カロンのその言葉にミロワールは目を丸くした。魔女は対価の貰えぬことはしない。魔女は意地悪で偏屈で――そして、時に心優しい。
「だから……イレギュラーズの事が好きなら耐えきって見せなさいよね!」
成否
成功
第3章 第10節
「障壁が……消えた! だったら、此処でギア上げてかない意味はないなっ!」
見上げるは遥かなる巨体。竜と、そして、敵と。定義されたその存在にメリッカの唇が吊り上がる。
騎兵隊は怯むことなく前線へ。進。進まずにはいられない。
アレックスは自身は盾であると堂々と口にした。計略は汲んでいる。砲撃手とそれらを守るための肉壁――然しだ、あれ程までの巨体を抑えるが為には『計算外』が生まれるだろうとアレックスは認識していた。
「――違うわね? 貴方こそが『計算外なのよ』」
頭目たるイーリンのその言葉にアレックスは小さく笑う。大きく掲げた旗が揺れる。騎兵隊は全軍進撃――怯むな、竦むな! 進め! 進め!
「僅かだけれど、盾ができた。今が好機! 騎兵隊は好機を逃がさない!」
イーリンの堂々たる宣言聞いて舷をも乗り越えんとする波濤に懼れる事無くアトが唇釣り上げた。
「では進むぞ。こんな小型船だ。アイツからすれば玩具に過ぎないだろう。
木端微塵にされようとも文句は言えない――だから僕がいるんだよねえ! いいか、リヴァイアサンに肉薄するぞ、捕まってろ!」
アトのその言葉に大きく頷くはレイリー。波の流れを読むは航海術。
「シャルロットは助けられたか。諦めない心が彼女を動かしたのだろうか……。
さぁ、好機だ! ここからは騎兵隊一番槍、レイリー=シュタインが参る!」
竜の角を模した白き槍。さもすれば、眼前の竜(ドラゴン)など討ち取れると盾たる乙女は進む行く。
不動の構えで眼前を睨みつければ、要塞が如き堅牢さを発揮してレイリーは声高に叫ぶ。
「前方、『奴』が動くぞ!」
「はいはい――っと、爪が当たれば『木端微塵』じゃ済まられないなッ」
一気に船が減速する。ぐん、と持ち上げられたその足を受け止めたアレックスが僅かにその表情を曇らせた。
「船をも砕くか。その巨体は飾りではないな。だが、生きている限り抗わせてもらおうか、竜よ。
私は確かに盾だが……隙を見せて見ろ、我がレーヴァテインの輝きを刻みつけてやる。――さあ、戦争だ!」
偽典レーヴァテインは語る。星の終焉の一端を。
その肉体を切り裂く痛烈なる爪先が深く見へと戻ってゆく。動作に合わせて立った白波はその巨体故に大津波と呼ばずにはいられない。かの竜が身震いすれば訪れる大海嘯にウィートラントはマスケット銃を構えて「さて」と小さく息を吐いた。
「確かに船は一溜まりもないでごぜーますね。然し、晴れて『ミロワール様』の狂気が取り払われんした。
実に愉快な喜劇の始まりでありんす。魔種である事には変わりなくとも、『魔種』との戦いを制そうとする。
『味方艦隊を守る』という素晴らしい輝きを見せてくれて僥倖でごぜーますよ」
精霊たちが怯えたようにウィートラントの傍を踊る。月の犬の名を冠した黒狼は牙を竜へと突き立てる。
――ズン、と。
唸るように海が揺れる。それに反応を示したはココロ。『医術士』なる彼女は魔導書の術式を読み上げる。
「力を合わせて! 一緒ににみらいへ行きましょう!」
騎兵隊は好機を逃さない。それは頭目も口にした。
師がそう口にしたのだから、弟子がその言葉を否定するわけもない。
振り仰げば天空より降り注ぐ悪意の泡。巨大なる水泡はリヴァイアサンにとっては些細な『滴』なのであろうが、ココロはそれを目の当たりにして「でかい」と単純に感じた。
(――まるで『絶望』とは何たるかと言うのを教えているみたい……!
けど、だからって退いていては何も始まらない! 『わたしが退けば誰かが死ぬ』んだ!)
圧倒的な絶望。恐怖と不安が拒絶心をも越える様に、決意に変わる。降り注ぐ水泡を穿つように破壊的魔力を伴う砲撃が甲板より飛び込んだ。
「おやま、護りが解けたか。これは好機。
さて、ジョーズンズの方。旗頭。――『それをキミが望むなら』」
武器商人の唇が吊り上がる。まるで噺をするように、重厚なるローブを揺らしたその人はその身に二つの障壁を張り巡らせた。
「ええ、望むわ。我らが望むのは絶対的勝利、ただそれだけよ。
――さあ、行きましょう。進みましょう。かの竜を打倒しましょう。『神がそれを望まれる』!」
武器商人の傍らで『ソレ』は卑しく笑い続ける。忌むべき鎌は強化魔術に包まれた主の傍で揺れ動く。
「ッーー『絶対的勝利』か。それは聊か難しそうに感じるね。
けれど、難解なパズルほど解けた時の爽快感はまたとない。
さあ、竜よ。そう簡単に私の船を沈められるとは思わないで欲しいな」
ゼフィラは航海術を駆使し、風を読む。潮の流れに風の匂い、そして『沸き立つ』ような波の音。
絶望の青での冒険は彼女に航海術と操船技術を与えたもうた。伝説の海賊の航海衣装をはためかせるは船乗り。
サポートを担当すると騎兵隊のメンバーを前へ前へと送り出すゼフィラのその傍らでシャルロッテは小さく肩を竦める。
「やれやれ……ここは海の上だぞ。安楽椅子探偵というのは現場に赴くことなく事件を推理する存在だ。
この体だ。船も海も苦手なのだけれどね……まあ、仕方ない。我らが歌姫と隊長殿のお呼びだからな」
書斎の安楽椅子――彼女の場合ならば車椅子か――に深々と腰かけて推理を巡らせることこそが自身であると自認するシャルロッテは軍師として仲間たちを鼓舞し続ける。
「ええ……仕方ないのだわ。こんな死地、どこで誰がどうなったって知れたものじゃないんだもの!
けれど、何度でも戦うのだわ。これが今の私達にできる最善、最良――だから、私達は何度も何度もリトライするその一度一度を生きて帰らなくてはならないの!」
自身の中で巡る魔力を確かめる。深く息を吐いた華蓮は眼前で波打つ巨体に息を飲む。
「生きる、ね。そうだよ。勿論死ぬ気はない……死ぬのだけは死んでもゴメンだからね」
ウィズィの言葉に堂々と頷く華蓮。「死んだって、死ぬ事を許すものですか」と胸を張ったお節介焼きにウィズィはにいと唇を釣り上げた。
「特にイーリンと離れた所で死ぬなんて絶対嫌だ!」
熱烈なる愛情は乙女を戦場へと走らせた。左手には生への執着を、そして右には大きなテーブルナイフ。
「――突き進むよ、迷わない!」
片手で握りやすいように改良したHeart of it to you。抱えられるものが増えたならば、空いた手は確かに『君』との未来を掴む。
黄金に染まる髪は雷電繰る獅子の如く。夢見た未来を駆ける一条、己が内の獣が『目』を覚ます。
抱えるために開けた腕に、無限の力が宿る。握った腕を離さない。
突き進むことを、迷わない。迷っている暇なんてない! 見ていてよ。
「――見てるわ、ウィズィ」
色づいた唇が紡ぐ。心臓を燃やす、心を体を、闘士を燃やせ。
華蓮が魔力を繰るその気配を感じ、イーリンは自身のみの内滾る魔力を前方へと打ち出した。
「メリッカ! タイミングを合わせて! ぶち抜いてやるわ!」
叫声が如く、海原に一条。ひた走るそれを追いかけるはメリッカの魔砲。
「『天の与うるを取らざれば反ってその咎めを受く』、今がその時だ。
――出し惜しみは無しだ!ありったけを注ぎ込んでブチ抜いてやる!」
二度、海翔けるそれを追いかけて、リヴァイアサンがのたうった。
攻撃は確かに効果を発揮していると感じれどアトは慌てたように船を繰る。
「ああ、くそ……! 操船も攻撃もどっちも忙しい!
だが、僕にできないことはないのさ、僕は観光客。この場で最も弱いものは、頭脳を駆使して狡賢くも生き残る。物語にはよくあるだろう?」
「ああ。そうだな。そうした英雄譚は多くある。
さながら竜殺しの英雄の一端として書物に綴ってもらえればうれしいが」
レイリーの微笑に、傷を癒したアレックスが「竜が動く」と号令かけた。
癒し手たるココロと華蓮が息を飲む。その爪が、襲い来る。
波を荒立て、一気に降る様なその足をレイリーが奥歯噛み締め受け止めた。
「――がら空きでありんす!」
「嗚呼。足を支えられては姿勢もよくはないようだ」
ウィートラントのその声に武器商人は『頭目』を振り仰ぐ。号令は決まっている――紫苑の姫君に応える様に金獅子は叫んだ。
「今っ、一気に攻めて!!」
幾重もの魔力が叩きつけられる。荒れ狂う海を踊るように船が揺れ動いた。まるで揺り篭のようだと言い得ては笑みを浮かべるシャルロッテの『指揮』を聞きながら騎兵隊は眼前の竜の左脚へと迫りゆく。
後方に存在するは味方の軍勢。それらとの攻撃を合わせれば鱗の一枚、『剥がして』やれと云うようにメリッカの魔力が飛び込んでゆく。
斬、と音を立てた鱗が海へと一枚落ちる。傷つき続けたそれはイレギュラーズ達が『鱗が薄い部分』と認識していた箇所だ。
「やった……!」
そう呟いたのは誰であったか。
いくつも鱗が剥がれている。硬い装甲を貫くように、「多少は堪えたでしょう」と揶揄うイーリンのその言葉に返す様にリヴァイアサンの脚からは薄らと赤い血潮が雨の如く溢れ出た。
成否
成功
状態異常
第3章 第11節
「こんな絶望だらけの戦場で、まさか味方が増えるだなんて思ってもいませんでした……。
彼女がどの程度持つかはわかりませんが、こちらの被害が減るのは確かなようですし、宛にさせて頂きましょうか」
瑠璃はそう静かに呟いた。遠距離術式を放ちリヴァイアサンの露出した肉へと攻撃を放つ。
「ミ、ミロワール……。ヨ……!? ヨロシク、オネガイシマス……!」
緊張したように『鏡面世界』を発動するミロワールの隣で礼をした逃夜。
周辺の敵正反応を探り、攻撃的な感情を感知する逃夜の傍で手袋がぐるりと煽るように指先を動かした。
『意訳:その図々しい寝返りを許してやったんだ。感謝して働けよ馬車馬』
「や゛め゛でぇ!? 本当に今だけはそれやめろよバガ手゛袋゛ぉ!?
ヴォエ゛エ゛!!!? 悍ましい感情が凄いよ”ぉ!?」
この戦場は絶望そのものだ。絶望の青と呼ばれたこの海には無数の怨念が眠っている。シャルロッロは「怖いわね」と目を伏せったが、彼女は自身が魔種であり、イレギュラーズの中にも自信を快く思わぬものが居る事を認識している。
寧ろ、『自身を受け入れる人間の事を大馬鹿者だわと笑ってしまう程』だ。魔種は滅するべきだという認識がスタンダードという認識のシャルロットと比較すれば逃夜は「きっと大丈夫」と言う認識だったのだろう。
「い゛や゛ぁ!? なんか後ろからも殺気がぁ!?」
仲間である。
楽し気な気配を察しながらアクセルはシャルロットをまじまじと見遣る。
味方艦隊はリヴァイアサンの尾が放ったビームにより大打撃を受けている。
(……彼女が、味方艦隊への被害を減らし、悲劇を少なくすための鍵か。
魔種であることは分かっている――だが、『彼女との約束』の中に含まれる希望は『医者としては』あまりいい気分ではない)
アクセルの視線を感じ取りシャルロットは大きく瞬いた。彼のその周辺に広がる清廉なる気配は『シャルロットを起点として回復布陣を引いた』ともとれるからだ。
「わたしが裏切るとは思わないの?」
「もしそうであれど、医者として救うべきは救う。
少なくとも今、分かる事はある――君は此処で死ぬべきではない」
アクセルは小さく呟いた。魔術を用いて彼女を癒すことが出来ないのならばその傷をぐるりと包帯で覆い隠してしまえばいい。
「一度の治療で事足りないならば何度だって行おう。マフィアの抗争で、こういう荒事には慣れた」
「不思議ね。貴女がそうしてしおらしくしているだなんて。
……包帯を巻くだけは気持ちかも知れないけれど、受け取って。貴女だって陸(おか)へ戻りたいんでしょう? 約束を果たさないとね」
癒し手たるミシャは重傷を負っているミロワールを心配するようにその様子を伺った。
リヴァイアサンとの猛攻で鱗の落ちた部分がある。ならば、そこへと天の裁きを落とすだけだとミシャは魔神を示した魔術書を抱きしめる。
「あの子もこの戦場のどこかで戦っているんだもの、私も全力でできることをやるまでだわ!」
誰もが、命を守るために戦っている。
そう、ミロワールの張る『鏡面世界』の効果が味方艦隊に発揮されている事は『どこかで戦う誰か』を守るが為でもあるのだ。
「ワタクシ、守る事しか能の無いメイドですのデ、シャルロット様の小さな約束も、この海で戦う仲間の皆様も守ると決めた以上、この剣ニ盾ニ誓って必ず生きぬ家守り抜いてみせましょウ」
穏やかにそう告げるアルムはリヴァイアサンの攻撃を見極めるために目を細める。
ミシャの声を聞き、盾を構えるアルムの前を走りゆく沙月は靭やかな猫の如く降り注いだ水泡を避けた。
「皆様が頑張って下さったのですね――ここからが本番といった所でしょうか?」
油断は大敵であると深く息を吐く。緊張感がその身を支配せぬ様に程よく心を鎮めた儘、彼女は接敵する機会を待ち続ける。
「さあ。約束を果たす為に。シャルロット様は必ずお守り致しますワ」
微笑んだアルム。その傍らに魔術の気配が走る。銀閃(リゲル)は往く――その傍らには未来を歩むと決めた伴侶が共に。
「行くぞポテト。シャルロットと共に希望を掴み取り、ビスコッティに会いに行こう!」
「ああ、約束を果たすためにも、ここで負けるわけには行かないからな。
此処で負けつ訳にはいかない。私達を信じてくれたシャルロットに報いるためにも必ずリヴァイアサンに勝つんだ!」
絆(きせき)であるとその出会いを口にしたならば、ポテトはリゲルの背を押した。魔力が彼を戦場へと駆り立てる。
進まねばならないと。守りの盾に防御の神髄を乗せてポテトは調和を賦活の力へと変換し、仲間たちを鼓舞し続ける。
「無敵と思われた――いや本当に無敵であったこの竜を倒せる光の道筋を皆が紡いでくれた。この一瞬を無駄にはしない!」
竜にとって、彼らの戦いなど瞬きをする瞬間であった。
それこそ、一瞬。刹那。只の怠惰な眠りの隙間。転寝をしていただけの瞬間であったのかもしれない。
その怠惰に胡坐をかいた竜の寝首を搔くのだとリゲルはポテトを守るように聖騎士のマントを翻した。
「――行くぞ!」
煌めくは一瞬。続くは静かなる断罪の刃。
合わせるが如く、『殺しの極意』を放った沙月は攻撃や踏み込みの予備動作もなくすう、と前へと躍り出た。
濤声が耳を劈けど、彼女は臆する事はない。
僅か、『鏡面世界』が何かを反射した。逃夜は彼女が守る戦場の広さに「ごわ゛い゛ぃ!」と涙を溢れさせたが白旗を振っている場合ではないと自身を鼓舞し続ける。
「びぃ゛!? 何゛ぃ!?」
びくりと肩を揺らす逃夜の背後よりゆっくりと迫り来るは山賊。
変哲のない山刀と山賊と言えばと言われるトレードマークの斧を担ぎ上げた彼は唇を釣り上げる。
「オウ、おめえが力を貸すっつうなら、おれさまもぶん殴る理由は無えな。
だが、女口調のおれさまのパチモンを放り出してきたのは忘れねえからな。
生きて戻ってきたら覚えてろ、拳骨ひとつくれえは覚悟しておきやがれ!」
「……拳骨一つで許してくれるの?」
シャルロットの言葉にグドルフは腹を抱えて笑った。まるで、幼い子供に物を教える様に、からからと笑って――
「勝たねェと拳骨すら浴びせられねえんだ。
タコの野郎も誰も彼もが大盤振る舞いに戦ってる。おれさまは前に行かなきゃなんねぇんだよ!」
走る。振り上げたは命がけの戦いで磨き上げた圧倒的な一閃。
武骨な一撃がリヴァイアサンへと落ちる。のたうつその脚がぐん、と振るわれた勢いの儘、空より降る雷がその動きを阻害せんとした。
「油断も隙も無い竜ね……!」
ミシャの言葉に合わせ、ポテトが癒しを送る。
長期戦とは言ってられない。
そう言って居るだけの余裕はもはやない。
振り仰げば、アクセルやアルムが守るようにシャルロットの脇に立っている。
『鏡面世界』によるダメージ蓄積が魔種の体を大きく傷つけるか。
(生きているだけでも奇跡だな――)
そう思わせる程に竜は、強大であった。
成否
成功
状態異常
第3章 第12節
「何だかありとあらゆる存在の助けを借りてる気がするよ!
これで負けたら悪すぎる冗談だよね! 踏ん張って、頑張るよ!」
アリアは剥がれ落ちた鱗を狙う。その呪言はゆがみの力を持ち続ける。リヴァイアサンをねじ切らんと呪いがじりじりと蝕むその痛みが蚊の一刺しと言われようとも、赤く爛れて痕を残すが為にその攻撃の手を止める事はしない。
「しかし本当に頑丈だねえ。同じ生命体とは思えないよ……。
海神って言えばいいのかな? ……けど、神さまだってちょっとは怪我するんだ!」
口から零れ落ちた言葉をアリアは気にする仕草は見せない。全力で、力を貸してくれるありとあらゆる存在が為にその力を出し惜しむことはない。
「なんとかミロワールさんが倒れる前になんとかしたいわね。
それにしてもリヴァイアサンと対峙できるなんて……最高よね!」
紅葉は何時もの如くポーズを取ったまま邪眼(自称)の疼きを抑える如くにやりと笑う。
「ククッ……最高すぎて右眼が疼いてきたわ! 私の全力見せてあげるわっ。
なんたってリヴァイアサンよ! 大海の主、よく或る敵じゃないの!」
ウォーカーたる紅葉にとってリヴァイアサンと言う存在はサブカルチャーで良く目にするエンタメ的存在だ。だからこそ心が滾り、狐火がゆらゆらと揺らぎだす。
不可視の悪意が刃となってリヴァイアサンを叩く。その攻撃さえ『天才的な悪魔の一撃』が如く『中二病』をはっきりと露にしながら紅葉は構え続けているのだ。
「さあ、リヴァイアサン! 私の全力攻撃よ、受けてみなさい――!」
その言葉と共に、仲間たちの攻撃が合わさった。爽快感さえ味わうことのできるその瞬間に自称・邪眼の乙女は笑みを浮かべた。
(この儘……この儘、挑み続けたってジリ貧になっていくよね。
何か大きくダメージを与えられないかな……。ううん、精霊さんたち、力を貸して――! 『大ダメージ』を与えるんだ!)
アリアの傍を海精達が舞い踊る。ニャムリは海を、空を、そして、どこをでも進む。
「人を運ぶのも……だんだん慣れて来たから、ここからは……もっといけるよ」
荒れ狂う海嘯の中、ニャムリはリヴァイアサンを観察する。その動きを、その息遣いをその、総てを。総を見遣れば、リヴァイアサンの鱗はボロボロと『攻撃が集中した部位』から剥がれ落ちる。そのあたりから溢れる血潮は痛々しい傷をその身に刻んでいた。
リヴァイアサンはその巨大な躰を隠すことできない。矮小たる人間の前でそうして傷を隠すことはしないのだろう。
「……そこ、ちょっと痛そうだね?」
ニャムリはリヴァイアサンへと聖なる術式を放つ。荒れ狂うその雷をデコイを作り出すことでの叶わぬがそれでも、空の怒りに勘付いたようにその身を靭やかに動かした。
「おいおい、速攻で前言を翻さなきゃ行けないじゃないか」
錬はそう、嘯いた。この『機』を過信するのはまだ早いだろう。世界を守ると言えどもその存在が魔である事には違いなく――『その壁もリヴァイアサンの広域にわたる攻撃で傷ついている』
(今、魔種が何かなど、考えている暇でもないか……!)
ちかちかと光が煌めく気配がしたとさえ、コスモは感じていた。奇跡とは美しき流星が如く吉良機を擁いている。目を伏せった白き少女は願うがままに口にする。
「今胸を突き抜ける感情のままに、この竜を打ち倒して。
その時は、あなたと話がしたいのです。……ああ、どうやら、私はあなたの名前すら正しく呼べてなかったのですね」
穏やかにコスモはそう告げながら前線へ向けて魔力を放つ。リヴァイアサンに向けて、攻撃を行いながら振り向けばバリアの維持に尽力する魔種の姿がそこにはある。
「ミロワール様、とお呼びしてましたけれど――そうではないのですね。
シャルロット様と、そうおっしゃるのです、ね?」
その名を唇に乗せたならば、濁流のように波打つ海に負けじとコスモが眼前を見据える。
「今この場では攻撃は最大の防御、撃って打って討ちまくるんだ!」
堂々たる錬の一声に反応したようにカインが歯噛みした。くそ、と毒吐いたは眼前の存在が『あまりにも』強大であるからだ。
「全く、これだから竜種っていうのは――っ!」
攻撃を続ける、続ける、続ける――続ける以外に、それ以外に必要はなかった。自分の経験や知識を駆使した時、カインは息を飲んだ。
「ダメージは与えられている筈なのに、怯む気配が全然ないねっ。全く、存在としてのスケールが違いすぎるんじゃないかな!? ――けど、『今ならいける』!」
彼らの耳に、聞こえたのは歌声だった。
誰のものであるかは分からない。
竜詩を紡ぐ。それが本来の在り方であるというように沸き立った濁流が『一人を飲み込んだ』その瞬間、歌が止まる。
然し、そのおかげだろうかリヴァイアサンは『先ほど、カインが見ていたよりも尚』攻撃がしやすい。
「全力で攻撃を続けるしかない――!」
カインのその言葉に頷いたは頼々。天翔けるハンスの背に乗って、目指すは滅海竜。
「行くぞハンス! 我が虚刃流の真髄、あのクソ竜に見舞ってやろうぞ!」
その言葉を聞きながらハンスは自身の背にあるは幸いを齎す青の翼であることが脳裏に過った。お飾りのように幸せをもたらすのではない、この戦場でその背の翼を羽搏かせて、誰かと共に戦う。
戦場を駆ける、その子尾がこれ程までに心震わすなどハンスは思ってもみなかった!
「――さぁ、いこう。悲劇で終わらせるには、余りに奇跡が起こり過ぎてるんだ!」
ハンスの傍より頼々は『今だ』と叫んだ。眼前迫るリヴァイアサンの鱗をその視線の先に映す。襤褸のように崩れるそれが自身らを鼓舞し続ける。
「……やってやろう、頼々くん。任せてくれるって言うのなら、僕はどこまでも、どこへだって飛んでみせるよ!! だから――君は、全力でぶっ放せ!!!!!」
その刃は有り得ざる刃。空の差やより無を脱ぐが故に、最速。無を振るうが故に、彼方さえ斬り捨てる。
「喰らえクソ竜! ――我が渾身の一撃を!」
成否
成功
状態異常
第3章 第13節
尾より放たれたビームが味方艦隊を一瞬にして灼いた。然し、それより自身の身を盾として攻撃を重ねたのは紛れもなくミロワールであったか。
魔種とは『その性質が善良であれど再反転の可能性は観測されておらず、最後は撃たねばならぬ存在なのだ』。ハロルドにとって、魔種とは斬るべし者である事には違いはない。それ以前に魔種であった『ミロワール』は彼の心の中に存在した美しき存在を冒涜したのだから。
(『約束』? ――ああ、望み通りいずれはあの世に送ってやろうじゃねぇか!)
唇にその響きを乗せることはない。只、自身が立てる波風は仲間内ではなくリヴァイアサン相手それだけだ。
ハロルドは自身に破邪と魔力の障壁を張る。守りを固め、無茶であれども無理を通すが如く、聖剣を振るう。
「ミロワール……バリア……それに、さっきまでの『歌』は……?」
アランは天を見上げる。潮目が変わった、と。そう言えるのかもしれない。『冠』より放たれた大海嘯――それを死と絶望の悪夢と称さず何とするか!――が鎮歌により沈んでゆく。
「……チッ、……これが『機』だ! 機だが……!
此処までして……! まだ衰えを見せねぇか……竜種……ッ!」
イレギュラーズが足を止めることは許されてはいなかった。アランが、そしてイレギュラーズのデッキカードには攻撃という文字以外はない。味方も疲弊している――常に全力で攻め立てられるわけではない。
「ああ、支えよう。味方が増えたというならば有効活用しあくてはね。
僕がみんなの疲れを癒すよ。空が厭な気配をさせている……気を付けて」
ランドウェラは『痛い目』に合ってしまうよと天を見上げる。転々とするように空が泣いている。その奇妙な響きを耳にしながらランドウェラは白光を見た。
天より地を穿つその白光に構うこと勿れ。利一は息を飲む。リヴァイアサンは先ほどと比べれば十分ダメージを叩きつけることができる。
「この好機を逃す手はない、更に攻勢を強めていこう!
これまでにはない手応えを感じる……このまま一気に畳み掛けるぞ!」
利一は叫ぶ。向き直った真っ直ぐ直線状――その眼前に存在する足より溢れる血潮の雨。それを受けながら、敵の挙動の一つすら逃さぬ様に。
ランドウェラの癒しの癒しを受け止めながらも利一はその脚がぐんと振り上げられた事に気付く。
「―――テメェらあんまし無理するな! ここは任せろ!」
アランの注意が飛んだ。は、と息を飲んだ利一が小さく頷いた。リヴァイアサンの攻撃は彼にとっては身震い程度でも『小さき者』にとっては大打撃に他ならない。
(この攻撃から見方を守ってくれている……か)
マカライトは小さく息を飲んだ。ミロワールのバリアが味方に向けられているならば、それはどれ程の幸運か。
「有難い限りだ、ある程度強気に攻められる」
近づきすぎれば海の藻屑だと息を飲んだマカライト。その身から放つは全力の魔力、破壊的な一撃。
空を裂くように伸びたその魔力の色を見つめながらトモエは前へ、前へと走る。
(魔種が味方に? ……それは僕の教会の教えとしては、前代未聞ね。
報告しなければいけないわ……神が、彼女の罪を赦すということなの?)
その性根さえ『救いがたき絶対悪』であるはずの魔種の力が味方となった。身を呈してまで味方を守るか。
運命を、禁忌を捻じ曲げてしまう程の奇跡。それがイレギュラーズの力であるのだと体感したようにトモエは息を飲む。
(――でも魔である以上、この先の滅びは避けられないはず。
『何時もの私なら、そうやって口にして滅びを与えたでしょうけれど』、そんな野暮、言わないわ)
屹度、彼女にとってはこれが最期の使命で、最後の自由で、最後の望み。
それを邪魔するほどに狩人は野暮ではない。目を伏せて天を見上げる。
奪うことしかできない自分は仲間の起こした奇跡を支えたいと、願ったのだから。トモエはゆっくりと口にした。
「――故に邪魔よ、大きな蛇」
成長してる、実感できる、強くなれる。強くなれる。莫迦でかいから臆する?
そんなことはない。僕は強くなれる! ――もっと早く、もっと疾く、もっと速く。
走るトモエとすれ違うようにハロルドが空を駆けた。振り下ろされた一撃と共に、『がば』っと海より頭を出したアカツキは宛ら海の亡霊が如く白い髪に水をふんだんに含ませた。
「その鱗、一枚よこすのじゃー!」
炎の幻想種と自称する。彼女が抱いたオーダーは『いのちだいじに』ではあく『ガンガンいこうぜ』と言うわけだ。
目指すは『鰻の鱗焼き』。水竜だか神だが天災だかは分からぬが、魚なら燃やせぬわけがないというのが炎の幻想種の考えだ。
「こんな一生無さそうな機会を見逃せるわけあるまい! 燃やさせてもらうのじゃー!」
「ああ、燃やしていこうか」
利一が小さく笑う。リヴァイアサンに対する手ごたえは先ほどまで上がっている。アカツキも『ちょっと燃やし易いな』と感じた事だろう。
それが鏡面世界だけのものではないことは、実によく分かっていた。
先ほどまで響いて居た歌声が――イレギュラーズ、コン=モスカの奇跡が――確かにリヴァイアサンのその身に刃一つ届かせることを許したのだから!
成否
成功
第3章 第14節
リヴァイアサンへと攻撃が重ねられていく。それを追いかけてフーリエは『味方が有能』であることは何と頼もしいのかと胸を張る。
魔王たる自身が彼らに恥じるようでは何が王であるかと圧倒的な魔王オーラをその身より放った。
滲んだ血潮。その肉と肉の間を立つように、攻撃を重ねれば、リヴァイアサンのその脚が僅かに揺らぐ。これ程までの巨体でも『虫に刺されれば痛いだろう』と魔王様は大きな口を開いて笑って見せた。
「流れは確実にこちらに来ておる……が、
かの竜がその気になれば一瞬で逆流させられてもなんらおかしくはない。
そうさせぬために、この流れの勢いを強め続けねばな……!」
その言葉に頷いたベネディクト。先ずは第一段階だ。ミロワールがこちらについた、そして『どこかから響いた歌声がリヴァイアサンを鈍らせた』。その状況で、その戦場で目指すは只、一つ!
――滅海竜を打倒すべし!
「好機だ。だが、我々には長期戦を行って居られるだけの余裕は無い」
存在に格があるというならば。竜種と自身らは余りも違う。彼が矮小と呼んだ事さえ納得のうちだ。
「――故に、今持ち得る全てを使って奴を穿つべし。行くぞ! 狙える者は奴の鱗の隙間を狙え!」
ぐん、と脚が持ち上げられる。フレイはその動きに気付き堅牢なるその守りで自身を鼓舞し、襲い来る爪を受け止めた。玩具のように小舟が崩れる。
(悲しい未来は『きっと』ない――……敵はまだ衰えないならば、限界まで挑もうか。皆を生きて返すのが俺の仕事だ……)
自身のその堅牢さを武器にフレイが見上げる。その背より顔を覗かせた魔王の砲撃がベネディクトの指示の通りにリヴァイアサンの鱗を叩く。
「行くぞ――!」
後ろに続くものが迷わぬ様に。掲げるはグロリアス。栄光を煌めかせる彼を庇い、そして竜を見据えたフレイが唇を釣り上げた。
「さあ、根競べと行こうか」
フレイが受け止めた脚へと愛無が杭を投擲する。飛躍的に自身を高めるはつかみどころのない影が如く。
愛無は言った。ミロワールとの道が交わったのならば、喜ばしい。そして、彼女は望んだというのか――『一緒に行ってみたい』と。
それは、彼女の言葉か。それとも。
鏡に映り込んだ、イレギュラーズの――その願いであったか。
ミロワールと言う少女がセイラ・フレーズ・バニーユを映していた内は『魔種的』であったことは頷ける。彼女がイレギュラーズを真っ直ぐに映して『普通の少女のように振舞っている事』すら、魔種たる彼女の権能の内なのかもしれない。
だが、それでもいい。それでも、今はこちらの味方だ。
「燃えてきた」
どちらにしろ、今は目の前の竜との決着をつけなくてはならないのだ。それは早い方がいい。ミロワールの事で悩んでいる暇などないと愛無の杭は竜へと刺さり鱗を傷つける。
「シャルロットとの諸々の手続きと代償の交渉をと言いたいところだが……まずは無粋な竜を黙らせてしまおう。契約とは落ち着いて話すべきだからな」
セレマは肩を竦める。その美しいビスクドールの様な表情は何処か苛立ちを湛えている。
「シャルロット、キミはボクの物になるんだ。勝手にいなくなるのは許さないぞ」
それを強欲と呼ばずに何と呼ぶか。美しい微笑を浮かべたセレマにとっては主演は自身、そして周りは脇役だ。
「それにアルバニアと話が合うということは、だ。
……お前も大概嫉妬深いんじゃあないのかい? 種族と文明を超えた美貌に見惚れてごらんよ、ねぇ」
セレマがその微笑を以て竜を挑発する。落ちる雷鳴、そして眼前で爪が襲い来る。
その傍らを走り抜けながら、百合子は素早くも一手を叩きつけた。
「……良いものを見た。吾には成し得ぬものを見た。
叶う事なら吾が敵となりて打ち砕かれてみたくなるではないか」
「存分に褒めなよ」
セレマの言葉に百合子は大笑いを見せる。その言葉、悪くはない。
「――クハッ、今はそれよりも武者働きか! 奴めを倒さねばお話にならぬ!
攻撃は最大の防御である! ミロワールが倒れる前に攻め切ってくれる! 褒めるのはあとだ!」
素早くリヴァイアサンに肉薄した。セレマを狙った一撃の隙間を書いて叩きつけ、そして後方へと戻る。
その動きに合わせるように援護を行う汰磨羈は仲間たちの攻撃により深い一打を与えるべくリヴァイアサンへと飛びついた。
「この先での死を覚悟し、その上で前へ進む――その覚悟、正に見事!
ならば、我等はその意志に報いねばならぬ。今こそ乾坤一擲、この地獄を斬り開く!」
地獄。このありさまをそう呼ばずに何と呼ぶか!
ミロワールの能力が如何に広範囲を守り――自身を蝕む傷の中で耐え凌ごうとも――滅海竜が相手では長く持たないだろうと汰磨羈はよくよく理解していた。
ならばこそ、斬り進まねばならない。たかだか、足一本だ!
それを切り落とせずに『美少女』が何を誇れるというだろうか。
「吾のHPはクロウリーどのの3000倍であるぞ! どーんと頼られよ!」
百合子のその言葉にセレマは笑う。美しい、人人形めいたその美貌を見せた背後より、総てを鼓舞すべく旗が大きく舞う。
お膳立ては整った。薔薇は朽ち、鏡は清浄なるものを映す。
竜は眼前で『眠り』を前に、駄々を捏ね続けるだけだ。
「1の力が2となったところで大差はなかろう。
だが、2が集まれば100になり、1000にもなろう!」
それを高めるのがベルフラウ。金の髪を大きく靡かせて、淑女は堂々たる声を発する。
「さあ謳おう! 我らは此処に在ると! 神すら追儺すと証明しよう! 宴の始まりだ!」
あの歌声が誰のものであったか。そして哀しみ、足を止めることも無いように。
ベルフラウは自身の生命力を仲間に与え続ける。英雄よ、足を止める勿れ――『我らは歩みを止めた時死すると想え』!
願いを叶いたいと、そんな子供めいた約束を口にしたときにヴィクトールは小さく笑った。
「貴女の願いを叶えに来た。願いを叶える為ならば、アの竜だって微睡の淵へ導いて見せましょう」
この蒼の向こう側。誰もが知らぬ前人未到の新天地(ネオ・フロンティア)。
未散は踊る。見せてやろう、連れて行ってやろう、困るほどの花を腕に抱かせて、首に手にかけてやろう。美しい花の中、黒き靄さえ晴れた美しいその笑みに言ってやろう。
「綺麗でしょう。屹度、貴女様の妹だって喜んでいる」と。
双子とは、姉妹とは、命を分けたとは、度し難い。
片割れを失えば、その命は哀しみを知るだろう。
片割れが笑えば、その命は喜びを知るだろう。
片割れが怒れば、その命は怒りを知るのだろう。
度し難い。
全くもって度し難い。
自身を庇い立てたヴィクトールのその身に落雷が落ちる。その痛みの許で、未散は拗ねたように唇を尖らせた。
「無茶をするな、など言っても何処吹く風なのでしょう。ヴィクトール様の死にたがり!」
「し、死にたがりって――否定は、出来ないですけれどもね!」
愛するために何かを捨てる気持ちも、人を憎む気持ちも、わからない。
だが、約束と言う当たり前のような言葉がそこにはった。
「……今一度お前に微睡みをくれてやろう、リヴァイアサン」
未散は歌う。空が鳥の、海が魚のものであるように。
「そして貴様も亦――褥で今一度睡れ」
天より穿つは神鳴りか。その響きを聞きながらもイレギュラーズは脚を止めやしない。
ふと、振り仰いだ時に未散は、そして――ヴィクトールは気づいただろう。
「貴女も死にたがりなのですね、シャルロット」
大輪の花に囲まれることを望んだ貴女は海の上で、イレギュラーズを映していた。
死すら恐れず越える事を厭わず、只、前を向く自身らを。
――だから、それ程までに、傷を負っても立っているというのですか。
成否
成功
状態異常
第3章 第15節
「シャルロット! 何度だって、何度だって君の名を呼ぶよ。
だから、耐えて。君の心は魔種から人になったんだ。だから――!」
史之は叫んだ。廃滅の呪いが彼女を蝕んでいる。それは自身も同じだと史之は優しく声を掛ける。
竜へと放った聖なる光。その光の下、史之はシャルロットを気遣い続ける。
ミロワールの事を許すつもりもなければ、ミロワールに許してもらうつもりはないとジェイクは静かに息を飲む。
全ての魔種は殺す。――そして、ミロワールも『そのことを理解している』。当り前であるようにジェイクに向けられる殺意を認識している。
「ミロワール、否、シャルロットよ。てめえを殺すのは後回しだ!
今は目の前の此奴を何とかしねえとな。俺が殺すまで死ぬんじゃねえぞ。お前を殺すのはこの俺だ!」
「なら、わたしを殺すために竜を斃さなくてはならないわ」
シャルロットの言葉に悪くはないと言うように自身を蝕む死のかおりを払うが如くジェイクがリヴァイアサンの肉へとその一撃を繰り出した。
直死の一撃は魔性を帯びる。黒のアギトは貪るが如くリヴァイアサンへと飛び込んだ。灰狼の弾丸は狩人のように獲物を離さない。
アッシュは息を飲む。リヴァイアサンに攻撃が確かに効いている。効果も薄く、懼れる程に雄大であったあの竜が藻掻いているのだ。
――歌声が聞こえたのだ。一寸だけ、終ぞ、聞こえなくなったけれど。
「なんと大きな力でしょう。なんと優しき、力でしょう。
神にも近しき者の力を、一人で受け止めようとする、なんて……」
アッシュは波濤の盾を握りしめる。献身と勇気、それよりも尚、誰もが勝利を信じていた。コン=モスカの娘も、鏡の魔種も。
アッシュの咲かせる殺傷の霧は悍ましき悪意で包み込む。それはまるで、薔薇が如く花弁広げて広がっていくことだろう。
「絶海の王よ。屹度聞こえてはいないのでしょう、見えてはいないのでしょう。
此の戦場に満ちる、人々の魂の声が。心の光が――其れらはいま、貴方の喉元に届きつつあるのです」
囁くように、アッシュの言葉が落ちる。雨垂れが如く、美しくも響かせて。
その言葉を聞きながらマルクは光を逃すまいと攻撃を放った。
痛んでいる個所に少しでも、多く、多く。
魔種ミロワールを味方につけることが出来た。竜への詩が奉じられた。
絶望的だったこの場所に少しずつ白き光が差している。
マルクは奮い立つ。微かな希望だとしても、今ここに、確かにあるのだから――諦める理由などどこにもないと、息を飲む。
(体がボロボロでも、僕らの心は決して終えることはない!)
マルクが仲間たちの体の不調を取り払う。不可視の悪意が切り裂けば、リヴァイアサンの唸りが聞こえる気さえした。
「あとは俺達イレギュラーズに任せて。今を生き残る事を優先するんだ! シャルロット!」
傷だらけ、それ程までに傷ついても尚、『自身らを映して命を賭してもこの海域を越えて未来を見たい』と願った魔種。
彼女は困ったように笑った。
「わたしのことは、気にしないで」
その響きに、シャルロットと史之は首を傾ぐ。
「――みんなの未来が、みたいから。だから」
成否
成功
第3章 第16節
「この海を越える時、お前も一緒じゃねぇと意味がねぇ。
……シャルロット。お前も俺らと一緒にこの先の未来を見て。片割れの元に向かう。そうだろ? ――だから此処でくたばるンじゃねぇぞ」
レイチェルのその言葉にシャルロットは曖昧な微笑を返した、気がした。
それがどういう意味であるかを分からぬ程に彼女は莫迦ではなく、その持ち前の医術の知識が確かに彼女の状況を分からせる。
(長くはモたねぇか……)
あの強大なビーム。そして、自身らを映したことで身を呈してでも守るというその意志が強い。変化という者がどのようにもたらされるかは分からないが、少なくとも彼女は――『魔種』はその性質を以てイレギュラーズの一員が如く振舞っていた。
「お互いがんばろっ!」
ハルアはにんまりと微笑んだ。痛いくらいにじん、とする。彼女が助けてくれたことがどれ程までに自身を勇気づけてくれたか。
滅海竜が憎いわけではない。分かり合えないのは今だけだと言うようにハルアは空を踊る。
空より降る泡の隙間を縫うように、ハルアはアクロバットを駆使し、複雑な動きを見せる。
仲間たちがこの戦場に留まれる時間を長引かせてくれたのは魔種ミロワールのおかげだと思えばこそ、ハルアは祈るようにリヴァイアサンと向き直った。
「行くよ――!」
魔種が力を貸してくれている。アーリアはそれを『奇跡』と呼んだ。
「こんなこと言うのって、おかしいかしら? ああ、けれど、言わせてね――ちょっと、嬉しいわねぇ……」
「はい。戦場での奇跡というのは幾度か見た事ありますが、今回はとびっきり。ええ、これは負けられない……!」
鶫がリヴァイアサンを見据える。美しく咲いた淑女四名、リヴァイアサンに向けて攻撃を重ねるのは『悪い気』がしないのだ。
「幸運だか奇跡だか知らないけれど……次々に面白いことが起きてくれるじゃない。本当にどいつもこいつも……命知らずなんですから!」
身の丈ほどの槍を握りゼファーは小さく笑った。幸運も奇跡も全てをまぜっかえして勝利に繋がっていると思えばこその高揚にその体が震える。
「嗚呼、でも。此の死力を尽くす感じ、悪くはないわ!」
「ええ、その通りよね。ゼファー。
彼女が私達を守る為に命を賭してくださるというのなら、お応えしないのは不義理と言うもの。されば返礼として今の私が持ちうる最高の一刀を以て、その意思に報いましょう!」
すらりと刃を抜いて小夜は気配を感じ取る。目で見ずともわかる巨竜に僅かに感じる隙の気配。コン=モスカの乙女の歌声がそれを是としたのかは分からない――竜に穏やかな眠りを与えるが為、小夜は兎に角攻撃を重ね続ける。
椿は美しく咲けども頸をぽとりと落とすものだ。その背後、美しくも蠱惑的な蜜の毒はリヴァイアサンを着実に蝕んだ。
「盛大におもてなし致しますよ、ミスター・リヴァイアサン。
当方、"この手の"奉仕にも自信がありますので。さぁ。存分に味わって、盛大にのたうちまわりなさい!」
鶫のその言葉にアーリアが「じゃあ、私も頑張っちゃおうかしら?」と唇を蠱惑的に歪める。
鶫の許より放たれるは二種の呪詛。盛大なるおもてなしは霊子に乗せた強い意志を伴って飛び交っていく。
圧倒的な火力を乗せた魔砲はその呪詛を追いかけた。唇に乗せたいたずらめいた笑みの儘、リヴァイアサンの鱗を叩く。
ぼろりと歪んで落ちるそれを小夜が降る厄災が如く振り払う。
「勝機は」
小夜の言葉に、ゼファーは「あるわよ」と笑って見せる。
「彼女がどんな身の上であれ、その身体を、命を。全て私達にベットしてくれているんだもの。其れに応えられないんじゃ……良い女が廃るってもんだわ!」
女は美しく咲くものだ。
戦場に咲き乱れるは美しき女だけではない。ルカはその拳に力を込める。
「よぉ、いいツラになったじゃねえかミロワール。
んや、シャルロットっつったか? オーケー、そんじゃあ竜退治の続きだ!
見とけよ、時間が来る前にリヴァイアサンをぶっ倒してやる――お前さんは特等席で見物してな!」
その脚に力を込める。戦いを続けることで自身が研ぎ澄まされる感覚は悪くない。
『クソでけェ竜』なんざどうでもいいと言わんばかりにルカは唇を噛み締めた。
「食い破れぇぇぇええ!!!」」
黒き獣の牙が突き立てられる。リヴァイアサンの肉にぎりりと張り付くそれが直ぐに霧散してもルカは唇を釣り上げた。
「これぐれぇじゃ終わらねえよなぁ! あと何発だ?
100か? 1000か? 残りが100億発ならそんだけ叩き込んでやりゃあ構わねえだろうがぁ!」
吼える。
その声に夏子は小さく笑った。
例え仮初でも、夢を見てなかった訳ではない。この後ろくでもない結果があったとしてもこの瞬間は忘れられない。
「護るしかないんだよなぁ…! 少しでも……いや! 最後まで!」
コミュニケーションなんて全然だと自負してた。こんな場面でこんなことが起こるなんて、と夏子は笑う。
凄い。すごくないなんて嘘だ。ココまで出来たことが嬉しくて堪らない。
魔種と心が通う瞬間を共にすることが出来たんだと夏子はシャルロットを水泡よ守るが如くその身を盾とする。
「嬉しいんだ! 喜んで護れるって……この状況がさ!」
皆が必死につかんだ好機を何が何でもモノにしたい。
そうでなければ美少女向けタンクの名折れだと笑った夏子にシャルロットが「ねえ」と囁いた。
「わたしの事は良いわ」
「どうして? 君は、傷ついているだろう?」
「……わたしは魔種だもの。わたし、それよりとってもお願いしたいことがあるの。聞いてくれる?」
夏子はゆっくりと、頷いた。
前線では自身と共に未来に行きたいと言ったハルアが攻撃を重ね、傍らでは焔を伴い竜に攻撃するレイチェルがいた。
「教えて、いいよ。レディからのお願いなんて、嬉しいじゃないか」
夏子の揶揄うその声に、シャルロットは――魔種ミロワールは言った。
「みんなを、守って。わたしじゃ、力不足だから。……誰かが死ぬなんて、もう嫌よ」
はた、と夏子は気づいた。彼女は『この海域の味方艦隊にバリア』を張っている。だからこそ、どこかでの気配を察知した。
誰かが死んだ。止んだ歌の如く。――誰かが。
夏子はゆっくりと頷いた。
「ああ、そうだね。もう、誰も死ぬなんて御免だ」
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。
●作戦目標
・滅海竜リヴァイアサン脚部(左)への可能な限りのダメージ
・魔種及び『魔種に類する存在』の撃破
●重要な備考
このラリーシナリオの期間は『時間切れ』になるまでです。
(時間切れとはアルバニアの権能復活を指します)
皆さんはどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド
『絶望の青』の海の上。水中での行動には『水中行動』、空中では『飛行』等をご使用ください。
足場に関してはリヴァイアサンに対しての超レ距離までは大型船で参りますが、それ以上は小型船の貸与(もしくは皆さんのアイテムの船等アイテムを使用)を行います。
リヴァイアサンの前に、ミロワール&薔薇の異形が存在。リヴァイアサンは固定ユニットですが、ミロワール&薔薇の異形は移動します。
●滅海竜リヴァイアサン脚部(左)
大いなる存在。竜種。大気を震わせ、海原を割る。絶望の主。
それ故に無尽蔵な体力、理不尽な耐性。攻撃の効果があるかもわからぬ存在です。
その脚部(左)となります。非常に巨大な敵であるためにイレギュラーズは部位ごとの作戦を行うこととなります。その一部です。
データ
・正しく命をも刈り取る非常に強力な攻撃を行う為、無用な接近は得策ではないでしょう。
・脚部(左)において鱗等が薄い部位がありますが『飛行』状態または『レンジ超遠(飛行なし)』出なくては攻撃する事が出来ません。
主だったステータス
・波動泡:5ターンに一度フィールド上に降り注ぐ水泡。猛毒/不吉/ダメージ(中)
・大海脚:複数対象に呪いを付与する蹴撃です。強烈なダメージ(大)。
・降轟雷:フィールド広範囲に対してダメージ(中)程度攻撃/感電付与/飛行対象に大ダメージ
・襲爪 :近接単体対象に大ダメージ
・水竜覇道:????
●魔種『水没少女<シレーナ>ミロワール』
『鏡の魔種ミロワール』『シャルロット・ディ・ダーマ』
黒い髪、黒い瞳、影を纏わり付かせ本来の姿を持たず相手を映す『鏡』の性質を持った魔種です。
その性質からセイラ・フレーズ・バニーユを映し、彼女の理解者でありましたが、アクエリア島にてイレギュラーズを映しこんだことで変化を遂げ、セイラを討つ手伝いを行いました。
現在は『セイラ・フレーズ・バニーユの怨念』による棺牢(コフィンゲージ)にて変異し、狂気を孕んでいます。
しかし、彼女は『鏡』であるが故に、イレギュラーズを映すことで変化を遂げる可能性は――
個人的なデータ
・双子の姉妹に『ビスコッティ』がいます。彼女を深く愛していますが、愛憎に駆られ身勝手にもその命を奪いました
・セイラとは互いに良き理解者であり、傍に居たいと願いました。しかし『性質変化』にて彼女を討つ手伝いをしたのもまたミロワールです。
登場シナリオ
・『<Despair Blue>うつしよのかがみ』
・『<バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる』
・『<鎖海に刻むヒストリア>終末泡沫エーヴィア』
※参考程度にです。ご覧にならなくとも参加に支障はございません。
主だったステータス
・性質変化:鏡の魔種。相手の姿を映す。その相手の行動や言葉に大きく感化されます。
・原罪の呼び声<嫉妬><不定形>:その呼び声は悍ましくも悲しい。
・鏡像世界:パッシブ。ミロワールが存在する限り鏡像(*後述)が生み出されます。
・鏡面世界:パッシブ。ミロワールが存在する限りリヴァイアサンへ与えたダメージが半減します
その他、神秘遠距離攻撃を中心に使用/歌声によるBS付与も豊富に行います。
・鏡像:フィールドに存在する存在の【鏡像】を作り出す。そのステータスは存在(PC)と同等となるが、その動きは劣化コピーとなる
●魔種に類する存在『薔薇の異形<わすれがたみ>』
『美しき不幸』『呪いの子』。魔種リーデル・コールがその腕に抱いていた『赤子』であった異形。
萎れた薔薇はミロワールを守るようにその茨や蔦を触腕として伸ばし続けます。
『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユの怨念に蝕まれ、毒が如き霧を発し続けています。
主だったステータス
・薔薇の鎧:薔薇の異形が存在する限りミロワールに棘を付与します
・薔薇の結界:薔薇の異形が存在する限りフィールド内のイレギュラーズはショック状態となります。
○味方NPC
・月原・亮(p3n000006)
・ウォロク・ウォンバット(p3n000125)&マイケル
・コンテュール家の派遣した船団*5
指示があれば従います。基本は退去用船の確保を行っています。
また派遣船団は海域離脱要員です。
それでは、ご武運を。
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