シナリオ詳細
開闢の宴
オープニング
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けがれの雨荒み枯れた泉は湧き出で、蓮華が車輪が如く花を咲かせる。
高天御所には美しき花と草木が芽吹いた。中天の彩雲は何処までも鮮やかに――
其れが黄泉津瑞神の再誕のしるし。彼の大神の兆しであることを黄龍は告げた。
戦の影響で荒れた高天御所であれど、無事であった場所はいくつかある。帝はその地に『約束していた』という祝勝の宴を開くことを決めた。
無論、高天御所の中であれば四神も安心して姿を顕現させることが出来るだろうという配慮である。
「ぱーーーりぃぃぃぃじゃあああああああ! 皆! 盃を持てェい!」
「……」
「ちょっとちょっと、神使が吃驚してるだろ!? って、朱雀! 起きなよ!」
「……ううん、寝てないよ」
「なら良かった。折角の只人のご飯だよ! 寝てたら勿体ないって!」
「うん……ぐぅ」
「朱雀も盃を持てぇぇぇぇい!!!!!」
――四神は個性豊かである。
明るく宴に心躍らせるは玄武。それを静かに見詰めて居るのは青龍だ。
そして「がおー」と話し続けるのが白虎であり、傍らで眠りの淵に居るのが朱雀で或る。
皆、宴の為にと人の子の姿を象った。聖獣の儘であれば宴の場に入りきらないというのが事情だそうだ。
先に顕現したときは美しい淑女であったが、黄金の瞳を持つ男は「騒がしくてすまんの」とからりと笑う――彼は、黄龍は霞帝との加護の契約により『人の子』の姿ならば容易なのだと微笑んだ。
「主等の望んだ姿は娘子の方であったか? 其れは失敬したな。
さて……賀澄や晴明が来るまでの間じゃ、吾ら神威神楽の柱より主等に礼を言いたい」
そうと、彼は頭を下げる。金の瞳を伏せ、手を地について。
其れに倣うは先程まで個々で騒がしくしていた四神の四柱である。
「よくぞ、我らが愛しき子を――愛しき地を守り抜いて下さった。
そして、吾の我儘(やくそく)に応え、『瑞』を解放して下さったことに感謝を。
無論、主等の中には奴を許せぬ物もいよう。再誕せし瑞に我らが友人の心が宿ることに納得できぬ者も居よう。その償いとして、我らは此の地を――神威神楽を護ると改めて誓おうぞ」
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高天御所の宴会場には様々な食事や飲料が用意されていた。無論、酒類も豊富に取りそろえている。
「……はあ」と頭を抑えた晴明は霞帝が『張り切りすぎて』予算がと小さく呻いていたが今日は無礼講であると時の指導者が笑うのであれば其れも仕方が無い。そして、和の訪れた國を喜ぶ気持ちは晴明とて、同じである。予算は――後で大蔵省辺りに苦しんで貰おう。
「さて、貴殿等! よくぞ、よくぞ参った!
感謝の言葉を尽くしても足りぬ。先ずは、この勝利を共に分かち合いたいのだ」
にんまりと微笑んだは霞帝――今園 賀澄。帝、と呼び掛ければ「賀澄で構わん」とフランクに微笑む彼は旅人であり、現代日本に類似した文化圏より召喚されたそうだ。異なるところは様々在るが、旅人達についても寛容である彼は「貴殿等と出会えて良かった」と幸福そうであるのだ。
「……ほら、そそぎ」
「……厭よ」
ふい、とそっぽを向いた妹に姉・つづりはどうしようと晴明へと視線を送る。晴明と賀澄に対して苦手意識のあるそそぎはさらに隠れてしまうが――
「そそぎ、好きに過ごすと良い。つづりも、おつとめご苦労であったな。
今日はのんびりと羽を伸ばすと良い。好きな食べ物を見つけなさい。神使に教えて貰うのだって良いぞ」
父代わりであるかのように優しく声を掛ける賀澄につづりは頷き、そそぎは警戒心を露わにしたようにそっぽを向いた。
「さて、簡単な宴しかないが、我ら神威神楽の役人、そして『けがれの巫女』と四神は貴殿等を盛大にもてなそう。
この勝利に感謝を――そして、此れからの国の繁栄を祈って。今日は盛大に、飲もうではないか!」
賀澄の言葉に反応した玄武が「ぱぁぁぁぁぁぁぁりぃぃぃぃ!」と飛び込んでくる。全てが台無しになるほどの大騒ぎではある。
だが――此れが平穏の始まり。そして、新たな刻の幕開けなのだろう。
遥か大海を跨ぎ訪れた神使達よ。
神威神楽の穢れを祓い、和を乱す者全てを退け、
再び訪れた平穏を迎えられたことに貴殿等へと感謝をしよう。
そして、此れからともに歩んで欲しい――春は桜を、夏は中天の青さを、秋の錦に冬の白雪を頂く美しき稲穂の揺れる恵みの地、豊穣郷『神威神楽』と共に。
- 開闢の宴完了
- GM名夏あかね
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2020年12月08日 22時15分
- 参加人数119/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 119 人
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参加者一覧(119人)
リプレイ
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絶望の青の向こう側、海洋王国が新天地と位置付けたその場所に存在する大陸の名前は黄泉津。
外界にてグリムアザースと呼ばれしその存在を八百万と呼び尊ぶその国は奇異なる文化を形成する。
この地にしか居らぬ角を額に持つ獄人と呼ばれる鬼人が棲もうている。
黄金の穂が揺れる美しきその場所を、人は『豊穣郷』――神威神楽(カムイグラ)と呼んだ。
――それが、此の地への『初めての印象』であっただろう。美しきは実りの京、その中核に座す御所にて最高権力者たる霞帝は盃掲げる。
「此度の宴は無礼講である。我らが恵みの国、豊穣郷の新たな門出を祝い――」
乾杯。
音頭を取った霞帝の傍らで、神逐には参戦しなかったけれど、と戸惑う津々流は「構わぬ!」とからりと笑う霞帝に料理を取り分けられていた。隅へと移動し宴の喧噪を眺めれば、つづりとそそぎ『けがれの巫女』の姿も見える。
「お二人とも、巫女のお勤めでいつも大変だろうから、疲れが取れる甘いもの……ティアーズ・ジェラートを食べてみてほしいなあ」
人の波が退いたならば名前が似ていて親近感を覚えたのだと、そう伝えに行こう。
「霞帝さん! お疲れ様っ、あのね、実は……この漫画をあげるからぜひ読んでみてね!」
セララが準備したのは漫画であった。霞帝は「漫画か?」と不思議そうにまじまじと見ている。旅人である彼にはそれらも縁ある物品だったのだろう。
「これはね、イレギュラーズがカムイグラに来てから、この国を救うまでの物語なんだ。
霞帝が寝ていた時のこと。彼が直接見れていなかった各地の戦線のこと。
それをイレギュラーズの視点から記した物語を知ってもらいたいんだ。そうして皆の想いを感じてくれたら嬉しいな」
セララへと霞帝は大きく頷いた。「国宝だな」と揶揄うその言葉に傍らの晴明の頭痛が増した気がした。
(帝に謁見するのは黄龍の試練以来ですが……あの時は危機迫る状況の中、半ば勢いに任せて行動してしまいましたが、いざ平時に謁見となると、やはり緊張しますね……)
豊穣の民たるルーキスは緊張を禁じ得なかった。最後の戦場にて天香・長胤が霞帝に『最期の言伝』をと望んだことを告げに訪れる。
「『小憎らしい青二才めが。ひげ面を晒しよる』そうとだけ伝えておけ、と」
「――そう、か」
柔らかに微笑んだ霞帝にルーキスは二人の関係は窺い知れぬ者なのだと感じていた。
(稀少な謁見の機会、な、何か他に話題は……)
「か、霞帝のご趣味は……? ご休息日には何をされているのでしょうか? 好きな食べ物などはございましゅか」
緊張でかちんこちんとなったルーキスの『お見合い』染みた質問に霞帝は笑った。「そうだな、沢庵が好きだ」と何とも言えぬ返答を添えて。
「豊穣のお料理は、自分の幼い日々を思い出させてくれるっす。再現性東京の慣れ親しんだ味わいとはまた違った風味」
折角だからと浩美は晴明にお酌を一杯。いろんな料理を楽しんで、役人たる皆をねぎらうのが彼女の今日のオーダーだ。
「これから先延ばしにしていた問題の解決とかいろいろ大変っすけど、だからこそ今日は全部忘れて騒ごうっす。
まぁ、困ったときに外部の手助けが必要になったらローレットにお願いするのもいいと思うっすよ。魔種退治専門ギルドってわけでもないっすから」
「ああ。これからの事も幾久しく」
にこりと微笑んだ晴明に浩美は大きく頷いた。その傍らでもぐもぐと食べ続けているのがいつも如くナハトラーベ。味噌田楽にきりたんぽ、御手洗団子……なんだって美味しくて仕方ないのだ。フランクフルトがないならばそれっぽい物をとっかえひっかえに食べ続ける。何時もと比べれば甘味が多いのもちょっぴりしたポイントだ。幸せそうなナハトラーベは常に食べ続けるのである。
「いい所だろう飯もあるし酒も出る! これを良い所と言わずして何て言うんだって。
……いや確かに俺も参戦してねェがよ、人数が多い、酒が飲める、楽しい。ほら三拍子。それ以上に理由があるか?」
からから笑う白萩に藤袴は「ここはあれではないか! 場違いではないか!」とむうと唇を尖らせた。それでも、白萩の調子に飲まれてしまうのだ。
「ンッハハ、ま、賑やかしになりに来たと思えば他の奴らの労りにもなんだろうさ」
「致し方ない、ほれ萩の。酌してやる故、ちこう寄れ」
「おっ、美人の酌なら酒も進むってもんよ。遠慮なく邪魔させて貰うわ。折角だ、お前さんもしっかり飲んで食え。な!」
流石に酒の質も料理も良い。此方に着いてと言うもののそう思うこともなかったのだ。
白萩は小さくぼやいた藤袴に「何処かで」と言いかけてしみったれた空気を飲み込んだ。
飲み過ぎに注意しろと注意する彼女に「藤ちゃんが潰れたらおじさんが送ってやるからよ」と揶揄い笑って。
「傭兵枠だけどまぁまぁ働いたからか、宴に入れて貰えちゃったわ。大蔵省の奢りばんざーいね!」
今日は無礼講だと堂々と宣言した霞帝に『甘えて』酒や料理を楽しもうとワルツは折角だからと盃を手にしていた。ちら、と隣を見れば何だかんだと世話を焼いてくれるアイリスが微笑んでいる。
「久し振りに思う存分、食べて呑んでしちゃいましょう。
カムイグラのお酒ってどんな風味なのか、気になってたの。ええ、お酒好きだから!」
「そうね! チャレンジするのも大事だわ。こんなに羽を伸ばせるんだもの。ほら、アイリス、乾杯!」
勢いよく酒を呷って食事を楽しんで。その様子を眺めていたアイリスはくすりと小さく笑う。
「あらあら、ワルツちゃんもそんなに呑んじゃって」
「……んにゅー」
「ほら、もう……変な声出さないの。はい、ワルツちゃんの大好きなシュトッカーよ~」
「にゅあー」
ぐでぐでと直ぐに酒に飲まれてしまったワルツがアイリスにされるが儘にシュトッカーを齧り続ける。成人になれども、いつまで経っても可愛い妹分。素面ならば鬱陶しいと拗ねる彼女の頬を突いてアイリスは「可愛い」と微笑んだ。
「ちょっとだけど手伝った防衛戦。元々あそこを守っていた人達が守っていたものを見たいと思ったのだよ。
けどやっぱり、偉い人が行う宴は豪華なのだ……いやでも平和な光景、きちんと見たいのだよ!」
ラパンは犬と猫と一緒に宴の中を歩き回る。みんなが楽しく癒されるお手伝いが出来ればと犬がてこてこと歩み寄ったのは険しい顔した中務卿。
「こんにちはなのだ。此処ならではの甘い物、紹介してくれたら嬉しいのだ!」
「ああ。良ければ案内しよう」
犬をもふもふとしている晴明にラパンは「よろしくなのだ」と破顔した。平和な光景を見て居れば心は踊り楽しくなってくるというものである。
「十鬼衆とか呪いとか……ううん、今は考えるのやめやめ!
私達は生き残ってここに居る。お祝いの日に辛気くさい話はナシ!」
今日は宴に参加だとティスルはアイシャと共に料理と酒を楽しんだ。喪ったものは多くとも、こうして明るく宴を開けるならばこの国の未来は明るいと、そう実感する気がしてアイシャは小さく微笑んだ。
「カムイグラのお食事は彩りも盛り付けも繊細ですね。ティスルさんはどれがお好きですか?」
「うーん……」
目を見合わせて、笑う。あの凄惨なる戦いを越えてきた。其れで築いた縁は何よりも大切で。彼女のことを知りたい、仲良くしたいとそう願う。
「ここは綺麗な景色がたくさんの所ですよね。ティスルさんとお出かけしたらきっと楽しいんだろうな」
「……――なら、今度2人でお出かけしよっか。
ひと段落は付いたんだから、羽根伸ばしてもバチは当たらないでしょ?」
本心が出たと恥ずかしそうに目を染めるアイシャは友達になろうと手を伸ばした。まだ未成年だからお酒は『お預け』だけれど――その時を待つのもきっと楽しいだろうから。
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「宴! 会! よぉー!!」
今回の『主犯』であるアーリアは黄龍の試練の際に中務省持ちでという予約をしていたのだと胸を躍らせた。
「男に二言がなくてよかったわぁ。
思ったより大掛かりになって晴明さんは頭を抱えてるみたいだけど……こんな日はこれくらい派手じゃなきゃね、賀澄さん?」
「ああ。無論、張り切らねばならんな」
「起き抜けのお酒はどう、身体に染みるでしょ? ほーらほら、晴明さんも眉間に皺寄せてないで飲みましょ!」
アーリアはその時気付いた。イレギュラーズの相手をしながらも表情を変えない賀澄。彼は酒に関しては中々イケる口である。一方の晴明は「嗜む程度で」と首を振っている。どうやら彼は簡単に陥落しそうだ。
「わあ……! まさしく、有言実行、ですね。この盛大な宴、楽しまなくては……!」
ぴこぴこと耳を揺れ動かしたメイメイは晴明にお茶で「おつかれさま、でした」と乾杯ひとつ。
カムイグラという国が大好きだと微笑んだメイメイはこうした宴が開かれた事を心から喜んでいた。
「これからが大変かもしれませんが、きっと良い方向に歩めることを祈っています。もちろん、何かあれば、駆けつけます、から」
「ならば中務の者として扱き使うのも――」
「メ、メェ……」
体にはまだまだ痛みは残りつつも折角の祝勝会だというのだからこれは楽しまねばならないとオーガストはそわそわと体を揺らした。
「これが豊穣の食事ですか。興味はありましたが機会が無かったので頂いてみましょう。
ふむふむ……薄味ですが悪くありません。美味しいです」
魚を生で食べるのは流石に、とたじろぐオーガストに「どうぞ」と厨房の料理人たちがお勧めをしてくれる。醤油につければあら不思議、である。新たな発見に魔女も感激なのだ。
「ふふーふ。こうしてまた皆さんと賑やかに楽しめるのは勝利があってこそです。豊穣の未来に、私達の栄光に。乾杯!」
――尚、そうはいったが一口で泥酔してしまうのだが……。
「カムイグラの酒は美味いでありますな、やっぱり。
なぜだか馬鹿みたいにかっ喰らうよりはゆっくり飲みたくなってしまうのであります」
ウォッカを配り歩いてから「ひっく」とほろ酔い気分のエッダは霞帝をみて首を傾いだ(酔っている!)
「……帝ということはここも帝国? 違う? 言葉って難しいでありますなあ。
さておき。お目もじ叶いまして光栄です。
自分……私は、海の向こうの国のそのまた向こうにあるゼシュテル鉄帝国の騎士(メイド)、エッダ・フロールリジです。
もし何かのご縁の折には思い出して下さいませ。戦争ばかりが得意な国ゆえ……ご迷惑をかける側かもしれませんが」
「此れは丁寧に有難う。して、酔っていたように見えたが帝国の酒は旨いのか?」
霞帝にエッダは「さあ、一杯!」とにんまりと微笑んだ。
「宴……ニルは、宴に来るのはじめてです。皆様、とても楽しそう。……そうでない人もいるのですか?」
あっちをとことこ、こっちをとことこ。ニルは目を閉じる。思い出せる戦場はニルにとっての『はじめて』だ。
「ニルにはまだよくわからないけれど、そこにはいっぱい、いろんなものや想いがあったのでしょうか?
だからここにも、いろんな人がいるのですね。
このごはんはおいしいのでしょうか? おいしくないのでしょうか……?」
まじまじと見遣る。食事を楽しむ者達も、そうではなくとも。誰もが喜ぶ食事だと良いと、そう考えながら。
「ヒャッハー! 酒だぁー!」
ゲンゾウはにまっと笑みを零してイレギュラーズは違うなあと盃を傾ける。再現性東京にある酒と似ては居るが神威神楽の酒は素朴な味わいだ。
「だがこの酒にゃこういう淡泊のが合うな! こりゃ酒が進むぜ!おい姉ちゃん、これ持って帰る分包んでくれや!」
酔いもほどよく回ったところでゲンゾウは女房達へと武勇伝を語り始める。
喪ったものも残された傷痕も決して軽くはないが今は楽しもうかと鬼灯が章姫に微笑めば、彼女は「えへへ、帝さん達にご挨拶するのだわ!」とうきうきした調子でそう言った。
霞帝と晴明殿には世話になった。章殿を護る為に膝にちょこりと乗せていてくれたことを想えば礼を言いに行かねばならないと彼女を抱いて霞帝の元へ。
「霞帝、晴明殿此度の勝利、本当に目出度く。また、章殿を護っていただき本当にありがとう」
「此方こそ。章姫も無事で何よりだ」
ふと、霞帝と章姫の視線が交わっている。彼女がまじまじと見ていることに気付いて鬼灯は「どうなされた?」と問いかけた。
「帝さんのお顔のコレはなあに? 落書きされちゃったの?」
「……すまないな、章殿は生まれてこの方『髭』を見たことがないのだ」
「成程。髭、という。じょりじょりとするものだ。章姫が良ければ俺のもので試してみると良い」
何処までも気さくな御仁なのだと鬼灯はその様子を見て小さく笑った。
「飲んでいるか? 内務卿。どうだ、駄目でないのなら一杯」
「ああ、有難う」
ほら、と酒を揺らしたベネディクトに晴明は頷いた。神威神楽に辿り着いた時に彼の真意を聞きたいと問うたのは自身の側、そして、此度の働きを確かめたいと感じたのもまたベネディクト自身だった。
「我々神使は、内務卿が思った程度には仕事を果たす事が出来ただろうか。
この地に辿り着いて初めて会ってから、そう経っても居ない筈なのだがね……不思議と随分昔の事の様に思える」
ベネディクトの言葉に晴明も「俺もだ」と頷いた。これから欠けた物を、至らぬ部分を埋めるために忙しなくなることだろう。それを『神使』は――イレギュラーズは、力になりたいとベネディクトは手を差し伸べる。
「この土地は俺達を受け入れてくれた、俺にとってもこの場所は思い入れのある場所となった。
友人達が居るこの場所を、守りたいと思うのは当然の事だからな」
「その心に感謝を。国を導く支えに……英雄、否、友人殿の手を借りれる事の喜びを噛みしめて居るよ」
そうして手を取り合う者達を見れば夢心地は良きかなと盃の酒を揺らした。白秋25年を煽る。
民が幸せにしている姿が何よりも酒の肴なのだ。そうだろうと視線寄せれば賀澄は「ああ、殿」と頷いた。
「はて、麿の事を殿と?」
「ああ。殿だろう?」
「うむ。確かに麿は殿である。麿は純米酒と決めてかかっておったが、いやはやどうして。
大麦を蒸留したウイスキーとやらの、何と甚深極まる香りよ。此処へ来なければ知ることの無かった味じゃ」
清酒、ウイスキー、葡萄酒。未だ味わったことのない酒も。この不可思議な世界には集まってくるが其れ等総てを楽しめるのも人である。
「生まれ育ちも、種の垣根すらも超え、手を取り合い歩んでゆくことができる、と。
この光景を見ていると、麿は信じてやまないのじゃよ」
故に、今はともに盃を傾けよう。そうすることで心躍らずには居られないのだから。
霞帝、否、賀澄と共に酒を飲み交わす機会などそうそう在るわけではない。地元の酒を手にした清鷹は「賀澄殿」と声を掛けた。鬼人種である彼がそう呼び掛けることが出来るのも霞帝の人柄なのかもしれない。
「うむ、酒か?」
「ああ。これでも酒の強さには自信がある。賀澄殿、付き合って頂こうか」
からりと笑った彼と共に談笑しながら清鷹はふと、視線を晴明へと向けた。この大盤振る舞いぷりだ。顔の青ざめた彼を見れば苦い笑いが出ると言うもの。
後ほど、彼も交えよう。何となくだが話が合いそうな気がすると――苦労性な一面を覗かせて。
その影で天ぷらをもしゃもしゃと食べていた詩音。そう、ごちそうがタダで食べれるのだ。此れを逃すっきゃない。
だが、人混みは苦手である。それでも頑張ったことがあるのだ。どすこいを生み出して、呪われた鏡餅を破壊した。
なら、ちょっとだけ――贅沢くらい屹度したって良い。からりと揚がった天ぷらはとても美味しいのだから。
「そそぎそそぎ」
ラグラはそそぎを見つけて肩をぽんぽんとする。肩に置いた手で立てた指の腹が振り向いたそそぎの頬にぷすと刺さる。
「そそぎそそぎ」
「何度も――」
「おかえり」
そう、口にすれば「ただいま」とぼそりと帰る。そそぎ、と呼ぶつづりの声に誘われて歩いて行く彼女の背を見ながらラグラは「セーメー」と傍らの青年を呼んだ。
「そそぎもつづりも皆に構って貰えてますね。
私あの子達が一番大変な時に近くにいてあげられませんでしたから、おかえりが言えただけで満足です。
どうせ今日は賀澄君も皆も潰れるだろうしセーメーも飲んだらどうです? 新しい膳が運ばれてくるたび顔が青くなってますよ?」
「予算のことはもう気に病むのも可笑しいかも知れないと思い始めた所だ」
「まあ、そーですよ。瑞ちゃんも皆楽しんでる方が治りも早くなるかもしれませんし。
私も反省を生かし考えてここにいるんでおらおら飲め飲め。
セーメーも堅っ苦しい言葉じゃなくてもっとあの二人の事労ってあげてくださいね特にそそぎ」
「……ああ。そそぎとつづりには後で頑張ったと褒めてやりたい。中務卿としてではなく、彼女らの兄代わりとして」
あら、珍しいというようにラグラは悪戯めいて瞬いた。堅物を絵に描いた彼も多少は変わったのだろうか。
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四神を見詰めながら緊張した雰囲気の狂歌。その傍らではコップを持って震える葬屠が居た。
「帝様に……四神様に……龍神様も……」
高貴な人々の揃い踏み。緊張したその一方で――「う……吐きそう……」
力になれず、と気持ちが空回りしているのもあるが、アルコールの香りに当てられたこともある。
くらくら、と貧血気味に倒れた葬屠は早めに休んだ方が良いだろう。その様子を遠巻きに見ていた黄龍は「介抱が必要だろう」と女房に囁いていた。
帝が眠りより覚めた『復活』と瑞神の再誕。其れを以て豊穣の騒動も一段落と言えるだろう。
錬は試練での縁もあるからと四神とその喜びを分かち合い、課題について話し合いたいと願った――が、まさか全員が人の姿を象っているとは思わなかった。
「さておき、種の確執に魔種と化して辺境を襲う賊……内に巣食う病魔は祓えど、これからもまだまだ帝の仕事は減りそうにないな。加護を与えているぐらいなんだから人化して政務の手伝いでもしてみるのもいいんじゃないか?」
「永きを生きてしまう故に、人の世と中々軸が合わぬのだ」
黄龍の言の通り、彼等にとっての百年は一瞬だ。それこそ、幻想種よりも途方もない長い時間を生きてゆくことになる精霊――それは精霊種(グリムアザース)とは異なる存在だ――には人の世の政に関われば認識の相違が出てくるのだろう。
「そうか……俺たち神使は政治には関わらないが、外敵には力を尽くそう。青龍の試練で掲げた事を証明して見せるさ」
相も変わらず無口ではあるが青龍はどこか嬉しそうだった――と、そう思う。屹度、そうだ。
「黄龍殿。その、瑞殿の加減はどうであろうか。その、いや、息災ではあるのだろうけど……こう……もふやかであるように?」
「犬の毛並みであるならば『焦げた』と言って居った。吾直々に毛繕いをしておこうと思っている」
成程、と頷いたのはアーマデル。フランクな対応ではあるがこれが豊穣の神霊なのだろう。
何か差し入れようと思ったが、青汁が出てきたことに「やべ」と思いながらアーマデルは荷物へと隠した。青汁チャレンジは又の機会だ。
(……ここから見れば異界の神霊に連なり仕えるモノだが、他の神霊を否定するものではないから、この地のヒトと神霊が永く良き関係で在れるよう祈ろう)
彼も屹度、其れを受入れてくれることだろう。
「宴だ!」と前に食べた時にその味を気に入ったという『おにぎり』を楽しみにしていたソロアは「何か具を入れることはできるのか?」と問い掛けた。
「良ければ俺が握ろう。握り飯くらいなら出来る」
給仕側の確認に立っていた晴明の言葉にソロアとアルペストゥスが顔を見合わせる。
「?」
お米の臭いに首をかげて。邪魔をしないようにと座っていたアルペストゥスはお米が握られていく様をまじまじと見詰めている。ソロアの『リクエスト』に晴明は四苦八苦していた。なんでも、アルペストゥスサイズのおにぎりを所望されているのだ。
「具として茹で魚とマヨを混ぜたツナマヨと言うやつと昆布とおかかを持ってきたんだ。
どうだアル君、このサイズなら沢山食べれるぞ!
おにぎり持ったら二人で黄龍さんのとこいってご挨拶をして、ご飯たべよう!」
その前に味見、とアルペストゥスがソロアの出した味見用のおにぎりをぱくりと齧り。
「――ギャーゥッ!」
美味しい美味しいと翼をぱふぱふと揺れ動かした。黄龍は彼方に、と晴明の案内を聞いて二人はおにぎりをどっさりと掲げて一緒に食べようと足を運んだ。
「あれ……」
黄龍様かな、と伺い見ればそこには人間しか存在しない。しかし、皆が黄龍様と呼ぶからには変化しているだけなのだろうかと悩まし気。リリーも昔話をしてみたいけれど、と呟いた。
瑞神の事、そして何より黄龍の事。神様と呼ばれた彼らの歴史を聞いてみたい。そわそわ、と身を揺らす。もう少し人の波が引いたら歴史の話をしに行こうか。
「リアも大変だったと聞くし、少年には沢山護って貰って……」
その事に対して感謝を為ているし、安心しているとシキは二人へと『友人』を紹介したいのだと微笑んだ。
「一時はどーなる事かと思ったが、落ち着いたようで何よりだ。
というか、何とかなったんだな、この国……まーそれでこんな宴が開かれんだ、悪くねーやな」
サンディは「リアも大変だったんだろ」と伺い見れば、リアは「あたしも一応聖職者だし、祈りをね」と二人を待たせていたことを詫びる。
「ともあれ、あんた達が無事で良かったわ! いえーい、大勝利! それで、シキにお友達?」
ぎゅう、とシキとサンディを抱き締めるリアは「どんな人かしら?」と問い掛ける。顔を見合わせたのはサンディとシキ。
「友達が出来たのは本当なんだって。いや肉腫とかじゃなくて。まー後は本人から喋ってもらうか」
その言葉に些か不安を覚えながら向かった先――「え?」とリアは黄龍をまじまじと見遣る。
「こんばんは。瑞さんは今日は?」
「瑞は子供の体になった故にな、転た寝をしているようだ」
「そっか。あのね、今日は黄龍と瑞さんを私の友達だって紹介したくて……話したいことはあるけど、まずは、でどうかな?」
頷く黄龍。荘厳なる龍にリアは「マジで?」と驚いたように双方を見遣った。
「うむ。マジである」
「……そっか、そっかー。
貴女はその刃で、友達を助ける為に、戦ったのね。ねぇ、シキ……今の貴女の音色、とても好きよ」
黄龍の頷くその言葉にシキはくすぐったくなって笑みを零す。
「サンディ……ちゃんと、ずっと隣であの子を支えてたのね。褒めてあげるわ!
けど、お前が無茶して地獄に落ちるってんなら、あたしとシキも付いて行っちゃうから……ま、気を付けてよね?」
「はは。いやしかし、あれだな。俺ももうちょっとばかし上を向いて歩かねーとな。
地獄ばっか見て歩いたら、そりゃ地獄にしかつかねーや」
二人の様子を見ながらシキは黄龍を真っ直ぐに見上げた。お礼を言いたいと、口を開く。
屹度、真っ直ぐ走って往けたのは君のおかげで。もう一つの約束をと欲張りになってしまう。
「この先もし、君や瑞さんに困ったことがあれば真っ先に駆け付けるよ。
リアと少年と同じにさ、大切な友達だからね!」
静かに酒を煽っていたウォリアの傍らには金を靡かせる男が腰かける。
「それは縁を編んだものか。瑞に此度の楽しさを伝えてやってくれ」
「黄龍……」
神とて酌の一つくらいは嗜んでいると小さく笑みを零し黄龍は「気が向けば瑞にも語りに来て呉れ」と席を立つ。
(意思と想いを繋ぎ、また縁を繋ぐ……懐かしいな。
昔の自分は、この光景を良く見ていた気がする……宴席には、些か相応しくない風体と自負してはいるが。
……戦いが終わって「友」と呑む酒は悪くないものだ……久しく、忘れていたよ)
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遠巻きに宴を眺めていた庸介。宴では静かにこっそりと。助力が為ったと言えども目立つのは余り好まない。
脇役としてでもゆるりと酒を楽しむのも心地よい。玄武の戦場で戦った彼に対して玄武は「こっちにこーい!」と手招いているが――さて、どうするか。目立つのが苦手なわけではない……が。
結界の維持に協力したリュコスは白虎と朱雀に会いたいと宴の席を立っていた。
「リュコスだよ! おつかれさま……、改めて、よろしくね……!
それでね、もし二人がよかったらなんだけど、お友達になってもいいかな……?」
「勿論! 宜しくね!」
「……ん」
眠たげな朱雀に「うんだって!」と白虎がにんまりと笑う。明るい精霊にリュコスは白いトラさんなんだよね、とぱちりと瞬いた。
「ということはすごいもふもふで……ぼく、トラじゃないけど隠してる耳としっぽがあるから仲間意識というかもふもふに触ってみたいというかそういう気持ちがあるんだよね……」
朱雀も鳥だから羽毛がもふもふしていそうと呟けば、白虎は「触るかい? ほら、がおー!」と笑みを浮かべる。
「はわ、触るのはなしでいいよ! ぼくが柔らかいもの好きなだけだから……Uh……」
折角だからと触れた白虎はとても――とてもモフモフしていた。
「かんにゃらい成功おめでとーう、宴めでたーい。猫どこー?」
「かんにゃらい有難う。猫か……貴殿が猫を好きならば猫を飼うのも悪くはないな」
ふむ、と霞帝が真面目腐って返すが眠たげなヨゾラは日本食がおいしいと酒と食事を楽しみ続けていた。勿論、『にゃ』の時点でちょっぴり酔っ払いなのである。
「俺の知っている猫はもふもふで可愛い子だが、貴殿はどうだ?」
「そう! そうにゃの。もふもふでふわふわでぬくぬくでにゃあにゃあで……」
そう告げながら宴会芸についても一つ。羽をぴかっと光らせれば宴会芸にだって屹度――屹度と繋げてから眠りの中に。お酒はほどほどなのである。
「玄武おじいちゃん! お祭りだよ! ぱーりぃぃぃぃタイム!」
ムスティスラーフがそう声を掛ければ玄武は「待っておったぞ!」とえんやこら楽し気に盃を掲げた。少人数の酒盛りではもったいない。
「ハンモだよ! 今日はッ! お祭りッ! いぇーーーいッッッ!!
玄武ぱぁぁぁりぃぃぃだぁぁぁぁーーー!!!」
楽し気にその体を揺らしたのは繁茂。踊り出す玄武のグルーヴにインしてみせると宴の話に乗れば、『台風の目』を作り出す様に大騒ぎである。
\イェーイ、ぱーーーりぃぃぃぃ!/
ジュースで乾杯をする花丸は今日も玄武が元気にぱーりぃたいむをして居て安心したと微笑んだ。
「で、今日はお願いがあって……今度花丸ちゃんに稽古をつけてくれないかな?
試練の時に見せてもらった徒手空拳、それに防御技術。どっちも私にとって必要なものだから。だから、少しでもって思ったんだけど……ダメかな?」
「良いぞ!? 舞え舞え!! 先ずはそれからじゃ!」
――酔っている! 花丸の直感はそう感じていた。それでもいい。舞うなら舞おう。ただでは転ばないのだ。ふんす。
宴をこよなく愛する玄武にムスティスラーフは食べ物を、お酒を、楽しもうと踊り出す。ハメを外して頭を空っぽにして、思う存分踊り出そう。
「苦難に満ちた戦いではあったが――今は『終わり良ければ全て良し』と言おうではないか。
ああ、色々と言いたい事があるのは分かるがな。それはそれだ。頭をずっと悩ませ続けていては、遠からずに限界が訪れるというもの」
故に、と汰磨羈は盃片手に「ぱーーーりぃーー!」と叫んだ。玄武たちの宴に突入するのだ。
酒チェックヨシ! 飯ヨシ! いい感じに興が乗ってこれば踊り歌って盛り上がろうではないか。
「ン。フリック 青龍 ゴ一緒スル」
そう言って青龍と一緒に玄武やムスティスラーフ太刀を眺め続ける。静かに乾杯とはならないがこの喧噪こそが国を育む光なのだ。
国中に咲いた笑顔達。其れを護ったフリックと護り続けた青龍。故に乾杯と――此の地に眠る星々に献杯を。
お酒=米=植物ならばフリックは当時よりも美味しいと不思議な縁だと感じながら全く酔うことなく酒を飲んでいた。
「パーティにゃ陽気な音楽が付き物だ。とはいえ、今日のおれはパーティでバカ騒ぎするために来たわけじゃない」
ヤツェクの目的は青龍だ。樹のイメージが強いが、青龍は今どんな姿をしているだろうかとちら、と見る。
今回は黄龍に嗾けられて美青年の姿をもしたようだが、そもそも青龍自身もいくつか姿を変貌させることが出来る様子である。流石は神霊か。
「この国は、おれの見た夢なんぞより、何倍もいい国になるだろうな」
頷く青龍にヤツェクは物静かな『樹』のような青年を見ながらにいと微笑んだ。
「さて、一曲どうかね、青龍さん。今日はアンタのギター弾きになるさ。アンタが望む曲を、奏でよう――今までをねぎらい、これからを祝うために」
傍の玄武側の騒ぎに馴染むような、そんな静かな調べを掻き鳴らして。
「これがホワイトタイガーくん……ブラックタイガーくんとは随分と姿が違いますのね?
ごめんなさい。知り合いと随分姿が違っていたのでつい」
それはエビかな、と首を傾げる白虎にマリアはくすくすと笑った。あの時は有難うと礼を告げ守護持ちのマリアは『大切な友人』である白虎に『一番大切な人』を紹介したいと歩み寄る。
「こちらがヴァレーリヤ君! 私はヴァリューシャって呼んでいるよ!
この子も無茶をする子だから……良かったら見守ってあげてね……それから……本当にありがとう」
「ヴァリューシャでございますわっ! マリィや皆を守ってくれて有難う。これからもどうかマリィをよろしくね?」
湿っぽいのも紹介も此れくらい。何を飲もうかとウォッカ瓶片手のヴァレーリヤにマリアは清酒を貰おうかなとニッコリ笑顔。白虎の力を顕現させた余りにマリアにぴょこりと生えた猫の耳と尾をヴァレーリヤは可愛いと笑みを浮かべる。
「後でホワイトタイガーくんと一緒にブラッシングしてあげますからね……」
「それは本当? とっても嬉しい! 有難う!」
にっこりと微笑む白虎に「あ、まずは私だよ!」とマリア(酔っている)が唇を尖らせた。
「久方ぶり、というほどでもないのう。遊びに来たぞ」
朱雀の口元の汚れを拭った瑞鬼は着物の裾であろうとも構うことはない。妙に幼子を思わせる神霊が愛おしくて仕方が無いのだ。
「あれが食べたい? お主じゃ届かんじゃろ。ほれ。杯が空じゃぞ。次は何が飲みたい?」
せせこましく世話をするがそれをぼんやりとした銚子で受入れる朱雀は愛らしい。瑞鬼自身もイヤではなく懐かしい。
「賭けはまだまだ続きそうじゃな。これからもよろしく頼むぞ、朱雀」
「……ん」
噂の赤い鳥さん――こと、四神の一柱『朱雀』の事が気になるカイト。
朱雀はとても眠そうなのはどうしてだろうかと問いかけようとも「ん……」と何となくの返事がかえるだけだ。
「ほらほら、眠いなら羽毛で温めてやろうか?」
よいしょ、と抱えれば返事の前に朱雀はまたもうとうとと夢の中。機嫌がいいからとカイトも枕である事を是としていた。
「それじゃ、寝物語で聞いてくれよ。リヴァイアサンとか水竜さまとか――」
――話しているとうとうとと夢の中。もしかして、これが朱雀の力か、とカイトはこくりこくりと船を漕いだ。
●
板場にてゴリョウは混沌米『夜さり恋』を用いた白米での『海鮮炒飯・合同夏祭り風』を作成していた。
つづり、そそぎに話しかけに行くものは数多いだろうが――彼女達は口下手だ。もしも困惑した時はそっと差し入れをしようと考えていた。
同じ場所で同じ釜の飯を食うという事は同じ何かを『共有』するという事だ。仕切り直しの為にも腹を満たしてやろうと着実に準備は続いていく。
「リゲルもノーラもお疲れ様。今日は美味しい物いっぱい食べて楽しく過ごそう。乾杯」
ポテトの音頭に頷いたのはリゲルとノーラ。
これも貴重な家族団らんだ。ジュースを持ってにんまり顔のノーラは「黄龍がいる!」と卵焼きの皿を手に駆け寄っていく。
「ノーラは黄龍の所に行くのか。私はつづりとそそぎにクッキーとパウンドケーキを差し入れしようかな」
「はは、ノーラは卵焼きを気にいったんだな。つづりとそそぎに差し入れをした後、黄龍様に挨拶に行こうか」
頷き合ったリゲルとポテトは走り寄りにんまりと微笑んでいるノーラと小さな彼女を揶揄い遊ぶ黄龍を見つめている。
「それにしても……霞帝と晴明様のご無事な姿も目にできて本当に良かった。
復興に向けて、宜しければ俺達もお力になりたく思います」
「霞帝と晴明も無事で良かった。
今までこの国を支えてくれていた柱を失ったのは大きいけど、彼の分も、彼の思いを汲んでこの国が良い方向に変わって行くことを願っている」
自身らの母国――天義も復興を辿っている最中であると方々への謁見と共に「賀澄にもこの國をどうしていくのか聞きたい」とポテトは微笑みかけた。
一方――
「黄龍、みんなを助けるために力貸してくれてありがとー! お陰でみんな無事に帰って来れたんだ!
おっきいわんこさんもふもふで可愛かったな。今日は来てないのか?」
マイペースのノーラに「寝坊助でな」と黄龍は微笑んでいる。卵焼きがおいしい事に、それから、とカバンから取り出した焼き菓子は黄龍だけではない『お友達』も一緒にとお勧めを。
特異運命座標ではないリーヌシュカはリヴァイアサンとの戦闘を終えて遙々の海路でやってきた娘である。無論、帰り道も長い船旅を経てスチールグラードへ……となるが。
「お疲れ様。もうへとへとよ。ジュースはある?
帰ったらみてなさい、今ならきっとゼラー・ゼウスなんて敵じゃないはずだもの」
悪戯めいて笑った彼女へと愛無はジュースを差し出し「良ければ二人の巫女の元へ行こう」と提案した。
つづり、そそぎ。二人とはそれなりに顔を合わせているが『揃っている』姿はまだ見慣れない。二人がともに揃っていることが喜ばしいと告げる愛無にそそぎはそっぽを向く。
「いや、確かにそうだ。こうして二人揃って良かったなぁ……。
これも愛無やリーヌシュカちゃん…戦いに行った皆と…つづりちゃんが頑張ったお陰さ――Lesson2、願いを信じろ」
きちんと出来ただろうと微笑んだ行人は「で……隣の子は、誰なんだい?」とつづりに問い掛けた。彼女の口から、その名を聞きたくて。
「そそぎ、……妹です」
「つづりの妹。それ以上はないわ」
つんとした仕草を見せる彼女に行人と愛無は顔を見合わせて笑った。
「何かあったら何時でも呼んでくれたまえ。僕はヒーローではないが。
傭兵だ。目と手の届く範囲なら、すぐにでも駆けつけるよ。これまでのように。これからもね」
「また何かあったら、ここに居るみんなに……俺だってそうだ。気軽に言ってみるものだぜ。
何とかするし、何とでも出来る。俺達なら、な?」
――なら、そうした冒険譚は聞きたくて。リーヌシュカは「鉄帝まで聞かせにきてよ」と羊羹片手に顔を覗かせる。
「シャイネンナハトのクーリビヤックとガチョウの丸焼きが、待ち遠しいったらないけれど。
早く帰りたいけど、もしかしたらもう二度と来れないかもしれないもの……それに、この国のお茶だって好きよ」
食いしん坊なセイバーマギエルに愛無は「とびきりの菓子をあげよう」と提案し行人は幼い子供を見るように目を細めた。
「こうやって隣り合ってる時に会うのは初めてかもね。オデットよ、覚えてくれてるかしら」
オデットにつづりは頷いた。そそぎは相変わらずの様子である。林檎をどうぞ、とお勧めする小さな妖精は助けには行けなかったけれど、と付け加えてから二人を見遣る。
「……好きな人の隣にいられるのが一番だもの、ね。もう離れちゃだめよ」
頭をくしゃりと投げれば擽ったそうに戸惑うつづりと慌てるそそぎ。そんな言葉が柄でもないからと少し気恥ずかしくなったオデットは「玄武も驚くプレゼントよ」とゲーミング林檎を二人へと手渡した。
オウェードはざるそばとお茶を楽しみながら防衛作戦で共に戦った仲間達に声を掛け――ぴしりと固まった。
「は……始めまして……わわわ……ワシはおおお……オウェード……じゃじゃ……(可愛い……ワシの彼女候補がまた二人……)」
幼女趣味と書けば聞こえは悪いがオウェードの立派な恋心である。彼女候補が増えて赤面してしまった彼はごほん、と咳払いしてざるそばに舌鼓を打つ。
「つづりさん、ユーリエを救出する際話しましたよね。二人と仲良くしたいを実現しに来ました」
翼を角に見立ててそそぎと並んでみたエリザベート。身長からしても二人とシルエットがあまり変わらない。目線を合わせて、二人の会話にも耳を傾けて出来るだけ話しやすいようにとエリザベートは工夫した。
「……どうして、仲良くなりたいの?」
「何故仲良くなりたいのか? 何となくの直感と、シルエットで興味を待ったから。
人と仲良くしたいって、些細な事からでいいんです、その気持ちが本当なら。
……そのむすっと気味の顔も可愛いですし、つづりの儚げなとこも可愛らしいですし」
むす、としているそそぎは「ふうん」と言ってそっぽを向いた。その様子からエリザベートは屹度照れているのだと小さく笑みを零して。
「あ、いたいた。二人とも元気そうで何よりだね。後遺症みたいな物も残らなくて良かった良かった」
お土産として持参したのはスイートポテト。バスティスとて再会を果たすために尽力したのだ。二人の顔をしっかり見て無事を確認したい。
領民達が届けてくれた芋から作ったおやつだと聞けばつづりとそそぎはそれを不思議そうに見遣る。ふかし芋ではない、お洒落な名前の付いた不思議な『おいも』なのだ。
そうしてぱちりと瞬く姿を見れば無事で良かったと胸を撫で下ろす。年若い少女が苦境に立たされるのは気分の良いものではない。此の地の偏見が減り豊穣内外の交友が深まれば穢れの状況も屹度変わるだろう。
だから、猫の神様はにんまりと笑うのだ。何時でも頼ってね、と堂々と笑みを零して。
「つづりちゃん久しぶり! 本当はもっと遊びに来たかったんだけど、カムイグラでも依頼が色々あって来られなかったんだよね……これからはたまに遊びに来たりしてもいいかな?」
同じ巫女として、と微笑んだ焔につづりは頷いた。人見知りする性格らしいそそぎの事は焔も聞き及んでいた。つづりの側からこそりと覗く少女が立っている。
「あっ、その子がそそぎちゃん? 初めまして、ボクは炎堂焔だよ!
元の世界ではボクも巫女だったんだ。こっちの世界の巫女のお勤めのこととかも聞いてみたいし、仲良くしてくれると嬉しいな、ほら握手しようっ!」
「……ん」
おずおずと握手をしてくれる。それでもふいとそっぽを向く彼女との距離を詰めるのはまだまだ時間がかかりそうである。
●
「やあ。君達がつづりくんとそそぎくんだね。僕はエクレア、気軽にエクレアお姉ちゃんと呼んでくれて構わないよ。
いやなに。君達と面識が無い者が来て困惑しているだろうが、今日は無礼講だ。挨拶くらいは許したまえ」
今回は大変だっただろうと呈茶スキルを活かしてジュースを注ごうとするエクレアにそそぎは「それ、用意されてるヤツでしょ」とそっぽを向いた。
「そ、そそぎ……」
「ふふふふ、小さい事を気にするとのように大きくなれないぞ少女諸君。
これからも君達は当分多忙を極めるだろうが頑張りたまえよ、何かあったら仲間に頼るといいさ。盟友達は大凡良い人だから。勿論僕もね。ぼ・く・も・ね!」
その言葉にそそぎはふ、と笑った。自己主張がとても強めなエクレアに何となく可笑しくなったからだ。
「よぉ、二人共。大変だったが無事みてぇで何よりだ」
つづりとそそぎの頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でたルカに、そそぎは「ちょっと」と唇を尖らせた。
「はは……お前らの幸せを邪魔するやつをぶち壊してやるなんて見栄切ってた癖に、一番大変な時にいけなくて悪かったな」
「……国の、一大事だった、から」
つづりに頷いた。何よりも大事なのは二人の無事だ。そそぎがそっぽを向いた傍らで沙月は目を細め笑みを零す。
「そそぎさん、無事に御帰りになられたようで安心しました。つづりさんも頑張りましたね」
沙月も直接的に二人の許へと辿り着けたわけではない。だが、こうして二人が無事だと思えば安堵するのだ。
折角だからとお茶を点てるという沙月を眺めるつづり。ルカは「気にいったのはあるか?」と宴の中をぐるりと見回した。
「ま、しけた話は程々にして、だ。ほらほら、しっかり食えよ。ちゃんと食わねえとチビのままだぜ」
「な――」
そそぎに芋羊羹をお勧めする沙月。微笑ましい光景だと感じながらもルカはこの二人の幸福の為にも豊穣のけがれを拭わねばならないと強く決心を固めた。
「よう、身体は大丈夫か? 仕方ないとは言え大分無茶したからな、しっかり休めとけよ」
「……分かってる」
ふい、とそっぽを向いたそそぎにミーナは小さく笑う。助けた理由なんて簡単で、『可愛い女の子はみんな幸せになってほしい』のだ。運命に抗って、絶望を帳消しにすることが自身の役目だとミーナは目を細める。
「つづり、そそぎ、覚えておきな。独りじゃないやつは、強いんだぜ?
ましてや双子なんだ、絶対にいつだって独りじゃない。たとえ身体が離れようと想いは繋がっているさ」
だから、手を離さないように。二人で過ごしていろよと手を振れば、「そそぎ」と風牙が走り寄った。
「よっ! つづり、そそぎ、楽しくやってっか? そそぎはいつものしかめっ面か! ははっ」
「……だって」
「まあ、戦勝祝いとかはお前にはあんまりピンとこないよな。ここはちょっと考え方を変えよう。
これは『つづりとそそぎ、仲直りおめでとう! これからは二人で仲良くけがれに立ち向かうぞ! 心強い仲間もついてるぞ!』パーティーだ!」
な? と微笑んだ風牙にそそぎは「それなら」とぽつりと呟いた。人見知りをする以上に、この宴に戸惑っているのだろう。彼女は『罪』を得て『罰』を得たとそう認識しているだろうから――
「お前の新しい門出を祝うんだ。お前は色んな経験をし、学んだ。そんなお前だからこそできることもあるだろう。
……お前はもう充分『罰』を受けたよ。肉腫をつけられて、死にたくなるような苦しみも味わった。後悔もした。反省もした。だから、ここからは前を向け。な?」
「……少しずつね」
それでもいいさ、と風牙は微笑んだ。それでもいい。それだけで救いになるのだから。
険しい顔をしてつかつかと歩み寄っていくクレマァダ。そこに祭司長の威厳はたっぷりだがびくっと肩を揺らしたつづりとそそぎは次の瞬間にさらに驚いたように目を剥いた。
「よ゛がっだの゛ぉ゛~~!!!」
大泣きし、二人をぎゅうと抱きしめる。その様子にくすりと微笑んだイーリンは「この子があの海辺のお祭りで話した――巫女姉妹の片割れよ。貴方達と同じ、普通の女の子で。欠ける痛みを誰よりも知ってる優しい……」
説明を行うにもこれだけ泣かれたならば必要ないか。イーリンはクレマァダにそっとハンカチを差し出した。
人前で泣く祭司長。特異運命座標となってから感情の抑制がへたっぴなのである。
クレマァダはカタラァナを救えなかった。つづりはそそぎを救えた。それで、勝手にも救われた気がしたとクレマァダは笑みを浮かべた。
「何でも言うてくれ。御礼をしたいのじゃ。力になりたい」
「この子の言う通り、貴方達のためなら何でもするバカが大勢いる。だから貴方達も遠慮なく『自己犠牲は駄目』ってわがままつけて頼んでやりなさいな」
イーリンにクレマァダは「お主もな?」と視線を投げ遣った。その様子につづりは、ふと小さく笑みを浮かべる。
勝手に救われたわけでもないし、勝手に助かったわけではない。誰かが、手を差し伸べてくれたのだ――
●
「宴っきゅ―! お酒っきゅー!」
――と思いつつも屋根の上まで飛んでお話をとレーゲンはウェールを引っ張り上げていた。
レーゲンはそっとウェールさんとその名を呼んだ。保護者は「どうした?」と問いかける。
「きっとこれからも規模の大小関係なしに色んな戦いがあって、
絶望の青が静寂の青に変わった時みたいに……出会いがあって、別れもあって。
助けたくても、もっと一緒にいたくてもどうしてもお別れしなきゃいけない時が来たら……ウェールさんは平気っきゅ?」
「……平気かどうかはその時になってみないと分からないが、少なくともあの海での事は後悔しない」
魔種とは斃さねばならない存在だが終わらせてやることで救えるものだってきっとある。
未来にはこれまでのように苦しい事が沢山あるけれど。それ以上に楽しい事はある筈で。
「レーゲンは『あの子』と行ったピクニックを後悔していないだろ」
「……うきゅ! あのピクニックに後悔なんてゼロっきゅ!
レーさんは一人だけど独りじゃないから、グリュック達がいるから、これからも頑張り続けるっきゅ!」
――だから、約束を守る為に頑張ろうと二人で微笑み合った。
「あまり人混みにいると潰されそうだから、神様が座ってた天守閣でも見に行きたいわ?
竜真おにーさんもいかが? 迷わないように、手を取って行きましょうか♪」
天真爛漫な甘い笑みを浮かべてフルールは竜真と手を握りしめた。天守閣に登るのは初めてというフルールと比べれば、異世界だから初めてで天守閣経験のある竜真は頼りになる。
「……天守はそう広くもないから人は少ないと思っていたが、混雑もしてくるか。参ったな。さてこれは。あの辺り、なら。よし行けるな。少し脚に触れるぞ」
「跳躍は得意だけれど、着地は任せたわね竜真おにーさん♪」
くすりと小さく笑う。其処から見る景色は何だったか。穢れに狂ったその眼は何を映したか。聞いたら答えてくれるかどうか――それはまだ分からない儘。
「ははっ、流石に、高いが!」
今は空を奔り、人気のない場所へ行こうではないか。
宴でイマイチ騒ぐ気持ちに慣れずジェイクは瑞と戦った天守閣の屋根に座っていた。身内からは死亡者と反転者が出た。それを祝いで流すことが出来ない。
そも戦った相手だってそうだ――
「殺した魔種の二階堂尚忠だって、奴の凶行も元を正せばカムイグラを想っての事だ。
それだけじゃない。俺が戦った魔種のほんとどが理不尽な程の悲惨な過去を背負っていた。
俺達の魔種退治はいくら世界を救う為とは言え、理不尽の上に理不尽を叩きつける行為だ。……魔種は倒しても倒しても減りゃしねえ」
魔種はもとをただせば普通の人であった。その事を想えば、ジェイクは問わずには居られなかった。
「なあ瑞神よ。俺が決戦の日に魔種に向わずお前に挑んだのは、正気に戻ったお前なら、カムイグラでのこの状況を何とかしてくれるかもしれないと思ったからさ。
――魔種の居ない世はいつ来るんだろうな」
その世を紡ぐために――彼女の再誕を待たねばならないのかもしれない。
「……奇跡ってなんなんだろうな」
高天御所の周囲を歩いて回りながらマカライトはそう呟いた。
久方ぶりの大規模戦闘。一応は勝ちで終わったが――姿を消した人数も二人と被害は甚大である。
どうしても後手に回る。其れに気付けるまでも時間が掛かってしまったこともあるだろうが、何より。
イレギュラーズとなって『弱体化』した己に甘んじてはいられないとさえ思った。鍛え直さなくてはならない。
その中で、ふと、浮かべたのは双子の姉妹だった。死に別れた彼女達が救われていればいいと、そう願った。
――『羅刹十鬼衆』が一人、我流魔。
それを口にしたとき桜華の心には悔しさがよぎった。奴を斃してほしいという個人的な依頼、そしてその所業に義憤を燃やして立ち回った自分自身。手も足も出ず、仮面が落ちそうにならなければ、と悔し気に唇を噛み締める。
「くそ! もっと強くなりたい! 奴等の様な鬼畜外道を退治できず、何が『鬼賊』か!
……あの時の……国が落とされ奴隷堕ちした時からあたしは変われてない。
……この悔しさをバネに……今ここに、この刀『子鬼殺し』に誓おう。あたしはもっと強くなる……そして我流魔……貴方を討つ!」
宴の様子をぼんやりと見つめていたラピスは今日は一人きりなのだと複雑な思いを飲み込めない儘、ぼんやりと見つめていた。
――僕は、彼女を護りたいと願ってきた。隣にある限り護り続けると。
そうラピスは誓っていた。愛しい人を護る為に、婚姻というやさしい契約で互いを結んで。
(……でも、彼女は、僕の手の届かない所で、どうしようもない傷を負って来る。
今回の戦いでだってそうだ。彼女は、敵である女性と言葉を交わすために飛び込むと……。
あの時は僕が居たから、彼女が怪我をする事は防げたけれど……終わってすぐ、泣き顔の彼女に消毒液まみれにされたんけど)
でも、と悔し気に唇を噛んだ。彼女は――アイラは。
僕は彼女を護る為に何が出来るのだろう、何をしたら良いんだろう?
傷ついた彼女を見るのは苦しくて。悔しい事ばかりで。嗚呼。僕の瑠璃が、曇ってしまう――
●
傷を癒すために療養するイスナーンが居るように、個室でのんびりと過ごす者も居る。
ごろんと転がって休もうとしていたリコリスは女御が「よろしければ」と運んできたお饅頭に気を取られていた。
きらりきらり、眼差しが光を帯びて。尾をぶんぶんと振り回して女御になでなでを要求し続ける。
「わおーん! 畳のい~い匂いがする~! ここで寝転がってお昼寝を……あっおねーさん!
その手に持ってるものはなぁに? えっ、お饅頭? 食べる食べる~!
おねーさんありがと! お礼に頭なでなでしてもいいよ~」
女御の膝でなでなでごろごろ。犬のように甘えてにんまりするリコリスはのんびりと楽しんでいた。
人気の多い場所は趣味ではないからと部屋を取っていたジュリエットは景色も申し分ないわ、と庭園をぼんやりと眺める。
「私のやったことは決戦の端っこで、召喚された際に失った力を取り戻す為にその辺のヤツをシバいただけだけど。
ま、それでも貢献ってヤツは出来たでしょうし?多少の勘も戻ったし、ちょっとした勝利の美酒に酔うのも……」
残念ながら飲酒は二十歳から、と言われてしまえば「あら、そう」と瞬いた。
折角ならばこの景色と喧噪を肴にのんびりと食事を甘酒を頂くのも悪くはない。
この世界での生活も案外気に入った。しばらくはのんべんだらりと過ごしてみるのも良いだろう。
「……いや……うーん……やっぱあんまよくわかんないよねぇ……この庭……
なんか前もこういう庭入った時色々聞いたけどさぁ……彩がどうとか……」
リリーにとって理想の空間は漫画と布団とカップラーメンだ。手入れしても資源は算出できなさそうな芸術品。
それがいい所はと言えば静かな事だ。逆切れするのも疲れてしまうからとリリーはおやすみ、と庭を眺めてもそりと布団にもぐり込んだ。襖が閉まらない事だけはすこしマイナス要素だけれど。
「いや~、ええ感じに死に近づける様な戦いさせてもらいましたわぁ。
こういう時は呑むに限りますわ。カムイグラの景色を肴に祝酒も乙なものですわなぁ」
喧噪から離れた追儺は風光明媚な景色を眺めながら大きな盃に注いだ酒に紅葉を浮かべていた。それごと喉をぐび、と音鳴らす。
死を渇望して止まないヒトであったものの、生を心から喜べる数少ない一時に追儺ははあと静かに息を吐く。
出身地と比べれば趣が随分と違うのだとソニアは茫と庭先を眺めて居た。それでも、この庭園の美しさは良い者だ。
「私が正式に当主の座を継いだら、当主権限でこういった庭園を造ってしまおうかしら……なんて」
そう口に為たときにソニアの心によぎったのは寂しさであった。帰ることが出来るか、出来ないか。
そんな判断すら付かないこの現状で『当主』の座を頂くのは誰であろうか。
「まだ帰れる保証もないのにする話ではないし、帰ったら弟か妹が増えていてその子が継いでいた、なんてことになっていそうだけど。それとも、家出したお姉様を呼び戻して当主に据えているかしら?」
詮無きことであろうとも――それでも、口にせずには居られない。
「……お父様、お母様。お姉様たち。家臣の皆。ソニアは元気でやっています。初陣だってとっくに終えてるんです。 きっと皆、成長した私を見て驚くと思いますよ……だから、早く会いたいな」
華やかな宴に気が引けると帯刀は部屋の中で休もうと考えた――が。
「……あの神父、まぁだ働いてやがん゛のか?」
喉の影響でダミ声になりがちの帯刀はおちおち休む気分でもなくなると肩を竦めた。
自身の仕事を続けようと治療に向かったオライオンに女房達は「此方は大丈夫ですから」と気遣うように慌てている。
オライオンは自身の仕事を続けようとしていたのだろう。軽傷者でも動き回れる程度待てに力を貸したい。
己達の奮起の催しだというならば。人材をと願う彼の傍で帯刀は溜息を吐いた。
「お゛い、手ぇ貸すからとっとと終わらせろ。女御達も困ってん゛だろ」
「な? 食事? いや、俺は要らん。こいつらへの施術がまだ……。おい、違う! 包帯を締めすぎだ……!」
手伝うと言う帯刀を慌てて止めながらもオライオンは自身が思うよりも早く作業が済んで食事へとありつけることになる。そうして喧噪を肴に酒を飲むことも案外『悪いこと』ではないのだ。
「せっかくのお祭りですし、その。友達記念? で三人で散策しましょう」
雪の言葉に頷いたのは黄野。まだまだ平らかなる世には遠いが晴れやかな心というのは大事である。
昼顔は折角の楽しい者よ推しに一緒に行きたい友達が居るなら行かない手はないっすわと甘酒片手である。
「俺も麒麟の端くれとして言祝がせていただこう! カンパーイ!」
宴の場から軽食と甘酒を。傍に立っていた女中達が黄野へと籠に詰めてくれた食事を楽しみながら庭園と天守閣を眺めよう。
「飲食禁止、と言われてもこっそり食べてしまいましょう、どうせなら、楽しいが一番ですよ?
甘酒にはひっそりと生姜のすりおろしを。乾杯の音頭に一口、やわらかな甘みとともに体を温めてくれるでしょう」
「へへ、大丈夫だって。まあ、拙者達、英雄っていわれてるみたいですしー?」
そう笑う昼顔に雪もくすりと微笑んだ。
こうした平和は心地よい。三人でのんびりと散策しながらピクニックのように食事を取って。
最期に想い出を残しておこうと提案すれば黄野と雪は頷いた。この機会をしっかりと残しておこう。
弔われた兵達の墓は確りと存在して居た。女房に案内を頼めば快く玄丁を誘ってくれる。
鬼人種と八百万を区別することなく弔われたその後を見て「兵共が、夢の痕」とぽつりと呟いた。
玄丁はは鬼人種が嫌いだ。同族が嫌いで仕方が無い。それでも死人には敬意を。
「……名もなき者よ、夢の潰えし者たちよ、僕達、生きとし生けるもの全てのために」
祈るわけではない。死人の出た事実を受入れる。玄丁には命の価値は分からないが重いことは理解できた。
――明日を迎えることができないのは、何よりも重い代償なのでしょう。
だから、ここで死んだ人達を知る。明日を、生きるために――
●
宴会場から拝借した酒を片手に義弘は景色をのんびりと眺めていた。
神威神楽の風景は豊かである。銀杏や紅葉は色彩を豊かに変える。季節の風流を楽しみながら酒を飲む――そうして居れば『こちらに来る前』が思い出されてならないのだ。
「いや、実際はこんな平安時代のような風景じゃないが……それでも、日本を思い出す。
はてさて、オヤジや組の若い連中はうまくやってんのかねぇ」
仰ぎ見れども――まだ、遠いか。さて、思い出を肴にもう一杯。
「お疲れ様だったね」
お互いに祝勝会で盛り上がる体力はないかとシラスはアレクシアを覗き込んで笑みを浮かべた。
自凝島から帰ったばかりの彼女は深傷の儘で戦い続けた。自身とてザントマンとの戦いの余韻が続いているのだ。部屋で休息をと二人でぼんやりと天井を仰ぐ。
「疲れてぼーっとしちゃうね。……ただ、シラス君に一つだけ言いたいことがあって」
「どうかした? アレクシア」
ぼーっとした彼女の傍らにごろりと転がれば体は鉛のようだった。彼女の言葉を聞くために意識を何とか繋いだまま、横を見る。天井を眺めて今にも眠りそうなアレクシアはあのね、と重苦しく唇を動かした。
「また会えて良かった。私が頑張れたのは、シラス君のおかげでもあるから……。
まだまだ一緒にやりたことがたくさんあったから、お別れしたくなかったから……だから、ありがとう」
それは俺も、と紡ぐ事さえできない程に疲労が襲ってくる。そっと手を繋げば握り返してくれる温もりが――傍に居る事を実感できて心地よい。
手を繋いで、笑みを交えて。頑張ってよかったと唇を動かして微笑めば心地よい倦怠感が二人を包み込んだ。
「おやすみ」
「この豊穣の地へ来て、もう4か月か……時間が進むのは早いな。
桜さんと共に目指した『差別や迫害がなく、皆が笑って過ごすことができる世界』
少しは、豊穣も鬼人種の方にとって生きやすい世の中に変わったかな?」
そう呟いてからユーリエは高天京で確かめたいことがあると外へと向かう事を選んだ。
虐げられていた鬼人種達が『変化したか』――そう問われれば答えは明確にノーである。人の世はそうも急激には変化しない。如何に求めようとも、霞帝とて慎重に事を進めていくことだろう。
ユーリエが助けの手を差し伸べて皆が笑っていられる世になればと、そう願うのだ。
「イェーイ、テンションあげぽよー! んー? なーに? 紫電ちゃんー。
むー、デート? いいよーっ! 付き合う付き合うー」
何時だって楽し気に秋奈は紫電の後を付いていく。紫電話は後ろで楽し気に団子を食べてついてくる秋奈をちら、と盗み見てから静かに息を吐いた。
(全てが終わったわけじゃないが、ひとまずの段落がついた。
アルテミア達が決着をつけたように、……そろそろ、オレの気持ちにも整理をつけないとな)
守りたいというギフトの縛りではなく。本音を言いたい。その為に、と歩く紫電の後ろで「なんか名前わっかんないけどお花すっごい! あっ! 白香殿!」と秋奈が前を行く。
「この世界、楽しいこと多すぎなんだよねっ。
写真にでも残しておかないと少しずつ忘れちゃいそっ。でも、全部大事な思い出だもんねっ!」
「そうだな」
楽し気な彼女を見て居ればきゅうと胸が締め付けられた。言葉を紡ぐのに勇気がいる。
思いに押しつぶされないように紫電は「秋奈」と彼女を呼んだ。
「……その、なんだ。オレと、付き合って……くれないか? ……これからも、一緒でいたいから」
「あうっ……付き合……えっと、えっと、うぅぅぅ……あのね、あのね。……いいよ。
……まーそのぉ、ありがとちゃん。今年も来年も絶対すっごいやんちゃするから覚悟しとけよー!」
それでもいいならと微笑んだ彼女と照れ臭いと手を繋いで。美しい花々の中で笑みを零しあう。
●
「これはまた、綺麗な庭だねぇ」
浮かない顔を為ているとシガーが笑みを零して希紗良を誘い庭園へと歩み出る。傍を歩く希紗良の表情は未だ重苦しいままだ。
「つい先日、あちこちで切り結ぶ大戦があったとは思えませぬ」
「そうだね……暫くは、復興の作業音が高天京中に響きそうだ」
その言葉に希紗羅は頷いた。「この場を抜けて手伝いに向かおうと思うでありますよ」と。だが、彼女の得てとする分野にそうしたものはにだろう。シガーは紫煙を燻らせながら溜息を吐く。
「気持ちはわかるけど……復興手伝いも、適材適所だからね。
焦る気持ちは、正しい判断も曇らせる。まずは心を落ち着けて休むべきだよ」
ほら、と宴の中から持ち出したお饅頭。それは希紗良の好物の一つだ。疲れたときは甘味だよ、と微笑んだシガーに希紗良は困ったように微笑んだ。
「……色々と敵わないでありますなぁ。有難く、頂戴するであります」
「高天御所ってな、一生入ることがねえ場所だと思ってたが……
こういう機会もなかなかねえだろ、宴も楽しいがちょい抜けして見て回るか!」
トキノエは酒を片手に美しい御所庭園を眺めていた。花を酒の肴にするのもいい。花見酒という言葉があるのだ。
「……一応、長いこと住んでるからな。ここには。『特異運命座標』なんてのになる前から……」
そう思えばしんみりとする物だ。多くの犠牲があり問題だって山積みだ。
故郷で馬鹿騒ぎできるというのは本当に良かったと、宴の喧噪を眺めて酒を飲み干した。
「今回も、まぁ……大騒動だったね……」
そう呟くニャムリを見ながらこうしてお話しするのも久しぶりだとコスモは彼女を見遣った。
そも、コスモにとって過去の回想、懐古など無用な物ではあったが行ってみれば心温かなものに感じられる。
「同じ時期に召喚されて、そしてギルドを結成したよしみで加勢した虚刃流師弟達。
『紫』を倒し、彼らの因縁もひと段落を迎えたけれど、豊穣を・イレギュラーズを渦巻く因縁は続いているんだね」
「ええ。虚刃流の皆様は、恋故に、また情愛故に、また友愛故に、命を賭けて、そうしてそれ故に生還しました。
それが、その互いを想う心が、少しだけ……」
――そう、コスモはそれが羨ましい。じり、と心臓の縁が燃えているかの如き『それ』を感情と呼ぶのだろう。
彼等の物語も戦いも終わらない。そう口に為た後にニャムリは「ねぇ、トゥ」と囁いた。
「シャイネンナハトって、聞いているかな……?」
「ええ、現在の予定は存在しませんよ――ニャムリ」
彼等のように歩みを進めたい。この美しい国の願いと奇跡のように。ニャムリは「じゃあ」とゆっくりと口を開いて。
カムイグラや高天御所を見て回れるのもこの国が救われたからだとボタンはのんびりした調子で歩き回る。
御所内は広く、迷子にならないように気を付けなければと彼女はしっかりと決意していた。
「あっ、み、皆さん。決して怪しい雪だるまではないです」
雪だるま姿での休憩は危険だ。身を揺らしてから庭園を見に行きたいと冬の訪れを前にした美しい秋を眺めに庭園進む。
神威神楽は四季折々の景色が美しい場所だ。雪景色もさぞ美しいのだろうと想像しながら平和なる景色をぼんやりと眺めていたボタンはひと、気づいた。
「――えーと……、ここはどこでしょう……?」
高く高く――見上げたその場所に瑞と呼ばれた神が坐していた。
吹く風が攫った光に目を細めてからアイラはゆっくりと切られた声帯に指を這わせる。
(……ラピスと別居、かぁ。なんだか驚かせちゃったかな。彼、まだ傷は癒えてない筈なのに。
ボク、あんまり、困ってなかったから。だから彼が消毒液を跳ね除けたのは、びっくりしちゃって……)
其処まで紡いでから唇が震えた。音を奏でて、消えていく。
(…………さびしい、なぁ)
風が吹いて、遠くに見えるあおいろ。面影がそこにある気がして名前を口にしては苦しいなあと目を伏せる。
人魚姫になんてならないと。悲劇(かなしいこと)はないと信じていたのに。
(ねえ、ラピス。――ボク、キミが居てくれるから……だから、怖くなんてないんだよ
次はここに、キミも一緒に来られるといいなぁ……なんて、無理かな)
吹いた風に応えは無くて。アイラは面影探す様に空を眺めて、ゆっくりと目を伏せた。
「は~平和勝ち取って喜ばれながら饗される中食う飯よりウマいモンって女性とイチャつきながら食う飯以外そんな世の中に無く無く無い? 無いね!」
酔いを醒ます為にとするりと抜け出したは中々これは洒落た庭である。夏子は見慣れないけれどどこかで見た様な――それを言葉にするならば風光明媚というのがぴたりと合うだろうか。
「……この庭みたいに キレイに守りきれた……とは 言い難いな ハ―――ッ……」
何時だって思うことがある。もっと被害者を減らせた、もっと適切に奪わせず、もっともっと。もっとの連続でうまくやれたはずだとさえ思ってしまう。
「まだまだ先がある。上手くヤろうぜ 夏子……な~んちゃって な!」
ぐり、と視線を向ければ美しい黒髪の娘が立っていた。
「サーセン! 酒に肴に! 貴女の事も頂けます!?」
「ええ喜んで」
「えっ!?」
驚き顔を上げた夏子の前に存在したのは悪戯めいた笑顔を浮かべた黄金の竜だった。
(――そう言えば、男女何でもバけれたな! ツイてないぜ 夏子!)
●
「賀澄」
彼の側に咲いた竜胆は凛としていて、蒼い。けれど何処か物悲しいのだ。
ハルアは近づいてゆっくりと頭を下げる。「ごめんなさい」と声を震わせて――彼が長胤ともう一度逢う機会を与えられなかったことを悔し気に。
「……頭を上げてくれ。俺は、ひょっとすればこの結末を予見していたのかもしれない」
「けど――けど……しっかり、見てきた」
心配しないで、と賀澄の瞳を覗き込んだ。ハルアは心を揺らがすことなく決心を胸に彼を呼ぶ。
「これからも、見て、聞いて、いっしょに考えて、動く」
新しい約束を一つ交わそう。これしかなかったっていうくらい戦場の長胤は鮮やかで。
必要な犠牲だったと諦めたくはなかったと悔やむ思いを飲み込んで、賀澄を誘い庭を歩いた。溢れる様な秋桜が咲き綻んだこの国が長胤と賀澄の守りたかった場所。
「この国も、とてもすてきだね」
笑みを零したハルアに「ああ、良き国だろう」と賀澄は目を細め笑った。その笑みの寂しさにハルアは「うん、とってもすてき」と頷いて、目を伏せて。
高天御所内の庭を見学する機会に慧の心は内心浮き足立っていた。
「仮にも庭師を生業としてるモンとしちゃぁ、この機会は逃せねぇっすわ」
美しい花々は瑞神の再誕を得て復活をしている。荒れていた筈の場所も絢爛なる庭園に貸している。
だが、此れは瑞神の再誕によるものだ。今後戦いがあったならば――
「……荒れちまわないよう、これからの世話も頑張らにゃですね」
庭の草は名も。この国自体も。その両方の意味を込めて呟いた。
決意と言えるほどに重くはないが。この綺麗な花を無駄に散らせるのは嫌なのだ。溢れる感情を讃えて、慧は花を愛でる。
――宴もたけなわに。幻介は霞帝と晴明を呼び出した。
「……戦も終わり、神威神楽も復興に向かいつつある大事な時、人手も足りなく御座りましょう。
某は斬った張ったでしか役立てぬ身、此度も私怨にて瑞神を斬ろうとした分際に御座る……しかし、これでもこの地にて領地を賜った身、そこに住まう彼等の身を案じる次第。
今、管理は某の姉に一任して御座るが……元は姉も此方の官職に着いていた身、必要であれば政務にお呼び頂く事も吝かではなく」
「其方については追々対応を進めることとなろう。咲々宮の助力に感謝を」
霞帝に幻介は首を振った。些末な事であり、お上に礼を述べられることではないと首を振るが――
「……正直、瑞神を許す事は出来そうも御座らぬ、ヴォルペ殿の仇故に。
それでも、住まう民に罪は無く。怨みは奥底に封じ込める次第――」
「貴殿の恨みを受け入れそして国を作るのは瑞自身だ。彼女が直接的に手を下したわけでなくとも、彼女が生きていた――否、神威神楽の民がけがれを貯めていた事がヴォルペ殿の死に繋がったのならば詫びるべきは俺達であろう」
霞帝は済まなかったとそう幻介に告げた。一人のイレギュラーズが『神のけがれ』を薄れさせたその希望――その裏にあった一人の命を忘れてはならぬと心に刻む様に。
眷属達の様子が気になった。トウカは瑞の再誕が叶ったのならば眷属達も、と思いつつもその姿をしっかりと認識するまでは安心できないのだ。
「何故か夢見が悪くなるから行きたくないんだよな……物心ついた時から二十歳になって長い年月を眠るまでずっと」
怒りと憎しみの儘に総て破壊する悪夢を振り払うように。眷属達の姿を探す。
瑞の側を離れないように見守る者達も多かったのだろうがトウカの心に反応するように姿を現す者も居る。
「……眷属さん。あの時俺が頑張れたのは眷属さん達が泣いてたから、涙を止めたかったから。
だから、俺は傷つく恐怖を忘れて無茶できた。眷属さん達、生きててくれてありがとう」
返答がなくとも屹度伝わった――そう安堵して笑みを零して。
霞帝に長胤の好きだった物を問い掛けた希。霞帝は「あの頃好んでいたのは」と一つ選んだ。
天香家に問えば神使であれば本日の出入りは自由だという。供え物をし、霊魂疎通をすれども長胤や蛍との逢瀬は叶わない。だが、それでも良いとそう感じていた。
墓前で語りかける。それも中々言葉にならないが――絞り出すように希は言った。
「魔道に落ちてなお自分を貫いた尊敬する方へ。霞帝に聞いた受け取って欲しい。
2人はきっと今は幸せだよね。多くの礎の上にあるカムイグラ、これから良い国にするさ。
そちらで大威張りできるよう、頑張るよ。
――でも。もうちょっと……報われないと……ダメなんじゃないかな…………」
どうして、魔の道へと転じた者はヒトに戻れないのか。そう呟いて。希は唇を噛みしめた。
●
「ふぅ、酔いが回ってしまったでござる。少し宴の喧騒から逃れて酔いを覚ますとしよう。
晴明殿も宴から逃げて来たのでございますか? 良ければ拙者の酔い覚ましに付き合って下され」
咲耶へと晴明は頷いた。彼も酒にはそれほど強くはない。故に、こうして散歩にでも訪れたのだろう。
「これにて今回の騒動は一件落着と成りましたが、貴方の期待通りに拙者達は上手く出来たでございましょうか?」
「ああ。あの日――英雄殿、いや、咲耶殿達が神威神楽へと到着した時から思えば随分の時が経ったが予想以上だった。訪れた外の者が皆で良かった」
穏やかに微笑んだ晴明に咲耶は頷いた。これから彼も政に忙しくなる。それでも、困ったならば手を差し伸べたいとそう願っているのだ。
「晴明殿達が道を違えぬ限り拙者達は例え混沌の端からでも貴方達の元へ馳せ参じましょうぞ」
「是非に」
そう言われれば咲耶は可笑しな心地であった。闇に生きる忍びがこんなことを口走るとは、と肩を竦める。それでも存外悪い気分ではなく、もう暫くは『英雄』を続ける事もまた一興だろうか。
ハロルドは自身が跪くべき相手は『たった一人』――だった、と。敬意は払うが敬語といった類は省略したいと申し出た。霞帝は「何なら賀澄と呼ぶがいい。俺も貴殿と同じイレギュラーズだ」と明るい笑みを浮かべる。
黒子は霞帝自身がその周辺に甘いとは感じているが謁見と同程度の礼節は忘れずに居たいのだとしっかりと傅いた。
戦勝の祝いに慰労の前置きを続けた後に黒子の言葉を借りるようにハロルドは顔を上げる。
「まずは自凝島脱出の際の助力について感謝を。帝がいなければ俺はここにはいなかっただろう。
そしてあれから自凝島が、というよりはあの島にいた魔種どもや肉腫どもがどうなったのか聞きたい」
「それに関しては晴明に調べさせている最中だ。麒麟の守護地でもあるが故、黄龍共々貴殿らには再度向かって貰う必要があるだろう。無論、その際は罪人ではなく我らの遣いとして、だ」
「治政、複製肉腫の残数や掃討の確認も怠らずに、と言うことでありましょう。片が付くまで此方も手を尽くしたいと考えております」
黒子へと霞帝は「そも、肉腫とは破滅より生まれるらしい。神威神楽だけではなく混沌各地に其れが生まれ落ちる可能性はあるだろう」と渋い顔を為た。彼の言う通り、肉腫の問題は神威神楽だけではないはずだ。
「ああ。……魔種、それに魔種に与する奴らは皆殺しだ。特に畝傍・鮮花……奴には『世話になった』からな。自凝島での借りは何倍にもして返してやらんと気が済まん」
霞帝は頷いた。貴殿達へとその処遇は任せようと。その傍らで身を縮めていたのは豪徳寺の組長代理である美鬼帝であった。
「帝様、この度はご快癒誠におめでとうございます。ですが……私は帝様に謝らねばなりませぬ。
此度の戦、その中で我が愚息が帝様を裏切り、魔の者に堕ちて、四神結界を狙い行動を起こした事、豪徳寺の長代理として…何より親として深く謝罪を致します」
深く頭を下げる。その言葉を聞いていた芹奈は父の言葉に耳を疑った。
「愚息が犯した罪は償いきれぬ物。ですが子の咎は親の責です。どうか処罰は如何様にも。
ですが娘と豪徳寺の家の者、そして保護してる子供達には寛大な処置をお願いします」
「親父殿……ケジメを付けると言っていたがそのような進言の為に馳せ参じたというのか!?
賀澄様! 親父殿はこう言ってますがこれは豪徳寺一族全員の問題!
だから責は次期当主たる拙にこそある! 英雄……我が兄の心の内を見抜けず、愚行を許してしまったのは拙も同じ事。故に罰するなら拙も同様に」
その様子を眺めながら霞帝は「俺はもとより貴殿らに処罰を行う気はないのだ」と静かに声音を震わせた。
「それを正すなれば全ての責は俺と天香に在る。故に、此度の責を憂う事はない。
何より、この国を正し、豊穣の京と為すその力添えを行って来ればよいのだ」
静かに、その声が降る。芹奈にはそれが救いのように聞こえていた。
――あの戦いで全部が全部上手くいったわけではないが、あの男ならきっと笑って言うだろう。
『おにーさんの狙い通りだね! なのよ』
『おにーさんの台本通りだね! なのだわ』
グリジオは双子姫の言葉を聞きながら一人酒をと『追悼』を行っていた。喧噪を眺め、彼女らのお目当てたる瑞神を探すが――彼女は黄龍の言う通り、眠っているのだろうか。
『もふもふするのだわ!』
『なでなでするのだわ!』
「……やめてやれ」
再誕した瑞神はどうするだろうか。あの日、彼女は確かに双子姫の言葉を聞いていた、聞こえていた。
ならば――とグリジオは考える。
『あの子は聞こえていたのだわ!』
『あの子は答えて居たのだわ!」
だから、会うのが楽しみと沸き立つ双子の言葉を聞いて。
●
此岸ノ辺で泣いている。膝を抱えて、形見たる紅色を眺めて悲愴に暮れる。
アルテミア・フィルティスの体にこびり付いたのはあのぬくもりが喪われていく刹那、たった、幾許かの正気の笑み。
一緒に帰ろうと誓った。皆が命を賭けた。それでも――それでも、救えなかったことが悔しくて。
アルテミアの姿を見つけて「アルテミア」とシフォリィは彼女を呼んだ。
ぱしり、と乾いた音を立てる。頬を打ったシフォリィの掌を凝視してアルテミアは「シフォリィ」とその名を呼んだ。
「……いつまで悲劇のヒロインでいるつもりなの。膝を抱えて塞ぎ込んで、それは皆へのあてつけ?」
「違ッ――」
「救えなかった己が許せない?
違う、あの子の命を絶ったのは私。己を責める理由に妹を使わないで。
今回、友達を二人失くしたわ。私はこの悲しみを断つ為、魔種が作らせない為に戦う。
貴女はどうなの。一生を終えた時胸を張って妹に会える?」
「けど……けど……っ!
取り戻したかった“片翼”を失った私は、どうやって羽ばたけばいいの?
剣を持つ意味はあるの? エルメリア……」
砂を掻くように、掌が地を滑る。爪先にまで食い込んだ泥の感覚など気にせずにアルテミアは泣いた。
「……アルテミア。初めて彼女の事を聞いたのはミサンガを編んでいた時だったね。
僕達双子にとって片割れの存在は特別なもの。あれほど再会を願っていた彼女を失って、辛くないはずがない。君が泣いて蹲ってしまう気持ちは分かるよ」
涙に濡れたアルテミアの傍らでウィリアムは静かにそう言った。泣きたいならば思いっきり泣いてもいいよと優しく声を掛ける。
「思い切り泣いて……その後は立って、また歩こう。
エルメリアの命は救えなかったけど……あの時の言葉と笑顔は今でも心に残っている」
ウィリアムは、声を震わせた。エルメリアは『巫女姫』から『妹』に戻っていたのだと。
「アルテミアさん、俺もさ、少し前までずっと泣いてたんだ。願いは届かず、大切な人を喪った」
プラックはウィリアムとシフォリィを確認する様に小さく頷いた。
「んで、後悔や自己嫌悪だとかで、自分で自分を雁字搦めにして……
誰にも望まれてない事と理解しながら歩みを止めちまった。
――俺とアルテミアさんが同じ境遇だなんて思っちゃいねぇ。
アルテミアさんの現実はアルテミアさんだけの物だ」
そして、自分の現実は自分だけのものだ。ウィリアムの言う双子の別離の恐ろしさとはまた違った別離。
アルテミアは「エルメリア」と口にして泪を溢れさせた。
――また名前を呼んでよ。また笑顔を見せてよ。 ひとりに、しないでよ ――
「……それでも、立ちなさい、貴女はまだ一人じゃない。皆がいるわ」
「シフォリィさんの言う通り。アンタは1人じゃねぇ、俺達が此処に居る。
立ち上がる理由が欲しいのなら、幾らでも作ってやるさ。
背負うもんが有るなら、代わりに背負おう。……俺に出来る事は何でもしてやる」
「君は一人じゃない。彼女の想いが、ここにいる皆がそばにいるよ。
ゆっくりでいいんだ。一緒に歩いていこう? そしてまたいつか、君の笑った顔を見せてほしいな」
皆の言葉にアルテミアはひとしきり泣いて、泣いて、泣いた後、ゆっくりと立ち上がる。
涙に暮れて、手を伸ばしたアルテミアと、その手を取るシフォリィの前に紅色の焔が生み出された.幻影は徐々に形を取り戻す。一人の、娘として。
「……まったく。シフォリィ共々世話のかかる奴だ。
気持ちはわかるが一人ドロップアウトなんて許すと思うなよ」
やれやれと肩を竦めて。自身がギフトで拾った終翼の欠片(たましい)はイメージを確立させる事に役だった。過去は所詮過去ではあるが、背中を押してくれるのも信じていた過去だ。
夜明けが来る頃に、彼女を投影し、心の底から笑った『幸せなエルメリア』の記憶を見せてやりたい。それがエルメリアの望みで――クロバが救った想いだ。
「――想いを受け継いで俺達は生きている。姿無くても、見えない絆は確かに繋がっている」
”かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを”
――けれど想いは生き続けてるさ、エルメリア。
幻影を生み出した男の姿は見えない。だが、終翼を確かに届けたとそう告げるように風がアルテミアの頬を撫でる。
「彼女の翼は貴女の中にある、連れて行きましょう、新しい明日へ。
”暁に 紅き焔の 貌重ね 哀無き明日を 君に誓おう”――」
――貴女と一緒に羽ばたけるかしら。エルメリア。
――貴女と一緒に戦っていけるかしら。エルメリア。
二つの焔の雫を握りしめて、アルテミアとシフォリィは空仰ぐ。
未明より、暁乗せて。焔の如く空が地を照らしてゆく。それが、新たな幕開けと、そう告げるように。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加有難う御座いました。
神逐(かんやらい)の果て。
此の地、神の命脈紡ぎ神の威光頂きし常世の神域、そう呼ばれ育まれし場所、神威神楽は救われました。
此れも総て神使たる皆様のおかげです。
神威神楽からの依頼も少しずつ舞い込むことでしょう。自凝島、再誕する『幼神』の国作り……。
此れからもどうぞ、宜しくお願い致します。
(神威神楽を設計する段階で、明日香や京跡をぼんやりと見ながらイメージを膨らませてました。
未だにその周囲を見ると、カムイグラだ……と思うようになってしまいました)
GMコメント
勝利おめでとう御座います! 夏あかねです。
まだ、様々な思いが有るかと思います。戦いの傷を癒し、そして、今日は楽しみませんか?
※一行目:行動は冒頭に【1】【2】【3】【4】でお知らせください。
※二行目:ご同行者がいらっしゃる場合はお名前とIDではぐれないようにご指定ください。グループの場合は【タグ】でOKです。
【1】宴への参加
賀澄も大盤振る舞い。中務卿も予算から目を背ける。そんな盛大な宴です!
食事は日本食が中心。飲み物はお茶を始め、酒類やジュースも準備されています。
持ち込みは大歓迎です。つづり&そそぎにも美味しい食事を紹介してあるのも良いかもしれませんね!
また、四神(黄龍、青龍、朱雀、白虎、玄武)も人間形態で参加して居ます。皆さんとお話しするのを楽しみにしているようです。
【2】高天御所内での散策
高天御所内を散策することが出来ます。瑞神の『兆し』で彩りを取り戻し、花開いた庭園は戦の気配を忘れたように美しく、見る者の心を穏やかにするでしょう。
瑞神が座した天守閣近くや、巫女姫の居所であった白香殿等にも立ち入ることは可能です。
【3】高天御所内の部屋でのんびり
傷を負った者達のために、そして、休息を取りたい方へと個室が用意されています。
和風のお部屋です。美しい日本庭園を眺めることが出来ます。
此方に食事を持ち込むことも可能。ご指示があれば女御達がお世話をさせていただきます。
【4】その他
当てはまらないけど此れがやりたいという方へ……。
ご希望にお応えできなかった場合は申し訳ありません。
●NPC
・霞帝(今園 賀澄)、中務卿(建葉 晴明)、けがれの巫女(つづり&そそぎ)
・黄龍、青龍、朱雀、白虎、玄武(人間形態は結構自由に変更できるらしいです)
はおります。お気軽にお声かけ下さい。
・夏あかねのNPC(月原、リヴィエール、深緑家出司教フランツェル)も居ります。
・無制限イベントシナリオですので、ステータスシートを所有するNPCが参加する場合があります。
(通常の参加者と同じように気軽にお声かけしてあげて下さいね)
・その他、神威神楽関係者につきましては指定を頂けた場合は登場できる場合が御座います。
(*ご希望にお応えしかねる場合もあります。その場合は申し訳ありません)
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