シナリオ詳細
<シトリンクォーツ2022>黄水晶の癒やしと共に
オープニング
●シトリンクォーツを知っていますか?
それは旅人達や再現性東京では『ゴールデンウィーク』と呼ばれる長期休暇である。
混沌では旅人が持ち込んだこの休暇をこの時期に咲く黄色の花に由来して名を付けて勤労感謝と一年の幸福を祝う豊穣の願いを込めて親しみ深く接しているらしい。
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)にとっては、毎年――と、言っても『2020年』は海洋王国大号令の真っ最中では休暇もなにもなかったが――ローレットのイレギュラーズにのんびりと過して欲しいという願いを込めてイベントを紹介しているらしい。
イレギュラーズにとって仕事での旅は日常茶飯事ではあるが、休暇という名目でのんびりと過すのは貴重でもある。
世界は広く、様々な依頼人から日常的に舞い込む依頼もそれはそれは多岐に渡る。
幻想王国を襲ったサーカス事変、天義の黄泉返り事件からの暗黒の天災、海洋王国での大号令に熱砂の恋心、鉄帝国のスラム計画、妖精郷の一悶着もあれば新天地・神威神楽での神逐、更にはラサの遺跡を攻略し幻想の過去の禍根を払い除け、『R.O.O』――電子の世界にまで攻略の脚を進めた。
無論、深緑での一件を見ればのんびりとしている場合でもないのは確かだが、限られた休息をしっかり取るのも戦士にとっては大切なことである。鉄帝国で見られた空中島探索だって待っている。
「皆さんは何処に行きたいですか?」
幻想王国ならば、ローレットも存在しのんびりと過すことが出来よう。
街をのんびりと歩いてみるのも良いし、王宮に遊びに行けばフォルデルマンは直ぐにでも小規模なティーパーティーを開いてくれる筈だ。
頭を抱える花の騎士は不憫ではあるが、貴族達を呼んでのパーティーは無駄なものではないだろう。
鉄帝国は相も変わらずラド・バウでの興行に賑わっている。
休暇といえども体を動かしたいと考えるイレギュラーズは多いだろう。ラド・バウではイベントマッチを行うほか、ヴィーザルでの鍛錬だって悪くは無い。
「ギエエエエエ」「ウホウホウホ」
鳴き声を上げるウォンバットやゴリラを始め、アイドル闘士パルス・パッションのライブも行われる。
海洋王国ではこの休暇を活かしたバザーが行われているらしい。
航海で得られた物品の販売はラサのサンドバザールにも劣らず、豊穣の文化も入り異国情緒が心地よい。
相変わらずの仲良くギスギスしているイザベラ女王やコンテュール卿も海軍によるパレードを開催する予定なのだそうだ。
聖教国はミサが行われている。労働に感謝する日であるからこそ大いなる神に感謝を伝えたいのだろう。
アドラステイアのこともあるが、其れも含め国が良くなるようにと騎士団の行進が行われるとも聞く。
この良き日だ。フェネスト六世もイベントの様子を眺めにやってくることだろう。
練達はと言えば復興の最中であるが、楽しげな空気を醸し出す。
再現性東京は広告を大々的に打ち出し水族館や遊園地のチケットをイレギュラーズに振る舞ってくれるらしい。
マッドハッターや操は何時も通り塔に引きこもりだろうが、再現性東京組はどうだろうか?
「どこいこう!?」
綾敷なじみなどはガイドブックを片手に音呂木ひよのと澄原水夜子を追い回しているに違いは無い。
豊穣では『黄金週間』としてよく知られていた。流石に、霞帝が広めた者なのだろう。
藤見に芝桜、風流に初夏の川のせせらぎを聞く茶会の席を神霊達の癒やしのために設けるそうだ。
神使ならば是非に、と双子巫女からの声かけもある。
覇竜では亜竜姫――里長が初めての『シトリンクォーツ』に張り切っていると里長代行がぼやいていた。
外から持ち込んだ物資などでフリアノンで宴を開くのだと琉珂はにこにこ笑顔である。
だが、休暇も長い。外に出掛ける亜竜種達と同じように琉珂も何処かに遊びに行きたいと心躍らせているらしい。
境界図書館は静かなものだが、訪れれば館長のクレカが喜ぶことだろう。
彼女とてイレギュラーズのことはキライではないのだ。表情は変わらないかも知れないが、きっと紅茶くらいは振る舞ってくれよう。
ラサは隣国の状況を鑑みながらも、サンドバザールでの盛況さと宴の用意をしているらしい。
深緑に立ち入れないならば、里帰りも出来ぬ者達のせめてもの癒やしになればとファレン・アル・パレストが『赤犬』と企画したそうだ。
「お肉ばっかり食べちゃだめ」
首を振るイヴ・ファルベに『凶』のハウザーが肩を竦めるのもご愛敬だ。
「深緑には流石に、ですが……。
どこかにでかけてみませんか? ボクは何をしようかなあ。とってもとっても楽しみなのですよ!」
- <シトリンクォーツ2022>黄水晶の癒やしと共に完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2022年05月19日 22時35分
- 参加人数233/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 233 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(233人)
リプレイ
●シトリンクォーツ
シトリンクォーツ。
その花はその名の通り宝石のように光を帯びるらしい。
全ての人に休息を――忙しない毎日に、ささやかな幸福あれと願うように。
●幻想I
折角の祝の時期ならば領主らしいこともしてみたいとエクスマリアは珍妙極まりない場所に領地を頂いたが、其処に暮らす領民達と交流は楽しいものになるはずだと『果ての迷宮・EX階層』へと訪れていた。
「生活に不便はないか?」
問いかければ、子供達が暇をしているという話を耳にした。退屈そうな子供に冒険譚や唄を授ける事も領主としての貴重な仕事だ。
「シトリンクォーツ! のんびり過ごそうか……何しようかな。猫もふもふしてのんびり日向ぼっこ、いいかも?」
首を傾げるヨゾラの傍にはニアルカーニャがごろんと転がっていた。一緒にひなたぼっこをする誘いに応じてくれたのだ。
「穏やかなことで良いことだよね。猫も他の猫たちものんびりしている、良いことだ」
「ニアルカーニャさんのにくきゅうもぷにぷにしていい? ありがとう! ぷにぷにぷに……あっ、いやのお手手が!」
ニアルカーニャはヨゾラへと「そろそろ猫も困るよ」とむぎゅーと抑える手を作った。
猫は気紛れなのだと言いたげなニアルカーニャにヨゾラは小さく笑みを零す。
「……来年のシトリンクォーツも、のんびり過ごせますように」
折角の休みにピクニックを。カイトの誘いに応じてハイペリオンは「こうして出掛けるのも久しぶりですね」と嬉しそうに体を揺らした。
「目的地は混沌世界に咲く黄色い花、シトリンクォーツの咲く花畑。この時期なら観光地にもなってるだろうな」
「ええ」
ゆっくりとした空の旅。ハイペリオンには秘密の行き先は神獣の目を喜ばせるだろう。
ハイペリオンも嘗ては勇者と旅をした。楽しい思い出であったならば、それを思い出す機会になれば良い。
もしも、思い出せなくとも今日が楽しいと感じてくれれば嬉しいから。
「お弁当を食べましょうか」
「ハイペリオンさまのお弁当!? え、食べていいの!?」
勿論と頷いたハイペリオンは身をふわふわとと揺らして微笑んだのだった。
「シトリンクォーツ……実は本で読んだ知識しかないんですけど、皆さん一斉に休む期間……なんですね。
とはいえ、私は余り予定という予定もないですし、そんな期間を考えてもいませんでしたし、急に直面してしまうと難しいですね」
突然休みになると、どうしたらいいのかと戸惑ってしまう。マリエッタはローレットでの仕事は慣れてきたが幻想にはあまり詳しくはないと散策を行う事とした。
誰かと出会ったり、新しい店を見付けたり。凄い本があるかも知れない。そう思えばわくわくもするが――それでも。
(ああ、でも……どうしてか、私自身がこんなに平穏な時間にいる事が、どうしてこんなに心苦しいのでしょう)
その結論は出ないまま、進む足は少しばかり重苦しい。
少しだけ部屋を片付けておかないと。アレクシアは散らかり放題だった部屋を片付けてシラスを待った。
「いらっしゃい」
「こんにちは。こうやって会いに来るのは何回目だろうね。
聞かせてくれたお兄さんの話を思い出していたら、何だか他の昔のことも懐かしくなっちゃった」
ソファーに並んで座ってから、シラスは「初めの秋に鬼灯流しをした日のことを覚えてるかい?」と問いかける。
「俺は絶対に幻想でのしあがってやりたい……って書いて、今じゃあ、キミに助けてもらったこともあって、ちょっとしたものだぜ」
「鬼灯流しかあ……懐かしいね。シラス君は、あの頃話した夢に着実に進んで行っているよね。
隣でずっと見て来たから、自分のことのように誇らしいよ」
シラスはアレクシアのことだって覚えているとそう言った。
もっと大勢の人を救えるようになりたい、いつかは手の届かない人まで。
その願いを聞いたとき、シラスはアレクシアは欲張りだと感じた。自分なんかよりずっと。揶揄うように笑った彼にアレクシアはくすくすと可笑しそうに笑う。
「ふふ、私の願いは、自分でも欲張りだなって思ってるよ。でも、今だってあの頃と気持ちは変わってない。
むしろ、もっと欲張りにはなったかもしれないね。『手の届かない人』が、きっとあの頃よりも大きくなっているもの」
「そっか。……でも、あれからキミの隣で戦ってきて、同じものを見てきて、それを叶えて欲しいと今は本気で思ってる
そして考えるようになったよ。俺達のやり方は違う。行く先も違うかも知れない。それでも力になれることはないだろうか」
シラスはそっとアレクシアを見遣った。
アレクシアにとっても、自分でどうすれば良いのか分からないことばかり。迷うことだってあった。
諦めたくなることも、自信も失せて、戸惑うこともある。
「それは、まだ、見つけられない、だから、せめて、今日は伝えたかった。
キミが想うことは――この先に選ぶことは、きっと正しいよ。何があっても辿りついて、お兄さんにそれをぶつけてやってくれよ」
「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私はまだ前に進める。兄さんに想いを届けられる。
それに、シラス君にはもう力になってもらってるんだよ。兄さんの幻に会ったあとのお手紙。
狼狽えるばかりの私に、『これまで悩んで考えてこと』を思い出させてくれた言葉。それも、私を支えてくれたんだ」
また力になってくれるなら、とアレクシアが言葉を紡いだところでシラスは揶揄うように笑った。
「そうだ、またおまじないをしようぜ」
拳を握って突き出す彼に、こつり、と拳をぶつけた。ぶつかった拳と拳。手の大きさは、昔より差が広がった。
「あの日の俺の願いが叶ったんだ。キミのもそうなるのが道理だろう? ――その手が届きますように」
「うん、きっと、叶えてみせるよ。頑張る」
「ショウはいつも情報屋として忙しそうにゃ。ゴールデン……じゃなくて、シトリンクォーツは勤労感謝の日らしいにゃ」
いそいそと花束を用意したちぐさは酒か紅茶か、ショウが好きな店に征きたいと彼に誘いを掛けた。
「ああ、有り難う。そうだね、休憩にしようかな。折角だから紅茶はどうだろう?」
「勿論にゃ!」
ケーキをそれぞれ注文し、紅茶を楽しむショウを眺めているだけでもちぐさにとっては楽しかった。
それでも彼を労りたくて。ちぐさはそっと花束を差し出して――
「ショウ、いつもお疲れ様なのにゃ!
その、僕も手伝えることは手伝うから、ムリし過ぎないでほしいにゃ」
「……有り難う。こうして花を貰うのは何時ぶりかな」
(……決めた、ユリーカさんにお菓子差し入れに行く)
ユリーカも忙しそうなのだろうかと飛呂は僅かに緊張していた。
「飛呂さん! こんにちはなのです!」
お休みは何処にお出かけするのですか、と問うたユリーカに飛呂は意を決して「その」と口を開く。
「イレギュラーズにゆっくりして欲しくて紹介してるらしいけど、ユリーカさんだって普段っから情報屋として頑張ってるだろ?
ユリーカさんだってゆっくりしたっていいじゃん……。
でも、別に仕事頑張ってるの邪魔したいわけじゃない。だからせめて差し入れって思ったんだ」
「わあ、ありがとうですよ! とっても嬉しいのです」
「……無理はしないようにな! それじゃ!」
コレが精一杯だと飛呂は菓子を手渡してから帰宅していったのだった。
「シトリンクォーツ? ふむ、初耳だな。去年もあった? ……そうなのか?」
首を捻ったルブラット。勤労感謝を兼ねた長期休暇とは良い趣向であるとも感じる。
だが、医師には休みはないのだと、何か仕事をしていないと落ち着かぬルブラットはそわそわとしながらローレットに向かったのだった。
●幻想II
「今日はパン屋はお休み。日なたでまったりお昼寝ですにゃ」
みーおは「あ、ルーニャさんだ」と配達帰りのルーニャに気付いて手を振った。
「一緒にお昼寝しますにゃー?」
「お昼寝? いいね、のんびりしようかなー!」
猫が沢山な場所でお昼寝を。猫たちは可愛くてもふもふで、丸くなっているのも可愛いとみーおはごろりと転がった。
其れを真似するようにルーニャもごろりと日向で転がれば暖かな太陽がぽかぽかと照らしてくれる。
「ルーニャさんも一緒にお昼寝、嬉しいですにゃ。今度パンの配達一緒に行きますにゃ?」
「うん、今度一緒に配達な! スラムの孤児達もこうやって警戒せずにのんびりできる日が来るといいんだけどな」
何もないよと首を振ったルーニャにみーおはそれに対しても考えることはあるのだところりと転がった。
(皆がのんびりできる日がくるよう、みーおも少しでも頑張りますにゃ)
「今日はドラネコさんやその飼い主さん達と一緒にピクニックを楽しみに来ました!
出会った時以来、こうして春夏秋冬と遊ぶのも無かったですからね。遊び疲れるまでたくさん楽しみましょう!」
にんまりと笑ったスクは温野菜多めのシンプルなお弁当を用意して、はじめてのピクニックに興じていた。
皆と食事をしたり、心身共にリフレッシュする。春夏秋冬を迎えたのはユーフォニーの連れたミーフィア、クローディア、ハーミア、シルフィア、ファミリアーのリディア、防具のドラネコドローン・エイミアの6匹である。
「昨日からお弁当作り頑張りました!
サンドイッチ、唐揚げ、卵焼き、ピクルスにデザート……たくさん作ったのでみなさんもどうぞ♪ ドラネコさんが大好きなワームの干し肉もあります」
にこりと笑ったユーフォニーの様子を見てから愛奈は自身の連れている子にも名前を付けて上げるべきなのでしょうね、と『うちの子』と呼んだドラネコを見下ろした。
「折角のピクニックなので、私も何か一品作って持っていきましょう。やはり定番はサンドイッチでしょうか。
葉物の野菜に、ハムに、エッグペーストを挟んで……ふふ。そういえば、亡くなったおじいちゃんも好きでしたね……」
行楽日和を心から楽しむように。折角の良い天気だからと笑う愛奈の元へと春夏秋冬がふんふんと鼻を鳴らし寄って行く。
「あ、春夏秋冬!」
「可愛いな、ドラネコ」
寿馨と言えば一族のお祭りは血が苦手であると欠席し、平和なピクニックへと参加することに決めていた。
どら猫たちを撫でて、弁当を食べようと提案する。多めに作ってきた弁当にどら猫たちも興味津々だ。
シチとの散歩中に他の犬が居たと覗き込めば、其れとは違う亜竜のドラネコの姿がシャオの視界には入り込んだ。
「……触りたいのでご一緒しても? シチも興味持っているようなので」
シチはリードを繋げていてもある程度は自由にしても言い。シャオはドラネコの前に膝をついて、ゆっくりとその様子を眺めた。
「ぼ、ボク……ドラネコ触るのも、見るのも、初めて……」
そわそわとしているカシャは触り方などは普通の猫と同じようで大丈夫なのだろうかとドラネコを見下ろしていた。
カイカも興味があるのかドラネコにふんふんと花を近づけている。
「おとなしいから、追いかけたりはしないし……人懐っこいから、他の人が撫でたりも大丈夫……」
「有り難う。あ~~、癒やされる」
寿馨は動物たちはどうして良い匂いがするのだろうとほっとしたように息を吐く。ドラネコ達が擦り寄ってくれるだけで、どうも心に喜びが過るのだ。
ドラネコも可愛い、ドローンの子もハートが一杯。沢山のもふもふと、カイカまでいる。
「……もふもふの、天国だね……」
呟いたカシャにはふわりと笑みが浮かんでいた。
●幻想III
王家によるパーティーがあると聞きSuviaは高価で貴重な茶葉は無いかとパーティーへと調査経に赴いていた。
「もしかしたら王家御用達の茶商の方とコネができるかもしれませんし、ワクワクですの」
例えば、食道楽で知られるバルツァーレク伯などとのコネクションを得られればその目的は達成されそうだ。
「わーい!」
連休だねと微笑んだセララに手を振ったフォルデルマンは「良く来てくれた!」と微笑みかけた。
「いやあ、私も中々王宮から出られなくてね。何か面白いことはあったかい?」
「あったよ! ROOっていう別世界の中で、覇竜を目指して踏破した話とか、強大な敵であるイノリを倒した話とか。
ああ、そういえば最近ではアーカーシャっていう空飛ぶ島を探索してるお話とか……沢山の楽しいことがあったんだ!」
漫画も含め、身振り手振りでアピールを続けていく。一緒に冒険は出来ないけれど、気持ちを共有してくれればそれだけで十分なのだ。
「えっと、ここが幻想王家のティーパーティー会場……来てみたは良いけど、私、ティーパーティーについてほとんどわからないよう……。
あっ、あそこにいる貴族の人に聞いてみようかな。女の人も一緒にいるし、もしかしたら優しく教えてくれるかも」
そろそろと彼方とシューヴェルトに近付いていくのはラビット。ラビットに気付いて、師匠の世話人をしていた彼方はぱちりと瞬いた。
「こんにちは」
穏やかな挨拶を一つ。シューヴェルトはティーパーティーの楽しさをラビットへと教えようかと提案し、彼方は二人が話しやすいようにと茶菓子の提供を続ける。
少しでも彼女が過ごしやすいと感じてくれるように。彼方の気遣いに感謝しながらラビットはシューヴェルトから学びを得るのであった。
「今年もこの時期がやってきたわけだが……去年と違って王家主催のティーパーティーか――ばかもの逃げるんじゃあない」
がしりとシルトの肩を掴んだのはブレンダ。別に紅茶を飲んで話すだけなら行かなくともと呟くシルトにブレンダは唇を尖らせた。
「確かにライヒハート家はバルツァーレク派だがこういう集まりには出て損はないだろう?
本当に貴族らしい振舞いが嫌いなのだな……ちょうどいい機会じゃないか。エスコートをお願いしますよ、シルト様」
「まぁ、ブレンダが乗り気なら行くよ。ではレディ私めのエスコートを受けていただけますでしょうか? なんてね」
イブニングドレスに身を包んだブレンダは日頃顔を合わせない貴族達にも挨拶をしていた。
そうした気遣いが、どこで効いてくるかは分からない。その様子を眺めるシルトは彼女はよく話すし動くものだと感心していた。
彼女を見習って貴族の『お喋り』をしてみるのもいいだろうか。味方は多いに越した方がないのだから。
「覇竜やら浮遊島やら新しい発見が多いのう……もし命名する事があればリーゼロッテ様はどう名付けたいかね?」
「さあ」
ティーパーティーに出席しているリーゼロッテにオウェードははぐらかす彼女はどのように名付けるのだろうかと気にもなった。
鉄帝とは敵国同士である事で、そうした機会には恵まれないだろうが、彼女ならば素晴らしい名前を付けてくれると確信しているからだ。
「お疲れ様じゃったのう……少しばかりの手土産として……この香料を渡そうと思う。
すぐに使える……蒼薔薇のイメージした香りで…踊り疲れた体を癒して欲しい……どうじゃ?」
「有り難うございます。ええ、また使わせていただきますわね」
ティーパーティーではダンスの機会に恵まれることはないが、舞踏会で彼女と出会ったならばまた、踊りを楽しんでくれるだろう。
華々しい席に腰掛けたリーゼロッテは紅茶でも如何かしら、とオウェードにも着席を促した。
多くの人々がリーゼロッテとの茶会を望むだろう。故に寛治はこの場の差配に徹するのだと執事服でリーゼロッテを誘った。
「さて、お嬢様、こちらのお席をどうぞ」
自信はリーゼロッテの傍に立ちサービスに徹する。王家お抱えの職人達が作る茶菓子をリーゼロッテに運ぶほか、彼女の指示に従うことこそが此度の彼の役目だ。
「今日は裏方ですのね?」
「ええ。お嬢様もお忙しくいらっしゃるでしょう」
「……そう」
ふい、と視線を逸らしたリーゼロッテのティーカップが空である事に気付いて寛治は「次は何になさいますか?」と問いかけた。
この後、彼女をレジーナの元へと誘うまで寛治の仕事。
リーゼロッテは「悪くはありませんでしたけれど」と独り言のように囁いた。それこそが最大級の労りである事を寛治は知っているのだ。
「甘やかしていただけるのでしたら……それに甘えてしまいしょうか、なんて」
揶揄うような声音で囁きかけたのは男装姿のレジーナであった。
その声音にリーゼロッテは目を細めくすりと笑う。その笑顔は何時だって意地悪だ。
「パーティーは如何でしたか? このまま終わりではないですよね。
……シトリンクォーツはまだ続きます。パーティーの酒気にあてられて、腰砕けになるなんて事は有りませんでしょう?」
「まあ、砕けるのは何方かしら?」
いぢわると唇を尖らすレジーナにリーゼロッテは笑みを深めた。
「……最後に我(わたし)と踊っていただけますか?」
「あら、どの様なエスコートを?」
「――お嬢様。空のお散歩はご興味ありますか?」
その手をそっと手に取って。口笛で呼び出したリトルワイバーンの背へと誘って攫って仕舞おうか。
屹度、攫う前にひらりと離れて行ってしまう人だから。空中散歩でも揶揄い笑われるだけだけれど。
この為の根回しは滞りなかった。フォルデルマンがワイバーンに騒いでも花の騎士にも頭を下げて必死に願い込んだ。
アーベントロートにだって確りとプランを確認した……だから、彼女も『知って』居て興が乗ったからこそ手を差し伸べてくれた筈。
「本日は貴女を連出す王子様、やらせていただきます。我を信じて」
●鉄帝I
「この前遊ぼうと思ったら、幼児化して飲めなかったからな。
今回は、飲みながら喋るぞ! たまにはのんびりと過ごすのも悪く無いな! な! マイフレンド(カイト)!」
アンドリューの微笑みにカイトは「……いやマジでこないだは何だったんだ、遊びに出かけた筈なのに」とぼやいて頭を抱えた。
「おい、カイトよ。最近は忙しいのか。あんまりお前から仕事の話しとかは聞かないから、実は引きこもってるんじゃないかと心配していたのだ」
「忙しいかどうかって言われるとまぁその。ひ、引き籠ってる訳じゃねぇからな?
ただお前と遊ぶ時以外最近は練達にいてばっかだしなぁ……あんまり俺仕事の話したくねぇんだよな」
あけすけなアンドリューと話をしているとカイトのペースも幾分か崩れる。少しばかり言い辛い話題だと淀んだ彼を余所に「このヴルストは旨い!」とアンドリューはグラスを傾けた。
「筋トレはしているのか? いくらお前が頭脳派だと言っても、体力は重要なのだぞ……このエールも最高だ」
「筋トレ? まぁ一応教師の手伝いしてることもあるし?
しないとまじで普段の運動に差し障るからするんだけど……いや俺割りと頭脳派標榜するつもりもねーし、裏方のつもりだから!!!」
――というか聞いちゃいないな。ぼやくカイトは「エールとヴルストおかわり!」とアンドリューより先に立ち上がったのだった。
「イベント! 観戦! といえばもう何をするべきかは明白。
そう! うどん移動販売! 美味しく楽しく今日も元気に美味しさの布教活動と勤しむのじゃ!
幸いにもあっちこっちで催しがやってるようじゃからのぅ、腕が鳴るわい! ――唸れ麺狐亭!」
天狐の声響く。此処はラド・バウである。
「ふむ、此処のラド・バウという所では戦いを繰り広げていると。成程であれば是非とも参加させてほしい物だ」
イベントマッチには参加してみようとレオナは参加希望を出した。挑む相手は実力に見合った相手が良いと告げるレオナはラド・バウのランクマッチでの実力を鑑みて出来るだけ提案をすると受付から申し出られた。
盾で防ぎ、機を見ての急接近からの連続攻撃。それを食い止めんとする闘士の動きも実に実践的で参考になる。
(……成程。相手も戦士として立っている存在だ、当然強いはず。であればどのような得物であろうと気を緩まずに相対し続けよう。それが戦士としての矜持であるからな)
ラド・バウ見学に興じているフランは「流石コングさん!」としたい所だが、流石に人気闘士だろうか。
「むむ。人がいっぱいだよー!」と喧噪のラド・バウの中を征く。
「そういえば、ラド・バウに観戦って行ったことありませんでしたわね。折角ですし、行ってみませんこと?」
「確かに! イレギュラーズってラド・バウに割と出場はするけど中々観戦する機会ってなかったものね! 良い機会だし一緒に観戦しようか!」
ラド・バウと言えば力試しの場所だというのがマリアの認識であった。興行に賑わうならばヴァレーリヤの誘いに乗って観戦するのも悪くは無い。
鉄帝国の娯楽。闘士達の力比べは圧巻だ。
「ふふ! 私はあの闘士に賭けようかな! ヴァリューシャはどうする?」
「私はあの素早そうな方に賭けてみますわっ!」
観戦チケット共に勝者予測に『今日のお小遣い』を全額掛けたヴァレーリヤに「さあ、ヴァリューシャと私のお小遣いはどうなるかな?」とマリアは笑った。
「うおーーーー、行きなさい! そこでしてよ!! そこで飛び退ってパンチ! あっ、こら! 何をしていますの!」
「あああああ! 駄目だよ! そこ! 避けて!! 隙だ! そこに渾身の一撃を!」
――結果は、予想通り。ヴァレーリヤのお小遣いは『0』になる。『3倍』に増える予定が『0』では涙も滲むものだ。
「私ちょっとだけ勝ったし、帰りにご飯食べてお酒飲みに行こう?」
「奢ってくれるんですの? ありがとう! ねえマリィマリィ、私、いつも通りがかっているあのお店で飲んでみたいですわー!
トラコフスカヤちゃん達へのお土産も買って帰りましょうねっ!」
元気を取り戻したヴァレーリヤにマリアはくすりと笑う。手を繋げば、何時もの店まで一直線だ。
「以前お会いしたときは大変でしたし、折角のシトリンクォーツですもの、のんびりと時間を過ごせると良いなと思います」
ジュリエットの微笑みに頷いたのはギルバート。少し雪が残る場所で彼女の躯が冷えぬようにとブランケットの代りにマントをそっと肩に掛けて。
「たしかに、この前はそれどころじゃなかったからね。今日はゆっくりしようか」
「折角ですからお弁当を用意しました」
レタス、ハム、卵を挟んでマスタードを少し効かせたシンプルなサンドウィッチ。アールグレイの紅茶も準備済みだ。
「君が作ってくれたのかい? 美味しそうだ。頂きます。
……うむ、美味しい。シンプルだからこそ、君がとても料理が上手なのが分かるよ。ありがとう、ジュリエット」
レジャーシートに腰掛けていたジュリエットは嬉しいと目を細めて微笑んだ。
小さな紫色の花々はまだ咲き綻び始めたばかり。大輪を目にするのは幾分か先だろうか。
「良いお天気で良かったです。こうして綺麗な景色を見ながら、貴方の隣で過ごせる時間がとても嬉しく、愛おしく思います」
「……そうだね。俺も同じ事を思っていたよ。
ジュリエットの隣でこうして過ごす穏やかな時間は掛け替えの無いものだ。
いつまでもこうやって愛おしい君を独り占めしたいと思ってしまうな」
そっと肩を抱いてくれた彼にジュリエットはくすりと微笑んだ。其れは屹度、同じ気持ちとは答えずその体を胸に預けて。
●鉄帝II
少しは纏まった時間がとれた。銀の森へと踏み入れてからアリアは『鍵の秘密』に繋がる何かが見つかれば良いのになあと歩き出す。
深い場所へと踏み入る事は、少しばかり緊張はするけれど。
『錠』の在処は直感的には此処には居ないのだろうかと――ふと、感じて仕方が無い。
「……うーん、もうここにはいなさそうだなあ」
指針として、何処に向かうか。目的を見失ったような気さえする。
「……ここにいないとなると、手がかりがもうほとんど残ってないなあ。これから、どうしようかなあ」
――もしも、『錠』が見つかるならば。未来はまだ霞んでいるから。何か得られるものがあれば、アリアは掴みたいと願うだろうか。
「覚えてる、ペリカ。果ての迷宮で私達が<蒼穹の回廊>に挑んだときから、地下であっても星を見てたの。
だからたまには星空を見に行くのも、オーロラも、いい思い出になるわ。同胞なんて言ってくれた相手に、私なりのお礼ってやつよ」
揶揄うように笑ったイーリンに「司書殿の気遣いは有り難いわさ」とペリカは頷いた。
オーロラを見るのは冒険の必要の無い場所だ。コテージは暖房も防寒具も完備されていて、普段の殺伐とした空気さえ存在しない。
今回は旅でも冒険でも穴掘りでもなくバカンスを楽しむのだと宣言したイーリンへペリカは慣れないと言った心地ではあと息を吐いた。
「空を見上げてのんびりなんて何年ぶりかねぃ」
そんなぼやく声に思えば様々な事があったとジェイクはぼんやりとオーロラを眺めやる。
生きていることが不思議だと思えるほどの冒険。失ったものも多いが得たものも多かった。待望の子宝に恵まれたことも喜ばしい。
「娘の碧も連れてきたかったが、この寒さでは厳しいだろうしな……まあ、今回は他人の中に入り込むのが苦手な俺に交流を、と手を差し伸べてくれたお前達に感謝を述べたいんだ」
「あら。嬉しい事ね?」
イーリンはジェイクの言葉にくすりと笑った。声を掛けてくれるバクルドは「料理はどうだ?」とテーブルを指す。
彼が用意したのは焼き魚や鉄鍋で山菜や肉を煮込んだスープ。灰の上にのせて焼いた黒パンに溶かしたチーズが存在していた。
「酒もある。オーロラ自体は放浪していた頃に何度か見たが、こういうのは滅多にしねえから司書には感謝だな」
今回は何もしませんと笑ったイーリンに「食ってくれよ」とバクルドが笑えばフラーゴラが「お師匠先生、コーンスープもあるよ」と声を掛けた。
ファニアスの用意した炬燵ドレスを着用していたフラーゴラは少しばかり緊張した様子でもあった。
「わぁ、星が近いねぇ……オーロラ、カーテンみたいだね……! あんな布でドレスとか作れないかな?」
暖かくてお洒落なドレスをプレゼントしてくれたファニアスにフラーゴラは問いかける。
「んへへ、素敵だね△ どの色が良いかなっ? イーリンちゃんはやっぱり赤?
フラーゴラちゃんのスープも美味しいし、インスピレーション湧いちゃう~~~~~◎」
オーロラのようなドレスがあれば、屹度素敵だと笑ったファニアスに雪莉はほうと息を履いた。
「これがオーロラ。光の帯が色を変えながらまるで踊るように……。
なんでしょう、この胸に湧き上がるモノは。とても不思議な光景です。龍後の外には……この世界には、こんなにも美しいモノがあったんですね。
フラーゴラさんが言うオーロラのドレス、見てみたいですね」
北部でしか見られない光の帯を見ることが出来たことに感謝しながら――雪莉はまじまじと美しい星空へと手を伸ばす。
ゲペラーも同じように呟いた。覇竜の外にはこんな世界が広がっていたのか、と。
「練達や幻想とはまた違う世界のようなのにそれが隣り合っていたりする、つくづくこの世界には驚かされる。
空にかかる鮮やかな光の天幕……とても美しい。覇竜の外に出なければ決して見ることが叶わなかった景色だろう」
彼らの喜びを感じ取りながらヤツェクはアイスワインのグラスを掲げ、仲間達へと問いかけた。
「不吉か幸運かは見るものの目によって変わる。ただの自然現象に人は物語を見出し、時に囚われる。
そんな詩人の与太はさておいて、オーロラの美をアテに飲むか……。
とりあえずは持ち込みのアイスワインをどうだ? 甘い上に、その味には果実が凍り付くほどの寒さが由来している」
景色に一杯、長寿に一杯、後は幸運に一杯。
「見て、小さい花がたくさん……良い香り」
ヴィーザル地方でのピクニックは、雪解けをしたばかり。ソアとエストレーリャが以前見た銀世界は、なだらかな翠に変化していた。
「この前は真っ白だったものね」
「うん。もうすっかり、芽吹きの季節だね」
目を細めたソアが花の香りを確かめればエストレーリャは穏やかな日差しを受け止める。嬉しくなって蝶々を追掛け丘を駆け下りていくソアを追掛けて、エストレーリャも自然と早足に。
「あっエストこれ知ってる?」
大きめの葉を草笛として吹き鳴らすソアに「とても綺麗な音。ソアはすごく、上手に吹けるんだね」とエストレーリャは微笑んだ。
どこか誇らしくて、得意げに笑ったソアは何でも無いことを共有できる喜びにぎゅうとエストレーリャを抱き締める。
ぎゅ、っとその体を抱き返して、頭を撫でたエストレーリャはごろりと草原に転がった。花と、彼女の香りが心地よい。
「おやすみ、ソア」
眠りに誘われる彼女の背を撫でてから、エストレーリャは柔らかに笑みを零した。
●鉄帝III
――みんなー!
パルス・パッションのライブに訪れていた雨涵と涼花は「わあ!」と眸を煌めかせる。
ステージ上のパルスは涼花にとっては勉強になる素晴らしい存在だ。
「パルスちゃーん!」
ライブマナーは見様見真似。雨涵が何時かそのステージでパフォーマンスをしてみたいと憧れるように、リディアは魔法少女としての表現女句を高めたいとパルスを眺める。
リディアにとってパルスは憧れの人。もっと強くなりたいし、可愛くなりたい。差し入れ用の茶菓子も用意した。絶対に届かないと諦めていたら何時までだって彼女と話せない――だからこそ、シトリンクォーツのイベント中に彼女に話しかけるのだ。
リディアはやる気一杯漲らせ、パルスの応援をしていると――
「リアちゃん!こっちこっち!結構いい席でしょ!
大好きなリアちゃんと大好きなパルスちゃんのライブに来るために頑張ってチケット取ったんだ!」
「いちいち大好きとか言わなくていいわよ!」
叫ぶ焔の声が聞こえた。呆れた様子のリアに興奮を抑えきれぬと言った様子の焔は「見て! パルスちゃんが手を振って! ギャア」と叫び続ける。
「ボクがパルスちゃんのライブを初めて見たのもシトリンクォーツの時でね。
それがすっごく素敵で元気いっぱいになれてね、パルスちゃんの事が大好きになったんだ!
だから今日のライブで、ボクの好きなものをリアちゃんも好きになってくれたら嬉しいな!
そうすればライブとかでリアちゃんと一緒に遊びに行ける機会も増えるしね!」
「でも……ふーん、そうなんだ。焔がパルスを好きになった切っ掛けはシトリンクォーツだったんだ。
人の心を導き、前へ進む力を与えるって、ちょっとアイドルも聖職者と似た様な所もあるかも……いや、だからと言ってあたしが自分から進んでやるわけじゃないけど!」
参考にしなくは『ない』けれど、リアは『修道女』として参考にしたいのだ。誰がアイドルだ。殴るぞ。
「あっ、もう始まるみたいだよ! ほら、リアちゃんも一緒に! せーのっ、ぱっるすちゃあああああああああん!!!」
「…………仕方ないわね! ぱ、ぱっるすちゃーーーーん!!!」
パルスちゃんのウィンクに焔が天に召されそうになったのは――仕方が無い事なのかも知れない。
イベントの時にほんの少し『悪い子』を見逃すことはあるけれど、と言ったアイザックは何となくうろついていると何となくシンパシーを感じたピカピカを追掛けた。
「皆が笑顔で楽しそうで、陽の気がいっぱいの『いい場所』なのは理解できたよ。
なるほど、ピカピカで皆を笑顔にしてくれてるステージの良い子(パルス)に感謝を伝えるわけだね」
頭をピカピカさせた都市伝説のペンラ男になったアイザックはパルスのライブに逢わせて光り輝くのであった。
「シトリンクォーツという休暇は置いておくとして! 今日はなんと、ラド・バウのイベントマッチがあるんです!」
意気込んだミズキにアヤメは純粋に義姉と楽しみたいとラド・バウへと足を運んでいた。
普段は「えっ?! ゲブラーさんがいる!? 戦える!? 行きますよ、アヤメ!」といったミズキも今日はアヤメと共にのんびりと観戦だ。
勿論、ゲルツの試合も観戦出来る筈である。
「わわっ……凄い歓声……これがミズキ義姉さんがいつも見ていた景色だったんですね。
ミズキ義姉さん。宜しければ、ラド・バウや戦う人について色々教えて下さい……っ」
アヤメにとってはミズキの楽しむ世界にウフミイレル大いなる第一歩でもある。
「そうですよ、アヤメ。これがラド・バウ! ゲブラーさん達が戦い! 観客の私達がそれに魅了される!
各々が自分の個性を生かして戦うから、同じ戦いなんて2度も無くって、同じ人、展開が来ても、同じ結末とは限らない!
それがラド・バウなんです! さあ、勿論ですよアヤメ! では、最初は何から解説しましょうか!」
「生き物のような休息は必要といたしませんけれど」
余暇を過ごせというならばヴィーザルの大自然へと星読みへ征こうとセスは足を運んでいた。
空気が澄渡って星がよく見えるその場所でランプを灯して静かに天を眺める。
「街中ですと武功を示す賑やかな催し物があるそうですが……。
こうして静かで穏やかな場所におりますと、それほど戦ばかりではないように擦り込まれてしまいますね」
セスは鉄帝国に『ひよこと温泉』のイメージを持っていた。血生臭さから離れた国の様子はなんとも心温まるモノだ。
「――さて、今宵の星はわたくしに何を示してくれるでしょうか」
●天義I
(頑張れ、イルちゃん……! 右手と右足が揃っちゃってるよ!)
心の中で応援をするスティアはリンツァトルテに注意される友人の姿を必死に応援していた。勿論、届けこの想いと心の中で念じるだけでもある。
騎士団の行進だ。叔母も何処かで仕事をしている可能性もある。
スティアは行進が終わった後のイルに差し入れのチョコクッキーを用意していた。ちょっぴり『残念』な出来ではあったが晴れの舞台を終えた彼女に凜としていて格好良かったよと褒めてあげたいのだ。
「イルちゃんも立派な騎士さんに近付いて行っているなあ……」
「っと、失礼」
スティアがぶつかったのは一点を見詰めている青年であった。「あ、ごめんなさい」と謝った後――ふと、気付く。
「あ、叔母様!」
「ああ、エミリア」
「「え」」
――二人が眺めていたのは、エミリア・ヴァークライトその人であった。つまり、エミリアが望まぬ邂逅が果たされてしまった訳である。
「シェアキム陛下、ご機嫌いかがでしょうか。この間は美味しいお菓子をありがとうございました」
茄子子は穏やかに微笑んで、本当に美味しかったです、と一念発起してお菓子を作ってきたのだと袋を差し出した。
「……おお」
驚いた様子ではあるがシェアキムもイレギュラーズである茄子子の事はよく覚えにある。故に、彼女は彼の隣まで足を運ぶことが出来たわけでもあるのだが。
茄子子は花嫁修業を一通り熟してきた。料理は人並みに出来る彼女はお菓子作りははじめてではあるが――何度も試作を重ねて練習したこともあり、それなりのモノが出来たはずでもある。
「あの、これは私が作ったマドレーヌなんですが……よ、良かったら受け取って頂けないかと、思いまして」
頬が紅潮している。普段よりも恥ずかしげに目を伏せる茄子子に「有り難う」とシェアキムは大きく頷いたのだった。
心の中でのガッツポーズは乙女だけの秘密なのだ。
●海洋I
「何か気になるモンはあるかい? 嬢ちゃん」
「気になるもの……言うて、今までも色々買うて貰っとるし」
人波に逸れぬように、蜻蛉はそっと縁の腕を掴んだ。連れ添って歩いているだけで良いという本音は少し飲み込んだ。
「十夜!」
呼びかけに、縁は「ああ」と頷いた。ぱちり、と瞬いた蜻蛉はその姿に少し固まり腕を放す。
揶揄うように笑う彩紅に、困った顔の縁。親しげな二人に「……その人は誰やの? どういうご関係やの?」とは聞くことが出来なくて。
「お勧めは?」
「え? オススメはどれかって? ――アッハハハ! 馬鹿なこと聞くんじゃないよ!
ここにあるのは、どれもこれも、アタシが心を込めて作ったものばかり揃ってるんだ。『全部』オススメに決まってるじゃないか」
快活な彼女に推されたように縁は「あー……」と呟いてから蜻蛉の顔をまじまじと眺めた。
「なら、こいつを買わせてくれや。それで……一つは、お前さんに。……魚に似てるからって食わんでくれよ?」
人魚の銀細工。女性の手で作られた優しさと儚さを感じる其れの対は彼の手の中に。
「ほんに、綺麗な人魚さんやこと。猫のうちには勿体ないくらい」
夜空に浮かぶ月を抱いた人魚に憧れた。彼と共に、海を泳げる憧れ。憧れるけれど――猫は魚にはなれやしないから。
猫ができるのは愛することだけだと云う様に「おおきに」と呟いた。
シトリンクォーツのバザーにやってきてオデットは深緑のことも気になるけれど、と呟いた。
今の深緑は寒すぎて、その場に居ても凍えてしまう。石を使ったアクセサリーを三つ、簡単に購入しておきたいと考えた。
「この黄色い石は私のもので、白い石のは親友のもの。それから……最後の一つは黒に茶色が混じった、これにしようかな」
親友の姿は白い石の姿に良く似ていた。最後の一つは豊穣で彼に会ったときに渡したい。
珠は巻込まれ体質だから――せめて、無事を祈っておきたいのだ。この海の向こう側に彼が居ると思えばこそ、そう思う。
「しとりんくぉ~つ? 妙な名前でこちらでは呼ぶんじゃのう」
霧緒は「ふうむ」と呟いた。こういう行楽日和ではやはり掘り出し物が売られると相場が決まっている。目が『G』――old――になっているのは気のせいだ。
「うおおおおおその扇子、かなりの名物と見たっ! 買った!
………何ぃ~~? 競ってくるじゃと……?ならば此方はさらに倍率ドン! イレギュラーズの資金力を見せ付けてやるわぁ!!」
豪遊は良いが――お買い物は計画的に、である。
「ええっ、と……あの、イルミナはここにいていいんスか……?」
首を捻ったイルミナにティアはぱちりと首を傾いだ。その隣にはかちこちと緊張した様子のカヌレが立っている。
「わ、わたくしも居ても宜しいのでしょうか」
「……ん? 今日は何しようか? 買い物も食べ歩きも楽しそうだし」
楽しいと思うよと手を差し伸べるティアにイルミナはこれ以上は気にしても仕方が無いとイルミナとカヌレに手を差し伸べた。
人が多いからこそハプニングが起きないようにと注意をしなくてはならない。
特にカヌレは令嬢だ。怪我をさせるわけには行かないと細心の注意を配らねばならない。
「そ、それでは。コホンッ、参りましょう」
「カヌレにイルミナのそっちも美味しそうだね。ちょっとずつ分けて食べてみる?」
「色々買ってわければたくさん食べられるッスからね! これ豆な! ってやつッス!」
希望ヶ浜で得たJK知識を披露して食べ歩きを満喫するイルミナにティアは微笑んだ。
カヌレとイルミナの誕生日が近い。折角バザーに来たのだからとティアはカヌレにはパパ埒朝ファイアとオドントグロッサムのブレスレットを、イルミナにはアパタイトとマネッチアのネックレスを。
ちょっと早い誕生日プレゼントとして――こっそりと購入しておくのだ。
「アルエット、海洋のバザーとても大好きなの。人がいっぱいいて、あたたかくて、海の香りがするわ」
白い翼を揺らせ、嬉しそうに微笑むアルエットに「俺もこういう雰囲気は楽しいもんだ」とジェラルドは不思議そうに周囲を見回した。
「俺は海洋は初めてだな。覇竜は岩に囲まれてっし、海っつーのはなかなか縁遠くてね」
「ジェラルドさんは初めて海洋に来るのね。……ふふ、こっちよ。ジェラルドさん! 楽しくてはしゃいではぐれてしまうわ」
海を見遣ったジェラルドにこっちよと手招くアルエットは露天を眺めてから、ふと、共連れの彼が居ないことに気付く。
「あれ? ジェラルドさん迷子かしら? どうしよう?」
ひとりぼっちは寂しいもの、とおろおろするアルエットの姿を人混みの中でもジェラルドは直ぐに見付けることが出来た。
「悪ぃ悪ぃ、少し見失っちまった。けど……アンタの事はすぐに見つけられるぜ、アンタはその辺の女子より可愛いからな」
きょとりとした視線を返したアルエットはくすりと笑う。今度は逸れないように手を繋いで、ゆっくりと露店廻りへと歩き出す。
「アルエットこの星の砂がとても好きなの。えへへ、ジェラルドさんにもお土産あげるね。
アルエットと一緒の星の砂よ。キラキラしてて綺麗でしょ?」
「綺麗なもんだな。……俺もアンタへのお土産見てみるとしますか」
ジェラルドから見て、彼女は友人。怖がらせないようにと気を配っていたが、楽しげに笑う彼女を見ればそれも不要な心配だったかと思えるようにも鳴った。
アルエットが楽しそうならもっと笑顔をあげたい。悲しそうならば助けてやりたい。それは友人として、当然な筈――?
「マーケットで買い込もうか。珍しいお酒も、おいしいお魚も探さないとね。あとはお土産も、勿論ね。
このお魚とかどうやって食べるんだろ。魚料理わかんないなあ、レパートリー増やせたらいいだろうなあ」
アレンの提案に瑠藍は「いいわね」と頷いた。海の見える貸し切りテラスで買い込んだ品々を早速楽しむのだ。
スースァは店主達にも問いかけて、簡単調理の出来る品の確認を。折角ならばヴォードリエ・ワインに合う品も準備しておきたいものだ。
「さて、さっき買い込んだお酒とお魚で飲み比べだ。このお酒は色が綺麗だね。テラスで飲んでいるせいかな、不思議と海の色に見えるよ。
皆はお酒結構飲めるんだっけ? 僕は普段から飲むわけじゃないけど、飲めるし飲んだら楽しくなるくちだよ」
「ああ、アタシはお酒はまぁ強い方だよ。
……でも勿体ないし、アタシもどっちかというと味わって飲むタイプかな。この酒はちょっと甘め、そっちはどう?」
スースァは魚も種類で結構違う。酒も違うのだと笑う。
瑠藍は「私のは辛いわよ」とグラスを掲げてから、川魚と違って色鮮やかな魚に舌鼓を打った。
味わって酒を飲んで、海の幸を堪能する。覇竜と違った見晴らしの良い場所で、穏やかに過ごせる事を喜んで。
「……見たくもない顔に会いましたね」
「ご挨拶だなぁ、かわいい顔が台無しだぜ?」
ミザリィの『ご挨拶』にファニーはふ、と小さく笑みを浮かべた。異世界に飛ばされたとは聞いていたが斯うして再会するとは思いもしていなかったからだ。
元の世界では書庫に閉じこもっていた彼女が此方では普通に外に出歩いているとは考えられないとまじまじ見遣るファニーにミザリィは僅かな苛立ちを感じた。
ニヤけた顔が此方を見ている。折角のイベントだというのだから、母への土産をと考えていたら『コレ』なのだ。
「なぁ、ミゼ……」
――知られたくはない。ミザリィは苛立った。
「……ここで私の名前を呼んでみなさい。そのからっぽの頭を吹き飛ばしますよ」
『本当の名前』を呼ばれたくはないと殺気を放った彼女へと「へいへい、次からは気を付けますよ」と軽口を返しながら――本当に可愛らしいとは言いやしない。
●海洋II
折角の長期休暇だ。ラスヴェートに海軍のパレードを見せてやろうと武器商人とヨタカは揃って海洋を訪れた。
ラスヴェートからすれば海洋は『パパ』の故郷で祖父の居る場所だ。元奴隷である自分が祖父に嫌われてなければと緊張が滲む。
「小鳥はこの世界に故郷があるのだから、こういう時には帰省するのもよかろ」
そう告げた武器商人に「有り難う、紫月」とヨタカは頷いた。観覧席に居るであろう父アドラーの元に向かって、ラスヴェートを肩車してヨタカはのんびりと向かった。
「あ、いた。ラス、ほらおじいちゃんだ。お手手振っておやり」
「おじいちゃん……?」
「ああ」
ほら、とよく見えるようにとヨタカがアドラーを指せば、向こうからも此方を見る視線を感じる。
アドラーはと言えば、ヨタカは何をしているだろうかとふと考えていた。
(観覧席でパレードを観るのが私の務め……む、あれは…ヨタカと武器商人に……ラスヴェート、もか……? まさか帰ってきてるとはな……)
アドラーの側から此方を見ている、と呟いたヨゾラに武器商人は「……後で顔見せにいこうねぇ、小鳥?」と問いかけた。
厳格な父がまさかにやけそうになるのを抑えているとはその時は露ほど思わずに。
――蒼穹をただ仰ぐばかりの今までだったけれど、今年からは何か変われるような気がするの。
それが貴方と一緒だからとはコルクは言うことはしない。それでも、隣にある事。言葉を交わせることが当たり前ではないと知っているから。
そんなコルクの横顔を眺めて、この時期を誰かと過ごすのは久しぶりだとウィリアムは大見出す。
その相手が彼女なのは初めてで、どこか嬉しげなその横顔を見ているだけでこの休暇が楽しみで仕方が無い。
「ねえ、今年は何をしよう。何だって出来る気がするの。貴方とわたし、二人なら。ウィルくんはそうは思わない?」
「今年は、そうだな。色んな時を二人で過ごしたいと思う。何だって、とはいかないかも知れないけど……って、揶揄うなよな」
何だってとは行かないと思いましたと揶揄うコルクにウィリアムは唇を尖らせた。
随分と大人になった彼の背中を押して海へと足を浸せば、ひやりと冷たい気配が登る。
「冷たいな」
「……今年は二人で海に来れるといいね」
そんな未来を重ね合う。未来の話は笑いながらする方が良いと誰かが言っていた――ウィリアムは『めでたしめでたし』と笑う一日を過ごす彼女に幸福な将来(ハッピーエンド)を重ねるように「それから、何する?」と問いかけたのだった。
「シトリンクォーツ、ねェ。
まあ俺はいつでも代わり映えのしない一週間さ。テキトーな仕事で日銭稼いで酒飲んで、たまにおねーちゃんのいる店に行く。そんなトコロ」
己の『在り方』は変わりは無い。キドーはそれでもそろそろあの時期なのだとふらりと海洋の港に訪れた。
絶望の青から帰還したあの日が近付いてくる。
シトリンクォーツの浮ついた空気に背を押されて海洋の潮風を受けに来ただけ。それだけだと取り繕って。
「ハハ。SANZOKU LIFE、ねェ……まあ、たまにはこんなのも悪くないな」
一人酒を煽れば潮風が頬を撫でた。あの時の騒乱とは遠くなった賑わいが街を包み込んでいることを感じながら。
シトリンクォーツははじめて。海だって初めてなのだろと六花はきょろりと周囲を見回した。
「師父に、広い世界に触れるのも大事だって言われたし、もっと強くなるためにも必要なことだって思っているけど……。
浮ついてしまっているかも知れない、気を引き締めなくっちゃ……」
六花はそれでも折角来たバザーを心ゆくまで楽しんでいたかった。亜竜のシズリと友に、師父への土産物を買っておきたいのだ。
「アッシュちゃん、アッシュちゃん! とっても素敵なものが沢山並んでますね」
姉と慕う大好きなお友達、アイラの呼びかけにアッシュははい、と頷いてから追掛けた。
「ふふん、今日は欲しいものがあったら何でも買ってあげちゃいます。
流石におっきな建物とかは買えませんけど……努力はします! 可愛いアッシュちゃんのお願いですから!」
「あまり甘やかされてしまうと、わがままを言うようになってしまうかもしれませんよ?」
揶揄うようなアッシュは愛桜の連れたヴユーにマシュマロをあげながら、海洋のお日様をたっぷり浴びて育ったレモンドリンクを手に、マーケットを回る。
「ああ、そうだ、アッシュちゃん。今日ご一緒してくれたお礼に、この髪飾りをプレゼントしますね。
お好みに合うといいのですが……アッシュちゃんの綺麗なアリスブルーの瞳と似た色をしていて、可愛いなって!」
そっと差し出された髪飾りをアッシュは早速、と飾る。自然と零れたはにかみ笑いは、心が綻び胸のくすぐったさが心地よい。
「とってもとっても。大切にしますから……わたしも、実は」
こっそりと用意した青い蝶のチャームは、彼女を思い出してついつい手に取ったものだった。
「ふふふ。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくださいね」
「だけど、アイラさんも……わたしのことを頼ってくれたら、もっとうれしいです」
髪飾りと青い蝶。其れが繋いでくれますようにと願いながら、アッシュとアイラは微笑みあった。
●海洋III
「よーし、バザーに出店するよ! 『隠れ宿polarstern』シトリンクォーツ出張店!
汗ばむような日も増えてきたし、商品も名前も売れること間違いなしっ」
Meerは謳いながら接客を続けて居る。頑張る息子君のお手伝いにやってきたのはRifflutであった。
「白雲と晴れた空に♪ シトリンの歌は高く、高く♪ 潮風に春が香れば♪シトリンの星がふれ、ふれ♪ ――散策のお供に冷たいドリンクはいかがですかー?」
メロンソーダの底にはブルーハワイのシロップを沈めて、たっぷりのソフトクリームにはキラキラの金平糖。
「じゃーん! 特製クリームソーダの完成! 冷たい夜の海と氷山がモチーフになってるんだよっ」
謳うMeerに父はこっそりと『性別不明』的な魅力で客を誘ってジュゴン饅頭を売りさばいているのであった。
お父さんです。お父さんですってば。――それでも、本物の誘惑とはこういうことを言うのだとこっそりと『売りさばく』父にMeerが気付いたのは少し経ってからなのであった。
「休暇か……覇竜が外に開かれてからはだいぶ忙しかったからね、ここらで羽根を伸ばすのも良いだろう。
私にとっても初めてのシトリンクォーツだ、初めて同士楽しめることもあるだろう。君も働き詰めだ、ゆっくりしようじゃないか」
「えへへ、お誘い有り難う。とっても嬉しいわっ! 何処に行きましょうか」
バザーを回る美透に琉珂は「あっちもこっちもおもしろそう」と指差確認する。
「ふむ、ラサのバザーも凄いが、こちらのバザーも負けず劣らずだね。潮風と活気が心地良い。
ラサとの販路の確立が出来れば、覇竜でもきっとこんな風景が……と、すまない。今は休暇だったね、つい……」
「……うん、そうね。あの場所にこうやってバザーが出来るようになって、沢山のお商売が栄えて……。
そうしてね、沢山の品々を販売する商人の皆さんから美味しいモノを買い込んでパーティーを開くのよ!」
堂々と宣言する琉珂に美透は「それはいい」と頷いた。ならば、休暇中の『調査』も悪くは無いだろう。
「それじゃあ辺りを見て回って、何か美味しいものでも買っていこうか。きっと、宴への良いお土産になる」
海洋王国の風景を見ているとフーガは故郷を思い出さずには居られなかった。蒼くキラキラとした海に、白い石造りの建物。
太陽が暖かくて――ぼんやりとした頭を起こしてから海軍のパレードへと向かう。
「おいら、元の世界では軍楽隊の一員だったから、異国ではどんなパレードするのか興味があるんだ。
立ち振る舞いとか音楽、パレードに使う道具とか……観察してたら、今後の参考になりそうかな」
一週間の休暇――そう言われてから雷霧は「そういう事やったら」と訪れたのは海洋王国であった。
のんびりとし海で釣りを続けようとしてから人集りにふと、気付く。
「はぁー、アレがパレードって行事なんや。ごっつい迫力やな」
釣りをしながらのんびりと眺めるかあと雷霧は進む行列を眺めた。
「今はシトリンクォーツ! 日々、看守としての仕事をしている(?)私も今日ぐらい休まなくっちゃね!」
シトリンクォーツのバザーは珍しいモノがありそうだとセチアは海洋を見て回る。
「基本的、鉄帝から出た事がないから、きっと見た事もない色んな物に興味を持ってしまいそうだけど……特に求めているのは美容品や服、アクセサリーかしら?」
海洋の人々は皆、お洒落な気がする。そして、S級闘士のあの人が飾り付けてくれたときからお洒落に興味が湧いたのだ。
「私も一応、女の子だもの! 休日ぐらい、御洒落を求めたってバチは当たらないはずよ!」
「我モスカぞ、メカモスカぞ。だから我はモスカの海へ行く。
モスカの海で漂い。本物を知る。ROO世界ではなかった。ものを、我は知る。
母上(クレマァダ)父上(カタラァナ)貴方はどこで、何を知っていたのですか。
何を学び、感じたのですか。教えてください、貴方達の子供は、我は何も知りません」
ビスイコッティはコン=モスカの海を目指した。
「それでも我は、前に進むのです。我は我であるということを、信じているからです。愛子として生まれたことを、知っているのです。
生まれたことは祝福である。それを母なる海に、静寂の蒼の中に生まれるこのモスカの海で我は――誰と出会うのでしょう」
漂うことで知る事があるならば。ビスコッティは母なる腕に抱かれるように波のしじまに揺られるだろう。
冬を海洋で過ごして、少しだけ旅に出た。それから、少しの余暇はやっぱりこの地で。
アリスは家のほこりっぽさには目を背けた。ゼファーが第二の故郷みたいなものよね、と告げる声だけ聞いていたいから。
お祭りムードに浮かれた街は、地方から自慢と自信を持って品々を持ち込む商人達から素敵な出会いをもたらされるはず。
「あらゼファー、あなた亦、お胸が大きくなったかしら? 気にしなくてはならないわ。
だって、出回るのが早いのだもの。水着に乗り遅れないようにね」
「……成程、水着ねえ、ってこらこら」
いやらしい意味じゃないのよと首を振るアリスにゼファーは小さく笑った。異国情緒漂う流麗な生地を用いたものも悪くは無い。
適当に選んじゃダメよと唇と硝子アリスはきっちりフィッティング出来る場所じゃなければダメと言葉を重ねた。
「まあ、事実そういうとこもありますし? 折角だから見繕っていくのも悪くないわよね」
色取り取りの糸に浜辺に打ち上げられていたかの様な煌めきのビジュー。極楽鳥を思わせる羽飾り。それから、
「トップスはこっちの方が似合うわ。お靴は此れを履いてみて頂戴!」
「今日はすっかり着せ替え人形。うん、まあ楽しいですけど?
この後は蜂蜜ちゃんのも、私がたっぷり選んであげますからね?」
覚悟してちょうだいなと笑いかければアリスはおどけたように微笑んだ。
「ええ、勿論此の後はわたしのを選んで貰わなきゃ! あなたの前ではとびっきり可愛いわたしで居たいから!」
●海洋IV
「ふむ、あそこでもバザーを行っていると。であればどのようなものがあるか、少し調べてみましょうか」
折角ならばとシトリンクォーツのバザーにバルガルは客として参加していた。普段は練達やラサに注目していたが、海洋でもこうした商売があると言うことを失念していたと唸る。
「さてでは何を探そうか……真さん宛て用に何か良さそうな物を探してみますか。
小物を送るには歳が、ですし文房具辺りの物。ペンとかで良さそうな物はないでしょうかね。
ついでに自分用の土産に肴と酒も購入しておきましょう。宿で一人酒するも良いでしょうし」
品を選ぶことは楽しい。それが市場の調査に繋がるとなれば、もっと喜ばしいモノである。
「そういえばまだ海洋には行った事がありませんでした」
お茶会用の紅茶を探しにジョシュアは訪れていた。茶器も気になるが、個人的な見物は後回しに、一先ずは茶葉を取り扱う店に向かおう。
「作って下さるというマカロンに合わせるのにはどれがいいでしょう?
マカロンは食べた事がないのですがメレンゲのお菓子だと聞きます。せっかくのお茶会です。友人に美味しい紅茶をお入れしたいです」
甘いマカロンに似合うであろう紅茶を選び、美味しい淹れ方を店員に確認しておこう。そうすることで、屹度素晴らしいお茶会を楽しめるはずだ。
海軍の演習に参加した警官のあるイズマはどの様なパレードが見られるのだろうかと楽しみに海洋へと訪れていた。
「おお、動きをキッチリ合わせてるし、すごく硬派な感じがする……さすが軍だな。
パレードだし演奏もきっとあるよな?お、あれはマーチングバンドだ。
あれは簡単にやってるように見えて、かなり重い楽器を担ぎながら動いて演奏して……とするから体力勝負なんだ。
それでも難なくこなしてるのは凄い。つまりそれほどの鍛錬を積んでるわけで……よし、俺ももっと頑張ろう」
見物に訪れた事で素晴らしい刺激を得たとイズマは頷く。帰ったならば基礎から練習をし、あのパレードに負けないほどに素晴らしい演奏をしようではないか。
「シトリンクォーツですか! お祭りに参加するのは初めてかもしれません……!」
うきうきとした様子のカスミは海軍パレードを見に行きたいと案内に従って街を歩く。
「何が行われるでしょうか? 演奏? それとも兵器や日々訓練している事を見世物へと変換したモノでしょうか?」
折角ならばバザーで食品や飲み物を調達し、パレードを見に征かねばならない。
「もう……そんなに食べ物に夢中にならないで? メインはこれではないんですから」
揶揄うような影の言葉に、カスミはくすりと笑ったのだった。
「シトリンクォーツ? それはパワーストーンじゃないの? まぁ何かしらイベントをやっているなら、行かない理由は無いでしょう?」
「確かにパワーストーンだった気がするけど、由来は石じゃなく、この時期に咲く黄色い花みたいだよ」
瑠璃と楽しめるならば彗星は足を止める理由は無い。バザーへと二人で足を運べば、予想以上の人通りが見られる。
「これじゃゆっくり見る暇もなさそうかしら……彗星、逸れないように私の手を握っててくれる?」
「君を絶対に離さない……なんてね?」
ぎゅっと手を繋いで二人揃って歩き出す。瑠璃はシトリンクォーツを使ったグッズはないかしら、と周囲を見回した。
折角ならば同じモノを二つ欲しいと提案した彗星は今日の思い出に愛しい瑠璃と揃いのモノがあっても良いと店主へと声を掛ける。
「すみません。此処にパワーストーンが使われた品物はある?」
キラキラと輝くものが好きだから。二人で揃いのモノを用意すればそれは素敵な思い出になるはずなのだ。
「ふぅ、まとまったお休みが取れたねぇ」
白と黒の花を手にしてシルキィはシャルロットの元へと訪れていた。その丘に吹く風は優しい。
「ねぇ、シャルロットちゃん。わたしね、不思議な夢を見たんだ。
もしも手紙が届いていたら、もう知ってるかもしれないけど……
キミもビスコちゃんも元気にしてて、お話しながらお菓子を食べてお茶をして。とっても幸せな夢だったんだよぉ」
それから――心の中に抱えていた想いは、手紙に託した。
彼女に届いているのだろうか。届いてくれていたら嬉しいと、そう思いながら。手紙にさえも書けなかった想い。
(もうひとりのキミ、ここにいるキミ。
――出会えたことがわたしの幸せだから……キミの元にも、同じくらいの幸せがありますように)
答えるように吹いた風がその頬を撫でる。シルキィと笑ってくれる彼女が、大切だった。
●ラサ
「――と、言うわけで」
ラダが語ったのは覇竜との関係など、余り表立たないが多忙を極める日々の話だ。
気分転換と言うよりも挨拶周りの一環とコネ作りの場所でもある。
「成程、話を聞くのも面白いですね」
「ああ、そうだ。ローレットへの支援や先日ヴァズまで来てもらった事にも感謝を。
イヴもよく頑張ってくれた。良い情報屋になれそうだな」
ファレンの背後からひょこりと顔を出したイヴは「それ程でも」と自慢げにラダを見上げている。
そんな和やかな空気を感じながら、深緑からラサに避難した者達が自身の故郷に身を寄せていることが思い当たった。
「隣国とは言え環境は全く違うし、気の紛れる品をサンドバザールで探して土産に持っていこうかな。
深緑産の茶葉や香あたりを、ちょっと探してから帰ろうと思うけど」
「ああ、よければラダさん。買い物に付き合いましょうか。茶葉ならば我々も詳しいと思います」
「今はシトリンクォーツという長期休暇らしく。宴……食べ物があるらしいのでマスターがご機嫌ですね」
林道に「黄色い花ってどんなものかしら?」と問いかけながら紫苑はパレスト邸での宴に参加していた。
深緑が大変な目に遭って、そこに住む人々を同盟国として元気漬けようとしていることしか知らないが、ラサでの宴は紫苑も楽しみにしていたのであった。
「……彼処で『お肉ばっかり食べちゃだめ』と言っている人達もいるでしょうから、特にマナーなどはないとは思いますが……」
マスターは食べ尽くしてしまう方だからとリンドウは注意して彼女を眺めていた。紫苑はどんなゲテモノでも食べ尽くしてみせると様々な料理を皿へと運んでいる。
「マスター、失礼ながら今食べている物は何でしょうか?」
「”人形には感情はありません”って言うけれど……今の貴方、怪訝な表情をしている気がするわよ? ……教えるけれど」
ラサでのイベントがあると危機ウォリアはリサにプレゼントでも用意しておこうと市場を見て回る。
メカニックである彼女の興味がそそられるような面白い『掘り出し物』があればいいと眺めれば『ウォリア好み』の品が一つ鎮座していた。
「おい店主、これを一体どこで……………ネテル…お前何故ここにいる? まさか召喚を受けたのか!?」
「……当然召喚されたに決まっているでしょう。混沌肯定で感知能力まで失いましたか? 連絡もないとは……姉は悲しいです」
「ま、待て……此処で『姉』と呼ぶ事を強要するな! 杖を振り上げるな! 出奔の件は悪いとは思っていたが…とりあえず裏路地に場所を移すぞ!」
突然店主が暴行を加えようとする突拍子もない場面が出来上がる。慌てるウォリアにネテルは「何をしてたんですか?」と問いかけた。
「まあ……ついにそういう相手が……! 任せなさい!
プレゼント選び、そんな面白……いえ、素晴らしいイベントなら! 助けなくては姉が廃ります!」
「いや……買い物くらい一人で……待て、引っ張るな……わかったから!」
積もる話もありますからと笑ったネテルにウォリアは今は素直に再会を喜んでおくかと肩を竦めたのだった。
「ラサの風景は少し故郷に似ているな。衣類はラサの方がだいぶ開放的だが」
周囲を見回すアーマデルは「む、あそこに見えるは弾正。何をしているのだろう?」とこっそりと近付いた。
ラサのイベント市に秋永一族の認知をあげるためにカジキマグロを販売し続ける弾正。
何故か地面からぼこぼこと増えてくるカジキマグロ。
「混沌米『夜さり恋』も使って、カジキマグロの甘露煮ご飯を実演販売だ! そこの君も試食を……あ、アーマデル!?」
「弾正…そんなにカジキマグロが好きか…俺よりも……」――とは言いはせず何事も無かったような表情(かお)をしてアーマデルは弾正の前へと現れた。
「奇遇だな弾正、こんな所で会うとは。すとーきんぐじゃないぞ、ほんとだぞ。
まあ、こんな機会をあんたが逃す筈は無いと思ったんだ。いつも布教とか商売とか頑張ってるだろう?」
そう振り返ったアーマデルは「そういえば、先日うちの領地に特攻してきたカジキマグロがカラフルに光りながら帰郷して…い、いや何でもない。俺は何もしてないからな」と呟いた。「え?」という顔をしたイシュミルは「私も何もしていないよ?」と首を傾ぐ。
「あ、ああ、イシュミル殿も、よかったら試食していってくれ。飲み物の用意がなかったから、スムージーの用意があるのはありがたい」
「この色、ツヤ、不敵なツラ。まさに常山(弾正の領地だぞ)の産だな。あれちょっと増えすぎなのでは?」
「いやいや、だからこそ販売をだな」
カジキマグロが生えてくることに何ら疑問を抱かぬ二人にイシュミルは良いのだろうか――なんて偶には常識人のように考えるのであった。
●ラサII
「今年は休暇を貰えたんですねぇ。いえいえ、こうしてお付き合い頂けるんですもの嬉しいですよ?」
サンドバザールに視察でも、そう誘ったエルスの頬が朱色に染まる。視察と銘打ったからには『誰かに声を掛けられる』ディルクを受け入れるしかないだろうか。
「ディ、ディルク様! 今は私とデートをして下さっているのでしょう? 余所見をされるのは……意地悪が過ぎると思うのです!」
「あん? 視察だろ? 意地悪? その方が……いや、そういう所も好きだろ?
まぁ、違うってんなら訂正してくれても構わないけど。訂正されたら――案外『変わる』かも知れねえぜ」
訂正と呟いたエルスは「ふーん?」と呟きながらちら、と彼の顔を見た。
「……私、正直意地悪じゃないところも見たいかもしれません。からと言って素直に甘えてどうにかなる事です?」
――意地悪なところも好き、だというのはそうじゃないと構って貰えないと感じていたから。
訂正したら彼はどの様に接してくれるだろうか。キスの一つでもくれるならと少し我儘になりつつある己を律しながらふん、と外方を向いた。
「大概チョロいと思われているようですが…同じ事をされては耐性もついてくるってものです。
その程度なら訂正のし甲斐も無いでしょうね? なんて。不機嫌になっちゃいました? ふふ、私も大概に面倒な女なのですよ?
――あと、忠犬のこ…ワロ、エル公ってなんなんです??」
「ラサのサンドバザール、話に聞くことは多かったのですがなかなかタイミングが合わず行くことが出来なかったのですよね」
雨紅が歩を進めれば夜金の姿が見られた。仕事であちらこちらに足を赴いている夜金との再会があれば是非、少しばかり世間話でもしたいものである。
「おや、久々に会うねぇ雨紅(ユーホン)。
イレギュラーズの活躍は聞いてるよ、オレとしちゃ覇竜と流通繋がりそうなのが特に楽しみだ」
ひらりと手を振った夜金に雨紅は頷いた。少しばかりの近状報告をしてから、ふと、品を眺めやる。
「ところで、今日は装飾品の類を仕入れていませんか? いえ、夏に向けて新調するのもいいかと思いまして。
……夜金が仕入れる品は、良いものばかりですから」
ふと、夜金の表情が固まる。向くというか、純粋すぎて馬鹿にして呆れたい半分、そのままであって欲しいような何とも言えない心地になって夜金は肩を竦めた。
「……私、おかしなことでも言いましたか?」
「シトリンクォーツねぇ……俺は向日葵姉さん程、色々活動している訳じゃないけど……でもまぁ、だからって楽しい事に参加しない理由はないよな?」
夜顔はラサには余り訪れた事が無かった。故に、この国のサンドバザールがどの様なモノなのかが気になった。
流石はブラックマーケットと言った様子のサンドバザールを眺めながらも、商人が配布する案内図を眺めやる。
(……今、隣国が大変だからこそ、ラサが頑張っているって話を聞いた。
少しでもその頑張りが報われるよう、俺は沢山笑おう。切実そうな顔をしている子でもつられて笑うかもしれないしな!)
幻想種の姿を眺めては夜顔は出来れば楽しそうな空気で過ごしておきたいと考えたのだった。
「シトリンクォーツ……もうそんな時期なのですね」
故郷のことを思えば気も漫ろに。それでも、他の土地に出掛ける機会だというならば気分転換をしておかねばとハンナは片割れ――シャハルの言葉を思い出して、のんびりとサンドバザールへと歩を進めた。
気を張り続けても肝心なときに力が出なくなる。串焼きを手にハンナは織物などの品を見て回る。
「お土産になりそうな何か素敵な柄のものや掘り出し物があるといいのですが……。
うーん、良し悪しはよく分かりませんね。ここは直感で選びましょう! ……ふふ。良かった、楽しめそうです」
「乾いた風。砂漠。やはり落ち着く、気がする。美味しい。楽しい。新しいもの、探しに行く」
ふらりと訪れたイラリカはまだ目覚めたばかり。知識としては余りに乏しく、市や宴をふらりと眺めて見知らぬモノを探しに行く。
味覚は甘いが美味しいと知っている。楽しそうな人を見れば自分も楽しい。
そう、イラリカにとっては、コレが勉強の一つなのだ。人を疑うと知っていても上手い嘘には騙される素直さも、ぼんやりとした寝起きの顔が感情を滲ませるのだってまだ――
「さて折角のお休みの日ですし、普段見る事の無い場所を楽しみに行きましょうか」
テルルの喫茶店は一時休業し、普段は幻想から離れない為に眺めることの出来ないラサの市場へと足を運んでいた。
異国情緒溢れる品が多く、サンドバザールは見ているだけでも面白い。
「これは、壺でしょうか……」
喫茶店に飾る品の他、普段使い出来るものも探したい。粗悪品であるかは分からないため、目利きが必要ではない通りでの散策をと考えるテルルの目に止まったのは可愛らしい茶器であった。
ハザールを冷やかしながらバート浮くルナは深緑が封鎖された事で情報も集まりやすいだろうと考えていた。
姿を消した部族の仲間達の情報を少しでも探しておきたかったからだ。一体何処に行ったのか、其ればかりが頭を巡る。
「なにがあったってんだよ。殺しても死ぬようなやわな連中じゃねぇだろうに」
呟きながら適当な酒とつまみを物色し、情報を探す。ルナの姿に気付いたファレンが手を振るが――まだ彼も情報は得ていないのだろう。
●練達I
「や・す・み・でーす! こういう時くらい何か変わったところで変わったことをしたいというのが人の性」
エマはにんまりと笑った。「いやーお久しぶりですね!」と誘いを掛けたのは亮である。
「誘ってくれて嬉しいけど、驚いた」
「ほら、ここって亮さんみたいな人達もいっぱいじゃあないですか。
この街の成り立ちと亮さんのいで立ちを鑑みまして……ここでの休日の遊び方、いっぱい知ってると思うんですがどうでしょう!? えひひ」
「いやあ、確かに? 俺の出身世界と似てるけどさあ」
「私も今はお金に困らぬ身。金に糸目はつけませんとも。さぁさぁ。さぁさぁさぁ。たまには一緒にあっそびーましょ!」
金に糸目は付けない――そんなエマの言葉に「まじ!? じゃあ、先ずはゲーセン行こうぜ!」とテンションを上げて亮はエマを誘うのだった。
今日はおじさまと水族館デート。そう宣言するルアナは最近はデートと口にしても否定されないから『正式にデート』なのだと心を躍らせる。
「ペンギンさんかわいいよねー。水の中では速く泳ぐんだっけ?」
「水中だと、空を飛ぶように泳ぐようだな……下の水槽からなら見る事が出来るだろうか。
しかし……ペンギンの散歩か……陸上を歩くには向かない生態のようだな」
てちてちと歩くペンギンを眺めながらグレイシアは空を飛ぶように泳ぐならば確認しに行こうかと地図を眺める。
「えっと……じゃあ下の水槽もみに行こ! こっちかな?」
早く早くと手招いて。階段へと駆けて行くルアナをグレイシアは「待て待て、走っては危ない」と保護者として困った様子で追掛ける。
走るルアナは、怒られたって構わなかった。追掛けてくれる彼を見ることが嬉しくて堪らないから。
走るルアナの体が傾ぐ。危ないと手を差し伸べたグレイシアは間一髪で彼女を受け止めるが――
「おっと……全く、だから危ないと……?」
眠っているのか、それとも。意識が途切れたルアナを抱きかかえて一先ずは休憩の出来るベンチに向かおう。
それが悪い予兆でなければいいとは思いながら。『勇者』の身を案じた『魔王』は不吉を感じずには居られなかった。
「水族館って初めて来るのですが、たくさんの魚さんに会えると聞いてわくわくしています」
初めての水族館なのだとリスェンはわくわくとした様子で歩を運んだ。
「わあ、ほんとにいろんな種類の魚さんがいるんですね。本でしか見たことがないような珍しい魚さんも…!
まるで海の中を歩いているみたいです。この子、表情がかわいいなぁ……こっちの子はきれいな色だなぁ……。
こっちの子は大きい! 何を食べたらこんなに大きくなるんでしょうか……」
肩に乗っている羽リスのナルちゃんも「きゅ~!」と鳴いて休日を喜んでいるようである。
「あっ、なんか来たことある気がする。へー、再現性東京っていうんだ?」
――初訪問でありながらも六合は来た気がすると堂々と言い張りながら足を運ぶ。
「水族館ってなぁに? お魚がいっぱいいるの? 食べていい?」
盛大な勘違いと友にパンフレットを手に「ふわー! 綺麗だね、おいしそうだね!」と子供の様に燥ぎ続ける。
どこかの釣り堀で魚を食べる事が出来れば屹度心は躍るのだろうが、今日の所は我慢なのだ。
「僕は水族館の知識はありますが、赴くのは初めてなので、とても楽しみです」
パンフレットを手にしたテアドールに「……恐らく全員初めて、でしょうか」と星穹は首を捻った。
「性質上、潮があまり得意ではないから海の生き物には実はあまり詳しくないんだ。
テアドール殿も星穹殿も水族館は初めてなようだから皆で楽しみたいね」
練達の施設はわくわくするねとパンフレットを覗き込んだヴェルグリーズに星穹は「そうですね」と頷いて。
薄暗い照明の中、斯うした技法で魚を美しく見せているのだと真面目な表情を崩さぬテアドールをヴェルグリーズは手招いた。
「あの小魚なんて鮮やかで可愛いよ。クラゲもたくさんの種類がいるんだね。ペンギンもあの丸い姿がとても愛らしい」
「本当ですね。あら、魚……すごい色ですわね。ほら、頭の上を通っていますよ」
ほら、と指差す星穹に釣られて顔を上げたテアドールは「見上げる場所にはソファが。良い配置ですね」と頷いた。
「そうですね。彼方のゾーンも見に行きましょう」
「これがメインでしょうか。ダイナミックで圧倒されますね。こんなにも大きな水槽を維持するのは大変そうです。
……ああ、でも子供達も喜んでいる。水族館は素晴らしいところですね」
星穹とヴェルグリーズは顔を見合わせて頷き在った。テアドールも楽しんでくれている。ならば、その『楽しさ』をシリーズの皆にも分けてやりたかったのだ。
「他のテアドールシリーズの皆さんにもお土産を渡したいところですし、物販に寄っても構いませんか?」
「いいね。でも、ぬいぐるみなんてどれも可愛いから迷ってしまうね。思い出をたくさん持って帰ろうね」
二人の背を追掛けてからテアドールはいるか、しゃち、くじらと数えてから両手一杯にぬいぐるみを抱えた。
「ぬいぐるみの袋は皆でわけっこしましょうか。こけてしまうと痛いですもの。あらあら……ふふ。かわいいですね」
埋もれるようなテアドールが愛らしくて。星穹はくすりと笑ってから「わけっこです」と手を差し出して。
――情報屋になりたい。
吐露した気持ちが彼と自分の中に少しばかり惑いを産む可能性があるからとハリエットはそれは抜きに過したいとギルオスを水族館へと誘った。
「最近遠慮なく連れ出してる気がするけれど……お仕事大丈夫だったかな」
「山ほど積み重なる書類に囲まれてたからね――息抜きも丁度したい所だったし。はは」
後で手伝うね、と肩を竦める彼女に「ありがたいなあ」と笑うギルオスは情報屋として共にある未来をふと夢想した。
「ギルオスさん、順に回るか、先に屋外に出てイルカのショーを見に行くか……どっちがいい?」
「こういうのって行う時間が決まってるからね。丁度始まる頃なら、まずはイルカショーから」
言葉を重ね合わせることが楽しいことも彼が教えてくれた。淡々暮らす毎日に楽しみを見出す方法は彼から貰ったようなものだった。
「あぁそうだ。迷わない様に手でも繋ごうか――結構人も多いみたいだしね」
「……あ、うん」
服の裾でも、と言おうとしたハリエットはぱちりと瞬いた。しっかりと握られた掌は少しの緊張が滲む。
弁当のサンドイッチを落としてしまわぬように。サンドイッチは彼に始めてごちそうして貰った思い出の品だから。
食べるときにギルオスは笑うのだ。「懐かしいね」と。あの日より幾分か柔らかくなった彼女の空気を感じ取りながら。
「この間再現性東京のマップを見てる時に見つけた植物園なんだけど、少し変わっててな。
近くに足湯とかがあって、ゆっくりしながら花を見られるらしいからどうかなって」
「成程。あまり行楽には出掛けたことがないので新鮮です。お誘い有り難うございます」
一面の花を見るのははじめてなのだという竜真は花のソフトクリームを購入し、晴陽に手渡した。
足湯にのんびりと浸かりながら花を一望できるスポットは忙しない日々を送る彼女の心も安らぐだろうか、と竜真はほうと息を吐く。
ソフトクリームを手にした晴陽をちら、と見遣ってから妙な気恥ずかしさを感じられた。
(……晴陽さん、脚綺麗だな。それに多分足湯のせいなんだろうけど、少し顔が赤くなってて。なんていうか、そう)
――可愛い、と思った。
今までにもそう思う事はあったが、彼女が隣にいると何かが違う。
「どうかなさいましたか?」
問う晴陽の表情は余り変わらない。けれど、純粋に彼女の事が知りたいと思った感情に名前を与えられるならば、屹度――
●練達II
バレンタインの時に行きたいのだと行っていたアフタヌーンティーセット。バレンタイン限定メニューはないけれど、シトリンクォーツ限定セットが始まったのだと定はなじみに声を掛けた。
「限定と言うだけあって金粉がかかってたりチョコ全体が金色だったり……な、なんだかすごい煌びやかだ。
年明けからこっち、なじみさんには色々と迷惑をかけたからそのお詫びに……」
「お詫び? ふふん、それならなじみさんだって『心配』させたから受け取れないなあ」
「う……なんていうと言い訳がましいよな。行きたいって言っていただろう? だから今日はチートデイだ、沢山食べちゃおうぜ!」
口の中が甘ったるすぎて苦いモノが欲しくなるくらいに食べようと定が告げればなじみは早速チョコレートドリンクを飲み干して「オーケー!」と微笑んだ。
チョコレート尽くしのシトリンクォーツセットを前に、aPhoneを眺めて定は意を決する。
「なじみさん、僕、この後水族館に行きたいんだけど一緒にどうだい?」
「うん。今日は定くんの為に予定を空けておいたよ。水族館って楽しいよね。
私はイルカのショーを見るのと、ペンギンの散歩が好き。お魚は、少し美味しそうに見えちゃうけどさ」
「僕はイルカのショーも、クラゲのコーナーも、薄暗い部屋の中でベンチに座って泳ぐ魚をぼうっと見ているのが好きだな」
自分の好きなものを彼女にも知ってもらいたい。屹度、素直に告げれば「なじみさんに教えて」と彼女は揶揄い笑うのだ。
――そんな事を考えながら、水族館の前にちゃっかりと夢華ちゃんが立っていたのは……。予想外、だけれど。
「どこもかしこも混んでるんだもの、そういう時に出かけたくなくなったのは大人というか枯れたというか……はぁ」
だらだらとしながらアーリアはお手頃価格のイタリアンレストランで頬杖を付いていた。
「ってことでマグナムボトルのワイン! ペンネアラビアータ! 生ハム! ラムの串!」
「よく食べますね」
「ホントだねえ、アーリアせんせ!」
声を掛けられて『枯れていた』アーリアははっと顔を上げた。学生達も御用達のイタリアンレストランだ。
当然教え子と出会う可能性はあった。アーリアは店員に断ってから相席しましょうよとひよのとなじみに声を掛ける。
「……あら、そこにいるのはひよなじコンビちゃん! よかったらいらっしゃいなー。
ここで会ったのも縁だもの、ささ今日はせんせーが奢ってあげちゃいましょ!
好きなもの頼んで、女子会といきましょっか。ドリンクバー混ぜるのも、ピザのチーズ増量もおっけー!」
「本当に? やったぜ、ひよひよ」
「……もう。それではごちそうになります」
折角ですからと笑ったひよのに「ふふん、せんせーに任せなさいな」とアーリアは揶揄い笑った。
「シトリンクォーツだかゴールデンウィークだか知らないけれど、一週間も連休にするだなんて誰が考えたのでしょうね。
鏡禍はこんな風習は知ってたかしら?」
仕事が滞ったりしないのかしら、と呟いたルチアに「何でもこの時期に休日が重なるようですよ。僕も詳しくは知らないのですが」と鏡禍も首を捻った。
「水族館は来たことはある?」
「実は僕も初めてです。
大体鏡が置いてあるのって施設だとトイレとかぐらいなものなので、知っていても見たことはないんですよね。海の中とか横から見たらこんな感じなんですねぇ」
「まるで水の中にいるみたいよね。海で泳いでいる魚を船から眺めたことはあったけれど、こんな間近で泳ぐ姿を見ることができるなんて」
圧倒されっぱなしだと二人揃って巨大な水槽を前に息を呑む。休日は、人混みに紛れて逸れてしまいそうだから。
鏡禍は「手、繋ぎませんか」と小さな声音で問いかけた。
「確かに、これだけ人が多いとはぐれそうよね」
そっと、その手を握り返して、赤くなった頬を隠す鏡禍を見ることが出来ないままルチアはその恋心を隠して掌をぎゅうと握りしめた。
(海洋にはいったし。次は何処が良いかな。ラサは女の子には、あまり向かない気もする。
暑いし砂多いし。そういうの苦手そうだ。何時か一緒に行ってみたいとは思うけど。まぁ、そいつは何時かの話にしよう)
愛無は「というわけで記念すべき勤労感謝の日」と新社会人になったばかりの水夜子を労ろうの会・会長の『怪生物』として思う存分に労る予定なのである。
「それに折角だから、みゃーこ君が普段は、どんな事をしてるか知りたいなって。
ランチとか。好きな物を奢るよ。何でも食べていいからね。この会話も、何だかすっかり恒例になった気もするけど」
「これも『らぶあんどぴーす』ですか? ラサに行くなら其れ用の洋服を調達したいですよね。アラビアンナイト? みたいな」
軽口を叩きながらaPhoneで適当に調べたカフェでのランチに向かう足を止めることはない。水夜子も随分と愛無と過ごす事に慣れたものだ。
(彼女の危うさは何に起因するんだろうな?
まぁ、そんな人間に僕が惹かれるようなモノか。彼女も年頃の少女って以上に複雑な少女って感じだしな)
希譚での彼女の話。それから――そうは思い出すが、これが青春。ゆっくりと歩調を合わせていけば良い」
「再現性都市とは毛色が違うが。みゃーこ君が気に入るような話が、きっとあると思うよ。
なに。化物が出たら僕が守るさ。割と荒事は得意だからね」
「あら、素敵。折角ならサンドバザールとか回ってみたいですよね。ちょっとばかり旅行気分で」
練達での旅行気分を楽しんで、アンジェリカは食べ歩き用のパンフレットを手にしていた。
どんな店があるのかは分からないが、屹度、彼女を喜ばせる店舗が並んでいるだろう。
●練達III
「シトリンクォーツ、一週間の休暇なんて元の世界でも取ったことが無いな。
まぁ組織に休暇申請しても通らなかっただろうが……。それよりも一週間か。そういえば水族館のチケットが貰えるらしいが」
どうすると問うた孝臥に弦月は「大盤振る舞いだな」と頷いた。
どうやら孝臥は水族館に興味があるらしい。チケットの配布の際にパンフレットも共に配られてきたことを確認し、ふと彼は唸る。
「水族館か……それはその、ペンギンとかイルカのショーとかもあるのか? あるなら、そうだな、行ってみたいな……」
「普通にあるんじゃないか? 無くても色々見て回れば何か面白いもんはあるだろうしな。じゃあ行くか」
弦月の快諾に孝臥は喜ばしいと頷いた。早速、水族館に向かいイルカショーを楽しもうではないか。
「シトリンクォーツ……『幸福』『希望』等の石言葉が在ると聞いた事があります。
つまり、今は私の幸福と希望を探すべきという神のお告げですね……! 感謝と享受しましょう……!」
ナズナサスにとっての幸福と希望とは即ち愛。つまりは愛を探して『同人ショップ』を回ることこそが彼女の愛奈のである。
「新たなカップリングやジャンル等の出会いを期待したい所ですね?
私は知っています。再現性東京の人達は逞しいと……自身を害するモノですら愛して自らの創作の糧にしてしまうのだと。
つまり龍関係の新たなジャンルが開拓されている気がします……!」
ええ、ジャバーウォック君でも大丈夫ですか……?
「折角のシトリンクォーツというのに、なぜだか音呂木神社に来てしまった。
……まあ、秋奈と、二人きりで神社に来るのも悪くないな。せっかくだし願掛けにあずかろう」
そう呟いた紫電の前をびゅーんと走り去っていったのは秋奈である。
「やっほー! ひよのパイセン! フリアノンとかニーズヘッグやらで私ちゃんも願掛けしに来たのだ!」
「あら、お二人お揃いで。お忙しいですか?」
「最近は覇竜でてんやわんや、幻想もリーゼロッテが大変なことになり、深緑に至っては非常事態……全く、お陰で退屈しない。
これから秋奈と一緒に真性怪異の調査に向かうんだ。大丈夫、秋奈ならちゃんとやれるはずだ。多分。きっと……」
「何とかしてくれるはずだぜ! 紫電ちゃんが!」
「ってオレに厄介ごと丸投げかよ!? ……まあ、いい結果を期待していてくれ」
肩を竦める紫電を見遣ってからひよのは「秋奈さんできないんですか?」と揶揄った。
「やれますが。やーれーまーすーがーいやいや、これでも頑張ってるんだってば!」
「では、神社のお手伝いも出来ますね」
「ぴえん」
しょんぼりとした秋奈が準備へと征く背中を見送ってから紫電は「丁度良かった」とひよのへと声を掛けた。
「真面目な話、今後の怪異絡みで秋奈が無事でいられるかどうかをな。
巫女見習いとしてだけじゃなくても、ただでさえ怪異に憑かれやすい秋奈がちょっと心配になって。
夜妖は斃せても神霊系の怪異じゃいつかふいっと……と思ってしまうと……」
「そうですね。彼女は好奇心が強いですから。でも、それを止めるのが紫電さんではないでしょうか」
意地悪い言い方だ、と呟きながらも紫電は首を振った。
「……そう、だな。オレがそばにいないと。なにを悩んでいるんだ。
道を踏み外しそうになったら、引っ叩いてでも現世に戻してあげるさ。ありがとう、ひよの」
再現性東京風の衣装に身を包んで。サンティールは「ブラッド、スーツ良く似合ってるよ!」と微笑んだ。
彼女にも同じ言葉を返したブラッドは「孤児院の子供達は無事で安心しました」と息を吐く。
「それはほんとによかったよ、でも、でもね。
も~~しんじらんない! これから僕の新生活ってときに! こんなことある!?」
「サンティールも…まぁ、運が悪かったとしか言えませんが無事で良かったです。
はいはい、今日は行きたいところに付き合うので気を取り直しましょう」
むむ、と唇を尖らせたサンティールにブラッドは肩を竦めた。行きたいところは水族館、そう告げられたからブラッドはふと思う。
「泳げはしますが水場用の服が今日はありません。大丈夫なのでしょうか」
「……ちがう、多分ブラッドの想像と違う!
ブラッド電子端末の使い方もわからないんでしょ? だったら、ほら! はぐれないように! 僕につかまってて! 」
「はい、いつだったか頂いた電気で動く板も持ってきましたが光らなくなってしまったので心強いです」
じゃあ、と逸れないようにと腕を掲げたサンティールに「それはそれで怪しいですね」と呟いて。
「でしたら俺の腕へどうぞ。人にぶつかっても支えくらいにはなれますよ」
――可笑しいな、エスコートをするのは僕の方。そんな呟きを飲み込んでからサンティールは「まあいっか!」と微笑んだ。
「って事で来たわよ、遊園地っ! 賑やかな上に人混みが凄くて何だか目が回りそうね。
それにこんなに広くて人が多かったら逸れたら大変な事になりそうだわ。琉珂、手。aPhoneもあるけど、一応よ。一応っ!」
「勿論! 逸れたら私って、絶対『助けてー!』ってその場で叫んじゃうわ!」
何処までが冗談なのか。にんまりと笑った琉珂に朱華はそれは困るわねと揶揄うように笑った。
「ねっ、琉珂! 絶叫マシン……だったかしら? アレ乗りましょ、アレっ!
ビューンって行って、グワーってなるやつっ! アレ、絶対楽しそうだわっ!」
「えっ、ビューンってなってグワーってなっても大丈夫なの!? 死なない!?」
「死なないと思うけど!?」
唐突に命の危機を感じる琉珂に朱華はぱちりと瞬いた。「私はアレに乗りたいわ、ぐるぐるするやつ!」とコーヒーカップを指差す琉珂へ「順番に行きましょうよ!」と朱華は笑いかける。
「グワーってなるやつは種類が多いみたいね。次は何れに行こうかしら?
どれもこれも朱華達の住んでた場所とは違ってとっても新鮮ね。それに、あんなに大変な事もあったのに皆楽しそうで…ええ、悪くないわ」
「楽しいけど……」
ポップコーンの容れ物を首から下げていた琉珂と朱華の意見は同じ。食べ物が少し高いのが玉に瑕、なのである。
●練達IV
「世間はお休み真っ只中、しかし芸術家、我等『講師』は忙しないものだ。特に『勉強熱心』な生徒が居た場合、特別授業を開かねばならない」
オラボナは粘土細工や絵画は既にやった。既にやることとして定められている陶芸の他に茶を濁すような戯れは生徒本人に決めて貰おうと考えた。
赤城ゆいはオラボナの生徒で期待のエースだ。
「しかし妥協してはならない。私も奴も立派な芸術家、美を追い求める存在なのだ。一語一句、何事も磨かねば勿体ない。
ホイップクリームではなくカスタードクリーム、違うな。此度はマーガリン。
よろしい。あとは思うが儘に腕を揮え。嗚呼、勿論だが『自由』ほど難しいものはないのだよ。Nyahahahaha!!!」
自らの臓腑を筆とし脳髄を飾り付けるスペシャリストは熱心そのものだとオラボナは手を叩いて喜んだ。
「Nya――hahahaha!!!」「にゃはははは!!!」
声が重なった。正に愉快な声帯だ。
「よっしゃああああお休みっすよ! 皆働き過ぎっす! 折角のお休みなんだししっかり休まないとっすよ!」
びしりと指差した無黒は砂糖方の黒い炭酸飲料に、激甘だけど止められない砂糖をこれでもかとまぶした棒状の揚げ物と塩とバターをたっぷりまぶしたトウモロコシ炒めを用意してカロリーなんて気にしないのだと叫んだ。
連休が明ければ地獄が待っている。ならば、今できるのはこれでもかと言うほどの娯楽を楽しむことだけだ。
「酒と言えばやはり練達であるな……! だが今日は酒が目的ではないのである、映画耐久会なのであるぞ!」
堂々とそう告げたのは峰風であった。映画、とは何か。峰風は説明に耳を傾ける。
画像と音で演出された練達の技術。それの『鑑賞』――いや、耐久が行われるのだそうだ。
「映画鑑賞、いえ耐久といきましょう。暇人の暇人による暇人のための映画耐久会です。
夢野さんが色々用意してくれているみたいですね。感謝感謝です」
そう微笑んだのはツクヨミその人である。大量のジュースとポップコーン、ホットドックと映画館メニューを持ち込んでいた幸潮はにぃと唇を吊り上げる。
「テメェらー! 映画のお供は如何だー!? 今なら全部ローレット持ちだぜー!」
宇宙まで進出したカーアクション映画を用意してきた幸潮のメニューにピザやチュロスを添えた姫太はサメ映画を準備している。
「映画鑑賞会……理知的なイベントだな。この世界の文化を学ぶ為にぜひ参加させてもらおうじゃないか。
こういうのはジャンクフード、すなわち身体に悪い食べ物があればいいと聞いた」
8號は姫太と幸潮の用意したものこそそうなのだろうかと首を捻りながら蛍光色のドリンクを手にしていた。
「休みの時に皆でだらだら…というのも良い物よねぇ。
映画……/確か何か物語が映像で見れる奴よね? 便利な物があるわね! まぁ私はどんな物があるか分からないからお店の人にお勧めを聞いて借りてきたわ!」
早速お菓子を摘まみながら寝転がって映画を見る事が楽しみなのだときゐこは手が汚れても構わないサブカルチャーの世界に心を躍らせている。
「B級映画といえば定番。ある意味メジャーだよね、サメ映画。
だってあいつら、最終的に空飛んで襲い掛かってくるんだ。もうサメじゃなくない? ……こっちの世界だとサメが普通に飛んでるの? ……うそーん……」
ある意味でも『混沌の不思議』に触れることになった姫太へとそれならばと太郎が差し出したのは何とも言えない映画である。
「最近はサメ映画もネタ切れ気味なのか凝ったものが多くなってきましたが、昔はシンプルな物も多かったですよね。まぁ観たことないんですが。
この『シャークVSヴァンパイアメカ子ロリババアロボ』ってやつを観ましょうか。サメは普通のサメなのに相手の方盛りすぎじゃないですかね」
すさまじい勢いでヴァンパイアメカ子ロリババアロボがサメを蹂躙していく謎映画は誰が作成したのだろうか。
8號の用意した悪魔に乗っ取られた巨大サメが頭部分裂をしながらイカの足を生やして竜巻に乗って家の中から襲ってくる謎の作品も「興味深い」ものなのだという。
ヒーロー映画を持ち込んだ美南は「B級映画……というのかはわからないけど……熱く盛り上がる我々のバイブルだって首領閣下も言ってた! という訳で皆も見て盛り上がろうよ♪」とにんまり微笑んだ。
覇竜にはなかった映画という練達の新たな文化に興味も津々。だが、応援するのは『怪人』でありながらヒーローなのである。
「B級映画って普段あんま観ないから楽しみ! 俺のおすすめも色々持ってきたよー。
鮫の台風とか、ホラーなタンクローリーとか! みんなで楽しもうな」
にっこりと笑ったのはTricky・Starsの『明るい方』である虚であった。
きゐこが興味深そうに眺めていれば、ツクヨミが次の準備をと用意する。
「さて私が持ち込んだ映画は じゃじゃーん。B級ホラー決定版です。
ええ、ええ、ちゃちすぎて逆にギャグなのではないかと疑うレベルから名作まで様々ご用意しました。
噛めば噛むほど味の出る世界を堪能出来ればと思います」
ツクヨミは密かにファミリアを配置してホラーの化け物を再現する工夫まで添えていた。
そんな彼女の『仕掛け』にも宥めてあげなくっちゃとガイアドニスはメンタル『超合金』な落ち着きで怯える仲間達を支えていた。
そんなガイアドニスが用意したのは愛憎ドロドロの話である。人間が一番怖いとは言うが、一生懸命なところや脆いところが人間の良いところだとガイアドニスは感じているようである。
峰風はポップコーンを手にして鮫の突拍子もない光景に目を疑った。『不思議な眼鏡』を掛けてみれば画面から飛び出したサメは――
「……?」
首を傾いだミリアムがB級映画鑑賞会に参加したのは家でごろごろ過ごす予定をしていたが、土産物を貰えると聞いたからだった。
『謎』過ぎる映画を平常心で耐えるのも訓練のようなものである。仰け反った峰風にも気付かれぬように息を潜めて静かに佇み続けるのである。
「ダンジョンみたいな廃墟──俺好みのナイスな寝床でごろごろ怠惰に過ごす事も考えたが。やっぱりじっとしてるのは性に合わねぇなァ」
そう呟いたレイチェルはシュペルの塔を目指していた。手紙のやりとりは重ねているがてっぺんに到達出来たことはない。
(シュペル先生に直接会えるとは思ってないが、うむ。……会えたら嬉し過ぎて気絶しちゃいそう。
ま、そんな人生上手く行く訳ないと言うか。先生に会えないのは承知の上で、塔に行くぞ)
いつかは弟子入りを目指しての武者修行――そう、シュペルは彼がどう思おうともレイチェルにとって世界を変えてくれた人だ。
右目に映るものは醜いばかり。それでも、世界を美しいと思える切欠をくれた彼に憧れずには居られない――
「澄原先生お時間を取っていただきありがとうございます、こちら良ければお召し上がりください」
「ああ、有り難うございます」
頷いた晴陽に繁茂は向き直った。澄原病院での診療を受ける事にした繁茂は自身の心理状態について相談をしていた。
『俺』と『ハンモ』と『私』について。それらを記録し、変化に気づけるようにしておきたいのだという。
(俺とハンモ2人の命を奪って生まれたという負い目から正義を定め弱音を暴食してはいますが元々無理やり繋ぎ止めたメンタルが壊れるのも時間の問題。
きっと私たちの終わりは近いのでしょう……それでも私は今の生き方を止める事ができません。最期に救済を、そう願った者の責務を果たし続けなければならないのです)
晴陽は了承してから「お話をまず、お聞きしましょうか」と繁茂に向き直った。
「それでは……俺と思い人の話、新人イレギュラーズハンモちゃんの話、私の話。
どれも大切な記憶です。だから忘れたくはありませんね。話しても、良いでしょうか」
頷く晴陽に繁茂は一つ一つ確かめるように語り出した。
●練達V
「休暇? はあ、馬鹿を言わないでください。他人が休んでいる時にこそやれる仕事ってものがあるんですよ。
優先順位的に後回しで溜まりに溜まったタスクを一気に片付けたり、システムを一部止めて設備の大規模な点検作業をしたりだとか、そういう普段はなかなか手を出せない部分に費やすんです。わかったら無駄話を止めて手と頭を動かしてもらえますか?」
――セフィロト在住・末端研究開発担当者(31歳)の証言。
天灯はインスタント珈琲を飲みながらカフェイン漬けで仕事をし続けるのであった……。
「シトリンクォーツだって! そんなのがあるんだね!!! さとちょー! りんりん! 練達へイクゾー!」
びしりと指差したユウェルに鈴花は「行きましょう」と大きく頷いた。琉珂は「えいえいおー!」と頷く。
――と言うのも、出発前の話である。
「リュカ、アタシゆえに付き合いきれなくなったら帰るから――甘いもの食べ歩きですって!?」
そんな鈴花は空はドームで覆われているし、機械だらけで分からない練達での食べ歩きに胸を躍らせていた。
「長期休暇? らしくて色々お店やってるみたい! 甘いもの食べ歩きとかしたいよね。せっかくだし色々見て回ろ!
クレープでしょーパンケーキでしょーマカロンとかチュロスとかも食べてみたい!」
「私、クレープが良いわ! 鈴花は?」
「くれーぷまかろんちゅろす……ぱんけーき! これは一大事よ、おいしいものを沢山食べて勉強するのは里のため! ゆえに遅れをとっちゃだめよリュカ!」
琉珂がユウェルににんまり笑って着いていく最中、鈴花だけは燃えていた。
「わはー! すごいすごい! 見たことないお菓子がいっぱいある! さとちょー、りんりん早く早く!
クレープは別々のを頼んで食べさせ合お! わたしこのトリプルベリーってやつがいいな! 宝石みたい!」
「私はカスタードっていうのを食べてみたいわ! それから、この苺のトッピングとー」
指折り数える琉珂とユウェルがクレープを選んでいる隣で鈴は名は堂々と胸を張った。
「クレープはチョコバナナ生クリームアイスDX。一番すごそうだもの。はい、リュカもゆえもあーん」
「あーん!」
かしゃり、と音を立てたaPhoneに鈴花は「不意打ち!!」と叫ぶ。見事に『あーん』現場が押さえられたが、それはそれで良い思い出なのかもしれない。
調教されたイルカが飛び跳ね、人々が騒ぐ。アクリル越しの切り取られた海を泳ぐ魚の群れ。
ゆうゆうと泳ぐ海の王者。ふわふわと漂う、瓶詰めの海の月。まるで海を切り取ったような板越の風景を眺めるヴィクトールの傍らで未散はぼんやりと魚を眺めていた。
賑やかなイルカショーも立派な牙を持つ鮫も、水を掻く小魚の波に、ぺたりと低く泳いだエイ。
係員が未散に「迷子か」と問うた言葉に首を振る。
「いえ、いえ、違うのです。ええっと、迷子になって居たのは寧ろ彼方の男性かと。
じっと海月の水槽から動かないヴィクトールさまは、掴み所の無い所が何となく此の仔等に似ております。可愛いか可愛く無いかが雌雄を決するところで御座いましょうか」
声を掛けられてはっと見下ろすヴィクトールは「……似てますかね? ええ、似てるかもしれないです、この海月には」と呟いた。
「嗚呼ねえ、其方の水槽がご飯の時間らしいですよ。ぼくも少し、お腹が空きました」
「……魚を見て食欲は、あまりわきませんね。だって、そもそもあまりものを食べないですからね、ボクは」
あら、と笑みを零した未散にヴィクトールも小さく笑う。
「これまで忙しかったんだもん! 折角のゴールデンウイーク、思いっきり楽しまないとねっ!
ひよのさんと水族館に行くのは二回目だっけ? あの時はなじみさんやジョーさん、皆でお出掛けしてとっても賑やかだったよね!」
にんまりと笑った花丸に「そういえば、そうですねえ」とひよのは頷いた。
「今回は折角の長期休暇だから気を使ってみたけど、あの二人はちゃんと上手くいってるのかな?
まっ、恋のアレコレは兎も角二人に素敵な思い出が出来るんなら何よりだよね!」
「恋だなんて、甘酸っぱくて憧れちゃいますよね。花丸さんは私で良かったんですか?」
はた、と気付いた花丸はひよのを見遣ってから「えへへ」と頬を掻いた。
「二人が居ないのに何だか二人の事ばっかり話しちゃってるね。それだけ二人が花丸ちゃんにとって大きいって事なんだろうけど……」
友達思いで良いことだと笑ったひよのの手を引いて、ふれあい体験に行こうよと花丸は走り出す。
イルカの餌やりやふれあいを楽しむことが出来ると言う水槽の前には人の群れ。順番を待てばハイタッチは出来るだろうか。
「ひよのさんはこういうのってやった事ある?」
「いいえ、海の生物って中々触れ合えませんよね」
確かに、と花丸は順番が来たからとおっかなびっくりと餌をあげた。ひよのがイルカを撫でて妙な表情をしたのも面白い。
「水族館も楽しかったけど遊び足りないかも! ひよのさんは何処に行きたい?」
「どうしましょう。二人ですから、映画に行ってショッピングをして、ああ、遊園地も良いかもしれませんね?」
「咲良、すまないが練達を案内してもらえるか?」
エーレンに休めるときに休むのだと意気込んでいた咲良は練達を案内して欲しいならば、と遊べるスポットに回っていた。
勿論、エーレンはこの機会に練達の地理を学んでおこうという考えではあったのだが……
「ふむふむ、これは水族館か。確かにいい目印だ。咲良、別に中へ入る必要は……咲良? なぜ手を引っ張る?」
「え? 水槽でのんびり泳いでるお魚さんたちを見てると、リラックスできちゃうね♪」
「いや、そうだが……色も形も様々な魚が水槽で仲良く泳いでいる。確かにいいものだ」
楽しげな咲良に手を引かれ「イルカショーも見に行こうよ!」と引き回されるエーレンは困惑していた。
イルカたちの様子は確かに勉強になる。武芸者として見習う部分はとても多い。感心する彼ははた、と気付いた。
「……なあ、地理の案内というかレクリエーションになってないかこれ?」
「ふぇ? レクリエーションになってるって? まぁまぁ、細かいとこは気にしない気にしない! あ! ペンギンさんだぁ! わぁぁ可愛い!!」
ペンギンの行列に飛び込んで行く咲良にエーレンは「まあいいか」と呟いた。
何時も彼女には世話になっている。憩いだって必要だ。休日を満喫しているならば水を差すのも良くないだろう。
「今日は付き合ってくれてありがとうな、咲良。礼をせねばならん。この大きなぬいぐるみ。チンアナゴというのか? よければどうだろうか?」
「わぁ! チンアナゴだ! このゆるーい顔が良いんだよね! えへへ、ありがとう! 大事にするね!」
私からも、と咲良が手渡したのはネジを回せばぱたぱたと動くペンギンさんキーホルダーであった。
「おはよう先生。折角の休みに悪いな。付き合ってくれて感謝するぜ。早速館内を見て回るか」
「いえ、事前にお誘いを頂戴しておりましたから、準備も滞りなく」
リフレッシュも兼ねてるんだから気兼ねなくと告げる天川に晴陽は頷いた。
「GWってのはかなり混雑するな……。先生、人混みは大丈夫か?」
さりげなく進路を開け、人混みから護るようにエスコートをする天川に晴陽は頷いた。順路を回りながら、のんびりとした散策は物珍しい生物の前で長く足を止める晴陽には丁度良いようだ。
「休憩がてら何か飲むか。そこのベンチにでも座っててくれ。買ってくる。カフェオレか紅茶でいいか?」
「紅茶を」
売店で購入した飲み物を傾けながら、大水槽を眺める晴陽をちら、と見遣って天川は「懐かしいな」と呟いた。
「先生も久しぶりだと言ってたが、実は俺も息子が6つの時に来たきりでな。
――おいおい……。そんな顔しないでくれ。ちょっと思う所があってな。別にネガティブな奴じゃねぇよ。
……先生は好きな魚はいるか? 息子はクラゲが好きみたいでな……ずーっと嬉しそうにクラゲの水槽に張り付いてた」
「それは――」
「良い思い出だ。カウンセリングのような暗さじゃあないさ」
小さく笑った天川は「さ、ショーへ行こうか。イルカってのは賢いもんだな。哺乳類で魚じゃないんだったか?」と笑いかけた。
土産物屋ではオオサンショウウオとウーパールーパーに頭を悩ます晴陽に「どっちも買えば良いんじゃないか?」と問うたのはここだけの話である。
●練達VI
「ふふっ、ゼノ、二人でお出かけするのなんて久しぶりじゃない?」
久しぶりにまとまった休みが取れたというノアはぜのを連れてショッピングモールへと赴いていた。
「もうすぐ水着の季節だし、新しい水着を選ぶの手伝ってくれる?」
――と、言われても姉に『似合いそうな水着を探して!』と言われたゼノは断れないまま引き連れられてきた様子でもある。
さて、弟は何を選んでくれるだろう。競泳水着が可愛いビキニか、それとも――
「ねえゼノ、私に似合いそうな水着、見つかった?」
「流石にこんなのは……って姉さんいつの間に!?」
ゼノが手にしていたのは『紐』である。そんな弟の様子にノアは小さく笑ったのであった。
「ゴールデンウィーク……のんびり過ごしたい、ね。水族館、見に行こうかな。銀路さんも一緒に行く?」
問うた祝音に銀路は「一緒に行こう」と頷いた。鉄パイプは置いてきた。握力を鍛える道具をぎゅうと握る彼を手招いて祝音は進み征く。
「水族館、お魚さんもすいすい泳いでて……綺麗だね。イルカさんもペンギンさんも可愛い……! でも……猫さんがいない、それだけが残念」
「まぁ、さすがに猫はいねえだろうな……魚食うし。後で猫がいそうな公園でもいくか?」
その問いかけに祝音の瞳がきらりと輝いた。銀路の提案に心が躍る。
子の穏やかな時間を過ごせることがとても嬉しい。それでも、世界は大きく変化して行くから。
(僕にも世界にも色々あって、これからも……銀路さん達に迷惑かけること……は、ないといいけど)
――何があっても乗り越えていきたいと、そう願って。
「R.O.Oの件が落ち着いて、製造もピークは過ぎたと思います。
製造は落ち着いたとして、その後、メンテナンスなどはされているのかな、なにかトラブルは発生していないのかな、と。
……手伝えることや、提供できるデータなどがあれば、私でよければ喜んで」
グリーフが気にしていたのは秘宝種達の存在である。新たにR.O.Oのデータを使用して作られる『仲間』達の暮らしぶりを見物し、出来る限りの力になりたいと考えていたのだ。
(私のルーツも、どこにあるんでしょうね。練達生まれの方と違って、私や、他の方たちのコアは、どこでうまれたのか。
今では深緑の領地が帰る場所ですが、故郷がわからない、というのは、こういうことなのかしら)
もしも、自分の命に始まりがあったならば。其れを紐解くのもやはり、重要な事であるのかも知れない。
――間違えた。やらかした。僕の自己犠牲に仮音氏を巻き込んでしまった。
頭を抱えていた昼顔は「仮音氏……水族館行かない?」と恐る恐ると問いかける。
「……はい」
何か厭なモノを見て、厭な何かを押し付けられた気がする。それでも、彼が気遣ってくれていることを感じて仮音は頷いた。
人混みだから迷子にならないようにと声を掛けるモノの、一定の距離が空いている。
魚は現代日本と変わりは無いのかと、ぼんやり考えながらも昼顔は仮音を眺めていた。
(あの日で起きた事で、君に対して僕はどう償えばいい?
正直、分からなくて――信じて欲しいなんて言えないけど)
昼顔は震える声で「君の侵食は絶対に僕が何とかしてみせるから」と絞り出した。
仮音は彼を信じて良いのかは分からない。だが、それでも。
「……けど……今日みたいな日は積み重ねたいと思いますから」
「お師匠! シトリンクォーツだよ! お師匠も今日は『お仕事』もおやすみなんでしょ?
あのね、ボクこれから新しいパーカーを買いに行きたいのだけど、お師匠も一緒に来て選んで欲しいなぁ……ってどう?」
「今日ばかりは血腥い任務も放り出して伸び伸び過ごそうじゃないか。
……パーカー? ふむ、今度はカジュアルな服がいいんだね 勿論いいとも」
やったあと喜んだリコリスにリーディアは頷いた。荷物も財布もリーディア持ちでリコリスの気に入る衣服を選びに行くのである。
色は真紅で狼の耳がすっぽり入る風に吹かれても脱げないようなファスナーとフード付きのパーカーを探す彼女にやはり真紅が似合うとリーディアは眺めやった。
「あ! 店員さん! ここに『( ‘ᾥ’ )』のワッペンをつけて欲しいな!
その時その顔文字は何だろうと考えたが――リコリスは応えない。カフェで嬉しそうにパンケーキに『( ‘ᾥ’ )』を描くリコリスにリーディアはもう一度「何だい?」と問いかけたのだった。
澄恋と水族館に訪れていた英司は「ここにするか?」と腰掛けた。イルカショーで良い場所を選んでおかねば見物にも支障が出る。
怪我をした左目を気遣うように座席を選んだ英司に澄恋は「ここにしましょう」と頷いて。
「じんわり暑くなってきましたからね~氷菓子など食べて万全の状態で鑑賞しましょ。
かき氷って食べると色が舌につくのですか?。なら試してみたいですね、いちごのを一つください!」
「おう、かき氷か。じゃあ、俺はイカ墨味で。ふは、美味しそうな色になりやがって」
べえ、と見せ合うだけで、少しばかり愉快になる。「べろー」と笑った二人の傍でイルカがきゅいと鳴いた。
「あれが海の生き物。きゅいきゅい鳴いててかわいいですね~って ――水しぶきがこちらに! 庇ってもらってすみませ……」
透けた彼の肌に澄恋は息を呑んだ。服の下の肌は傷だらけ。透けたシャツの向こう側にそうして見えた肌に痛ましいとさえ感じられた。
眼帯の向こう側に存在した怪我をした左目を無理に開いてその姿をまじまじと見てから、今までの彼の頑張りを感じ取ってそっと腕を絡める。
「おいおい、そんなにくっついたら濡れちまうぜ? いや、あったかくて、すぐ乾きそうだな」
左目を眼帯の上から撫でてから、英司は囁いた。
「――……なぁ。そっちのかき氷も、味見させてくれよ」
イルカたちに夢中な観客達はジャケットで顔を隠した二人に気付かない。
袖で顔を隠してから「お歯黒になっちゃいます」と囁く声は水の飛沫に隠されて――
●豊穣I
葉桜を見に来た零はアニーにも写真を送ってやろうとまじまじと木々を見上げた。
本当ならば深緑が開いていれば彼女を故郷に誘ってやりたかった。
「来年はどうにかアニーをあっちで連れて行きてぇところだ……と言うか酒なんて普段飲まねぇから、少し酔いすぎたかなぁ……」
嘆息してからのんびりと木々を眺めて独り言ちる。
「どうにか世界が平和になったら良いんだけれどなぁ……。というか折角だし色々食っておきてぇしよ……。
折角のシトリンクォーツだから、色々楽しんでは行きたいけれど、これを機に交友深めてぇし売り込みてぇ……」
ああ、酒が回ってきた――だろうか。
川の潺を聞きながら文は茶会の席に足を運ぼうとカムイグラを征く。
深緑に藤の花。風は爽やかで木陰で過ごすのも心地よい。茶も様々な種類が用意されているらしい。
「芝桜、山吹、ツツジにサルスベリ……おや、あそこに生えている花は何だろう?
春の花見も良いけれど初夏の花見も良い物だね。今日は一日、ゆっくり川の音を聞きながら過ごそうかな」
深緑へ行けないのは少しばかり残念。だけれど、藤の花を見に行こうとフルールは足を運んで。
一番はすももの花が好ましい。桜のように儚く散る事が無い藤の花は青紫が空を飾って目にあざ夜間で。
「香りも良いわね。ひとふさ摘んで持って帰りたいけど、すぐに萎れてしまいそう」
茶屋に足を運べば、花見のついでにと茶と藤花添えた菓子が提供される。今日はここでのんびりと過ごすのも悪くはなさそうだ。
丁度藤が見頃だからとジルーシャはプルーを誘った。いつも情報屋として忙しなく働いている彼女にものんびりと過ごして欲しいからだ。
冷たい茶を片手に、並んで腰掛けて藤棚を眺める日々。思わずため息も出てしまいそうな風景にジルーシャはふうと息を吐く。
「……ね、ちょっとだけこっち向いてくれるかしら?」
「あら、何かしら?」
首を捻ったプルーの髪へと藤の花を一輪。さらりと髪を耳へと掛けたジルーシャの指先にプルーの肩が僅かに跳ねる。
「きっと風に乗って落ちてきたのね……あっごめんなさい、くすぐったかったかしら」
「いいえ、似合うかしら」
「……フフ、これでバッチリね♪ とっても可愛いし、よく似合っているわよ、プルーちゃん」
勿論よと笑いかければ、プルーは目を細めて穏やかに微笑んだ。藤の花が波打った翠の髪に美しい。そう見蕩れるようにジルーシャは笑みを含んで。
「見上げる桜もいいものだけれど、こうして見下ろす桜もいいものだね。
地面に座ると芝桜と目線の高さが近くなるから、どこまでも広がっているように見えるよ」
「程よい温かみを感じる気候と風、気持ちいいですよね」
マルクに頷いてからリンディスは丘に敷物を敷いて弁当を広げた。勿論、読書で手が汚れないように気を配ってサンドウィッチとお手拭きは準備済みだ。
「サンドイッチありがとう。いただきます」
「今日は色々つくってみたんですが、マルクさんはサンドイッチの具どれがお好きですか?」
折角のお弁当でも、好みが分からなければ種類が多くなってしまう。そういえば、と思い出したように問うたリンディスにマルクは「うーん」と首を捻った。
「定番だけど卵、かな。あ、でも塩漬け肉とか燻製肉も好きだよ。どのサンドイッチも美味しかったから、また今度作ってくれると嬉しいな」
「卵とお肉……ですね。力がつくように多めにします! あ、紅茶もお口に合えばいいのですけれど……!」
話をしながら、リンディスは頁を捲る。そんな彼女の隣でごろりと寝転んでからマルクは「こういう空気を、風薫るっていうんだろうね」と空似手を伸ばした。
「……今日は、良い日だね」
子の穏やかさが続くと良いのに、とリンディスも柔らかに微笑んで。
芝桜に藤、『黄金週間』は心地良く自然を見ることが出来る。遮那は「見晴らしの良い景色と天候は行楽日和だな」と笑みを含んだ。
「遮那くんは毎日毎日お仕事大変ですからね。休暇はゆっくり休んで下さい!」
気遣い、声を掛けるルル家に、勤労感謝ですからと朝顔が大きく頷く。
「……おお、これは圧巻だのう。向こうの方まで花が咲き乱れておる。
さぞ手入れも大変だろうな。だが、良いものを見られて嬉しいぞ」
「拙者、芝桜なるものは初めて見たのですがこれは凄い!
桜のような色合いで地面に広がるから芝桜というところでしょうか?」
眼窩に広がるのは芝桜。気分があがりますね、と心躍らすルル家に朝顔はぱちりと瞬いた。
「まるで綺麗な絨毯みたい」
呟く声音に、遮那は圧巻たる景色に飲まれていた意識をふと、戻して傍らの二人を見遣る。
「……またこうして、皆で遊びに行くとするか。私は執務で忙しい身ではあるが、其方達と遊ぶのも好きだからの」
「私は遮那君と一緒に居るだけで凄く楽しいですよ」
朝顔がくすりと笑えば遮那は喜ばしいと目を細めた。
「拙者もです。こうして遮那くんと皆と一緒に出かけられて嬉しいです!
遮那くんは普段頑張りすぎなので息抜きをしてくれて安心です!」
飲み物を傾け、仲間達と共に過ごす彼を見るだけでルル家は嬉しいと微笑んだ。本音を言えば――二人きりも、ごにょごにょ。
「家臣達の前では上に立つ者として気を張らねばならぬ事も多いが其方達の前では友で居られる。対等で居られるだろう?
だから、感謝するぞ。こうして楽しい時間を共に過ごしてくれて……私は嬉しいのだ」
彼にそう言われれば、それ以上は言葉に出来ない。
「藤も見に行きましょう」
あちらですよと手招く朝顔に遮那は頷き歩き征く。朝顔の脳裏に過ったのは恋に関する花言葉。
彼に対する自分の気持ちのようで。花と共にある遮那をその目に焼き付けてから微笑んだ。
●豊穣II
「え? なに、皆浴衣なの? ……じゃあ合わせないと浮くよなぁ……アイリスも着るか? 用意なら私がしてやるからさ」
ミーナは浴衣を着用しているクリムとレイリーに視線を送った。涼しげな浴衣姿のレイリーは川辺で優雅に足を浸している。
行楽先が豊穣ならば折角だから浴衣を着用しようと提案していたクリムは手頃な石に腰掛けて尾を川の流れに任せている。
「はー……なんだかんだ問題はありつつも、こっちは割りかし平和だーねぇ」
二年も前にむちゃくちゃ遣った甲斐もあるもんだと息を吐いたミーナは魚もいるんだな、と川を眺め――「わっぷっ!?」
「ずっと座ってたら面白くないでしょ~?」
「よくもやったわね、アイリスもびしょぬれにしちゃうわよ! お酒が薄くなるじゃない」
勢いよく酒を煽ってからレイリーががばりと立ち上がる。アイリスの『悪戯』に反撃するクリムは翼と尾をフル稼働させていた。
「……ふふ、ふふふ。いいでしょう、みな平等にびしょぬれにして差し上げる!」
「きゃ~、ふふふ、遊ぼ~?」
くすくす笑ったアイリスに「負けないわよ!」とレイリーが水を浴びせ、クリムも負けじと反撃して行く。
濡れるのだって構いやしない。これだけ心地の良い季候なのだ。4人で水を掛け合えば、皆同じように濡れた姿になるのだから。
そんな平和がミーナには尊いものに感じた。ばしゃばしゃと水を掛け合う穏やかな日常。
「ぶっ――こら!」
「ふふ、こっちこっち~!」
アイリスの呼ぶ声にミーナは勢いよく水を掻き上げた。ばしゃん、と大きな音をさせて、弾けた水しぶきの向こうで笑う仲間の笑顔が失われないようにと切に願って。
「涼やかな川辺とお茶会かぁ。どんな感じなんだろうね、琉珂。楽しみだなぁ」
じゃあ行こうかと手を差し伸べる玲樹へと「エスコート宜しくね!」と琉珂はにんまりと微笑んだ。
川の潺を聞きながら、二人揃って気になったのは優雅に泳ぐ魚である。
「美味しそうな川魚とか居そう。アユって魚は焼き魚にすると美味しいと誰かが言ってた気がするよ。俺、今度釣りでも頑張ってみようかなあ」
「じゃあ、私もつかみ取りをしてみようかしら? 二人で沢山獲って食べれると良いわね!」
「後はね、流しそうめんって奴が楽しいって聞いたよ。食べ物なのに楽しいってなんだろうね? この茶会でもやってるかなぁ?」
食べ物の話ばかり。玲樹にとっての娯楽が食事ならば、琉珂にとっても屹度同じだ。
美味しいものは好きよと心躍らす琉珂に「それならよかったよ」と玲樹は穏やかに微笑んだ。
流しそうめんを行っている場所を探し出せたならば、二人は同じように驚いてから薬味の相談をするのだろう。
覇竜領域の外には驚くような出来事が沢山揃っているのだから。
「ご無沙汰しております、今園さま」
「おお、息災であったか?」
茶会の席に足を運んだ鹿ノ子はしずしずと頭を下げた。折角だからと茶会の席に参加して、抹茶を傾ければその味に慣れた事で『この国で過ごした時間』を感じることが出来る。
「今園さま、僕はこの国がすきです。遮那さんのことを差し引いても……僕はこの国が、すきです」
「……ほう」
鹿ノ子の言葉に賀澄は面食らった。彼から見ての鹿ノ子は天香の義弟――いまや当主となった男ではあるが、賀澄からすると『友が可愛がっていた義理の弟』のイメージが抜けないのだ――を深く愛している少女であった。だが、そんな彼女が己に逢いに来て、そう宣言するのだ。
「今園さまや神霊の皆様は、きっと豊穣をより豊かにしてくれるだろう。遮那さんはきっと、いずれ良き当主になるだろう。
できるなら僕も、この国の助けとなりたい。英雄とまではいかずとも……この国のために尽くしたい、そう思うのです」
「貴殿は、立派だな。好いた男が好いた国を、心から愛している」
「とんでも御座いません」
首を振った鹿ノ子は決意していた。遮那に良く似た殺人鬼をどうにかしなくてはならない、と。
この国を騒がせるやもしれぬ黒き影。それを何を犠牲にしたって――そう、感じたからこそ、彼に己の在り方を宣言したのだ。
「俺ぁ川辺での茶会にて霞の帝さんや神霊衆、双子の巫女や他のイレギュラーズに菓子を提供させてもらうぜ!」
笑ったゴリョウが用意したのはカステラ生地で求肥を包んで作る、若い鮎の形を模した和菓子である。
「この時期、この場所で食うにはピッタリだろ?
中身は求肥以外にも小豆餡、白餡、ずんだといった和の王道から、カスタードクリーム、チョコクリームといった豊穣じゃ珍しいかもしれねぇ物も入ってる。色々な種類をたっぷり用意させてもらったぜ!」
「これは凄いですね」
きょとりとした瑞神は賀澄に「食べても良い」と言われるのを待っているのだろう。お行儀良くゴリョウの前に鎮座した瑞神とは対照的にさっさと口許へと菓子を運ぶ黄龍は「賀澄よ。美味だぞ」と声を掛けている。
のんびりと茶でも飲もうかと訪れた行人は白虎に挨拶がてら顔を出した。
「カムイグラは名前もそうだあが、街も俺の元いた世界に親しい部分が多いからな……」
「旅人の皆はそう言うよね!」
明るい白虎の言葉に行人は頷いた。「帝さん! 遊びに来たのだわ! いっぱい遊んで欲しいのだわ!」と楽しげな声音が響く。
「いつもすまないな、章殿が遊ぶと言って聞かんのだ……」
「帝さんだっこしてほしいのだわ!」
章姫と呼びかける賀澄は父の笑みそのものだ。だが――ぴしり、と固まったのは鬼灯である。
「えっ――」
そこは『鬼灯くん、だっこしてほしいのだわ!』ではないのだろうか。悲しみながら「……うん、良ければ色々教えてやってくれ」と愛しい章姫をそっと賀澄へと手渡したのだった。
「帝さん、あれは何? お花? 如月さんみたいに綺麗な紫色! 地面もピンク色なのだわ!」
はしゃぐ姿は愛らしい。鬼灯は黄金週間とは面白いな、と皐月に声を掛け独り言ちる。
「章殿もあんなに楽しそうだ、本当の親子にすら見えてくるな。
実際ROOでは親子関係であったわけだが……もし、俺がこの身を影に散らす様なことがあれば――章殿と暦を頼むぞ、帝」
「頭領?」
「うん? どうした皐月、ああ何独り言だ」
川辺を見詰めて嬉しそうに微笑んだ章姫を見詰めた鬼灯ははっとしたように振り返り「晴明殿、泣いてはないぞ」と声を震わせたのだった。
「例年だと、この時期は菖蒲の節句のあれこれでごたついているのですけど、いざ暇になると何をして良いか分からないものですわね」
とりあえずは双子巫女の声かけもあり、帝の茶会に出席した玉兎は錚々たる顔ぶれが揃い踏みで隅で身を縮こまらせていたのであった。
そんな彼女に「此方に来ると良い」と笑いかけた賀澄は更に彼女を萎縮させてしまったのは……仕方が無い事だったのだろう。
「……えと、晴明さまも休暇中、ですよね……?」
「……」
視線を逸らした晴明にメイメイは「ふふ、良かったら、芝桜を見に行きません、か?」と笑う。彼のことだ。屹度、忙しなく働いていたのだろう。
「また、メイメイ殿に休暇を頂いてしまったな」
呟いた晴明を連れて、メイメイは芝桜を眺めやる。
「わあ……青空の下に一面に広がる、かわいい、お花たち……! まるで、絨毯のよう……。
見上げて楽しむ花々とはまた趣が違って、癒されます、ね。さ、この先まで、行ってみましょう」
「ああ。メイメイ殿、転ばぬように」
こくりと頷いてメイメイは自身が誘えば『神使へと気を遣う公務』になってしまうのではないかと心配していたのだと呟いた。
「……はは、確かに俺の仕事はそれも一つかも知れない。
だが、メイメイ殿のことは『仕事で接する相手』だとは思っては居ないのだ。……勝手な事かも知れないが」
「いいえ。今日は、存分に休暇を楽しんでいただけたのなら、嬉しいです。また、遊びましょう、ね。晴明さま」
彼が友や、そうした存在と思ってくれるならば。これも休暇として感じてくれたことだろう。
メイメイはほっとしたように笑みを零した。
●豊穣III
「どうです、クロ。豊穣の風は」
ドラネコのクロと共に見学に訪れた風花は己の服装もこの場所にルーツがあるのかも知れない、と感じていた。
最も、目的はクロに他国の風を感じさせることだ。雄大な自然と風を感じ、いずれは覇竜を超えて世界のドラネコとなるかも知れない種の成長を見守る心地で目を細める。
「折角のシトリンクォーツですから、いつにないのんびりとした旅をしてみましょうか!
この時期は豊穣の藤や芝桜が美しいと聞きました。冒険者は未知とスリルを求めることが多いですが、美しいものを求めるのもまた冒険者。なれば、豊穣の藤の棚は充分なお宝ではありませんか!
スリルはございませんが、道中で豊穣のお酒と茶菓子を購入して花見酒と洒落込みましょう。藤の棚の下で呑むお酒は格別でしょうな!」
スケさん――こと、ヴェルミリオは心躍らせ、さわさわと藤の揺れる音を聞きながら酒と茶菓子で『骨休め』に興じていた。
(先日、この地において一本の桜を燃やしてしまいました。
人喰いの妖であったとはいえ、桜を愛していた庭師の殿方の落ち込み様は、見ていると胸が張り裂けそうでございましたわ。
ええ、わたくしもあの方と同じ、愛しい者を目の前で失った過去を持つ女でございます。ですから、この若木を……あの丘に植えようと思うのです)
ヨミコは願わくばあの桜の骸を養分として、この丘で美しく咲き乱れますように、と願わずには居られなかった。
その腕には骨壺、いとしいひとを抱いて。ヨミコは「花見と参りましょうか」と囁きかけた。
藤に芝桜。美しいものは大好きだとシークはゆっくりとカムイグラの美しさを堪能する。
練達からカメラを持ち込めばその風景を写真に収めておくことは出来るだろうか。
「さ、これから何処行こうかな。温泉とかあるかな? 美肌効果のある温泉とかあるなら入ってみたいかも。
美しい花を見て、自分も美しくなって練達に帰るって言うのが出来たら理想的だよね」
――経営しているホストクラブの面々に本気で心配された事を冥夜は若干困り顔で受け止めていた。
偶にはしっかり休むべきだと提案された冥夜はR.O.Oでは社長業を営んでいるが食事も睡眠も不要な体である。休んでいる間に稟議書を一枚でも――と考えながらもその身柄は豊穣の温泉宿へと放り込まれていた。
「いいのでしょうか、こんな真っ昼間から布団にころがっていたり、ビールをのんでいたり……。
はっ! そうです! この体験を元に、新しくホストクラブの出張プランを考えてお店の新たなオプションを作るというのはどうでしょう。そうと決まればさっそく帰って企画書を作るといたしましょう」
同じように画家には休みはないといいながらベルナルドは慰安旅行に乗って遣ってきた。
宿に着いたならば周囲の散策をして、それから――と考えるベルナルドを食い止めたのはジュートである。
「冥夜くんもベルナルドくんも普段からずーっと働きすぎだし、こういう行事の時ぐらい休んで英気を養ってもらわねーとな!
あーっ、こら冥夜さん!さっそく企画書作ったりしださない!お酒でものんでゆっくりしてくれよ!
ベルナルドさんまで、なんでコッソリ絵を描きに出ようとしてんだよ!? 休んで次の大作のために力を溜める時期なんだろ!」
大人二人の面倒を見るのも楽じゃないと叱りつけるジュートは、もしかすれば自身には休日を謳歌できていないのではないか、と気付いてから頭を抱えたのであった。
「休み、休み、かあ。思えば、依頼にしろ遊びにしろ、ずーーーーっと動きっぱなしだったなあ。
………、……、………よし、ダラダラしよう!
何もしない! 何も考えない! ただただひたすらゴロゴロして、メシ食って、ダラダラして、メシ食って、ぼんやりして、メシ食って、寝る!!」
宣言した風牙に「じゃーーま!」とそそぎが叫んだ。畳で大の字になった風牙に「お掃除しているのに」と唇を尖らすそそぎはなんだかんだで楽しそうである。
「嬉しそう」
「つづり!」
唇を尖らすそそぎの腕をぐっと引っ張ってから風牙は「そそぎも」とごろ寝を促した。
「お前らも割と働きづめで疲れてるんじゃね? ごろーんとだらーんとする時間も、たまには必要だとオレは思います!
じゃあいくぜ! レッツ大の字!! ――だらーーん」
「一緒にしようよ」
「……だらけすぎでしょ」
そうはいいながらもだらだらとするのも悪くは無いと言いたげなそそぎにつづりと風牙は顔を見合わせてから笑った。
春と言うには随分と強くなった日差しを受けながらセージはディアナと共に岩に腰掛けて、川のせせらぎに耳を傾ける。
素足を川に突っ込んで『おっさん』らしく涼むセージがちら、と見遣れば出会った頃と比べれば『はしたなく』なったお嬢様の姿が入る。
「んんと……ごめんあそばせ?
つめた! ……ふふ。でも気持ちいい。こんな事するのはしたないって、セージは思う?」
「いいんじゃないか?深窓の令嬢より、そうやってはしゃいでる方がらしくて好きだな、俺は」
揶揄うように笑ったセージにディアナは満足そうに微笑んだ。こうして過ごせる事だけでも、二人の関係性が変わった気がして――愛おしい。
「冷えてきたしそろそろ上がるか……」
「……くしゅん!」
小さなくしゃみを漏したディアナにふわりとセージは大きな上着を掛けた。たばこ臭さは香水で誤魔化して、我慢してくれよなと心の中で小さな謝罪を。
「んじゃ、そろそろ行くか」
「ありがと……」
普段は意地悪なくせに。斯うしたときの優しさが、妙に嬉しくて。また、好きが一つ増えてしまった。
「領地の査察もせねばと思っていてな。藤見や芝桜も見頃なのだとか」
ベネディクトはポメ太郎が瑞神に逢いたがっているのだと告げた。リュティスは「ポメ太郎は仲間だと思っているのではないでしょうか?」と首を捻る。
「瑞さん! 瑞さん!」とわんわん回るポメ太郎は尾をぶんぶん振り回している。
「見ない内に瑞さん、大きくなりました? 僕はあまり変わってないんですが、凄いですねえ、羨ましいです」
「まん丸におなりになりましたか?」
「……ふ、太ってないですよ。最近みんなが僕を走らせようとしてくるんです! お散歩は嫌いじゃないんですけど、大変なんです!」
――実は『わんわん』と言っているポメ太郎の言葉を理解している瑞神である。
「今更だが、ポメ太郎は瑞殿を犬の仲間として認識しているんだろうか。良く懐いている様には見えるんだが。
……種族も寿命も違うとなると、色々と考えさせられるな」
「種族の違いはまだ良くわかりませんね……。意識したことすらないので」
首を捻ったリュティスにベネディクトは自分たちもそうだったと思い出したように彼女をまじまじと見た。
「叶うなら、君に大切だと思える何かを残せれば良いなと思うよ、リュティス」
大切だと思える何か――それがきっと、思い出になるのだとリュティスはベネディクトを仰ぎ見る。
「御主人様は今日見た中でお気に入りの花などありますか?」
そうして思い出を積み重ねれば、屹度。ひとつひとつが大切な『何か』に変わるはずだから。歩み寄るように問うたリュティスにベネディクトは「そうだな」と考えるように花を眺めやった。
●豊穣IV
「シトリンクォーツ……? 何故、長期休暇の名前があの石なんだろう……? 不思議?」
それが混沌に咲く花の名前なのだと聞いてナナは首を傾いだ。
豊穣では『黄金週間』と呼ばれて芝桜や藤見を楽しんでいるらしい。それらの風景を描きに訪れたのである。
(きっと他の木々と絡まったり空から垂れ下がるように咲く藤も
他の桜と違って、地面から絨毯みたいに一面に咲く芝桜もきっと綺麗だから…準備として、画材道具忘れないようにしたい、な)
人が沢山居るならば、その邪魔にならないように、場所を探さなくてはならない。
「うん……此処からの景色、とても綺麗……! 良い、描こう……!」
少し人気の無い場所で、画材を広げてスケッチを開始する。この日の美しい景色を残しておくために――
「これは立派な芝桜ですねぇ……! ずっと向こうの方まで綺麗に咲いていて……とても素敵です。
あちらには藤の花も。爽やかな風に吹かれてゆらゆらと……いやあ、いい景色です。来てみて大正解でしたねぇ」
目を細めてその景色に心を躍らすチェレンチィの傍で水しぶきが立つ。
夢心地がザリガニを釣り上げたのだろう。ざばりとザリガニが勢いよく川から飛び出したのだ。
「今の時期の川遊びと言えば、そうザリガニ釣りと相場が決まっておる。
もうちょい暑くなればそれこそ入れ食いじゃが、アレは簡単すぎて興醒めじゃからな。
出るか出ないか微妙な黄金週間中こそが、最も盛り上がるザリガニとのバトル! 煮干しに糸を巻き付け、いざ! 勝負じゃ~~~!!!」
釣り糸を垂らしていた夢心地に「それはなに?」と問いかける村の子供達。
子供達に「そなたらもやってみぬか?」と問うた殿は川の水に足を浸しながら餌の煮干しを時折囓り、優雅な時間を楽しむのである。
(『黄金週間』は私には余り関係は無いけど……どうしよう。たまには……うん、そうだ……日の当たる場所に出てみよう)
少し怖いけれど、と詩音は藤の花を眺めていた。
藤の花は美味しい。強い毒があるが、ちゃんと下処理と調理をすれば食べられる。
「種は強火でよく炒って、花は天ぷらや砂糖漬けにしたりして食べたりします……私は料理は出来ませんが。
考えていたら……食べたくなってきました、ちょっと探してみようかな……藤の花かき揚げ天丼」
そうして、店を見て回るのも悪くはないだろう。
「久々にけーちゃんゆっくりできるみたいだ」
にこりと笑った百華に慧は「休みですからね」と頷いた。
「今回も、お土産話持ってきてるんでしょ?」
軽く庭の木々を見て回ってから、屋敷で主と共に過ごすのは多忙を極めていた慧にとっては新鮮だ。
「こっちでは最近、空飛ぶ島が見つかって、色々新種の植物だのもあるそうっすよ」
「えっ、面白いねえ。近況だとね、ここで取れたお米使った新しいお酒が届いたとかかな! けーちゃんも飲も!」
にんまりと笑った百華に慧は肩を竦め「主さんはよくお酒勧めてきますよねぇ」と呟いた。
「けーちゃんは、酔いでもしないと人にあんまり甘えられないでしょ?」
――寄った自分の新たな一面を見た気がして、慧は驚くのであった。
「はて、此処はどこだろうねえ……」
今日も今日とて迷子の晏雷は帝の茶会は此の辺りだったのかと驚いた。川の潺に、子供のはしゃぐ声が心地よい。
「急に暑くなると体が参ってしまうから、うんと涼むといいよ。精霊さんたちも嬉しそうだねえ」
精霊達の燥ぐ声を聞きながら「良ければどうぞ」と給仕をしてくれる女御に礼を言う。
晏雷の迷子も時には目的の場所に辿り着くように――のんびりと茶会の会場での時間を過ごすのだ。
「今年のシトリンクォーツもお家でぬくぬく~ってする予定だったけど、まだ行ったことない所でたくさん遊ぶのも面白そう!
こういうの、『旅行』っていうのよね? それじゃあ、今年はあんまり行ったことがない豊穣で決定!」
リュリューはうきうきとしながら決定し、川で遊ぶ少年に気付いて声を掛ける。
「あっ、川で遊ぶのね! 涼しそうで楽しそう! ねえねえ! 私も混ぜて~~!」
「ああ、勿論ですよ。どうぞ」
顔を上げたのは陰陽頭の庚と、彼に連れられていた朱雀と白虎であった。どうやら少しばかり涼みに来たようである。
「くぅるるる! つめたーい! 前にいた『おうち』でお風呂で水遊びしたのも楽しいけど、川遊びもすごく楽しいのね!」
●覇竜I
この際じっくりと休暇を楽しもうかとイリスは覇竜に訪れていた。海洋で過ごすのも芸が無いから――折角ならば、宴へ差し入れを持って行き弦楽器の演奏を披露しようではないか。
シトリンクォーツはなにをいしょうかなあ、とリリーが首を傾げれば、その傍でライが『今日くらいは独占しても良いですよね?』と言いたげな視線を送っていた。リョクは気付いては居るが、リリーは気付かない。……もしかするとこの休暇で一番幸せなのはライなのかもしれないのだ。
「わたしはいつも、村祭りのアレやコレを仕切っているから、馴れている。頼ってもいいのよ」
フリアノンの祭りのお手伝いをするアルフィオーネは胸を張る。
「シトリンクォーツですか? 成程、お休みが一週間程あると…
確か里長代行がなにかぼやいていていましたね……私ですか? 防人たる者日々の鍛錬は欠かせませんからね」
「えっ!」
「オフな時は勘が鈍らないようにトレーニングでもしていようかと……
えっ、せっかくの休暇にそんなことをしている暇はない? わ、わかりましたすぐに向かいますから……」
驚いた地元の仲間達にアンバーはずるずると連行される。羽目を外すことが苦手な不器用なアンバーもそうやって宴へと足を運ぶことになるのだろう。
「ニルのコアとおんなじシトリン。だから、シトリンのお話を聞くと、ニルはなんだかそわそわしてしまうのです」
ニルも誰かの癒やしになりたいな、と足を運んだフリアノンで瑠貴は「おお」と手を振った。
「覇竜で宴をするって聞いたのですよ。ニルも、お手伝いしたいのです!
瑠貴様や琉珂様は何が好きですか? 覇竜のごはんでも、それ以外の国のご飯でも、ニルは瑠貴様や琉珂様の『おいしい』顔がみたいです!」
「ふむ。ならば私が馳走してやろうか?」
笑う瑠貴は『ごちそう』を持ち帰りやすいようにして用意してやろうと食料庫へと向かった。
彼女の作った料理は練達に持って帰ろう。ナヴァンに手渡して針生の話を添えてやれば、どの様な顔をするだろうか。
少し戸惑ったように「悪くない」という彼の顔を思い浮かべて、ニルは『うれしい』の表情を作った。
「フリアノンでもお祭りしたいぞ! なんだっけ、しとりんくぉーつ? 食えるのか、それ??」
きょとんとしている熾煇に「せっかくのイベントなら楽しまなきゃ損だよね」と雨軒は微笑んだ。
「外出て、狩って、里でみんなで食うんだよな? 外は危険だから、みんなでまとまって動いた方が良いな!
それとも里の広場に小さい動物を放して、子供が狩りの仕方や捌き方が学べるようにするか? 俺はどっちでも良いし、両方しても良いぞ!」
どんな封に狩猟祭を開くかと問いかける熾煇に父は「まずは……」と提案内容を纏め続けた。
折角ならばと祭りを遣ることを周知するのが雨軒の役目だ。
「……いつも紲家に薬を取りに来る人や警備の人達にまず声をかけて……狩猟して美味しいご飯食べようってだけだから、みんな気楽に参加してね」
声を掛ける父の傍らで月色はきょろりと周囲を見回している琉珂へと気付いて声を掛けた。
「ご機嫌麗しゅう、姫よ。
我らの一族は狩猟祭を主催している。これから特異運命座標の客人も増えるだろう。祭日の催しを根付かせようとしているのだ。お手隙であれば姫にも御覧頂きたい。きっと皆喜ぶだろう」
「是非! お誘い有り難う。月色さん」
にんまりとっほえんだ琉珂に月色は頷いた。彼と、父親である雨軒は裏方仕事だ。何をするか迷う人々や、材料の確保、祭りの運営は大変である。
一族の才を己はしっかりと退けていないと月色は感じているが琉珂は「イベントをするだけでもとっても立派だと思うわ!」と笑うのである。
「んー……いべんと? 何やるか、あんまりわかんないけど、何か手伝う……?」
こてんと首を傾げた桜夜はぽやぽやとしながらも、何かお手伝いならできると母へと声を掛けた。
「そうね。これを切欠に、来年は覇竜でもシトリンクォーツの祭りがあれば、お母さんとっても嬉しいわ。
だから、その為に頑張りましょうね。狩猟をするなら怪我をするかも知れないし。怪我の治療は任せて頂戴!」
胸を張った蝋梅に建峰は「行ってくる」と高台から一気に滑空して獲物を狙った。白虎は「わーい! お祭りだー!」とぴょんぴょんと跳ねる。
「お肉……お肉……ペットのシキちゃん……シキちゃんも焼くー! おかーさーん! シキちゃんも食べる!」
突如として、身内を職層とするのは白虎である。驚いた様子の蝋梅の傍で雪蝶はぴょんぴょんと跳ねていた。
「お酒! お肉! いっぱい運動した後はいっぱい飲んで食べないとね!」
「一狩りして肉! っていうなら当然お酒も必要だよねえ
ってことで酒鏡さんは色んなところを回って、肉に合う美味しいお酒をできるだけたくさん仕入れてこようかなー!」
酒鏡が用意した酒は未成年は禁止なのである。勿論ジュースだよと笑った雪蝶の傍で焼かれ掛けていた熾煇がお腹をきゅるりと鳴らす。
「ワイバーンがまた取ったー!! 肉ー! まだ食べるー!」
●境界
「ふむ、行き先でありんすか」
何をしようかと、そう考えながら境界図書館へと足を運んだエマは「クレカ様」と手を振った。
何時も通りの仕事をしている境界図書館。クレカはそこに佇んでぼんやりと本を眺めているようだった。
「普段どのような仕事をしているか。興味がごぜーますから。
……何もイレギュラーズを、ライブノベルへ案内するだけが仕事という訳ではごぜーませんでしょう?」
「わたしは、イレギュラーズだから……うん、サボってるのかも」
此処に居るだけだし、と呟いたクレカはそれから、とアーカーシャを指差す。
「あれ、動かしてる」
「成程……」
淡々と答える彼女は何処か楽しそうにも感じられたのであった。
●ギルドの一日
「ジゼル!ほんとに今日から1週間お休みなの?
だったらー、当然最初から最後までわたしと一緒に過ごすわよね! イヤだなんて言わせないんだから!」
そうやってジゼルに甘えたのはメーテルである。可愛い彼女にジゼルは唇で三日月を作ってから微笑んだ。
「ふふ、当然よ。私は貴方の物だし、貴方は私の物だもの。
……そうね、外でデートも良いけれど……まだ1日目だし、今日は家でゆっくり過ごしましょうか? 残りの日の予定を立てたりして」
「……ジ、ジゼルがそうしたいなら逢わせて上げるわ。恋人だもの」
「あらあら、本当にメーテルはいい子ね? それじゃあ、まずは朝ごはんの準備から始めましょう」
くすくすと笑ったジゼルにメーテルはふい、と外方を向いた。
「……ねえ、ジゼル。今日はわたしが作るわ。ふふん。パンケーキ、分厚く焼くの得意になったんだから!」
「そうなの? ……もしかして、私の為に練習していてくれたりしたのかしら。……かわいい子。大好きよ」
ぎゅっと抱き締めれば、彼女は驚いたようにぱちりと瞬いた。そんな姿も愛おしいのだ。
「当艦内へようこそであります。面白いものは特には無いと思うでありますが、ゆっくりしていくといいであります」
ベテルギウスの言葉に「ほへ~」と呟いたのは黒龍であった。
「なんというかそっちの器とちがってえらくでかくて無骨あるなぁ。
ふむ、丁度焼けつくような日光に辟易していたところある、木陰ついでにお邪魔させてもらうあるよ~!」
「当艦にはコンビニエンスストアやジムにサロン等も設置されており、乗組員の艦内生活と精神衛生を向上させるべく努めさせてもらっているであります。
まぁ、殆どが不時着……召喚された際に使用不可になっているでありますが、幾らかは再整備して使用可能になっているであります」
説明をするベテルギウスに黒龍は頷いた。
「やや! なんとも面妖奇怪な構造ある! この区画は壁抜けでは通れないあるか……。
ここの通路、風水的にちょっとまずくないあるか? 壺置いとくあるか? いやぁ愉快ある! この扉はどこに続いているあるかな~?」
「……ちなみに、ブリッジとエンジンルームは入らない方が身の為であります。
セキュリティシステムは最優先で修復して……行ってしまったでありますね。
メディカルルームで待機しておくであります、当艦はできる戦艦なので」
さて、此の儘『探索』は続くのである。
「シトリンクォーツ。お休みの日ですね。 という事は今日は書類仕事しなくていいって事ですね? やったー!
……でもたぶんきっと休み明けがつらいと思いますので執務室で決裁してます」
そんな迅が過ごしていたのは鳳自治区の領内である。
窓の外では元気に走り回る子供の姿もある。随分と復興の手が入り、自身が手を貸さなくともこの地は大丈夫だとさえ感じさせる。
そんな日が来ることを夢見ていて――扉が勢いよく開かれた。
「申し訳ありません、蛮族が……!」
「は? 蛮族が来た? ピクニック気分ですかノルダイン達!
ちょうど息抜きしたいところでしたからいいでしょう。これが僕のお休みです! ――天高く殴り飛ばしてみせましょう!」
「ぬーんぬーん……みんなええのう。連休ということでいろんなところに遊びに行っているのう。
わしゃあ、作曲依頼がたまってて身動きがとれんでの……着想がなかなかつかなくて休むどころじゃないのう……」
頭を悩ます剛は王家のパーティーもパルスのライブイベントもミサへや騎士団の行進も気になると頭を悩ましている。
サンドバザールでのイベント市にシトリンクォーツのバザー。
「行きたいところは数あれど……締切が……ああぁぁぁ――」
今日も剛はとっても多忙なのである。
ぷるぷると揺れていたロロンは『有限会社やみのそしき』の自室で領地経営シュミレーションをしていた。
ボードゲームをしているように見えるが、何度シュミレーションしても滅んでしまう結果に首を傾げながら、氷の駒とカードを並べ続けるのである。
「今日はのんびりとお部屋で読書タイムですめぇ。
各国では色々と催しをしているようですが、せっかくのお休みですしたまには静かな時間を過ごすのも良いものですめぇ」
メーコは最近は依頼に行ったり牧場でひつじの世話をしていて読書は暫くぶりであった。
元の世界では色々な世界を夢見て沢山本を読んだが、此処に来てはそれこそ物語の登場人物のような人や物が一杯で、自身もその一員だと感じることがあったのだ。
「今、物語を読んでも今の鮮やかな経験から色褪せて見えてしまうんじゃないかと不安にもなりますけど……それでもやっぱり、表紙を開いたらその世界に浸ってしまいそうですめぇ」
「はしゃいで遊びすぎると疲れちゃうんだよね。今日はのんびりしたいなぁ……そういうときはやっぱり水の中がいいんだ」
変化を解いて湖の中に入ればトストの緊張は幾分か解れていった。暗い方向へと泳ぎ、湖底の窪みで丸くなる。
(――ああ、静かだなぁ。日の光も水が遮って柔らかい。それでもまだ、殆ど真っ暗だった故郷の地底湖よりは、ずっと明るいけど。
……地上はめまぐるしいんだ。眩しくて、やかましい。それに人々の思惑が、悪意として渦巻いてる。
帰りたい、と、思うんだけど 最近ちょっとそれも怖い。
ずっと探している故郷が、それでも手がかりすら見つからないのは……やっぱり何か理由があるんだろうか……)
自身の帰りたい場所を思い浮かべながら微睡みの縁で丸くなる。願わくば少しでも、情報を得ることが出来ますように。
「さぁ! 今日は依頼もなくひさびさのお休みの日であります!
折角のお休みでありますから……ROOのエクスギアの積みプラを片付けていかねば!
それが終わったら次は再現性東京の美味しいお店に食べに行って、次は限定の練達テレビ特撮の新発売のベルトを買ってそれからそれから……」
それから、それから。指折り数えたムサシは最近はヘビーすぎたと少しだけベッドの中に入って――
「さぁ! 今からお休みを満喫するでありま、えっもう夜中……?
さっき寝たのが昼なのにもう夜……? お休みは……? 自分のお休みは一体どこへ……?」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加有り難う御座いました!
皆様にとっての楽しい休暇を過ごしていただけたならば光栄です。
(※OPにあります通り、【名声の付与は『幻想』】となります)
GMコメント
●シトリンクォーツとは?
シトリンクォーツとはつまりはゴールデンウィークです。それに勤労感謝の日が合体したそんなお休みの一週間。
お休みなんかしてられるか! という方はそれでもOKだと思われます。のんびりと過ごしてみてはいかがでしょうか?
●できることって?
お散歩や何でもお好きにお過ごしいただけます。
オープニング描写されたシチュエーションの他、お好きに『シトリンクォーツの1週間』をお過ごし下さい。
※シトリンクォーツの1週間であるためNPCを連れて遊びに行って頂く事は可能です。
NPC次第では行ける場所に限りがありますのでご注意下さいね。
また【名声の付与は『幻想』】となりますのでご注意下さい。
●プレイング書式
一行目:【場所】
二行目:【グループ】or同行者(ID) ※なしの場合は空行
三行目:自由記入
例:
【ギルド】
リリファ・ローレンツ(p3n000042)
●場所
※当シナリオでは名声は【幻想】に入ります。
何処へでも行くことが出来ます。大きくは【ギルド】【幻想】【鉄帝】【練達】【ラサ】【天義】【海洋】【深緑】【豊穣】【覇竜】【境界】【その他】
妖精郷は深緑に、再現性東京系列は練達にお願いします。
ギルドはご自身の所属ギルドハウスや自宅です。自宅でのんびりと言う場合はギルドをお選び下さい。
★ご参考に。
こんな事が街では起こっているよ!という例を記載します。その他のイベントもあるとは思いますのでお気軽に。
折角のシトリンクォーツだからこういう所に行きたいぞ!というのも大歓迎です。下記はあくまで参考程度でもOKです。
それぞれのイベントごとでは各国のNPCが参加しております。(※GM担当NPCは直接お誘いをお願い致します)
【幻想】
・王家によるティーパーティー
【鉄帝】
・パルスちゃんのライブイベント
・ラド・バウのイベントマッチ
・初夏のヴィーザル地方ピクニック
【天義】
・豊穣へのミサ
・騎士団の行進
【ラサ】
・サンドバザールでのイベント市
・パレスト邸での宴
【海洋】
・シトリンクォーツバザー
・海軍によるパレード
【練達】
・セフィロトは日常通りのブラック業務が遂行されています
・再現性東京202Xでのゴールデンウィーク(遊園地や水族館のチケットが貰えます)
【豊穣】
・霞帝と神霊の避暑の涼み(川遊び、川辺での茶会)
・藤見や芝桜の観賞
【深緑】
今回は立ち入ることが出来ません!
●NPC
・夏あかねの担当NPCがおります。
また、霞帝等の担当がついていないNPC等もお声かけ頂ければと思います。
※出来る限りのNPCへのお声かけにお返事差し上げたいと考えておりますが、ご要望にお応えできない場合も御座いますことを予めご了承下さい。
※特に【友好的でないNPC】や【鉄帝国上層部等、あまりシナリオにもお顔見せがないNPC】は簡単にお会いすることが難しいです。
・無制限イベントシナリオですので、ステータスシートを所有するNPCが参加する場合があります。
(通常の参加者と同じように気軽にお声かけしてあげて下さいね)
・深緑に関しては情勢を鑑みて【不可】とさせていただきます。宜しくお願い致します。
●備考
本シナリオに参加された方には、限定アイテムが付与されます!
詳細は以下の通りになります。
・黄水晶(ハイクオリティ・デザイア)
フレーバー:太陽の恵みを象徴する美しい石です。貴方の明日に、光がありますように。
効果:命中+1、【スキル:天気予報、おまじない、黄水晶の雫を活性化している扱いになります】
・黄水晶の雫(非戦スキル)
良い天気に恵まれやすくなり『おまじない』の効果がちょっと上昇するかもしれません。
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