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シナリオ詳細

<絶海のアポカリプス>子午線の向こう側

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 諸君等に折り入って、尋ねてみたいことがある。
 島との交戦経験はあるか。
 そう、島だ。
 たとえばアクエリア島を自慢の太刀で真っ二つに斬り裂いたことはあるか。
 ないか。そうか。
 では山ならばどうだ。
 あの島の巓きを魔術の一撃で木っ端微塵に砕いたことはあるか。
 城か。戦艦か。
 ああ、これは答えてくれなくて構わない。
 その程度では無理だ。どうにもならない――

                   ――――海洋王国提督バルザック・ビスクワイア

 海は荒れ、雷鳴が轟いている。
 ここから見えるのは、おそらく『尾』であった。
 うねる尾が海を断ち割る度に、迫る高波が船を軋ませる。
 弓なりにたわんだマストが弾けるたび、甲板に亀裂が走る。
 クルーは船に侵入した水をかき出し、破損の応急処置に追われていた。
 度重なる交戦に傷ついた艦隊は、降って湧いた事態にてんてこ舞いの有り様なのであった。

 海洋王国最後の大号令は、このフェデリア海域での小戦闘全てに勝利を収めた。
 大規模と予測された戦域においても同様であった。
 ただ一つの例外、アクアパレスでの死闘を除いて。
 追い詰められたアルバニアはアクアパレスを崩壊させ、そして――この事態を引き起こした。
 果たして、暗い水底から現れたのは竜種であった。
 滅海竜リヴァイアサンを名乗る『それ』は、正に絶望そのものである。

 攻めるか、退くか。
 一体全体どうすればいいのか。
 魔種アプサラスの戦列無敵艦隊アルマデウスを打ち破った一行は、未だ判断しかねていた。
 攻めるならばどうか。
 尾の一撃は、いかな船舶をも転覆せしめるだろう。
 そもそも高波が問題だ。近づくことさえ容易ではない。
 では退くならどうか。
 本格的に退くとなれば、海洋王国大号令はここで終わりだ。
 終わればどうなるのか。アルバニアが生存している以上、廃滅病の進行は決して止まらない。
 この決戦で、更に多くの者が罹患した可能性も大いにある。故に退路はない。
 一時撤退はどうか。
 封じていたアルバニアの権能が回復することになるだろう。結果は同じだ。

 答えは決まっていた。
 攻める他にない。
 ではどうやって攻めるのか。
 海洋王国きっての豪腕キャプテン達が、決死の覚悟で隙を伺い船を飛び込ませるしかないのだろう。
 イレギュラーズはどうにか距離に応じて、出来る限りの打撃をたたき込む。
 海洋王国軍もありったけの砲弾を撃ち尽くすのだ。
 こちらの尾部において、ミクロな問題は水飛沫だ。
 飛沫といったが、それそのものが高圧の水弾や津波のようなものである。
 相手の打撃力を防ぐ為に、高い耐久力が勝負の鍵になるだろう。

「死闘! 絶望! いいじゃない! だって燃えてきたもの!」
 胸を張る『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)は、これで構わないのだろう。鉄帝国軽騎兵隊は、いつでも死ぬ覚悟が出来ているのだから。
 渋い表情で腕を組むゾンメル少佐も、マストに背を預けて紙巻きに火を付けたメヴィ兵長も、やる気に見える。鉄帝国の軍人達はさすがに肝が据わっているのだろう。
 提督の軍事顧問アドラー・ディルク・アストラルノヴァの闘志は、些かも衰えていないように思える。
 海洋王国にとって絶望の青を踏破することは、やはり悲願であるのだ。
 救助から引き上げてきたエルテノール=アミザラッド=メリルナートが犠牲者に祈りを捧げている。その大きな背には不退転の決意が漲っている。
 イレギュラーズにとっても同じだ。世界滅亡の阻止と冠位魔種の打倒、冠位魔種の打倒とリヴァイアサンの撃破はそれぞれ切っても切り離すことが出来ない。
 自身が、仲間達が、苦しんでいる廃滅病の件もある。
 気が進む、進まない以前にやる他ない訳だ。

 ――それで。
 だからといって。
 これは上手くいくのか。

 考えてもみて欲しい。
 相手は山だ。島だ。
 それも動く、高度な知性を持った、神にも等しい存在だ。
 あれは竜――伝承における世界最強の生物なのだ。

 現実に目を塞ぎ、ただ勝てると信じて挑んで良いものなのか。
 そうすれば本当に勝つことが出来るのか。
 答えは断じて『否』だ。
 そんなことは、誰にだって分かっていた。
 ただ進む他に道なんて無かった。
 たとえその先が、ただの地獄に過ぎないとしても。
 我々にはこの方法しか残されていなかったのだ――

GMコメント

 pipiです。
 テールスープって美味しいですよね。
 この戦域で相手にするのは、リヴァイアサンの『尻尾』です。

●重要な備考
 このラリーシナリオの期間は『時間切れ』になるまでです。
(時間切れとはアルバニアの権能復活を指します)

 皆さんはどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。

●目的
 リヴァイアサンの撃破。
 そのために尾部分に出来る限りの打撃を加える。

●ロケーション
 皆さんの艦隊は、後述の『尾撃と高波』を避けるため、荒海の中で敵に近づいたり離れたりしています。
 皆さんは攻撃行動や防御行動、攻撃や回復、支援等の行動を、自由に行うことが出来ます。
 上手いタイミングで行動出来たとして扱います。

●敵
『リヴァイアサンの尾』
 無尽蔵な体力と、理不尽な耐性を保ちます。
 攻撃は効いているのかどうかも分かりません。
 絶大な威力はかすめただけで生命さえ危ぶまれます。
 皆さんの強力な攻撃は、あるいはその鱗を削ることも出来るかもしれません。
 さながら、雨だれで石を穿つように。

 数ターンに一度程度、以下のような攻撃をしてきます。
・竜鱗の飛沫(A):物特レ貫、失血、ダメージ極大
 鱗が飛んできます。

・水砲(A):神特レ範、飛、ダメージ極大
 高圧の水が飛んできます。

・津波(A):神特レ列、飛、ダメージ大
 文字通り。タイダルウェイブです。

・かみのふるめき(A):神特レ域、感電、ショック、炎獄、ダメージ大
 激しい雷撃です。

●尾撃と高波
 海洋王国のキャプテン達は、必死にこれを避けながら接近してくれます。
 いつまで避け続けられるかは分かりません。
 おそらく一撃で搭乗艦が撃沈します。

●味方
 皆さんと一緒に戦ってくれます。

〇海洋王国軍
『ビスクワイヤ提督』サンタ・パウラ号
 皆さんの艦隊の指揮官です。戦闘経験豊富なおじさんです。

『エルテノール=アミザラッド=メリルナート』と部下達。
 ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)さんの関係者です。
 バックアップは万全です。後衛で多数のスループ船を運用して主に救助にあたります。

『海洋海軍』×けっこう沢山
 カットラスやピストルで武装しています。

『アドラー・ディルク・アストラルノヴァ』
 ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)さんの関係者です。強いです。

『伏見 桐志朗』
 Ring・a・Bell(p3p004269)さんの関係者です。強いです。

『アドラー家臣団』×そこそこ
 凄腕のサーベル使いの飛行種達です。

〇鉄帝国軍
『ゾンメル少佐』
 鉄帝国海軍の高級将校です。
 HP、回避が高いです。
 能力を跳ね上げる瞬付与を駆使し。虚無、喪失、Mアタックの泥仕合を得意とします。
 一応『<第三次グレイス・ヌレ海戦>ラズマス・ケイジに背を向けて』『<鎖海に刻むヒストリア>アドミラル・アセイテ』に登場。
 知らなくてOKです。

『メヴィ兵長』
 ステータスは満遍なく高め。
 二刀流を駆使して戦うトータルファイターです。
 一応『<第三次グレイス・ヌレ海戦>ラズマス・ケイジに背を向けて』『<鎖海に刻むヒストリア>アドミラル・アセイテ』に登場。
 知らなくてOKです。

『帝国海兵』×それなり
 左腕が巨大なガトリングガンになっており、コンバットナイフも持っています。

『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ
 愛称はリーヌシュカ(p3n000124)
 ステータスは満遍なく高め。若干のファンブルが玉に瑕。
・格闘、ヴァルキリーレイヴ、リーガルブレイド
・セイバーストーム(A):物近域、識、流血

『鉄帝国軽騎兵エヴァンジェリーナ隊』×そこそこ
 サーベルによる切り込みを得意とする精強な部隊です。

〇ローレット
『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 両面型前衛アタッカー。
 Aスキルは格闘、飛翔斬、ディスピリオド、剣魔双撃、ジャミング、物質透過を活性化。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

  • <絶海のアポカリプス>子午線の向こう側Lv:15以上完了
  • GM名pipi
  • 種別ラリー
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年06月13日 21時00分
  • 章数3章
  • 総採用数336人
  • 参加費50RC

第3章

第3章 第1節

 ――人の身風情が、いい加減に賢しい。

 ――滅びよ。

 雷鳴が轟くように。
 鼓膜を穿ち、耳さえねじ切る程の声が響き渡り――天が砕けた。
 大空を覆い尽くす暗雲と豪雨を引き裂き、でたらめな光の編み目が紡がれる。
 険しい山岳の様に聳える尾に雷が瞬き、その先端から光りが溢れた直後、視界が純白に覆われた。
 目を灼く光に背を向けて、焦燥が胸をかき乱す。
 リヴァイアサンの尾の先から真っ直ぐに伸びる光線が、廃滅の海原を駆け抜けている。
 爆裂する膨大な水蒸気が視界を覆い尽くし、一輪の轍のように海面が沸騰している。

 光は迫っていた。

 面舵か。取り舵か。
 これをどちらにきればいい。
 絶望の青を航海する者達は、誰もが死線をくぐり抜けた強者だ。
 この悪意の海域フェデリアで、魔種との死闘を凌ぎきった勇者達だ。
 生と死が交錯する過酷な戦場にあって、その迅速な判断は常に彼等を生者の側に押しとどめていた。
 その筈だった。
「駄目だ、間に合わねえ!!」
 キャラベル船のブリッジで、キャプテン・クローグスが怒鳴り声を上げた。
「尾だ、尾を狙え!! ありったけをぶちまけろ!」
「ふざけんじゃねえ! 見えねえんだよ!」
 海兵達の声は、最早悲鳴そのものであった。
「見えねえとこが本命だろうが! 四の五の言わねえで撃ちまくりやがれ!」
「アイアイサー!!」

 光は止まらなかった。

 カルバリン砲に弾を込めた砲手ジェイムズ・ブラウンが光の中に消えた。
「撃て撃て撃てェーッ!!」
 小銃を撃ち続ける鉄帝国一等兵ベン・シュミットが光の中で蒸発した。
 ガレオン船が、鋼鉄艦が。直線上に並ぶ数多の船が真っ二つに切り裂かれて燃え上がる。
 ヨーナス・フーデマンがペンダントを開いた。
 モノクロームの微笑みを見せる彼女は、今月ヨーナス自身との結婚式を控えている。
「いやだ! いやだ! 死にた――」
 光が駆け抜けて往く。
「なんで、なんでよ! なん――」
 下腹部に手を当てたナタリア・ミランは確信していた。
 そこに宿る新しい家族を迎える為に、この戦いの後で休暇を得る心算だった。
「もう、駄目だ! 終わ――」
 人が、船が、命が砕け消えて逝く。
「助け――」
 それは儚すぎた。
 それは余りにあっけなさ過ぎた。
 決死の抵抗は、正に無為そのものであった。
 海洋王国の子供達が砂浜に築き上げた城を、ただのひと波が浚うように。
 竜の怒りは、その圧倒的な暴威は、努力の全てを無に帰さんと暴れ狂っている。
 絶叫は嵐に呑まれ、紡がれた希望の糸は解れ、全てが崩れてゆく。
 滅海竜リヴァイアサンの尾から放たれたエネルギーの奔流は、フェデリアに集う船を次々に引き裂き――

「――だめ、これ以上はさせない。
 あの人たちが、守りたいと願ったものを、奪い去らないで……!」

 ――大きく息を吐き出したヨシト・エイツ(p3p006813)の目を灼いたのは、陽光であった。
「って、オイ」
「……んぐ」
 思わずドーナツを飲み込んだセララ(p3p000273)が胸を叩く。
「冗談じゃねえぞ……って、あらー」
 鋭い視線で父の無事を確認したユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)が、思わず口元に手を当てた。
 そんな娘に背を向けて、エルテノール=アミザラッド=メリルナートは逞しい力こぶを作る。
「これは、もしかして……」
 サン・ミゲル号の甲板で、ポーションの小瓶を取り落としそうになったココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が、慌ててそれを胸に押し抱く。
「……ミロワール、ううん。シャルロット、君?」
 マリア・レイシス(p3p006685)がぽつりと呟いた。
 巨大な半球状の淡い光が大海原を覆っている。
 鏡面を思わせる力場は、リヴァイアサンの尾から放たれた光の束を冗談のように折り曲げていた。
 迸る光線は力場に反射して直角を描き、暗い雲を突き破っている。
 分厚い雲に穿たれた穴から覗いたのは、久方ぶりの僅かな青空であったのだ。

「どうなってるのよ!」
「状況を整理しろ!」
 リーヌシュカ(p3n000124)が叫び、ビスクワイア提督の檄が飛ぶ。
 リヴァイアサンから尾部から放たれた光線は、おそらくこの艦隊のみならず、戦場広域に甚大な被害をもたらしているはずだ。
「全戦域の推定被害はどの程度だ」
「ハッ! おそらく十パーセント程と思われます!」
「……厳しいな」
 ビスクワイアが首を振った。
 参謀の報告と大凡の目算が合致してしまった以上、大体合っているのだろう。
 だがもしもこの瞬間、魔種陣営を離反したミロワールが力を振るわなかったのだとしたら。どれだけの被害を受けていたか知れたものではない。
 あれを魔種陣営(あちら側)から離反させたのは、それこそ誰も予期せぬ――イレギュラーズが紡ぎ上げた奇跡のひとひらであったのだ。

 ――約束よ、イレギュラーズ。
 言の葉を紡ぐのは簡単だ。嘘も誠も混ぜ込んで、チープなジョークを言った所で所詮は『魔種』だと嘲られて終わるだけの人生だと思っていた。
 世界は魔種に対して残酷だ。その存在を許容せず、存在することを罪とする。
 わたしを殺そうとする人がいた、当たり前だわ。わたしは魔種だもの。そうする事に何の間違いもないもの。
 わたしを守ろうとする人がいた、ばかなひと。わたしは魔種よ? 貴女の生きる世界を壊してしまうんだもの。
 わたしを――友人と呼ぶ人がいた。おおばかものだわ。けれど、皆が沢山の想いを紡ぐ。貴女たちの、未来を見てみたくなったの。
「わたしが、支えるわ。だから、……だから、未来を見せて」

 差し込む陽光は酷く細く、頼りないのかもしれない。
 けれど、傷ついた甲板で顔を上げた者達が居た。
「ありがとう……シャルロット」
 小舟に背を預けた大号令の体現者――秋宮・史之(p3p002233)が天を仰いだ。
 光線を撃ち尽くした竜の尾は、嵐を浴びてもくもくと水蒸気を吐いている。
「あのクソヘビが!」
「滅海竜リヴァイアサン――いい加減にしなさいよ!
 これ以上……もうこれ以上絶対にやらせはしないわ!」
「俺、あの超ウナギにガチパンかますマジモンの理由、ついに見つけちゃいましたよ」
 激昂したサンディ・カルタ(p3p000438)が船縁に拳を叩き付ける。
 アルテミア・フィルティス(p3p001981)が剣礼に竜の必滅を誓い、伊達 千尋(p3p007569)は鉄の味がする赤い雫を廃滅の海に吐き捨てた。
 イレギュラーズは、兵士達は、誰もが満身創痍だった。
 無傷の船舶など、あろうはずもなかった。
「やれますよ。まだまだ」
「じゃあ、一本行っときますか」
 刃こぼれを隠せない長剣を見つめるオリーブ・ローレル(p3p004352)の頬に、バルガル・ミフィスト(p3p007978)が冷たい栄養ドリンクを押し当てる。
「ワッカ、悪いな……けど、礼は弾むぜ!」
 何が何でも、とびきりの酒を用意してやる。
 立ち上がった伏見 行人(p3p000858)に、水の貴婦人が微笑んだ。
「ご相伴に預かってもいいかしらぁ。なぁんて、ね?」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)が艶やかに微笑んだ。
「ええ、私だって絶対に諦めませんわよ……!」
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の瞳はエメラルドの炎に燃え上がっている。
「大丈夫よ。おばさんだってついてるわ」
 レスト・リゾート(p3p003959)の柔らかな視線は、この海の果てを見据えている。
「見ろよ」
 凍り付くような獰猛に滾るジェイク・太刀川(p3p001103)の視線の先。リヴァイアサンの尾は破壊の力を放出し尽くし、その動きをほとんど停止させている。
「じゃあ――叩き潰せばいいんだね!」
 巨大な石斧――原始刃ネアンデルタールを担いだ長谷部 朋子(p3p008321)の言葉は何時だって明快だ。
「なれば私も皆様と共に、轡を並べ続けましょう」
 ボディ・ダクレ(p3p008384)がモニタの笑顔で答えた。
「早く帰って寝たいねぇ……」
 のんびりとしたニャムリ(p3p008365)の言葉は、勝利を微塵にも疑っていなかった。
「飛べる者は何人居る」
 アドラー・ディルク・アストラルノヴァが、部下達に厳しい視線を送る。
 抑えた胸の奥に痛みが走る。アドラーに忍び寄る廃滅の病に伏見 桐志朗が眉を潜めた。
「あれ(息子)には言うてくれるなよ」
「あんじょうしときます」
 空に雷鳴は止まず、微かな陽光はすぐに雲が覆ってしまうのかもしれない。
 それでも――ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は微笑み一同を振り返る。焔宮 鳴(p3p000246)は天へ、そこに見える暴力の化身へと霊刀を突きつける――
「絶望を越えた先の希望は、絶対にあります……!」
「ええ……私達英雄が、誰かの為の希望を掴みましょう!」

===== 補足 ==============
 状況に再び大きな変化が生じています。

●目標
 依然として『リヴァイアサンを弱らせる事』です。
 水竜様の力はリヴァイアサンに及びません。
 ですので、リヴァイアサンと『ともに眠れる』レベルまでリヴァイアサンを弱らせることが第一目標です。
 そのために出来ることを、皆で色々やりましょう。

●敵
『リヴァイアサンの尾』
 ・カイト・シャルラハ(p3p000684)の『PPP』にて顕現した水竜様は自身の持ち得る権能を使ってリヴァイアサンを覆う絶対権能『神威(海)』を阻害しています。
 それにより今まで以上にダメージを与えることが出来るようになりました。

 またリヴァイアサンの尾は、極大のエネルギー放出を終えてから動きが非常に鈍っています。
 大打撃を加えるチャンスでもあるのです。

 これまでの交戦記録から判明したのは以下です。
・至近では『列車のような速度で通過する壁』のようなもの。
・廃滅病のため、弱っている箇所がある。
・弱っている場所や鱗の剥がれた場所は与ダメージが大きくなる。
・HPがとにかくひどい。命中はしやすい。
・攻撃力がヤバい。
・BSの効果が小さい場合があるが、ダメージ攻撃と同程度に効いてはいる。

 リヴァイアサンの尾に、これまで同様の攻撃の他、以下が追加されます。
・ドラゴンブラッド:???、呪い
・帯電:???
・????:???

●状況
 かなりの疲弊や損害が見られる状況です。
 持ちこたえているのはひとえに皆さんイレギュラーズの成果でしょう。

 甲板はひどく揺れます。
 各種対策が有利に働くでしょう。

●ビスクワイア艦隊
 リヴァイアサンの尾部と交戦する艦隊です。

 皆さんはいつも通りスキルを使用した行動の他、船の指揮や砲撃などを試みても構いません。

 以下A~Cから選択し、一行目に記載をお願いします。

A:『後衛船隊』
・サン・ミゲル号:ビスクワイヤ提督のフリゲート船。
 サンタ・パウラ号の撃沈につき、こちらが旗艦になりました……。
 最後方から艦隊指揮を行います。
 一時の休息や負傷者の手当等が可能です。

・リトルベルーガ号:メリルナート家のスループ船です。
 小さく小回りが利きます。
 他所へ救援の人員を派遣する他、救助等も可能です。
 撃沈の可能性があります。

 ※イレギュラーズの小型船が救助に参加する場合、ここに組み込まれます。

B:『近接船隊』
・黒鷲号;アストラルノヴァ家のガレアス船です。
・他、数隻。
 リヴァイアサンに隣接して白兵戦闘を仕掛けます。
 撃沈の可能性があります。

 ※イレギュラーズの小型船が攻撃に参加する場合、ここに組み込まれます。

C:『砲撃船隊』
・アスセーナ・ペタロIII号:拿捕した戦列艦です。
・サンタパトリシア号:海洋王国のガレオン船です。
・他、数隻。
 遠距離(R3)~超遠距離(R4)で砲撃を加え続けます。
 撃沈の可能性があります。


第3章 第2節

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
クラウジア=ジュエリア=ペトロヴァー(p3p006508)
宝石の魔女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
源 頼々(p3p008328)
虚刃流開祖
ハンス・キングスレー(p3p008418)
運命射手

 その光線は、メインマストより尚太かった。
 その輝きは、陽光よりずっと鮮烈で眩しかった。
 全ては一瞬の出来事であった。
 光は海を灼き、船を焼き、命を焦がし――天空へ突如出現した球面の上を滑りながら去って行った。

「…………は?」
 秋奈がぽかんと口を開けている。
 一行のまぶたの裏には未だ目映い光の残滓がこびりついている。
 鼓膜の奥では未だ脳髄を揺さぶる程の音がわんわんと唸って聞こえていた。
「……ッぶねェなあ!」
 腹から声を絞り出したグドルフは、拳で胸元を押える振りで煤けたロザリオを握りしめ――聖句。
 誰にも見聞き出来ぬ程度のささやかな祈りと共に、自身が軽治癒術と呼ぶ神聖魔術を己に施す。
(ええええ、なんじゃあの攻撃……ビームは反則じゃろビームは)
 アカツキは胸の奥に落ちるじっとりとした感覚を胃腑へ落とすように言葉を飲み込んだ。
 混沌智慧に触れる元素支配級の魔術師だからこそ理解出来る。掠めただけで、命はなかったろう。
「とは言え、とは言えじゃ。最早分水嶺は越えた、引くわけにはいかぬ」
「だろうぜ。ここを逃したら攻め切るチャンスなんてもう無ェぞ、ありったけをブチかましていくぜ!」
 アカツキの言葉に頷いたグドルフが吠えた。
 クルーが一斉に拳を振り上げる。

 海面はこの時、この一瞬、嘘のように穏やかであった。
 一行はアストラルノヴァ家のガレアス船と、随伴する数隻の小型船に搭乗して竜の尾へ迫っている。
 先陣を切るのはその一隻――二本マストのトップスル・スクーナー『Concordia』であった。
「トンデモなんてものじゃないわ」
 舵を握るルチアは、怒りさえ滲ませて吐き捨てた。
 戦意にこそ衰えはないが、いささかうんざりとしてきたのは無理もない。
「こんな滅茶苦茶がまかり通るなら、もうどんな想定も覆されておかしくないじゃない」
 言葉を続けながらルチアは取り舵を切る。
 海に浮かぶ赤黒い残骸は、光に焼かれた狂王種の屍であろう。
 光線を撃ち尽くした尾は、その先を帯電させたまま微動だにしていない。
「手伝うよっ」
 戦闘へ居たる僅かな合間に、秋奈はクルーの応急処置を行っていた。
「野郎ォ、相当焦ってんな」
 甲板で腕を組むグドルフの言葉通り、リヴァイアサンは正靂(まことのかみのふるめき)を放った。
 その後は連発するどころか、尻尾に至ってはご覧の有り様だ。
 リヴァイアサンとて、これまでの戦闘の中で大きく傷ついている中で、これほどの隙を見せなければならない大技を放ったということは、幾ばくも余裕がないことを示していると思える。

(――シャルロット)
 魔種陣営から離反したミロワールことシャルロットをハルアは友人と呼んだ。
 光線を遮ったミロワールは、残された力を大きく損耗させた筈だ。
 友人の危機に息が詰まる。
 胸の奥を焦燥がかき乱す。
(焦っちゃ駄目だ……!)
 震える心をいなしつけ、ハルアは可憐な瞳で徐々に迫る巨体――竜の尾を正面から見据えた。
 災厄を成したリヴァイアサンとて、決して憎い訳ではない。
 だが。
 ハルアは勝利の女神を宿す美しい――奇しくも『鏡面』のような刃に彼女の可愛らしい相貌を映している――大戦斧を構える。
 立ち塞がる今を吹き飛ばし、未来を切り開くために。
 今はただ、全力を尽くす覚悟を決めた。

 大技を凌ぎきったのは、それがイレギュラーズによって紡がれたとは言え、正に『奇跡』と呼ぶ他ないのだろう。
(奇跡なんてものは屹度、いつまでも続くワケがない)
 その一瞬、柄でもない表情を浮かべかけたゼファーは、槍を握りしめて何時もの笑みに切り替えた。
(此の降りかかった奇跡……絶対に、無駄にしちゃならないわよね)

「さあさあ、撃て撃て野郎共!」

 ――Aye, ma'am!

「側砲、重砲、臼砲。鉛と言う鉛をありったけ!」

 ――Aye, ma'am!

「仲間の死に報いるのなら、
 与えられた奇跡に報いるのなら、
 今は各々が役割を果たすのみ!
 御祈りなんてしてる暇があったら弾を込めなさい!」

 ――Ayeaye, ma'am!

 アストラリアンガレアスによる激しい砲撃が開始された。
「マム、ね」
 最近十七になったばかりの少女は苦笑を一つ噛み殺し、とは言え鼓舞ばかりもしていられない。
(それに、竜の頭は確実に何かへ意識を割いている)
 予感はある。だが今は攻めねばならないと、自身も砲撃と共に槍撃を放つ。

「まだ『たかだか』五割ですっ! 普通の戦争ならもう壊滅ですがねぇっ!」
 通常、全体の五割が喪失された場合を壊滅と扱う。
 先にヨハナが述べたのはそうした一般論であった。
 だが。
「こちとら徹頭徹尾普通じゃねえやつらの集まりなんですよっ!」
 成程違いない。それに向こうの尻尾とて、大概ズタズタな状態である。

 ――やれますっ!
   やれますよっ!
   やってみせますよっ!

 砲撃の轟音が響く中、竜の尾がぐんぐん迫ってくる。
 その威容は未だ健在、だが剥がれた鱗の下を蠢くおぞましい肉塊と流血は、それがひどく傷ついている現実を一行に知らしめている。

「ここで立ち向かわなければ僕らは生涯後悔するだろう!」

 ――Aye, Sir!

「この掴んだ勝機を逃すわけにはいかない!」

 ――Aye, Sir!

「食らいついて喰らいついて絶対に離さない!」

 ――Aye aye, Sir!!

「僕たちイレギュラーズの、人間の執念を思い知らせてやる! 全軍銃帯(オールハンデッド)!!」

 名も無き兵すら英雄とする不滅艦(エンタープライズ)に鬨が轟いた。

「ねぇルチア。今度は私を守ってよ? ……なんてね!」
「安心なさい。次いいの貰ったら、諸共に海の藻屑よ」
 些かシビアな回答を、しかしオデットは微笑みながら受け止めた。
 仲間がいて、この信用出来る友人が居るから――負ける気がしないのだ。
 光翼を纏った妖精は魔性の術詩を紡ぎ上げる。
「いやらしいのは妖精の特権ってね」
 多重展開した魔方陣から立て続けに放たれた色彩は、竜の傷口を穿ち、焼き、蝕んで往く。
「ウミヘビ風情が舐め腐りおって!」
 クラウジアの指針は明快だ。
 ぶっ放し、ぶっ放し、ぶっ放し、逃げる!
「なぁに、当たるも八卦、当たらぬも八卦というでのう」
 渾身の意思力が砲弾となり、竜鱗を穿ち突き破る。

 砕けた竜鱗の破片を煤けた外套でなぎ払い、イレギュラーズきっての重戦車(グドルフ)は、幾分くたびれて見える――その実百戦錬磨の鈍色を湛えた――手斧を大上段から振りかぶる。
 鋼のような肉を斬る手応え。はじけ飛ぶ竜血が山賊の頬を深紅に染め上げる。
「反撃のつもりかよ、上等じゃねえか!」
 人の身を蝕む竜血を浴びたグドルフは目を見開いて、渾身の蛮刀をたたき込んだ。

「こちらが苦しい時は相手も苦しい!
 その証拠にあの巨体、大分脆くってきておるぞ!!
 皆、気合を入れよ! ここじゃ、ここが命の賭け時じゃ!!」

 ――Ayeaye, ma'am!

「必殺の一撃じゃ!!」
「炙り焼きにしてあげますよっ!」
 業炎を纏う巨大な鍵のようなものを振りかぶり、ヨハナは渾身の一撃をたたき込む。
 アカツキが顕現させた巨大な岩の拳が砲弾の中心を飛び、竜鱗ごと砕いて大きすぎる蜂の巣を穿つ。

 ――こんな簡単に、人が死んだのよっ。
   いっぱい……いっぱい、想いがあったのに、人が死んだのよ、一瞬でっ!

「あぁ、でも懐かしい。ありがとう、昔を思い出してきたわ……」
 昔の通りに。
 一兵器として。
「悪性腫瘍の排除開始!」
 秋奈の構えた戦神異界式装備第零壱号奏から放たれた直死の一撃は闇色に膨張し、巨大な顎が竜の身を食い破る。
「いいじゃない、この千載一遇が――!」
 紫電を帯びたゼファーの槍が竜の身を深々と穿ち抉る。

「総員抜刀! あのデカブツを黒鷲の爪で引き裂いてやれ!」

 ――Yes, My Lord!

「飛べ!」

 アドラー・ディルク・アストラルノヴァの号令と共に、家臣団が一斉に飛び立った。
 総員帯刀の白兵空母(!?)による接舷攻撃は、正に限界の戦術ではあろうが。

(……彼女の護りで動きが鈍った。……ありがとう)

 ──さあ、竜頭蛇尾で終わらせてやろう……!

「ハンス、背中を借りるぞ!」
「全く人遣いが荒いなぁ……了解!」
 続いて頼々を乗せたハンスも飛び立つ。

 準備はOK? ──全速力で、突っ込むよ!

 無数の刃が縦横に切り刻むただ中へ、一気に滑空したハンスの背で凛と鯉口の音。
「この距離なら外さん! 合わせろ!」
「分かったよ。思いっきりを……ッ!」
「喰らえよ、クソ竜!」
 天空を切り裂く二重の斬撃が竜の肉を断ち、穿ち、血花が迸る。

「この一投は勝利への布石! ライトニングダガー!!」
 雷撃を帯びたヨハンの短剣が竜の身に突き刺さり、火花を散らす。
「これだけあちこちで奇跡が起きてるんです、これからもどんどん奇跡を起こしていきましょう!」

 舵を切り、僅かに動く竜の尾へ衝突ぎりぎりまで隣接して。
 刹那の集中の最中に、それでもルチアは仲間達の傷さえ癒やして。
「疲れた人はブリッジまで来なさい」
「助かる!」
 ルチアの声に頷いた数名へ、次々に展開するのは調律の術陣。
 その光が竜血と電撃に傷ついた傷口を瞬く間の内に消失させる。

 ――父上は俺の事をずっと嫌っているのだと思っていた。

 アドラーから譲り受けた懐刀を握るヨタカの眼前に、父の背中がある。
「覚えているな、ヨタカ」
 海洋王国大号令が始まった日の祭典――カルナヴァル・マールでの公演の事を。
「良かったぞ。次も呼べよ」
「っ……父上」
 刹那、言葉に詰まったヨタカの前で、サーベルを抜き放ったアドラーが飛び立つ。
(短剣よ……どうか我等に加護を……)
「さ、小鳥。チチオヤと肩を並べるのであろ?」
 そうだ。背を預けられた今、共に肩を並べるのは誰だ!
「紫月……背中を押してくれて……ありがとう」
「なら、とっておきの場面を見せておくれ」

「ヨタカ・アストラルノヴァ! 出撃する!」

 家臣団やイレギュラーズにに降りかかる竜血の呪いを打ち払い、ヨタカは叫んだ。
 それはやったこともない敬礼のまねごとで。
 それは普段、出すこともない大声で。
 一瞬の沈黙の後に、家臣達から喝采が湧き上がる。
 二重の結界を展開した五月のフラワームーン――ヨタカは無敵を纏う武器商人『紫月』と共に空を舞う。
「歌でも良かったが」
 笑いもせず告げる厳格な声音は、しかし垣間見える暖かさを胸に広げて。
「いえ、今は、これで――!」
「良かろう、我が太刀筋をしかとその目に焼き付けておけ!」
「はい――ッ!」
 アドラーの軍刀がしなり、強固な竜鱗を一撃で断ち切る。
 影のように離脱した父が広げた傷口に、ヨタカは短剣を突き立て生命の再生能力を逆転させる魔力を解き放った。崩れる血肉を蹴りつけ、空中で背を合わせた二人へ降り注ぐ竜血は――

 ――大丈夫、おまえの傷は我(アタシ)が引き受けよう。

 その全て受け止める者が居るのだから。

成否

成功


第3章 第3節

ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)
救いの翼
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
コルウィン・ロンミィ(p3p007390)
靡く白スーツ
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ドゥー・ウーヤー(p3p007913)
海を越えて
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家

 再び続く滅びの名は――大海嘯。
 全軍を壊滅せしむる災厄を消し去ったのは、たった一人の少女が紡いだ奇跡であった。
 少女――掛け替えのない仲間(カタラァナ)と引き換えに――

「なんてこと……」
 多くの命を消し去ったあの光線と、一人の少女を失った大海嘯と。
 胸が詰まる。悪酔いでもしたかのように、何かが脳髄を打ち付けている。
 それは搭乗する後衛艦隊――この戦列艦アスセーナ・ペタロIIIの砲撃によるものではない。
 あの中には港町の酒場で盃を交した人が乗っていたかも知れなくて――
「ああ嫌ねぇ、海は冒険と浪漫に溢れるものよ」
 言い聞かせるように唱えずにはいられなくて。
「そうさねえ」
 酷く聞き覚えのある声にアーリアが振り向いた。
 其処には強い笑みを讃えた『青鰭帝』オーディンと『赤髭王』バルバロッサが立っているではないか。
 その傍には、些かやつれた様子のローレンスまで。
「ヨナちゃん! バルバロッサさんとローレンスさんまで」
「此処が正念場だからな」
 バルバロッサは不敵に笑い、ヨナはアーリアの背を叩く。
「沈んでいった奴らの為に行くよ。アーリア!」
「ええ!」
 アーリアの放つ蜜の罠に、ヨナの剣が舞った。
「っしゃ、俺らも行くぜ!」
「はい」
 バルバロッサはローレンスを伴って甲板を走る。
 次々に穿たれる傷を、ジェイクは怜悧な視線で射抜いた。
「もうひと押しだ!」
 此方も苦しい状況。だが間違いなくリヴァイアサンとて疲弊している。
「無理、無茶、無謀は承知の上だ。このまま一気に押し込んでやる!」
「おう! やってやるぜ!」
 バルバロッサの穿った傷にジェイクの弾丸が突き刺さる。
「まだ、だ」
 引き裂かれた繊維の見えた傷口にジェイクは再度照準を定めた。
 研ぎ澄まされた視界は、その全てをコマ送りのように――
「いい加減に沈みやがれ! 鉛弾をたっぷり喰らってな」
 放たれた鉛の牙は無数。穿たれた傷はただの一。
 竜の尾が身じろぎし、微かに船を揺らしたではないか。
 軋んだか、その骨が。神経が。
 弾丸は寸分の狂いもなく、竜骨まで達っしていた。

「フゥーーーーーーーー……」

 不運(ジコ)っちまったみてえに、身体中が痛え。
 血なんか止まらねえ。
 顎に貰った後みてえに頭ん中ガンガンするし、目だって霞んで来ちゃいる、が。
 目の前で見てた訳では無い。
 けれど、身体を張って守ってくれた者が居た。
 ならば――男として返さねば道理が立たぬ。

「行くぞテメーーーーーーーーーーーーらァ!!!!!!!」

 千尋の檄。砲門室の中に詰め込まれた船員達が一斉に吠える。
 狙うは傷ついている場所。それと連射が重要だろう。
「あんだけデケェんだ、どこ狙ったって当たるだろ!! 撃て撃て撃てェーい!!!」

 心はHOTに。頭はCOOLに。それが。
「――イイ男の条件だぜ?」

 神経が加速する。目の前の全てが遅くなる。
 放たれた無数の砲弾が竜の鱗を粉みじんに打ち砕いて往く。

 陽光の如く優しき守り。傷ついても尚ミロワールはイレギュラーズを守り続けているのだろう。
 その戦場は遠く、だが恩恵はこの戦域にまで達したのだ。
 なれば、己が出来る事は目の前の龍神を倒すのみ。
 糸を繰り鬼灯は戦場に立つ。
「さあ、第二幕。開演しよう」
『なのだわ!』
 悪意は時に神をも殺す。この手は腕の中の小さな存在を守る事が精一杯だろう。
 けれど、それでも。
 世界が破滅に向かうならば脅かされるのは慎ましやかな生活に他ならない。
『海の竜さんは眠れないの? 子守歌を歌ってあげましょうか?』
「アレに嫁殿の子守唄など勿体なさすぎるよ、嫁殿」
 見えぬ糸をリヴァイアサンに叩きつける。
 鬼灯の隣には大地が険しい顔で立っていた。
 此方の傷は決して浅くは無い。沈んだ船に乗っていたのは何人なのだろう。
 だから。こんな所で終わる事は許されない。
「ほラ、お前もいっそソ、その尻尾、トカゲみてぇに落としちまえば楽になるゾ?」
 カラカラと赤羽の皮肉めいた言葉が紡がれる。
 鬼灯が伸ばした糸の先に。大地は毒花を贈るのだ。

「でも、俺達生きて帰れるのか?」
「不安で仕方ないよ。あっちの船みたいになったら……」

 聞こえてきた船員の悲痛な声に赤羽は大丈夫だと励ます。
「この船を幽霊船にしたくないだロ? なラ、今何が必要ダ?」
「は、はい!」
 口は悪いが、優しい言葉だけが励ましではない。
 迷う心を純化させるのは極限状態において正しい道なのだろう。

 戦慄が身体の芯を揺さぶっている。
 目の前で起った閃光の傷跡を前に、ドゥーは服を握りしめた。
「でも」
 絶対に負けてやるものかと唇を噛む。ここまで繋いできた皆の希望。
 今が好機。震える足を踏みしめて意識を上げる。
 長い前髪の隙間から覗く世界はよく見えた。
 今まで仲間が傷つけた一太刀。一太刀が無数に刻まれている。
 廃滅病に弱り腐った部分に狙いを定めドゥーは引き金を引いた。
「俺達もぼろぼろだけど最前線で戦ってる人達の方がもっと大変だ」
 だから。少しでも力になれるように。

 魔弾は放たれる――

 その軌道を追ってコルウィンは照準を定めた。
 回転する対戦車ライフルignorance over collapseの弾丸はほぼ水平に移動し。
 暴風の煽りを受けて僅かに上昇する。当然――見越したエイムだ。
 足下に配した風に乗って船の揺れを物ともしない正確な狙い。
「その肉、穿ち削ってくれる……!」
 穿たれた傷口は幾重にも重なりリヴァイアサンの尾を灼いた。
 コルウィンの隣で、ミニュイが機械仕掛けの翼を広げた。
 放たれた一斉射撃――
 歌が聞こえたのだ。
 この海の上で。誇り高く穢れの無い澄んだ歌声が。
 歌声の主が作り出した機を無駄にすることはできない。引き換えにしたもののためにも。
「ここで、削る!」
 風が巻き上がりミニュイの身体が浮き上がる。
 コルウィンが穿ったその傷を正確に射貫く最大火力。
 突き刺さる羽根の先はリヴァイアサンの傷口を抉り取った。

「っらあ!」

 ミニュイの前に大波が襲い来る。
 それを一手に引き受けたのはゴリョウだった。
 天を跨ぐ狼の盾を掲げ。直撃を逸らしていく。
「大丈夫か!」
「いや、あなたの方が」
「ぶはははっ! 俺は大丈夫よ! こちとら何年もタンクやってるんでな」
 天狼盾『天蓋』を構えたゴリョウが豪快に笑う。
「だからよお、存分に打ち込め!」
「……ええ!」
 背中は血に塗れ激痛が走る。それでも、ゴリョウは誰かを庇うことを止めない。
 しぶとく長く。誰よりも長く。戦場に立ち続ける為に。

成否

成功

状態異常
ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
ディバイン・シールド

第3章 第4節

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ルクト・ナード(p3p007354)
蒼空の眼
桐神 きり(p3p007718)
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
リサ・ディーラング(p3p008016)
特異運命座標
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
フォークロワ=バロン(p3p008405)
嘘に誠に
ロト(p3p008480)
精霊教師

「……あれが、魔種」
 瑠璃は、フォークロワは見逃さなかった。
 鏡面の結界がリヴァイアサンの閃光を弾く、その様を――
「それに……パンドラ・パーティー・プロジェクト……」
 滅びの箱船(ミロワール)と可能性の獣(カタラァナ)。
 魔種とイレギュラーズは相反する存在、不倶戴天の敵同士である。
 だが、いまこの瞬間は。この瞬間だけは、そうではなかった。
 竜種の放つ圧倒的な滅びに対して彼女達は、その身を賭して一縷の希望を紡いだのである。
 閉ざすわけにはいかない。
 紡いだ恩に報いなければならない。
 その為には、何としても生き残らねばならないだろう。
 仲間が紡いだ攻撃の手は尾の表面を傷だらけにしていた。
 そこを狙わない道理はない。
「その身の綻びの尽くを貫いてあげましょう!」
 瑠璃は揺れで振り落とされないように船の欄干を掴んだ。
 魔術礼装は衝撃で無くしてしまわないように、ストラップをつける。
 身を乗り出して、リヴァイアサンの尾へ魔術を解き放った。
 フォークロワの魔術回路から放たれる光。
 回転しながら登り詰める魔弾。
 尾の滑った表面を垂直に飛び、傷口へ着弾する。
 幾度でも。その身を穿つまで。先の未来を『彼女』に見せるために――

「……まだ」
 肩で息をしながらまだ飛べるのだとルクトは前を向いた。
 多少の無茶を惜しむのならばこんな死地に赴きなどしない。
 武装の出し惜しみも無しだ。本当の正念場。
 持てる限りを尽くし。撃ち込むのみ。
 全力の攻撃は精神を削っていく。汗が頬を流れていった。
「出来れば船の被害を抑えたい所だが」
 この甲板の下には数十数百もの人が乗っている。
 攻撃の手を取ることだけが戦いじゃない。全員が己の役目を全うしている。
 そんな彼等を守りたい。ルクトは魔力切れを起こした身体に鞭を打って飛び出した。

 ニーニアは小型船で戦場を駆け回っていた。
 船の残骸を回収し。現存する船の修理に充てる。
 沈められた船は元に戻すことは出来ない。けれど、まだ残っている船を生かすために、使えるものは使うのだと口を引き締めた。
「あれは……」
 船の残骸を引き渡しながら、ニーニアは蠢く人影を見つける。
「大丈夫!?」
「あ……」
 身体をズタボロにしながら顔を上げたのはルクトだ。
 船への攻撃を一身に受け、海に投げ出されたらしい。
「よくがんばったよ! 君がこの船を守ったんだね!」
「……よかった」
 直ぐさま引き上げ治療を施すニーニア。

 目の前を走った巨大な閃光にロトは驚愕していた。
「これが……」
 伝説の竜種の力なのかと。けれど、怖じ気づいていては死があるのみ。
 しかし、自分に出来る事は限られている。
 攻撃の手を持たぬ自分に何が出来るかと問われれば。
 この場に居る仲間を鼓舞すること。
 それは己で直接攻撃するよりもずっと優位に働く。
「とにかく撃って鱗に衝撃を与えて剥がすんだ」
 宴の音色は戦場に響き、きりの身体が力を増した。
「ありがとうございます。力が溢れます」
 拳を握れば、何時もより気力を感じられるときりは喜ぶ。
 リヴァイアサンの閃光を弾いたのはミロワールの鏡面結界。
 魔種である彼女が身体を張ったのだ。
「今度はこちらが仕事を果たす番でしょう」
 この海上で散っていった代償は計り知れない。降りる事すら出来ぬほどの対価。
「目指した成果を総取りするため、私も全力を尽くします!」
 最大火力を持ってリヴァイアサンの尾へ攻撃を叩きつける。

 今、己が出来る事を。僅かでも構わない。全力で成す――

 リサは前髪に隠した瞳で眼前の竜を睨み付けた。
 バリアが剥がれる前に全てを終わらせる。
 改造を施したバリスタの狙いを定めるリサ。傷ついた箇所へ向けて放つのだ。
「肉抉り骨を砕くっす――!」
 射出された槍矢は回転しながらリバイアサンの鱗を削る。

 その時。ミシミシと船が軋む音がした。
 船員の慌てる声がそこら中で響く。
「ああ、もう! 舐めんじゃねえっすよ! 職人舐めんな!」
 ニーニアの集めた他船の残骸を器用に組み上げ、修理していくリサ。
 それは二人が紡ぎ上げた成果であり――

「ご主人様」
 儚い鈴の声色でベネディクトを呼ぶ。
 顔を見ずとも清楚な出立のリュティスが傍に居ることが分かる。
「流石竜種ですね」
 強力な閃光で船が一瞬で海の藻屑と化した。
「ああ。強大な相手だ」
「ですが、疲弊しているようにも見えます」
「そうだな。此処が狙い所だ」
 ベネディクトはリュティスに向き直り、しっかりと頷く。
「機を見て敏に動け」
「はい」
 混乱した戦場では、僅かな気の緩みがリーダーを、部下を、互いに失う事など日常茶飯事。
 己が意思を持ち、自己の判断で最良を選び取れとベネディクトはリュティスに告げる。

「これまで幾度も攻撃を重ねて来た場所を狙え! 戦友達が作り上げた道を切り拓くんだ!」

 腕を引き絞ったまま思い切り踏み込む。
 僅かに腰を落とし、一気に捻る。
 唸りを上げた槍、ガルムの一撃が嵐を切り裂き、竜の尾に根元までめり込んだ。

「──今だッ! 撃ち抜けぇ!」

 一斉砲撃の最中に、仲間達の声はレイチェルの耳にも届いた。
 依然として、状況は良くないのだろう。
 しかし勝機が全く閉ざされたわけではない。
「一発派手に喰らわせてやろうじゃねぇか」
 自分の未来は自身の手で切り開く。
 神にさえ反逆せしめる決意を胸に、レイチェルは禁じられた魔性を解き放つ。

 復讐するは”我”にあり──

 半身が焼け付く程の負荷は。だが、何だと言うのだ。
「そうだろ?」
「ン」
 レイチェルの問いに小さく頷いたジェック。
「ヒトの身に、随分クルしめられてるジャンね」
 自分より過小で小さき者たちを『追い払えない』ことに苛立ちだとしたら、敵と見做されない方が戦い易かったのだろう。
 今は、きっと違う。
 眼前の虫螻だった者達は、明確な敵であり、脅威であり、だから竜は滅びを放ったのだ。
 けれど、今更引き下がる事など出来はしない。
 沈んでいった仲間の命の笑顔を覚えているから。
「道をツナげ。歩みを止メルな。コノ海の王の座は、アタシ達がウバうのだから!」
 トリガーを引く。反動がジェックの身体へ食い込む。
 禁術――流れる深紅の雫から紅蓮の焔が燃え上がり、海原を駆け抜ける。
 放たれた軌跡は竜の尾へ、その深く抉られた傷口を尚も引き裂いて焼き尽くす。

成否

成功

状態異常
ルクト・ナード(p3p007354)[重傷]
蒼空の眼

第3章 第5節

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
アト・サイン(p3p001394)
観光客
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
アレックス=E=フォルカス(p3p002810)
天罰
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
那須 与一(p3p003103)
紫苑忠狼
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)
流星と並び立つ赤き備
シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)
ロクデナシ車椅子探偵
メリッカ・ヘクセス(p3p006565)
大空の支配者
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌

 イレギュラーズ、海洋王国軍、鉄帝国軍による決死の猛攻が続いている。
 このアンバランスな船舶を白兵空母と呼ぶとは正気の沙汰でないが、成程よく機能させたものだ。
 ガレアス船から放たれた至近の斉射に、煌めく無数の白刃に、巌のように聳える尾が微かに震えたか。
 高波の飛沫が甲板に降り注ぎ、船が大きく揺さぶられている。
 だがそれは身じろぎ一つで波濤を成す程の猛威と比すれば、漣でしかないとも思えて。

 そんなガレアス――黒鷲号からロープを掴み、十三名がアトの小型船に飛び乗った。
 向かうは尾の、最至近だ。
「ったく。空はあんなに青いってのに――海は酷い荒れ模様だ」
 折れ曲がった光線がこじ開けた僅かな蒼穹を仰ぎ、アトは溜息一つ舵を切る。
「予想以上にやれるじゃないか」
 呟いたシャルロッテは船全体を俯瞰するために、ブリッジ後方に待機する。
 初めの戦力差を思えば、そこには絶望しかなかった筈だが――
 とは言え、ただ最善手を打ち合うだけでは盤面の行き先は見えている。
 何かしら強い手は打ちたい所だが。
 ともあれ竜が放つもう一発までの間に、叩けるだけ叩いてやろう。
 騎兵隊の思いは一つだった。
 あわよくば――ここで。さもなくば次手で終わらせる為に。
 潮に乗り、荒波を越える。
 傷だらけの巌へ目一杯、ぶつける程に船を寄せてやる。
 ガレアスの甲板から、遠く砲手達の口笛が聞こえ――衝撃。
 微かに尾に触れたか。
 だが。

「今が好機――! 総員、攻撃開始!」

 至近。竜の尾はほとんど動いていない。
 状況が許すのは、次の斉射か、あるいは再び竜尾が動くまでの僅かな時間だけ。
(流星は、まだ落ちない!)
 疲労の色など見せてやるものか。

「騎兵隊、レイリー=シュタイン。行くよー!」
 一番槍の大盾――アクロアイトアイギスの白銀が雷鳴に輝き、押し寄せる波濤を断ち割る。
 己が生命力さえ仲間の力に変えて。
「波の右に回るんだ!」
 勝利と栄光の象徴たる指揮杖を握るシャルロッテの令を背に、騎兵隊の進軍する。

 皆の戦いを間近で見続けた――
 ある人は力強く。
 ある人は賢く。
 ある人は人望で。
 滅海竜リヴァイアサンを着実に、堅実に、確実に追い詰めている。
 レオンの役に立っている。

 絶望の青――破滅の海でここまで達した自身をすら平凡と嘆く華蓮は、余人が見れば些か以上に謙遜が過ぎるやもしれないが。
 癒やしの歌を紡ぐ華蓮は胸の奥に秘める蒼剣(レオン)の導きへ、そっと手を添え握りしめる。
 最適解は、このまま後衛に徹する事なのかも知れない。
 心を苛む小さな棘――焦燥の刃は怜悧な頭脳を焦がして止まない。
 振り絞った力は、あるいは付け焼き刃に過ぎないのだとしても。
 放たれた術式は、その小さな棘は、胸を掻きむしる程の痛みと共に、竜尾を抉り穿ち付けた。

「ただの拳銃弾だと思うなよ
 僕の片腕がぶっ壊れかねないほど撃てば、ちょいとしたフランキ砲ぐらいにはなるんだぜ?」
 アトは僅か一瞬だけ舵を手放し、西部に平和をもたらした銃――その模倣品を真正面から構える。
 俄に大きく傾いたブリッジへ身を投げ出しながら。
 飛び散るマナの強烈な火花に拳を焼かれても。
 四十五口径から放たれ続ける僅か六発の弾丸は、竜鱗を穿ち、引き裂き、竜血が迸る。
 空薬莢が廃滅の海へと舞った。
「あの血、何かに使えないものかな」
 観光客らしい感想と共にブリッジで身体を捻って立ち上がったアトは、既にリロードを終えている。

 大波に濡れた甲板に、けれどウィズィは軽快な足取りを崩すこともなく。
「……落ち着いて、落ち着いて」
 大降りの後の今こそがチャンス。さながら自身に言い聞かせるように。

 ――燃え立つ心、蝕む心。愛が私を呼んでいる!

「――さあ、これが私のクソでっかい感情のナイフ。当たって、砕けろ!」
 唸りを上げて竜尾を穿つ巨大なナイフがその肉を抉り去り、廃滅の海に赤が砕ける。
 続く波濤。
 身を切る程の衝撃に、されどレイリーを微塵にもゆるがせはしない。
「私は絶対に倒れないわ!」

 ――流星の煌めきは人にも、怪物にも等しく届く。

「その煌めきを貴様如きに邪魔をさせる訳にはいかぬよなァ?」
 レイリーと並び立つアレックスは、突き刺さる程の水圧を前に、その魔性を解き放つ。
 船体の保護を見据える彼は、今この瞬間に重視するのは、イーリンの統率による陣を守り抜くこと。
 ならばこの刹那、そのための壁となろう――

 騎兵隊の徹底的な攻勢は続いている。
「わたしが絶対に倒れさせないから!」
 凛と瞳を輝かせたココロは、この日重装砲撃魔術師用の甲冑さえ身に纏い。
 掲げた魔道書が儚い海音を奏で――癒やしの術式は天の救済が如く、温かな光が騎兵隊を包み込む。
「いいでしょう、回復はできんが今回はサポートはさせてもらう」
 リアナルが吐いたのは、何度目の溜息であろうか。
 幾度倒れても、大きな怪我をしても。
 死にたくないと言ってさえ前に出続ける、あの姿を見せられるのは。
 とはいえ、今この瞬間を戦い続けるために必要なのは、甲板の中心に立つココロであろう。
「皆がやりたいことをやれるなら、パズルのピースにだってなってやるさ」
 戦況をそう読んだリアナルは、自身の魔力を最適化させココロに、それから仲間達に聖なる力を預けた。
「騎兵隊は足し算じゃねぇ。掛け合わせるのさ!」
 成程、時折竜が放つその水弾は、その水刃は、雷撃は。
 騎兵隊のみならず、竜の身さえ徐々に徐々に傷つけている。

「“雨垂れ石を穿つ”。どうだろう、この諺の意味を実体験で以て理解できつつあるかな?」
 微かに宙を滑るメリッカは、そのしなやかな肢体を舞姫のように踊らせて。
 射抜く片眼の先へと、細い指先を差し出した。
 放たれた魔力の奔流は大気を灼き、波濤を貫き、竜尾を突き破る。

「さぁ貴様の屍を晒せ、我らが騎兵隊の糧となれよ水蛇がァ!!!」
 言葉に刃を湛えて、アレックスはその意思抵抗力を眼前の肉塊へと叩き付け――
「多少の揺れ程度では拙者の……私の照準はずれない!」
 余りに巨大な殲滅火砲を突きつけ、その身を兵器の核とした与一の砲身が火を噴いた。
 閃光と共に叩き付けられる弾丸の嵐は、砕けた竜鱗の傷痕を縫い付け、血肉が迸る。

 高波は尚も船を揺らし、されど。
「この程度で怯ませられるつもり?」
 勝ち気な瞳を輝かせ、ゼフィラは義肢で掴んだ星狩りの大弓を引き絞る。
 優美な、されど海の戦士たる航海衣装を身に纏い。
 ゼフィラは、一行は。この絶望を貫く希望そのものだ。
 放たれた閃熱を纏う矢は唸りを上げ、圧倒的な破壊が竜身を穿ち貫いた。
「はっはっは、こいつぁ楽しい戦じゃねぇか!」
 こんな所で死ねるものか。
 ならばやることは一つ。これを徹底的に叩き、破壊し、踏破するのみ。
 エレンシアは黒き大剣を大上段に振りかぶり、可憐な黒髪が揺れ。
「この戦場に居合わせたこと、居られたことに感謝するぜデカブツ!」
 一閃。
 放たれた鋼の暴風は憎悪の爪牙となり、嵐さえ突き破り、竜鱗を爆ぜさせ、肉壁を引き裂き蹂躙する。

 ――そうしてアタシはさらに強くなれるんだからな!!

 それはさながら、たてがみを黄金に燃え上がる獅子のように。
「目を醒ませ、私の獣!」
 垣間見えたもう一人の彼女――可能性の顕現。
 アバターカレイドアクセラレーションを纏うウィズィの瞳が煌めいた。

 ――奔れ、私の恋の炎ッ!

 夢見た未来を駆ける為。
 幾重にも炸裂する蒼炎の魔眼が竜の身すらも焼き尽くし――

 ――私の魔眼は効くだろう?
   想いを乗せて視線を送るのは得意なのさ。
   そうでしょう、我が片翼!

「行っけ、イーリン! ぶっ放せぇ!!」

 好機は逃さない。

「切り札は一枚だと思った? 冗談――ぶっぱなしてやるわ!」

 髪は紫苑へ、精気は幽世へ。瞳だけが紅玉の輝きを湛え、光の尾を引く――
 流星の描く聖女は紅い依代、掲げた戦旗を長尺の光剣と成し、一息に振るった。
 視界を覆う程の光が、仲間達の穿った傷痕へと更なる断面をこじ開ける。

成否

成功


第3章 第6節

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ライセル(p3p002845)
Dáinsleif
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
すずな(p3p005307)
信ず刄
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
ニャムリ(p3p008365)
繋げる夢
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
二下廻・逃夜(p3p008431)
ビビり魂

 廃滅の海へ叫ぶ。
 獣のように、叫ぶ。

 滅べ、滅べ、滅べ――――

 見せつけられた"破滅"を、否定し抗う。
 理性さえ燃え尽きても、その覚悟は揺るがず。
 灼け付く肉体の熱さえ宿す覚悟の刃が、大気を切り裂き竜鱗を断ち割る。
 R.R.(ルイン・ルイナ)――それは『破滅を滅ぼす者』の名である。

 そんな船から、幾ばくか先へ。
「ちょっち邪魔するぜ……」
 竜尾へ最接近のため小型船に乗り込んだミーナの口調は鋭い。
「なぁに、あのクソ野郎殴りに行くなら一緒に行かせてくれってだけだ」
「大技を放って明らかに脱力してる……これは好機だよ、デルさん!」
 担ぎ上げた【原始真刃 ネアンデルタール】と共に、船縁に足を掛けた朋子の狙う先は一つ。

「これほどのチャンスはきっともう二度と無い!
 またあのビームが発射される前にここで叩いて叩いて叩き潰すんだ!!」
 悪魔の凱旋。
 解き放たれるは極限の暴虐。
 火のネアンデルタールが奥義の一。
 暴風と共に竜の肉体を砕く恍惚のデモニアックトライアンフが炸裂する。

 艦隊が受けたダメージの推定は十一パーセント。
 遅れて届いた被害想定は、数値に置き換えればあっけないものだった。
 失われた命の数は、いかほどだったのか。
「なんて力の差なんだ……」
 呟いたラクリマの美貌は、平素と比して尚白かった。

 ――嘘、だろ。

 頭の中がちりちりと灼かれている。
 軋むほど奥歯を噛みしめ、遠く炎上する船へと身を乗り出したライセルの手を、誰かが強く引いた。
「ラクリマ……」
 喉の奥から声を絞り出したライセルの、刺す程の視線から迸る激昂は、無論ラクリマへ向けられたものではないが。
 危険さえ感じる激情に、流させはしない。
 ライセルの命は、ここで失われるべきではないとラクリマは決意して。
 美しい片眼の視線を移す先は、間近に迫る竜の巨体だ。
「ああ、だけど、俺は――許さない」
 滅海竜を。

 仲間達がこじ開けたその傷痕へ、ライセルは紅い魔剣を目一杯に振りかぶり叩き付ける。
 竜鱗が爆ぜ、刀身のような竜血が降り注ぎ、その相貌を染め上げる。
「血を啜れ!」
 傷口にかじりつく飢えた狼のように、突き立て、こじ開け――

 ――だめです、ライセルさん!

 今や蒼白な面持ちで叫んだラクリマを水刃が貫く刹那――それを斬り伏せたのはライセルだった。
「こんな所で俺は死ぬ気はないです! 貴方も死ぬなんて絶対に許しません!」
 目を見開いたライセルは小さく謝罪し。

 だってまだ――その言葉を言っていないのだから。

「まだ諦める訳には行きません。やりますよ、あれを!」
「だな!」
 背を合わせ、構える。
 双方の冒した危険を。この日、許し合う為にも。
 紡がれるラクリマの歌。蒼き剣が炸裂し、ライセルの魔剣が血肉を啜る。

 波濤が迫る。
 二人の水夫が波にもまれる。
「怯むな、喚くな! 自分の持ち場を守れ! 逃げる奴からここでは死ぬと思え!」

 ――アイサー!

 その腕を一気に引き上げたミーナは、竜への刃を突きつけた。
 雷光を纏う一閃が竜尾を切り裂き、血肉さえも燃え上がる――死闘。

「ほんとに行くのぉ!? ねぇほんとに行かなきゃい゛げな゛い゛の゛ぉ!?」
 逃夜の絶叫が嵐の海に響き渡る。
 目の前で船を撃沈させた閃光を見て居ただろうと後ろの二人に涙を浮かべながら抗議する逃夜。
「光線を吐かれようが、海が戦慄こうが、私たちがやる事は変わらない」
 ボディが緑色の顔(モニター)に険しい表情を映し出す。
「……確かに。今は、尻尾の動きが……鈍い。またとない好機だろうねぇ」
 ニャムリがボディの言葉に相づちを打った。
「さっきの見なかったの……? いや見たでしょ……!?」
 激しい逃夜のツッコミが空中を切る。
「全霊で竜と戦いましょう。これ以上の死は、必要ないので」
 ボディの逞しい腕が逃げ腰の逃夜の肩を掴んだ。
「行きますよ」
「うう……せめていつでも逃げられるように心の準備しておこう」

 爆砕と共に水しぶきが吹き上がる。
 いくら神の如き存在といえど、超絶質量の光線を何度も使用することは出来ないだろう。
 けれど。ニャムリの背に汗が流れる。

「――アレは、まだ死に物狂いじゃない」

 傷を無数に負って居たとしても、まだ体力は余り有るだろう。
 何か他に策を弄していたとすれば。どうしたって。怖いではないか。
 だから、彼等は何時でも生き延びる事が出来るように上手く船を繰り――

「ちょっとは休憩させてもらうつもりだったんだけどね」
 イグナートは拳を打ち鳴らし、姿勢を低くした。
 女の子が頑張っているのに男の自分が影に隠れていられるものか。

「行くぞ! 死んでいるヒマがあったら生き返ってでも喰らいつけ!」

 甲板を蹴り跳躍する。
 硬そうなリバイアサンの鱗。拳が潰れ、血が噴き出すかもしれない。
 だが、それがどうしたというのだ。
「オレのコブシに砕けないものは! ない!!」
 イグナートの咆哮が海上に響いたのを、アレクシアは波の間に聞いた。
 視線を流せば船の残骸が海中に沈んでいく。
「これ以上は絶対にやらせない!」
 犠牲になってしまった人達が居た。自分達を信じてくれた女の子がいた。
 負けられる筈が無い。
「リヴァイアサンも間違いなく傷ついてる! ここが正念場、全力で行くよ!」
 アレクシアの支援の光はイグナートやすずなの元にも届いた。
 ここで二度目の閃光を撃たれてしまえば、被害は甚大だろう。
 アレクシアは駆けていくすずなの背を追う。
 迫り来るリヴァイアサンの攻撃をすずなが受ければ戦力が減ってしまうだろう。
「させない!」
 すずなの前に出たアレクシアは三角の魔法陣を展開させる。
 希望の蒼穹を追いかけた少年との約束。その守護陣はリヴァイアサンの攻撃からアレクシアを守り、空色に輝いていた。
 アレクシアが負った傷を見たすずなの足が躊躇う。
 しかし、立ち止まっていては彼女の意思を踏み躙ることになる。
 だから、すずなは正眼に構えた。
 自身に求められるのは、攻撃の一手。
 ならば、この身は刃だ。
「――見極めろ」
 穿つべき場所は仲間が紡いだ傷口。其処に乗せる切っ先。
 風舞う剣檄。全てを賭して。

 ――竜尾一閃!

成否

成功


第3章 第7節

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)
蒼銀一閃
清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
黒星 一晃(p3p004679)
黒一閃
舞音・どら(p3p006257)
聖どら
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)
緋月・澪音(p3p007875)
壊レタ時計
カロン=エスキベル(p3p007972)
対価の魔女
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
リズリー・クレイグ(p3p008130)
暴風暴威

「何て光……!」
 立て続けの破滅に、誰もが戦慄を禁じ得なかった。
 だが――希望は尽きていない。
 シャルレィスの蒼き瞳は、その輝きを、希望を失っては居ない。
 足りないなら、届かせるだけ。
 想いも、覚悟も。

 ――もっともっともっと……ッ!

 甲板にサーベルを突き刺すように立ち上がったリーヌシュカが、その切っ先を竜へと向けた。
「合わせてくれる、リーヌシュカさん?」
 狙うは、可能な限りの尾の先端。
「いいわ、もちろんよシャルレィス!」
 小型船に飛び乗った蒼き風と黒金は、波濤を越えその刃を振りかぶる。
「一二の!」
 リーヌシュカが放つ無数の白刃が鱗を粉々に打ち砕き――
「三!」
 ただの一声。されど天地を揺るがす程の『ティタノマキアの閃光』と共に。
 圧倒的な破壊。暴風を纏う蒼の剣嵐が竜尾を貫き、その肉を抉り、竜骨さえも露出する。
 爆ぜる雷鳴に身を焼かれ、奇跡さえ願って――尚。

 ――つくづくでたらめな存在だな、竜ってやつは。
 二度の滅びを放ち、未だ耐え続けるか。
 下唇を噛んだ縁――十夜もまた、その尾の先に狙いを定めた。
(……多分、俺は最低なんだろう)
 ここに立つ理由は、国のためでも、奇跡と共に消えた仲間の為でも。
 ましてや今さっき目の前で死んでいった名も知らぬ兵士達の為でもない。

 ただ――

(こんな俺に関わったばっかりに呪いを受けちまった嬢ちゃんに、
 未来を残してやらねぇと、安心して逝けやしねぇのさ)
 放たれた死者達の魂。海龍の秘術が、傷ついた尾を赫々と蝕み――

「随分と苦しそうだな、厄災リヴァイアサンよ。
 羽虫風情と見下していた者に傷つけられ、切り札を出すまでに追い詰められた」
 超然とただその一刀を誰よりも速く、鋭く。
「上の者が俺達の所まで降りてくるのは悪くあるまい。
 だが、貴様の高慢さをはがされた時点で戦いは成功している。
 全能を気取る貴様が力を惜しむことが出来ぬ気分はどうだ?」
 御託はここまでだ。
「俺は貴様を、海の覇者を、斬りたくて仕方がない!
 墨染鴉、黒星一晃!一筋の光と成りて、厄災の尾を切り捨てる!」
 それは鯉口の音が耳へ届くよりも疾く。
 駆け抜けた光――零式閃術・彗星は竜の尾へ一文字を描き。
 爆ぜた煌めきは、まさか欠けた竜骨の破片か。

「……さあ、遅れるんじゃないよ!」
 大戦斧を担ぎ上げたリズリーが一行を振り返る。
 それ以上、言葉もなく。
 ただ誰の瞳も戦意に燃え上がっている。
 落ち込むのも、悲しむのも、何もかもは後でいい。
 今はただ、この好機を掴み続けるのみだと。
 攻防は続いている。
 弾丸と白刃の嵐は竜の身を傷つけ、迸る水と雷に誰もが傷つけられている。
 切り開かれた血路の先陣へリズリーは駆けた。
 船板を踏み破る程の踏み込み。
 全身全霊のとっておき、竜の綻びへ、ただ極大の一撃を解き放つ。
 砕けた血肉が舞い上がり、血が湧きたつ、力が滾る、痛みすらも心地よい。
 振り被った血も美酒のようで――
「はは、ははは! ああ、まったくどうしようもないね
 こんな時だってのに、こんな――こんなにも、楽しいなんて!」

「あはは……」
 危ないかとか。足しになるかとか。
 考えている暇はない。チャンスが今なのだ。
 不知火を抜き放ったどらは、全身に漲るアドレナリンが脳髄すら灼き焦がす高揚の中で。
 裂帛の踏み込み。一閃。
 波濤を斬り伏せ、竜の身を穿つ、ただその一心に刃を振るう。
 無理も、無茶も、今更承知の上だ。
「オレも頑張るぜ!」
 仲間も、魔種も――女の子にだけ大変なことをさせてなどいられない!
 戦乙女の加護を纏う永遠の少年――
 洸汰は最前線で仲間達の傷を癒やし、邪悪を払い、戦意を鼓舞し続ける。
 絶望など、していられない!

 荒れ狂う海を割る光の柱は。
 その残滓は今もカロンとフレイのまぶたに残って居て。
「やってくれるじゃない?」
「まったく、リヴァイアサンはまだ能力を持っていたのか」
 ドラゴンブラッドに帯電。神とも謳われる竜の名は伊達ではないと言うことだろう。
 カロンはその様相に苛立ちを募らせる。
「いつまでもウネウネウネウネ偉そうにヒエラルキーの頂点を気取ってんじゃないわよ!」
 天穿つアーカーシャを構えカロンは咆哮する。
 何度だって幾度を越えその魔力の奔流を止めることは出来ない。
 鱗が剥がれ血に濡れた傷に、魔砲を撃ち込むのだ。
 執拗に絡みつく様に。残酷なまでの終焉を放つ。
 迸る魔力はリヴァイアサンの尾をジリジリと焼いた。
 ふと、波が立つ。
 小さなうねりは。大きな津波となってカロン達を襲う。
「っ、あ!」
 一歩前に出たフレイはリヴァイアサンの攻撃からカロンを庇った。
 全身から溢れる血が海水に混ざる。
「はぁ、はぁ……こっちだって」
 死ぬ気も負ける気も一片たりとて無いのだ。
 抗って。抗って。食らいついてやる。
 肩で息をするフレイは可能性の箱を開けて尚、戦場に立ち続ける。
 ぐっと血を拭った瞬間、温かな光がフレイを包み込んだ。
 美しい大天使の歌声が戦場に響く。
 視線を巡らせれば、マルクがその手を此方に向けていた。
「大丈夫かい?」
「ああ、すまない」
 マルクの手を借りて体勢を立て直すフレイ。
「僕は回復するのが役目だから」
 攻撃の手は他の仲間が取っている。短期決戦ならばそれも有効だろう。
 しかし、長期的な戦闘の中、マルクの様な回復手が居なければ戦線自体が崩壊してしまう。
 だからマルクは回復の手を取る。それは、戦線を支える『戦闘力』なのだ。
「攻撃は、皆に委ねるよ。だから、この回復で、僕の力も使って欲しい」
 僅かでも構わない。繋いで行くことが肝心なのだから。
 マルクは視線の先に澪音を映す。
 海が苦手だと呟く声が波の音にかき消された。
 底の見えない闇は未だ慣れることは無く。澪音の心を蝕んでいく。
 絶望の名を与えられるのならば。きっとこんな形をしているのだろう。
 災厄を振りまく獣。酷く心が掻きむしられる。
 月鏡の太刀を振るい、刃を突き立てた澪音。
「此方の攻撃なんて、彼の大蛇には針に刺されるほどにも感じないでしょう」
 それでも。と澪音は刀に力を込める。
 全身全霊を込めて。重ねる傷。紡ぐ絆。

 猛攻は止まらない。
 最後まで抗った兵達の想い。
 力を振り絞ってわたし達を守ってくれた、あの子の想い――

 立ち上がったシルキィの、その儚げな瞳は決意に煌めいていた。
「無駄にしない為に、わたし達は勝つ」

 ――絶対に、乗り越えてみせるんだ……!

 それは『あの瞬間』から、僅か前の事であった。
 サンタパトリシア号の甲板で。意思力の弾丸を放ち続け、竜鱗を砕いたシルキィは向かったのだ。
 彼女の、運命の場所へ。
 魔種ミロワールと分かち合った痛み。そして涙は――
 こうして取り戻された『鏡面世界』の力は、一行に更なる継戦の力をもたらして。
 依然としてシルキィの行方は知れぬまま、激闘は続いて往く。

成否

成功


第3章 第8節

セララ(p3p000273)
魔法騎士
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕

「………おい、美少女」
 白磁の美貌を雨が濡らしている。
「正直、お前のやり方とか発想とか暑苦しくてついていけないが。
 ほんの少しだけ尾のそばまでエスコートしてやる」
 華奢な指先で雫を払い、セレマの目元を雷光がキラキラと彩り、一同が頷く。
 其は――まさしく夢の競演であろう。

 リヴァイアサンが放った破滅は、嘘のようにさえぎられている。
「あの光を捻じ曲げるか……!」
 刀に手をかけた美少女――汰磨羈が瞳を細めた。
 冗談のような護りであったが、いずれにせよ、どちらにせよ。
 アレを何度も行使出来るとは思えない。
 対する竜が健在なれば、このままでは時間の問題だ。ならば――
「クハハッ! よくもまぁやってくれたものよ。だが、まだ諦めぬぞ!」
「更に、更に。貪欲と殺意の権化と化すほどに斬り込んでいくしかあるまいよ。なぁ!」
「応ッ!」
「行くよ! まずアンタの矛を叩き折ってやる!」
 汰磨羈の鬨に、百合子が、ミルヴィが。
 美少女達が嫋やかな笑みで優美に首を傾げた――のであろう! 知らんけど。

 ともあれ。
 美少女達は美少年と共に、穢れた海を進撃する。
 刹那――
 水刃がセレマの細い身体を切り裂い――てない。
 裂いたっちゃ裂いたけど裂いてない。
 全然、HP1のままピンピンしてる。

「……ああああ!」

 ――カッ跳ぶ船の上で、セレマのおでこが全開になっていた。
「吐くじゃん、ボク吐くじゃん」
 高速船は聞いていない。こちとら虚弱体質で喘息持ちだ。
 波濤も雷撃も、船酔いも(!?)その全てを一心に受け、セレマの懸命なエスコートは続いている。
 攻めの美少女with守りの美少年の向かうは尾の最至近。

「魔法騎士セララ参上! 今回のボクは美少女力を上げていくよ!」
 ドーナツをひとかけ、セララが聖剣ラグナロクを抜き放つ。
 ミルヴィのしなやかな肢体を雷光が照らして。
 躍動と律動は、美しく舞う二刀に竜鱗が砕けて。
 それは敵を斬る刃ではない。
 ただ彼女の後悔と願い。決して奪わず鎮める為のイノリであり――
「すごい負荷…それでも負けない!」
 波濤のただ中、それは彼女が平素、否。戦いの中であってさえも捨てぬ流麗ではないのかもしれない。
 けれど。
(華麗さなんてなくていい……流麗じゃなくってもいい)
 それでも、消えぬ煌めきは。
「アタシの剣は誰も死なせない為の力だったはずなんだ!」

 ――その傲慢な剣を断つ!

(どんなに無様でも歯を食いしばって踏ん張って皮や肉が削げようが絶対に離れない!
 アンタにとっちゃアタシは肉を食い破るコバエに過ぎなくっても……)

 ――まだ命があるんだ、人間なめないでよね!

「世話になった分の礼を返す」
 鉄騎少女十七号――十七夜(かなぎ)の瞳が見据える先。
「栄光への道は! この手でこじ開けるもの!!! 貴様は邪魔だァァァ!!!
 眼前の巌へ、ブレンダもまた美少女らしい言の葉をはらりと落とし――抜刀。
 難を破り、栄光を掴み取るその手にから放つは。

 ――剣舞姫の葬送曲。

 駆け抜ける二刀。落命の刃。
 其れは剣舞妃の情。戦場で平等に訪れる終わりへの想いと共に。
 永きに渡る戦を終焉せしむる弓弦の音――麗しき墜箭会(おちゃかい)の鏑が如く突き抜ける。

「ボクの剣は海を切り裂く! セララストラッシュ!」
 腰だめに構えた剣が波を割り――リムジンならぬ高速船を竜の尾へ叩き付ける程に寄せ。
「無論!」
 百合子の高らかな声音は、朝を清める凄歌(せいか)か。
 清楚に傾げた首と、いたずらげに瞬いた眼差しは、巨象すら屠る毒と共に破滅の拳がたたき込まれる。

「行くよみんな! 美少女パワー全力全開!」
 跳躍。構え。
 視界が白に染まる。
「ギガ――セララ! ブレーイク――ッ!」
 雷鳴が轟き、セララの雷撃を纏う聖剣が、轟音と共に鱗の落ちた生身の血肉を抉り去る。
「まだだ、まだ足りん! 骨肉削いで、命抉るまで斬り続ける!」

 ――太極律道・魂刳魄導剣

 汰磨羈が放つ厄狩闘流『太極律道』が一つ。
 抜き打ちで放つ刹那の霊刃。
 瞬時に刃先より伸びる霊刃は、陽の霊気を以て骨肉を断ち切り、陰の霊気を以て精気を引き抜く。
 其は即ち、獣にして妖の牙。
「覚悟せよ、汝は既に我が贄なり」
 二刀が導く屍山血河の果てを、美少女達は踏破する。
 猛攻は止まらない。

 セレマと並び立つ十七夜の構え――七十抜刀。
 その身を切り裂く刃も、雷撃も。
 かねてよりその胸を焦がし続ける痛み――瞳と腕、そして家族を失ったあの日から背負うものには到底及ぶべくもない。

 ──ならば、私が折れる道理などどこにもないのだから!

 巨竜の命脈を絶ち斬るその瞬間まで、十七夜は迫る水刃を斬り伏せ、波濤を断つ。

「吾達は必ずや貴殿らの無念を晴らし、海洋の夢を叶えようぞ!」
 百合子が嘯き。
「根競べといこうではないか!」

 ブレンダが踊る次の曲目は――戦乙女の輪舞曲。

成否

成功


第3章 第9節

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
海音寺 潮(p3p001498)
揺蕩う老魚
アーサー・G・オーウェン(p3p004213)
暁の鎧
アクセル・オーストレーム(p3p004765)
闇医者
ハッピー・クラッカー(p3p006706)
爆音クイックシルバー
ヨシト・エイツ(p3p006813)
救い手
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
テルル・ウェイレット(p3p008374)
料理人

 ――あの光線で数多の未来(おはなし)が、奪われていった。
   あの災厄で一人の少女の未来(おはなし)が、永遠に消え去った。

 小さな願いを守るため、消息不明となった仲間も居る。
 一方で連合艦隊の一翼は激しい砲撃を加え――イレギュラーズによって近隣の狂王種撃滅されてしまうという事件を伴ったが、さておき――リヴァイアサンはそれと見て分かるほど多くの傷を負った。
 そうしている間にも、連合艦隊の臨時野戦病院と化したフリゲート艦サン・ミゲル号に、今も多くの負傷者が運び込まれている。
 リンディスが調律の魔術を施した壮年のキャプテンは固い握手を求め、再び傷だらけの自艦に飛び乗り戦場へと舞い戻っていった。
 耳元を見るに、何かの魚のディープシーであろう。
 名前は聞いていない。
 そんな時間すらありはしない。
 だが、見知らぬ人でも、確かにその人の物語というものがある。
 厳めしい顔をしたキャプテンの左手、その薬指にはシンプルな指輪が煌めいていたのだ。
 だから――リンディスは少しでも手を伸ばし続ける。

 眼前で起きた全てが、それは見事なものだった。
 ヴァイオレットは魔種ミロワール――シャルロットと直接の面識を持たない。
 しかし、いや人助けなど柄でこそないが。かの決死の行動を無駄に出来るほど落ちぶれたつもりもない。
 占い師には占い師のやり方で、出来ることがあると信じて。
 手を取った水夫は、涙を流して震えていた。
 戦線への復帰が可能かは分からないが、ここもまた後衛とはいえ戦場であることには違いない。
 今の状態では不意の攻撃すら命取りになる危険もある。
 ケアしなければ。
 心を、意思を祈り、もう一度足り上がらせる。
 絶望の先に希望はあると、今だけは信じてもらうのだ。

(守ってくれたのか、魔種が……?)
 利一の眼前で繰り広げられたのは、俄に信じられない事態であった。
 だが、今は目の前に集中する。
 一人でも多くの負傷者を戦線復帰させるのだ。
 利一が述べる通り、搬送されてくる負傷者は増加の一途を辿っている。
 今はとにかく人手が欲しい。
 そしてここには、戦線に復帰出来ないまでも、動けるようになった人々がいる。
 トリアージの基準や手当の仕組みを共有し、その人達にも旧物資の搬送等に手を貸して貰うのだ。
「わかったよ! 姉ちゃん!」
 人々が動き始めた。

 時間を与えすぎるのは敵方に有利だ。
 あんなものをもう一撃もらっては、どうしようもない。
 だが攻め続けるにも被害が増える状況がある。これもなんとかしたい。
 イリスはまず救助を優先することにした。
 数名と共に小型船を巡回させ、海に落ちた人々を直接助け出すのだ。

 ――まだ、立ち上がれる
   まだ、諦めてない
   だから……

 硬い決意を胸に、イリスは一人の海兵を小型船に引き上げる。
「アンタは、いえ、あなたは……アトラクトスの」
「そういうのはいいから。手伝ってよ」
「アイアイサー!」

「へいタクシー!」
 付近を周回して負傷者を詰め込んだリトルベルーガ号が到着した。
 タクシーってなんだろう。それはハッピーちゃんにも分からない。
 たぶんハッピーちゃんロケットだ。そうだ。
 その不滅も、脅威の機動と手数も、全てを生かして片っ端から助けたのだ。
 どんな速度で戻ったのか。
 全員オールバックのたてがみ状態で真顔になっている事など、気にする必要はない。
「あの惨劇の中でも助かった人が居る――それはきっと、皆の希望になるでしょうから」
 その希望を届ける為にも、ノリアは人々を助け、身を挺しても救ってみせるのだ。
 あの光に、暴威に、災厄に。震えていない訳ではなかった。
 大海の抱擁に身を委ねても、その『棘』さえ、あれに返せる気もしなかった。
 けれど――出来ることはあるのだと、ノリアは再び破壊の傷痕を残した海へと飛び込んだ。

(余計なことを考えるな……)
 竜の放った数々の厄災を目の当たりにして、あっけにとられかけた錬は手のひらで自身の頬を軽く打ち付け、真っ直ぐに前を向く。
 考えるのは、この戦線で今一番沈んでは行けない船のこと。
「ビスクワイア艦隊頭たるサン・ミゲル号……なのは当然として。
 尾との距離も考えると救助と援軍搬送を担当する艦隊の血管、リトルベルーガ号か」
「俺がいる限り沈めさせねぇ。それが出来る職人ってやつだ!」
 水夫達と共に、錬は船舶そのものの応急処置に駆け回っている。

 ジル達、船上病院の一行は再びリトルベルーガ号へと飛び乗った。
「忙しくなるぞ……」
 アクセルの呟き。
「皆さん、踏ん張って下さいっす!」
 トリアージとバイタルの把握を駆使した、近代的な医療。そしてこの世界特有の魔術。
 船室で行った簡素な手術は、果たしてこの廃滅の嵐の中でいかほどの助命を可能とするのか。
 次々に運び込まれた者達に施した救命の措置は、まるで災害時の様だ。
 アーサーは溜息一つ、戦況は良くない。
 情報では、先程の艦砲射撃でようやく五分を上回った程度であるらしい。
 未だ冠位は健在。奇跡のタイムリミットは刻一刻と迫っている状況だ。
「おい、生きてるか!? もう大丈夫だからな、すげーセンセーが乗ってるからよ!」
 次々に引き上げた負傷者を、アーサーは大急ぎで船室へ寝かせる。
 少なくともアクセルやアーサー、ジル達の献身は幾ばくかの命を取り留めることに成功している。
 意識のある負傷者達は全てサン・ミゲル号に搬送され、回復を待つ状態に持っていくことが出来た。
 振り返り――トリアージした『黒』の布を付けた者へ短い祈りを捧げて。

 負傷があろうとなかろうと、戦場にいるものは皆限界が近づいてきている。
 ベークが救助した数名もまた、残る僅かな気力だけで甲板に立っていた。
「大丈夫ですか? お手伝いいたしますよ」
 施される英霊の鎧は、そして魔性の詩によって時にその身を傷つけながらも、多くのイレギュラーズや海兵に力を与えていた。
「助かるぜ。つか、なんかいい匂いしねえか? 甘いっつうか」
「あ”あ”あ”あ”! そ”れ”は”! あ”っち”で”す”!」
 行け! 厨房に!

 サンミゲル号の狭い厨房では、テルルが袖をまくり上げて、その腕を振るっている。
 今頃近接艦隊で戦っているであろう秋宮史之から譲り受けた食材と調理道具で、おむすびやサンドウィッチを次々にこしらえているのだ。
 味で気落ちしないよう、手早くかつ丁寧に。
 喉を詰まらせぬよう、水や茶も用意してやる。
「旨いよ、姉ちゃん」
 険しい表情をしていた海兵の頬が微かにほころんだ。

「遅れてすまん、凄い事になっとるのう」
 喉をさすった潮は航海士等に戦況を聞き、まずは負傷者の手当を始めた。
 見るに、傷を消失する調律の魔術や、多数の者達を一律に癒やす大治癒の術は、消耗も激しいようだ。
 多数の術者がマストに手を置き、頭を振っている。
 ならば自身に出来ることは何か。
 活力の祝福を授け、また自身も多数を癒やすことだと踏んだ。
 これでまた、皆が戦える筈だ。

「回復回復!」
 元気いっぱいに船内を駆ける茄子子は、主に範囲治癒が及ばないほどの重傷者の手当に専念していた。
「みんなで戦ってみんなで生きて帰るんだ!
 全部終わった後に会長が立つのは、キミ達の墓前じゃなくて、みんな揃った祝賀会なんだからね!!」
 そんな様子に勇気づけられた負傷者の表情が、ぱっと明るくなる。

 成すべき事はただの二つ。『一刻も早く、一人でも多く』であった。
 重傷者、軽傷者。
 ヨシトはもう、何人を助けた事だろう。
「おっしゃ、こんなとこだな!」
「助かったぜ!」
「いっちょ気張ってきな!」
「おうよ!」
 ヨシトの治癒を受けた海兵とひじを打ち合い、戻っていく。
 次の船が戻るまでの僅かな間、ようやく一息つける時間だ。
 テルルの軽食を一口頬張って、ヨシトは溜息一つ。
 甲板から見えるのは、こちらへ向かう小型船二隻。
 負傷者を乗せている筈だ。
「っしゃあ!」
 気合いは十分。
 さあ、人助けを始めよう。

 さて。
 ブリッジのエイヴァンは腕を組む。
 竜の尾部の艦隊の再編は、エイヴァン等によってあらかた終了した。
 戦える船にはダメージの少ない兵を優先して搭乗させ、攻撃を継続する。
 攻撃機能を失った船は救助を優先させる。
 更にその一部は、機動戦力であるイレギュラーズの輸送を最優先させる。
 最悪の事態――もう一度あの光線が放たれた場合を考慮して、横一列に並ぶのは避ける。
 司令部の見解はそれに一致した。
 依然として悲惨な状況ではあるが、シャルラハの砲撃は上手く言ったらしい。
 それは僥倖。こちらも負けてはいられない。

 ミロワールは――おそらくまだ生きている。

(あいつが未来を見たいと言ったのなら、絶対に見せてやらないといかんからな)

 甲板には負傷者の他に、主戦場へと戻っていく者達も居た。
 その一人、アランの手は――既に数多の血に濡れている。
「しかし、後ろも手が回りきってねぇな……」
 補給に戻ったアランが目にしたのは、そんなサン・ミゲル号の惨状であった。
「応急処置くらいならやってやる」
 甲板で倒れた者をハンモックに運び、折れた骨に木片を添え包帯を巻いてやる。
 あの『歌』も――
 二度目の滅びを飲み込んだあの歌もまた、アランの知る声だった。
(あぁ、クソ。また仲間が逝ったのか……! ダメだ。弱気になるな。ダメだ)
 俄に光を取り戻した『鏡面世界』もまた、『何事かが起きた』に違いなかった。
「ジェムソン! ジェムソンの船が! あの光に……」
 戻るなり、甲板で泣き喚く男がいた。
 威勢がいいではないか。
「こんなところでぐずぐず泣いてんじゃねぇ!
 泣くくらいなら今すぐ海に飛び込んで溺れるかリヴァイアサンに一撃叩き込め!」
 己自信すら鼓舞するように、アランは声を張り上げる。

 ――生き残るんだ。
   みんなが無念のうちに果たせなかった事を、俺たちがやるんだ。
   それが俺たちの責任。俺たちの使命だ。

 海に叫んだアランは清涼な水へ口を付け、小さな『おむすび』を口へと放り込んだ。
 携行食ではなく、思わぬ手作りだ。心に染みる味がする。
 それから残る水を少し飲み、自身の顔に浴びせ、再び戦場へと舞い戻って行く。
 あの破滅を止める為に。

成否

成功


第3章 第10節

アルペストゥス(p3p000029)
煌雷竜
フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)
うつろう恵み
焔宮 鳴(p3p000246)
救世の炎
杠・修也(p3p000378)
壁を超えよ
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
セリア=ファンベル(p3p004040)
初日吊り候補
無限乃 愛(p3p004443)
魔法少女インフィニティハートC
ポムグラニット(p3p007218)
慈愛のアティック・ローズ
糸巻 パティリア(p3p007389)
跳躍する星
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの

 ファクル艦長の一斉砲撃に続いて。
 尾部への攻撃もまた苛烈さを極めていた。

「竜つったら口からブレスだろうが! 尻尾ビーム出してんじゃねーよ!?」
「……まったくもってド派手な攻撃とでとんでもない威力だったな」
 かの理不尽に悪態一つ。
 大声を張り上げたのはニコラスに修也が頷く。
 あの光柱を連射されたのなら、動きの遅い戦艦は一網打尽だろう。
 しかし、今までその攻撃をしてこなかったというのならば、連射は不可能と見て間違いない。

 或いはそれは首の皮一枚繋がった僅かな時間に過ぎないのかもしれないが――
「俺たちの絶好のチャンスってわけだよなぁ!」
「ああ、それにあれを見てもまだあきらめようって気持ちは出てこないんでな」
 ニコラスは腕を振り上げ、クルーが、仲間達が一斉に天へ叫んだ。
 たとえ強靱な肉体を持つ神の如き竜だとしても、無限の体力があるわけでもない。ましてや無敵であるわけでもないのだ。
 修也は歪んだ視界を指で押し上げ。
「感謝するぜシャルロット」
 彼女が見せた命の灯火。イレギュラーズと共に紡いだ意思の奇跡にニコラスは呟いた。
「準備はいいか。ニコラス」
「おうよ! こちとらいつでも良いぜ!」
 ニコラスの大剣が光を集約していく。鈍った尻尾に打ち込む光弾。
 その軌道に重なる修也の魔力。
 鮮烈な螺旋を描く二人の魔撃はリヴァイアサンの鱗を灼き焦がして――

 戦場では未だあちこちで悲鳴が轟いている。
 ポムグラニットは瞼を伏せて耳を澄ませた。
 この場で自分に出来る事は何なのだろう。
 薔薇が。茨が。海で咲くことは出来るのだろうか。
 誰も死なせたくない。
 あの子も他の仲間も水竜だって。
 守りたい。皆の明日を。未来を。
 この残酷な世界に、叶わぬ奇跡さえ願って唇を噛みしめる。
 人の想いは、ポムグラニットの心は、それでも無力ではない。
 彼女が居るから、その祈りがあるから。戦い続けられる者達が居る。
「みんな頑張ってるんだから、ここで弱音は吐いてられないよね」
 揺れる甲板の上でセリアは胸に手を当て深く息を吐いた。
「……グルル……グルルルル……」
 セリアの鼓膜を震わせたのは――アルペストゥスの、あるいは嗚咽か。
 この世界の酷薄な法則がアルペストゥスを縛り付けている。
 もっと強くなりたいのだと。心の内の不満を表すように切ない声が戦場に木霊する。
「そうよね。まだまだやれるよね」
「グルルル」
 誰もが根気と根性の見せ所だった。
 何処までも付合ってやるとセリアはぎゅっと指を握りしめた。
 マストにロープを張り揺れる甲板から落ちないように結びつける。
「グルルル?」
「危なくないのかって? 船が沈んだ時はこのナイフで切るのよ」
 腰に差した小刀をアルペストゥスに見せて微笑むセリア。
「さあ、行きましょう」
 セリアの声にアルペストゥスの翼が広げられた。
 なんて、ずるいのだろうとアルペストゥスはリヴァイアサンを睨み付ける。
 大きな身体と立派な尻尾。自分もこんな風になれたのなら。
 その尾へ牙を突き立てろ。白き竜は一直線に猛進する――

「ああ、あれは怖いな。とても怖い」
「でも。まだ、わたしは、わたし達は――」

 ――戦えます。

「戦って、それで……勝ちます。絶対に……!」

 怯える声。震える身体。
 フェリシアは可憐な手をぎゅっと握りしめて。
 その隣に立つランドウェラとて恐怖するのだ。
 華奢な身体で前を向こうとする仲間達と肩を並べる。
「そうだな。僕達はまだ戦える」
 何度だって立ち上がり攻撃の手を取ろう。
 疲弊している今だからこそ、見える勝ち筋があるのだから。
 距離を取ったところで死ぬ時は死ぬと理解したとランドウェラは瞳を伏せる。
 その影から顕現するのは黒き忠犬。
「頑張れ妖精たち。じゃないと僕らが死んでしまうぞ!!」
 主無くして『こんぺいとう』は手に入らない。焚きつけるようにランドウェラは手を前へと翳した。
 魂の光はフェリシアの内側から溢れ、魔法陣が大きく広がっていく。
 引き寄せるは彷徨う禍福。海の波間に揺れる一粒の泡。
 幸運と不運は同時にフェリシアへと降り注ぐ。
「フェリシア!」
「か、はっ!」
 竜の礫。真っ白な肌が赤く染まる。鮮血の代償。刻まれる柔肌。
 跳ね返る不幸が怖いだなんて言わない。諦めない。まだ。魔法陣は切れてはいない。
 奇跡には届かないかもしれない。けれど、この一手は。
 リヴァイアサンの傷を広げる楔となる――

 サンタパトリシア号の上、鳴は沈んだ船の残骸を見て眉を寄せた。
 大きすぎる代償。あの船に乗っていた幾百の命が失われたのだろう。
 だが、彼等の死が紡いだ好機を逃すべくもない。
「動きが鈍っている今、やる事は一つ!」
 紅き火影が燻る。鳴の身体を包み込んだ優しい光は彼女に力を与えるものだ。
「これ以上、好きにはさせない。私が覆す」
 此処に居る全員の希望をつかみ取るため。魔力を練り上げ槍の形を生成する。
「私は……鳴はッ! 希望を照らす焔火になるのっ!」
 命を燃やす奇跡すら願って、しかし手のひらで消えゆく光の代わりに霊刀へ目一杯の力を籠めて。
 炎纏いし穿槍は海上を水平に飛びリヴァイアサンの尾を抉った。
 鳴の奮闘を間近でみていたパティリアは自身の身体の内側から力が湧いてくるような感覚に襲われる。
「まだ走れる」
 挫けそうになる心を奮い立たせてくれるそんな一撃だった。
 リヴァイアサンの魂を削るその攻撃を積み重ね、戦場を駆け回るのがパティリアの役目。
「拙者の強みはこの足でござる故、とにかく走り回ることこそが肝要!」
 船から船へと飛び移りリヴァイアサンの精神を削っていく。
 おそらく――これは予感に過ぎないが――リヴァイアさんの尾は、あの脅威の一撃を二度と放てまい。
「まだ跳べる」
 この足が健在ならば。心折れることは無い。
「まだまだ……拙者も、皆も!」
 パティリアの声に魔法少女が応えた。

「亢竜悔やしむ愛と正義の閃光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!」

 煌びやかなエフェクトと共に戦場に現れた愛は長い髪を揺らし堂々たる名乗りを上げる。
 高威力のビームに、船も人も傷ついた。
「しかしその威力であっても、私たちの心を折ることはできない――何故ならそこに、愛が無いからです」
 さあ。と愛は手を広げる。
 眼前で暴れる悪しき者に。本物の愛と正義を見せつけるため。
 キラキラと愛の力が魔力となってS.O.H.II H.T.へと集まっていく。
 極限まで高められた勇気の力は一点に集約され。
「刮目せよ愛無き輩、これが“愛”だ!」

 目映い光が。今、解き放たれる――

成否

成功

状態異常
フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)[重傷]
うつろう恵み

第3章 第11節

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
スノウ・ドロップ(p3p006277)
嗤うしかばね
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女
カンベエ(p3p007540)
大号令に続きし者

「すごい攻撃でしたね。私が既に死んでなければ死んでましたよ。あははウケる」
「大技を使ったその隙を狙うのは定石」
 くすくすと笑うスノウに、沙月が頷く。
 反動で疲弊しているであろう巨体を叩くのは今が好機であろう。
 沙月の言葉にカンベエもまた同意する。
「ならば一気に攻めるまで!」
 撃てどもキリが無いように見えたその強大な身体には、今や幾重にも傷が刻まれていた。
 ようやくだ。ようやく見えてきた勝ち目なのだ。
 己が身体を叱咤するように顔をあげたラダは、その視線をリヴァイアサンに突き刺した。
 既に肉を切らせた。
 ならば。骨を断ち勝利しなければ。
 そうでなければ――散って行った仲間とその家族へ顔向け出来ないだろう!
 休憩をする時間など与える訳には行かぬと、ラダと沙月は走り出す。
「流石にあのレベルの攻撃を何度もしてくるとは思いたくないですねぇ」
 言葉を繰りながら指を頬に当ててスノウが二人に追従した。
 再生の技を自身に施し、戦場に立ち続ける事を優先するスノウ。
 死ぬ気でやらねばどうにもならぬ状況なれど。命が尽きてしまえばそれまで。
 そこには生きて帰るのだという意思があった。
「死ななきゃ安いっていうのは死んだら丸損ってことです。ゾンビだけに。なぁんて」
 軽口を叩きながらもその身は仲間を庇う事に費やされる。
「助かります!」
「なんてことないです」
 沙月の言葉に血か――あるいは死者をこの世界での生命として定義する何かを流して。
「ウケる」
 それでもスノウは手を振って見せる。

 次に――仮に撃沈の可能性があるとすればここか。
 カイトとメルトリリス。天義の宿業を背負う兄妹が顔を合わせたのは、ガレアス船であった。
「お兄様! このメルトリリスも一緒に戦います!!」
「メルト、よく来てくれたな。お前は船員の回復を。この船を守るんだ。お行き」
「はいっ、メルトリリスはメルトリリスなりにこの船をお守りいたしますね!」
 妹へ手短に指示して、竜の尾へ剣を向けたカイトは考える。
 さしもの騎士と云えど、あの巨体から船を庇うのは自殺行為でしかない。
 ならば――攻撃しかないではないか!

 ――思い出せ、こういうとき、聖女は挫けたりしてはいけないのよ。
   皆んなの、光になるの。
   戦乙女として、立ち上がるのよ!

「大丈夫です、みなさん!
 イレギュラーズがついております、負けてはなりません!!
 心が折れては、なりません!!
 凶悪な海に恐れを抱くことはありません!!
 武器を手に、心を一つに。力を合わせれば、必ず光はさしましょう!!」

 ――天にまします我らの神よ、どうか船上の戦士をお守りください。

 温かな光が、その清廉な祈りが――
 メルトリリスの紡ぐは癒やしの術陣が、波濤に、水刃に、雷撃に傷つく海兵を、イレギュラーズの傷を消滅させてゆく。

 機は熟した。
「皆の攻撃を一点に!! 尻尾を切り落とすんだ!! 今がチャンスなのだから!!」

 ――アイアイ・サー!

 カットラスを構えた海兵達が一斉に剣を振り上げる。
 最前線に立つカイトは喪失と歪曲の魔剣――ロスト・ホロウを抜き放ち――
 放たれた神速の斬撃が竜の尾に食らい付き、その身を引き裂いてゆく。

 竜の攻撃は当初と比べ、幾分か弱々しくも感じられる。
 だが未だ、その身じろぎ一つが人の命を容易に散らす戦場であることに違いはない。
「デカいので一発やられたからなんだというのです!」
 カンベエは吠える。この身に流れる鉄帝の血は黙って殴られる程優しいものではない。
 此方の無様を敵が笑うなら、笑って殴り返してやろうではないか。
「こんなものか海蛇ィ!!」
 嵐の海上にその声が届かないのだとしても。
 迫り来る水刃を斬り伏せ、波濤を踏み越え。
 男一匹。カンベエが折れることなどあり得はしない。

「全く」
 肩をすくめたメートヒェンは先ほどの閃光を思い出していた。
 頭から光線の様なものを出していたのは知っていたが、尾からも打てるとは。
 さりとて、今まで使って来なかったということは。切り札なのだろう。
 動きも鈍っている事を鑑みると連続使用は出来ないはずだ。

 ラダは沙月、メートヒェンと共により竜の傷が深い場所へと果敢に攻撃を続けていた。
「ほんの少しでもいい。あそこに!」
「はい」
「分かった!」
 より多くの鱗と肉を削ぎ。骨へ、神経へ刻む恍惚の毒。
 メートヒェンが甲板を蹴りつけ――跳んだ。
 すり抜けるように放たれた弾丸は螺旋を描いて。
 続く一撃の赤。二撃の黒を、ラダが穿った傷口へとたたき込む。
「繋げて!」
 メートヒェンの声に沙月の太刀――その美しく嫋やかな手刀が風に舞うように。
「それでは覚悟はよろしいでしょうか? 全力で参ります」
 流れるような一閃、その指先が触れた刹那。
 炸裂する力が竜の身――眼前の壁をえぐり取る。

 間近へ、なんとしても間近へ。
「ここでガンガン船を沈められちゃ、アルバニアまで届かなくなっちまう」
 短剣を握るサンディの視線は鋭い。
「やれやれ、死兆を止めるのにも一苦労だね」
 肩をすくめたシキにサンディが応じる。
「そいつは困るんだよなぁ! 最悪それだけでも防いでバトンを繋がねーと」
「まぁでもこのデカヘビは自分が奪った命の数を知らないんだろうね?
 あぁ、どうにも気に喰わない気分さ
 てか少年。守ってくれてありがとう、頼りにしてる。でも、自分の命を最優先にしておくれよ?」
 己が命を拾いに来た戦場だ。本末転倒は避けねばならぬ。
「大丈夫! 別に死ぬ気じゃあないんだぜ! 全然な!」
 たどり着いたその先で――サンディは天さえ穿つ大弓を引き絞る。
 首斬りの処刑剣を振りかぶったシキの踏み込み。
「あわせな!」
 攻撃術式を乗せた刃を竜鱗へ突き刺し、シキは一気に駆け抜ける。
 裁断するかのように弾ける鱗と巨大な傷口へ。
 シキの飛びすさったその場所へ、閃光が弾けた。
 天地さえ揺るがす巨人の覇気を纏った嵐の矢は螺旋を描きながら竜の傷口を押し広げ砕く。
「あぁ、やっぱ一撃なんて生温いよねぇ」
「だな!」
 ならば。さあ――第二撃。

成否

成功


第3章 第12節

マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)
Legend of Asgar
ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)
懐中時計は動き出す
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
エルシア・クレンオータ(p3p008209)
自然を想う心
フーリエ=ゼノバルディア(p3p008339)
超☆宇宙魔王

 竜の尾が引き裂かれてゆく。
 その動きは最早、死に体の様で――
 けれど無尽蔵な生命力は、その暴虐な牙を顕にしたままだ。

「不味いわね」
 シャルロットは独り小さく呟いた。
 間違いない。相手もまた焦り始めている。
 あの時、眼前で起った無残な状況。それが再来したのならば恐怖は膨れ上がるだろう。
 恐怖が勇気を押しつぶす前に倒さなければならない――構えたのは決意の二刀。

「……たまげた。とんでもない威力の光線じゃったな」
 驚嘆の声を上げるフーリエの隣でエルシアが青い顔をしていた。
「私とて、勝てると高を括ってなどいなかった筈でした……」
 しかし、目の前で容易く喪われた多くの命にエルシアは膝から崩れ落ちた。
 もっと自分が祈っていたのならば。救われた命があるのでは無いか。
 そんな事で状況が変わる筈もないと頭では分かっていても、心が追いつかない。
 責め立てる言葉は頭の中で響いている。
「エルシアちゃん――顔を上げ、前を見るのじゃ!」
 戦の勝敗は肉体ではなく精神が別つもの。即ち真に心が折れぬ限り戦いは終わっていない。
「余は未だ負けておらぬぞ、余の心は決して折れはせぬ!」
 この身は超☆宇宙魔王。広大な星の海を統べる器。その隣に立つと言うのならば前を向けと背が語る。
「フーリエさん……」
 眩しそうにフーリエを仰ぎ見たエルシア。
 一度交した誓いを胸に。貫き通す。それが祈る者の矜持。

 マカライトは戦場の只中で歌を聞いた。
 小さいけれど。確かに耳に響く歌声だった。
 その歌声を聞いてから、目の前の神に等しき竜が、馬鹿でかい海蛇にしか見えなくなったのだ。
 敵わない相手じゃない。無敵なんかじゃない。
「……爬虫類が魚のヒレ使うなよ、んなもんなくても泳げるだろ?」
 展開する術式は全力。全身全霊を賭して放つ刃。
「的はデカイんだ。何か垂れ流してても構いやしない……!!」
 光を伴って弾ける魔砲に空気が揺れる。
 イナリは軋む身体を押して戦場に出てきていた。
「損傷中のこの身体で攻撃に参加させるなんて稲荷神様も無茶言ってくるわね」
 溜息を吐きながら目の前の竜を見遣る。
 しかし。こんな状態になっていても。少しでも攻撃の手が必要なのだ。
 正しく死闘。命を賭けた戦い。
 稲荷神様から速達で送られてきた『対防御貫通爆裂術式弾』を装填し、魔獣を解き放つ。
 向ける先は『鱗に覆われている場所』だ。表面を打ち抜き内部から攻撃を爆発させる算段をつける。
「やるしかないわね!」
 膨れ上がった魔力の奔流が術式を伴って滑空する。

 未散の白い頬にドロリと血が流れた。
 それは未散のものではない。目の前に立つヴィクトールのものだ。
 自身の怪我など取るに足らないそれよりも。
「服汚してしまったらごめんなさい」
「なぁに、血だ汚れだなど、戦の最中でしたらかえって箔が付くと云うものですよ」
 洗えば済む話だと己とヴィクトールを結ぶ未散。
 分厚い雲を割って陽光が細く落ちたのを思い出す。
 その身を削り自分達の為に力を使った少女のため未散とヴィクトールは力を振るう。

「怪蛇、悪鬼、獅子鷲。亦、血汐に染みて海へと死せた全ての者達よ。
 ――王の呼び声に応え、御力を貸せ!」

 湧き出た魑魅魍魎共を従え未散は竜を滅せよと吠える。
 嵐の先へ。灯火が届くように。絶望の先へ穿てとヴィクトールは鬨を重ねて。
「ああ。攻撃を続けよう! 逃げ延びるくらいならば伝説に名を残そう!」
 ヴィクトールに庇われる形でシャルロットもまた言葉を載せる。
「龍を倒した暁には、この海に散った者たちは真に英雄となるのだ!」
 砲撃隊に自身と同じ場所を狙い撃てと示し、水刃を斬り捨てたシャルロットは更に鋭く踏み込む。
「続けぇ!」
 二刀から放たれる灼熱に戦場が湧いた。
 切り裂いた軌跡とシャルロットは横へ跳び――斬り拓いたそこへ、未来へ繋ぐ砲撃が炸裂した。

成否

成功


第3章 第13節

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
ムー・シュルフ(p3p006473)
味覚の探求者
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫

 跳ね起きる。
 そこは――戦場だ。
 天国でも地獄でもありやしない。
 二度ほど咳き込んだ夏子は深い溜息一つ。
 身体中が痛いなんてもんじゃない。一体何度目の気絶であろうか。
 もはや回数すら覚えてないが、命はいまだ身体と魂を繋いでくれているらしかった。
「うう……っ 嘘でも守ってただけに……
 その守りが吹っ飛んでるなんて……メチャ恥ずい……女性達大丈夫かな……心配だぁ……」
 だが――夏子は首を振り、長槍で甲板を打ち付ける。
 未だ死んでいないのだ。ならばクヨクヨするより、現実を見据えるのが先決。
 なにせまだ『地獄』なのだ、ここは。
「ヨシ! 次だ! 次守るべき僕の女性は何処だー!」
 ならば守れ。女性を。ただ一心に。
 槍が波濤を貫く。満身創痍の身体が軋みを上げる。
 よろめき、それでも踏みとどまる。
「動ける限りは! 絶対に! 俺は! 女性を守るんd――」
「あらあら、大丈夫かしら?」
「ハッ……!」
 首を傾げるレストを前に、夏子は姿勢を正す。
 痛みも、何も、悟られるものか。
「すっごい光だったわね~。でも、今のでリヴァイアちゃんの尻尾は少しお疲れかしら~?」
 レストもまた、シャルロットの、カタラァナの、皆が紡いだチャンスを繋ぐのだと誓って。

 心に決めたのだ。
 ミロワールと――シャルロットとピクニックに行くのだと。

 ――絶対に行くっきゅ!
   お腹いっぱい食べて、デザートは別腹で……日向ぼっこしながらお昼寝をして――

 レーゲンは自身を抱え、あの災厄に向き合う。
 狙うのは鱗が剥がれた場所。廃滅病で弱った場所。
 これまでも、これからも変わりはしない。それは全てが終わるまで続くのだ。
 放たれたMA・C――森アザラシクロスカッターが竜の身を貫く。

「……ハッ、やっと本気出したの」
 利香が吐き捨てる。
 自分はあと何度立てるだろう。
 あの竜の頭を叩くまで、倒れる訳にはいかないというのに――
(……前座のくせに!)
 魔剣の輝きは衰えていない。その心臓はひび割れていない。
 だから。
「死ぬのが嫌なら死ぬ気でやるのよ!」
 兵は皆、満身創痍だ。
 衰えぬ闘志で、ただ武者震いを押し隠して立っている。
 震え上がっていない訳などありはしない。
 だが可哀想でも統率を欠くわけにはいかない。
 正念場の正念場、いよいよ最後の時が近づいているのだ。今は厳しく行かせてもらう。

「あんた達この世界の果てを拝みたかったんじゃないの!
 神が独り占めする海の楽園を待ち望んでたんじゃないの!?」

 死にたくないなら立ち上がれ。
 立ち向かえ。そして――

「そして勝ちなさい!」

 自身もまた最前線に立ち続けたまま。

「さあいくわよ! ってーーー!!!」

 ――アイアイサー!

 砲撃の嵐が炸裂した。

 上空では未だ、アストラルノヴァの家臣団が懸命に戦い続けている。
 何人減ったか――ヨタカ団長の父もまた息子と共に戦っている。
 ご挨拶もしたい所であったが、そんな場合でもない。
 終えるのだ。全てを。奇術師の幻が。
 あの光線を、あの滅びを。二度と撃たせる訳にはいかない。
 そうなれば冠位魔種アルバニアの打倒どころの話ではなく――その胸に秘めた棘は永遠に抜けない。

 思えば――大変な所にきたものだ。
 けれどムーは、今も戦い続ける幻とその想い人のために、この龍を止め冠位魔種を打破せねばならぬ。
 自身は――ムーは、冠位魔種の眼前に出る勇気は持てない。
 だがその手助けは出来る。
「龍種ともあろうものが怯え隠れるのですメェ?!
 貴方は自身が愚弄する人というものが本当は怖いのですメェ!
 そうでないなら、堂々と表に出てくるですメェ!」
 言葉が通じるかなど、知れたものではない。
 聞いているのかも、定かではない。
 だが――身を切り裂く苛烈な猛攻を前に、ムーは一歩も下がらない。

 ――巨大な龍よ、貴方は僕達を愚弄している
   ですが、思い知るがいいでしょう
   この世に不可能なんてないことを
   奇跡は起こすものであることを!

 廃滅の海を彩る青き蝶の幻想は。止むことの無い奇術は、その魔力は、想いは。
 竜すら穿ち、絶望の青を轟かせている。

 海が揺れている。
 竜が身じろぎしている。
 最後の力を振り絞っている。
「随分と暴れてくれるじゃないか……しかし雷槌とはなあ」
 水の貴婦人――精霊ワッカの背を借りた行人が、その暴威を仰ぎ見る。
「頼むワッカ! 俺もサポートをするから!」

 ――皆も行けるな!!

 いずれも頷く。
 是非など、あろうはずがない。
 敢行するのは最接近。危険など承知の上。
「攻めろ攻めろ!!」
 その身を盾として行人自身もまた、渾身の打撃を叩き続けている。

 奇跡は――それが顕現するたびに誰かが命をすり減らす物だ。
 だが而してその奇跡は確実に敵を殺いでいる。
「そろそろ終の影に脅える時だ、滅海竜」
 燃え上がる兜の奥から、地獄の業火が魂すら灼き焦がすような声音で。
 その身の闘争心を極限まで高めたウォリアが大上段から得物を叩き付ける。

 ――尾肉を削り、果ては無惨にブチ斬ってやる。

「……かくごなんてとっくのとうにきめた。……だから、ここからは本気で行くよ!」
 小さな小さな少女は、けれどいつもの彼女(リリー)ではなかった。
 かざした手の甲に描かれた紋章は新しく。本を閉じ、開いた瞳は、別の色彩を湛えている。
 羽ばたく海鳥から脳裏に描かれる、その場所へ。
 放たれた鳥獣の群れは地獄の苦痛を竜の尾へ刻み――

「シャルロット君! 君の献身は無駄にはしないよ!」

 ――私は非力だ! だが私しにか出来ないことがある!

 鱗が欠け、廃滅を患うその一点へ、マリアは仲間達と共に打撃を加え続けていた。

 ――みんなの勇気が私の心を奮い立たせる!
   仲間の未来の為なら私はどこへだって駆けてゆける!

   これまでも! これからも!

 戦い続ける雷光の乙女の――マリアの連撃が遂に、尾が纏う雷光をすら消失させた。
 根比べは――マリアの瞳が輝く――私の勝ちだ!
 竜の尾はその最後の一撃を、あの光線を放つ力を尾に集中させるが為、遂に一切の動きを停止するまでに至った。
 それは最早、なけなしの大技に頼る他ないという事なのかもしれない。
 ならば尾は完全な無防備を露呈したと言える。

 最後の瞬間は。
 勝敗を決めるその一瞬は、刻一刻と迫っていた。

成否

成功


第3章 第14節

 ある気難し屋の旅人が『神は賽を振らぬ』と云った。
 ならばそれをした竜は、賽を振った竜は、果たして神のままで居られるか。

 尾による些細な――されど人にとっては絶大な――反撃を諦めたという事は何を意味するのか。
 その尾をゆっくりと、人の尺には驚くほどの速度で海中に沈めようとしている今、竜は何を考えたのであろうか。問うた所であの傲岸不遜な生き物は、答えなど返す筈もない。

 雷撃を、水撃を、次々に放ったとして状況の打開は出来ない。
 竜鱗は、神威は、水神の権能と相殺し、僅かな綻びを経て久しい。
 たとえ艦船へあの尾を叩き付けようとしたとて、斉射によって押し返されては意味がない。
 ましてやただの砲撃が、今や竜に大きな傷を負わせる程の脅威となっている。
 だから、もしかしたら。
 竜は賭けたのではないか。賽を振ったのではないか。
 その尾を海へ沈めて力を溜め、最後に反撃する機会を伺おうとしたのではないか。
 永劫を生きてきた滅海竜リヴァイアさんにとって、瞬き程の間を『逃げようとした』のではないか。
 それは即ち、世界最強の生物の『完全性が失われている』ことを示すのではないか。

 ――あの日、私は述べた。
 この闘争は島を斬る事であると。山を砕く事であるのだと。
 イレギュラーズの誰かが言っていた。
 生き物ならば殺せるのだと。

 島は斬れたか。
 山は砕けたか。
 雨だれは石を穿ったのか。
 苔の一念は、果たして本当に巌を――竜を貫き通したのか。
 私はそれを肯定する。
 私はそうであると硬く信じている。

 だとすれば。
 そこへ至った理由は何か。
 我等、海洋王国軍が居たと誇るか。
 鉄帝国の援軍があったからだと断じるか。
 水神様の権能が滅廃竜の権能を押さえ込んだからか。
 それとも魔種ミロワールが寝返った事を最大の要因とするのか。
 あるいは冠位魔種アルバニアの権能『廃滅病』が、竜の身を蝕んでいたからであるのか。

 全て、是であろう。
 だが。
 だがしかし。
 我等が海洋王国に、このフェデリア海域への強攻進撃を決断させたのは誰だ。
 強力な鉄帝国の援軍を引き出したのは誰だ。
 水神様を呼び寄せたのは誰だ。
 ミロワールを離反させたのは誰だ。
 放つ滅び――大海嘯を防いだのは誰だ。
 今やかの冠位魔種さえ、瀬戸際の攻防に追い詰めているのは誰だ。

 私はそれを知っている。
 この海域で戦う誰もが知っていると信じる。
 我等の悲願と共に。命さえ賭して、破滅と戦う英雄がいたのだと。
 そうだ。
 この偉業は、その全ては。
 イレギュラーズが居たからこそ成し遂げられたのだ。これは純然たる事実である。

                   ――――海洋王国提督バルザック・ビスクワイア

 鋭い音を立てて、細剣が甲板に突き刺さった。
 取り落としたイレギュラーズの仲間――アルテナの指先が震えている。
「あれ、まだ行けるんだけどな、なんでだろ」
 握力がまるでないのだ。
 よろめき、帽子を取り落とした鉄帝国軽騎兵リーヌシュカの足がもつれる。
「もー!」
 死をも恐れぬ軽騎兵は、今やただの少女同然に天へと叫んでいる。
 鉄帝国軍将校ゾンメルを見ろ。くわえ煙草のつもりが、肝心の先が折れてフィルタだけになっている。笑ってやれ。あれではおしゃぶりだ。そもこの嵐では、新しくても火すら付くまい。
 メヴィ兵長の剣は何だ。得意の二刀流はとうに折れ朽ちて、今や不格好な短剣一本ではないか。
 伏見 桐志朗の表情すらうかがい知れぬ美貌は、その目さえも見開かせている。
 甲板で片膝をついたアドラー・ディルク・アストラルノヴァは、一体全体何本の業物を使い潰したのだ。
 エルテノール=アミザラッド=メリルナートさえ、逞しい背に負傷者を抱えながら膝を笑わせている。
 ヨナ・ウェンズデーの義足は先が砕け、朽ち木を硬く結びつけているではないか。
 海賊バルバロッサの巨体を支えているのは、あのか細く頼りないローレンスだ。

 一体何隻が沈んだ。
 どれだけの人命が失われた。
 それでも彼等は、連合艦隊は、イレギュラーズは戦い続けていた。
 ――ただの一縷の希望を胸に。ただのそれだけを信じて。

 いかついゾンメル少佐のおしゃぶりに笑ったのなら、あの滅海竜にはより大きな声で笑ってやれ。
 神を気取るあの生き物は、リヴァイアサンは。
 ただの人ごときに、羽虫ごときに――こうまでやりこめられたのだ。


第3章 第15節

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ミミ・エンクィスト(p3p000656)
もふもふバイト長
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
一条 佐里(p3p007118)
砂上に座す
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
スノウスノウ・プラチナム・メルヘニア(p3p008056)
白妙の吸血姫
シルヴェストル=ロラン(p3p008123)
デイウォーカー
紅迅 斬華(p3p008460)
首神(首刈りお姉さん)

 終局へと走り出した嵐の激闘、その行方は――

 咲耶はきつく歯を噛みしめた。
 目蓋の奥にリヴァイアサンの閃光が焼き付いて離れない。
 耳の奥に、あの旋律が反響している。
 脳裏に優しい光の残滓が、今も見えていて。

「……本当に、笑えない程の威力だ」
 シルヴェストルが吐き捨てる。

 ――嗚呼、友たちが消えて行く。
   当然だ、これは戦なのだ――

 過酷な極北。ヴィーザルを睨む『辺境の餓狼伯』が娘。『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフは戦を知る者だ。

 これが龍か。
 これが神か!

 だが――まだだ。

「まだあの様な物を隠していたとは……かの龍もよほど腹に据えかねたと見える」
 咲耶の呟きは、何も諦めてはいない。
「まだだ!! まだ終わっていない!」
 ベルフラウは己が頬を張り、立ち上がる。

 ――私が目を伏してどうする!

「そうかい。ありがとよミロワール」
 呟いたルカとて、既に満身創痍。
 体力など、後どれだけ残されているのかも分からない。

 でもよぉ――俺ぁまだ立ってるぜ。

 凄絶な闘争心を剥き出しにしてルカが吠える。

 ――立ってるって事ぁ戦えるって事だ!

 後先など不要。最大の攻撃をぶつけてやる。
 ここをモノにするしかない。

 犠牲など、どうしたって不可避なのだ。
 傷だらけのアンナもまた、前だけを見据えている。
 奇跡が連続したとて、こちらは人、相手はドラゴンなのだ。
 だが――
「僕だってまだまだ長生きするつもりなんだ」
 夜を征く者――シルヴェストルは想う。
 それにこの無辜なる混沌への恩返しさえ終わっていないのだと。
 折れたら、そのどちらも叶わない。
 それだけは御免だ。絶望するつもりなど毛頭ない。

 黙祷にはまだ早い。やらねばならぬ事は終わってはいない。
「逝った者達の無念も抱えて、いざ!」
 咲耶とベルフラウ、アンナにルカ、シルヴェストル達が向かうは最前線。

 そして史之もまた想うのだ。
 ちゃんとビスコッティに……さよならしにいこう。
 この尾を、竜を、なんとかするんだ。
 そうしたら花束を買おう。

 ――ビスコッティとシャルロットの分
   俺が君に渡したいんだ
   帰ってきてくれて
   手伝ってくれて
   俺たちの言葉を信じてくれて……ありがとうってさ――

 行方知れずとなっていたカイトとリリーは帰還し、あちこちの戦場で戦い続けている。
 シャルロットの結界に、カタラァナの奇跡に、シルキィの覚悟に――答えなければならない。

 海に生きる者が命を賭したなら、空に生きるスノウスノウもまた続かねばならない。
 コン=モスカの秘伝書を何度も見た。
 リヴァイアサンは恐らく、最奥中の最奥なのであろう。
 ならば――ここが最後なのだ。この戦いの。

 思わず拳に力を籠めたリゲルのひじに、しなやかな指先が触れる。
 互いの愛(そんざい)を確かめ合うように――
「今度は、私達が頑張る番だ!」
「ああ、この勢いで、勝利を掴むまで!」
 その温もりは、奇跡さえ起こせそうにも感じられて。
 リゲルとポテトは視線を合わせて頷き合うと、毅然と前を見据えた。
 夫は妻が、妻は夫が。隣に居るだけで、温かな勇気が胸の奥底から湧き上がってくる。
 満身創痍の巨竜は、その尾は、今や逃げだそうとすらしている。
 このまま海中へと隠れさせ、反撃のチャンスを与える訳にはいかない。

 海へ逃げる前に。逃げ切られる前に。
 白銀のサーコートに星のきらめきを纏い――裂帛の踏み込み。リゲルの剣閃が駆け抜ける。
 断罪の軌跡は廃滅に朽ちた鱗を両断し、竜の身に更なる裂傷を穿ち引き裂いて――

 竜尾の上へ跳び乗った咲耶が、妖刀『始末斬九郎』を突き立てた。
「恐ろしい……」
 呟きは雷鳴に呑まれて。
 けれど膝も指先も、今にも震えそうだ。
「だが、紅牙の忍びが怖れに喰われてなるものか!」
 焦燥を殺せ。
 貫いたまま走れ。
 駆け上がる竜尾。滑る足下に身体の重心が傾ぐ。
 この尾が沈むきる前に、終わらせる。
 さもなくば、遠からずあの『光』がやってくる。
 死の足音はすぐそこまで聞こえて――
「否!」
 まだ死ぬわけには行かない。己の誓いを果たすまでは――!
 紅牙の忍びが恐れに喰われるなぞ許されぬ。恐怖も悲鳴も噛みつぶし。
 研ぎ澄まされた紅の牙を突き立てろ。
 鱗ごと尾を切り裂き、傾ぐ尾と波濤を浴びた咲耶が宙に投げ出される。
 その身が廃滅の海へ落ちる直前――腕を引いたのはリゲルだ。
「かたじけないでござる」
 船縁を蹴りつけ傾く甲板に着地した咲耶の身体を温かな光が包み込む。
 ポテトが紡ぐ調律の力が、その傷を瞬く間の内に消失させる。
「大丈夫だ。まだ行けるだろうか」
「当然にござる!」
「ここで負けるわけにはいかないからな」
 アルバニアを倒し、未来を生きるために。廃滅をはね除け。勝利をつかみ取るため。
 約束と誓いを果たすために――

 満身創痍の佐里が拳を握る。
 それでもこの手にまだ温もりがある。瞳は戦場をしっかりと見つめている。
「私達が……打開しないと!」
 無茶無謀は道理で押し通す。
 竜の鱗は、神威は、最早無敵ではない。
 そのあまりにも巨大な砲身を竜の身に押し当てる。
 或いは全員で戻ることさえ、ただの理想にすぎないのかもしれない。
 残された時間とてあと僅か。だが、諦めない。絶対に。
 跳ね上がりそうになる腕に、精一杯の力をこめて、トリガーを引き絞り――爆音。
 砕けた血肉は、最早誰のものかも分からないまま。
 衝撃に膝を付いた佐里は、何度も、何度も撃ち続ける。

「ええ、敵は最強種のドラゴン」
 だがそれは、アンナが誰かの生を諦める理由にはならない。
「矮小な存在だと侮るなら私を狙ってみなさい! どんな攻撃だろうが生き延びてやるわ!」
 竜尾の最後の余力、水撃を打ち払い、切り裂き、アンナは仲間の命を背負う。

 竜の攻撃は身が竦む程に命を消しさった。
 ティスルさえも腕を掴む指が震えている事に気付く。
「……でも! 今度は私たちの番! 次は撃たせないよ!」
 強がりだろうと何でも構わない。今は前に進む事が大事だから。
 それに。陽光の輝きはイレギュラーズを照らす。
 シャルロットが齎した奇跡の結界に焔は目を白黒させていた。
 何が起きたのかは分からない。
 しかし、好機が二度と訪れることがないのだけは明確に感じることが出来る。
 竜を見据えた視界の隅に愛槍を構えた焔が――仲間達が居ることがどれほど心強いか。
「一気に行くよ!」
「分かったわ!」
 飛び出した焔にティスルが続く。
 光線が出てきた辺りに狙いを付けて、炎を纏いし獣が爪を立てた。
 翼を持つ者は飛翔し舞い上がる。
 気を抜けば落ちそうになる暴風を乗り越え。生きた証を刻むように。
 何度も。何度も突き立てる。
「小鳥の……ううん、天使の剣を! 甘く見ないでよね!」
 儚く舞うティスルの剣檄。その舞を止める事なかれ。ヴォルペはリヴァイアサンの攻撃の前に躍り出る。
「おにーさんは護ることしか出来ないからさ」
 だがその不滅の結界に、自身は、仲間は、幾度助けられただろう。
「スキュラシャークの一件以来か」
 ぽつりと零したアドラーは、最前線で戦い続けた老人は、友人の伴侶の父は――もう戦えまい。
「息子を頼む」
「だめだよ。おにーさんは欲張りだからね」
 生きて帰るのだ。アドラーも、イレギュラーズも!

 ――だからおにーさんは今、最高に興奮しているんだ。

 波濤の全てを撥ね除けて笑うヴォルペに、アドラーは薄い唇の端だけを微かに上げて。
「老兵は死なず、か」
 言の葉を高波が浚った。
 血を吐く仲間を。それでも立ち上がる仲間を、支えているのはミミやポテト、スティアの献身だ。
「しっかりするです」
 仲間に、己に、言い聞かせるように声を張る。
 沢山の船が消えて行く所を見た。こみ上げてくる嗚咽。涙は胸を締め付けている。
(こんなの……船酔いのせいです、視界が曇るのは飛沫のせいです!)
 たとえ襲う波濤に船縁へ叩き付けられても。治癒の霊薬を仲間へ届ける為、ミミは戦場を駆け抜ける。

 肩で息をするルアナも、握る剣は既に余りに重い。
「如何せん、敵が大きすぎてダメージが期待できんな」
「でも大きい分、当たり判定? も大きいからいいよねぇ」
 グレイシアの声にルアナが応える。
 先の見えない不安。そして、それよりも――小さな身体から発せられる腹の虫。
 くるるると可愛らしい音がグレイシアの耳に届いた。
 この死闘の中、空腹を訴えるのは感心すべきか。それでも、何処か心が安らぐ気がする。
「……無事に帰れたら、ルアナの好きな物を用意するとしよう」
「っておじさま! フラグ立てちゃだめぇ!」
 言いながらルアナはグレイシアのポケットを探り、忍ばせていた飴を口に頬張る。
 いつの間にそんなものを入れられたのかとグレイシアは肩を竦ませた。
「さて」
「よし! がんばろー!」
 大剣を掲げルアナが先行する。回転しながら叩きつけられた皮膚の断面が刃に割かれていく。
「おじさま!」
「ああ」
 ルアナが開けた傷口を絶対零度の拳でグレイシアが灼いた。
「攻撃を重ねるのみ」
「そうだね! まだまだ!」
 ルアナの剣とグレイシアの拳は重なり。
 リヴァイアサンの傷口を徐々に広げていく――

(これ以上の犠牲者を出させるわけにはいかない!)
 今この瞬間、『私』に出来ることは何だ。
 スティアはあえて、最前線へと踏み込んだ。
 無論、被害にあった人達は心配だ。今も胸の奥が痛んでいる。
 だが――しかけている間に救助されると今は信じたい。
 だって、なぜなら。
 きっと今が最後のチャンスだから。
 これまで仲間達と共に回復させてきた人達が、仲間達が、戦ってくれている今だから。
 どんなに強大な敵だって生き物である以上、絶対に倒せるはずだから。
「行くんだ」
「こっちは任せるですよ!」
 ミミが、ポテトが。重傷者を懸命に癒やし続ける者達がスティアの背を押すように。
 そうだ。
「シャルロットがここまでしてくれたんだ。俺たちが本気見せなくてどうする!」
 史之の声に海兵達が顔をあげる。
 大号令より、女王へひたむきな忠義を尽くし続けてきた者が宣言したのだ。
「君達は勇敢だ。僕は君達と戦える事を誇りに思う」
 愛無が続ける。
 どの戦域も大差はないだろうが、今この瞬間は最も危険であるのだろう。
 君達の命をくれなどとは云えない。だが、それだけは伝えたかった。
 ならば指揮というものが必要だ。
「卿らの命、私に預けて欲しい!」
 うってつけ――ベルフラウが凛と声を張り上げる。
 必要なのは至近からの更なる斉射だ。執拗に狙い続けるのだ。
 これを海兵達と、名乗りをあげたベルフラウにやってもらう。
「ははは……ここまでお膳立てして頂いたのです。
 多少なりとも役に立たねば面目が立ちませんね!」
 バルガルは三本目のエナジードリンクを一息に煽り、廃滅の海へ放る。
 ベルフラウ達に背を預けた史之にも愛無にもバルガルにも、まだ成すべきがあるのだった。
 いずれも怪我だ命だと、このクライマックスでビビるタイプであるものか。

「我慢比べはお断りしたいですし、好機を逃す道理はございませんわねー」
 竜を見据えたユゥリアリアに、父エルテノールが重々しく頷く。
 二人は全てを終えて、フィーネリアを救わねばならない。
 娘はその身に流れる血さえも槍に変え、父は死した者に力を借りて。
 出し惜しみはなしだ。全力で行く。

 先陣を切ったアンナが夢煌の水晶剣を抜き放つ。
 ――幾度打たれようとも。その煌めきが少女に勇気を与えて。
 鋭い踏み込みの刹那、全身全霊を解放したアンナが見据える先。
 竜鱗の向こうに見えた僅かな未来は、仲間達が穿った傷痕だ。
 薔薇のように咲き誇る炎の剣舞が竜の傷口を更に斬り拓く。

「あらあらまぁまぁ♪ とっても大きい首ねぇ♪
 刈り甲斐がありそう♪ お姉さん頑張っちゃいますよ♪」
 獄門を抜き放った斬華が見据えるのは竜の尾――つまりこれも首だ。
 揺らめく様に駆ける幽鬼の足取りは、重力すら首級にあげて。
 だって。
「みんな困っているんでしょう?
 ならお姉さんはみんなの為に首を刈ります♪ ずっとそうしてきました♪」

 ――くっびー♪
   くっびー♪
   おおきい~くっびー♪
   さっくり刈って♪ くびづかだ♪

 スティアは本のような古代の魔導器――セラフィムを掲げ、廃滅の嵐を穿つのは天穹。
「未来を信じて戦えば道は切り開けるはずなんだ!」

 ――強き意思を刃と化せ!

 スティアが展開した舞い上がる光の羽が、史之の放つ光が、リヴァイアサンを穿ち引き裂いて。

 ――終止恋華。

 ユゥリアリアの槍が尚もこじ開け、父エルテノールの霊力を纏った拳が炸裂する。
 斬華の一閃が竜の身体――否、首を次々に宙へ踊らせる。
 その上空からスノウスノウは不可視の刃をたたき込む。

「ああ、この巨大すぎる尾によく似合う、大きな風穴を開けてやろうじゃないか」
 極大の魔力を乗せたシルヴェストルの一撃は、遂にその傷口に白い物を覗かせて。
「あいにく自分一人で立ち向かえるなんざ思ってないですよ。
 ただ、それが僅かコンマ一ミリの希望だとしても、それを掴もうとするのが普通でしょう!」
 バルガルが振りかぶる槌が肉を削ぎ、弾けさせ。
 持てる力の全てを解き放った黒の怪物――愛無の粘膜、その杭が竜へ食らい付き離さない。
「オオオオアァァアアアア!!!」
 全身の筋肉を震わせて、ティタノマキアの閃光と共にルカが雄叫びを上げる。
 鬨の声は破滅の海に響き渡り、甲板に亀裂を走らせた踏み込みと共に――
「沈みやがれぇ!! 滅海竜ゥゥウウ!!」
 直死の一撃――圧倒的なまでの破壊のエネルギーが剥き出しになった竜骨に稲妻のようなヒビを穿ち。

「撃てーーッ!」

 ――アイアイサー!

 ベルフラウの号令と共に、砲撃の轟音が鳴り響いた。
 砲身が焼け付くほどの熱に、吹き付ける嵐と加薬が辺りを白く覆い尽くして。
 イレギュラーズ達もまた、沈み往く尾へ尚も猛攻を加え続けた。

 十秒か、二十秒か。
 遂に海中へと姿を隠した尾に、船が大きく揺れる。

「――やったのか」
 誰かが呟いた。

「そうでなければ困る」
 誰かが答えた。
 戦慄と、焦燥と、されど実感として残る確かな手応えと――

 死んではいない。それは確かだ。
 ならば一行は、尾をどこまで傷つけた。
 ならば連合艦隊は、この竜をどこまで弱らせた。
 戦いの趨勢は、すぐに明らかとなるのだろう。

成否

成功

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