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シナリオ詳細

<Paradise Lost>Love Begets Love

完了

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オープニング

●公開処刑
「こうして眺める景色は如何であるか、我が愛娘よ」
「……」
 広く、不必要な位に絢爛に整えられた『大舞台』はその煌びやかさと相反して、主人の終焉を望んでいる。
「全て貴様の為に設えられたものだ。そう思えば万感であろうが――」
 両手両足には枷、身体は動けないように『薔薇十字』に縛られている。
 リーゼロッテは父から向けられたねちりとした言葉に視線を逸らすばかりであった。
「いい日和よなあ。旅立つならば、この上無い。
 日頃の行いはどうも我にも貴様にも大した罰を与えぬものだ」
 リーゼロッテ・アーベントロートの公開処刑はアーベントロート侯爵領で行われる事となった。
 国王フォルデルマン三世はこの動乱に心を痛めており、実に粘り強くアーベントロート侯に再考を促したものだ。
 フォルデルマンの努力虚しく、そして干渉するかにも思われたアベルト・フィッツバルディの『体調不良』もあり、結果として強行される形となった処刑なのだから、メフ・メフィートでの実施が難しかったのは言うまでもない。アーベントロートの本邸が構えられた北部ルヒテノヴは長い彼女の治世の中でも特に大きな『迷惑』を被った場所だったから、代替地として選ばれたのは妥当であると言えただろう。
『処刑場』は街の郊外に準備された。
 十分な『観客(ギャラリー)』が愉しめるよう。
 より多くの人間がショッキングな悲喜劇に酔えるように。
 ヨアヒム・フォン・アーベントロートの肝煎りで準備されたその場所には既に多くの人目に晒されていた。
 処刑場そのものに人々は足を踏み入れる事は無いが、遠巻きに見守る事が出来るその作りはまるでイベント会場のようである。
「しかし――どうも、余り歓迎されていないようには見受けられるな」
「……」
「フッフ! まるでわしが悪党か!
 喉元過ぎれば熱さ忘れるとはこの事よなぁ。
 貴様もアーベントロートの係累に間違いはあるまいに!」
 ……何年か前の彼女ならば決してそうはならなかっただろう。
 領民の犠牲を良しとせず、自身を犠牲にしてでも友人を守ろうとするような彼女でなければこんな風景は見れなかったに違いない。
「お前はそんな娘では無かったろうに。
 蛇蝎のように嫌われ、華やかに疎まれ続ける薔薇十字の姫は何処へ去った?
 この有様を見守る連中はまるで『勇者の訪れ』を期待しているようではないか。
 悪辣な侯爵に囚われた姫を開放する何者かを――まるで伝承歌(サーガ)の一幕を期待でもするかのように!」
 成る程、お姫様の公開処刑に集まった観客は残酷なシーンを望んで居ないようにも思われた。
 揶揄を続けるヨアヒムにリーゼロッテは唇を噛んだ。
(……そんなこと……)
 口にすれば弱さが零れ落ちてしまいそうだった。
 リーゼロッテは愚鈍ではない。感情的でこそあれどむしろ賢しく。
 長く情報機関の長を務めた彼女は事実の分析に長けている。
 ……いや、そんな大仰な理由をつけるまでもない。
 ヨアヒムが密やかに処刑を済ませたならば話は別だが、彼は幻想中に宣伝する勢いで今日という日を際立たせている。
 重武装の邸内で話を済ませればまだ合理的なのに、屋外の『特設ステージ』で民衆を見下ろしている。
『まるでこれは邪魔をしてくれと言わんばかりではないか』。
 当然、会場のあちこちには警備の兵が配されていたし、リーゼロッテの把握している限りでも『正規ではない連中』も厳重に守備を固めている。だが、それでも余りにもこれは攻め入り易い。デモンストレーションめいた処刑場の風景はまだ見ぬキャストを望んでいるとしか言えないだろう。
(来ないで下さい)
 リーゼロッテは内心だけで呟いた。
 彼女はこれ以上時間が過ぎるのが怖かった。
『しっかりと諦めたのに縋ってしまいそうになるから』。
 ……改めて相対する父(ヨアヒム)は余りにも恐ろし過ぎた。
『決定的なまでに勝てない。人間はこんな怪物とは関わり合いになるべきではないのだ』。
 ましてやリーゼロッテは初めて出来た――殆ど唯一の大切な友人達をこんな所に来させたいとは思わなかった。
 だが、同時に決定的に理解もしていた。
 父は自身の望まぬ展開こそを待っているのだ、と。
 つまる所、主導権を父が握っている以上、祈りなんて一つも届かないのだと。
「……して」
「うん?」
「どうして、こんな事を。お父様――」
 幼い頃から、貴方は私に興味等無かったのに――
 唯一、興味を持って頂けたのが『こんな事』では。
 詮無くとも、問わぬままには余りにも浮かばれない。
「どうして、とはおかしな事を聞く。
 親は子の成長を祝福するものであろう?
 貴様はわしの期待、わしのレールから外れ、そんな顔をするようになったではないか。
 ……なればなぁ、もっと万華の顔も眺めてみたくなるというもの。
 自由に抗い、アーベントロートの軛を外す貴様がどれ程やるのか――
 貴様の救いが、貴様の希望がどれ程のものか……知りたくなるも性というもの。
 ……フッフ! 愛娘の相手を見定めてやるのは親の冥利に尽きるというものではないかね?」
「……っ……」
「貴様はその時、どんな顔をするのであろうなあ。
 愚かに直情に貴様を救いに来た『友人』がわしの挑む時。
 無力で無為な連中が一人一人すり潰されていく時に――
 どう鳴くのだろうなあ。怒るのか、絶望するのか。
『今、この瞬間にも親を憎み切れない貴様が、どう振り切れるか楽しみでならぬのだよ』」
「お父様……ッ!」
 リーゼロッテの声はこの時、きちんと憎悪に満ちていた。
「それで良い。我も貴様もアーベントロートなれば。
 何処までも続く、横たえた身を浸す退屈なる毒に――精々華やかに抗おうではないか。
 この良き日に。薔薇十字に落ちる頸はどちらのものか――」
 独白めいたヨアヒムにリーゼロッテは息を呑む。
 未だ底さえ知れぬ『父親』はおかしな紋様の刻まれたキューブを片手にせせら笑うだけだった。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 パラロス最終章そのいち。
 以下詳細。

●任務達成条件
・リーゼロッテ・アーベントロートの救出

※リーゼロッテが死亡した場合は『完全失敗』となります。

●リーゼロッテ・アーベントロート
 ヒロイン面が板についてきたお嬢様。
 通称『暗殺令嬢』の悪辣さも何処へやら。
 父であるヨアヒムに当主代行の権限を剥奪され、処刑を待つ身です。

●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
 御存知銀髪豚野郎。
 幻想三大貴族アーベントロートの正式な当主で今回の動乱の仕掛け人です。
 リーゼロッテから当主代行の権限を剥奪し、フォルデルマンからのとりなしも撥ねつけて処刑に臨もうとしています。
 こんなナリですが暗殺機関の長である事はリーゼロッテと変わらず、むしろ彼女は彼と比べれば児戯のようなものです。
 少なくとも過去の戦い(サリュー事件)から空間転移や相手の行動を掌握する技等を使えると思われます。
 又、現場を誰も見ていませんが彼と対戦した死牡丹梅泉は現在行方不明の状態にあります。
 会敵した幻想種曰く「(魔術師として)リュミエ様と同等かそれ以上」。強敵なのは間違いないでしょう。

●パウル
 掴み所の無い言動が厄介な糸目の男。
 アーベントロートの家令。リーゼロッテの教育係兼執事といった感じ。
 ローレットにサリューの危機を伝えた他、暗躍しているようです。

●クリスチアン・バダンデール
 サリューの王。万能の天才。
 ヨアヒムに大怪我をさせられましたが、大事な幼馴染のピンチに黙っている男ではないでしょう。
 まだ影も形もありませんが。

●チーム・サリュー
 刃桐雪之丞、紫乃宮たては、伊東時雨の用心棒三人衆。
 梅泉の雪辱戦に燃えている事でしょう。特にたては。
 クリスチアンと同道すると思われます。

●ヨル・ケイオス
 薔薇十字機関の腕利き。夢見ルル家さんの姉。実は。
 人当たり良く朗らかに見えますが、実は過剰なサディストで愛情表現が歪んでいます。
 何処かに潜んでいるものと思われます。

●フウガ・ロウライト
 封魔忍軍の頭目。
 アカン感じのスキルを持つ暗殺者。
 兄であるセツナがヨアヒムと同盟している為、恐らく敵方で存在します。
 勿論、居場所や動向は分かりません。
 多分、可愛い妹(サクラちゃん)は暫く口を利いてくれない事でしょう。

●薔薇十字機関(第十三騎士団)
 幻想の闇を司る情報暗殺機関。
『表』と言われたリーゼロッテ派に対して『裏』とされるヨアヒム派は更に強力です。
 数や詳細は不明ですが、薔薇十字機関に雑魚等皆無です。
 彼等はノンネームドであっても時に強力なPCと遜色ない強力さです。

●封魔忍軍
 天義の暗殺機関。フウガ・ロウライト麾下。
 天義の暗闘から逃れ、セツナの意向で困った事にヨアヒムとくっついてしまいました。
 優秀な暗殺集団で最低でもその数は数十。

●処刑場
 アーベントロート領、北部の本拠地ヒルテノヴの郊外の大広場に用意された『イベント会場』。
 広場の中央には荘厳な処刑台が用意され、その一番高い場所に薔薇十字が設えられています。
 リーゼロッテはそこに囚われ、縛り付けられている状態で傍らにはヨアヒムが居ます。
 かなり広い会場には多数の兵や伏兵が配置されていると思われます。
 意図的に処刑場を遠巻きに眺められるように『観客席』が用意されたようです。
 ヒルテノヴの民衆は最近は評判の悪くないリーゼロッテの様子を心配そうに伺っている模様。
 一見して守備に適していないのですが、ヨアヒムは敢えてそうしているようです。
 処刑場は全体として以下のエリアに分類されます。
 下記説明に従い一行目にタグ(【】くくり)記載をして下さい。
 同行者やチームは二行目に、それ以降は自由で大丈夫です。

・広場外周(東西南北)
 最初に侵入するエリアです。
 観衆は処刑場を遠巻きに見つめている状態の為、踏み込めば一発で『そういう勢力』とバレます。
 警備の兵が配置されており、恐らくは薔薇十字機関も潜んでいます。
 つまり、広場外周に踏み込んだ時点で戦いが始まると考えていいでしょう。
 東西南北は侵入する方角です。タグを使う場合は【広場外周・東】等と記載するようにして下さい。

・広場内周
 第二の進行エリアです。
 敵戦力の密度が増している他、外周への攻撃に対しての増援になる場合もあります。
 こちらの牽制や対応をする場合は【広場内周】でお願いします。

・処刑台
 十数メートルもある巨大な処刑台を登る必要があります。
 階段がありますが、一見して無防備なこの場所はその実、最も厳重な守備が存在するものと思われます。
 又、処刑台を中心に『敵』を蹴散らす為のバリスタのようなものが配置されており、メタ的に言うと(無力化しない限りは)一ターンに三発程、破滅的な威力の範囲攻撃が飛んできますのでご注意下さい。
 少なくとも一章の時点では処刑台に干渉する事は不可能です。

・ヨアヒム
 最大の問題を何とかするフェーズです。
 まずはここに到るのが当面の目的になるでしょう。
 但し、彼は明確に『ヤバイレベルの魔術師』です。
 状況に応じて何か(チート)してくる可能性自体は否めないです。
 その為の情報精度Dですから。

●ローレットの意向
 以下はレオン・ドナーツ・バルトロメイからの伝言です。
「『好きな女だか友人だかの為に頑張る』ねぇ。
 本当、俺には分かんねぇ。だが諦めた。後は何とかするからやりたいだけやってこい」

●重要な備考
 進行が遅い(ヨアヒムが飽きる)とおぜう様は処刑されます。
 少なくとも彼が満足する状況(何が満足かは不明です)が満たされないと突然致命的な失敗をする恐れもあるのでご注意下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <Paradise Lost>Love Begets LoveLv:71以上、名声:幻想50以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別ラリー
  • 難易度NIGHTMARE
  • 冒険終了日時2022年11月26日 20時00分
  • 章数4章
  • 総採用数511人
  • 参加費50RC

第4章

第4章 第1節

●パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート
 人生は上手くいかないから人生であるようだ。
 とびきり幸運な極少数を除けば、多くの人間に『当たり前』の事実だが、それは神代の昔から幻想に蟠るこの闇すらも例外にしなかったらしい。
「……本当に嫌になるなア!」
 自慢の魔術――識の檻・無限を破られたパウルは嘆息して天を仰いでいた。
 成る程、この男が死牡丹梅泉なる人物を見誤ったのは確かだが、あれだけ戦いに『振った』人間が大魔道が意地悪に叡智を試す『試練』の悉くを超えられると考える道理は無かっただろう。
 梅泉の帰還は一つの契機になった。
『全く予想とは違う形で炙り出された』パウルは少なからぬ不満を隠せなかった。
 しかし、首をゴキゴキと鳴らした彼は、その後言った。
「じゃあ、そろそろ始めようか。
 アーベントロート動乱、愛しのレディのParadise Lostの最終章を」
 生臭い息を吐く彼はこれみよがしに釘を刺したのだ。
「――言っておくが、ここからが本番だぜ。
 手品の一つを解いた位で――この僕に勝てると思うなよ?」

 ――そして、その言葉と殆ど同時に大きな変化が訪れていた。

「ヌオ!? これは――」
「――ああ、こりゃあ。愉快な事は起きそうにないな」
 思わず構え直したマッチョ ☆ プリン(p3p008503)が息を呑み、天目 錬(p3p008364)が呟いた。
 処刑台を覆うように四方から噴き出した闇が周囲の空間に渦巻いていた。
 指向性を持った暗黒が短い時間で球を作り始めていた。
 空の光を遮断するように、まるで誰をも逃さないとでも言わんばかりに――
「一筋縄じゃ……は分かってた話だが」
「こ、これはピンチ……ですの!?」
「良く分かんないけど! 会長、嫌な予感だけは沢山する!!!」
 エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)、ノリア・ソーリア(p3p000062)の言葉に、楊枝 茄子子(p3p008356)が悲鳴じみた声を上げた。
 それが何某かの魔術によるものである事は明白である。
 茄子子の予想は予想とも言えない位の『確定』に違いない。
「パウル卿……!」
 シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の呼びかけにパウルは少しの苦笑を見せる。
「光栄に思えよな。この僕が『子供』と遊んでやるんだカラ――」
「――頼んじゃいねぇよ」
 どうせ、誰の得になるものでも無いと――郷田 貴道(p3p000401)が吐き捨てた。
「……………そ、そうですよ!」
 ……いや、前言を撤回しよう。
 少なくとも『同意した』ドラマ・ゲツク(p3p000172)にとって、その『叡智』を目にする事は確実な『利益』だった。
 目の前で展開される遺失魔術(ぱうるのわざ)は現代に存在する混沌の常識では測れない。
 シュペル・M・ウィリーなら児戯と笑い飛ばすのかも知れないが、そんなものは『外れ値』だ!
「最終ステージ、という訳ですか?」
 レンズの奥で細めたその目で『変化』を見つめ、新田 寛治(p3p005073)は殊更に冷静に言った。
「――――気を付けて、『お父様』は……」
「生憎と、聞けませんね。『気を付ける』より重要なプライオリティがここにはある」
「……っ……!」
 リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)の言葉を寛治は一言で跳ね返した。
 そして、それは寛治だけではない。
「ええ、たとえこの身が砕けようとも。その為に我(わたし)は混沌(ここ)に来たのです」
「今、お助けいたしますぞ!」
 善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)も、オウェード=ランドマスター(p3p009184)も同じ事。周囲を覆う闇の先、引き上げられるように『壁』に磔にされた彼女がまるで。救いを求めるように手を伸ばしたのが見えたから。
「……愛されているようだ、『私の』お嬢様は」
 釘を刺すクリスチアン・バダンデール(p3n000232)も含め――
 少なくともそれは自分の仕事であると確信出来たから。
 感覚は万全。燃え盛る熱情は些かも衰えていないが、誰もが『掛かった』ばかりの先程までとは少し違う。
 研ぎ澄ませた冷静と滾る想いはこの『最終戦』に何処までも相応しい――
「――閉じ込められたか」
「単純に閉じ込めただけじゃあないケドね。『良くも悪くも』」
 死牡丹 梅泉(p3n000087)の言葉にパウルは笑う。
 言葉の通り、処刑台の上を覆った球形は歪んだ空間世界を作り出していた。
 少なくとも元の状態ではない。足場はまるで宙の上のように浮ついており、混沌の物理法則の外にあるようにも思われる。
 パウルの言葉を信じるなら『閉じ込めた』以上は外に出るのは自由ではないのだろう。
「新手は勘弁、って話かしら?」
 イリス・アトラクトス(p3p000883)が問う。
 同時に内に入るのも阻まれれば、確実に援軍は限られるという話になろうが……
「いいや? 半分って言っただろう。
『この場に現れて面白いヤツならここに来れるさ』。
 勘違いしているみたいだカラ、何度でも言ってやるケドね。
 僕は別に追い詰められちゃあ居ないんだよ。
 ……考えてみてくれよ。この公開処刑だって『そう』だろう?
 元々、その気になれば君達なんかに邪魔をされずに、全てを進める事だって出来たんだぜ。
 これは全部、僕が可愛い可愛い娘の為に用意した『知育』みたいなモンで――おっと、凄い顔で睨まれた!
 兎も角、ゲイムでお楽しみでもあるんだ。剣士君も言ってただろう?
 僕は勝ち筋のないゲイムは好まない。面白くないカラね。フェアなんだよ、何時だって」
 パウルの長広舌は明らかにイレギュラーズを煽る毒気を帯びていた。
 この男の本当の目的は余人には知れぬが、言葉から察するに想像される結論は『碌でも無い』。
 同時にその推測(ひまつぶし)を真実とするならば、いちいち自分に枷をつける行動原理も頷けようか。
「……サクラちゃん、こいつ駄目だ。多分、煮ても焼いても食べられない」
「うん。センセーにも言いたい事は山程あるけど、それより先だね。
『ここを決着させない事には私も絶対収まらない』。ね、センセー!」
「うん。アンタ大ッ嫌いやけど賛成やわ。旦那はんはこってり絞ってやんないと」
 スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)に応じたサクラ(p3p005004)、更には『乗った』紫乃宮 たては(p3n000190)に水を向けられた梅泉は「わしのせいか?」という顔をしたが、「やむを得まい。勝てば褒美の代わりじゃな」と苦笑交じりに承諾した。
「……ま、ヨルも『頑張った』みたいだカラ。
 諸君の『イヴェント』は実に多岐に渡るだろうし――予想以上に面白い。
 これだけやれば、長い『子育て』の苦労も報われたってモノだ。
 さあ。もう、お喋りは十分だろう? そろそろ始めようか――」
 ふわりと宙に浮いたパウルの背後により大きな闇が蠢いていた。
 彼が何者であろうと意図がどうであろうとそれは大きな問題ではない。
 唯、一つだけ言える事は――
「強いな、これは。混沌でわしが相まみえた中では――
 実に、喜ばしい事に『最強』じゃ」
 ――『梅泉の審美眼』が『答え』を告げている事だけ。
「それ、確実な感じかい?」
「うむ。尤もわしは『冠位』は知らぬが」
「そうかい。最悪で――覚悟も決まるな」
 梅泉の答えにシラス(p3p004421)が苦笑した。
 識の檻・無限さえ破った男の眼力を信じない理由がない。それも今回の鑑定は『戦い』に関してである――
 風雲急、告げれば空気は一段と引き締まる。
 されど、余裕を失えば勝てるものも勝てぬは必然という事か――
「小夜」
「なあに」
「今一度、わしに付き合え」
「あら」
『お誘い』に白薊 小夜(p3p006668)は少し驚いた顔をした。
「そうね、たまには誘われかったわ――喜んで」
 そう告げた梅泉に小夜は微笑む。
 互いの視線は『他意』を孕み、やり取りは瀟洒に遊びめいている――
「あの!!!」
 すずな(p3p005307)が大きく咳払いをした。
「――私も付き合いますからね!!!」
 思わず声を荒らげた彼女にたてはが笑った。
 見れば梅泉と小夜の双方がくっくっと人の悪い笑みを見せている。
「犬娘はほんま単純やわあ。今の露骨に両方がわざとやん」
「あ、たてはちゃんかしこい!」
 紅迅 斬華(p3p008460)がパチパチと手を叩き、たてははここぞと勝ち誇る。
「うちにも分かるのに、これだから犬娘は」
「貴女にだけは言われたくないのですけど!!!」
(……たてはちゃん、でも実はお姉さんも同意ですけど……!)

●夢見リンドウ
 昔から、可愛いものが好きだった。
 ちいさな動物、ぬいぐるみ、可愛い可愛いお人形。
 キラキラと可愛いものに囲まれるのが大好きで、それは特別素敵な事だった。

 ――私に出来た妹は何時も素直で。『これまでで一番可愛かった』。

 後ろをついて回る姿がキュートだった。
 真っ直ぐに自分を好いてくれる事が嬉しかった。
 何かをしてあげる度に尊敬され、愛されて。
「お姉ちゃんは拙者の理想なんです!」。
 そんなくすぐったくなるような言葉を向けられる度に抱きしめてしまいそうだった。

 でも。

(……駄目なんだよなあ、私)
 可愛いものは大好きだ。私はそれを慈しみたい。
 でも、ちいさな動物は皆お墓の中。
 ぬいぐるみの綿は抜いてしまった。お人形はバラバラだ。
(駄目だったんだよなあ)
 どれ程、自分自身に悩んでも『そう生まれついてしまったからには仕方ない』。
 夢見リンドウは生まれつきに壊れていて、愛する程に壊さずにはいられない性質だった。
 動物も、ぬいぐるみも、お人形も――妹(ルル家 (p3p000016))も。
 これでも我慢してきたのだ。ルル家だけは。
 あの子だけはこうなって欲しくはなかったのだ。
 誰よりも壊したかったけど、誰よりも壊したくはなかったのだ!
「……だからもう、私ってぐちゃぐちゃなんですよねぇ」
「……?」
 至近距離の言葉に首を傾げたルル家の腹を強かに蹴り飛ばす。
 息を詰まらせて後退した妹の姿を見やり、ヨル・ケイオス――夢見リンドウは嘆息した。
(今も、確実に『殺せた』のに)
 リンドウの死の影が唸りを上げれば、イレギュラーズは簡単に傷付いた。
 彼女は重い溜息を吐く。
「させませんよ! 僕が立っている限り!」
「ああ、足りないな!
 大切な者と守るために抗う者がいるなら――私が倒れるには早すぎるだろう?」
 誇りと矜持を胸に戦う日車・迅(p3p007500)の、ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の姿を美しいと思う。
「これ以上は――」
「――食い止めますわよ、マリィ!」
「そうだね、ヴァリューシャ!」
 マリア・レイシス(p3p006685)が、ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が。
「こんな痛みなんて、あの子たちの痛みに比べればなんでもない……!」
 歯を食いしばり、前を向く小金井・正純(p3p008000)が。
 妹(ルル家)の為に頑張ってくれるお友達を嬉しく思う。
「ぜったい、救ってみせる!」
「誰も傷つけさせない、倒れさせやしない! これ以上の悲しみを増やしてなるもんか!」
 フラン・ヴィラネル(p3p006816)やアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)なんてもう眩しい位だった。
「なによそ見をしてるんだ――まだ、私がいるだろうが!」
「やらせない……!」
 リンドウの指示でヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)を狙う麾下の暗殺者にシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が立ち向かい、リンディス=クァドラータ(p3p007979)が身を挺した。
「……頑張りますねぇ」
 イレギュラーズの戦いにリンドウは問い掛ける。
「そこまで、頑張る必要あります? ルル家も悪いことをしてきましたよ?
 そっちの子――ヴィオちゃんだって悪人ですよ、悪人。
 とてもお天道様に在り様を誇れる子じゃあないでしょう?」
「例え罪を抱えていると自称しても、他人に悪人だと評価されても……
 私にとってヴァイオレットさんは……私の小さな悩みにも答えてくれた、優しいお姉さんなんだ!」
 アンジュ・サルディーネ(p3p006960)はリンドウの言葉を一蹴した。
 夢見リンドウは知らない。自覚していない。
 ヴァイオレット・ホロウウォーカーは知らない。自覚していない。

『二者の抱える事情は同じとは言えないまでも、その性質は極めて似通っている』。

 不出来な偶然は稀とも言えず意地の悪い神が望む『運命』そのもの。
 善悪だけで物事が判断出来るなら世の中はもっと幸福なのだ。
『悪人は滅びなければいけない』なんて――
(……何度だって叱ってやるわよ)
 リア・クォーツ(p3p004937)はちらりとヴァイオレットを振り返り、内心だけで呟いた。
(アンタのは、何時だって身勝手な傲慢なのよ……!)
 人は矛盾を抱え、矛盾を飲み込みながら生きている。
 生きなければいけないのなら――勝利の女神(リア・クォーツ)は死にたがりの彼女の横面を引っ叩いてやりたいのだ。
 そうして長く短い戦いが続き。決定的な変化が訪れる――

 ――処刑台を『黒』が飲み込み、声が響いた。

 ――薔薇十字機関及び、封魔忍軍に告ぐ!
   今更、君達如きの援護などノイズですカラ!
   新たな使命を与えまショウ。君達は、ヨル・ケイオスを援護し、彼女の目的を達成すること!

「……『ヨアヒム様』とは違う声ですねぇ」
 肩を竦めたリンドウは『分からなかった』が、声は有無を言わさず従わねばならぬと分かる威圧を秘めていた。
(いや、私が言うのも何ですが本当に性格最悪ですね、あの方……)
 リンドウを援護せよという事は、ヴァイオレット・ホロウウォーカー以下、夢見ルル家の友人を皆殺しにしろ、という事だ。
『事情とは関係なく、ヨアヒム・フォン・アーベントロートなら命じる』と納得出来るのが性質が悪い。
「皆さんにとっては『悲報』ですが、私には好都合でしょうか」
 薔薇十字機関の攻勢が一気に激しさを増していく。
「『動いた』のは『朗報』でもありましょう」
 妖刀を薙ぐ彼岸会 空観(p3p007169)は笑い飛ばした。
「これは、予感に過ぎませんが。私は嬉しいのです」
「……何が、です?」
 空観が飛び込んで、リンドウの鋼糸を断ち切った。
「――そんな気がいたします。
 ならば、私も己が戦を完遂せねばなりますまい。
 そうしなければ、顔を見せなかった事に失望もされましょうや。
 乙女心も友情も、牛飲馬食に彼岸会朱天。はしたなくも魅せましょう――
 きっとかの方も今頃暴れ始めている頃なれば!」

●フウガ・ロウライト
 処刑台に続く戦場で。
「新たな命令が下りたようですね」
「……みたい、だな」
 久住・舞花(p3p005056)の言葉にフウガ・ロウライトは溜息を吐かずにはいられなかった。
「まーた、お役所仕事か。『フウガ』の名が泣くぜ」
「もう、辞めてもいいんじゃない!?」
 やり合う新道 風牙(p3p005012)とフラーゴラ・トラモント(p3p008825)が構え直す。
 激戦はイレギュラーズと封魔忍軍の双方を傷ませてる。
 ある意味でこの『変化』は頃合と言えなくもないのだろうが――
「……参ったね、どうも」
 時雨の蛇剣を弾いたフウガは思案した。
「……」
 正眼に構える刃桐 雪之丞(p3n000233)、
「目的が所詮『お仕事』では――そろそろ迷う頃でしょう?」
 煽りに煽るアンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)を突破するのはかなりの難関だ。
「……まったく、たてはは先に行っちまうし……まあ、それでも薬箱は薬箱だけどな! この上なく!」
 それだけならまだマシだが、ぼやくヨハンの回復力が厄介だ。
「まだまだコレカラだね!」
「全て倒せば尽きるというものですから」
 腕をぶす格闘家二人、イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)や雪村 沙月(p3p007273)も気にかかる。
「行くよ!」
「やっぱり『食い放題』が一番だ」
  猛然たるソア(p3p007025)や恋屍・愛無(p3p007296)が自陣に食らいつくのを目にすれば、
(……ああ、畜生め!
 離脱するなら好機だが、ヨアヒムが余計に底知れない感じになってやがるな。
 あんまり計算は得意じゃないんだが、兄貴。正直今回ばかりは恨んでるぜ……)
 フウガは内心でぼやかすにはいられなかった。


 ――最終章はかくも激動の時を迎えている!





 YAMIDEITEIっす。
 パラロス最終章ラストステージ
 以下詳細。

●任務達成条件
・リーゼロッテ・アーベントロートの救出

※リーゼロッテが死亡した場合は『完全失敗』となります。
※パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートの撃破は必須ではありません。

●リーゼロッテ・アーベントロート
 ヒロイン面が板についてきたお嬢様。
 捕まっています。うごけない><。

●ヨアヒム・フォン・アーベントロート
 御存知銀髪豚野郎。
 幻想三大貴族アーベントロートの正式な当主で今回の動乱の仕掛け人です。
 リーゼロッテから当主代行の権限を剥奪し、フォルデルマンからのとりなしも撥ねつけて処刑に臨もうとしています。
 パウルの『識の檻・掌握式』によって生み出された虚像だった模様。

●パウル
 掴み所の無い言動が厄介な糸目の男。
 正確にはパウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート。
 アーベントロートの現当主にして初代。
『スケアクロウ』の名を残す勇者王アイオーンのパーティメンバーです。(詳しい部分はPL情報ですが、メタ的に言えば既に自称しておりますので、幻想の歴史に詳しい人は『スケアクロウ』の名前を知っていても構いません)
 魔術師にして盗賊。遺失魔術を数多く扱う超絶テクニシャンで、梅泉曰く「出会った中で混沌最強(当然自分を含む)」です。
 少なくとも以下の技を確認しています。

・識の檻・傀儡式
 誰かを意のままに操る魔術です。精神無効では防げない。
『本当の効果範囲や威力は不明』。

・識の檻・掌握式
 誰かの認識をてこに現実を侵食するイメージ。
『ヨアヒム』はこれで作り出されていた模様。

・識の檻・無限式
 梅泉を閉じ込めていた術。準備に時間が掛かるらしく今回はもう使いません。

・長距離空間転移
 但し識の檻・掌握式によるトリックか、本当の転移かが不明です。
 転移できても何ら不思議がない事は確かですが。

 更にエネミーデータとして以下の能力を持ちます。

・黒結界
 今の戦場です。出入りが自由になりません。
 空間が歪んでいる異空間。『足場等も彼が作ったものです』。

・識の壁・嘲笑
 神秘スキルを使用した時、100-(T+M)/2の確率で発動失敗します。

・識の壁・無為
 物理スキルで攻撃を受けた際、それがハードヒット未満である場合、無効化します。

・テリトリーオブダークロード
 吸血鬼(ロード級)のスキルで毎ターン自動的にHPAPが回復します。
 また確率でBSが解除され、致命の効果を受けません。(解除判定はBS毎に行います)

・蠅の王
 召喚術らしき『何か』。
 パウルの背後に現れた魔神であり、無数の兵を生み出す大敵です。
『パウル以上の攻撃力と物量で戦場を席巻します』。
『蠅の王』と大量の『蝿の兵』への対応が不可欠です。

 その他、不明ですがパウルは戦闘力を持っています。
 彼は『盗賊魔術師』です。

●クリスチアン・バダンデール
 サリューの王。万能の天才。
 指揮、支援、直接戦闘からレスバまで何でもこなします。友軍。

●死牡丹梅泉&紫乃宮たては
 対パウル戦に挑みます。
 超級アタッカー。CT型。梅泉はとにかく強い。たてはは居合使い。
 詳しくは調べましょう。今回は友軍。

●刃桐雪之丞&伊東時雨
 封魔忍軍を抑える役割を続けています。
 雪之丞は防御に優れ、時雨はトリッキー。
 詳しくは調べましょう。今回は友軍。

●ヨル・ケイオス
 本名夢見リンドウ。
 薔薇十字機関の腕利き。夢見ルル家さんの姉。
 人当たり良く朗らかに見えますが、実は過剰なサディストで愛情表現が歪んでいます。
 ヴァイオレットさん及びルル家さんの友人を執拗に狙います。

●フウガ・ロウライト
 封魔忍軍の頭目。
 アカン感じのスキルを持つ暗殺者。
 今回の貧乏くじ。ここまでの経緯で若干迷いが強くなっているように見えます。

●薔薇十字機関(第十三騎士団)
 幻想の闇を司る情報暗殺機関。
『表』と言われたリーゼロッテ派に対して『裏』とされるヨアヒム派は更に強力です。
 ヨル・ケイオス(夢見リンドウ)麾下として『西』に集結します。総力戦だ!

●封魔忍軍
 天義の暗殺機関。フウガ・ロウライト麾下。
 優秀な暗殺集団で最低でもその数は数十。動向はフウガ次第。(命令はヨル支援)

●処刑場
 アーベントロート領、北部の本拠地ヒルテノヴの郊外の大広場に用意された『イベント会場』。
 広場の中央には荘厳な処刑台が用意され、その一番高い場所に薔薇十字が設えられています。
 リーゼロッテはそこに囚われ、縛り付けられている状態で傍らにはヨアヒムが居ます。
 かなり広い会場には多数の兵や伏兵が配置されていると思われます。
 意図的に処刑場を遠巻きに眺められるように『観客席』が用意されたようです。
 ヒルテノヴの民衆は最近は評判の悪くないリーゼロッテの様子を心配そうに伺っている模様。
 一見して守備に適していないのですが、ヨアヒムは敢えてそうしていたようです。
 本章で必要なタグは以下です。

【夢見リンドウ】
 ヨル・ケイオス(夢見リンドウ)と対決します。
 薔薇十字機関との全面対決エリアです。
 物語の後味や達成感に重大な影響が出る重要な場所。

【フウガ・ロウライト】
 フウガ・ロウライト(封魔忍軍)を何とかします。
 多数は要らないです。『上手くやって下さい』。
 物語に大きな影響を与え得る重要な場所。

【パウル】
 黒い球(結界)での最終決戦です。
 パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートと対決します。
 そしてリーゼロッテを助ける事が目的です。
 前章で【ヨアヒム】に居た人及び、最終節で本文に登場した人は無条件で参加出来ます。
 また『参戦すべきひと』と判断されれば『外』から救援する事が可能です。

※外から絶対参加出来ない訳ではありません。

●ローレットの意向
 以下はレオン・ドナーツ・バルトロメイからの伝言です。
「『好きな女だか友人だかの為に頑張る』ねぇ。
 本当、俺には分かんねぇ。だが諦めた。後は何とかするからやりたいだけやってこい」

●重要な備考
 全員描写をしない可能性が高いです。
 力を込めて頑張りましょう!

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。


第4章 第2節

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)
花に集う
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
シラス(p3p004421)
超える者
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
すずな(p3p005307)
信ず刄
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
彼女(ほし)を掴めば
ヲルト・アドバライト(p3p008506)
パーフェクト・オーダー
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
航空猟兵
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

●STAGE IV(パウル・前)
 レジーナ・カームバンクルは悪意に対しての耐性が強い。
 まるで気まぐれで身勝手な神々に翻弄された古代の民か何かのように。
 造物主とその世界、運命に翻弄された彼女は手酷い裏切りを受け続けてきたからだ。
 だから。
(正直、青薔薇迷宮とはこんなものかと思ってしまったのだ――)
 親が娘を処刑する。それは確かに悲劇的だ。
 目の前で大切なものを奪い蹂躙する。それは堪え難い苦痛だろう。
『だが、予想通り過ぎる』。
 それはこの世に吐いて捨てる程ある不条理に過ぎず、不幸に過ぎない。
 何よりそれはどれ程、熱烈に愛したとて否定仕切れないあの蒼薔薇(リーゼロッテ)が誰かに強いてきた事実ではないか。
『彼女という至高』を語るにそれは余りにも陳腐である。
 舞台装置と言うならば、悪魔めいた誰かが形作った迷宮と言うのなら。
(せめて、お嬢様に相応しくあるべきだ)
 ……正直憤る感情の中でどこか冷めた自分がいたのは否めなかった。
 だから。
「許さない、という気にさせてくれた事は重畳なのだわ。
 お嬢様がどんな悪者だろうと、誰に憎まれようと。我(わたし)には何も関係ないけれど。
 お嬢様を謀るのに、お嬢様を傷付けたのに。
『それが退屈な舞台だったりしたら、それはどんな冒涜と言えましょうか』」
「不思議な物じゃ」
 猛ったレジーナに応えるでもなく。誰より、何より静かにオウェードが零した。
 大仰なる仕掛けも、幻惑なる蒼薔薇の迷宮も。
 種を開いてしまえば詮無いものだ。
 実に、実に呆気ない。
「こんな状況にも関わらず闘志が何処までも沸いて来よる」
 ニヤつく悪意が望んでいる。助けを求むる女が望んでいる。
 彼女に手を指し伸ばさんとする者が、そんな友人を助けたいとするものが望んでいる――

 ――有史以来、幾多の人類が紡いできた物語はやはり今日も愛の形に迷うのだ。

「なるほど。これがかの盗賊魔術師ですか。
 御伽噺の登場人物と相まみえることになるとは、中々この運命も捨てたものではないですね。
 彼の思惑がどうとか知りませんが、この局面を切り抜けねば生きて帰ることは難しそうです」
 チェレンチィは「……生きて帰る、か。そんなの、どうでもよかった筈なのに」と内心で小さく首を傾げていた。
「あぁくそ、まんまと踊らされちまったわけだ!
 現当主が何のために使用人を装って、何のためにこんな事……
 ――考えたくもねぇけど、人間一度進んじまったらそう簡単に後戻りできねぇもんなぁ!?」
 ――黒に侵食されたドームの中、チェレンチィに、或いは思わず本音を漏らしたアルヴァに応えるのは鴉の嘲笑ばかりである。
「認識をてこに現実を侵食……大した手品には違いないが」
 呆れ交じりの苦笑を浮かべたウェールが言った。
「まあ、混沌最強だろうと理解不能な能力だろうと……乗り越えていくのが俺達イレギュラーズなら。
 案外、やる事は変わってなくて『安心』するぜ」
「ああ。ここが正念場だ。
 限界以上を出し切らなければ、届かない相手なら――限界を超えればいいだけだ。
 他に無いなら、シンプルだろう?」
 ウェールやマルクの嘯くその言葉が何処まで本気かは知れない。
「ふふ、最終決戦って訳ね!
 か弱いリーゼロッテちゃんを護り切るのだわ!
 親に殺される子も、子どもに死なれる親も、おねーさんはごめんだもの!」
 ガイアドニスの『人物評の正確さ』は酷いものだ。
 しかし、どうあれこの物語が一つの終章を迎えようとしている事自体は確かだった。
「静かで、満たされていて――素晴らしいでショウ?
 これは或る意味で諸君等へのサービスで、ご褒美なんデスよ」
「私が――ここに到れたのも?」
「ええ」
 処刑台から『すんで』で結界内に滑り込んだシルフォイデアにパウルは嗤った。
「決戦には決戦の品格がある。折角の茶会を大勢で踏み荒らされるのは遠慮したい。
 しかし、まぁ――多少の例外はあるべきでショウ?
 それは幸運であり、気まぐれであり、必然である。
 唯、一つばかり言い切れるのはそれが一番面白くあるべきだって事になるでショウね!」
「そうですか」とシルフォイデアは頷いた。
「ですが、例えここまでの殆どが、貴方の掌の上だったとしても……わたしも戦うのです、最後まで」
 諸悪の根源の長広舌はイレギュラーズの耳障りに違いなく、戯言をピシャリと遮断した彼女の言葉を声無き快哉が押していた。
「旦那、まだイケるよなあ?」
「誰に言ってるんだい、豚野郎君」
「それ、酷くねぇか!?」
「――冗談だ」
 ゴリョウとの丁々発止のやり取りのその間にもクリスチアンはパウルから視線を外していなかった。
(……まぁ、実際。コイツは一番厄介だぜ)
『旦那(クリスチアン)を先まで運ぶ事』を今回の仕事の主軸に置いたゴリョウはここまでそれを良く果たしてきた。万全からは程遠いとは言え、その頭脳をもってしても、能力や立ち位置をもってしてもクリスチアンは重要な存在だったからだ。
 しかし事これに到れば状況が安穏としているとは言い難い。
 シルフォイデアの一件を見るまでも無く、黒結界の遮断性能は完全ではないようだ。
 彼女の場合は飛び込んだタイミングがギリギリだったのもあるだろうが、先に言及したパウルの言葉を聞く限りでも『全てを遮断する気自体が無い』可能性は極めて高い。
(……だが、そう甘くはいかねぇよなぁ?)
 気の所為ならず、外部の喧騒からも隔絶された世界はまさに決着の為の場所だった。
 空間の全てがパウルの手管によるものならば、信用していい筋道は一つもない。
「正面からの たたかいになれば ろくに お役には たてませんけれど……
 たたかう以外にも できることは ありますの……!」
 そしてそれは愛らしく気合いを入れた――ゴリョウの大切な――ノリアの言葉からも伺えるものだった。
 空を泳ぐ彼女ならばこの異空間での戦いも問題は生じまい。されど、地に足をつけて進むのならばどうか。
(……ぞっとしますの!)
 口に出したなら、即座に崩れ落ちてしまいそうな気さえする――
『結界を形作るのがパウルである以上は、足場一つをとっても信じ切っていい存在ではないのだ』。
 幻想を、多くの民を、イレギュラーズを、娘さえも謀り続けたパウルが相手なら当然の話であろう。
「……ええ、そうでした、私はそういう人だって知っていたはずなんですが……
 おかしな話ですね。まるで私が私でないかのよう。
 まったく――嘘みたいにふわふわしていて、そんな筈無いのに。
『きっと、私はずっと貴方を知っていた』」
 拙い言葉で、何とも言えない表情でそう言ったシフォリィにパウルが珍しい顔をした。
「……さっき、帰れば良かったんデスよ」
「いいえ」
 シフォリィはハッキリと頭を振った。
「そんな結論は無いんです。そんな物語は無いんですよ。
 最初に言った通りです。この幻想に、悪人は必要ありません!
 ええもう、暇つぶしだろうが何だろうが私絶対許しませんから!
 こんなことして他人巻き込んでおいて、ふざけるんじゃないですよ!」
 直球めいた啖呵にパウルは或る意味で今日一番の嘆息を吐き出したように見えていた。
「……そうですカ。さア、もうお喋りは良いでショウ?
 届くなら僕まで届けて見せるがいい。この終局で。スケアクロウの澱の中で!」
「問題ない。元よりオレは奴隷の身。リーモライザにとって、オレは『駒の一つ』に過ぎない。
 リーモライザ万歳、幻想万歳だ。陛下に仇なす悪党を『幻想の勇者』は見逃さない」
 そんなパウルの言葉をシフォリィと同じく真っ直ぐなヲルトが一蹴した。

 ――クロード様とフォルデルマン王の為なら、オレは自分自身を捧げることも、厭わない。

『故にコイツばかりはここで討ち果たさずにはいられない』。
『似たもの』を感じたのはいい加減、勘弁願うと考えたのやも知れない。
 やり取りとほぼ同時にパウルの背後に蠢く『存在感』の圧力が増大している。
「ほう! あの『蝿の王』とやら……やはりかなり強そうだな!
 己のプリン、そしてマッチョ力の証明の為、挑ませて貰おうか!」
 目を爛々と輝かせたプリンが畏れずむしろ嬉し気に腕をぶす。
「突破してみせるがいい! お前の攻撃は耐え甲斐がありそうだ!」
 彼が見据えた膨張する『靄』はその実、無数の羽音を立てる悍ましい蟲の群体である。
 影であり、闇そのものであるかのような軍勢は挑む者(プリン)に応じるが如く黒い風と吹き荒ぶ。
「羽虫が、鬱陶しいんだよ。全部まとめて駆除してやらあ!」
 挑み、挑まれるプリンは兎も角。【遊撃】なるアルヴァが敵の暴威を引き付けにかかる。
 後背に背負うはより大きな攻撃力なれば、大軍(はえのへい)を防ぎに掛かるのは定石とも呼べる。
(俺は幻想が嫌いだ、幻想貴族が嫌いだ!
 勇者総選挙で目の当たりにした腐った幻想を……
 幻想貴族を叩き直すことだけを生き甲斐に、この戦いにも参戦した!
 それなのに、何だって――)

 ――そんな事は決まってる。

「幻想にお前は必要ない! 『お前は一番嫌いなんだよ』!」
「ああ。好き嫌いは兎も角、だ。少しでも確率を上げるなら、やるべき事をするしかない」
「この名は『輝き』を意味するとは昔に知った。
 なら、少しくらい舞台に手を伸ばしても構わないんじゃないでしょうか。
 ちょっと前言撤回しておくなら――少し位役者を増やしてもお好みの舞台は出来上がるんじゃないでしょうかねえパウル殿!」
『黒い暴風』は本来はより拡散し、イレギュラーズ全体を脅かすべき猛撃だったに違いない。だが、プリンだけではなく、アルヴァ。それに留まらず、エイヴァンや皮肉ったブランシュ、更にガイアドニス等が壁になる事で。イレギュラーズは恐るべき先制攻撃の影響を限定的なものに留めていた。
(盗賊魔術師、スケアクロウ――
 勇者アイオンの冒険物語を楽しそうに聞かせてくれた『君』ならば。
『スケアクロウに会った』なんて自慢、どれだけ楽しい事になったでしょうね――?)
 まだ出向く事の出来ない場所に居る『君』に語り掛けるように。
 チェレンチィの対の切っ先が蠅の兵を叩き斬り、
「はっきり言って地味でしょう。けどそれの何が悪い。
 主役だらけの舞台じゃあこの劇は成り立たない。
 縁の下の力持ちがいなきゃ、とっくにこのゲイム終わってますよって。It's showtime! 」
 傷付いたブランシュが折れずに吠える。
 成る程、イレギュラーズの戦いには妙味がある。
 戦い慣れた彼等は常にその全てを欠かさない。
 滅私の下支え、ビルドアップ、そしてエゴイズムを極めたオール・フォー・ワン。
 ならば、防御、攻撃、と来れば必ずそこには支援が来るのも必然だ。
「折角のShall we Dance(おさそい)だ!
 んじゃま、最後くらいその手の上で踊ってあげようかな!」
「君達(ビギナー)の魔術を通す程、僕は甘くないけどね」
 肩を竦めたパウルに声高に笑った茄子子は「ばーか!」と言葉を続ける。
「遺失魔術だか知らないけど、こっちは古竜語魔術だぞ! どう考えてもこっちの方が古いもんね!
 あと! 会長のイケメン(ヨアヒム)返せよこの糸目野郎!! ばか!!!」
「――おやおや」
 パウルの得意とする魔術『識』はイレギュラーズ側の行動を大きく阻む文字通りの壁である。
 彼の前では総ゆる神秘スキルは発動を阻害され、総ゆる物理攻撃スキルは正確な破壊力を発揮し辛くなる。
 まさに物理法則にさえ干渉した理外の魔術は強力極まりないが、結論としてそんな彼を驚かせた茄子子の支援は『確実に』通っていた。
「中々、器用な事をしますねェ――」
 自身のスキル構成を組み替える事で『物理サイドでの支援』に入った茄子子をパウルの『識』は止められない。
 物理側で疎外をするのはあくまで攻撃力であり、支援能力ではないのだから当然の事である。
「……全く、埒外の魔術師と云うのは本当にもう! 自分の凡庸さが嫌になってしまいますね!」
 しかし、実際はドラマの声を聞けば分かる通り、状況はあくまで上手くない。
(上を見てもキリがない。しかしその術が式であるのなら、解き明かせないなんてコトはありません。
 何処かに弱点がある筈。何処かに隙が出来る筈。僅かながらの綻びを、崩し得る蟻の一穴を。
 勇者王の伝承に語られる『スケアクロウ』が『コレ』ならば――世の中には存外に絶対等無いという事でしょう?)
『物語の彼はもっと、もっと魅力的だったのだ』。
 皮肉に内心で呟いたドラマは目を細めて敵を見据える。
 例外的な茄子子は兎も角、この場の誰もがパウルの支配力から逃れられないのは明白だ。
 だが、叡智の捕食者はそれを是認すると言った覚えはない!
「……本当に物凄い相手だと思っています。予測できないほどに、凄いと。
 けど、見ていて思ったんです。わかったではなく、考えたんですよ」
 言葉を紡いだマリエッタにパウルの細い目線が向いた。
「パウルさん。貴方はその目で何を見ているのか。『何を見たかったのか』。
 だから、絶対……負けられないんです。
 ここで紡がれる物語が、貴方を含む……全ての人の望むハッピーエンドである為にも」
「知った事を言うねェ。ほんの子供が、さ!」
 唇を皮肉に歪めたパウルが不快感を隠さずに、珍しく苛立った調子を見せた。
 蠅の王、更には蠅の兵を食い止めるにイレギュラーズの戦力はまるで足りていないが、本命はパウルの方である。
 彼を叩き、彼の首を獲ったならこの戦いは終焉に向かおう。
「最終章で本番って本人が言ってるんだから。ここで終わらせるわよ。
 全員でもどうにでもなる、って認識は正しいかもしれないけど――
 ここまで私を無事で残しておいたこと、後悔くらいはさせてやらないと浮かばれない」
 イリスの導きの星は先行きを照らしている。
 そこに居るだけで力を点す彼女は今日ばかりは守りばかりは見ていられない。
 何処までも、何処までも束ね、突き詰めた力が要るのだ!
 意志なる切っ先をそこへ向けるイレギュラーズの戦意は何処までも研ぎ澄まされている!
「スティアちゃん、まだいける?」
「もちろん、大丈夫! あんな偽物なんかにやられたばっかりじゃいられないからね!」
 サクラは傍らで可愛らしく気合いを入れ直した親友(スティア)を見て微笑んだ。
 幻想種特有の彼女の白くて綺麗な肌には無数の傷がついている。
 頑丈だ、何だと揶揄されてもスティアは傷付かない訳ではない。サクラは興奮して後先も分からず、猪突猛進にここまでやって来た自分を守り、サポートする為に彼女がどれだけ力を尽くしたかを遅れて思い知るばかりだった。
「……さっきは、ほんのちょっぴり怒っていたから。うん。
 無敵のスティアちゃん、じゃあ、最後まで付き合ってね!」
「ちょっぴり……かなあ」
 サクラは敢えて謝らず、スティアは冗句めいてわざとらしく首を傾げた。
 二人の目標は決まっていて、やるべきは一つだった。
「木偶を斬らされていたなんて本当に癪だよ。ま、それは見抜けなかった私の問題だけど……
 それはそれとして腹は立つから叩きのめす!」
「守ってばかりじゃないんだよ! サクラちゃんとのコンビネーションを見せてあげる!」
 味方の作り出した僅かな間隙を縫うように間合いを潰したスティアが神滅の光を閃かせ、サクラの残影が鴉の急所を抉ったかに見えた。
「また操られたりしたいワケ?」
 ねちり、とサクラを弄るパウルをピシャリと遮ったのはスティアだった。
「無視して。何があっても私が受け止めるから」
「『ごめんね。ありがとう』。
 ちゃんと見ててよねセンセー! 久々なんだから――今の私のこの剣を!!!」
「うむ。上達したな、サクラ」
「……」
「恋する乙女は後にして貰っていいかな!?」
 スティアが声を上げるのもさもありなん。サクラの一瞬の表情は鉄火場のそれではない。
「モテるねぇ」
 貴道が笑う。
「しっかし、お前みたいな『悪党』を相手にする時ほど思う事は無いぜ」
「うん?」
「どうして、『今の俺』はこれほど弱いのか……ってなッ!」
『足場』を蹴り上げ、その巨体を躍動させる。
 サクラ達に続き、パウルとの距離を潰した貴道は全力で両の拳を握っていた。
 十拳大蛇、罷り通る――『喰鋭の拳』は瀑布のように瞬いて、馬鹿げた身のこなしをみせるパウルに悉くを止められた。
 恐ろしい力だった。技の冴えも十分だった。しかし……
 現実として郷田貴道なる暴力装置の乱打を完封したパウルの『壁』を破るには、それ以上の力が、要る。
「それで?」
「どうもしねぇさ。俺は……否、俺でなくとも!
 必ず届くからな、てめぇの命に」
 ちらりと彼が視線を送ったのは相も変わらず両手に華やかなる凶手の姿である。
(アシスト逃がすなよ、梅泉!)
 言葉では無く――貴道は彼が頷いたように『錯覚』した。
「散りぬべき、時知りてこそ……」
 静かに呟いた小夜は『珍しい誘い』を寄越した傍らの梅泉に問い掛ける。
「剣(これ)は人として終わることも、花として散ることも出来なかった私に残った祈り(すくい)になるかしら」
「さて、なぁ」
 貴道に乗るように動き出した二人はあくまで瀟洒に絵になった。
「わしは生憎の無神論、生憎の武骨でな。主に寄り添う言葉も無いが」
「無いが?」
「散りぬも、過ぎるも主なれば。
 その逝き遅れをわしが愛でるは、吝かでもない」
「――あら、嬉しい」
 まるでそれは演舞の如しである。
 強烈極まりない殺人剣の共演は言葉の華やかさと裏腹に的確にパウルに無数の刃を叩き込んでいた。
「だ、だだだだだ旦那はん……そ、それは浮気やの!? う、浮気なら……まだセーフ……浮気なら……」
「……幾ら何でもさア! この連中、何時もこうな訳!?」
 狼狽するたては、そして流石に捌くに堪えたかパウルの余裕が幾分消えた。
「『そう』だから問題なんですよッ!!!」
「僕が言うのも何だが――侍君はやることなす事最悪ですねェ!」
「同感ですけど! もう、全てこの刃にて斬り伏せるのみ!
『最強』を相手取る以上、その程度やってみせねば! 乾坤一擲! いざ勝負!」
 思わず悲鳴を上げたのはパウルに更にすずなが仕掛けていた。
【落花流水】――落ちた椿を流し、流して。
(大体、戻って早々何なんですかあの人!
 これ見よがしに! 小夜さんも何笑ってるんですか、もう!
 ええ、ええ。分かってますよ、分かってますとも!
『今』のも私に繋げる布石(いし)でしょう?
 小夜さんこっち見ましたもん。梅泉さんも『信頼』してくれたんでしょう?
 分かってますよ、分かってますけど――)

 ――それはそれとして、目の前の敵には責任を取って貰わずにはいられない。

「魔術? 障壁? それが何です――
 ハッキリ言いますが、実際目障りなんですよ。
 剣を執ったものは、剣を執ったものによって滅ぶべき。
 分かりますか、パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート」
 わやくちゃもこれまで。心技体揃い、すずなは強烈に踏み込んだ。
「剣すら持たぬ貴方が! 私達剣士の間に! 割って入らないで下さいよ……!」
 幾分かの八つ当たりもレイズして、鋭く振り抜かれた一閃が後退したパウルのマントの端を斬り飛ばす。
 たったそれだけで――敵が無敵でない事はハッキリ知れた。
「斬れるなら、神仏でも斃してみせる、だっけ?」
「うむ」
「いい言葉だな。アンタが言わないと冗談にもならないが」
 纏わる蠅の兵を鬱陶しそうに払いながら応じた梅泉にシラスがにっと笑みを浮かべた。
「アーベントロートの血脈は勇者王からの地続きとは聞いていたが……丁度いい気休めになるぜ。
 生ける伝説なんて普通そのまま意味じゃ使わねえ。それでも、人間なら随分相手がマシだよな?」
 舌でぺろりと唇を舐めたシラスはパウル目掛けて飛び込んだ。
「舐めるなよ、肩書なんぞに負けてられっか!
 神代の伝説だ? 吸血鬼の親玉だ? 知るかよ、そんなもん。
 てめぇはそれでもこの世界の『人間』なんだ。
 クソったれて最悪で――愛しい混沌の、不自由な法則に囚われた人間に過ぎねえんだよッ!」
 ならば、シラスは負けられない。
 練り上げた力の全てを尽くして、薄汚れた野良犬のプライドに賭けても。
(――そう、同じ人間だ、勇者王の血統もこの俺と何も変わらない。
 それを証明してやると俺は誓ったはずだ。それが、『源流』を相手に退けるわけがないよなあ――)
 世界一の血統書付きですって顔をした『幻想の貴族』なぞに負けられる道理は何処にもない!
「ああ、まったク――」
 猛攻にも怯む事無く、当初からの余裕を崩す事も無く。
 唯、少しだけ機嫌は悪くパウルは溜息を吐き出した。
「『この程度の攻撃で性懲りも無く』。
 君達は強い。強いカラ、勝てない事が分かる筈だ。
 どれだけ強くても、僕との間に横たわる時間と力の壁を理解出来る筈だ。
 だって言うのに、どうしてこうも益体も無い――」
 パウルの周囲に黒い光が瞬いた。
 降り注ぐのは嘴を持つ黒鴉の群れ。誘導性と範囲性、破壊力を兼ね備えたその一撃は更に容赦なくイレギュラーズの動きを縛り上げた。
「……させませんッ!」
 絶望を帯びた攻勢を振り払うように声を上げたのはココロだった。
(助けたい、新田さんのその願いを叶えたい。わたしがそれを望むから。
 助けたい、傷付く誰かを守りたい。それが私の望みだから――)
 事態が厳しい程にココロの気持ちは強くなる。
(――愛とはどういうもの?
 わたしは知識でしかわかってない気がする。
 でも……それは。いつか、きっと、あなたの横顔が教えてくれるから)
 攻勢の鮮やかを塗り潰そうとするかのような黒い意志にこそ、ココロの白亜は際立った。
「どうしました? 誰も……誰も死んでませんよ!?」
「そりゃあね。君達はそこそこ強い。何人かは逃れただろうよ。上手く外す奴も居る。
 お嬢さんみたいに粘り強く支援しようってヤツもいるだろうさ。
 だが、そんなものが何になる? 今のも僕の『冗句』だぜ。
 君達は目一杯に戦ってきたかも知れないが、僕は所詮馬なりだ」
「嫌な性格をしていますね」
「魔術師には誉め言葉だろう?
 キミは素直で可愛すぎる性質みたいだケド――『師匠』は何て言ってるかナ?」
 切り返しにドラマの表情が強張った。
「どいつもこいつも愛だ、恋だ、友情だ!
 理解出来ない。本当に理解出来ないねェ。
 ……僕の舞台には、僕の物語にはそんなご都合主義はお呼びじゃない。
 君達はその内すり潰されて皆死ぬ。そんな事は分かり切ってるだろうに――」
「――――」
 パウルの右手が黒いナイフを作り出していた。
 彼がねちりと視線をやったのは磔になった自身の娘だ。
「例えばこう、だ。僕の一存でこの戦いの全ては無駄になる。
 君達はそんなもの、止めようも無いんだ――」

 ――そこで銃声が啼き、パウルの右腕が握ったナイフごと吹き飛んだ。


「――止めましたが?」
 飄々と短く、とびきり冷徹にそう言ったのは45口径を水平に構えた寛治だった。
 彼はずっとパウルの様子を窺っていた、自身とリーゼロッテに絡むだろう動きを見据えてここに居た。
「愛してますよ」
 悪いですか?
「彼女の為だけにここに来た」
 何か問題が?
「誰かの為に世界を侵す事を悪とするならば、きっと貴方も私も大差ないのでしょうね、お義父さん。
 だが、娘さんを貰うんだ。その死ぬ程の退屈に。『親孝行』の一つでも返すのが礼儀ってもんだろう?」
 口の端を歪めた寛治にパウルは笑った。
 千切れた腕等何事も無かったかのように引っ張り戻して、彼は笑った。
「リーゼロッテ『サマ』。中々いい『彼氏候補』をお持ちじゃあないですカ!」

成否

失敗

状態異常
ノリア・ソーリア(p3p000062)[重傷]
半透明の人魚
エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)[重傷]
Lumière Stellaire
郷田 貴道(p3p000401)[重傷]
竜拳
ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)[重傷]
レジーナ・カームバンクル
イリス・アトラクトス(p3p000883)[重傷]
光鱗の姫
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)[重傷]
花に集う
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)[重傷]
軍師
ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
ディバイン・シールド
シラス(p3p004421)[重傷]
超える者
サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士
すずな(p3p005307)[重傷]
信ず刄
白薊 小夜(p3p006668)[重傷]
永夜
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮
チェレンチィ(p3p008318)[重傷]
暗殺流儀
楊枝 茄子子(p3p008356)[重傷]
虚飾
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)[重傷]
彼女(ほし)を掴めば
ヲルト・アドバライト(p3p008506)[重傷]
パーフェクト・オーダー
オウェード=ランドマスター(p3p009184)[重傷]
黒鉄守護
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)[重傷]
航空猟兵
ガイアドニス(p3p010327)[重傷]
小さな命に大きな愛
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)[重傷]
死血の魔女

第4章 第3節

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
防戦巧者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
パーシャ・トラフキン(p3p006384)
召剣士
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
冬越 弾正(p3p007105)
終音
彼岸会 空観(p3p007169)
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
カイン・レジスト(p3p008357)
数多異世界の冒険者
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
優しい白子猫
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き

●STAGE IV(リンドウ・前)
「要はどちらが面白いか、という事なのです」
 淡々と言ったヘイゼルの語り口は平素のものと大差ない。
 飄々としたある種の平静が崩れぬ彼女自身が傷付き、埃に塗れていても同じ事だ。
 ヘイゼル・ゴルトブーツは恐らくこの何倍かでもへこたれず、生きる死ぬの間際にあってもきっと彼女のままなのだから。
「幾多の物語で、時にそれ以上の現実で。
 そんな事はどちらでも構わないのですが、何れにせよ、です。
 聞き飽きた泣き言等よりも、この期に及んで『何一つ諦めたくない』なんていう我儘の方が……
 どうしたって、面白い。そうは思いませんか? 実際問題、それが全てなのです」
 ヘイゼルは敵兵を抑えに動いたが、『突っかかった』のはヨル・ケイオス――夢見リンドウの方だった。
「面白い、つまらないで判断する事ですかあ?」
「少なくとも、私にとっては」
「性格、悪いですねえ!」
 呆れたようなリンドウの言葉はその実、逆の意味を持っていたのだろう。
 言葉ばかりには留まらず、交錯する刹那の応酬にむしろ彼女は楽し気な笑みを浮かべていた。
 ヘイゼルがどう感じるかは知れないが、似た所が無い訳ではない。
 しかし、そんなやり取りに鈴音が「待った」と口を挟む。
「面白い、は存外に捨てたものではないぞ?」
 紫色の帳が敵陣を覆い、不吉と無明の領域に敵を蝕む。
「悪夢を払い、人間ドラマの完遂に協力する気にもなるというものだ。
 わたしもこの物語の結末が見てみたくなった……動機はそれで十分だろう!?」
「やりますねぇ。そりゃあ、各所で抑えきれなかった訳だ!」
 ぺろりと唇を舐めたリンドウは頬を掠った血の味に一層の妖気を増していた。
(リズちゃん……)
 そんな姉の姿に胸を潰すような苦い顔をしたルル家は内心だけで呟いた。
(拙者はそちらにはいけそうにありません。でも、きっと無事でいてください……!)

『誰でも分かっている。この姉はきっと殺してしまうべきなのだ』。

(でも)
 可能か不可能かの問題ではない。
 これは仮に即座に可能だったとして、ルル家がそれを願えるかの問題なのだ。
 ヘイゼルが「面白い」と称した『我儘』は感情の蓋を失ったルル家が改めて知った原罪のようなものである。
 ルル家の望んだ先には今も無事が知れぬ親友(リーゼロッテ)が居る。
 ルル家の背中には今にも命の灯を失いそうな親友(ヴァイオレット)が居る。
 そして、ルル家の目の前にはそのどちらも奪おうとしている最愛の姉(リンドウ)が居た。
「お姉ちゃんは最低です!」
「はい、最低で最悪なお姉ちゃんですよ!」
「でも……」
「でも? まさかお姉ちゃんとは戦えない、とか!」
「いいえ。友達は誰も殺させません。その上でお姉ちゃんを殺さず、撃退することを目指します!」
 リンドウは「あーあ」と露骨に溜息を吐き出した。
「――我儘に付き合わせて申し訳ございません。それでも最後まで付き合っていただけますか?」
 リンドウ曰くの『可愛い可愛いルル家』が、涙を堪えてそんな懇願をしたならば。
「ルル家殿の想い、しかと受け止めた」
 弾正は笑った。晴れやかに。
「俺も兄弟を大切にしていた身だ。敵対しようと血を分けた絆は揺らぐ事がない。
 それを疑う気持ちを持った事等、実は俺は一度も無いのだよ」
 空観は言う。
「やらねばならぬ事とやるべき事は、時に相反するもの。此度も屹度、そう言った類の物なのでしょう?」
 ……然し、殺す気で来る相手を殺さず、その上でヴァイオレットさんは失いたくない、等と。
 これは確かに大変な我儘ですね。戦場で、中々聞いた事もない――」
「……っ……!」
「ですが、だからこそ私は此処に居る意味がある。
 かつて人を演じる人形の様であった貴女より、私は足掻き苦しみ、それでも諦め切れない貴女を好む」
 リンディスは言う。
「相手は、ルル家さんのお姉さん……でしたか。
 色々事情はあるのでしょうが、あの人をルル家さんが憎み切れないと言うのなら……
 しっかりと、『止め』ましょう。それが唯一の救いなら、そうする他はないではありませんか」
 アレクシアは言う。
「ルル家君……私はね、むしろ君がそう言い切ってくれて安心したよ!」
 彼女はルル家の危うさを察していた。彼女は自分自身の疵を持っている。
 眠る兄は先送りにされた疵(すくい)に違いない。
 ハッピーエンドを素直に受け入れない神様でも、時に猶予をくれる事を彼女は誰より知っていた。
「確かにお姉さんは少し歪んでいるのかもしれない。
 でも、願いがあるなら繋げられる。
 少なくとも姉妹の関係は、こんな訳の分からない騒動の『ついで』で済む程簡単じゃない!」
 続け様、ヴァレーリヤが半ば覚悟、半ば自棄になったように言い切った。
「生かして倒す……手加減の余裕なんて無い相手なのを承知で、無茶を言いますわね!
 ええい、分かりましたわよ! やれば良いんでしょう、やれば!
 珍しいルル家の頼み事ですもの。無下にする訳にはいきませんものね!
 但し! 後でたっぷり借りは返して貰いますわよ!?」
 ……『仲間』の答えなんて大体相場は決まっていて、ルル家は涙ぐむを通り越してボロボロと涙を零さずにはいられなかった。
(どうしてきょうだいで傷つけ合わなきゃいけないんだろう?)
 パーシャは自問せずにはいられない。
(私には大切な何かを壊したいという気持ちがわからない……でも、それをもし私が抱いたなら?
 お友達も、ウォランスも、お父さんも、お母さんも、私は傷つけずにいられなくなるのかな?)
 目の前の深淵は愛する程に壊したくなるのだろう。自分自身でそう言っている通りに。
 そうしたらパーシャはきっと怖くて、目を背けたくなって。
(ああ、そっか……)
 だから、リンドウは『楽しそうなのにしんどそうなんだ』と何となく理解した。
「……ホンット感動的なシーンですこと。
 ていうか、殺すだの生かすだの……
 私に勝てる前提で言われてるのがすっごい不満なんですけど!」
 パーシャの内心を知ってか知らずか、至上の渋面をしたリンドウはいよいよ本性を明らかにして苛烈な攻め手を強めている状態だ。
「殺すのはこっちの方ですよ。『ヴィオちゃん』も、今名乗りを上げた方々も!」
「どーもはじめまして、ルル家ちゃんのお姉さん! 長谷部朋子です!!
 どうやらあなた、ルル家ちゃんの知り合いを殺して『可愛がってあげたい』ようで。
 ついでっちゃついでになりますが、彼女の知り合い以上友人未満のあたしなんてどうですかね!?」
 苛立ったリンドウの視線が『オトモダチ』を射抜いた瞬間をこの朋子は狙っていた。
 横合いから割って入った彼女の豪打をまともに受け、軽くリンドウはよろめいた。
「……っ、この、自称知人!
 遊んでる暇ないでしょう、薔薇十字機関の皆さん!
『皆さんにはヨアヒム様の命令が聞こえなかったのですかね』!?」
 命令にリンドウだけではなく配下の暗殺者達も鋭く速く動き出す。
 処刑台の上が黒結界に覆われ、『何者か』の命令が下りたのが先程の話。アーベントロート派の主力であり、麾下である薔薇十字機関の戦力は『命令』に従い、まさに彼女の下へ集結を続けていた。当然ながら各戦線の維持を必要としなくなったイレギュラーズも潮目を理解し、同様に集まりつつある状態だったが、元よりの不利を覆すのは困難である。
「少なくともアレは『伝説級』の登場なんだろう?
 でも面白がってもいられない……此処もいよいよ正念場みたいだし、僕もお手伝いするよ。
 ルル家達にとって良き結末となるよう、全力で支えるね!」
 ウィリアムの言う通り処刑場に起きた『異変』は一流の経験を持つ誰にも『伝説』を確信させるだけのインパクトを持っていた。イレギュラーズは大戦力を黒結界に囚われており、同時にイレギュラーズの勝ち筋は諸悪の根源(アーベントロート侯)を叩く以外に有り得ないのだからより多くの戦力は『それ』を仕留めに動くという事に他ならない。
 即ち、敵の大将の脅威の程は夢見リンドウを食い止めるにはより些少な戦力で挑む他は無いという絶対的な事実を示しているのだ!
 だが、それに竦むような人間はそもそもこんな鉄火場を望むまい。
「転戦ばかりですが状況は一応把握しました。
 ヨルさんを撃退する感じで……リンドウさんでしたっけ?
 ま、まあやる事はいつも通り、全力攻撃を叩き付けるのみ――!」
 一方でステラは暴力的としか言いようのない魔力を繰り、目を見開き。間近に迫った敵目掛けて『全力』を振り抜いた。
「誰も殺させない、そして貴女を殺さない。
 望まば、望め。望む人がいるならば、尽くしましょう。
 この手で夜を裂いて――そうして朝を呼ぶのです! 」
「いい言葉です」
 ふ、と笑った迅が急激に速度(リズム)を上げ、リンドウ目掛けて肉薄した。
「成る程、なかなか衝撃的な事実が明らかになっているようですが……
 今は、そちら所ではない。今はまず、この――ルル家殿の姉君を何とかするといたしましょう」
「お、イケメン君に何とかされちゃいますか、私!」
「お望みならば、すぐにでも!
 この大舞台もいよいよ最終幕。大団円で終われるようにやるだけです!」
 迅の一撃がリンドウを跳ね上げ掛けるも、これを読んだ彼女は後ろに飛んで威力を殺す。
 すかさず追撃に出た迅の迅速強猛なる拳打をリンドウは見事に流していなしている。
「この双拳密なるは雨の如く――自信があったのですが」
「誇って良いと思いますよ。軽く死ぬかと思いましたからね!」
 何処まで本気か軽妙なるやり取りの間にもそれぞれの激戦が展開されている。
「私は……皆のように、アーベントロートのお姫様に然程の思い入れがある訳ではないけれど。
 目の前で無法が為されていて、それを止める行動を起こす権利があるのに手を拱いているなんて。
 力あるものの責務を果たしたとは言えないでしょう?」
 力を振り絞りそう言ったルチアの役割は戦線を支える事である。
 戦いは打撃力のみに非ず。受け止める事のみに非ず。支えるもまた不可欠なら、彼女は立ち続ける限り意味を持つ。
「――私は、その責を全うする為ならば、死地に身を置く事とて厭わないわ」
 一方で、そう言い切ったルチアに複雑な感情を否めない者も居る。
(正直を言えば、僕は危険だから本当はルチアさんには行ってほしくなかった。
 本音を言えば、僕という人間はこの戦いを、こんな時間を。毛程も望んで居なかったんですよ)
 彼女を守る盾のように立ち塞がる鏡禍は内心で自嘲気味に呟いた。
 ルチア・アフラニアは何処までも気高い。高貴なる務めに殉じ、果てても正義を尽くす強い心を持っている。
 翻って自分はどうか――
(でも、彼女が行くというのなら止めることはできないでしょう?
 出来ないんですよ、僕には。彼女を止める事も、彼女が望む役割に徹し続けるだけも!)
 ルチアは鏡禍に戦争の盾を期待するだろうが、この場所ばかりは譲れない。
 凶手の悪意飛び交う戦場で彼は彼女だけの盾になる――
 戦いは続く。酷く続く。休む時間は僅かも、無い。
「さて、無事にオウェードさんも送り出したことだし……私は残りのできることをしましょうか。
 とはいっても、どこまで通用するかは、わからないけれど、ね」
「さっきの声……明らかに勝てる気がしない相手。
 だけど……ここまで来たんだ、ノイズ未満の実力だとしても、最後まで全力で助力させて貰うよ!」
「そうそう! ヒーローどもはヒロインの所へ辿り着いたし、特記戦力だって一緒みてーだしよォ!
 あとは連中がラスボスを倒せるかどうかだろ。大一番に部外者の横槍は野暮ってモンだが――なァ?
『行きがけの駄賃』に美人に感謝される機会ってのも、逃すにはちょいと勿体ないよなあ!?」
 ヴァイスが、カインが、ブライアンが気合いを込めて敵の攻勢を受け止めた。
 受けて、お返しし、後背に背負う仲間の元へは到達させない。
「だって、そろそろ幕引きの時間でしょう?」
 どちらが勝つにせよ、とは神気を放つヴァイスは言わなかった。
 神は『大抵』は正しいものをお救いになるものである。
 勇気は力になる。愛もきっと力になる。
 だから、戦力の差がどれだけ甚大であれど、怯まねば。
『戦いではなく一方的な殺しを本業にする連中はそのリスクを捨て置く事は出来ないだろう』。
 愛だ勇気だ友情だ、悪役はしばしばそんなものを馬鹿にしたがるものだけど、縁の無い連中は実力よりもずっと『脆い』のだ。
「少し、焦っていませんか?」
 見た目の印象を裏切る程に冷静にベークが言った。
 敵の圧力を堰き止めるだけ堰き止めて、ボロボロになった彼は言った。
「攻めは激しくなっているけど、少し強引になってもいる。
 もう決着も近そうですね……まぁ、そうはいったって末端、お互いにできることは変わらないんですが……
 ……ま、それでも役に立たないってことはないでしょうし。頑張りましょうか?」
「怖い人もいる。強い敵もいる。
 でも……誰も殺させなんてするもんか。
 僕は……周りで誰かが死ぬなんて、『もう二度と』絶対に嫌だ!
 何でそう思うかわからないけど嫌だ! それは絶対に、認められない事なんだッ!」
 幾度力を尽くしたか、幾度掠れた声を絞ったか。
 祝音の賦活が傷付いた仲間を癒し、
「北(じぶんとこ)守れたから良かったって思てたけど、まだ退場の時間やないみたいやしね
 演目はもう少しだけ、それなら綺麗に踊り切りましょ」
 流麗なる蜻蛉の声色がそれに続く。
「愛しい人の手を取って戻って来てね――皆、無事で生きて帰って頂戴な!」
 彼女には珍しい強めの語気はエールである。
 誰に届くとも知れぬエール。誰に届かぬとも限らないエールに他ならない。
 特異運命座標が可能性の獣であるというのなら。頭上の空が何処までも繋がっているというのなら。
 想いなる何とも不確かな翼が彼方、果てまでも届かないとは言い切れまい!
「……まったく」
 リンドウが舌を打つ。
「それでも貴方達プロですかぁ?」
 無勢にも関わらず戦線を維持するイレギュラーズに徐々に苛立ちを隠せなくなっていた。
 明らかに戦いは薔薇十字機関の優位だというのに、攻め切れていない。
(……まぁ、その内封魔も来るでしょうからそれで決まりですけど)
『それはそれとして、このゲイムは夢見リンドウのものなのだ』。
 なればこそ、せめて――誰の助力に頼らずとも『ヴィオちゃん』位は仕留めねばトップエージェントの名折れと呼ぶしかない。
 しぶとく立ち回り自身を妨害し続けるイレギュラーズ数人をギアを上げたリンドウが弾き飛ばした。
「――総員攻勢!」
 鋭い号令と共に連携を引き上げた暗殺者達が傷付き、動けず、危険なままのヴァイオレット目掛けて襲い掛かる。
「意気や良し、されど為す事は全き変わらず!
 私は『ヴァイオレット・ホロウウォーカー』を守るのみ!
 何、此処まで戯れの為に蠢いていたのだ。
 稀には他者を愛しく思うのも、悪くはない――何もかもはワガママとやらの餌食だろう!?」
『常人ならば幾度でも引き潰され、死を免れ得る猛攻を一身に浴びながらオラボナは愉悦に吠えた』。
「生存――! 唯一の恥だと考えると好い!
 簡単に死ねると嗤うなよ、混沌の器! Nyahahahaha!!!」
 珍しい献身は或る種に『同属』への誼と言えたかも知れない。
「手を止めるんじゃありません――ああ、もう使えない! それなら私が……」
「させると思うかい?」
 臍を噛んだリンドウの目前に立ち塞がったのは髪を雷気に逆立てるマリアだった。
 平素の彼女を知る者ならば驚く程に――怒っている。
 温和で誰にでも優しい彼女の赤い目が燃えるような闘志を帯びていた。
「さっき、やられたのを忘れましたか?」
「そう。さっきはよくもやってくれたね! 意地でも一発ぶん殴ってやる! 覚悟したまえ!」
「見切れなかった筈ですけど」
「確かに君の技は厄介極まりないね。どこから攻撃されたのか分からなかった。
 だがシュペル君でもあるまいし、完全・完璧な技など在り得ない! 『君が暗殺者なら尚更』だ」
 リンドウの纏う空気が冷えた。
 成る程、マリアの分析は正しいかも知れない。
 暗殺者に二撃は邪道だ。そもそも彼女等は特に初見殺しに特化するのは合理的だ。
(とはいえ、簡単に見切れる相手じゃない。兎に角、一つも見逃すな。
 見逃さず、隙をついて一撃を)
「恋人の二の舞が欲しいみたいですねえ」
「『ヴァリューシャの仇を放っておけると思うかい?』」
 マリアとヴァレーリヤは特別なギフトで通じ合う。
 その為の手段は彼女の最愛の人にある。
 だから、その言葉は合図で――同時にブラフだった。
 愛のホットラインは余人を寄せ付けず、二人以外にこの意志を共有出来得る者は無い!
「……残念でしたわね。こう見えて私、結構しぶといんですのよ!」
「!?」
『やられた』筈のヴァレーリヤに足を掴まれたリンドウが咄嗟に下を見た。
 マリアはこのタイミングを知っている。
 逃がす事は無く、雷閃葬華――弾丸の如き直進から渾身の蹴撃をリンドウの脚に叩き込んだ!
「……っ、バット何本折る蹴りですか……ッ!?」
「今日は十本じゃ済まさない!」
 守る戦いは続く。失わない為に戦いは続く。
「シキちゃんが無事に帰ってくれば正直それでいいんだが――
 素直に帰ってくれるわけもないし、そも薔薇十字のトップに喧嘩売ったままじゃ安住の地ねえもんなあ?」
 わざとらしい『露悪』はサンディには悪いが余り奏功していない。
 とんでもないお人よしは今日も誰かの為に立ち回るばかりだ。
 譲れないものは譲らぬ為に。大切なものを失わないように――
 押して、押されて。互いの意志を相食むように。
(ねえ、ヴァイオレット――)
 ヴァイオレットを守るシキは心の中で未だ何処かの闇を揺蕩う親友に呼び掛けた。
(君は『私の運命を見届ける』と約束しただろう?
 恥ずかしそうに、そうして小指を絡めたろう?)
 嘘を吐かないで。
(……ならしっかりその心で見ていてよ。
 私が君を守るから。私もここに残るから)
 その約束を忘れないで。
「すべて終わったら、いつもみたいに呆れたように笑ってくれよ!」
 願って言う。怒って言う。泣きそうだから声を張った。
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。
 ヴァイオレット・ホロウウォーカー 君ニ我 不要。
 君 墓 護ル者達 沢山イル。
 死後 悪クナイ 思ウ。
 タトエ 地獄 墜チタトシテモ。
 君 死 護ラレル。君 愛サレ 思ワレ 続ケル。
 ソノ上デ 問ウ。君 ココデ 死ヌ 良シトスルカ?」
 フリークライの呼びかけは機械的ながら、無機質ながら、何処までも温かな音を帯び続けていた。
(運命を見届けると約束した人が吠えている。
 叱り飛ばされるような温もりが流れ込んでくる。
 弱さを見せた人が、涙を拭っている……これは何て甘美なのでしょう?)
 誰かの苦しみは、憎しみは愉悦に他ならなかった筈だ。
 されど甘やかな慟哭は、美味なる怒りは今どうしてかヴァイオレットには苦過ぎた。

 ――だから。

 声を出したい。応えたい。
 誰かに。何かに。或いは自分自身に、運命に――!
 望みは遠く、余りに険しい。しかし、彼女は自身の沈んだ水底で遂に『自分自身を否定する』。

 ――そうして、ヴァイオレットの瞼が幽かに動いた。

成否

失敗

状態異常
夢見 ルル家(p3p000016)[重傷]
夢見大名
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)[重傷]
旅人自称者
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)[重傷]
防戦巧者
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)[重傷]
私のイノリ
サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)[重傷]
同一奇譚
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)[重傷]
願いの星
十夜 蜻蛉(p3p002599)[重傷]
暁月夜
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
大樹の精霊
岩倉・鈴音(p3p006119)[重傷]
バアルぺオルの魔人
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)[重傷]
鏡花の癒し
冬越 弾正(p3p007105)[重傷]
終音
彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)[重傷]
咲き誇る菫、友に抱かれ
日車・迅(p3p007500)[重傷]
疾風迅狼
リンディス=クァドラータ(p3p007979)[重傷]
ただの人のように
長谷部 朋子(p3p008321)[重傷]
蛮族令嬢
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
カイン・レジスト(p3p008357)[重傷]
数多異世界の冒険者
フリークライ(p3p008595)[重傷]
水月花の墓守
橋場・ステラ(p3p008617)[重傷]
夜を裂く星
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)[重傷]
優しい白子猫
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)[重傷]
鬼火憑き

第4章 第4節

ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

●STAGE IV(フウガ)
「……ッ! 気のない言葉とは裏腹に随分と苛烈じゃないですか!」
 忍の多重攻撃に繁茂がやや甲高い声を上げた。
 悲鳴ではない。今更怯むようならここには居ない。
 しかし反射的に上がったその声色は追い詰められた彼の――イレギュラーズの状況を表している。
「ラダは無事に引き上げたみてぇだからな。俺もさっさととんずらしてぇとこだが……
 仕事人間ってのはこれだから。そんな苦労性は貧乏籤って言うんだけどな?」
「同感だ」
 サポートに入り、危機を引きはがすように動いたルナは『駄弁る』調子でフウガに水を向けた。
「おまえさんら、これからも仕事はしてぇし、勢力広げてぇんだろ?
 あの豚蛙、っーか糸目と、これからも仕事すんのか?」
「それを判断するのは兄貴(うえ)の仕事でね」
「あいつ、おまえさんらなんて要らんだろ。来る仕事は悪趣味な余興くれぇか……御愁傷様だぜ」
 言われないでも半ば理解しているフウガはこれには苦笑を浮かべるしかなかった。
 損得計算をするならば、かなりうんざりする戦場である事は確かであった。
 可愛い妹には路傍の石のように無視されるし――イレギュラーズ相手に軽い被害は難しい。
「そう。其方は引き際を測られていたハズでは?」
「そう言ったか?」
「……これだから忍は面倒くさいんですよ、まったく」
 苦笑した繁茂の言葉はフウガ・ロウライトが認める認めないに関わらず、周知の事実である。
 グラン・ギニョールの夜がそうであったのと同様に、この戦場でも封魔忍軍はお世辞にも積極的な戦いをしていなかった。
 無論、一定のイレギュラーズを釘付け、そのバイタルに非常な危機を与え続けている事は言うまでもない。
 彼等の練度は高く、状況上大きな戦力を割く事が難しいイレギュラーズは常に不利を強いられ続けていた。
 それでも、『そこまで』だ。『そこまで』という事は、それ以上では有り得ない。
 ルナが、そして繁茂が考える通り、フウガはあくまで値踏みしている風である。
(士気が下がっている、というよりも……
 迷っているか、意義を見失いつつある……と云うことでしょうか。
 元からそんな風情ではありましたが、其れでも此の攻勢なのだから、頭を抱えたくもなりますね)
 アッシュの読みは恐らく正解だろう。封魔忍軍の動き方を一言で説明するなら『風見鶏』である。
「僕は暗殺者や忍者の類が嫌いだ。人の命を何とも思ってやがらねえから。
 ……でもな。そんなお前らでも殺したいかって言えば殺したくねえよ。
 死にたいかって言えばもっと御免だ。どれもこれも、かけがえのない命なんだ。
 僕がどんだけ苦労して一人救ってると思ってる?」
「……」
 水を向けたヨハンをフウガはジロリと見据えていた。
「フウガさんよ、もうやめにしないか?
 とっとと僕をぶっとばして徹底抗戦か、痛み分けで終わるか選ぼうぜ。
 拮抗してる演技もいい加減寒いぜ。
 ハナから僕(ヒーラー)を集中的に狙えばこんなライフラインはすぐ崩れるんだ。
 どんだけ数の差があると思ってんのさ」
 ヨハンの言う通り、フウガは手温い。『必要以上にイレギュラーズに恨まられる事を嫌っているようにも見える』し、言い方を変えれば『ヨアヒムに責任を追及される程手を抜いていない』。恐らくは『転戦も嫌い、この場が長引くように立ち回っている』。
 自身の妹であるサクラや一部の戦力を素通ししながらも、こうしてイレギュラーズを食い止め続けている事を考えても、天秤がどちらに揺れるかはまさにここから。彼の胸三寸で決まるのだろうという推測は立っていた。
(しかし、希望的観測に縋るのも、そろそろ厳しい頃合です。
 相手が消極的に戦闘を続けてくれるのならば合意の八百長と言えなくもありませんが、首魁の一声は強力だ。
 確実に手を引かせるには言い訳の利く痛み分け……しかし、そこまで届くでしょうか?)

 ――薔薇十字機関及び、封魔忍軍に告ぐ!
   今更、君達如きの援護などノイズですカラ!
   新たな使命を与えまショウ。君達は、ヨル・ケイオスを援護し、彼女の目的を達成すること!

 繁茂は先程響いた新たな『命令』を楽観出来ない。
「さっきのね、今までで一番いやな匂い……!
 真のラスボスさんじょうってとこかな?
 でもぼくは信じてる……ぜったい勝てる、って」
 複数の忍を引き付け、止めたリュコスが試すように問い掛けた。
「――忍者のおにいちゃんは、どう!?」
「勝つだろうな、こっちが。
『だが、信じたくなるようなクライアントなら苦労はしねえよ』」
「はん」と風牙が鼻で笑った。
「ケツ捲るなら見逃してやるぜ。しないなら、お前の頭飛ばして『ウガ』に改名させてやるが」
 一方で挑発めいてそう言った風牙はその超強気を崩してはいなかった。
「オレはどっちでもいい。結果は同じだ。『封魔忍軍に余計なことをさせない』それが、今ここにいるオレのやるべきことだからな」
「それが交渉かよ、ド下手くそ。アンタ達自分達に勝ち目がないの位分かってるだろうよ」
「そうかもな。じゃあ、好きにすりゃあいい。簡単じゃねーか」
 状況を素直に受け止めて、立ち位置を引けば上手くいくのならばそうしたかも知れない。
 しかし、彼女はそれが苦手だったし、何より。
『崖っぷちに立ちながら、後ろに進む事は自殺行為に他ならない』。
 風牙は本能的に察していた。奇しくも同じ名前のフウガが悩むのは。
(イレギュラーズを、オレ達を測りかねてるからだ。つまり、コイツは――)

 ――本能的に自分達を追い詰める危険性を承知している。

「さっきも言ったように、私達は忙しいの。情けない顔で悩んでると苛つくから早く決めて」
「相手を見て挑発しろよ。ド下手くそ」
「あら、効いているような気もするけど。
 私達は仲間を死なせないために死力を尽くす。これ以上邪魔するなら、そちらも相応の犠牲は覚悟してくれるのでしょうね?」
 平素とは少し雰囲気を変えたアンナは主張を譲る心算はないようだった。
「男のプライドを立てられて初めていい女だって言ってんだがね」
「ご期待に添えませんで」
 フウガ・ロウライトは特異運命座標にそう詳しくは無いだろうが、その直感は流石であると言える。
 盤上を引っ繰り返すPPP(デウス・エクス・マキーナ)然り、イレギュラーズは自身を人質に逆境でこそ強くなる。
 誰もが一歩を退かぬと決めたなら、待つのは最悪の『痛み分け』だ。フウガはそれを忌避している。
「――もう一度聞く。退くか死闘をするか、早く決めなさい」
 だから、アンナは賭けに出る。
 これは言葉程、安穏な状況では無いのだ。
 言葉にでないように、顔色に出ないように。
 アンナは最新の注意を払う事を強いられた。冷たい汗が首を伝うし、心拍数は酷く荒れる。
 状況は表面張力がギリギリ支えるコップの水面のようなものだ。
 些細なバランスの崩壊が、雪崩になって運命を呑み込む事もあろう。
 封魔忍軍がヨル・ケイオス(ゆめみりんどう)に合流する最悪があったとするならば、其方は全滅を免れない!
「めんどくさいなあ」
 際どい駆け引きを続ける面々の一方でそう零したソアはその牙と爪を剥いていた。
「処刑台の方はもう真っ黒でよく分からないよね。
 あんなになったら貴方達だってどうしようもないでしょう?
 もう悩まなくていいね、よかったね。
 それよりさ、ボクはもうたまらないの……鎮めてよ!」
 姿勢を低く、文字通り獰猛な獣のように喰らいついたソアの猛襲に忍の一人が押し倒された。
 鮮血を散らすソアは嬉々と暴れ、それは本能そのものを思わせた。
「巧くやるのは苦手だが。美味いモノなら良く解る。怪我をすれば腹も減る。
 ……怪我と飢餓ってよく似てるよな。実際さ。喋り過ぎてるのは疼いてるからだ。
 これだから『人間』は愛おしい。これだから『人間』を喰うのは止められない!」
 爛々と目を輝かせ、ソアと同じか――或いはそれ以上の獰猛さえ見せようとするように愛無が嗤った。
「その葛藤。その意志。その血肉を。余すことなく味あわせてくれ!
 それから――名前も教えてくれよ。人間だって、喰うモノの産地だの何だの気にするだろ?」
「おいおい」
「これでも妥協してるんだぜ?
 ホント言うとさ。君が何を背負って生きてきて……
 何を捨てて生きてきたとか色々知りたいんだよ。今、この場で君のために死んだ部下の名前とかもさ!」
 恐らくソアや愛無にその気はないが、狂気的な衝動は言葉で語る以上に、のっぴきならぬ現状を突きつけた。
 彼等は兎も角、一丸となるイレギュラーズの戦意は『の事情』を示すものでもあるのだ。
 仲間甲斐があるかと言えば全くない。ヨアヒムもヨルも放っておきたい連中だ。
 フウガは別に早期の救援を望んで居ないが、イレギュラーズは今すぐにでも仲間を助けに行きたいのだから当然だった。
(どうする……?)
 だから、そこにある覚悟と熱意の差が詰まらない。
(どうするべきだ)
 ヨアヒムの勝利にBetするなら続行だ。
 しかしイレギュラーズに賭け切れるなら、ここは――

「何でも器用にやって行けそうな器がありそうなのに――ムリに自分を枠の中に収めようとしてツラしてる」
 イグナートの視線が真っ直ぐにフウガを射抜いた。
「……ソレで、楽しい? 本当に」
「――――」
 フウガの表情が少し強張った。
 仕事は楽しい、退屈でするものではない。
 プロならば尚更だが、そも。

『自分達が故郷であるネメシスから追われた理由は何だったのか』。

 共有する兄の理想を叶える為に『不正義』さえ敢行した。
 ロウライトにさえ背き、より大きな正義を、大義を果たす為に動いた結果だ。
(……成る程な。頭の悪い話だが、その結果が豚野郎の手下じゃ浮かばれねえわ)
 先程の、事情の説明もない命令は聞いた事もない声から放たれたものだ。
 大人はわざわざ説明しないものとも聞くし、世の中の――それも非合法な仕事では理不尽は日常茶飯事だ。
 故にフウガは、封魔忍軍はその程度の些末な問題を気にしない。気にするべきではない。
 クライアントからの要請の直線上に存在する指令は唯々諾々と『受け入れるべき』修正に過ぎないから。
(理屈は立つ。『あの声』は俺のクライアントじゃない、とも言える。だが、これは大きな『張り』になるな)
 兄は自身の決断に何も言うまい。
 実利の問題が最早混沌と読み切れないのなら――
 重要なのは何処までも『プロ』であるか『フウガ』であるかの問題だ。
「しかし、貴方も本当に大変ですね。
 先程のサクラさんの反応、流石に少々ショックだったようにお見受けしましたが」
「慰めてくれるかい?」
 舞花の美貌はこんな時にも役に立つものか。
「お返事次第では考えても。
 どちらが勝つかはわからないけれど……いよいよ、否が応にも決着が近そうな気配だわ」
 ここも、周りも、と舞花が言った。
「……あんたはどっちが勝つと思うね?」
「思うでは無く、勝つのです」
「うむ。良いな。そうしよう。若でもそう言う」
「――――」
 雪之丞が拍手を送った。
 フウガはこれに両手を上げて――「決定かよ」と嘆息する。
「最後の一押しは美人だよなあ。
 決定じゃあ、仕方ない。アンタ達に『賭け』てやるから、精々とっとと片付けてくれ」
 封魔が言葉に波を引いた。
 それは取りも直さず、この戦力が救援に向かえるという事実の確定であった。
「……で」
「はい?」
「アンタに慰めて貰う話なんだけど――」

成否

成功

状態異常
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)[重傷]
無限円舞
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃
新道 風牙(p3p005012)[重傷]
よをつむぐもの
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣
恋屍・愛無(p3p007296)[重傷]
終焉の獣

第4章 第5節

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
観音打 至東(p3p008495)
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

●STAGE IV(パウル・中)
 激しい戦いは続いていた。
「人が最高にキラキラしてるところに映り込むのは気分がいいんだぜ!!!」
 余りにも口さがなく、余りにも身も蓋も無く。
「新田センセ! まぁ、この戦いが終わったら兎に角一杯おごりな!」
 一方的な『約束』を突き付けた秋奈は相変わらず、
「てな訳で――戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ!
 その悪逆! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしないわ!」
 まるで気負わぬままに目の前の強敵に立ち向かう。
「確かに、これはちょっと許せないわね」
 彼女はプリマ。舞台芸術には一家言持つ『情熱の美女』は大舞台の不作法を見過ごす事は出来はしない。
「舞台の場面が変わるのはいいわ、これはそういうお話だもの。
 でもショーをやると決めたなら魅せ方にも拘ってみせなさいな!」
 気を吐いたヴィリスの『蹴劇』がまさに魅せるかのように我が身を襲う敵の兵を蹴散らした。
「ええ。このまま観客となって見守るなど面白くありませんね。
 運命は自分の手で手繰り寄せてこそ価値があるというもの」
 蠅の王から伸びた触腕の破滅的な威力をリュティスの繰り出した銀光が辛うじて跳ね返している。
「拍子抜けのこの壁も」
 続け様に薙ぐ死の風も、
「奇怪なる術の数々も」
 嘲笑そのものであるかのような戦場にさえ彼女は頓着していない。
「『無理を通せば道理は引っ込む』。全てを無効化してみては如何です?」
「――剣呑な美人はイレギュラーズの流行かい。
 だがまぁ、これからって時だろ? 幕を下ろすのはあんまり早いぜ」
 暗黒の世界を支配する鴉を見上げて、ルカは口の端を歪めていた。
「だから――変な話だが、感謝するよ。スケアクロウ『さん』。
 伝説の英雄と戦えるなんざ、戦士冥利に尽きるってもんだ、ぜ!」
 場違いとも呼べるラサの嵐が狂乱に荒ぶ。
 無数にも思われた蠅の兵を薙ぎ払うかのように暴れ狂い、ルカの視線の先――その本命への道を指し示している。
 処刑台――黒結界内での戦いは矢継ぎ早に状況を変えていた。
 つい先程までのものとも違う。パウルの嘲笑った顔触れに新しいものが増えているのは見ての通りだ。
「これがゲイムだって言うのなら、賞品の一つでもぶら下げて来いよ」
「贅沢だなあ」
「リーゼロッテに謝れ。あとはそうだな……メシでも奢れよ」
 冗句めいたやり取りは気安く、しかし命のやり取りの続く鉄火場は一秒毎に多くの運命を問い続けていた。
 黒結界内はまさに収縮された混沌であり、イレギュラーズは必死の抗戦を見せても容易にパウルへは届かない。
 獅子奮迅の、素晴らしい戦いを展開したにも関わらず、イレギュラーズの獲得したのは消耗以外の何者でもなかった。
 嘲るパウルは有言の通りに未だ遊んでいるような状態である。
 少なからず手練れのイレギュラーズと戦闘を繰り広げているにも拘らず、追い詰められたようには見えない。
 但し、唯一と言ってもいい――イレギュラーズにとっての福音もある。
「行ってらっしゃいって――新田さんを見送ったら、酷く締め出されたと思ったら!」
 それは攻勢を仕掛けた面々、更には大仰な溜息を吐いたアーリアの存在が示す『事実』である。
 処刑台を覆った黒結界はそもそも、内部と外部を遮断する枷である。パウルの魔術精度を考えれば内外を完全に切り分ける事は難しくは無かっただろう。故にルカ曰くの『幕は早い』だったのだが、本来は外に居た彼等が内に在るのが『感謝する』の所以になるのだろう。
「招待状は無いけれど、良かったのかしら?」
 問い掛けたアーリアにパウルは「勿論」と笑う。
『結論から言えば黒結界は全ての侵入者を阻んでいない』。
 少なからず食い止められている連中も居るが、散発的とはいえ集結は用を果たしている。
「『吸血鬼は招かれた家にしか入れないと言うけれど。
 退屈な理由で美人を放り出すのは解消がないと言うんデスよ。アーリア君』」
「ありがとう、と言っておくべきなのかしらね――きっと、其方には良い結果にはならないと思うけど」
 色の乗る呪言は女の艶やかなルージュのように軌跡を残した。
(少しでも、幾らかでもその好機を引き寄せられるなら――)
 そんなに素晴らしい事は無いけれど。
 実を言えば、余裕のある調子と裏腹にアーリアは短い時間の間にも状況の厳しさを思い知っていた。
 同じく熟達に相応に神秘を扱うからこそスケアクロウなる深奥の底知れなさを怖気として理解する他無かったのだ。
 他方で。
「これほどの力を隠しておられたのですね。
 生憎と魔術には疎い非才の身。されど、一目で只者とは呼べますまい。
 ならば、戦いを挑んでみたくなるのが武道を嗜む者の性というものです」
「実の所、誕生日前に梅泉さん――趣味の相手を攫われた恨みが無いと言ったら嘘になりますが。
 今は『それ所ではなく』。然してこの貸しは取り立てるとしましょうか!」
『飛び込んできた』沙月が、密やかに動きを伏せた瑠璃が――武芸者の二人が鮮烈にパウルに仕掛けを見せた。
 言うまでも無くこの酷い、乱戦めいた状況は支配者であるパウルさえもを絶対の安全地帯には置いてはいない。
 並大抵の技量なら受け止めるは困難な沙月の突きも、瑠璃の見事な斬撃も――常人が相手ならば十分奏功した事だろう。
「何が来るべき者なら、だ。
 リーゼロッテの為に来るべき者なら、この戦場にいるイレギュラーズ全員で……
 リーゼロッテにいらない者は、テメェだけだよ、クソ親父がっ!!
 だから、私は一発、お前を殴る為にここまできたんだ!」
 ミーナの渾身の一打はそれ相応に響いてみせた事だろう。
「うんうん! 盛り上がって来ていいじゃないカ!
 そうそう、どうせすり潰されるでも――少し位は抵抗して貰わないとね。
 何十年、何百年か振りの『運動』だぜ。僕を退屈させるなよな!」
 されど、誰の強い決意をも鼻で笑うパウルは文字通りの伝説である。
(……美人だから、なんてそんな大嘘)
 嘘吐きは嘘吐きの流儀を知るものだから。聡明なアーリアは気付いていた。
『彼女のような可愛らしい嘘吐きを邪悪の極みと一緒にするのは失礼というものだが』。
 レオン・ドナーツ・バルトロメイ(さけのあいて)は果たして、いい練習台だったに違いない。
(最悪の男……!)
 アーリアは確信していた。パウルの軽薄な言葉はその全てに実体がない。
 黒結界内にはちらほらと自身を含めた新手が見えていたが実際には理由等無い無選別に過ぎまい。
「パウル殿。何故こんな世の混乱を招くようなまねをしたのか問いたい。
 リーゼロッテ殿は我らと縁深き方だからローレットが動くことも考えの中にはあっただろう?
 今こうして敵対することで貴殿に一体何の利があるのか――」
「――君達はさあ。何にでも理由を付けたがる悪い癖がある」
 問うたヴェルグリーズにパウルは肩を竦めた。
「君達は分かっていない。何も分かっていない。
 僕は全てを経験してきた。人並みの情念も、悪事も、善行も。
 この『子育て』以外の何もかもを終えてしまっただけなんだよ。
 僕は大いなる被害者で、元はと言えば凡百(きみたち)こそが罪そのものだ。
 ……つまらない価値観でこの僕を測ろうとするなよな。
 奇跡の青薔薇、究極のアーベントロートを。僕の正しい後継を。唯一の至高を。
 作り上げていたのに、作ってきたのに。唯の人間の小娘みたいに、僕とはまるで違う三流に。
 大切なリーゼロッテをそんな風にしたのは君達の方じゃないのかい?」
「貴方らしく? 元々無理ですわよ、そんなもの」
 苦虫を嚙み潰した顔で吐き捨てたリーゼロッテに「反抗期だね」と笑って見せる。
「ギャハハ! なるほど! 盗賊魔術師! 急に親近感が湧いてきやがったぜ!」
 キドーが大笑した。
(何て虚だよ。気色悪ぃ)
 キドーは正直、少しだけパウルの事が分かった気がした。
 まるで事情は違う。結論も、価値観も違う。しかし置いて行かれた気持ちは少なからず彼にも分かった。
 パウルはきっと『誰でも良かった』のだ。
 先程にしても、アーリアの名前を呼んだり、美人なんておどけてみせてもそんなものは唯の言葉遊びの域を出ない。
 彼が気にしているのは総体の戦力だけであり、通しているのは弄べる程度の範囲だけで……
 否。『誰でもいい』のはこの戦いばかりではない。この男はきっと自身以外の此の世の全てを嘲笑していた――
「さあさあ、早く盛り上げないとお姫様を殺しちゃうよ。
 言っとくけどそう何度も邪魔はさせないからね。
 眼鏡君にも、おヒゲ君にも、可愛らしい王子様にも!」
「痴れ者が――!」
 王子様(レジーナ)が痛罵しても鴉は余裕の風情のまま。
 事この期に及べば誰の目にも明らかであろうというものである。
 パウルの傲慢はイレギュラーズを未だに競う相手と認識していないのは間違いなかった。
「もう、バケツ一杯の血を頭から浴びたような気分。
 ……其れが比喩でも大袈裟でもない有様なんだから、本当に嫌になる」
 ゼファーは「うんざりするわ」と彼女には珍しく心底げんなりしたかのような声で呟いた。
(如何に強大な相手だとして。如何に恐るべき相手だとして。目を逸らさないこと――
 立ち向かうにしたって、逃げるにしたって。其れを止めれば、ただ散るばかり、か。
 ……そうは、教えてはくれたけれどね。此れ程の相手までは想定していたのかしらね、あのクソジジイ)
 ゼファーは知らない間に恩人(クソジジイ)の教えを律儀に守っている事に気付いて苦笑した。
「どっちにしたって一緒よ」
『ここに来れた事は僥倖に思われた』。
「レジーナ、貴女は好きにやりなさいな。
 こっちも好きにやるから――誰が白馬の王子様足り得るか。愉しみにしているからね?」
 先走りそうになるレジーナの肩をポン、と叩いたゼファーは一筋の涼風のようだった。
「なるほどな。この結界こそが、真の処刑台という事か」
 汰磨羈の言葉は静かに響いた。
 相手は悪魔だ。冷静さを欠いたら尚更碌な結果は産まれない。
「さしずめ処刑相手は『全員』か?」
 奴は蛇口をコントロールするように『少しずつ』。結界内外の戦力を絞り、この殲滅の檻で全員を始末する心算なのだ。
「今から、その結界の中で弄ぶというのか。私の、かけがえの無い戦友達の命を?
 巫山戯るな。『嫌になる』とは、此方の台詞だ。謀り、嘲り。挙句の果てには、これみよがしの取捨選択」
 飛び込んできた『蛮勇』は謂わば飛んで火に入った夏の虫のように思っているに違いなく――
「――無礼るなよ、パウル!」
「全ては、望みのままに。最後まで付き合わせてもらうよっ!
 それに、あの悪趣味、一発ぶん殴ってやらないと気が済まないからねっ!」
 ――同時に憤る汰磨羈は、花丸は。『絶対に認めないから』そんな弱者では有り得なかった。
「俺は生憎、諦めの悪い吸血鬼なんでなァ!
 ――この程度の魔術師に屈してちゃ、シュペル先生の弟子なんざ夢のまた夢だろ?」
 レイチェルは不敵に笑う。

 神は復讐を咎める、神の怒りに任せよと。
 だが神は手を差し伸べず。
 故にこの手を鮮血に染めよう。

「復讐するは『我』にあり──」
 蠅の兵、その王を嘯いた吸血鬼の一撃が薙ぎ払う。
 無限を形成するかのような闇は強烈な一撃にも僅か揺らいだに過ぎないが、
「この戦、勝つためには――ええい、考えねばならぬ事が多すぎますね!」
 曰くリーゼロッテを救うだとか、パウルを無力化するだとか。そうする為には蠅の王兵がどうだとか。
「――考えるのはここまでですネ。
 ええ、皆の前での私は猪武者。我武者羅に、そうと決めたことを成し遂げるのみ!」
 楠切村正の業物を構えた至東は雑念を切り裂き、振り払う。
「油断してくれないより、してくれる方がずっといいよ」
 続け様にパウルに仕掛けた花丸の一撃が彼の影を捉えている。
「尻尾を巻いて逃げ出すなら絶対に捕まえられない相手。
 余裕を見せないで本気で来るならもっともっと大変な相手なら――こんなに助かる事は無いよね」
 シンプルな花丸の言葉は最悪に厄介な敵に直面する仲間の気持ちを少なからず和らげた。
 彼女の結論は何処までもイレギュラーズらしく、真っ直ぐに真実を射抜いている。
 これまでの戦いも含めて、ローレットの戦いは何時も不利ばかりだった。
 そんな局面の悉くを彼女等が乗り越え、塗り替えてきた武器は偏に。
「わざわざ来たの。これだけの大勢が、私も! 他の人も!
 この手をとりなさいよね、リーゼロッテ・アーベントロート!
 どんなにお高くとまったお姫様でもピンチの時には王子様に助けて貰いたいでしょ?
 しおらしくしてるだけなんて、ちっともあなたらしくないんだから!!!」
 パウルが力を振るう程に沈痛な顔をするリーゼロッテを叱咤激励するタイムのような強い覚悟ばかりだった筈だ。
「……そんな顔、しておりましたか?」
「してたわよ。ね……?」
「お嬢様は何時もお綺麗ですよ。
 それから。最高の台詞を取ってくれてありがとうございます」
 寛治がわざとらしく肩を竦めれば「あ、しまった!」と罰の悪そうな顔を見せたタイムにオウェードも「もうひと踏ん張りじゃな」と気を入れ直した。
(お願いだから)
 自分の気持ちに蓋をしないで。
(お願いだから)
 わたしの目の前で死なないで。
(お願いだから……)
 誰も後悔しないように!
 勇壮な言葉とは裏腹にタイムは祈るような気持ちで居た。
 パウルの属性は『支配』そのものだ。如何に力を尽くしても彼の計算を、彼の支配力を崩さない事には望みには届かない。
 指先がチャンスを掠めたとしても、それはそうさせられたに過ぎないのだ。
 願わくば、悪魔を超える力を。奇跡を。まだ見ない先行きを――

 ――果たして。

「……ふざけるな馬鹿野郎!」
 目前を阻む黒結界を前に不完全な願望器(ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン)は強く怒りを抱いていた。
 望みを遮る邪悪な意志に、不出来ばかりの混沌に。不条理と理不尽ばかりを押し付けるこの、物語に。
「最強の魔術師……だから、何?
 アーベントロートの初代……だから何だよ」
 口にする度に煮え滾る感情はもう制御の出来ない渦のようだった。
(誰が相手でも構わない。知らない。新田さんや皆の願いを叶える為に……
 リーゼロッテさんを助ける為に、生きて幸せになってほしいから僕自身の我儘で僕は来たんだ!)

 ――願望器に命をくべよ。
   魔術紋よ焼けて爛れよ。
   その全てを賭けて『心』を踏みにじり続けるあの悪魔に鉄槌を。
   この一撃は消えぬ疵。運命を穿ち、風穴を望むがいい!

 ヨゾラの願いが黒結界を揺るがした。
 揺れて、揺れて、揺れて、崩れかけて押し止まる。
「これでも……!?」
 驚愕の声を上げたヨゾラに応じる声が響いた。

 ――旅人は奇跡を持ち合わせるものだろ?
   君如きに出来るなら、僕に出来ない道理があるかね?

「――――」
 単純な話である。奇跡は、同等の奇跡の前に相殺する。
『パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロートはイレギュラーズなのだ』。

 ――僕のゲイムに水をさすなよ。これからだろう? 面白いのは!

「いいえ」
 哄笑するパウルを静かに遮ったのはグリーフだった。
「この場においても、私が望むのは。『愛とは何か』それを知ること。
 貴方には余りにも愛が無い。貴方がゲイムと称する時間は余りにも無価値だった」
 混沌の戦場に散りばめられた愛の数々。
 その何れもが、その悉くが砕けてしまうことのないように。
 愛の喪失(ロス)、そして悲嘆(グリーフ)が生まれないように。
 一つの奇跡が互いの意味を打ち消し合うのなら、もう一重そこに奇跡を重ねよう。
(未だ終わりの時を知らない彼。
 シュペルさんのように独り永劫の時を生きるでなく、幻想国の中にあり、夫婦の縁を持ち、子を為し。
 本当に欲したものも、本心も私には分かりませんが……
 孤独よりも、たとえ偽りでも誰かとの繋がりの中にあった貴方が。
 子を為し育む時を過ごした貴方が。『私は羨ましかったのです』)


 ――かくて。
 錆びた運命の扉は重く、重く。軋み音を立てて開かれる。
 繰り返される物語は腐れ爛れた虚ろの意志を最後まで肯定しようとは、思うまい!
「……おいおい。本気かよ、この連中」
 大穴の開いた黒結界に今日初めてパウルが焦りの見える顔をした。
 この異変を受けてイレギュラーズは戦力を集中させるだろう。
 一方のパウル麾下は自身の命でリンドウの援護に集中している。
 縊り殺す為の罠の檻が破れたならば、彼の計算は最早想定の内にはあるまい。
「遊び過ぎたな。だけど、君達には何も与えないサ。
 残念だけど、これでお別れだ。もう少し品のいい連中なら、もっと遊んであげられたんだけど」
「――――!?」
 パウルの殺気が一気に増幅し、黒い鴉が動けないリーゼロッテに襲い掛かる。
『リズ!』
 そう呼ぶ者は殆ど居ないが、この言葉は見事にユニゾンした。
 同時にこれを阻みかけた寛治やレジーナ、オウェードを執拗に襲った蠅の兵が阻んでいる。
「何度も、しつこい……!」
「こっちの台詞だろ」
 舌を打ったクリスチアンをパウルは鼻で笑い飛ばした。
 状況の変化は肯定しない。『終わらせてしまえば、努力の全ては水泡に消えるだろう』。
「言っただろう!? 僕の物語にご都合主義なんて要らないのさ!
 眼鏡にも髭にもお嬢さんにも邪魔なんてさせるもん――」
「――――面白そうなゲイムじゃん、アタシも混ぜてよ?」
「は……?」

 銃声が一声啼く。
 刹那、パウルの『黒鴉』が銃弾に爆ぜていた。

「ヘイ、ジェック! ナイス! ジェーーーック!
 最高だぜ、ジェック! っぱ、流石! お前は俺の知るナンバーワンの狙撃手だからよ!」
「調子がいいな!?」
 ハイタッチを要求した千尋にジェックが微妙な顔をして応じてみせた。
 大穴が開いたとはいえ、黒結界の残骸はパウルの姿を覆い隠していた。
 結界の『大外』から放たれたジェックの狙撃は大魔道にとっても予想外の――有り得ざる一撃に他ならない。
「たまの、ああ。脇役冥利に尽きるってもんだ!」
 狙撃を成功させた要因は単純な技量腕前だけではない。
 それはスポッターを買って出た千尋との共同作業であり、そして同時に。
「絶対に開くと思ってた。
 どれだけ緻密に編んだ糸だろうと、編んである以上穴はある。
 そして、穴があればアタシの弾は通る――通すだけだから」
 一筋でも狙撃の道が開くと信じていたジェックの確信が故だった。
「……ハアアアアアアアアアアア!?
 理解不能! 全く意味が分からない。何だ、何なんだ、君達は!?」
 激しく首を振るパウルは明らかな怒りの感情を隠していない。
 結界の穴にどっかと足を踏み入れたグドルフはそんな彼に『同情』した。
「どうやらローレットは初めてみてぇだな?
 なあ、ムカつくだろ。なあ、理不尽だろ? ま、もう後悔しても遅ぇがな」
「御無事で何より」
 寛治の言葉に「おう」と応えたグドルフの全身は酷い傷だらけ。文字通りの満身創痍。
 しかし台下で多数の敵を請け負った『最強の山賊』は相変わらず不遜に笑って言った。
「言ったろ。後から行くってなあ。
 まだパーティは本番前みてぇだから――安心したぜ」
 流れは変わった。
 何一つ変わらずパウルは『最強』のまま。
 彼を食い止める手段等、何処にも見えない。
 しかし――それでも。幕は再び上げられたのだ。些か強引に、そして必然のように。
 望みは未だ遠く霞めども、きっと物語は一つの終末に向かうのだろう。
「なあ、どんな気分だい。主役面した優男さんよ?」
「空気の読み方って知らないかい?」
「ああ、知らねぇな。山賊は呼ばれないでもやって来る。
 それに、知らねぇかってなこっちの台詞だぜ。
 主役は遅れてやって来る――世の中の常識だろ、そんなもん!」

成否

失敗

状態異常
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)[重傷]
祝呪反魂
志屍 志(p3p000416)[重傷]
天下無双のくノ一
グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)[重傷]
【星空の友達】/不完全な願望器
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)[重傷]
陰陽式
アーリア・スピリッツ(p3p004400)[重傷]
キールで乾杯
天之空・ミーナ(p3p005003)[重傷]
貴女達の為に
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)[重傷]
運命砕き
雪村 沙月(p3p007273)[重傷]
月下美人
ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風
タイム(p3p007854)[重傷]
女の子は強いから
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)[重傷]
黒狼の従者
観音打 至東(p3p008495)[重傷]
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
笹木 花丸(p3p008689)[重傷]
堅牢彩華
ヴィリス(p3p009671)[重傷]
黒靴のバレリーヌ

第4章 第6節

アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
アンジュ・サルディーネ(p3p006960)
世界の合言葉はいわし
久留見 みるく(p3p007631)
月輪
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

●ヴァイオレット・ホロウウォーカー
 処刑人に。
 聖女に。
 雷光に。
 混沌に。
 鰯に。
 ヒーローに。
 鬼に。
 物語の守り手に。

 伝えたい相手は山と居て、伝えたい言葉は山とあって。
 しかし、動かない身体はその全てを自由にしない。
 否、唯の一言さえもヴァイオレットは本当に届けられたか自信が無い。
 それは都合の良い妄想なのかも知れない。
 縋ってしまった自身の弱さが見せた末期の幻影だったのかも知れない。
 しかし。
 しかし。

 ――お願いだから、死なないで、皆……っ!

 ヴァイオレットは信じたい。
 その言葉が空に解けた事を。
 その言葉が意味のある音として、大切な友人に届いた事を。
 それを言った自分が、或いは産まれて初めて『生きたい』と思えた事を!

●STAGE IV(リンドウ・後)
「絶対に断れませんね、お願いされたら」
 ルル家が笑った時、仲間は全ての気持ちを一つにして実に素直に頷けた。
 可愛くない、可愛すぎる占い師が似合わない本音を見せたのだ。
 こうなれば、生きて帰ってやるしかない。
 顰め面をして、頬を紅潮した彼女を苛めてやらなければ割が合わない。
「ふふ。いいオーダーも受け取って……漲るな。
 黒幕が正体を現し、いよいよ終盤という風情という訳だ」
 唇を端に零れた血を指先でピッと払い、ブレンダは静かに呟いた。
 敵の正体や全容が知れたはいいが、解決が近付いたと呼ぶには余りに楽観的が過ぎる状態だ。
 むしろ敵の威圧はどんどんと強くなっており、味方の余力は急速に削られ続けていた。
「全く、雲霞の敵の方が幾らかマシだな。『質、量を伴われた精鋭の群れ』は実に最悪だ」
 これまで以上の危機にもブレンダは揺らぐ事は無かった。
 こんな戦い、恋愛(ふえて)に比べれば如何程の事でもない。
 傷の痛みも、泥のような疲労も胸を突き、裂くような衝撃に比べればどうという事もないのだ。
『いや、そうでも思わなければいられない』。
「いや、見事な腕前ですねえ」
「……素直には受け取れないな」
 マッチアップしたリンドウの言葉にブレンダは難しい顔をした。
「本当ですよ。但し」
「……?」
「腕前がいいのは分かったのですが、どうも私を倒す心算は薄いようで。
 理解出来ないのはその辺りでしょうか。貴女はもう少し強いのではありませんかね?」
「フン」とブレンダは鼻を鳴らした。
「殺す気等元よりない。
 殺したくないと決意を決めた者がいる。ならばそれを為すために手を貸してこその仲間というものだろう!?」
 美しき剛剣が間合いの中で荒れ狂う。
 その絶技さえ軽く避けたリンドウは「はあ。じゃあ私が勝ちますねえ」と気の無い返事をした。
 リンドウは間違いない悪だ。されど、いざ戦い、刃を合わせるイレギュラーズの多くはこの頃には『それ』を察していた。
 リンドウがルル家に向ける感情は紛れも無い『愛情』であった。
 愛が故に壊さざるを得ない、なんて壊れた感情は他の誰にも理解は出来まいが。
 それが恐ろしく純粋な衝動である事を知る程に、当のルル家がリンドウの死を望まない事実を鑑みる程に。
 この姉妹喧嘩がどうしようもない程に厄介な色合いを帯びている事は知れていた。
(生まれつき壊れている?
 知ったことか。それなら私もそうだろう。他人と同じなんて感覚は味わった子がない。
 誰に一人として同じ人間なんていやしないんだ。世界が変わってもそれは変わるまい!)
 だが、たかが人間にも出来る事はある。
 全てを救う事は到底叶わない小さな掌に過ぎなくても、友の想いを一筋掬い上げる事位は許されようと。
 気休めと知りながらブレンダは想うのだ。
「リンドウさん。あたし、みるくって言うのよ」
 場違いにさえ思える友好的な言葉にリンドウは小首を傾げた。
 お構いなしのみるくは彼女をじっと見つめたまま、言葉を続ける。
「あたし、ハッキリ言って、この名前が嫌いよ。
 だって、あたしがなりたいのはクールな女なんだもの。
 みるくってなによ。そんなの全然クールじゃない」
『身勝手』な身の上話の間にも命のやり取りは続き、みるくは傷付いてもその『戯言』を止めなかった。
「でも、この名前は――どうしたって捨てきれない。
 大事なパパとママがくれたものだもの。
 ――ねぇ、これって笑っちゃう位、小さな悩みでしょ?
 生まれついたものと向き合ったあなたの努力をあたしは否定しない。
 でも肯定はしない。少なくともあたしは諦めないから。
 妹を抱きしめてあげられる、理想の自分を!
 カワイイ名前でもカッコイイ、理想の自分を!
 貴方が諦めても、あたしなら絶対諦めないから!!!」
「大好きだから壊したいなんて――理解できないししたくない!」
 フランの可憐な美貌には意志の力が漲っていた。
 みるくの、そしてフランの余りにも真っ直ぐな言葉に思わず苦笑を漏らしたリンドウは「でしょうねえ」と拗ねたように呟いた。
「だって、壊しちゃったらもう会えないんだよ?
 大好きなのに会えなくなるようにしちゃうとか、わけわかんないよ!」
 フランは『その瞬間』を想像してみた。
 想像してから後悔して――一瞬だけぎゅっと目を閉じてその全てを否定した。
(おとーさんも、おかーさんも。
 故郷の里の皆も、たくさんの友達も――すきなひと、も。
 大好きな皆は、この手で守りたいの。そうしなくちゃいけないの!)
 一杯に声を張って、力を尽くす。命を燃やす。
 どれだけの困難に直面したとしても彼女のやるべき事は変わらず、迷う余地等在りはしない。
「縒り合された縁は巡り、捩れて廻るもの。
 直接の縁(つながり)は無くとも、細い糸を辿れば何処かへ辿り着く。
 ならば、俺がこの場に立つも縁の一端なのだろう。
 縁の糸の先に在る誰かの為、運命をくべる者の一助となれるなら。
 守りたい者の本懐を、その背を押す事が出来るのなら。
 この一撃も、戦いも意義深いものになるだろうよ――」
 アーマデルの言う『糸』とは『運命の糸』『人の縁』。
 彼の元居た世界はその維持の為に運命の繰り糸を求め続けてきた。
 ならば、彼がここを譲らないのは必然だった。
 この戦場には糸が溢れている。縦横に張り巡らされ、時に絡まってはいるけれど。
 目の前の敵(リンドウ)を含め、因果はまるで蜘蛛の巣のように複雑だった。
「人はその視点でしか判断ができない。
 私にとってあなたはわるいひとだ。
 でも――ルル家さんにとっては大事なお姉さんなんだよ!」
 アンジュの言葉は酷く感情的であり、同時に何処までも人間らしいものだった。
「お前の弱さを――妹に押し付けるな!!!
 生まれついたからしょうがない――そうやって諦めて、自分の心も壊すのか!
 その辛さを、苦しみを、どうして誰かに吐き出さなかったんだよ!!!」
「耳に痛いなあ」
 リンドウは苦笑した。相手方は頑固が過ぎる。
 諦めてくれれば面白おかしくやり合えるのに――
 嗚呼、人間とは何と面倒くさい生き物か。
 願っていても叶うとは限らないのは事実である。
 捻じ曲がった運命を正す事が出来なかったのは何もこのシーンだけでは無いだろう。
「でも、結局は――どっちも譲れないなら力で決めるしかないんじゃないですか?」
 リンドウの強烈な斬撃が網のような殺戮空間を作り出す。
「ヴァリューシャ!」
「マリィ!」
 互いに声を掛け合ったマリアとヴァレーリヤがこれを辛うじて回避する。
「中々どうして。『滾り』ますね……!」
 空観は怯まずこれに立ち向かう。
『ルル家の友人』を相変わらずに執拗に狙うリンドウの殺意は僅かも鈍ってはいないのだ。
「させません。それに『大丈夫』です」
 動けないヴァイオレットをも狙った殺意をリンディスが食い止めていた。
 彼女は静かに芯の強い調子で言った。
 怯えの色も、畏れの色も否定して……
「そうして最後には――是非、貴女の物語を聞かせてくださいね」
 穏やかに笑みを向けられれば、リンドウの顔も僅かばかり紅潮した。
「この……!」
「お姉ちゃん!」
「やる気になりましたか?」
「……絶対に! お姉ちゃんには『謝らせますから』ね!」
「うん。その行く手は私が護るから! ルル家君、思いっきりやって頂戴な!」
 ルル家の言葉に、そして力強いアレクシアのエールにリンドウは何とも言えない顔をした。
 互いが譲れない何かを持ち合わせるならば、最後は奪い合うしかないのは必然だ。
 必然は必然なのだが……
(何でしょうね、この子達)
 リンドウは自分が壊れている事を自覚している。
 可愛い妹が壊れている事も知っていた。
「ヴァイオレットも、ルル家も、リアも、サンディ君も誰一人傷つけさせない!
 私には『背中で守るかっこいいの』は向いてないらしいからね!」
(何なんでしょう、本当に)
 シキが身を挺してヴァイオレットを守った時、リンドウは心底首を傾げざるを得なかった。
 どれもこれも『頭のおかしい』お人よしばかりだ。
 壊れているだなんだ、そんな話をするならばどいつもこいつも壊れているのは同じだと思った。
 ベクトルが違うだけで、壊れている。そうとしか言いようがない。
 自分を倒せば良いではないか、守りたいなら。それ以前に自分の命を何だと思っているのだろう?
 友情は否定しない。愛だって十分理解出来る。しかし、これはおかしいのだ。
 こんな馬鹿馬鹿しい戦いに何時までも救いを見れるなんて――『在り方としておかしいではないか』。
 戦いは続く。削り合うように続く。
 一方的にイレギュラーズに犠牲を強いて、追い詰めるだけの戦いは続く。
 確定的に、断言して。戦力はまるで足りない。そもそもが根本的に足りていない。
(士気はまだ高い、だけど……)
 癒し手でもあるリアは仲間達が、自分自身が置かれた状況を良く理解していた。
 形の良い眉を顰め、薄い唇を噛んだ彼女は長く続くこの戦いが示す意味を理解していた。
 自身やフランが状況を支えていても、限界がそう遠くないのは明らか過ぎた。
(数を頼みに抑える事は出来ない。むしろこっちが良く堪えている方だわ)
 そして。
(やっぱりヨルは強さの次元が違う。
 こっちが倒す気がないなんて――ふふ、我ながらナイスなジョーダンだわ。
 このままじゃ一人ずつ――ジリ貧ですり潰されるのは目に見えてるかもね)
(……あちこち、痛いなあ)
 一方で気力を振り絞るようにして立つ正純もそんな言葉が頭を過ぎっていた。
 限界だ何だというのならとうの昔に過ぎている。
 疲労感と激痛に胡乱な思考が空回っている。
 元より、戦力は著しく不足していた。
 ただでさえ手強い薔薇十字機関が集い続けているのだから当然だ。
 イレギュラーズ側は『肝心』の処刑台に戦力を集中させているのだから当然だ。
(……頑張る必要があるか、じゃないんですよ)
 しゃらくさい。
(……彼女たちが何者だろうと、正義だとか悪だとか関係ない)
 しゃらくさい。
(大切なお友達を目の前で好き放題ボコられて、我慢出来るわけないでしょうが)
 しゃらくさくて、考えたら次第に腹も立ってきた。

 ――無茶をする友人たちが許せない。
   大切な友人を傷つけるお前が許せない。
   私は、友人の助けたり得ない私自身が許せない。

 怒りが身体に力を呼び戻した。
「―――正純ィ!!!」
「人使いが荒いですね!」
 リアの声に正純は今一度力を弓を引き絞る。
 どれ程、星は遠くとも――空の彼方で希望は常に瞬いている。

 ――、――、――!

「『そうですよね』」
 頷いた正純の一射が奇跡を帯びた。
 彼女の願いはリンドウを殺す事ではない。彼女を止める事である。
「ここで頑張らないと――私は胸を張っていられないんですよ。
 友達ですって言えないのは、絶対に御免なんですよ!」
「――ッ!?」
 顔色を変えたリンドウが避ける間も無く、その一撃は彼女の脚を撃ち抜いた。
 縫い止める願いは「良くやった!」と間合いを詰めたリアによって結実する。
 反射的に放たれたリンドウの鋼糸がリアの肢体に幾条も傷を刻むも、彼女は全く怯まなかった。
「あたしは死に来た訳じゃあない! 死なない為に死ぬ気を出すのよ!
 ルル家の願いを護る為に! ヴァイオレットを救う為にも!
 だからこんなの……全然、全然痛くはないわ!」
 星(スタードロップ)の『競演』がリンドウを叩く。
 正純の一撃でまともな動きを失った彼女の動きは往時の見る影もない。
「……ホント、信じられませんよ」
「信じなくてもいいわよ」
 リンドウの呟きにリアは言った。
「ルル家を想う旋律。あんたもヴァイオレットもそっくりなのよ。
 最初から、ずっと聴こえていたから。本当に馬鹿よ。馬鹿よね、お前」
「よーし、生きてるな! 死ぬなよ。手を貸すぜ!」
「『おかわり』が出来るなんてサービス満点じゃないか?」
 封魔を抑えていた筈の風牙が、愛無が――イレギュラーズの部隊が火急の現場に駆け付けた。
 より激しさを増す戦いは泥沼の消耗戦の様相を呈していた。
 それでも。
「……封魔も手を引いたんですねえ」
 呟いたリンドウを止めたとしても、事態は解決するものではない。
 満身創痍のイレギュラーズに比して薔薇十字機関の戦力は十分だった。
 彼女の『遊び』が頓挫したとしても、先行きは明るいものでは有り得なかった。
『最終的には薔薇十字機関が勝つのは言うまでもない』。
 リンドウの遊びに関わらず、ヴァイオレットは死ぬ。
 リアは死ぬ。正純は死ぬ。マリアもヴァレーリヤもシキも死ぬ。
『壊れている』イレギュラーズは皆死んで、ゲイムでも何でもないつまらない結末が横たわるのは見えていた。
「……………」
 リンドウは首を振った。
 やがてルル家も死に、薔薇十字機関は処刑台の上を目指すのだろうかと考える。
 自分はまともに戦えない戦力外だ。しかし『ヨアヒム様』を援護したならば上の連中の全滅も間違いない。
 リンドウは考えた。頭が痛くなる位に考えた。

 ――自分は何をしたかったのか。

 ルル家と遊びたかった。それはそうだ。
 どうしてだ? ルル家が好きだからだ。愛しているからだ。
「……お姉ちゃん、動かないで下さい!」
 信じられない位に鈍い動きで動き出したリンドウにルル家が警告を与えた。
 向かい合う姉妹に他の誰も手を出さない。ルル家はリンドウに牽制の一撃を放ち、
「――――!?」
 そして目を見開いた。
 リンドウは見え見えのルル家の『外す』一撃を偏差して、その左胸で受けていた。
「……な、なんで? どうして? お姉ちゃん!?」
 スローモーションのようにぐらりと崩れ落ちるリンドウは空を仰ぐ形で大の字になった。
 駆け寄るルル家に構わず、彼女は残された力を振り絞り大きく声を張った。
「――撤退ッ! 第十三騎士団名代として命じます! 戦力温存、速やかに撤退を!」
 薔薇十字機関の暗殺者達はこの言葉に一瞬の困惑を見せた。
「ヨアヒム様の命令が聞こえませんでしたか? 今は私が指揮官ですッ!」
 しかして、次なる言葉。
 更には指揮官が倒れた事、食いついた援軍のイレギュラーズの手強さを見てか。
 やがて後退の動きを開始する。
 喧噪の後に残されたのは満身創痍のイレギュラーズと、姉を揺さぶりながらボロボロと涙を零すルル家。
 蒼白な顔色で空を仰ぐままのリンドウだけだった。
「どうして、どうして……」
 うるさいなあ。
「お姉ちゃんは拙者を殺す筈ではないですか」
 ……うるさいよ。
「どうして、彼等を退かせたのですか」
 …………質問が多いってば。
「お姉ちゃんは強いでしょう? そんな顔をするなんて、おかしいじゃないですか!!!」
 負けたばかりです。皮肉かな?
 細く息を吐いたリンドウは震える唇から血を零した。
「……あーあ」
 言いたい事は山とあるが、彼女は言わない。
 それは語るに落ちるから。あんまり親切に言ったら余計な呪いを掛けてしまいそうだから。
 妹が傷付くのは最高だが、それを観測出来ないなら意味は薄い。
 そんなの、絶対勿体無い。悔し過ぎて死んでも死ねない。
 それにこれはリンドウのゲイムだったから、負けたなら代償は払うべきなのだ。
 そうだ、そうに決まってる。
 お節介な頭のおかしい連中が散々寄越した説教なんて、トップエージェントの夢見リンドウにはちっとも効いちゃいないのだ!
(ルル家を私以外に――殺させてたまるもんですか)
 ルル家というBETはリンドウにとっても最も重要なチップだったのだ。
 彼等を退かせようと思うならこれは仕方ないコストに過ぎない。だから、これも仕方ない――
「……『ヴィオちゃん』とお揃いですねえ」
 ――あれこれを胸にしまったまま、リンドウは笑えない冗談を言ってその目を閉じた。
 それ以上の何一つをも伝えぬままに。
 最後にぼんやりと考える。

 ――好きな相手を壊したいのは私の性質だ。
   でも、嫌いな相手なんて尚更ぶっ壊してやりたいじゃないですか。

 嗚呼、他人事のように考えた。

 ――考えてみたら、私ヨアヒム様大ッ嫌いだったんですよねえ。

「お姉ちゃああああああああああん――ッ!」
 ルル家の慟哭が響き、物語は『本当の最終章』の幕を上げる――

成否

成功

状態異常
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)[重傷]
願いの先
フラン・ヴィラネル(p3p006816)[重傷]
ノームの愛娘
アンジュ・サルディーネ(p3p006960)[重傷]
世界の合言葉はいわし
久留見 みるく(p3p007631)[重傷]
月輪
小金井・正純(p3p008000)[重傷]
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)[重傷]
薄明を見る者
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切

第4章 第7節

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
セララ(p3p000273)
魔法騎士
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
リリー・シャルラハ(p3p000955)
自在の名手
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
アト・サイン(p3p001394)
観光客
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)
流星と並び立つ赤き備
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)
ファイアフォックス
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
只野・黒子(p3p008597)
群鱗
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
越智内 定(p3p009033)
約束
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
佐藤 美咲(p3p009818)
無職
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星
倉庫マン(p3p009901)
与え続ける
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

●STAGE IV(パウル・後)
「誰がお呼びでないって?」
 ジェイクの二丁拳銃が続け様に火を噴いた。
「誰がいらない脇役だって?
 ああ、その糸目の通り――見えてねぇみたいだな。
 見ての通りの節穴じゃねぇか」
 これまではオウェードを送り込む為のもの。
 しかして、処刑台に上り、黒結界が破れた今となっては別のもの。
 ふてぶてしく言い放ったジェイクの戦いは全く別のステージへと変わっていた。
 彼だけではない。
「男が一度――最後まで付き合うって決めたんだ。
 アンタを倒して、めでたくグランドフィナーレを飾ってやるさ!
 それに……アンタは見てるとどうにも腹が立ってくるんでね!」
 刃を振り抜き、目前の蠅を『払った』クロバがそう口にしたのは、父親を連想したが為だった。
(碌でもない父親のせいで自分の運命が弄ばれる、か。
 同情するよ、リーゼロッテ。あぁ、なんか似てて腹立ってきた。
 あの男もそうだった、俺を自分を殺すための道具かなんかと見てたんだろう、クソもクソでやってられるかよ)
 クロバはその癖、父親を嫌いになりきれない想いもまた理解してしまっていた。
 囚われたリーゼロッテは今、憤懣やるかたなくパウルを見ているだろう。
 自身を救出に来た友人(イレギュラーズ)を心から案じている事だろう。
 されど、さりとて。
 奇しくも彼女はルル家とも同じなのだ。
 肉親の情なんてフリークスを前に宛てにはならないが、簡単に割り切れる人間ばかりではないのだから。
「やれやれ、最悪だ。本当に――どうしてこんな風になったんだカ!」
 多種多様な無効化能力、有り得ざる程の超絶技巧。
 現代の尺度では魔術師とすら呼びたくなくなるパウルの前にイレギュラーズの攻めは然程奏功していなかった。
 しかし溜息を吐いたパウルの様子は当初程の余裕を帯びてはいない。
 鴉の想定する『支配』にコントロールされていた戦場は全く別の姿を見せ始めていた。
 ヨゾラの、グリーフの渾身で開いた風穴は次々に集う運命を阻止する能力を失っている。
 そして、それは『勝利不可能』な結論を僅かばかり、ほんの僅かばかりに歪曲する重大な事実に他ならない。
(……嗚呼、面倒な匂いがする。どうせ雪崩れ込んでくるんだろう、あのおかしな連中は!)
 パウルは敵を侮るが、その情報力は極めて高い。ローレットの値踏みも十分に済ませている。
 彼がもしローレットの全てを相手取り、苦も無く捻れると思うのなら最初から黒結界は必要なかったのだ。彼がそれを用意したという事は取りも直さず、敵に何らかの警戒があったという事である。嘲りながらも警戒していたのは数だっただろう。そして取り分け。
「さあ、出番よ!」
 ローレットを知るパウルからすれば想定通り、必ず来ると思っていたイーリンの声だった事だろう。
「さぁてここが大一番!だな!
 結界ブチ破って突撃なんて、ははっ! 面白れぇな!
 これでこそイレギュラーズってカンジだな! 気分が乗るぜ!」
「敵うと思ってるンですかねェ」
 ミヅハの声をパウルは鼻でせせら笑う。
 だが彼は頓着しない。
「退屈、退屈……そうだろうな。だけど、そんなら尚更だろ?
 道が開かなかったら? ──なぁんて無粋な考えはいよいよ面白くないと思わねぇかパウルサン!」
 一本取られたパウルが舌を打った。
 事実、ミヅハの楽観はそう的外れなものではない。
 多くの絶望的戦場で『数』なる武器を纏め上げてきたその吶喊力は『支配』に抗ずる上でのパーツになるまでは確実だった。
 事、相手が人間の類に限られるなら。パウルは自身以外の悉くの『個』を敵と認識していない。
 故にこれは大いなる皮肉なのだ。彼が嫌がる『全』こそが最悪のタイミングで現れた鍵になり得る。
「裏で隠れて、自分は安全な領域に居て。
 冒険の欠片もなく……なんて言えばいいのか、言い繕うのもくたびれると言うか、最悪と言うか。
 シュペル位の自信も無いなら、最初から恰好つけるなよ」
 アトは吐き捨てるように言葉を続けた。
「要するに、簡単に言うと、だ。
 僕は君が好きじゃないから、こうしてしばきにやって来たというわけだ。
 分かるか、パウル・エーリヒ・ヨアヒム・フォン・アーベントロート」
「――――」
「流石、アトさん!」
 決まった、と喜色を浮かべたフラーゴラの快哉の一方で。
 成る程、目を見開いたパウルの反応は少し珍しいものだった。
 アトは「あれ? 案外効いた?」と惚けた顔をするが、彼は「別に」と首を振る。
「ただ――今日は『古い知人』に似た顔を良く見る日みたいデスねぇ……」
 計算の内に敵を置く事を好むパウルは想定外を嫌う。
 退屈を拒否する割に実に身勝手に専制的な都合を押しつけ続ける男なのだ。
 だから、『それ』は嫌だった。彼からすれば理解不能の理屈をもって。
 個よりも全を優先し、意志を束ね。奇特に立ち向かってくるその『集団』だけは――
「私は騎兵隊の頭領、そしてこれは騎戦なれば。私の道は、騎兵隊の道。
 その戦旗に魔力を、波濤を、友の言葉を、絶海の思い出を、全てを帯びる。
 果たして、イーリンは全身と全霊を、命を込めて一振りの魔力剣を掲げ、力一杯に振り下ろした。
「冬の星(オリオン)を堕とした剣が、友とあの海を越えた剣が。私が、斬り拓く――!」
「神がそれを望まれる(きまりもんく)」を外れた号砲が始まりを告げた。
 それは初めてと言っていい。
 その数は二十程も居る。パウルが嫌った、爆発的な『加勢』が気炎を上げる。
「かつて遺った骸の寄せ集めでありますが、此度は英雄達の介添えとなりましょうや」
 静かに――然して黒子(かれ)からすれば俄かに信じ難い位の熱をもって。
 告げられた言葉は格別の意味を持っていた。
(『今までは彼らに助けられたのだ。今度は彼らを助けるのだ』 。
 何度も機会はありますまい。この場の誰もが思っている以上に、アレと我々の差は大きい)
 冷静沈着、極めて優秀な戦略眼を有する黒子の見立ては外れまい。
 長期戦は無理。時間を与えれば鴉の魔術師はこの状況さえ『偏差』しよう。
 第一、外のイレギュラーズも満身創痍なれば、この後は大した援軍も見込めまい。
 故にこれは確定的にパウルの守り(バッファー)を上回り得る最初で最後の機会と言えるのだ。
『フロックと笑わば笑え。強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだから』!
「馬氏(イーリン)には言いたい事が無い訳では無いんスけどね。
 あながち、新田氏もオウェード氏も知らん仲ではありませんから。
 ここまで来て私を外すって択は無いでしょう――さて、いつも通り無茶しまスかね!」
 繰り返して来た『連携』は何時もの通り、美咲を起点に始まった。
「結界をぶち抜いて、隊列をぶち抜いて! 騎兵隊の道は、ルシアも一緒に作るのですよ!」
 凛然と叫んだルシアの得手は言わずと知れた『砲撃』だ。
「思い出と、絆と、日常と、勝利をここに!
 全員一緒で明日をまた迎えるために! 虹よ、星よ、悉くを殲滅する光の道となって!
 魔を司る神として、そして『開幕(ハッピーエンド)を告げる星』のように!」
「おっかねー……
 ま、ヒトを弄ぶのを生業とするのが悪と定義するならば、その悪にも程度や弁えが必要なんだろうよ」
 自身とは対照的な『馬鹿げた威力』が道をこじ開ければ、カイトが皮肉に笑っていた。
「だから俺は『なりそこない』だったんだろうし。俺は『それでもいい』と思った。
 だが、だからこそ俺は『スケアクロウ』は認められねえな!」
 雨帳より黒顎逆雨に到る――それは氷戒凍葬の妙技である。
 ルシアの作った道を再び塞がんとする兵達が、カイトに封殺され棒立ちに止められている。
「逃がすなッ!」
「言うまでもねぇ」
 バクルドはカイトの言葉に凄絶な笑みを見せていた。
「相手がガキん頃から聞いてた『伝説(アイオーン)』の仲間ってなら、その気になるだろ?
 くくっ、信じられねえよ。最高だぜ! 伝説に相対する現代の勇者! 放浪してるだけじゃ見られねぇシーンだからな!」
 構えた古いライフルが火を噴いて、兵の先。それを来る巨体――パウルの切り札、蠅の王の目を撃ち抜いた。

 おおおおおおおおお……!

 怒りの声を上げる蠅の王に肌は否が応にも泡立った。
「さてさて。キミに神滅(これ)は効くのかな? 貶められし『高き館の主』──!」
 だが、神滅(レイ=レメナー)を手にした武器商人の発した声は愉悦のそれにも等しいものだった。
 凡そ通常の生命足り得ないそれは『そんなもの』ではまだ遠く斃せない。
(いや、この位で倒せてしまうのなら、むしろ拍子抜けなのだ。
 折角の神代の魔術師の叡智も、暗殺令嬢の命運もプレミア公開というわけだ。
 ジョーンズの方が、ハッピーエンドを望むのなら。いいとも、彼の鼻を明かしてやろうじゃないか。
『それをキミが、望むなら』。きっとそれは正しい道になるのだから)
 武器商人だけではなく――バグルドにもまた、畏れは無かった。
(パウルはそれこそ伝説の中の伝説なんだろう。
 イレギュラーズだってそうだ、これから伝説になるんだろう?
 だが、きっと俺にゃそこに立つだけの土台はない。
 それでもこうして『来た』ならよ。あの小娘が命を賭して友の為に戦うって言うならよ?
 老いぼれだって命の一つ二つ張ってやるさ。それが『ダチ』ってもんだからな!)

 おおおおおおおおおお……!

 空気を揺るがす王の怒りに正対し、エーレンが低く構え地を蹴った。
(正直なところ、リーゼロッテ嬢と仲間の過去の交流も詳しくないし、当然勇者アイオーンの伝説も不案内だ。
 単に『騎兵隊の一員として戦える』という動機で馳せ参じた面もある。否定はすまい)
 僅か一薙でも命を脅かすような触腕を紙一重で避け、或いは受け止め、受け止めきれず。
(だが今は……俺は腸が煮えくり返っている!
 その傍で! 葛藤も苦悩も知りながら……あの令嬢を騙していたこと! 絶望を今も愉しむなどと!)
 叩きのめされても傷付いても彼は奮戦を辞めなかった。
「古けりゃ古いだけ偉いのはワインと化石だけだぞこの野郎ッ!!!」
「王だか何だか知らないが――ここまで来たら退く選択肢は無い
 仲間達に繋ぐ為、邪魔をする全ての有象無象、この刃にて斬り捨てるまで!」
 エーレンとルーキス。言葉と共に放たれた斬撃が二連、王の触腕を斬り飛ばした。
 ……パウルの『支配』の外から始まった大攻勢が恐るべきその牙を剥いている。
 攻撃は波状である。寄せては返し、次を引っ張るのは支援役のゼフィラであった。
「ヨアヒムだかパウロだか知らないが、あの男を殴りつける理由が一つあったよ
 仮にも『親』を名乗った大人が『娘』にしたこの仕打ち、ひとりの親として気に入らん。
 蠅の王だか知らないが、さっさと片付けてお前を引きずり出してやる……!」
『休ませない』。そして『止まらない』。
「まあアタシはあのお嬢様と親しい訳でもねぇ。
 何がしかの思い入れが有る訳でもねぇ。
 ただ、ダチが『行く』っつうなら付き合うだけだ。『騎兵隊の刃』は悪くねえ。
 さぁ、存分に暴れてやるぜ! 一ノ太刀、推して参る!」
 滑るように低空を駆けたエレンシアの刃が閃き、
「初めて見えた時は、王主催のパーティで挨拶のみ。
 言葉を交わしたのは、彼女が気紛れに街角に現れた時に少しだけ。
 果ての迷宮で名を掲げた事もあったがな。実際、関わり等ほとんどない」
 淡々と言うエクスマリアは「娘の思春期を黙って見守る程度もできないで、父親面をするんじゃない」とパウルの干渉を跳ねのけた。
 至高の魔術を、鴉の言う『凡百』が。
「は……?」
「うるさい。黙っていろ」
 埒外の魔術師には理解出来ない結果があった。
「――だから、これを最初の一歩にしよう」

 ――誰からも嫌われてきた。
   友人なんて、いなかった。
   お父様は何時も冷淡で、パウルかクリスチアン位しか気を許せる人なんて居なかったのに。

 リーゼロッテが涙ぐむ。
「マリアには、恩も悔いもあるのだ。
 友達だから助けに、とはいかずとも――友達になるために、助けたっていい、だろう? 」
「……ええ、ええ。でも、変なの。ずっと自分で『オトモダチ』とか言ってきたのに」
『まるで主役の戦いだが、主役足り得ぬ』。
 騎兵隊は今日、相応しき瞬間の為。キャストの為に道を作る。
 本体(パウル)を仕留める為に。救いの無い物語に一筋の光を差す為に。
 広範に、そして危険に――ローレットの戦いを脅かす蠅の軍勢は同じ軍勢である一同が『請け負うべき敵』に違いないから!
「パウルさんには愛はあるの!?
 可愛い娘とか言うけど、大事にしてきたとか言うけど……
 普通、お父さんは娘にもう少し優しくするものでしょう!?
 リーゼロッテさんを変なスパルタで……泣かせるのが愛だなんて言わないよね!?」
 義父とのあれこれを思い出す。パウルの在り様をどうしてもフラーゴラは肯定出来なかった。
 犬歯を剥いた彼女が先を拓く。『集団』を阻止せんとした蠅の兵を簡単に打ち倒す。
「さあ聞け! 『騎兵隊のお出ましだ』!」
 フラーゴラに襲い掛かった兵の一撃を食い止めてヤツェクは不敵に笑った。
「生憎とこんな老いぼれでも『愛の戦い』には一家言あるんでね」
 希望は潰えない。歌は終わらせない。英雄譚を語り継ぐのが、詩人の役目だ。
 彼が勇気を奮う音色を紡げば、背を押された戦いはより一層強いものへと姿を変えた。
「倒して帰る、もうそれだけ!
 魔王が神頼みだなんてしない。全ては『私がそれを望むから』!」
 半ば悲鳴か、或いは怒鳴り声でも上げるかのようにリカが声を張った。
「第一アンタら! 私も! 今根性見せんでいつ見せんのよ!
 私だって梅泉ちゃんにお礼参りしたいのよこの種無し野郎ッ!!!」
 持ち前のタフさと防御を前面に押し出して戦線を強引に押し上げたリカに名指しされた梅泉が「ほう」と感心した声を上げた。
(狂った魔術師と怪物達の相手、本来ならキツい状況なのに。
 どうしてかな。私、笑ってる。苦しいはず、なのに楽しい?
 わからない、でも何か、凄い高揚感に襲われて――)
 元の世界の『経験』が顔を覗かせたリリーが攻める。
「味方は、依頼を達成して無事に帰る事を望まれている。
 敵は、面白いゲームになる事を望まれている。何と素晴らしい事か……!
 とても良い。口角が今にも上がりそうで仕方ありませんね。
 仕事の大詰め、押して参りましょう!」
 アトラスの守護(けっしのかくご)さえ振り回す、倉庫マンが捨て身で守る。
(私はずるくて自分勝手なのだわよ!
 皆が必死で今の目的に向かっているこの戦場を、自分の成長のために利用しようとしているのだわ!)

 命を賭けずに何かを守れるほど強くない。
 拳を奮わずに何かを救えるほど強くない。
 そんな周回遅れでも。まるで話にならない私でも――

「今この戦いは待ってはくれねぇのだわよ! 出来るまで成長しなくてはならないのだわ!」
 彼女らしからぬ気を吐いた華蓮は癒し、守り、場所を一分も譲る気はない!
【騎兵隊】の猛攻はまさに燎原の火のようだった。荒れ狂う瀑布のようだった。無慈悲なる雪崩のようですらあった。
 相手は半ば無限に湧き出す敵だが、気力を充実させ、続け様に勢いを強めた騎兵隊は押し込むように『進軍』し続けている。
 敵の大軍は騎兵隊をしても捌き切れるものでは無かったが、同時に騎兵隊は蠅の軍勢の余力を根こそぎに引き付けていた。
「……これだかラ!」
 パウルは軍勢の機能が自身の援護から離れた事に舌を打つ。
 イレギュラーズの自己犠牲と献身は恐らくこの男の精神性から最も遠く、それ故に癇に障るものになったと言えよう。
 一秒毎に余力を失い、傷付き続ける彼等はそれでも先を残る仲間達に託さんとしている。
 汚れの中にあっても眩く輝く白亜城塞(レイリー=シュタイン)の言葉が全ての決意を告げていた。
「頼んだわ! アレを仕留めて――ここは私に任せなさい」
 多くの兵に集られて、その防御さえ間に合わず。ボロボロになりながらも彼女は白く気を吐くばかりだ。
「私の名はレイリー=シュタイン!
 騎兵隊一番槍にして、大盾よ。超えられるものなら超えてみなさい!」
 見事な戦いは彼等の願いを聞き届けるものとなっていた。
 兵が駆逐されるペースは産み落とされるペースを上回っていた。
 王は苦戦している。魔神たるそれは破壊力も能力もイレギュラーズより圧倒的に上なれど、意志が違う。
 捨て身、決死でこれに立ち向かう勇者達は能力の多寡に寄らず刹那の時間とはいえこれを押し込み、圧倒していた。
 ならば、最後に残るのは伝説の魔人だけだった。
「……随分とスッキリしたようじゃな?」
 自身を狙ったパウルの鴉を斬り払った梅泉にサクラは少しだけ複雑な顔をした。
「この方がやりやすいわ」
「……私達は『剣士』ですからね」
 小夜の言葉にすずなが頷いた。
 明鏡止水の如く――却って敵が強い程研ぎ澄まされる精神性は独特のものだったが。
 何れにせよ、『蠅』は彼等のお気に召さない。存分に死合える瞬間は待ち望んだものだった。
「余裕を見せるじゃないか、君達は。誰が一番強いか分かっていて」
「あら、一番強いからじゃない」
「本当に分かってませんよねぇ」
 小夜とすずなが華やかな笑いを見せた。
 苛立ちを隠さないパウルの纏う妖気が増せば、仕掛けの好機はここと知れた。
「……ねぇ」
「うん?」
「センセー、クリスチアンさんの館の事覚えてるよね」
「……うむ」
 何を言われるかは想像がついたか。サクラの問いに歯切れ悪く梅泉が頷いた。
「同じことがあったら、今度は私を斬り捨ててね」
「……」
「……私はセンセーにどうしようもなく恋をしている。
 でも、それと同等、もしかしたらそれ以上に。この剣を認められたいとも思ってる。
 そんな私にとって、アレは泣く位酷かった。何回袖にされるより、よほど手酷い失恋だよ」
「センセーは私を泣かせたいの?」と問うたサクラに梅泉は苦笑して「相分かった」と頷いた。
「要するに、主を操らせねば良いのじゃな」
「――全然違うよ!?」
「弟子ならば、妥協しておけ」
 今は、未だ。とそうして彼は前を向く。
「はー、最悪。ほんに最悪。
 ……好いたお人に言うのも何やけど、ほんま有り得へんわ」
 げんなりした声を上げたたてはが姿勢を下げる。
 そうして――総攻撃が始まった。
 託されたイレギュラーズの数々がパウルだけを狙い攻め掛かる。
 その殆どは二種を操る識の壁の前に食い止められていたが、
「わたしの『気紛れ』にはその術は通用しないのね」
 例外たる胡桃はあの茄子子と同じように壁をすり抜ける存在だった。
『攻撃の術』に左右されない真の意味での変幻自在は彼女特有の技量である。
「ルールには何時だって穴があるの。それを突くのがやり方なのね」
「ルール、か」
 錬が呟いた。
「遺失魔術をも扱う魔術師、術師としては確かに相まみえた事、光栄かも知れんが……」
「……彼は、先程識の檻という術式を、認識を利用する術だと言った!」
 リースリットが言葉を紡ぐ。
「識の壁……と言いましたか。この術も識の檻の類型術式であるとしたら……
 技術による問題もあるだろうけど、発動に対する認識・確信の弱さを突かれている可能性はある!」
「気の持ちようとは良く言ったものだ。『塔』で似たような魔術を見てなかったら思いもしなかったが。
 スケアクロウ……案山子の名の通り、演出で恐怖を煽って『恐れられた通り』に力を振るう、みたいなものではないか?」
 奇しくも似たような結論を口にした二人は「疑うな」「疑わないで下さい」と口を揃えた。
 リーゼロッテやクリスチアンは『長すぎる』。これを即座に打開するのは不可能かも知れない。
 だが、イレギュラーズならまだ行ける。戦える。
「キミの魔術は正直凄い!」
 セララの言葉は心からの賞賛だった。
 戦いに憎しみというものを持ち得ない彼女は目の前の強敵との『勝負』に心を躍らせていた。
「自分を信じられなければキミには勝てない。
 でもね、ボクは魔術を破り、スケアクロウを倒し、皆で未来を掴めるって確信してるんだ。
 一人残らず――皆で笑顔になるのがボクの目指すハッピーエンドだから!」
 迎撃に伸びた影の槍をセララの聖剣が弾き飛ばす。
「ギガ、セララブレイク――ッ!」
 跳び上がり、間合いを詰めた彼女の渾身の斬撃が袈裟斬りに鴉の身体を捉えていた。
「それにね。スケアクロウ。ボクはキミも笑顔にしてあげたいんだ」
「じゃあ、きっちり殺してやらないとねェ!」
 畏れれば勝てないというのなら、追い込まれ、畏れる理由さえ失せた今は『ベストコンディション』という他は無い。
 気の持ちようだけで全てを解決する事は不可能だが、魔術の打破か気力の充実か。それともそれさえ只の気の迷いか。イレギュラーズの攻撃の精度が徐々に上がり、少しずつパウルを削り始めていた。
(……ああ、面倒臭い! 蠅が機能していればこんなモノ、何の問題もないだろうに!)
 性悪な魔術と強烈な再生能力を誇るパウルは長期戦を最大の得手としている。
 吸血鬼の王(ノーライフキング)を打破せんとするのなら、彼の再生、彼の遅延以上の勢いをぶつけ続けるのが最適解だ。
 完全な前がかりになったイレギュラーズはそれに手をかけ、重過ぎる勝利の扉を無理にこじ開けようと奮戦する。
「……こんな、手まで引っ張り出されるとはねェ……!」
 目を血走らせたパウルが怒りと共に生臭い息を吐き出した。
 パウルに必要なのは僅かな回復の時間である。蠅が機能していた間は幾らでも取れた休息である。
 一度イレギュラーズの勢いを食い止めれば二度は無い。
 彼等は残りを出し尽くす勢いで戦っているのだから一度で良かった。
 故にパウルは『足場』を壊した。正しくは黒結界の残骸を消失させただけだ。
 狭い処刑台を舞台にした戦いはパウルによって広い戦場を担保されていたのだ。
「……っ、あ……!」
『黒結界の拘束からリーゼロッテが解放された』。
 処刑台の上に落下しかかった彼女を寛治が受け止めた。
「新田、さん」
「『おかえりなさいませ』。お嬢様」
 茫洋とその名を呼んだリーゼロッテに寛治は微笑んだ。
 トレードマークの眼鏡は割れ、オールバックは乱れている。
 一流のスーツは酷い襤褸で、とても彼女に相応しくは無い。
「感動的なシーンだねェ。でも『予定通り』なんだよな」
『リーゼロッテはパウルの手の内にあったのだから小細工等簡単だったのだろう』。
「……っ!?」
 勝手に動き出したリーゼロッテの右手が抱き止めた寛治の背中を抉った。
 腹から生えた自身の手に彼女は蒼白に狼狽えた。
「はははははははは! 最高の展開だろ!?」
「『予定通り』ですよ」
 口から血を零した寛治は間近で狼狽するリーゼロッテに微笑むままだ。
「あんな『告白』では……余、りに恰好がつき、ませんからね。
 リズ、君にはレジーナが……ルル家が、ごほっ……!
 皆が、癪だがクリスチアンも……そして何より、何より……俺がいる……!
『一緒に帰ろう、リズ』」
「……はい!」

 魔力の枷が弾け飛んだ。『識の檻(パウル)』は頷いた娘(リーゼロッテ)を遂に喪失していた。
「『識の檻』、捕食しましたね」
「ああ。侯は新田君の性格の悪さは御存知ではなかったようだ」
 ドラマの声にクリスチアンは肩を竦めて頷いた。
 成る程、リーゼロッテを救出するのが第一ならば『分かっていて』罠に乗るのが最短ルートだ。
 錬やリースリットの言を信じるならば『或る程度』は魔術の種も知れた以上は、筋はある。
 無論、筋があるだけで保証は無いのだから、それは『大概』な選択に過ぎないのだが。
「ピンチじゃない? もっと頑張らないと!」
「ああ。随分得点されたな。華を持たせるのもいいが、取り返さないといけないな」
 スティアの言葉に嘯いたクリスチアンは嘆息した。
 先程のサクラやスティアの話ではないが、今のは随分『効いた』だろうとそう思う。
(本当にね)
 だからと言って素直に同属を認める程、この男は殊勝では無いのだが。
「新田さん。『まだやれる』かい?」
「死んでも、やってみせますよ……いや、死にたくはないですね、大見得を切った手前」
「……もう、仕方のない人です」
 ココロにじっと睨まれた寛治があっさりと白旗を上げて言い直した。
『減らず口』が健在だった事に定は安心する。彼に肩を貸し、もう一つ質問を追加した。
「新田さん。『届きそう』かい?
 ……多少は意地悪かも知れないが、定はバッドエンドが嫌いなのだ。
 本当に、ビビリなのに。向いてないのに。本当に、本当に、ものすごく頑張ってここまで来たのだ。
「信じてるぜ」
 その【銀弾】で決めてくれない事には浮かばれない!
(――畜生め。今日は本当に具合が悪い!)
 一方で、一度は生じた愉悦の分だけ、煮え湯を飲まされたパウルの悪態は止まらない。
(まぁ、でもゆっくり仕留めて……帳尻を合わせればいい。どうせ誰も僕には勝てないのだカラ)
 だが『本筋』ばかりは想定通りだ。
 空を飛べないイレギュラーズが止まるなら、パウルの支配権は二度と揺らぐ事は無いだろう。
(実に、実に。この僕らしからぬ無様な話だ。
 どれもこれもふざけやがって。僕が娘を奪還された?
 それも、こんな保険まで引っ張り出されるなんて……!)
 しかし、パウルにとっての問題は屈辱的なこの選択とて――
「――――ハ?」
 ――結論から言えば、完全に彼の支配力を取り戻させるには到らなかった事であった。
「……読んでいましたの!」
 声を張ったのは空を泳ぐノリアである。
 結界がパウルの産物ならば、信用仕切る事は生殺与奪の権を渡すようなものだった。
「パウルさんも 足場くずしなんて つまらない勝ちかた 序盤は つかわないと思いましたが……」
『同時に追い込まれれば使うとも確信していた』。
 空を泳ぐ彼女が即席の足場となる。咄嗟にパウルは黒鴉で彼女を撃墜せんとするが、
「ぶはははははは! そりゃあねえだろ、鴉の旦那!」
 この一撃をゴリョウの巨体が盾になって食い止めた。
「しかし実際、『火力』はいまいちだな。旦那の技は。
 いや、恐ろしく強いぜ。だが、『俺なら何発かは耐えられる』」
「本気だとでも?」
「本気じゃないだろうね。だが、恐らく『本気』はもっと時間が掛かる。問題ない。十分やれる」
 答えたのはゴリョウの代わり、彼という盾を生かしたクリスチアンだった。
 パウルが舌を打った。多勢に無勢で隙を作る程この盗賊魔術師は戦いに不慣れではない。
 ならば、この状況下においては純粋な威力ならば蠅の王の方がずっと上だ。
 それを呼び出したパウルの技量、それも力の内とも言えるだろうが……
 独立して戦うなら『本体』の瞬間的な排除能力は高くない!
「それに、空が飛べればいいんだろう? 『ここに来る時から私は用意していたよ』。
 馬鹿と煙は高い所に上りたがるが、アーベントロート侯はどっちにも当てはまらないからね」
「ウィツィロや深緑やアーカーシュといい、伝説そのものが目の前に出てくるのは圧倒されるね。
 ……でも、戦う意味があるなら。羽根を縮めてはいられないよね」
 クリスチアンの支援で複数のイレギュラーズが飛行能力を得た。
 同時により滑らかなる空戦のサポートに動いたアクセルの存在が追撃の鋭さを磨き上げている。
「おっと」
「センセー!」
「お先に失礼」
「同じく、失礼!」
 小夜とすずなが斬撃を放つ。
「――恨み骨髄、加減はせんでッ!」
 続いたたてはが肉薄し、抜き放つ。紫色殺陣。鮮やかな妖刀の軌跡が間合いを引き裂く。
「なめるなよ!」
 初めて近接戦で繰り出されたパウルの爪がたてはの妖刀を弾き飛ばす。
 しかし。
「『うちの分だけで終わりやないの』」
「――――」
「乳の腫れた――いけ好かん女やけど! 今日だけは『休戦』や!」
 もう一振り。背負った二振り目から居合を繰り出したたてはは見事にパウルに一打を叩き込んでいた。
 業物・大妖之彼岸花――貸主(くうかん)の気持ちも考えれば、この一撃は痛快そのものか!

 ギィィィィィィィィ――ッ!

 人為らざる『異音』が耳障りに鼓膜を揺らす。
 裂けそうな程の口から赤い舌を覗かせたパウルはたてはを振り払い、空から堕とす。
 肉体の破損はすぐさまに再生に取り掛かっていたが、蓄積されたダメージは確かにそこに残されていた。
「リズの無事の為ならばワシの身を滅ぼしても構わぬ……ッ!」
 裂帛の気合を込めたオウェードが執拗に、しぶとくも喰らいついた。
「滅びるなら勝手にしろよ。今日の僕は他人の感情論(センチメンタル)に付き合う程暇じゃあないんだ!」
 戦いは大人と子供のようなものである。
 だが、オウェードは不器用に粘る。実力差等知れているのに。
 到底及んでいないのに。しぶとく。しつこく。たった一つの目的だけを胸にして。
(本当はね。止めようとさえ思ってた。
 実際に、貴方の恋なんて応援はしていない、のめり込む前に身を引いた方が幸せとすら言った事もある)
 まさに決着の時を望み始めた戦場でミルヴィは最後の力を振り絞って彼を援護する。
(死んでも成し遂げるって言ったね。貴方は素直で実直でもういっそ愚直な位で……)
「すまぬ、ミルヴィ殿!」
 声を上げたオウェードの全身が赤く染まっている。
「……本当に、もう、いい」
 声色から一切の感情を消したパウルの全身が黒く染まっていた。
 攻勢限界から訪れた僅かな隙は、超高速詠唱を展開した彼に数節の大魔術を完成させたのだ。
「最悪の気分だガ、致し方ないな。君達はまぁ、良くやったと思うケド。『結局、僕には勝てないさ』。
 命を賭しても、さっきみたいな奇跡なんかに縋ってもね。次の一撃は止められない。止まらない。
『人間には止められる代物じゃあないんだよ』」
「リズッ! 聞いてくれ、リズ!
 ワシはリズのもう一つの命じゃ! ここから――何としても生きて帰るんじゃよッ!」
「オウェードさん……」
「これはワシが止めるッ!
 新田殿! レジーナ様! お前さんらは生き残れッ!
 これまでを――全てぶつけて死ぬのはこのワシじゃ!」
「そんなの、自己満足でしょうが! 美談に逃げようとするな!」
 ミルヴィは胸が詰まる思いで声を張った。
 至近でパウルに挑むオウェードは退かず、パウルはそんな彼を鼻で笑った。
「人の話は聞けよ。『人間には無理』って言っただろ?
 ましてや君のような凡百が、感情論(センチメンタル)でぐずられても知らないよ」
 圧力が強烈に強くなった。覚悟さえ踏み躙る黒風がオウェードの巨体を吹き飛ばした。
「おしまいだ――」
「――候の言葉を信じるのなら。人間ではない、天才ならばどうにかなるんだろう?
 丁度、ピッタリの人物がここに居るね。これは結構『高得点』だとは思わないかい?」
 パウルの魔力が迸り、言葉と共に前に出たクリスチアンがこれに対抗した。
「!?」
「私は魔種だから、人間には出来ない事もしてのける」
 クリスチアンはそれを認めた。ハッキリと。それは取りも直さず、彼が――を決めたという事に他なるまい。
「まぁ、実に、実に、実に不本意な事に――今生で最後になりそうなのが玉に瑕だが。
 君達十八番のPPP(きせき)と同じとはいかないが、私はクリスチアンだから奥の手を持っている。
 まぁ、つまり――似たような代物だ。君達と同等『以上』にこの身でそれを贖い得る」
 己が才で世界を侵してやりたかった。

 ――クリスチアン。

(名前を呼ばれるのは嫌いじゃない)
 その策略で、愉悦で何もかもを滅茶苦茶にしてやるのが望みだった。

 ――本当に嫌味な男ですわ!

(そうとも、君が怒るから。それは何より愛らしい)
 それなのに、結果はどうだ。これはどんな有様だ。

 ――嬉しい時は……素直にありがとう、と言えば宜しいではありませんの。

(君にだけは言われる筋合いは無いけどね)
 小さな恋の歌に絆されて、敵に塩を送るような真似を。

 ――仕方ありませんから。一生仕える事を許します。

(クリスチアン・バダンデールが聞いて呆れる。こんなものは私ではない)
 全ての望みも予定も、野望さえも置き去りにして――捨て石になろうだなんて。
(実に、実に、実に不本意だ。
 何とも滑稽な話で、まぁ益体も無い。
 有象無象の何某がパトスに何を喚こうと、私は枯れたままだったのに。
 どうしてか。
『全てを終わらせる』等と。
 そんな不遜な言葉を聞いたらば――
 嗚呼、認められないな。
 どうしてか? 決まってる。それは『彼女』を含むのだろう?)
 負けたら酷いぜ、と気に喰わない連中を一頻り皮肉ってから、クリスチアンは結論に心から『納得』した。
(――うん。では、私らしく。それが流儀というものだろう?)
 別れの言葉は短く。何時もの通り、誰よりも何よりもスマートに。
「『どうかご無事で』」
「――クリスチアン!」
 声を上げたリーゼロッテを押し止め、寛治が庇う格好を取った。
 強烈な閃光が周囲を灼き、過ぎ去った刹那の後にその男の姿は無い。
 唯、呆然と『相殺』されたパウルが浮いているだけだった。
「奇跡は滅多に起きないから奇跡?
 でもこうも言うでしょう? 『ありふれた日常も奇跡の連続だ』って!」
 この最後のチャンスを――万感を込めたユーフォニーは逃さない。
「これも、きっとありふれた奇跡のひとつ。
 行く道の礎になったのなら、帰り道まで護りましょう。
 ありふれた日常が続くように、ハッピーエンドを迎えられるように!」
 この戦いで多くを動かし続けた『何か』。
 不定形のそれは親愛であり、敬愛であり、慈愛であり、情愛であった。
『まるでそれを理解出来ないパウル自身も含めて』。
 数え切れない位沢山の愛の形だけだった筈だ。
(愛が紡いだその先を、私は見たい、知りたいから……!)
 想いが幾重にもレイズして、最後の奇跡を呼び起こす。
 青く燃えた運命に、恐らくパウルは対抗する術を持っていた。
 しかし彼は「やるじゃないカ」とだけ呟いて。
『もうこうなれば認める他は無い、退屈とは縁遠い美しい世界を眺めるだけだった』。
「どうか――どうか照らして万華鏡! これ以上は、誰一人欠けさせない!」
 万感の込められた千彩万華の輝きに不滅の鴉が呑み込まれた。
「貴様こそ正しく青薔薇の祖! されどこれら悪逆を我(わたし)は看過する事は無い!
 寛治の銀弾を従えて、誰より強い想いを胸に秘め、レジーナは叫んだ。
 勇ましい言葉に情を抱いて。

 ――それでも貴方がお嬢様の父親だと言うのなら。
   悪い事をしたら謝るものでしょ。それで仕舞いには、ならないかしら?

 言わぬ、言うべきではない言葉を押し込めたまま。
 善と悪を敷く天鍵の女王 (レジーナ・カームバンクル)は全ての力をその一撃に注ぎ込んだ。
 魔光が間合いを焼き尽くす。見事に貫かれたパウルが黒い、黒い塵になる。
「やった……?」

 ――『一応』ね。

 もう問い詰める気力も失せる規格外の声がした。

 ――いや、これは本当に痛烈だよ。
   キース・ソロモンに嫌な顔をされそうだが、仕方なイ。
   今回は、負けた事にしておいてやるよ。
   それに、そうだ。うん、これも認めよう。前言を撤回するよ。君達ハ……
   強く、そして退屈では無かった。可愛い娘(リーゼロッテ)と同じ位には!

 Love Begets Love。
 風が吹き、埃を巻き上げた。
 そうして、嘘のような決着の静けさが辺りを包むだけだった。

成否

成功

状態異常
クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
セララ(p3p000273)[重傷]
魔法騎士
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)[重傷]
灰雪に舞う翼
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
リリー・シャルラハ(p3p000955)[重傷]
自在の名手
ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼
武器商人(p3p001107)[重傷]
闇之雲
バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)[重傷]
終わらない途
リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
アト・サイン(p3p001394)[重傷]
観光客
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)[重傷]
夜明け前の風
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)[重傷]
ココロの大好きな人
エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)[重傷]
流星と並び立つ赤き備
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)[重傷]
剣閃飛鳥
カイト(p3p007128)[重傷]
雨夜の映し身
レイリー=シュタイン(p3p007270)[重傷]
ヴァイス☆ドラッヘ
胡桃・ツァンフオ(p3p008299)[重傷]
ファイアフォックス
天目 錬(p3p008364)[重傷]
陰陽鍛冶師
只野・黒子(p3p008597)[重傷]
群鱗
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)[重傷]
流星の狩人
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)[重傷]
星月を掬うひと
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃
越智内 定(p3p009033)[重傷]
約束
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)[重傷]
人間賛歌
佐藤 美咲(p3p009818)[重傷]
無職
エーレン・キリエ(p3p009844)[重傷]
特異運命座標
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)[重傷]
開幕を告げる星
倉庫マン(p3p009901)[重傷]
与え続ける
ユーフォニー(p3p010323)[重傷]
竜域の娘

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