シナリオ詳細
<絶海のアポカリプス>わだつみの涯
完了
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オープニング
●
壮大なる海の涯、眠り妨げられしわだつみの咆哮が響く。
大気揺らがせ、海を割り、深海の怒りが顕現したが如く雷光が嘶いた。虚空をも埋め尽くすが如き水滴は『ソレ』が動いた事で雨が如く降り注ぐ。
人は、強大なる存在を見た時、恐怖に竦み怯え、膝を着く。『ソレ』は正しくそういう存在なのだ。冠位魔種を前にした時とは比ではない――それは悪夢を体現したかの様に蜷局を巻いていた。
荒れ狂う波濤の中、断末魔を上げ海を割る閃光は青白くイレギュラーズを嘲笑うかのようであった。
「竜種――」
その言葉を口にしたのが、誰であったのかは分からない。絶望に棲まう悪夢。
巨なる海原に黒き影を落とし、わだつみは神鳴りを喰らい大地を揺らすが如く海面を混ぜ返す。立つ波は全てを水泡の下へと誘わんと手を伸ばす。
背筋に奔る恐怖は人間の本能に植え付けられた絶対的な生存本能。死を覚悟した時に、人は――その視界を昏く染め上げる。呼吸する事さえ許されぬようなその場所を、絶望と呼ぶのだろう。
――称えよ、竦め。許しを乞え。我が名は滅海――滅海竜リヴァイアサンなり!
越えねばならぬ。
冠位を、斃さねば。纏わり着いた饐えた死の臭いは消えず、死の運命からは逃れられぬ。
――人間共。『冠位』を傷付けし者共よ。その顔を見てやろう。
首を垂れよ、項垂れ、竦め、そして、その御身を『生きて眼へ映せた』事へ感謝せよ。
竜は語らう。
竜は嘲る。
竜は、小さき者を僅かに認めた。
許しを乞わず、項垂れず、竦むことなく、前を向いた兵をを。
「かみさま。どうか……みていてくださらない」
少女は、大いなる存在へと恭しく言った。黒き靄に一層纏わりついた死の気配は竜にとっても心地よくはないだろう。
だから、少女は――『ミロワール』は一層頭を下げた。
「かみさま、、わたしがイレギュラーズをころすわ。だから、」
毒の如き怨嗟に蝕まれ、その命が海原へと溶け往く前に少女は祈るように言った。
――どうか、許してください。
●
――かがみよ、かがみ。ねえ、この世で一番幸せなのってだれかしら。
「もちろん、セイラよ。セイラ・フレーズ・バニーユ! わたしの大切で大好きなあなた」
手を伸ばして抱きしめる。ひんやりとしたその掌が心地よかった。
頬を寄せれば擦り寄って「甘えないで」と揶揄われる。まるで母の様な、その胸の中、微睡むように目を閉じて。
セイラ、と呼べば可笑しそうに笑った声が耳朶に転がる。背を撫でて、優しい歌を歌うの。
大好きな歌声が、幸せそうに響いている。陸になど行かずに、この暗がりの底で一緒に過ごしていたかった。
冠位様は意地悪だ。セイラの嫌いな海の国を見ておいでというのだから。
冠位様は意地悪だ。セイラが苦悩して涙を流しても知らんぷりなのだから。
だから、わたしは――助けたかった。
この怨嗟の海から解き放たれるのがしあわせだと、誰かが言っていたのに。
セイラの怨嗟が、わたしの事を蝕んだ。リーデルの薔薇が萎れていく。
二人が、傍に居るような気がして、わたしは、嬉しくなったのだ。
ねえ、ひとりじゃないわ!
ねえ、かみさま。わたし、ひとりじゃないの!
見ていて、見ていて、見ていて、かみさま。わたし、今度は、今度は、今度こそうまくやる。
あの人を殺すことが出来たら、私の罪は終わるでしょう?
――だから、そうしたら、もう一度、ぎゅっと、抱きしめて。
黒き靄が付き纏う。狂ったように夥しい怨嗟と毒を飲み喰らいながら。
嵐海の上、世界の涯に立つように魔種は――水没少女<シレーナ>は微笑んだ。
一層の、狂気を擁いて。
――もしも、わたしがわたしじゃなくなったら、
この海で『ビスコッティ』として殺して?
もしも、わたしが戻ってこれたら、
この海の外でもう一度『シャルロット』って呼んで。
ビスコッティに綺麗な花を一輪買って、弔いを行った後、
わたしのことを、彼女の許へ送ってほしいの。
約束よ、イレギュラーズ――
- <絶海のアポカリプス>わだつみの涯完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年06月13日 21時11分
- 章数4章
- 総採用数539人
- 参加費50RC
第2章
第2章 第1節
美しくも絶望の海上に咲いて居たその紅薔薇は、嘗て『世界に愛されずに死んだ』女が我が子として抱えていたものだったらしい。
女の怨念と、そして――慈愛が変貌を遂げた薔薇の異形はイレギュラーズの手によって散らされた。
魔種ミロワールを守らんとその茨を、蔦を触腕の如く伸ばしていた美しき黒き薔薇。悍ましき呪いに萎れたその花を誰が怨念で突き動かしていたかは分からない。
だが、ミロワールという少女にとっても、その薔薇が『彼女を狂気へと陥れる様に』作用していたことは否めない。
――ミロワール。
呼び声の様に、ミロワールを包み込んだ毒の如き狂気。
――ミロワール。
セイラ・フレーズ・バニーユという女の、残したもの。
――シャル。シャルロット。
ミロワールは陽だまりの様な夢を見る。微睡続けセイラとリーデルと幸福に過ごしたその日々を。
昏く闇に包まれたまま眠るミロワールの体は『かみさま』を守る為にイレギュラーズと戦い続ける。
魔種の本能と狂気で自身の体を突き動かして、『ミロワール』は昏い夢の中で膝を抱え過ごし続けている。
その夢を『打ち砕く』のもまた、イレギュラーズの『可能性』が成し得るものだ。
現状を説明しよう。
ミロワールの能力たる『鏡面世界』がリヴァイアサンへの攻撃を半減させている事は明らかだ。
しかし、現状は大きく変化し続ける。
イレギュラーズの活躍もあり味方陣営は立て直す事に成功し反撃態勢を整えるに至った。
そして、行方不明であったイレギュラーズ『騎兵隊』の活躍により伝説の海賊『ドレイク』と幽霊船が味方となったそうだ。
近海の守護神とされている『水竜様』がパンドラに応え、その姿を現したことでその権能を生かしリヴァイアサンに『打撃を与える』好機を与えてくれている。
『彼女』が顕現するまで時間を稼げたのはイレギュラーズが諦めず挑んだからに他ならない。
ならばこそ、今がチャンスなのだ。
ミロワールを説得しきるのも。
リヴァイアサンにダメージを与えるのも――!
=======補足========
・目標『リヴァイアサンを弱らせる事』です。水竜様の力はリヴァイアサンに及びません。
ですので、リヴァイアサンと『ともに眠れる』レベルまでリヴァイアサンを弱らせることが第一目標です。
・カイト・シャルラハ(p3p000684)の『PPP』にて顕現した水竜様は自身の持ち得る権能を使ってリヴァイアサンを覆う絶対権能『神威(海)』を阻害しています。
それにより今まで以上にダメージを与えることが出来るようになりました。
※ミロワールが戦場に居る限り当戦場では『鏡面世界』が発動し続けます。
・ミロワール
狂気が薄れているようです。しかし、攻撃せず弱らせぬ儘では彼女を蝕む呪いは彼女を引き戻す可能性があります。
説得には言葉だけではなく『呪いを打ち払う為の攻撃(不殺攻撃含)』を行わねばなりません。
===============
第2章 第2節
波濤を越えねば、未だ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)には辿り着けない。
だが、然し降る水泡の中に見える『黒き姿のデモニア』と彼女が手招くように呼び出す鏡像たちが邪魔立てしてきている現状は、文にとっても嬉しい事ではない。
自分とそっくりの顔――性格まではコピーできていないが、戦闘スタイルはその通りだ――をした鏡像に、友人たち。それを相手にし続けると人間性を失ってしまいそうだと頭を抱える。だからと言って退くわけには行かなかった。
――あなたが、信じてくれていたから。
はにかむ優し気なわだつみの少女。『水竜様』はその権能を以てリヴァイアサンに対抗する策を講じてくれている。『騎兵隊』達の捨て身の特攻は伝説の海賊ドレイクを共闘相手としてくれた。
ならば。文が出来るのは目の前の事に集中することだ。リヴァイアサンへ向かう者も居れば、デモニアの許に向かうものだっている。デモニアへと声をとど河川とする者たちを支援するが為、文は鏡像を打ち払いながら祈った。
「なるほどねぇ、『鏡面世界』が私の攻撃を半減してると」
だからこそ、ミロワールを『無力化』させなくてはならないのね、とカロンは頷いた。状況把握した、把握したうえで魔女は言う――『魔女にデリケートな説得なんてできる訳ないでしょう!』と。
「全く……! 魔女様をここまでこき使ってるんだから絶対にミロワールの説得を成功させなさいよ! これで上手くいかなかったらお仕置きしないといけないわね、ウフフ!」
ゆるりと唇に笑みを乗せる。狙い穿つはリヴァイアサン。半減されるというならばされても良いだけのありったけを打ち込むのだ。
「適材適所、優しいイレギュラーズさんはあちらで、優しくないイレギュラーズはこちらって事ね?」
緑の髪を大きく揺らす。指さす様に打ち出した魔力砲が鱗へとぶち当たり、『水鏡』が如く吸い込まれる。
「水竜が眠らせるまでたっぷり鱗の薄い部分を痛めつけて痛めつけて、マゾヒスティックな苦痛の悦びを教えてあげるワ! ウミヘビちゃん!」
「ああ。目標は一点、リヴァイアサン! あちらの娘さんは『言うべき者』に任せた!」
シレオは鱗の薄くなった部分へと速力を威力にかえて攻撃を重ね続ける。攻撃の予備動作が見えたならば逃げの一手、『無駄な傷』など負う暇はない。
「水竜様とやらがくれたチャンスだ、今やらないでどうするよ! 生きて帰ったら水竜様にお供え物しなきゃな!」
小さく笑ったその声に頷く利一はその指先に魔力を圧縮させる。郷愁の想念を内に秘め、過酷な訓練を乗り越えたその成果を示すために、利一は真っ直ぐにリヴァイアサンへと攻撃を続け続ける。其れこそが自分の出来る事――ならば。
「ミロワールのことは仲間に任せ、この反撃の好機に畳み掛けるぞ!」
鱗を狙えと声を発する。決して近づきすぎぬ様に。魔弾が狙い撃つ。水竜様とドレイクの協力を得れている今こそ、手を抜かず全力を見せつけるべきだと『因果を歪める力の残滓』をその身に宿す。自身に感じる負荷など、構っている暇もなかった。
「リヴァイアサンに一撃でも多く――それこそが、俺にできる事だ!」
成否
成功
第2章 第3節
「状況が動いた。流石は手練れのイレギュラーズ、転んでも、沈んでもただでは起きないな」
そのイレギュラーズの一員として。錬は仲間たちと共に転覆せぬ様にと船を操縦し続ける。眼前のリヴァイアサンは苛烈そのものの水泡を振らせ続けイレギュラーズを拒む様に蠢き続ける。
「まだ、ヒカリは潰えていないぞ……終わらせるなッ!」
十七号は叫ぶ。PPP(きせき)とは度し難い。その命を賭した可能性。それを使用できるものを『特異運命座標』と呼ぶのならば、滅海竜へと向かうその姿を奇跡と呼ばずに何と呼ぶか!
可能性は進む。眼前の竜の圧迫感は消え失せず、一筋縄では行けぬという事を伝て来るかの如く。
「一筋でも道標があるなら……皆でその道を進もう。私に出来る事は、道を切り開く者達を護る事だ―――!」
手繰るが如く、守るように十七号がその身を投じる。錬はイレギュラーズ達がミロワールと相対する間に少しでもリヴァイアサンの体力を削らねばと注力した。
「生憎だけど、僕に由縁や因縁と言うのは縁遠くてね。それでも――」
カインは分かることがあるし、できることがあると唇に乗せる。
魔種(デモニア)。話をすることのできる彼女。鏡面を利用したその守りは強固なるものだ。打開せねばならぬそれを、少しでもと手を伸ばし、扉を開かんとする者たちがいる。
そちらに視線を送る。縁もゆかりもない自分だから、と言うわけではない。こなすべきはただ一つだと全力での神秘を刻み付ける、
「――竜退治ってのは数多あるどの世界でも最大級の誉れだよッ! さぁ皆、気張って行こうかぁ!」
覇竜。強大なるその存在を――カインは『竜殺しの英雄』となるべく指し示す。
「竜退治か。俺のいない間に面白いことになってるじゃないか!
さ、水竜さまのためにも行くぜ! 海神だかなんだかしらないけど、航海の邪魔するならどいてな!」
カイトは風を読む。船乗りは荒れ狂う雷雨を縫うように飛び続ける。風の匂いに、海の匂いに、そして、雨の気配に、惑わされることなくその緋色の翼は空を駆ける。
「海の上で俺が負けるわけにはいかねーからな!」
ひゅ、とその頬を擦れ違う様に落ちた水泡。飛び移る様に槍を支点に跳ね上がる。。リヴァイアサンの鱗に叩きつけた一撃からその腕に強靭なる感覚が伝わった。びりり、と腕が痛む感覚にカイトが小さく息を飲む。
「ッ――」
「固い?」
佐那の囁く声音が振る。そこあるのはわだつみの主。絶世の海竜。神が如き権能。
「ふふっ、あぁ……身体が震えるわね。恐怖か歓喜か、両方か……。
まるで血すら震えてるんじゃないかと錯覚してしまうくらいに」
その身の内から滾るは恐怖か歓喜か、それとも――『圧倒的なる敵への』闘争か。気が逸る様に緋道を歩む。
佐那は今の自分の全力を叩きつけるがためにその距離を詰めた。
「……えぇ。行かなくてはねかの竜種、その一つに刃を向けられる、またとない機会。結果どうなるとしても……眺めて震えて、ただ終わりだなんて。そんなのつまらないもの!」
指を咥えてまっていて? ――そんなナンセンス、『望む方がおかしい』でしょう!?
リヴァイアサンからすれば塵芥も同然であれど、積み上げることが大事であるとその腕に伝わる高揚が戦場へと向かわせる。途方もない存在へ挑む高揚感か、絶望感か。規格外すぎて消化できぬ感情はまだまだ喉元過ぎ去らぬ。
佐那へと癒しを送るゲオルグは「大丈夫か」と彼女へと声かけた。緋色の地磯がぼたりと落ちる。佐那は小さく頷いた。
可能性が燃える。それでも尚、その脚は戦場へと掻き立てる。
(救えるならばできるだけ多くの者を救いたい――船を駆り、仲間たちを前へと送る。
誰もこの海には沈ませないとゲオルグは願った。必要ならばこの海の安全地帯――そんな場所があるのか? 作るしかないのだ!――へと運ばんと彼は天穹を駆けるが如く歩み続ける。
「弱らせるのが目標だから倒すなんてもっと難しい事なんだなぁ。
けど倒して見せるの勢いでやらないときっと僕ら死んじゃうんだろう?」
ランドウェラがぶるりと震えた。痛い、眼前の存在に近づけば『痛い事になる』ことは分かっている。嗚呼だが――この儘、見過ごせば雨が世界を覆う様な絶望感が自身へと確かな感覚を伝えてくる。
『死ぬのは嫌』
それは明確な死のヴィジョンに違いはない。カイトが空を駆け、錬により前線へと進む十七号とカインは困難を相手に濤声を聞き続ける。
彼らとて、リヴァイアサンに敗北すればこの海に沈んでいく。まるで塵の様に。ああ、それは――それは『死』だ。
「――だから、さあ倒そう。倒して見せよう!!!」
死ぬなんて、厭だとランドウェラはリヴァイアサンへ向けて雷を起こす。船を叩いた洪濤に、ランドウェラは足場を確認する様にぐるりと海の中を泳ぐ。しかして、深海より見れど、どうにもまあ、『巨体』なのだ。
「まだまだやれるだろう? ここで諦めたら見えるは明確な死だ」
「ああ。それを退けよう。……まさしく濤たるうなばらの主だが、この窮地、無事に乗り切って見せよう」
ランドウェラの言葉にゲオルグが頷けば空よりカイトが「船乗りに任せろ!」と返事を返す。
刃翻し、高揚感に笑みを浮かべた佐那はもう一太刀、斬撃をリヴァイアサンへ向けて振り下ろした。
成否
成功
第2章 第4節
「ふふ、綺麗な薔薇より私達の方が綺麗だった……ってことねぇ」
乙女とは華麗に咲き誇る紅薔薇の如く。萎れた黒薔薇には退場いただきましょうと赤いルージュで包んだ唇がにい、と吊り上がれば感じるは『確かな好機』。顔を上げる――そして、アーリアは小型船をリヴァイアサンの許へと進めた。
「なにかしら、明確に気配が変わった……?
何でもいいけれどこの絶好の潮、逃す手はないわね」
ただ静かにそう告げた小夜は目で見る以上に機敏に『気配』を感じ取る。リヴァイアサンを覆い尽くしていた海の権威が僅かに薄れ、蜷局を巻いた巨体に僅かな『隙』を感じたのだ。
「さてと、この期に乗じてリヴァイアサンをお相手しましょ。
女子たるもの、時にはサディスティックに攻めるのもアリでしょ?」
背中は任せたわよ、とウィンクし囂々と音立てた雷撃を避ける様にその目でしかと潮の流れを見切る。アーリアはの操縦する船の上、ゼファーは自身の掌に馴染むその槍を確かめる様に握りしめた。
「――潮目が変わったか、風向きが変わったか……何にせよ、ええ。棘を刺すなら今ってことね?」
美しい花には棘がある。女4人集まったならば姦しい訳ではなくその棘を突き刺さんと進むのだ。凛と立ったゼファーのその傍らで、鶫は戦意を滾らせる。
「好機を掴めぬは戦士の恥。流れが変わった今、更に踏み込んで徹底的に攻めるべきですね……!」
船を沈めるわけには行かぬ、そして『リヴァイアサン』に多くの一手を刻み込みミロワールの『鏡面世界』が打ち破られた暁には一気呵成攻め立てられるようにと鶫も、ゼファーも眼前に存在するうなばらの主を双眸に映しこむ。
「攻撃が効くって分かりゃ、俄然やる気が湧いて来るってヤツ」
「ええ。巨大な獣ですら、小さな傷のせいで死に至る事もある。それを証明してみせましょ」
抱え上げるはカートリッジ式の大型パワードライフル。霊子を限界まで加速させる――その貫通力はお墨付き。伽藍と音を立て、腰部装着した霊子収集装置より幾度も幾度もカートリッジを差し替えた。
「攻めも守りもできる、それがいい女! さあ、いくわよぉ!」
琥珀色の雷撃は激しく降り注ぐ。幻想下町お馴染みの琥珀色のブランデー。その味わいに酔い痴れる勿れ、降るその雨の下ならば巨獣さえも『気まぐれにその体を痺れさせる』かもしれないのだから!
「雨垂れ石を穿つように、例え効いているように見えずとも根気よく――この刃、その命に届かせてみせましょう」
静かに、息を飲む。刀を自身の腕の様に自在に操る小夜のその切っ先が邪剣の煌めきを帯びてゆく。距離があろうとも、相手を殺すが為に使用される無法の剣は蜷局巻いたリヴァイアサンの鱗へと幾度に及んで叩きつけられる。
「鱗だか薄皮だか、ほんの一枚だって剥がせれば重畳、肉に届けば血が流れる。
――血が流れれば、竜だって神だって…何れは倒れる筈!」
死なぬものなんてないでしょうとゼファーは笑う。命ある者は皆、死という最期を迎えるのだ。莫迦げたデカさを自身らの技で凌ぎ傷つけるなんて『イカれた所業』楽しくなくてはなんであるか!
リヴァイアサンより降り注ぐ水泡はミロワールの許へ向かう者たちを邪魔をするか。ならば、と行人は立ち上がる。
「俺はかの人物を知らない……」
だから――見捨てる? 否、そんな事『する訳がないだろう』!
向かう連中が意気揚々と帰ってこられるように。
帰り道で「やあ、どうだった?」と片手を上げて笑えるように。
そすうれば、彼らは答えてくれるのだ。『やったぜ』と。笑顔を混じらせて、彼らが返ってくる。その中にはもちろんミロワールーーシャルロットの姿もあるはずなのだ。何処か照れたように目を伏せって「やった」なんて笑っている。
「――そのために、俺は行こう」
決意は固い。ワッカは運ぶだけ運ぶがために彼の傍では精霊たちが怯えたように騒めいている。彼らが言ってはいけないなんて、そう手を伸ばすほどに強大な相手だというのか。
分かっていると行人は笑った。それも、怯えなど知らぬという様な明るい笑みで。
「――ピンチの時ほどふてぶてしく笑う物だぜ? なあ、冒険者(アドベンチャラー)!!」
「ああ、そうだ、――そうだろ? 嬢ちゃん、アレに祈るより陽の下で鏡照らしてた方がいいもの見れるぜ!!」
迫り来る鏡像を打ち払う。マカライトが見上げる先に存在するは強大なる竜。海竜を『神様』と慕う者がいるのも理解はできる。
だが、人を脅かし、そして未来を昏く照らすものを『神』と呼ぶ必要があるか。
「だがアレは後だな……弾の当たり方が鈍いし、見た事のある鏡の光が見えた」
マカライトは口内でミロワールか、と呟いた。その鏡はデモニアの光だ。デモニアは不俱戴天の仇と天義では称され続けている――「……その元凶を説得しようとしてるぶっ飛んだ連中か。話し合いに邪魔な奴が居るみたいだな? 加勢する」
鏡像に、リヴァイアサン。迫り来る敵は多いが、仲間たちの声を届かせようとすることは決して悪い事ではない。マカライトは鏡像を受け止める様に前線へと飛び込んだ。
成否
成功
第2章 第5節
一同は前を向いた。
ミロワールを説得し、その心を取り戻さんするもの。
ミロワールを説得し、その『鏡面世界』』を仲間の為に使ってほしいという者。
リヴァイアサンを打倒すが為、ミロワールの説得に協力する者。
「っと、なんか風向きが変わってきたな……悪くねえ流れだな?」
ルカは、にい、と小さく笑った。悪くない。そして、実に『良い流れ』だ。
その傍ら、音を立てた紅色の雷をその身に纏わせながらマリアは楽し気に笑みを零す。
「ふふ。ミロワール君! どうやら私の仲間達の中に、君を助けたい者が大勢いるようだよ! 帰っておいで!!」
まるで迷子の幼子に差し伸べる様に――マリアはそう言った。黒き闇に蝕まれるデモニアはその声を振り払う様に鏡を向け、鏡像を生み出した。
「有象無象がわらわらと、って感じだな? まさに。
ミロワール。いや、シャルロットだったか? ……はっきり分かっちゃいないが、自分の意志じゃどうにもならねえとこまで来ちまってるって事か」
ルカは静かに呟いた。それこそ棺牢(コフィンゲージ)。怨念がその身を蝕んでいるという事か。
マリアが前進する。ミロワールが大技を撃たぬ様にと願う支援と共に、マリアは蹴撃を打ち込んでいく。
(きっとーー積み重ねれば仲間たちが彼女を取り戻してくれる!)
その決意を胸にしたマリアの傍らでルカは小さく笑った。助けを求めるというならば手を差し伸べる――それが『イレギュラーズ』なのだ。
「オーケー。今助けてやる。だけどな、俺ぁちぃとばかし手荒いぜ?
殺しちまうのは不本意だからな。お前さんに『選ばせてやる』」
思う通りに決められるように――邪魔立てするのは彼女に纏わり着いた黒い靄だ。彼女を蝕む呪いを打ち払う様に拳固めたルカが顔を上げれば空は囂々と稲光を発している。
「確かに……確かに。チャンスがきたみたいだけどさぁ……。
何も揃いも揃って突撃して行かなくたっていいでしょお゛!? もっと周りをみ゛でよ゛ぉ! 空すごいよ゛ぉ!?」
身を縮めるような逃夜。ずんずんと進む船を運転する手袋に「待っでぇ!?」と涙を流した逃夜は莫迦ばっかりだぁと泣きながらもミロワールに向けて進む頼々の背を追いかけた。
ハンスと共に天翔ける頼々がゆっくりと黄金の爪先をミロワールへと向ける。慈悲を帯びた一撃を以て、その影を打ち払わんと――頼々は其の儘、ミロワールの許へと飛び込んだ。
「『有り得ざる刃』を以て、貴様の呪いをうち払おうぞ! いざ!」
確かに感じた『打撃』の気配。しかし、それだけでは『まだ遠い』か――
「みんなの、やりたい事は……ぼくが手助けするから……。
思いっきり……いくといいよ。何があっても、絶対無事に連れ帰るもの」
囁くようにニャムリはそう言った。空よりミロワールを見遣る。飛び続けるのは神鳴りを考えるに危険だ。だが、『飛ばなくては彼女に届かない』
乙女心をその胸に宿しコスモは夢見る様にミロワールに向けて聖なる術式を行使する。ニャムリと共にミロワールの前へと躍り出る。鼻先を擽る『死』の香は酷く――そして、喉奥にまで強烈な苛立ちを感じさせる。
「私は回り廻る星々のひとかけら、己のために行動する一介のヒトでしかありません。……ですから、きっと貴女は私を見てはくれません」
それでも、良いのだとコスモは、清廉なる白の少女は囁いた。そのつるりとした美しい白磁の肌はまるでミロワールと相反している。自分は星。その輝きを少しでも映してくれればと、そう、願わずにはいられない。
「それでも構わないと思ったから、ここで戦いたいから――私はここで、貴女と向き合います。きっと、貴女の満足するまで、ですよ?」
囁く彼らの背を追いかける様に、ミミは『衛生兵なのです!』と不思議なバスケットを手にポーション大乱舞。ポーションだって安くはないけれど、そこの所は経費でお願いしますとでも言わんばかりに癒して癒して癒し続ける。
「あの魔種がなんかしてリヴァイアサンを守ってる、そう言う事ですね?
で、皆さんはあの魔種を説得しようとしていると言う事でいいんですかね……!」
その通りだと逃げ腰になりながら逃夜は頷いた。しかし、後ろには依然として強大なる竜種が待ち構えている。そうなれば、怪我をすることは間違いなしなのだと『もふもふ』したバイト長はやる気を漲らせた。
「何にせよ、戦うにせよ、声を掛けるにせよ、相手の攻撃は凌がなきゃいけねーです。ミミもお手伝いしますよ、ファイトなのです!」
静かに頷いたはハンス。空中を『落ち』ながらミロワールに一撃投じた頼々へと手を伸ばし、そしてそれの体を受け止める。
「ふふ、やる気いっぱいだね頼々くん。今は僕が翼になって届けるよ。えへへ、助けになれてね、嬉しいんだ! 君を全身全霊で手助けするし、連れて帰る」
ハンスの言葉に逃夜は覚悟したように呻いた。
「ああもう! 上手く行かなくても僕のせいじゃないよ!」と、言葉は逃げ腰であれど、体はしっかりと前を向く。仲間が頑張っているならば『ビビって退路を失っている』場合ではないのだ。
「ああ!」
空を落ちる様に再度頼々は魔術と格闘織り交ぜた剣戟を以てミロワールへと一撃を叩きつける。
「我を見よ! 我は意思の強さだけは自信があるぞ! 意思で刃出せるぞ!
我を映せ! そして望め! 負けるな! そしてついでにあの角ついてるクソ竜への援護外してくれない? ダメ? ダメでもやってもらわんと困るー。マジで頼むから――戻ってこい!!!」
『クソ竜』と呼ばれしリヴァイアサンより降り注ぐ水泡より戦場の皆を助けるためにミミがポーションを放つ。頼々を確保し、旋回したハンスは小さく笑った。
「安心して全力で、ミロワーーいいや、彼女に思いっきりを何発でもブチかましてくれ!! とっくに覚悟は完了済み。きっと、あの子の呪いを打ち払おう!」
覚悟はすんだ。あとは、殴るだけだと彼らはミロワールを見遣る。
――鏡よ、鏡よ、鏡さん。貴女の名前は、なんですか?
答えない。
ミロワールと呼ばれた鏡の魔種。彼女の本来の名は――
成否
成功
第2章 第6節
「――シャルロット様」
夢見る様に、未散は彼女を、ミロワールをそう呼んだ。彼女の傍らにはヴィクトールが控えている。
「ごきげんよう、なのです。
貴方はこの名前を海の外で呼んで、と仰有いましたが――今、敢えて呼ばせていただきます」
ヴィクトールは確かめる様に彼女を、『シャルロット』と。そう呼んだ。
鏡の魔種としての名前でもなく、自身を納得させ偽る為の愛しいひとの名でもなく。紛れもない彼女の名前を、『戻りたくても戻れない嫉妬に駆られるあの日の』名前を。
「―――」
ミロワールの視線が、未散とヴィクトールを捉えた。鏡面の様に、ミロワールの姿が未散へと変化する。
「波の上で燃えたつ赫の花々も美しゅう御座いましたが、ぼくなら、あなたさまには、白い花を贈りたい……屹度、お似合いでしょうから」
「花?」
「ええ。花を贈りましょう。一緒に、今度は赤薔薇のつぼみではなくもっと相応しい花を。『ビスコッティ』様にも屹度、お似合いですよ」
囁くその言葉と共に、ヴィクトールはミロワールが未散を映しこんだ様を見る。そして、その姿は闇へと戻る。その鏡にはまたも悍ましき影が映り込んだか。
困ったように笑う彼女の笑みなど見たくはないと『青い鳥の成り損ない』は微笑んだ。
「目を伏せないで、大口を開けて前を向いて心から笑って欲しい」と――
「ボクに足りない、彼女まで届く『腕』は――お任せしてもいいでしょうか? チル様」
囁く声に、まるで歌う様に未散は頷いた。手を繋いでくるくると、踊る様に小鳥は笑う。
「ええ、ええ! 任されましたとも。――何処までも強欲に欲しましょう、また、三人で手を繋ぐ事が出来る様に!」
その掌はどれ程まで遠く感じたか。ミーナは唇を噛んだ。
約束を違えるわけには行かなかった。降り注ぐ水泡が自身の身を苛もうとも、ミーナは天を駆け続ける。
「……シャルロット、あくまでも私と戦うってんなら、それでもいい。
ビスコッティに花を供えるんだろ! 思い出せ、私との約束を!」
死神は、役を句を違えやしないと声を張る。ミロワールのその身より呪いを剥がすが為、放つ雷撃。己の防御力を破壊力へと変えた無双のその姿勢の儘、希望の剣は蒼く未来を映しこむ。
サクラはミロワールが未散を映しこんだそれをしっかりとその双眸で捉えていた。それはデモニアの『性質変化』が少しでも作用した証拠ではあるまいか。
鏡の世界で彼女と出会った時、ミロワールを斬ることを決意した。それは、サクラの――否、天義が騎士『ロウライト』としての正しい行いだった。その心に変化はない、だが、もしもミロワールが手を取り合いたいと、そう望むのならば。
自己満足かもしれない。最後は斬り捨てる事になるやもしれない。だが、彼女が自身の意志で道を示してくれる事を願わずにはいられないのだ。
「いくよミロワール。サクラ・ロウライト、推して参る!」
堂々と名乗り上げ、前線へと飛び込んだ。美しきは氷の刀技。兄の持ち得たその技術さえ己のものとするが為、糾う『不正義』の反発を抑え込むように聖剣を振るう。
「しっかりしなさいミロワール! 貴方自身を誰かに委ねてどうするの!」
ミロワールに纏わり着いた呪いを切り裂くように、『禍斬』は六花を咲かせ続ける。
「ミロワール。僕は、貴方に何があったのかは知らないの。だけどそれでも聞こえてしまったのよね――耳奥に響いたあなたの約束を」
トモエはゆっくりと、目を閉じる。旅の始まりは、何時だって偶然だ。その合図が彼女の足を動かした。惡を断ずるエイゼルシュタインの乙女はその拳を固めて囁いた。
「貴方は、多分、もう戻れない日々を、恋焦がれているのかな。
滅びに向かうその身体で、悪に侵されたその身体で、
……辿れる道はもうひとつしかないのに。酷い悲劇ね」
美しくも気高いのは誰かを思うという心。それは気高いからこそ――優しい終わりが訪れて欲しいと願わずにはいられない。
トモエは『天罰法式』に従うが如く、鋭い蹴撃を繰り出した。
イレギュラーズ達を支えるは『聖域』を作り出す魔女。煌めきの羽ペンが描いたは女神エウメニデスの魔法陣。罪には罰を、罰には愛を。慈悲深き女神にゆだねるが如くリーゼロッテの降らせる白雷は美しくも悍ましい。
「かくて哀れな魔種は奇跡を起こした英雄達の手で討たれ、
死の呪いが晴れた『絶望』、いえ、希望の青に眠ることになった――と」
魔女の語る唇は止まらない。そんな物語にはバツ印をつけてやるわと言わんばかりに彼女は大仰に首を振った。
「……いえ、いーえ! そんなつまらない結末はわたしの魔女魂が無しと言ってるわ!
ええい、寝坊助め! 起きるまで叩き続けてあげるのよ! セイラの呪いも取っ払ってあげるんだから!」
リーゼロッテは憤慨したようにミロワールをじろりと睨む。嗚呼、なんて――なんて『魔女の心を揺さぶる』のかしら!
「ねえ、帰るのもビスコッティの許に行くのも、他ならぬ貴女自身の願いでしょ!?
わたしの仲間だって奇跡を起こして『かみさま』を何とかするために頑張ってるんだから! 貴女も――自分で奇跡を起こして願い叶える位の根性、みせてみなさいよ!」
成否
成功
第2章 第7節
「セイレーン! セイラ・フレーズ・バニーユ!」
ミロワールに纏わり着いた悍ましき呪いに、爛れ熟れた情念にカンベエは叫ぶ。
美しき歌声は闇に転じて腐れ落ちた。愛しい人に歌ったラブソングさえ――今は、毒が如き怨念になり果てたか。
「それほどまでの情念をなぜ……!」
それ程迄に『この海』は人を狂わせるか。冠位に近ければ近い程、その情念が腐れ落ちる。
「……ミロワール! お前が映すべきものは亡くなった過去か! 叶わぬ夢か!」
子をあやす事は特異ではないとカンベエは声を張る。鬼だと言われようとも、言って聞かぬならば分かるまで言い聞かせ、喚くというならば、曳いてゆく。
影を振り払う様に、幾度もカンベエは『シャルロット』を呼び続けた。
「誰もがお前を待っている! ミロワールでもビスコッティでもない!
お前自身を! 目を開けろ! 数多の救い手にお前自身が手を伸ばせ!」
影が――『駄々っ子』の様に伸びてくる。その影こそが深き深淵。ウォリアは嘆く声、驕る声、焦る声、妬く声、そして、刹那を謳った声を聞き鏡像を相手取る。
「黙示録の騎士を真似るとは……否、あえて言うまい」
絶対威力の大戦斧を振り回す。終焉の騎士は如何なる傷も恐れぬと鏡像を打ち払う。
「二度目……否、先の出会いでは覚えていないか。
あの時、オレの焔を『きれい』とオマエは言った」
その烈火の如き怒りの焔を、そう称するデモニアが目覚めたいと言うならば、その罪ごと、命を掬い上げんと騎士は堂々と言葉にする。
黒き靄が揺れ動く。魔種に見られた変化であろうか。それは、ウィートラントにも分からない。
「ひとつ、ミロワール様に確認したい事が……わっち、誰かに呼ばれた気がいたしんしたが。あなたが?」
そうだ。魔種ミロワールは鏡の魔種。それ故に『相手の心に深く声をかけてくる』。面識もない自分に、どうしてと問いかけるウィートラントにデモニアはくすくすと笑い、その姿を形作る。
「あなたが――イレギュラーズーーだから――でしょう?」
それは、『セイラ・フレーズ・バニーユ』の為にイレギュラーズを殺すという強き意志が反映されているという事か。
「ミロワール、待ってるわよ、その時たっぷりと熱い抱擁をプレゼントしてアゲル?」
ぺろ、と舌を見せる。熟れた唇をなぞった其れは恍惚の色を乗せ、うっとりとした利香の視線をより蠱惑的に見せた。ミロワールに纏わりついている鬱陶しい怨霊を叩き潰してやりたいと願えども『魔族(ゆめのいきもの)』に聖なる哉とは都合はよくはない。
「ま、私はお得意のアレよね」
利香の視線の先には『水竜』によりその命を救われた小さな少女の姿がある。
「おまたせ、でおくれちゃったけど……ここから、だよ! ……ってなんかそっくりなのがいる!?」
驚愕に目を瞬かせた小さな少女へと利香は「リリーちゃん!」と声をかけた。どうせならば、彼女も『彼』の傍に、と願えども適材適所という者もある。緋色の翼は天を駆け、強大なる竜を戦う事だろう。
小さな少女を守るが為に『鏡像』を打倒しましょうと囁くその声にリリーは大きく頷いた。彼女が守ってくれるという安心感がその心に安定を生み出した――鏡像は、リリーのいう『そっくりなの』は未だ数を増やし続ける。打倒せどもミロワールが存在する限り生み出されるか。
「さ、『悪戯好きな真似っこ』を倒しましょう!」
「うん! ……がんばろう!」
鏡像を打倒し、そして、踊るミルヴィは絡みつく様な剣舞を魅せた。波照間でダンスを交えるは一夜の恋。情欲滾らせるその視線がちらりと揺れ動けば、黄昏の刃が煌めき続ける。
「――助けるとか、救うとかじゃない」
煩いセイラ・フレーズ・バニーユの聲。掻き消す様に、美しい海を、懐かしい海を、讃えるべき大海を謳い続ける。
「罪は消えない、悲しみも消えない、別の誰かになっても変わらない。
だから、一緒に行こう――貴方が貴方であるために」
黎明の名をその名に関して。聖なる哉と剣を振るう。踊るミルヴィの方羽を奔るサンディは嵐の海を切り裂くと『言い伝え』られるその弓で天を穿つが如く魔力を打ち出した。嵐の海がどうしたという、それこそ『ストームライダー』の見せ所。
「なぁ、ミロワール。別に、いくら悩んだっていい。『その時幸せだったこと』の全部を否定する必要もねー」
息を飲む、音がする。ミルヴィが、サンディが顔を上げる。
――いらっしゃい。ミロワール。うんとお話いたしましょう。
少女の心の中に浮かび上がったは『何時かの日の思い出』
「ただ。風は流れてる。世界は変わってる。今、外に出てみても、面白いと思うぜ」
その心は囚われる。捉えて離さぬは死人だというのだから『難儀』なものだとルーキスはため息を吐いた。背中に刻むはグリムゲルデの魔術刻印。『旧き蛇』の林檎に描かれた魔術所においてまで、愛だ恋だと口にするものはいるのだから。
「仕方がないのだろうけれどね、私とルナが出来るのは手助けのみ。
未だずるずると過去に縛られるのか、いっそ振り切るのか、結局先を決めるのはキミ自身だよ」
るーきすの背を見つめ、深く溜息を漏らしたはルナール。最終結果が死なら一人で死ねと割り切る事も出来る。何せ相手はデモニアだ。『過去、デモニアから戻った者』は存在していないのだから。どう足掻こうともその結果は変わらないのではとさえ、ルナールは思わずにはいられない。
「だが……見知った奴の頼みだし、何よりうちの可愛い嫁がご立腹だ。手伝い位はしてやるさ」
ルナールが支えるはルーキスの『荒療治』
苛立ちを胸に呪いを振り払わんとするルーキスは荒療治にも程があるとルナールをうならせるほどの勢いでミロワールに攻撃を叩き続ける。
「うだうだうだうだと喧しい、過去を裏切ったのはキミの意思でしょうに」
「怒っているかい?」
「怒ってるかと言われればそうだろうね。後ろ向きまっしぐらの小根ごと叩き直す。この手の手合いは多少の荒療治でもしないとね!!」
嗚呼――『可愛い嫁』がそう言うのだから仕方がない。
るーきすは何よりも嫌いなのだ。いつまでも過去によって引きずって、周りを見ずに泣き続ける『馬鹿者』を!
「ああ、ミロワール。此処にミルヴィがいてくれてよかったな?
俺だけならとうにお前を捨て置いて居るだろうさ」
蠢く闇よりルーキスが感じ取るは哀しみか。分離したように現れた鏡像を攻撃するリリーを守るように利香が立ち回る。
「本当に『しつこい』わね!?」
利香の言葉を聞きながらカンベエはそれ程までにセイレーンの怨念が強いかと呻いた。
ミロワールはセイラの鏡だった。
だからこそ、彼女を受け入れる『器』であったのだろうか。
「もう、終わりにしろ。セイラ・フレーズ・バニーユにばかり甘えているな!」
カンベエが呼んだセイラの名前。
「――セイ、ラ」
ミロワールの呟きが落ちる。まるで、涙の様に。そのひとの名を呼んで。
成否
成功
第2章 第8節
セイラ。その言葉にノースポールはつきりと胸が痛んだ気さえした。
ノースポールとルチアーノにとって『セイラ・フレーズ・バニーユ』は倒すべき存在だった。魔種セイレーンは人を苦しめることを厭わず、海洋政権の中枢にまで潜り込もうとしていたのだから。
「――シャルロットにとっては大切な人、だったんだね」
ノースポールは唇を震わせた。ミロワールは自身の行いで『セイラを傷つけた』と感じたのだろう。だから、身を呈して彼女の怨念を受け入れた。
「……そうだね、シャルロット。セイラは哀しかったと思う。違う道があったかもしれない。
でも……私は、これで良かったと思う。彼女はこの海から解放されて、自由になったんだよ」
「自由――」
呟く。セイラ・フレーズ・バニーユの怨念の中で、少女は小さく、小さく呟いた。
「もう誰かを呪う事もなくなった。自由に飛べる翼を手に入れたんだよ。
セイラとリーデルがいなくなっても、貴女は1人じゃない! 私達や沢山のイレギュラーズが最期まで傍にいる!」
ノースポールの手を取って、ルチアーノは「シャルロットのおかげなんだ」と声を震わせた。
「心を縛られるのは、とても辛い事なんだ。自由があってこそ、魂は救われる。
……それは君も同じだよ、シャルロット。
君にも自由になってほしい――僕達は、そのためにここに来たんだよ」
ルチアーノはシャルロットがシャルロットとして戻ってこれるようにと祈るように攻撃を続けていく。
一人ぼっちじゃないと、その言葉はどれ程、救いであり、そして『恐ろしい』のだろうか。
迫り来る鏡像へと星を占う様に、リウィルディアは二頭の悪性を折って蒼を食み銀を飲む。自身の姿をした『鏡像』は楽し気な笑みを浮かべているだけだ。
「これがミロワールの鏡像……以前聞いたのはもっと気分の悪いものだったみたいだけど、そうでもないようだね?」
「今は、数を出す事に精いっぱいなのかもしれないわね……」
セリアのその言葉にリウィルディアは成程、と小さく呟いた。
自身はミロワールと何の縁もゆかりもない。だが、それでも為せることを願わずにいられない。
『あの日』、その手を振り払ったセリアにとってもそれは同じだった。一度、受け入れる事を拒んだ自身であれど、ミロワールの身の上に何かを思わぬわけではない。
「一度見放したわたしが言うのも筋違いだと思うけど。
……世の中にはあなたと同じように救われる資格はあるのに、誰も助けてくれない人はいくらでもいるのよ」
地獄のような世界で過ごす者だっている。泥を啜りながら生きる子供、戦でその体を失った者。救いを求め神に祈る者達。しかし、こうして『手を差し伸べてくれる人がいない』事だってあるのだ。
「それなのにこんなにたくさんのイレギュラーズがあなた一人を救おうと集まってる。だから、ちょっとくらいは人の話に耳を傾けなさい!」
闇がその身より広がった。それが破滅の歌声の響きである事に気付き、ロトは「策がある」とミロワールの許へと飛び込んだ。
薔薇は散った、ならば、『噂のミロワール』の『鏡面世界』さえ何とかすればリヴァイアサンに攻撃を届けることが出来る筈なのだ。
「ミロワールが戦場に居るならば、彼女を気絶させればいいんだ! 滅海竜はミロワールには構わないだろうし!」
精霊たちにこれ以上は危ないから無理しないでとロトは走る。仲間たちを勇気づけるその声に重なる様に破滅の歌声がロトの体を蝕んだ。
その力がセイラのものであったことくらいイグナートは気づいている。『歌う事』で一人きりではないだなんて――そんな『下らない理由に縋っている』彼女はセイラと言う言葉に激しく揺さぶられていた。
「一人の力じゃ届かなくてもミンナの力を合わせれば滅びの運命だって変えられる! ミロワール、キミもだ!」
現に――彼女を捕らえる『セイラ・フレーズ・バニーユの怨念』は揺らいでいる。
イグナートは依頼されたならば誰の頼みであっても受けると口にした。だから、ミロワールの願いをかなえてやりたいとそう感じている。
正面から真っ直ぐに拳を繰り出した。
自分が望んでいるというのに、目を逸らすなんてもったいない。素直に言葉にできない儘、後悔を積み重ねるなんて――
イグナートははっと顔を上げる。
「セイラ・フレーズ・バニーユにナニを言いたいんだ?」
揺らぐ。その怨念から『シャルロット』の声が響く。
――ごめんなさい、セイラ。
成否
成功
状態異常
第2章 第9節
――シャル。おいで。
手を伸ばして笑いかけてくれたのは信天翁の因子をその体に宿した歌姫であった。
優しく微笑みかけてくれる彼女は、海洋の社交界でも評判の楽師であったらしい。
庶民でありながら、その美しさと歌声でバニーユ男爵の求婚を受け、貴族となった彼女の話を聞いた時、シャルロットはおとぎ話のお姫様のようだとうっとりとしたものだ。
その話を聞いているのが昏い深海でなければ。
その話を聞いているときに彼女たちが魔種でなければ。
在り来たりな日常の一コマであったはずなのだ。
「ねえ、セイラはこんな場所で一人きり、寂しくないのかしら?
わたしはとっても妬ましいわ。――だって、『わたしを愛する人』なんていないのに、陸の上には愛し合う人たちがいるんですもの」
「ふふ。シャルロットは莫迦ですね。
私は此処で狂王種(かわいいこ)と過ごしているのですから……ええ、寂しくなんてないですよ。
勿論、貴女――シャルロットもいるのですから」
頬を撫でてくれる彼女の愛情にシャルロットはうっとりと微笑んだ。
彼女の様な姉がいれば、自分も『妹』を殺さずに済んだのだろうかと、その時は思った。
何時からか、彼女は変貌した。
嫉妬の海に狂い、そして陸へと訪れては陸(おか)を恨んだ。
人魚姫は王子の胸にナイフを突き立てる機会を狙っていたのかもしれない。
「セイラ……?」
「シャル――いいえ、ミロワール。行きましょう。
あの方は『この場所』を荒らすものにご立腹ですよ。私達が、斃さねば」
――ええ、セイラ。
わたしも、とっても憎らしかったの。
あの人たちは希望だとか愛だとか簡単に口にするんだもの。
わたしにもセイラにも、そんな未来なんて、なかったのにね?――
影が、揺らめく。
セイラが『守るよう』に包んでいた狂気の影闇が。
――セイラ、どこに行くの?
いや、わたしを一人にしないで――
薄ら、と視界が開けた気がした。
「セイラ」と口にした言葉は涙の様に落ちていく。
囂と音を立てる雨と濤声の中、誰かの声が、聞こえてくる気がした。
第2章 第10節
「さあ! 我ら騎兵隊が、この戦いを終わらせに来たぞ!!」
堂々たるはウィズィの一声。流星描くはラ・ピュセル、魔力に揺れる紋章は彼女たちの大舞台を顕した。イーリン・ジョーンズはアメジストの髪を吹き荒れる濤に揺らす。光の尾を引く瞳は凛とその輝きを放った。
「穿つわ、只人であるからこそ――!」
イーリンがそう言うならばウィズィは笑って賛同する。これが大舞台、これが『騎兵隊』の戦いだ。
一筋でも見えた光明に、掲げる旗に集う仲間たち。旗頭が戦場に立つなれば意気揚々と繰り出さずに入られぬと武器商人は小さく笑う。
嗚呼、楽しいと唇に乗せた響きに合わせ『忌鎌』も笑っている気さえする。武器商人の傍らに存在するそれは『実に愉快だ』と笑っているかの如く淡い光を帯びた。
「……アア、そうだね。実に楽しくなってきた、やはりニンゲンは素敵だね」
ブルーゾイサイトが散りばめられた魔導書を抱きしめて、ココロは自身の心の中に目映えし感情を抑え込むように壁を作る。目標たる大医術士になる為にはこうした死地を乗り越える必要がある事を彼女は良く知っている。自身の医術を駆使した中で誰かの命を失わぬ様に、彼女は気丈にも眼前のリヴァイアサンを見上げた。
「どうして人質開放されてすぐなのに戦闘漬けの時間が続くんですか……
どうして……人使いが荒い師匠だ、まったく……」
大きなため息を吐きながら、桜色の刀身を強大なる竜へと向けたリアナルは自身の頬が上がっている感覚を感じた。
敵を目前としての自身のその表情はリアナルにとっても『想定の外』であったのだろうが――悪くはない。
「あら、良いじゃない」
「……まあ、そうですね」
イーリンの軽い返事にリアナルは小さく返す。昂るのは誰もが同じ、『伝説の1頁』に己の名を残せるというならばどれ程までに喜ばしいか!
「力不足は百も承知だけれどもね、だからといって退がるべき所じゃないからね此処は。
逃げるなら今の内だとか尻尾巻いて逃げるのも癪でしょう?」
メリッカを力づけるは淡いスプリング・ノートの魔力。その背には空翔けるが為の翼を。そして、彼女は見上げる。
竜。滅海の神子。絶望の名を体現するその存在。
「期待の……って言うにはあまりにも力不足だけれども。
末席なりに、騎兵隊の名に恥じない闘いをしないとね」
メリッカが俯いた。その身の内の魔力を開放する様に息を吐く。
舞う様に流星のドレスが躍る。果てを薙ぐが為にイーリンが放つは輝かんばかりのルシファー。血色に染まったその瞳に蒼く陶器の様なその白魚の指先が魔力を躍らせる。
振り抜く渾身の一撃がリヴァイアサンへと飛び込むその刹那に合わせ、獰猛なる獣の瞳が夢を駆ける。
「目を醒ませ、私の獣……!」
一条の嚆矢に乗せたは、未来への希望。金の毛並みを揺らした獅子の如くその両手いっぱいに抱える者を大切に抱きしめてウィズィは降り注いだ水泡よりココロを庇う。
「ッ――!」
突き進むことを厭わない。
ウィズィが滑り込みその体いっぱいに受け止めた水泡が蝕む毒素を抜くようにココロは祈る。
一人でいると減っていき、二人だったら育めて、皆といれば貰えるもの。それが此処にはあるから。
「あの人をなんとかしないと終わるものも終わらないからちょっと耐えてて!」
ココロが見遣るはミロワール。リアナルはリヴァイアサンへ放つ一撃が『鏡面世界』により半減している事を確かに感じ取る。
(確かに――『ミロワール』をどうにかしなくては……?
ああ、けれど、一撃でも多くを届けさせることは悪くはないでしょう……!)
歯を食い縛る。攻撃放ったリアナルに合わせるはメリッカ。破壊的な勢いで飛び込んで行く魔砲はその鱗へと僅かに傷をつける。
武器商人は自身のその身を守るように二つの障壁を身に着けた。破魔と魔力の障壁の中、海嘯の中を行く。
オオオオ――――!
濤声は悍ましい獣の声の様に鼓膜へと突き刺さる。嗚呼、その感覚さえ愉快そのもの――ヒトは『これ程までに強大な神を殺すとでもいうのか』
銀の髪を揺らす武器商人の周りに漂うは悍ましき気配。ソレの存在を認めてはならぬと本能的に危機を植え付ける呼び声を響かせ続ける。
此処まで来て、敗退しましたなんぞ口が裂けても言えるわけがない!
何故ならば、彼女たちは『騎兵隊』。堂々と叫ぶように声を張る。
「盛大に騎兵隊の名前を使うわよ。後から恥ずかしくなるくらいに!」
英雄譚に刻み付けるが如く。この絶望の海に希望の光を一条奔らせるのだ。
成否
成功
第2章 第11節
「好機到来、一転攻勢じゃ!」
フーリエはにい、と小さく笑った。近海の主が力を貸してくれるというならば、竜には竜を、場は整ったと超☆宇宙魔王は堂々たる宣言を一つ。
未だ妨害を行っている『魔種』――その能力たる鏡面世界は棺牢(コフィンゲージ)のせいで協力になっているか――に関しては他のものが手を差し伸べるだろうと偽典聖杯を掲げて見せる。
「余はとにかく、かの海竜に一矢でも二矢でも百矢でも報いてやるためにあらん限りの全力で攻撃を浴びせ続けるのみじゃ!」
自身の肉体を再生するは己が魔力。防戦ならば一歩上手、自己再生ならば任せてくれたまえと要塞が如き堅牢さで前へ前へと進み往く。
魔王オーラを掌より打ち出せば、しゅん、と音を立て『屈折』したように見えるは鏡面世界か。だが、しかし、先ほどと比べたならば――!
「千載一遇の好機到来とみた! 全力全快、魔力尽き果てるまでとことんぶち込みまくったるのじゃ覚悟せい、滅海竜!!!」
「ええ。塵も積もれば山となる。涓滴岩を穿つとも言いますし……
少しでもダメージを蓄積させなくてはなりません。チャンスを見つけたならば切り伏せる。逃している場合ではないでしょう」
目を伏せる。柳が如く靭やかに受け流す防御技術を駆使しては雪村の淑女はするりと竜の前へと躍り出る。
一瞬の隙より流れるような所作で繰り出すは無月。四季折々の風景を体現するが如く、その華奢な体より繰り出されるは美麗なる足捌き。
空より降る神鳴りにその体を撃たれようとも美しく優雅たれと身を躍らせる沙月の肩へと蝶々が口付けた。
風に嘯き月を弄ぶ。光を纏う真紅の蝶と舞い踊る戦の花。蜻蛉は目を伏せる。
「神様とやり合うて勝てるやなんて思てもないけど…
うちは人やない妖、それがどういう事か、重々承知」
猫又は神と言う存在を理解している。それ故に、不安を擁き続けているのだ。
「せやけど……うちかて、大事な人をみすみす死なせるわけにもいかんのよ」
美しい薔薇を腕に抱いた女、その背を負う様に深海を泳いだ『あの人』。彼は『彼女と過ごした国を守るべく』きっと歩を進めるのだ。それを思えば尾を巻いて逃げている場合でもないと蜻蛉は喉をころころ鳴らす。
「今は、丁度好機が巡って来たみたいやし……
ただ、見てるだけ言うのも、京の太夫の名が廃る。惚れた男は守り抜く、腹は括った」
傍に居たい。
その、傍に。
そう願ったならば、守り切らねば『願いが叶う筈もない』!
癒す蝶々と踊る影層の傍より高い機動力活かして飛び込むパティリアは自身の姿をその眼に映さぬというならば『ニンジャ的』ではないかと小さく笑う。
「気付かせぬようにジワジワと削って行く。ニンジャ的にも本懐でござるな!」
見えぬものまで貫き砕くとされる対神秘兵装は自身の腕によく馴染む。
鏡面世界によい威力が半減と言われようとも強みを生かして走る事こそが必至なのだとパティリアは打ち続ける。
その体を宙に踊らせて、パティリアは跳ね上がる。リヴァイアサンの脚がずしりと重く音を立てた事に気付き、船から船を乗り越えた。
背を向けた小舟は無人、だがしかし、そこに堕ちた脚は無惨にも船を昏き底と誘い往く。
「ふむ……ここからが本番というわけか。上等だ」
唇を釣り上げて、こるぃんは小さく笑う。撃ち続ければ攻撃の『有効箇所』を見極める事も出来る。『鏡面世界』で攻撃が半減しようとも、『ミロワールの対処が終わったならば』その情報は無駄にはならない。
「あそこは駄目か。じゃあ次だ」
「手伝うよ」
シルヴェストルは頷いた。ミロワールの行く末がどうなるかも全てこの場のイレギュラーズに任せる。結果がどうなろうとも、巨竜にダメージを蓄積させた方が楽になる。
「――此処で、攻撃を続けた方が楽になる。つまりは、道は整えておく、という事だよ」
小さく笑う。霊力を伴った言霊は蝙蝠を生み出した。己の影より生み出される従僕は爪牙でリヴァイアサンの鱗へと傷を刻み付ける。
その傷がどれ程些細であれど、『鱗についた傷』を見極めてチャンスをより大きくするのだと告げるコルウィンにシルヴェストルは頷いた。
緊張しない訳ではない。波濤の盾を握りしめてアッシュは唇を震わせた。
「此の巨体を崩す術を得られたと云うのなら……。
――其の鍵がひとりひとりの奮戦で得られると云うのなら……私も、休んでいるわけには」
個々人だけではあの巨竜を倒すことなど無理だ。其れこそ神話の英雄など存在しなくてはならない――だが、『神話の英雄は多ければ多い程』道を切り開けるはずなのだ。
屹度、力添えは出来る。
一寸、驚く位の全力を出すだけだ。
牙を突き立てるは、巨竜のその懐。重なる仲間の攻撃を見極めてアッシュは息を吐いた。
ひとつひとつの力は小さく、僅かな流れしか生み出せないものであっても――其れを積み重ねれば。束ねることが出来たなら。
「定められた運命を変え、困難をも打砕く濁流となれる筈……」
「そうやね。運命を捻じ曲げるのは神様やなくて、『人間』かも、しれんのやから」
囁く妖の尾が揺れる。人が未来を変えるというならば、どれ程愉快であろうかとフーリエがからりと笑う。
何と、何と愉快であろうか。滅海竜とて『そんな未来を予想していない』!
ならば、『予想外の未来』を与えてやらんと魔王オーラが打ち出される。
成否
成功
第2章 第12節
リーデル・コールのその心を取り戻すことが出来たのだと縁は小さく息を吐く。
「さあ――反撃開始だ、でっかいの」
滅海竜リヴァイアサン。その気を引くべく水中をぐん、と泳ぐ。巨大な図体にどれだけの効果が在るかは計り知れぬが、『やらないよりマシ』だと縁は昏い海の底より天を仰ぐ。
落ちる影はのっぺりと視界を覆い尽くす絶望か。だから――諦めるのか?
縁は小さく笑った。
ある日、神託は言った。この世界は滅びるそうです。
どうせすべてが無になるなら、最初から努力などせず諦め傍観者である方がマシだ、なんて。そんな事を言って居た『物臭野郎(かつてのじぶん)』を笑い飛ばす。
(なあ、莫迦だな。22年間間違いっぱなしだ。
――無駄にさせねぇために足掻く、それだけのことだったのに)
刻み込む様に。一撃の赤に二撃目の黒。そして、逆さなるは軽量化したチェーンソー。
茨をその身に纏わり付かせ愛無は囁いた。
そうだ、ミロワール。鏡の魔種。彼女の事が気にならないわけではない。だが、有効打など持たぬと自称する愛無は『脅威』を優先した。
廃滅の病が蝕む左の脚。『鱗の欠けたその部分』はひょっともせずとも僅かにでも『廃滅病』が進行しているのではあるまいか――?
ぐん、と脚が動く。濤声が響き渡り、動いたその脚が愛無の体を蹴り飛ばす。だが、見えた。その脚に確かに鱗の薄い部分がある。
(成程。相手も潮目の変化を理解している、か。此処からが本番だ)
唇から溢れる鮮血を拭う愛無へともたらされるは大いなる天の使いの救済。大天使の祝福を与えるマルクは記憶の扉を抉じ開ける様にその先に魔力を灯らせた。
「状況は変わったみたいだけど、攻め続けなきゃいけないというのは変わらないね」
岩を穿つ雫となる固めに。悪意を攻撃に変えるその術に乗せるは決して不埒な思いではない。明日(みらい)を目指したイレギュラーズの確固たる意志。その意志を届けんとするマルクの傍らで、ユゥリアリアは氷を生み出した。
道往く者たちへ祝福を。
歩を進める者に幸あれ、進み往くその先に目指す未来があらんことを。
願う様に、ユゥリアリアが組み合わせた指先は鋭き死を彷彿とさせる氷をリヴァイアサンへと放った。
「此処に至って言葉はもはや無粋。
わたくしは決めました。その結果として未練はあれど、後悔はありません。
貴方はどう決めたいですか? ――答えなさい、鏡の奥に秘した答えを」
ミロワールへと視線を送る。それ以上の言葉は無粋。リヴァイアサンへ向かうもの、ミロワールへ向かうもの。そのどちらをもユゥリアリアは英雄を送り出す様に号令をかけ続ける。
「オッケー。こんな所だな。行けるか?行けるなら気合入れて行ってきな!」
に、と唇に笑みを乗せたヨシトは仲間たちへと癒しを送り続けた。自身の力が少しでも保てるように、彼は弁当も持参した。
仲間を守る者、そして、攻撃を届ける者。そのどちらもが戦場で長く戦い続けるために。
自身の中に満ちた調和は賦活の力へと変換されていく。スレイ・ベガ――妖精と共に存在する『境界』を揺蕩う彼は精霊たちの声を聞く。
「ああ、次はそっちだな……!」
走る。その背を追いかけてゴリョウは飛び込んできた鏡像を受け止め堂々嗤う。片手用大型ガントンファーで気様に鏡像へと反撃し、にいと笑ったその顔は何時もの『食堂』での微笑と大差はない。
「はははっ、味方陣が攻撃にしろ説得するにしろ……まずは場を整えることが重要だ。
というわけで俺ぁ、ミロワールやリヴァイアサンから味方に向かう攻撃を受け持つぜ」
ミロワールから生み出される鏡像は彼女が戦意を喪失しない限りは無尽蔵だというならば。肉の壁となってでもその動きを阻害する。底力を発揮する様にゴリョウは前へ、叫んだ。
「さぁ周りは気にせずやりてぇことを存分にやってきな! 後悔しねぇようにな!」
やらなくてはならないことある。どれだけ大きな仕事であれど、やり方は変わる事はない。
細かく作業を切り分ける。ひとつ、ひとつ、潰していく。
薔薇は枯れた。竜まではまだもう少し。息を整えたラダは身の丈サイズの血管ライフルをそっと構えた。
他人の不幸は蜜の味――欠けた信頼性に寄せてか、それとも、憐れな的への嘲笑かは分からぬが、それを握り鋼の驟雨を浴びせ続ける。
「そも、もう一人の自分だなんて悪夢じゃないか。この世に私は私だけ。それでいい。
それとも双子に生まれていれば、それを幸福と思うのか。身を蝕むほどに」
ミロワールは二人で、一つだった。
自身の愛しい妹は光の色を得た少女だったそうだ。黒き彼女とは相対するビスコッティ。
光と闇に分かたれた彼女たちは自身の身を蝕むほどに会い方を愛していたとでもいうのか。
ラダのその言葉を聞いてイリスはどうなのだろうと頭を振った。流麗なりしアトラクトステウスのガノイン鱗。その身に宿した美しき鱗に光を反射してミロワールに向かうものを支え続ける。
呪いは厳然としてここにあり、神威は暴威として牙をむくけれど。
――それでも、と願った。
願わずには、いられなかった。
この先に進むためにも、その声を届けるためにも、支えなくてはならない。
ミロワールへ向かうものを苛む禍より解き放つ。リヴァイアサンの攻撃より前線を支えて――そして、越えるが為。
ゴリョウがその身を張る。その背後より癒すヨシトの声が掛かった。
(諦められない――!)
ミロワールを説得する仲間たちが後悔せぬ様にとゴリョウは笑った。
言葉などもはや不要でしょと自身の事を示したユゥリアリアが居た。
リヴァイアサンと言う脅威に向けて攻撃を重ねる縁と愛無の姿があった。
マルクは彼らを支える様に自身の中の決意を不可視の刃と変えた。
囂々と音立てる荒波のその合間から、リヴァイアサンの鱗が光を反射する。
白光が海へと落ちて広がっていく。その輝きは神の怒りの様にも見えて、イリスは息を飲んだ。
「ミロワール」
ユゥリアリアが呼んだその声に、デモニアはゆっくりと、顔を上げる。
成否
成功
状態異常
第2章 第13節
ミロワール。黒きデモニアへと視線をやってからジェイクは『鏡面世界』による『バリアー』を体感していた。だが――光明は差した!
「さあ、反撃の狼煙を上げるぞ!」
カイトの呼んだPPP(きせき)、その結果で作り出された好機を失わぬ様に。
ジェイクは空を進む海鳥と連携しリヴァイアサンをじっくりと観察し続ける。
(折角『水竜』が作った好機――リヴァイアサンへの有効打をより多く得て居たい)
強力なる脚の攻撃をわざと受けた愛無によって『鱗が薄い部分がある』という事は聞いていた。だが、それは決死の行動を伴う。僅かな傷痕でもいい仲間たちが刻んだそれを見極められばと目を凝らすジェイクの傍らよりフローリカが飛び出した。
「成程。ミロワールがいる限り、リヴァイアサンには有効打を与え辛い、か……」
まずはそちらからか、と光の刃を翻る。ハルバードは命を屠る為に振るうものではあるが『傭兵』たるフローリカは『依頼主の希望にそぐう事はしない』。
ミロワールの靄が霞み続けている事はフローリカの眼でもベークの眼でも明らかであった。
不意の攻勢に備えて自身障壁を展開していたベークはリヴァイアサンやミロワールと戦う者たちを支援するべく、魔性の黙示録を伴い破壊の『可能性』を付与し続ける。自身の命を犠牲にしようとも仲間たちを大きく強化するべく破魔の術式を展開していく。
「支援しますよ。ミロワールを倒さねばリヴァイアサンに対して効率的に戦えないのでしょう」
「ああ。皆がやってくれるはずだ。それまで戦線を持たせねばな」
ベークの言葉に頷くジェイク。フローリカは『ミロワールの対処を急がねばならない』というオーダーを胸に、静かに息を吐いた。
「ミロワール」
その名を呼ぶ。黒き少女を包み込む悍ましき呪いは『彼女を守るよう』にイレギュラーズへと一打投じる。
「私は新参なのでね、お前とイレギュラーズの間で何があったのか、詳しくはないが……それでも、お前を気にかけてるヤツが大勢いるのはわかるさ」
振り仰ぐ。その背後ではにんまりと微笑んだセララが立っている。その手には美しき聖剣ラグナロク。救世の剣を手にした彼女はミロワールの名を呼んだ。
「ボクはね、魔種であっても助ける人なら助けてあげたいんだ。
だけど今、ボクは『ミロワールが困っているから』助けたいんじゃないよ。勿論、友達(なかま)がそうしたいって言ってるのもあるかもしれないんだけど……ううん、それ以上かな。
ボクはそこにいるのが『ミロワールだから助けたい』んだ。話をして遊んだらもう友達だからね!」
クルーズドルフィンを伴い、セララは前へ前へと進んでいく。ドーナツを一瞬で口に含んだ聖剣騎士団団長はにんまりと笑みを浮かべた。
「ミロワール! ボク達はキミを助けたい! だから、キミのほうからも手を伸ばして!」 邪魔な呪いはボク達が切り払う! フォトンセララソード!」
その一閃が『黒き靄』を切り裂いた。
すれ違う様に、その長い髪に魔力を貯めたエルシアはゆっくりとドレスを持ち上げ一礼する。
「魔種ミロワール……有難うございます。
これで『私に似た何者か』と対峙する勇気が沸きました感謝の代わりに……貴女が苦しみから逃れられるよう、お手伝いしましょう」
ミロワールが『滅ぼすべき不俱戴天の仇』であるとしても、デモニアと言われる世界を破滅に導かれる存在であれど。自身の道を示してくれた相手を苦痛にさいなませるわけには行かぬと契約精霊たちのささやきを聞きながらエルシアは戦いへと赴いた。
魔力は弾丸として前へ前へと進み往く。セララの救世の刃と交わって切り裂いた闇のその正気にアリアは息を飲んだ。
「ミロワール、ううん、シャル! 私を、私達を見て!
この絶望の先に挑もうと足掻き続ける、私達の『希望』を!」
ミロワールがリヴァイアサンへ届く攻撃を防いでいるとすれば、それはデモニアとしての感情だ。だが、彼女が『イレギュラーズ』を映しこんだならば――!
苦しむ様に呻く声がする。「ああ」と息を漏らし闇の中で涙を流すような惧れの声が。
「セイラ、わたし――怖いわ」
声がした。それは鏡の少女の――シャルロットの、呟きか。
「貴女がいない世界で、わたしは、魔種(このからだ)でどうやって、」
――生きていくというの?
その言葉にアリアは息を飲む。響かせるは歪んだ呪詛の歌。呪詛の音色が重なり合う。
ミロワールの唇が奏でるセイラ・フレーズ・バニーユの歌と、そして、アリアの身の内に秘めた憤怒の音色。
「……恐ろしい、怖い、ですか。そうかもしれませんね」
静かに息を吐いたリュティスはミロワールは頼る縁を失った迷子の様に見えていた。しかし、彼女は『やさしい言葉』など、欠けることは出来ぬルビーのネックレスを揺らして死を告げる。
不吉の蝶々はその美しさを揺らす様に踊り、漆黒の魔力をミロワールへと運び続けた。
(私は『この世界に可能性を与える存在』。彼女は『この世界に絶望を齎す存在』。在り方一つ違えば、こうも世界は見え方が変わるとでもいのでしょうか――考えても詮無き事ですが)
目を伏せったリュティスの背後より弾丸が走る。黒き瘴気の中で咲いたは銀の花。
「ッアアアアアーーーーー!」
少女の声が響く。そして、重なる様な慟哭の呪歌が響き渡る。
黒の猛禽はミロワールを『外さない』
「ユメは逃げ場だ。最後のカクれ家ダ。『ひと』に赦されたユイイツの不可侵だ」
魔種ミロワールは夢を見る。眠る様に、その心を守りながら。
「でもネ、ミロワール、アタシ達は、悪夢をコえなきゃイケないんだ。
だから、キミの夢も、アタシ達は………クダかなきゃいけナイんだ」
命を奪ってはいけない?
そんな生葉間かな攻撃で倒せるほどに器用じゃないのだとジェックは小さく笑った。
微睡の中で其の儘、息絶える事ないように、重たい瞼を早く開きなよとジェックは囁いた。
手を伸ばして――言えばいい。『おはよう』と。『たすけて』と。ただ、それだけで良いというのに。
人間はどうして、こうも難しいのだろうとフローリカは溜息ついてハルバートをゆっくりとミロワールへ向けた。
「いい加減応えてやったらどうだ?
いつまでも引きこもっていて、何もかも失ってからでは手遅れだぞ」
成否
成功
第2章 第14節
リヴァイアサンの権能を『幾許か』抑え込んでくれる水竜がいる。
伝説と謳われた海賊ドレイクの協力も得られたという便りは自体が好転しているという事を顕していた。ドゥーはその流れに乗って『ミロワール』の呪いを打ち砕かんと願う。
「不思議ね。自分の姿をした者と、眼前で向かい合うって言うのは」
ルチアは銀の盾を手にして小さく笑った。ルチアは小さく口にする。――『Dominus tecum』
「さて、ミロワール。私はね、貴女を殺すつもりはないの。
だから、ビスコッティとは呼ばないしシャルロットと呼ばせてもらうわ。
……はじめて会う貴方だけど、そう、きっと――この海から出られたら友達になれる筈だもの」
囁くその声と共にルチアはミロワールの許へと進み往く。仲間たちを支援するは圧倒的声援。荒れ狂う海に攫われてしまわぬ様に。『調和の女神』は波濤を行く。
アランはゆっくりと顔を上げた。アンラックセブンが一人から奪った大剣は己の手の内で脈動する。生き物を握りしめている感覚が掌より伝われば、『ぎょろり』そ血走った瞳はアランを見遣った。
「――そうかよ」
口から漏れたのは自然な言葉だった。魔種ミロワール、鏡の魔種。その能力は『鏡』。それ故に性質が変化する、それ故に――『以前見た事のある状況』にも似ていた。荘厳なる白き都で殉じた聖女アマリリス。相棒であった彼女と同じように『戻っている』というならば。
「は……ははは……!! 彼女が作ったチャンスを無駄にするな!!
ここが正念場だ! 気合入れ直せテメェら!!!」
莫迦らしくなるほどにでかい図体。それでも尚、アランは臆する事はなくミロワールを任せたとルチアに、そして、ドゥーに任せて『言葉を遮る竜』の許に飛び込んだ。
「だけど、俺たちも、ここまで数々の修羅場をくぐってきたんだ。
さぁ、本番はこっからだぜ竜種! 狩らせて貰うぞオラァァ!」
血潮を啜るように、腕にかみつく悪魔が笑っている。それでも構わぬとアランはリヴァイアサンへと飛び込んだ。
「やれやれ……ここまでイレギュラーズに愛されてるんだ。
それに、硬くもないのにお前に飛び込む重症アザラシまでいるんだぜ。眠り姫――そろそろ『シャルロット』になってくれよ!」
サポートAIを展開させてウェールは困った様に囁いた。アランがリヴァイアサンを切り伏せるというならばウェールはミロワールが放つ攻撃を受け止めんと手を伸ばす。空駆ける様にアクセルはレーゲンとウェールと共に前へ前へと進んだ。
そうだ、アランの言った通り『ここが正念場』なのだ。
「リヴァイアサンを倒す事も大事だけど、ミロワール……いや、シャルロット!
狂気を振り払う意志を、呪いを打ち払う光を! ……たとえつかの間であれど、シャルロットとしての救いを君に!」
そてには伝説を奏でるもの。ストラディバリウス。激しく瞬く神聖なる光が昏き影の中に『少女の姿』を映し出す。
「シャルロット――!」
レーゲンが叫ぶ。無理はしないでほしいとアクセルが告げる言葉を聞きながら、それでもアザラシは声を大にした。
傷が痛む。後ろに下がれとウェールやアクセルが言う。それでも、言いたいことはたくさんあった。
幻影を作り出す。美しく、そして、楽しい夢を――
美しく咲いた花々。白いカーネーションを握りしめたシャルロットが笑っている。
その姿は『黒き影』ではない。長い黒髪に、黒い瞳、何処か照れ臭そうに笑った可愛らしい少女。見る事の出来ない『シャルロット・ディ・ダーマ』。
レジャーシートの上にグリュッグとレーゲンが並んでいる。その傍で花束を作ったアクセルが微笑んだ。
ウェールの作った弁当を腹いっぱいに食べて、そして転寝をする。そんな風に、過ごしたい。
「きれ――いね」
シャルロットの声がする。レーゲンは何度も、彼女の名を呼んだ。
「ミロワール! ピクニックのお弁当は何がいい!
甘い卵焼きは必ず入れるがおむすびやサンドイッチを作るなら中の具材は皆の好きな物を入れたい! お前の好きな物は何だ!」
「……」
答えはないか。
だが諦める勿れと言う様にヨハナは小さく笑う。
「まあ、ぶっちゃけ! 魔種の方に生きて頂きたいなどこれっぽっちも思ってませんし、ヨハナは皆乱の未来が最優先なんですが!
ですがですが、物事には順番こっこというものがございますのでっ!
薔薇があるならそちらから、それが終わったらあなたという魔種から、最後が暴れドラゴンですっ!」
びしりと指し示す。悍ましき呪いの靄を払う様にヨハナが放つは火炎の闘気。烈火の如く燃え盛るそれが災厄を植え付ければ、黒き影が大きく揺らぐ。
「でも、この時代の行く末の最終的決定権を握るのは、ここにいる人達です。
その方たちに乞われましたら、ヨハナはそのように致しましょう――だってヨハナは未来人ですもの」
ふふん、と鼻を鳴らしてヨハナは言った。
「で? 何が好きなんです? 甘いの? 辛いの? プリン? ババロア? それともアザラシ?」
「ッキュー!?」
にんまりと微笑んだヨハナの声にレーゲンの叫び声がする。
どこかおかしそうに、そして、擽ったそうに、ミロワールの声が降った。
「――」
霞んだ、だが、確かに聞こえている。
「うむうむ。少しずつですが正気を取り戻してきましたねシャルロット殿!
何はなくとも意識がはっきりしなければ一緒に遊ぶ事もできません!」
ルル家は一瞬の閃光、遥かなる爆発、光よりも早く『勝利の女神』は自慢げに微笑むのみだ。
「分かりますか? シャルロット殿を助け、リヴァっちを倒し、アルバニアを倒して廃滅病を治す! それが終わったら沢山遊びましょう!」
びしりと指し示すルル家は宇宙力を発揮し続ける。リヴァっちということばに小さく笑ったドゥーにルル家はぺろっと舌を見せた。
「竜退治の立役者が魔種だからと言ってぞんざいに扱うようなレオン殿ではありませんし、拙者がそんなことさせません!」
「そうだね。シャルロットは夢を見てるだけだ。
……君の迷宮で最初に戦ったときもヘヴィーランカー……憎悪の剣は使った。
でも気持ちはあの時と全然違う。今はひたすらに君を助けたいんだ」
ドゥーは乞う様にそう言った。そのために自棄になんてなるものか、絶対に諦めてなるものか。
その手に握った憎悪の剣なんて、もう捨てた、命を奪わぬ様に、ドゥーは声を掛け続ける。
「本当にこのままで終わっていいの?
夢を見て微睡んだまま終わるなんて、君が本当にしたかったことが出来ないままなんて嫌だ」
だから――目を覚まして。
シャルロット、とその名を呼ばせて。
成否
成功
第2章 第15節
薔薇は枯れた。残りは一人きりで暗い部屋、膝を抱えて咽ぶ少女を拾い上げるのみなのだとベルフラウは堂々と胸を張った。
「ミロワール、いやシャルロット! 私を映してみよ!」
彼女の能力が『その目に映したものの性質を取り込む』というならば、絶望を許さぬ自身を見よとベルフラウは声を張る。この場の遍くイレギュラーズの誰もを映しても『希望』の姿に変わることは出来るだろう。
だからこそ、英雄たちを支援するようにベルフラウは旗を奮い、手を伸ばせと叫んだ。
「一か八か? 否! 否!! 否!!!
今此処で真に奮い立つべき者はミロワール……シャルロット、卿だ!!
故に私は卿の為に旗を奮う! 過ちを自ら認め、悔いた卿を友と認めよう!」
「友達、ええ、そうなのかもしれないわね? 私の戦友たちが貴女を仲間と認めている。貴女を友人と呼んでいる。必死に声を掛けている――無視なんてできるものかしら」
ベルフラウの旗下でアンナは小さく微笑んだ。小さな黒衣の乙女は三日月を描くようにその道を斬り開く。不滅の布は夜よりも深い漆黒、それは鏡の魔種の纏う悍ましき呪いの色にも似ていて。
(ミロワール、狂気から覚めつつあるか。
それでも魔種であることには変わりはないが……あるいは元に戻せるのだろうか)
フレイの脳裏に過ったのは『魔種が純種に戻れる可能性』であった。魔種ミロワールは性質変化と言う『本人の特異な体質』で引き戻されようとしている――だが、それは反転を意味するわけではないのだろう。それが『あり得ざる奇跡』であるとすれば、フレイは奥歯を噛み締める。
ミロワールに届く声も力もないならば、ミロワールとリヴァイアサンから仲間を守り抜くだけだと自身を決死の盾とする。
フレイが受け止めた鏡像へとアンナが放つは鋭い突き。膨張した紅色の焔は赤薔薇の如く可憐に咲き誇る。地獄の涯で咲き誇るが如き赤々としたその焔の中、アンナはミロワールとその名を呼んだ。
「魔種の貴女をこんなに愛してくれる人達がいる。貴女は否定するかもしれないけれど、幸せ者ね 」
「あ、い――」
囁く少女の声に、アンナは不思議そうな顔をして「何を分からない顔をしているの」と笑った。
「ええ、愛よ。でないと命を賭してまで説得なんてしないでしょう?
これを、愛と呼ばないなら、なんて呼ぶのかしら。お莫迦さん」
嘗て、愛する人に思いを伝える物語があった。記録する者(レコード・ホルダー)に刻まれたその物語をリンディスは愛おし気に抱いている。
「私は皆さんこそが力ですから、物語が紡ぐ力と、筆が指し示す未来の為に。
――どうか、彼女へ届かせる力を。シャルロット、貴女に届ける翼を」
祈る様に、手を汲み合わせる。未来を綴る羽ペンが空に魔力のインク書き示すは未来叙事録。
「聞こえていますか? 沢山の手が、貴女へ伸ばされています。
てきでも、みかたでも、ないんですよ。立場じゃなくて、貴女の為に手を伸ばしています」
おかしそうにリンディスは笑う。その傍らで黒狼の外套を揺らしたアカツキが朱の刻印に焔を纏わせた。
「――だと、リンちゃんが言っておる!」
胸を張る。どこか可笑しそうに笑ったリンディスにアカツキは「若者の声を届けるのも年の功なのじゃ」とウィンクした。
「ミロワール、いや……シャルロット・ディ・ダーマ。
妾は以前、鏡の迷宮でお主に自己紹介をしたのう。あの時はお主の名前は聞こえんかったが、今は知っておる。
妾達は魔種と特異運命座標という間柄じゃが、一歩相互理解が進んだのう?」
名を知らぬほどの間柄でもないと彼女は笑った。魔種である以上世界の害になる事は確かで、何時かは『ケリ』をつけなくてはならない。終末刻限<タイムリミット>が近い事も知っている。
だが――このまま死の海に溶けましたなど、優しい親友が納得するだろうか!
「妾は約束を守るタイプの幻想種故必ず一緒に焚火を囲んでもらうぞ。
よいか? 妾の心の熱、リンちゃんの優しさと一緒に叩き込んでやるのじゃ!」
鮮やかなる炎が、舞う。その炎を追いかける様に進むベネディクトは槍を見ロワールに向けた。
(──成程、揺らいでいるか。ならばまだ我々にも出来る事があるという事でもある)
魔種を殺すという世界の意志。魔種を排除する言う世界のルール。
その事実があろうとも『どうするかという選択』は自分自身が決めるのだ。
ベネディクトが告げた世界の在り方にイルミナは唇を震わせる。ロボットである彼女には『世界のルール』こそがプログラミングされた情報だ。
だが、どうしようもなく、見ろ悪を救いたいのだ。
「イルミナの全てにかけて、あの時イレギュラーズを信じてくれた彼女を!
ミロワールを! シャルロッテ、貴女を……! 悲しい結末では終わらせはしないッス!」
目を覚ましてほしいとイルミナが叫ぶ。皆の声を聞いて、考えて、自分のしたい事、やりたかった事、約束へと届くように。
その身を投じる。リンディスへと飛んだ呪歌を受け止めて、勢いの儘蹴撃を放つ。
「……イルミナにはできない、ヒトにしか出来ないことを……してほしいッス!」
「ああ。誰かがの正解が俺にとっての間違いだなんてのは良くある事だ。
俺は今、俺達の『可能性』に賭けたいだからこそ――」
ベネディクトは原価を超えて溜めた力を槍へと乗せる。イルミナの願いを、リンディスの望みを、届ける様に。
「ミロワール、いや、シャルロットーーお前の元に何度でも立ち向かおう。
目覚めの時だ、お前が微睡む揺り籠を今こそ──壊す!」
ベネディクトの攻撃に合わせてリンディスはペンを走らせた。
聞かせて欲しい、と。
貴女の大切だった人のことを。
貴女だからこそ知っている、私たちは知らない貴女達の物語を。
「この白紙の頁は貴女の為に使います。
……貴女だけじゃなく、大切な人ごと未来へ継いでいきますから!」
物語を紡ぐために、その目覚めを待って居る。
突き刺さるその槍から黒き瘴気が漏れ出した。
見えた、とイルミナは息を飲む。黒い瞳が、ああ、泣いているのだ。
成否
成功
第2章 第16節
「女の子が一人で泣くなんてさ、あんまりじゃない?」
小さく笑った夏子はナンパしている場合でも相手でもないんだけれど、とミロワールに向き直った。声を掛ける事に躊躇いも何もないけれど、空気ってヤツは大体そこにある。
「モテるね彼女、羨ましいよ」
きっと『彼女』のハートを射止める奴らは他に居て、自分はどうやら運命の相手じゃないだろう。
「ロケーションとしちゃ中々劣悪……だけどエスコートくらいは……ね!」
恋のキューピット位、なってやろうじゃないか。成就するまで寝てなんざいられない。知っているかと夏子は笑う。
恋ってのは先手必勝。愛ってのは伝えてソンがない。
「想いを伝える為に! 言葉も仕草も感情も! 全部使って! 当たって!! 砕けーッ!!!」
成就を見届けるまで寝ちゃいれないだろ。眠り姫もニッコリ笑顔でフィニッシュすべきだ、と夏子が手を伸ばす。
「ふふ。泣いてくれるんだね。私たちの声を聞いて、私達を映して。
……貴女はとっても優しくて、きっと苦しんでる。何もかもが鏡だからなんて言わせない」
鏡に、罅が入った音がした。それはアレクシアが『彼女の世界で聞いた音』と同じ。吹き出る瘴気を払う様に花弁が舞い踊る。
「貴女自身の心があるんだ。そうでなければ、最初にセイラさんを強く映していた貴女と、ゆっくり話なんてできなかったでしょう?」
アレクシアは擽ったそうに笑った。彼女の許へと飛んだ呪歌を夏子は受け止める。その体を蝕む痛みなど、気になんて止めないと彼は笑って見せる。
「私はそれが嬉しかった! 例え魔種でも、きっとみんな仲良くなれるんだって思えた!
だから夢から覚めて、話をしよう! 貴女の想いの本当の強さに気付いて!
それがあれば、呪いなんて、狂気なんてきっと打ち破れるはずなんだから!」
「そうだよ。呪いに屈しないで。私は諦めない。貴女も諦めないで、シャルロット!」
スティアの放つ魔術は人の命を奪うことはない。黒き靄の向こう側に、彼女が見える。だからこそ、スティアは彼女の名を呼んだ。
「貴女を取り巻く、その呪いのような狂気を払うまで!
だからお願い少しだけ我慢していてね――絶対に助けてみせるから!
このまま、終わらせるなんて……絶対に嫌! シャルロット!」
響く声が、黒き呪いを、悍ましき『セイラ・フレーズ・バニーユ』の残滓を払い往く。
ポテトは歌う。仲間たちを支える様に。シャルロットの頬を叩いてやりたいと、進まんとする彼女の傍でリゲルは守るように剣を握りしめる。
「お前は、自分の意志で望み、私達に託した……なのにこのままビスコッティとして暗い海に消えていくのか?
お前の望みは、シャルロットとしてビスコッティの元へ行くことだろう? なら目を覚ませ! シャルロット!!」
「シャルロット、起きてくれ。君はビスコッティその物じゃない。
シャルロットとしてビスコッティに会うんだろう? それが君の望みの筈だ!
昏い場所に閉じこもっている時間は終わらせよう――戻ってきてくれ、シャルロット!!」
まるで、寝坊助の子供を起こす様に。ポテトは唇を噛み締める。降り注ぐ竜の咆哮、水泡が蝕む毒だというならば、それからも『シャルロット』を守らんと二人は前へ、前へと進み往く。
「呪い……あの、シャルロットから出てる黒い靄が呪い……!
お前がした事を許せない奴は居るだろう。
だとしても! ――シャルロット! 俺はお前が死ぬのを見るのは見たくねぇ!」
零は叫んだ。だから、手を貸す。絶望的な状況でも希望はある。偶にはそんな奇跡、在っても良いじゃないか。
セイラに許されたいというならば、償いになる行動をすればいい。
誰かに許されたいというならば、その償いだって手伝ってやる。
「だから頼む、戻ってきてくれ……シャルロット……!」
フランスパンを握りしめる。美味しいパンなんて、知らないだろうと小さく笑う。深い海の底じゃ、パンだってふやけてしまうのだから。
「喰ってくれるだろ? シャルロット。
……帰ってきて、美味しいって、笑ってくれよ」
零の声が雨垂れの様に、落ちる。その感覚はウィリアムも感じていた。涙か、黒き靄を払う様にミロワールの瞳から、水滴がぽとぽとと落ちてゆく。
「――」
声がする。莫迦みたいにへたくそな笑顔がそこにある気がしてウィリアムは頬を掻いた。
「――ああ、笑ってくれたな。ミロワール。
判るさ。確かにバカみたいだろ。
でも、たまにはそういう事も言いたくなるんだ。さあ……その呪いを吹き飛ばしちまおう」
一人の女の子と、莫迦みたいな話をする。
今日だけは莫迦にだってなってもいいだろう。笑って、困った様に肩を竦めて。
「――ミロワール。流れ星を見た事はあるか?
夜空に閃く希望の星だ。
願え、望め。もう一度、そう。希望ある『もしも』を、だ。俺達はきっと、それを叶えてみせる」
ウィリアムの声に、小さく、聞こえた呟き。
「ある、わ」
彼は、目を見開いた。まるで美しき星を見た時の様に、まるで、未だ見ぬ星をなぞった様に。
「セイラと――見たの。綺麗な星、願ったのよ」
「ああ」
頷くウィリアムの背後でスティアが、アレクシアが息を飲む。
嗚呼、もう少し。
もう少しだから――
「元々俺は『かみさま』なんて好きじゃないんだ。
――勝ってみせるさ、俺達は、お前の、皆の願いを胸に抱いて」
星が瞬くが如く。美しい景色をセレマは好きだった。
「まだボクの物になりたいとは言わないんだね。
いいさ。対話を続けよう。死んだらボクだけが文句をいうからね」
苛立ったように、セレマは唇を尖らせた。生憎だが『お優しい技』なんて使えない。根競べだと、『ミロワール』と技とらしく名前を呼んだ。
「……なあ、テオフィール。ほんの少し力を貸せよ。
今のこの状況は、キミの大好きな、流血塗れのラブストーリーだぜ。
ここでボクが生きるにしても死ぬにしても、今この瞬間ボクを主役にしたて上げれば最高の画がとれるんだぞ?」
悪魔よ、笑え。愛憎の果てに流れる血を啜ること位、お前は好きだろう?
手を伸ばす。
「ボクの物になれ。
ボクを望め。
ボクに――手を伸ばせ」
セレマが乞うた奇跡の光が、紡がれず、消え失せる。
テオフィールの笑い声が聞こえる。嗚呼、お前は『どこまでも揶揄う』のか。
セレマの手が、ミロワールの手を掴んだ。白い指先だった。
少女の華奢な白い指先が憎悪の闇に呑まれん様にとセレマを掴んでいる。
成否
成功
第2章 第17節
その白い腕を逃さぬ様にプラックは飛びこんだ。
泣いてる。彼女が、泣いている気配がする。
泣いている女の子がいる。助けなければならない女の子がいる。
彼女は弱い。弱くて、呪いに蝕まれている。間違いなく弱いものだ。
弱いものはどうする? 海賊ならばそのまま捨て置くか? 滅するか?
笑っちまうだろうとプラックは顔を上げた。
「――ちげぇよなぁ!! 弱い者虐めは格好悪ぃ!!!!
泣いてる女の子は、友達は護るもんだ!!!!!
漢なら至極当然の摂理だ!!! ならば決まってんだろ!!!」
漢ならやらねばならない時がある。ありったけの力を放つようにプラックは少女の体に纏わり着いた闇を払う様に『ド派手』にぶちかます。
「改めて言うぜ。俺の名前はプラック・クラケーン。
泣いてる友達と変わらない親父を見て決めた!
俺の夢はッッ! 魔種と人類の共存!!! ――そう決めたッ!!」
黒き瘴気が広がっていく。逃がすまいと聖なる光が周囲に広がった。
「もうわかってるんだろう。この海に居たって仕方ないってこと。
……これ以上抗ってもろくな結果にしかならないってこと。悪夢はもう終わりにしよう?」
史之は肩を竦めた。神様なんて、自分の心を見つめる鏡であった、縋るものなんかじゃない。
鏡写しの少女。絶望ばかり映すから、希望なんて遠かった。
此処には希望が存在している。希望の存在――特異運命座標が。
「何度でもやりなおせるのが『人』の強さだから。君が僕らを映して、人になるんだ。
君が君になれたなら、現状から抜け出すことができたのなら。
そのときこそ君の名前を呼ぶよ……シャルロット」
史之が放つ聖なる光にシルキィの光が重なった。まるで、荒天の空に光が差し込む様に、輝きが、黒き靄を逃すまいと包み込む。
心のかけらが煌めいた。真っ直ぐに、『映っている』。大丈夫だと確かに心が告げている。
「……キミをここで死なせたりなんかしない。
キミの本当の名前を、わたしはこの海の外で呼ぶ。必ず、呼んでみせる」
この遥かな海。美しき世界で。
シルキィは左手の『彼女の心』が暖かな光を帯びていることに感じる。
「その呪いと夢は、わたしが打ち破る!
だから……戻ってきて! この海を出て、キミがキミになる為に……!」
笑っちゃうくらいに、優しいんだね、とハルアは手を伸ばす。
『その瞳に自分が映っている』。鏡が、自分を映している。
「セイラの心の痛みはセイラが背負うもので、
傷つけるのはやめてって伝えるのがあなたのできることだよ。罪を重ねさせないために」
闇を払う様に、その体を取り巻く呪いを振り払う様にハルアは声を震わせた。
「かみさまはこうしてこわすだけなの?
ボクの思うかみさまは、何をしてくれなくても、あなたやボクの存在する今を許してくれてる……あったかいひと。あの水竜様のように」
水竜の加護は、リヴァイアサンの権能を弱め、今、好機をくれている。
その流れが、きっと、ミロワールにも暖かな気配を与えると、ハルアは信じる様に幾重も言葉を重ね続けた。
その掌を重ねたのはレイチェル――否、『ヨハンナ』だった。
「幾ら傷付こうが臆さない。俺、約束は絶対守る主義なンだよ」
揶揄う様に、笑う。黒き闇に蝕まれる感覚にヨハンナは牙で唇を噛んだ。そんな呪いに負けて堪るものかとただただ、レイチェルは笑う。
「シャルロット。もしも、お前の力が抑えられないなら……俺に考えがある。
俺は生き血を喰らう吸血鬼だ。お前を喰らう事で俺の一部として一緒になれねぇか?」
不安を打ち払う様に、レイチェルはそう言った。ハルアと、レイチェルの許に落ちた涙にレイチェルは小さく笑う。
「……お前、泣いてるじゃないか。
もう誰も傷付けたく無いんだろ、優し過ぎるンだよ。ばかやろう」
魔種である事を拒むようなその涙に、レイチェルは「シャルロット」と何度も名を呼んだ。
「成る程、貴女に届かぬも道理です。私も未だ俗物で御座いました。
対処するべきは彼女ではなく、呪いそのもの。我が眼前にある『この黒き靄』ですか」
無量は只、刃を抜いた。眼前に存在する夥しい闇を振り払う様に、その切っ先を真っ直ぐに向ける。
「我が額の眼よ、仏に仕えし者より与えられし忌まわしき眼よ。
汝が悪しき所業を許さぬのならば、衆生を悟りの道に導くモノならば! この呪いを断ち切る光を視せよ!!」
業に濡れた自身であれど、闇に抱かれるその者を救えると示せと無量は叫ぶ。
自身を取り巻く業さえ超えて――希望を逃さぬと、女は柄にもなく縋った。
三千世界全ての太刀筋よりたった一つを選びとる。破邪の刃を、自身に最も園遠い――万人にとってを希う。
「黄泉返りなさい、シャルロット・ディ・ダーマ!」
黒き靄が晴れる。少女の体が揺らぐ。
その刹那、百合子と汰磨羈は『鏡面世界』が消えうせていく事に気付いた。
「行くぞ!」
百合子の号令に汰磨羈が頷く。「彼女の能力が消えたか。ならば、今が好機!」と呟けば、誰もが竜を臨む事だろう。
「油断すると足を掬われると言うよな? 今が正にその時だろう、リヴァイアサン!」
仲間たちが調べた『脆い鱗』。その位置へと二人の攻撃が飛び込んでゆく。
距離は遠い、だが――それでもその攻撃の威力は計り知れない。
「後悔するがいい、滅海竜。これこそが人だ。受け継ぎ、紡ぎ、未来へとひた走る――悪足掻きの権化が所業よ!」
その言葉に百合子は頷いた。彼女にとって『ミロワールの説得』など下策だった。だが、この現状を見て『下策』となどいえるだろうか!
「吾には分からぬ。敵を損得捨てて説得しようなど情でしかあるまい。
だが、情を成して勝利するのであればそれは吾では届くことのない強さである。
見ているか、リヴァイアサンよ。吾は貴様を打倒する事で彼らの強さを証明する」
思いの力を攻撃に変える様に百合子はリヴァイアサンへと飛び込んだ。
鏡面世界が消えた――ならば! 此処からは滅海竜との戦いなのである!
ムスティスラーフが空を駆る。
この力は何のためにあると思う? 届かないものに届く為なんだ。
ぎゅ、と彼女を抱きしめた。黒き靄を全て払う様に、我が子のように優しく、呪いごと、慈愛で包み込む。
長く黒い髪に、黒い瞳。すすり泣く声がする。暖かいと抱きしめてくる『彼女』のことを知っている。
ムスティスラーフは奇跡なら何度だって『起して見せる』と言った。
万人の願いを受けて、世界は確かに表情を変えた。
奇跡なんかじゃない、イレギュラーズの『願い』が少女の中に映った。
ただ、それだけなのだろう。
魔種である事には違いはない。だが――彼女は『彼女』だ。
「必ず助けてあげる……って言ったよ」
全て、この言葉をかけるためにあった。
「――おかえり、シャルロット」
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。
●作戦目標
・滅海竜リヴァイアサン脚部(左)への可能な限りのダメージ
・魔種及び『魔種に類する存在』の撃破
●重要な備考
このラリーシナリオの期間は『時間切れ』になるまでです。
(時間切れとはアルバニアの権能復活を指します)
皆さんはどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はEです。
無いよりはマシな情報です。グッドラック。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド
『絶望の青』の海の上。水中での行動には『水中行動』、空中では『飛行』等をご使用ください。
足場に関してはリヴァイアサンに対しての超レ距離までは大型船で参りますが、それ以上は小型船の貸与(もしくは皆さんのアイテムの船等アイテムを使用)を行います。
リヴァイアサンの前に、ミロワール&薔薇の異形が存在。リヴァイアサンは固定ユニットですが、ミロワール&薔薇の異形は移動します。
●滅海竜リヴァイアサン脚部(左)
大いなる存在。竜種。大気を震わせ、海原を割る。絶望の主。
それ故に無尽蔵な体力、理不尽な耐性。攻撃の効果があるかもわからぬ存在です。
その脚部(左)となります。非常に巨大な敵であるためにイレギュラーズは部位ごとの作戦を行うこととなります。その一部です。
データ
・正しく命をも刈り取る非常に強力な攻撃を行う為、無用な接近は得策ではないでしょう。
・脚部(左)において鱗等が薄い部位がありますが『飛行』状態または『レンジ超遠(飛行なし)』出なくては攻撃する事が出来ません。
主だったステータス
・波動泡:5ターンに一度フィールド上に降り注ぐ水泡。猛毒/不吉/ダメージ(中)
・大海脚:複数対象に呪いを付与する蹴撃です。強烈なダメージ(大)。
・降轟雷:フィールド広範囲に対してダメージ(中)程度攻撃/感電付与/飛行対象に大ダメージ
・襲爪 :近接単体対象に大ダメージ
・水竜覇道:????
●魔種『水没少女<シレーナ>ミロワール』
『鏡の魔種ミロワール』『シャルロット・ディ・ダーマ』
黒い髪、黒い瞳、影を纏わり付かせ本来の姿を持たず相手を映す『鏡』の性質を持った魔種です。
その性質からセイラ・フレーズ・バニーユを映し、彼女の理解者でありましたが、アクエリア島にてイレギュラーズを映しこんだことで変化を遂げ、セイラを討つ手伝いを行いました。
現在は『セイラ・フレーズ・バニーユの怨念』による棺牢(コフィンゲージ)にて変異し、狂気を孕んでいます。
しかし、彼女は『鏡』であるが故に、イレギュラーズを映すことで変化を遂げる可能性は――
個人的なデータ
・双子の姉妹に『ビスコッティ』がいます。彼女を深く愛していますが、愛憎に駆られ身勝手にもその命を奪いました
・セイラとは互いに良き理解者であり、傍に居たいと願いました。しかし『性質変化』にて彼女を討つ手伝いをしたのもまたミロワールです。
登場シナリオ
・『<Despair Blue>うつしよのかがみ』
・『<バーティング・サインポスト>ミロワールの迷宮に揺れる』
・『<鎖海に刻むヒストリア>終末泡沫エーヴィア』
※参考程度にです。ご覧にならなくとも参加に支障はございません。
主だったステータス
・性質変化:鏡の魔種。相手の姿を映す。その相手の行動や言葉に大きく感化されます。
・原罪の呼び声<嫉妬><不定形>:その呼び声は悍ましくも悲しい。
・鏡像世界:パッシブ。ミロワールが存在する限り鏡像(*後述)が生み出されます。
・鏡面世界:パッシブ。ミロワールが存在する限りリヴァイアサンへ与えたダメージが半減します
その他、神秘遠距離攻撃を中心に使用/歌声によるBS付与も豊富に行います。
・鏡像:フィールドに存在する存在の【鏡像】を作り出す。そのステータスは存在(PC)と同等となるが、その動きは劣化コピーとなる
●魔種に類する存在『薔薇の異形<わすれがたみ>』
『美しき不幸』『呪いの子』。魔種リーデル・コールがその腕に抱いていた『赤子』であった異形。
萎れた薔薇はミロワールを守るようにその茨や蔦を触腕として伸ばし続けます。
『セイレーン』セイラ・フレーズ・バニーユの怨念に蝕まれ、毒が如き霧を発し続けています。
主だったステータス
・薔薇の鎧:薔薇の異形が存在する限りミロワールに棘を付与します
・薔薇の結界:薔薇の異形が存在する限りフィールド内のイレギュラーズはショック状態となります。
○味方NPC
・月原・亮(p3n000006)
・ウォロク・ウォンバット(p3n000125)&マイケル
・コンテュール家の派遣した船団*5
指示があれば従います。基本は退去用船の確保を行っています。
また派遣船団は海域離脱要員です。
それでは、ご武運を。
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