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何となく残しておくと面白いかも知れないと思ったので記録しておくことにする。

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2019/7/26(1/4)

Fall in Alter Ego
 混沌世界の『軸』は誰にでも平等な訳ではない。
 不老と呼べる程長命な幻想種や旅人と人間の時間の価値は必ずしも同じでは無いし、反対に長命たる種は人間の時間の尺度で濃密に時間を感じる事は難しいかも知れない。
 故に変化は絶大だった。
 たかが数年の時間は澱に揺蕩う神託の少女とはまるで違う価値をもって。
 運命を大きく動かす事もあるだろう。括目せよ、と胸を張る事さえあるのだろう――
 レオン・ドナーツ・バルトロメイが再び空中神殿を訪れたのは長くて短い時間が過ぎた後の事だった。
 巡った季節は幾度だったか――何年か振りにその姿を認めた時、ざんげの表情筋は珍しい位に仕事をしていた。他人から見たら普段の無表情と殆ど分からない位の差に違いないが――彼女が驚いたのも無理はない。
 旧知の少年は以前よりもぐっと大人びていて――いや、そんな事より何より。
 彼女の姿を認めるや否やフラフラと倒れてしまったのだから。
 神殿の石畳の上に座る。彼の頭を不器用に膝の上に乗せたざんげはふと何年振りだろうと考えた。

 ……空中神殿に何とも言えない時間が流れる。

「……よう、久し振り」
 レオンが薄目を開けたのはそれから幾分か時間が過ぎてからの事だった。
 欠伸を噛み殺した彼はこの時間を我が物顔で扱い、何時にもまして身勝手なままであった。
「久し振りじゃねーです。一体これは何でごぜーますか」
「覚えてたじゃん」
「……転んで泣いた時、レオンはこうして欲しいって言ったじゃねーですか。
 間違ってたなら降りやがれ、と言うですよ。とっとと降りろでごぜーます」
「余計な事ばっか覚えてやがる。忘れろよ、そっちばかりは。
 オマエの顔を見たら緊張感が解けてね。ああ、取るものも取らず来たのがまず大失敗って訳だな」
 半笑いのレオンが膝の上から見上げたのは勝手知ったる少女の顔である。
 笑わせようと努力した、怒らせようと努力した。
 何なら泣かせてやってもいい――そんな風にすら思ったざんげの顔である。
『何一つあの頃のまま変わらないざんげ』の極々ささやかな変化を他ならぬ彼が受け取れない筈は無く。
 何とも釈然としない彼女の表情の何処かに積年の安堵が漂っているのを認めた時、レオンの溜飲はほんの少しだけ降りていた。
 彼の顔を見下ろしたざんげと彼女の顔を見上げるレオンの目線が絡んでいる。
2019/7/26(2/4)

「レオンは大きくなった……でごぜーますね」
「『抜く瞬間が抜けた』のは不本意だったぜ。今じゃ勝負にならねえな」
 元々、同年代より小柄だったレオンはこの数年の成長期で随分とたくましくなっていた。
 幾分か低くなった声に、そこかしこについた幾つもの傷。
 ざんげの記憶の中にあった少年と、今のレオンの姿は完全にはイコールしない。
 衝撃的な展開から始まって――それでもきっとレオンはレオンの侭なのに。
 そこまで考えてざんげは思った。
(――ああ、レオンは冒険に出たですね――)
 未知の探求を、血沸き肉躍る冒険への憧れを隠さなかった彼だから。
 その夢が叶ったのならばそれはざんげにとっても何処か――ほんの僅かに温かい事だった。
「……もう、来ねーもんかと思ってたですよ」
「もう来る気なんて無かったさ。まぁ、それでもこうなったのは――俺も大概諦めが悪いね」
 ざんげの言葉に半目のレオンは苦笑する。
「だって、何だって繰り返しさ。何時だって繰り返しだろう?
 俺が大人になっても、爺さんになっても。オマエは同じ答えを返すだろう?
 太陽を照りつけても旅人は外套を脱ぎやしない。
 だから俺とオマエはまっとうに噛み合いやしないし――
 ――ああ、一応聞いておくが。オマエ、この数年で何か劇的な変化は?」
 ざんげは真顔で首を振る。
「良し、それならいい。流石の俺でも俺の不在中にオマエに変化があったなんて聞いたら。
 カミサマを恨むを通り越してぶっ殺してやりたくなる」
「神様――って呼んでいいかは知らねーですが、とんだとばっちりじゃねーですか」
「いやさ、手違い(バグ)の責任だ。奴には俺の八つ当たりを浴びる義務がある」
 冗句めいたレオンにざんげは曖昧な表情を浮かべた。
 彼女が『曖昧』を取る事自体が珍しい。本人の自覚がどうあれ、である。
「神様にヤキを入れるのはレオンに任せるですよ。
 ……でも、やっぱり分からねーです。どうしてレオンは今ここに……」
「てっきり、嫌われたとばかり思ってたですが」。ざんげは言葉の後半を呑み込んで小首を傾げた。
2019/7/26(3/4)

 口にしなかったその続きの言葉さえ、何となく理解したのだろう。レオンは苦笑して言った。
「さっきも言っただろ。旅人に外套を脱がせるにはどうすればいいかと思って、考えた。
 考えて、考えて、考えてよ――ようやく分かったんだよ。
 土台、旅人(バカ)の意見なんて聞いてるから上手く行かないんだって」
「……」
 ざんげは自分を指差し、小首を傾げた。
「そう、大バカ」
「レオンは私を罵りに来たでごぜーますか」
「半分はな」
 幾分か不満そうなざんげをかわしてレオンは大きく伸びをした。
 青い空に入道雲。初夏の日差しは眩しく、神殿の景色は遠い日に――出会ったその頃にも似ていた。
 だから――レオンはもう一分の迷いも無く彼女に言った。
「旅人(バカ)が何を言ったって、もう知るか。
 オマエがどれだけ神託(がいとう)にしがみ付いたって、全部吹っ飛ばしてやる。
 オマエは神託を守る女なんだろう? オマエは混沌の破滅を防ぐ為にここに居るんだろう。
 いいさ。好きにしな。だが、もうオマエの意見は聞かねーよ。その仕事は俺が全部終わらせてやる」
「……それは、どーゆー……」
「何で今か、何で来たかって聞いたよな。
『ギルド・ローレット』。それが答えだよ。
 今日、エウレカのおっさんに手伝って貰って冒険者ギルドを始めた。
 掘っ立て小屋にボロい看板をぶら下げた素寒貧のギルドさ。
 無名、無力、胡散臭い――超弱小の冒険者ギルド。構成員二名。俺とおっさんだけ」
 レオンは不思議そうな顔をしたままのざんげに一方的に続けた。
2019/7/26(4/4)

「俺は世界一の冒険者になる。それで、ローレットは世界一のギルドになるよ。
 混沌中の特異運命座標を集めて、オマエの言う『パンドラ』をかき集めてやる。
 それで、終焉だか終局だかが出てきたらそいつを一撃でぶっ飛ばして。
 オマエが泣こうと喚こうと空中神殿から引っぺがしてやる。
『俺はバグでも勇者様がやり切ったならそれで神託は終わり』だろ?」
「――――」
 初心者に毛が生えた位の少年が臆面も無く荒唐無稽に『世界一』を口にする。
 その傲慢な台詞以上に――目を丸くしたざんげは全く『そんな事は考えた事も無かった』。
 彼女の務めは特異運命座標を帯びた何某かに事情を説明し、先導する事のみ。
 神託はパンドラの蒐集とCase-D(しゅうきょく)の回避を望んでいたが、特異運命座標の性質上――彼等は何をしてもパンドラを集める事が出来るのだから――彼女がその先に口を出した事は無かった。
「馬鹿げてるだろ。そんなペースじゃ俺が死んでも終わらねぇ」
 神様の手違い(レオン)はシステムの根幹に風穴を開けると言い切っている。
「分かったな、ざんげ。うんでもはいでもYESでもいい。
 俺は俺が生きてる間に、全部ぶっ飛ばす。
 ぶっ飛ばしてオマエを無理矢理こっから引きずり下ろす。だからもう諦めろ。
 今日来たのは宣戦布告だ。兎に角、一秒でも早くオマエに言ってやりたくてよ」
 レオンは持ち前の超強気を微塵も隠さないでにっと笑う。

 ――だって俺は。俺はオマエが大嫌いだからな――

 言うだけ言って「寝る」と目を閉じたレオンの頬が少し赤い。
「本当に」
 そんな『どうしようもないひと』を膝の上で遊ばせたまま。
「本当に仕方ねぇ人でごぜーますね」
 肯定するでも無く、否定するでも無く――ざんげは幽かに微笑んだ。


 青い空、白い雲。大人びた少女の温もり、繰り返した悪態。
 遠い日の出来事は色付く他我であり、のめり込むエゴイズムそのものだ。
 その原風景は出会いの時であり、決意の時であり、少年時代との決別だ。
 馬鹿げていると笑わば、笑え。
 記憶の底で褪せないワン・シーンはセピアの海でもその光彩を忘れないから。
2019/8/2(1/2)

暁と黄昏の境界線
 これは、ずっとずっとずっと、ずーっと、昔の話。
 あるところに、貴族がおりました。
 貴族は人民を慈しみ、憐れみ、多くの人々を愛し、外に威を以って賊を下しました。
 ――あぁ、けれど、惜しきかな。
 彼はある時、戦いに敗れて死んでしまいました。
 不幸にも、後継者であった嫡男と一緒に。

 ――――残された多くの一門は、争い始めます。そう、どこにでもある、栄華盛衰の一頁。
 唐突な指導者と後継者の死が産んだ血みどろの内戦の果て。

 ――彼らはただ二つだけ、家名を残すことに相成ったのです。
 もちろん、とっくの昔に嘗てのような栄華など望めないほど小さく。
 けれど、残滓の存在は、尽きることない火種を燻ぶらせたまま、静かにそこにあったのです。



 天空には厚く立ち込めた雲が立ち込めていた。
 曇天を差す微かな西日は、静かに佇む古城を照らしだす。
 その城の上層部、西日に照らされて見上げる民衆を見下ろして、男は静かに立っている。
 黒を基調として、装飾の少ない燕尾服を着込み、まるで、この地を治めることを当然のように伸びた背は、彼から自信を感じさせる。
 頭を抱え、下手をすれば傷を負いかねないほど強く手に力をいれて、オレンジがかった白髪交じりの髪をかき上げる。こらえ切れない程の憤懣を胡乱な瞳に残し。
「なぜだ――なぜ我がこのような目に合わねばならん」
 ――男はそう呟いた。

 ――眼下にあるのはゴミだ。

 ――歩くゴミ、気付けば生えるゴミだ。

 ――腹立たしい。何をそうも見るというのだ。

 ――恥ずかしい。愚かしい。憎たらしい。

 ――どのゴミの目も、一様にして輝いている。

「ここは、我が一族の屈辱の地なるぞ――――」
 轟――と、不自然になった音が、激情に乗せられて室内に反響し、古ぼけた絵画を、貴重なりし文化財を破砕する。
 ――けれど、そんなものに意味はないのだ。
 失われた文化になど意味はなく。汚された栄華は消し去った。
 ただ、これより先にあるは、嘗ての栄光のみ。
「――おのれ、全てはあの小娘のせいか。何もできぬ何もなせぬ、
 ただゴミと戯れるだけの小娘が。我が五十年の悲願を邪魔しようとは」
 苛立ちを隠さず、男は白いグローブを嵌め直して、握りしめる。
「まぁ――良い。ローレットなる者に頼る愚かな小娘など、もろともに屠ればよい。
2019/8/2(2/2)

 オランジュベネを興し、ブラウベルクは滅ぼす――後戻りなどなせるはずがない」
 厳格さを見え隠れさせる落ち窪んだ双眸が、ぎらりと光る。
「忌々しき失墜の地よ――あぁ、主よ。我は、見事この地に我が家を築きましょう」
 いるかどうかも分からぬ主に捧げ、男は静かに動き出した。



 ―――――幻想『レガド・イルシオン』
 貴族達によって統治され、混沌世界における中央部に位置し、温暖な高原部を擁する大国である。
 そして――救世主たるイレギュラーズが所属するローレットの本拠を都メフ・メフィートに置く国だ。
 かつて、サーカス団の策謀がイレギュラーズの手で最小限に防がれ、砂蠍の蠢動と鉄帝国の南征がほぼ同時期に起こったことは、記憶に新しい。
 そして、その戦争のど真ん中、幻想の南部にて小貴族が兵を挙げ、イレギュラーズの活躍により鎮圧された。

 生暖かく、冷たさを伴った風が窓辺から入ってくる。
「――そういうわけで、今、我らのブラウベルク領及び旧オランジュベネ領にて、暴動が
 いくつも起きております。暴動の伝播は我々の管轄区を越え、
 幾つかは他の所まで行っているとのこと」
「そうですか……引き続き、近隣諸侯の皆様には警戒を厳にして
 いただくことにいたしましょうか。こちらで検問の徹底をお願いしても、
 流石に行くなと言えないですし」
 少女――テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)は、青い髪を揺らして小さく呟いた。
 細められた双眸は、不思議と安堵と落ち着きに満ちている。
「ローレットの皆様に連絡を。自分で言うのもあれですが、
 落ちぶれた小貴族同士の争いとはいえ、魔種相手です。私達じゃ荷が重いでしょうから」
「これがオランジュベネの仕業である確証はありますか?」
「伯父は確実に攻めてきます。今までもさんざんやってきてくれましたし――何より、
 オランジュベネとブラウベルクはそういうモノ、らしいですから」
 そう言って笑うテレーゼの表情は、少しばかり疲れが見えた。
「今度こそ逃がさない。いえ――逃げる場所なんて与えてなるものですか。
 あれは、私の領民に傷を負わせて、私の友人を傷つけた。
 ……そのために、また友人を傷つけてしまうかもしれないのは、かなり歯痒いですけれど」
 ゆるぎない覚悟が籠った双眸で言ったテレーゼが静かに口を閉ざす。


※不穏な気配が幻想で蠢き始めたようです……
2019/8/11(1/3)

『ザントマン』
 青天の霹靂、一寸先は闇、禍福は糾える縄の如し。
 如何な平和を謳歌していたとしても、留まりを良しとしてそうあるように努めていたとしても。
 やはり、ささやかな願いが叶い続けるかどうかは運命なる大きな何かの胸先三寸に拠るものなのかも知れない。
『何か』が起きる時は、得てして突然なものだ。
 深緑。『赤犬』と呼ばれしディルクは再びその地を訪れていた。
 ラサの重鎮である彼が、外部に赴く機会はそう多くは無い。そんな彼の要件はただ一点。近頃深緑を騒がせている拉致事件の事であり――かの一件に出向いたイレギュラーズ達から報告に挙がった『黒幕』と思わしき者の名を伝える事だ。悠久の同盟者――深緑を脅かすその名は。
「ザントマン、そう呼ばれる存在が裏にいる……と。
 成る程、その名は深緑でも有名ですよ――ただし、あくまで御伽噺の存在としてですが」
 ディルクからの言を聞いたリュミエ・フル・フォーレはその名を思考内で反芻していた。
 ザントマン。砂の男、を意味するその単語は深緑の中で有名な御伽噺に登場する妖精の名である。

 ――夜の森は危険だよ。さっさと眠ってしまいなさい。
 そうしないと、眠たい砂が降ってきてザントマンに攫われてしまうよ――

 ……自らも身内に語った事のある御伽噺だ。内容はよく知っているとも。
「しかしそれは躾の為の子守歌。実在人物を謳った伝承ではないのです」
「いずれにせよ『そう』名乗る奴がいるのは確かさ。そっちでも怪しい奴はいたんだろ?」
 ええ、まぁ。と目を伏せて紡ぐリュミエ。
 ラサで起こっている事態である以上、ディルクに……というよりもラサの者に深緑内部で調査活動を行わせるのは非常に憚られた。リュミエとしては彼がそのような行いに加担する者だとは思っていないが、立場というのがどうしてもある。
 故に第三者の立場としての意を受けたイレギュラーズに深緑内の調査 を依頼したのだが――
「こちらでは明確にザントマン、と名乗る人物がいた訳ではありませんが……
 そちらの報告にあったのと同様に『砂』を纏う謎の存在がいたのは確かです」
 あわや攫われる寸前だったとか。夢遊病の如く意識なく歩き、出回って。
2019/8/11(2/3)

「……寝てる間に攫われちまうってか。厄介なモンだぜ」
「今の所この情報は一部の者以外に公表していません。『謎の存在による謎の拉致』など……多くの民や子供達の不安を煽るだけですからね。『ザントマン』とやらの正確な正体を掴むまでは、少なくとも」
 だろうな――ディルクはそう呟き、さて今後の展望を見据えなければならなかった。
 真っ当なだけではない彼は一通り悪徳をも嗜み、理解する。『永遠に美しい幻想種』が如何程の商品価値を持つのかは想像するに難くない。ラサがそれに手を染めるかどうかは別にして、垂涎の商売足り得る理屈は理解出来る。
 果たして『ザントマン』とやらの犯行が単純な金銭欲のみを理由にしているかは知れなかったが……
 ひとまず当面はこの『ザントマン』なる人物を追うのが手掛かり、足掛かりになるのは確実だ。同時に、形成している売買ルート潰しも重要だ。拠点潰しに出向いた者達の方で、イグナートやセララが収集した情報によるとまだまだ複数の拠点・活動の記録があったらしい。
 しかしこの点で問題なのが……なぜザントマンはそんなルートを持っているのかと言う事。
 商売のルートと言うのは全く外部の人物が一朝一夕で網を張れる様なモノではない。規模が大きくなるにつれて時間と人脈が必要になるモノだ。そう考えると『ザントマン』とは全く存在の掴めない謎の人物――ではなく。
 元から『ラサ内部に存在している人物』なのではないか、と。

 (……その事態こそが最悪なんだけどな)

 勿論これはあくまで推測だ。違う可能性も存在する。
 しかしもし『そう』であるのなら、もはや言い訳のしようもなくなる。長である自分が関わっていないと証明出来ても、大多数の民は『ラサ』という一括りに対して良い感情を抱く事はないだろう。勿論やれることはやれる限り行うが――万策尽きれば後に残るのは誠意を見せる、と言う手段だけしか残らない。そして、それは謂わば『敗戦処理』に過ぎまい。
 深緑と長らくの同盟関係を結んできたラサとしては彼女等の信頼を失う事は大いなる国益の損失である。何故ならば、ともすれば閉鎖的とも揶揄される深緑はラサにだけは心を開いてきたのだから、色々な意味でその関係は特権的だからである。
「誠意――か」
2019/8/11(3/3)

 ディルクは眼を伏せる。思い返すは、ラサと深緑の結びつきの物語。始原の盟約。
『自身の血脈(ルーツ)も大いに関わるその始まりに、彼は少なからぬ思い入れを持っていた』。 「俺の爺さんの爺さんの、何代前だっけ――折角、結んだ糸を、俺で切る訳にはいかないよなぁ」
「……『彼』との盟約ですか。懐かしいですね――私にとっては昨日の事のようです」
 その昔。今よりも遥かに閉鎖されていた深緑の窓を開いたのは一人の男だった。
 砂の世界から訪れた『彼』は、目の前の美しき幻想種と関わり、まさに深緑に変化を与えたのである。
 遥かな時をリュミエは生きてきた。ともすれば停滞していたともいえる己が心に。
 変化を、教えてくれたのは――
「なぁ」
 ふと。ディルクの声でリュミエの意識は目の前へと戻される。
 赤い髪。鋭い目つき。ああ、全く見れば見る程『似ている』もので。
 リュミエは何とも複雑に『若い頃』の思い出を反駁しない訳にはいかなかった。
「前から一つ聞きたかったんだけどよ」
「……なんでしょう?」
「クラウス・アイン・エッフェンベルグは――大層なイケメンだったりしたのかい?」
 リュミエは唐突な質問に目を丸くする。一体何を聞いているのだ貴方はと。
 なんと答えるか、無視するか。ああどちらであってもなにとなし、面倒に感じたので。

「――鏡でも見れば宜しいかと」

 そっけない態度で突き放した。



※深緑にて『ザントマン』の噂が広がりつつあります。
 幻想種の誘拐事件が多発している様です……
2019/8/17(1/3)

Bの奴隷商
 金属の音が鳴り響く。鎖か何かが擦れる音だ。
 暗い。光など必要ないが如きそこは、地下だろうか? 少なくとも外の様子は窺えない。
 揺らめく蝋燭の光が点々と……その周囲にあるのは古びた牢だ。中からはすすり泣く声が聞こえて――
「けっ、うるせぇぞ! いつまでも泣いてるんじゃねぇ!」
 怒号と共に衝撃。それは鉄格子を蹴りつけた音。
 青い肌にふくよかな体格を持つ彼の名は、ブルース・ボイデル。本名をブルー・ボーイ。
 B.B.とも称される彼は、とある地域にて己が山賊団を率いる首領でもあるのだが――最近ではラサや深緑で問題視されている『幻想種の奴隷売買』にも手を染めていた。いや正確にはどっぷりと手を漬けている、と言った所か……なにせ。

「――あまり『商品』を脅すな。活きがよくなければ満足しない顧客もいるのだからな」
「へへへ、こりゃ失礼しました……『ザントマン』殿」

 此度。奴隷売買の黒幕と目されている『ザントマン』と直接の関わりを持っているのだから。
 全身を防塵用の布、だろうか。とにかくマントに身を包んだザントマンの風貌は見えない。
 が、本人ではあるのだろう。ブルーは彼のすぐ横を歩き、諂うように言葉を交わしている。
「売り上げは順調のようだな」
「『永遠に美しい幻想種』――はッ。そら買い手もいるものですよ。特に深緑に引き籠っている奴らなんて世俗の手垢が付いてない……そういう所に価値を見出す輩も多くて、銭に成る事成る事。山賊家業が馬鹿らしくなってきますわなぁ!」
 手を叩く。笑顔と共に豪胆に笑って、奴隷売買様様とばかりに……しかし口調とは裏腹にブルーにとっては本音二割、世辞八割だった。
 ラサ以外に中々交流すらしない深緑の幻想種には確かに貴重品ともいうべき価値がある。大きな利益を上げているのは確かだし、売られていった奴らが向こうで『どう』扱われてようが知った事ではないが――それはそれとして相応の『危険』も付き纏ってきているのだ。
 聞く所によればラサの長である『赤犬』のディルクが動き出し、伴って国境を越えて動くローレットも確認されているとか。各地に調査の手が伸びるのもそう遠くはないだろう。美味しい所だけ味わってまた山賊家業へと……適度に手を引くべきか? 一人か二人、戦利品代わりに頂戴して……
2019/8/17(2/3)

(……ていうか本当にコイツどうやって深緑に忍び込んでんだ?)

 ザントマン、彼の正体はブルーも知らない。多くの幻想種を誘拐し、手引きも行っているのは確かだ、が。
 例えば隠匿の魔術が群を抜いていようが事はそう単純ではない。
 深緑は閉鎖的であるからこそ戦力や才人達の数に未知数な所がある。当然地理にもだ。
『迷宮森林』は外部の侵入を容易くは許さないし、深緑のレンジャー部隊も地の利を活かした防衛力を持っている筈だ。
 分からない所に行き、分からない者達の目を掻い潜り何度と事を成す――?
(待てよ……もしかしてコイツ……?)
「ところで……お前達に渡した瓶の効果はどうだ?」
 ふと、ブルーの思考に過った一つの『推論』はザントマンの声に遮られた。
「小瓶……ああアレですか!」
 言って取り出すは一つの『小瓶』だ。中にあるのは……砂、だろうか。
 些か濃い目の、青い色をした粒子が収められているのだ。あまり量は多くはなさそうだがそれは。
「ザントマン殿特製の砂は好調ですよ……! 振るうだけで眠るだなんて便利なモノを……! 小煩いガキもぐっすり。騒がないのがなんとも良い」
 特別な睡眠薬、と言った所だろうか。恐らくブルーに限らずザントマンの手が入っている奴隷商人達に配られているモノなのだろう。上手く振るえば対象の抵抗を削いで簡単に誘拐できる道具。
 指で弄ぶ様にブルーは小瓶の中を見据えながらくつくつと笑う。
「これならかつて奴隷売買で栄えたという『砂の都』が再びラサに建つ日も遠くないですなぁ……!」
2019/8/17(3/3)

 砂の都、なる言葉は特別な意味を持っていた。
 それは深緑における『ザントマン』の御伽噺の如くラサ側で伝わる伝承の事である。今よりも何代も何世代も前。現在における首都ネフェルストの様に栄えた街があった。その街は奴隷売買で多くの富が溢れ、金銀財宝の山が築かれたという。
 しかし他者を売り栄華を築くその有り様に怒り狂った魔女の手によって、一夜で砂に沈められた……と言う、古代都市伝説だ。ただ伝説とは言っても、実在した都が元の話になっているらしく、今でも古代都市の位置はトレジャーハンターによって探されていたりもしている。
 ともあれ当時は深緑が今より遥かに閉鎖的だった時代。希少価値は今よりも高く。
 深緑の者が運ばれてきて超高額で取引された事もあるとか――
「砂の都、か」
 と、その時だ。ザントマンが言葉を呟いて。
「案外遠い夢の話ではないかもしれんぞ」
「……ん? いまなんと?」
「気にするな。お前はただ幻想種共を売り捌けば良い」
 人身売買は忌まれる文化だ。だが質によっては莫大な利益を生む一大市場でもある。
 『需要』はあるのだ。人の業も在り続ける。さぁ――

「売れ。売れよもっと派手に売れ。尊厳など知った事か、辱めろ。骨の髄まで売り飛ばせ。
 奴らの価値を目に見える『数字』にしてやれ――金貨の方が重いと良いな?」

 高笑う。彼の目には『人』など映っていない。
 映っているのは『商品』だけ。
 金貨に変わる、肉袋。
2019/8/21

誰そ彼

 その日、『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク( p3n000028)は云っていた。
 オランジュベネとブラウベルクは『そういうモノ』であるのだと。
「……はぁ……困るよねぇ、こういうのってさ……いい大人が逆切れしてさ……」
 気怠げにそう告げた『壺焼きにすると美味そう』矢都花 リリー(p3p006541)は殻に引きこもってはいられなかった。
 ギルティなのだという彼女はローレットが対処するもう一つの事件――幻想種の誘拐――の事を思い出したかのように「……めんどう……」とぼやいた。
「まあ、面倒な事には変わりないけどさ、誰かを護れってならアタシたちが護るしかないと思うんだ」
 痛む体を労わる様に『チアフルファイター』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)はそう呟いた。
 朝朗けの空を見遣るミルヴィはふと思い出したようにテレーゼへ行った。
「黄昏時って言葉があるじゃん? あれってさ、誰そ彼って書くんだってね?」
「……ええ、そうですね」
「それって、夕暮れで顔の識別がつかないから、誰ですか? って意味で『誰そ彼』っていうらしいね」
 それは、統治者のなくなったその空白地帯を見遣るかのように静かな声音であった。
「――本来の敵って、誰だったんだろうね」
 伯父と姪。
 その関係性の糸が途切れた時に相手を誰と思うか――不倶戴天の敵の魔種だと断罪するか、それとも誰かを傷つけた人間として認識するか。
 案外、その区別は難しいものではあるのだが。
 テレーゼは首を振る。
「私は、領地領民を統治する者として、彼らを己のいのちだと認識しています。
 彼は己(わたし)と私の大切な友人を傷つけた。そこに一寸の揺らぎもなく、許すまじと認識していますから」
 そう口にした少女は、ふと、窓の外を見遣り息を吐いた。
「皮肉にも我が領地――いえ、我が領地の属するこの国でも幻想種の奴隷の売買が行われています。
 ……何事も、儘ならないものですね」
 未だ蠢く二つの影が仄かな光の下、僅かに交錯し合い、少女の蒼天の色の瞳に閉ざされた。

 ※幻想にて新たな影が暗躍し、深緑ではザントマンの噂が広まりつつあります。
  依然として幻想種の誘拐事件は続いているようです……
2019/8/23(1/2)

<ザントマン・ログ>
 砂漠の中に、佇む美しき泉。
 生命の源たる清廉を十分に湛え、萌ゆる緑にさえ恵まれた――砂漠に咲いた一輪の花。
 著名な詩人が夢幻と称した世界有数の美しき都こそ、ラサの誇る『夢の都』ネフェルストである。
 平時よりは僅かに浮足立った――騒がしさを増した様子のこの場所に、踊るような足取りで訪れた少女には竜にも似た立派な角が生えていた。角のみならず尾を揺らして歩む彼女の姿を見てもサンドバザールの面々は『旅人(ウォーカー)』だと認識することだろう。彼女の姿は一般に知られる『純種』からは遠く、旅人とするならばそう珍しいものでも無い。
 つまり、その場に立つ『赤犬』ディルクの一人を除いては旅人とだけ認識するのが当然正しい。
「ハロー、ディルク。何だか、タイヘンな事になってるそうじゃない?
 わたしもワイバーンたちが大騒ぎしてるみたいだから見に来たのだけど」
 ひらひらと手を振った少女、琉珂の姿をその両眼に映し込みディルクは大仰な程に溜息をついた。
「……この面倒な時に来なくったっていいだろ」
「ツレないこと言うのね」
 つんと唇を尖らせた流珂。凡そその反応から『どういう状況なのかを説明しろ』と言っているのだろう。
 現在、ラサは隣国アルティオ=エルムとの間で一つの事件を抱えていた。
 深緑に住まう『永遠に美しい幻想種』の連続拉致事件が起きている。
「犯人は? どっかのクズ?」
「『ザントマン』とやら――
 犯人が深緑の子守歌や御伽噺に出てくる存在の仕業だって言われて納得できるか?」
「できないわね」
 連続拉致事件が発生してからというもの、特異運命座標が幻想、ラサ、深緑と三国を股にかけての調査を行った。
 得られた情報というのが深緑の多くの民の間で知れ渡っている御伽噺の存在『ザントマン』と呼ばれる存在がこの拉致事件にかかわっているという事であった。
「ええっと、わたしったらドラゴンの居眠り並に世情に疎い方の女の子なんだけれど、分かる様に言ってくれない?」
2019/8/23(2/2)

「一つ、深緑で幻想種の連続拉致事件が勃発している。
 二つ、その拉致事件にラサの人間がかかわっていると思われる事から俺達が捜査に乗り出した」
「ふんふん。それってとってもまずくない? だって、アナタ達って一応交友関係なんだし幻想種を害してるってなればその友好も破綻しちゃうわ!」
 驚いた様に言う琉珂にディルクは頭が痛いとでも言う様に小さくため息を吐いた。
 閉鎖的なアルティオ=エルムが唯一と言っていい程に、その窓口を開いているのが隣国のラサである。
 旧き盟約に基づき、深緑と確かな友誼を結ぶ唯一の勢力であるラサにとってこの事件は由々しき意味を持つ。安全保障上においても、国益においてもその友好関係に罅を入れる可能性があるこの事件のもたらす悪影響は甚大である事は間違いない。
 幻想種達を市場に流している不届き者がラサの商人たちであるとされ、奴隷として各国に売り払っているとなれば深緑の主導者リュミエとしても『見過ごせない』だろう。
「俺の爺さんの爺さんの、何代前だっけ――兎に角、爺さんが結んだ糸を俺が絶つ訳にもいかねぇだろ」
「そうね、そうだわ。その御伽噺については今度詳しく聞かせて欲しいけど。
 それで……? 現状としては何か進捗はあったのかしら」
 ぐいぐいと身を乗り出して、好奇心旺盛な少女はディルクへと掴みかかる勢いで情報をもっと頂戴とせがむ。
 それ以上――さて、それ以上と言われても。
 現在も各国に向けて奴隷として幻想種は出荷されているし、奴隷商人たちの存在も確認されている。
「砂男の足跡を辿って、その情報を見つけるのはアイツらの方が早いかもな」
「アイツら?」
「ギルド『ローレット』――知ってるだろ?
 幻想と天義を一先ず救ったっていう、今をときめく特異運命座標(えいゆう)サマだよ」


※幻想にて新たな影が暗躍し、深緑ではザントマンの噂が広まりつつあります。
 依然として幻想種の誘拐事件は続いているようです……
2019/8/26(1/2)

薄明りを越えて

「南の方での暴動事件ですが、鎮静化したようですね」
 そう口にしたのは『穏やかな心』アクアベル・カルローネ(p3n000045)。ほっと胸を撫で下ろした彼女は呆けた様に晴れ渡った空の色をぼんやりと眺める。
 この所、落ち着いていた幻想の世情を裏切るかのように始まった『魔種』による騒乱も過ぎ去れば凪。
 悪しき気配が遠ざかり、暗澹の雲を晴らした先に或る空はこれ程まで明るいものか。
 ローレットの受付テーブルを超える様にふわりと飛んだ小さな影――『小さな守銭奴』ファーリナ(p3n000013)は「そうですね。しっかり働いた結果がっぽがぽです」と満足げに頷いた。
 慈善事業ではない。冒険者ギルドとしての仕事を果したのだ。可愛らしい妖精の姿をしていようともその性質的に『金銭』には抜け目ないのだろう。
 ファーリナは算盤を弾くかの様な指先の動きを見せてくすくすと笑った。
「がっぽり?」
「勿論、がっぽりです」
 首を傾げたブラウ(p3n000090)はぴよっ! と驚いた様に跳ね上がり嬉しそうに両翼をぱたぱたとさせた――哀しいかな、獣種であり飛行種ではないため、飛べない鳥だ。ヒヨコだから飛べないのも当たり前かもしれないが。
「貴族の方も、困ってましたから、よかったです」
 しきりに頷く黄色のヒヨコ。天義の騒乱を開け、そして深緑で起こる幻想種連続誘拐事件の対応に追われる中でのローレットの膝元、幻想での暴動だ。
 グレモリー・グレモリー(p3n000074)にとっても美しいキャンバスに描かんと願う街並みが害されるのは辛抱堪らん事であろうから、これが比較的軽微な被害で一先ず収まったのは僥倖とする他ない。
2019/8/26(2/2)

 ローレットの窓より差し込む陽射しの暑さは体の芯まで冷えるような冷酷なる悪意を忘れさせるかのように暖かく、『蒼の貴族令嬢』テレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)が人心地ついたのも無理はない。
 しかし、可憐な美貌を引き締めたままの彼女は未だ心から安堵する事は叶うまい。
「……これで、終わるとは思えません」
「そうだね。もしも絵画に描くとするならば――こんな『中途半端な暴動』では終わる訳がない」
「ええ。伯父はそういう男ですから」
 グレモリーの言葉にテレーゼは窓硝子に指先這わせ唇を噛み締めた。
 テレーゼの知る『彼』は、かの家はぞっとするような底冷えばかりを抱いている。ブラウベルグの娘として、領地を気に掛けない訳にはいかないが、自領ばかりに気取られていては『それ以上』さえ否めない。
 さりとて、特異運命座標達へと自身らの調べられる限りの情報を与え、そして前線へと送り出す彼女は紛れもなく貴族の一員である。何と口惜しくも、『前線へ出る事が出来ぬ』存在に違いなかった。
 テレーゼは情報屋達を振り返る。
「伯父は、もう一度くるでしょう」
 その言葉に、緊張したような顔をしてブラウはファーリナを見遣った。
「……それは姪だから分かる、ってことですか?」
「ええ。私は『イオニアス・フォン・オランジュベネ』という男をよく知っています」
 蛇のように絡み合うブラウベルグとオランジュベネ。
 雌雄を決するべきは、解けないメビウスの如き『宿命』である。
 だから――『ブラウベルク卿』は只、静かに――確かめる様な声音で言った。
「彼は、もう一度くる。きっと、必ず――
 備えをし、もう誰も犠牲にならぬよう……私たちは私達のできる事を遂行しましょう」
 ――一度超えた闇夜。薄明の向こうに待つ蒼空の美しさを確固たる意志で守り抜く為に。


※イオニアス・フォン・オランジュベネの動向に注意が必要です……
2019/8/27(1/2)

蠢動する悪意


 ろうそくの炎がゆらりと揺れ、石畳をぼんやりと動きを見せる。
 靴がカツン、カツンと石に当たる音を立てていく。
 ぐんにゃりと炎が男の影を動かす。
 イオニアスは看守らしき兵士の目の前に立つと、杖で兵士の肩を叩く。
 その瞬間、驚いた様子で兵士が跳ね起きて、敬礼する。
「閣下!」
「――――ふん、アレの調子はどうだ」
「ハッ! ここ数日は元気に喚くのを止めております」
 敬礼した兵士にこくりと頷いて颯爽と風を切って歩く。
「そうか……」
 イオニアスはそのまま歩みを進め、一つの牢の前へ辿り着いた。
 そのまま杖で格子をガンガンと叩きつける。
 牢屋の奥、暗がりにて何かが動いた。
「ァ、兄上ぇぇ……」
 のどが潰れているのか、しわがれた声だ。
「――――キサマの息子な、アレ死んだぞ」
 イオニアスは淡々と告げた。
 向こう側からの反応は――ない。
 分かっていた。これにそんな物があろうはずもない。
「つまりだ、何が言いたいか分かってるか?」
「だ、出してくれるのですね! お願い、兄様!」
「あぁ、そうだ、その通りだ。出してやる。身軽にしてやろう」
 イオニアスは笑う。
 その笑みは冷徹な、しかし獰猛に――汚物を見るような視線で杖を女に向けた。
 キュイィ――と音が鳴る。直後――牢屋の奥で悲鳴がなった。
「看守」
 イオニアスが呟けば、兵士が布を一枚差し出して――それに火を当てたイオニアスがぽいと牢の奥へ投げ捨てる。
 ぼんやりと照らし出された牢屋の奥で、女が一人、怯えたようにへたり込んでいた。
2019/8/27(2/2)

 イオニアスはそれを見とめると、その顔に一層の憤怒をみなぎらせた。
「悍ましい――水ぼらしい姿になりおって。お前のような愚か者が
 我が妹ということが腹立たしいわ」
 格子を叩き折り、牢屋の内側に入ったイオニアスは、進み出て、女の頭を握り――直後にキィィィンと音が響く。
 目を見開いた女は、喚き散らしながらイオニアスの腕をつかみ――やがて両耳から血を垂らしながら崩れた。
「――――キサマよりは、まだ息子の方がマシだったな。
 ――――腹立たしきは、アレにはブラウベルクの血が流れていたことか」
 握っていた女の頭を握ったまま、苛立ちを露わに女を放り捨てる。ごしゃりと聞こえた音を無視して、イオニアスは踵を返した。
「おい、あれは処分しておけ」
 看守の変事を待つことなく、イオニアスはその場を立ち去り、重々しい扉を押し開いく。
「ふん、黄昏れが近いか……」
 沈み行きつつある陽光のオレンジを眺め、男は嗤う。
 燻ぶる怒りを内に押し留め続けていた。
 これは、そう。その日を待つために――。
 己が悲願のために、老子爵は嗤い続ける。

 イオニアス・フォン・オランジュベネの第二撃が発生しました。
 関連クエスト『Battle of Orangebene 』
2019/9/3(1/2)

路端の石、高貴なる者

「閣下、我々が各地に派遣した兵士達や種火でございますが、蒔けば蒔くほど、奴らの手で鎮定されております」
 兵士の言葉は石の壁面を反響して耳障りにも届いてくる。
「――朗報もないのに、我の前に再び姿を現わしたか?」
「そ、それは……」
「馬鹿が!! マシな情報を持ってからこい、この愚図めが!!」
 叫んだ言葉が質量を伴って兵士に放たれ、その身がすっ飛んで壁にたたきつけられた。
 冷たい視線でイオニアスが兵士を睨み据える。
「……ふん。であれば次の準備といこう」
 イオニアスは燕尾服の襟元を正して立ち上がると、シルクハットを目深にかぶって歩き出した。


 ――男は町の中を歩いていた。
 燕尾服にシルクハットで身を包んだ壮年紳士は、足早に歩き続けていた。
 煉瓦製らしき通路を歩く男は、どこか焦ったような様子を感じ取られ、カッ、カッ、ッ、と鳴らす足の音はその様子を裏付ける。
 向かいからきた男女二人組のうち、男の方と肩と肩がぶつかった瞬間、男は忌々しそうに、目を見開いた。
「あっ、すいませ――ひぃっ」
 ぶつかった方の男は、そう言ってぶつかった相手の方を向いて、思わず悲鳴を上げた。
 シルクハットの下、落ち窪んだ橙色の瞳が、ぶつかった男の方を見る。
「――ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ、ありえてなるものか」
 ピタッと立ち止まった男――イオニアスは、視線をその建物に投げかけた。
 そこにあるのは、古ぼけた建築物。
 町全体の古風な雰囲気の中に溶け込む二階建ての建物を見上げ、ぎりりと奥歯を食いしばる。
 この町は今、混乱の坩堝にある。
 それ自体は、己が手で臨み、目指して築き上げた。

 ――――だが、ありえてはならないのだ。

 そうだ、我が“そこら辺にいる凡愚どもの”風情をして、なぜ我を見ることが出来るのだ。

 ――――なぜ、我に触れることが出来るのだ。

 ――――ありえてはならないのだ。それは、我があの方へ願いを捧げたあの日に手に入れた屈辱の証だ。

 これは、我の力だ。我の証明だ。
 ――――であるというのに、どうして我がそこら辺にいる雑草に我の姿が見えるのだ。
2019/9/3(2/2)

 あってはならない。我が姿は尊きもの。

 あのお方に捧げた我が身は、雑草が見とめることなどあってたまるものか。
 なのに、どうして今、我は選ばれない者達にさえ姿を見られているのだ。

「――――忌々しい」
 舌打ちと共にそう告げて、イオニアスは目の前の建物――そこにある扉に手をかざす。
 キュオンと音が鳴り、その直後、ゆっくりと奥に向かって開いていく。
 ぼんやりと楕円を描いた陽射しが扉の奥に差す。
「……何用だ」
 光の届かぬ部屋の奥から女の声がした。
「アンドレアとか言ったな……聞け、お前の弟を殺したやつら――イレギュラーズが、我らの軍勢を完膚なきに叩きのめしている」
「そうか」
『――――キサマも、復讐を果たしたくはないか』 
「止めておけ。私はそれを受け入れぬ。私は私のまま、奴らを殺す。
 貴方が奴らに怒れるにあたって、私は協力はしよう。だが――その悍ましき力に手を伸ばすことはない」
「ふんっ……所詮は雑草か。まぁいい。だが、分かっておろうな」
「さてな……だが、その雑草とやらにまで塗れるほど落ちぶれた雑魚に何ができるだろうな」
 塗れた憤りの行き場を失って、イオニアスは踵を返す。
 やけに蒼い空が、神経を逆なでして、叫びそうになって口をつぐむ。

 幻想国内にてイオニアス・フォン・オランジュベネの第二撃が発生しています。
 イレギュラーズの猛攻がイオニアスを激しく苛立たせているようです。
 関連クエスト『Battle of Orangebene 』

 深緑・ラサを騒がせている『ザントマン』事件の報告書も続々と届きつつあるようです……!
2019/9/7(1/3)

遊楽伯爵の憂鬱

「――やってくれましたねイオニアス殿」
 吐息を一つ。ガブリエルは幻想、旧オランジュベネ領にて発生した騒動の報告を聞いて瞼を重くした。イオニアス・フォン・オランジュベネという幻想の貴族――いや『元貴族』という言葉の方が今や正しいが――ともあれ彼によって引き起こされた乱はひとまずの鎮静化を見せた。
 これも全てローレットのイレギュラーズ達による助力があってこそ、だが。
「しかしなんとも間の悪い……私にとっては些か不都合ですね」
 首魁たるイオニアスは逃れており、未だ諦めず暗躍する動きを見せている。
 態勢を立て直すつもりか……となれば未だ警戒は怠れまい。自らの領土にまで被害が飛び火する恐れがないとは言えない以上、イオニアスの動きには幻想貴族として注視する必要がありそうだ。
 一連の動向でイオニアスの能力に陰りが見えるのか、その姿が市井の民にまで露見したという情報もある。
 ならばすぐに更なる行動を起こしても不思議ではない。
 子細はテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)も掴んでいるに違いないのだが。

 ――しかしガブリエルが『不都合』と述べたのにはもう一つ理由がある。
 イオニアスの動きに、かなり重篤な事件が重なっているからでもあった。

「深緑における幻想種の誘拐事件……ふむ。
 こちらでもイレギュラーズの方々は活躍されているようですね」
 ザントマンなる存在によって引き起こされている誘拐事件。深緑の幻想種を対象としたその事件に、ガブリエルは大いに関心を抱いていたのだ。深緑から攫われラサを経由し各国へと……幻想も直接ではないにせよ売買先としての関連があるのならば。
「……………」
 ガブリエルの端正な――貴公子の顔に曇りと怒りが滲んでいた。
 人道的な怒りは然り。ノブレス・オブリージュを知らぬ男では無い。  更に個人的な理由を言うならば、美をこよなく愛する彼は、混沌の神の作り給うた『美しき幻想(ハーモニア)』を下卑た欲望で汚すその行為そのものに大変な憤慨を抱いていた。
 捨て置けぬ。己の手が届く限り幻想種を救ってみせよう、そう決意するのも当然であった。
(しかし、一筋縄ではいかないでしょうね)  ……されど、自身の力はイオニアスの事件により優先的に割かなければならないのは明白である。
2019/9/7(2/3)

 国外と国内の事件が発生した時は流石に国内を優先しない訳にもゆかぬ。外に手を伸ばして足元が瓦解しては本末転倒である故に、ガブリエルはその手をラサや深緑から縮めなければならなかったのだ。ああなんたる事か……奴隷救出の動きを縮小とは――

「――折角、深緑との『交流起点』になると思ったのですが」

 実に、ああ実に『残念』である。
 深緑は閉鎖的な国家であり例外がラサだ。唯一の隣国でもあるラサとだけ緩やかな同盟が結ばれており……他の国々は、少なくとも国家間における大きな交流というのは無いと言っても過言に非ず。故に商人ギルドの繋がりから一早く情報に触れたガブリエルは動いた。
 囚われた幻想種の救出、並びに返還という『公然とした名分』によって深緑と接触する絶好の機会。ラサのディルクに幻想への輸送拠点を潰す協力を持ちかけつつ、水面下の見えにくい所では商人に『幻想は事態解決に協力的』なる情報を流す取引もしていた。幻想から深緑という直接の流れではなく、ラサから深緑。
『素知らぬ他人』の評価を上げるには見知った隣人からの言葉の方が『するり』と入る故に。
 ――詰まる所、遊楽伯爵は善意の範疇において政治的策略を仕掛けていたのだ。
 非道な扱いを受けている幻想種に心を痛めているのは事実であり。
 人身売買などという国内の不安定さを更に増す様な事を避けたいのも事実であり。
 別に、誰に嘘を付いた訳でも利だけを求めた訳でも無かったが――
 多くの事例がそうであるように、そしてガブリエルにとってみれば或る意味で不本意であるのだが――『政治とは唯美しいだけのものではない』。
「ままならないものです」
 頬杖をつきながら視線を落とす。そこに並ぶは己が調べた報告書の山々。
 ラサでの奴隷事件――その報告書。
2019/9/7(3/3)

 どうも奴隷商人達はザントマンから『砂の小瓶』を渡されているらしい。それはどうやら振るった相手の気を失わせる特殊な力を持っている様で……商人の捕縛に成功した利香がそれをローレットへと持ち帰った。
 一方で砂漠に出現した魔物、砂蛇との戦闘を制したメルトリリスが持ち帰った死骸を調べた所、どうも何がしかの『操作』が行われている様な痕跡を発見した。天義での事件で発生していた月光人形……の様に特別に作り出された何か、ではないようだが。
「タイミング的に事件と全く無関係とは考え辛いものですね」
 魔物を操るというのは全く不可能な話ではない。そういう能力や技術を持った者も世界にはいるだろう……なにより『もし』の話ではあるが。
「この事件に――魔種が関わっているのならば尚更に」
 幻想から天義、それらの事件の多数において魔種は何かしらの形で関わっていた。
 ならば此度のラサでの一件にも奴らの存在が関係していたとしてもなんら不思議ではない……いやそれ所か最近はむしろ、彼らの暗躍は以前よりも活発化していると言える。特に天義での事件は――下手をすれば国家が消滅していたかもしれない規模で。
 そして『もし』がそうなのだとすれば、やはり可能性が高いのは。
 ザントマンだ。
「……ふむ」
 しかしガブリエルは『本当』なのだろうかと一部の報告書に目を向ける。
 深緑の幻想種を攫う事件……ああ実に痛ましい事だ。真意がどこにあるのかはともかく、永い時を美しく過ごす幻想種が高く売れるのだとザントマンが目を付けたのには間違いなく。
 だから。
 そんな発想をするのは、彼らにとっての当たり前に目を付けたのは。
 きっと、老いが近い種族なのだろうと思っていた。
「しかし本当ならば……なぜ深緑に容易く侵入出来ていたかの説明が……」
 全て付くのだ。
 此度の誘拐事件、幻想種を攫う正体不明の――ザントマン。奴の、種族が。

 『幻想種』であったなら。



 深緑・ラサを騒がせている『ザントマン』事件の報告書が届きつつあるようです……!
2019/9/12(1/2)

綻ぶ落陽
 縛り上げられた兵士を見下ろして、『付与の魔術師』回言 世界(p3p007315)は静かに戦闘の激しさっでずれ落ちかけていた眼鏡をスッと上げ直す。
「……あぁ、分かった。分かったよ。降参だ。俺は、降参する。
 アンタらに情報を提供するさ。その代わり――」
 少しばかり上等な装備をしたその兵士は、世界を見上げてそう呟いた。
「言うだけ言ってやるぜ。その情報が正しいかの証明が取れないことにはどうしようもないだろうが」
「……はっ、それもそうだ。いいか、イレギュラーズ。
 我ら兵士長はあの方から直々の下命を頂くものだ」
 兵士長――自らの立場をそう告げた男は、ひとたび目を閉じる。
「そうだ。我らはあの方に忠実である。あの方と――我らがオランジュベネ家に。
 だからこそ、あのお方はそのお力を十全にして――我らに直に命じたのだ。
 怒りを煽り、我が下に集めよと。貴様らにはその力を分け与えようと」
「つまりアンタは、怒りの感染源ってことか……だが、今自分で忠実だと言っていただろ。
 情報を漏らせばこっちの有利になる」
「――――だからこそだ。我が主は負ける。あのお方の無謀を止めるのに、裏切り者とそしられること程度受け入れよう!」
 ぎらつくその目には若干の狂気を纏っている。
 幸いにして、世界は『旅人』であった。この世界の――原罪の呼ぶ声に、導かれることはないのだ。

 尋常じゃない速度で爆ぜるような急加速を遂げた大剣が、魔物を断ち割り、兵士に刃を突き付けた。
「ひぃぃぃ!!」
 突き付けられた兵士が、手を挙げて慌てふためいた。
 その様子を見下ろしているのは可愛らしい町娘だった。
 目を引くほどの大剣を突き付ける『大体普通の町娘』プラウラ・ブラウニー(p3p007475)は、そいつを縛り上げてからほっと一息ついた。
「へ、兵士長はいるか!? いないか! いないよなぁ!」
 震え声でその兵士がプラウラをみる。兵士長――であるのかは知らないが、今ここには彼以外居ない。
「あぁ、良かったぁ……助けてくれ! 頼むよ! この通りだ!!」
 縋りつくようにして兵士がそう告げる。
「じょ、情報がある! 情報があるんだ! 頼むよ!」
 震える声でそう告げる兵士に、プラウラは少し首をかしげる。
2019/9/12(2/2)

「いいか、俺は別に、王国へ弓なんて引きたくない! だけどよぉ、兵士長って人達が言うと、目の前が真っ白になって、かーってよ!」
 情報にさえならぬ言葉だったが、一つ言えることがある。
 これは、今までの兵士が言わなかったこと。
 それはつまり、何らかの影響が出ているのはたしかであるという事だ。

 ――――――――――
 ――――――――
 ――――――
 ――――

「…………なるほど」
 テレーゼは情報を漏らす者がいたといって伝えにきた彼岸会 無量(p3p007169)、『月下美人』久住・舞花(p3p005056)の話を聞き終えると、少しばかり考えた様子を見せる。
「ありがとうございます。こちらの情報は皆さんの方でも共有していただきましょう」
「罠である可能性はありませんか?」
 無量の言葉に頷きつつ、テレーゼはしかし、と告げる。
「実は、お二人以外にも、複数の方々が同じような内容の口漏らしを報告していただいてます」
「口裏を合わせて、御情報をこちらに渡している可能性は残ってるんじゃないかしら」
 テレーゼの言葉に今度は舞花がそう問いかける。
「そこまで考えてやられると、こちらとしてはお手上げですけれど……皆様のご活躍でおじの能力が低下している様子だとも聞きます。
 戦いを始める頃より統率が乱れている可能性は大いにあると思います。
 この兵士長とやらが、伯父の軍勢にとっては必要不可欠なのでしょう」
「ちょっと失礼するんだぬ!」
 ニル=エルサリス(p3p002400)はそんな言葉と共に元気よく扉を開いて中に入ってくる。
 それに続くような形の『彼女は刺激的なジュール』シエル(p3p007084)もまた、こちらは少しばかり艶のある雰囲気を引いて入ってきた。
「――――」
 彼女らの告げた言葉を聞きながら、テレーゼが疲れ目に微笑みを浮かべる。
「やっぱり、単純に影響力が下がってるそうです。
 恐らくは、この兵士長とやらが原罪の呼び声のキャリアーとして各地で狂気を振りまいているのでしょう」
 この数度に告げられる複数の情報を纏めながら、テレーゼはその表情を久し振りに綻ばせる。
「このままいけば、もしかするとじきに伯父の狙いも浮き彫りになるやもしれませんし」

※イオニアスの麾下、兵士長と呼ばれる者達がイオニアスから受けた呼び声のキャリアーとなり、活動している模様です。
2019/9/14(1/3)

暁と黄昏の境界線
『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)が敵兵を斬り伏せ、縛り上げた時だった。
「イレギュラーズか……いい気になるなよ!? 我が主はじき、準備を整える!
 震えて待つがいい!」
 その兵士は震える声でそう男に視線をあげる。
 魔種イオニアス・フォン・オランジュベネの影響が低下したという話は聞いていた。
 そして、その影響下を僅かに脱した兵士が、イレギュラーズへ少しずつ情報を漏らしていることも、話に聞き及びつつある。
「準備だって? それは一体なんのだい?」
 風に煽られる外套を少しばかり抑えて見下ろせば、敵兵は鼻で笑う。
「決まっておろう! あの方の――」
 挑発に乗って出しかけた声を、ハッと我に返った兵士が閉ざす。

 颯爽と走り抜けたアルラトゥが境界線の向こう側へと消えていく。
『小さな騎兵』リトル・リリー(p3p000955)はその様子を見据えながらほっと一つ安堵に息を漏らす。
 幾数かの戦いを終えて、赤を基調とし黒の差し色を加えたフリルドレスをゆらりと風になびかせる。
 そんな彼女は、不意に足音を聞いた。ザッ、ザッ、ザッ――均等に歩むそれは、ばらつきつつも、どこかへ向けて静かに進んでいく、そんな音。
「よいしょ……」
 レブンに跨って、少しばかり顔を出して音の鳴る方を見る。
「……あれって」
 ぽつり、呟いた。普段であれば気付いてもらいたいと思って近寄る彼女も、それに近づこうと思わない。
 ――――だってあれば、今日まで、このオランジュベネで戦ってきた者達とは違う。
 あれは、そう。文字通り本物の軍勢だ。
 慌てて隠れた少女のことなど気づくよしもなく、軍勢はそのまま真っすぐに進んでいく。

『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)がそれを見つけることが出来たのは半ば偶然であると言っていい。
 一つの町、いたちごっこのように現れた敵を炎で焼き払った後、ブラウベルク領へと帰還する旅路に置いてそれを見た。
「――――聞け! 誰がお前達をこの町に閉じ込めた! 流通と人の行き来を制限したのは誰だ!
 我が主は――憤っておられる。我らは、あの女を討ち果たす! 聞け!!
 おのが身の内にある、僅かなりし怒りに耳を傾けよ!」
2019/9/14(2/3)

 それは、一人の男の演説だった。そもそも、その男が言う、我らが主とやらのせいで制限された筈だった。
(……だが、何だァ? こいつは……)
 男の演説に、興味を引かれている民衆が、少なからずいる。
 その者達は一斉に男に対して叫ぶ。
 大したことを言っているわけではなさそうなのに、まるで熱に浮かされたような熱狂ぶりだ。
(……原罪の呼び声か)
 思い当たる節はそれのみ。防ぐべきかと動こうとした足を止める。
 人々の塊は、確実に増え続けていた。これは、自分だけでは対処できまい。
 フードを目深にかぶり、影へ溶けるように身を翻した。

「どっせぇぇぇい!! ……ふぅ」
『ハッピーエンドを紡ぐ女』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)はたった今斬り下ろした魔物の方を眺めて愛用のテーブルナイフをくるりと回す。
「……あれ?」
 毎度であれば雄叫びを挙げてこちらに突っ込んできて、最期まで戦う魔物のはず。
 であるというのに、今回のそいつは動きが違った。
 ウィズィがもう一度ナイフを構えた頃には、そいつは尻尾巻いて走り去っていったのだ。
 見上げれば、怪鳥の姿もない。
 さすがに不自然が過ぎて、ウィズィが走り出すと――直ぐにソレは姿を見せた。
「……これは私一人だと手に負えないですね!」
 一人の男を取り巻くように集まる複数の魔物。
 ただそれだけなら、これまでも見たが、今回は連携がしっかりしつつある。
 気づかれぬようにウィズィはその場を走り去ると、追っ手を巻くように駆け抜けた。

 ――――――――
 ――――――
 ――――
 ――
2019/9/14(3/3)

 幻想南部のブラウベルク城。その内部にてテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)は険しい表情を浮かべていた。
「ご報告を頂き、ありがとうございます」
『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)と『有色透明』透垣 政宗(p3p000156)よりの情報を受け取ったテレーゼの表情は思ったよりも揺るがない。
「俺達以外にも複数来てるんだな?」
「……お二人を含め、複数の方に報告いただきました。
 オランジュベネ領の一帯において、各地で小規模の軍勢が発見され、数を増やし続けています」
「……すぐにでも皆様と、それから各地へ援軍の要請をさせていただきました。
 じき、情報屋の皆様から確実なお話がくるでしょう」
 テレーゼは深いため息を吐いた。疲労を吐き出すように重い吐息。
 本来ならば人前で出さないようであろうモノさえ出してしまう程度には参っているらしい。
「そういえば、これって地図だよね?」
「ええ。それは私と伯父――ブラウベルクとオランジュベネにとって、始まりの地であり、没落の地たる古城のパンフレットです」
「で……各地の軍勢は、この町に向かってるってことだろう?」
「ええ、そうです。ここが集結地点なのでしょう。
 そして――集結地点であるということは、伯父はここにいるはずでもあります」
 それゆえに――そう、少女は一つ言葉を残す。
「私、テレーゼ・フォン・ブラウベルクより皆様への依頼は――戦力集中のただ中にあるこの町へ先に潜入し、伯父を打ち取っていただくこと、と致します」

 無謀、或いは無茶と言っていい。
 それでも、テレーゼは、静かに次の言葉を紡ぐ。
「皆様が失敗すれば、伯父の軍勢は確実にブラウベルク領を征圧し、事と次第によっては王都さえ狙うでしょう。
 もしも伯父が――イオニアスが勢力圏を築くなんてことになれば、『滅びのアーク』とやらの増加も想像するには難くないかと」
 淡々と告げられた言葉の向こう、くすんだ蒼の空が見えた。

イオニアスとの決戦が開始されました!
クエスト『Battle of Orangebene』が終了しました。
2019/9/20(1/2)

玉座の間にて
 イオニアス・フォン・オランジュベネが北伐を開始した――

 魔種たるかの人物の動きがあって幻想は再び戦火に塗れそうである。尤も、彼の動きは一度制されている。ここで再びローレットの助力も借りて撃退する事が出来れば、イオニアスに三度目はあるまい……だがもし仮にそうならなかったとすれば、この国に更なる災厄が降りかかることも想像に難くない所であるが。
「……正念場、と言った所ですか」
 部下より齎されたイオニアス一派の情報を『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌは眺め、さて陛下へどう報告したものかと思案していた。多少善くなってきているとは言え王は王であり、報告した所で大概は『そっかぁ、大変な事が起こってるんだなぁ!』という感じの返答で終わってしまうのだが……
 まぁだからと言って報告に手を抜くのは性にも礼にも非ず。
 それに依然として自覚があるかはともあれ彼はこの国の頂点だ。ならばこの国で起こっている全てを知る権利があり、知るべきである。故に王の間の扉を開いた――その時。

「シャルロッテ、どういう事だ!」

 一喝する声が鳴り響いた。
 声は王――フォルデルマン三世に間違いない。が、
「なぜこんな事になるまで余に一切の話を伝えなかったのだ! 余は全く知らなかったぞ!」
「へ、陛下……!?」
「まさかこんな、こんな事態になっているとは……!」
 目を伏せ、眉間に皺を寄せて。嘆く様に感情を露わにしているフォルデルマン三世がそこにいた。
 その在り方に『放蕩王』などと称される姿は見受けられない。ああついに。ついにイオニアスの暴挙で国を想う君主の気質が露わとなったのか! 一刻も早く王の下に仔細を届けるという気概が湧かなかった、己の心情を恥じた花の騎士――であったが。

「――余の好物たるピーナッツバターが深緑から届かないとはどういう事だ! 深緑ミルク工房からのいつもの供給は!? あのまろやかな味わいがないと余は、余は――夜しか安眠できないんだぞ!? まぁ別に毎日食べている訳でもないが!」
2019/9/20(2/2)

 瞬間。この世のモノとは思えない程の凄まじい眩暈がしたので花の騎士は額を抑えた。
 倒れなかった事を偶には誰かに褒めて欲しいくらいである。ガッデム。
「…………んんっ。陛下、どうかご安心を。それは昨今深緑とラサで色々『問題』が発生している為でして……それらが解決すればまた全ては元通りになる筈です」
「うん? 深緑とラサ? って、何かあったのかい?」
「はい。昨今、色々」
 詳しく説明しても『そっかぁ、大変な事が起こってるんだなぁ!』で終わりそうなので省いたが、かの国々では『深緑の幻想種拉致事件』が相次いでいる。
 あくまで他国の事であるので自らの元には断片的な情報が舞い込んでくる程度だが……ラサに対し不信を抱きつつある深緑は、再び他国との交流を制限すべしとする機運が高まっているらしい。王のピーナッツバターとやらもその影響の一端だろう。単純に在庫切れかもしれないが。
 ともあれ向こうの件はイオニアスと異なり幻想に直接関係はない事件である。
 だがそれでも事態の推移次第では――例えば深緑からの物や人の流れが大きく変わる可能性もあるだろう。
 特に渦中の国である深緑とラサに関しては、その二国間でのみ繋がっている『特別な同盟関係』という糸も含めた全てが、だ。遥か過去から紐付いている積み重なりが崩れないとも――限らない。
(……聞き及んだ話では主犯格の存在に目星は付いた、との事ですが)
 花の騎士は思考する。サーカスから始まりここ最近は魔種の動きが強い、と。
 特に天義ではそうそう類を見ない規模の魔種達の暗躍があったばかりであり、イオニアス・フォン・オランジュベネに関しても魔種の一人だ。では――深緑とラサの件に関しても、もしかすれば『裏』に潜んでいるのは――
「……仮にラサの事態も『そう』であったのならば」
 ラサもまた彼らの力を借りる事になるかもしれない。
 滅びのアークを防ぐ為に活動している特異運命座標達。魔種の天敵と呼べる存在。
 ――ローレットの力を。
2019/10/1(1/2)

玉座の間にて・再び

 混沌世界は荒れていた。
 幻想王国ではイオニアス・フォン・オランジュベネの北伐とその阻止。
 深緑アルティオ=エルムではハーモニア拉致事件が『ザントマン』オラクル・ベルベーグルスにって大規模に計画されていたことが発覚し、ラサ傭兵商人連合は深緑侵略を提唱するザントマン派とそれを阻止するディルク派に割れている。
 大小の違いはあるとはいえ他にも海洋、天義、鉄帝、練達……あらゆる国で様々な事件が頻発していた。
 さらには果ての迷宮にきわめて特殊な階層が発見されたことから王国の三大貴族にも緊張が走っていると聞く。
 玉座の間にて、部下から毎日のように届く報告の束を『花の騎士』シャルロッテ・ド・レーヌはきわめて深刻な表情で見つめていた。
「やはり、またローレットの力が必要になるのでしょうか……」
 と、そこへ。

「シャルロッテ! シャルロッテは居るか……!」

 王の声が強く鋭く響き渡った。
 またピーナッツバターがきれたのだろうか。前はラサの商人から買い付けるのにだいぶ苦労したというのに……。
 そうでなかったとしても、きっと政治の話ではないだろう。
 新しい食材や美術品や化粧品の話題に違いない。
「見るのだシャルロッテ、この日焼け止め! 『UV殺し』と言うらしい!」
 そらきた。
 シャルロッテがゆっくりと深呼吸してから穏やかきわまりない顔で振り返ると、フォルデルマンはボトルをシャルロッテへと突きだしてきた。
「今すぐこの日焼け止めを100ダース買い付けるのだ。
 なにせこの日焼け止めを塗るだけで夏の間に全くしみもそばかすもできないばかりか肌つやがよく血行が促進され夜も昼もよく眠れるうえ若干若返ったような気すらする。
 冬の海洋観光に持って行けば快適になること間違いないだろう!」
「は、はい……」
 どれどれ発注元に直接交渉して馬車で運ばせようなどとボトル裏の住所を読んでみると……。
2019/10/1(2/2)

『製造:悪の秘密結社ネオフォボス』

「…………んんっ!」
「どうしたシャルロッテ」
 めまいのあまり倒れそうになったシャルロッテは、鋼の心で自らを制した。
「陛下。たいへん申し上げにくいのですが……これは幻想でも名高い、その、『あくのそしき』で……」
 自分で言ってて顔が真っ赤になりそうなワードである。
 が、事実は述べねばなるまい。
「例えば、パン屋を襲撃して町のパンを独り占めして子供を泣かせたり、水着コンテストに乱入して無断で写真撮影をして困らせたり、市場に偽物を流して冒険者を困らせたりしています」
「ふむ……」
 と、その瞬間。
 フォンデルマンの目にキラリと知性の光がはしった、ように見えた。
「ならば、倒せば良い」
「陛下……?」
「それで解決するのだろう? 国民へ直々に依頼を発し、その組織を倒すのだ」
「陛下……!!」
 なんという奇跡。なんという成長。
 ネオフォボスの横暴によってついに国を想う君主の気質が露わとなったのか!
 先日は国よりピーナッツバターかと落胆してしまった自分を恥じた花の騎士に……王は真剣な表情のまま述べた。
「そうすれば、UV殺しを100ダース買えるのだろう?」
「…………」
 今度ばかりはめまいはしない。
 分かっていた。
 それでも国を脅かす敵である秘密結社ネオフォボスの討伐に財を割けるチャンスである。シャルロッテはさらさらと依頼書をしたため始めたのであった。


――秘密結社ネオフォボスへのアジト襲撃作戦が依頼されようとしています。
2019/10/6(1/4)

境界図書館
 ずっと。
 ずっと。ずっと。ずっと。
 途方も無い時間を、彼女はただ揺蕩っていた。
 あの頃から。遠い遠い、あの日から。気も遠く、擦り切れてしまいそうなあの時から――

 彼女――厳密な意味でそう呼ぶのは適切ではないが――はクレカと言う。
 彼女は『人形師』なる存在によって生み出された被造物である。
 彼女の世界は信じ難い程、異質な――混沌では体系さえ類似出来ないオーバー・テクノロジーを多く有する世界だ。
 たとえばクレカのように、宝玉をコアとして生み出された命ある人形もその一つである。
 それ自体がかの世界が『生命』さえ生み出す――禁忌の領域に踏み込まんとした場所である証左となろう。

 その世界は大いなる厄災『世界分断』に苛まれていた。
 それは、太古の昔から途方も無い年月をかけて、世界を構成する土地が、大気が、文明が、文化が、生命が、つまり世界そのものが――徐々に徐々に『接続してしまった』異世界へと漏れ出し、滲み出し、流失し続けるという現象であった。
 異能と異才を誇るその世界でも本質的に『世界分断』を食い止める事は出来なかったという。
 絶望に絶望を重ねた人形師の一人は或る時、最後に残った一縷の望みを賭け、一体の人形――クレカを生み出した。
 人形師の望みとは自身の世界を元の姿へ戻すこと。流失した領域を取り戻し、世界を復元すること。
 クレカの姿は世界の最果て――接続してしまった境界にほど近い、境界そのものといっても過言では無いポイントXX389で最も長く観測された知的生命体をモデルとする事にした。あちら側での交流がスムーズになるよう願ったのである。
 だが、人形師の望みは彼の思う通りには叶わなかった。
 多大なる期待を背負い、境界に送り出されたクレカは世界と世界の狭間。
 最果てのあわいが歪んだ時、敢え無く閉じ込められてしまったのである。

 そんな昔話の後、本当に気が狂う位の長きが――幾星霜が過ぎ去った。

 ――

 ――――

 十層を攻略したイレギュラーズは、次の層に続く道の他に『枝葉』を発見するに至っていた。
 闇の回廊の先、一行が立っているのは混沌世界の内と外との境界にある、文字通りの異界であると言えた。
「あなたは……誰……?」
 足下すらおぼつかない極彩色の中で、視界に飛び込んできたのは一人の少女だった。
「誰って……」
「ペリカさんと――」
2019/10/6(2/4)

『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)と『疾風蒼嵐』シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)は咄嗟に返す言葉を失っていた。
 傍らのペリカとクレカの顔を見回して、何とも難しい顔をする他ない。
 謎の少女と我等が隊長は瓜二つと言ってもいい程にソックリだった。
「わたしはクレカ」
「まさか親戚……じゃないわよねぇ」
「そりゃあそうだわさ。親戚だって双子かって位似てる理由もないさね」
 よりにもよって名前まで。ふざけているのかとも思えたが、どうにもそんな様子はない。
 『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)の問い掛けにペリカは苦笑している。
「……外の世界から来た」
「え、ちょっと……待って? それって」 「外の世界か。クレカ君、君の話は興味深いが――もう少し精緻な説明が必要だな」
 『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)が目を丸くした。一方で『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)はこの状況にむしろ喜色満面、知識欲からか興奮の色を隠せない。
 異世界の住人は旅人(ウォーカー)と呼ばれ、かの神殿へ招待される決まりとなっている。
 それは絶対の法則であり、例外など観測されていない。少なくとも知られている限りでは、彼女が言うような――『やって来た』なんて形で世界に受け入れられる筈がないのだ。
「可能性の奇跡――」
 不意に『風来の名門貴族』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)が口にした言葉にイレギュラーズが目を見開いた。
 こんな発現の仕方は寡聞にして聞き及ばず、当然ながら知られていない。
 だが、仮にクレカの言葉を信じるのであれば、そうとしか思えない。
 この場所が、次層とは別の横穴――余りにも不安定な異空間だとするならば、それは非正常の悪さという事か。
 元より前人未踏なのだ。『果ての迷宮』の深部等というものは。

 じゃあ――
「はぁ。やっと出てこれたよ」
「あー、よかったー! もうどうしようかと思ったもん」
 途方に暮れるイレギュラーズ達に更なる混乱を与えたのは、たった今現れた二人であった。
 二人は各々カストル、ポルックスと名乗った。
 クレカと同じ『果てのあわいに閉じ込められていた存在』だと言う。
2019/10/6(3/4)

 ああ、これは枝葉中の枝葉だが。ついでに双子なのだそうだ。
 あれもこれも俄には信じられないが、こうまでくれば『きっとそう』なのだろう。
 世界の外郭にへばりついたこの連中は、こちら側にアクセスを試み続けていたという。
 そしてついに、イレギュラーズの階層踏破から生じた可能性によって、双方の認識を可能としたのだ。
 通常ならば混沌に拒まれて非観測状態となるべき筈だったそれ等は、イレギュラーズの持つ特異運命座標に化学反応した。『自身等がそのままの形で受け入れられない事を理解していた彼等はあろう事か、観測した特異運命座標の真似をしたのだ』。
「けど、うん。やっぱりね……」
 カストルが寂しそうに言葉を切る。
 或いはペリカとの縁によるものか、より完全に近しい形でイレギュラーズを模倣するに到った――世界に受け入れられつつあるクレカと違い、双子はこちら側(むくなるこんとん)には完全に受け入れられてはいないらしい。
 あくまで双子は境界の揺らぐ場所にしか観測されず、この場を離れる事は出来ないだろう。
「……良く分からないけど、結局どうして君達はここに居たの?」
 『ハム子』主人=公(p3p000578)は問う。それは本質的な問い掛けだ。
 いくらか尋ねて、結局クレカは語ってくれなかったが、一方で双子のほうは明確な使命を帯びていると主張する。
「このあわいの中の泡沫世界は、そのうちきっと図書館に見えるようになる。たぶんね」
 言葉の意味は分からないが、きっと分かろうとする事自体が無為な努力なのだろうと確信出来る。
「厳密には『君達からは図書館のように観測できる』と言うほうが正解に近いかもしれないけれど、それはいいよね」
 理屈はどうしようもない。実際の所は誰にも分からないかもしれないのだから。
「館長は――そうだね。お願い出来るかな?」
「……」
「一番長く居るんだし、お願い! それになんかそれっぽいし!」
 カストルの言葉に小首を傾げるクレカにポルックスがころころと笑う。
「彼女を図書館の『館長』とすれば、僕達は『司書』ってところなのかな」
「うん。メイビー。少なくとも、あなたたちにとっては!」
 酷く不親切な台詞の数々に『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)は嘆息した。
2019/10/6(4/4)

「それで、結局――汝(あなた)達は我(わたし)達に一体どうして欲しいのかしら」
「その質問を待ってた。僕達はね、君達に『沢山の世界を救って欲しい』んだ」
 カストルの――双子達の手に、数冊の本が現れる。
「本……なのか? 図書館と言ったし」
「これは鍵……ああ、本に見えてるならいいんだ」
『夢終わらせる者』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787) に応じたカストルが微笑む。
「良かったよ。これは君達が外の世界へアクセスする為の重要アイテム」
 本――ライブノベルと呼ぶらしい――を読めば、意識が異世界へ投影される。
 ひょっとして「見るだけ?」と、イレギュラーズの問いに双子は首を振る。
 投影された意識は、その世界へ『直接的に干渉が可能』らしい。
 感覚的には正にそこに居る事になる。さながら転移したかのように。
「だから君達にとっては『死んでも死なない』ってぐらいじゃないかな」
 なんて物騒なことを付け加えて。
「けれど一つだけ気をつけて」
 双子は続けた。
「あなたたちには夢みたいなものかもしれないけれど、そこで起きる出来事は『全部が本当の事』だから」
 ライブノベルの中は、なんらかの『問題』を抱えているらしい。
 イレギュラーズはそこへアクセスして『問題を解消』してやることになる。
「もちろん、これはちゃんとした取引でもある。君等の世界にも良いことがあるんだ」
 小世界の救済は本来混沌での出来事に干渉しないが、この――境界図書館が確かに『混沌に突き刺さっている』のが重要だという。行動はあくまで図書館に発端を為す――つまり、イレギュラーズの起点は混沌である。混沌での出来事ならば、特異運命座標の属性は決して損なわれないという訳だ。
「だからこれは君達にも僕達にも。どちらにとっても有益なことなんだ。
 だって、図書館に収録される物語は――ハッピーエンドがいいだろう?」
 なるほど――そいつは途方もない。
 双子は何故、多くの世界を救ってほしいのか――一言も触れてはいないけれど。


※果ての迷宮十層の先に次元の揺らぎ――『境界図書館』なる領域が観測されています……
 果ての迷宮十層突破により、種族『秘宝種(レガシーゼロ)』が解放されました!
2019/10/11(1/4)

カノン・フル・フォーレ
 私の世界は何時も閉じていて、何時も平穏そのものだ。
 深緑(アルティオ=エルム)は幻想種の領域。
 迷宮森林に守られた大樹ファルカウは外界に比べて平和そのもので、長くを生きる幻想種の性質と相俟って、変化というものがない。
 優しい――尊敬する姉と、仲間達に囲まれて。
 凪のように変わらないこの世界で生きていく。
 疑いの一つも無く、繰り返す時間を厭う事も無く。
 私は私の世界に概ね満足していた筈だ。
 そうしてどれ位、無為な――言い換えれば幸福な時間を過ごしてきただろうか?
 積み重ねられる穏やかな日常にも小さな『イベント』が起きる事もある。

 ――迷宮森林で行き倒れた旅人が居るらしいよ

 始まりは仲間達がざわめいた事だった。

 ――リュミエ様が助けて、応対してるって……

 さもありなん。
 姉は公平で善良だ。
 幻想種は閉鎖的な生活を選んでいるが、他種族に敵対的な訳では無い。
 侵略者は断固として許さないが、迷い込んだ『間抜け』な旅人に辛辣に当たるような事はしない。
 しきたりや在り方を考えれば、外に出してやるのが適切かも知れない。
 受け入れるべきかどうかは微妙な所かも知れないが……きっと衰弱でもしているのだろうと思った。
 真面目一辺倒な私と違って物事に柔軟に当たる事も出来る。
 リュミエ・フル・フォーレはファルカウを導くリーダーであり、自慢の姉なのだから。
 何れにせよ、『イベント』は変化の無い世界に投げ入れられた小さな石のようなものだった。
 仲間達はまだざわめいていたけれど、私は余り興味が無かった。
 お気に入りの本に視線を落として、話半分にだけ――旅人の話を聞いておく。

 ――旅人さんは男の人なんだって!

 ――傭兵? 冒険者? 世界中を見て回ってるんだって!

 ――話を聞かせてくれたりするかしら?

 ――リュミエ様は余り無茶を言ってはいけませんって言ってたけどね!

 ……関係が無いのだ。それは、ちょっと。
 ちょっとだけ――外の世界は気になるけれど。話を聞いてみたい、何て思ってしまったけれど。
 私はカノン・フル・フォーレ。大樹の巫女の妹だ。
 他の子達がどうしたって――簡単に浮ついたりはしないのだ。
2019/10/11(2/4)

「よう」
「……よう?」
 ファルカウは旅人さんの話で持ちきりだった。
 彼は酷く社交的で外の世界の事を殆ど知らない幻想種(わたしたち)にとっては格好の興味の対象だった。
 療養の為の短期の滞在と聞いていたけれど、「あの子達が離さないから」と姉は苦笑いしていた。
 だから――彼の滞在は思ったよりずっと長いものになった。何時帰るのかを私は知らない。
「挨拶だよ。アンタに。『よう』」
「……よう、です」
『それでも私にはあまり関係が無い人だったのだけれど』。
 或る時、木陰で本を読んでいたら――突然に彼に話しかけられた。
 一度も口を利いた事も、目を合わせた事も無かったのに、物凄く親しげに。
 ……当たり前のように、この妹巫女(わたし)に。
「……今日は一人なのですか? 旅人さん」
「珍しいだろ。逃げてきたのよ」
「……隣」と。その抗議を口にはしなかったけれど私の眉はハの字になっていた筈だ。
 彼は当然のように私の隣に腰掛け、木にもたれながら大きく伸びをしていた。
「……それで、どうしてこの場所に?」
「仕事柄、捨て目が利く方でね。アンタの居場所が一番の安全地帯だと思ったのさ。
 ……アンタ、ファルカウの中央に住んでるが俺と口を利いた事も無かっただろう?」
「それはそうですね。正真正銘今日が初めてです。だから酷く困惑しています。
 まさか、幻想種の全てが貴方とお話をしたいと――自惚れていらっしゃるのでしょうか」
 私は彼の発言意図を測りかねて――同時に馴れ馴れしさに少しの棘を込めて言った。
「まさか」
「……では、どうして」
「簡単さ。アンタは周囲に一目置かれてる。それで静かなのが好きで、俺に興味がない。
 必然的にアンタが避難する場所は他の連中から見つかり難い――或いは寄せ付けにくい場所になるのさ。
 探した訳じゃないから今日見つけたのは直感に過ぎねぇけど、見つけたからには活用しねぇとな。
 アンタは不本意かも知れないが――理に叶っちゃいるだろう?」
「……………」
2019/10/11(3/4)

 鏡を見た訳ではないけれど、私の眉はもっとハの字になった筈だ。
 彼はデリカシーが酷くなくて、ズカズカと土足で私に踏み込んでくる。
 別にそうとまで言われた訳ではないけれど――付き合いが悪くて悪かったですね。
 ……友達が居なさそうで悪かったですね!
 コホン、と咳払いをした私は冷静なままである。私はカノン・フル・フォーレ、こんな事では動じない。
「名前は?」
「……はい?」
「アンタ、なんていうの。俺はクラウス。クラウス・エッフェンベルグ。アンタは?」
「……………」
「変な所で粘るね、アンタは」
「……カノン。カノン・フル・フォーレといいます。宜しくはしなくて構いません」
「カノン、ね。じゃあ宜しくして貰おう」
「……全力で! 帰って欲しいのですけれど」
「やだね。幻想種連中が俺を散々付き合わせてんだ。
 そんならアンタが俺に付き合う位はしてもフェアだろう?」
「……っ、私には関係無いでしょう!?」
「あー、いいね。やっといい顔させたぜ? アンタ、仏頂面が過ぎるんだ」
 憤慨する私に悪戯っ子みたいな顔で笑う。
 誰にでも朗らかな姉は皆に慕われている。でも、私はあくまで『妹巫女様』だった。
 こんな風に大きな声を出した事なんて無いし……
 そもそも――邪魔したり、からかいに来る人なんて居なかったから。
「……………本当に厭な人ですね」
「良く言われる。ま、『赤犬』に噛まれたとでも思っておきなよ」
「躾のなっていない犬に噛まれたくなんてないです」
「言うね、調子が出てきたか? 意外と面白い奴じゃん、アンタ」
 立て板に水を流すかのように彼の言葉は澱みなかった。
 まるで私がどんな風に反応するか全てを読み切っているかのよう。
 ――燃える赤髪が愉快気に揺れる度、くすぐったくてざわざわした。
 居心地が悪くて、逃げたくなる。その一方で次に何を言い出すのか――気になって仕方ない。
 私はカノン・フル・フォーレ。不届き者はやっつけなければ気が済まない。
 でも、でも……
「……初めて言われましたよ、そんなの」
 ポツリと零せば彼は云った。

 ――そう? じゃ、周りの見る目がねェんだな。
2019/10/11(4/4)

 ……こんなの、分かるに決まってる。
 直感を信じるべきだった。最初から嫌な予感はしていたのだ。
 ……だから、我ながら、私は莫迦だと罵りたい。
 くるり、くるりと世界が回る。
 驚く程簡単に、信じられない位に呆気無く。
 私というキャンバスには、貴方という色が載ってしまったの。
 私は可愛くないから。皆や――姉さんみたいには振る舞えないから。
 だから、望んだりはしない。大それた事は考えない。
 唯、ただ――貴方がたまに話をしてくれれば良かった。
 名前を呼んで? 気が向いた時、傍にいて?
 たまに頭を撫でたり、甘い意地悪をしてくれたらそれだけで良かったわ。

 間違いないわ。
 カノン・フル・フォーレは熱病のような恋をした。
 森の深く、赤いはしかにかかったの――酷く素敵に浮かれていたの。
10/15(1/2)

いざや『砂の都』へ!
 首都ネフェルスト――並びにその近辺で行われた戦いはディルク側の勝利に終わった。
 電撃的に行われた各所への奇襲・戦闘でオラクル派は打撃を受け、後退。
 後は残存の勢力を討伐すれば完全に駆逐できる……
「筈だったんだが、妙な事になってきやがったな」
 ラサの指導者『赤犬』のディルクは若干戦火の跡が残るネフェルストを眺めながらそう呟いた。
 首魁であった『ザントマン』であるオラクル・ベルベーグルスの追撃戦で姿を現した『謎の幻想種』の存在が予想外の展開を齎したのだ。幻想種達を縛る原因となっていた、奴隷用の首輪グリムルート――それ自体は本来、魔種であるオラクルの力により制御されていたのだが。
「ソイツが何かヤベー術を使って『全部乗っ取っちまった』らしいっすよ。それまでの間にグリムルートを破壊してたり、解放してたりした幻想種は無事みたいっすけど、間に合わなかったのは……」
「……大分幻想種の数は救出してる筈だからな。
 そこまで多い数が連れていかれた訳じゃねぇとは思うが」
 思うが――その『謎の幻想種』の存在がオラクルを超える強力な魔種である場合少し話が異なる。
 あくまで傾向としての話だが、強い力を持っている魔種は同時に強い『原罪の呼び声』をも持っているケースが多い。『謎の幻想種』がグリムルートを支配し、幻想種を集め、全てにより強い呼び声を放った場合……反転してしまう幻想種も多々出てしまうのではないか。
 フィオナと共に懸念しているのは『そこ』である。
 あと一歩でザントマン事件が解決しようとしているのに、厄介な事になったものだ。
「フィオナ。攫われた奴らの行き先は掴めてるのか?」
「足跡、つーか魔術の跡つーか……方向だけならなんとなく。ただもうちょい時間がかかりそうっすね」
 オラクル派との戦いは勝利したが、首都で行われた戦いには傷跡が残っている。
 それらの後始末にも人を割かねばならない。
 だがザントマン事件解決の為には一刻も早く足取りを追う必要もあり、そちらにも人手が必要で――
2019/10/15(2/2)

「……『カノン』か」

 ふと。状況の切迫に目頭を押さえたディルクが呟いたのは『謎の幻想種』の名だ。
 カノン。カノン・フル・フォーレと名乗ったらしい。その幻想種は、情報によれば。
 その名前は――エッフェンベルグの名に連なる者にとっては『特別な意味』があって――
「あ、あの……」
 と、その時だ。部屋へと一人の幻想種の少女が訪れた。
 不安げな顔をしながら、しかし『理由』があってここへと来た彼女の名前は。
「わ、私メレスと言います。イレギュラーズの皆さんに助けられて……」
「ああ……話は聞いてたぜ。オラクルの爺に連れまわされてたとか、大変だったな」
「い、いえ……それで、なんですけれど。実は、その。私――
 皆がどこに連れていかれたか、分かるかもしれません」
「――そりゃどういう事だ?」
 メレスは言う。自分はグリムルートの破壊が間に合った為、連れてはいかれなかったが。
 直前。首輪を通して呼びかけられた言葉はこうだった。

 『皆で砂の都に行きましょう――』

「『砂の都』……私知ってるんです。ザントマンの御伽噺の続きを」
「……過去の伝承に含められてた、都市の位置情報って事すか!」
 喰いついたのはフィオナだ。『砂の都』と言えば、過去にラサに存在し奴隷売買で栄えたとされる伝説上の都市であり――『砂の魔女』なる存在によって沈められた地でもある。多くの財宝と共に広大な砂漠のどこかに沈んでいるとされるのが定説であったが。
「行けるかもしれないっすよディルク! 今の所掴めている情報とこの娘からの情報を合わせれば大分場所が絞り込める筈っす!! ただ、さっきも言ったすけれど後は人手がどうしても……!!」
「分かってるさ。フィオナ、お前はその娘から話を聞いてやれ。俺は別の奴と話をしてくる」
「別の奴――?」
 決まってるだろ? 赤犬は口端を吊り上げ、猟犬が如くの笑みを見せれば。

「追加の依頼さ。魔種相手に頼りになる――ローレットのイレギュラーズ達にな!」
2019/10/17(1/2)

全てが集う地
 おのれ――おのれおのれおのれおのれおのれッ!!

 ラサの古参商人、オラクル・ベルベーグルスは憤慨していた。
 先の戦いで右腕を文字通り失い、肩を中心に激痛が走る。それが同時に怒りを誘発させるのだ。
 あらゆる点で有利な筈だった。自らの勝利条件はあまりにも単純であった。

 『深緑とラサの同盟』をご破算にし、深緑を再び世界から孤立させるだけ。

 ラサの馬鹿共の多くを人身売買という黄金で目を眩ませ。
 深緑への集団的攻撃さえ起こさせればそれで良かった。成否はどうでもよいのだ。
 『そうすれば』あの閉鎖主義共は再び鎖国の機運が高めよう!
 外界の助けが入らぬ様にした後は、後はカロン様が――カロン様カロン様カロン様がああ!
「づぉおおお……!! お、おのれこのままで済ますかぁ……!!」
 だが全ての目論見は崩れた。配下や派閥の大部分を失い、商品の幻想種を奪われ。
 自身も深手を負わされ、混乱の最中に這いずる様になんとか逃げた。
 無様。無様無様極まる。が、だからこそこのままでは終われない、引き下がれない。
 ディルクではなく自らに従う意思を見せた商人や傭兵達も最早行く所もあるまい、ならば!

 ハウザーを気に入らぬ『黒豹』のパンターめは己に同調するだろう!
 かの傭兵団『Dunkel』は中々の戦力だ。ダジーの臆病者は私を裏切ったようだが!
 どちらに付くかで紛糾もしているのか……
 ブルーめの奴もあの、世を上手く渡る手腕には期待していたのだが……!
 誰も彼も一度の敗北と影響で統制が乱れおって……! 楽園の東側の連中も押し寄せてきているとは……!
2019/10/17(2/2)

 ああ真にイラつかせてくれる。なんだ。一体どこで私はミスをしたというのだ!
 魔種としての闘気が膨らんで往く。不快な状況だが、幸いにしてカノンのいる先は分かっている。
 己が制御していた『グリムルート』の支配は強制的に奪われたが――元々は己の魔力で操っていた残滓からか、現在のグリムルートが集合している方向を辛うじて感知出来るのだ。
 逃がさない。砂を巻き上げ己に纏わせ、魔力を集約させてオラクルは全力をその身に纏えば。
「カノン……カノンと言っていたなぁ……!」
 己を見下した紫髪の女めが――タダでは済ませぬ!!
 あの方より与えられし眠りの力がこんな程度で終わって良い筈がないのだから!!
 殺す。殺してやる。
 捕えてお前も売り捌いてやる。
 汚して四肢をもいで未来永劫飼い主に飼われるだけの生にしてくれよう!

 全ては集う。遥か過去から今へと通じ、全ては奴隷売買で栄えた都の地へ。
 決戦の地へ――全てが集う。
2019/10/27(1/2)

クラースナヤ・ズヴェズダー
「ふーむ……他国の動きも面妖な事になっているようだな」
 鉄帝。その首都スチールグラードの一角にて新聞を片手に持つはマカールという人物だ。
 かの国で身分や生活水準の平等を掲げる教派『クラースナヤ・ズヴェズダー』に属する彼は『イオニアスの乱壊滅! 果ての迷宮に異世界が!?』と書かれた主に幻想で発刊されている幻想タイムズの新聞を一つ。
 これは先日幻想のローレットのとある情報屋の元に侵入……もとい押しかけ……もとい訪ねて強引に排除された際のついでに手に入れて来たモノだ。彼は教派に属する司祭の一人として鉄帝の各地を巡る事があり、もののついでに他国に足を踏み入れる事もあるにはある。
 先日もラサ側の国境付近で聞いた話では魔種に対する大規模な動きがあったとか。
「しかし幻想の乱もラサでの事件も解決に向かっているとか!
 ハッハッハこれは良い事だ――」
 彼は鉄帝の人間ではあるが、どこの国・民であろうと混乱が落ち着くならば良い事だ。
 そう、良い事であるからこそ。
2019/10/27(2/2)

「……我々ももう少しばかり踏ん張らねばならないな」

 最近は鉄帝でも色々面倒な事がある故にとマカールは思考する。
 鉄帝は混沌の中でも北に位置する国家であり、厳しい気候の中にある。その環境の中で培われた肉体の強靭さは世界的に有名であるが――同時に極寒であるからこそ伸びない経済の脆弱性は長年の問題でもある。
 貧富の差は必然としてスラム街を形成し……そして最近そのスラム街ではある『動き』があって。
「――こんな所にいたのか、マカール。『話し合い』に行くぞ」
「おおダニイール殿。なんと……もうそんな時間ですか」
 その時、マカールの前に表れたのは同じくクラースナヤ・ズヴェズダーの一員、ダニイールという人物だ。新聞を畳み、マカールは立ち上がって。
「今日もまたスラムの一角をなんとか説き伏せよう。
 場合によってはアナスタシアの小娘が出張ってくるかもしれんが……」
「『革命派』とのゴタゴタは、なんとも勘弁してほしいものですな。我々は本質的に同志・同胞であり、ただ些か……信義の違いがあるにすぎない。そもそもアナスタシア殿とも全く知らん仲ではないもので」
「無論分かってはいるが――それはあちらの出方次第だろうな」
 クラースナヤ・ズヴェズダーには二つの派閥がある。
 大多数を占め、帝国と上手く付き合いつつ可能な範囲で理想を実現しようとする『帝政派』――マカールやダニイールがこちらに属しており。もう一つは少数派で、帝政を転覆させて国の実権を握る事で理想を実現しようとする『革命派』と呼ばれる集団だ。
 彼らは今、スラムを中心にある活動に取り組んでいる真っ最中で――

「これも多くの貧しき民を救う為。この地域から一度、平和的に彼らには立ち退いてもらわねばな……」



 鉄帝国でクラースナヤ・ズヴェズダーという組織に動きがあるようです……?
2019/11/6(1/3)

『七罪』語りき
 罪を罪と知り、その癖罰知らず軽侮するその空間――
 今そこに在り、混沌の何処でも有り得ない。まさに欺瞞と矛盾が満ちるその場所は、終焉(ラスト・ラスト)の最深とも本質とも呼べる彼等『冠位七罪』の為だけにある深淵の円卓である。
「事態は知っての通りだ」
 静かに吐き出された言葉はその中心に座する美しい男の発したものだった。
 彼(イノリ)が見回すのは六つの子であり、兄妹である。しかしながら『冠位七罪』の名が示す通り――本来ならば彼が見回す兄妹は七つ存在しなければならなかった筈だ。原罪(イノリ)が産まれ落ち、それを七つに分けた遥かな昔から、一度として変わらなかった変更がそこにある。
 一つの空席に目を細めた彼の言葉はまさにそれに言及するものであった。
「これだから小物はいけねぇわ。
 だが、まさか、人間なんぞにやられるとは思わなかったぜ。冠位の面汚しがよ」
 頭をばりぼりとかく仕草をした『憤怒(バルナバス)』が然程の感慨も込めずに言った。
「総力戦ってのか? 連中もいい線いってたのは認めるけどよ――冠位二つ揃えて、ねぇ?」
 皮肉めいた彼の言葉の矛先は同じく天義(ネメシス)に根を張る『傲慢(ルスト)』を揶揄するものだ。
「それは私に対する宣戦布告か? バルナバス。今この場で序列をハッキリしてやるのは吝かではないが?」
「ああ、イイねぇ。そのスカした面を一度思い切り殴ってやりたかった所だった!」
 ……実際の所、先に生じた『ベアトリーチェ事変』は冠位同士の連携等微塵もないものだった。
 ルストはバルナバスの言葉を否定するだけの材料を十分に持ち合わせていたが、『傲慢』はそんな手順を踏む事は有り得ない。と言うよりもバルナバス自身、それを理解した上でけしかけているで間違いない。
「……男ってホントにバカよねぇ」
 そんな二人を半眼で見つめて心底げんなりした溜息を吐いたのは『嫉妬(アルバニア)』だった。
「そういうアルバニア殿も雌雄の別では男に分類されるのでは」
「キィ! そういう事言ってないのよ!」
 余計な嘴を挟んだ『暴食(ベルゼー)』の言葉に眉を吊り上げるアルバニア。
「うにゃ」
『怠惰(カロン)』はと言えば言葉を発する事も無く何と居眠りをしている始末。
「……………男って本当にバカですわあ」
『色欲(ルクレツィア)』が尚深い溜息を吐き出せば、剣呑な空気が幾らか収まっている。
2019/11/6(2/3)

「今日も兄妹仲は良好で大変結構。それから『ありがとう』。アルバニア」
 イノリの言葉を受けてアルバニアは「どうしたしまして」と肩を竦めた。
 彼はふと考える。冠位七罪(きょうだい)が揉め事を起こした時、決まって話を元に戻して仕切り直すのは六位(いもうと)の役割だった。その彼女が今は居ない。何となく役割を受け持ってしまった事実がそれを彼に強く意識させていた。
「君達がどう考えるかは別にして、君達のその言葉がどれだけの本気かは別にして。
 冠位強欲(ベアトリーチェ)が失陥したのは偶然でも奇跡でも無い。そんなフロックは有り得ないんだ。
 いいかい? そこを間違えちゃいけない。
 彼等(てき)は確かに君達からすれば取るに足らない力しか持ち合わせないかも知れない。
 でも、それは彼女(ベアトリーチェ)自身だって感じていた事に違いないだろう。
 だが、話はどうだ? 現実に冠位は欠け、彼女は消滅した。
 ……まぁ、ルストには嫌な仕事をさせてしまったとは思うけど。
 冠位強欲が滅びるというならば、他の冠位が滅びない理由はない。
 まさかそれを認識出来ていない君達とは思わないが」
 イノリの言葉にルストは「フン」と鼻を鳴らす。
 実際問題、ベアトリーチェだったものを消し飛ばしたのは彼だがイノリの言葉は間違っていない。
「自分だけは別」というのが彼当然の言い分だが、『妹を消し飛ばした』のは別に望んでした事では無い。
 彼は絶対に口に出さないが――『そのような事態、出来れば繰り返されないに越したことはない』。
 原罪円卓(かぞくかいぎ)は相反する姿を併せ持っている。
 混沌を罪に染める破壊者の側面と。どのような悪、どのような罪さえ同時に持ち合わせる一縷の『情』。
 それは互いを軽侮し、牽制し、悪罵する表層を見ても決しては浮かび上がらない彼等の一側面である。
 イノリはその全てを正確に理解し、我が子等を諭すように続けた。
「ざんげの『空繰パンドラ』が、特異運命座標によって強く機能している。
 とはいえ、それは『滅びのアーク』も同じ事だ。
 ベアトリーチェは決定打を打てなかったが、世界の混乱は即ち僕達の目的の糧となるだろう。
 元々あんな玩具じゃ、父の悪足掻きでは滅びの未来は変わらない。依然有利は全くもって僕達にある。
2019/11/6(3/3)

 未だ結論は疑いないが、次の手が必要なのもまた事実だ。そうなれば――」
「――次はアタシかしらねぇ」
 イノリの言葉を継ぐようにアルバニアが冗句めいて手を挙げた。
「ネオフロンティアが何だか企んでるみたいなのよね。
 彼等が世界の果てを目指して頑張り始めるのは何年ぶりかしら。
 まぁ、繰り返してきた失敗だけれど。今度は」
「『不可能を可能にする連中が居る』。ですわね」
「そうそう。ひょっとしたらひょっとしちゃうかも分からない」
 合いの手を入れたルクレツィアにアルバニアは肩を竦めた。
『絶望の青』を超え、遠洋の先に遥かな冒険を求めるのはかの国の宿願であり、繰り返されてきた大事業だ。
 特異運命座標(イレギュラーズ)という最高の協力者を得た現在、その士気が高まっているというのなら。
「……アタシの出番よね、どう見ても。
 人並みの幸せに、あるがままで留まっていれば可愛げもあるのに。
 ああ、本当に嫌い。大嫌い。現状を変えるとか。
 明日は今日より良い日だろうとか、根拠ないヤツ。
 自分だけ幸せになってやるみたいなそういうの、本当に大嫌い」

 ――妬ましいから――

 柔和な面立ちに深い憎悪を覗かせたアルバニアは本人の美貌も相俟ってまさに妖気を湛えている。
「成る程、じゃあ次は君の番になるんだろう。くれぐれも気をつける事だ」
 イノリは口元を僅かに歪めて言葉を続ける。
「ベアトリーチェが居ない事が僕は悲しい。君まで除けたら、喧嘩だらけになるじゃないか」
 イノリの言葉が冗談か本気かは七罪にも分からず――
「……にゃっ!?」
 ――ぱちんと鼻ちょうちんを弾けさせたカロンが何とも言えない空気にきょとんとした顔を見せていた。


※終焉(ラスト・ラスト)の狭間で何かが蠢いています……

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