シナリオ詳細
<絶海のアポカリプス>厄災のケテル
完了
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オープニング
●怒れる王冠
――馬鹿な、馬鹿げている。
吹けば飛ぶような小さき者が。羽虫のような力で。
我に歯向かい、我を倒さんと向かってくる等――
荒れ狂う海に存在感を刻む滅海の竜――リヴァイアサン。
されど彼は圧倒的に優勢な戦況に関わらず激しい苛立ちを隠す事が出来ないで居た。
眼窩に見下ろす艦隊――イレギュラーズを含む連合軍は、リヴァイアサンにとって何処までも矮小な存在であった。人間の技術と意地の集大成とて『厄災そのもの』と言っても過言ではない、超自然現象(リヴァイアサン)の前では無為に等しい。
事実、多少の抵抗は褒美に許す事があったとしても。
全てが暴力という名の静寂に飲み込まれるのは時間の問題だった筈なのだ。
そう、本来ならば――
――おのれ、同じ竜属でありながら、王の邪魔をするとは――
滅海の王の怒れる最大の理由は突如として戦場に出現したもう一体の竜によるものだ。
リヴァイアサンは彼女――『水神様』を近海の主と承知している。彼女が人間贔屓であった事も承知している。関わり合った事は無いがそれは暗黙の了解なる『縄張りの違い』を理由にする部分も小さくない。なのに今、彼女はその了解を越えて己が海へ侵入しているのだ。現れた方法や理由は知れないが、リヴァイアサンが怒り狂わぬ筈はない。
「アタシの気持ちが分かったでしょうよ、リヴァイアサン。
連中はしつこい。連中は有り得ない位にしつこい。連中はまだまだこんなもんじゃないわよ。無理難題を平気で平らげ、有り得ない位に未来(さき)を歪めて――そう、アタシだけじゃなく、今度はアンタにも肉薄するかも知れない。
小さき者、大いに結構! でもアンタも薄々気付いているでしょう?
アレは力の多寡で軽侮するべき相手じゃあないわよ――それはアンタでも同じ事!」
――成る程な、読み違えておったわ!
頭上に乗るアルバニアの言葉にリヴァイアサンは轟と吠えた。
大声を発するだけで突風が巻き、海が揺れる。全てを飲み干す絶大なる力はリヴァイアサンの本質だが、その力は最早見る影もない位に小さなものになっていた。
彼の権能は『神威(海)』。
この洋上では何者にも劣らず、何人にも侵されぬとされる力の象徴。
全ての攻撃力の大半を防御し、無効化し、絶望を刻む波濤の壁――その権能とて同属に侵され薄れているならば『一方的蹂躙』はやがて『戦い』へと姿を変えざるを得まい。
「……老婆心だけど、経験則から教えてあげる。
アイツ等、時間を与えた方がヤバいわよ。ふんぞり返って敵を叩くのもいいけれど、それより何より攻めた方がいい。ドレイク達もあっちについた以上、それがマシよ」
リヴァイアサンに生物らしい部分を見出すとするならば、頭は最大の武器であり、弱味でもある。その全長、全高からこうしている限り頭部は殆どのダメージを受けない事は確実だが、各部に取り付いた連合軍の動き次第では姿勢を保てず『引っ張り出される』可能性も否めない。
「……アクアパレスに踏み込まれたアタシが言うのもなんだけど。
アタシが言うからこそ、本当みたいに聞こえるでしょうが」
後手に回るよりは、と経験済みのアルバニアは苦笑した。
――言われるまでもないわ! 全て吹き飛ばしてくれる!
猛るリヴァイアサンはアルバニアの忠告を一喝した。
この期に及べば出し惜しむまでもない。弱りに弱った己が力にこそ憤怒する滅海竜は、漸く連合軍を倒すべき敵と認識したと言えよう。
――この海が誰のものか知るが良い。
神威に弓引いた愚かさに朽ちるが良い。
なめるなよ、小さき者共! 我はリヴァイアサン、厄災の王冠(ケテル)なり!
リヴァイアサンとアルバニア――
冒険の末を阻む二つの力が今一度動き出す。
連合軍が掴むのは未来か、終焉か――
●尊大なる横撃
リヴァイアサンの頭が揺れた。
天にのた打つ雷のように左右に軌跡を残したそれは、怒りの声と共にやがて眼窩のイレギュラーズ達――竜に立ち向かう艦隊をねめつけた。
おおおおおおおおおおお!
くねり、猛スピードで獲物を襲わんとしたその顎は哀れな犠牲者――軍艦の一隻を冗談のように噛み砕いていた。
――ハ、ハ、ハ! 脆い。余りにも!
天が笑う。
次はどれだ、とばかりに獲物を探している。
「き、緊急退避――!」
悲鳴にも怒鳴り声にも近い命令を発したのは果たして誰だっただろうか。
大顎が開き、その奥で激流が渦巻いている。海洋王国艦隊を薙ぎ払った破滅の水が。
何事も無かったなら、その艦が辿った運命は間違いなく一つだっただろう。
何事も無かったなら――
「させるかよぉぉぉぉぉッ――!
おいタコ野郎、この上ヘマしやがったら承知しねぇぞ!」
「誰にモノ言ってやがる! 今すぐ船から叩き落としてやろうか!?」
――横合い死角より、猛スピードでリヴァイアサンの頭部に突っ込んだ魔種『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)の艦が居なかったなら!
ごああああああああああ――!
衝角(ラム)のぶち当たった竜種の頭が咆哮を上げた。
僅かな、それでも確かな痛みに暴れのた打つ。滅茶苦茶に荒れた海、大波、小波をかわすようにオクトは見事な操舵を見せていた。
「……それにしてもお前、良く生きてたな」
「あん? 俺様が死ぬ訳ねぇだろうが」
「……カカ、確かに。そういやそうだったな。それで、兄弟は」
「立派な奴だったよ」
短く応えたグドルフ・ボイデル(p3p000694)にオクトは「そうか」とだけ答えた。
オクトの艦が『キロネックス』との激戦の末、彼の兄弟――スクイッドと共に海中に沈んだグドルフ・ボイデル(p3p000694)を拾い上げたのはつい先程の事だ。
「……本当に、な」
グドルフは全身を侵す廃滅病と傷に死に体となったスクイッドとのやり取りを思い出す。
――おい、ふざけんな! しっかりしろ、テメエ、男だろうが!
――アイツ(オクト)の兄弟分なんだろうが、黙って捨て置けるか!
クソ、狂王種共が群がってきやがる――
――スクイッド、しっかりしやがれ。オクトと約束したんじゃねえのか!
俺はまだ死ぬわけにはいかねえ。あいつらを残して死ねねえんだ。
お前もそうだろ!? 勝手にくたばるんじゃねえ。生きて、帰るんだよッ!
スクイッドの巨体の隙間――から空気を得たグドルフは、帰還の為の戦いに尽力した。最早人語らしい人語を発する事さえ難しいスクイッドとグドルフのやり取りは或いは一方的なものであったかも知れない。グドルフは死に体のスクイッドを必死で支援して、あくまで彼と共に戻らんとやれる事を全てやった心算だった。
(なあ、カミサマよ。全くそのやり口は分かってた。
全く都合のいい話だぜ。お前が誰も救わねえのも知ってるからな。
だが――今日だけは少し位は感謝してやるぜ……)
スクイッドと共に沈みかけた暗黒の海に沈んだ船の残骸があった。
貴重な時間を犠牲にし、辛うじてその船を暴いた時――そこにはグドルフの望んだ最後のチャンスが残されていたのだ。
何の事はない。それは『単なる財宝』である。
海賊が目を輝かせそうな、煌びやかな財宝。金貨に宝石褪せない輝き。
それを全力で撒き散らしたなら――うろつく狂王種共の注意を奪う力はあった。
いよいよ、よろつくスクイッドを励まし、水面を目指した。だが、結局は――
「テメェにゃ勿体ない『兄弟』だぜ」
――スクイッドは最期の瞬間、自身を盾にしてグドルフを守り切った。
オクトの船に辿り着けたのはグドルフだけ。狂王種の群がったスクイッドの巨体は二度と浮かび上がってはこなかったからだ。彼の挺身の理由をグドルフは聞いていない。唯、そうなった理由を思うなら。『敵であった己さえ見捨てぬグドルフの行動』と『そんな男にならば兄弟を任せられる』と考えた彼の期待であったかも知れなかった。
――我をこの上怒らせたな――
暴竜の威圧は止まぬ。
全力の一撃を叩きつけたとて健在なるそれにオクトは肩を竦めていた。
「兎に角、ここからが勝負みてぇだな」
「ああ……ま、そりゃあそうだろうよ!」
不敵に笑う『海賊』と『山賊』。
「キドーの野郎も……プラックも。どっかでもう一度拾ってやれ!
カカカカカカカ! 『三賊』揃って、もう一丁――暴れてみせてやろうじゃねぇか!」
「そういう事だぜ」
グドルフは力をぶす。
「『主役は遅れてやって来る』って言うだろうがよ!」
- <絶海のアポカリプス>厄災のケテルLv:30以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別ラリー
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2020年06月13日 21時29分
- 章数2章
- 総採用数268人
- 参加費50RC
第2章
第2章 第1節
●ヴァーサス!
「……は……?」
心底、理解が出来ない――そんな声を発したのは他ならぬ冠位アルバニアだった。
大海嘯が彼の思惑通り全ての愚かなるモノを呑み込み、吹き飛ばすかに思われたその時。
戦場――この広いフェデリア全域――には、少女の歌声が響いていた。
それは不思議な音楽だった。穏やかでありながら冷たく、美しくも奇妙であり、心を静めながらも掻き立てる総ゆる矛盾に満ちた『音』だった。
神聖な奇跡の光さえ帯びながら、ふわりと浮かび上がり音を奏でた少女の名はカタラァナ。
連合軍は、魔種は、神威の竜は――フェデリアに生き残る全ての歴史の証人は彼女の青き歌を聴いた。万物の滅びたる大海嘯が彼女だけを呑み込んで消えた時、ハッキリしたのは二つばかり。
一つ、誰もがあの少女と永遠にお別れしなくてはいけなくなった事。
二つ、この戦いに『明らかな勝機』が生まれ落ちた事。
――旧き血、我が信仰。コン=モスカ――
人心と竜心は共鳴し、滅びの暴君の覇気をこの瞬間和らげている。
唯、そこに在るだけで生じる圧倒的な破滅は実際の所何一つ変わっていないのだが、切り札に水神様の封印を握りしめる連合軍にとって僅かな時間は砂金の一粒よりも貴重なものだった。
リヴァイアサンが『戻る』より前に仕掛けるしかない。
――総攻撃――
誰かの号令が下された。
対の前脚を、腹部を、尾部を、頭部を。残りの力を振り絞るように連合軍は攻め立てる!
リヴァイアサンが再びその暴威を取り戻す前に叩き、叩き、叩く!
――おのれ、人間共――
絶対の暴君より初めて痛恨の声が漏れた。
大海嘯の不発は彼から一時的に余力を奪っている。ドレイクが幽霊船を餌に『主砲の無駄撃ち』を引き出した意味もあろう。誰か――例えば、マリアとか――が無駄と諦めずその巨体を削り続けた事も奏功したのかも知れない。自然そのものであり、弱体化したとはいえ神威を持つリヴァイアサンが永遠に黙っている事等有り得ないが、力を再び集めるまでの時間、大海嘯ばかりは有り得ない。
ならば、結論は一つである。彼女が――あの愛すべきカタラァナが作り出したこの隙を生かす事のみが、全ての勇者達に課せられた絶対にして唯一の使命に違いなかった!
そして、加えるならば好都合はもう一点存在している。
それは即ち――
「成る程ね、やってくれるわ。イレギュラーズ!」
――『冠位魔種アルバニアがブラッド・オーシャンに取り残されている事』に他ならない。
元より倒さねばならない元凶である。仲間の命をこれ以上失わせぬと思うなら、絶対に越えねばならぬ大壁である。彼を仕留めるならばこれ以上のタイミングは無く。残されたリミットは、リヴァイアサンが再びの大海嘯を起こすまで、或いはアルバニアが『最大権能』を取り戻すまでとするしかあるまい。
「逃がさない」と告げればアルバニアは凄絶で獰猛な笑みを浮かべて言葉を返す。
「逃がさない? 逃げないわよ、最初から」
全身を覆う魔性を今度こそ完全に解放した彼は言う。
「第一、アンタ達を逃がさないの間違いでしょ?
全部の勘違いを教えてあげるわ。冠位アルバニアを舐めるんじゃないわよ!」
●マスターコメント(補足)
第二章です。下記をご確認の上ご参加下さい。
●任務達成条件
・アルバニアを追い詰める事(或いは撃破)
・二発目の『大海嘯』を撃たれるより前にリヴァイアサンを弱らせる事
●『煉獄篇第二冠嫉妬』アルバニア
本性を現したマッシヴオネニーサマ。
重戦車の如き装甲耐久力とやたらな破壊力を誇るパワーファイター。
命中回避以外の全ての能力が『最上級』です。(命中回避はかなり高い、程度です)
又、権能により毎ターンPC陣営に混乱抵抗と限定版のフィアーフェアーを強いてきます。
アルバニアは三人以上でないとブロックできません。
以下、少なくとも分かっている攻撃能力等詳細。
・乱星乱舞(触手薙ぎ払い。物自域:変幻、邪道、大威力、乱れ、崩れ、体勢不利、麻痺、連)
・熱情融解(毒噴霧。神自域:変幻、鬼道、大威力、痺れ、ショック、感電、毒、猛毒、致死毒、致命)
・アルバニアスマッシュ(物至単:致死級威力、必殺)
・生命吸収(神特レ(船上全て):大威力、自己超回復、BS回復)
・EX 権能『嫉妬』(時間切れです)
●『偉大なる』ドレイク
「もう庇ってくれなくても結構だ。むしろ、吾輩にさせたまえ、お嬢さん(フロイライン)」
●『海賊提督』バルタザール
「は! 行きがかり上とはいえ、海賊が大魔種の討伐かよ! つくづく笑えねえ状態だな!?」
●海賊達
「何だかなぁ。テメー等の事、そんなに嫌いじゃなくなってきちまったぜ!?」
●オクト・クラケーン
「兄弟の仇だ。見てろよ、アルバニア!」
●プレイング
以下の書式に従い記述をお願いします。
一行目:参加パートの記載(後述下記からお選び下さい)
二行目:同行者指定やグループタグ(【】でくくったもの)
三行目:自由プレイング
※同行者等がいない場合は二行目をとばしてOKです。
【vsアルバニア】:ブラッド・オーシャン。アルバニアと決着をつけに行きます。超危険
【竜頭牽制(任意)】:大海嘯を撃てずとも滅海竜は危険です。残存他艦に乗り彼を牽制します。
※二種何れかですが、()内には海洋、鉄帝、水神、蛸髭の四種類から乗る場所を選んで記載して下さい。
バランス良く配置されているといい感じになりやすくなります。【竜頭牽制(任意)】が足りないとアルバニア戦に邪魔が入り不測の事態が起きたり危険度が上がったり不利になります。
危険度等の情報は前章を引き継ぎます。
以上、宜しくお願いいたします。
第2章 第2節
●ヴァーサスI
「全く、彼女の歌は――こんな死闘の最中に、聞き惚れてしまいます。
莫迦ですね。そんな余裕は無かったのに、『かの歌が無くば最早拙も藻屑だったのに』。
……ええ、ええ。今更なれど覚悟は此処に。夜叉たるこの身に誓いましょう。
――必ずや、かの竜を鎮め、冠位を討ち果さんことを。
この海に奪われんとす全ての命を、今一度この手に引き戻さんとする事を――
「かくて少女は伝説となった、ですか。
とても素晴らしいことですね。さしつかえさえ無ければ拍手さえ送りたい位です。
私もこの物語が伝説として語り継がれるお手伝いをしませんとなりません」
「歌が聞こえた。
遠くから――よく知っていて、よく知らないひとの歌が。
……聞こえたのよ、私にも。きっと他の誰かにも、あなたにも」
雪之丞、四音、秋奈――反応こそ三者三様なれど。
彼女達の鼓膜から青海に響いた清浄なる歌声が離れない。
音は既に絶えたのに――残ったまま、離れていない。
至極短いその歌声は面白半分に即興で歌い出した彼女の笑顔を思い出させた。
秋奈の言う通り、全員が『彼女』の親友だった訳ではない。秋奈に限らず、『ローレットの仲間』という緩いくくりの中でしか『カタラァナ』を知らない者は多かった筈だ。
それでも、この日訪れた生涯忘れ得ぬ光景は『音』だった。脳が、認識が、或いは心が『それ』を深々と刻み付けたのは謂わば奇跡の『副作用』とさえ呼べたのかも知れない。
「慣れないね。戦友を失うのは……」
優秀で強力な薬に副作用はつきものだ。
マリアは半ば独白するように深く言葉と息を吐き出さずにはいられなかった。
彼女が元々居た『祖国』の軍では死を恐れろと教育される。当然、逃げろという事ではない。死を恐れ、死を理解し、それでも為すべきを成し遂げ、前に進めという金言である。
死を前に誰かを守る為に進もうとする勇気こそが、時に限界を越える力を与えるのだと――
軍人たるマリアは今日この日まで新兵の頃に受けたその教えを疑った事は無い。鉄火場において何よりも抱えなければならない現実だと認識している。
「……だから、君の勇気! 確かに受け取ったよ!」
「ええ。黄泉路を振り向かずに先駆けた――
彼女への手向けに、私に出来る最高の刃鳴(たむけ)を贈りましょう。
……嗚呼、海の色など、とうの昔に忘れていたけれど。そう思ってはいたけれど――」
故に悼むよりマリアの双眸は前を向く。頷いた小夜も概ね同じ気持ちだった。全てが終わった時、大いなる海という戦場に散った――歴史の海に沈んだ全ての英霊に顔向けが出来ない戦いをしたのでは、きっと誰も浮かばれないから。
「とても美しく、どこか物悲しい歌声……
絶望的な状況を変えた歌。
……粗忽者故、明るいという程でもありませぬが……
かの音色の価値はきっと誰にも伝わりましょう」
なればこそ、為さねばならぬ一事に迷い等無い、と沙月。
「……ああ。見たかい、見ただろう。あの奇跡を。
記録に残る偉業、記憶に残る歌声。
意味ある最期(おわり)は彼女の示した道そのものだ。
当然の別れと、この先の結末を――塩味を呑み込んだらきっと皆進むのだろう。
でもね? こうなったら悲劇的結末は沢山だ。
これまでの大号令がどれ程に険しい結果を帯びていたって。
それまでと比べて、御大将がこんな風に出張ってきたって言ってもね。
その結論に変わりはないよ」
頷いたヴォルペがねめつけた視線の先には威容なる巨体を誇る怪物――冠位魔種アルバニアが居た。
「長く続いたグラン・ギニョールも最終章か。
ああ、やってやるさ。例えこの腕へし折られようと、血反吐を吐こうと。
俺達は特異運命座標の為に戯曲を書き続ける。
その旅路に幸あれ、栄光あれ。尊き光の少女の歌に乗せ、絶望は今、希望へと変わるのだ、とね」
Tricky・Starsの言う通り――
長きに渡った海の戦い、現代に刻まれた海洋の伝説もまさに終局を迎えようとしていた。
決戦の場はブラッド・オーシャン。歴史のその名を刻む伝説(ドレイク)を友軍にして、降りかかった災厄はアルバニア。
「――舐めるな、と言いましたね。
その言葉、そのままお返ししますよ、冠位魔種。
この悲惨な状態、状況――まさか想定の内と強がる心算でも?
全ては私達を見下し、甘く見た結果でしょう?
貴方はこの死地が、死地である事に気付けなかった。
或いは今もって気付いていない――それまでです!」
「……ああ、まったく。あんなん聞かせて見せられたら、でかい墓位掘ってやりたくなる。
実際、気合入れねえわけにはいかねえよなあ!」
「家族や友達や大切な人の為……願いの為!
今、この瞬間も皆が――皆も、色んな想いの元に死力を尽くして戦ってる
糸よりも細い可能性を、皆で必死に繋げてきたんだ。
この戦いの記録を、海の藻屑になんかさせない。
絶対にみんなで生きて帰って、未来へ伝えてみせる!」
挑発めいたすずな、腕をぶし最高の気合を見せた辰巳、そしてシャルレィス。
(彼女が神威を呑み干してくれたから、私達は今、ここに立つ事が出来ている。
えぇ……分かっている。悲しんでもいい、涙を流してもいい
でも、絶望するな、立ち止まるな、前を……向け! 向くしかない!
彼女が切り開いてくれた道筋を、無駄にしない為にも……ッ!)
凛然果敢と青い双眸をで敵を撃ち抜く姫騎士(アルテミア)も。
遂に直接対決に撃って出たアルバニアを迎え撃つのも又、敵にも味方にも劣らぬ錚々たるイレギュラーズの面々である。この時の為に刃を研ぎ澄ませるローレットの最高戦力が、全てに決着をつける為、大いなる敵に相対している!
「黙って聞いてりゃどいつもこいつも。御託ばかりは立派じゃないのさ?」
隙も油断も無く向かい合う格好で、それでも自身を取り囲む多くの勇者達をせせら笑う。
「とは言え――言われても仕方ねぇー状態だわ。
良くもここまで好き放題してくれたもんだわ。
特にさっきのは堪えたわ。リヴァイアサンもあれで繊細なトコを見せてくるしさ!」
「あらぁ、聞いた話だと中々イイ女だと思ってたけど、お化粧が台無しね!
それとも、別のやり方で『どっちがいい女か』決めようって事かしらぁ?」
牙を剥いたアルバニアにアーリアが茶化すような言葉を投げた。
成る程、「逃げない」とまで言い切ったアルバニアは本来持つ獰猛性の粉飾を捨てている。なればこそ、口ではどうあれ――彼もまたイレギュラーズの脅威を認めていた。『ここに降りて来た時点で、彼は己が敵に最大級の評価を下しているに違いない』。
「マッシヴおねえをやっつけるのじゃー
む! しかし、男なのにおねえとはこれはどういうことなのじゃ?」
「……ま、コイツは多くの人間を巻き込んじゃいるが、究極単なる勝負事には違いない。
だから、お前が責められる謂れは無いんだがな。
少なからず違和感を感じる位には――だが、それはそれ。これはこれ、だ。
カタラァナ=コン=モスカは仲間だったんだ、ケジメはつけさせてもらうぜ?」
「どれもこれも人を食った事を言いやがる。
だが、お喋りの時間は長くないし、付き合ってもいいがアンタ達が困るだろう?
だから、まぁ――かかってきなよ。断られてもこっちから行くけどね!」
デイジーが何時ものように嘯いた。貴道の両拳が目線に上がり、ファイティングポーズを作るのと、アルバニアの全身から噴き出す殺意が物理的威圧を伴うのはほぼ同時だった。息を呑んだのは誰だったか――果たして彼の言う通り、その瞬間から船上は戦場へと変わった。否、『戻った』と言うに相応しい。
「ぶっ殺してや――」
「――いや、正直遅いです。遅すぎますね」
アルバニアの咆哮を見事なまでに遮ったのは謂わずと知れた『最速』だ。
(僕は不器用極まりない。こんな極地で出来る事等、最初からたかが知れているでしょう。
ですから、単純です。ですから、簡単なんです。やれる事が一つしかないなら、その一つのみを突き詰めればいい。たった一瞬でも、皆の為に輝ければ本望です――)
冠位をゼピュロスの加護が吹き付けた。
「今この瞬間! この刹那で!
最大最速の戦果を稼ぐ事だけが僕に出来る事――遥かな勇者への手向けになるのですから!」
吐き出された裂帛の気合と共に撃鉄は上げられた。
疾風さえねじ伏せ、従えて――アルプスが超加速しアルバニアの間合いに飛び込む。
速力ばかりを武器にした馬鹿馬鹿しい程の一撃は、アルバニアの強烈なまでの装甲に幾分か食い止められるが、二撃目突き刺さった一撃はその防御さえ超え、彼の表情に苦悶を刻む。
「……こンの……ッ!」
自身を「遅い」等と称する『おかしなもの』に出会った事は実はこのアルバニアも殆どない。
彼は敏捷的であり、強靭だからである。思いがけぬタイミングのダメージはそれでも元より悪夢めいた体力を持つ冠位にとっては小さなものである。とは言え、アルバニアは自身のペースを乱す『それ』を捨て置けない。丸太のような筋肉質の腕を振り、ハンマーのような拳をアルプス目掛けて振り下ろす。
当然のように一撃で船床にめり込んだ彼女(?)はもう動かない。
無事で済んだかも分からない。だが、その一撃は確かに鏑矢の役は果たしている――
「――今ッ、往きますよ! ドレイク『さん』!
この上、初動を抑えなきゃジリ貧だ、後手後手なんて『らしくない』でしょう!」
「人遣いが荒いな、ウィズィ君。しかしまぁ、承った。但し条件が一つ――」
「――はい?」
「大した事ではないよ。吾輩の事はただ『ドレイク』と呼び捨ててくれたまえ!」
ウィズィは一瞬だけ「なぜ?」と考えたが、問い質す暇は無かった。
巨体のアルバニアの自由を抑えつけるには複数人の協力が必要不可欠である。
彼に接近するのは最大級の危険が伴うのだが【騎兵隊】のウィズィはこれに躊躇しない。唯の一声でドレイクを引っ張り出し、彼も又、呼ばれる事は予期していたのか対応は早かった。
「だが、足りないな!」
「――分かってる。分かってるわよ!
今の私の役割は、この船とその上の命を守り抜く事。
状況に多少の例外があったって――やる事は変わらない!」
自身の期待にほぼシームレスな動きを展開していたイリスにドレイクの目が笑った。
(例え雀の涙だとしても、私は足掻く。
立ち止まって、後ろを向いて、『これまで』を積み重ねて。
でも、それは全部『これから』の為だから。停滞する事とは、絶対に、違うから――)
三人の壁は左右、中央。一先ず三人で囲うようにアルバニアを封じに掛かる。
ローレット陣営は前に出るイリスに、守りに万全の備えを持つ雪之丞。まず楔を打ちかかるのは『何時もの展開』だが、ドレイク陣営はイレギュラーズとの戦いとは異なり、フロントにドレイク、バックアップと攻撃役にバルタザールを置く格好だ。ドレイクが頑強なイメージは然程無いが、戸惑う気配も無いのだから自信がない訳でもなさそうであった。
フロントに立つ前衛達がアルバニアを阻む動きを見せる一方で、攻め手の方も動き出した。
「さあ、テメェ等! イレギュラーズ共と『競争』だぜ!」
「お前達、負けたらちゃんと奢れよな! 俺達は良く呑むぞ!」
両手に構えた銃を乱射するバルタザールを皮切りに『海蛇』ラモンや、配下の海賊達もバラバラに攻勢を開始する。そして当然、イレギュラーズもそうまで言われて黙ってはいない。
「――英霊の加護が有らんことを。
リリース! 聖女ユスティーア!」
赤い瞳は敵影を映す――手を伸ばしても遥か高みに届かない『星』を願って。
(この身が砕けようと、滅びようと。我(わたし)は帰る。
我が意思で! 我が誇りに賭けて!)
自分に何かがあったとしたなら『彼女』は泣いてくれるだろうか?
ふと考えたが、考えた事自体が悔しいから。断言出来るようになるまではとても死ねない!
「アタシに毒(それ)が通じるって思うのは、ちょっと虫が良くねぇか?」
「いいえ? 『効かない事』が分かればそれも収穫だわね――」
必中の秘毒は疫病の如く対象を蝕む。自身が毒を扱うアルバニアはそれに特殊な耐性を持ち合わせているらしかったが、レジーナの方は涼しい顔だ。
「成る程、搦め手がそう通じる相手じゃないわね。
しかしこれは無二の好機――決して逃しはしない。
あの竜がどうなるかは知らないけど――まず、貴方から散りなさいな」
レジーナの攻撃を目くらましに姿勢を低く小夜が斬り込む。
「よう、クソ野郎。ようやく会えたな。悪いが、『約束』の為に。その首貰うぜ!
皆や、シャルロットと約束したんだよ!必ずお前を倒して、帰るんだってな!」
「さぁ! クライマックス――ここカラ盛り上がって行こうか!」
別角度から間合いを奪わんとしたのは口元を不敵に歪めたミーナも、吠えたイグナートも同じ。
「ジョウゼツなお喋りもずっとはさせナイ!
行くぞッ! 覚悟しろ! 砕けろ、アルバニアァァァァァッ!!」
絶叫と共にイグナートの右腕は唸りを上げる。
鉄火仙流を纏った全身は硬質の武器の如く、逆に焔の揺らめきの如くしなやかにも躍動した。
「ああ、良かった。間に合いましたね。
せめて一発くらいは殴りたいと思っていたのです。正直を言えば、『ほっと』しました――」
迅は憎らしい位に飄々と。限界まで高まった魔性にも、威圧にもまるで臆する事は無く。
「――あれほど美しいものを見せて頂いたのです。海の上が苦手と言っている場合ではありません。
急ごしらえではありますが、『鳳圏』の拳をご覧あれ。
貴女の心臓(はーと)を掴めるよう、いざ――励みます!」
研ぎ澄まされた速力は慣性という名の凶器に変わる。迅の攻め手は威力の割に正確性を欠いている。『本来ならば』アルバニアに確実に一打を届ける技量には足るまい。されど、彼にとってこの場所が最良だったのは数多の支援攻撃の存在である。避ける余裕を奪われた巨体は攻撃力と爆発力――即ち手数に優れた迅にとっては格好の的である。分厚いタイヤを殴るような感触は彼に確実な有効打を確信させなかったが、ともあれ集中打を『入れた』事は事実になる!
一方で、
「気高きひとが命を賭けて救ってくれた。
敵だった誰かが今、頼もしく轡を並べるひとになる……
紅迅は受けた恩を返します。
貴方が守りたかった物の為に、貴方が見たかった未来(さき)の為に。
私は、この仮初の命を賭けましょう♪」
軽やかな言葉と同質のステップを踏み、死角より斬りかかる――紅迅の風、斬華の舞は敵を確実な死出へ誘わんとするまさに『首神』の仕草である。彼女の切っ先がまず引っ掛けたアルバニアの首は刃毀れしそうな位に分厚く堅牢で彼女をしても苦労しそうに思われたが――
「……♪」
無意識に何処か嬉しそうな顔をした斬華には恐らく関係ない事だろう。
イレギュラーズの攻め手は苛烈極まりなく、敵がただの魔種等ならばたちどころの撃滅さえ視野に入った事だろう。しかして冠位アルバニアは揺らがない。
「……ってぇなぁ……!」
傷付いた彼は幾らかの痛痒を覚えているに違いない。
されどそれが彼にとって致命足り得るダメージでないのは余りにも明白だった。
『効いていないのではなく、まだまるで足りない』のだ。『お化粧』を辞めたアルバニアはアクア・パレスで対峙した時とまるで違う。尤もあの時はベークの起こした奇跡に助けられたのは確かなのだが――少なくとも敵はもうその影響からは脱している。
大方の予想通り倒し切れぬのならば、反撃が来るのは道理である。
アルバニアが目を見開き、のた打つ触手が暴虐の嵐を繰り出した。
声にもならない悲鳴が響いた。彼に向っていた果敢な海賊の何人かの首と胴がお別れをした。
「……っ……!」
イレギュラーズの弱点を言うならば幾らか人が好過ぎる事位だろう。
元敵とはいえ、今となれば仲間のようなものだ。
『恐らくそうなると分かっていても、その光景は決して望むものではない』。
「脆過ぎるわね。それでアタシを倒せると――もつと思う訳?」
確かに言葉は事実である。
唯の一瞬で積み重なる死屍累々は先の耐久と含めて、彼が別枠の生物である事を教えていた。
「へへ、うぇへへ……口が、鉄の味でいっぱぁい……!
最高……ねぇ、アルバニアっち、もっと、もっと……!」
……とは言え、堪えないのはイレギュラーズも――圧倒的な嗜虐こそを好むカナメも同じだった。
君臨する重戦車のようにはいかないが、その表情には悦びさえ見せている。簡単な事では斃れないと腹に決める彼女は敵の存在感にも「この肌にびりびりくる感じ、さすが冠位魔種ってカンジだね☆」と嘯くばかり。
「いいですねぇ、今の荒々しい方がよっぽど私好みでごぜーます!
私がいる限りこの船(あしば)をぶち壊すような小狡い真似はできねーですよ!
この船を沈めたかったらまず私からぶっ倒してみやがれです!」
挑発めいて気を吐くのは青海の女神がすっかり板についた――板についたが、もう『そればかり』では居られなくなったマリナも同じである。
「どう考えても『適材適所』というヤツですよ。
こんなダーティな攻撃の数々に対処するために僕はいるのですから。
もう脳筋とは言わせない。参謀としての妙技を『鉄帝的』にお見せしましょう!」
「冠位たる魔種、真なる神威。恐ろしくて仕方ない感情は、確かにあるのです。
でも、まだ、立ち続けられる。わたしが誰かに生かされてきたのと同じように――」
この場は私が誰かを活かすと。暴威の外に位置取ったヨハン、シルフォイデアが乱星乱舞に叩きのめされた仲間達の窮地に手を差し伸べた。
何人かの海賊はやられたが、イレギュラーズ陣営はアルバニアの攻撃に傷むも完全に敗れた訳ではない。そして、倒れないなら、倒されないならやりようは幾らでもある。
「あらあら。でもねぇ、冠位魔種だってねぇ、私がきっと酔わせてみせるわ?」
瀟洒にして流麗な『へべれけ』――アーリアの美貌(よゆう)は未だ崩れず。
「彼我の力の差は、成る程。圧倒的と言っても足りないのでしょうね。
けれど、それが何だというのです?
貴方は力の多寡だけがこの結末を決めると本気で信仰出来ますか?
逃げる意志がある者など、初めから此処に来たりはしない。
変化を畏れ、現状を良しとする者達は最初からこの海を目指しはしなかった。
だから今、私は――こう言うべきなのでしょう……我ら人の意思を舐めるな、と!」
思わず舌打ちをしたアルバニアをリースリットが正眼に見据えていた。
「第一、あんな『演出』をされてはね――こちらも、応えないわけにはいきませんよ。
当てるだけなら、それなりに得意でね――『その綺麗な顔を吹き飛ばしてやる!』」
リースリットの打ち込みに気を取られた刹那を縫い、寛治の狙撃がアルバニアの貌を掠めた。
よりにもよって顔に傷を付けられた彼は即座に殺気めいた視線を『眼鏡を外した男』に送るが、
「歌を聴いた。絶望が彩るこの海に確かに響く光の歌を。
我が手、空を掴む程長くは無く。我が掌、光を掬う程大きくはない。
されど、如何な無力なれど、如何な凡百たれど。此度ばかり、私はこの光芒を逃しはしない!」
ベルフラウがそれを簡単には許さない。
「この先には絶望しかない、そう言ったなアルバニア。
だが、それは貴様が決める事ではない。
停滞こそを良しとする貴様には分かるまいが、人は弱いからこそ絶望の先の希望を見る。
弱いからこそ全ての可能性を是認出来る。戦場の只中ですら一片の夢を見る。
冠位よ、傲慢たれ。願わくば最期の瞬間まで己が勝利を確信するがいい。
そんな絶望が海を覆うと言うのならば、私は幾度でも。幾度破られようとも、暗黒の海を征く船に漲る希望の帆となってみせよう――!」
余りに凄絶で高らかなその言葉に、果敢なる気迫の動きにもう一度アルバニアが舌を打った。
絶対の力を誇る彼に残された唯一の死角――イレギュラーズに残された唯一の勝ち目は『諦めない事』以外にない。本能か直感か、勇者達がそれを知っている事は彼にとっての痛手である。
「私たちは絶対に諦めない! 何があってもね!!!
いくよ、シラス君! 私たちの力、思い切りみせてあげよう!」
「ああ!」と頷く。アレクシアの言葉を受ければシラスは全身に力が漲るようだった。
アルバニアの気配をシラスは『知っていた』。モノこそ大差あれ、絶望的なまでの力の差、禍々しい程の殺気は彼が初めて死牡丹と対峙した夜に味わった戦慄に近しい。
あの時、シラスは一歩も動く事が出来なかった。「雑魚」と。「小魚」と。罵られれてもそれまで。思い出しては歯噛みさえするシーンは強く記憶に焼き付いていた。
(でも、此処までの幾つもの出会いが俺を鍛えた。変えたんだ――戦える!)
最早、足は竦まない。アレクシアの願い――無垢の星花を背にシラスは舟床を蹴る。
「――ハッ、魚野郎! さっきから大した『伊達男ぶり』じゃねえか!」
平素の彼からすればやや獰猛にも聞こえる台詞と共にハルピュイアの魔爪が閃いた。
触手の一本を狙い通り『斬り飛ばした』彼にアルバニアは「テメェ」と怒りの声を上げた。
「ひと華咲いて綺麗に散るもええ。でもね、実は――負ける気はあらへんの」
激しさを増す戦闘にも蜻蛉は一切揺らがない。
(また、全部自分一人で背負い込んでうちの前から消えようとする――それだけはもう御免。
それは、それだけは――堪忍、だから)
恋人が、縁が消えかかったその時に蜻蛉が感じたのは確かな恐怖だ。
それに比べれば轡を並べ、最期まで共に居れるというなら死地にさえも畏れは無かった。
(命が終わる瞬間を、奇跡が起こる瞬間を見た。
……不思議なモンだ。冠位魔種とやり合ってるってぇのに、心は妙に落ち着いてる。
ああ、それにもう――もう目を逸らす訳にはいかねぇだろ)
(どうせなら好いた人の傍で綺麗に咲きたい。そう願うんは我が儘やろか?
言うたやない、いつも傍におるって──だから、傍におって。おらんかったら、酷いよ)
縁と蜻蛉、想いは奇しくも同じだった。
彼は逃げ、彼女は逃げなかった。だが、今は彼も逃げず、彼女も逃げない。
「二十二年前この手で壊しちまった縁を繋ぎ直してくれたやつらがいる。
こんな馬鹿な俺を支えて命懸けでついてきてくれたやつがいる。
一生分の縁を貰った。だから……俺はもう充分だ。腹いっぱいだ。
だから、今度は俺がこいつらの縁を……未来を繋いでやる。
『俺自身の縁を切らずに未来に運んでやるさ』。
さあ、最初で最後の大勝負といこうや、冠位魔種アルバニア!」
絶望の青に響いたもう一つの賛歌。
言葉は昼行燈を気取り、諦念と惰性、呪いの中に生きた十夜縁との決別だった。
「……もう、惚れ直してまうよ」
その背中に、傍らで漏れる言葉にアルバニアの眉が吊り上がる。
「つくづく、やる気にさせてくれる連中だぜ――」
「――ああ、いいぜ。来いよ醜女。私の恋人にその面、整形してもらえ!」
「つくづく、かえすがえすも。ああ、此方の事だ。気にしないでくれたまえ!」
ウィズィの勝気な挑発にドレイクがくくっと笑った。
嗚呼。厭になる程に。この戦いはまだ、始まったばかりだった――
成否
成功
状態異常
第2章 第3節
●滅竜と大壁I
――恐ろしいものを見た。全てを引き裂く滅びの牙を。
美しいものを見た。戦場に響く歌。持てる全てで滅びを鎮めた少女を見た。
僕は一生忘れない。幾千幾万の月日が流れても。
ずっと覚えている。ずっと語り継ごう――
――時間、僅かに遡って鉄帝国鋼鉄艦上。
奇跡の歌を聴いたのはウィリアムをはじめとした別所のイレギュラーズも同じくだった。
そして、彼等もまた、己が何を為すべきかに少しの迷いも抱いてはいなかった。
「馬鹿ばっかり。もう、本当に、馬鹿ばっかり――」
魔種も竜種もアイツもこいつらも……それから、私も――
利香の口から洩れたのは彼女にしては珍しい強い憤りの感情だった。
『奇跡の音色』が響いた時、戦いの流れは確かに変わった。
全てを押し流す筈だった『大海嘯』は一度離れ、連合軍の戦力は未だ永らえている。
……その代価がどれ程絶大なものであったとて、確定していた破滅が遠ざかったのは確かだった。
それは取りも直さず猶予を得たという事に違いない。今一度、勝利に挑む――絶大なる威容を誇る滅海竜を封じ、かの冠位魔種アルバニアを屠る最後の機会を得たという事に他ならない。
故に誰もが皆、希望を見る。
絶望の海で出会った『最大級』に決して見合わぬ――希望を見た。
「カタラァナ、君の歌が今でも耳に残ってる。
君の願いが、祈りが、無駄にならないように。君の想いが後世まで語り継がれるように……
俺はただ、君が引き寄せた『運命』を掴むだけ。出来る事をするだけだ」
「カタラァナ=コン=モスカ。
個人として話したこともなく、その場に居合わせすらしなかった余ではあるが、命の輝きをもって伝説となった貴女に余とて、心からの敬意を表せずにはいられまい。イレギュラーズとして新参の余ではあるが、例え力及ばずとも鱗の一つでも二つでも消し飛ばし、この戦局の一助となってみせようぞ!」
利一にせよ、フーリエにせよ。
「一人が死に、他が生き残った。ただ其れだけだ。この海域では良くある事だ。
チャンスだが『一度必殺をかわした』だけで『この瞬間も時間は過ぎている』のだから」
内心さて置いて、敢えて露悪的にそう口にした愛無の言葉――
『皆死ぬよりは一人死んだ方が良いなんて、利口な口実を肯定する気にはなれなかったけれど』。
少なくとも彼女の残した煌めきはこの海に挑む戦士の士気を上げ切るに十分だった。
「こうも圧倒的差をつけられてたんじゃ――叩く軽口も空虚ってもんだが。
生憎と黙る趣味は無いんでね。口を閉じる予定はまだないな。
荒れ狂い叩き付ける水飛沫に海に浚う波も、精々『露』払い、させて貰うぜ!」
「俺という盾越しに見りゃ、おっかねぇ竜も幾らかマシだろ」と嘯くはグレン。
ブラッド・オーシャンに乗り込んだらしいアルバニアを仕留めるまで、大海嘯を止められたリヴァイアサンを封じきる事――それが彼等、アルバニアとの直接対決以外を受け持つイレギュラーズの為すべき全てだった。そして、度重なる戦いで甚大なダメージを受けながらも、未だ健在の鋼鉄艦――鉄帝の新鋭艦はそれが出来る存在であった。
「これからよ! 素敵なお歌を聞いてぴよちゃん達も張り切ってるわ! さあさ、皆で歌いましょー!」
場違いな程に明るく、強く――トリーネは回復役として自分に必要なのが、仲間に必要なのが単なる傷の治療だけではない事を知っていた。
「もう少し、後少しできっと勝てるわー!」
「ああ。目標、リヴァイアサン。宜候――
カタラァナの稼いでくれた時間だ。
貴重なこの時間を砂粒と変えるか、金と変えるかは――ここからさ。
ありったけの砲撃を――いや、距離ももっと詰めてね。頼むよ。
この艦は、俺が守ってみせるから」
「ええ。こっちもいい加減――ボロボロボロ雑巾だけどね。
仲間達の時間稼ぎ程度は出来る。してみせるわよ。
この時間が黄金より貴重だって言うなら、一秒でも多く稼げば『最高』じゃない?」
トリーネに頷いた行人の、凄絶な決意を滲ませ淡く笑ったイナリの言葉に突っ込む艦が加速する。砲弾は残り少ない。生きている砲門も限られているが、『やり尽くす』だけの熱量は十分に保たれている。それ自体が奇跡の産物であり――すっかりバーゲンセールになってしまった奇跡(それ)だけれども、一つとて無価値なものは無いに違いなかった。
「向こうがどうなってるかはわからないけど、今がチャンスだってことはわかるよ!
あの攻撃は暫く来ないはず! 今のうちにどんどん撃ち込んで――
きっと終わりは近いはず! 出し惜しみなしで全弾撃ち尽くすつもりでどんどんいこう!」
猛烈な砲火の音が耳を劈く。発破をかける焔の声も時に轟音に紛れて『抜けて』聞こえた。
「ほら、二十年後の後頭部みたいに弾幕薄いわよ!
物資は兎も角、『やる気』ならいくらでも供給するから撃ちまくれ――!」
焔や煽り文句と持ち前の戦略眼、そして虎の子の『ドクトリン』で鉄帝兵を促したセリアの言う通り『大海嘯』を止められた厄災のケテル――即ちリヴァイアサンの竜頭は一時的にその動きを鈍らせていた。人間で言えば体力を浪費した状態と言えようか。無数の砲弾を、攻勢を全身に浴びながら『休憩』等されているのはたまらないが、『大海嘯』をもう一度受ければ終わりだというのなら――この時間は確かに最後のチャンスである。
「ここからは、時間との勝負だね!
だったら、守ってばかりじゃなく攻めて行かないとね――」
言葉と共にブラックドッグ――爪牙鋭き使い魔を放ったニーニアが敵を見据えた。
「……ここは一番危ない戦場だ。なるべく近寄りたくなかったが……
水神様やシャルロットがこの竜にやられて……強がりで泣き虫なアザラシが別の船で頑張ってるのに『保護者』の俺が黙ってる訳にもいかないんでな!」
何処まで近寄れるか――敢然と船首に立つウェールはその時を待っていた。
「んー、近くで見るといよいよ迫力がすごいな。
このものすごいのとこれからドレイク抜きのドッグファイトか!
……はっはっは! 僕らがいかれてるのか、あれがいかれてるのか……
ま、どっちでも構わないが――きっと、気にしたら負けになるね!」
軽妙にこんな状況さえ笑い飛ばしてみせたランドウェラの全身に雷気が迸る。
成る程、現実に可視化された悪夢とは恐らくこういう事を指すのだろう。
ぐんぐんと近付いてくる巨影はこれまでとは全く別物の存在感を放っている。
人間には決して倒せない、届かない神域、神代、神威の残滓がそこにはある――
(――いえ、畏れませんわ。それに、今は悼んでいる時間などありません。
この悼みは痛みそのもの。この痛みは我が身を祝福で呪う傷みともなるものですわ!
――主よ、私に勇気を。この不可能を覆すための力をお与え下さい!)
『柄にもなく』神に祈って――いや、ヴァレーリヤはあくまで『祈りの先』を見たかった。
失う辛さは知っていた。『あの時』もっと何かが出来たかも知れないと、後悔した事が無かったとは言えない。しかし、故に彼女は強くなれる。寒い祖国の――心に降り積もる雪を、あの痛恨を繰り返さない為にも。『神を敬虔に信仰しながらも、運命に反逆する以外の選択肢は持ち合わせない』。
「『主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを憐れみ給え』!
嗚呼、主よ、今日はちょっとサービスして……燃やせるだけ燃やして下さいませな――!」
太陽が燃える夜――ヴァレーリヤの聖なる業火が彼方の敵の巨体に絡む。
ロングレンジでの砲撃だけで『足りない』のはこれまでの戦いで分かっていた。かのブラッド・オーシャン――ドレイクのような華麗な快速は求めようも無いが、イレギュラーズという特記戦力を集めた艦は最早前進し、肉薄戦を繰り広げる他は無い。
「全部に届いた、この歌がまだ胸に残っているうちに!」
勇気を振り絞り声と共に力を解放したアクセルの魔砲が続け様、間合いに光の痕を引た。
頭部を直撃した一撃は重鎧の如き鱗に弾き飛ばされたが、その目が自身を射抜いた時、彼は『少なくとも竜の意識を此方に向ける』という最大の仕事が果たされた事を確信した。
「うむ、良い仕事だ! だが、この距離では吾に足りぬな」
「ああ。ここは任せよう」
【美少女】二人――謂わずと知れた百合子と今日はその相棒になるブレンダは近距離の肉薄をもってもまだ満足はしていない。
「『これから、二人でちょっと殴り込んで来る』」
「ああ。勝利と栄光は『この手で直接』掴み取るッ!!!」
艦に搭載された小型船を水面に降ろし、飛び降りた二人は止まらない。
鉄帝兵ですら信じられないものを見た、と一瞬だけ固まった視線の先で。
「死者の無念を聞け。わだつみに響くそれを悉く――飲み干して笑おうぞ!
クハッ! 勝負は決まらぬ。負けてはおれぬ! 勝利の暁に貴殿等を讃えるその時まで!」
「――私たちは貴様を超えていく!」
「……冗談が過ぎるぜ、あいつら」
まさに冗談以上の二人は元気一杯にリヴァイアサンに挑みかかっている――
成否
成功
状態異常
第2章 第4節
●滅竜と大壁II
――遠くからでも、不思議と聴こえた。
あの子の旋律(いのち)が、あたし達を護ってくれた事を。
確実に知っているわ。これはお別れで時間は決して巻き戻らない事を。
だったら、あたしも全力でそれに報いる!
ほぼ同時刻――
「――纏う旋律、星羅の如く煌めいて。ただ一筋の星となり、蒼茫の海を切り裂かん!」
動きを鈍らせた滅海竜に対して果敢なる攻撃――『前に出る牽制』を仕掛けているのは、スターゲイザーの鮮烈な光を引いたリアを含む海洋王国残存艦隊も同じであった。
「もう一度大海嘯を使われる前にリヴァイアサンを弱らせますよ!
この好機を掴むしか――ええ、これが最後のチャンスになるかも知れません!」
気を吐いたエリスのフォーレ・カースが竜を撃ち抜いた。
滅海竜に大半の状態異常は効力を発揮しないが、連合軍の山のような手数は大量の状態異常を仕掛けているのは間違いない。威力のトリガーが効果の有無ではなく存在なれば、気が遠くなる程の数が必要なれど、この呪殺は確実な痛打痛撃に成り得よう。
「貴方の仇を取ろうとは思わない――貴方は最期までみんなを護ったもの。
でもね、あと。だからね。アタシも護るための戦いをやる――
アンタが好きって言ってくれたアタシの歌と踊りを届かせる――それがアタシの手向けだよ!」
怒りや憎しみがないなんて嘘になるけれど――ミルヴィのショウ・タイムは渦巻く負の感情を跳ね返し、絶望に挑む彼女の糧と力となろう。
「我が手には黎明と黄昏。
死力を尽くして舞い踊れ――とくとご覧あれ! 偉大なデカ蛇さん!」
「……大切な友達だったのよ!
楽しそうにいつも歌っていて、そんな姿に私も歌う楽しさを見出した……
……だから、っ、そうじゃなくても負ける訳にはいかないけれど――」
――もう、尚更負けられない。
普段の控えめな調子より大分強く感情を前に出したErstineも必死の攻勢を仕掛けていた。
……海洋王国の残存艦はこれまでの戦いで酷く傷んでいた。艦隊の基礎防御力に優れる鉄帝国のそれに対して、機動力で優位を持つ海洋艦は提督の立ち回りも含め、実に粘り強い健闘を続けていたが、継戦の限界が近しい事は最早誰の目にも明らかだった。
「この艦ならなんかいい感じの距離感で攻撃できそうだと思ったけど……
何してくれてんの、あの海トカゲ……」
「千載一遇のチャンス、一分一秒を無駄にはできない。
しかしあの歌声の後に続くのが――こんな色気のない砲撃と銃声というのが、少々申し訳ないけれど」
しかしながら、イレギュラーズの――零したリリーの言葉、首を竦めたラダの『攻撃が届く事』こそが大号令にかける海洋王国の矜持を示していた。
「防御の難しい攻撃。『無視させないこと』が、ボクらの仕事……」
同時にオーロラの、イレギュラーズの仕事は己が乗るこの艦を信じる事でもあった。
『無視させないこと』。言葉にすれば簡単だが、実際はその逆だ。
元よりリヴァイアサンは『倒せない』のだ。故に部外全ての攻撃は、全ての尽力、全ての作戦目標は一時的にでも竜を食い止め、彼にアルバニアに挑むブラッド・オーシャンを邪魔させないという一点に集約される。
「犠牲は大量だし……敵の脅威は未だ消えない。
絶望的ってのはこんな状況なんだろうな……
……でも、やるしかないんだ、いくしかないんだろう……ならやってやる! やってやろうぜ!」
アオイの見た目を裏切るような強き勇壮、強き意志に海洋兵達から快哉が上がった。
奇しくも好戦的な鉄帝艦隊が選んだのと同じように、海洋王国も又、『ドレイク抜きでのショートレンジ攻撃』を敢行していた。距離による砲撃の効力の減衰もさる事ながら残された余力で確実に牽制するには最早イレギュラーズを頼るしかないという有様だったからだ。
果たしてそれは奏功し、幾分か先行してリヴァイアサンに有効打を放った鉄帝艦隊に対して、別角度から近付いた海洋艦隊は、竜の注意を引き付け直す事に成功した。鉄帝にせよ、海洋にせよ、海上の何処かで戦う水神様や蛸髭海賊団にせよ、自身のみに敵意を向けられればとても耐えられるものではない。リヴァイアサンの巨体故の散漫さを突き、無敵故の傲慢さを狙い。小回りと機動力で彼を翻弄し続けるのは勝利の為の『最低限』と言う他は無い。
(立ち止まる訳には行かない、か。
何処か他人事だったかも知れないけど、僕には海洋王国の執念は――気持ちはこれまで本当の意味では理解出来てなかったかも知れなかったけど。
今は、分かるんだ――あの唄の残響が、この心を震わせる限り!)
そして、自身を的とするような機動が出来るのは、取りも直さず海洋王国が未だ戦いを諦めず、艦に乗せたイレギュラーズの力を――前だけを向くマルクの事を信じ抜いているからに違いない。この吶喊は勝たねば戻れぬ地獄への片道切符のようなものである。満身創痍の艦は、艦隊は大海嘯ならぬ一撃を受けても恐らく無事には済まないのだからそれは誰にも知れた事実であった。
だが、それでも結論は変わらなかった。
謂わばこの艦は『運命に殉じる覚悟』さえ帯びていた。
誰が命じるでも無く、惑う事も迷う事も無く――特異運命座標はどうあれ、強い運命を持たない船員は海洋の兵達は破滅の渦から逃れる術を何一つ持ってはいないだろうに。
最終決戦は心を一つに進んでいる。この海で果てた――今まさに果てんとしている名も無き者も、『特異運命座標として歴史に名を刻む事を望まれた勇者達』も、明日をも知らぬ心持ちで、理不尽と不可能を具現化したかのような敵に挑み続けている。
「ゲームセットはまだ来てねぇ、諦める理由は最初から無いっスよ!」
葵の渾身の一撃が竜頭を激しく襲った。「どうせならデカい方をやっつけた方が土産話にはいい」と嘯いてみせた彼も、疲労し、傷付いていたが――『試合終盤』にその闘志は衰えない。
「これはよ、『戦う理由が増えた』ってのか?
話したことさえ殆どねえ、共に戦った事もすくねえ、けどよ!
あんな覚悟見せられたら、俺も、今まで以上に命かけるしかねえじゃねえかよ!
――任せろよ歌姫、安心して見ててくれ。
俺は――俺達はあんたの残した歌声を背に、この戦いをやり遂げる!」
逆境に燃え上がるのはタツミも同じだった。
その血潮は沸き立ち、全身は烈火のような気合に膨張する。その膂力を極限まで溜める拳の構えから、奇しくも『的』と同じ竜の姿をした巨大な闘気が放たれた。
既に極限に近い近距離だ。竜が怒りと痛みに暴れれば寄せる大波が木っ端のように船を揺する。
「お願い、今なの! もっと船を寄せて!」
しかし、ソアの要望は更に苛烈だった。
「皆なら――『海洋王国の船乗りならそれが出来る』!」
「そこまで言われて日和れるかよッ!」
『至近』を万全に叩き込むなら距離は潰せる方がいい。
一瞬だけでも近付き切れば、まさに爆弾のような雷気は絶望の竜にさえも弾けよう。
ソアの要求に操舵輪を回した艦は刹那十秒、彼女の要求に応えリヴァイアサンに『接敵』した!
「――ありがとう!」
弾ける笑顔はこの鉄火場さえも気負わない。
――ここがきっと力の出しどころ。今ここで押せなかったらボクたちの負けだ!
砕けろ、ボクの体! 魂だって千切れてしまえ! その代わりに、とびきりの力を!
絶望さえも押し戻す、神威にだって負けやしない。そんな――
「――雷よ! 唸れッ!!!」
全身全霊の一撃に滅海竜が咆哮を上げた。
ソアの一撃はソアのみならず、これまでに積み上げた誰もの力を束ね、背負っていた。
果て無い戦いは続く。
「出来る限りアレの視界を遮れ!
艦への、イレギュラーズへの攻撃頻度を減らせば勝機が見える。
それに必要なのは――弾幕だろう!?」
小型船を借り、遊撃的に動き続ける。エイヴァンの声に兵達が応えた。
「あのメロディが残りますように、わたくしも精一杯を尽くしましょうか。
わたくしの望みが潰えたとしても。それは『正しい』このなのですから――」
ユゥリアリアの選んだのもまた遊撃だった。しかして彼女が狙うのは攻撃ではない。吹けば飛ぶような小さな船で戦場全体を動き回り支援に入る――覚悟有り余る決死の動きであった。
一方の滅海竜は反撃に小さな――しかし人間の営みを潰すには十分過ぎる激流を、水弾を放つ。
その大顎を繰り出しては牽制し、時に残された艦を噛み砕く。
人は、余りに呆気無く死んでいく……
「……っ、此処が正念場だ――押し切れ……!」
船上に、戦場に自身の聖域を展開したウィリアムが祈るように味方を鼓舞した。
「もふもふぎゅーっと、これをぶちこむ!」
レーゲンも又、厳し過ぎる状況に極限までの力を振るっている。
(昔、自身がただの聖獣だった頃……
森のすぐ近くでたまに聞こえる喧噪が騒がしくて。
大変な時に庇護を、問題は無いのに自身の欲望の為に加護を求める人が嫌いだった。
あの滅海竜みたいに、思っていたかも知れない)
今は違うけれど――レーゲンは想う。
自分も、もしグリュックと出会っていなかったら――
そのIFを思えばこの暴虐とて、僅かばかりの悲哀も帯びよう。
――おばさん達は小さな存在だけれど……
願わくば、この海で共に生きていくのを許してくださらないかしら?
少し騒がしい同居人だけれど、あなたの長い人生……じゃなくて。
竜生の暇つぶしくらいにはなれる自信があるのよ……?
繰り返された――レストの呼びかけに竜が轟と吠えた。
それは人間の言なぞまったく一顧だにしない一蹴のようであり、同時に。
まるで「証明してみろ」と告げているようでもあった。
成否
成功
状態異常
第2章 第5節
●滅竜と大壁III
敵が全てを呑み喰らう災厄なれば、我等は一時それを阻む大壁とならん――
「アルバニアに滅海の竜、荷が勝ち過ぎる相手だがな。
鍛え上げた我が槍がかの冠位を穿ったならば、幾分かでも奏功を挙げたなら。
滅海竜がどれ程のものであろうとも、通じぬと決める道理も最早あるまい。
我が名はベネディクト=レベンディス=マナガルム──今征くぞ、海の王よ!」
鉄帝、海洋王国の残存艦隊が死力を尽くす一方で、より遊撃的な動きを見せるのは水神様に乗ったイレギュラーズ達だった。ダメージに怒れるリヴァイアサンに接近した水神様の背よりその槍技を伸ばしたベネディクトを見るまでも無く、水神様は他艦隊の有する砲撃能力を持ち合わせない。
「『中々』しぶといですね。これが竜種……」
幾らか皮肉めいたリュティスにルカが「なかなかぁ!?」と声を上げた。
「アニキの言ってた通りだぜ。竜種ってぇのは何つーインチキだ!?
マジでタフすぎんだろ! 弱っててコレたぁ――いい加減、冗談キツイぜ……!」
【黒狼】の刃として前線に立ち、肩で息をしたルカが悪態を吐いた。
目の前の『畜生』はアルバニアに衰弱させられ、権能の殆どを剥ぎ取られ、元は数千という軍勢からの集中砲火を浴びながらそれでもまだ暴れ狂っている。
「ですが、これまでの被害を考えると引くことなど考えられません。
散っていった方々のためにも私達は勝たねばならぬのです」
「ああ。数え切れない程のやつが命がけで繋いでくれたチャンスなんだ……
……応えられない、なんて泣き言。『男の仕事』にゃ不似合いよなぁ!?」
言い切ったリュティスに今度はルカが完全に同意した。
攻められるだけ攻め、少しでも削り、時間を稼ぐ――神を前に一人の人間の出来る事等、嫌になる位たかが知れていたが、『たか』を積み重ねたからこそ今があるならば、そんな無様な足掻きも美しく――決して『無為』と謗られる謂れもあるまい。
「そろそろ、貴方もその矛を収めて眠りにつきませんか?」
猛り敢然と戦うルカの一方で、彼を含めた味方を支えるクラリーチェは静かに言った。
効かぬ、死なぬとは言いながら――竜も既に激しく傷付いていた。疲れている筈だった。
とは言え、彼女とてその言葉が届くとは信じていない。世の中には絶対に相容れぬ状況というものがある事も分かっている心算だ。でも、それでも言わずにはいられない。この戦いは余りにも多くを失わせ過ぎた。多くを傷付け過ぎた。そして、止まらぬなら最早彼女に出来る事は一つだけ。
「私の仕事は、この場にいる人と水神さまをお守りすること。戦が終わるまで、支えて見せましょう」
「背水の陣どころか四面海水だけどさ、だからこそ奮い立たせてみせるよ。
だってこれ――水神様がいなくっちゃ、どうしようも無いんだから!」
クラリーチェにせよ、ルフナにせよ。全くそれは必要な最重要であった。
水神様及びその背中の戦力が作戦に役目を果たそうとするならば、最終的な結論は同じく『肉薄』しかないのは同じだが、選択の余地がない部分だけは大いに異なる。本作戦の――連合とイレギュラーズの切り札である水神様を『温存』出来れば最良だったが、それが許されない戦場なのは言うまでもない事である。
「僕にはリヴァイアサンやアルバニアを打ち据えるだけの強い魔力も、宿木のように蝕む毒を打ち込めるだけの精密さも、誰かを守れるほどの膂力もないけどさ。
その代わりにいくらでも、いくらでも湧き上がる故郷と、兄様達からの加護がある。
つまり負けないって事だ。水神様と、同乗する仲間達が少しでも長く、戦えるように!」
「そうそう! ミミ如きがお役に立てるかは判りませんが、お助けしない訳にはいかねーです!
あのおっかねー竜相手にこんな酷い怪我して戦ってるのです、放ってはおけねーですよ!」
故に静かな祈りで味方を賦活するクラリーチェの、気を吐いたこのルフナの、そして天真爛漫なその顔に今日は少しだけ強い決意を張り付けたミミの。
「大丈夫。勝てる、勝てるわ。だから、立って戦いましょう。
どれだけ疲れても、どれだけ傷んでも。生きてさえいれば勝てる、夜は明ける。
私達が人事を尽くせば、きっと。きっとその先には――」
そして盾役として『総ゆる人事に挺身する』ラヴ イズ……の働き等は他所以上に大きいと言える。
他所も難しい状況だが、こと水神様にいたっては手を止めても敗北、彼女がやられても敗北である。背のイレギュラーズの肩に掛かる責任は大きく、それは同時にこの上ない意気となろう。
「無理させてごめんな!
皆のために、戦って、傷ついて……海に呑まれていった、女の子達。
そして敵は、めちゃくちゃ強い強いオトメ!
……こんなん見ちゃったら、男、シミズコータも、負けていられないじゃん!
水神様、オレもまだまだ頑張るからさ。も少し、この背中に居させてくれよ!」
――いいのよ。皆の事は分かってる。わたしも頑張るから、皆も絶対に諦めないでね――
洸汰の言葉に水神様が応えを返した。
とびきりチャーミングな渦潮姫を守る事がイレギュラーズの意気ならば、彼女とて同じである。『己がその背を許す程の――真実の勇者と共に戦う事は竜にとっても誉れなのだから』。
「水神様も、海の仲間も――俺が守る!」
カイトが緋刃六羽を展開し、牽制の動きを見せた一方で、
(今ならもっと、集中できる。こんな遠くからでも……当てられる!)
共に戦うリリーも又、最高の集中を見せ。『黒炎烏』、『九尾』、『牙重奏』――己が持てる手管の全てでリヴァイアサンの弱きを狙い続けている。
攻め手は激しいが、一方的状況を許す程、リヴァイアサンは甘くない。
距離を詰めて戦う水神様にも容赦なく滅竜爪牙が迫る。
近距離を掠めた一撃は水神様の肌を容易に引き裂く。悲鳴を飲み込む彼女がまた傷付けられていた。
「体力も減っているみたいですしね、ここは此方が受け持ちますよ」
ベークの冷静さが水神様の危機を救った。彼が我が身を挺して受け止めたのは竜の水撃の一であるが、常人ならば消滅してもおかしくない破壊力とて運命を抱く彼は辛うじて耐えきった。
アクアヴィダエの水滴が、彼に再び力を与えた。
支援役であり、盾である。ベークの戦いはまだまだ終わりを迎えていない!
「そろそろ笑えない運命に、死兆ですか。でも――
……この海の全てを。伝説で終わらせるためにも、生きないと……!」
ベークの稼いだ時間にクラリーチェやルフナやミミがフル回転する。
「水神様、護ってくれてありがと! 助けてくれて本当にありがと!
……でもね、あたし達だって水神様……うーん一緒に戦ってるならお友達だし『様』じゃないかなぁ。うん、みーちゃん! ばっちり支えるからね。絶対にやらせないから!」
ハンディ・アイヴィ(ギフト)の蔦で落ちかけた仲間を救い、『みーちゃん』を護ろうと意気込むフランも力を尽くすのは同じだった。彼女等回復役の面々もどれだけ焼け石に水と嘲り笑われようと諦めていない。水神様は生身の体である。幾ら微力と言えども他の艦と違い癒す事は確かに出来るのだから。彼女等の力は確かに破滅の時間を遅らせ、食い止め続けていたのだから――
……とは言え『時間稼ぎ』だけでは話は足りない。
攻めねば勝てない。攻め抜かねばやがて待つのは破綻しかない。
癒し手は仲間を支え、水神様を支えるが、要たる彼女等が尽力するならば、刃とて黙ってはいられまい。
――海の上は嫌いです。何もかも、流されてしまいそうになるから。
けれど、此処に残るものを、響くものを知った。
其の音に導かれ、尚も前に進む意志を見た。
なればこそ――この身もまた、悪夢を断つ、其の一歩の為に!
「――出来る事は、其れだけ。私の剣は、ただ阻むものを斬る事しか出来ない!」
ならばと、ユースティアの双剣――結祈飾と結祈燈が氷を纏い、舞を奏でるかのように妖しく冷たく閃いた。水神様を殺そうと執拗に襲い来る竜頭に、余りの巨大に竦んでしまいそうになる位の恐怖、脅威にも彼女は全く怯まない。
(私には、水神様を癒す力も守る力も無い。
でも、私達を守り、私達の為に戦ってくれる貴女の想いに応える事は出来る。
その為に私に出来る事はたった一つ――
例えどれだけ微力であろうと諦めず、ただひたすらに斬り続けるだけ……!)
竜にも負けじと猛烈に攻め手を重ね、幾度と無く斬り付けるのはマヤもまた同じだった。
「一意、専心……ッ!!!」
竜が雨垂れとせせら笑った意志が石を破るとするならば、恐らくはそれしか術は無い。
「シグ、一個言ってもいいか?」
互いに背を預け、絶望に挑むはレイチェルの最愛――シグである。
「何だ。やぶからぼうに」
理知的で冷静な声に巨大なる敵に向かうレイチェルは告げた。
「何でリヴァイアサンの抑えに来たかって事――
俺はシャルロットを守りたいんだ。コイツを早く抑えれば彼女は鏡面世界の代償で傷付かないで済むって思ってな。な、我儘だろ? こんな所にお前を突き合わせたにしちゃ、あんまりだ」
シグを振るうレイチェルが右半身の制限を『解除』した。
「そんな俺の願いを叶えてくれるか、シグ。
俺は皆でこの海を越えたいンだ……! 力を貸してくれ!」
「馬鹿な事を」
憤怒ノ焔が敵を灼き、シグは切れ長の目を細めてそんな願いに軽く笑った。
「馬鹿な事を――我が最愛の契約者。
どんな願いであれ、それがお前さんの願いならば。叶えぬ理由は一つも無かろう?」
「……お前、ちょっと意地悪だ」
たっぷりの間を溜めて、意地悪く、とびきり優しく言ったシグに頬を染めたレイチェルは僅かに抗議めいた。
このシグの――魔剣の魔眼は巨大な敵の僅かな隙さえ見逃さぬ。
(さて、これだけ傷んでいるのだ――何処かな)
蟻の一穴は。
冷静沈着にして理知なる魔剣、シグ・ローデッドは契約者の期待に応えなかった事は、無い!
成否
成功
状態異常
第2章 第6節
●ヴァーサスII
「――アルバニアァッ!」
普段の穏やかさが嘘のように騎士は猛る。
まるで怒鳴るように全身の気合をその打ち込みに乗せたリゲルはその剣を丸太のような腕の振るう敵の得物と噛み合わせていた。
「――ッ!?」
膂力の差は一合仕合えば分かる程の甚大である。
リゲル程の使い手が全てを乗せて打ち込んでも容易に攻め込めぬアルバニアは多対一さえ嘲るようにあくまでこの戦場に君臨し続けている。
「調子に乗るんじゃないわよ、色男。アタシは『こぶつき』を甘やかしてる位暇じゃねーんだ」
暴力の嵐が吹き荒れ、死屍累々と人間(ひと)は斃れる。
まさに暴風の如き暴虐は激しさを増しこそすれまるで遠慮する気配も見えていない。
「ここまで来たのに振り出しになんて――いや、それより前になんて戻させるものか。
やっとここまで来れたんだ。女王陛下、見守っていてくださいよ!」
「リゲル――!」
「ああ、分かってる。二人共、ありがとう!」
『大号令の体現者』として、イザベラの忠勇の士として。すかさず救援に入った史之がリゲルを含めた仲間達のダメージをフォローした。同時に響いたポテトの声は最愛の彼に警告を促すものであり、同時に彼を――仲間達を支援する能力を持っていた。
「皆の大切な人を思う心が沢山の縁を繋ぎ、奇跡を作り出した――
全てはアルバニア、お前を倒す為にだ。
お前は沢山の命を、未来を奪った。
これ以上は奪わせない。これ以上は沢山だ。
だから――ここでさよならだ!」
「うおおおおおおおおおおお――ッ!」
リゲルが吠えた。それは背中に受けたポテトの声を意気に感じたからだけではない。
カタラァナに報いる為、彼女を想うイーリンの為。
水竜様にミロワール――いや、シャルロット、オクトに応える為。
廃滅病を無に帰す為。ポテトとの未来を紡ぐ為。
理由は幾らでも存在していたがすべてに優先して一つ。
「何より、俺自身が……お前を許さないッ!」
より鋭さを増したリゲルの切っ先がアルバニアの体を掻く。
青黒い血飛沫を飛ばした彼は鬱陶しそうに舌を打つ。
「どうした、冠位魔種君。随分と余裕を失くしているようだが?」
前髪を汗で額に張り付けたドレイクが傍らでふらつくウィズィやイリスを鼓舞するように嘯き、アルバニアを挑発した。「やかましいわよ。ちょっと顔がいいと思ってアタシをあんまり舐めんなよ」と唇を歪めた豪腕の一撃を横払いに薙いだドレイクのフックが弾き飛ばした。
「……ああ、畜生! 骨の一本、二本は折れたかな!?」
「もう限界!? ドレイクさん!」
顔を歪めたドレイクを逆に叱咤したのは【聖剣騎士団イチゴ味】としてこの場に参じたセララだった。
「言っておくけど、ボクは全然まだまだだよ!
どんなに強力な敵が相手でもボク達は絶対に諦めないから!」
敵が強ければ強い程燃え上がる――そんな所を隠せないセララの動きは一瞬前より更に鋭く。
「あの声は涙が出そうなくらい――そう、あまりにも綺麗な歌声でした。
私達はもう絶望しません。私達は、明日の希望を以ってこの戦いを勝ちます!
シフォリィ・シリア・アルテロンド、その為なら――何度でも、何回でも『参ります』!」
「届けるぞ。この海に還った『いのち』たちに、勝利の凱歌を!
白き鬼になってでも……生半可な攻撃は期待してくれるなよ、冠位嫉妬(アルバニア)!」
彼女に加え、抜群に息の合った所を見せるクロバ、シフォリィ。
「一人の英雄が作ってくれた好機を無駄にしない為に。
彼女の意志を私たちは継ぐ。望んだ未来を私たちが紡ぐ。必ず、貴方を倒します!
未来と希望を紡ぐこと。最後まで諦めないということ。きっと見せてあげますから――!」
更には三人のフロントのバックアップに余念のないユーリエ……
闘技場をはじめとした多くの戦いでコンビネーションを組む『聖剣の騎士達』は、限界を極めた鉄火場においても余りにも見事な連携を見せていた。
船上――ブラッド・オーシャンを舞台にした血生臭い舞台はいよいよ激しさを増していた。
「冠位魔種の一柱と合間見えるのは光栄の至りとでも言うべきだろうか。
実際、なかなかの強さだ。こうなれば終わりまでゆくしかないのだろう?
だが、あの少女の歌声、あれをむざむざ水泡に帰するわけにもいかん。抗わせてもらうぞ」
「……カタラァナちゃんを、偉大な歌い手を返せッ!」
フレイは冷静に、翻ってアリアは酷く感情的に彼と命を取り合いをするばかり。
(……お師匠、ごめんなさい。でも私は後悔したくない!
力が強い訳でもない、正面からの攻撃なんて柄じゃないけど!
この湧き出る『ぐちゃぐちゃ』の全部、全部乗っけて、とびきりの一撃をお見舞いしてやる!)
果たして、船上の戦いはこれまで殆ど邪魔さえ無く進行していた。
それはリヴァイアサンという最大の脅威が連合軍――友軍達の奮闘でここまで抑え込まれているという証左である。イレギュラーズに先導された果敢な攻撃を受け続ける滅竜は彼等を攻めあぐね、限界寸前まで追い込みながらもこの船上に注意を向ける余裕を持っていないのだ。
どの行き先にもまだ確かな光明は見えずとも作戦が作戦の通りに機能しているのは明らかだった。
(――もう、悲しんでる暇も迷っている暇もない。
だけど、追いつめられているけれど、『追いつめ始めてる』!)
肩で息をしたサクラは今まさに一人の仲間を薙ぎ倒した敵を睥睨した。
「……本当にしつこい連中だわねぇ!」
生臭い息を吐き出したアルバニアの目が幾らか血走っている。
イレギュラーズが、海賊達が受けた被害にいたっては最早甚大と表現しても生易しさが過ぎる程だ。けれど、それはアルバニアにとっても例外では無いとサクラは見た。少しずつ、少しずつ。無限にも思われた体力と生命力を削り取ってきた。重ね続けたダメージは決して小さなものではない。
叩きのめされ、甲板にキスして。
血反吐を塗り付けてやるかのようにここまで来たのは伊達ではない。
(この機を逃したら、死んでいった人達に申し訳が立たないなんてものじゃない!
前へ! 前へ! 一歩でも、二歩でも――そして勝利を! 揺ぎないその一つを――!)
痛む体を限界まで酷使する。
自身さえ気付かぬ内に笑みさえ浮かべサクラは打ち込む。
「……っ、ぁ……!」
打ち払われよろめいても。
「大丈夫」
追撃しかかるアルバニアの前にスティアが立った。
(――今は前を向かないと。
悲しんで、それでチャンスを逃したら意味がないから……!
今は先だけを見ていないと。もう立っていられなくなるかも知れないから……
今はただ進み続けるの。今は一人でも多くの人を救うことだけを考えるんだ――!)
「!?」
「ヒーラー如きが」と激昂したアルバニアだったが驚くのは彼の方になった。
邪魔だとばかりに振り下ろされた渾身の一撃をスティアは顔を歪めながらも受け止めていた。
その美貌を痛みに染め、片膝を突きながら。それでも倒れる事は無く。
「私は守りの盾、剣であるサクラちゃんと一緒に敵を討ち果たすんだ!
どんなに苦しくても絶対に諦めない! どんなに悲しくても立ち止まらない!」
切った啖呵に「うん」とサクラが微笑んだ。
二人で返した【光明】は、
「最終決戦にはなんとか間に合ったみたいだしね。
竜の器の伝説を敗北なんて結果で終わらせるわけにはいかないから――
何としてもこの海を突破させてもらうよ!」
「油断しない。そもそもできない。
でも――私の技、通じるじゃん。皆、戦えてるじゃん?
だったら、私はもう少し――いいやまだまだ強がれる!
――さあ、第二幕も踊り切ってやろうじゃん!」
その長い脚でアルバニアの顔面を蹴り上げたメートヒェン、生み出された隙に死角から躍り出たティスルの超高速の一撃は、イレギュラーズの反撃の合図と変わる――
「例えば私達を屠っても貴方はお姫様(おんなのこ)になれないでしょう。
例えば貴方を倒しても私はあの子とお友達になれないでしょう。
暗く冷たい海に身を閉じても、どんなに絶望したふりをしても。
諦めきれない望みを葬っても、見えないふりを続けていたって。
海の底、澱の底、墓の下でその想いは生き続けて……『私達』を苛むのでしょう。
嫉妬も、強欲も、奇跡には繋がらない。分かってる。分かっていても」
――朗々と冷たく歌うように言ったポムグラニットが咲かせた大輪の薔薇がアルバニアを襲う。
「私は特異運命座標。
あの子とおんなじ魚にはなれないけれど、この嫉妬の海に咲くことはできる!」
攻め手は続く。
「バニーちゃんには意味わからないでしょうが、海のルルイエは恐ろしいですよ!」
胡乱も何も今日ばかりは捨て置いて――ルル家の勢いは文字通り、超新星の如くアルバニアの重装甲に突き刺さる。一か八かの丁半博打――『我が身の裡に眠るドロドロとした虚無を。噴き出しそうなそれを抑える事は無く』。やりたいようにやるルル家を止める事は難しい。
(――ああ、痛いさ。悲しいさ。
だが、そうだな。止まるつもりは毛頭無い。
此の刃がどれだけ非力だとて、お主を失ったのは我が身の弱さが故だとて。
そんな後悔などすべきでは無いと、御主の歌は教えてくれた。
そうだ。私達は前に進む生き物だ。何があっても、何時までも、何処までも――!)
汰磨羈の流麗なる身のこなしが反応し切れなかったアルバニアを置き去りにした。
その動きは背に神の風を受け――加護の下に海の巨悪を『切り刻む』。
「……っ、この……ッ!」
アルバニアの毒霧が、生命吸収が又多数の戦士達を脅かした。
倒れた者が居る。もう動かなくなった者が居た。
それでも――誰もの胸を打った勇壮の音色が、勇者を支える鼓舞の歌は止んでいない。
「歌、歌が聞こえました……いえ、『今でも聞こえているのです』。
絶望を打ち破り称える希望の歌が。貴方を倒す為の勇気の歌が。
仲間のために、前に進むために……ルルは、アルバニアを倒すのです!」
疲れ、傷付いたルルリアは気を吐く。
「あなたなんかと直接戦うの、本当は嫌なんだけど!
あんな声を聞いたら引けないわ。あの歌を聴いたら、もうこうするしかないじゃない!
何がなんでもあなたを倒さないといけないって――わたしの魔女魂が訴えてるのよ!」
「誰も彼も命張りすぎなんだよにゃぁ……
でも、人形のわらわにもあの感情、確かに届いたにゃ。
わらわ達は今、さいっこうにボコりたい気分にゃ!
お前には嫌でも何でも絶対に付き合って貰うにゃ――!」
リーゼロッテが支え、シュリエが撃ち抜く。
「最高の歌声を聞いて踊らずにいられないの。付き合ってもらうわよ、アルバニア!」
反撃に動くアルバニアを凛然果敢と前に出たアンナが食い止める。
「簡単な相手だと侮らないで。私を排除したい時は余所見しない事をお勧めするわ?」
ヴァルハラの讃える戦士の如く――彼女の目には一分すらも惑いがない。
歌が聞こえた――耳の奥から、離れない。
誰もが口々に言うそれは気の所為だろう。
きっと気の迷いでしかないのだろう。そして、同時に真実でもあるのだろう。
その歌は、戦士達は、海の矜持は。『何処までも共に戦っていた』。一秒毎に絶望を押し付け、一秒毎に囁き始める死神を黙らせ続けたのは『彼女』だったのかも知れない――
(リヴァイアサンにたいしては、怒り心頭ですの。
アルバニアさんが、今までしてきたことも、ゆるせませんの。
けれど、あなた自身にかんしては、私はどうしてか――
どうしてか――完全に嫌いには、なれませんの。
もしあなたが冠位魔種でさえなかったら、きっと、素敵なかただったかも知れないと――)
戦いの中でノリアは彼に憐憫さえ覚えていた。
余りに歪な産まれ方をした。余りに歪で居るしかなかった……
彼は善では無かったかも知れないが、出会い方さえ、在り方さえ違ったなら。
彼女は祝福の証明に額へのキスをしてやりたい位だった。
「アルバニアさん、ごめんなさい」
場違いな台詞がボロボロになった華蓮から零れ落ちた。
本来ならば人を傷つける事等出来ない少女である。少なくとも『こんな場所』には赴かない――誰も赴かせたくはない少女なのである。だが、彼女はここに居た。数多の死を、傷みを吸い込んだこの海の真ん中に居た。「本気か?」と目を丸くした『大好きな人』に曖昧に笑って。
「私は見たのだわ。伝説が生まれる瞬間を。
私は見たのだわ。『あの人』が、師匠の技で竜の顎を叩いたのを。
私は見たのだわ。誰一人、何も譲らない皆の戦いを。
だから、これは嫉妬なのだわ。だから……ごめんなさい、アルバニアさん
これはきっと――きっと、私の。只の八つ当たりなのだわ!」
小さな胸から零れ落ちた似合わぬ嫉妬は『付け焼刃』。
潤んだ碧眼から零れ落ちた涙――格好だけ真似た『小さな棘』は彼を彼女を傷付けた。
「幻、どうして……」
「……何も言わずとも、もういいでしょう。
何を言われても知りません。僕がここに立つ理由など明白なのですから」
遂に並んで敵に向かったジェイクの言葉に幻は唇を尖らせた。
この、唐変木の朴念仁――愛しているけれど、聞いてはやらない。
「貴方にも愛しい方がいらっしゃるのでしょう?
そして僕と同じ片想い。貴方は僕の醜い感情の塊なのですね。
僕は認めなければいけないのでしょう。嫉妬という罪を。
認めて、そして乗り越えなければいけません。未来(さき)を見たいと願うなら」
「……敵わないな」
冠位を前に大見得を切る『拗ねた乙女』は全く――ジェイクの愛した幻そのものだった。
この期に及べば、彼とて是非も無い。是非も無ければ――覚悟も決まる。
「この命を無駄には出来ない。幻も死なせない。
その後の事は――うん、ゆっくり話し合うとして。
兎も角、今のお前は追い詰められた獲物だ。分かったかいフロイライン!」
ジェイクの銃声、即ち『狼牙』『餓狼』。
対の大型拳銃は異様なまでに執拗な精度でアルバニアを追う。
イレギュラーズは僅かながら吹いた己の風を、風向きの変化を感じ取っていた。
アルバニアは未だ健在。だが、少しずつ彼は焦り始めているように見えた。
圧倒的な不利が少しずつ。『アルバニアの見た馬鹿げた程の、悪夢めいた奮闘をもって』。中立にその針の位置を変え始めているように思えていた。
(――信じられない。馬鹿げてる。このアタシが、本気のアタシが、こんな――)
果たして、それは間違いではない。
冠位魔種アルバニアは内心で幾度も首を傾げ、最早非力なる人間の脅威を否めない。
「……やってくれるぜ、本当によぉ」
幾分か重くなった自分の体を自覚したアルバニアは苦笑した。
そう言えばもう自分は一人なのだ。ミリガンテも居ない。
それに引き換え、こいつ等はどうだ? どいつもこいつも仲間だ愛だ……
「良く考えたら」
冷静に、考えたら。
「――そういやアタシ『嫉妬』だったわ。
アタシには無いのにアンタ達にはあるなんて。そんなの、本気でムカついてきたわ」
自縄自縛に怒りを湛え。アルバニアの肉体が膨張する。
「――――危ないッ!」
声を上げたのは誰だったか。
――ともあれ、戦闘は次のフェーズへ加速する!
成否
成功
状態異常
第2章 第7節
●滅竜と大壁IV
(ああ………ああああ………ラァナさん……
私の……わたしの、たいせつな……ともだち………)
依然、定まらぬ運命――苛烈さを増す戦いの中で、正直を言えばエマは混乱したままだった。
彼方から響いた歌が全ての破滅を一度抑え込んだ事は明らかだ。彼女が何もしなければ――何もしなくても――彼女を含めた『皆』が生きていなかったのは間違いない。
だが、エマは――少女は自身の大切な親友の死をそれで割り切れる程、大人ではなかった。
オクトの巧みな操船で蛸髭海賊団もまたリヴァイアサンの巨体に肉薄していた。
(ラァナさんが命を懸けて掴んだ一時、なんとしてでもものにしないと――)
エマは突き動かされるように目前の『憎い』敵に飛び掛かる。
畏れ多く、臆病な普段の彼女には――『こそどろ』にはとても出来ない大胆不敵な攻撃だった。
「無茶でも苦茶でもやらないと、邪魔すらできませんからね!
目にゴミが入った気分はどうですか! あなたも! 血の! 涙を! 流せッ!!」
「……たった一人で背負い込みやがって。嬢ちゃんの歌は、俺の魂を今震わせてやがる。
だがな、そりゃあお前さんも同じだぜ。そういう無茶は『大人』に任せておくもんだ!」
滅茶苦茶に泣きじゃくりながら駄々をこねるように――それでも動きを止めないエマを、自然と『失いとその後の自棄半分』には特に感じ入る所があるグドルフがフォローする動きを見せた。
「カタラァナの歌を前に聴いたのはいつだったか。
確か、燃える石でまた聞かせてくれよって小銭置いてったのが最後で……
アイツの歌は面白ぇ、それでいて――いい歌だ。お返しに戦って、生き延びて。
俺もお前も、アイツに『聞かせて』やるんだよ。口約束で終わらせねえ、約束だ」
噴出する意志の力をリヴァイアサンに叩きつけ。猛々しい一撃とは裏腹にキドーはエマに優しく告げる。
戦いに犠牲者はつきものだ。
第一、このフェデリアに挑んだ船は七割近くが『喪失』しているのだ。
……そこに横たわる犠牲の数は調べるまでもない。一部が救出されたとて、友も、恋人も、家族も、夢も――全てを抱いていたであろう多くがもう二度と戻ってこないのは疑う余地すらない。
(嗚呼、本当に――運命に任せるってのは、神サマに期待するってぇのは『こういう』事だよなぁ)
刺々しい刺すような喪失感に泣き喚くような歳ではない。
かといって幼いエマを窘める程、子供でもない。
彼は何れにせよ――それ程の瑞々しさを残していない。
されど、想いは――『彼が何故山賊に身をやつしたか』。その理由からは切り離せまい。
「絶望の上の波乗る三族の腕、期待してるっすよ!」
「オクト! 足りねえぞ、もっと寄せろ!」
「はああ!? 沈めってぇのか! クカカカカカ! 名案だな!」
言外に滲むレッドの要求、そして怒鳴り声を上げたグドルフにオクトが高笑いで応えた。
「つーか、てめぇ、てめぇだ。問題は。不詳の息子! めそめそ泣いてもう戦ぇねぇか!?」
「るっせぇよ!」
操舵輪を乱暴に回したオクトはプラックの顔を見ずに言った。
しかし、『クソ親父』を怒鳴りつけた息子の頬には確かに熱いものが伝っている。
「勝手に出てくるモンは――どうしようもねぇだろうが!
あの人が作り出した時間は無駄に出来ねぇ。する訳ねぇだろうが!
蛸髭の名に賭けて、絶対に皆を護り抜くんだ!」
「ああ。こちとら三賊だ。欲しいものは何が何でも奪い取る。
教えてやるよ。俺達が欲しいものは、絶対勝利ただひとつ!
俺達から『歌』を奪った罪はデケえぞ、クソトカゲ野郎がぁ──ッ!!!」
応じた上げたグドルフの一方でオクトは「言えたじゃねぇか」と幽かに笑う。
そんな彼に、
「オクトぉ! 久し振りで――なんか随分姿変わったけど……
意外と変わってないっていうか、意外と優しいままなんだな!」
『街角でパンを買って貰った事がある』零が、
「ここが一番気風が合いそうだと思ったけど。
やっぱり勘は信じておくもんだ。乗らせて貰ってもう後悔なんて一つもないね、蛸のアンタ!」
そんな光景を見たリズリーが合点したように笑みを零した。
案の定、蛸髭の船長は何やら悪態を吐くが、そんなものは知れている。
『絶望の青』踏破を巡るフェデリア海域での決戦はまさに正念場を迎えていた。
「これが終わった後のたこ焼きは絶対美味しいっすから――僕、頑張るっすよ!」
何処まで本気か、それとも言葉は船長(オクト)への冗談か、ジルが支援し、激励する。
粘り強く、信じられない位の健闘を見せた連合艦隊は全滅の一歩手前で踏み留まり、幾度となく加えた攻勢でリヴァイアサンを弱らせ始めていた。尤もそれは『弱らせた』に過ぎない。全滅寸前の艦隊の一方で何処まで上手くやったとてリヴァイアサンは『一時的に暴れる元気を失う』程度までだろう。生命の危機では全くなく、あくまで水神様の封印の前段に届くので限界だ。
おおおおおおおおお――!
オクトの巧みな操船、三賊の攻撃に竜が怒る。
怒るがその動きはやや単調であり、派手な喰らいつきは逆に隙を作り出していた。
「今のうちに手痛い反撃をかましてやれっす!
リヴァイアサンに――お前のこの海に名前を刻み込んでやれっす!」
だが、イレギュラーズにはレッドに言われるまでもなく、諦めない者も居る。
「───どうやら、結局は。一番面白い局面に出会う運命だったようだな。
かの歌姫の生き様を刻み、敬意さえ覚え、俺が俺も俺の生き様を示すなら。
最早、これ以上の舞台は望んで望める程のものでもなかろうよ!」
強大な暴威を斬る事こそ、一晃の自認する存在価値(レゾンテートル)。
要するに彼は微塵も諦めていないのだ。『大が小を兼ねるなら別に倒してしまっても構わない』。
「厄災の海竜よ、強欲の邪骨をも斬ったこの刃に、貴様の血を吸わせてくれる!
この時より俺は墨染鴉改め黒一閃、黒星一晃! 一筋の光と成りて、災厄の首を斬らん!」
怪気炎を上げるのは一晃ばかりではない。
「クレイグが戦士、リズリー!ぶっ倒れる前に、アタシの名を覚えて逝きなッ――!」
竜を倒す、撃退する。偉大な先祖すら誰も届いた事のない大業に片手をかけたこの大一番。何より、戦士として熱くならないわけがない瞬間にリズリーの血も燃え盛っている!
まさに冷静と情熱は刹那の間に舞い踊る。交錯する。
「――――」
深呼吸をしたジェックは『外しようのない大的』を見た。
スコープを覗き込むまでもなく、彼女にとって当てるには余りに容易い的を見た。
(デモ……コレは……そういう、戦いダッタ……)
腐った鱗を、剥がれたその内側を『王の道』が穿つなら。
(この銃声がダレかを励ます声にナルのなら――空をサく声を、響かせツヅけよう。
共に戦うカレらに捧グ激励のように。ソシテ、友を喪ったアタシの慟哭のカわりにも――)
――乾坤一擲(ティタノマキア)は高く嘶き数多くの戦士の鼓膜を揺らす。
海洋王国、鉄帝国、水神様、蛸髭海賊団……
繰り返された総攻撃はリヴァイアサンを釘付けている。
彼等が為すべきはほぼ完璧に為したといっていい。
とはいえ、それは『最低条件』を満たした程度に他ならない。
イレギュラーズが泣かずに済むには、海洋王国が絶望せずに済むには、まだ……
致命的に足りない。戦果が足りない。この期に及んでも『未だ不利』ならば!
「……おい、キドー」
甲冑の向こうから戦況を見つめるオクトが不意に声をかけた。
「何だよ、オクト! 随分暇そうじゃねえか!」
「お前、一つ頼まれろよ。一番器用そうだからな。
クカカカカ、なに。大した話じゃねぇ。だが、大した話でもある。
何が何だか分からねぇって顔してるな。ああ、そういう事だ。
『海路には何があるか分からない』。陸のてめぇ等には分からないかも知れねぇけどな!」
成否
成功
状態異常
第2章 第8節
●リーサル・ヴァーサス
「……あん、たら、つええなぁ……」
最早息は細く、しっかりとした声が出る訳でもない。
「お、れは、このありさまで……あのばけものはピンピン、して、やがる……」
甲板にぶちまけられたのは一面の赤だけではない。
アレが人間を引き裂く事なんて、こんなにも容易なのだと分かる。
ばら撒かれた臓物は彼がもう助かりようもない事を教えていた。
「だから、たのむわ。船長を、このうみを、あとをたのむ――」
言うだけ言って事切れた『彼』に一瞬だけ瞑目したのはゼファーだった。
「……大魔種が降りて来たのがこの船で本当に良かったわよ。
此処には精鋭がいて、最高の船乗り達もいたのだから」
流れで共闘する事になった海賊達の中でも今倒れた彼は中々の腕利きだった。
イレギュラーズ程ではないが良く動き、時にはゼファーの隙を助く事さえあった。
彼は自分を強いと呼んだが、彼女は百パーセントそれを肯定はしない。
「あなた達も強かったのよ。
この期に及んでも――海の先のことしか眼中にないみたい。
主賓を目の前にして此れだから夢追い人って奴は、ねぇ?
でも、だからこそかな。いちいち姿が眩しくって――私『も』嫌いになれそうにないわ」
……艦上の戦いはいよいよ最高潮を迎えていた。
「対等な戦いをしているル……ト、言いたい所だガ……
『ここまでやってモ』追い詰められているのはお互い様か。
潮の満ち引きがどちらに転ぶか――これからなラ」
大地の支援が再び仲間達を鼓舞し、奮い立たせた。
「あぁもう、どうして死ってやつは好き好んで寄って来るんだ……!」
リアナルは大仰に嘆いてみせ、それから。
「だが、何度だって燃やしてやるさ、希望の……灯火って奴を……!」
逆に不敵とも言える笑みさえ零して見せた。
ダメージが蓄積し、幾らか疲労を隠せなくなったアルバニアだったが、彼の行動は、その能力は刻一刻とより攻撃的なものに変わっていた。集中打で彼を追い詰めつつあったイレギュラーズも次々とと――冗談のように倒された。残された海賊達も息のある者は少なく、余力がある者と言えばもっと少なかった。『海蛇』ラモンや『海賊提督』バルタザール、ドレイクは流石にまだ戦っていたが、彼等をしても負傷を押し、気力で踏み止まっているに過ぎない。
連続波状攻撃は有効だったが、その攻勢にもやがて限界点が来る。
そして構成限界点の先に待つのは当然ながら、『苛烈にして救い無き逆撃』ばかりであろう。
「そろそろ、死ぬかしら? そろそろ分かったかしら。この先は『無い』んだよ!」
「前回御逢いした感想が『中身は意外と普通に人』でしたが――
『人』故に張り通す意地もあった、と云う事ですね」
吠えたアルバニアにヘイゼルは笑った。女性性と男性性、怪物としての姿。様々が入り交じったアルバニアは皮肉な事に『何故か最高に人間らしく』なっていた。
アルバニアの触手が幾度目か空を切る。
らしくもなくボロボロになったヘイゼルが珍しく着地を失敗し片膝を突いた。疲れている。
「……良いでせう。その方がずっと良いというものです。
旧くて強いだけでふんぞり返る、面白くない人よりも、ずっといいのです。
ですから――ええ、最期まで付き合ってあげるのですよ。この意地の張り合いに、です!」
彼我の運命がお互いに常に揺れていた。
この戦いが決着を望み始めたのは明白である。
(激情は判断を間違えさせる――
わたしが怒って、わたしが焦って。失敗したら皆が死ぬ!
医者は死んだ人を診ることはない。医者が出来る事は生きている人を救うだけ。
わたしにとっては――私に出来る事は、今戦う皆を元の場所に帰すことだけ!)
ココロの小さな肩に圧し掛かるプレッシャーはとめどなく。
「ここで倒れては格好なぞつかなかろう?
ここまで来て敗北は許されぬ! はは、敗れた冠位を肴に飲む酒もまた趣があって良かろうよ!」
咲耶の忌呪手裏剣が眉を吊り上げたアルバニアに突き刺さる。
加速、加熱する一方の展開は既に全ての抑制を捨てていた。
「こうなりゃクソヘビはもうどうでもいい。
お前さえいなきゃ俺は寝てたって良かったんだ――」
挑発めいたサンディがまた一撃を突き刺した。
「騎兵隊! レイリーシュタイン! まだまだ――行きます!」
「来いよ、死に損ないが! は、テメェに俺の守りが貫けるか!」
立て直す態勢さえ最早無いのは明白だが【騎兵隊】たる矜持として。
(いつもと違う。庇わない。後ろも見ない。
でも大丈夫、皆なら♪ 私はそれを――信じてる♪)
レイリーは、彼女と共に強引に前に出たハロルドは止まらない。ハロルドの防御は堅牢であり、アルバニアの猛攻さえ相当部分を無効化していた。『アルバニアが彼のみを特別視し構えば別だが、良くも悪くもこの乱戦は面倒臭いディフェンダーの活躍を許さざるを得なかったのだ』。
そして面倒臭いと言えば言わずと知れたもう一人――
「ヒヒヒヒヒ、後何回遊んで貰えるかな?
嫉妬とは、ソレに釘付けになることに等しいなら。
さァ、さァ、我(アタシ)はキミに嫉妬されるに足るかな!?」
――常人なら幾度と無く挽肉になるだけの直撃痛打を受けながらも武器商人も未だに戦場にこびりついていた。極めて高い士気に裏打ちされたイレギュラーズ、ハロルドや武器商人のように一芸で継戦闘能力をカチ上げた戦士達は、成る程。決してアルバニアに楽をさせていない。
何処までも絡み付き、足を引っ張る――
大好きな水底へ引きずり込もうとするのは彼だけの専売特許では無かった。
「ぶははははは! 参ってるな、嫉妬の! 折角だ、この豚ともちょいと遊ぼうぜ!」
気のいいゴリョウがクレバーな意地の悪さを見せている。
重装のタンクが層を作り圧力を加える戦闘は早く敵数を減らしたいアルバニアの思惑を真っ向から外し続けるもの。彼は自在に動き射程の外から火力をぶつける脆い連中を仕留めたいと考えただろうが、それを許さない――入れ替わり立ち替わっての十重の包囲が物を言う。
(しかし、それでも状況は甘くねぇな……)
絶対の防御力に自信があり、回復さえもこなすゴリョウだが彼の見立てではそれでもまだ足りていない。
アルバニアの余力がどれ程か正確に知る事は出来ないが――半分は直感でもあった。
『イレギュラーズは考えられるベストを尽くさんとしているが、正面衝突を辞さない冠位魔種はベストを尽くしたとて届かぬやも知れぬ、正真正銘の化け物だ』。スケール感こそリヴァイアサンに比べれば大いに劣るが、彼こそ滅海竜にさえ忌々しい同居を認めさせた存在に違いないのだから!
(なんとか躱せる、なんとか持ちこたえられる――
だったら、あたしのやることは、一秒でも長く!
アルバニアを引き付けて、みんなの攻撃チャンスを増やすことだけだっ……!)
間近を掠める死の濃密な香りに竦みながら、それでもコゼットは『跳躍』を辞めない。
(死ぬのは怖いけど、みんなが死ぬのもとっても怖いんだ!
だから、死なないため、死なせないために、あたしにできることを、精一杯……!)
戦力が足りない? 道理である。
敵は最強の冠位? 言わずもがな知っている。
権能が戻れば? 敗北だ。だから、どうした――
理屈は理屈。そしてこの戦いは『現実』である。
『事実は時に小説さえを上回る』。無理が通れば道理は一体何処へ行く?
――そんな事、子供でもきっと知っていた!
「海に落ちて朦朧としてた時、ずっと歌が聞こえたんですよ。
ヨハナの友達。たったひとりの人。あの声を間違えようがありません。
助けて貰ったからには――頑張らずにはいられませんよ!」
ヨハナは『知らず』微かに『ズレ』る。だがこの物語は今、訂正の暇を持ってはいない――
「分かったかって訊いたよね?
答えはノーだ。お前にも、歌が聞こえただろう?
僕らの征く道を示す、命の歌が。たった一人、神の意思すら引き寄せた、あの声が。
……あれこそが、イレギュラーズだ。あれこそが、
いい加減にしろよ、嫉妬野郎。目を離すことは決して、許さない。
乗り越える、踏み越える。彼女の示した道のために。貴様の屍で、この海を!」
「ええ、その通り。さっきのは愚問よ、アルバニア。
生憎と答えは『まだ全然響いてない』だわよ!
カタラァナは私の代わりに騎兵隊を集め、託し、最後まで私を信じてくれた。
だから――今度は私が皆を、信じるだけ!」
「――是非も無し。彼女は伝説となった
しかと見ただろう。知っただろう、竜よ。冠位よ。『それこそが、人の可能性なのだと』。
これを乗り越える事が――越えんとする事が再び作り出される伝説なのだと!」
リウィルディアは凛然と目の前の絶望を否定し、イーリンは疑いも無く号令を下した。
「ええ、カタラァナ様の遺志を繫ぐためにも!
ここはわたくしが支えますわ! 皆様、どうぞ大船に乗った心算で!
悠然とお見事に――最高に完璧に勝利なさって下さいまし!」
「今回の騎兵隊、招集した本人が普段と真逆、ね。
困ったな。これでも共に冒険が出来ることを楽しみにしていたのだけれど。
偉大なる竜と、冠位の魔種。余裕がないだけに、その気にもなる」
レイヴンが、【騎兵隊】がタントの力強い声援、肩を竦めたゼフィラの声――どれ程の苦難にも折れぬ支援を背に何度目か動き出す。
誰も彼も満身創痍、疲労困憊――万全な者等、もう一人も居なかったが。
「理解は、しているんだ。この海に、踏み入ったのは、此方。
『喧嘩を売った』のは、我々の方だと、言うことは。
……だが、それでも。それでも、だ。
マリアは、マリアの友達を奪ったお前達を許さない。
報いを、受けさせる。必ず、だ――」
「嫉妬しろアルバニア。
僕と司書が持ってお前が持たぬもの。それは鋼の『冒険』心なんだ。
僕は変化しないのが嫌いだ。変化を否定する奴が、冒険を馬鹿にする奴が大嫌いだ。
海を閉ざして道を阻む大罪人よ―――だからお前は、絞首刑で十分だ!」
エクスマリアが、アトが残る力を振り絞ってアルバニアを攻め立てた。
――おおおおおおおおお!!!
綻びを見せ始めた鉄壁が、最強が怨嗟を上げた。
不安の海を荒らし、天を呪う。
次々と加えられる連続攻撃に、総攻撃にアルバニアが揺らぐ。遂に、揺らぐ。
だが、それでも。結論を言うなら『足りなかった』。
「しゃらくせぇ――ッ!!!」
絶叫したアルバニアの殺気が頂点に達した。
「……っ……!」
最凶最悪の一撃が息を呑んだウィズィに向く。その先に居たバルタザールを睨みつけていた。
「ちょっと、離れなさい――離れてッ!」
イーリンの声は最早悲鳴にも近く。
歴戦の彼女等は『戦い慣れているが故に』先に待つ未来をほぼ確信する他は無かった。
「……ああ、本当に。厭になる。
この海は吾輩の海ではないのに。
エリザベスはもう居ないのに。君はクリストロフでは有り得ないのに」
酷く厭世的であり、諦念的であり。
疲れ切った声を発したドレイクを除いては。
「……え?」
迎撃の構えを取ったウィズィの体が急激に引っ張られていた。
フックを後ろ襟に引っ掛け、体を入れ替えたドレイクがアルバニアの痛撃を代わりに受けた。
直撃はどうしようもなく避け難く、声も無く倒れた彼は――何時もの人を食ったような冗句を、芝居がかった台詞を聞かせる事も無い。
「ドレイクッ!」
「……アタシは『嫉妬』だけど、アンタ達は認めてあげるわ……ッ!」
叫んだのはバルタザール、一方で傷付いたアルバニアの全身に魔性が漲っていた。
体力は最早薄い。余力も然して残されてはいまい。
だがそれでも。彼には『権能』が在る。空中神殿のざんげが押し込み続けていた絶対の力が。
全ての勝敗を塗り替える冠位の力が――
故に。どれ程に追い詰めたとて『時間切れ』は負けだった。
「権能――『嫉妬』!」
発動は全ての終わりであり、この物語の終焉だった筈だ。
『もし、一人の男がこの場に参じていなかったなら』。
元より。おお、元より。この戦いに勝てばワシには何も残らぬのよ。
召喚から半年、拾われた命の借りを返すべく海洋の為、海洋の為と戦ってきた。戦いながら、後には何も空っぽだった。しかし感じ入ったのよ。あの歌の最後の声にはまるで溢れんばかりの……ワシさえも揺るがし、震わす力があったのよ。
皆何かを持ち、何かの為戦っておるのだろう。
この先のそれを得る為に、掛け替えのない何かの為に戦っておるのだろう。
ならば、ワシもそれを知ろうよ。ワシにも在ろうよ。
このワシが、何かを欲するなら。空虚を捨てるなら、それ即ち――
「カンベエがここに在り!
他には何も持たぬがこれが全て! この場にある皆ばかりよ!
偉ぶる竜にはまるで届かなくともお前には堪えよう、アルバニアッ!!!」
『原資はたかが千分の一にも満たないカンベエのパンドラ全て』だ。
権能を封ずる事が出来てもそれは精々が数十秒。天が気を利かせてもそれ程のもの。
光が弾け、カンベエの『可能性』は最早無い。
しかし彼が命を捨てて稼ぎ直した僅かな時間は仲間に与えられた最後の天祐だった。
畳みかけるように『全て』が始まった。
権能の不発に目を見開いたアルバニアに真正面からラルフの巨体が飛び込んだ。
「強欲はより富もうと前に進む力に。
傲慢は負けぬとより高く在ろうとする力に。
憤怒は絶望から他者を自己を呪う原動力に。
色欲は愛情ともなる。
怠惰は必要な休息であり、暴食は探求や新たな挑戦を呼ぶ――」
目を爛々と輝かせたラルフの全身を他の誰にも負けぬ『奇跡』が覆い尽くしていた。
「嫉妬(オマエ)だけだ。
オマエだけは、奪うでも前に進むでもなく前往く者の邪魔をする。
何も生み出さず、奪わず、何も得ようとしない、それさえ嫌う。
ただ自分より下を願うだけ、変われぬ己に他者を永劫に付き合わせようとするだけ――
だからな? 嫉妬如きがこの俺を、人間(ひと)を見下すな、弁えろ」
アルバニアの一撃さえ弾き飛ばしたラルフのその手が『構造破壊』に空間さえをも歪ませた。
「だが、勘違いしてくれるな。
他がどうあれ俺は違う。俺は――」
――この俺は今、俺だけの為に戦っているッ!
アルバニアの『心臓』はラルフごと、空間ごと抉り取られた。
彼がこの世で発した最後の言葉は何処までも彼の矜持を示すもの。
権能をまだ『数十秒も』縛られ、常軌を逸した痛撃を受けたアルバニアが絶叫した。
文字通りそれは犠牲を何度も、何度も積み上げた――最後の、最大のチャンスだった。
「イーリン、頼むよ。これだけ整えて通じなかったら、笑えない冗談みたいじゃない」
「貴方の期待を裏切るような私じゃない!
熱いだけの女と思じゃない。これがローグの、あの子に託された女のやり方『冒険』だから!」
以心伝心、ウィズィの言葉にイーリンが吠えた。
「……奇跡を見た。沢山見てきた。
理だけを積み重ね、最善手を打ち続けようとする軍師には、決して手の届かない代物を。
敬意を覚えずにはいられない。この理外のアドバンテージは全てギフトだ。
全て活かし尽くさねば、二度と軍師は名乗れまいよ。
つまり、即ち、私は言う。『今だ、全て、即座に動け』と!」
「たまには良い事言いやがる――」
シャルロッテが叫ぶように仲間に呼べば、ショック醒めやらぬも挫けない――バルタザールは唇を歪め、全弾喰らえとばかりにあるだけの弾をアルバニアへと突き刺した!
イレギュラーズの総攻撃がアルバニアを追い詰めた。
「……っ……!」
この時、アルバニアの脳裏には確実に『逃げ』が過ぎった筈だ。
この場さえ逃れれば、勝ち目は十分だ。イレギュラーズも限界なのだ。
しかし、彼は。後退しかかる己の足を食い止めた。
「誰が、逃げるか。アタシは冠位だ。てめぇらにこの海を越えさせてたまるかよ――!」
『嫉妬』のアルバニアがまるで別に変わったかのようだった。
「――クカカカカカカ! 良く言いやがったな、アルバニアッ!」
「――――!?」
海を割り、飛沫を上げてオクトの巨体が跳躍した。
自身の姿を目で追いかけたアルバニア目掛けて兄弟のように――最大最高の手数を繰り出す!
あの時、キドーに。船を託したオクトはこの瞬間を待っていた。
確実、確実に。あと一歩を、半歩を詰め。アルバニアを仕留めるこの瞬間を待っていた!
「雑魚風情が囀るな……ッ!」
「ああ、安心しな。二度とそうは呼ばせねえよ!」
巨体と巨体が交錯し、彼我の一撃が互いを抉る。
突き刺さったのは致命傷と、致命傷。
「かカカカカカカ! このトレードなら――最高だぜ!?」
血を吐いたオクトは満足気に笑う。
彼は気付いていた。自身のその手は最後ではない。
最後の最高へのお膳立てだ。決めるのは――
「アンタのそういう顔、いいぜ! 嫌いじゃない。
驚いたりキレたりするアンタが魅力的に見えちまってよ。
アンタの事は許せねえ敵のはずなんだけどな! 全く笑うぜ。
むしろ一周回って――会い方が間違ってなかったら、惚れちまったかも、な!」
オクトの作り出した最高の瞬間に間合いを詰めたのは千尋である。
「悪いな、コイツは『ケンカじゃねえ』」
身体はHOTに、頭はCOOLに――『ブルっちまう』位の鉄火場に、その実、千尋の足は少しも震えてはいなかった。全身のばねを極限まで活かす。沈み込むように姿勢を取った彼は、
「Go To――HeLLッ!」
上――オクトに注意を奪われていたアルバニアの顎を真下から完膚なきまでに撃ち抜いた。
巨体が沈み、ずんと船上を揺らす。オクトも、アルバニアももう動かない。
「……先に逝っときなよ。『そっち』で会ったら詫び位はするから、よ」
冠位が倒れ、廃滅が消える――
この海を覆った靄が晴れ、未来(さき)が見える瞬間だった。
後は、そう。リヴァイアサンを眠らせる事が出来たなら――大号令は、完結する!
成否
成功
GMコメント
YAMIDEITEIです。
さあ、決戦です。
●重要な備考
このラリーシナリオの期間は『時間切れ』になるまでです。
(時間切れとはアルバニアの権能復活を指します)
皆さんはどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
●作戦目標
リヴァイアサンの封印。
そのために頭部分に出来る限りの打撃を加える。
※リヴァイアサンが一定以上弱った場合、水神様による封印が発動できます。
●ロケーション
自身の各部を攻撃する艦隊に業を煮やし、頭部が『降りて』来ました。
リヴァイアサンは全長・全高共に非常に巨大な敵の為、姿勢次第では攻撃の射程範囲の外に出てしまう場合があります。頭部が直接攻撃や近接攻撃を仕掛けてきた時は至近・近距離、中距離、頭部が離れた時は遠距離・超遠距離攻撃が有効になるでしょう。
●敵
・『厄災のケテル』。即ちリヴァイアサンの頭部です。
極めて理不尽な破壊力、戦闘力を誇ります。
行動は毎ターンではありません。
不定にまとめて数個、複数回の攻撃を行う場合があります。
・神威(海):P
海に居る限り滅びぬ神性。廃滅病でも死なない理由。
元々の性能は殆どの攻撃ダメージやBSを激減し、無効化する絶対障壁。
水神様の『渦潮姫』により弱体化している為、性能は激減しています。
激減してもヤバいのですが……
・威圧:神特レ
超範囲にダメージ。
同時に強烈なMアタックと精神BS、麻痺BS複数をばら撒きます。
・大顎:物至域
一撃必殺の噛み砕き。軍艦すら瞬殺。スマッシュヒット時【即死】。
発動後数ターンは近距離攻撃が可能になります。
シナリオ開始時点でこの状態である為、開始時は近距離攻撃が可能です。
※リヴァイアサン頭部の疑似移動力が極めて高い為、戦場全域に飛んできます。
・激流:物特レ
リヴァイアサンの放つ主砲。この世の終わりのような超範囲攻撃。
多くを語る必要はないでしょう。
・『煉獄篇第二冠嫉妬』アルバニア
遂に本性を現した冠位魔種です。リヴァイアサンの頭部に乗り連携します。
体力と防技、抵抗が極めて高くそれ以外のステータスも怪物級です。
廃滅病の主であり、権能保持者。
詳細な攻撃能力等は不明ですが、一部実戦で明らかになった分を考えても明白な『弱点』はないでしょう。(ブレイク出来ない、必殺ない等)
弱体化したとはいえ三種の権能はPC陣営には有効です。
●味方
皆さんと一緒に戦ってくれます。
・海洋王国軍
・鉄帝国軍
リヴァイアサン頭部に対しても果敢に攻撃を仕掛けてくれます。
砲撃の攻撃力はPCのそれと比べてもかなり高い為、砲撃能力を守る事も重要です。
彼等はそれなりの技量でリヴァイアサンの攻撃にも対応しますが、限度はあります。
PCはこの船に乗り込み攻防を行う事を選択出来ます。
・ドレイク艦隊
旗艦『ブラッド・オーシャン』及び幽霊船群。
幽霊船は現時点で十数隻程度現存しています。
幽霊船はドレイクの指揮の下動き、命を惜しみませんが動きの精密性は欠きます。
PCは『ブラッド・オーシャン』に乗り込み攻防を行う事を選択出来ます。
ブラッド・オーシャンはドレイクないしはバルタザールが操舵、指揮します。
他の船に比べて圧倒的に堅牢で回避能力を持ちます。しかしだからといって安全という訳ではありません。ブラッド・オーシャンは剣です。頑張って攻めなければ敗勢です。
・『偉大なる』ドレイク
伝説の海賊。色々あって同盟者になった。
・『海賊提督』バルタザール
近海海賊の首領。色々あってドレイクに心酔した。
・水神様
カイトさんの関係者であり、本作戦の切り札。
権能『渦潮姫』によりリヴァイアサンの『神威(海)』を阻害中。
しかし、代償に戦闘余力はほぼありません。水神様は竜種の圧倒的なバイタリティを武器に不沈艦としてその背をPCに貸してくれます。しかしブラッド・オーシャン程は回避できませんので注意して下さい。又、彼女が死んだら敗北確定です。
PCはこの背に乗り攻防を行う事を選択出来ます。
・蛸髭海賊団
何だかんだ仲間だったオクトさんと愉快な仲間達。
亡きスクイッドの想いも背負って、タコ、がんばる。
グドルフさんとの横撃でリヴァイアサンの頭をゴリッと飛ばしたすごいやつら。
PCはこの船に乗り込み攻防を行う事を選択出来ます。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
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