シナリオ詳細
<Paradise Lost>Love Begets Love
完了
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オープニング
●公開処刑
「こうして眺める景色は如何であるか、我が愛娘よ」
「……」
広く、不必要な位に絢爛に整えられた『大舞台』はその煌びやかさと相反して、主人の終焉を望んでいる。
「全て貴様の為に設えられたものだ。そう思えば万感であろうが――」
両手両足には枷、身体は動けないように『薔薇十字』に縛られている。
リーゼロッテは父から向けられたねちりとした言葉に視線を逸らすばかりであった。
「いい日和よなあ。旅立つならば、この上無い。
日頃の行いはどうも我にも貴様にも大した罰を与えぬものだ」
リーゼロッテ・アーベントロートの公開処刑はアーベントロート侯爵領で行われる事となった。
国王フォルデルマン三世はこの動乱に心を痛めており、実に粘り強くアーベントロート侯に再考を促したものだ。
フォルデルマンの努力虚しく、そして干渉するかにも思われたアベルト・フィッツバルディの『体調不良』もあり、結果として強行される形となった処刑なのだから、メフ・メフィートでの実施が難しかったのは言うまでもない。アーベントロートの本邸が構えられた北部ルヒテノヴは長い彼女の治世の中でも特に大きな『迷惑』を被った場所だったから、代替地として選ばれたのは妥当であると言えただろう。
『処刑場』は街の郊外に準備された。
十分な『観客(ギャラリー)』が愉しめるよう。
より多くの人間がショッキングな悲喜劇に酔えるように。
ヨアヒム・フォン・アーベントロートの肝煎りで準備されたその場所には既に多くの人目に晒されていた。
処刑場そのものに人々は足を踏み入れる事は無いが、遠巻きに見守る事が出来るその作りはまるでイベント会場のようである。
「しかし――どうも、余り歓迎されていないようには見受けられるな」
「……」
「フッフ! まるでわしが悪党か!
喉元過ぎれば熱さ忘れるとはこの事よなぁ。
貴様もアーベントロートの係累に間違いはあるまいに!」
……何年か前の彼女ならば決してそうはならなかっただろう。
領民の犠牲を良しとせず、自身を犠牲にしてでも友人を守ろうとするような彼女でなければこんな風景は見れなかったに違いない。
「お前はそんな娘では無かったろうに。
蛇蝎のように嫌われ、華やかに疎まれ続ける薔薇十字の姫は何処へ去った?
この有様を見守る連中はまるで『勇者の訪れ』を期待しているようではないか。
悪辣な侯爵に囚われた姫を開放する何者かを――まるで伝承歌(サーガ)の一幕を期待でもするかのように!」
成る程、お姫様の公開処刑に集まった観客は残酷なシーンを望んで居ないようにも思われた。
揶揄を続けるヨアヒムにリーゼロッテは唇を噛んだ。
(……そんなこと……)
口にすれば弱さが零れ落ちてしまいそうだった。
リーゼロッテは愚鈍ではない。感情的でこそあれどむしろ賢しく。
長く情報機関の長を務めた彼女は事実の分析に長けている。
……いや、そんな大仰な理由をつけるまでもない。
ヨアヒムが密やかに処刑を済ませたならば話は別だが、彼は幻想中に宣伝する勢いで今日という日を際立たせている。
重武装の邸内で話を済ませればまだ合理的なのに、屋外の『特設ステージ』で民衆を見下ろしている。
『まるでこれは邪魔をしてくれと言わんばかりではないか』。
当然、会場のあちこちには警備の兵が配されていたし、リーゼロッテの把握している限りでも『正規ではない連中』も厳重に守備を固めている。だが、それでも余りにもこれは攻め入り易い。デモンストレーションめいた処刑場の風景はまだ見ぬキャストを望んでいるとしか言えないだろう。
(来ないで下さい)
リーゼロッテは内心だけで呟いた。
彼女はこれ以上時間が過ぎるのが怖かった。
『しっかりと諦めたのに縋ってしまいそうになるから』。
……改めて相対する父(ヨアヒム)は余りにも恐ろし過ぎた。
『決定的なまでに勝てない。人間はこんな怪物とは関わり合いになるべきではないのだ』。
ましてやリーゼロッテは初めて出来た――殆ど唯一の大切な友人達をこんな所に来させたいとは思わなかった。
だが、同時に決定的に理解もしていた。
父は自身の望まぬ展開こそを待っているのだ、と。
つまる所、主導権を父が握っている以上、祈りなんて一つも届かないのだと。
「……して」
「うん?」
「どうして、こんな事を。お父様――」
幼い頃から、貴方は私に興味等無かったのに――
唯一、興味を持って頂けたのが『こんな事』では。
詮無くとも、問わぬままには余りにも浮かばれない。
「どうして、とはおかしな事を聞く。
親は子の成長を祝福するものであろう?
貴様はわしの期待、わしのレールから外れ、そんな顔をするようになったではないか。
……なればなぁ、もっと万華の顔も眺めてみたくなるというもの。
自由に抗い、アーベントロートの軛を外す貴様がどれ程やるのか――
貴様の救いが、貴様の希望がどれ程のものか……知りたくなるも性というもの。
……フッフ! 愛娘の相手を見定めてやるのは親の冥利に尽きるというものではないかね?」
「……っ……」
「貴様はその時、どんな顔をするのであろうなあ。
愚かに直情に貴様を救いに来た『友人』がわしの挑む時。
無力で無為な連中が一人一人すり潰されていく時に――
どう鳴くのだろうなあ。怒るのか、絶望するのか。
『今、この瞬間にも親を憎み切れない貴様が、どう振り切れるか楽しみでならぬのだよ』」
「お父様……ッ!」
リーゼロッテの声はこの時、きちんと憎悪に満ちていた。
「それで良い。我も貴様もアーベントロートなれば。
何処までも続く、横たえた身を浸す退屈なる毒に――精々華やかに抗おうではないか。
この良き日に。薔薇十字に落ちる頸はどちらのものか――」
独白めいたヨアヒムにリーゼロッテは息を呑む。
未だ底さえ知れぬ『父親』はおかしな紋様の刻まれたキューブを片手にせせら笑うだけだった。
- <Paradise Lost>Love Begets LoveLv:71以上、名声:幻想50以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別ラリー
- 難易度NIGHTMARE
- 冒険終了日時2022年11月26日 20時00分
- 章数4章
- 総採用数511人
- 参加費50RC
第3章
第3章 第1節
●ヨル・ケイオス
(うーん、お嬢様のついでにルル家を可愛がってあげようと思ったら!
これは……予想以上に面白い状況になってしまいました!)
ヨル・ケイオスの視線の先には狼狽する夢見 ルル家(p3p000016)と彼女を庇って倒れたヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)が居る。
「……っ……」
抱き起こしたヴァイオレットの身体には殆ど力が入っていない。触れたその手にべっとりと赤いものがついた時、ルル家の顔色はもう真っ青だった。
「いいから――」
力ない唇が幽かに動く。
――にげなさい。にげて、ください。
首をぶんぶんと振ったルル家はまるでいやいやをする子供のようだった。
「ははあ……これはこれは!」
ヨルからすれば元々はルル家との戦いは『一挙両得』位のイベントに過ぎない話だったが、感情が抑圧されていた筈の妹のそんな姿を見てしまった以上、妹想い(サディスト)としては捨て置ける話ではないのは当然だった。
「決めました。お姉ちゃん、その子をしっかり殺します」
「――――ッ!?」
弾かれたように顔を上げたルル家は『姉の形をした怪物』を未だに信じ難いものを見るような目で見つめていた。
「冗談、ですよね? お姉ちゃん……」
「んー?」
「お姉ちゃんは何時も拙者に優しくて、何時も綺麗で、何でも出来て……」
「はい。お姉ちゃんはとっても優しくて優秀なので。ルル家をそんな風にした子には始末をつけないと駄目かな、と!」
「どうして……」
「どうもしません。私は第十三騎士団ですから」
「どうして……!」
感情を爆発させたルル家は咄嗟に構えを取っていた。
それは明らかな戦う意志である。大好きな姉と、命の取り合いだけはしたくなかった、姉と。
悲壮極まるルル家の一方で、あくまでヨルは愉快気だった。
そうだ。そうなのだ。そうでなくては面白くない。
ヴァイオレットを人質にしなかったら、これはどんなに退屈な嬲り殺しになるだろう――
「……あは!」
知らぬ内に、果て無い魔性が解放されている――
底抜けに明るい笑顔を見せるヨルは、皮肉にルル家の血縁を思わせた。
●フウガ・ロウライト
(……やれやれ、厄介な連中だな)
サリュー一派、そしてイレギュラーズと交戦したフウガはすぐに敵の質を理解していた。
元よりあの恐怖劇の夜、やり合った事はあったから知ってはいたのだ。
しかし、改めて突きつけられるサリューとローレットの力量は……
(……兄貴、これは帳簿が合わなくなるんじゃねぇか?)
流浪の軍閥である封魔忍軍は拠り辺が無い。
今回の同盟で多額の資金が得た事は知っている。
だが、あくまで仕事は損得計算が重要だ。
心から惚れ抜いた男の為に死ぬのなら本望だが、ヨアヒムはそういう人物像から最も遠い。
(兄貴が死ねって言うならそりゃあ仕方ないがよ。兄貴もその心算はねぇだろうな)
現状では戦線全体がローレットを食い止めている状態だが、彼等の猛攻はアーベントロート派を押し込んでいるように見える。
封魔忍軍の出番が来たのは或る種の不利の証明であり、このままならば彼等はやがてヨアヒムに到るようにも思われた。
(さて、どうする……?)
『セツナからは最終的には自分の判断で動く事を許されている』。
フウガはそれを兄が同盟相手の手前口にしない、封魔忍軍を優先しろという密命であると判断していた。
但し、バランス感覚は重要になる。
戦況はローレット優位かも知れないが、ヨアヒム自身の底が知れないのが恐ろしい。
下手な戦いをしてヨアヒムが勝ったなら、その後は想像したくない事態が想定されるからだ。
兄は当然それを望まない。
「いやア! 何処もかしこも盛り上がっているようで!
しがない家令、手習い魔術師には過ぎた戦場ですが……そちらも大変なように見えますねェ!」
「サクラちゃん!」
「うん――」
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と見事な連携を見せたサクラ(p3p005004)が『吠える』。
「――いいから、どいてって言ってるでしょ! どけ!」
「本当に俺、眼中にないんだな、お前」
打ちかかってきたサクラの恐ろしく鋭い一撃を受け流し、フウガはその異様な上達に苦笑した。
さて、本当にどうするか。幾らかは残って貰うが、サクラと有志だけでも行かせるか――
●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
「フッフ!」
特徴的な嘲笑は相変わらず眼窩の全ての光景を小馬鹿にしていた。
自身の精兵を含む戦力が驚くべきローレットの健闘によって押されているにも関わらず、彼は全く動じていない。
「お父様……」
「うん? 嬉しいか、リーゼロッテ。
友人達はお前を助けに――随分近くまで来たようだぞ?」
「今ならまだ間に合います」
「……ほう?」
「兵をお退きなさいませ。彼等の目的は――私でしょう。
お父様が兵を退けば、御身に危険が及ぶ事は……」
状況はローレットの優位にある。
さしものヨアヒムと言えど、精鋭のイレギュラーズ数十を相手取れば只では済むまい、とリーゼロッテは考えた。
彼の狙いは分からないが、本当の事を言えば今でも。彼女は彼を害したいとは思えなかった。
それは、父親である。肉親である。
如何ななりをしていても、どんな悪辣であっても、薔薇十字の血統を持つ、自身にとって唯一の。
「……お前はモノの道理を知らぬなあ」
しかしヨアヒムの心底失望したかのような反応はリーゼロッテの想いの逆を行く。
「父が不出来な娘の為に軍略を指南してやろう。
良いか、リーゼロッテ。降伏勧告とは優位な側が行うものぞ」
「……ですから、今この盤面は」
「……………だから、それを言っておる。お前は本当に分からぬ娘だ。
フッフ、まぁ不出来な程、子は可愛いとも言うのだがな!」
「それはどういう」とリーゼロッテが尋ねるより先にヨアヒムは嗤って言った。
「最初から今、この瞬間に到るまで何一つ戦況なぞ変わってはおらぬよ、リーゼロッテ。
わしが一人いればローレットなぞ皆殺しに出来ようというもの。
フッフッ! ……信じぬか、リーゼロッテ。
まあ、どちらでも良い。お前がこれより見る事実は何一つ変わらないのだからな!」
YAMIDEITEIっす。
パラロス最終章そのさん。
恐らく四章構成です(なのでもう一度VHです)
以下詳細。
●任務達成条件
・リーゼロッテ・アーベントロートの救出
※リーゼロッテが死亡した場合は『完全失敗』となります。
●リーゼロッテ・アーベントロート
ヒロイン面が板についてきたお嬢様。
通称『暗殺令嬢』の悪辣さも何処へやら。
父であるヨアヒムに当主代行の権限を剥奪され、処刑を待つ身です。
●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
御存知銀髪豚野郎。
幻想三大貴族アーベントロートの正式な当主で今回の動乱の仕掛け人です。
リーゼロッテから当主代行の権限を剥奪し、フォルデルマンからのとりなしも撥ねつけて処刑に臨もうとしています。
こんなナリですが暗殺機関の長である事はリーゼロッテと変わらず、むしろ彼女は彼と比べれば児戯のようなものです。
少なくとも過去の戦い(サリュー事件)から空間転移や相手の行動を掌握する技等を使えると思われます。
又、現場を誰も見ていませんが彼と対戦した死牡丹梅泉は現在行方不明の状態にあります。
会敵した幻想種曰く「(魔術師として)リュミエ様と同等かそれ以上」。強敵なのは間違いないでしょう。
●パウル
掴み所の無い言動が厄介な糸目の男。
アーベントロートの家令。リーゼロッテの教育係兼執事といった感じ。
ローレットにサリューの危機を伝えた他、暗躍しているようです。
【サリュー】に合流。シフォリィさんを助けたりしてました。
●クリスチアン・バダンデール
サリューの王。万能の天才。
ヨアヒムに大怪我をさせられましたが、大事な幼馴染のピンチに黙っている男ではないでしょう。
登場しました。それもド派手に。怪我人なので戦闘力は落ち気味です。
●チーム・サリュー
刃桐雪之丞、紫乃宮たては、伊東時雨の用心棒三人衆。
梅泉の雪辱戦に燃えている事でしょう。特にたては。
雪之丞と時雨はクリスチアンを護衛。
たてははかなり前のめり。
今回に関してはそれ所ではないのでイレギュラーズに敵対的ではありません。
●死牡丹梅泉
行方不明中。たてはちゃんのIQが野生動物になってしまいました。
●ヨル・ケイオス
薔薇十字機関の腕利き。夢見ルル家さんの姉。実は。
人当たり良く朗らかに見えますが、実は過剰なサディストで愛情表現が歪んでいます。
【西】でルル家さん等と会敵中。ヴァイオレットさん(及びルル家さんの友人・大事な人)を執拗に狙います。
●フウガ・ロウライト
封魔忍軍の頭目。
アカン感じのスキルを持つ暗殺者。
【サリュー】でサクラちゃん達と会敵中。
色々思惑があるようです。オープニングを読んで動いて下さい。
●薔薇十字機関(第十三騎士団)
幻想の闇を司る情報暗殺機関。
『表』と言われたリーゼロッテ派に対して『裏』とされるヨアヒム派は更に強力です。
数や詳細は不明ですが、薔薇十字機関に雑魚等皆無です。
彼等はノンネームドであっても時に強力なPCと遜色ない強力さです。
●封魔忍軍
天義の暗殺機関。フウガ・ロウライト麾下。
天義の暗闘から逃れ、セツナの意向で困った事にヨアヒムとくっついてしまいました。
優秀な暗殺集団で最低でもその数は数十。
●アーベントロート兵
所謂雑魚敵ですが、質はそこそこです。
クリスチアンの策で動きが大幅に制限されています。
●処刑場
アーベントロート領、北部の本拠地ヒルテノヴの郊外の大広場に用意された『イベント会場』。
広場の中央には荘厳な処刑台が用意され、その一番高い場所に薔薇十字が設えられています。
リーゼロッテはそこに囚われ、縛り付けられている状態で傍らにはヨアヒムが居ます。
かなり広い会場には多数の兵や伏兵が配置されていると思われます。
意図的に処刑場を遠巻きに眺められるように『観客席』が用意されたようです。
ヒルテノヴの民衆は最近は評判の悪くないリーゼロッテの様子を心配そうに伺っている模様。
一見して守備に適していないのですが、ヨアヒムは敢えてそうしているようです。
処刑場は全体として以下のエリアに分類されます。
下記説明に従い一行目にタグ(【】くくり)記載をして下さい。
同行者やチームは二行目に、それ以降は自由で大丈夫です。
・広場外周(東西南北)
最初に侵入するエリアです。
観衆は処刑場を遠巻きに見つめている状態の為、踏み込めば一発で『そういう勢力』とバレます。
警備の兵が配置されており、恐らくは薔薇十字機関も潜んでいます。
※攻略済みです。
・広場内周
第二の進行エリアです。
敵戦力の密度が増している他、外周への攻撃に対しての増援になる場合もあります。
本章のメイン攻略エリア。
東西南北は侵入する方角です。タグを使う場合は【広場内周・東】等と記載するようにして下さい。
※攻略中です。後述【処刑台】や【サリュー】等に既に関与出来ますが、内周の抑えが弱すぎると戦線が崩壊して敵増派に囲まれます。
つまり、ここはここで戦い続けないと負けます。
これまでは突破という感じでしたが、本章からは戦線維持という意味合いになります。
尚、【西】ではルル家さんがヨル・ケイオスと対戦中でヴァイオレットさんがピンチです。
【北】のレジーナさん達はかなり押されていて危険です。
・サリュー(封魔忍軍)
サリュー組と合流ないしは関わりたい場合は【サリュー】改め【封魔忍軍】です。
参戦個所は内周~処刑台のどの辺かですが、サリュー組に依存します。
【処刑台】に最も接近しています。封魔忍軍(フウガ)と会敵中。
前章で【サリュー】参加のPCであっても望むなら【処刑台】や【ヨアヒム】に向かって下さい。
サリュー組はここで分裂します。
雪之丞、時雨は【封魔忍軍】でPCの援護に動きます。
クリスチアン、たてはは本章で【処刑台】(及び【ヨアヒム】)へ移行します。
・処刑台
十数メートルもある巨大な処刑台を登る必要があります。
階段がありますが、一見して無防備なこの場所はその実、最も厳重な守備が存在するものと思われます。
又、処刑台を中心に『敵』を蹴散らす為のバリスタのようなものが配置されており、メタ的に言うと(無力化しない限りは)一ターンに三発程、破滅的な威力の範囲攻撃が飛んできますのでご注意下さい。
【遊撃】【銀紅】等の活躍によりバリスタがほぼ停止しています。
【処刑台】に干渉する事が可能です。進軍する場合は【処刑台】を。
但し【処刑台】への進軍は武闘派である自信がないのなら余り推奨しません。
足場も限定的で、多数で攻め上り難い事を考えても少数精鋭でチームを作った方が効果的です。
・ヨアヒム
最大の問題を何とかするフェーズです。
但し、彼は明確に『ヤバイレベルの魔術師』です。
状況に応じて何か(チート)してくる可能性自体は否めないです。
その為の情報精度Dですから。
【ヨアヒム】で干渉可能です。【内周】の抑えが十分で【サリュー】を上手くやり【処刑台】が順調なら仕掛けられます。
【処刑台】の延長線上にありますので少数精鋭を推奨します。
これまでは干渉微妙でしたが、むしろこの章では一定数【ヨアヒム】に仕掛ける事は必須と考えて下さい。
メタ的に言うとここを逃すとヨアヒムの闇を晴らせず、時間切れになる可能性がとても高いです。
●つまりどういうこと?
【内周・方位】をきちんと抑え。
【封魔忍軍】で上手く封魔忍軍を抑え。
【処刑台】に少数精鋭で当たり。
【ヨアヒム】と対決を始めましょう。
VHらしく非常に要求が難しいです。頑張って下さい。
●ローレットの意向
以下はレオン・ドナーツ・バルトロメイからの伝言です。
「『好きな女だか友人だかの為に頑張る』ねぇ。
本当、俺には分かんねぇ。だが諦めた。後は何とかするからやりたいだけやってこい」
●重要な備考
進行が遅い(ヨアヒムが飽きる)とおぜう様は処刑されます。
少なくとも彼が満足する状況(何が満足かは不明です)が満たされないと突然致命的な失敗をする恐れもあるのでご注意下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
第3章 第2節
●STAGE III(ヨアヒム・前)
「――死ね!」
たおやか、もおしとやか、も何処へやら。
何処までも真っ直ぐに、何処までも身も蓋もなく。
紫乃宮たてはが放った直言(やいば)はその男の頸だけを狙っていた。
「良く我慢してきましたからねぇ、たてはちゃん!
そう、そうですよ! 冷静に、何時もの技を見せて下さいね♪
その綺麗な――たてはちゃんの素敵な居合で悪い奴の首なんてさよならしちゃいましょう♪」
猪突猛進では生ぬるいたてはがここまで到れたのは、快哉を上げた斬華の存在も大きかっただろう。
少なくとも彼女の直進的な動きは最速で処刑台を登るに相応しいものではなかった。
少なくとも一対多をそこまで得手としないたてはは一人ならもっと苦労をしただろう。
他人の話を碌に聞かない彼女を上手く援護して、共に『どんどんぶっ飛ばした』のはにこやかで華やかなままの斬華だった。
「本当を言うとね。私も最初に仕掛けたかったのよ?」
誰に言うともなしに小夜は言った。
「あの夜の貸しも、オトモダチのこともある、だからこそここまで来たのだから。
……感情だけで突っ走れる位、私は若くはないけれど」
それを羨ましく思わないかどうかは別の問題だ。
『どう見ても危なっかしい子』は胡乱で粗忽だが、小夜に『譲らせる』位は眩しく見える。
(すずなは勿論、他の方も結構好きなのよね――)
小夜の内心を轡を並べるすずなが知ったなら果たしてどんな顔をするだろうか?
ともあれ『譲った次』が彼女達――麗しき【落花流水】の番なのは言うまでも無いだろう。
「行きます、小夜さん。今度は私が合わせます――信じて下さい」
「そうね――なら、合わせてみせなさい」
『クリストには貸しを作りたくないけれど、背に腹は代えられぬ』。
大切な姉様を後ろに残してこの決戦に挑むすずなは言うに及ばず、小夜もまた見た目程には冷静ではないのだろう。
たてはのように取り乱したりはしないけれど、痛みも喪失感も感じないと言えば嘘になる。
『齢四百をとうに過ぎ、未だに男の嘘を上手く受け流せない彼女は剣程には女怪ではない』。
(――私は、やり切る……!)
凡百が故、凡才が故。
それ故、それなりと自覚して。
すずなは隣に立つ最愛の『天賦』の動きを見逃さない。
何れ劣らぬ素晴らしい剣士達の共演に、ヨアヒムは出会うなりの防御の姿勢を余儀なくされていた。
しかし。
圧倒的な攻勢とて、不安感の払拭には全く遠い。
(――嗚呼、怖い。本当に怖い)
近くにいるだけで圧倒的な力の差が分かるのだ。
自分よりずっと強い筈の――誰より頼りになる味方が居ても冷えた身体の芯に熱が戻らないのだ。
この場に立つ資格があるからこそ、マリエッタはそれを見誤る事は無かった。
(だというのに私は、貴方に興味を持っている。
貴方の聞いてはいけない声を、言葉を聞きたいと思っている』)
彼女の視線の先には諸悪の根源(ヨアヒム・フォン・アーベントロート)が居た。
多くのイレギュラーズに攻め掛かられる彼が居た。
それなのに何一つ慌てる事無く、恐れる事さえ無い彼が居た。
(言葉を交わし、その悪意を理解したいとさえ思うのは、きっと傲慢なのでしょうね――)
何時の世でもその『イベント』は一大事だ。
大事に、大事に育てられた箱入り娘を下さい、なんて。
いざ言われる立場になって考えてみたらそれは余りにぞっとする。
何とも非対称であり、何とも不可避であり、気が重く同時に昂ぶる話としか言いようがないではないか――
「――不調法ながら、まずはご挨拶をば」
――だから。その、静かで玲瓏な声色は硬質な印象の真逆を行く熱情の極みであった。
事これに到るまでに積み重ねてきたものがある。
友人は、仲間は。数限りない傷を負い、その先へと彼女を送り出したのだ。
「お義父(ヨアヒム)様。
我(わたし)、レジーナ・カームバンクルと申します。
長広舌でご挨拶する暇はありませんでしょうが――お嬢様を愛する者です」
故に、レジーナ・カームバンクルには為さねばならない責務がある。
個人の事情は言うに及ばず、口にすれば面映ゆい『愛が為』は言うに及ばず。
さりとて、この遂行は最早『個』だけのものでは有り得ない。
「フッフッ! 交際を認めた覚えは無いがね!?」
「ええ、仰る通り。ですが、お嬢様は頂きます。許可ではなく、お嬢様をね」
処刑台の上に君臨し、太った身体を揺らしたヨアヒムをレジーナは一蹴した。
「貴女を攫いに参りました。遅くなり申し訳ありません――」
「――馬鹿な子、レナさん……」
涙ぐんだリーゼロッテが言葉に小さく息を呑んだ。
来るな、という気持ちも本当。そして同時に来てほしいという気持ちも本当だっただろう。
宣言は常日頃遊ばれるレジーナよりもずっとずっと強い決意を滲ませていた。
「自分の娘を磔にした上で見せ物にするとは…悪趣味にも程がある!
幻想貴族とは無縁の身なれど、『想い人の為に戦う者』の敵がこれなら……
どちらにつくかは自明の理! 動機としては十分だ。全ての想いを成就させる為、この刀を振るうのみ!」
「まったく――本当に。殖えるのに他者が必要ない生物なのかと疑いたくなるわね」
義憤を燃やし、吠えたのはルーキス。
吐き捨てるように言ったイリスは脳裏に父親(エルネスト)の顔を描いていた。
(……父親が、娘を、なんて)
苦手な父親だが、嫌いな父親ではない。むしろ彼女は無自覚ながらファザコンの気さえある。
「もう一度言う。王の庇護下で、余計なことはするな」
ジロリ、と威圧するようにヲルトが言った。
既に全身傷だらけ、息も絶え絶え、まさにコンディションは最高の状態なら、その意気はいよいよ軒昂と言う他あるまい。
「幻想に仇なす輩は、リーモライザが許さない、覚えておけ。アーベントロート」
「フッフ! 囀るな、下郎。栄光のアーベントロートに『王ならぬ』貴様が命ずるか?
実に、実に――逸りおる! だが、この愉快な催しに多少の無礼は飲み込もうではないか!」
ヨアヒムは嫌らしく笑った。
「娘(リーゼロッテ)は結界の内故な。
簡単に戻せると思わぬ事だ。せめてもわしを圧倒する程でなくては全ては徒労故。何の術もあるまいよ!」
広場外周、内周を抜けて処刑台に到る。
その階段を上り詰め、まさに今囚われたリーゼロッテとその父親(ヨアヒム)が眼の前にいる。
「コレとリュミエ様を比較してしまったのは、我ながら……
我ながら痛恨の極み、慚愧のいたりです」
会敵した事があるが故に一切の警戒を緩めていない。
(それだけじゃない。――君のコトも)
ドラマの愛らしい顔が珍しい程の嫌悪と苛立ちに強張っていた。
「……ですが、それも消してしまえば解決ですね?」
「賛成。何よりそれは気分が良さそうだ」
「やられた分位は――せめて一矢報いないと、ね」
唇を噛んで、構えを取ったドラマにシラスとマルクが頷いた。
ヨアヒムから発せられる言葉はいちいち何もかもが毒である。
『例え有用な情報だったとしても、決して親切心から発されたのでない事だけは確信出来ているのだ』。
……そんな言葉を信じるならばリーゼロッテを取り戻すにはヨアヒムを倒すか――せめて『結界』とやらの維持を難しくする程度には追い込まねばならないようだが、それは是非もない話。『ついで』で事足りるのだから問題は無かろう。
(これ以上、あれを自由にさせるのは危険だ。せめてこちらに意識を引き付けないと!)
(ここまで使ってきた手管は共有していますが……そんな浅い相手ではない!
何をしてくるか分からないのなら、何かをされる前により多くの有効打を!)
マルクとドラマ、ローレットの『頭脳派』の考えは一致しており……
(……しかし、業ですね。私はその見えない異能を、暴き喰らいたいとも思っている――)
……ほんの少しだけずれていた。
ともあれ【銀閃】としてこの場に立つ彼等は長く続く筈もないお喋りの先に、戦いの先鞭をつけてゆく。
「さっきのお返しだ! ヨアヒム!」
『シラスはローレットでも最も戦い慣れた一人である』。
制御を辞めたブリンクスターが唸りを上げ、連携を取ったマルクやドラマと共に多角的に襲いかかる。
(もっと迅く、もっと強く――思い描く最強を重ねるように!)
シラスが否が応無く思い浮かべたのは、この男に敗退した『らしい』死牡丹梅泉の剣閃だった。
もし、彼が及ばぬのであらばこの手も全ては無駄ではないのか?
(違う。あの魔剣の及ばぬ人間などあり得るか?
……処刑台から内周の俺達の動きを止めた。サリューでは空間さえ超えて現れた。
この男に距離や場所に意味はあるのだろうか。なら、目の前のこれは――)
「受けてもどうという事もないが、絶望はこの劇のスパイス故になあ!」
見事な攻勢だが、それさえ動かぬヨアヒムが魔力の障壁でパリィする。
「だが、態勢は乱れたぞ。
元よりその理不尽な手品を見破りに来たんだ、怯んでる暇はない」
錬の放った式符・相克斧がヨアヒムがこれみよがしに掌に弄ぶキューブを狙って閃いた。
「ほう! これが気になるかね? 黄金双竜の走狗も含めて、諸君は実に目の付け所が良いではないか!」
絶大な威力に軋みを上げた障壁に錬は目を細めた。
「『手品』なら必ず種はあるだろう?」
「テメェを放っておくと何するか分かったもんじゃないんでな!
ちょっとばかし遊んでもらうぜ、俺たちと?」
瞳をギラギラと輝かせ獰猛な気配を隠してすらいない。
郷田貴道にとって己の獣性を最大に開放出来る相手というのは存外に多くない。
『この男なら、どんなに酷く殴りつけてもお天道様も何も言わないだろうから』。
唸って伸びるガンマナイフクロスは何時にも増して冴えていた。
「わあ、すごい! 流石イレギュラーズだなア!」
「……リーゼロッテ様を助ける役目は勇者達に任せるとして。
貴方は私達より――知っている事があるのではありませんか?」
「んん?」
「これは唯の勘でしかありませんけど」とシフォリィは言った。『アーベントロートの忠勇たる家令(パウル)』は仕えるべき主人二人の混沌にも、イレギュラーズとの戦いにも『楽』以外の感情を見せてはいなかった。シフォリィの言葉は確かに唯の直感でしかない。強いて言うなら、昔似た人間の夢を見た――そんな不確かで胡乱な話でしか無かったのだけれど。
「いやいや、買いかぶりですよ。僕はしがない魔術師で――お嬢様を助ける隙を伺うのが精々ですカラ。
ほら、見て下さイ! 次はあちらが動きますカラね!」
パウルの言う通り【銀閃】に触発された者達が居る。
「負けてられねぇな」
アルヴァが笑う。
「いくぜお前ら! あのクソ貴族に一泡吹かせてやれるってんなら――そりゃあもう最高だろ!?」
「一筋縄じゃ行かないってことは百も承知。
だが、この霧中にほんの少しでも何かが見えるなら……
そうだな。ロクデナシの未来何て強引にでもへし折ってやろうじゃないか」
「『これだけで終わりだと思わない方がいい』。
お嬢様のお友達が今にわんさかきますよ。後はこの『航空猟兵』、覚えて逝ってくださいね。侯」
「わたしも かつて 海をひとりで 生き抜いてきた身……!
たやすく 攻略させて くれないのでしょうが……
陸種は知らない 海ならではのかけひきを お見せしますの!」
『指揮官』の声にエイヴァン、ブランシュ、ノリア――率いる【遊撃】が呼応した。
「フッフ。そろそろ遊んでやるか?」
言葉と共に蒼黒の雷撃が放射する。
「この! 顔がいいからって調子乗りやがって……会長が居るだけで盤面は元通りだからね!!!」
攻勢ではなく支援と継戦に重きを置く茄子子が思わず『部分的に同意出来ない』声を上げた。
「皆の為、道を切り開く!」
前に出たプリンの宣言は文字通り『捨て置け無い』風情も相まって強烈な存在感を場に刻みつけていた。
「お話しましょう、ヨアヒムくん!」
不敵なガイアドニスが攻め掛かる味方の盾になるように立ち塞がる。
「魔術師の話を聞いてはいけないという格言があるということは!
ヨアヒムくんは話したがりということよね!
おねーさん、『か弱い』ヨアヒムくんが見てきた星々に興味あるのだわ!」
生に飽きたと言いながら、他人に期待してみせるのは『矛盾』足り得よう、と笑っている。
【遊撃】は二陣の構成を持っていた。
【第一陣】が仕掛け、撹拌し。【第二陣】が『詰める』。
どうやらヨアヒムは単騎であり、多勢に無勢は見ての通りである。
一方で【処刑台】を踏み越えた『精鋭』は総ずれば三十騎近くに及ぶ。
「上手く動いて――連携すれば十分やれる!」
アクセルの存在、その支援は飛戦を余儀なくされる部隊に優位に動こう。
不安定で狭い足場は多人数に不向きであるが、元々『航空猟兵』を母体にした遊撃隊はその対応には如才ない。
「さて、数奇なものです。この奇襲こそ、ボクが一番力を傾けるべき盤面でしょう。
ヨアヒム候に敵うとは思いませんが、これでも暗殺を生業としていた身。
少しばかりは此方の技も――見せて差し上げないとね」
「恐怖も、緊張も噛み殺せ。奴がどんな格上だろうと。
この父親の『罪』は認め難い。この一撃を喰らわせてやるのみ――!」
チェレンチィ、そしてウェール。イレギュラーズの猛攻は止め処無かった。
元より多勢に無勢の手数の差があるのなら、どんな手練でも押し込まれるは道理であろう。
無敵にも思えた『パリィ』が砕け、攻撃がヨアヒムの肥満体を幾度も捉えた。
服が破れ、肉は裂かれ、血が噴き出した。
当然だ。過去には幸運も手伝ったとはいえ、幾度も冠位さえ退けた精鋭達の強さは改めて語るまでもないのだから。
「クリスチアン君、この手品をどう思います?」
「……評価中だ」
しかし、ドラマに応じたクリスチアンの表情は一層強張るばかりだった。
俊英達の目が捉えるヨアヒムは傷付きながらも笑っていた。
「……フッフ! だから言ったであろう。
受けても構わぬが、単なる絶望の演出だと。
貴様等は死力を振るってわしの防御をくぐり抜け――
――こうして攻撃を成功させながら、残る力を擦り減らしたという訳だ。
フッフ! 悲しむ事はないぞ。実にいい攻撃である。
だが、わしにとっては『だからどうした』の範囲を出ぬなあ!」
傷付いた身体が瞬時に修復されている。
「……あらら!」
斬華の斬り飛ばした腕さえも何事も無かったかのように引き寄せられて繋がっている。
苛烈な攻撃の痕跡は精々がヨアヒムの衣装に残る損傷位なものであり、
「おっと。わしともあろう者が、こんな格好ではいかんなあ――」
それさえもそんな一言で元通りに変化していた。
「おいおいおいおい……」
シラスの中の嫌な予感は強くなる一方だった。
かつて梅泉は「斬れるなら神仏さえも殺してみせる」と嘯いていたが、この男はどうもその保証がない。
「関係ないよ」
ざわめきも不安も短い言葉が一蹴した。
「やれるか、じゃない。
出来るかも関係ない。『やる』んだ。
スティアちゃん、後ろ頼むね」
「サクラちゃん随分我慢してきたもんね。おっけー! 私に任せて! 問題ない!」
たてはに斬華が居るのと同じように、サクラにはスティアが居た。
同じ位に掛かった猪武者(しんゆう)をスティアは献身的に支えていた。
彼女の気持ちが分かるから、彼女は言い出したら絶対に聞かないから。
(そこがサクラちゃんらしくて――可愛いんだけど)
「困ったなあ」と言いながら、本当は少し違う。
『スティアが本当に恐れているのは、彼女がそう望む時、サクラと一緒に戦えない事だけなのだから』。
「……ありがと。スティアちゃん。大好きだよ」
前だけを見たサクラの言葉は紛れもない本音だっただろう。
「でも、お前は大嫌いだ」
護符を破り捨て術式(ライプニッツ)を発動(オーダー)する。
言い切ったサクラの目には直情過ぎる程の怒りが燃えていた。
たった二十年余りの人生で、否定し続けてきた私憤が、どうしようもない位の憎悪が燃えていた。
――それは、ロウライトに相応しくはないから。
「関係ない! 全部、何も関係ない!
返せ! 返せ返せ返せ!!!
私の初めてを!お前なんかに好きにされて――絶対に許さないッ!!!」
連続して攻め掛かるサクラの勢いと『誤解を招きそうな位に感情的な言葉』にヨアヒムの闇の口角が大きく持ち上がった。
「返せ、か。生憎とわしのような大魔道でも叶わぬ願いはあるでなあ。
貴様等はスターテクノクラートと面会したのであろう? 『神』に叶わぬ偉業は――フッフ!
さしものわしでも請け負えぬ事はあるという事よな!」
幾多の攻撃を正面から受けてもヨアヒムはサクラを煽るだけだった。
サクラが梅泉に拘っているのを過去戦ったヨアヒムは承知の上だ。
シュペルを引き合いに出したという事は「彼が死んだ」と告げているに等しい。
顔を真っ赤にしたサクラは目尻に興奮から生理的な涙さえ溜めていた。
いちいち敵の言葉を信じている訳ではない。だが、彼女は一流の剣士でも二十歳の女の子である事も確かだった。
「センセーを返せ!!!」
――あの時、私を守ってくれて、頼るしかなくて!
私のせいで、あんな事になったのに。あんな退場ズルすぎる!
攻めに偏重するばかりに防御は全く疎かだった。
散った鮮血が触手のように動き、サクラの柔肌を切り刻む。
「サクラちゃん!」
スティアが懸命にフォローをするが、全てに及ぶのは不可能だ。
「フッフ!」
ヨアヒムは笑い、サクラは瞬間的に『進んだ先の死』を直観した。
だが、退くか、退かざるや。
丁度、梅泉が言った『前がかりになり過ぎる癖』は止める男が居ないなら、もうどうしようもなく止まらない。
「私のセンセーだぞ!!!」
頭に血が上って感情の爆発するままに言葉を叩きつけられた言葉はその時。
恐らくは敵と、そして彼女自身をも喰らい尽くしかねない『奇跡と運命』を帯びていた。
せめても相打ちにして、爪痕を残して――そうしたら。
(怒るよね、センセ。でも褒めてもくれるよね……?)
きっと、桜花が綻ぶ。
成否
成功
状態異常
第3章 第3節
●STAGE III(東)
時刻は冒頭より遡る――
「『格好つけすぎたわね』」
――誰にも聞こえない位に、小さく零したイーリン・ジョーンズ――【騎兵隊】の戦闘は実に凄絶なものとなっていた。
広場の反対側で起きた『事件』、そして北部の危機。局地戦に身を投じながらも広い視野を持つ彼女の判断は早かった。
――いつから騎兵隊が一団でしか動けないと錯覚したのかしら!
……ローレットの中でも一団に纏まる運用では一日の長があると言い切れる。
彼等は幾多の戦場で『ひとかたまりの意志』として敵を、困難を砕いてきた『実績』がある。
「ああもう、皆行っちゃった……
でも、騎兵隊の――リリー達のやる事は変わらない。外周、意地でも維持するよっ!」
しかし、声を上げるも、歯を食いしばるリリーの言う通り、今日ばかりは状況が少し違う。
「ここぞとばかり。敵は数を頼みにしてきたか――
だが数で押されっぱなしになる俺たちではないぞ。
鳴神抜刀流、霧江詠蓮。お前たちにくれてやるほど、この命は安くはないぞ!」
ここに居らぬ、足りぬ誰かの分まで剣を振るわんとするエーレンが気炎を上げる。
高い連携と潤沢な戦力を誇る騎兵隊は今、自らの意思で隊を二つに割っていた。
「臨時の副官役ってトコだが、情勢は悪いな。見事に手数と打撃力が不足してる」
「……でしょうね。私の見立ても似たようなもの」
持ち前の戦略眼と偵察能力で肩を竦めたゼフィラにイーリンが頷いた。
「できれば……現場指揮系統は寸断しておきたいですネ……
指揮官の一つも『落とせれば』、多少は状況も好転しそうなものですケド」
「処刑台側に増援をやる訳にはいかないからな。最効率を探して運用を『絞っちゃいるが』。
……生憎と、完全に機能してるとは言えないな。妨害程度の効果がないとは言わないが」
広域俯瞰を論拠にした状況分析で事態を把握する至東の言葉に似たような感想を持っていたゼフィラが渋面を浮かべていた。
ともあれ、騎兵隊が兵力を『北』の救援に回したのは確実であり、イーリンの 副官格に当たる相棒のアト・サインがこの現場に居ない事からもそれは一目瞭然である。必然的に戦力を落とした騎兵隊は寡兵となり、拮抗の状況は終了している。
手数の差が打撃力の差となり、騎兵隊に襲いかかる。
押し込まれる劣勢は確実だが、それでもヤツェクは唇の端を持ち上げる。
「成程、数には数を。教科書通りの素敵なやり方だなぁ?
しかしこのクソ詩人がだまって端っこで大人しくしていると思ったか?」
あくまで獰猛に――暴風のようなエレンシアはその場に留まり続ける事はない。
「数は強い、か。
ま、それは道理だ。だが……雑魚だけってのはいただけないな。
アタシ等を止めたいなら、量と質両方揃えて来な!
適当に群れた程度で――止められるなんて思わねぇことだな!」
「やり方はわかりやすいが、効果的だわなぁ。
――だからこそ、私達は、負けられないんだよ。信じ、信じられる――そんなダチの為にもなぁ!」
至近距離で組付き、喰らいつくような凶手の死を振り払おうと、ミーナは希望と死神の刃を振るっていた。
「まぁ、往々にしてこんなモンだ。大抵、ローレットの仕事は碌でも無い」
「いやいや! しかし、大詰めまで後一歩。
ここで脱落しては十分にご要望を満たせたとは言えませんからね。
まだまだ――ここから、ご支援致しますよ!」
慣れたくはないが、慣れてしまうものもあるという事か――
然したる感慨もなく悲嘆もなくそう言ったマニエラは戦い慣れている。
同様にその意気軒高は不利程度では何ら曇らず、倉庫マンが手厚い支援を展開した。
内周東での戦闘は最早遅延戦術のフェーズに突入していたが、いざ抑えにかかるとなっても騎兵隊はやはり精強であると言えよう。
「『東』は捨てだ。こいつらは布石に過ぎん!」
「捨て、ねぇ?」
暗殺者の一人がそう言った時、敵兵の幾つかを抑え込むレイリーの表情が不敵に変わった。
「本当に舐められたものね。
これだけ掛かって――この白亜を突破出来ない、その術で。
いいわよ。捨てなら捨てで好きになさいな。
……なら、私は全部相手にするつもりで愉しむだけだから!」
意気とは裏腹にすり減る戦いは残った騎兵隊の誰をも脅かした。
盾たるレイリーは言うに及ばず、暴れるエレンシアも、飄々と嘯くマニエラも変わらない。
指揮役のイーリンとて重い手傷を負うのを止められず、この場の全ては安穏とは余りにも程遠い。
『人を助く以前に、全員がこの場から生きて帰れるか等、誰にも分からない事だった』。
それでも――
(……頼んだわよ、アト、皆『神がそれを望まれる)
イーリンは騎兵隊の精強と己の運命を強く信じていた。
危急を託した先、『盟友』の働きを疑ってはいなかった。
だから、誰もが前を向く。
如何な絶望に瀕しても、敵が己よりずっと強くても。
華蓮は前だけを向いていた。
(怖いのだわ……とても、とても怖い。
敵の強さじゃない、この戦場の危険さじゃない……とは言えない、言えないのだけど。
きっと、私はそれも怖いのだけれど――)
憎しみ合い、傷付け合い、どうしようもない位に分かり合えぬ。
恐らくは彼我の誰もがそれなりの人間的感情を持ち合わせるのに、語る言葉さえ無い位の。
少女の瞳は戦争という極論の平行線を眺めていた。
(誰かが私に攻撃してくることが、とても怖い。私の攻撃の先に人が居る事が、何よりも怖い。
どうして戦わないといけないのか、これに慣れてしまったら私はきっと)
おかしくなってしまうのだわ――
それでも誰もこの場を待たない。
『やらなければやられるだけという戦場の単純論理は華蓮を強かに打ちのめしたが、唇を噛み締めた彼女は恐れても止まっていない』。
「それでも……私は一番後ろ、殿の護りを任されているのだわ。
全ての憂いを私が防ぎきって騎兵隊の勢いを保つのだわよ――!」
華蓮の可憐にして勇ましいその言葉は所詮虚勢に過ぎなかったが、晴れぬ虚勢を張る彼女は、成る程以前よりもずっと『強かった』。
――騎兵隊の『死戦』は続く。まだ、辛うじて崩壊してはいない!
成否
失敗
状態異常
第3章 第4節
●水底に沈む
体の芯が、少しずつ冷えていく。
生命の熱が少しずつ、少しずつ、失われていく。
――ああ。ああ、私は。この感覚を知ってる――
暗く、冷たく。
憂鬱で、何より寒い。
意識を飲み込む水底は、母親の胎内への回帰のようで。
まるでその逆の不安感だけに満ちている。
産まれ落ちてはいけなかった『私』に安寧はなく。
そこに在る事それそのものが罪なのならば。
一つの例外も無いかに思われる肥後の場所さえ、何の安らぎになると言えるだろうか?
幼い頃、何度も味わった違和感は、錆びた罪の味がした。
誰かの人生が閉じる感覚が嬉しくて。
誰かの苦しみが楽しくて。
それより何より、そんな風に思ってしまう自分が許せなくて。
罰が欲しくて、自分自身を殺してしまいたくて。
それでも当然のようにそれは上手くいかなくて――
――どうして?
胡乱な意識はまだ少しだけ冷静な私の最後の部分に問い掛ける。
――どうして、私は此処にいて……誰かに死んで欲しくないなんて思ったの……?
「――ちゃん! ヴィオちゃん!」
他人事のように響く自身の名を呼ぶ声は涙まじりだった。
――どうして、私は。
分からない。
他人の不幸せはあんなに甘やかな蜜だったのに。
どうしてだろう? 分からない。何も、分からないのだ。
『どうして私は――彼女が泣いている事を、こんなに辛く思うのだろう?』。
●STAGE III(西)
『東』の騎兵隊が寡兵にて苦戦を強いられる一方で、『西』側の戦いも大きな変化を迎えていた。
「ヴァイオレット……なんで……?」
呆然としたシキの声はこの場に居る、少なくないイレギュラーズの代弁をするものだった。
敵側の特記戦力であるヨル・ケイオス――存在感を示す彼女が妹であるルル家の元に現れるのは想定の範囲内ではあったが、そこから導き出された状況は余りにも『酷』なものとなっていた。
「こ、のっ……! 私の運命観測者様に何してくれてるのさ!
約束したんだ。一緒にいるんだ。こんな所で失うなんて、そんなの――」
「悪人同士の因果応報に関与する心算はない」とキッパリとルル家の要請を断ったヴァイオレットが、危機を迎えたルル家を身を挺して庇ったのはまさに青天の霹靂だった。
「――いきなり飛び込んできて自分の命投げ打って!
あんなに貴族なんて嫌いで、ずっとそう言ってて……
なんで、なんでこうなるの! あたしはもうすんごくすんごくすんごく、こんなの絶対許せない!」
フランの口にした『怒り』の矛先は一体何処を向いたものだろう。
不出来な運命か、妹とその友人を嬲る酷薄な姉か。それとも『格好つけすぎた』ヴァイオレット自身なのか――
(――でも、でも分かるんだ。
あたしだってもし大事な人が危なくなったら身体が動いちゃうっていうのもわかるから。
だから、こんなの――救ってみせる。それ以外の結末なんて、絶対見てやらないんだから!)
致命的な深手を負ったヴァイレオレットをせめて少しでも癒やさんとフランの紡ぐ奇跡が降り注ぐ。彼女自身が元気ならば皮肉に笑みそうな『福音』が今にも消えそうに揺らめくその命の灯火を僅かばかり賦活したように見えた。
「無駄な努力をしますねえ」
ヨルが冷えた言葉を放つ。
「私はプロですよ? それも幻想最高峰の――薔薇十字機関のスペシャル・エージェントです。
ルル家(いもうと)のような素人ではありません。私は何でも出来るお姉ちゃんですから。
その私が――『きちんと殺す心算でやったのに、助かる訳が無いでしょう?』」
「万が一があっても、ここに私が居る限りは」と朗らかばかりに笑ってみせる。
「狂愛、偏愛というやつか。どうも、ルル家殿の姉君は人の心に疎いらしい。
私もあまり人のことを言えないが。ルル家殿には幾分か申し訳ないが、これは手加減は出来そうもないな」
鼠を甚振る猫のような残虐性を目の当たりにしたブレンダが吐き捨てるように呟いた。
自身を――ローレットの仲間を窮鼠の扱いとしたのは間違いだし、『何よりこの女は虫酸が走る』。
「感心致しませんねぇ……獲物を前に舌なめずりとは」
「貴方は似た者同士だと思いますけどねぇ」
肩を竦めたヘイゼルはヨルの言葉への評価を避けた。
「実際、その様な顔を見せられますと……
是が非でも望みが叶わなかった時の顔を。予定が未定になった時の顔を見たくなってしまうではありませんか。
いい機会です。憶えておきませう。傲慢は常に破滅の一歩前に現れるということを!」
技巧派と技巧派の舌戦は当然口先だけに収まらず、間合いを裂く目視叶わぬ斬撃さえ、ヘイゼルの髪を一筋切り落としただけだった。
(まったく、相手として申し分なさすぎるのも――嬉しくない問題なのです)
目を細めたヘイゼルは一つの手合わせで彼我の実力差を概ね『測った』。
間違いなくヨル・ケイオスは強敵だし、彼女の麾下にある部隊はその他よりも精強だった。
『西』には異変を聞きつけ、急行したイレギュラーズも多いが、自陣には『ヴァイオレットを守り抜く』というミッションも欠かせまい。敵主力を食い止めねばならぬのなら、十分であるとはとても言えまい。
しかし、それでも。
(……我ながら益体も無い。『その気になっている』とはこの事なのでせう)
ヘイゼルは自分自身少し意外だったが、この戦いを厭うていない。
【銀絆】の面々は動機こそ様々ながら、ここを退かず――退けない強い意志を滲ませていた。
「はぁ、厄介なことになってるって聞いてたけどこんな状況とはね。
まぁいいわ、邪魔になるっていうなら敵を吹っ飛ばすぐらい協力してあげるわよ!」
オデットの操る熱砂の風が湿る戦場を吹き抜ける。
「ヴァイオレット! ……無茶をして……!
一気に畳み掛けて隙を作りましょう。
早く手当を受けさせないと、これは間に合わなくなってしまいますわっ!」
「ヴァリューシャ! 気張ろう!
アレがどんなに危険な相手でも――私達の友達を好きにさせてやるものか!」
ヴァレーリヤが、マリアがヴァイオレットやルル家を覆い隠すように前に出て敵兵と激しくぶつかった。
「パーシャは誰かの命を助けるために幻想貴族に歯向かった。
アンジュは知り合いを助けるために幻想まで駆けつけた。
あたし個人として、ここに来る理由が薄いのよね。
でも――友達が命を掛けてる。理由なんて、大体――それだけで十分でしょう?」
「うん! 貴方達が絶望に顔を歪ませる事が好きというなら、私はいつだって笑ってみせる。
――悪い奴の思い通りになんかさせないのが勇者でしょ?
行こう、二人とも。希望を届けに! 皆が笑う――未来を見つけに!」
みるくと、彼女に頷いたアンジュがここをまかり通らんとする。
「怖い、足も手も震える、けど……
でも、それでも、こんな場所で見せしめのように命を奪おうとする事を、私は認めたくない!
私は人とは戦えません。でも、きっと皆さんを助けます。誰の命も奪いません。
矛盾したわがままでも、突き通します! 突き通したいんです!
だからお願い、力を貸して──ウルサ・マヨル──!」
パーシャは清廉な祈りを捧げ、
「まぁうん、気まぐれってやつでも。こうしてぷるっと貸せる力があるのはいいもんだ。
こんな苦境――さっき食べたチャーハンに比べたらたいした事ないねっ!」
猛襲の反撃を展開したロロンはあくまでロロンらしい頼もしさで嘯いてみせた。
……互いにやり合う状況は加速的に激しさを強めていた。
「愉快な展開だとは思うが、貴様。
神の器を雑に扱い、身投げし、悦ばせるのは如何なものか!
末路としては完璧だが、私は邪魔するのが大好きなのだよ」
ヴァイオレットを狙う山のような攻撃を身を挺したオラボナが文字通り食い止め続けている。
常人ならばとても耐え切れぬ暗殺者達の必殺を、この誰より頼りになる『壁』が止め続けていた。
「愉悦の仕方が粗末な混沌(ケイオス)。見るにかなわん。生きて帰るぞ、貴様等」
分かり難い彼女の感情表現にも何処か確実な情がある。
「大丈夫、手遅れなんかじゃない!
これ以上――貴女のところへ、攻撃は通しません。
進む物語の横に、止まる物語があるなんてたくさん思い知ってきた!
もう、もうあんな想いはしたくないのです!
だからこそ、『物語』だけを残されていくのなんて――もう嫌なんです!」
リンディスも。
誰もが尽力し、持てる力を振り絞り、この苦境を超えんとしていた。
……それでも、状況は依然イレギュラーズにとって厳しいものと言わざるを得ないだろう。
狼狽するルル家と激震を走らせたイレギュラーズ陣営を目敏く見たヨルは本人の動機も含めたイレギュラーズの泣き所を弱みと見て、まさに今命の灯火を揺らめかせるヴァイオレットを狙って激しい攻撃を繰り出している現状はあくまで防戦の色が強い。
戦いの結末もさる事ながら、傷付いた彼女を助けようと思うのなら、ヴァレーリヤの言う通り無駄な時間は少しも無いのが現実なのに!
「だが――ここを好機と見るのは私を倒してからにしてもらおうッ!」
吠えたブレンダが敵部隊の注意を強く自分に引き付けた。
当のヨルはそれを軽くかわすものの、反転攻勢を仕掛けるのなら相手を崩す必要があるのは明白だ。
「自分のことならどこまででも耐えられる。
『私が我慢すればいいだけなら、そんなものは構わないんですよ』」
その声色を何時になく硬く強張らせた正純が弓を引き、ヨルの周囲の空間を絞り上げる。
「――でも、大切な友人を二人も傷つけられて平然としてられるほど私は我慢強くないんです」
「今回も遅くなってしまいましたが、どうやら遅すぎたようですね……!
しかし全てが終わったわけではありません。まだ誰も死んでは居ない。何一つ手遅れでは有り得ない!
ヴァイオレット殿も、ルル家殿も、皆さんも。まだ生きているのですから。
遅ればせながら、戦友のためにこの拳を振るうだけです!」
鮮血乙女(けんせい)に後退したヨルを飛び込んだ迅が力強く追撃した。
「……ちょっと手加減がありませんねえ! めそめそ泣いているよりもこの位の方が丁度いいですけどね!」
口笛を吹いたヨルの魔性が強くなる。
命のやり取り、鉄火場の最前線に居ながらも『楽』から変わらず、妹を揶揄する彼女は実に異常だ。
悍ましい程に情が深く、それは誰をも救わない――
「僕は処刑台やヨアヒムに挑める程強くないけど――少しでもここを食い止める!」
祝音が暗殺者の一人を食い止め、傷付きながらも綻びを防いだ。
「クッ……!」
一方で同様に苦戦を余儀なくされた弾正は臍を噛む。
共に戦ったオウェードは先にやった。
今、この場に増援してやるべき事はひとつ。目の前の絶望に抗う事。それだけだけど。
「貴殿は、そいつの――ルル家殿の姉貴だろうが……ッ!」
しかし、弾正はそう口にせずにはいられなかった。
戦場で弟を失ってしまった兄として、愉悦するヨルだけは理解出来ず、許す事は出来なかったのである。
「そうだ!」
赤い髪を翻し、見事な武闘を続けるマリアもキッとヨルを睥睨した。
「貴様は――ルル家君の姉だろう!? 何をしている!? どうしてこんな事が出来る!?
私の友達を泣かせるな! これ以上――傷付けるな!!!」
「本当にいい友達をたくさん持ったんですねぇ……」
連続攻撃から間合いを詰め、雷光を瞬かせたマリアの一撃を受け止める。
猛撃をやり過ごした反撃の鋼糸がマリアの肢体を強く縛れば、その表情が強く歪んだ。
「こうしてッ!」
「っ、く……!」
「こうして!」
「……っ、あ……っ……!」
「そんなオトモダチを痛めつけて、殺してしまえば!
ルル家はどんな顔を見せてくれるでしょう? 今度こそお姉ちゃんを殺したいと思うでしょうか!?」
「マリィッ!」
すんでて救援に入ったヴァレーリヤの強引な『インターセプト』にヨルは飛び退く。
「大丈夫」と応じたマリアの顔は青く、しかし丹田に力を込めた彼女は崩れない。
『膝さえつかずに姿勢を持ち上げ、明確過ぎるその敵を強く見据えていた』。
「理由を聞いても、きっとそれは無駄なんだろうね」
そう言ったアレクシアの表情はこれまで以上に硬かった。
やらねばならない事がある。敵にあるのが理解し難い情愛であろうとも。単純な憎しみであろうとも。
最早、一分とて譲る事が出来ないのが明白ならば、凛然と輝く潔白な彼女の意志を鈍らせるもの等何もない!
アレクシア・アトリー・アバークロンビーはここにある全てを否定してやる!
「……どういう理由があるにせよ、ルル家君もヴァイオレット君も絶対にやらせはしないよ!
ただ護ること。全てを救うこと! それが私がここにいる意味だ!」
「『いいお友達が増えましたね!』」
ヨルの狙いを読むのは難しくない。
『彼女は仕事にかこつけてルル家を甚振る事を楽しんでいる』。
要するに彼女はルル家から全てを取り上げたいのだ。
大切な友人をひとりひとりすり潰し、亡骸に変えた上で囁いてやりたいのだ。
――どうです? 貴方の所為でみんな死んでしまいましたよ。
マリアさんも、ヴァレーリヤさんも、リアさんも。
正純さんも、アレクシアさんも、当然『ヴィオちゃん』もね!
どんな気分です? 私が憎いですか? おかしいですねえ。
私は貴方が選ばなければそんな事はしませんでしたけど。
皆、貴方が居たからこうなったのにね!
「もうやめてよ! 私の大切な友達なんだよ!
私はこの世界に来て、沢山友達が出来て幸せなんだ! 私の友達を傷つけないでよ!」
「分かってないなあ、ルル家は」
ヨルは笑う。
「『だから、なのに』」
「お姉ちゃん……!」
吐き気すら伴うむせ返るような『愛情』は、腐り落ちた果実のようだ。
壊してやりたい位に愛している。
否、愛しているから壊してやりたいが正解だ。
それは漆黒の意思。闇色の愉悦。
逸脱者にしか辿り着けない尋常ならざる狂気の沙汰――
だが、恐ろしい『脅し』を目の前にしても、それでも。
「――言っとくけど、聞くんじゃないわよ。夢見ルル家!」
凛と響いたリアの言葉にルル家は思わず面を上げていた。
「あたし達が簡単にやられると思う? 馬鹿占い師の事はあたし達に任せなさい!」
「リア殿……」
「お前はなすべき事だけを見つめろ!
家族ってのは喧嘩するものよ。思いっきり喧嘩して、ブン殴って!
お前の感情(せんりつ)をぶつけてやれ!」
「そうだ。何を今更。今更だ。夢見ルル家。
貴様は今まで、『そう』してきただろう?
己の望みの為に己の命も笑って種銭にしてきただろう?
その貴様が何だ。そのざまは。理屈だの情だの、小賢しい人間じみたことを考えるな。
『そうしたい』から、『そうしてきた』貴様が、揺らぐことは許されない。
だから、『したいようにしろ』。見ての通り、私も誰も『手伝ってやるのは吝かではない』」
続けたエッダにリアは「いい事言うじゃない」と笑みを浮かべた。
更にスパルタな『聖女』は届かぬでも届けと、次の言葉をヴァイオレットに投げた。
「アンタもアンタよ。
ねぇヴァイオレット。初めて貴女に会った時もそうだったけど、いつもボロボロよね。
確かに貴女は善人では無いかも知れない。
第一、ずっと傲慢なのよ?
己の罪を重ねる事を承知で悪に報復するとか……
神様はそういうの認めません。こいつ何様かしらってずっと思っていたわ」
ふ、と笑ったリアは続ける。
「だからこそ、お前が死ぬのは許さないわ!
これが自分への罰だとか思い込んでいるなら、生温いんだよ! 根性なし!
ルル家助けに来たんだろが! さっさと立ち上がれボケェッ!!!」
『他人事なら強気なリアが果たして愛の根性を問える立場かはさておいて』。
彼女の言葉は、存在は、ともすれば挫けかねない戦場に意志の炎を燃え上がらせた。
聖女を自称する存在感はたくましく、本当の聖女であるアレクシアと比べても、まぁ遜色無い。
「うーん、選り取り見取り。いい的が沢山です」
「いいえ」
嫌らしく笑ったヨルを明確に否定したのは、ヴァイオレットを他人に任せ、立ち上がったルル家だった。
「お姉ちゃんと戦いたくなんてない……
それでも、お姉ちゃんが私の友達を傷つけるって言うなら……
それは嫌だ。それだけはさせないよ。
ここからは拙者が相手です。お姉ちゃんなんて――大嫌い!!!」
「その言葉が聞きたかった!」
ルル家が飛び出して狂喜したヨルがこれを迎撃せんとする。
攻防が交錯し、技量で大きく劣るルル家は鎧袖一触、叩きのめされるに見えたが――
「――知らないみたいだけどよ、ソイツ結構友達多いんだわ」
――横合いから頃合いを見計らっていたサンディが愉悦し隙を見せたヨルに痛打を加えていた。
「また『オトモダチ』が増えちまったな。
全部倒さなきゃならないてめぇに同情するぜ。
ま、サンディ様は幻想貴族どもの内紛なんてのには参加したかぁねえんだがよ。
シキも居る。シキの手前もある。ルル家達を放っておける程、落ちぶれちゃいねぇよ」
「こ、の――!」
待ちに待ったルル家との殺し合いを『邪魔』されたヨルの表情が激しく歪んだ。
即座に麾下の暗殺者がサンディの排除に動くが、
「――はッ!」
裂帛の気合、間合いに閃いた美しき妖刀の赤い軌跡が踊る闇色を切り裂いた。
「――空観殿ッ!?」
それはルル家にとってはまさに予想外の人物だった。
遠くから駆けつけてきたのは彼岸会空観。『彼女が好いた男の為にこの戦場を駆けているのは知れていた』。
「どうして、ここに」
「今ここで友の危機を放っておけば私は、誰にも顔向け出来ない。
ただ、それだけの事です」
玲瓏な美貌が薄く微笑む。
ヴァイオレットは彼女にとっても大事な友人だった。
『これ』を知ったなら、空観の戦場はここになる。
「……聞いていた話と違うのですが! ヨアヒム様!?」
ヨルはイレギュラーズを承知している、空観がここに来る事は『想定外』だっただろう。
「予定は変わるものです。それに、自由にはさせませんよ」
無論、空観とてヨアヒムや梅泉が気にならぬでは無いのだが――
(ふふ、今回は『ハンデ』といたしましょう)
――たてはさん、申し訳ありませんが梅泉様の事をお願い致します――
(困ったものです。恋敵でも泣かせたくはない。むしろ妹のようで、愛らしい)
妖刀を一振り託し、託されたたてはは珍しく毒も無く「うん。気ぃつけて」と頷いた事を思い出す。
何とも困った野生動物は変な所が素直で、空観はそんな彼女も好いていた。
それに何より。
「気に病む事はありません。実を言えばですね、ルル家さん。
私、梅泉さんは余り心配していないのです」
「……え? そうなのです!?」
「はい。私の好いた殿方は、あんな銀髪豚野郎に遅れをとったりいたしませんので」
憎らしい程に涼やかに、自信たっぷりに空観は微笑んだ。
成否
成功
状態異常
第3章 第5節
●STAGE III(南)
「次から次へとよくもまあ……そんなにおれさまを殺してえかよ?」
人生において貧乏籤を引く人間は偏りがちだ。
人間の社会では極端に人が良いか、極端に間の抜けた者がそんな役割を背負いがちである。
だから、グドルフ・ボイデルは自嘲する。
(成る程、俺様は極端な間抜けでお人好しだ。そこに何の異論もねえや)
信仰を捨てたその日から、人の良さを表に出す事は辞めたけれど。
諦めきれない生汚さと、捨てきれない情は『悪ぶる間抜け』に刺さった棘のままだったに違いない。
――おれさまはここに残る。ここでお別れだ、新田。
こいつらを片付けたら、そっちへ向かうわ。
……間に合う内に。前だけ見てろよ、王子様。
俺様は、アリンコ一匹通しゃあしねえからよ!
処刑台へ、ヨアヒムの元へ。
先のステージに送り出した寛治達の事は気にかかる。
だが、それより何よりグドルフに必要なのは。
「こちとらそんなに暇じゃねえんだが、しょうがねえ。
もう少しだけ遊んでやっから──死にてえ奴から掛かってきな!」
預かったこの戦場を食い止める『己らしい戦い』の完遂の方であった。
……『東』の騎兵隊。そして多くのドラマを孕んだ『西』での戦い。
「行った、か。『銀弾』も、秋奈も――」
紫電の言う通り。
「ああ。そうさ、そうしてくれ。
『リーゼロッテ派』の代表として、お嬢を救ってこい」
寛治等主力を先へ進めた『南』の戦いも実に凄絶なものになっていた。
(山賊の旦那の啖呵じゃあないが――
オレは、ここに残り、後ろからその邪魔をしようとする輩をぶった斬る。
ただそれだけ。戦線を維持する人間が必要なら――精々、その役目を買ってやるだけさ)
元々が倍近い兵力を要し、拮抗していた戦場ならば半減の状況は敵に利する。
その先に在るキング(ヨアヒム)へのチェック・メイトが必要不可欠なプロセスに違いなかったが、状況は主力を北へ回した騎兵隊のものと大差無いならば局地戦が熾烈な不利を極めるのは当然の事である。
元よりその職業柄『不利な相手には殊更に強い』特徴がある。
暗殺者の攻撃は激しく、食い止める誰もがもうボロボロだった。
「黒狼隊で向かう方もいらっしゃいますし……
何より寛治様に貸しを作るのも面白そうですからね」
それでも、あくまで飄々と。涼しい顔をしたリュティスはマイペースを崩してはいなかった。
完全なるメイドとして、戦場に立つ戦士として。
預かった場所を退く選択を持ち得ない鋼鉄の従者は幾度もの攻勢を跳ね返し続けている。
「このラインはあくまで『死守』させて頂きます。死にたい方からかかってくるといいでしょう――」
奮戦を見せるのはリュティスだけでは無い。
「希望を繋ぐ礎になるって決めましたから。
リーゼロッテさん、彼女を想うひとたち……
この場には、これだけのひとを動かす何かがあるんです。
私はその何かを知りたい。見てみたくはないですか?
私は知りたい、この先を見たいです。だから――みなさんの心、分けてくれませんか……!」
ユーフォニーは希望を胸に誇らしく。
(敵攻勢の『波』を見切れ。友軍攻勢の維持を念頭に)
一方の黒子は恐ろしい程に計算高く。そこから一切の感情を消し去って『遂行』する。
「髪も乱れて、シャツもネクタイもよれてボタンも取れちゃって。酷い有様ったら無かったわね」
呟いたアーリアの手管が現に酔う美女の迷宮の如く、誘い込んだ凶手の動きを惑わした。
「でも、違うのよね。我ながら酷い趣味だけど。
きらきら輝く王子様より、傷だらけのみっともない王子様の方がずっと、ずぅっと素敵だわ。
……ま、本人には癪だから言ってあげないけれど」
丁寧に撫で付けたオールバックも今や昔。
パリッと着こなしたスーツは埃だらけで途中からは脱ぎ捨ててしまっていた。
「リズ! 愛してる!」と叫ぶその姿には何処にも気取りは無く、それが『彼』だから一周回って微笑ましい。
「そう、それね」
頷いたタイムにアーリアは「でしょう!?」と力を込めた。
「人手はいくらあっても構わないだろうし――わたしもこの場を引き受けないとね。
これでバイバイなんて絶対ぜ~ったいだめ! 根掘り葉掘り聞いてやる事は沢山あるしね!」
人の悪いタイムの言葉は、あくまで未来を見据えていた。
「やらない理由、ないじゃない?」
ふ、と微笑んだ古典的でもいい女(アーリア・スピリッツ)にも意地がある。
この銃後を支えるに、兵力が足りないのなら、二倍の働きを見せればいい――
口にするのは簡単で、実現するには馬鹿馬鹿しいその仮定を本当に変えようという者達は奇跡だけを望んでいる。
勝てるか勝てないか、成るか成らぬかではない。為すのだ。完全が無理でも僅かでも。可能な限り。
「どれだけ敵が多かろうともルチアさんが一緒なんです。
絶対に膝をついてやりません、僕は不死の妖怪ですから。
殺せるものなら、やってみろ !」
「主、イエスの弟子たちは皆逃げてしまったけれど。
ええ。これだけの救援があれば命は救われたのかしらね?
突入して終わりの作戦じゃないのなら、退路は確保し続ける必要があるわよね」
硬質にして可憐なる美貌は今日も冷静なまま。
情熱的な鏡禍の一方で、僅かに小首を傾げたルチアはまるで揺らいでいない。
「このシチュエーションってよォ~?
男が一度は憧れるヤツだよなァ~? そう!『ここは任せて先に行け!』って奴だ!
痺れるねェ! 冠位魔種を沈めた俺でもビビッと来ちゃうって寸法よ!」
どんな不利さえ笑って蹴飛ばす千尋が――折れぬ者達がこの南を支え続けているのは明白だった。
多勢に無勢の戦いは彼等を猛烈に押し込んでいたが、凶手達は戦線を崩壊させるには到っていない。
「あらあら! 遅刻して来てみれば、随分と盛り上がってるじゃなぁい!
傭兵が入用なこの場なら、寛治の『払い』は最高でしょう!?
露払いは上等よ。後でたっぷり請求するからね!」
トリガーを引いて挨拶し、口の端を歪めて弾丸を撒くコルネリアは口さがない言葉とは裏腹に先を進む『クライアント』に想いを馳せる。
(寛治。きっちりお姫さん助けて、良い空気吸って戻ってくるのよぉ!?
こんなにやり甲斐のある仕事、実際中々ないじゃない!?)
暗殺者達は目の前にある状況を正しく理解出来ていない。
いや、より正しくは理解しながら。同時に恐らく彼等は首を傾げている筈であった。
――何故、この程度を蹴散らせないのか――
「そろそろ舞台も第二幕といったところかしら!
盛り上がってきたじゃない。主演と出番は別になってしまうけれど――この演目も素敵だわ。
メインを張っても、脇で魅せても。惹きつけるのがプリマのやり方!
まだまだたっぷり――踊らせてもらうわよ!」
気を吐いたヴィリスの脚が細くステップを踏み、幻惑の技量で眼前の敵を圧倒した。
「――御免遊ばせ?」
意志の力、イメージが現実を塗り替えている。
完璧ではないが、可能な限り食い止めている。
処刑台、ヨアヒム攻略を妨害する幾らかの敵は少なくとも釘付けているのだ。
「ヒーローがヒロインを助けに行くんだ。木っ端が邪魔するなよな!」
『他人事ではない』ルカが吠えて、竜撃の咆哮を戦場に刻みつけた。
(死ぬなよ寛治。ちゃんと借りを返して貰わねえといけねえからな……)
彼方、処刑台に視線をやりルカは内心で、そして奮い立つように口に出して呟いた。
「……ヒーローがヒロイン助けて死ぬなんざ、しまらねえぜ?」
『誰か(かのじょ)の為なら、何でも出来る』。
面映ゆい愛の宣言を他ならぬルカだけは笑い飛ばす事が出来ないのだ。
「やれるさ、アンタも俺も――」
届かなくても、遠くても。信じているから、可能性の獣(イレギュラーズ)はきっとまだまだ戦える!
成否
失敗
状態異常
第3章 第6節
●STAGE III(北)
「レジーナは行ったか?」
ラダの問いに「ああ」とアーマデルは頷いた。
「往くべくところがある者は行くべきだ。
弾正曰くの『響き合う』意味が為ならな」
アーマデルは勇猛果敢な戦士ではない。名誉を何より重んじる騎士でもない。
真正面からの斬り合いには向かず、それを好みもしていない。
だが、ここに居る。誰かの為に想いを燃やす火にくべる、一滴の油としてここに『在る』。
「安心した。令嬢を他人に任せてこの場を守るなどと寝惚けたら……
処刑台の方へ放り投げてやろうかと思っていたよ。
状況は嬉しくないが、かといって自らの欲を抑え込む奴も好きではない。
思うままに行ってくれれば、まだしもこんな場所に居残る救いになるというものだ」
「無事で、その上元気が有り余ってるみてぇで重畳だ。
そういや、守る必要があるようなタマじゃあなかったなあ――」
真顔で珍しく冗句めいたラダはそう揶揄してきたルナに「フン」と小さく鼻を鳴らしていた。
危険な戦場で誰かの無事を確認するのは嬉しい話だが、途上の話では何とも言えぬ。
第一、守る必要は無いが、心配不要と自称したい程頑丈でもないのだ! シューターは!
熾烈な戦いの空気を僅かに弛緩させるやり取りは、張り詰め続けるだけの戦いのプラスになろう。
「さて、と……それじゃあ、もうひと踏ん張りしましょうか。
ええ、耐久戦であれば、僕もそれなりに重要な役目になるでしょうしね――」
「ああ。想像以上の激戦乱戦だけども……クライマックスに倒れたままなんて格好付かないからね。
ここは意地でも踏ん張り所。厳しい所ではあるけど、もう一頑張りして見せるとも!」
奮闘し、すんでで踏み止まり続けてきたベークが、カインが気を巻き直す。
――この場所は決して主役足り得ないが、何より重要な『脚部』である。
「フェーズ3、戦線の維持。
私たちの仕事は、ここを守り抜くこと。躊躇ってる時間はない。
最大出力、フルパワーで行くよ。この先へは一人たりとも『戻らせない』」
強く言い切ったオニキスの砲身が空気を焦がした。
積み上げる土台が揺らげばその塔は天を衝く事は叶うまい。
先を行く仲間は確かに最終目標を見据えているが、そこに届かせるには運び屋(キャリー)が必要だった。
叶わぬ奇跡を、遠い望みをその手に掴もうと言うのなら、彼等の献身はその礎と呼ぶ他無い。
「押されている? では、押し返して叩けば良いのです!」
どうせ避けも守れもしないならば「攻撃こそ最高の防御だ」とステラは言い放つ。
夜を裂く星のまさに暴力的な攻撃力は彼女の本懐、彼女の本質と言えよう。
敵陣を灼き、叩きのめす攻勢は強がりの意味を超えて、敵陣に確かな脅威を刻みつけている。
「レジーナさんが安心して進める様、斬り開いてみせますとも!」
「ああ」とイズマが頷いた。
「少なくとも、押されっぱなしで引き下がれないね」
気を吐いた彼の心持ちも、前のめりなステラと同じくなのだろう。
「レジーナさん達の背中を押せる位の戦いはしなければ、来た意味がない!」
猛攻を浴びながらも退がる所か前を目指している。
足掻くと決めたなら踏ん張るより他はない。シンプルな結論は彼に気力を与え、全身の力を漲らせていた。
「――さぁ来い、受け止めてやる!」
『北』での戦いを進めるイレギュラーズは『献身と犠牲の戦い』において最も割りを食った連中だった。
イレギュラーズ進撃の確実な脅威となっていたバリスタを『止める』為に支払った代償が大きい。
他方位に先んじて主力の一部を【遊撃】として機能させた戦線はその代償に酷く押し込まれる不利を被っていたからだ。
言うまでもなく、更に先を目指す部隊――【銀紅】を率いたレジーナ達は処刑台の方へ、ヨアヒムの方へと向かっている。
必然的に特別な寡兵を強いられた北は戦場に与えた影響と反比例して、イレギュラーズに厳しい戦いを強いていた。
「でも――そろそろ、主役達が舞台に上がる頃かしら」
ゼファーは小さく呟いた。
後詰めで支えるのも悪くはない。
(カタルシスも程遠い正念場。似合いすぎて嫌になる。
……だけどね、此処を抜かれちゃ意味無いわよ)
華々しく愛を叫ぶひたむきさに憧れる気持ちもなくはないが、彼女はそこまで素直なタイプではなかった。
飄々と流麗と――
「其れでも此処で命を賭けなきゃならないなんて。
……お互い、裏方なのに苦労するわねぇ。全然、つれないお兄さん達?」
――歳不相応と揶揄される美貌に皮肉な余裕を乗せて、食い止める敵に笑いかけている。
北での戦いも他方と同様にその激しさを増していた。
先述の通り、一時は押し込まれ、非常に危険な局面を迎えていたのだが……
「さあ、まだまだ思いっきり暴れてやるからねー!」
暗澹たる戦場を鼓舞し続けるのはアリアの良く響く声と彼女の紡ぎ出す賦活と破壊。
「まだだ、焦るな……もう少しで本命に届くって状況っス!
ゲームセットのホイッスルはまだ響いてねぇ、だったら最後まで諦めないのが道理だろうよ!
人間意地になりゃあ大体何とかなるもんっスよ!」
死力を振り絞り続ける葵が声も枯れよと強く叫ぶ。
「さてさて、特に縁も無ければましてや遅参の身。慎ましやかに参りましょう。
「ええ。縁もゆかりも無い鉄火場ですが、つい来ちゃいました。
誰かを助けたい者を助けられるのならば、それもまた本望でございます!」
北の戦線には新たに、飄々と何処か人を食った調子で挑む玉兎が居る。敵前に立ちはだかり続けるボディが居た。
「敵の『程度』は先刻承知。ですがそれでも言いましょう。此方から、あの壇上へは上がらせない」
「この争乱に何か望みを抱く神使様がいらっしゃるのならば。
どうかその本懐を果たせるように。微力ながら支えるは、決して吝かではありませんからね――」
元よりローレットの――イレギュラーズの戦いには、何一つの例外も無いのだ。
東、西、南。生じてきた激戦を支え続けたイレギュラーズと同様に北を守る彼等にも矜持があった。
多くの場合と同じく、それは強い痛みと消耗を強いる悲惨な戦いに違いなかったけれど。
『悲惨なだけの戦いで、彼等の心を折る事は出来ないのだろう』。
彼等は常に『最悪』を乗り越えてきたのだから。
冠位との戦いにも、不都合で誰も一顧だにしない運命にも。彼等が負けを認めた事等無いのだから!
故に『それ』は恐らく必然だった。
イレギュラーズに訪れる反攻の機会は竜の雌伏のようだったに違いない。
「――さてと、この戦場で重要なのは戦線維持と思ったが」
口の端を少し持ち上げたゲオルグの表情に微かな余裕と確かな期待が漂っていた。
俯瞰による広い視野を持ち、そのセンスで戦況をつぶさに理解する彼はいち早く『それ』に気付いていたのだ。
『圧倒的不利に感じられた北での戦いは結果的に、最もイレギュラーズにとって優位なそれに変わろうとしていた事に』。
「あまり楽観出来る状況ではなさそうです……が。悲観ばかりする必要もなさそうですね」
アッシュが小さな微笑みを零していた。
北を抜いて処刑台への援護に動こうとする敵方は『増援』を狙っている。
敵が増援を狙えるのならば、イレギュラーズが出来ない道理もない。
そしてそれは処刑台より先の戦場だけではなく、不利を囲ったこの北も同じだという事である!
「ここまで新田さんの直接支援に徹してきたけどね!
悔しくても、壇上へ上がるには今のあたしじゃあ力不足!
そんなら――暴れられる場所でやるっきゃないでしょ!
あんまり柄じゃないけど今回は稀に見る大舞台だからね、脇役に撤してあげるってこと!」
声を張った朋子が押し込まれる前衛に代わるように飛び込んできた。
「まあ、理由は兎も角。こりゃあ、まだまだ終わらない感じだねえ!」
『南側から』北上し、飛び込んできた朋子だけではない。
「この赤旗を掲げ、さあさあ――戦線維持に推して参るっす!」
増援の大集団と素早く合流したレッドが危急の味方を救援する。
そしてその大集団、増援なる鬼札こそ――
「――『神がそれを望まれる』……お仕事の時間だぞ!」
――今回、北救援の大役を頭目殿(イーリン・ジョーンズ)から仰せつかった騎兵隊(アト・サイン)であった。
(全員生存とか僕を誰だと思ってるんだ)
最も苦手で身勝手な『オーダー』にアトは内心で肩を竦めるも、
「ダチ共が大事なもん助けるために命張ってる。
それを聞いて知らぬ存ぜぬでおちおち放浪が出来っかよ?
俺達が此処にいる以上先へ通りたけりゃ一切の望みを捨ててすり潰されな!」
「そういうこと!
さあ、ここにあるのは肉挽き器! 五体満足で突破できると思わないことだね! 」
ニヤリと笑ったバクルドに応じるように吐き出されたアトの言葉は普段の彼よりずっとずっと勇ましい。
「さあ、働き場ッスよ! 手筈の通りに!」
情報を集積し、分析し、アトに報告し。更には集団を鼓舞までしてみせる――
実に『効率的』に立ち回る美咲の声に応じて、騎兵隊の主力が雪崩れ込む。
正面の敵を押し込む敵陣の横腹に食らいついた。
「――迎撃ッ!」
敵もさるもの、プロなれば。
判断は早く、鋭い号令からこれに対応をする構えを見せるも、
「さて、此処をもたせりゃ後は……碌でもない『舞台』の気配がするな。
ま、それもこれもここを抑えて『初めて』だ。やる事はやらせて貰うぜ」
美咲の動きに連鎖したカイトの封殺が機先を制し、
「此方、呼ばれしは『不死身ノ勇者』。その名の下に宣言しよう。『これは幻想を守る戦いである』」
「守るねぇ、なら私はこう言いましょうか。
我が名はリカ――世界に救う蛆虫共に悪夢を見せる夢の女王よ!」
華々しい名乗りを上げた『盾』二枚――武器商人とリカが前線を押し込み、集団の勢いを殺させない。
「ただでさえ緊迫した戦況で、部隊を二分、とは恐れ入る。
しかし、頭目がそれでも勝つと決め、勝てると判断したならば。
応えねば、女が廃る、というものだ!」
鉄壁の押し込みに続くのは攻勢。熾烈なるエクスマリアの声だった。
より広範囲に強かな打撃を与える鉄の星は、降り注いだ一帯に破壊と混乱を齎すばかり。
「東以外なら騎兵隊とぶつかる心配は無い、なんて思っているのでしたら……
それは大きな誤算だって分からせてやるのですよ!
我ら騎兵隊!大隊を以ってこの戦いを制すのです! 『神がそれを望まれる』のでして!!!」
「一度、これ言ってみたかったのでして」と可愛らしく零したルシアの魔光は言うまでもなく『彼女程には可愛くない』。
「こういう事は吾には関係のないことであると思っておったがな!
名誉美少女のたては殿やあのクリスチアンも必死になっておるようだし……興も乗る!
見物がてらの露払い、入場料位にはくれてやろう!
白百合清楚殺戮拳! 咲花百合子、ここに推参!」
爆発的な百合子の手数が瀑布のように暗殺者を飲み込み、圧倒した。
「途中参戦なんでね! 了解のオーダー通りだ、肉叩き(マレット)のごとく打ち込むぜ!」
ミヅハの拳が、
「ボディ! レバー! ストマク! オマケのアッパー! さあ次の相手はどいつだ!?」
恐るべき勢いで敵の全身に突き刺さっている。
騎兵隊の乱入は敵味方関係なく、北の戦線にとって予想外の出来事だった。
しかし当然ながらそれはイレギュラーズの士気を激しく高め、敵側を大きく動揺させる一撃となっている。
「絶大、だな。そして何よりの好機だ」
「ええ。守りたいものが誰にやってあるわ……うちにも、あったもの。
どうか、悔いのないように――その為にも、此処は何としてでもやり切ります」
レイヴンと蜻蛉が今一度力を振り絞り、鮮烈なる騎兵隊と同じくその存在感を強く刻んだ。
「焼き尽くせ、鉄の流星……!」
(潰させません……!)
苛烈に攻めるレイヴンは己を『潰れ役』と称するが、蜻蛉の為すべきはその絶対の否定だった。
戦う事を余り好まず、戦場に立つ事も稀な彼女がここに居る意味は、Love Begets Loveである。
(……ほんに、いけずなんやから)
「……?」
男は何時の世もそんなものに違いないのだろうが。
愛が愛を産むならば、それはきっと。無限にも等しい力を生み出そう――
「……く……!」
不都合な状況に、暗殺者達が小さく呻いた。
決定打には遠いが戦いのモメンタムは無視出来る領域にはない。
彼我の立ち位置は既に完全に裏返っていた。
押していた彼方は劣勢を強いられ、押されていた此方は戦場の趨勢を支配しつつある。
だが、これは局地戦。全ては途上に過ぎぬ。
此処が優位でも他所が崩れる事は有り得よう。
その他所を捨て置け無いのは、北を救ったイレギュラーズの動きと同じ事である。
「……こりゃあ、もぐら叩きだな」
「そうッスね……」
アトが、美咲が苦笑する。人使いの荒い女(イーリン)は八面六臂、縦横無尽になんとかしろとでも言うのだろうが。
とても此処の救援で終わりに出来るとは思えない――
刻一刻と塗り替わる盤面は他方にイレギュラーズの優位を約束せず。
同時に『この先』の成就と勝利を約束してもいないのだ。
とは、言え。
勝利は一つ一つを積み重ねるもの。
丹念に全ての条件を満たす遠回りが最短距離なれば、『不利』を一先ずの『優位』に変えた北の戦場には確かな意味が存在している。
「カーテンコールはもう少し先。
此処まで来たのです。どうぞ、最後までお付き合い下さいな」
だから、アッシュは静かに告げた。
彼女の言葉は総意である。イレギュラーズの意思はこの場の敵を逃しはしない!
成否
成功
状態異常
第3章 第7節
●STAGE III(封魔忍軍)
「老婆心ながら、実は忠告差し上げようと思っていたのですが――」
月のような舞花の美貌は静かに告げる。
「――案外、簡単に行かせたではありませんか。宜しかったのですか?」
「はん」
試すように問いかけた彼女の言葉を封魔忍軍の長、フウガ・ロウライトは鼻で笑う。
(オウェード 世話 焼カセル。
背中 押ス。尻 叩ク。オ節介 焼ク。
……フリック マルデ 主ノヨウ。フリック 主 似タノカナ?)
舞花が指摘し、フリークライの考えた通り、封魔忍軍が相手取ったイレギュラーズの一部は既に処刑台以降に進んでいる。
キングであるヨアヒムへのチェック・メイトはこの戦いを終焉させる為の必要不可欠なれば。封魔忍軍がアーベントロードの同盟者――麾下と扱われていると言った方が正しい――である以上は、処刑台への道を塞ぐ事は彼等の最も重大な仕事に違いなかったけれど。
「いいも何も。アンタ達全員を抑え込むなんてのは、相当骨が折れるんでね。
出来る出来ないで言えば分からんが、効率的とは言い難い」
リアリストのフウガはこの激突で生じ得る『損失』を十分に計算に入れていた。
何処まで義理を立て、どれ位無理をするかは実に難しい舵取りだ。
少なくとも義に殉じるシーンでないのなら、実を言えば最優先はヨアヒムでは有り得ない。
それを知ってか、それとも知らずの事なのか――
「先日はどうも。ところで先日のそちらからの提案、まだ時効ではありませんか?
今、貴方の中での『クライアントの勝利の確率』は、いかほどでしょうか?」
「知ってるにおいがしたから来たけど……また喧嘩中なの忍者のおにいちゃん。
いやいやな顔をするくらいならいっしょに戦えばいいじゃない?」
「嫌な事を言うね、どうも。しかし、簡単にそうもいかないのが面倒な所でね」
――そんな風に揺さぶったグリーフやリュコスの言葉にフウガは嘆息する。
「アンタたちはあの髭ダルマ貴族の下で働くのに不満はないのかい? 引き上げるのであれば追う気はないよ!」
「俺達はこれでもプロだぜ?」
もう一歩を踏み込んだイグナートの言葉にフウガは首を振る。
「プロ、ねぇ。オレならちょっとヨアヒムの部下はイヤだけどなぁ……」
「確かに『スポンサー殿』は男気に惚れて、絶対にここを死守、なんて思わせてくれる相手でもない。
『人間的に魅力的だなんてとても思わないし、思われる気もないだろうよ』。
だが、それでも優秀な忍は何時も確実な任務を優先するもんだ。
だから、幾らか先に逃したが――面白がりの『スポンサー殿』は重要なのは勝敗と見てくれるだろうよ。
下手に能力以上を買って出て、お叱りを受けるのは御免なんでね」
「納得だ。ま、お互いプロなら後腐れない。お互い最初からつまらん温情など期待しないさ。
こちらの勝利にベットするのは酷く胡乱で無計画なギャンブルなら。
慎重に慎重を重ねる暗殺者としたら、失格でしょ?」
「大先生(クリスチアン)でもそう言うよ」と笑ったヨハンに「ご理解が深くて恐縮だ」とフウガが笑う。
クリスチアン、或いはたてはを援護した彼がここに『残された』のは恐らくフウガ側の都合である。
口では昼行灯を気取る彼だが、勘所は掴んでいる。『先に進ませたくないヨハンを切り取った』辺り実に食えない――
「ええ、賢明な判断です。
封魔忍軍を軽く見る訳ではないけれど……はっきり言えば、臨む覚悟が違う。
『事実、私達はこうして貴方達の相手をしなければならない訳ですし』」
舞花もヨハンと似た感想を抱いていた。むしろそんなフウガの生き方に合点している。
『そういう相手で無ければ、折角の戦場も褪せて見えるというものだ』。
「綺麗なだけじゃなく、話も分かるな。お嬢さん。
まあ、これは外様の仕事としちゃあ十分だろう?
それにこれでもアレは可愛い妹なんでね。『彼氏』の顔が見れないのは残念だが」
「……」
『彼氏』の言葉に雪之丞と舞花が微妙な苦笑をした。
「サクラさんのお兄さん。
我々には、あのヨアヒムを――サクラさんやたてはさんにお譲り出来る理由があるんですよ」
「ほう?」
「正直あまり心配していないと言うか――出来ないんです、『イメージ』が。
未だその時ではない、彼なら必ず戻ってくる……そうでしょう、雪之丞さん」
「若、故なあ」
「ふぅん。ま、サクラが夢中になるような男ならそうかも、な!」
軽口はここまで。地面を蹴ったフウガを舞花が迎撃する。
鋼の音が泣き喚き、長い黒髪は美しく間合いに靡いていた。
「何、退屈はさせません。私達が、言い訳は付くようにして差し上げますよ!」
「そいつは、助かる」
彼我は対峙し、独特なる緊張感を作り続けていた。
時に軽妙なる軽口を叩き合いながらも見ての通り、命のやり取りには何一つ容赦がない。
「『言い訳』が欲しいならくれてやるさ。
こんな『食べ放題』なら大歓迎。此処の連中が一番美味そうだし。
遠慮は要らない。それじゃあ、楽しい楽しい食事会の始まりだ!」
獰猛に笑った愛無が『一山幾らではない高級料理』を牛飲馬食の如く貪らんと動き出す。
「――は。数奇なもんだが、役得だな。すずな、お前失敗したかも知れねぇぞ!」
戦いの空気を胸一杯に吸い込んで、時雨は送り出した『妹』の事を考えた。
(頼むぞ、呪いの日本人形――)
「なによそれ」と脳裏の小夜が首を傾げる。
先にあるものを知るからこそ、時雨は祈る心持ちだった。すずなの無事を祈りたい彼女は敢えてそう嘯いただけだ。
フウガだけに非ず。舞花だけに非ず。麾下の忍軍とイレギュラーズは次々とぶつかり合い、刹那毎に鎬を削り続けている!
「うーん。なんかこうさ、強欲さが足りなくない?
もっとガツガツいこうぜ。なあ!
こちとら、縁もゆかりもなーんも無いが、人手が欲しそうだから来てやったナイスガイだぜ?
愉しませろよ。素敵な親切心のお土産なら、その位はいいだろう!?」
カラカラと笑ったキドーは持ち前の小技を活かし、その手管で忍を攻める。
(まったく。同じ見世物ならもっと熱くなればいいものを、よ――)
キドーの思惑は未だに冷静な侭のクリスチアンをもせせら笑っていた。
「罪人に刑を処す事に対して各々思う事はあるでしょう、ですがその刑は嗜虐的に執り行われるべきではない。
罪人が悪、執行人も悪。ならば私は犯した罪ではなくこれから犯す罪を止めます。
要は、私は自分の心に従うだけなのです。正義や悪を正しく量るに、この場所が何処までも不適のままならば」
繁茂の放った神気の閃光が散った忍達の影を追う。
「道理だね。間に合った、いよいよギリギリの出番なら……
さあ、僕も手伝おう。皆の願いが叶うように。良き戦いが出来るように。この全力で支えるよ!」
ウィリアムは確実な支援でパーティの戦いを激励し、
「確か、フウガっつったよな!?
テメエ、誰に断ってその名前名乗ってやがる!
『フウガ』の名前が汚れっだろが!」
実に理不尽に気合を入れた『風牙』が目前の敵を薙ぎ払った。
(友達の為なら……友達の為でも、お貴族様のゴタゴタなんて……!
ああ、でも新田さんがあんな顔をするなら、やらない訳にゃいかねーだろ!?)
……激しい激突はやはり不可逆的な話である。
封魔忍軍に思惑がある事は知れていたとしても、それは現状における――戦いの回避に繋がるものでは有り得ない。
彼我の戦いは他と同じように、或いは他よりも激しく互いの技量をぶつけ合い、血で血を洗うものとなっていた。
「ゲームとからなよ。ヒーローがヒロインを救出して、ラスボスを倒せばエンディングだ。
だけど現実はそんなに簡単じゃねえ。
ラスボスを倒せる設定になっているとは限らねえわな」
回り込もうとした忍の一人に看破を見せたブライアンが対応した。
「……ま、その辺は挑んでいく連中がどーにかするこった。
俺が手伝うのは帰り道を作っとくこと。てめえらにさっさとケツ捲らせて損切りさせる事だぜ、クソニンジャ!」
「唸れ、蛇剣――」
「『氷雪地獄』」
時雨の妖刀が文字通り『伸び』て間合いを切り裂く。
その邪剣を伴に、踏み台に。短く鋭く。発された呼気と共に零下の剣が雪嵐を巻く。
時雨と雪之丞の連携に動きを縫い止められた数人の忍を『叩く』のは、
「――お見事です」
何処までも静かに強烈過ぎる踏み込みを見せる沙月だった。
「雪之丞さんが防戦上手なら、私はその矛となりましょう。
これは幸福な偶然なれど、攻め手こそ此方の真髄なれば――」
たてはを最後まで援護したい気持ちはあったが、ここを任された沙月には武芸者の意地がある。
「――覚悟はよろしいでしょうか?」
花鳥風月が舞い踊り、しなやかで強かな肢体は戦場に躍動した。
一方で対照的に、
「ワタシのラブパワーで敵は皆やっつける!
愛の原動力が、すっごく強いってことを見せてあげるから!
リーゼロッテさんを助けたいって気持ち素敵!
梅泉さんが心配な気持ちも素敵!
それからアトさんは何時も、何時だってカッコいい! ラブパワーーー!!!」
これにやられたら忍も立つ瀬がないだろう、そう思わせるフラーゴラの勢いが凄まじい。
「おいおい、冗談みたいな……悪夢かよ?」
「皆ね。特に妹さんは貴方と違って本気で――忙しいのよ。
少しでも分からせてあげるから、今度は私と遊びましょ?」
フラーゴラに意識を向けたフウガを彼女から連なったアンナが止めた。
「妹が化け物相手に命賭けてる時に日和見、蝙蝠とは良いご身分だわ。
大した信念も持たない癖に邪魔をするから邪険にされるのではないかしら。ね、お兄ちゃん?」
「口が悪いぜ、お嬢ちゃん!」
怒るではなく、しかし鋭く。
アンナとフウガのマッチアップが始まった。
「熱くない? まだ足りない?」
蠱惑的に舌なめずりをしたソアの眼が爛々と輝いた。
「いいよ。ボクは『フッたりしないから』!
……それなら、ボクともずっと踊ってよ!」
更にそこにソアが加わり、ローレットでも指折りの手練二人がフウガの動きを封じ込めに掛かっていた。
(ああ、こりゃあ本当に――)
フウガは苦笑を深めていた。
――本当に、コイツ等は強い。
単純な腕前だけの問題ではない。
動きにいちいち『意思』がある。
フウガ・ロウライトは『一流』である。
彼は一流のプロなれば――
最後の最後、不可能を捻じ曲げ、運命に風穴を開けるのは時に不合理なその力である事を知っていた。
成否
成功
状態異常
第3章 第8節
●仰げば尊し
その場所に到るまでに一体どれだけの血が流れたか。
その場所に到るまでに一体どれだけの痛みが必要だったのか。
「分かってるよ。大体、何時も『そう』なんだから」
遥か彼方、決戦に続く空への階段を仰ぎ見て定は小さく呟いた。
彼が見送った寛治の姿は何時もと違う。
大人びた余裕は無くて。スーツ姿で全力で走る姿は、まるで滑稽だった。
颯爽と肩で風切り歩くそのイメージと今日の彼は余りにかけ離れていたけれど――
本気になった男はカッコいい。だから、今日の僕もカッコいい。
「――今日の方がずっと、ずっと格好いいぜ。
ジャバーウォックの時の借りはチャラって事で一つ頼むぜ。
僕も――まだまだここから頑張るから、さ!」
この仕事をやり切って、越智内定は胸を張る。
それは彼の中の『決定』だ。
●STAGE III(処刑台)
「俺の平凡な頭じゃヨアヒムの深慮遠謀は計り切れねぇけどよ、これだけは分かるぜ」
『人の良いゴリョウが珍しく人の悪い笑みを浮かべていた』。
「『ヨアヒムはリーゼロッテの嬢ちゃんの前に大切な人間を集めたい』ってな。
だからこそ、サリューの旦那は必要だ。
東西南北で嬢ちゃんに肉薄する『彼女を愛する』精鋭が集うなら、旦那もそこに居なけりゃ嘘ってもんだ。
新田と並べぇねぇなら『恋敵』としての価値は下がっちまうしな、ぶはははッ!」
「嫌な豚だな」
「……旦那、そいつはちょっと酷くないかい!?」
苦笑したゴリョウにクリスチアンは鼻を鳴らし、たてはは「真面目にやっといて!」と一閃を振るっていた。
――遂に処刑台の攻略が始まっていた。
外周四方への浸透、クリスチアンの策。
内周四方への侵攻と抑え、バリスタへの『遊撃』。
封魔忍軍への対応の先にあったその進撃は、まさに銀の銃弾のように闇を切り裂いている。
「さて、どんどん詰めていきましょうか。
戦況は依然難しいけれど……ここまで来たなら、ね。
毒を喰らわば皿までで――押し通るわよ」
「強き力は弱き者のために。
そんな当たり前を否定するなら、アタシはその否定を否定してみせる!」
ヴァイスの放った暴風を乗りこなすように、ミルヴィがしなやかに躍動する。
「ここが特等席かしら~?
オウェードさんが全力を注げるようにね、わたしも頑張って協力するのよ!
頑張っている人を応援したい、そんなわたしなのでした!」
「分が悪い賭けでも――まあ、心配しなさんな。
どんな手を使ってでも、俺達がお前を処刑台まで押し込んでやっから、よ!」
励ますように言った胡桃、何時になく獰猛な笑みを浮かべたジェイクが振り返らずオウェードにそう告げた。
これは確かに万感の時間であった。
遠く――まだ遠い。戦場の喧騒にかき消され、恐らく声は届かない。
だが、オウェードはその視線の先に囚われの姫(リーゼロッテ)の姿を認めていた。
(……ただ、オウェードさんに後悔なき結末が訪れますように……)
サイズはもう祈る心持ちだった。
救い出さねばならぬ存在が『そこ』に居る。手の届きそうな場所に在る。
それは壮絶な戦場で苛烈な消耗を続けた一同の心を奮い立たせるに十分な意味を持っていた。
彼と同じ熱情を持つ者は多くは無かろうが、その目的をまるで共有出来ない者は恐らくこの場所には居ないだろう。
「うむ、うむ……かたじけないッ!
わしは素早くリーゼ……いやリズの元へ駆けつける!
この黒鉄守護、令嬢に会うまで死にはせぬ! 無駄死したくなければ道を開けよッ!」
【黒鉄】を統率するオウェードは力の限りに吠え、目前の敵に挑みかかる!
(うーん、結局この処刑台って何かギミックがあるのかなぁ?
調べておかないと最後の最後で足をすくわれちゃうかも知れないし――)
Я・E・Dの懸念は尤もながら、前がかりに掛かりに掛かったイレギュラーズは止まる事を知らない状態だ。
先頭を駆け抜けていくサリューの二人、【黒鉄】に【銀弾】。その他にもЯ・E・Dのような精鋭が集っている。
総ゆる悪意を、総ゆる罠さえ踏み潰し、その場所に到る戦いは燎原を燃え盛る――まるで炎のようだったから。
「やるしかない、か」
先は知れない。余りに霧中だ。
されど、是非もないとはきっとこの事を言うのだろうとЯ・E・Dはふと考えた。
処刑台の防御は厚かったが、駆け上る部隊は文字通りローレットの最精鋭だ。
無論、各戦場にもトップクラスの実力者は多かったが、量と質が最も高い次元で揃うのはこの『矛』だった。
「最後まで付き合うよ。
リーゼロッテさんを助ける為に。新田さんの――皆の願いを叶える為に!」
そう言うヨゾラは『不出来ならぬ』願望機だったに違いない。
「リズと俺を、助けてくれーか。
『ああいう人』にそうまで言われちゃったら仕方ないよね。
だから行くよ、最後まで――勝つ瞬間まで、全力でっ!」
器用で不器用だった友人を想う花丸の言葉は正真正銘の『本気』であった。
「こうなりゃ地獄までお供すんぜ!
運ってモンはゴリ押しで持ってくるモンだから――待ってな、今歯に引っかかってるとこだから!
ロールおじさんのうさん臭ささも極まって、俄然楽しくなってきたトコ!」
「この身は剣、なんであれ断ち切ってみせる、それが死の運命であろうとね」
笑う秋奈が、「フラグ折るの得意なんだ」と珍しい冗談を言ったヴェルグリーズが力を尽くす。
「わたしは、わたしに出来る事を――依然としてそこに在る、最悪の軛を断つために……!」
シルフォイデアの祈りは困難に挑む仲間の誰もを助け、
「――所用で遅れた。詫びは火力払いでいいな?」
「大詰めの始まりだな。
それじゃあ、クロバ・フユツキ――新田さんの進行ルートを切り開くぜ!
人の恋路を邪魔する奴は何とやら――これが、逢瀬の露払いってね!」
猛然と攻め上がり【銀弾】に合流した汰磨羈、吶喊力に優れたクロバの鋭すぎる切っ先が食い止めようとする愚かな壁を貫き通そうとしていた。
「やれやれ、我ながら災禍じゃな。
とは言え、降りかかる災禍は全て砕く。その為の『絶照』なれば!」
実際の所、汰磨羈の言う通り、イレギュラーズの進行は予想以上に凄まじく、順調だった。
実力差は小さかろうが、彼我の持てる勢いの差は決定的な結果の差となって破竹の進撃を生み出している。
「新田さん、落ち着いていますか?」
「勿論」
銀弾(かんじ)の傍らには、彼を支えるココロが居た。
「ええ、それならいいんです」
「本当ですよ――」
娘位の年齢の少女に『心配』されるのは面映ゆかったが、寛治は実に素直にそう言った。
「皆のお陰だ。今回は『俺』だけだったら――まず無理だった」
「いいえ」と首を振ったココロは前を向いた。
「わたしはわたしの願いを叶える為、あなたの為に戦うだけです」
処刑台の先にはヨアヒムが居る。囚われたリーゼロッテが居る。
ココロは思うのだ。
(もし、お礼を頂けるなら――全てが無事に済んだ後に)
逆境にあっても挫けぬ意志を持つ戦士達が、順風を受けて勢いづかぬ理屈は無い。
事これに到ればより強くなる目的意識は、ゴールへの渇望が誰の動きをも『持ち上げて』いるのだ。
「――――」
すぅ、と息を吸い込んだ寛治が45口径の死神で撃ち抜く未来を覗き込む。
――もう想いを韜晦する時間は終わったのだ。
彼女を救う事に、理由なぞ必要ない。
俺が為に友人が力を束ねたならば。
必ずや成し遂げて、必ず借りを返す、それだけだ!
嘶く銃声。弾丸が狙うのは斜線上の敵だけに非ず。Paradise Lostの行く先だ。
「――」
「――――」
処刑台のリーゼロッテがその一打に応えるように眼窩の戦いに視線をやった。
それは偶然に過ぎない。当然、声は届かない。だが、リーゼロッテと寛治の視線が絡む。
―――――。
「……ええ、莫迦、ですとも」
彼女はとても目が良い。そして暗殺者ならば読唇術の一つ位も心得ていよう。
伝えた『メッセージ』への返答は読唇する必要もない位に単純だったが、今の寛治には十分だった。
「……食い止めろ!」
「ああ、本当に野暮ったい連中ですよ」
余韻をかき消す大声に、寛治は『少しだけ何時もの彼に戻って』肩を竦めた。
プロ意識の塊である暗殺者達も負けじと進行を阻みに掛かるが、奏功はさせぬ。
強烈な上昇圧力に徐々に後退を余儀なくされ、『本丸』への接近を食い止めるには到っていない。
「――もう少しだよ!」
低空飛行から間合いを詰め、ギガセララブレイクを叩きつけたセララが声を張る。
呼吸は荒く、余力が小さいのは誰の目にも明らかだったが、何度も一対一を連破した彼女は精鋭の責務を最も果たし続けた一人だった。
「ただ、気を付けて――」
セララの懸念はヨアヒムの手管である。
彼は以前の戦いで『他者を操る能力』をみせたという。
もし仮に彼がそれを切り札にするのなら、この悪趣味な公開処刑の『トリ』に持ってくるのは『悲喜劇』であるかも知れない。
例えば、リーゼロッテを操って寛治やクリスチアンを害したら。
例えば、その逆で。彼等を操ってリーゼロッテを殺めたならば。
……想像するに最悪だが、今回の敵が『そういう輩』である事を彼女は強く疑っている。
「――リズはボクにとっても大切な友達なんだ。絶対に、助ける! 」
吠えたセララが新手に向き直り、構えを取った。
繰り返すが、処刑台での戦いは『順調』だった。
既に進撃するイレギュラーズの一部はヨアヒムに到達し、やがてはより多くの戦士がそこに続くだろう。
「……」
だが、リースリットの表情はあくまで冴えないものだった。
(後一歩です。後一歩の筈……)
――でも、本当に?
(リーゼロッテ様や新田さんを操る? それは厄介ですが――既に見せた札。
警戒対策をされる手。新味の無い、面白味の足りない手。
方法だけ? 求める構図は手品だけ? あの性格で、あの悪辣で。
……それだけを決め手するには余りにも『芸が無い』)
杞憂ならば良いのだが、リースリットは自分の嫌な予感が存外に当たる事を知っていた。
(この明らかな誘い込みで更なる決め札があるとしたら、それは――)
リースリットの赤い双眸は知らぬ内に一人の男の姿を追いかけていた。
「まさか、ね」
この苛烈な戦場においてへらへらと笑い、ひらひらと避ける。
苦労をまるで苦労とも思わぬように、全く『楽』以外の感情を見せぬそんな男の背中だけを――
成否
成功
状態異常
第3章 第9節
●STAGE III(ヨアヒム・後)
「はあああああああああッ――!」
かくて、物語は冒頭に収束する。
命を賭して、生死の狭間のその先へ。
一歩でも強く踏み込まんとサクラは『奇跡』を望んでいた。
生命すら惜しまぬ少女の決意を運命はきっと笑っただろう。
『恐らくは受け入れてしまおうと思ったのだろう』。
しかし。
――主等は騒がしくて叶わんわ。もう少し静かにせい、たては、サクラ。
「――――」
響いた声が定まったかに思えた先行きを覆す。
たてはにとっては。或いはサクラや何人かのイレギュラーズにとっては聞き違える筈もない低い声は。
杳として行方が知れなかった問題の男のものだった。
「――なッ!?」
初めて。
これまでの猛攻にも顔色一つ変えなかったヨアヒムが『初めて』人間らしい反応をした。
一秒にも満たない刹那の時間の先、ヨアヒムの手にしたキューブが強烈な光を放った。
光を放ちながらバラバラに崩壊する。姿を表した武芸者は数多の傷を負いながら、意気軒昂なままの梅泉だった。
「キェェェェェェェェェェ――ッ!」
あの猿叫にも似た裂帛の気合と共に放たれた五重の斬撃はサクラを仕留めかけたヨアヒムの巨体を輪切りにする。
当然、ヨアヒムはそんなもの無かったかのような再生をみせたが、場が仕切り直されたのは明白だった。
「――花濡れる
快哉細き
幕間の
死出路の招き
足蹴も涼し――」
小夜が軽く歌を口遊む。
「うむ。待たせたな」
「本当にね。待ちくたびれたわ」
「……ほ、ん、と、う、ですよ!」
男の嘘はどうやらあの夜には無かったらしい。
淡く微笑んだ小夜の白い肌に幾分かの朱色が差した事がやはりどうにも気に入らず、すずなが唇を尖らせた。
「だ、旦那はんの……」
「ばか……っ! ばかばかばかばか、信じられない!!!」
たてはとサクラの反応は似たりよったりで、梅泉はと言えば「知らぬ」と小さく肩を竦めるばかりだった。
「積もる話もしたい所じゃがな。遊んでおる場合では無かろう?」
「……識の檻・無限を破った、と?」
梅泉が見据える先には驚きの顔を隠せないヨアヒムが居た。
攻撃そのものより、その場に梅泉が現れた事が信じられない様子である。
なればあの『キューブ』は彼にとっても相応の鬼札であった事が伺える――
「手品の種明かしをしても良いがな。それより何より」
鼻を鳴らした梅泉は解放した妖刀・血蛭を一閃する。
「わしには『人形遊び』の趣味はない」
血よりも真紅に飛翔するその斬撃は彼の得手だが――その狙いはヨアヒムに非ず、イレギュラーズの方だった。
「――!?」
思わず飛び退いたシフォリィが傍らを見た。
一撃を止めた男は「まぁ、そりゃあバレるよネ」と感慨も無く呟きを漏らす。
『パウルは特徴的な糸目を開いて、三日月の笑みを作っていた』。
「お、父様……?」
乾いたリーゼロッテの呟きにパウルは頓着していない。
「直接対決したからね。君達流に言うなら『匂い』って所かい?
これだから脳筋は嫌なんだ。理屈もなく物事を看破しやがる。
まぁ――まさかあそこから出てくる、なんて本当に予想外だカラ。
これは我ながら面倒な所に手を出したって話で――ミスとされちゃあ心外だな」
黒色の魔力を放ち、周辺のイレギュラーズを吹き飛ばしたパウルは苦笑する。
「何と……!」
「……やはり……!」
処刑台を上ったオウェードが目を見開き、リースリットが不吉な正解に声を漏らした。
『彼(パウル)が何者かは知れないが、彼が問題なのは誰の目にも明らかだった』。
梅泉が人形遊びと断じた『ヨアヒム』は彼の喝破と共に動きを無くし、その場で停滞しているのだから。
「自己紹介を願っても?」
リーゼロッテの反応に少しだけ心を痛めながらも、寛治は静かにそう問うた。
「僕がアーベントロートの当主さ。分かってると思うケド」
「ヨアヒムは傀儡だったと」
重ねた寛治にパウルは笑う。
「分かってないねェ。『ヨアヒム』は僕なのさ。
識の檻・掌握式。『ヨアヒム』はそこに居て当たり前と誰かが思えば『本当』になる。
誰かの認識を、意識をてこに虚実を現実にすり替える――
まぁ、ド素人に魔術の手解きをしてやる暇はないから、そういうものだと思いたまえよ」
「成る程ね。『私には解けない訳だ』」
数十年来の付き合いにクリスチアンは苦笑するしかない。
「……この、ッ……」
一方のドラマが思わず舌を打った。
だから知的生命体は書に学ぶべきなのだと思う。
書はあんなにも警告していたのだから。
――魔術師の話を聞くんじゃないと――
「正確に自己紹介しよう。僕はパウル。これは本当だ。
僕はヨアヒム。これも本当だ。
正しくは、パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート。
正式なアーベントロートの当主で――『スケアクロウ』なんて呼ばれた事もあったかな。
もっと言えばね、アーベントロートは勇者王の昔から一度も代替わりなんてしちゃいないんだ。
先代のアルノルトも、その前のクリストフも全て僕。
……生憎と子供が出来ない性質でね。リーゼロッテを授かった時は本当に嬉しかったものだった。
思わず家令なんてやっちゃって、一番近くで慈しんじゃう位にはネ!」
「この、お嬢様がどんな気持ちで……!」
レジーナの顔に怒りが滲んだ。
長広舌で気持ち良く語るパウルはそこまで言って水を梅泉に向けた。
「……答えを貰ってなかったな。どうして、出れた?」
「うん?」
「識の檻・無限から抜けるには僕が特製した幾多の試練を超える必要がある。
これまでにこれをクリアした人間は――化け物もね、皆無だよ。
君達のような脳筋の為に、魔術師でも解けない『頭脳的な』問題も仕込んでる。
古今東西の芸術に通じる必要もある――おかしいだろう、これを解くのは」
「ああ、そういう」
「成る程ね」
「それじゃそうなります」
「……相手がね、ちょっと」
言葉はそれぞれだったが、たては、小夜、すずな、サクラ辺りはすぐに合点したようだった。
簡単である。梅泉はその全てを解いただけだ。
「主は面白がりであろう? フェアプレー精神が仇じゃな。どうせ取り込んだ相手の常識で解けるもの、しか出ぬのであろう?
まぁ、恐らくは『同郷』か『似た世界』なれば。多少の幸運はあったがな」
「……本当に嫌になるなア!」
そんな声を上げたパウルは首をゴキゴキと鳴らして、その後言った。
「じゃあ、そろそろ始めようか。
アーベントロート動乱、愛しのレディのParadise Lostの最終章を」
生臭い息を吐いた彼は釘を刺す。
「――言っておくが、ここからが本番だぜ。
手品の一つを解いた位で――この僕に勝てると思うなよ?」
第3章 第10節
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
パラロス最終章そのいち。
以下詳細。
●任務達成条件
・リーゼロッテ・アーベントロートの救出
※リーゼロッテが死亡した場合は『完全失敗』となります。
●リーゼロッテ・アーベントロート
ヒロイン面が板についてきたお嬢様。
通称『暗殺令嬢』の悪辣さも何処へやら。
父であるヨアヒムに当主代行の権限を剥奪され、処刑を待つ身です。
●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
御存知銀髪豚野郎。
幻想三大貴族アーベントロートの正式な当主で今回の動乱の仕掛け人です。
リーゼロッテから当主代行の権限を剥奪し、フォルデルマンからのとりなしも撥ねつけて処刑に臨もうとしています。
こんなナリですが暗殺機関の長である事はリーゼロッテと変わらず、むしろ彼女は彼と比べれば児戯のようなものです。
少なくとも過去の戦い(サリュー事件)から空間転移や相手の行動を掌握する技等を使えると思われます。
又、現場を誰も見ていませんが彼と対戦した死牡丹梅泉は現在行方不明の状態にあります。
会敵した幻想種曰く「(魔術師として)リュミエ様と同等かそれ以上」。強敵なのは間違いないでしょう。
●パウル
掴み所の無い言動が厄介な糸目の男。
アーベントロートの家令。リーゼロッテの教育係兼執事といった感じ。
ローレットにサリューの危機を伝えた他、暗躍しているようです。
●クリスチアン・バダンデール
サリューの王。万能の天才。
ヨアヒムに大怪我をさせられましたが、大事な幼馴染のピンチに黙っている男ではないでしょう。
まだ影も形もありませんが。
●チーム・サリュー
刃桐雪之丞、紫乃宮たては、伊東時雨の用心棒三人衆。
梅泉の雪辱戦に燃えている事でしょう。特にたては。
クリスチアンと同道すると思われます。
●ヨル・ケイオス
薔薇十字機関の腕利き。夢見ルル家さんの姉。実は。
人当たり良く朗らかに見えますが、実は過剰なサディストで愛情表現が歪んでいます。
何処かに潜んでいるものと思われます。
●フウガ・ロウライト
封魔忍軍の頭目。
アカン感じのスキルを持つ暗殺者。
兄であるセツナがヨアヒムと同盟している為、恐らく敵方で存在します。
勿論、居場所や動向は分かりません。
多分、可愛い妹(サクラちゃん)は暫く口を利いてくれない事でしょう。
●薔薇十字機関(第十三騎士団)
幻想の闇を司る情報暗殺機関。
『表』と言われたリーゼロッテ派に対して『裏』とされるヨアヒム派は更に強力です。
数や詳細は不明ですが、薔薇十字機関に雑魚等皆無です。
彼等はノンネームドであっても時に強力なPCと遜色ない強力さです。
●封魔忍軍
天義の暗殺機関。フウガ・ロウライト麾下。
天義の暗闘から逃れ、セツナの意向で困った事にヨアヒムとくっついてしまいました。
優秀な暗殺集団で最低でもその数は数十。
●処刑場
アーベントロート領、北部の本拠地ヒルテノヴの郊外の大広場に用意された『イベント会場』。
広場の中央には荘厳な処刑台が用意され、その一番高い場所に薔薇十字が設えられています。
リーゼロッテはそこに囚われ、縛り付けられている状態で傍らにはヨアヒムが居ます。
かなり広い会場には多数の兵や伏兵が配置されていると思われます。
意図的に処刑場を遠巻きに眺められるように『観客席』が用意されたようです。
ヒルテノヴの民衆は最近は評判の悪くないリーゼロッテの様子を心配そうに伺っている模様。
一見して守備に適していないのですが、ヨアヒムは敢えてそうしているようです。
処刑場は全体として以下のエリアに分類されます。
下記説明に従い一行目にタグ(【】くくり)記載をして下さい。
同行者やチームは二行目に、それ以降は自由で大丈夫です。
・広場外周(東西南北)
最初に侵入するエリアです。
観衆は処刑場を遠巻きに見つめている状態の為、踏み込めば一発で『そういう勢力』とバレます。
警備の兵が配置されており、恐らくは薔薇十字機関も潜んでいます。
つまり、広場外周に踏み込んだ時点で戦いが始まると考えていいでしょう。
東西南北は侵入する方角です。タグを使う場合は【広場外周・東】等と記載するようにして下さい。
・広場内周
第二の進行エリアです。
敵戦力の密度が増している他、外周への攻撃に対しての増援になる場合もあります。
こちらの牽制や対応をする場合は【広場内周】でお願いします。
・処刑台
十数メートルもある巨大な処刑台を登る必要があります。
階段がありますが、一見して無防備なこの場所はその実、最も厳重な守備が存在するものと思われます。
又、処刑台を中心に『敵』を蹴散らす為のバリスタのようなものが配置されており、メタ的に言うと(無力化しない限りは)一ターンに三発程、破滅的な威力の範囲攻撃が飛んできますのでご注意下さい。
少なくとも一章の時点では処刑台に干渉する事は不可能です。
・ヨアヒム
最大の問題を何とかするフェーズです。
まずはここに到るのが当面の目的になるでしょう。
但し、彼は明確に『ヤバイレベルの魔術師』です。
状況に応じて何か(チート)してくる可能性自体は否めないです。
その為の情報精度Dですから。
●ローレットの意向
以下はレオン・ドナーツ・バルトロメイからの伝言です。
「『好きな女だか友人だかの為に頑張る』ねぇ。
本当、俺には分かんねぇ。だが諦めた。後は何とかするからやりたいだけやってこい」
●重要な備考
進行が遅い(ヨアヒムが飽きる)とおぜう様は処刑されます。
少なくとも彼が満足する状況(何が満足かは不明です)が満たされないと突然致命的な失敗をする恐れもあるのでご注意下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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