シナリオ詳細
<天之四霊>央に坐す金色
完了
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オープニング
●『四神』
東西南北に座すは神獣――そして央にて眠りにつく守護者の黄金の気は二つに別たれた。
一つは竜の姿を象り、人々へとその存在を知らしめた。
もう一つは獣の姿を象り、罪人らの行末を願う様に眠りについた。
青龍、朱雀、白虎、玄武――そして、黄龍と麒麟。
即ち、それは神威神楽の守護者である。
嘗てよりこの地には精霊が住んでいた。其れ等が形を得、人が如く生業を営むのが八百万。
そして、それらとは違い強大な力をその身に宿して眠りにつく大精霊、神と呼ばれしそれらはこの地を愛し、時折人里に居りては人々に加護を与えるそうだ。
その寵愛を一心に受けたのは外様の青年――今園 賀澄。その名を『霞帝』と改めて前代の中務卿と任命した建葉・三言と共に黄竜の望む『けがれなき国造り』へと乗り出した。
魔なる存在に害され彼が眠りの呪いに落ちてから、四神達は酷く落胆した。
愛した者が眠りについたその悲しみに、そして――『けがれの増えたこの国』に。
だが、再度の刻が訪れた。
目覚めし霞帝はイレギュラーズへと懇願する。
東に座す青龍
南に座す朱雀
西に座す白虎
北に座す玄武
そして――中央に座す黄龍とその力を通わしてほしい。
黄龍の別たれた力は麒麟と化し、自凝島を守護している。
その力を駆使すれば自凝島より脱出する事も叶うはずだ――!
●『央』
「セイメイ、彼らが英雄殿達か? ふむ、成程。強き心をしているのだな。
……所で、黄金の獣について予知を働かせたものが居ると聞いた。それは?」
霞帝は黄龍の顕現を行うが為の陣の上でくるりと振り向いた。先の戦いで、世界より賜った贈り物で黄金の獣の姿を視たという『神威之戦姫』メルトリリス(p3p007295)は「自分であります」と背をぴんと伸ばしてそう言った。
「成程……麒麟がイレギュラーズに助力を乞うているのだろう。
然し、自凝島の内部は肉腫が蔓延っている。畝傍・鮮花なる刑吏が『増やし』ているのだろう」
「やはり……流刑地の島は肉腫だらけであったか。そして、刑吏まで――なんじゃな」
む、と唇を尖らせた『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)の傍らで「畝傍・鮮花を追って島を渡る事は?」と提案したのは彼女の足取りを追っていたマルク・シリング(p3p001309)であった。
「いいや、危険だ。肉腫……それも『強敵』揃いであろう敵の陣地に乗り込むリスクを俺は認められぬ」
「それじゃ、指を咥えて見てろって事? レゾンデトールに関わるんだ。アレクシアちゃんを……みんなを助けに行かせてくれ……!」
懇願する『鬨の声』コラバポス 夏子(p3p000808)は『膠窈肉腫(セバストス)』との戦いにより眼前で攫われた少女の事を思って歯噛みした。
霞帝は「京を開け、それが天香側に悟られ『何らかの呪術』を使用されたとすれば救出作戦を行うものさえ犠牲になりかねないのだ」と頭を振った。
高天京に霞帝や晴明だけではなく、イレギュラーズが居るだけで高天御所には牽制になる。直ぐにでも自凝島へと兵を出し、救出作戦を行いたい気持ちは分かると晴明は悔し気に呟いた。
「守り、救うことが俺の役目だから。仲間を必ず助けに行く。……だから、止めてくれるな。危険は承知の上だ」
『Unbreakable』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)の真剣な眼を受け止めてから、晴明は「帝」と静かに彼を呼ぶ。
「この地に――黄龍の許へと彼らを連れてきたという事は何か策があるのでしょう」
「その通りだ、晴明。お前はつづりを連れて此処へ。
そして、イレギュラーズ。これからの俺の言葉を信じてくれるか?」
霞帝の切れ長の瞳がイレギュラーズを見つめる。頷いたのは『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)であった。
「そそぎ、新道……いや、攫われた者達を助け出す為に出来る事を。
だから、俺達は藁に縋るような思いではあるが……貴殿の言葉を信じたい」
「ああ。目の前で攫われた仲間を見過ごすことは出来ない。なんだってして見せる。……教えてくれ、何をすればいいのかを」
『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は真剣に霞帝と晴明を見た。
頷く霞帝はこの地は自身に力を貸してくれている四神の長たる黄龍が眠っていると告げた。
東西南北の各地に眠るそれらの長なる黄龍はその力を別ち、イレギュラーズが流刑となった地、自凝島の深き底に『麒麟』として眠り続けているらしい。
京か自凝島に何かがあったならば――その時は霊脈を通じてどちらかに転移する用意をしている、と。
「ならば……その力を使えば牢を抜け、麒麟の許へ行けば此処まで帰ってこれると?」
メルトリリスに霞帝は頷く。しかし、それにも条件がいくつか存在しているそうだ。
「流刑となった者が麒麟の許へ辿り着き、彼に認められねばならない。
麒麟は自凝島での行いで『善人』であるかを見極めるだろう。勿論、彼らが麒麟の転移陣に乗らず残る可能性だってある」
「……それは自らの意志で自凝島に残る可能性があるという事か?」
フレイに霞帝は頷いた。そうなれば、陣に乗り帰還した者は助けられるが『それ以外』は――ぞう、と背筋に走ったのは嫌な気配だ。
「……そして、その転移陣を起動させるためには霊脈を浄化しなくてはならないのだ」
「浄化?」
「ああ。妖に怨霊、肉腫と……けがれが多すぎて黄龍が麒麟へと心通わす事が難しい。
皆には其れらを撃破し、この地の汚れを祓ってほしい」
やってみせると夏子は、そして、ウィリアムは頷いた。其れこそが今『自凝島』の仲間たちを救う手立てとなるのだ。
「そして、その一環とし、俺が今より顕現させる黄金の獣とも手合わせを願いたい」
「……それはどういう事だ?」
ベネディクトが驚いたように霞帝を見遣る。燃やせばいいのかとというアカツキをしばし留めるマルクは「黄金の獣、というのは黄龍ですか?」と問いかけた。
「ああ。自凝島と神威神楽を包む結界を強固にしたい。俺は一度巫女姫に眠らされ、『彼』の機嫌を損ねてしまった。
故に、イレギュラーズにその手伝いを頼みたいのだ。晴明やつづりは力足らずであるが、『英雄殿』であれば」
揶揄い呼んだ霞帝は「結界さえ補強できれば自凝島の肉腫の動きを阻害できる。そして神威神楽の『呪』も多少軽減できるはずだ」とそう言った。
「帝、つづりを連れてきました」
「……セイメイ、帝が居る。帝、もう、大丈夫……?」
「ああ、心配をかけたな、つづり。セイメイも有難う」
僅かな再会。そして、彼らの脳裏に浮かんだのは巫女姫の事だった。
天香は『義弟に掛かりきりで此方に意識は向いていない』だろう。何せ、イレギュラーズの一人が付き人として名乗りを上げ彼方側に着いたというのだからそればかりに注目しているはずだ。
だが、巫女姫は――手元に愛しい姉が居る状況で落ち着けば帝が目を覚ました事に気付くはずだ。
「……巫女姫は如何なさいますか?」
「巫女姫の意識を逸らすが為、そして、捕らわれた姫君の奪取を目的に御所に少数の兵を向けるべきだ」
「承知いたしました」
晴明は頷く。巫女姫の『意識を逸らしていれば』この地を狙う存在は格段と減る。
それでも魔種、肉腫、獣、怨霊と清浄なる気配を厭い襲い掛かる者は多数居る筈だ。
守りを固めよ。
神を味方につけよ。
この地は神威神楽――『神』による『神殺し』の準備を整えるのだ。
「……さて、此れより反撃が為の準備を行う。協力してくれ、つづり、晴明――イレギュラーズ!」
- <天之四霊>央に坐す金色完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月27日 23時01分
- 章数3章
- 総採用数475人
- 参加費50RC
第2章
第2章 第1節
●
――賀澄。
そう呼ぶ声を思い出す。
今園 賀澄という青年は正しく善人であった。神威神楽に訪れ、憂う四神の声を聞き、『けがれ』を祓うべく獄人差別を撤廃するように働きかけた。
種により迫害を受け続けていた獄人にとっては救いであり、約束された地位を害される八百万にとっては迷惑極まりない主張であった。
長胤による『獄人に知慧を与え施し、政治を担うに値する資質を培う時間こそ必要である』との意見に歩み寄り改革は一歩、踏み出したという満足感があった。
「長胤殿、貴殿はどのような酒を好む? 何が好ましいか分からなかったのでな。
此度の宴の為に俺が神威神楽で一番好きな酒を選んだ」
どうだ、と賀澄は酒瓶を掲げた。まさか『霞帝』と天香・長胤が共に月見をしながら酒を煽っているとは誰も思うまい。
「頂こう」
「気に入ってくれると嬉しいが」
「建葉も此方へ」
「セイメイ、長胤殿がお呼びだぞ。ほら、近くへ」
軽快な会話を交しながら、共に笑い合った。その傍らできょとりとした晴明が居た事も忘れやしない。弟のようなものだと彼を紹介し、共に此れから国を造っていく為に未来を語り合った。
語り合った、のだ。
此れからこの国は屹度、良くなる。八百万と獄人が手を取り合う素晴らしき未来が来る筈だ、と。
――『あんなこと』があるまでは。
悔やんでいるか、と問うた者が居た――ああ、当たり前だ!
強引だったのでは無いか、と糾弾する者が居た――そうだ、そうだろう!
改革には『当たり前の代償』だった。
だが、相手が悪かった。
偶然にも『彼』の――愛しい人。ただの、偶然が歩み寄る未来に冷や水を掛けた。
ああ、だが――苦しまないわけが無かろうに。
彼にどのように厭われていようとも今園 賀澄にとって、天香 長胤は良き政敵(ライバル)であり、友人だったのだ。
彼が『反転』したことを識っている。
魔種となったならば最後、その命は終を迎えなくてはならないことも識った。
せめて、友が死ぬ前にもう一度語らう機会が欲しい。彼の愛しき人の命を償えというならば――
『――、――!』
声がすると霞帝は目を開けた。金色の翼を揺らした黄龍は『寝惚けおって』と揶揄うような声音を発した。
『賀澄よ。興が乗った。吾はこのローレットとやらと手合わせをする。邪魔立てしてくれるな。
そして――気付いて居るか? 鼠が入り込みおったぞ。穢らわしい者共を排除することを優先せよ。
吾もけがれが居っては集中できぬのだ。痒くて堪らんのでな』
――さて、此れよりは『けがれ』等の周辺掃討を行いながら黄龍と対話をすることになるだろう。
=======補足========
【行動をお選びください】
プレイング冒頭にて【1】【2】とご指定ください。
【1】周辺掃討(霊脈浄化)
自凝島へ繋がる霊脈を浄化し、無事に転移陣を起動させるためには必須の行動です。
『けがれ』と呼ばれる存在が無数に湧き上がっていますがその大元になる『けがれの瘴気』は3カ所在るようです。無数の妖、怨霊、複製肉腫(不殺で救出可)が蔓延っています。
●エネミー:膠窈肉腫(セバストス)『祥月』(<禍ツ星>旧り行く祥月に登場)
村人たちが信仰する仏像より生まれ落ちたという肉腫です。六本の腕を持ち、手を合わせ、神に祈るかのような雰囲気で聖人ぶっています。
戦闘能力は非常に強く、堅牢。HPが高く常時、再生を行います。
『何者かの悪戯』でセバストスまでフェーズが進化したようです。
●エネミー:純正肉腫『罪架(ザイカ)』(<巫蠱の劫>折紙衆と異形の巨人に登場)
『異形の巨人』が握っていた金属製十字架です。棍棒のように使われていましたがふわふわと浮か自律行動をします。
そのフェーズごとでその形を変形し物理/神秘の両面の攻撃をしてきます。
●エネミー:純正肉腫『???』
複製肉腫を増やすことに特化した堅牢な肉腫です。攻撃行動は行わず只管『けがれ』の中で仲間を増やしています。
●エネミー:魔種『畝傍・柘榴』
拘置所の中で警務を行っていた鬼人種です。鬼人種を不当逮捕して居たところイレギュラーズに説得されています。
特別巫女姫様に目を掛けられたとかで自信過剰に反転し、黄龍の霊脈浄化を嗅ぎつけて来たようです。情報を持ち出されても困るので直ぐに倒しましょう。
※膠窈肉腫(セバストス)とは?
膠窈種は純正肉腫に原罪の呼び声がへばり付く、もしくは複製肉腫が【反転】した際に誕生する事がある特殊種族です。純正よりも強力な感染力を持ち更に【純正肉腫(オリジン)の誕生を誘発させる】能力を持ちます。反転を伴う経緯であるので肉腫の特性に加え呼び声の性質も持ちますが、あくまでも肉腫の異常進化形態であり、純粋な魔種と同一という訳ではありません。呼び声の伝染力に関しては魔種の方が圧倒的に上です。
【2】黄龍ノ試練
黄龍に特異運命座標を認めさせるべく、戦い挑みます。こちらは『四神結界強化』となり、黄龍の分離体である麒麟側の結界もより強固にすることが出来ます。
黄龍は特異運命座標に対して、『どうして戦うか』を問い掛けてきます。また、彼は在る一つのことに注目し、人を見極めるようです――つまりは、誠の気持ちで自身に戦いを挑んできているか、です。
●エネミー:黄龍(ちょびっとだけしっかりモード)
黄金の龍の姿ですが、霞帝が神域には二重に結界を掛けているので外よりその姿を見られることはありません。
堅牢にして強固。非常に強力なユニットですが所謂話も通じるし、会話もしてくれる手合わせの相手です。
問答は『どうして戦うか』『力を手に入れてどうしたいか』ですが、それ以外に『誠の気持ちであるか』です。
自身を認めさせることよりも、不安視しているのはどうやら『けがれ』の方のようですね。
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第2章 第2節
「……僕は、僕のやれる事をやる。弱い僕でも、小さくたって何かは出来る筈。
つづりちゃんとも約束したんだから…怖がってなんていられない。――大丈夫」
シャルティエは唇を振るわせた。リキッドペインが戦う彼の武器を作り出す。蔓延る怨霊や妖達が多い、だが、それに慄いている場合ではない事は嫌でも理解できた。
「僕は……僕だって戦える! 戦わなくちゃ、いけないんだ……っ!」
地を蹴った。周囲の有象無象は『本命』に到達する為に無視できない障害だ。緑の色を思い出す。軈て『少女だったゴブリン』の姿が脳裏を掠めて震えが止まらない。それでも、進まねばならないとシャルティエへ声を上げた。
「凄いわねー、どんどん湧いてくるのねー。一匹見ればなんとやらって感じかしらー?」
厨房でもそうなのよ、と蘇芳は首を傾げる。料理にも下拵えは重要だ。料理で必要な『準備』を怠れば調理を行っても満足は得られない。メインディッシュだけではない。オードブルだって必要なのだ。
「やっぱり、やれることを頑張るしかないわねー♪
あ、でも、複製肉腫ちゃんは一皮剥けるのねー? じゃあ、下拵えで処理しましょー♪
最後ににっこり笑えるヒトが多い方がいいものねー。出来るだけ、探して狙っていこうかしらー。
そう、終わる最後の最後まで諦めないわよー!」
蘇芳はびしりと複製肉腫を指差した。嶺渡流料理術に油断と手抜きは許されないのだ。
「黄龍も気になるけど、それより目の前の複製肉腫を何とかしよう。
目の前に助けられそうな人がいるならね、できるだけ助けたいと思うよ」
静かにそう頷いた文。『もういたくないくすり』を手にしてもこの地に姿をぞろりと現した複製肉腫に妖に怨霊に……と思えばぞうと背筋に冷たいものが伝うのも仕方がない。
「……でもね。やっぱり数多くないですか!? 僕の攻撃力なら大した威力は無いし思いっきりいっても致命傷にはならない、はずだ。多分。恐らく。うん。痛かったら後で謝るから! しかし助けたいから殴らせろって、これ傍から見たらかなり危ない人の言動だね!?」
痛くなければ大丈夫の気持ちで複製肉腫の救援に当たり続ける。傍から見ればかなり危険な言動だとしても、それも『人の為』だとすればノーカンなのだ。
「なーんかこう、お公家のお家争いというか、貴人連中の諍いってのはどーも食指動かぬでござるが……。
事ここに至ってはそうも言っていられないご様子。よっしゃー観音打至東、ぎによってすけだちいたすー」
楠切村正を手に至東は宙駆け、あやかしや怨霊たちと切り結ぶ。五月雨の術理を生かして自身の技量で編み上げた真・五月雨――沙淫レ放ち、至東は小さくため息を吐く。
脳裏によぎったのは宮中を荒らした噂の居合いの女である。極悪非道(おとめのたしなみ)の元、後宮の乙女におねだりをしたと言うのを思い出せば冷たい気配を感じては仕方がない。
「あまりこう……今回ばかりは目立ちたくのうござるなあ……。
最近、どうも黒髪居合女のよからぬ話が出たと聞き及んで候からネ」
その様子をぼんやりと見ていたのは黒き翼を揺らしたナハトラーベであった。
「―――」
咥え唐揚を片手に瘴気に濡れた地を見下ろした。機動力の侭飛び回る。自身の役割が『敵の列を作り一手に攻撃を集める』事を知ってか知らぬか脳内のまだ見ぬフランクフルトに思いを馳せた。
自身のリミッターを外して更なる高みまで加速する。ナハトラーベはぐんぐんと空を泳いで――きゅうと腹を鳴らした。フランクフルトも良いが、団子も良い。さて、其れをのんびりと食べるためにも『食事の場にはふさわしくない存在』にはさっさと退場頂かねばならないのだ。
成否
成功
第2章 第3節
――ともだち。
そう口にすれば権力者としてその名を語られた二人が急に近くなった気がしてハルアの胸はじんとした。
誰が正しかったか。どちらが間違っていたか。それは分からない。永遠に返歌のない世界はあり得なくて、それでも、急激な変化が痛みを生むのは確かで――遠くを見渡す目と、一人ひとりの気持ちを慮る事も大事だった。失敗するとしても動かなくちゃ成功の未来に辿り着けない。必要な犠牲だった、とそうはいえないとハルアは唇を噛んだ。
「賀澄」
友の名は、こうも重いのか。霞帝が顔を上げた。
「長胤ともう一度お話しする時間、作ろうね」
「……ああ」
戦わねばならない、倒さねばならない、それでも、貴方が彼を友達と言うのならば。
地を蹴った。瘴気の中に飛び込むハルアを害するように複製肉腫たちが行方を阻もうとする。それらから逃れるべく空を駆けた。
「キリがねぇな」
呟く。シラスは瘴気の元を断つ為に『今蔓延っている者』を減らさねばならないと魔力の槍を降らせた。
進む仲間へと邪魔をするのならば容赦はしない。この場に存在する四人――畝傍・柘榴、祥月、罪架、そして――名も知れぬ存在を倒すべく戦う仲間達が集中出来るようにと自身が阻害するものを惹きつけ倒す。
「いくらでも来やがれ!」
叫ぶ。そして、その足に力を籠めた。此れくらいで倒れていてはラド・バウファイターが――其処で待つ強敵が腹を抱えて笑うだろう。
複製肉腫の命を救えるのならば、とシラスは大地へと目配せ一つ。言ノ刃は確かな力を持って広がってゆく――それは激しく瞬き、邪なる者を滅する光となって周囲を包み込む。
「どうか、彼らの為に、道が開けますように。
少しでモ、この地の穢が消えて灌がれるようニ。
……麒麟がどこかで見ていると思ったら、決して手は抜けない。さァ、まだまだ働かねぇとナ」
黄龍のその身が分離し生れ落ちた麒麟――それが脱出を行う仲間達を救うために重要な存在なのだ。
大地は『神』に認めて貰うべく、その言葉を広範囲へと届かせる。救い、そして、穢れを払う。怨嗟に濡れたこの土地を――浄く整えるためには必要なのだ。
零時は静かに息を吐く。陰陽操術【四大八方陣】を使用して構える。相手、距離、状況を確認し自由自在に対処を続けていく。
「けがれが大量発生して、黄龍の試練に支障をきたしそうなんだってね。
それじゃあ僕は、そっちの露払いに励むとしようかな。僕は不殺攻撃は持っていないから複製肉腫は任せるね」
「あア、任せてオけ」
大地が頷けば零時は「その代わりに他の相手はしっかりやっていくよ」と小さく笑みを浮かべた。
周囲に蔓延る怨霊を、そして進もうとするものを邪魔立てする存在に幾重も攻撃を重ね続ける。
零時の傍らからするりと前へと飛び出したのはレン。小さくため息を吐いて防御端末を発動させながら進み続ける。
「まったく、ルル家め……あやつは昔から時折とんでもないことをしでかしたものにござる。
ともあれ、まずは囚われ流刑となった面々の救出、ここからでござるな」
思い出すは彼女の突拍子もない行動の数々だ。そう思った後、レンは静かに息を吐いた。前へ進む仲間達を支援するようにその身を再生しながら複製肉腫を、そして妖達の態勢を崩し続ける。
漣のナイフを煌かせ、風のように走るレンが地を踏みしめてひらりとその身を翻す。勢い良く複製肉腫へと飛び込んだ蹴撃がその意識を奪い取り、くらりと視界を晦ませた。
成否
成功
第2章 第4節
「いよいよ乱戦になってきましたね。こうなってくると戦うしかありませんか」
エマは静かに息を吐いた。こうなれば隠れている場合ではない。幻惑を渇望する魔石が煌く風の加護をその身に纏い鎌鼬を思わす妖の背後へと回り込む。速力を威力に変え、音速の殺術を放つ。
その目と耳、鼻を生かして周辺の状況を確認し続ける。こういう乱戦状態では敵に目を付けられず周囲を盾にして相手を如何に倒せるかを自分に問う。味方の波に乗り、その気配を消して静かに、そして執拗に掠め切る我流の暗殺剣で命を奪い続ける。
「さぁーてもう一仕事二仕事! えひひっ!」
葬屠はふらふらとしながらも不安げに靄の中へと向かっていた。
「う、敵がたくさん……」と小さく呟いたのはその周辺に無数の複製肉腫がいたからか。舞雷弩宇印寓に身を包んで、そう、と刀を構えた――敵は、複製肉腫や妖達は奥にいる純正肉腫と『けがれの瘴気』を守っているのだろうか。どくり、と心臓が高鳴った。
「でも、一も神使……一もできる……戦いを……」
呟き、広がっていくのは昏沌樂團『血徒死』。血による召喚で生み出された猫のようなナニカはその姿で翻弄するように敵を切り裂いていく。
「良くない……肉腫が増えるのは……止めないと……」
自らの血を武器に、ふらつきおぼつかなくなるその両足に力を籠めた。自らが流した血で他人が流す血が減るならば、それは一つの僥倖と。葬屠はそう思っていた。
本陣より一歩歩みだしたとき希は「晴明さん」と晴明を呼んだ。
「さっきはありがと、ほんと……至らぬもので。
……ところで貴方は長胤をどう思う? 霞帝の政敵だけど今は魔種。魔種になったら戻れないんだよね。
殺すしかない、貴方はそう思ってる? 霞帝は関係なく……『貴方』は救いたいと思う?」
希の言葉に晴明は息を呑んだ。そう問われれば――どう答えれば良いか、つい、悩んでしまう。
「……俺は、獄人だ。それ故に、支配され迫害されてきた苦しみは知っている。
獄人である個人で言えば彼には俺達からすれば当然の報いとして救う価値もないと思っている。
だが――俺としては、彼は政治家として、尊敬できた。それ故に、これから共に国を作って行く事ができれば、と」
そう思うと告げる彼の表情は苦しげに歪んでいた。彼とて政治家なのだろう。
迫る複製肉腫に攻撃する。殺さずの選択肢に「アンタ、結局それか……」と小さく自嘲して。
「成したものを壊されるのは悲しい。失ったものを再び成すのは酷く辛い。
戦うことは恐ろしい。でもそれらを見て見ぬ振りをするのはもっと恐ろしいのです」
目を伏せた雨紅。舞う様に戦槍『刑天』を使用して、進む。狂熱のダンスで翻弄する怨霊と妖を切り刻みながらも雨紅は複製肉腫の相手は避ける事にしていた。
それらの命を失う事は恐ろしい。恐ろしい事ばかりの中で、最も恐ろしい事を裂ける様に『見てみぬ振り』を止めるように戦い続けた。
複製肉腫を増やす純正肉腫を狙わねばならないとつつじは小さく息を吐き剣を握り、地を踏みしめる。
「まだまだ霊脈は浄化せなあかんな……足を止めとる場合やない」
それは決意。あの『けがれの靄』の中に存在する危険分子に仲間達を届けなくてはならない。周辺の梅雨払いを行いながらつつじはスプリング・エルムの加護を身に纏いながら妖をビートを刻み加速しながら叩き伏せた。
「ウチはあくまで旅人やから、この地に根付いた因縁からはあくまで部外者。
だからこそ……精一杯出来ることをやらせてもらうで。
とにかく捕まった仲間を助ける。それが最優先やな!」
仲間。同胞とウォリアはその言葉を言い換えた。黄龍が後ろで見ている。その視線の意味を知りながら静かに息を吐き敵の殲滅がために絶対威力を誇る大斧を振り上げる。
「……救える命があるのならば救う事も同胞の助けとなるやも知れぬ。
ならば、終焉を断つ者として――オレは征くのみだ!」
戦いの始まりを引鉄として沸き起こる猛烈な衝動。強烈な怒りと闘争心を呼び覚まし破壊力を増加させ続ける。
足を止める事はない。力を籠めて、その全身の怒りの炎を燃やし続ける。靄の向こう側に『名も知れぬ何か』が存在した。立っている。首傾げ肉腫を増やす事にのみ注力した男は「いやあ」と頬を掻く。
「堅牢な大敵も、命を炎に炙られるのは堪えるだろう?」
「燃やされるのはちと、辛い者があるよな」
ならばと踏み込むウォリアの前には無数の肉腫が姿を現した。
成否
成功
第2章 第5節
「黄龍さまの妨げとなる『けがれ』を祓います。いつまでも痒いのは、嫌なものです、から」
痒い痒いと黄金の精霊がのたうち回り霞帝にその躯を掻いて貰っている様子を想像してメイメイはふふり、と笑った。神様であろうと竜種であろうと、そして羊だって痒いものはきらいなのだ。
「さあ、これ以上『けがれ』となる敵が増えるのを止めなくては」
ファミリアーの小鳥がぐるぐると周囲を回っている。索敵を行う鳥に誘われながら名も知れぬ『純正肉腫』の元を目指す。
「彼らも、大事なカムイグラの民、です。ひとりでも多く、助けたいと思います……!」
複製を増やす。その行為を更に容易にするのがけがれだと言うのならば――メイメイは純正を倒すべきだと前を進む。けがれを防がねばならない、そして『複製』を救いたい。
「わたくしでは、戦う理由を聞かれたら揺らいでしまうと思いますのでー……。
逃避だとは、分かっているのですけれどもねー。その分、こちらでは全力でやらせていただきますわー」
ふわり、と踊るようにユゥリアリアはそう言った。純正肉腫をターゲットにするのは彼女も同じだ。自身を支援し、そして、複製らの中から『見つけた』と無茶をするように飛び込んだ。
ユゥリアリアが地を蹴る。旗が大きく揺らぐ。自らの血を媒介に作られた氷の槍を直ぐさまに投擲した。鮮やかなる攻撃を重ね、そして襲い来る複製等の攻撃に痛みを感じ歯を食いしばる。彼女の周辺に広がったのは聖なる光。信託者の杖が放った邪悪を放つ光は決して人々の命を奪うことはしない。
複製肉腫は疫病とも称される。それを命を奪わずとも無理矢理攻撃で剥がすことが出来るのならばとアルムは天使の名を冠する者――癒しと生命、光明を司り支援を送り続ける。
「俺に出来ることは積極的に、ね。これでけがれが少しでも払えるなら――!」
アルムと、そしてユゥリアリアの前にはにたりと笑い攻撃行動も取らぬ純正肉腫がどかりと座っていた。
「倒しても倒してもキリがないであるなぁ。となれば肉腫が増える原因を絶つのがよかろう。――故に、貴様を倒す!」
百合子はびしりと純正肉腫を指さした。それは名を名乗らない、名を持ち合わせないのかも知れない。拳を固めて仲間達が放った光の中を百合子は真っ直ぐに飛び込んだ。
(一瞬でよい)
白百合清楚殺戮拳を放つために――三カ所の急所を一瞬で打ち抜くために。
(その一瞬で力の全てを叩きつけて見せようぞ!)
百合子はその拳を叩き付けた。拳にぶつかった硬い骨の感覚。堅牢だ。だが、と百合子は地を踏んだ。ステップを踏み交代する。間合いを詰める。咲花式の法則で、自覚も無く再度地を踏んだ。百合歩き、その独特な戦法で幾重も幾重も重ね続ける。
「純正肉腫……どうやら敵も大きな戦力を出してきたようですね。
ええ、ならばこそ、コレを倒したら一気に戦況も優勢になるというもの!
さ、行きましょう。呪いなんていらない。ソレがロクでもない事なんてこの身で知っていますから」
ふう、と静かに息を吐いた孤屠はその剛力を、牡牛の如く発揮する。何もかもを駆逐するために生まれた武器を握り、唇から地が溢れようとも、突き刺す。ただ、突き刺し続ける。
「堅牢であり敵も多く、ええ、大いに結構!
ならば真正面から全て刺し穿つ、突き穿つ!その全てを壊す! ただ立ってるだけで私の攻撃を耐えられると思うな!」
唇の紅色を拭い、真っ直ぐに孤屠は純正肉腫を捕えた.周囲の複製が邪魔だ。だが――重ねれば彼くらいならば倒せる可能性がある。そう、勝機にも似た可能性にその眸は煌めいた。
成否
成功
第2章 第6節
「ちっ、水さすんじゃねえよ」
小さく舌を打ったルカは『けがれの瘴気』をちら、と見遣る。黄龍との楽しい手合わせを邪魔立てするのだと言うのだから納得は出来ない。
「仕方在りませんね。黄龍様がけがれを気になさっておりましたから。まずは不安を取り除くのが大事かと……」
目を伏せたリュティス。彼女の言葉に頷くベネディクトは黄龍が本来の力を発揮する為にはこの邪魔立てする存在を全て薙ぎ払う方が良いだろうと自身と共に戦場を行く仲間達を見遣った。
「どうやら、敵の邪魔も本格的になってきた様子だな……」
「ええ。ご主人様、ご命令を」
そう、とスカートを持ち上げたリュティスにベネディクトは大きく頷く。肩を竦めたルカは「待ってな黄龍サンよ」と掌をひらりと揺らがした。
「ちっとばかし邪魔してくる野暮天どもをぶちのめしてくるからよ」
『ああ。痒くて堪らん故な。ずずいと倒してきてくれ』
軽口を叩く黄龍に花丸は「黄龍さんが言うんだから仕方なくだよ?」と揶揄う様に小さく笑った。
「面倒な相手を何とかして私達も早く試練に挑まなきゃっ!」
ぐ、と掌に力を込める。仲間達が前へと進むために復讐肉腫を引き付け続ける。場を整えるためであると、敵を引き付ける花丸の背後で、リンディスは自身とマルクへと『鏡』の物語を付与した。負担を軽減するそれに重ねるのは花丸へのサポートだ。
「たとえ敵が何であろうと、僕のすることは変わらない。
たとえどんな状況だろうと、命を諦めないと決めている! そこに全力を尽くすことに、迷いはない!」
自分のための戦いだと言った。マルクは『ここで誰かを支え、救う』事こそを戦いだと認識している。個々が自分の目的のために進むからこそ力を発揮できるのだと――黄龍に願った助力が決して上辺だけでは無いことを示すために声を張る。
「肉腫を増やし続けるだけの純正肉腫……あの家族のような悲劇を、これ以上繰り返させはしない!」
マルクは彼の――純正肉腫の噂を聞いていた。アカツキと共に対処をした複製肉腫。呪詛を行おうとした怨みに染まった彼等。それらが不幸になる事を防ぐために――マルクのサポートの中でアカツキは焔の如く闘志を燃やした。
「これ以上好き勝手されてはたまらんからのう。大掃除と行くのじゃ!」
地を蹴った。複製肉腫が邪魔か。だからといって諦めることは無い。
「我らの邪魔をするというのであれば、押し通るのみ! 行くぞッ!」
ベネディクトが走る。その背中を追いかけるようにサポートを行うリュティスは迫りくる複製達を退けるように黒き攻撃を放つ。
「ご主人様の邪魔をするなど言語道断。このリュティスが排除させて頂きましょう」
囁く声音と共に、リュティスは「覚悟はよろしいですか?」と純正肉腫に向き直る。
「覚悟かあ」
「覚悟が出来て居らぬ等と言わせぬ! こうして出会えたからには逃さぬぞ……!!」
アカツキはリンディスからの補助を受けられる位置での攻撃を心がけた。純正肉腫を狙い続ける。攻撃を重ねれば堅牢だ何だと謳われようとも痛みは蓄積するだろう。
「いやいや……お前等が複製にならないのが残念だよ」
からりと笑ったその声に、唇を噛んだのはリンディス。そして、『複製』を受け止める花丸も悔しげに呻く。
「ッ――こんなに複製を増やしてっ!」
花丸は声を張り上げる。その拳は誰かを傷つけるためだけにあるわけでは無いのにと悔しげに唇を噛むが――彼女は未だ、倒れない。仲間達が彼女を支えるからだ。
「んで何かい? 黒狼隊のお出ましかぁ!?」
厄介者がいるとか居ないとか。そう言いながら夏子はがばりと振り向いた。ルカが小さく笑っている。その顔に夏子も笑う。
リンディスへと向けて迫る肉腫を受け止めて、夏子は破顔し掌をひらりと振る。
「お待たせ 待ってない? まあ頼ってよ」
「頼りにしていますよ」
「OK。それじゃ、もっと行っちゃおうぜ!」
飛び込む。それはルカと、夏子の一撃だ。
「おぉぅルァぁあっ! 固まってな! 間もなく届くぜ大砲がぁっ!」
複製など相手ではない。邪魔ばかりだとルカは苛立ったように吼えた。
「邪魔すんじゃねえ!」
堅いというならばその堅さをぶち抜いてやれば良い。何が堅牢だ。只の座って『雑魚』を盾にするだけのサボり魔だとルカが吼えれば夏子が笑う。そうだ――『攻撃は届く』のだ。
「急いでんだ! ウダウダやってるヒマはねェ! どけぇっ!」
「喰らいやがれ!」
二人の攻撃が飛び込んだ。純正肉腫が僅かに呻く声を上げる.そして、周囲から迫る複製達を退けるために黒狼隊は戦い、アカツキとベネディクトが純正肉腫へ向かうその道を塞がぬようにと気をつけた。
(黒狼隊として動いてもう幾度かになるか……皆、頼りになる者ばかりだ。俺も隊を率いる者として、負けられん)
ベネディクトは小さく笑う。支える者、送り出す者、前を向いて走る者――
「例えどれだけ強固な敵であろうと、我が槍にて撃ち貫くのみ!」
負けては居られない.だからこそ攻撃は強かに純正肉腫へと飛び込んだ。
成否
成功
第2章 第7節
「……つづり君も気になるが。肉腫を何とかしなければジリ貧か」
愛無はそう小さく呟いた。攻撃型でなくともその周囲に存在する『仲間』が何を仕掛けてくるかは分からないと愛無は警戒を怠らない。その爪を武器に地を踏み締めて飛び込んだ。徹底的な破壊衝動をその身に纏う。純正肉腫はどうやら『ダメージが蓄積』しているようにも見受けられた.幾人もがこの靄の中、彼と戦い続けている。
息を吸う。そして――口腔から大音量で咆哮を放つ! 物理的な衝撃となり脳を揺さぶる衝撃に純正肉腫が呻く。攻防一体の構えをとった愛無がその脚に力を込めた。歪み、増築し、無社務その屍竜の愛を身に纏い、純正肉腫を逃さぬようにと立ち回る。
『仲間』――近くに存在するのは膠窈肉腫(セバストス)と呼ばれる存在だ。黒子はそれを警戒し、戦場を見通すように戦略癌を生かした。天賦の才を発揮し、戦いの教本として参謀としての力を与え続ける。
膠窈肉腫『祥月』に向かう騎兵隊との連携も意識する――自身らの隊はこの純正肉腫を倒すべく乱戦状態の中で複製肉腫を退けるのが目的だ。
(特に敵の組織行動として包囲行動、布陣での防衛行動は特に見られない……。
個々がこのけがれに乗じて儀式を破壊しようと動いているだけのようにも見られる――か)
組織だって居るわけではないのだろう。仕えるべきが存在しているだけ、ただその様にも思える。
黒子の傍らで悲しげに目を細めたのはアシェン。必中を期するライフルを構え――そして、穿つ。
「これ以上悲しいお話も、悲しい敵さんも産み出してほしくはないのだわ。お願いするだけでそれが叶わないのでしたら……」
倒すしか無いのだ、と。アシェンは周囲の複製肉腫へと特殊弾を放った。ロマンティックな夢は好ましい。幸福な気持ちになれる――けれど、周囲がバラバラでぐちゃぐちゃに歪んで見えては気持ちが悪い。そんな『人に撃ってはいけない』弾丸でその行動を阻害する。
(全部を倒すのも救うのも難しいけれど可能性を残しておきたいわ……)
矛となるべく。アシェンの傍らで空を翔る鶫は魔力銃を構える。
「これ以上、無節操に湧かせる訳にはいきません」
その照準の先に存在するのは――純正肉腫だ。アシェンが複製肉腫達を受け止め逃さぬようにと対処する中、鶫はその後方より打ち抜くために邪悪な怨霊を弾丸装填し、放つ。
執拗に襲う弾丸が純正肉腫を追い縋る。狂化の攻勢は驚異的な苛烈さで鶫を掻立てた。
「戦争は数が物を言う。ならば、まず狙うべきは貴方です!」
目を凝らす。ヒットした! そう認識するが、わらわらと迫りくる複製達は目障りそのものだ。
「純正肉腫に膠窈肉腫だなんて……ですがやる事は変わりません。
状況は悪くなりそうです……でも島流しにされた皆さんの救助のために頑張りましょう」
は、と息を飲んだのは沙月。魔具を手にし、指輪に魔力を煌めかせる。念動武器を使用し放ったのは雷。鮮やかに降り注いだその雷の下、複製肉腫達が叫びを上げて『矛』とその名を掲げた隊へと襲い来る。
(此処で退いてはいられません。状況を改善するためにも純正肉腫の首は取らねば……)
静かに心を決める。周囲へと広げた光が複製達を包み込んだ。地を蹴った汰磨羈は騎兵隊側の様子をうかがいながら純正肉腫に攻撃を重ね続ける。
(此の儘攻撃を重ねればこの純正肉腫は倒しきれる――だが、それで祥月がどのような動きをするかが気がかりだ。此方が攻撃したことで良からぬ事が起きなければ良いが……)
黒子のルート選定に従い、進み出た汰磨羈は厄狩闘流『太極律道』を用いての攻撃を重ね続けている。此の儘、そう、幾人ものイレギュラーズの一斉攻撃を受けている純正肉腫は此の儘ならば『倒せる』と確かな実感がある――だが……其れによって膠窈肉腫がイレギュラーな行動を取らないようにと注意が必要だろう。しかし、安心感がある。それは、自身らだけではなく複数のイレギュラーズがこの場で戦っているからかも知れない。
「さあ。削りきろうか」
静かな声音でそう言った。降り注ぐアシェンと鶫の一斉攻撃の中で、祈るようにアイシャは癒しを送る。
「虐げられる苦しみが怨嗟を生み、その果てに奪われた命が怨念となる。
数多の犠牲の上に成り立っているこの国はあまりにも…あまりも、哀しい」
唇を震わせた。複製肉腫を退け、そして、仲間達をサポートし続ける。温かな光が広がる中で、攻撃重ね続ける鶫とアシェンの前を走り抜けたのは愛無と汰磨羈、沙月。
沙月がステップ踏むように跳ね上がる。その場所へと落ちたのは複製肉腫が大げさに投げた鉈。落ちた雷にふらつく足下を支える者も居ないまま倒れる複製肉腫を通り抜け、純正肉腫の懐に滑り込んだ汰磨羈の唇が釣り上がった。
――仲間とこの国の助けになりたい。黄龍の友人になりたい。
この想いが真であればいいと思う。そうシキが告げれば傍らでサンディが肩を竦める。
「まったくどいつもこいつもあぶねぇところに簡単に飛び込んでくれるぜ」
「黄龍と友人になりたいんだ。だからこそ黄龍がけがれを不安視してるなら、それを無視して『友人になって』なんて言えないや。さっさとけがれをぶっ倒して、私なりの心とやらを引っ提げて。もう一度黄龍に『私と友人になってよ』って言いに行くよ」
死地にとびこむ奴等ばかりだとサンディは肩を竦める。フォローやエスコートも兄貴の仕事、ならば。
「引き返せとは言ってねぇ。俺を呼べって言ってんだっ!」
「ふふ、過保護だなぁ。サンディ君は」
共に、純正肉腫の懐へと飛び込んだ。サンディはシキの動きに合わせる。天すら穴で穿つ一撃に――ありったけのコネとなりふり構わぬ殺意を元手に死を告げる。『切り札』の前に踊るのは助けになりたいと願う――誰かの為と信ずる只の一人。
処刑剣を振り下ろす。シキ・ナイトアッシュは心など知らない。心がどういうものかも分からない。
それでも――これを心と呼ぶのか否か、私にわからなくとも、今は思うままに走ってみたい。
「シキ!」
サンディの声に頷いた。シキは黄龍のことを思う。あの大精霊は友人になりたいというならば、『自身に認められる様に努力せよ』と言うのか。
手に力を込めた。皆が、『矛』が『黒狼隊』が純正肉腫に向かっている。
シキはどれだけ無茶をしても、と全力の直死の魔性を放った。
「――――!」
断末魔か。
『けがれ』の中に一人の純正肉腫が飲まれるように消えていく.その光景にサンディは経過したように腕を開き、睨み付けた。
その向こうから聞こえる嗚咽は仏像を思わせる奇妙な『生物』によるものだったのだろう。
「ああ……ああ……名も知らぬ君は死んでしまったのですか。なんて――なんて、嘆かわしい……」
成否
成功
第2章 第8節
『神仏モドキ』とマカライトが称したのは涙を流して合唱しながら進む肉腫であった。
人々の信仰より生まれ落ちたと自称し、自身を聖人で有るかのように振る舞うそれは膠窈肉腫(セバストス)と呼ばれた肉腫達の別ステージである。
「ああ、悲しい……」
そう告げる祥月をマカライトは警戒したように睨み付け――魔砲を放った。
「何が出てきたかと思えば……神仏とは縁があるというかなんというか。
しかし相手が仏様でも、敵なら切り倒しに行かせてもらう。生憎こと神様に対しては抵抗がない。何せ――」
マカライトは小さく笑う。祥月のその眸がぎょろりと動いた。真っ直ぐにマカライトを捕えゆっくりと進み酔ってくる。片手機械剣を手にしたままマカライトは小さく笑う。
「神殺しは俺の故郷で何百とやってんだよ」
神殺し――その言葉にエクスマリアは祥月、と小さく口にする。その名は決して縁起の善い者では無い。
「膠窈肉腫(セバストス)『祥月』……仏というのは、神の一種、だったか。その割に、随分と不吉な名を、冠したものだ、な?」
首をこてりと傾げる。祥月が純正肉腫の死を悼み涙を流して接近してくるそれを警戒しながら軍馬を駆り進む。
「以前ローレットがぶつかった時よりも、より強力になっているらしい、な。
堅牢な防御と、高い再生能力、不沈艦とでも、称するべき、か? まあ、沈めるし、打ち砕くのみだが、な」
「神は死なぬのですよ」
「お前は神では無いだろう。それに、どれほど堅くとも、弱点を穿てば、勝機は、ある。さあ、仏なるモノよ。お前の神話も、終わらせよう」
エクスマリアの長い金の髪が九隊を作り出す。無数の髪が蠢き雷撃として降り注ぐ。ぐん、と距離を詰めるように祥月の腕が伸びた。エクスマリアの躯が馬上より地へと叩き付けられる。
「ッ――!」
ココロは息を飲んだ。自身は仏某などは分からない。信仰などもってのほか。そんなことよりも仲間を、そして『師匠様』を信じていると彼女の指示に耳を傾ける。
エクスマリアへと直ぐに施したのは命保つ技法、潮流活身法。潮の流れが不調の解決方法を見つけるのだと医術士は僅かな焦りを滲ませながら構え続ける。
「嗚呼、悲しい……この身を禍に苛もうとするだなんて」
「まぁ、お前が神だろうと聖人だろうと関係無い」
祥月の至近距離。集中力を高めたまま、幻介は剣を振り下ろした。生きることを諦めない。それ故に――速度と共に攻撃を行う。
「仕事であれば、何であろうと斬る――只、それだけに御座る。
現し世にいるのなら、例え相手が神でも悪魔でも斬る……それが我が剣の生き様よ」
「なんと――」
背筋に嫌な気配が走る。然し、その身を反転させた。危機的状況を回避するが為に避けた攻撃に頬へと掠めた一撃が痛い。その間にもイーリンが祥月の情報を収集しているはずだ。
幻介は此度は攻撃手でありながら『情報収集』の為の重要な役割を果たしているのだ。ココロが焦り滲ませ支え続ける。
「ああ、悲しい……」
「ああ、そんなに泣いて。
仏さんのことだからさぞや善行でおいて苦しんでおられるのでしょう。だが――『そんな面』しやがって。みっともねぇな」
涙を流す祥月に優しく声を掛けたカイト。しかし、その声音は冷たく変化し、祥月もぴたり、と止まった。笑っている。涙を流して笑っているのだとカイトは気付く。破滅への先触れを告げ、不吉へと誘う。
「――仏の面してても、悪は悪なんだよ」
吐き捨てる。不幸の『前触れ』を与えるカイトの傍らで、エルは後ろから敵に回り込まれる事を防ぐように周辺を警戒し続けた。
「お邪魔をして、傷付けるだけの神様なんて、エルは嫌いです。
そんな事をしたら、冬を楽しめなくなるって、エルは思いました。めっ!」
「それでも、子よ。悲しいのだ」
涙を流し、幻介を追い縋る。彼の頬を掠める一撃を阻害するようにカイトが攻撃を放つ――だが。
その『間』に飛び込むようにイーリンの億劇が放たれた。波濤魔術。紛い物は雷撃を纏う。その雷撃に僅かに祥月の身が震える。
(基本的にはアタッカーとしても一級品、けれど……抵抗力はそれ程高くは無い。ならば、こちらにも勝機があるはず!)
イーリンは静かな声音で祥月へと言い放った。
「仏よ、貴方は何を為さるのです」
それは祈りを捧げるような甘い声。その間に幻介が、カイトが一旦撤退を行う。体制を整え再度の攻撃を行うために。
「子等の迷いを救うのです。これは救済ぞ――」
「なるほど、でれば――その醜い祈りは穿つべきだわ何故か? 神がそれを望まれる」
静かにそう告げる。純正肉腫を倒した矛側のサポートを受け、一旦回復を行う者は回復を、そして――としかと段取りを整えた。焦りが滲む。
祥月はただ、泣いていた.まるで何かを悼むかの如く。
成否
成功
第2章 第9節
イーリンの示す作戦概要に沿って動く騎兵隊は誰一人も掛けること無きようにと心を配る。
エレンシアは一旦ダメージを受けた事で後方で体制を立て直す仲間達の退路を切り拓くべくその槍の穂先を祥月へと向けた。
「っは、いい判断だぜイーリン! 殴り甲斐のある敵を選んでくれてなぁ!」
仏像、仏。そうした言葉にエレンシアは馴染みは無い。だが、神とは相違ないのだろうとエレンシアは認識する。それが『そうしたものを模して生まれた存在』であれば、自身を聖人であると認識しているのは致し方ないのだろうが――「何に対して祈ってるかは知らねぇが……そうしてそのまま祈ってろ。そうすりゃ楽に冥府へ送ってやれらぁ」
此度は、敵だ。どれだけ堅牢であろうが貫き突破してやるとただ真っ直ぐに自らに帰ってくるダメージすら顧みずに攻撃を重ね続ける。
「戦場にあって敵対するなら何者であろうと討つのみ! それが戦士の心得ってな!」
黒きローブをはためかせる。鳥人姿であるレイヴンは上空よりファミリアーの目を使用しながら大弓に『断頭台』を下ろした。召喚されるのは『無銘の執行人』。自身へと投影し、獲物であった執行の大鎌をその武器へと模し振り下ろす。
「さてはて仏に刃を向けるとは仏罰が下るか?
ああ、それもまた良かろうさ......お前が真に『仏』と呼ばれる解脱者ならの話だが」
レイヴンは加減することは無い。ただ、斬る。斬って斬って、切り続ける。大いなる翼で空を踊るレイヴンを祥月は確かに見た。
「これ程まで……ああ、悲しい……」
(まだ、なりたて……なのでしょうか?)
ステラは黄龍に関しては他の皆に任せ祥月を倒すが為にと距離を詰めていた。試作高火力型の『問題作』で魔術と剣術を織り交ぜた一撃を放つ。
「ああ、悲しい」
「ッ!」
腕が伸ばされる。直ぐさまに後退するが遅い。地を踏み締めた際に立った砂埃が目に痛い。その躯を反転させて受け止める。びりりと腕に走った重みに唇を噛みしめる。
「……仏様、ですか、いえ別段気にはしませんが。
ここは戦場、拙の前に立ちはだかるならば、仏様であれ何であれ全力で討ち払うのみ、です。状況打開の為にも、沈んで頂きます」
「ああ、何と――」
涙をほろほろと流す祥月を真っ直ぐに見詰めたのは彼者誰。騎兵隊の頭目を庇うが為に付き従う彼の傍を走るのはファミリアーの小さなリリス。鼻をすんと鳴らし周囲の確認をする彼が降らせ続ける鋼の驟雨がステラを追い縋るその腕を留める。
「『仏に逢うては仏を殺せ』と禅宗では言いますが、物理的に殺すことは想定していたのでしょうかね?」
問い掛ける。風の加護を纏い、地を蹴った。迫りくる祥月を押し込めるようにその腕に力を込める。重い。動く六本の腕が彼者誰の躯を地へと打ち付けんと力を込めて払われた。
「ッ」
「……これはこれは、大物ですね!
折角だったら倒したら死体とか持ち帰りたいですね♪ 中々解剖し甲斐ある見た目してますしね♪」
それが神であろうとも、仏であろうともねねこの趣味は変化しない。死骸を採取し『楽しく解剖』したくなるのが乙女心という者だ。『身代わりねねこ人形』を待機させる。仲間達を護るが為に、そしてヒールボムを手に肉体知識を生かしてサポートを続ける。
冷静沈着なる死霊魔術士はその躯の内を巡る魔力を感じ続ける。威力が低くとも長期戦になればじわじわと効果を発揮させるとねねこグレネードを投げ入れる。
「容赦はしませんよ!」
「そうだね。皆を笑顔にするために、頑張っちゃおー♪」
にんまりと微笑んでスカートを揺らす。アウローラは元気にいつも楽しく笑顔を忘れずに、魔砲を放った。
「狙い撃つよー! 敵はみんな吹き飛んじゃえーっ!」
飛び込んだ最大火力。言霊に力を込めて、感情乗せて歌い続ける。祥月の言葉を奪い聞き入るようにと願いながら、その声を響かせた。
「さあ、聞いてね。アウローラちゃんの歌だよ!」
にんあまりと微笑んだ。圧倒的な制圧能力。全身全霊の総火力。其れを伴い祥月をこの場に縫い止める。無理をして倒しきるよりも『生きて帰ること』が重要なのだから。
「……は? 仏だと? よりにもよって俺の前で神に類するものだと?
マジか! マジでか! あっはははは!! ……よし、潰そう」
クリムは大笑いした後にすう、とその感情を凍らせた。グラニと共に全船へと飛び込んだ。剣戟と魔術を織り交ぜて、無銘を振り下ろす。
「大丈夫大丈夫、私は冷静ですよ。ええ。たとえ逆鱗の上でタップダンスキメられようと怒ったりなんかしません」
冷たい声音と共に、鋼の驟雨を摺り抜ける。祥月のその腕がクリムを見ている。悲しいと唇が囀る音にさえも嫌悪するようにクリムは首を振った。
「キレてはいません、ええ、キレてはいませんがそれはそれとして……殺す!」
成否
成功
状態異常
第2章 第10節
「さて……では叩こう。
どのような敵だ……まだ見ぬどんな手を持っている……やはり謎は、自分の肌で感じてこそだ」
シャルロッテは静かにそう言った。探偵として現場に出るのも大事なのだと練達式戦闘車椅子壱型に乗りながら前へ前へと進み出る。
振るうのはタクト。無敵の進軍を約束するそれを振るい、そして軍師として戦略眼を生かして真っ直ぐに戦場を見据える。第八の戒を生かし、その身を用いて感じ取った。
(……これが膠窈肉腫――脅威であるが確かに此れは『なりたて』か。
自分の力の使い方についてまるで理解していないようにも見える……なら、勝機はあるだろうよ)
に、と小さく笑う。大勢を指揮し判断を下す。これぞ軍師であると堂々たるシャルロッテの傍らで歯噛みするのは華蓮。
(足りない……妬ましい……成長したつもりでも、皆その先に居る。
羨ましいなら嫉妬するなら……必死で食らいつきなさい、私!)
嫉妬が、その身を焦がした。騎兵隊の前衛として。逆転魔術を、追い込まれてからの自分を見て欲しいと言うように抱き留める手を、差し伸べる手を空っぽの儘ではイヤだと華蓮は藻掻く。
「足りない……皆なら、こんな攻撃掠りもしないのに」
頬を掠めた一撃。そして――唇を噛んだ。ココロなら、皆なら。そうやって、他人と比べ続ける。
「まるで足りない……皆なら、こんな敵すぐに無力に出来るのに」
「悲しい子よ。どうか此方へ――」
華蓮へと慈悲を与えるように差し伸べる手を拒絶するように武器商人は極めて破壊的な魔術を放つ。
「仏に憑いたか、こりゃあいい。
世界を破滅させんとするモノが、衆生を救うモノのカタチを取ろうとは愉快なものよ」
その姿はまるで幽世を歩むかの如く。紫苑の衣を揺らし、目を隠した武器商人が灯籠を揺らがせる。
「生憎、我(アタシ)は仏には嫌われやすいタチなものでね。
ぶち壊すのに痛む信心などハナからないのさ、ヒヒヒヒ!」
ヨモツヒラサカと共に祥月を押し止めるようにくすくすと笑う。複製肉腫を退け、そして祥月に幾許かのダメージを与えるためにと戦う武器商人の傍でもやりと華蓮の胸奥から滾ったのは嫉妬であった。
(悔しい……悔しい……)
足りないとそう呻いた彼女の横顔を見ながら武器商人は「彼女に慈悲を与えてやれるのかい?」と祥月へと問い掛けた。
「然り」
「出来るわけが、ないだろう?」
嘯く、その言葉を遮るように。メリッカの魔砲が飛び込んだ。名無しの肉腫が潰えたならば、祥月を撃破、または撤退へと追い詰めたい。慈悲を与えられるかなど『くだらない問答』に与えられると答える程にそれは神力など持ち合わせていないだろう。
「神仏ごっこはここまでだ。キサマはここで滅す、キサマのようなモノは存在しちゃあいけない。
キサマの様な『悪辣なモドキ』が居ると……真心を以て神仏を崇めている人々の心が軋むんだ」
「悪辣――など……」
「悪辣だろう」
小さな村のご神体。それを模して成り代わったと言うのならば悪辣以外の何と称する必要があるか。
「膠窈肉腫……」
シルキィは小さく呟いた。確かにこれは悪辣なる存在だ。そして――
「純正よりも進化した訳だねぇ。とはいえ、それを理由に怯む訳にはいかない。全力でやらせてもらうよぉ!」
危険で有ることも十分に理解できている。ならばこそ、と不吉のプレゼントが祥月のその身に重なり続けた蝕む『傷み』を爆発させる。自分が取ることの出来る最善策。仲間達の攻撃を『自分』で活かす最大の方法。
外套を揺らす。蒼穹と紺碧の涯を目指す旅人の外套に翡翠を飾り糸を手繰った。両手の攻撃を重ねる。祥月の目がシルキィを見た。
(こっちを見た……!)
構えるシルキィの前へと飛び込んだのはレイリー。ムーンリットナイトと共に、シンプルなドラゴンランスを構える。
「私はレイリー=シュタイン! その穢れた祈りを止めに来た!」
一瞬だけ自身の能力を最盛期まで滾らせた。そして、絶対不可侵の守護を得手、白き守護竜が如く祥月を受け止める。
「ッ騎兵隊の盾として、やらせはしない!」
ランスで衝撃を弾く。仲間達を護るように――そして、祥月の情報を持ち帰り叩く為に。
(強い……)
レイリーがそう認識したその背後で「一旦撤退を」と頭目の声がする。この場で深追いしては鳴らない。幸いにして『複製を増やす純正肉腫』は退ける事ができた――ならば、一つの目標はクリアされたことになるのだ。
成否
成功
第2章 第11節
「うわぁ、嫌な気配がまるで際限なく湧いてくるようだよ……。
気になる事が多過ぎる。けど、二兎を追って両方逃す愚は犯せない――要は僕達の後ろに通さなければ良いだけ、だよね!」
カインは静かにそう告げた。冒険者としての経験を活かして防衛陣地の補強を手伝いながら、その陣を抜けて行こうとする敵を退けることこそが目的だ。モンスター知識を使用し、そして聖なる光で押しのける。カインが護るのはシューヴェルトが声掛け集めた村人達だ。
「改めて君たちに頼みたい! どうか、僕たちに力を貸してくれないか?」
「……物資ならば、役に立てるかも知れない。戦う事はできない」
そう告げる村人にシューヴェルトは確かに危険は侵せないと頷いた。彼等はシューヴェルトとは違いパンドラを持たない。つまりは肉腫になる可能性が存在しているのだ。それ故に再三の注意をし、物資の確保などの手伝いを行って貰う必要がある。
(肉腫――……嫌な気配が近いよね……)
シューヴェルトと村人の様子を見ながらカインは冷や汗を垂らした。『けがれの瘴気』の中では純正肉腫と祥月との戦いが行われている。その他に得た情報ならば『十字架』の形をした肉腫と、魔種が何処かに存在しているというのだ。
「味方もあちらに行ったりこちらに行ったり、敵もあちらから来たりこちらから来たり。
情報を制すものが戦場を制す。今度も鳥達に頑張ってもらいましょう」
純正肉腫の接近を感知しなくては鳴らないとメルアンヌは鳥たちに声を掛ける。周囲状況の感知と伝令を、と。伝書鳩達を活かして陣地に攻め入られぬようにと注意深く確認し続ける。
鳥のさえずりにメルランヌが顔を上げた。何かが近づいてきている――そう、それはカインが『気色の悪い存在』と称した者に近いのだろう。
「何かが来ます。村人の保護を宜しくお願い致します」
「ああ」
小さくシューヴェルトは頷いた。力を持たぬ者を助けるのも貴族の嗜みだ。
「さあて、懐かしい顔……はないな。ともあれ面倒な奴が来たものだ。
ここで一般的なイレギュラーズだったら因縁の相手に挑みかかるところだが、生憎俺の本領はそっちじゃないからな。俺の土俵まで上がって来れたら勝負と行こうじゃないか、来れるものならな!」
錬はそう呟いた。ぷかりと浮かぶ十字架が遠目に見えたのだ。罪架は持ち手への物理攻撃を無効化させていた。ならば、其れ本体も『その能力』を持っている可能性があると錬は考えた。
浮いて、近づいてくる。ここで『迎撃』しなくてはならにあか――式にその情報を持たして警戒する錬の傍らを走り抜けたのはグドルフ。
「ハッ……あのクソッタレ肉巨人の持ってたヤツか。よくもあん時はこのおれさまをコケにしやがったな。ブチ壊してやらねえと気が済まねえぜ!」
グドルフが睨み付ける。それは二度目の『逢瀬』と呼ぶに相応しいのだろう。ぷかぷかと浮かんだ十字架は無機質ながらも確かに肉腫である――その気色の悪さに距離を詰める。堅くはない。だが――
「チッ」
舌を打つ。至近距離から放たれた魔術がグドルフのその躯を半分灼いた。
「プカプカ浮かんでるなんざ気色悪ィんだよ。さっさと落ちやがれ、このクソ十字架野郎があッ!!」
言葉無く、再度魔術が放たれた。攻勢に転じるその様子を確認しながら慧は撤退を行う仲間とけが人の保護を行い続ける。罪架へと対応するイレギュラーズの数は少ないのだろう。
然し、この本陣を無視するわけには行かない。慧は自身の持ち得る力を使用して、回復支援を継続して行い続けた。
「敵が増えてくるとなりゃ、そのぶん人も陣地も傷ついちまう。しぶとく耐えてみせなきゃっすねぇ」
陣の再構築や修復を手伝うことは出来ないだろうと小さく呟く。長丁場になるだろうと考えていたがこの時点で大忙しだ。純正肉腫を倒したという情報と共に一度、騎兵隊が祥月から逃れ撤退してくると言う情報も得ている。祥月も『そのうち飽きたら』姿を消す可能性も存在した。此処で倒しきれ無くともダメージを与えればいそいそと撤退するだろうと言う素振りを僅かに見せている。
「純正肉腫が倒されたか。それでも複製を純正が作る事には違いない。祥月に罪架……気をつけなければならないな。
しかし、あの純正はひたすら複製の増殖に特化するとは、何から生まれた肉腫なのか。ある意味最も肉腫らしいとは思うよ」
そうする事で仲間を増やし、自身を守らせる。それこそ最も簡単な『戦い方』だ。そしてそれを苦で無く行えるというのならば――利口な戦い方であるともラダは認識していた。
「どれであろうとも、時間を与えた分だけ厄介になる相手だ。ここで討伐しよう」
頷く。シルヴェストルはそろりそろりと近寄ってくる怨霊達へと雷を落とした。造ったばかりの陣を害される事もそうだが、その中には帝やけがれの巫女が立っている。黄龍の試練に挑む者も居れば、楽しげに語らう者達だって居る。
「打って出るのも良いけれど、守りも疎かにできないだろう?
はは、笑えるぐらい出てくるね。そんなに此処が気になる?」
複製肉腫へと静かに層声を掛けた。そして、地を蹴る。己の影より生成したコウモリを嗾ける魔術を使用して、一直線に放つ。逃さぬようにと、そう、攻撃を重ね続けて魔術知識を活かし怨霊達を退けた。
「陣、破壊、非易。来来」
淡々とシャノはそう言った。仲間の築いたこの陣はそう簡単に壊されるものではないのだと、そう告げる。その声は何処までも冷たい。
旧き精霊が用い、子孫へ残した防御術式を活かす。血液を用いて特殊な魔法文字列を刻んだ符の力を、刺青の力を用いて防御障壁を展開させる。
シャノが謳う冥刻。封印し続けるその術式の傍らで十七号は『陣地』――それは何処かの誰か曰く、金坐陣地だそうだが――にて敵の迎撃を行った。
声高に。名乗りそして敵を引き付ける。倶利迦羅の聲の如く堂々と修羅は至近まで近づく敵を受け止めた。遠く見える罪架を見据え、それよりも先に近寄り続ける複製肉腫や妖を退けるべく盾として声を張り上げる。
「この先へは通さんぞ!」
今の自分の役割は、盾である。そして、須く先の残光、その刃こそが後の先より生ずる斬撃で斬り伏せるだけだと剣を振り上げた。
「はああああ―――!」
振り下ろす。十七号という盾の背後を摺り抜け走るのは村人達。シルヴェストルと十七号が迎撃を行う中、陣地を強固にすべく作業が続けられていく。
「さー次だ次っす! 危険な事なんぞいつもの事! すぐに取り掛かってしまえっす!」
リサはいそいそと陣地の修理新規の陣地の構築を行った。集まる村人達には敵の攻撃が飛びにくい陣の内部へと案内しその位置の補強を頼む。
「私みたいなのはって? んなもん正面から削られたり突破されて壊れた箇所を直すっすよ!」
びしりとリサは指示を飛ばした。びくりと肩を揺らした農民達にリサは小さく笑う。
「敵の攻撃ぃ? 味方が受け持ってくれる! そんでも飛んで来るなら歯ぁ食い縛って耐えろっす! 手は決して止めんな!」
――畝傍・柘榴を追いかける仲間達.そして、この場で戦う仲間達。誰もが、『君たち』を護ってくれるとそう豪語して。
成否
成功
第2章 第12節
「なんだか大変そうだから駆けつけてきたけど、思ってたよりずっと一大事だ!?
あんまりカムイグラには寄ってなかったもんねぇ、でも見知った人たちが大変なことになってるらしいし、あたしも張り切って助けないとね!」
にんまりと朋子はそう言った。層と決まれば放っておけば『面倒』な相手を速攻で片付けなくてはならない。
畝傍・柘榴――畝傍家とは自凝島の刑吏であり、代々その地を管理している者達だ。以前、獄人不正逮捕にてイレギュラーズに諭されたが、彼は『弱かった』。それ故に、巫女姫の甘言でその身を反転させたのだろう。
「あの時は考えを改めて頂けるかと思っておりましたが……矢張り……人とは一人では脆く、儚きモノ」
無量は目を伏せた。自身と相対したときの柘榴は、安堵したような表情を浮かべていたというのに――何処にも味方が存在しえなかったという事だろうか。
「救いようがない。残念です……」
ゆっくりと、あの日、護る為に握った刀を柘榴へと向けた。地を踏んだ.そして、その姿がブレたかと思いきや、『真の救済』を与えるべく一点の曇りも無き刃を振り下ろす。
「あの時貴方はこう言った。『京が心配だ』と」
何故その思いを持ち続けられなかったのか。こうして目覚めた霞帝の元へと歩を進められなかったか。
何故。何故。何故という問答が幾つも幾つも沸き立った。生きる上で疑問は沸き続けるものだ。
「自らの行った不徳によって恨まれる事に耐えられなくなりましたか。
……否、私とて彼と変わらぬ。自らの罪から逃げていた私が彼を誹謗する事等、何故出来ましょうか」
首を振る。彼は、屹度、有り得た自分の姿の一つなのだと無量は心静める。
「貴方とあの時出会った事もまた常世に紡がれたご縁――故に、私が斬らねばならぬ」
極限の暴虐と共に、進む。戦意に昂ぶる獣の在り方を示すように。必要なのは暴力のみだと牙を剥く。何故人の手は二つもあるのだと、その疑問に答える掌のぬくもりを忘れることは無く、拳に力を込めた。
「事情はわかんないけど……容赦はしないかんね!!」
容赦はしない。その言葉にマギーは震えた。どうして、と唇が戦慄く。恐ろしい、と身を摩る。
「あの方が怖いと震えていたのに、なぜ貴方も? ボクの声の掛け方が間違っていたのでしょうか?
優しくではいけなかった? しっかりとしなさいと、叱るべきだったのでしょうか? 何がいけなかったのでしょうか?」
マギーの言葉に柘榴の声が震えた。
「――怖かった」
只、その言葉にマギーは唇を噛んだ。彼は、恐ろしくなったのだろう。この国の在り方に、そして、巫女姫の甘い口車に乗せられた.自身の主人たる天香が疲弊する姿にだって怯えたのだろう。
「それが貴方の望んだ未来なのですか!」
「助けてくれ」
震える声だ.助けなど――もう、与えられないというのに。ジョージは首を振る。
「多少の血でここを汚す事は、済まない。その分は後で謝罪しよう」
柘榴と向き直りながら黄龍へと静かに告げる。黄龍は『致し方在るまい』と静かに囁いた。
「話を聞いていると、まるで、『けがれ』で満たすために獄人が利用されてきたようにも思える。
穿ち過ぎた考えだろうが、嫌な予感がするな……四神の反転すら、意図されているのではないか、と。いわば、天災も、大自然の一面だからな」
四神――其れ等を護らねばならないだろうか。そう告げるジョージの前では性質を違えてしまった者が存在している。黄龍は目を伏せ、そしてその声を震わせた。
『間違っては居らぬよ』
――何か、恐ろしい事が起るのだと、そう告げるように。彼は『瑞……』と小さく誰かを呼んだ。
柘榴を見詰めながらアンジェリカはアムネジアワンドを握りしめ、祈るように絶望を歌う。その声音を響かせながら、聡明なる『彼女』は祈るように仲間達を支援した。
「――皆さんに緋い月の祝福を。決して誰も倒れさせはしませんから」
前線で助けてくれと泣きながら、『抵抗』する柘榴のその拳を受け続ける無量へとアンジェリカは癒しを送る。
「戦いにも順序があるって事ぐらいわかっているわ。さっさと面倒事を片付けて試練に集中させてもらわなきゃね」
竜胆は静かにそう告げた。地を蹴った。無量の剣へと合わせ放ったのは急所を狙う三段突き。
竜胆は柘榴を逃さぬようにとその前へと立ちはだかった。
「――不用意に踏み込んだのが運の尽きよ。貴方は此処で終わりなさい」
助けてくれと怯え叫ぶ。その声を聞きながら、目の前の魔種を倒さなくてはならぬのだと唇を噛みしめた。
そうだ。倒さねばならないのだ。助けてくれと、そう叫ぶ聲が何処からか聞こえてくる。クロバは真っ直ぐに柘榴を見遣る。
彼のようにその性質さえも反転させられたならばどれ程楽であっただろうか。だが、そうはならぬように、日常の為にと抗い戦う者が沢山居るのだ。
「このカムイグラに満ちる強い想い、それが愛だというのなら。
俺がここで死力を尽くして戦うのもまた、愛の為……というのだろうな。譬えそれが『傲慢』だとしても、俺は大切な繋がりを守る!」
だからこそ――クロバは畝傍・柘榴を斬り伏せた。マギーが涙を流すその前で、『愛』を示すが為にその『恋心(いのち)』を剣に乗せて。
(だから俺の死力を以て示そう――君とこの豊穣に捧げる死神恋歌を!)
成否
成功
第2章 第13節
「この国の特産品のくさやとかいうのは旨かったんだ。
滅ぼされるのは困る……まあ、だからよ。死んでくれや」
クラウスはそう言って肩を竦めた。祥月、そして罪架。まだまだ敵の姿は見られる。
クラウスが狙いを定めたのは祥月であった。幾人もが『ソレ』を相手にするが、それは自身に付いた傷を気にするように呆然と佇んでいるだけだ。
「……ま、私情もあるが仕事だ。『きっちり』『しっかり』『確実に』、殺ってやるよ」
クラウスが放った弾丸が祥月へと飛び込んだ。
『月は既に地に堕ちた。女神の祟りは敵を蝕み、我が身も憎み、傷つける――『月蝕の書』第五章 三節より』
そう口にする。涙流す祥月は「ああ、なんと悲しいのでしょうか」と無数の腕をぐるりとまるで人間には有り得ない方向へと揺れ動かしながらクラウスを狙う。
『蔓延る邪気を浄化する愛と正義の天空光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!』
――祥月へと向かって飛び込んだのは魔砲。蛍光ピンク色の愛は真っ直ぐに飛び込み、クラウスへ迫るその腕を退ける。
「……さて、数を頼りにするとはいかにも悪の手先というところですね。
しかし百の悪より一つの愛。確固たる愛と正義を持つ私達には、いかなる悪も通用しないと心胆から理解して頂きましょう」
ポーズを取ったのは魔法少女インフィニティハートD――愛だ。スプレンダーオブハートIIを手にし蛍光ピンクは正義の証とびしりと指し示す。
「邪魔するけがれはお断り! 浄化されて、猫にでも生まれ変わってきなよー」
邪魔立てする複製肉腫達の前でヨゾラはホワイトハープを掻き鳴らす。肉腫にされた者には怨みは無く、其れ等を救えるならば救いたい。しかし――近くに存在する『有力敵』の存在は脅威だ。
「ああ、本当に……良い人が魔種にされるのも呼び声も反転も……嫌だな」
先程近くで見られた魔種の嘆き。彼が『その弱さ』から逃げたと口にされていた様子を見れば唇を噛まずには居られない。悔しい。何とか出来ないかと願えども、抗うのは自分自身の強さとでも言うのだろうか。ならば、その強さを支えるために、ヨゾラは幾重も攻撃を重ねた。
『けがれの瘴気』を祓うように天より雷を降り注がせる。幸運なる青年はただ、真剣に前を見据える。
「重くてとても嫌な空気、こういうのはさっさと雪ぎ流してしまうに限る」
リョウブは静かにそう言った。敵は多い。しかし、此れまでのイレギュラーズの活躍で複製肉腫は確かに大幅に退けられた。その中でも『けがれ祓い』を厭う膠窈肉腫が苛立つようにずんずんと進み来る事が目下の不安だ。そして何食わぬ顔で宙に浮く十字架も何とも皮肉に映った。
「神仏に司る者ばかりがけがれを好むというのもおかしな話だな」
そう、呟く。癒しを送るリョウブはどうせ見るならば元気な姿の方が良いと回復の手を緩めることは無い。罪架はまだまだ健在ではあるが、祥月はどうか。疵だらけなのは確かだが泣きながら抗っているのが気に掛かる。
「試験とか試練とか、そういうの好きじゃないのよね。……特に心の試練なんてのはね。
そのあたりは人に任せて、目の前の仕事をするわ」
セリアは静かにそう言った。純正肉腫の討伐に参加し――そして、今、その傍らの祥月が此方を狙い穿っている。深追いをしてはならない、と騎兵隊が出来る限りの情報を収集し、そして『未だに疵だらけで泣いている彼』を見ながら黄龍をセリアは伺う。
(試練に向かってる人を護る為にもここで肉腫を抑えなくっちゃならないって事なのね……)
邪魔立てする複製肉腫の数も随分と減ってきた。善く善く見ればけがれの瘴気も霞みつつある。ならば、と魔力が光へ変化し周囲へと広がってゆく――支配の指が絡め取る運命を逃すこと無く、幻想の炎を胸の内に揺らし、その美学を胸に幾重もの攻撃を重ねて牽制した。
泣いている。祥月は泣きながら此方を見ている。その様子は奇妙で、そして悍ましい。三カ所のけがれの瘴気のうち、一カ所は純正肉腫と複製肉腫が粗方姿を消したこと、そしてイレギュラーズが知らず知らずに放っている回復の魔術でけがれが祓われている。
(……私達で出来るか。賀澄や晴明だけしか出来ないわけでなくてよかった。
だが、賀澄の結界は祥月を見るに『不快』なのだろう。それを更に強化しようというのだからこれ程に邪魔立てするか……)
組織だっての行動では無いことは分かる――ゲオルグはキングブレイスで魔力を増幅しながら回復魔術を使用しての瘴気祓いに尽力した。蔓延る瘴気が薄れる。その奥に見える祥月が涙を流し瘴気が祓われることを厭うように首を振る。
聖人や仏と自身を称しているというのに、『けがれ』を好むとは何とも皮肉だ.その悍ましい姿を眺めながらフェリシアはタクトを振るい癒しの福音を謳う。
「こんなに、たくさんの『けがれ』が……
ですが、どうか……お引取り……を。ここは皆さんが、戻ってくる場所です、から……!」
不安げに声を震わせた。皆が戻る場所がこれ程までに穢れていては、『ルート』の構築さえ上手くいかない。だが、ソレが薄れ正常なる気配が周囲に広がりつつあることをフェリシアは確かに気付いていた。
(なんだか……暖かい気配がします……これが、黄龍さんの、力なのでしょうか……?)
成否
成功
第2章 第14節
「アスも家族に会えないのはつらいですにゃ。一時的なアスでもつらいんだから、永遠の離別はもっとつらい……だから頑張りますにゃ!」
ぐ、と拳を固めたアステール。倒れた複製肉腫達を救う為にポポとメカポポ、そして自身の運搬性能を利用してその身柄を『拠点』へと運び続ける。彼等とて自らが望んで肉腫になったわけでは無い。そして、戦場へとその体を放置して居たならばその命が潰えてしまう可能性まであるのだ。
アステールの傍で祥月の様子をファミリアーとエネミーサーチを利用して探っていたレーゲンはぞろりと揺れ動く複製肉腫達を退けるべく邪悪を裁く聖光を放ち続けていた。
「レーさんは待ち人を探す力があるけど、普通の人は待つしかできないっきゅ。……だから助けてあげるのはいいことっきゅ」
イレギュラーズとして、自身は戦い、そして抗う力があれど彼は何も持っては居ない。それ故にレーゲンは皆の命を繋ぐのだと懸命に前を向く。
「楽な事ではないけど、人々の心にあるけがれの元を減らせるかもしれないっきゅ! 頑張るっきゅ!」
「ああ。救出したら運ぶ手間があるし、気絶してる元複製肉腫が狙われるかもしれないが……
助けられるかもしれない命を見捨てて切り捨てるより、助けようとしたが助けられなかった方が後悔は少ない。それに、誰にだって待ってる人がいるよな」
自身には息子が。この倒れた村人達にだって家族が.そう思えばウェールは一段とやる気が溢れるのだと笑った。拠点近くで浮き上がる罪架を牽制するように全盛の力をその身に宿して自身の命を燃やし、狼と黒き虎の焔を放つ。傍らのちび天つ狐が怯える気配を感じながらウェールは大丈夫だとその小さな身を撫でた。
「のだ」
「……ああ。今はいなくても、今助けた命を未来で待ってる人がいる。無茶しすぎて救助される側にならない程度にやるぞお前ら!」
無茶しすぎぬように.その言葉にトウカは頷いた。鬼人たる自身にだって覚えのある澱み。けがれの中から複製を救い、拠点近くまで迫る罪架を退けるために牽制し続ける。
「けがれは誰ぞの嘆き……吐き出された悪しき感情。
誰にだって少しはある澱んだ思いはあるけど、こんな事を望む人はいない……だからけがれを倒す!
それと複製肉腫になってしまった人が少しでも帰れるよう頑張る!
別れがつらい事を……長い年月を眠っていた俺は知っているから」
桜の木刀握りしめ、鬼灯の如き赤を落とすように乱撃を放つ。背後で救出活動が続く中、『無理』しすぎぬようにと行う牽制を支援するかの如く周囲の怨霊や妖へと悪意の霧を放ったのはセレステ。
「俺はこういうものだから黄龍ノ試練向きじゃない。特殊な強敵に対するにも力不足だ」
だからこそ、複製肉腫を救出したいのだと静かにそう言ったアーマデルに「ならばその周囲の掃討をしましょうか」とセレステは柔らかに笑った。
志半ばにして斃れた英霊が残した未練の結晶で奏でる音色が響く。偽りの聖女の怨嗟はある意味で重宝している――元となった『彼女』には悪いとは思いながらも、それを術として昇華できた自身に安堵しているところはあるのだ。
「なるべく複製肉腫が固まってる方面がいいかな……?」
拠点近くから僅かに離れれば複製肉腫が彷徨い歩く。視界に見えるだけで、開けたこの場所では罪架と、そいて――奥で涙を流す祥月がはっきりと見えた。カティアの視界にそれが映ったという事はけがれは最早十分に晴れてきているという事だろう。後は掃討を繰り返し目の前の純正肉腫だけでも斃すことが出来れば……と言うことか。
「そこらに転がしておくと戦闘に巻き込みそうだし、純正肉腫がいるならまた憑かれるかもしれないからさ」
「運搬を行っているイレギュラーズに彼等の退避を願うか」
レーゲンやアステールの助けを借りようとアーマデルが口にすればカティアは大きく頷いた。ふと、周囲のけがれを祓うように立ち回すセレステは思い出したように口を開く。
「龍と蛇は混同、或いは同一視されることもありまして……豊かな水の流れる大きな河を水蛇に見立て、竜巻として天に昇って龍となり、雨を降らせるというのだという説も……皆さん聞いてませんね?」
まるで話を聞かないアーマデルとカティアにセレステは「まあいいですけど」と小さく呟いた。
――やはり距離を詰めてくるか。そう、呟いたのは沙月であった。雪村に伝わる徒手空拳の古流武術の構え。冬の雪に秋の月、春の花――四季折々を見せるその変化の中で沙月は無拍子で飛び込んでゆく。
「あれが祥月。……膠窈肉腫。何と悍ましい」
「ああ、確かに。けれど前にあったときとは空気が少し違うような?」
ランドウェラは祥月をまじまじと見た。彼は純正肉腫であった頃の祥月と相対している。それから幾月重ねこの様に姿が変容したとでも言うのか。
「油断為ず、『撃退』致しましょう。討伐まで行けると良いですが……深追いは禁物です」
沙月が地を蹴った。祥月へと飛び込む。足首を受け止めた一本の腕。そして、迫るように無数の腕が沙月を狙うが、其の儘、『ぐるり』と身を捻り地へと手をつき逃れる。
「久しぶりだなぁ聖人どの。セバストスであるお前を倒せばベインは作られない。倒せば被害も抑えれる。これぞ一石二鳥というやつだな!」
再生能力は十分に『防がれている』のかとランドウェラは揶揄うようにそう言った。幾人ものイレギュラーズがその堅牢なる体をサポートする再生能力を防がんと戦っていたのだ。あの日、自身の腹を抉った動きを思い出す。内臓が僅かに疼く気配を感じてランドウェラは小さく笑った。
「まだまだ僕(のろい)は終わっちゃいないぞ。もっと構っておくれ!」
重ねて笑った蝕みの術。至近に飛び込む沙月と祥月の攻撃が続く。だが、二人の間を裂いたのは全てを薙ぎ払うかの如き光の奔流、バスター・レイ・カノン。
「さてあらかた片付けたはずだが、どうも他のやつに混じって膠窈肉腫がいるようだな。雑魚相手には飽きてきたところだし、対峙しておくとするか」
静かにそう言って笑ったのはルーチェ。異世界転生魔王様はにい、と小さく笑い。暗黒真眼の魔力を放つ。祥月の腕が動く、その動作に見覚えがあるとランドウェラが叫んだ。
接近し、放った魔力撃への応酬の如く、腕がルーチェの腹へと叩き込まれる。「ぐ」と小さく呻く、だが、そこで終わりでは無いと言う様に後退して暗黒魔眼の弾丸が無数に祥月へと叩き込まれた。
「嗚呼、何と。今の攻撃は慈悲であると言うのに……」
「何が慈悲だというのですか」
至近、その上空より蹴撃放つように靱やかに沙月が躍り出る。祥月が其方を見上げるが、それはフェイクだ。
視界の端、それも祥月の意識がそれている間に雷獣が地を走る。自由自在の雷は、雄叫び上げるように激しく点滅し祥月へと飛び込む――ソアの『とびきり』のプレゼント。
「びりびりどーん!」
地を蹴った。破壊的な魔術を放ち、運命を手繰るように妖邪使いは仲間達へと視線を送る。騎兵隊が、そして、仲間達が与えた祥月へのダメージがここで『確かに相手を苦しめている』
ソアは笑う。掌の雷撃がぴりりと音を立て、地を這って広がるのは絶対的冷気。
「吹雪け!」
精霊は自然を武器に『世界から生まれ落ちた大地の癌』を苦しめる。善性たる精霊種、そして悪性たる肉腫。其れ等を見据えてソアは牙を剥く。沙月が、ランドウェラが、ルーチェが――そして、皆が祥月へと攻撃を叩き込む。
「ああ――ああああああ、なんと! けがれを、どうして……貴様、貴様等ァッ!」
呻き、叫ぶその声を聞きながらソアは再度その雷を落とした。後退する祥月に「逃げるの!?」と声を荒げる。だが、撤退するならば追いかけるのも無用だ。
残された複製と、そして未だ浮遊し残る罪架もいる。深追いは厳禁だろう。
――逃げる祥月。そして、それを追い縋る一人の魔種。彼は祥月を殺すが為に追いかけているのだろう。
「待て」と叫ぶその聲。しかし、祥月はけがれの無きこの場所に、黄龍の力及ぶ場所には居たくはないと言うように高天御所へと逃げ果せていく。
追いかける男は歯噛みした。そして――高天御所の天守閣に何か『ぼんやり』と姿が見えたとその唇を震わせて。
成否
成功
状態異常
第2章 第15節
至近に、罪架と呼ばれる純正肉腫が存在している。その様子を確認しながらつづりの支援を行うべく行人は彼女の背中をそうっと撫でた。つづりの近くで黄龍と疎通するための心構えを話していこうとフランと共に優しく語りかける。
「鬼灯、悪いな……払いを頼む」
「任されよ、行人殿」
頷いたのは鬼灯。頑張ってと応援する章姫は現在、ラグラが霞帝の膝にちょこりと乗せて特等席状態だ。彼女曰く「賀澄君もレディ位護っといて下さいよ」と言うことらしい。
「……俺には行人殿やフラン殿の様に精霊と話す力はない。
章殿のように穢れのない純真な心はない。だが、つづり殿を支えたいと願う友を護る事くらいなら出来るとも。彼らが役目に専念出来る様に。俺は影になろう。さぁ、舞台の幕を上げようか」
周囲を確認する。サポートとは何も『声を掛けるだけ』ではないと言う様に。複製肉腫が陣の中に入らぬようにと迎撃する仲間の元へで鬼灯は特につづりを狙わんとする者を相手にし続ける。
「行人殿もフラン殿もかの方も大事なお役目があるのだ、邪魔をさせてたまるかよ!」
吼える。その声を聞きながら霞帝と晴明の傍に立っていたラグラはゆっくりと二人に背を向け、薄れつつあるけがれを見遣った。
「長胤君も賀澄君も、セーメーはなんかしたかな? まあいいや」
「努力はしているが」
まあ、いいんですよ、とラグラがひらりと掌を揺らす。
「一人でも頑張れるでしょうけど、他の皆も頑張っているなら、つづりはもっと頑張れますね。
私は誰の味方という訳でもありませんが。ひとまずつづりが頑張ってる限り、今回私はこっちにいてあげます……こんなのは途中も途中。全部終わったらセーメーが賀澄君に買ってきたおはぎ一緒に食べましょうね」
つづりへと優しく語りかけ、セーメーの分は私が貰うとラグラはさらりと言ってのける。黄龍に挑まず、誠の心などなく、只、『コッチに居てあげる』から『支える』のだと彼女はそう言う。
「なんだろ、リヴァイアサンは怖いだけだったけど……黄龍様は怖いけど、怖くない。
伏見先輩と鬼灯さん達と、がんばるつづりさんを援護しながら戦うよ!」
フランはつづりの手をぎゅうと握った。相手に『てやー』とする力は無くとも、皆が全力で戦うサポートになればとエールを送る。
「大丈夫」
笑みを浮かべて、手を握る。暖かい。フランは行人を見詰め、そして霞帝と晴明の、家族のように接してくれた二人のために――そして拐かされたそそぎの為に努力するつづりを励ました。
「あたしも妖精郷の主……精霊さんと話はできる、きっとカムイグラの精霊さんは皆応援してくれてるもん! ぜーったい、負けない!」
「……負けない」
「ああ。Lesson1、君は誰だ? つづりも、黄龍も。まずは挨拶からだよ」
つづりは、そうと頭を下げる。今代のけがれの巫女。『巫女の力を別けた忌子』と呼ばれし双子であるとつづりは黄龍へと頭を下げる。
『丁寧な娘は嫌いでは無い』と、その言葉を聞いて行人は黄龍はつづりをも試しているのだとそう感じた。霞帝が頼りないと彼女を称したように。忌み子と呼ばれ、自身の側を離れぬ少女を励まし黄龍に認められる巫女となって欲しいと――イレギュラーズに彼が乞うた事に気付く。
「Lesson2、願いを信じろ。 自分の中にある願いが源だからだこうしているんだ。それを伝える事。
そして、Lesson3、敬意を払え。 畏れではなく尊敬を持って接する。共に並び立つにはそれが大事だ」
そして、行人は自ら黄龍へと問い掛ける。
「黄龍。俺は君達と、共に歩んで行きたい。この場限りではなく、ね。故に、親愛なる隣人として。君は俺に何をして欲しい?」
『吾は力を分け与えし者にはこの神威神楽を救い給うと言う誠の心を示して欲しい。分かるじゃろう? つづり』
――名を呼ばれ、巫女は驚いたように目を見開いた。
成否
成功
第2章 第16節
名を呼ばれ、そして決意をする一人の巫女。彼女は屹度この国を正しく導いてくれるのだろうとクレマァダはそう感じていた。
歌声には雑念が入り混じる。――人は隣人を愛し、強きは弱きを助け、悪は善に駆逐されてほしい。
だが、世の中は走破できていない。善は悪に抗えない。クレマァダはよくよくそれを知っている。
「善とは何じゃ? 人の善も悪も許容した姉こそが竜の器であった。 ならば悪が本質?
大事なことはきっとそういうことではない。天然自然の理に正邪は含まれておらぬ」
それはモスカの巫女としての力が無くとも分かる事実だった。
「大いなる流れの只中で、翻弄される我ら小石と堂々たる大石なる貴殿と、何の違いのあるものか。
石は石に違いない。ただ平らかに、曇りない歌を。
――だから、偉大な者よ。どうか、この小さき巫女(つづり)に力添えを。その為に証明すべきは、きっと力ではない」
『うむ。遙か大海隔てし地の巫女よ。よく分かっておる』
黄龍の機嫌の良い言葉にクレマァダはほうと胸を撫で下ろす。霞帝も黄龍も『意地悪』なのだ。然し、そうで無くてはこの巫女の娘は『妹』のために戦場へ向かうことは出来なかっただろうか。
プラックはクレマァダの傍で黄龍を見詰めていたつづりに声を掛ける。どこか、戸惑い、そして、唇を震わせて。
「アンタがつづり……双子の巫女、か。話は聞いてるよ。
俺が言いたい事ァ…ローレットの皆が伝えてんだろうな…アイツらは優しいからな。そうだなぁ…俺はお前とは面識もねぇし…一言だけ」
「……はい」
「後悔しない様に頑張れよ。お嬢ちゃん」
ぱちり、とつづりが瞬いた。
プラックは後悔した。後悔ばかりだった。だからこそ、もう一度でも後悔するのは『イヤ』だ。
それが戦う理由で、その為に救う。それが強欲だと言われれば笑い飛ばして欲しい。
「……だから、力を求めんだよ……成したい事を成す為の力をな。
さて、まっ……そう言う事だ。黄龍さんよ。
汚れてるかも知れねぇ、自分の気持ちに嘘を吐いてるかも知れねぇ。だが、それでも俺の誠は俺で決める」
『嫌いでは無いぞ』
黄龍が笑った.その言葉を耳にしながらオデットはふふ、と小さく笑う。それはイナリも同じだった。
「どうして戦うのか? そんなの簡単よ。
私って結構我が儘なの、自分と自分の知り合った自分の周りの存在には幸せであってほしいのよ」
『幸福か』
「ええ。それはどんな存在だって変わらない。だから戦うの、だから認められたいのよ。
だって私まだ……つづりの願いを叶えてないんだから!」
つづり。そう口にしてから魔術を放つ。黄龍はその攻撃を受け止めてその蜷局を巻いた巨大な体躯を揺らす。
「私が戦う理由? つづりが、そそぎを助けたい、って言ったから、その結果を掴む為に戦う、それだけよ?
可能性の賽(ダイス)の目が0じゃないなら問題無いわ。小数点以下の可能性でも、その可能性を信じで可能性の賽(ダイス)を投げ続ける、何十回も何百回、何千回でもね!
そして、この国の生末を見届けるの。ここでバットエンド! で終わりだなんて面白くも無いわ」
イナリは淡々と告げた。二人はその意見を曲げることは無い。自身の力を発揮し、黄龍に認められるが為に。それが、『誰かの為』であり『自分の為』であることを決して隠すことも無く、誇らしげに声を張る。
人は、誰かの為に戦える。
――私が愛し、私を愛してくれている少女をこの手に取り戻す
ユーリエは幸せにしたい幸せになってほしい。妹と私と仲良く生きていきたい。
エリザベートは凜と言い放った。ユーリエはこの国と、民を救うために庇い捕まったのだと。
彼女を救えるのはこのタイミングだけだ。きっと、今だけ.今しか無い。
「正義という言葉はその言葉を発するものの視点でしかないのです。この国のためという言葉は私には出せないのです。……ですが、」
愛しい人を救う為に黄龍の『ルート』を繋げて欲しい。
「私の愛している者を救うためにこの場にいるのです。
つづりの事も気になりますし、勿論もう一人も気にかけています。
でも、それ以上にそれ以前に、私がこの世界にいる理由はあの子がいるからだ。
――これだけは譲れないのです」
麒麟。そう告げる。けがれが薄れた霊脈に僅かに光が走る――ルートを辿る黄龍の力。
『……そうか』と告げるその声音は何処か優しげであった。
成否
成功
第2章 第17節
そうと霞帝の前に跪きルーキスは「お会いできて光栄です」と挨拶を一つ。
「自分は神使ですが、この度はいち『神威神楽の民』として参りました。
ここは自分にとって生まれ育った地、このまま有象無象を闊歩させておくわけには参りません。
僭越ながら……御身と神威神楽を守る為、この刃を捧げたく思います」
「……俺を、か」
「はい。民にとって霞帝の存在は希望であると思います。
自分はこの国を愛していますが……同時に、幼少より『異物』として扱われてきました。
この国の『陰』の部分も……神人である霞帝なら、民と同じ視点から見て頂けるのではないかと感じるのです」
「ああ。俺も異物だ。それ故に長胤を苦しめた。だが、貴殿の痛みは確かに理解している」
だから、貴方を護りたいとルーキスは霞帝にそう言った。シガーは戦いが終われば煙草を献上しに来ますと霞帝へと約束をした。彼となら楽しく喫煙できるだろうと何となく感じたからだ。
「……何故、戦うか、ねぇ」
呟く。最も単純且つ分かりやすい技で想い伝えるべく黄龍のもとへと飛び込んだ。
「俺の力は、ただ正義を為すために……かね。
振るう力が、1人でも多くを助けられるように、結果として悪人と謗られようとも、誰かを救う為の力でありたいと、俺は思う」
それは十把一絡げに纏められそうな回答であろうとシガーは小さく笑う。だが、それが彼の信念だ。
使う技と同じく直情的なその感情を、形を変えないままに保つのは難しいことはシガーもよく知っている。
「よくある答えで申し訳ないが、剣を学んだ時からの想いなんでね」
だから、受入れられるまで、剣を振るうのみだと踏み込んで。
――賀澄に望む答えを貰った。
彼は、優しい。それ故に『けがれ』の元となった獄人の怨嗟を彼はどうにかしてやりたかったのだろう。
それが『悲劇』を。改革には当たり前であった不幸を呼んだ事を優しい彼はよく分かっていた。
ならば――俺は賀澄と嘗ての長胤が目指した理想の国の為に尽力しよう。
「ヨハンナ=ベルンシュタイン、遅れて参上っと」
レイチェルは――否、ヨハンナは真っ直ぐに黄龍を見上げた。
「俺がどうして戦うかって? 俺はこの国の大地を穢す肉腫どもが気に入らねぇ。
肉腫にゃ縁があってなァ……医者なのに癌患者を見捨てる様な悔しい想いはしたくねぇ。二度とな」
後、とちらりと後方を見遣る。黄龍の寵愛を受け、加護を受けた男は真っ直ぐにイレギュラーズを見ていた。
「……賀澄と話して、手ぇ貸したくなったンだよ。俺はこの国の邪を払う一振の剣になりてぇンだ。ま、柄じゃあ無いがな」
小さく笑う.出し惜しみはしないとその掌には復讐の炎が溢れ出す。
「黄龍とはそんな姿なのだな。さすが神だな。なかなか凄い……これが神気というものだろうか」
フレイは小さく息を飲んだ。ごくり、と喉を鳴らす。その荘厳なる姿を前に、掌には汗が滲んだ。だが、退くわけには行かない
「何故戦うか、か。俺は護る者だ。戦うのは、大切な他の誰かが傷付かないようにするため。
代わりに全ての傷と苦しみを背負い、他者が光の中で笑えるように。その光の礎たらんとするために俺は戦う。……だからと言って、死を甘んじて受け入れるつもりはなく、俺自身も生き延びる術を磨き、探す。死んではその後を護ることはできないからな。
生きて、護り続ける。そのためならばこの身が傷付こうと構わん。自分で治し、立ち上がる」
だからこそ、認められたいとフレイは静かにそう告げた。黄龍の問い掛けに首を振ったのはアリア。戦う事しか、分からない。それでも――『答え』は決まっていた。
「どうして戦うか!? そんなのわかんない! 力が欲しいかって!? そんなの別に欲しくない!
けど……けど! ここで行動しなかったらきっと後悔する! だから動く!
その理由も、結果も、後からついてきたそれを全部受け入れる! 私は、後悔したくない!」
ありったけを放つ。ありったけをぶつける。泥臭くったって構わない。ありったけを放つ事がどれ程大切かをアリアは知っていた。出し惜しみなどしている場合では無いのだと――それ位、理解していた。
成否
成功
第2章 第18節
「少し遅れましたが手伝わせていただきます。俺は……俺に出来ることがしたいのであります」
憂は緊張したようにそう言った。黄龍の注意を引き付けたいと真っ正面に立つ。
この戦いは島へと流刑になった仲間を救う戦いであり、そして故郷を護る為のものなのだと憂は言う。
「……イレギュラーズとして選ばれた以上、仲間を助けたいと思うのは当然だと思うし、
……鬼人種としてこの地を守りたいと思うのも、不思議ではないと思うのであります。
長胤様のように俺達を恨む方がいるのも当然、だからといって諦めて足を止めるのは嫌なのです。
少しでも良い未来を掴みたい……これが俺の誠であります!」
憂が言うように長胤が不幸に見舞われたのは仕方が無いことだった。それでも――自身らも苦しんだ。より良き未来を求めたいのだと真っ直ぐに黄龍を見据える。
「ン。黄龍 オ相手 ヨロシク オネガイシマス」
先ずは一礼。フリークライは静かに頭を下げた。黄龍の前で出し惜しみはしないと決めた仲間達の事をサポートするために自身は黄龍の元へと歩み出る。
「戦闘 味方 支援。問イカケ 回答 ミンナ アリッタケ伝エレルマデ 立ッテイラレルヨウ。思イノ丈 ブツケキレルヨウ」
その言葉を聞きながらアルペストゥスは首をこてりと傾げる。「……グゥ?」と声を漏らす。おはなしできるの、と問えば『無論』と返す――それは大精霊がバベルを介してアルペストゥスに声を掛けているという事なのだろうか。
四肢に力を張る。翼を広げ、少しでも大きく見えるようにとアピールする。
戦う理由。ソレは人それぞれで――アルペストゥスは龍の言葉を口にする。
『Orbis』『Sicut est』『Quam delicatus』――せかいが、あるがままであると、いいなぁ
呟く。結晶が生まれ光る、その中で。喋るのが楽しくて、気もそぞろ。瞳を輝かせ子犬のように語らうて。
――ゆがみはきらい。生きて、死んで、巡ってがいい。力はほしくない。強すぎると、ゆがむ――
アルペストゥスの翼が揺れる。でも、と。
――でも、そうだな。かみなり、鳴らすと、雨が降る。そしたら、水がふえて、花が咲いて、めぐる。
りんねを守り、ゆがみを撃つ。それが僕のめざす力。あしたが来ることを、かなえるんだ――
そうして花が芽吹くことをフリークライも好んでいた。
「フリック 余生 墓守 選ンダ。主 コノ世界 生キタ。
コノ世界 主 墓標。ダカラ 守ル。力 滅亡 拒否。
フリック 世界 元気。ソレガ フリック 主へ 捧ゲル 花」
美しく花が咲く。咲き誇るそれを好む者も居れば、『その死後』を送る者も居る。ミーナは肩を竦める。
「何のために力が欲しいか、か。ま、正直。私は力なんていらないと思ってたさ、面倒事は嫌いだしな。
それでも、今向こうには私の大切なやつが捕まってんだ。助ける為には力が必要なんだ。
そのためならば、黄龍。あんたも乗り越えていくくらいの覚悟はあるつもりだぜ。1000年生きた身だ、今更命なんて惜しむ事もない」
静かにそう言った。そして、武器を手にして黄龍へと向き直る。
「そりゃ……あんたを乗り越えるとは言ったがね、別にあんたに死んで欲しい訳じゃないんだ」
『無礼者、吾を殺せると宣うか』
一蹴される。大精霊たる自身を『乗り越える』事を相手の死と言うのかと黄龍がミーナのその身を吹き飛ばす。「中々」とその重み在る一撃に口端より溢れた血を拭う。
(流石に、大精霊……こちらの言葉一つで激高するでありますか)
希紗良は緊張したように真っ直ぐに黄龍を見遣った。
「貴方が黄龍殿でありますか?」
『如何にも』
「鬼菱ノ里に住まう、希紗良と申します。キサの……。私の今の全力をお見せ致します、であります!」
そうか、と希紗良は認識した。黄龍は生死を賭けて自身らと戦うわけでは無い。相手を斃すことを目的としているのでは無く――その力の使い道を『見極めて』いるのだろう。
「キサは、キサの守りたいもののために力を使うであります」
考え異なる相手に『力を授ける』可能性がある。だからこそ、身を賭す勇気があるのかと問うているのだ。
「守りたいものは、皆が等しく穏やかに過ごせる日々。その為の力が欲しいであります!」
此れが試練だというのか。成程、とアランは小さく笑った。
「全く、今回の『祭り』もヤケに賑やかだなァ、オイ!」
怨霊に肉腫、カムイグラの帝に四神、大精霊。オールスター過ぎて笑ってしまうとアランは遠く、霊脈を伝うように視線を投げる。
「全く、とんだ祭りに巻き込まれちまったなァ? ……『聖剣使い』よォ。
俺がなんで戦うか。力をどうするかだって?悪いことをするクソを全員ぶっ殺すためだ! ……それと俺みてェなクソ野郎を増やさないためだ」
『ふむ? クソ野郎とやらなのか?』
黄龍が小さく笑う声にアランは洒落の通じるやつだと小さく笑う。
「俺みたいな奴を、不幸な奴を、誰が流す涙を少しでも減らせればいい。
俺はそのために力を身につけた、救うんだ。この指先で、この剣で……!!」
自身が誇れる人生を歩んできたとは彼は言わなかった。しかし――それでも、全力で『誰かを助けたい』気持ちに違いは無い。
成否
成功
状態異常
第2章 第19節
「一度戻ってきたら……凄いことになってるっ……。……こんなの、わくわくしかしないよね!」
リリーは心を躍らせた。黄龍のその姿は溢れんばかりの興味が向く先だ。見せるのならば、黄龍への全力。
リリーはほとんど興味本位で動いている.自分自身はそう認識している――それでも、その興味の先にある者を皆で見たいとそう願う。
「……だから、あの海でだって、戦えた!
だから、捕まってる皆とも、戦ってる皆とも、神威神楽の皆とも! この先を見る為に! その為に戦うし、その為に力が欲しいの! ちょっとおかしいかもしれないけど……それが、リリーなの!」
沢山の先を――沢山の『新しい』と出会うために。力を求めるのだ。
ジェイクはふ、と小さく笑った。何故戦うか、なんて答えは簡単に決まってる。
「俺が何故戦うか? おいおい。神様のくせに、そんな事も分かんねえのか?」
『吾は大精霊ぞ。寧ろ此れは問いだ。吾の力を下らぬ者に渡したくは無い』
「成程? 究極的に言えば、愛する妻と幸せに過ごしたいからさ。
仲間が不幸じゃ、俺達だけで幸せになる事なんて出来やしない……俺達夫婦は、仲間の笑顔に支えられてきた」
妻、と愛しい人の名を呼んだ。ジェイクは淡々と言葉を続けていく。
「妻と幸せになる為に、そして仲間を助けるために戦うんだ。
お前にはそういう仲間や、愛する者が居なかったのかい?」
答えは無い。永きを生きる精霊達にとって『そうした者はいとも容易く命を終える』のだ。
「……だとしたら、ちょいと寂しいよな。力を手に入れて、仲間を救う。
そして、カムイグラを牛耳っている魔種をぶっ殺す。奴らが居たんじゃ、俺達は幸せになれないからな」
幸福のため。そう口にしたならば、マルベートは「生きるため、と言う答えはどうだい?」と問い掛けた。
「弱肉強食のこの世界で命を繋ぐ為に力が必要なのは誰もが知る事だろう。欲しい物を手に入れる為にも勿論ね。
即ち『生きる為』、もっと言えば『より良く生きる為』だよ。より愉しく、より幸福にね」
それ故に喰らうのだとマルベートは静かにそう言った。思う存分に苛烈に攻める。肉を食らえずとも味見を求めるマルベートが地を蹴り飛び上がる。
補佐するようにゴリョウは腹太鼓を叩きにんまりと笑みを浮かべた。
「『どうして戦うか』、んなもん、全部終わった後で最ッ高に良い気分でメシを食って貰いたいから以外にはねぇな!」
けらけらと笑い、マルベートとは違う『食事』の楽しみを語る。
「飯を食いたいってのとはちぃっと違う。メシを『作る』側な。
贅を尽くしたメシでは足りねぇ! 美味いメシでもまだ足りねぇ!
心から『納得』して気持ちよく腹を満たす! 本当に美味いメシってのはそういうモンだ!」
『興味深い事を言う』
「俺は混沌に来てから、気持ちよく飯を食い、酒を呑む、そんな馬鹿どもを見てきた
アレは良いぞ! 料理作る者としては最高の光景だ!
皆がそんな気持ちで飯を食うに至れるなら、命を賭けて手伝うだけの価値があるってな!
黄龍、お前さんにも作ってやろうか!」
ゴリョウの言葉に黄龍がソレは良いなとからりと笑った。ああ、その笑顔は暖かいとノーラは感じる。額はひりひりするけれど、でも負けてられないとノーラは手を上げた。
「ここで諦めたら、ユーリエお姉さんたち帰ってこないし、この国ボロボロにされるから!
僕はまだこの国ちょっとしか見れてないんだ。白パパと白ママとの約束もあるし、もっとこの国見て回るためにもここで『黄龍』に手伝って貰うの諦めるわけには行かないんだ!」
『約束』
「そう。約束だ! 『黄龍』は、この国好きか?
好きなら、『黄龍』が好きなこの国もっと見たいから手伝ってください!
帝はこの国が好きで、この国のために頑張って来たんだろう? 『黄龍』は好きな人が頑張って守って来たもの、守りたくないか?
僕は守りたいし大事にしたいな。だから、ここで諦めない! 黄龍も僕たちに力貸してください!」
『幼子はなんとも健気よのう?』
黄龍がノーラの言葉を聞きちら、と見たのはキドーであった。「盗賊風情の癖して、ってか?」と彼は揶揄うように黄龍を見る。
「おう、黄龍に啖呵切ってやったぜ。出だしは上々だなガハハ!」
腹を抱えて笑う。それだけ『怖いもの知らず』も久方ぶりだ。だが、ここで退いては居られない。
「何の為に戦うか。そうさね……救いが欲しいのかもしれない。俺も賀澄と同じで、友人が反転したんだ。その上、あのタコぶん殴ってやる前に死にやがった。
……俺は弱いよ。何もかも悔いてる。自分じゃどうしようも無かった事まで」
せめて、これからは。故郷に居たときよりも強くなりたい。あらゆる悔いを小さくし、既に抱えた悔いがどうにもならないなら、せめて他人の悔いを――
そう願うからこそ、力を借りたいと黄龍の懐へと飛び込んだ。鱗が、刃にぶつかる。堅い、そして、弾かれた衝撃波が重い。
だが、ソレで諦める訳にはいかぬと咲耶は飛び込んだ。認めさせろと言った。殺せというのでは無い。殺せるなどとは思って居ない、何せ相手は『此方を試す存在』なのだ。
「何故八百万は鬼人を虐げるのか拙者を認めたら教えて頂く!」
『何故か。それが成り立ちであるならば語らうことも出来ぬであろ』
「な……?」
鬼も精霊も例え神さえ例外なく、今まで越えた脅威と同じように己の忍道を貫くのみだと咲耶は心に決めていた。この地のけがれは祓う。だからこそ、と声を張れば、黄龍は視線を霞帝へ揺らがした。
『小さき者達は皆揃って、優しい者よのう……』
――者より宿りし神が元になったとされる精霊種(ヤオヨロズ)と生まれ落ちた角を持った地の住民、獄人。旧き霊視の中で、謂れを口にすればその何方が尊き者であるとされるかなど、最早語らずとも。
成否
成功
第2章 第20節
「黄龍さんよ、ロデオさせてくれるって言ったよなァ!
このイカした護符は免許だって思っておく!
シャオラァーッ! ゴールデンドラゴンライダーの誉れは貰ったぜ!!」
黄龍を『乗りこなしてやる』と叫んだ千尋。黄龍はと言えば、彼の其の行動が面白いのか是としているようで在る。
「何のために戦うかって……? 元の世界で事故って『死んだ』って思ったらこっちにいたからな……最初は『死にたくねえ』って気持ちだけだったぜ」
今となれば死にたくない以上に、『死んで欲しくないヤツ』『護りたいヤツ』が出てきたと千尋は告げてから黄龍の前へと歩み出る。
「おいおい黄龍さんよォ、よーく俺の顔見てみ? 悪巧みが出来るほど賢いように見える?」
『……』
洒落の通じる大精霊なのである。黄龍と手合わせできると聞いて勇み飛び込んだ結依はその様子にぱちりと瞬く。何れ目指す頂きと手合わせできるというならば心躍らぬはずも無い。
「――これが、龍気……いや、神力か……? 身体が少し震えてるか? いや、これは、武者震いだ」
ぱん、と頬を叩く。黄龍の試練に挑むのだからソレそのものに気圧されて居ては仕方が無い。
「いざ、尋常に……勝負だ!」
地を蹴った。どうして戦うのか――苦難に陥った仲間達のため、と答えることはできない。嘘はつけないからだ。
「いつか出会う片翼のため、強い俺であるためにだ。その結果として強い俺になれたのであれば、仲間のために力を思いっきり振るえるし一石二鳥だろう?」
『先程の者より賢いのう』
「俺!?」
千尋の声が聞こえ結依は小さく笑う。けがれが軽減されたことで黄龍も機嫌が良いのだろう。
その様子を見詰めるアイラは自身の盾として立つラピスの背中を見詰めた。彼が盾ならば、自身は剣だ。彼を傷つける全てを壊す、剣となる。
ふたりはひとつ。だから、黄龍に挑むならば二人で歩み出したい。
「「黄龍よ」」
アイラの、ラピスの、声が重なる。互いに、告げたい言葉は同じ――ただ、共にあるその人の事を。
「ボクが力を求めるのは。唯、彼を――ラピスを護りたいから」
「僕は彼女の為に戦っています。彼女は――強くなった。とても。
……それでも、僕もまた、彼女を護りたいのです。僕は他者を害する力は持たない。守り、助ける事しか出来ないけれど、その護る力を、力の限り尽くしたい」
戦いに矛盾した感情を持ち、戦いを厭うアイラと、傷つける力を持たぬラピス。
戦わねば、護れない。戦わねば救えなかった。
アイラの言葉を借りて、ラピスは言った。
――『いずれ生まれる子らに、戦いの宿命を負わせたくないから』
いのちは尊く、未来も同じ。いつか、小さな子供が武器を握り血に濡れぬ未来が訪れる事を願って、戦うのだと、二人は真っ直ぐに黄龍を見詰めた。
「私ちゃんは高尚な決意なんか持ち合わせてなくて、どうして戦うか? それが依頼だから、って言ってたさっ。
でも今私は目的を持った、持ってしまった。約束したんだぜ? 『またね』って! 友だちとの約束、それを果たすんだってねっ!」
その脚に力を込めた。秋奈は「いざ」と黄龍のその眼前へと飛び込んだ。自分の力の見せ所、それを見誤る事は無い。
「私ちゃんが力を手に入れたら、まずはすっきりさっぱり全部まるっと解決するつもりだぜっ!!
とくと見てよね、認めたくなるはずさっ、ちぇすとーーっ!!」
剣振り下ろす。しかし、弾かれて、地面を叩くように足裏がたん、たん、とリズムを付ける。
「どうして戦うのか……。負けた悔しさ、仲間をさらわれた屈辱そのままじゃいられない……そう言う気持ちはある。それじゃ『納得できない』だろ?」
ウィリアムは魔力をその杖へと集めた。そうだ、無為に力を振るうことは愚者の所業だ。だからこそ、問われている。問い掛けられている。見定められているのだ。
「自分の心の正しいと思うままに、例えば誰かを助ける事。失われ行く命を守る事……上手く行かない事だってある。
でも、歩みは止められない。俺はイレギュラーズであり、魔術師であり……星を追う者だから」
何てことは無いんだ、とウィリアムは頬を掻いてから小さく笑った。肩を竦め、目を細め照れ笑いを一つ。
「俺だって『ヒーロー』に憧れてるんだ。だから、諦められないし、負けたくない。
俺はちっぽけだから、全てを守れるとは思わない――でも手に届くものは守りたいだろ?」
そうだ。護りたかった。護りたい、そうやって願うからこそ――朝顔は、タイムは走った。
「朝顔さん!」
タイムの呼ぶ声に朝顔は飛び込んだ。想いは強く、人を繋ぐ架け橋になる。
――戦うのは、天香・遮那君の為。力を手にして使うなら、彼の未来を、幸福を守る為に。
――戦うのは、遮那さんとルル家さんのため。皆を助け出すため。
二人は目の前で仲間を拐かされた。希望を繋いでくれる人が居るから、耐えて待っていてくれる筈だから.その『努力』に答えないわけには行かないと朝顔は声を張る。
「唯、彼の未来が続く事を、彼が幸せである事を願い、その姿を、私も生きて見たくて――あの尊き光を誰よりも愛してるから」
好き。
言葉にすると、どれ程、恐れるであろうか。見ているだけでは叶わない。だから、人魚姫は剣を振るう。
「先輩方と遮那君が繋いだ希望に応える為に。今度こそ彼を救う為に。私は戦うんです」
大切よ。
そう言って泣いているだけではいけないことにタイムは気付いた。朝顔は涙を拭いて前を向いている。だと言うのに、自分が泣いていては意味が無いじゃ無いと目を細める。
(真っ直ぐ真っ直ぐ、好きな人だけを見るあの眸が眩しい。好きな人のために頑張る姿が眩しい)
だから、朝顔の傍で約束のように一つ、呟いた。
「ありがとう、でも無理はし過ぎないで。
あなた、遮那さん達を助けた後に消えちゃうんじゃないかって、そんな気がして」
――無事に一緒に帰ってこようね。
皆揃って、それで「嗚呼、今回は疲れたなあ」って笑っていよう?
成否
成功
第2章 第21節
戦う理由をこの美少年に問うのか、とセレマは小さく笑った。
「理由なら色々あるさ。富、名声、権力、称賛、嗜虐、人として持ちうる当たり前のエゴ――なにより美少年であるためだ」
セレマは美少年であるからして、自分自身のためというエゴを一身に示す。永遠のように儚く、手が届かないのに人を狂わせる誰かにとって理想。硝子細工の美しさ。それがセレマ オード クロウリーだ。
「ボクが常にそうであるために努力を怠るわけにはいかないのさ……それがエゴだ。
キミだってそうだろう? 好きに生きればいいのに手の貸し方が中途半端。そのうえ手を貸すにしてもわざわざこんな茶番を通す。
ボク程度なら即座に追い払える実力を持っているのになぜそうしない? それだって『知りたい』『そうでありたい』という責任と表裏一体のエゴさ」
『ああ、これもエゴだ。どうやら気が合うみたいだな美少年』
からからと笑う黄龍に「ボクが好きだと認めれば気が楽になるさ」と囁いた。
振り向くリゲルは薄れたけがれを振り払ってからゆっくりと黄龍を見上げた。圧されようと振りであろうとも一歩も退く訳にはいかぬのだと彼は静かな声音で前を見遣る。
「戦う理由など、決まっている! 友人達を救うためだ!」
「そんなの、守りたいからだ。大切な人を、大切な仲間を、みんなが暮らす場所を――
ここで私たちが諦めたら、きっと捕えられたみんなは死んだり反転してしまう。
この国は、魔種たちに蹂躙されて滅びの一途を辿るかもしれない……私はそんなの嫌だ」
リゲルの傍らに歩み出したのはポテトであった。傍らの大切な人。示し合わせた訳では無い。それでも『二人の答えは同じ』だった。笑い合いたい、皆と過ごす毎日を護りたい。
「この国を、お互いの大切な人達を守るために手を、力を貸してくれ黄龍!」
「……拉致された仲間は元より、遮那も、そそぎも救う。
手を伸ばしたくても、俺一人の力では届かぬ大きなものもある。
それを覆す手段があるのなら、掴める機があるのなら。幾ら体が傷付こうとも、幾らパンドラが削れようとも挑むまで!」
剣を手にしたリゲルをポテトは癒やした。ルル家、ユーリエ。その二人の力になれずにして何が義兄か。何が友人かと自身へと問い掛ける。リゲルの決意は固く、そしてソレを支えるポテトも又、決意していた。
「困っているひとを助けるのに理由が要るッスか?」
鹿ノ子は静かに問い掛けた。
泣いてる人が居た。手を差し伸べることに理由が要るか?
困っている人が居た。助けることに理由が要るか?
鹿ノ子にとってその理由は必要ない。そうするだけの力があるならば、出し惜しみする必要も無いのだ。
己の無力さを嘆く人に変わって自分に出来ることがあるなら、手だって抜きたくは無い。
いつだって、『鹿ノ子』は誰かの希望でありたいのだから。
「『助けて』って言われたッス」
唇が動いて、奏でた言葉を、忘れない。
遮那さん。
遮那さん。
――遮那さん。
好き。気付いたら好きだった。生まれも身分も種族も、なんだって、関係なかった。
そんなもの関係ないと吹き飛ばして笑ってやる。それだけの決意と、想いを此処には持ってきた。
「知ってるッスか、黄龍さん? 命に色はないんスよ!」
成否
成功
第2章 第22節
誠司は武器を捨てた。力を見せろと行っていた。だが、それは攻撃しろと言っているわけでは無いのだ。銃口を向けるべき相手ではないのだと息を吸う。一言、言うべきだ。言わねばならない。だから、誠司は真っ直ぐに向き合う。
「……遊びで殺されて怨霊になった獄人が、化け物に殺された人たちが、妖に奥さん殺されて泣いてる八百万がいた。
何故あんたはそうして居られる……救える力がありながら……!」
拳を固め、助走をつけ、走った。腹が立った。腹が立って仕方が無かった。
「自分の成せなかった事をってこんな奴に託した人がいた。だから……まだ終わらせない……!
こいつらが笑える日を掴むために――ッ、ふざけるな……!」
思い切りぶん殴る。だが、拳に伝わるのは固さだけ。見下ろされ、躯が宙を舞う。
「ッ、悲鳴が、痛みがわからねぇなら、その力はただの無駄の塊だ! やる気がねぇなら黙ってみてろ!
力を手に入れて? 無くったって関係ない。やるんだよ、この国を変える。泣いてる奴らが笑える様に」
それを――綺麗事と言われ、絶望を覚えた男が側には座っている。黄龍は『青二才が何を言うか』と『いつかの日のように』呟いた。
その傍らでメルトリリスは声を震わせる。人殺しの娘、魔の一族。そう言われれば胸が苦しい。ぎゅうと締め上げられるような感覚を覚える。
「……先逝く父と姉が遺した罪過。それは一生尽しても拭きれるものではない。石を投げられるなら甘んじて受るよ」
ロストレインと後ろ指を指されようとも、メルトリリス――アリスは、耐え忍ぶと決めた。それが、自身の生き方で、国の剣となる誓いだ。
「そして、赦されるなら……私はより正しく在るべきと神に誓い、己が信じる道を進みます!
父や姉の罪を受け入れた上で、それ以上に世界に優しくありたい。
だって、この世界には大好きな人が生きていて、かけがえのない人が生きていた」
愛する人が居た。愛する人が居る。
黄龍は愛した者は皆過ぎてゆく。しかし、共にある四柱――四神や『黄泉津の守護神』というかけがえのない存在を護りたいと願っている。ソレは確かなのだろう。
「……みんな、誰かの為に戦っている。
だから私は、そんな人達の力になれるように力を使いたいです。
誰しもが、大切な人と……当たり前に寄り添える安寧を求めるがために」
だから、挑みたいとメルトリリスは声を張り上げた。そうだ。大切な人が、待っているのだ。アーリアの返りを何時だって待って「危ない目にばかり遭って」と揶揄い笑う人が居る。
「何のため、だなんて。そんなの……護るため、よ。
本当は戦いなんて嫌、化物だって怖いし、人を初めて殺めた時の事も忘れられない。
今だって、戦った後は家で待つ大好きな彼に触れるのを躊躇うの」
アーリアは自身の掌が汚れている気がして堪らなかった。綺麗だとそっと手を添えて笑ってくれる愛しい人。彼が「待っていたのよ」と微笑むその声が、愛おしくて、そして酷く壊れ物のように感じられる。
「けれど、戦わなきゃ……『力を手に入れなきゃ』その彼も、彼との生活も、友達だって大好きなお酒だって何一つ護れないの。
だから……けがれを祓うため、護るため――お願いよ、力を貸してちょうだい!」
ああ。
ああ、なんて――なんて、美しい旋律だ。どうして、こうも頭が痛いのか。
青ざめたまま、リアは唇を震わせた。
「助けたい人が居る……取り戻したい日常がある……約束が、あるの。また、三人でお茶会をってね。
アルテミアさんも、シフォリィさんも、居ない未来は絶対に認めない!
あの時、シフォリィさんが届けようとした想いを、あたしは繋ぐ。
だからこそ、踏み出せなかった、あと一歩の勇気を掴むために! その為の前哨戦に、あんたは丁度いいのよ!」
叫んだ。ああ、頭が痛い。美しい旋律が響いているのに。悍ましい『けがれの旋律』はもう聞こえないのに。ああ、頭が、頭が割れそうだ!
それでもリアは唇を噛んだ。
「……あたしはいつだって火が付くのが遅くてね。けど、今度は、躊躇わないし戸惑わない、退かない」
この旋律を聴け。叫ぶリアの、その声を聞きながら黄龍はつい、と顔を上げた。
高天京――その天守閣。アルテミアと、エルメリアが居る、その場所に。
「瑞――」
その『音』が誰を表しているかを、リアは知らない。だが酷く悲しい響きをしていた。
それは、確かだった。
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。OPへの登場は『カムイグラ』関連のアフターアクションより頂きました。
●当シナリオは
『自凝島へと流刑になったPCへの脱出支援』及び『霞帝の四神結界の強化』を目的としています。
皆さんは当ラリーの終了まで何度でも参加する事が可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●フィールド
高天京、御所より離れた僻地。小さな石像が置かれた開けた場所です。
重苦しい空気を感じさせ、それが『歪な形で発動している大呪』と『魔種の呼び声』である事を実感させます。
周辺は開けていますが、それ故に敵性対象が多く姿を現す事が予測されます。
●『脱出支援』
『自凝島の守り神・麒麟』と霊脈で繋がる同一存在たる『黄龍』の力を借りての脱出支援を目的としています。
四神の全ての加護を受けた霞帝は京(高天京)の守り手を黄龍に、自凝島の守り手を麒麟に、とそれぞれ指示を出し有事の際は黄龍より麒麟、麒麟より黄龍に直接力を注ぐ事が出来る様にと『ルート』を作っていました。
『ルート』を通して、清浄なる気配を送り込むことで自凝島の『肉腫』の動きを阻害することが出来ます。
また、麒麟との『ルート』が上手く形成されていれば、麒麟の下には転移陣が作成され、自凝島より脱出するメンバーが麒麟に認められさえすれば『黄龍』側までその身柄を転移させることができるそうです。
流刑となったイレギュラーズを救う為には黄龍の霊脈を阻害する『妖』『怨霊』『肉腫』を退けなくてはなりません。
また、この儀に気付いた純正肉腫や魔種による介入にも気を付けなくてはならないでしょう。
●『四神結界強化』
上記『脱出支援』に加え、神威神楽を包む結界の綻びを『修正』しなくてはなりません。
これには『黄龍』の力を借りなくてはなりません。しかし、黄龍は霞帝に対しては力を貸した以上、それ以上を求めるという事にはあまり乗り気ではないようです。
黄龍による試練――『自身との戦闘』で力を認めさせる――を超え、その力を借りる為に尽力してください。
(また、期間限定クエスト『黄龍ノ試練』に置いても同様の『黄龍の試練』が行われています)
こちらも、『結界』を強固にすることで、自凝島の『肉腫』の動きを阻害することが出来ます。
●四神とは?
青龍・朱雀・白虎・玄武と麒麟(黄龍)と呼ばれる黄泉津に古くから住まう大精霊たち。その力は強くこの地では神と称される事もあります。
彼らは自身が認めた相手に加護と、自身の力の欠片である『宝珠』を与えると言い伝えられています。
彼ら全てに愛された霞帝は例外ですが、彼らに認められるには様々な試練が必要と言われています。
●『霞帝』今園 賀澄(いまぞの かすみ)
旅人。神威神楽にとって最初にこの地に訪れた神隠しの存在(神使)であり『四神』に愛されし者。
四神の権能により神威神楽全域と自凝島に結界を張っています――が、巫女姫による『眠り』でその結界が綻び始めたようです。
非常にフランクで明るい男性です。前中務卿(晴明の父)の代より懇意にしており、晴明やつづり&そそぎの幼少期より可愛がってきました。晴明をセイメイと揶揄い呼びます。
今回は彼の支援も行う事が出来ます。彼の結界失くしては被害が大きくなるので防衛が必須となる存在です。
●『中務卿』建葉・晴明(たては・はるあき)
鬼人種。この地にて、イレギュラーズに助力を乞うた人物。特異運命座標を『英雄殿』と呼びます。
やや頭は固いですが、帝の影響もありジョークなども交えて会話を行う青年です。英雄が「肉腫や病気じゃない! 熱中症だ!」と言えばその通りにしますし、予算は中務省で、と言えばその通りにしてしまう存在。
前衛タイプのアタッカー。剣を得意としています。霞帝が国の防衛には必須であると認識し、彼を護る為に立ち回ります。イレギュラーズの指示であればなんだって従います。
●『けがれの巫女』つづり
鬼人種。けがれの巫女と呼ばれる此岸ノ辺の巫女(簡易的に言えば『空中庭園』分社の『ざんげ代理』です)
今回は霞帝に乞われて、四神との疎通を行っています。妹・そそぎの事をとても心配している様子ですが、お役目を全うすべく気丈に立ち回ります。泣いていては、四神もそっぽを向いてしまいます。
それでは、どうぞ、ご武運を。
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