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樹上の村

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街角の更新ログ

何となく残しておくと面白いかも知れないと思ったので記録しておくことにする。

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2019/5/18(2/2)

 現状までにローレットが取ってきた対処は根治療法足り得ない。都度、問題や――潜在的な被害――を解決する役には立っているだろうが、事件に先回りして根源を捕まえるには到っていないのが現実である。
 証言者の何人かも或いは好奇心の為か――占い師の女を探したそうだが、それは烟のような存在だという。
 噂を聞けど、影は見えず――煌々と明るく存在する『月光人形』の裏に暗躍する存在が闇に溶け込むかのように、月影で静かに蠢く気配は霞の様に脆く消え去ってしまう。
 噂話は所詮、その域を出ず、確信を持って情報を得ることもできないのが悔しい所だ。
「これから、サントノーレさんはどうするんですか?」
「考えはある。例の占い師、しがない探偵の話じゃお上も何の参考にもしてくれないだろうが、『特異運命座標』やローレットの要請なら中央も多少の協力はするだろうよ。
 いよいよ、友達――リンツァトルテの事も、心配だしさ」
 真面目な彼の事だ。まさかおかしな事はすまいが……
 コンフィズリーの顛末は天義市民ならば誰でも知る大事件だ。
 いざ、彼が深刻な事情で『黄泉返り』に相対した時にどんな動きを取るのかは流石に読めない。
 サントノーレは「これでも友達想いなんだぜ」と嘯いて、ウィンクをひとつ。いい歳をした男のそんな茶目っ気を気にも留める様子はなくメルナは「探偵業務頑張ってね」とだけ告げた。
 ざわつく酒場の中には、様々な人が行き交う。
 疲れを癒す騎士に、別の表情を見せた聖職者。旅の行商人に変哲のない一般人。
 その誰もが明るい側面の影を持っている。その誰もに『生命』という確かなリミットが存在し、それに付随する悲哀を抱く事だろう。
 この中で酒を酌み交わす誰かが黄泉還りの守護者であるかもしれない。聖都には禁忌をも越える何かが存在しているような気がしてならない。
「ほんと、俺らって歩く爆弾だよな」
「……何て?」
 焔の言葉にサントノーレはいいや、と掌をひらひらと振った。
 もしも、自分の親しい人がそうなった時に自分は『黄泉還り』を断罪できるのだろうか――?
 そんな『不正義』な問いかけは、口にしても意味は無い。
 ここはネメシス、正義のお膝元、偉大なるフォン・ルーベルグに違いないのだから――


※探偵サントノーレと彼に協力したイレギュラーズが新たな情報を得たようです!
2019/5/20(1/2)

<月を呑む聖女>
「――白、ですわね」
「はぁ、白……でございますか」
『拘束の聖女』アネモネ・バードケージ――彼女の異端審問に掛かれば、大半の案件は黒くなる。
 白でも……とまでは言わないが、グレーでも大体黒。ネメシスに査問を行う聖職は数居るが、その中でも取り分け厳しい事は言うまでもない。
 そんな彼女の吐き出した『白』の一言に衛兵が少し間の抜けた返答をしてしまったのは仕方のない事だったのかも知れない。
 彼が聖女に引き合わせたのは皮肉にも全身を黒衣で覆った占い師の女だった。月光を思わせる美貌の彼女は何処までも妖しく、美しい。見た目で判断するのは愚かだが、確かに魔性と呼べばそうも見えるのだから、その返答は実に意外だったのだ。
 ローレットと探偵サントノーレの仕掛けは早かった。
 ローレットとの共同作業で月光事件の一つの解決に当たった彼は、途上で一つの情報を得るに到ったのだ。
 事件のそこかしこに姿を見せる『黒衣の占い師』。確証こそないとは言え、これが何らか事件に関与していると考えた彼は、天義上層部へ覚えのいいローレットを『てこ』にフォン・ルーベルグ近辺の『容疑者』を調査するという大胆な手に打って出たのだ。
 これが奏功し、現在この瞬間がある。
 黒衣の女――ベアトリーチェ・ラ・レーテは訝しい顔をした衛兵にニコリと微笑む。
 少し赤面しわざとらしい咳払いをした彼に言葉を続けたのはアネモネであった。
「――もし、この近郊にその妖しき悪があったとして。
 もし、この彼女が諸悪の根源であったとして。
 そうならば、それは貴方の手に負えるものではないのではありませんか?
 不本意ですが『拘束』の名を頂くこの私を前に――ええ、とても不本意ですが。
 こうも余裕の素振りでいられる道理はないのではなくて?」
「な、成る程……」
 衛兵はアネモネの言葉に合点した。
 確かにそれはそうだ。『普通に考えて悪党は連行されないし、アネモネを前に余裕ではいられない』。
『普通に考えるならば、この状況を避けるし、そもそも黙って連行を受けるような事をしないだろう』。
『普通に考えるならば』。
「……しかし、陛下をはじめとした上層の御指示は絶対です。
 貴方はこれからも忠勤に励み、怪しき者を見逃しませんよう」
「はっ!」
アネモネの命を受けた衛兵は敬礼して聖堂を辞する。
2019/5/20(2/2)

 その背中を見送ってたっぷり三十秒――否さ、一分。
 静寂を好むアネモネは自身の聖堂に基本的に他の者を置かない。
「これで、宜しくて?」
「ええ。予想通りと言えば予想通り、予想外と言えば予想外でしたけれど」
 声色からガラリと変わったアネモネの言葉にベアトリーチェが薄く笑った。
「では、ここからを『本当の査問』としましょうか」
「何なりと」
「まず最初に、フォン・ルーベルグの一連の事件の根源は、貴女かしら?」
「ええ。そうなりますわね。演目『クレール・ドゥ・リュヌ』、月光劇場は満足頂けておりまして?」
 イエスともノーとも言わずにアネモネは続ける。
「貴女がフォン・ルーベルグに居たのは」
「そちらにご挨拶に伺おうかと思いまして――いや、冗談ですわ。
 座長たるもの、俯瞰して状況を見回すのは重要なお話です。『何かが足りない』ならば足す。
『演者が裏切る』ならば、適切に場を修正する――何れも必要な工程です」
「……では、みすみすと連行なんてされたのは」
「ふふ、それは――言わない方が宜しいのではなくて?」
 アネモネの第三の問いにだけ、ベアトリーチェは質問を以って答えとした。
 そう『普通に考えれば』この状況は適切ではないのだ。
 闇に潜む諸悪の根源が敢えて表に引きずり出される等、馬鹿げている。
 だが、『普通に考えないならばどうか』。連行を受け、周囲を兵に囲まれ、『拘束の聖女』を目の前にしても『そんなもの最初から問題にならない存在ならばどうか』。
 昏い三日月と共に、嗜虐的な愉しみのままだけにこの場を訪れる女ならばどうだったのか――
「しかし――予定外ではあるのです。
 どうも、この国にもこの国らしくなく鼻の利く方が居るようで。
 それはかのローレットであり、それを利用した探偵さんなのでしょうが。
 愉快ですが、多少鬱陶しいのも事実です。一幕はもう十分、次を進める時期なのかも知れませんわね」
「貴女ね、私が誰だか御存知ではないの?」
 アネモネは肩を竦めた。
 長らく異端審問等をしてはいるが、自身を前にこれ程あっけらかんとした者も居なかった。
「知っておりますとも。ですが、この場が証明しているではありませんか。
 貴方は関与しないまでも劇の続きを望んでいる――この先を眺めて、楽しみたいと考えている」
 返事をしないアネモネにベアトリーチェは微笑んだ。
「勿論、その期待は裏切りませんとも」
2019/6/2

ロストレイン家の不正義

「――ですって」
 くすくす、と。ジャンヌ・C・ロストレインが鈴鳴る声で笑った。
 傍らのジルド・C・ロストレインは指先で地面転がる聖遺物の欠片を弄ぶ。
 魔なる者を呪うが如き、主の御言葉を遂行する聖職者を燃やし尽くして灰となったそれを塵の様に放り投げて。
「『不正義』だなんて言葉、何と不幸なのでしょう。
 お父様、神は私達をお認めにならないという事ですか?」
「ううん、ジャンヌ。神はこう仰った。
『我が子よ、隣人を愛せよ。我らが愛は主が与えた最も尊い感情であり、そして、最も罪深きものであると』」
「『そして、その愛が向くままに感情を動かしなさい。
 人が認めぬと石を投げたならば、皆も石を投げ返しなさい。
 異なる事を懼れてはなりません。神は誰をも受け入れる万能なる存在なのだから』」
 朗々と歌う。
 聖騎士と聖女。幸福であるべき二人は聖都フォン・ルーベルグにて囁かれる噂話を耳にして明るい月明りに隠れるように都を進んでいた。
「『サン・サヴァラン大聖堂』――そこに?」
「うん。現世と常世。その二つを刻んだ秘蹟。
 魂は炎だ。ランタンに入れられ、その命を燃やしながら冥府の罪と罰の天秤へと導かれるのです」
 朗らかな親子の会話。そこに潜む狂気は確かな気配を感じさせて。
「ランタンから魂が逃げ出して、月夜に踊るだなんて。
 嗚呼、神は『お言葉を伝える』気になったのですね!
 私が『聖女』にならなくとも、神が重い腰を上げ、お言葉を下さりさえすれば!」
「そう、皆が幸せなんだ」
 月光人形を止めてはならない。
 命が記憶の川を渡る前に戻り、主の言葉を届けるメッセンジャーになるがいい。
 二人にとって聖都に渦巻く不穏は眼中にない。
 只、幸福であればいい――主が『そう仰る』筈なのだ。
「さあ、ジャンヌ、もう行こう」
「ええ、お父様。お父様の気の向くままに!」


※聖教国ネメシスを不穏の影が包もうとしています……
2019/6/4(1/2)

天義聖銃士隊

 テーモスよ。使途の使命がわたしに委ねられたのは、真の正義を彼らに得させるためであり、流転の理に基づくものである。
 強欲を捨て去り清廉と謹厳をもちなさい。
 かの川を恐れるな。
 流転の果て、忘却の彼方に永遠の生命は存在する。
 そのことが自ずから祝福に満ちた尊厳を、あなたに与えることになる。

               ――アラト書テーモスへの手紙 第一章二節


 白亜の都フォン・ルーベルグの中心には、数々の歴史ある聖堂が建ち並んでいる。
 その一つ。サン・サヴァラン大聖堂は一般信徒の立ち入りが禁じられた、文字通りの聖域であった。
 天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティア)に護られる大礼拝堂に踏み入ることが出来るのは、特別な儀式でもない限り通常は司教以上の聖職者に限られている。

 そんな大礼拝堂での貴重な説法を聞き終えて。司祭達は己が使命を果たすため、次々と退室する。
 最後の一人を見送ったアストリア枢機卿は、大礼拝堂に鎮座するレーテー石をひと撫ですると、通路へと軽やかに飛び降りた。

 さて。肩で風を切り向かう先。

 ――首都のハズレに、カルドルーチェの丘と呼ばれる広場がある。
 木々に囲まれた静かな場所で景観も良いと言えば良いのだが。もっとも目立つものが古い墓地ということもあり、あまり人気のある場所ではない。
2019/6/4(2/2)

 さて。そんな丘が、この日は物々しい空気に包まれていた。
「おい。ブラザー・ロガリ」
 深紅の装束を纏う少女――悪名高きアストリア枢機卿が背後を睨むと、屈強な司祭が腕を組み腰をかがめた。
 アストリアはそこに足をかけ、肩へ座る。

 ようやく開けた視界から見下ろしたのは、つばの広い帽子を胸に押し抱く銃士達。アストリアの私兵であるセイクリッド・マスケティアの面々であった。
「諸君、喜べ。汝等に聖獣が遣わされる運びとなった」
 アストリアが両手を広げる。
 舞い降りたのは、黒翼の怪物。痩せぎすの身体としわくちゃな頭部。口には牙が生えている。どこからどうみても文字通りの小悪魔だ。

「げ、猊下」
 銃士の一人がそう発するまで、いくらか時間があった。
「なんじゃ、申してみ」
 いくらか迷った後に、訪ねる。
「聖獣……に御座いますか」
「左様。正義を尊び邁進する汝等を守護する御使いじゃ」
 銃士達は互いに目配せし、頷いた。
「この際じゃ、汝等にも聖霊の御声を聞かせてやろう。そこへ直れ!」
「ハッ!」

 ――……ッ!?

 銃士達が一斉に頭を垂れる。
 脳髄を抉るように響く『原罪の呼び声』を聞きながら。

※『期間限定クエスト』が開始されました。
2019/6/8(1/2)

枢機卿の激昂

「猊下、ご報告が」
 部下を部屋の入り口に立たせたまま、アストリア枢機卿はワインボトルを眺めていた。
「猊下、何卒」
「忙しい、後にせよ」
 返答は間髪入れず。
「それが……火急の」
「なんじゃその束は、申してみ」
 声のトーンを一段下げ、アストリアは椅子へと腰掛ける。
 ワゴンに載せられた羊皮紙は、正に山のようであった。
「聖獣様と銃士がイレギュラーズに襲撃を受けている模様」
 返答はない。続きを促しているのであろう。

 ――アストリアは押し黙り、視線だけを突き刺す。
 銃士は咳払いすると、報告書を読み上げた。

「……脚部の特徴からデイジー・リトルリトル・クラークと思われます。
 また舞音・どらなる聖人様が……」
「聖人……じゃと!?」
 アストリアの声が怒気を孕む。
「い、いえ。おそらくは何か報告の間違いであるかと。またこちらの報告書ではその戦いぶりからシルヴィア・テスタメントであると予測されており」
「なにがテスタメントじゃ! 罰当たりな! まだ有るのか!」
 銃士が額に汗をにじませる。
「調査に手間取った数名。こちらはおそらく君影・姫百合、白 薔薇、天狼 カナタの三名であると思われ……」
 銃士が顔をあげると、アストリアが立ち上がる。
「時に汝、その足はどうした」
「何でも御座いません!」
「遠慮をするでない、近う寄れ。
 正義に邁進した故のことであろう。妾とて聖職の端くれ。癒やしの奇跡程度は施せよう」
「勿体なきお言葉」
「ここには汝と妾以外におらん……妾の特別な時間を進ぜるのもやぶさかではないが」
 アストリアは触れるほどの距離に近づき、銃士を下から見上げた。
「げ、猊下!?」
「だめかの?」
 小首を傾げる。
「さ、足を見せ」
 観念した銃士は天井を仰ぎ、生唾を飲み込んだ。
2019/6/8(2/2)

 ――ッ!!!

 鈍い音が響き、銃士の身体がくの字に折れ曲がる。
 杖先が突いたのは向こう脛であった。
「ククッ、ハハハハ!!」
 銃士は唇を戦慄かせながらも横一文字に引き絞る。
「なんじゃクワイアも出来んのか。汝は何が出来るのじゃ」
 あざ笑うアストリアに銃士は戦慄くが。彼女は構わず手拍子を始める。
「冗談じゃ。笑え!」
「ハ、ハ、ハハハハハ!!」
 やけくそな声が響いたが――――
「ふざけるでないわ!」
 アストリアは杖を突如振り上げ、銃士の肩を強かに打つ。
「もうよい、寄こせ!」
 羊皮紙の束、束、束。全て合わせれば少なくとも千は数えよう。

「なにが正体が知れぬ女じゃと!?
 この彼岸会 無量なる者と明らかに同一ではないか! たわけめが!」
 殴打。
「エストレーリャ=セルバ……なにがエストレーリャじゃ、不遜な名をしよって!」
 殴打。
「それからなんじゃ! これは! 何枚ある! 同じ、同じ、これも同じではないか!!」
 殴打。殴打。乱打。
「コレット・ロンバルドは幻想遊楽伯爵のアトリエに多数の目撃情報とは、何じゃ。巫山戯よって!」
 部屋は既に滅茶苦茶な有り様となっていた。
「コレット、エストレーリャ、無量……か!」
 暴れに暴れたアストリアは肩で息をしながら吐き捨てる。
「先の小僧共も然り! 妾の邪魔をしよって! おい、何をしておる!!」
 尻を蹴り上げる。
「草の根を分けてでも探し出せ!!!」
 床に投げ捨てられた薬を拾い、銃士は足を引きずりながら駆けだした。

 ※『期間限定クエスト』が発生しています。
 ※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生しているようです
2019/6/11

情報求ム! 巨大な破壊神!

 その日、足を踏み入れた聖都は騒然としていた。

 ――――クソ、奴めどこに消えた!

 彼女は天義中央筋から届いた召喚状を訝しみ、あえて巡礼者のように質素な装いを選んだのだが、ひとまずどうやら正解だったらしい。
 聖都は混乱の渦中にあるようだ。

 そもそも彼女には為さねばならないことがある。
 幻想王都のカテドラルを預かる身としてももちろんだが、門閥貴族を相手に政治的な暗闘を繰り広げるのは、女傑と称される彼女とて荷は重い。
 無論この程度の不在でどうにかなるような状態にはしていないのだが。
 あれから貴族達は果ての迷宮攻略に熱を挙げており、幻想国内の政治情勢は比較的平穏と言えることも幸いしていた。

 ともあれ長旅を終えたなら鋭気は養われるべきで、彼女の目の前にあるのは焼き菓子と紅茶だ。
 静かに祈り、頂く。
 この町の素朴な味わいは、ずいぶんと懐かしく感じられた。

「おい、そこのお前!」
 店内に踏み入った銃士が声を張り上げる。
 あれは枢機卿の手勢の筈だ。迂闊だったろうか。
 彼女はまず素知らぬふりをして、カップに手をつけるが――
「そいつは違う! 報告によれば三メートルはあるらしい!」
「手配書によれば、人相は『めちゃくちゃ可愛い』と」
「はぁ!?」
「クソ、何もかも紛らわしい! そこの巡礼者! フードは外して歩けよ!」
 出て行ったようだ。

 何かあったのかなど、聞くまでもなかろう。
 ローレットと銃士隊の散発的な市街戦は激化の一途を辿り、どうやらローレット側が圧勝しているようだ。
 そんな噂は幻想王都にも流れてきていたが、いざここまで来てみれば、それ以上の状態とも思える。
 市街がどうであれ、彼女はこれから天義王宮――あの伏魔殿に赴かねばならないのだが。
 あの中で誰が敵で誰が味方なのか。考えるだけでも骨が折れるというものだ。

 春摘みダージリンの青く優しい香りが鼻孔をくすぐる。
 堅焼きのクッキーを口の中に放り込むと、『幻想大司教』イレーヌ・アルエ(p3n000081)は舌鼓を打った。

 ※『期間限定クエスト』が発生しています。
 ※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
 ※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
2019/6/12

歪んで咲いた毒の花

 聖都に蔓延した狂気、そして公然の『禁忌』の中で彼は確かに求める者を見た。
 神が為の歌姫――宗教国家である天義なれば『そう言った例』は珍しくはない。
 うら若き乙女が聖女として担ぎ上げられるように、魔と通じ合う者を魔女と弾劾するように。
 信心深きエストレージャの一族は神が為に人柱を捧げ、その歌の力に優れる一族の者を神の所有物が如く座敷牢へと幽閉していた。
 無論、エストレージャ家の私設騎士団長であるカマルはその歌姫が座敷牢より逃げだした事を知っていた。その血塗られた歴史もだ。

 そうした中で彼は一人の女の黄泉還りに直面した。
 不正義により断罪された一人の聖人『だった』者。

 ――聖マルティーナ。

 貴族を陥れることに執着するという悪癖から、いたずらに破滅させ立身出世の踏み台にしてやった女だ。
 過去を明るみに出す訳には行かなかった。
 処分を検討する中で彼は、いずれ敵となるであろうローレットの利用を思いついた。
 そこに居たのだ。かの姫君が。
 策を捏ね、奪い去る算段をたて――結果として彼はローレットに救われるはめになった。

 自嘲し、毒吐く。
 いささか保身が過ぎたろうか。しかし立場という物もある。あの場ではそうするしかなかった。
 己がしくじりに気が立ち八つ当たりもしてやった。
 己が見立てに寄れば、この国はこれから魔境と化す筈だ。
 チャンスというものはいくらでも転がってくる。
 ならば次のカードを伏せよう。
 姫君を手にし己が主人を破滅へと導くまで。

 全ては――我が栄光のため。

 その胸には確かに毒の花が咲き誇る。

 ※『期間限定クエスト』が発生しています。
 ※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
 ※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
2019/6/13(1/2)

<背徳の葡萄酒>
 この聖都には『神』が居るとされている。
 その存在は或いは――そう、或いは空中神殿でざんげが思う『神』とは些か違うのかもしれないが――信仰上の『神』を、その概念を国家で奉じるとするならば、その意志『とされる』正義の遂行が求められる事もあるだろう。
 しかしながら多数の人の想う正義や信仰、全ての『正しき』が一枚板になる事等有り得ない。
 それは清廉と潔白の天義を襲った今回の災厄が指し示す証明であり、故にこの都にも『神の御心以外の正義を信ずる事を是とする集団』が存在しているのは中央のみが認めないある種の必然だったのかも知れない。
 例えばそれは――密教集団『ウィーティス』。
 その教祖たる旅人は、元は天義の価値観に照らし合わせるならば『魔』に分類される『神』の一柱である。
 そんな享楽的な『旧き蛇』サマエルは『禁忌』蔓延る天義の内情をゲーム感覚で見据えていた。
「ふぅむ……」
 小さく息を吐いたサマエルは自身が教団の内部にも月光人形と内通している者が存在していたことを把握していた。
 だが、そんなサマエルがこれまでに何かを為したという事実は無い。
「サマエル殿。良かったのですか?」
「なに、弔い位はしてやればいい。高潔『であった』この国が痴態を晒している。
 ふふ……いや、ゲームもこうは転ぶとは思わなかったものでな。愉快――愉快すぎて腹が千切れるわ」
 そこに存在する危険と害意を理解していない訳ではない。単に不干渉的であり、怠惰なのである。
 彼女のスタンスから言えば来るもの拒まずではあるのだが――それを護るという意思も極端に低いのだ。
「御意に」。その言葉がどういった色を帯びていたかは本人のみぞ知るといった所か。
 サマエルの背後で教団の入口――聖堂にて聖職者を務めるエドアルド・カヴァッツアは『一応』と教祖の言う弔いの用意をした。  彼にとっては月光人形の生死や先の戦いでの死傷者の増加などは露ほど興味はない。
「嗚呼、そうだ。エドアルド」
「なんでしょうか」
 葡萄酒の注がれたグラスを弄りながらサマエルは表情を変えぬままのエドアルドを見上げた。 「――汝、『妹』は見つけたのか?」
「貴女こそ、『口にするのも憚られる『左目』のご友人』がかの勇者、ローレットの一員だったのでしょう」
2019/6/13(2/2)

 にやり、と唇が吊り上がる。その表情を見てエドアルドはこの女神は心底その状況を楽しんでいることを悟った。
 嗚呼、そうだ。彼女は動乱の中身に興味は無いのだ。動乱が呼ぶ運命の撹拌こそを求めている――
 笑っているとサマエルに指摘されたエドアルドは肩を竦める。

 ――妹。自身が求める『家族』。

 是が非でも手元に置きたいと願った彼女が、ローレットに、近くに居るのだ。
 それを喜ばぬわけがないだろうと上辺だけで告げて見せるエドアルドに、信徒が見遣れば「神父様、なんと涙ぐましい!」と同情したことであろう。
 しかし、サマエルは『彼がそんな男ではない事』を知っている。
 だからこそ手元に置くのが面白いのだという様に女神は一気にグラスを煽った。
「次の機には勇者に助太刀してみようかと思ってな。……無論の事だが、汝もくるだろう?」
「おや、貴女が助太刀とは――ローレットに?」
 珍しいものを見るかのようにそう云ったエドアルドにサマエルはさも面白そうに笑う。
 きらりと輝く宝石を指先で弾き、魔神は昏い瞳を向けて『嗤う』男を見上げた。
「妾はこの国からすると不穏分子。我が『ウィーティス』は何時かは断罪の刃が振るわれる存在であろう?
 延命措置にもなりはせん行動、実に無意味だ。しかし、しかし――妾が動くなら只のひとつしかなかろう。
 もっとも、この国自体が露と消えて亡くなるならばその心配も消えるのかも知れないが!」
 女は笑った。只、美しく――その表情を歓喜に歪めて。

 この世界はゲームだ。
 ゲームを楽しんで何が悪い? 盤上を大いに狂わせに行こうではないか!
 手にしたカードで一番面白い選択肢を選べるのだ。自身たちの介入を予期せぬ『あの女』の驚く顔を見てやろうではないか。


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/14(1/2)

<八ツ内・弐津星>
 この世界はゲームだ。ああ、全くその通りだともさ。
 誰も彼もあれもこれもそれも全てが駒・駒・駒。指で摘まんで動かして。弾いて取って弄ぶ。
「――チェック・メイト」
「ちょっと待ってよ、少しは手加減ってものをさァ」
「ハハハ! 挑んで来た側が手加減を所望とは、遠回しに申し上げますが――お恥ずかしくない?」
 顎に手を。なんともはや難しい、とばかりに肩をすくめるのは『アンラックセブン』という指名手配犯共が一人――ロストレイ・クルードルだ。対面には彼の『仲間』というべきか『同志』という言うべきか足る男がもう一人いて。
「で、ご用件は?」
「あぁ――うん、まぁ大した事じゃないんだけどね。『遊ばないか』と思ってさ」
「ほぉう遊ぶ? この国で?」
 男が興味深そうに眉を動かす、が。同時に大いなる疑問を抱いたのも確かだ。
 この国の現状に関してはそれなりに聞き及んでいる。中々に混沌としており、とても平穏などと呼べる状況ではない事を。死者の蘇生、魔種の存在、伴う混乱と嘆きの声。この隙を突けば幾らでも介入の余地などあろう、が。
「この盤面のプレイヤーは『魔種』と『天義』……ああいや、後者の味方として『ローレット』もいますか。ともあれ席は既に埋まっていましょう。今更なんぞやの思考によって介入するのか」
 彼らはとても『マトモ』な人物達ではない。
 それぞれ己が価値観を抱き、それが平和を甘受する一般的な人々のマトモな観点からすると――『悪』と呼ばれる行為を是とするロクデナシである。が、考え無しの愚か者ではない。
 何の楽しみがあるのか。月光人形などという死者が蔓延しつつある、この国に――
「『ソレ』だよ」
 瞬間、ロストレイは眼を細めた。
「俺はね、不思議だったんだ。月光人形なんて言う連中がさ」
「ほう?」
「あれは呼び声の媒介品だ――この世の人々を狂気に落とすらしいね。愛しのジャンヌも……あぁまぁ彼女は月光人形とは違う存在に呼ばれたようだけど。ともかくそういう風に狂わせる罠だ」
 本来清く、正義に沿って生きている人々を惑わせる存在。
 天義における一連の騒動において中核を成した一要素と言えるだろう。
2019/6/14(2/2)

「だけどさ」
 あれは。
「『兵隊』にはならないんだよね」
 彼らはそれなりの数が確認されている。しかしその規模は膨大と言う程ではなく、騎士団の総数には流石に遠く及ばない。
 そもそもが月光人形の戦力はそれぞれがてんでばらばらで統一感も統率もない。
 例えば現存する月光人形が全て集まれば騎士団を真正面から撃破できるか?
 ――無理だ。

「魔種達は何を企んでいる? 嘆きの谷で何をしている?
 アストリア猊下様が言っていた聖獣ってのはなんの為のモノだ?
 そして――王宮執政官エルベルト・アブレウが求めているモノとは?」

 ――彼等は何を欲していると推測されるか――
 今一度考えてみると良い。
 彼らの『最終目的』は何で、それには『何が』必要なのか?
 まぁ、猊下と閣下、魔種は成り行き上の味方に近い。そこに価値観の完全一致があるかは知れないが―― 「唆啓は薄々勘付いていただろうね。だから嘆きの谷へ向かったんだ」
「嘆きの谷……あぁ、確か歴史観点に置いて大量の死者が出た地だとか」
 ん、おぉ? 待てよ? つまり?
「おっと、興味が出てきたかい? そうさ俺達にとってはこの国がどういう風に転ぼうが正直どうでもいいが、彼らが行おうとしている『転がし方』そのものはちょっと別なのさ」
 ロストレイは盤面を整理し直す。キングを配置しクイーンを、ルークをビショップを。
 そして大量のポーンを――改めて並べ直して。
「だからさぁ」
 一息。
「一緒に楽しまないかい? ちょっと君自身のポーンを借りたくも――思っているんだけどね」
 どうかな、Mr.クリーク。
 遊戯の才人たる男の口端が――吊り上がった。
 この世の邪悪を煮詰めたような、タールのような笑顔だった。


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/15(1/2)

<蝶の羽搏きに騙屋は滅びの羽音を聞くか>
 キチキチキチ――――
 どこからか何かの音がした。イレギュラーズ。イレギュラーズ。自身が強くなるためには『駒』が必要である事をギーグルは気付いていた。
 だからこそ、イレギュラーズを仲間にせんと画策したが明けなくフラれて仕舞ったという訳だ。
「モット、モット、力ガ、ホシイ……!」
 キチキチキチ。
 その音を耳にして、つい、と顔を上げたのは清廉潔白なる聖職者。ディスコー神父の息子たるディスコーJr.だ。
 秩序正しき清廉なる市民たちはディスコーJr.はタピオカを喉に詰まらせ死んだと聞いていたが、こうして顔を見せてくれるのはその噂は嘘だったと口々に繰り返す。
 彼の傍にふわりと舞った蝶々を視線で追いかけたギーグルはこの都には魔種も死者も盛り沢山なのだと口元にゆったりとした笑みを浮かべる。
 キチキチキチ。
「神父様、何か……音が」
「虫か何かでしょう。先程は美しい蝶々が舞っていましたし……不安がる事はありません」
 その口調は『とってつけたかのような聖職者』であった。表向きには穏やかに話しているが教会の地下では『楽し気な騒ぎ』を催しているのだから人は見かけによらない。
 騎士団として周囲の警戒に当たっていた騎士の様に『見える』存在は白い耳をぱふぱふと揺らしながらディスコーJr.を見なかった振りをし見回りに戻る。
 舞う蝶々も、聞こえる歯ぎしりの様な音も彼からすると『お仲間』の音に過ぎなかった。
「聖職者ハル・テル・メルルへの嫌疑ですが、全くのデマでしたね」
「ああ、×××さんが仰るのだから」
 聖職者たるクロス・アイ・ギア殿の事も全くの嘘だろう、と騎士たちは口々に言った。
 それこそ、魔種ロストレインが勇者ローレットを誑かすかのように騎士団を混乱に陥れようとした何者かが撒いたデマであろうとでもいうように。
 祈り、捧げ、『癒しの奇跡』と呼ばれる聖女が悪であるなどと口にした不正義の輩を捕まえねばならぬと騎士たちは繰り返す。
 ひらりと妖蝶が舞っている。その鱗粉から僅かに広がる狂気の気配に気づきながらも『騎士』はふんと鼻を鳴らし気付かぬふりをした。
2019/6/15(2/2)

 神父ブロイラーと関りを持った修道女たちも俄かに暗躍し始めている。
「『美味しい』話だ」
 騎士の傍らに立った男はチーズ、ハム、レタス、トマトをふんだんに使ったシンプルなサンドイッチを喰らう様に口を開く。
 だらしなく開いたシャツにマヨネーズが垂れ落ちたがぺろりとそれを拭った彼は『騎士』に噂するように耳打ちした。
「知ってるかぁ~~? 飯の段取りにはサイコーの『美味しい』話が流れてるんだぜ。
 メインディッシュまで待ち遠しいよなぁ~~~~!! あ、紅茶どうだ? 一緒に飲もうぜ?」
「生憎だけど腹はいっぱいなんですよね。あ、それに噂は聞いたには聞いたんだわ」
 口調の安定しない『騎士』は傍らの男――『アッティ』へと笑みを溢した。
「ちょーーっとしたスパイス、知っちゃってたか~」
「ちょっとだけね」
 繰り返した男にアッティはけらけら笑う。


 聖職者達を信じるな、と噂が流れる。
 天義の正義を疑え、そこに神は居ない。
 本当の神を信じよ。愛を信じよ。その鎖を克己せよ。
 さすれば救われん――黄泉還った大切な者をこの『国』から守るのだ。
 故国は幽冥の理に囚われた! 大切な者の命を差し出すほどに、皆は『王の言いなり』か?
 答えは――『否』!
 奪われてなるものか。立てよ、民衆。王と、そしてその側近の騎士団長を引きずり降ろせ。
 正義不正義と『身勝手な基準』で『神を騙った奴ら』に思い知らせてやればいい!
 レテの河を渡る、その賽はもう投げられているのだから!



 フォン・ルーベルグには怪しげな扇動者が絶えていない。
 ――それは、探偵サントノーレが予め目星をつけた数人と事象であった。


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/16(1/2)

<神が正義を望まれる>
 その日、ゲツガ・ロウライトは自身と共に戦ったイレギュラーズの一人が『悪しき呼び声』に堕ちたと耳にした。
 言葉なく。机の上に置かれたティーカップに揺れる波紋を眺めたゲツガは報告書をさも興味なさげに塵箱へと放り込む。彼は時にして悪をも成すローレットの在り方を容認してはいないが、同時にイレギュラーズは神の遣わした徒であると認識している。
 それ故に、己が孫娘がローレットに所属しイレギュラーズとして活動していることを静観していた。
 だがそれは『そうした不正義が起こる前まで』だ。
 少なくとも、現時点を持ってのゲツガは不正義の種がローレットにあった事を知ってしまった。
 孫娘を無理矢理に連れ戻すことは容易にできよう。しかしそれを行わぬのは苛烈な正義を行う彼とて『ローレットに所属しながらも悪に手を染めず、正義を遂行』する内は見過すというスタンスを貫いているからだ。
 だがもしも、孫娘がかの聖女のように悪に堕ちたならば――……
 ……いや、この思考自体が無為だ。
 天義の騎士たるもの『一つの不正義』にあれやこれやと思考を巡らせても仕方がない。
 例えば、そう。
 もし万一に、己が孫娘が『そう』なったのだとしても。
「私がなすべきは変わらないのでしょう――神よ」
 嘗て、自身と志を伴にし。そしてゲツガが断罪した――『ヴァークライト』の一件のように。
 不正義は全て裁くのみ。
 その呟きに、執務室の扉の影より覗く孫娘、サクラ(p3p005004)は祖父と共に剣を取った日を思い返す。

 ――どうか聞いてください、ここの月光人形達は……かつてロウライトが断罪した者達です。

 そう、口にした日。祖父が信ずる『正義』に、少女は違和感を禁じ得なかった。
 確かに祖父は高潔である。確かに祖父は潔癖で善良であり、心より正義を願っている。そこに疑う余地は無い。
 しかし、少女は想う。正義の為。未来の善きを守る為。それは同じであるとしても――二者はきっと違うのだ。
2019/6/16(2/2)

 分かってしまった。違うのだ。祖父と自らとでは、ほんの少し。歩く角度が。
「……む、サクラか。どうかしたのか?」
「……は、はい。お祖父様、騎士団より伝令をお持ちしました」
 それは悪戯をした子供が保護者に見咎められた時のようで、至極居心地悪く、罰が悪い。
 隠れていた訳ではないが、気付かれ、意識を向けられて――サクラは内心で幾ばくか狼狽せずにはいられなかった。
 家名を名乗る事があってからというもの、騎士団はゲツガへの伝令をこの孫娘へと持たす事があった。身内とはいえ何故彼女経由なのか、というのはあえて語らぬこととするが――ローレットが天義で活動する以上、中々無碍には出来なかったのだろう。
 気まずそうに視線を逸らした少女が持つは、白に赤の印を飾った一通の封筒。
 その蝋印を一目見るにゲツガは静かに息を飲む。差出人の名を、この都で知らぬ者はいない――
 天義国王シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世。
「お祖父様……?」
「……サクラ。よく聞きなさい。この都はもう直ぐ不正義の黒きヴェールに包まれる事になる。
 この先何があろうと――決して己の正義を曲げぬよう。不正義にその刃を曇らせぬよう」
『あの』シリウス・アークライトまでもが魔種として現れた報告もある。
 コンフィズリーの不正義を継ぐように出現したロストレインの不正義は悪い冗談めいている。
 それは『善悪を気にせず、不正義すら容認するローレットに所属していた天義の聖女が、魔種の父と結託しローレットの勇者達を唆した』という罪だ。
 言葉にするのも悍ましいという様にその名を最早口にする事すらない彼はサクラへ言った。
「いいかね? サクラ。改めて告げる事も無いとは思うが――
 もしもそれと相見える機会を得たならば、その手で速やかに斬りなさい。
 ネメシスに不正義は許されない。果断と徹底――神は何時でも『そういう』正義を望まれるのだから」


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/17(1/3)

原罪(あい)或いは罰(せいぎ)の詩
 正義とはなんなのだろうか。
 少なくとも形を持たぬものだ。
 見る人間により、如何様にも変質する不定形だ。
 誠実な概念であり、不実そのものですらある――この国の誰が否定しようと。
 誰もが言う。耳障りな程に伝える。  正義。正義。正義。正義!  正しくあれかし、美しくあれかし。正義に従えと。唯、正しき事を成せと。
 此の世の誰にも『正しい事』なんて確定出来はしないのに!
「第一、正義とは何だ」
 苦笑いと諦念を交え、アシュレイ・ヴァークライトは嘆息交じりの言葉を吐き出した。
 色濃い疲労と苦虫を噛み締めたようなその顔は胸の内に燃ゆる不合理への怒りを感じさせるもの。

 正義とは何だ。
 魔種を討つ事か。成程。
『正しき』に従わぬ者を討つ事か。成程、成程――

 神は確かに天上におわすのだろう。
 さりとて、神の代行者を気取る人間は――何処まで行っても神ならぬ人間でしかない。
 有り難き経典も、信仰の盾も。物言わぬ神は決して『正解』と担保はすまい。
 ならば、究極的に――悪とは誰が定める。正義とは誰が定める?
 問えば皆言う『神の御心のままに』。その御心は一体誰が『保証』しよう?
「……思考停止だ。この国は神ならぬ人の国だ。『そういう』正義を望まれたのは誰なのだかな」
 ネメシスとは天罰の称号でもある。
 その罪と罰は時と場合をそう選ばぬ。
 時として子供ですら『悪』と見なして断罪を成す――神が望まれたのだと胸を張って。
(神が。神が。神が。神が――馬鹿共めが。大いなる神がそんな狭量を望むものか!)
 今この瞬間、何に身をやつしたとて。アシュレイの胸に信仰が残る限り、この怒りは消しても消えぬものだった。
「……あなた」
「――いや、まったく……どうしても、ね」
 目頭を押さえたアシュレイは、妻の言葉に脳の奥を痛ませる憤怒の色を押し込めた。
 アシュレイ・ヴァークライトは、かつて天義に所属していた騎士の一人である。とある任務の際に自身のとった行いが『不正義』と断ぜられ――死の淵を彷徨った者である。天義には珍しい話では無く、しかし彼が特別足り得るのは魔種として反転の切っ掛けを得た事と言えるだろうか。
2019/6/17(2/3)

「いえ、ごめんなさい……こんな事を言っては、いけないのかも知れないけれど――」
 そんなアシュレイに寄り添うのは妻であるエイルだ。
 尤も彼女は……己が娘をこの世に産み落とした際に亡くなってしまった――筈の存在。
 詰まる所、彼女の正体は天義を騒がす『月光人形』。魔種たるアシュレイとて、彼女が仮初である事は理解しているが、『魔種である彼だからこそ、妻に良く似た――妻そのものとも言える存在を否定する理由は一つも無い』。
「すまない。だが煩わしいこの感覚も……もうすぐ終わりだ」
 アシュレイはエイルの頬へ手を寄せる。
 そう、終わりだ。終わるのだ。
 男だろうが女だろうが子供だろうが老人だろうが実は間違っていなかろうが――『そう』だと決めれば断罪の道へと突き進むこの国は。人の血の通う――心を否定し、システムに成り下がった信仰をぶら下げるこんな国は。
 否、この手で終わらせねばならない、とアシュレイは強く堅く誓っている。
「変わるのだ。胡坐をかいた正義は」
 全てが激変する。後には何も残らない。何も残らなくても――やがて次は生まれるだろう。
 間違っていたとしても、今より悪かったとしても、悪かったならばまた『神』が正すだろうから。
「行こう、エイル。私達にはまだ守らなければならないモノがある」
「ええ、あなた。今度はきっと――あの子も分かってくれるから」
 真なる神の声を聴けと、聖都では動揺が広がっていると聞いていた。
 枢機卿は過ちの神の呪縛を振りほどきたまえと。今こそ声を張り上げろと甘く囁いているのだろう。
(そうだ。そうだ。皆目を覚ますのだ。この国は本当に正しいのか?
 振りかざした正義という美酒に酔いしれるは怠惰であると気付けないのか?
 今こそ戦え。守るために戦うのだ。
 友を守れ。子を守れ。
 親を、家族を、恋人を。親しき者を、戻ってきた者を、罪なき者を。そして――)

 自らの内に燃え上がりし、真なる正義を。
2019/6/17(3/3)

「あぁ――」
 独白めいたアシュレイは妻の手を取り月を見つめる。
 誰にも私達を『悪』と言わせてなるモノか。
 戦おう。戦おう。時は近い。邪魔をするなら妄信せし騎士団も、その団長も国王も。
「薙ぎ払うのみ」
 言葉は硬質に、強く。
 その言葉は無論――公然と掲げる『正義』への疑問と共に。
『今、自身の元へ舞い戻ったエイルを守り抜かねばならぬという我欲にさえ満ちていた』。
(天義よ。我が故郷よ。今こそ正しき形に生まれ戻りたまえ。なぜなら、そう。
 神が正義を望まれているのだから――)
 愛は果てない。
 それは神が造り給うた最も美しい感情に他ならないのだから。
2019/6/18(1/2)

リゴール・モルトン
 ゴロゴロと雷の音が遠くに聞こえた。
 天の怒りとも、地の慟哭とも取れる低く重苦しい轟音は世界を包む澱である。
 人々の不安を、運命の暗転を表すかのような鈍色の空は滂沱の涙を聖都へと降らせるばかり。
 曇天の零した雫が地面に無数に跳ね返る。
 その合間に絶え間なく聞こえてくるのは甲高い銃声とくぐもった破砕音だ。

「この国はどうなってしまうのか……」
 厳めしい顔をしたリゴール・モルトンは窓の外に見える聖都の町並みを見つめる。
 リゴールの瞳に映るのは白と灰色の風景だ。しかしそこに見慣れた整然たる表情は無い。
 彼の顔色を悪からしめる材料と等しく、街は平素のものならぬ鬱屈と騒乱に満ちていた。
 月光人形の出現から始まった天義の騒乱は、この期に及び聖職者勢力を二分するまでに至っていた。
 天義という国家の運営を酷く難しくする教会勢力は元々絶大な力を持っていたが、現在はそれをしても非常である事は否めない。国王にして法王たるシェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世の統制力は高いが、民心の乱れと王宮執政派の助力を受けたアストリア枢機卿の動きは厄介極まりないものになっていた。結果的に生じた派閥めいた状況は、対立軸のままに聖都の均衡を崩していた。そこに天義の歴史もその名を覗かせる――高位聖職者であるリゴール等、一部の人間は旧き文献にその影を見ている――魔種の存在が絡んでいるとあらばこれは最悪と言わざるを得まい。
「青天の霹靂か。まさか、こんな事になろうとは」
 些か融通は利かないが、フェネスト六世はカリスマと公明正大、度量を併せ持つ立派な天義王である。
 中枢に多少の問題を飼っていたとはいえ、清流の天義とて人の世の営みなれば。多少の濁も併せ呑むべきは必然。
 篤実たる聖騎士団長の存在もあり、その治世にこんな事件が起きようとはリゴールは思っていなかった。
「……青天の霹靂、か」
 目を閉じ、額を押さえたリゴールの瞼の裏に在りし日の妹と親友の姿が浮かんでは消えた。
 運命は残酷だ。誰しも、誰をも、何をも。国も命も愛も全て波のようにさらってしまう――
2019/6/18(2/2)

 詮無き思考をリゴールは苦笑で振り払った。
 どれ程に追い込まれようとも、世界に棲むのは悲劇だけでは有り得ない。
 開かれたパンドラの箱と同じように、底の底に希望は残されているものだ。
「ローレットのお陰で最悪の事態は回避された。ならば、この先も――」
 月光人形討伐に駆り出されたイレギュラーズの功績は大きかった。
 聖都が『大混乱で済んでいる』のも元はと言えば彼等の尽力が大きいと言えるのだ。

「頼らねばならぬのが、心苦しいが……」
 再会した旧友は――優しかった彼はすっかり逞しくなって自分の前に姿を表した。
 呼び声に惑うリゴールを引き戻し勇敢に戦ったイレギュラーズを、また頼りにしなければならない状況に杖を握りしめる。けれど、最早どうすることも出来ない事態にまで広がった混乱はリゴールや他の司祭だけでは収拾を着けることが出来ないだろう。
 動乱が長引けば、それだけ犠牲者も増えるということ。
 彼ならば、彼等ならば。都合の良い期待感と知れているが――すがる想いは止まらない。

 リゴールは、目を伏せてロザリオを握りしめる。
「どうか、この国を救って欲しい」
 独白めいた言葉は、かつて『断罪すべき』と信じた『汚れたもの』に捧ぐ祈り。
 ――不正義のカタチをした彼へ宛てた、心からのものだった。


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/19(1/4)

フルカウンター・ネメシス
「――状況は以上です」
 重苦しい調子で報告を行った兵士に聖騎士団長レオパルは「うむ」と頷き、彼を下がらせる。
 聖都フォン・ルーベルグを分断する騒乱は中央にとっても苦慮の種となっていた。少なくともこのレオパルが騎士として宮廷に出仕して以来、初めてと言ってもいい位の非常事態はこの国が今直面する苦難を如実に物語っている。
 誰が敵で誰が味方か――判別が難しいのはあのイレーヌ・アルエだけでは無い。
 それを確定する事が出来ないのは王宮も同じであり、故にレオパルはフェネスト六世の傍を離れる訳にはいかないのだ。
「状況はそう芳しくは無いようです。
 聖都の中には未だ不正義なる勢力が存在しており、状況はもぐら叩きの様相を呈している」
「――と、言ってもそれはあくまでもぐら叩きに過ぎないのであろう?」
 水を向けたレオパルに玉座の王――フェネスト六世が応じた。
「御慧眼です、陛下」と彼の言を肯定したレオパルは言葉を続ける。
「不逞の勢力が狙ったのは聖都内の分断。しかし、彼奴等めの戦力は目的を前に逆に分断されております。
 この状況では、とても狙い通りの作戦行動は果たせますまい。
 ……ローレットに駆逐依頼を出したのは正解でした。
 睨み合いに動けない正規戦力より、フットワークの軽い彼等ならではです。
 まったく、天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティア)も貧乏くじを引いたものですな」
 元来は彼等がゲリラめいた動きをする予定が、結果として自身が喰らう側になったと言える。
 特に酷いケースでは個による武力で相当痛い目をみたとも聞くからこれは相当のものとなろう。
「アストリアめも、これでは誰に手配を出して良いかも分かるまい。
 ……とは言え、これで終わりであろう筈もあるまいな」
 フェネスト六世の言葉にレオパルは「ええ」と頷いた。
 アストリアにせよ、エルベルトにせよ、魔種の影にせよ、問題は簡単に解ける程優しくは無い。
「結果露呈しつつあるとは言え、これだけならば元より大した騒ぎではない。
 これ程までに周到に根を張った輩が勝算の一つも無く動き出す等有り得ますまい。
 なれば、これは始まりに過ぎないと考えるべきでしょう。そして『これが始まりであるとするならば』」
「敵は不倶戴天の輩――即ち本命の魔種となる。間もなく決戦が訪れるのだ、レオパル」
「はっ」
2019/6/19(2/4)

「わしはこの国の王、そして法王としてネメシスの旧きを知る身である。
 公然と表には出ぬ歴史も、非常に取り得る手段をも持っておる。
 宮廷の聖職が、学者が総力を挙げて掘り返した古き文献は現代に伝承を残していたのだ。
 わしもこれが起きるまでは御伽噺と疑わなかった――古い、古い戦いの記録を」
 フェネスト六世の語るは『原種の魔種』とも『大いなる魔種』とも語られるという七つの大罪についての記録だった。
 その内の一、『強欲』を司る黒衣の女には数百年前、ネメシスとの交戦記録があったという。
「……探偵がそれを口にした時点で気付いていれば」
「文献の探索と解読に時間が掛かったのは否めないが、止むを得まい。
 しかして、『最後』には間に合ったのだから重畳とするべきよ」
「……はい」
「重要なのは、この情報が『七罪』に対しての或る意味の対策になるという点だ。
 記録を信じるならば『強欲』は生と死を司る能力を保持している。
 奴めの操る軍団は不滅にして不死。我が国が如何に精強だとて、無限の戦力を相手にしては勝ち手が残らぬは必定である。
 その上――召喚士の属性を持つ敵なれば、聖都内で展開されればこれはひとたまりもあるまい」
「通常ならば」とフェネスト六世。
2019/6/19(3/4)

「しかし、これが一つ目だ。地政学上の有利がある。
 その手段を取り得ぬ理由は――聖都は流石に聖都だったという事か。
 この都には建国と、そして戦いの折、遺失技術による保護が施されているようだ。
 故に『強欲』は聖都内で直接戦力を展開する手段は限られよう。
 彼奴めが『外』から来るのは止められまいが――少なくとも防衛の構えを取る事は可能となろう」
「一つ目……なれば、『先』がございますな」
「うむ。ネメシスが過去に奴を退けたというならば、そこには幾つかの理由があろう。
 それが古今無双の勇者の存在だったのか、大いなる神の加護であったのかを語る術は持たないが……
 少なくとも、神が聖都と我々に与え給うた好機、祝福は一つだけではない」
 即ち、二つ目。旧きアーティファクト――『エンピレオの薔薇』の名を持つ兵器がある。
 サン・サヴァラン大聖堂に存在する枢機卿勢力を駆逐出来れば、蕾は開き、奇跡への道も開けよう。
「しかし、起動も含め不明が多すぎます。取り扱う人間の問題も」
 応じたレオパルの脳裏に大聖堂を威力偵察するイレギュラーズの顔が過ぎった。
 そう、例えば、彼等さえ上手くやってくれたなら――
「薔薇を咲かせる手段は今、全力で探しておる。
 それに、使い手の方は――敵国の人間だが、この期に及べば身内よりも信用出来よう。
 既に幻想大司教に書をしたためておる。協力を受諾した彼女は密かにネメシスに入っている筈だ。
 尤も、彼女の出番を用意出来るかどうかは我々次第ともなろうがな」
「……切り札は他にも?」
2019/6/19(4/4)

「三つ目は『天の杖』。『薔薇』を戦術的な切り札とするならば、こちらは戦略級となる。
 否、これは人の身が兵器と呼ぶもおこがましい『神の奇蹟』に相違ない。
 ネメシス王家の至宝と呼ぶべきこれは、わしと宮廷聖職者が――命に換えても起動する心算だ」
「まさか、御身を……」
 眉を顰めたレオパルにフェネスト六世は「愚かな」と一喝する。
「ネメシスを守り、導くのが王家の宿命よ。覚悟こそすれ、分かり切った自死等、認めぬわ。
 そのような惰弱、誇り高きこの血も我が神も許されぬ」
「そして、四つ目。これが最後になる」と威厳の王は語る。
「まったく――誰も彼も罪の轍を踏んだものだ」
「――――」
 嘆息に似た王の言葉を、その先を聞いた時、思わずレオパルは息を呑んだ。
 一つ目は聖都。二つ目は大聖堂。三つ目はこの宮殿、問題はあれど所在と為すべきは知れている。
 だが、四つ目だけは今、まだこの場に無いパーツであった。
 否、正しく言えばそのパーツはこれまでネメシスに存在していたが、罪に塗れて消えたそれである。
 聖都は幾重にも手段を用意し、重ね、その時を迎え撃たんとしている――しかし、敵は。
 遥かな昔でも、今より圧倒的に奇跡が身近にあった時代でも倒し難かった真なる魔。
 奈落に張りつめたタイトロープを渡らんとするネメシスの行く末は神ならぬ他の誰にも分かるまい。
 だが、それでも。
「正義を」
 正義を、誇りを。
「神が為に」
 民の為に、家族の為に、愛の為に。
 祝福あれかし、ネメシスよ、静謐と秩序あれ――平穏であれ、調和であれ!
「他ならぬ誰が敗れたとしても、この国が屈する訳にはゆかぬのだ」
 敵が魔種なれば。何よりも深き不正義なれば。
「シェアキム・ロッド・フォン・フェネストの名の下に王命を発する。
 如何な邪悪が相手だとて、悉くを打ち破り、この世に正義があらんと知らしめよ!」
 その心よりの号令は、聖騎士が求める矜持、即ち戦う理由そのものであった――


※『期間限定クエスト』が発生しています。
※アストリア枢機卿の部隊に甚大な被害が発生し続けているようです。
※天義市民からローレットへの評判が、激闘を続けるイレギュラーズを中心として飛躍的に高まっているようです。
※聖都フォン・ルーベルグを中心に、様々な思惑と運命が交差しようとしています……
2019/6/20(1/4)

Dies Irae
 運命の綾は時に複雑怪奇を織り成す事もある。
 静謐なる夜に訪れる不測も『青天の霹靂』と呼ぶべきか。
 満月の夜にベアトリーチェ・ラ・レーテが邂逅したのは実に予想外の人物だった。
 第三幕を目前にした彼女の前に姿を現したのは、先の月光劇場の後に姿を消した『不正義の騎士』。
 余りにもねじくれ曲がった展開にベアトリーチェの口角は思わず持ち上がっていた。
「どうして、こんな場所に到れたのかしら」
 なれば、彼がこの地を踏んだのは幾多の偶然とそれ以上の必然が望んだからに違いない。
 そんな事は分かっている。
「どうして、他ならぬ私を望んだのかしら。天義を守る騎士が、天義に仇為す女を訪ねたりしたのかしら」
 ベアトリーチェ・ラ・レーテ。美しい黒衣の女は、その実、この世界を震撼せしめる最も強力な魔種である。『煉獄篇第五冠強欲』――原種の七の一角を数える彼女にとって、その問いは実に詮無いものだった。
「いけない子ですこと。シリウスの手引きかしら。
 何れにせよ、彼が手を引いた以上は――貴方が望んだからに違いないのでしょうけど」
「隠す事じゃないな。貴女の言う通りだ。
 俺は先の事件の後、天義を出奔し、シリウス――さんを求めた。
 俺の実力じゃ彼を探し当てる事なんて叶うまいが、彼が俺の望みを叶えてくれる公算はあったんでね。
 実際の所、俺が用があったのはシリウスさんや父上にじゃない。貴女の方だ、七罪」
 圧倒的な魔性を目の前にしても騎士――リンツァトルテ・コンフィズリーの口調はしっかりとしていた。
 傍目にすれば武装をした騎士と丸腰の女の組み合わせだが、事実は改めて言うまでも無い。
 ともすれば発狂しそうになるような強いプレッシャーは女から常時放たれている『呼び声ですらない通常営業』に過ぎず、リンツァトルテはと言えば単なる談笑めいた時間にすら魂を削られる心持であった。
「私に用があると――成る程、どんな用件だか伺っても?」
 ベアトリーチェはそんなリンツァトルテに敢えて尋ねる。
 考えて友好的な相手な筈も無いが、それはある種、猫が鼠を甚振るかのような嗜虐性を帯びていた。
 自身が彼如きに害される事等有り得ない――その確信に満ちている。
『兄(ルスト)』ではないが傲慢な結論の上に彼女は言葉を遊ばせているのだ。
「気が向いたら、聞き届けて差し上げなくもなくってよ」
「それは有り難い」
2019/6/20(2/4)

 苦笑したリンツァトルテの首筋を一筋の汗が流れ落ちた。
 蒸し暑い夜だが、感触は冷たく――故に気温が理由でない事は明らかだ。
「貴女は、これから天義を壊すのだろう?」
「ええ、その予定です」
「魂の器を破壊し、全ての抑圧を解き放つ」
「ええ、私は『強欲』なれば」
「――俺も、それに一口乗りたい」
 リンツァトルテの言葉にベアトリーチェは少しだけ驚いた顔をした。
「人間の貴方が、騎士の貴方が。魔種なる女の企てに加担すると?」
「生憎と俺一人じゃ何も出来ない、唯の一兵卒に過ぎないのでね。
 相応の満足は単なる参戦じゃ満たされない――貴女は俺がどういう人間だか知っているのだろう?
 俺は――イェルハルド・フェレス・コンフィズリーの息子だ。あの国に疎まれ、嫌われ、虐げられた、ね。
 復讐を望むのはおかしな話か? 無実の父親を、名誉を剥奪され、侮蔑と嘲笑の中生きてきた俺が。
 それを望むのはおかしいと――貴女は思うか」
「……………」
「怒りの日に鳴る――この復讐は全て遠き鎮魂歌なのさ。
 諸悪の根源がエルベルト・アブレウという一人の男だったとしても、システムの問題だ。
 エルベルトを排除した所で、ネメシスがネメシスである以上――一つだって変わらない。
 歪にねじくれた神の国なんて、無くなってしまえばいい」
 ベアトリーチェの柳眉が動く。切れ長の目はそう言い切った『元』騎士をねめつける。
「貴方は人間の侭、人間の国に反旗を翻そうと仰るのね。
 その実がどうあれ、敵の敵は味方――件の執務官さんは私を味方と思っているふしさえあるのに」
「アブレウはアブレウで片付けるさ。それは全くの別問題だから。
 ああ、俺は反転する心算は無いんだ。『お節介な友人』に止められて時期を逃したのもあるしね、何より。
 俺は俺の怒りをそれ以外の何かに邪魔されたくはない。
 これは俺の『強欲』であって、それ以外のものじゃない。
 ……なあ、七罪。『到底叶わぬような望みを他ならぬ貴女に持ちかける強欲』を。
 他ならぬ貴女は――貴女が、真っ向から否定出来るのか?」
2019/6/20(3/4)

 真っ直ぐに自身を見据えて言ったリンツァトルテとベアトリーチェの視線が絡む。
 数秒の時間はその何倍にも感じられ、緊張感は否が応無く高まった。
 だが、大笑。そう長い時間を置かぬ内にベアトリーチェは高く笑い声を上げ始めていた。
「ひょっとしたら、これもシリウスの入れ知恵かしら。奇妙な程に『私という女』を言い当てて。
 ええ、そうですわ。私は『欲望』が大好き。どんなものも、どれだけ無理なものであろうとも。
 隠せない感情が、生の欲望が、焦がれる復讐心が、その『強欲』が――大好きですのよ。
 ええ、ええ。貴方がそれを望むならば、私はどうしても否定出来ません。
 貴方が国を呑み、壊そうと云うならば――これ程愉快な話は他にないではありませんか!」
 繰り返すが、兄の如き傲慢は絶大なる魔種故の『当然』である。リンツァトルテ如き、彼女にすれば唯の羽虫。しかしその羽虫は彼女の愉悦を満たすだけの『キャスト』であった。
 劇作を気取り、姦しい月光劇場を演出してきた葬送の女にとってこれは確かに福音だった。
2019/6/20(4/4)

「ふふ」
 赤い唇を三日月の形に歪めたベアトリーチェは今一度リンツァトルテを眺め回した。
 先の仕掛けでは父親(イェルハルド)やお節介(シリウス)と出会わせた仕掛けの縁もあるが……
 彼自身は大した力も持たない貧相なる騎士。唯の人間、若造、未熟者――やはり自分の脅威には成り得ない。成る筈が無い。
(ならば、こんなお遊びも良いでしょう)
 魔種ならぬ者は自分達の力を思い違えている事だろう。
 いや、より正しく言うならば『煉獄篇冠位』を『魔種如き』の延長程度に考えているに違いない。
 余りにも愚か、余りにもそれは退屈だ。
 もし仮に彼女が慕うイノリがこの話を聞いたなら「悪い癖だ」と眉を顰めただろう。
 彼女の劇を高見の見物するルストならば「下郎が私に望むな」とこの願いを切り捨てたに違いない。
 だが、彼女はベアトリーチェ。『強欲』のベアトリーチェ・ラ・レーテ。
 愉快な事は見過ごせない。愛も憎しみも、生も死も。
 演出も物語(ドラマ)も十分に、全てを手の内に得ずにはいられない。
「ならば、貴方は貴方の為したいように為せばいい。ええ、私は少なくともそれを止めますまい。
 最高の席で待ち、最高の舞台に登り、やがて本懐を遂げなさい。遂げさせて差し上げましょう。
 その先に何を得るかは――その後考えれば宜しい事!」
『目につく一つとて諦めきれない女』の結論は余りに単純だ。歓喜と愉悦のままに声を昂ぶらせた。
 麗しき貴婦人は月の狂気を一身に浴びて。
 今夜、美しく、気高く、そして何処までも下品にその肢体を遊ばせている。
2019/6/21

冥刻のエクリプス
 夜よりも昏く。
 闇よりも深く。
 月明かりよりも冷たく、太陽よりも情熱的に。
 さあ、さあ。何方様もお気軽に。
 きっと朝まで踊りましょう。
 私は生、私は死。私は渇望、私は愛。
 くるり、くるりと、果てるまで、腐るまで。
 呑んで喰らって遊びましょう。

 嗚呼、月光劇場を、その最終幕を。
 始めましょう、始めましょう。

 ――始めましょう、私の幽冥を。私の蝕みを。
 暗黒の海の中、ベアトリーチェ・ラ・レーテの望んだこの冥刻のエクリプスを!


※魔種ベアトリーチェ・ラ・レーテによる聖都侵攻が開始されました。
 決戦です! 至急ローレットへ急行して下さい!
 また本決戦に関して重要な投票が実施されています。確認をお願いします!

※期間限定クエスト『Silence And Distance』が終了しました。
※期間限定クエスト『Silence And Distance』にて獲得した称号『要注意人物』は、指名手配のマークが外れたため消滅しました。
※期間限定クエスト『Silence And Distance』の参加者に新たな称号とアイテムが付与されました。
2019/6/25(1/2)

レテの河のほとり
 かくて運命の歯車は軋みを上げて動き出す――

 リンツァトルテ・コンフィズリーは知らない。
 シリウス・アークライトは知らない。
 ベアトリーチェ・ラ・レーテは知る由も無い。
 ダークネス クイーン(p3p002874)が「溜めておくだけのパンドラになぞ何の価値も無い!」と言い切った事を。
「生きたいと思う願いは皆同じ。今こそ奇跡を、その一端を! 我々に、希望を!」
 生命に讃歌を送るが如く、コロナ(p3p0006487)が死の大海に抗わんとした事を。
「皆で集めたパンドラだから……」
 グレイル・テンペスタ(p3p001964)がそんな可能性(パンドラ)だからこそ賭けたいと考えた事を。
 焔宮 鳴(p3p000246)が『あえて焔宮家の鳴として??―「世界を救う奇跡を、民の為使わずして何が奇跡でありましょう」と願った事を。
「アタシゃ信じたいモンを信じるってーのがポリシーでね?
 今の天義の状況を見てると神も仏もありゃしないってな感じだが……」
「でも仲間は信じられる」とヨランダ・ゴールドバーグ(p3p004918)は嘯いた。
 藤堂 夕(p3p006645)は母の教えを口にした「物事はシンプルに――どちらが良いかで考えましょう」。
 イレギュラーズがパンドラを求めるのは『終焉の回避』の為。
 大目的に費やすべきパンドラを消耗する事自体が、その実、反対者の言う通りの『極大リスク』である。
「でも、負けたりしたらきっと溜める所じゃ済まなくなるのです」
 しかし、今この瞬間――ミミ・エンクィスト(p3p000656)の言う通り、大意は『勝利』の為に。
「束ねた力を敵に叩きつける為の速度が僕にはあります。任せて下さい」
 アルプス・ローダー(p3p000034)の自信は今日も変わらない。
 ラァト フランセーズ デュテ(p3p002308)は「紅茶を飲み干してしまったとしても、また新たに継ぎ足せば良い。でも、なくなったものは……ティーカップから溢してしまった紅茶は、もう取り戻せないから」と語り、クーア・ミューゼル(p3p003529)は「『燃えさし』すら消えてしまえば、焔はもう生まれようがなくなるでしょう?」と冗句めいた。
 この方法を取った以上、退路は無い。
 積み上げたチップは膨大で、勝ち残らねば只では済むまい。
2019/6/25(2/2)

 だが、イレギュラーズには不思議と恐怖は無かったかも知れなかった。
「死を弄ぶ……俺はああいう女が大っ嫌いでな」
「漠然と集めてきたパンドラが何を為すか、私達が何を為せるか、よ」
「奇跡なんか望むものじゃないわ。パンドラなんて、ほんの僅かな後押しでしかない。
 必要なのは、運命を変える……いいえ、捻じ伏せる可能性の力、でしょ。
 あたし達の『0%(絶対敗北)』を確信して踏ん反り返ってる奴に、叩き付けてやるのよ。
『これで1%(可能性)、あたし達がイレギュラーズ(想定外)だ』ってね!」
「うんうん。
 いつか飲もう、なーんて大事にとっておいたお酒だって、飲めずに死んじゃったら終わりでしょ?
 美味しくお酒が飲めるうちに、飲まなきゃいけないのよぉ。
 だからぁ、美味しくお酒が飲めるうちにぱーっと使ってしまうの。
 だって私――この国の、いいえ、故郷のこと。見捨てられないもの」
 レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)、白薊 小夜(p3p006668)と鼻を鳴らしたミラーカ・マギノ(p3p005124)、少しだけ罰が悪そうに言ったアーリア・スピリッツ(p3p004400)にイーリン・ジョーンズ(p3p000854)は言うだろう。
 知性の瞳に自信を載せて、朗々たる語り口で勝利を誓うだろう。
「――やりましょう、神が『それ』を望まれる!」
 そう。これは、何処までも――勝つしかない戦いだ。
「『神は賽を振らない』。
 神は結果のみぞ知る。結果をもたらすのは選択。
 選択を行うのは今を生きる人。選択は『可能性』の分岐点。
 あらゆる『可能性』を内包するのがパンドラであれば。
 闇夜に小さな光を灯すこともできますの――さぁ、神に代わってこの賽を振りましょう」
 София・Ф・Юрьева(p3p006503)が謳えば。
 怠惰なる神に叱咤を、意地悪な運命に叛逆を。
 パンドラの箱の底に張り付いた希望、災厄を払う者達の攻勢の時間が始まろうとしていた――


※投票『冥刻を超える』の結果は『パンドラを使用する』が251票、『パンドラを使用しない』が28票、無効票が2でした。
 結果、パンドラが使用され<冥刻のエクリプス>及びシナリオ『ベアトリーチェ・ラ・レーテ』の情報が大幅に更新されました!
2019/7/2(1/2)

紅の花
 聖都が平素の姿を失っている事は明らかだった。
 見た事も無い位に世界はざわめき、この戦争に無事に世界を保つ心算が何処までも明らかだった。
(……本当に、酷い有様)
 ルビア・アークライトの元を『使者』が訪ねたのは暫く前の出来事だった。
 使者はかつて夫と共に姿を消した男は、彼の副官を務めた一人の騎士だった。

 ――間もなく聖都には危険が迫りましょう。私は御身を任された者です。万に一つの危険も及ばぬよう。

 来訪は余りにも突然で、言葉は突拍子も無かった。
 だが、随分と暫く振りに彼の顔を見た時、彼の声を聞いた時、彼の言葉を理解した時。
『或いは、ルビアは概ねの真実を理解してしまっていたのかも知れなかった』。

 ――貴方はどうしてここに。

 ――一体、誰に頼まれたのでしょうか。

 ――あの人は、シリウスはこの近くに?

『彼』が聖都を――自身の元を訪れないのだとしたらば、そこには確かな理由があるだろう。
 数える程しか思いつかない理由を、可能性の悉くをルビアが否定出来なかったのは、彼女が強く聡い女性だからである。
 問いに苦渋の表情を浮かべ、言葉を悩む副官にルビアは苦笑いを禁じ得なかった。
 彼はシリウスの生存を否定せず、同時に自身に語る術を持っていなかった。
 どんなに信じたくない事実であったとしても、除外された可能性の末に残るのが真実ならば、それは――
2019/7/2(2/2)

 ――シリウスは、この聖都を脅かそうというのですね――

 それも、自身の前に姿を現す事が出来ないような事情を帯びて。
 答えぬ副官はルビアに再度避難を薦める。しかし彼女はこれに頷かなかった。
 せめてと護衛についた副官は外で何人かの兵を従えアークライト邸を守っている。
 故にこの場所はフォン・ルーベルグの中でもかなり安全な方だというのに。
「本当に、酷い有様」
 怒号が、悲鳴が、混乱の喧騒が耳の奥から離れない。
 聖都は動乱に揺れ、聖騎士団が敗れれば――全ては終わってしまうのだろうと。
 確信めいた予感がある。
(でも……)

 でも、それでも。

 ルビアはこの場所を離れまい。
 かつて夫の愛したこの国と戦場へ赴いた息子を信じて。
 それは信頼であり、感傷であり、最後に少しの意趣返しでもあった。
「私に逢いに来てくれるのでしょう?」。自分さえ信じられぬ嘘に塗れて。
 再会叶わなかった愛しい人へ向ける、拗ねた彼女の――精一杯の。

 ――シリウス。嗚呼、シリウス。私は怒っているのです。
   たとえどんな事情があったとて、どんな姿であったとて、私の願いはずっと一つだったのに。
   貴方が戻ってきてくれるなら、どんなに危険だって――他に何も要らなかったのに。

 紅の花はその花弁に僅かな露を遊ばせた。
 滲んだ世界に揺蕩ったその呼び声は――きっともう永遠に届かない。

<リゲル・アークライト (p3p000442)の関係者ルビア・アークライト>

※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!
2019/7/4(1/2)

Lasting child
 ――かつて愚かな老修道女が居た。

 朝日が昇るずっとずっと前に、彼女は目を覚ます。
 祈りと共に過ごし、朝日が昇った後に皆の朝食を作る。祈り、それから食す。片付ける。
 すぐ昼前には使うというのに、いちいち乾かしてから棚へ戻す仕草を他の修道女達は笑いものにしていたが、老婆は気にも留めていなかった。
 時折片付けたはずの食器が洗い場で濡れている事もあったが、それも丁寧に洗い直した。
 みんな決まってくすくすと笑ったが、彼女は微笑んだ。

 来る日も来る日も。ただ食事を作り、修道院の掃除を続けて聖典を読み祈る。
 農作業、修繕、機織り。自身は一滴とて飲むこともない葡萄酒造り。
 愚直で善良なだけが取り柄の老婆だった。

 幾星霜と繰り返す日常。
 巡る季節の中、しかし運命の歯車が動き出す。

 院長の部屋を掃除している時の事だった。
 書類になにやら計算違いがあるではないか。
 彼女は純然たる善意から、それを丁寧に指摘してやった。
 審問官が現れたのは、次の日のことだ。
 嫌疑は『修道院の帳簿を書き換え、修道院長と司教を陥れようとした罪』だ。
 愚かな彼女は、そこで初めて気がついた。
 己が見つけたものは、裏帳簿だったと。
 彼女は愚直に弁明したが、それが更に事態を悪化させた。

 そうして遂に。
 嘆きの谷、その断崖絶壁を背にして、彼女は審問官の足下へとすがるに至る。
「妾は……どこで間違えたのであろ」
 老婆の問いに審問官は慈悲をかけた。
 彼女の弁明が正しいのであれば、これは殉教となる。
 そうでなければ贖罪となる。
 少なくとも確かにそれを『慈悲』だと言った。

 老婆は――本当は知っていたのだ。
 この国が、その正義が、白一色ではないことを。

 衝撃と共に、身体が宙へ浮く。

 力があれば良かったのか。
 金があれば良かったのか。
 権力か。
 それとも。

 やりなおしたい。

 ――やりなおしたい。

 ――――やりなおしたい!

 ただそれだけを願い、老婆は谷底へと消えてゆく。
 そこで聞いた『あの声』は果たして救いだったのか――

 ――――

 ――
2019/7/4(2/2)

 こくりと船をこぎ、アストリア枢機卿は目を覚ました。
 ずいぶん古い夢を見ていた気がする。
 俊英の孤児たる彼女は、ふらりと現れた時から聖典を諳んじる事が出来た。
 神童。星の乙女。
 修道院から神学の道を目指した彼女は、長い年月を上り詰め此所に居る。

 振動と爆音。続く鬨の声。
 遙か前方だ。敵が――人間風情が、あの忌々しいイレギュラーズの小僧共が突入を開始したのだろう。

「おい……ロガリ」
 返事はない。彼女は振り返り舌打ちした。
 居るはずもない。
 ロガリは神器の護りを命じられている。そうさせたのはアストリア自身だ。
 あれは今後の為にも必要な物である。疎かには出来ない。
「くそめが」
 ぶつける先のない苛立ちに身を任せて、彼女は歩き出す。
 右の後ろに続くのは十名の騎士。全て動く死体。
 左の後ろに続くのも十名の騎士。真新しい深紅の鎧――月光人形。
「どうじゃ、木偶共」
 返事はない。
「同じ騎士から死体で十騎、模造で十騎」
 死体は虚ろに。深紅の騎士達は射貫くような憎悪の視線を枢機卿に投げかける。
 それでも月光人形に反逆は許されていない。
「二倍の収穫じゃ。実にプラクティカルだと思わんか?」
 あざ笑う。
「だのに顔を焼くなぞ、木偶風情がつまらん真似をしおって」
 颯爽と目指すのは門。向かうは最前線。

「……アブレウめ」
 ぐずぐずした、だらしのない奴だ。
 援軍に駆けつけるつもりが、このままでは勝利の凱旋となってしまうに違いない。
 戦などと言う物は――己が敵を皆殺しにすれば終わるのだ。
 奴めと呑み交わしたい葡萄酒もあった。
 これから国を分かち合う末永き友に、その程度の楽はくれてやってもよかろう。

 さて、ならば。
 事は単純。まずどの命から奪おうか!

 ※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!
2019/7/7(1/2)

黒の断章
『嗚呼、胸を掻き毟りたくなる位に。猛烈な苛立ちを禁じ得ない』。

 聖都の動乱に黒神父――パスクァーレ・アレアドルフィという――は酷く憤慨していた。
 此の世を呪い、総ゆる悪を憎む彼が紆余曲折を経てネメシスに流れたのは暫く前の出来事だ。
 以前、即ち只敬虔なる神の徒だった頃ならばいざ知らず、罪を呑み干し、罰の螺旋を欲する今の彼は、至上の潔白と正義を謳い、神の愛を追い求めるこの場所が『言葉程に綺麗でない事は分かっていた』のだが。
 それはそれとしても、これ程の邪悪に厄災を受ける理由が何処にあろうか?
 ネメシスには相応の正義はあった筈だった。
 歪で理不尽極まる――パスクァーレにとって蛇蝎を眺めるに等しき所業に塗れていたとしても。
 その全てが間違っていた筈は有り得ない。
 この場所には娘を想う父の愛も、国を憂う王の気持ちもあった筈なのだから。
「――魔種、か。いや、それに阿る人間が悪いのか」
 何処をも向かない呟きと共に斬撃の一閃が繰り出された。
 血の線を引いて斃れたのは魔物の類か、不逞の兵隊か、それとも魔種そのものなのか。
 パスクァーレはいちいちそれに頓着していない。
 唯、身を潜める必要も無く純粋な暴力を掲げる事が出来る『戦場』は彼にとって都合の良い場所だった。
 混乱を極める聖都を抜身の十字剣と共に駆け抜ける彼は――水を得た魚の如く悪を、理不尽を断罪する。
 彼は聖都の人々を憎んでいない。
 この街に普通の暮らしを営む無辜の誰かを害そうとは思わない。
 但し、その正義は大凡何にも属さない。
2019/7/7(2/2)

『全ての行為は誰が為ではなく、全て己が為に遂行された。
 誰に阿る事も無く、それが正しいかどうかも知れず。
 彼は彼一流の基準のみに従いあってはならないものを粛清するのだ』。

 枢機卿の紋章を抱く兵の一人を縦二つに斬り捨てた。
 聖を冠する生き物共を冒涜的なまでに細切れにする。
「やれやれ。キリが無い。どうも――場所を間違えたようだ」
 苦笑交じりに呟いたパスクァーレは彼方より聖都を目指す妖しき気配に遅ればせながらに気付いていた。
(聖騎士団――正規軍の出撃を避けたのが裏目に出たか。
 連中が抜けた後ならば、より自由に動けるかとも思ったが――
 どうもアレ等は大本の怪物を仕留めに行ったらしい)
 暗黒の海が触手を伸ばせば、フォン・ルーベルグはかつてない危機に見舞われよう。
 空高く頭上で瞬く『天の杖』はさせじと抗うネメシスの残光のようなものだ。
 正解かどうかは問題では無く、パスクァーレは本能的に理解している。
(恐らくは――この国は滅びるのだろう。『御伽噺』は成る程、現代の人間にどうこう出来るものではない)
 しかし、しかし――彼は同時に一つの例外も承知している。

 もし、たった一つ違う結末を求められるのだとすれば、それは――

「イレギュラーズ」
 十字剣は実に複雑なる神父の心を跳ね返す。
 唯、憧憬にも嫉妬にも似たその呼び名はその切れ味を増す事はあっても、鈍らせる事は無い。
 彼等は自身にあらず、混沌に生きる大多数とも異なる。
 可能性を生み出し、紡ぎ、決められた未来(さき)を――運命を穿つ者なのだろう。
「ふふ、何ともはや。期待するような、その逆でもあるような」
 微かな笑みを浮かべたパスクァーレは穏やかなその面立ちにまるでそぐわず、又一人を斬り殺した。
 粛清には何の感情も篭らず、邪悪は磨り潰されるばかり――これは、そんな黒の断章。


 ※ネメシスの運命を左右する決戦が行われています……!
2019/7/11

拡散する暗黒、そして『冠位傲慢』
 ベアトリーチェ・ラ・レーテが人の像を喪った時。
 彼女より噴き出した闇は一帯に拡散し、空を覆った。
 黒霧が自身とは真逆の属性を帯びている事をイレギュラーズ達は本能的に察していた。
 即ちそれは<滅びのアーク>を媒介する意志を持った呪いである。
 彼女は『強欲』だから。
 滅びても、世界を諦めない。愛を諦めない。
『胡乱と思考さえ持たない悪意』が人智の外より世界を蝕む。
「……っ……!」
 息を呑んだのは誰だっただろうか。
 戦場の誰もが疲労困憊で余力を持ち得ない。
 形を失った悪意がこれより何を始めても、阻止する術は無い――



 ……だが、そんな『彼女』を冷然と見つめる者が居た。
「……………」
 闇の空より眼窩の全て、眼窩の愚かを見下して。
「……塵芥に敗れるに飽き足らず、アークをばら撒く等とは。いよいよもって『冠位』の面汚しめ」
 吐き捨てた男――ルスト・シファーこそ『真の傲慢』。
 彼は同属の――認めてはいないのだが――敗退にこの上なく憤慨していた。
<滅びのアーク>を無駄に垂れ流す事は許されない。
 さりとて、天よりも高い彼のプライドは『不肖の妹』の『食いさし』風情を相手にする事も許さない。
 ルスト・シファーは神経質に怒り、苛立ち、魔性を纏い、解放する。
「せめてこれは感謝するがいい、ベアトリーチェ。イノリはこれを望むだろうさ」
 静かな嘲笑と裏腹に世界は軋み、鳴動し、『誰もそうと知らないままに捻じれて歪む』。
 大いなる力を以って、世界に拡散した闇を――唯の一撃で消し飛ばした。



 拡散した闇が突然消滅したのはイレギュラーズにとって不可思議極まる出来事であった。
 絶体絶命に次ぐ絶体絶命、されど残されたのは静寂のみ。
「終わったのか……?」
 思わず問うてしまう程に懐疑的な一言。
 答える者は誰も無いが――それ以上の異変は何処にも、何も起こらない。
 故にこれは終わりだった。
 決戦の最中、エルベルト・アブレウの勢力が姿を消した時点で。
 今日は――フォン・ルーベルグを襲った史上最大の厄災は、きっともう『おしまい』だった。


<冥刻のエクリプス>ベアトリーチェ・ラ・レーテにて『冠位強欲』が撃破されました!
 フォン・ルーベルグ決戦はイレギュラーズの勝利です!
有り触れた『例外』
 聖教国ネメシスを揺るがした大事件は人類側の勝利を以って終焉した。
 ネメシスに伝わる『暗黒の御伽噺』の主役を討ち果たした事実は鮮烈過ぎる。
 まさに傷みに傷んだ国を沸かせる最高のニュースだった。
 とはいえ、『冠位強欲』がこの国に残した爪痕は小さなものではない。
 まさに戦いに、対応に、怒涛の如き忙殺に追われ、精も根も尽き果てた騎士、神官、役人達――特に公僕は疲弊の色を隠せず、泥のように眠る一夜を過ごしていた。
 しかし、どれ程に消耗していようとも『例外』は存在する。
「――以上が、これまでに私が掴んだ本件の重要情報です」
 つい数時間前には『天の杖』を浮かべた王宮、その玉座の間で国王フェネスト六世は聖騎士団長レオパルより事の顛末の報告を受けていた。
 蛇のような情念が絡み合ったこの事件は一筋縄でいかない複雑を秘めていたのは誰もが知る所である。
 魔種が徹底的に荒らした民心は、纏わる事情は清廉潔白を旨とするネメシスが認め難いものを多く含む。
「アシュレイ・ヴァークライトの魔種としての活動、その妻エイル・ヴァークライトの月光人形としての動きを確認しています。又、魔種ジルド・C・ロストレインの『呼び声』により、その娘、ジャンヌ・C・ロストレイン――『アマリリス』という呼び名の方が通りが良いかも知れませんが――が反転し、先の決戦で敵勢に回った事も。
 加えてシリウス・アークライト――彼の生存と死、同じく反転もです。
 御子息――リゲルの話では彼は自身を庇って果てたとの事。
 これまでの話は全てルビア殿には伏せておりますが、『コンフィズリーの不正義』と併せて、逃亡したエルベルト・アブレウ一派が一連の引き金となったのは明白。
 ……頭が痛いばかりですな、正直を言えば」
 故に。事件が解決したとしてもこれは終わりではなく――ローレットに関わる数人も、何かの咎を受けねばならない、或いは咎を避ける為にこのネメシスを逃れねばならないというのは大方の予想と言えるだろう。
「『如何なさいますか』陛下」
 レオパルにしては酷く珍しく――少し奥歯にモノが挟まったような物言いだった。
 レオパルが確認したフェネスト六世の顔には何時も通りの静かなる天義法王の威厳が浮かんでいる。
「レオパル――反転は『悪』であろう」
「はい」
2019/7/12(2/2)

「この混沌に生まれ落ち、悪逆の声に従い。世界を侵す事は紛れも無い罪である。
 アシュレイ・ヴァークライトも、ジルド・C・ロストレインも、シリウス・アークライトも。
 許されざる罪人なのは間違いない。そこに例外等認めれば、人の世の秩序は成り立たぬ。
 それを常に否定してきたからこそ、聖教国は聖教国であり続けた。間違いは無いな?」
「……はい」
 レオパルはフェネスト六世の言葉に頷く他は無い。
 彼は間違いなく正義の人である。私心を殺し、正義と神の為に国家を運営してきた理想的な法王である。
 さりとて、彼の治世は常に厳格だった。私情を、例外を認めず――何時も清廉潔白を求めていた。
 人は弱いものだから。人は情を、愛を知るものだから。
『例外』を認めれば、小さな蟻の一穴さえ巨大なダムは決壊しよう。
 故に彼はこれまで全ての『例外』を殺してきたのだ。その意味を知らないレオパルでは無い。
「……では、やはり。彼等には『咎』を」
「聖教国が聖教国である為には、致し方ない事だ」
 フェネスト六世の言葉は重く、断罪の刃は今日も厳しく振り下ろされた。
 されど、今日に限っては――言葉はそれで終わらなかった。
「だがそれは――『聖教国がこれまでと同じく。あくまで聖教国で在り続けねばならぬなら』だ」
「……陛下?」
「コンフィズリーの名誉を回復せよ。ロストレインの不正義をその後継に灌げと命じよ。
 それはヴァークライトの娘にしても、アークライトの息子にしても同じ事だ。
 聖教国には正義がある。その正義はこの瞬間も些かも曇る事は無い。しかし――」
 疲労に塗れた法王は玉座に深く寄りかかり、言った。
「レオパルよ、疲れた民を勇気付けるのだ。
 このネメシスを再建――いや、新しく築き上げるのだ。
 これはわしの治世を否定する愚かか。
 フェネスト六世の名を汚す乱心か。それでも。わしも、今だけは――」

 ――この先を、新たな未来を見てみたい。

 王は笑っていた。酷く珍しく酷く不器用な笑みだった。
2019/7/23(1/2)

26 Years Ago...
 頬を撫でる初夏の風。
 青いキャンバスにもくもくと入道雲。
 空中神殿の一幕を見下ろしていたのは、晴れ過ぎる程に澄み渡った空だけだった筈だ。
「オマエは何時もそうだよなー」
 弾む足取りで朽ちかけた石畳の上を歩く。
「そう、とは何でごぜーますか」
「面白くもなさそうでさ。でも、暇でもなさそうでさ。
 暇だろ、こんな所。面白い事もねーし、俺しかいねーし」
 俺の言葉に小首を傾げた女は「……考えた事も無かったでごぜーますよ」何て言う。
 混沌世界にまことしやかに語られる『御伽噺』が唯の冗談でない事は知っていた。
 地上(した)には稀人――異世界から呼びつけられたという『特異運命座標(イレギュラーズ)』が確かに居たからだ。練達なんて国がある以上そこは疑う余地も無い。この世界には御伽噺が実在し、空には神託の少女(みずさきあんないにん)が居る――それは誰もの、俺を含めた共通認識だった。
 ……でも。
「どんな聖女様が出て来るかと思ったらよ。変な女、オマエみたいなのが一人で居るんだもん」
 物語に聞いた『それ』がイメージと同じだったとはとても言えない。
 女は酷く無表情で、酷く無感動で、無味乾燥としていて、それから――とても綺麗だった。
「私は変でごぜーます?」
「ああ、変だね。断然変だ! だって、こんな所に一人で居るなんておかしいだろ!
 笑わねーし。意地悪しても泣かねーし。オマエって本当に変な女!」
 吹き付けた風になびく髪を抑え、女は俺の言葉を静かに受け止めていた。
「……変って言えば」
 意趣返しですらないのだろう。女は何も変わらない表情で俺を指差した。
「――こそ、変でごぜーますよ。こんなの、初めてで――
 第一、――こそ暇でごぜーます。『つまらない所』にしょっちゅう来るでごぜーますからね」
2019/7/23(2/2)

 ……そんな切返しに酷く焦った事を覚えている。
 酷く胡乱に、朧気に。朽ちてノイズ掛かった映写機のように、そんなシーンを覚えている。
「俺は特別だからな。そういう事もあるんだよ!」
「……何だかそっちばっかりずるい気がするでごぜーます」
 特異運命座標はこの世界に必要とされ、愛された存在だ。やがて滅びに向かうという混沌の結末を唯一変え得る――空中神殿はそんな選ばれし者に行く末を与える特別な場所だ。
 唯一つの手違い、即ち女の言ったこの俺を除いては。
 ……そう、俺は特異運命座標足り得ない。
 俺は特別じゃない。俺は親を亡くした唯のクソガキでしかなかった。
「俺は頼んでねーし。オマエ達の手違い(バグ)だろ、つまり俺は悪くない」
 この時の俺はそれを何とも思わなかったけれど――俺は確かにバグだった。バグだからこの場所に到れても、バグだから――何十年経ったって絶対に俺に運命(パンドラ)は微笑まないのだ。
 どれだけ願っても間違い(バグ)。どれだけ呪っても――それは手違い(バグ)。
「だから、オマエは大人しくいじめられてろ!」
「……………」
「不満そうじゃん」
「……何だかすっごく理不尽でごぜーますよ?」
「へへへ、そうやって別の顔もしろよな、少しはさ!」
 能面のように動かない少女の美貌が、少女の眉が僅かに顰められたのが何より嬉しかった。
 そんなささやかが見たくて。良く見なければ見落としてしまいそうな変化が見たくて――
 ――我ながら馬鹿だ。繰り返した詮無いやり取りは一回二回の話じゃなかった筈だ。
「――は、本当に変な『子』でごぜーますね」
 俺は「オマエほどじゃねーよ」と憎まれ口を叩いて、陽だまりの中で伸びをした。
 遠い夏の日、俺は確かにあの女に出会った。
 何者でもなかった俺は――そんな些細な出来事で余りに鮮やかな特別を知った。
「そろそろ散歩も飽きてきたからな。今日はどうするか。
 なあ、どうしたい――今日は何しよっか、ざんげ!」


 ……今日は? 馬鹿言え。何も出来ないまま――二十六年も経っちまったよ。
 あの日、手を伸ばせば届きそうだった空と同じように、世界は確かに何処までも広がっていた筈だ。
 なのに、あの時オマエが何て答えたかも――俺は、もう明瞭に思い出す事も出来ないんだ。
2019/7/24(1/2)

24 Years Ago...
 空中神殿を訪れる人間は多くは無かった。
 何日か、何週間か、何か月か――時に何年かに一度である事も。ふらりとやって来る『稀人』を出迎え、混沌召喚と特異運命座標の意味、混沌肯定――世界のルールを伝える事が私の仕事である。
『生まれた時からそうだし、この先も恐らくは変わらない』。
 特異運命座標に選ばれた何人かの『物好き』はしきりに私に話しかけたりしたけれど、私は面白い事を言えるタイプでは無いから、そんな彼等もすぐ顔を見せなくなった。
(……この間、口を開いたのは何時だっただろう?)
 ふとした時に過ぎる疑問にすら答えは易々とは返らず。
 引き延ばされた時間こそ日常であり、それは当たり前であって別段忌避するようなものですらない。
 私の世界は、狭い世界は。一人には広過ぎる空中庭園は昨日も今日も変わらない。
 きっと明日も同じ筈――その筈、だったのに。


「オマエ、もっと喋れよ」
「喋れと言われても、その……良く分からねーですし」
「何が好きとか、何がしたいとか。色々あるだろ。
 ……何なら俺が持ってきてやるから何か言えよ」
 ……空中神殿を訪れた『特異運命座標では無い唯一』はそうでなくても唯一人の存在だった。
 少年――レオン・ドナーツ・バルトロメイという――は、何故か良く私の神殿を訪れた。
 何処か顔を紅潮させ、不機嫌そうな――複雑な顔をして、私に文句を言いながら毎日のように顔を見せる。
 その言葉の大半は理不尽で、唐突で、私にとっては聞いた事も無いような内容で……それから少し面白い。
「何だかすまねーです」
「あん?」
「……良く、わかんねーのです」
「わかんないって……オマエ、それじゃ駄目だろ。
 いいか、俺が教えてやるから。何か見つけろよ。ええと、例えば……」
 私がそう応えた時、レオンは何時も怒ったような反応を見せた。
 怒ったような顔をしながら、お人よしに下手くそに私に説明をした。
 例えば季節に咲く花であるとか。例えば良く冷えたお菓子であるとか。
 多分それは彼なりに――女の子の好きそうなものを挙げていたのだと今思う。
 ……レオンは子供で、私は長くを生きていた。
 けれど、私の世界は空中神殿で閉じていて、レオンの世界は混沌全てであるかのようだった。だからなのだろう。私は答えを知らず、レオンは私が困る程に饒舌になるのだった。
「レオンは」
「あん?」
2019/7/24(2/2)

「……どうしてここに来るのです?」
「来ちゃ悪いかよ」とレオンは怒る。
 怒りん坊の彼に私は首を振って問うた。
「いいえ。でも、レオンは何時もここは退屈だと言います。
 だから……どうして来るでごぜーます?」
「ばっ……か……オマエが辛気臭い顔してるからだよ。
 つまんねー場所につまんねー女が一人で居たら、そんなもんもっとつまんねーじゃん?
 別に来なくてもいいんだよ。むしろオマエが来い。そっちが降りて来い」
「私は……ここで出迎えるのが仕事でごぜーますから」
「ほらな。だから俺が来てやってるんだ。感謝しろよ!」
 そういうものか、と思ったのを覚えている。
 レオンは何時も不機嫌で、身勝手で、何時も一生懸命だった。
 私は口数が少ないから彼が黙れば静かになった。それを嫌うように何時も喋っていた。
 私は彼から色々な話を聞いた。地上の話、大変だった事、冒険への憧れ、本当に色々な話を。
「……でも、用がある訳ではねーのですね」
「しつけーな、オマエ。用が無くちゃ来ちゃいけねーのか?」
「空中神殿はこの場所にアクセス出来る誰を拒む事もしねーです。
 ……レオンの場合、バグであったとしても。それでも駄目ってルールはねーですから」
「ルールか」と大きく溜息を吐いたレオンは決まって私の頭を小突くのだ。
「オマエ、やっぱムカつく――」
 怒ってばかりいる癖に、そんな時は何故か楽しそうに笑っている。
 私はレオンが分からなくて、分からなかったけれど、彼が来るのは嫌では無かった。


 私は澱だ。

 夏が過ぎ、秋になる。秋が過ぎて冬が来る。
 季節が巡り、私は変わらない。出会った時より少し背が高くなったレオンが笑う。
「オマエ、変わらなさすぎ。ほら、本持ってきたからこれでも読めよ」
 又、夏が来て秋になる。秋が過ぎて冬が来る。
「よーし、あと何センチか。すぐ抜いてやるからな。覚悟しとけよ!」
 目線の変わった彼の声が少し低くなっていた。
 あどけない顔立ちは変わらなくても、その言葉が変わらなくても。
 流れる時と共に少しずつ、少しずつ変化は積み重なっていた。
 レオンが顔を出す機会は相変わらず多かったけれど、その頻度は少しずつ、少しずつ減っていく。
 私はつまらない女だから。私は彼の言葉に応えられた事は無いから。

 ――きっと、それは仕方のない事だった。
2019/7/25(1/3)

23 Years Ago...
 もし、俺がざんげと同じように。
 もし、俺がざんげと同じように『何一つ変わらない』なら。
 きっと空中神殿の時間は何一つ変わらず。平穏と思い出は一つとして歪まない。
 絵本の中の出来事のように求める事を知らなかったなら。
 どれ位の時間が流れても、何回季節が巡っても。
 俺は何時までも幸福(しょうねん)の侭だったのだろう――


 望みは望む程に遠ざかる。
 それは追いかける程に遠ざかる。
 運命の女(ファム・ファタル)は致命的なまでに無自覚で。
 余りにも贅沢で、余りにも些細な『願い』は解き方を忘れたパズルだった。
 きっと逃げ水のようだった。叶わない魔法のようだった。
 どうしても――どれだけ我慢しても、焦りと怒りはどうしたって俺の中に蟠る。
『自覚して身勝手な俺』は、人間の――それもクソガキで、ざんげの世界を許容出来ない。
 空中神殿の端から端――たったそれだけの世界で固定化されたあの女を到底尊重何て出来なかった。
 ……それで諦められる位に、歳を取ってはいなかったのだ。
 そして同時に、何も変わらずに居られる程に子供でもなかったのだ。


 ……最初に顔を合わせてから随分長い時間が経っていた。
 ざんげは何一つ変わらず、俺はそれなりに変化した。
 神殿で会った回数は覚えてないが、あいつがここを出た事は『一度も無い』。

 ――ざんげ、今日こそは降りてきて貰うからな――

 ……顔を見るなりの挨拶がそんな風になったのは一体何時の頃だっただろうか?
「私はここを離れる訳にはいかねーので」
「誰も来ないじゃん。一日位どうって事ないだろ」
「……それでも誰かが来た時、私が居なけりゃ困るでごぜーますよ」
 クソ真面目な無表情に似合いもせず気持ちばかり困ったような――罰の悪そうな色を張り付けている。
 桜の咲く春に誘った。「オマエも女ならそーゆーの好きだろ?」。
 暑い夏の日に誘った。「海って知らないだろ、オマエ」。
 葉の色付く秋に誘った。「エウレカっておっさんと知り合ったんだよ。幻想の仮装盛り上がるぜ!」。
 雪のちらつく冬に誘った。「シャイネン・ナハトだってさ。オマエも顔出せよ。有り難がられるぜ」。
2019/7/25(2/3)

 ……ざんげは何時も駄々をこねる俺をかわしていた。
 それは、うんざりする程に毎度毎回繰り返されるやり取り。代わり映えもしない挨拶で日常。
 来訪と同じ数だけ繰り返された徒労でしか無かった。
「オマエ、一生ここに居る心算なのかよ。
 それって最悪だろ。どんな仕事だって休み位ある。
 ケチな武器屋のおっさんだって店番を替わる事だってあるんだぜ?」
「『神託屋』は私だけでごぜーますよ」
「分かってるよ。分かってるけど、ああ、もう!」
 クソガキはクソガキだからこそ思った事を素直に言えるもんだ。
 俺が捕まえたのは『やがて来る混沌(せかい)の終わりを予見する神託の少女様』。
 きっと何処かにいらっしゃるカミサマとやらの意を受けて終焉に抗う世界で一番有り難い聖女様だ。
 こいつが『こう』なのはきっと世界の為で、顔も知らない誰かの為で、俺の為で……
 でも、この頃の俺はきっとそんな事はどうでも良かった。
 繰り返しの数を忘れた先。
 兎に角、忘れもしない三度目の夏の日に――俺はあの女に言ったのだ。


「一回でいいよ」
「……一回、でごぜーますか」
「ああ。一回でいい。一度聞いてくれたらもう言わねーから」
 言葉は半ば本当で半ば嘘だった。
 正直な話、俺が一回で満足したかどうかは分からない。
 だが、一回でも――頑なな女に『ルール違反』をさせたなら、些細な何かが変わるそんな気がしていた。
「……」
「……………」
 見飽きる位に見た、ざんげの無表情。
 無表情でも俺には分かる。些細な気配に『揺れた』と思った。
 この女を『揺らす』事が出来たのは少しだけ誇らしく、だから僅かに縋ってしまう。
「……」
「……………」
 長い沈黙が本当に長かったのかは定かではない。
 唯、只管に長く感じる時間の後で、確かざんげはこう言った筈だ。
2019/7/25(3/3)

 ――ごめんなさい。やっぱり私は――

 ……致命的な無力感に頭の芯までぶん殴られた。
「――ああ、そうかよ。まぁ、そうだろうな。オマエはオマエだし――
 カミサマってのはいい身分だよな。オマエに受付だけさせて何処にも顔を出しもしない。
 そんなで居ながら俺みてーな要らねぇ手違い(バグ)なんてやりやがる」
「レオン……」
「何が終わりだよ。何が特異運命座標だよ。
 この世界が滅ぶのは何時だよ。明日か? 十年後か? 俺が死んだ後か?
 その時が来るまで、ここは――オマエは、ずっとこのままかよ。
 ああ、オマエはいいのかも知れねえよ。でも俺は御免だね。
 ハッキリ言うぞ。誰か一人に押し付けた『ハッピーエンド』なんて沢山だ。
『オマエだけを縛り付ける神託』なんてこの混沌ごと消えちまえ!」

 ……ああ、くれぐれも苛めてくれるなよ。頭に血が上ったんだよ。
 駆け出した俺をざんげが引き止めたかどうかは覚えていない。
 最後まで言わせなかったし、聞かせる気も無かった自分の心算だけは覚えている。
 吐き捨てた悪態は、忘れたくても忘れられない棘。我ながら自覚して最悪な思い出。今に到る選択。
(俺はざんげが――なだけなのに)
 見慣れた空中神殿の景色が揺れて滲んで鬱陶しかった。
 ……今よりも低い――涙目のガキの視点から見上げるあの女はきっと何より特別だった。
 我ながらの馬鹿野郎だ。まさかこんな風になるなんてクソガキだって考えなかったに違いない。

 ――俺は、この年。もう空中神殿には行かなかった。

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