シナリオ詳細
<鉄と血と>悪しき狼
完了
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オープニング
●『悪しき狼』
それは、ひたひたとやってくる。
おぞましき冬の知らせ。びゅうびゅうと風が吹けばその獣は氷の牙を突き立てるだろう。
扉をも蹴破り、獣は全てを蹂躙して去って行く。それは災いの象徴だった。
冬の狼は唯、腹を空かせていた。目に映る者全てを食べてしまうのだ。
月を喰らって、深い夜を作った。
太陽を喰らって、陽など遠ざけた。
そうして世界を深い深い冬に閉ざしてしまうのだ。
そんな狼は、手脚をもがれ、首を落とされて封じられた。
いまや、静かに眠るその狼が暗い夜には姿を見せる。
――だから、雪深い夜は一人で外に出てはいけないよ。悪い狼に食べられてしまうから。
「おばあさま、救いはないの?」
兎の耳を生やした少女が、血の繋がらぬ『祖母』に問うた。
ふかふかとしたベッドで子供にこの御伽噺を語り聞かせる風習がヴィーザルには旧くからあったのだ。
冬の夜は一人で出て行ってはいけない、フローズヴィトニルに食べられてしまうから。
そんな御伽噺が教訓として語られるのだ。耳を傾けた娘の頭を撫でながら『祖母』は笑う。
「いいえ、そんな狼にも少しだけ救いが合ったのでしょうね。狼を愛した人が居たのです。
その人の心が、狼の力と混ざって『狼の唯一の理解者』になった。その優しい心こそ、冬を終らせる春の魔法なのですよ」
アルア、と呼んだ『祖母』は腹をぽん、ぽんと叩きながら微笑む。
「春?」
眠気眼を擦った娘に『祖母』は――ブリギット・トール・ウォンブラング (p3n000291)は微笑んだ。
「ええ、春ですよ。冬の雪が溶ければヴィーザルにも春が訪れます。
春の訪れを告げる白花を見付けに行きましょう。だから、今日はお眠りなさい。アルア、わたくしの可愛い子供達」
死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
空の盃に並々と注ぐその日が来たならば、この体など雷に打たれて朽ちても構わない。
革命派だけではない。出会った全てのイレギュラーズがブリギットにとっては優しく、可愛い子供達だった。
大切な命の数々。例え、『村の子供達だと誤認していた』だけであったとしても、愛着は本物だった。
無条件で愛した。無条件で護りたかった。ただ、子供達が――イレギュラーズが笑っていてくれるだけで良かったのだ。
「わたくしは、ただ、幸せになって欲しかっただけなのです。
だから……だからこそ、この『冬』を終らせなくては――例え、何が起きたって」
フギン=ムニン。
貴方がフローズヴィトニルでバルナバスの権能を喰らい寝首を掻くことが狙いならば。
……わたくしだって。
この命が朽ちて仕舞っても構わないのですから。
●フギン=ムニン
男はラサの出身である。言葉には出来ぬ薬品ばかりを扱っていた薬屋の跡継ぎとして産まれた。
だが、生活は切り詰めても足りない程。だからこそ、悪い薬に、悪い人間に、と縋るように手を伸ばしてしまったのだ。
ある時、母は幻想貴族の男に求められて合法ではない強い薬を調合して売りつけた。
薬を盛られたのは名のある貴族だったらしい。薬の出所を突き止められ、傭兵は青年の生家を蹂躙した。
命辛々、幾許かの薬を手に逃亡した男を拾ったのは『蠍座』の如き輝きを有した男だった。
男には力も無い。持っていたのは僅かな薬と薬学の知識、それから、ほんのちょっとの貴族とのコネだった。
――生きていたいのです。
懇願し、その膝に縋り付いた時、プライドなんてチンケなものは持ち合わせてやなかった。
男は詰まらなさそうに「勝手にしろ」と言った。興味も持たなかったのかも知れない。
彼に認められれば生活も楽になろう。その気持ちで彼の傍に居ただけだったというのに、情が移った。どうしようも無く魅せられた。
所詮は下層の、底辺の人間だ。恵まれてなんかいない。
だと言うのに、莫迦みたいな理想を、莫迦みたいに追掛けるその人が眩くて、堪らなかったのだ。
そんな理想の後を継ごうとした己だって莫迦者だ。何とでも云って笑えば良い。
だが――たった一つの命の使い方ぐらいどうしたっていいだろう。
バルナバスだって、どうでもいい。
鉄帝国だって、どうでもいい。
すべては、あの人が、眩きただ一つの蠍座の光が目指した『もの』を得たかっただけなのだ。
「いやあ、お涙頂戴だねえ」
手を叩いた『脱獄王』ドージェは寒々しい氷の城の中で笑っていた。
フローズヴィトニルの冬の力を伴い、急造されたこの場所は鉄帝帝都の郊外に位置している。
『アラクラン』の本拠とされたその場所の最奥で『フローズヴィトニル』の覚醒が始まろうとしていた。
そんな危険地帯に彼が居るのは単純明快、この場所に居ればイレギュラーズがやってくる。綺麗な目玉に、美しい腕、特別なパーツを持った者達を多く見、殺せば奪う事が出来るからだ。
「それで? 総帥はどうするんだったかなあ」
「あはは、ドージェがとぼけてる」
「絶対、言わせたいだけだよね」
手を叩いて笑っているのは魅咲と乱花と言う二人の魔種だった。少年のなりをしている二人は外交官ローズルに連れられ遣ってきた。
ただの賑やかしのつもりなのだろうが、魅咲はフギン=ムニンの理想の物語に興味を持った。
ただ、その飽くなき知識欲だけがこの場に二人を留まらせ、二人を戦いに駆り立てているのだ。
「……茶化していますか」
「「いいえ!」」
不機嫌そうに眉を吊り上げたフギンに乱花と魅咲が首を振る。クロックホルムが嘆息し、ローズルは笑った。
「――フローズヴィトニルの『覚醒』を」
生憎ながら欠片自体はイレギュラーズの手に渡ってしまった。だが、フローズヴィトニルの『首』たる主の封印はフギン=ムニンの手の内だ。
現在ではビーストテイマーとして高い能力を有していたクラウィス=カデナが『自身の使役生物』であった相棒の2匹の狼を引き換えに『フローズヴィトニル』とパスを繋いでいる状態になる。クラウィスの生命力と2匹の狼の力を引き換えにしながらフローズヴィトニルは無数の分霊を作りだし獲物(イレギュラーズ)を待っているのだ。
「クラウィスだけで足りなくなったらどうするの?」
「ええ、勿論。何だって餌にしましょう。そうしてその肉体が実体化し、覚醒にあと一歩となればフローズヴィトニルはこの場所を飛び出して行くはずです」
目的はバルナバスの権能たる太陽だ。それを喰らえばフローズヴィトニルは覚醒し、この国を冬に閉ざすだろう。
だが、制御は『要石』を有すれば容易だ。クラウィスが死したならば、次はエリス・マスカレイドを捉え、その力を要石にでも込めれば制御しきれるだろう。
……余波で幻想や天義、ラサ辺りは冬に飲まれるかも知れないが必要な犠牲だと認識しておくべきだろう。
猛吹雪に閉ざされた鉄帝で新たな王国を作り上げることこそがフギンの目的なのだから。
「そんなに上手くいきますでしょうか」
「さあ?」
「おや、珍しい。貴方ともあろう人が曖昧な答えを返すのですね」
ローズルは穏やかに微笑んだままフギンを眺めた。強い精神力を有する青年は悪辣で有ながら憤怒の声には靡かない。
ただ、愉快だからトコの場所に居座っている外交官にフギンは「少々、困ったことがありましてね」と肩を竦めた。
一つは、革命派を瓦解させるべく送り込んだブリギットの事だった。
『革命派の象徴』であったアミナを反転させ、派閥を分解させてイレギュラーズの余力を削る事が目的であったが、失敗に終わっている。
アミナは改めて人民軍と共に戦う決意をし、ブリギットなど『狂気』に蝕まれながらも僅かな正気を保っている。
あれだけ愛情の強い女だ。イレギュラーズの事を我が子のように思って居る。何をしでかすかは分からない。
もう一つはと言えばエリス・マスカレイドがイレギュラーズと好意的である事である。
どのみち彼女はフローズヴィトニルのためにこの場所にやってくるだろうが――さて、その時にイレギュラーズがその命を守り抜く可能性がある。
エリスならば何処で死んだとて、その気配をフローズヴィトニルが逃すわけがない。さっさと何処かで野垂れ死に糧にしたかったのだが銀の森のガードは強かった。
「……バルナバスが太陽を喰わせるわけがないというのは考えないのですか?」
「よい質問ですね、クロックホルム」
嘗ては幻想騎士であり、己の主人であった貴族に手酷い裏切りを受けた事で憤怒に寄り添った男は肩を竦める。
フギンは「あの男はその様な事を考えやしないでしょう」と静かに告げた。
どのみち、其れは最期だ。その前にあの太陽が全てを無に帰す可能性もある。その場合はフローズヴィトニルの氷で己達だけでも守り抜けば良いのだ。
「だからこそ、心配事の二つだけをどうにかするだけです。イレギュラーズはあの手この手でこの城の陥落を狙うでしょうからね」
「しつもーん! この城って、フローズヴィトニルが死んだら消え失せるんすか?」
「はい。乱花。その通りです」
ならば――護るべきは単純明快フローズヴィトニルなのだと魔種の少年達は笑った。
●氷の城にて
「……途轍もない気配です」
ふるり、と震えたのはエリス・マスカレイドであった。『氷の精霊女王』はわがままであっても連れて行って欲しいとこの場までやって来た。
城の周りは吹雪に包まれ、雪が聳えるように積もっている。
その一体だけが深い冬ののようであったのだ。春を忘れた『冬』の領域だ。
「この先にフローズヴィトニルがいます」
エリスは指差した。封じられ悪しき獣が腹を空かせて待っている。
「あれを封じなくては……わたしの、命に代えたって」
エリスは震える声で、そう言った。封じる為にはフローズヴィトニルの近くに行かねばならない。
エリス・マスカレイドは『善性』の欠片だ。フローズヴィトニルの中に存在したそれは分かたれ、力の管理者としての役割を担う。
外付け制御装置、と表現するのが正しいのだろう。彼女の強力なくしては封印を行なう事は出来まい。
――エリスは要石を破壊するように言っているが、フローズヴィトニルの再封印には要石が必要なのではなかろうか。
まさか、エリス自身が要石の代わりになるつもりなのでは……
その様な推測を行なった者も居た。その通りだとはエリスは答えやしないが『最悪の場合』はそうする事も出来る。
……その決断を出すには未だ遠い。その前に、この城を攻略し狼の前に辿り着かなくてはならない。
降り積もる雪が全てを閉ざす。
天は鳴くように光を走らせた。
春は、まだ遠い――
- <鉄と血と>悪しき狼Lv:50以上完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2023年03月29日 21時30分
- 章数4章
- 総採用数573人
- 参加費50RC
第4章
第4章 第1節
●『封印』
それは、ひたひたとやってくる。
おぞましき冬の知らせ。びゅうびゅうと風が吹けばその獣は氷の牙を突き立てるだろう。
扉をも蹴破り、獣は全てを蹂躙して去って行く。それは災いの象徴だった。
冬の狼は唯、腹を空かせていた。目に映る者全てを食べてしまうのだ。
月を喰らって、深い夜を作った。
太陽を喰らって、陽など遠ざけた。
そうして世界を深い深い冬に閉ざしてしまうのだ。
そんな狼は、手脚をもがれ、首を落とされて封じられた。
いまや、静かに眠るその狼が暗い夜には姿を見せる。
――だから、雪深い夜は一人で外に出てはいけないよ。悪い狼に食べられてしまうから。
そうやって『狼』は産み出された。悪しき狼フローズヴィトニル。
恐ろしき冬の化身に一人の魔女が声を掛けた。
「あなたと、話すことはできませんか」
命を分け与えても良かった。束の間の奇跡を求めるように、死と隣り合わせに魔女は狼を抱き締めた。
そうして作り上げられたのが一人の娘だ。
艶やかな銀の髪、柔らかな肢体。ただのひとと変わりの無い姿。
ディスコルディアと名付けられたそれはフローズヴィトニルと対話をするために産み出された『精霊』だった。
彼女は一人の娘と出会った。冬を愛し、春へと導く穏やかなそのひと。
ディスコルディアに混ざり込んだのはウォンブラングと喚ばれた地の、一人の娘の優しい心だった。
「春の訪れを告げる白花を見付けに行きましょう。だから、今日はお眠りなさい。『エリス』、わたしの大切な――」
――……わたしが、フローズヴィトニルと同化し一緒に眠るのです。それは個を失うからこそ、死を意味していると、言えるでしょう。
元に戻るだけ。そう告げようともイレギュラーズは赦しはしないだろうか。
エリスはオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の言葉を思い出す。
「エリスはディスコルディアじゃなくてコンコルディアに改名すべきよね。
こんなに周りに人を集めておいて不和だの災いの名だのってあまりに似合わないわ。
……フローズヴィトニルとも間を取り持ってるんだから不和より調和よね」
不和だ、災いだ。名がその存在を顕していたのに。その様な事を言うのだから、つい、絆された。
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の狙い、『フギン=ムニン』を封印の代償に使用することが出来るのではないかと考えた。
それによってどの様な影響が出るかは分からない。
それでも、彼女達が自分の為に努力をしてくれるから『それも有り得る』かもしれないと考えてしまったのだ。
「ギュルヴィをですか」
ブリギットの問い掛けにエリスは小さく頷いた。
「できるかは、わかりません。もしもの時は、わたしはブリギットちゃんが」
「わたくしで構いません。
……わたくしの可愛い孫娘達は無茶をするのですもの。何度言い付けたって聞きやしない」
唇を尖らせるブリギットは幼い顔立ちをして居た。おばあちゃんと呼んで欲しいと願えども、長らくの時を過ごした幻想種は未だ年若い娘のような仕草を見せる。
「ブリギットちゃん。これを……ヴァンくんを……『機動』すれば、良いんですね?」
要石を握りしめながら、夢見 ルル家(p3p000016)は問うた。共に要石を手にした如月=紅牙=咲耶(p3p006128)はひりつく痛みを抑えるように手を撫でる。
二人でクラウィスから奪取した事で生命力を糧としたその石の代償を分け合うことが出来たのである。
要石ならばレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が考えた獣を捕える鎖(グレイプニル)をもう一度編み上げることも出来よう。
「クラウィスちゃんは……?」
血を拭ったメリーノ・アリテンシア(p3p010217)の問い掛けにエリスは「あの子はわたし『達』の影響を受けすぎています」と暗い表情を見せる。
「まだ、あの子に繋がっている。だからこそ、あの子が生きている内に奪った『要石』を利用すれば……。
メリーノちゃん。あなたが体を張ったから、こそ。ゲオルグちゃん。あなたが声を掛けたからこそ出来る選択です」
要石で『鎖を作る』という遺失魔法を使用するためには生命力という代償が必要だ。
その代償をクラウィスに払わせることになるのかとゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は暗い表情を見せる。
しかし、必要とするのはそれだけではない。
「そして、フローズヴィトニルを眠らせるためにこの場に繋ぐ為にも……」
エリスが不安げに唇を震わせた。
「大丈夫だよ、皆で考えるから」
奇跡を乞うて、要石の使い方を手に入れた。
あの時、願ったのだ。ンクルスは『拡張性』というギフトを駆使して、一つでも未来が切り開けるように。
それは無機物と接続し、自分の体の一部のように使用する事が出来る場合があると云うささやかなものだ。
けれど――構わない。『おばあちゃん』の為だった。
「皆に創造神様の加護がありますように!」
奇跡が欲しい。『創造神様』が居たら、今、何てお願いしようか。
多分、きっと――誰も犠牲にならない方法を求めるから。
「無茶ばっかりして」
抱き締めるブリギットの腕の中で、ンクルスは笑った。
「おばあちゃんは、どうしたい?」
「……わたくしは、イレギュラーズが、可愛い子達が傷付く未来がないようにとずっとずっと、願っています」
フローズヴィトニルを封じ、春を求める為に。
フギン=ムニンを倒し、氷の城を終らせるために。
――選択を。
=================
●必須オーダー
『フローズヴィトニル』の封印
●封印の手順
1)フローズヴィトニルの動きを制限する
2)『要石』を『起動』する。
3)代償を支払いフローズヴィトニルをその場に繋ぎ止める
「フローズヴィトニルは半分ほど顕現しています。だからこそ、それをこの場に眠らせるためには強大な力が必要なのです」
エリス・マスカレイドこと『ディスコルディア』曰く、封印の技術も『遺失魔法』の一種に当たる為、何が起るか分からないそうです。
●敵勢情報
・『要石』
古い封印具。使用方法はンクルス・クー(p3p007660)さんが理解しているでしょう。
使用する際には代償が必要です。それこそ、強大な力が。
可能性(パンドラ)であろうと滅び(アーク)であろうとも。代償は何方でも構いません。
エリスは『自分(フローズヴィトニルの制御装置)』か『ブリギット』か『フギン=ムニン』が代償になれるのではないかと示唆しました。
イレギュラーズを代償にすることは彼女とブリギットが拒んでいます。
・『フローズヴィトニル』
ダメージが蓄積され、最早弱っています。動きを完全に食い止める為には足止め役は必要でしょう。
要石がイレギュラーズ側に渡っているため、フギン=ムニンからは切り離されています。
・フギン=ムニン
『魔種』です。革命派ではギュルヴィと名乗っていた男。
新生・砂蠍と呼ばれた幻想王国を襲った盗賊団の頭領キングスコルピオの副官。イレギュラーズには一度の敗北経験が有ります。
イレギュラーズ三人を捕虜にし、裏切りを促し、二人を死亡させました。
『バルナバス』によって反転したため強大な魔種です。聡明な男でしたが今は『憤怒』に反転したため衝動的な部分が多く見えます。
――つまり、今の彼は怒らせれば隙が多いのです。
そして、強大な魔種である事からエリスは彼を楔に『ぶちこんでやればいい』と言う考えも示しています。
捕縛すれば可能かもしれませんが……。
・クラウィス・カデナ
フローズヴィトニルと強く繋がり狂化している魔種です。本来は心優しい青年ですが、今は狂って居ます。
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)さんとゲオルグ=レオンハート(p3p001983)さんを殺してやると叫んでいます。
……もしかすると、大切なものを喪わぬ二人に憧憬を抱いているのかも知れません。
・ブリギット・トール・ウォンブラング
『魔種』です。ウォンブラングというフギンが滅ぼした村の長。フローズヴィトニルの御伽噺を語らった『最初の地』
封印には長けた能力を有しているため、己をパスにフローズヴィトニルを眠らすことが出来ると考えて居ます。
また、ブリギットは現在はほぼ正気ですが、何時狂気に陥るかも定かではありません。魔種を元に戻す方法は確立されていないため、己とイレギュラーズが殺し合うことになるならば此処で皆の役に立ちたいと考えて居るようです。
===第四章援軍===
・豊穣軍(『霞帝』、『四神』青龍&朱雀&白虎&玄武&黄龍)
霞帝:前に出たがりおじさん。豊穣郷の一番偉い人。四神の召喚を行なう事が可能。その力を借りて刀の召喚と攻撃を行ないます。
黄龍:加護により重傷率の低下
青龍:伝達&ヒーラー
玄武:タンク&アタッカー
朱雀・白虎:アタッカー。朱雀は飛行可、白虎は不意打ちを受けづらいです。
・海洋軍(海洋軍人、海洋艦隊)
※海洋艦隊は外からの援護射撃です。外への指令は青龍の『権能』を使用して下さい。
第4章 第2節
悪しき狼。
その名を欲しいものとした獣は牙を剥きだし、イレギュラーズを今も睨め付けている。
漸くの覚醒。暫くぶりの外界。暫くぶりの目覚めにうち震えた寒気は全てを死に誘う真白き恐怖の如く。
そして――何よりも、己が顕現は中途である苦しみがその狼の神経を逆撫でたのだろう。
「……フローズヴィトニルを止めなくては元も子もありませんね」
囁く『劉の書架守』劉・紫琳(p3p010462)は対物ライフルDominatorを構えた。使い勝手を犠牲にした代物ではあるが、紫琳にはよく馴染む。
凍て付く風が頬を撫でた。憤っている。あの巨大な狼が。牙を剥き出し、冷気を曝け出している。
「……太陽が、近付いて……」
エリスの表情の変化に『青混じる氷狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)は気付いた。「……どう……したの……」、と。
そう問うたグレイルはエリスが握る杖が小さく震えていることに気付く。
「……いま、バルナバスの太陽を、欠片達が『少しだけ時間稼ぎ』をしました。
あれを、喰うだなんて……『喰う事が出来てしまえば』、きっと……フローズヴィトニルは――」
震え始めるエリスは痛ましい程に唇を噛んでいた。それだけの強大な太陽が落ちてきている。地を焼き、命を蹂躙するために。
「とめ、なくては」
「止めましょう。大丈夫です。だって、だって、友達も仲間も同じ戦場にいますから、怪我も連戦もなんのその!
鉄の意志は曲げられないって。カッコいいところ、見せなくっちゃね。
――冬を眠らせて、春が来たら遊びに行こう。『明日』からの楽しいことを考えるんだ」
明るく微笑んだのは『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)であった。応急処置として腕に巻き付けた包帯には血が滲んでいる。
気にする素振りもなくリュカシスは『パワー』全開に走り始めた。失敗を恐れることはない。
ガラクタだって纏えば無敵に変化する。生き残る為、春を楽しむため。リュカシスはフローズヴィトニルの懐へ向けて飛び込んだ。
「ッ、オオオ――――!」
雄叫びと共に、その身の闘気を放つ。此処で燻っていれば叔父はどんな顔をするだろうか。友人は春の花を見られず落胆するだろうか。
そんなの『単純に嫌』だった。戦う理由はシンプルな方が良い。リュカシスが春を求めるように、グレイルがフローズヴィトニルを思うように。
「クソ、挑発するつもりが挑発し返されちまったな」
呟く『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)は自分の甘さに『ムカ』ついたと唇を尖らせた。だが、フギン=ムニンが己の目的ではない。
此処まで来たのだ。掲げるのは全員生存。退路を確保し、安全地帯を見極めることだ。
残っている敵へと降り注ぐ鉄槌は死を齎すが如く。
(あの魔女だって、そうだ。連れて帰るなら、最後まで……)
飛呂がの掲げた全員生存は、どれ程に難しいことであろうとも努力しなければ始まらないのだから。
「……これは……僕が感じたことだけど……フローズヴィトニルって……少し……悲しい存在なのかもしれないね……」
同一存在であるエリスはグレイルの言葉に俯いた。同一であったのに別たれ、変化してしまった自らが、どうしようもない裏切りをした気になったのだろうか。
『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)は「エリスさん」と呼ぶ。彼女は精霊だ。たったひとり、重い責を担いながら此処にやって来たのだ。
「……きっと皆、やりたいことがあると思いますにゃ。みーおは少しでも手助けする為に、守る為に……全力の猫の手貸すのですにゃ!」
「みーおちゃん……」
「大丈夫ですにゃ。生きてほしい人を守るのは、代償とは違うはずなのですにゃ。それが当たり前のことだから」
みーおに小さく頷いたエリスは「わたしも、覚悟を決めます」と呟く。
「エリスさん……君が眠る必要は……きっと無いよ……。
……対話できる存在まで喪うかもしれないなんて……僕がその立場だったら……きっと耐えられないだろうから……」
フローズヴィトニルを眠るための対価なら『そうあるべき』人が居るはずだとグレイルは伝承の神狼をその身に投影させた。
蒼く朧気に光った腕が巨大に盛り上がる。爪先まで、蒼き気配を纏い、神狼はフローズヴィトニルへとその爪を立てた。
「……だから……準備が整うまで……僕達がフローズヴィトニルを抑えてみせるよ……。
……あの時の一撃……凄く重かった……まだ傷が痛む……けど……僕はまだ倒れないよ……絶対に……!」
「ええ、倒れてはなりません。
どんなに冷たい吹雪が吹こうとも。大きな敵が立ちはだかろうとも。私も琉珂様も立ち止まるわけにはいきません。
あの森の向こうに辿り着くために。あの方に思いを、言葉をぶつけるために――伝説の狼でも竜でも、討ち倒して進んでしまいましょう」
紫林の弾丸が重力波を叩きつけた。琉珂は顔を上げる。あの森――ピュニシオンの深き森は、伝承の生物に溢れている。
「そうね!」
快活に笑った琉珂の肩を叩き、身を屈め剣を握りしめた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が地を踏み締める。
「さて、最後の仕上げといくか。狼は弱ってるみてえだが、油断するなよ琉珂」
「ええ、師匠」
師匠呼びは愉快そのものだと唇を歪めたルカを眺めて居た『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)の表情が妙――『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)曰く、面白さ――に変化した。
「この戦いが終わったら花見で打ち上げでそこでお友達紹介キャンペーンを……」
「紹介なんてしてもらわなくてもここで話かければいいのになー。
りんりん、ルカせんぱいみたいなかっちょいい人の前だとぽんこつだからだめかー」
鈴花の頬をぷにぷにと突いたユウェルを見遣ってから琉珂は傍らのルカをまじまじと見詰める。鈴花からすれば畏れ多くもイケメンと楽しげに話す里長はイケメン耐性が高すぎる存在だ。
「っていうか友達紹介ってなんだ。鈴花もユウェルも北辰で一緒にメシ食った仲だろ。ダチだと思ってたのは俺だけか? 寂しいねえ」
「まっすぐ行って殴るっていうやり方が性に合ってそのね! 師匠的なね!? エッッッととととととともだち!!」
叫びそうにもなった鈴花の口を押さえてユウェルは思わず笑った。顔を赤らめた可愛い親友は首が千切れん勢いで振り乱している。
「っていい加減無駄口叩いてられないわよね、あとひと押しってところでしょ!?
ゆえ、リュカ、花見弁当で食べたいおにぎりの具のリクエスト考えてなさい! 宝石だってなんだって握ってあげる!」
「うんうん、狼退治ももうちょっと。ラストスパートってやつかな!
りんりーん! わたし珊瑚がいいなー! 冬越えはもうすぐそこ。冬が終わればお花見だ!」
「私は、外の世界の変わり種がいい! 沢山種類を作ってね! あ、ルカさんもお花見よ!」
えいえいおーと拳を掲げた琉珂に頷いた鈴花とユウェルはルカを追掛けた。
遣ることは変わらない。佳境だから、そんな重責に怯えている場合はない。殴る、殴る、刺す。それだけだ。
ユウェルは鈴花を、琉珂を信用している。言葉にしなくったって『皆で同じ場所を殴れば其処にダメージが通る』と信じているのだ。
「ラサから逃げ出したサソリの王様の残党だってなぁ? 王様がラサで負けた時からお前らはもう終わってんだよ!」
『ラサの傭兵』は牙を剥きだし、男を睨め付けた。フギン=ムニンがルカを見遣る。飛呂はその動きをいち早く察知し、一歩後退した。
退路を確保し続ける飛呂と、不安げなエリスを見遣ってから『呪い師』エリス(p3p007830)はすう、と息を吐く。
「エリス様には指一本たりとも触れさせません」
静かな声音で告げるエリスの腕で、灰の霊樹の祝福を込めた腕輪が揺れた。呪力が障壁を産み出し、その身を守る。
灰冠の巫女は、仲間達を支えるべくしてこの場にやって来た。魔素をその身に吸収する。蒼く茂る草木をも遠ざける『冬』を森の守護者は赦しやしない。
「――根競べと征きましょう」
静かな声音と共に大気中の魔素を吸収した『呪い師』は美しく微笑んで見せた。
成否
成功
状態異常
第4章 第3節
「俺達には、誰かの命を犠牲にする道しかないんだな。悔しいが、力不足は受け止めて……立ち向かうさ。
ブリギットさんは……悪いね。傷付かない未来はきっと無い。力不足でも諦められない我儘さが俺達の強さなんでな」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が目を伏せればブリギット・トール・ウォンブラングは肩を竦めた。
「……駄々っ子の相手は慣れていますよ」
「……でも、ありがとう。貴女の願いは忘れない」
女が魔種である以上、その先に待ち受けているものが『どれ程に恐ろしいことか』察するに余りある。
何時か、彼女と戦わねばならないのか。今、それを考えて居る暇はないか。
「なぁ、フローズヴィトニル。季節は巡るものだ。長い冬はもう終わり、春が来る。だからもう眠ろうか」
囁くと共に、フローズヴィトニルの元へと飛び込んだ。細剣をタクトのように揺れ動かした。響くのは春のソナタ、イズマの奏でた戦場の調べ。
「やれやれ随分暴れん坊だねぇ。私は耐久向きじゃないんだぞ。
駄々を捏ねる狼を寝かしつける作業は他の面子に任せて……私達はひたすらでっかい狼を抑えようか」
傍らを見遣った『氷狼の封印を求めし者』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)に小さく頷くのは『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)。
鴉の濡れ羽の如く鮮やかな色彩のコートを揺らすルナールは『奧さん』へと緩やかに頷いた。
「駄々っ子狼の寝かしつけより暴れる狼の抑えの方が俺ら夫婦には向いている気がするんでね。
我ら夫婦はペアで動いてこその真価発揮だ、ルーキス行くとしようか」
「ああ、そうだね。今まで休んでた分。きりきり働いて貰うからねルナール」
揶揄うような声音が弾む。絹糸の霊衣が揺らぎ、ルーキスが展開したのは『銀花結界』、その縮小版。幻想種フィナリィがもしも、この場に居たならば――
(屹度、巫女は犠牲を少なく封印術を施したのだろうね。果たして、先の時代にフローズヴィトニルを封印したのは……)
そんな詮無きことを考えたルーキスの封印術へと抵抗するようにフローズヴィトニルが牙を剥く。
「おっと、乱暴で悪いけど文句は叩き起こしたフギンによろしく!」
ルーキスが後退すれば、ルナールが庇うようにフローズヴィトニルの前へと飛び出した。
「最近、引っ込んでる事が多かったからな。奥さんの言う通りキリキリ働くとしよう」
駄々っ子を受け止めることに注力するのは全ては『片翼』の為。此処で堪え、目の前の狼を封印へと叩き込む事こそ必須だ。
「メイメイ殿」
霞帝へと『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は頷いた。此度の指揮はメイメイの指示に掛かる。
「あと少し、です。此処を持ち堪えて……封印に、繋げましょう……!」
まだ年若く幼い羊の娘はタクトを握りしめ、小さく息を吐く。少女の指示に従い、前線へと飛び出したのは『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)。その傍らには白虎たちの姿も見える。
「事ここに至っては総力戦も是非もなし! 倒し切るぐらいの気概で挑んでやろうじゃないか」
杖術用に設えた長杖を軸に、身を前線へと押し遣った。宙を踊るように足元が浮かび上がり、懐から抜き出した符は斧となる。
「喰らえ!」
絡繰兵士達共に符術を用いて戦う陰陽師の斧がフローズヴィトニルの頬を掠めた。雄叫びと共に冷気が漏れ出でる。凍て付く気配が、季節もとうに外れる冬の再来をも予見させた。
だからといって、臆して等居られるものか。錬が再度、斧を鍛造する最中、横をすり抜け飛び込んだのは白虎。
「がおー! 此の儘行くよ!」
「……ん」
猛き焔を纏う朱雀が首を傾げれば、その炎にも似た『気配』を胸に宿した『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)がオーロラをその身に纏った。
守護魔法と共に、心を静めたのはミシュコアトルの焔だった。
決意に火を灯せば、良い。己が恐れることなど、此処にはないのだと――安寧が齎される。
握り込んだのは輝剣。12時の魔法はまだ解けず、『少年』の闘気を纏った夜色は澄んだ刀身となる。
「ッ、此の儘――攻撃を集中させて下さい……!」
よろめくまで叩き込め。己の全てを賭ける為。トールの柔らかな栗色の髪が揺らぐ。ミシュコアトルには示した『本当の姿』が焔の中で揺らめいた気がした。
己が越えるべきは無数に。こんな場所で燻っている場合ではないのだから。
――――ガアアアアアアア!
地を揺らがし、牙を剥きだしたフローズヴィトニルの声に『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は何方も『本気』なのだと察した。
「玄武のじいさん!」
「承知したぞい!」
パーティータイムだと叫んだ玄武が周囲に飛び出してきた分霊達を受け止める。ゴリョウも同じく、それらを退け仲間達の攻撃を届けやすくするために。
「全部終わらせたら打ち上げでたっぷり料理作らねぇとなぁ! この際だし豊穣面子の好きなモンとかも作り甲斐がありそうだ!」
「めぇ……ゴリョウ様の、ごはん……楽しみです……」
くすりと笑ったメイメイにゴリョウは頷いた。熱い心を胸に宿せ、だが、平常心は忘れるべからず。
常に、意識するのは最善だ。臆することも、逸ることも、戦場の規律を乱すと知っているから。
「終ったらお茶会をするのだわ! 絵本も持ってきたのよ!」
「章姫、此の儘俺と絵本を買いに行こうか」
「まあ、本当?」
いいかしら、と『やさしき愛妻家』黒影 鬼灯(p3p007949)を見詰める章。愛妻の『父親』を気取っている霞帝。何とも言えぬ鬼灯の三竦み。
今や戦場も苛烈を極めているというのに其処に漂う空気は朗らかで、春そのものだ。
「ああ。約束しよう。では――」
「……ええい、前へ出るなと言っても聞かないんだろう貴殿は……!」
思わずぼやいた。霞帝は誰が止めようとも己が前に出る男だ。晴明に言わせれば『自己犠牲を厭わぬお人』だが、鬼灯やゴリョウが見れば『よく居るイレギュラーズ』だ。
もしも、彼がローレットのイレギュラーズであったならば、良き冒険のパートナーにもなれただろう。重責と国という荷物が男を雁字搦めにしているだけだ。
「章殿を悲しませることだけはしないでくれ。いざともなれば」
「玄武が護ってくれる。……鬼灯殿も章姫を悲しませてはならぬぞ」
父親の顔をするのだから、攻めようがない。魔糸を繰り銃を作り上げた鬼灯は「承知」と目の前の義父件主君に膝を付き返答した。
守り抜けというならば『絶海』ジョージ・キングマン(p3p007332)の十八番である。此処までの経緯も全て理解した。
フローズヴィトニルには邪な悪意はないが、純粋なる悪たりえる性質があるのだろう。それは生存だけでも『世界を滅ぼす魔種』と同じだ。
「……誰も犠牲にならない方法を目指す。なら、俺はそれを信じて、目の前のワンコの相手をしよう
お前も眠るなら、冬よりも春の微睡みがいいだろうな。お前が、ただ眠りにつけるように。もう少しの間、俺達と遊んでいてもらおう!」
海獣《黒鯱》をは海をも喰らう獣であったらしい。その素材を駆使し、自らの身を包み込んだ武装は固い外骨格で男の軀を護る。
無数に、叩き込む。絶望を越えて黄金の夜明けを見るが為。
此処で朽ちて堪るモノか。血色の滝は滂沱となる。
「此の儘、押し込むぞ――!」
「ン フリック 支援スル 青龍 フリック 一緒」
小さく頷いた青龍と共に『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は支え続ける。フローズヴィトニルの強靱なる牙が欠け、爪先が突き立てられようとも。
ただ――守り抜く。
「フローズヴィトニル 墓無キ者。生カ眠リカ故ニ弔ワレルコト無キ者。サレドソノ存在 ウタワレ続ケタ。……想ワレ続ケタ」
「……」
青龍がつい、と顔を上げた。フリークライは心優しく、命を何よりも重んじる存在だ。
「只 恐レラレタダケナラ 御伽噺 救イ 伝ワリ続ケハシナカッタダロウ。春ノ訪レ告ゲル白花ヨ。
フローズヴィトニル 見タコトナイ花ヨ。我ガ身ニ咲ケ――冬ノ化身ニ春ノ眠リヲ」
鉄帝国は、春の訪れの際に真白の花が咲くらしい。小さく、可愛らしいそれを見ることもなかった冬の化身。
全てを死に至らしめる『真白き恐怖』。無を作り出す冬の化身に春はまだ、寄り添っては居ないのだろうか。
(悪しき狼……あまりにも傾国の狐と重なるところが多すぎて何かできないだろうかと思うばかりです。
でも貴方という存在はきっとこの世界を破滅に導くだけなんでしょう、私と同じだったように……)
自らだって、同じだった。『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)の唇が震える。背に存在する九尾は、この世界で新たに得たものだった。
世界の『枠』を跨ぎ、己の身は災厄を齎すだけではないと知った。
「ならこの九尾の力は国を傾けるためではなく……
好いた殿方が大切だと思っている世界を……命を懸けてでも護ることに使いたいと――――!」
妙見子の声はフローズヴィトニルにだけ聞こえていた。フローズヴィトニルの前線へと飛び出し、『同じ悪役として』の引導を渡すが為。
仲間を支え、そして、自らの身を盾とする。砕けたって構いやしない。それが、水天宮 妙見子の意地なのだから。
眩い、一撃が光を伴ってフローズヴィトニルの脚を挫いた。だが、まだ、その狼は牙を剥き出す。死に瀕した獣ほど、獰猛になるものだ。
懐中時計型の端末を手に『雪花の燐光』ノア=サス=ネクリム(p3p009625)はもう一度、狙う。
「春を知らない哀れな氷狼よ。貴方が微睡の中、心地よい夢の中で春を夢想することを私は諌めません。どうか、良い夢を」
眠りにつく者へ贈る言葉を『彼』は知っているだろうか。ノアはそんなことを思った。
教えておこう。皆が、彼に告げるであろう優しい言葉。
――『おやすみなさい、良い夢を』
その一言だけを覚えて居れば春の微睡みを恐れることはない。
「貴方がいつか未来、うっかり目が覚めちゃった時は……二度寝するといいわ。
獣だからって一度うっかり目が覚めてしまったからといって活動する必要はないの。寝たかったら寝ていいの。
……目が覚めちゃったらまた大雪になっちゃうかもだけど、ちょっとだけの間なら、人々はびっくりこそするけど、大して気にしないわ?」
だからこそ。
もう一手を。何も悪役(ヴィラン)として産まれたからといって、その全てが否定されるわけではないとノアの優しい言葉は、雷と共に降り注いだ。
「賀澄様、お願いします……!」
どの様な形に終結するかは未知数だった。『そうある』為に作られたそれは性質を変化させることは出来なかったのか。
春の訪れと共に、眠る事になる狼をメイメイは不憫に思う。
本当は、怖くて、不安だ。大切な人を護れないかも知れないと震えていた。皆がいるから、立ち続けられた。
涙を堪えて、あと一歩。もう一歩――
成否
成功
状態異常
第4章 第4節
「弱っているからと安心すれば、フローズヴィトニルは直ぐにでも体勢を整えて仕舞うことでしょう」
平和への祈りを胸に、『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)は佇んでいた。眼前の氷狼は確かに弱っている。だが――それだけでは決め切れまい。
エルシアの傍らには自らを護ると宣言した『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)の姿があった。
「一嘉さん……」
「将来の妻に、他の男の手を届かせるつもりは、オレには無いのでな」
故、安心しろと男は堂々たる佇まいで地を踏み締めた。小さく頷いたエルシアは彼を信頼していた。必ずや己を守り切ってくれる。彼は己を見失わない。
戦場で目立ちやすいという事は、メリットとデメリットを合せ抱え持つ事となる。フローズヴィトニルの牙が迫れど、己が立ち続けられれば。
「参りましょう」
エルシアは静かに息を吐いた。周辺に浮かび上がったのは炎の弾丸だ。それぞれ、別の軌道を見せる炎弾は時差を生み、逃げ果せんとするフローズヴィトニルの目を眩ませる。
連続で放たれる曲射から決して遁れさせやしない。炎の弾幕が『氷』の狼を削りきるまで、繰り返し、繰り返し完膚なき儘に制圧せんと放たれる。
牙を剥きだしたフローズヴィトニルが迫り来る。フギン=ムニンの元から離れた狼の折れた牙を腕に承け一嘉は鋭く睨め付けた。
(ギュルヴィ……いや、フギン=ムニンか。革命派に手を貸した者として、奴等が起こした事の始末、それだけはつけねばな)
視線の先のフギン=ムニンはイレギュラーズが何を企てたか気付いただろうか。
聡い男であるとは『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)も認識している。真逆、自らが標的になるなど、夢にも思わなかったであろうが。
「使えるものは余さず使うべきだがこんなぶっつけ本番でなきゃもっと良かったな。
それでもこの場面、敵味方が1人ずつ減るより敵だけ1人減る方がいい。吉と出るか凶と出るか、勝負を賭けるには良い考えだ――その話、乗らせてもらうよ」
ある種の『予想外の提案』はどう転がるか分からないが、賽を振るまで結果が出ぬ事を狙撃手は翌々知っていた。
エルシアの元へと飛び込んで行くフローズヴィトニル。離れた狼とフギン。その隙間を縫うように――叩き込んだのは凶弾。だが、それは慈悲の光を帯びている。
「予想外のシナリオというのはどうだ、フギン」
「驚愕の余り。あのテロリスト集団のシスターにはお礼をしなくてはなりませんね」
いけしゃあしゃあと『同じ志』であった癖にとラダは思う。男のカバーは完全に外れている。ならば、彼を捕えることが目的の一つだ。
天には黒き太陽が。地には悪しき狼が。
その何方もが大地を蹂躙する。地を焼き、灰燼の道を作りださんとするか。
それとも、永劫の冬に閉ざし、全てを無へと葬り去らんとするか。結果は同じだと『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)は感じていた。
「……当然、どちらも認めるわけには行かないわ。冬に打ち克たせて貰うから」
当然のことながら暴れ回るフローズヴィトニルとフギンの『間』を開けておくことが必須事項だ。セレナはラダへと頷いて走り出す。
フローズヴィトニルが離れたのだからその距離を幾らか稼ぐのがセレナが己に課したオーダーだった。
(犠牲の先に笑顔の明日は訪れない。エリスはもとより、あのブリギットと言う人も、気遣う人は多いみたいね……)
その人は魔種だった。けれど、皆が彼女を大切に慮るのだから、その気持は大事にしたい。
「魔種だって人、悪人だって人。そうね、その通りよ。それでもあんたは、人と呼ぶには邪悪を為し過ぎだわ」
この狼が護る価値もないほどの悪辣さ。そう誹るセレナに「それが誰かにとっての正義だと云う事もあるのです。スタンスの違いですよ」と男は冷静な声音で告げる。
冷ややかにも程があった冷め切った声を耳にしながらセレナは外方を向く。あの様な男と対話することさえ、無意味だからだ。
「ねえ、エリス。フローズヴィトニル……太陽を喰らうその力を用いた奇跡にわたしも助力したいの。
あの場でわたしの大事な姉妹が戦ってるの。わたしの力は彼処には及ばない。それでも力になりたい」
「……フローズヴィトニルさえ、封じれば」
大丈夫です、とエリスは杖を握りしめながらそう言った。氷狼たちがバルナバスの『太陽』を食い止めた刹那の時間。
時間稼ぎにしかならないそれと『氷狼』が出会ってしまわぬように食い止めることこそがセレナの『姉妹』の為となる。
「オーケー。じゃあ、狼と、フギンの何方も殴ればいいんだな!」
単純な『解法』だと『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)は笑った。
要はフギンを捕縛すれば良い。しかも、相手は『バルナバスが直々に反転を促した』魔種だ。強い憤怒に囚われていることは確かだ。
「怒らせて隙創るってんなら……煽るしかねぇか……嫌だなぁ!!!!」
――怒らせれば良い、なんて簡単に言われても困る。だが、それが正解だというなら。
零はその身を堅牢なる気配に包み込み、フギンの懐に飛び込んだ。
「しかしお前もさんざんだよなぁ、色々やってたのに結局ここまで追い詰められて挙句これから袋叩きに合うんだからよぉ。
……なぁお前今どんな気持ち? 最初は弱かったはずの俺達に追い詰められて今どんな気持ち!? 楽しんでる?!!」
「我が王ならば『楽しい』と答えるでしょうね、パン屋の青年。一つ、訂正させて頂いても――?」
鞭が地を打った。フギンの背後から蛇が睨め付ける。竦んだ脚に力を込めて『おっかない男』を零は真っ向から見据えている。
男の気配が変わっただけでも恐ろしさは倍増だ。だが、何を訂正するというのか。
「貴方方のことは特段弱者だとは思っては居ませんでしたよ。ええ、中立のローレット。『魔種ではない私が依頼人』であれば悪事に手を染める者達!」
悪事に手を染める。確かに、それがローレットのスタンスだ。何処の国に対しても絶対悪である魔種の侵略は許さず、それが共通事項であるだけの。
人を殺せと言われれば、仕事だと甘んじなくてはならない。そんなこと、『雲雀』サンティール・リアン(p3p000050)も分かって居た。
「相変わらずなのですね」
嘆息して見せた『雨宿りのこげねこメイド』クーア・M・サキュバス(p3p003529)は肩を竦める。
「盗賊王、己の有り様が為に憤怒にすら抗った王。そして貴方はその配下、フギン=ムニン。……正直、敵ながらそれなりの敬意は抱いていたのですが」
クーアは彼の王の在り方を知っている。男は崇高な精神を有していた、と認識するべきか。敵ながら、あれは正しい存在だった。
だが――
「何故己が憤怒を、彼の王に捧ぐ手段を、よりによって主の撥ねつけた魔種の狂気に託してしまったのです?
どういう理由があろうとも、ただそれだけが、途方もなく気に食わない。同情なんてしてやらないのです。大団円の礎になるがいい」
「ええ、私だって気に食わなかった。だが、抗えぬ衝動は世には蔓延るのでしょう。
何故か分かりますか? ……『私は弱かった』のです。ええ、手脚のように動く駒が居なくては私という小物は荒波に飲まれるだけだった!」
クーアは男の瞳に滾る憤怒は力の象徴なのだと認識する。前を征く『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)はその眸を真っ向から見据えていた。
「ええ。事情はあるのでしょうね。お涙頂戴物語なんて興味は無いの。単純に私達にかけた迷惑を返してもらうだけ――あんたはやりすぎたのよ」
生きた人間ならば彼等にそれぞれの事情がある。バックボーンだって存在するのだろう。生きてきた軌跡がその人間の精神を構築する骨組みだからだ。
だが、そんな事情に頓着する価値もリカは男に見出さなかった。優しい眷属(クーア)のように、男に掛ける言葉も、最早ない。
「元より反転それ自体が大罪だけども死んで償う段階ですら無くなったの。
理想を語ってもあんな外道な行為じゃ決してあの誇り高い大盗賊の後なんて追えやしないのよ……もう話すのも忌々しい、とっとと有るべき場所に還るといいわ」
「その方が良い」
フギンの無くした伽藍堂の眸が細められた。大凡神経も通っていないように見えた亡くしたその場所は何を見据えているのか。
「もう何が起るか理解しているのでしょう。なら、精々抗いなさい。
狼の腹の中で幸せなクニの夢でも見ることね。私達も長生きですもの、また会うこともあるでしょう」
揶揄い囁くような声音と共に、リカは夢魔術を伴う一撃を男へと放った。フギン=ムニンと相対するリカの背後から、月の如き雷光が輝く。
二人の背を追掛けて、得も言われぬ感情を抱いていたサンティールの唇が震えた。
「英雄譚っていうものはね。残されたものが繋いで行く、その人の生きた証なんだよ。
……フギン・ムニン。きみはなにを成した? 主に誇れる自分で在れた? これが餞になると信じられた?」
ただ、少女は英雄譚だけを見ていたかった。白んだ空に、春のひだまりが訪れることを待っていた。
「……ああ、だめだね。ぜんぜんなっちゃいない
きみのそれは自己満足でさえありゃしない。ただの子どもの癇癪さ。ねえ、リカちゃん?
覚悟もないきみにはなにも成せやしない。ほら――もう、そらがあけるよ」
サンティールが目を細めたその背後から、飛び込んだのは黒き獣、『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)だった。
「はっ! ラサの尻拭いはラサの傭兵がするべきだろう。『やり過ぎ』ないようにするのは大変だが。是非もあるまい」
唇を吊り上げて、愛無はフギンに肉薄していた。所謂、『善性』というものは切って計れるものではない。『精霊』も『真性怪異』も、人の思い一つ。そうあるように作られたからこそ『悪性』なのだろう。
「それならば、『人間』の行く末を見よう。誰が勝つか僕は其れが知りたいだけだ。面白おかしく。満足したいだけだ」
男の憤怒も自己満足の代物なら、愛無の考えだってそうだ。フギンが死んだら死んだ、特異運命座標が負けたら是非もない。強者が勝つとはこの国の在り方だ。
「捲土重来。実に心躍る言葉だ奴が生き残るならば死なない程度に殺す。奴が殺されるならば死なない程度に守る。
――フギンは不本意だろうが。礎となるなら、その名も残ろう。実に、不本意な方法ではあろうが」
知りたい。あれが歪んだ恋ならば、人の執念だというなら面白おかしく、戯れ、簒奪者となるべきなのだ。
愉快そのものだと歪に笑った愛無を受け止めた鞭が撓りを上げる。一度離れたその鞭を掴んだのは『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)だった。
ようやっとだ。憎たらしいあの顔に拳を叩き込んでやるとオリーブは男を睨め付ける。
「随分と努力したようですけど、どうやら無駄に終わりそうですね。幻想の時と同じように。
元より碌な戦果も残せず、挙句に王を見捨て逃げた賊。そんなゴロツキ風情に国を築く甲斐性などあるはずも無し。当然の帰結です。
――安心してください。もうすぐ大好きな王様と同じ所へ行けますよ!」
「ええ。『貴方方が殺したせいで見捨てたことになった』のですからね」
男は、死の際に間に合うことはなかった。王が死したという一報が誰かの『奇跡(PPP)』によって全てを喪った後に齎されたのだから。
「ならば、我が王の許へ誘えば良い。私を楔とすることなく、死を齎すのです。分かりますね?」
行く先をも別つ決断を其処にすれば良い。王の許へと辿り着くことが出来ない事こそが、男の心を大きく揺さぶるとオリーブはその表情で悟った。
成否
成功
状態異常
第4章 第5節
「よー、久方ぶりだなクソ野郎。
どうだ? 知恵自慢を自称しておいて、全て砕かれてきた気分はよ?」
くつくつと喉を鳴らした『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)。その姿はキングスコルピオと相対した騎兵隊の姿を彷彿とさせただろうか。
だが、男は牢の守りに就いておりその姿を直接的に見た訳ではない。知らぬ姿であれど、彼女達の長が言う――あの時、男の計略により目の前に立ったのは『嘗ての仲間だった』と。
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は真っ向からフギン=ムニンを睨め付けていた。
「フギン……『勝ったモノが強い。死んだら負け』よ。一等星と並んだ私は、アイツと同じ視座に居る!」
「貴女の言う一等星は精霊種(にんげん)となっただけの存在だ。何も驕る意味などあるまい!」
男の声音にイーリンは奥歯を噛み締めた。自らの許へと『降りて来た』冬の精霊は、一角の人間となったのだろう。だが、その気概は何ら変わっては居ない。
「騎兵隊が奏と戦ったこと、今でも覚えている。寡兵で必死に、選ぶ権利も無く戦ったこと。助けられなかったこと。
――けれど、今は違う。私を信じ、託し、諭し、並び立つ。私は皆がその上で、旗を預けてくれていると信じている。
スコルピオに必要だったのは、隣に立つ輩だった。貴方は、スコルピオの事をもっと考えてあげるべきだった。
アレは王でああり、人間だと。最期まであのバルナバスの憤怒に屈しなかった、誇り高き人間だと!」
奏。名を呼んだ娘はキングスコルピオと共に戦場に居た。フギンの取引に応じた彼女は戦場に立っていたのだ。男の側を離れ、只、敵と見做した『仲間』を殺す為に。
バルナバスの憤怒に屈することなく、最後まで『王』で有り続けた蠍座の煌めきを狂わせる男の在り方をイーリンは認めることが出来なかった。
男が幾ら否定すれど、男の心にある蟠りが刺激されれば『男は、此方を見てくれる』。自害などさせるものか、折角ハッピーエンドのための方程式が見えたのだから。
「……ああ、貴女は我が王の最後を見たというのですね。なんと、妬ましいか」
ミーナを、イーリンを視る目が変わった。フギン=ムニンはキングスコルピオの最後には『間に合わなかった』。
男は、王に指示され、牢を護るが為に兵を率いていたのだから。
「ならば、騎兵隊と言ったか。散って頂きましょう、我が王の『為せなかった』事を」
蒼白い炎の如く、蛇が牙を剥いた。一対の蛇を纏わせた腕が鞭で強かに地を叩く。するりとその身を滑り込ませたのは『騎兵隊一番槍』レイリー=シュタイン(p3p007270)。
「騎兵隊の一番槍、レイリー=シュタインが貴方の相手をしてあげる。
フギン、お前はもう私達の引き立て役よ。悔い改めて封印に役立ちなさい!」
「悔い改める? そんな事を行なうと思いますか」
鼻先で笑って見せたフギンがレイリーの盾に鞭を打ち付けた。その鋭い一撃に腕がじんと痺れるが気にもしない。
レイリーは脚に力を込め、堪えるように前へ、前へと進む。男の鋭い眼光を真っ向から承けた。文官面し、後方で穏やかに眺めて居た男ではない。レイリーは知らない――この男が『目を奪われた』時の取り乱し方を。
暫くの間、雲隠れしたのはその怒りを制御するためだったか。王の死、眼球を抉った弾丸、全てを厭い憤怒に塗れた男は暴虐の徒の如く責め立てる。
「ッ――」
男が何れだけの悪人であろうとも。イーリンが告げた『過去』があろうとも、レイリーはフギンですらも『悔い改める』ならば生きてて欲しかった。
(……ああ、けれど、やっぱり。そういうタマじゃないでしょ。なら生かしてはおけないわ。何より二人のほうが死んでほしくないのよ)
優先度は必要だ。生き抜く上で、それを無くせば目的を見失ってしまう。
『与え続ける』倉庫マン(p3p009901)は「了解しました」と静かに返した。狙うのがフギン=ムニンの『捕縛』だというのだ。
「ああ、私は倉庫マンです。すみませんが、貴方に今凄く需要がありますので、商品として仕入れに参りました」
言い得て妙、である。倒す事も苦手ではあるが、仲間を支援し最後には『入荷』してみせようという三段だ。
広域での観察を行ない支援に向かう倉庫マンの傍らを風が通り抜けた。疾風怒濤の勢いで放たれたのは居合いの一閃。
「狼退治の総仕上げだな? 小気味よくやってやろうじゃないか!」
『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は問う。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。――が、悪いが今回お前に見せる剣技はないぞ、フギン=ムニン!
聞けば……昔、騎兵隊も罠にかけたらしいな。だがイーリン・ジョーンズは敗北してなお折れなかった。今や彼女は混沌有数の勇者だ」
「幻想ではさぞご活躍で」
ぱちぱちと手を叩いた男の瞳に苛立ちが滲んでいる。幻想、それは『彼の王が求めた国家』だ。
「……翻ってお前はどうだ? 戦いに散ることさえ叶わなくなる気分はどうだ?
お前が裏で糸を引いて、今までさんざん無辜の民にじわじわと絶望を与えてきたんだろう? 最後くらい、お前が味わってみるべきだ」
絡みつくのは因果の糸か。エーレンは鋭く引き抜いた刀をフギンの鞭へと叩きつけた。
其の儘引き摺るようにエーレンの体勢が崩れ、氷狼の分霊が迫り来るが――「手が足りねえっす……足りないからあたしがいる、やるしかない」
狼の『牙』を突き立てるのは『先駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)の役目だ。
何時も通り走り、声を上げる。其れ等全てを巻込み、少女は足を止めるつもりはない。
地を踏み締めた運動靴がぎゅ、と音を立てた。大地を踏み締めて身を翻す。姿勢を屈め、一度退避を行なえば、過ぎ去って行く、眩き光。
『八十八式重火砲型機動魔法少女』オニキス・ハート(p3p008639)の砲撃がその周囲を焼く。酷く冷めた瞳で、フルパワーの砲撃を『放つ素振り』を見せるオニキスをフギンは一瞥した。
少しでも警戒されていればそれで構わない。自身に視線が向いた隙に、仲間が接敵出来るのだから。
「お前の主のことを私は知らない。でもお前が今やろうとしてることが。たくさんの罪のない人たちを苦しめて、命を奪うことが。
……お前の主の望みだっていうなら、お前の主が負けたのは当然だよ。
お前達の野望は私たちが必ず打ち砕く――後始末を付けてもらうよ、フギン=ムニン」
「如何に犠牲を払っても、為さなければならぬ事がある。それは、世の不完全さなのですよ、お嬢さん」
フギンの唇が吊り上がる。どろどろとした感情が溢れ出し、酷く苛立ちにも似た気配が滲み出す。
「我らは、燻ってばかりであった。愚弄され、生きてきたこの生命に今更何を申すというのか!」
「いいや、言葉は山のようにあろうよ」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は大地を踏み締めた。浅からぬ因縁があろうと、無かろうと、男は正義と共に敵の思惑を打ち砕くのみだ。
それに仲間達の乗せた怨恨が、打ち払われるというならばまたもない好機。
刀が弾かれる。淡き白、そして、乗せた瑠璃雛菊。フギンを睨め付けた青年は、傷付くことも厭うまい。
「その魔の力、せめて最期は『人々の為に』役立てて見せよ!」
堂々たる宣言と共に振り下ろしたのは師より学んだ剣術。
「狼の使役狂化に注意しつつ敵勢力を削ぎフギンムニンにもダメージを蓄積させる、か。
全く馬の骨も無茶なオーダーをしやがる……無問題だ、できんことは何もない」
『老兵の咆哮』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は唇を吊り上げた。難題であろうとも、周りを見ればそれが『不可能』出ないことは良く分かった。
好い目をして居る。戦士の眸だ。放浪していた身の上ではフギンとの因縁もなければ、彼については何も知らない。だが、正念場を整えてやるのが老兵の役目だろうと胸を張る。
「ケリを付けてこい、お前さんらがそれを望むんだろ」
背を押されて、イーリンは頷いた。邪魔をする輩は全て相手にしてやるとバクルトは奥歯を噛み締めた。
破滅願望? そう笑えば良い。放浪的生存術――つまりは、辛うじてでも生き残って遣るという強い決意だ。
弾丸の雨が降り荒む。フギン=ムニン諸共周囲の兵士を巻込むバクルドに続き、『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)はざわめく赤き棘を連弾に変えた。
(目を逸らすな、逃げるな――私は、この戦いの勝利がフギン=ムニンに何をもたらすか知った上で戦っている。
言い訳のしようはあるけれど、それに何の意味もない。
今放った赤棘の連弾が彼をどこへ導くか……知って放っている……それだけを忘れるな)
そう、彼の未来を決めるのは己の攻撃も関わっているのだ。何も見て見ぬ振りを出来るわけではない。『悪人』を犠牲にするのだ。
「フギン=ムニンがそうであるように、騎兵隊もまた過去に相まみえた時とは違うのだわ! 見せてあげましょう、今の騎兵隊を!
此処まで戦ってきたのだわ! いくつもの戦場を、何度も何度も。ここで負ける私達じゃないのだわ! 悪いけど私も、帰ってレオンさんに褒めて貰うのだからね!」
赤き棘がちくちくと突き刺さる。戦場の気配に肌がひりついた。視線の先でフギン=ムニンが、男が立っている。
あのかんばせは何時か見ただろうか。『こそどろ』エマ(p3p000257)は息を吐く。忘れてはいない。『世話』になった友人の分まで進まねばならないのだから。
「……こんなことになってたんですね」
フギンの周りには行き場を喪ったように右往左往している狼たちの姿も見えた。氷の狼たちを前に、最適なコンディションを意識しながら、叩きつけるのは空中殺法。
足がエマの武器だった。敵を狙って真っ直ぐ走って行く。無数の『芽』を摘み取らねば、フギン=ムニンを――あの『魔種』を生け捕りにはできないか。
「大勢は決した感じはあるが、詰めをしくじる訳には行かん。現にヴィトニルはいまだ健在なのだ。……不穏の芽は潰させてもらう」
露払いもこの戦場では必要な仕事だった。フギン=ムニンを生け捕りにする事を掲げるイーリンの指示を聞きながら『騎兵隊一番翼』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は鉄の星を落す。
この場において、レイヴン自身にはこの場に思想と呼ぶべきものを持ち会わせては無かった。フギンをどうにかしてやろうという考えもなければ、特別、魔種達に対する思い入れも存在していない。
「ならば為すべき事に向かう連中を支えてやるのが筋だろう。今度はこちらの時間稼ぎに付き合ってもらうぞ、フローズヴィトニル」
故に、距離を幾分か離した狼の牙を『抜く』事を目的とするのだ。フローズヴィトニルはフギンの指示を聞かない。自在に動き回り、己の死と眠りを感じ取り怒りを露わにして居るだけだ。
「おやおや、もう云う事を聞かなくなったのかい?
要石を取られて一度ならず二度までもイレギュラーズにしてやられたというわけだ、キミは。
キミの戴く蠍の王の名は、今度は雪に塗れるってわけだねぇフギン=ムニン!」
長い袖で口元を隠して笑った『闇之雲』武器商人(p3p001107)の傍よりずんずんと進むのはジェド・マーロス。鉄帝国に棲まう彼にとって、フギンは侵入者に他ならない。
力の暴威の如く、怪物は男の前に立っていた。たおやかな腕は肉を裂く。銀の髪が揺らぎ、前髪の隙間から覗いた武器商人の眸が破滅を囁き続ける。
武器商人が引き寄せんとするフギンの鞭が強かに大地を打った。ミーナはフギンの状態を見極める。
相変わらずの話しだが男は怒りに支配され焦る素振りも見せなかった。その方が『遣りやすい』と言うべきか。
他人を騙し、脅し、言いくるめてきた。言葉を武器にしてきた男にはお似合いの結末だ。イレギュラーズに遣り繰るめられ、救済さえ望めないのだから。
「似合いだな。テメェを楔にする」
「ええ、構いませんよ。フローズヴィトニル、それが『私と混ざり合った』ら……ああ、どうなるでしょうね」
くつくつと喉を鳴らして笑った男にミーナは不快感を剥き出しにした。
「過去の事件については記録でしか知りませんけどね。私としても十分に迷惑かけられてるんスよ」
嘆息する『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)、それは『本業』としての意味合いも込められている。
「冬はもう終わりですフギン=ムニン。
あんたらの行動は鉄帝市民や戦いを望まないターリャを巻き込みました。その報い、受けてもらう…!」
「勝手な話しです。それは只の八つ当たりと傲慢だ」
どちらが勝手なのかと美咲は唇を尖らせた。フローズヴィトニルは依然として怒りの刃を剥き出しに分霊達を召喚している。
それが、精霊自体を弱体化させていると分かって居るのだろう。だが、止まらないのは抗うが故。
「八つ当たりだろうが、傲慢だろうが、正義ってのは人の在り方でかわるんでスよね? なら、これが正義だ」
「そう。我らは正義のために。宇宙保安官……いや。今だけは……騎兵隊。
騎兵隊員、ムサシ・セルブライトと名乗らせてもらう。お見せしよう、『新』騎兵隊員の力」
ゼストスクランブラーを狩り『『新』騎兵隊員』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が前進していく。
必殺剣ゼタシウムブレイザーを改良した一刀。爆発的エネルギーを刀身へと乗せて、ムサシはその身を投じる。
「お前はもう一人だが…彼女は、隊長であるイーリン・ジョーンズは違う。
何人もの英雄を束ね最前線で戦う勇者だ。たった一人で騙すことしかできないお前なんかが勝てる道理は……ない!」
幾度も、戦う場面があった。イーリンと共闘で、彼女がくれた信は、自身の勇気と共に在った。
フギンという男は頂点に立つ存在ではない。『王を喪った』ままの男なのだ。
「他者を謀り利用することしか出来ないお前と彼女は……違う! この騎兵隊は……信頼で繋がっているんだ!」
「我が王を悪だと断じ、夢を挫いておいてそのような!」
男は己が王を信頼していたという。あの日も、その側を離れたのも信頼であったのだ。彼ならば、全てを滞りなく――
それを挫いたのが、フギンの居ない戦場でキングスコルピオの前にあたわれた騎兵隊ではないか。
「……過去に何があったかは知らない。素人も思わない。
だが、ラド・バウも散々掻き回されたからな。これまでのお礼参りだ」
過去のことなど、『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)には関係はなかった。
男が過去に囚われ続けて居ることが敗因だとまざまざと思い知らせるように。昴は征く。
殺してはならないらしい。
殴って、蹴って、掴んで、投げて、極めて、締めるだけ。死んでさえ居なければ、使えると知っている。
「気が済むまで付き合って貰おうか」
「逃がす気は毛頭無いでしょうに」
フギンの鞭が巻き付いた。それを弾くのは『一ノ太刀』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)。
騎兵隊の因縁とは何か。一人の少女がフギンに翻弄され、彼の計略に従ったが故に、敵となった事だ。騎兵隊としてはフギンと戦場でかち合った事は無かったか。だが――『友人を策に嵌めた』のは紛れもなくこの男だったのだから。
「お前、キングスコルピオのための国が欲しいんだってな?
もうくたばった王様に尽くすなんざご苦労なこった。ま、それも徒労に終わるぜ? アタシ等の手によって、な!」
一番くだらねぇのは一番槍に固執するあたし、か。と、そう呟いてからエレンシアは乗りかかった船だと笑う。
笑みを浮かべ、ただ、ただ、戦う事だけに執着するように、そう見せていることこそが一番だ。
エレンシアはフギンを真っ向から見詰めている。男と騎兵隊は相容れぬ場所に居たのかもしれないが、今、その縁が交じった以上は、勝敗を決すまで戦い続けるしかあるまい。
『ラド・バウA級闘士』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)は堂々と男の前に立っている。
「フギン! 今、皆お前に手加減してる!
気づいてたら何で、とか狙いは、とか考えてそーだけど、意味ないぞ! だってこれは、皆手加減したってお前に勝てるって! 確信してるって事なんだからな!」
からからと笑ったマッチョ ☆ プリンが手を伸ばす。
イレギュラーズには好きなやつがたんまりといた。プリンと、どっちが好きかはちょっとだけ考えるけれど。
「おれはマッチョ☆プリン。きらりは一番星のきらりってな!」
胸を張ったマッチョ☆プリンが勢い良く『ズガドンッ!』と飛び込んだ。
皆が普段の本領を発揮しないのは目の前の男を殺さないためだ。彼は頭が良いと認識している。意地や信念があるのも確かだ。だからこそ、目を離してはならない。目を離せば、何かが起るかも知れないのだから。
『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)はもう少しはフローズヴィトニルの様子を見てみたかったと嘆いた。
巨大なる伝承の狼は目を瞠るような存在であった。頭目の怨敵だと言われれば、目に物見せたいという気持も分かろうもの。
仲間を意図的に寝返らせた罪は重く、攻撃の合間に吹き込む言葉にも僅かな熱が帯びる。
「やっぱり冬の中じゃ蠍も凍えるか。吹雪の中に見えた蠍の群れはさぞ楽しかったろうな?」
結い上げた鎖は件を象った。マカライトの黒鎖がフギンの鞭と絡み合う。
「さあ、結局は烏合の衆であったというだけ。許より、何も期待はしていませんでしたからね」
「……何?」
「時間さえ稼げれば好かったのですよ。此処まで来れば――お前達も道連れにしてやる」
フギンの声が地を這う。ぞう、と背筋に走った嫌な気配に眉を顰めて『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は軍師も此処まで来たれば『何の統率もせず』、只の子供の癇癪のようになるではないか。
『友人ハイン/死神』フロイント ハイン(p3p010570)は黒子が指先で指示したのを見てから小さく頷いた。騎兵隊は幾人もの支援者がいる。盾と、そして中核となる回復手の役割が分れている。
ハインの唇が吊り上がった。白き収穫者はせせら笑った。慈悲のなき刃は常識外れの一撃を放った。
「フギン=ムニン、君は過去にボスと騎兵隊をその策で踊らせてみせたそうだね。
次は一体どんな策を見せてくれるんだい?
父なる神の側近たる知恵の鴉の名を騙るほどだ、さぞや面白い秘策が待っているんだろう? お楽しみはこれからだよね。ねえ、ねえ、ねえ!?」
相手が何を思っていようが構わない。殺すべからず。そう呼ばれた死神は、命のやりとりを楽しむだけだ。
少しばかり気にしたのは同じ『逸脱した生命』たる少女だった。彼女は今、何処に居るだろうか――
ハインが気にしている娘は要石を手にしている。その石は現状ではフギンの『仲間』であったとしか呼べぬ魔女と共にあった。
「……仲間を殺した怨敵と、孫に慕われるお婆ちゃん。
犠牲にせねばならないならどちらを選ぶかなんて明白だよね。相応の報いは与えて然るべきだ」
「魔種であることには変わりが無いのに?」
「変わりが無いからこそ、他の情報を加味したんだよ」
やれやれと肩を竦めた『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は血液を凝固させ、刃を作り上げた。
不吉を嘲笑うが如く。雲雀の樹上には眩い星が光り輝く。地を踏み締め、隙へと滑り込む雲雀の刃を食んだのは蛇か。
「俺自身が戦ったワケではない。けれど、イレギュラーズが大事な仲間を殺されたという変わりようのない事実がある。
仲間の怒りは俺の怒り。俺がお前を狙う理由はそれだけで充分なんだ。この邪眼はお前が永劫の苦しみに苛まされる運命に至るまで絶対に逃さない」
「はは、可笑しな事を。殺したのはイレギュラーズではありませんか!」
ああ、それだけで、酷く苛立ったように雲雀は見せかけた。
相手を怒らせれば良い。そんな単純なオーダーだが、男が時折見せる理性は此方の神経を逆撫ででしてくるのだ。
「――楽に死ねると思うなよ」
煽る言葉と共に、雲雀は苛立ちを滲ませる。その状況下を淡々と確認している黒子は「冬の気配が濃いですね」と呟いた。
仲間達を苛む者を遠ざけ、影より支えるのが青年の在り方だ。各位がそれぞれの統率を担い、フギンの状況把握の伝達を効率化させていく。
この人数を相手にしているのだから、男にも疲弊が蓄積しているのは確かだ。
「わっちが再びこの戦場へ来るまで、少し間が空いてしまいんしたが何やら面白い事になっておりんすね?」
からからと笑った『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は黒子から状況を聞きこてんと首を傾げた。
「かつて絶望の青における敵であるはずの魔種ミロワール様。よもや今回再び魔種を味方につけるとは……なんの因果でごぜーますかねえ。
流石は特異運命座標、という事でござりんすか。この戦いの行く末、しかと見届けるといたしんしょうか。
それにしても……フギン様の生け捕りでごぜーますか……本当に面白い事を考えんすねえ……」
こてんと首を傾げたエマは眩い光を放つ。その光の下を駆けて行くのは『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)であった。
「まぁ好き勝手やってくれたモンだよな。動きとしては俺の好みの部類だったかもしれねぇけどよ。
でも俺当人としては『気に食わねぇ』のよ。友達もいるあの場所を、好き勝手しようとしてくれたお前が。
ただの祈りを捧げる少女を踏みにじろうとしたお前が。……単に気に食わねぇんだよフギン」
「犠牲は必要でしょう。何を、その様な事を。
他者を楔へと使用しようと顔色一つ変えない者がよく言う事だ!」
降り荒む雨の下を男は走り抜けていく。命運ごと『裏返って』しまったのだ。
当初の男のプランは此処では最早叶うまい。全てが崩れ去っていくのならば、其れも良し。バルナバスと共にこの地を焦土に変えて道連れにしてやると男は言った。
「させるかよ」
単に気に食わなかった。それだけの理由だからこそ、カイトはフギンへと言う事が出来た。
「互いに好き勝手してんだ。こっちも好きにさせて貰うぜ」
あと少しの時間を、どうか。思うままに過ごせば良い。
「ロージー、あともう少しよ。ありがとう、貴方が横にいて心強いの」
優しい声音を傍らの氷狼に掛けたレイリーは息を吐く。フギンの囮になる事は出来る。だから、前線は任せて欲しい。
騎兵隊だけじゃない。後から遣ってくる仲間達の分まで、此処は『欠片(ロージー)』と共に守りきって見せるから――!
成否
成功
状態異常
第4章 第6節
自らの在り方は変わりやしないと誇らしげに告げたのは『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)。自らのロールはヒーラーと定義する。
まるで、ネットゲームを楽しむかのように現実(リアル)で選択肢を示す仲間達の背を追掛けた。それが『夢野 幸潮』であると告げるかのように。
「しっかし……怒らせるって言ったってどうしたらいいんだよ……我、汝が物語知らぬよ?」
困り切った様子で首を捻るが、終端を飾る言葉は決めて居る。そう――此度の英雄譚は、斯くして終わりを告げた、だ。
華々しい終わりを切り拓くために、前を走り征く仲間の背を支えるのみ。
「行くぞセララよ! 共に悪を打つのじゃ!」
堂々たる宣言と共に。『剣の精霊』ラグナロク(p3p010841)はふわりとしたドレスを揺らした。背には美しい白翼が揺れている。
宣言すると共に、ラグナロクのその体は剣へと変化した。頷き、彼女と共に戦場を駆けるのは『魔法騎士』セララ(p3p000273)。
救世の聖剣にも、終焉の魔剣にもなるとされた『聖剣』ラグナロク。それはセララと共に戦場を駆ける眩き光。
「フギン!」
地を蹴って、飛び上がる。フローズヴィトニルよりも前に、より攻撃が届きやすくなるように。
騎兵隊の功労のお陰もあり、フギンとフローズヴィトニルは引き離された。だが、その立ち位置を固めねばならないか。
ならば。
「キミの望みは叶わないよ! 砂蠍を倒したように、ボク達がキミの建国を止める!」
宣言と共に、セララは敢てその身をイレギュラーズの輪の中へと叩き込んだ。フギンが受け身を取り、足元を引き摺られながらも『ラグナロク』を受け止める。
守護の呪いを有するように、ラグナロクは佇んでいた。一心同体を思わすコンビネーション。
セララが飛び込めば、ラグナロクも共に。そうあるべく全力全『壊』――ギガセララブレイクを叩き込むのみ。
――これが絆の一撃だよ! セララスペシャル!
あの時、キング・スコルピオに確かに叩き込んだ一撃は今よりももっと稚拙だっただろうか。
いや、それでも信念も絆も、全てが込めた一撃だった。ラグナロクと共に『あの日』の再来を思わせる。
「ッ――貴様!」
フギンが顔を上げた、刹那。その頬を掠めたのは鋭き『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)の一閃であった。
冴え冴えと、そして冷ややかに。凍て付く変幻の刃を叩き込んだのは舞幻の型。
「なるほど……フギン=ムニンを。その手があったか。
正直に言ってその発想は無かった。あの男の事は、もはや斬るしかないとしか考えていなかった。
力ある魔種を生け捕り……とは、言うほど簡単な筈もないけれど――想定外の終わり方。ええ、それも良いでしょう」
独り言ちた女の瞳がフギンを品定めするように眺めて居た。眼球は、一つ喪った後か。止め処なく流れる血潮の滝はあの日の怨恨そのものか。
「キング・スコルピオは大した人物だったと、前に言いましたね。その認識は今も変わりませんが……。
断言できる。貴方には、彼の理想を継ぐ国を作る事などできない。その在り方、理想を貴方は今も体現できていないでしょう?」
「……国さえ有れば構わんのだ」
感情を曝け出すような低い声音であった。フギンを見下ろす舞花の表情は冷たい。彼女は決意している。否、彼女だけではないのかも知れないと『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の唇は震えた。
「やっぱり代償なくなんて都合のいい方法はないんだね」
「焔ちゃん……」
エリスが切なげに焔を見上げた。焔は常にエリスの傍に居た。フギンは最早、諦観の中に居るようにも見えた。
要石がイレギュラーズの手に渡ったからだろう。フローズヴィトニルをどうすることも出来ないならば、時間を稼ぎバルナバスの太陽に全てを灼かれてしまえと破滅願望を口にするほどに。
(分かってる……フギン=ムニンを代償にすれば、エリスちゃんを助けられるかもしれない……。
ボクも、覚悟しないと……だったら、幻想の時からの分も含めて、散々色んな人を苦しめてきた分の罰を受けてもらおう!)
ぐ、と息を呑む。フギンを捕まえるために焔が手にしたカグツチは赫々たる炎を宿していた。
「エリスちゃん、一つだけ、約束して」
「……何でしょうか」
「もし、フギンを楔にして封印するのが上手くいかなくって、代償が足りなかったら、ボクの命(パンドラ)を使ってよ」
エリスが目を見開き、焔の名を呼んだ。落ち着き払った穏やかな笑顔が、有無も言わせぬ空気さえ醸し出す。
「約束したで?しょ 来年も再来年も、その先もずっと、シャイネンナハトには遊びに来るよって!
だから、エリスちゃんを連れて行かせたりなんかしない!
大丈夫、全部使いきったりはしないよ、ボクがいなくなっても約束が守れなくなっちゃうからね!」
焔はエリスの手をぎゅうと握った。
知ってる? 可能性(パンドラ)は無限大なんだよ――
そうだ。可能性が多岐に亘っているからこそ、どうしようもない思いを抱えることになったのだ。
『光芒の調べ』リア・クォーツ(p3p004937)の唇が震え、音を上手くは紡げない。ブリギットを犠牲にしなくてもすむなら、それを選びたかった。
けれど――
「サンディ」
目の前には、彼が居た。
フギン=ムニンに囚われたイレギュラーズの内の一人、生き残った唯一の。『ラド・バウA級闘士』サンディ・カルタ(p3p000438)はリアの不安を良く分かる。
足元の石ころを転がすように蹴り飛ばした。『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)がリアの手を握り、深く息を吐いた様子が視界に入る。
「ねぇリア、誰しも心には譲れない想いがあるものさ。君は君で、私が私であるように。……私が私の想いを貫くことを、どうか許しておくれ」
「シキ……」
合流した三人の眸は『違う』蒼穹を見ているようだった。いや、それはリアだけなのかもしれない。シキはサンディの傍で、決意を示している。
(……そう、ね。あいつの……守るべき大切な人の想いを知った上で、自分のエゴを選ぶ……友達失格ね、あたしは)
シキのように曝け出すのも、怖くなってしまった自分は――
「リア」
促すシキにリアは小さく息を吐いてからサンディの名を呼んだ。
「……ごめんなさい。フギン=ムニンを貴方に討たせる訳にはいかなくなった。あいつを封印の要にする方法が見出せそうなの。
でも、それが成ったら貴方の想いも一緒に封印する事になってしまう。――あたしの大切な、貴方の想い(せんりつ)を」
「リア……」
サンディは真っ向からリアを見ていた。リアの唇が不安を紡ぐ。
「でも、それでも、あたしはあの人をここで犠牲にはできない。
あの人は家族みたいに過ごしてきた人で。家族を……家族を守らないと、あたしは、何者にも……だから……ごめんなさいサンディ」
シキは、吐出すリアを見てからゆっくりとサンディへと向き直った。自分が自分の為に為せることをすると、決めたのだ。
「サンディくん、君はどうしたい? 私はこの戦場で君と共にあると決めた。
だから。君がどんな道を選んでどんな感情を抱いたって、私が全部一緒に背負ってあげる」
「……悪い、今日の俺は余裕がねえや。シキ。リア。何かあったらちゃんと逃げろよ。
これは俺の、ケジメだ。もう何ひとつ、奴の好きにはさせねぇ!」
シキは可笑しそうに笑った。
「逃げる? 身を挺してもらう? 君たちが踏み込むならば私もそれ以上に前のめりに決まってる!」
シキは二人を追掛ける。
――あの日、蠍座の輝きを見たその日。
フギン=ムニンが王と崇めた男の傍に居たのは御幣島 戦神 奏(p3p000216)であり、一条院・綺亜羅(p3p004797)だった。
「フギン、お前とも随分長い付き合いになったな。
……こいよ、フギン。ここで俺を殺せないなら、今日という日はお前にとっちゃ、あの日よりマシにはならないだろうぜ!」
大地を蹴った。『奇跡に頼るしかなかったガキ』は此処に居なかった。
自身を信じてくれるシキが居る。目的が別たれようとも、リアにも決意があった。
――殺すわけに、強くなったわけじゃない。
目標だった。アイツに絶対負けない『強さ』が。
「フギンムニンだっけ? 残念だね、君は楔とやらになるらしい。
それも悪くはないんじゃない? ……きっと宝石のような氷になって、永遠の時を生きるのだから」
シキは知っている。命だって賭けて良いほどにサンディはフギンに入れ込んでいたと。
「『軍師ギュルヴィ』……やはりとても似合ってる。王を支える者、即ち王佐の才。それが貴方。
軍師謀士たる貴方には、覇道の戦略を練る事は出来ても、覇道を歩む事は決して出来ない。
現に、今の貴方の戦略自体、覇道に非ず。覇王たるキング・スコルピオの採る道ではない。
――彼という王が居ないならば、貴方の夢見た王国は何処にも、永遠に存在しない!」
舞花の言葉にサンディは「分かって居た」と唇を噛んだ。だからこそ、サンディを捕える計略に嵌めたのは己でも『選択肢』を示したのは王だったではないか。
サンディはフギンと距離を詰める。断ち切る風の気配がひゅう、と音を立てた。
フギンの鞭がサンディの腕に絡みつく。奇跡に縋るしかなかったガキじゃない。目の前の魔種が何だというのか!
サンディの短刃がフギンの腕へと突き刺さる。
「正直言えば、息の根を止めないと安心できねえ。でも俺の借りは『半殺し』。
残念だぜ、フギン=ムニン――スジ通んのもそこまで。……俺、強くなれたのかなぁ。あの日から」
「……サンディくんは強くなったよ。誰よりずっとかっこいい男の子さ」
シキがサンディの手を握る。それから、シキはそっとリアに手を伸ばした。
冷たくなった指先を絡め取る。リアは不安げに成り行きを只、見守っていた。
成否
成功
状態異常
第4章 第7節
「さてと、泣いても笑っても最終決戦! みたいな? 私の場合、ちょっと違くて、鬼バイブスって思うよりも先に……アレを排除しなきゃね?」
ぎろり、と戦意を滾らせて睨め付けたのは『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)だった。
「おっと、いけねぇ。此処ん来た時に戻りかけてんな! 失敬失敬! 私はみんなと違って手加減ができねーからさ」
「俺もだよ、秋奈」
確実に、殺す事だけを考えてやって来た。『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)はそれは自身のエゴだという。
「覚悟しろよー! ターゲット排除、開始」
明るく振る舞う秋奈とは対照的に、エゴだと己の行いを示す紫電は後先何も考える必要はなかった。
来る日も、来る日も、自身の魂は『あの娘』に開けられた穴に縛り付けられている。
(そうだ、フギンを楔にしてしまおう、か。
成程確かに。封印の人柱にして死ぬより酷い目に合わせると言うのはいい案だ)
これも、これも、これもこれもこれも――全ては『奏』の分だ!
「……下らない願いだな、フギン。主亡き今、そんな野望に何の意味がある?」
「貴女こそ、八つ当たりだと仰って居たではありませんか」
草臥れた様子の男はペストマスクを投げ捨て、鞭を振り上げた。ぱしり、と打ったそれが紫電の身を傷付ける。
だからといって、止まるわけは無い。
「お前は消えろ、"特異運命座標"(イレギュラーズ)なんて言うんだろう。
だがその言葉、そっくり返させてもらおう。
オレと秋奈と、……オレ達の前から消えろ、"黒き狂鴉"(イレギュラー)!」
紫電の刃を受け止めた鞭が勢い良く振り乱される。秋奈は『封印』するならば、少しでも長く、長く。
この戦いを『楽しんで』居たかった。あの時の『あの娘』も、屹度。
――私はバーサーカー。闘争の獣。闘いたいだけ、殺したいだけ。たとえそれが……。
「随分と、追い詰められているね。御機嫌よう。『アラクラン総帥の』ギュルヴィ君。
……簡単に、嫌いになんてなれないよ。最後に裏切る心算だったとしても、その過程で共に救った現実は、確かに本物だったのだ」
対照的に『革命の医師』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は未だに男の事を切り捨てることが出来なかった。
秋奈の猛攻の隙間を縫い肉薄する。
「もしも、だ。もしもギュルヴィ君が勝利したら、貴方の部下達が夢見た国を作ってくれ。彼らは皆、貴方に願いを託して死に向かったのだから」
ルブラットの囁きに、フギンの目が見開かれる。ああ、なんと――なんと愉快なことを言う男か。
「私は、貴方の様な愉快な存在(ひと)を嫌いではありませんよ」
「ああ、奇遇だな」
それ故か、フギンもルブラットには攻撃を仕掛けなかった。ルブラットはアミナの一件もアミナが言及しない以上は触れる気もなかったのだから。
(……やっと、此処まで来た……)
――けれど、皆がそうであるとは限らない。
心の隅に棘が突き刺さり続けた。己が為せれば救われたのではないかと『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)も思わずには居られなかったからだ。
マリアの暗い表情を一瞥してから『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)はその肩をぽん、と叩いた。
「状況が整理されて、わかりやすくなったじゃないか。
然らばここから必要なのは鉄の意志ではなく。おちゃらけ精神というわけでありますね?」
「え?」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)がぽかんとした様子でエッダとマリアを見た。
少し手伝って欲しいとブリギットに声を掛けていたヴァレーリヤは唐突なエッダの言葉が予想に反したものであったのだろう。
「おちゃらけるのですか」
真顔のブリギットにエッダは大仰に頷く。マリアはふ、と小さく笑った。その様子を眺めて居た『竜剣』シラス(p3p004421)も同じだ。
「そうだよ、おばあちゃん。まあ、任せとけよ」
肩を叩くシラスにブリギットは不可思議そうな顔を見せたが深く問うことはない。
「貴方の目指す国の姿……聞かせてもらったけれど、とても賛同に値するものではございませんわ。
理想を継いだ貴方がその程度という事は、盗賊王とやらの中身も、たかが知れていますわね?
……ああ、ごめんなさい。盗賊風情に期待する方が酷でしたわね」
「王の何を分かると言うのだ、テロリスト」
「テロリスト風情だからこそですわよ」
えげつない罵倒だとエッダはぱちくりと瞬いた。
「そーだそーだ、真の盗賊王たるこのヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤに掛かればスコルピオなんかウマのフンであります!
こいつこそ鉄帝の牢獄から100回以上出てきた女! ねーマリア!!」
――エーデルガルト・フロールリジ大佐とは思えぬ『愉快な言葉遣い』でエッダは指差した。
「ごめんね。私の友は悪乗りするけどいい奴だし、私の恋人は思ったことを素直に口に出してしまう素敵な人なんだ。
フギン君の怒りはもっともだけど、ヴァリューシャには指一本触れさせないよ?」
にんまりと微笑んだマリアは射程圏内だと言うことを示しながら、未だ戦う意欲を見せるフギンを見遣った。
騎兵隊に、そしてサンディや秋奈を始めとするイレギュラーズを相手に、男も満身創痍だろう。
「これ以上の抵抗は止めれば良い。理解しているだろうに」
「……理解していても、諦めたくはないのですよ」
ふらつく足に力を込めた。
サンディは『半殺し程度だ』と言い、秋奈は未だ彼との戦いを長く長く『奏(かのじょ)』を追うように楽しんでいた。
「フギン・ムニン、蠍の妄執に囚われた哀れな男よ、今一度、お主に敗北を馳走してくれよう!」
バルナバスに己の目的が露見することも厭わなかった『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)がフギンへ放つ実践武技。
「『王』に身を捧げた、その熱意は認めよう。しかしそれはかつての蠍の王にあらずお主の醜い自己満足に他ならぬ。
――蠍の王も人選を誤ったでござるな、お主の様な愚臣を持つとは!」
気配も呼び動作もなく、忍びは只、男の意識を刈り取る事のみに注力する。
何も難しいことではない。コレだけのイレギュラーズがそれを求めているのだ。嘲り笑うかの言葉も男の小さなプライドを揺さぶるに十分で。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)はすう、と息を吸った。
「悪しき狼の力は削がれた。そして皆さんの選択は……あの魔種を礎とすること。
だったら、私はその力添えをするだけ……フギン・ムニン。恨みはありませんが、その血と魂……奪わせていただきます」
己が頬には薔薇が、流れた血が花弁に変化すれど『血印』だけは普段と変わりない。魔女を振り向いた『魔女』の眸はまだ、冴えた色彩をして居た。
「これで……良いんでしょうブリギット。
後は貴女と、皆さんの可能性を見せてください。もし、あなたが狂うようであれば、その背中は私が"うち"ますから」
「マリエッタ、貴女が必ず『狂ったわたくし』を殺してくれる事だけが安心できる事です」
彼女はいつかは狂ってしまうのだろうか。そんなことを思い浮かべるマリエッタは酷く嘆息した。
女の殊勝な態度に腹が立ってしまうのだ。同じ、魔女として。
「おばあちゃん」とシラスは呼んだ。結末が分かるからこそ、どうしようもない――ただ、それは己の為したいことだった。
(おばあちゃんの反転もフローズヴィトニルもこいつの企てだ。落とし前は、つけて貰うぞ!)
何より、己が納得行かないのだから。
「テメーにはもうキング・スコルピオの背は追えねえよ!
あいつはクソ野郎だったが最期まで人間だったぞ! お前はどうだ、誰が正気のままお前についていく?」
資格を手放した。それが『魔種』となる事だ。
「詰んでるんだよ!」
幕引きが為、見えない糸を手繰り寄せた。フギンを絡め取る。その手から鞭が弾かれ、男が天を仰いだ刹那、
「今まで散々好き勝手やってきたのでござる。その罪の対価、己が身で払われよ。御免!」
叩き込まれた一撃で男はよろめき、膝をついた。
武装は解除され、身一つ。その傍に、『同士』であった女はゆっくりと膝を付く。
「ここまで来れば十分ですわね。ありがとうギュルヴィ、私が欲しかったものを快く渡してくれて。
……怒りは目を曇らせるのです。その迷惑な理想ごと、封印の楔になりなさい!」
ヴァレーリヤは叫ぶ。聖職者『らしからぬ』仕草ではあるが、フギンを捕縛を行なう迄の動きは速かった。
未だ抵抗を見せんとする男を縛り付けるが為、ヴァレーリヤは「抵抗はなさらない方がよいのでは」と冷めた声音で問う。
「最期に望みはありまして? 逃してはあげられないけれど、私に出来ることであれば、叶えて差し上げますわ」
「――この様な状況で?」
「あと、心中も遠慮させて貰おうか。私の恋人だからね」
マリアは憤ったママの眸をフギンへと向けた。最後の最後まで、ヴァレーリヤは男を『ギュルヴィ』と呼んだ。その真意を聞けぬままマリアは唇を尖らせて。
フギンを転がせた背中にどすりと体重を掛けて乗りかかったエッダは「まー、あれであります。お前はよくやったよ」と背を叩いた。
「ぐ」
「やり方も気に入らなければ、やったことは許せないでありますけど。その忠義、忠道だけには敬意を表する。
……どうあっても、徹底的に丁寧に封印の要にはなってもらうが。だから、最後にひとつだけ訂正と謝罪を」
押しつぶされていたフギンが顔を上げれば、エッダの横顔が見えた。
「大したものです。貴方も、貴方の王も。
――悪名であれど、例え我々であろうと冠位魔種であろうと道を譲らなかったその覇気に、私は敬意を表します」
此処に居たって、敵にその様に認められれば。
嗚呼、どの様な顔をすれば良いのかさえ分からない。己が目指した王の道を肯定されて仕舞えば、人は弱くなってしまうのだ。
成否
成功
第4章 第8節
「ほら、言ったでしょ、わたしの勝ち」
舌をべえと出した『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)に『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は「めーちゃん!」と叫んだ。
「めーちゃんは無理しすぎだ……」
大切なものを取りこぼしそうになった。くしゃりと泣きそうになった顔だけは悟られずに済んだだろうか。
レイチェルの叱り付けるような声音で、メリーノは『怒っているのだ』と感じてその顔は見なかった。
クラウィスには睨まれ、押さえ付けられているフギンにも睨まれ、腹も痛い。良いところまで抉ってくれたものだ。応急処置を申し出てくれたブリギット曰く「臓物の替えはお持ち?」という何とも言えぬ状況らしい。
「よーちゃん」
「……大丈夫だ。めーちゃんが集めた可能性(ピース)が此処まであるんだ。
獣を捕える鎖……グレイプニル。それを作り上げれば――」
レイチェルが頷けばメリーノはエリスを振り返って微笑んだ。
「ねぇエリスちゃん 大丈夫だったでしょ? なんとかなる方法、見つけてきたわぁ。
むかしむかしからはじまるおはなしは めでたしめでたし、でおわるの」
「メリーノちゃん、『眠ってはだめ』ですよ」
ぎこちない表情をしたエリスにメリーノとレイチェルは顔を見合わせた。
「エリスさん……さっき僕が考えた事は、違うんだね……ごめんね。癒す事なら、僕にできたんだけど……」
ぽつりと呟く『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)にエリスは「フギンちゃんへの啖呵はすごかったです」とそう言った。
フローズヴィトニルが居なくては勝てないのか、王に及ばぬと告げた祝音。
フギンは些か満足げな顔をして居たが――屹度、王の素晴らしさを告げたように感じられたからだろうか。
「エリスさん、ブリギットさん。僕は二人を護りたいんだ」
「祝音」
ブリギットが鋭い瞳を向けるが――祝音は首を振った。
「違う、違うよ。必要な事があれば……僕は二人の為ならばこの命を削ったって良かったんだ」
祝音も、『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)も同じだ。ブリギットは思う。
優しい子達は自己犠牲の塊なのだ。老い先短く、性質までも反転した『魔女』にまでこの様な――
「そうだね……君が、僕達が犠牲になる道を望む訳がなかった。
自害するとまで言わせてしまって……ごめんね、ブリギットさん。だから、僕は選んだよ」
自分が選び抜いたのはフギン=ムニンを代償にすることだった。
「僕は鎖を作る手伝いをする。アイツを、そしてフローズヴィトニルを結びつける鎖を……!」
捕縛し、封印の術を施すだけ。そうするためだけにも代償は重くのし掛かる。幾人もが分け合った『代償』が鎖を作り上げることをヨゾラは気付いて居た。
それだけの力を必要とするが故に、彼女は一人で向かおうとしたのだと。
ブリギットを見詰めれば、『彼女のために奇跡を願う』という選択は捨て去ろうと心に決めた。ブリギットが厭う事を何よりも理解出来るからだ。
「俺、結構しつこい性格なんだ。嫌だって言っても貴方を此処で倒れさせないし、その為に俺もまだ倒れない。
……特別な縁があるわけじゃないけど、もう決めた。どっちが最後まで我を貫けるか我慢比べだね、クラウィス」
へらりと微笑んだ『オフィーリアの祝福』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)はクラウィスの『命を繋ぐ』事に尽力していた。
「ねえ、賭けをしようよ、クラウィス。
俺は、貴方と一緒に生き延びる方に賭ける。そしたらエリス達にも怒られないしね……たぶん!」
「殺してくれ」
男の声にイーハトーヴは目を見開いた。
「あの封印と共に」
懇願するその言葉に、イーハトーヴの唇が震える。そうだ。彼を此処で生き延びさせても『殺さねばならない』。
魔種であり、何より『要石を手にし続け』衰弱した男と代償を分かち合う奇跡は厳しいものがあった。
大半をイーハトーヴが被らねばならない。『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)もそれには気付いて仕舞っていた。
「私はまだ、ネーロとビアンコの事を諦めてはいない。何もかも全て諦めて邪魔するだけならば黙って見ていろ!」
叫んだ。諦めたくはない。フローズヴィトニルとの繋がりはあるのかと問うたゲオルグにクラウィスは緩やかに首を振る。
「あの子達は」
「……あの子達をお前の所に返したいのだ!」
主人と共に在った狼たちは幸せそうであった。
何処にも帰れずフローズヴィトニルに溶け合った二つの命は、そうあるために生まれたのではないのだから。
要石の制御意地を手伝っていた『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は唇を噛み締める。
ブリギットを護りながら、クラウィスの狼を『引っ張りだそう』と足掻く。ゲオルグも、リュコスも同じ事を目的としていた。
クラウィスはもう長くない――彼がその命を終える前に、せめて。
「リュコス、辞めなさい」
「……ううん。
自分の身がどうなってもいいんじゃなくて、もちろんぼくも含めて少しでもみんなが助かる可能性をあげるためにぼくは“助けたい”。
だから……止めないでね、ブリギットおばあちゃん」
「リュコス!」
命を削るなと叫ぶブリギットを押し止めたヨゾラは首を振る。これは『狼』の意地なのだ。小さなリュコスが二匹の狼の意識を手繰り寄せようとしている。
重なったゲオルグの願いに応えるように要石が小さく輝き、徐々にその形を変えて行く。
「鎖が――!」
『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は手を伸ばす。
精霊使いの家系に産まれた娘は、力の制御には多少なりとも心得があった。レイチェルと共に『自らの欠片』の制御を行なっていたリースリットは鎖を手に取る。
灼けるような傷みが腕には走った。レイチェルが『腕の一本をくれてやる』と宣言した程の。
その中から小さな欠片が毀れ落ちた。クラウィスの震える手が伸びる。白と黒の欠片を手繰り寄せ、男の唇が浅く笑う。
「クラウィス」
ゲオルグが呼ぶ。イーハトーヴは男の満足げな顔をして、膝を付いた。
要石が『鎖』に変化した。制御を分け合う『イレギュラーズ』達と共に、男はその生命力の全てを『狼を捕える鎖』に捧げてしまったのだろうか。
「――ッ、精霊女王。急ぎ、封印を」
「……はい、行ないましょう」
リースリットの呼び掛けにエリスは振り向いた。鎖をフローズヴィトニルに仕掛けなくてはならない。
フローズヴィトニルの封印を行なわんとしたメリーノの手を、レイチェルは引っ張った。
大人しくなったかと思われた氷狼は未だ、牙を剥きだし抵抗を続けている。
幸せな夢を否定するように牙を剥きだした狼を前にレイチェルは恐怖を感じた。
(ダメだ――此の儘めーちゃんが『狼と眠ったら』二度と目を覚まさなくなる。
……分かる。エリスがあんな顔をした理由が。エリスが俺達に再三忠告していた理由が)
封印に『巻込まれる』可能性がある。ずっと一緒に居る『約束』を果たす為に、お姫さまの眠りを許しては置けないのだ。
「リースリットちゃん、フローズヴィトニルを、此処に押し込まなくては……!」
リースリットは頷いた。イレギュラーズ達は最後の『仕上げ』に動き出す。
成否
成功
状態異常
第4章 第9節
「ここが最後の踏ん張り所か……」
捕えられたフギン=ムニンを一瞥してから『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)は地を蹴った。
どうやら、外では戦況の変化があった。キドーの可愛い『社員』達も退路の確保や、遍く戦場の状況確認に奔走しているだろう。
「……やるべきことだけはようく分かるぜ!」
フローズヴィトニルの前に飛び込んだ。ひとりふたりで止めきれる奴じゃないのは確かだ。
キドーはよく知っている。死に瀕する獣というものは凶暴性を増すのだと。チートコードは十分に理解している。動きを食い止め、あらゆる邪妖精に『後払い(ツケ)』で仕事を頼むのだ。
「行くぜ、お前ら!」
きいきいと文句を言う声が聞こえたが其方に構っている暇はない。
「エリス様も、魔種のばあちゃんも犠牲にならない結末が見えたなら、あとはそれを目指すだけだな!」
うんうんと大きく頷いた『ウォーシャーク』リック・ウィッド(p3p007033)はフローズヴィトニルへと出来る限り呼び掛けていた。
イレギュラーズのように『そうあるべき』と定められた道から外れるのは楽しいとさえ思う。
だが、精霊には此処の役割があるのも確かだ。それに従うのもこの世界では悪い事じゃない。
「簡単に流せないくらい犠牲者は多かったけど、アンタは冬としての役目を果たしたんだ。それは恐れられたとしても否定することはできねえ」
そう伝えたかった。リックは『銀の森』の精霊種だ。即ち、フローズヴィトニルの娘に当たるエリスの庇護下に居た。
ならば、父同然であるそれを悪しき狼だと呼び眠らせたくはなかった。
(おれっちはエリス様を喪わないように努力する――! めでたしめでたしでラストを飾る為だ!)
やれやれと言わんばかりの『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は切り離されたフローズヴィトニルをまじまじと見詰めていた。
悪しき狼の名を冠するそれを『悪狼』と敢て呼ぶ事はしなかった。
「まあ、無理矢理眠らせるより、お休みを伝えられた方がいっすし……」
春の花でも与えてやろう。夜叉ノ贈草。誰かに送るために。それは彼が得た能力(ギフト)であった。
小さな白花。それが鉄帝国に春の訪れを告げる『春告花』。その一輪を見て慧の表情が歪む。
御伽噺では『春』とは即ち、フローズヴィトニルの愛しき相手のようなものであった。決して出会うことのない見ることのない恋人。
そう認識すれば『玉響』レイン・レイン(p3p010586)は自身の命が削られようとも構うまいとフローズヴィトニルを見詰めた。
「皆が礎にしようとしてる人は……悪い人……でも……その人の想いに囚われない様にしてあげたいから……。
フローズヴィトニルは……春も、夏も、秋も知らない……けど――」
フローズヴィトニルの目になってやりたかった。要石に触れただけで代償のように自身の体力が削られていく。
己の見てきた全てを渡してあげたかった。けれど、奇跡とは起らないからこそ、奇跡と呼ぶのだろうか。
何時か、語り聞かせてやれば良い。微睡みの縁に、幼子にするように。レインの優しさは確かに伝わっているはずだからだ。
「――悪には悪の理由がある。彼の苦しみは同じく底辺の辛酸をなめてきたアタシには痛い程わかる……」
だからといって刃を鈍らせることが出来るのか。それはそうではないと『剣閃飛鳥』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は首を振った。
(人は誰しもルールにより守られる、ただ運悪くルールが守ってくれなかった時に、
ルールの刃を振りかざす人に傷つけられた時に人は真なる悪。破壊者になっちゃうんだ……。
そういう人をたくさん見てきた、アタシの恩人や……友達だった人達……この狼は『そうあるべき』だったんだ)
必要悪、と呼ぶべきだったのだろうか。必要とされた冬。存在その者に役割があると告げたリックの言葉が痛いほどに分かった。
ミルヴィは最後の余力を振り絞り暴れ回るフローズヴィトニルの元へと飛び込んだ。舞い踊るように刃を翻す。
身を捻り上げ、斬りつけたのは一度、序で二度目。フローズヴィトニルの爪が振り上げられたことに気付き、抉られた肩口を押さえる。
柔らな気配が吹いた。『あたたかな声』ニル(p3p009185)は支えるべく此処までやってきた。
「ブリギット様が、エリス様が、犠牲にならない道があるのなら……なくさないでいい道があるのなら。
ニルはその道を進みたいから。すこしでも力になりたいのです」
その先に何が待ち受けているのか、今はそればかりを考えては居られなかった。魔種だから、と諦めて取りこぼすことは怖かった。
ニルの願いを共に届けるように『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)は大地を踏み締めた。
「本意ではなくとも鉄帝民を苦しめたのは事実じゃしな!」
抑え、そして『制御する』為の戦いと言えども本気を出さねば負けるのは何方か。ニャンタルの背には冷たい汗が流れた。
しかし、此処で恐れて等居られまい。実践的な殺人術は、的確に弱い場所を狙っていた。鎧に身を包んだニャンタルが作り出したのは魔性の一撃。
黒き大顎は魔力によって作り上げられ、振り下ろした大剣の覇道と共に進み征く。
フローズヴィトニルに作られた傷口が痛ましい。だが、今は手加減などしている暇ではないと知っていた。
賭けだした『時には花を』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)はミラクルキャンディーを舐める。ふわりとした雪色の髪が揺らぎ、苛烈なる戦術は『掌握者』の名を廃らす訳もない。
「ここ!」
此の儘、押し切るために。
戦略は既に整っている。『秩序の警守』セチア・リリー・スノードロップ(p3p009573)は小さく頷いた。
「あそこね……!」
駆け出すセチアは『希望』を手にしていた。看守である娘はしなやかな鞭を叩きつける。
(私は何故アイツが眠ってこんなに寂しいのか分からないまま、アイツと再会できないまま死ぬのは嫌。
だけど鉄帝は私の故郷で、皆が抗う中……何もしないのは看守じゃない! だから……私も全力を尽くさなくちゃ!)
アイツと呼んだ『彼』の思いも、目の前のフローズヴィトニルの事も何も知らない。けれど、分かることがあった。
「……悪なら更生の為に尽力するのが看守の役目だものね!」
エゴでいい。伝えたい。セチアが『彼』の力に頼り、掛けた言葉は優しいものだった。
「故郷を冬に閉じ込める事で、故郷を守れると、それが幸福だと考えた存在が確かに居た事を。
それだけは知っておいて欲しい。きっとそれは……貴方にとって救いになるだろうから」
冬に全てを閉ざす事で護られるものがあったのだろうか。雪色の狼は、ふと思う。
『そうあるように』運命(さだめ)られた存在だった。ならば、その在り方全てを変えて仕舞うことは出来ないから。
「大丈夫だよ。
アナタが気高いって事は知ってる。ワタシも狼。狼は気高いって所を見せて上げる……!」
良く似た艶やかな毛並みをした娘は堂々と立っていた。
「ワタシが倒れないこと、立っていることが狼の矜持……!」
誰かに誇れる明日が来る。狼の矜持は揺らがず、研ぎ澄ませた牙がフローズヴィトニルへと突き刺さる――!
成否
成功
状態異常
第4章 第10節
「ここからの仕事は時間稼ぎの嫌がらせ、そして『捕り物』というわけですね。ええ、得意ですよ、そういうのは」
眼鏡の位置を正す『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の傍で「ヨッシ!」と拳を振り上げたのは『煉獄の剣』朱華(p3p010458)。
「ヨシヨシヨシっ! 負ける心算なんてこれっぽっちもなかったけど、より良い上がり方が分かればやる気も上がってくるってモノよっ!
――さぁ、最後の一踏ん張り。気張って行くわよっ!」
フローズヴィトニルを『鎖』の元へと送り届ける。弱らし、フギン=ムニンが『ぶち込まれた』と同時に誘うのが朱華の役割だ。
「攻撃は最大の防御ってね! 動けなくなるまで攻撃をブチ込んであげるわ!」
時間稼ぎを兼ねての黒狼隊は逐一、ファミリアーによってフギン側の動向を見守っていた。確保されたようだが、彼が素直に『ぶち込まれる』とは思って居ない。
(もう一つ何かあるかもしれないな……)
警戒する『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)はそれでも活路が見出され、切り拓くための役割を担うべくして『黒き狼』達がやって来たことを堂々宣言した。
「正面を抑えよう! 我ら黒狼隊で時間を作って、皆が成そうとしている事を支えるために!」
行く手を遮るマルクは前線へと飛び込む朱華を支え続ける。接近戦だ。傷付くことも厭わず、狼の爪に抗い続ければ良い。
『狼』が何だ、実家には巨大な竜が居るのだと告げる様に炎の刃を振り下ろす朱華の隣を駆けていた『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)の表情がついつい緩み始める。
仲間が走るべき道を作ってくれた! 目標のゴールも見えてきた! 本当に頼もしい仲間たち!
なんて、理想の『仲間』だ。嬉しすぎると緩んだ笑みを整えるように唇をぎゅうといじらしく引き結ぶ。
「よーし、もうひと踏ん張り、いや百でも千でも踏ん張ってやらぁ! あっちの仲間が封印の仕事を終えるまで、きっちり足止めすっからな!」
最後の最後まで。フローズヴィトニルを抑えなくてはならない。要石を手にした者達の元にそれを届ける為に。
「ああ。此処が最後の正念場だ。フローズヴィトニルの力を削ぎ、彼奴の封印を成す。
全てを俺達で行う事は出来ないが、それは他の得意運命座標達を信じれば良い」
黒狼達を束ねる『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はマルクの言に承諾する。
声を張り上げ、戦場を駆け抜けて征く狼となる。
「悪しき狼よ、凍える冬を終わらせて、俺達は春を望む! その為に必要だと言うのなら、この力を存分に振るわせて貰う!」
ベネディクトの宣言が響く。その声を聞きながらマルクは軍師として戦場を見通し征くべきを定めた。
「むきー! 氷狼の封印が解けちゃうのも時間の問題だけど、あたしが風邪っぴきになるのももっと大変な時間の問題でぶえっくしょい!
あったかいおうどん食べたい! スープ飲みたい! 茶太郎のおなかに埋もれてお昼寝したーい!」
そんな真面目な男性陣の中で腕をぶんぶんと振り上げたのは『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)。
マルクが見通す戦場を、共に支えるのがフランの役割だ。だが、どうしても寒くて堪らないのだ。
「むきー!」
ぶんぶんと拳を振り上げ、嚔を幾度も繰返す幻想種に寛治は「冬を終らせましょうか」と告げた。
「うんうん、終らせ――ぶわっくしょい!!!」
「……」
銃を手にフローズヴィトニルが嫌がる場所を見極めていた寛治は大嚔をして恥ずかしそうに目線を逸らしたフランを見詰めていた。
「さて、タネが割れるまでの一時凌ぎですが、時間が稼げれば上等ですから」
無数に蔓延る眷属の中を進む寛治を追掛けて『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は愉快そうに微笑む。
「ほんっと、頼もしいったらこの上ないわねぇ。
寒さには震えるけれど、この面子なら負ける気はしないもの! 時間稼ぎなら、私の嫌がらせが活きるってことよねぇ」
アーリアが微笑みかければ、背後で銃声が応答するように響いた。
「折角ここまで来たんだもの、付き合わせて貰おうじゃない黒狼」
『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は背を向けたまま、見詰めているブリギットの背に声を掛ける。
「ブリギット……テメェで老人だとか言ってた割には、随分と少女みてぇな笑顔で思い出を語る女だったわ。
どう選択するにせよ、後悔の無い事を願うだけね」
「……ええ。わたくしは、未だ見ぬ未来に、憧れてしまったのかも知れないわ」
コルネリアをおばあちゃんと揶揄い呼んだブリギットに「アンタね」と振り返る。
その僅かな時間さえ、本来ならば得る事の出来ないものだったのだろうか。そう思えばこそ、妙な心地になるのだとコルネリアは引き金を引く。
弾丸の雨が降り荒む。共に、雨を降らすのは『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)だった。柔らかな髪がふわりと揺らぎ、静かに息を吐いた少女は『彼』を思い浮かべる。
全てが終わったらあの人を土の中で眠らせてあげたい。この国で眠るのは本意ではないだろうか。彼の事で何か分かることがあれば、もっと――
そんな後悔を胸にして居たハリエットは首を振る。フギン=ムニンが発端となったこの騒動も、そろそろ終わりの時が近付いて来たのだから。
「国を統べるのも、国を作るのも。住む人の事を考えずにできるものじゃない。
この国が生まれ変わるなら、国民の事を考えてくれる国になればいい」
屹度、彼は国民のことは思い浮かべやしない。それが理想に殉じた事なのだ。ひょっとすればローズルも、壊れた後のこの国に『新たに殉ずることの出来る場所』を求めたのだろうか。
「ごめんね。そろそろ眠るといいよ。次は醒めない夢を」
躾のなっていない犬に『寝る時間』を教えてやるのだと、アーリアの唇が蠱惑的に歪む。揶揄い半分の言葉に滲んだ魔女の気紛れ。
「大型犬ってかわいいわよねぇ、おすわり!」
抵抗力を失いかけたその犬を前にアーリアの眸が妖しく光る。
「さあさ、ワンちゃんーー狼はちゃんとお腹を向けて服従ができるでしょ? 黒狼の方が上、おわかりよね?」
淡い緑色、それは強力なアルコールのジョットを摂取したような感覚だった。猛毒の如く酩酊に誘う魔女の唇が僅かに吊り上がる。
不完全な生き物だから、助け合える。アーリアは翌々知っていた。宵の淑女の笑みは深く、狼を雁字搦めにして行く。
「リュティス」
ベネディクトの呼び掛けにリュティスは頷いた。
主人は、力を押し返し、封印を行う為の助力の奇跡を願うらしい。普段のリュティスならば彼に助力をするだろう。
だが。
「……私がやりたいことですか……ブリギット様を生かしたい、そのように思います」
ベネディクトに背を押されて、リュティスは頷いた。血の通った人間は、心が突き動かされるときがある。
故に、向かうのは――『彼方』だった。
「春はもうすぐそこ、桜が散る前に皆でお花見するんだから! んもー! お手! おすわり! ハウス!」
拗ねたフランがずんずんと地団駄を踏む。その様子にリュティスはぱちりと瞬いた。
「氷狼も、こんな風に引きずりだされて速攻バカスカ叩かれて、また眠らされるなんて可哀そうだな。
『力』だけを封印して、子犬みたいに無邪気な存在になるなら幸せなんだがな」
呟いた『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)に幾人かの仲間がそのつもりだと頷いた。
ああ、やっぱり、イレギュラーズというのは『愉快』な生き物だ。誠吾は幾人かが持つ欠片が其の儘独立した『冬の狼』として動き出す未来が輝いて見えた気がして、目の前のフローズヴィトニルに向き合った。
「鉄帝国には春が来るんだ。……そろそろケリをつけよう」
誠吾は真っ向からフローズヴィトニルを睨め付けた。盾を手に、蒼き外套が揺らぐ。
「ああ、悪しき狼よ、終わりの時だ――!」
ベネディクトの宣言に、風牙が地を蹴って跳ねた。
「鳳凰の羽ばたきで地に伏せろ! ――鳳凰飛天!」
空っぽになっても良い。風牙は奥歯を噛み締めた。
その身に存在する気の全てを槍の穂先に叩き込む。フローズヴィトニルへと流し込むのは悪鬼を払う霊鳥の一撃。
「ッ、這い蹲れ――!」
成否
成功
第4章 第11節
「……なるほどね」
呟く『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)はフギン=ムニンを見詰めていた。男の抑えに回っていた花丸は幾度となく攻撃を重ねていたが警戒を解いては居ない。
(こんなに簡単に大人しくなるわけがない)
周辺の露払いをし、そして、満身創痍のフローズヴィトニルが迫り来る。それでも花丸はフギンから視線を外すことはない。
同じく『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)達もフギンには警戒を露わにしていた。
「アンタらが俺らを代償にしたくないように、俺らもアンタらを代償にしたくねぇんだわ。
第一、諸悪の根源であるフギン=ムニンを代償にできるなら、それでハッピーエンドだろ」
その言葉の通り、『航空猟兵』達はフギンを渡り合った。『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は鼻先でふんと笑う。
「悪しき狼の力を以て国を作ろうとしたのに、その狼と共に眠ることになろうとは……実に皮肉なものです。ええ」
その皮肉な終わりを、此処に再現するべく。『後光の乙女』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は囁き笑った。
「良かったですね。鉄帝をフローズヴィトニルから救った英雄として名を残せますよ? 伝記に乗るんじゃないですかね?」
同志ギュルヴィと呼び掛ける。革命派閥の一員であったからには『同じ志』を胸にして居るはずではないか。
「協力して下さいよ」
ブランシュの眸に乗せられた気配は冷たく、全てを厭うかのよう。
「後は封印、よね。
……あのね、エリス、私フローズヴィトニルと話せてよかった。苦しんでなかった、それが嬉しかったのよ」
『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)の穏やかな声音に、彼女が何を考えて居るのかを悟った『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)が「オデットさん」と呼び掛けた。
彼女が奇跡を求め、自らの力の全てを捧げんとするなら――サイズは唇を噛んだ。
妖精の武器として。己が尽力できる事を為してきた。奇跡というのは死をも厭わぬ時に訪れるのだろうか。
だからこそ。
「オデットさん!」
どうしようもなく、不安だった。
――奇跡を願うなら。
フローズヴィトニルの欠片達を独立した存在にして春を迎えてやりたい。
ブランシュは『同じ願い』を抱いていたオデットを真っ直ぐに見詰めた。
「私はね、フローズヴィトニルの意思が私の連れている欠片に少しでも移って、欠片が意思を持てるよう願うわ。
彼の意思が少しでも残って春の世界を見に行けるよう。この子を通じて幸せな夢が見られるように」
満身創痍となったフローズヴィトニルを見上げ、穏やかに微笑んだオデットの傍にブランシュが立っている。
「……共に助け合う。それが革命派の信条です。自由、平等、博愛。それは全ての者に与えられます。
これが後光の乙女としての最後の務めでしょう――それが、ブランシュの見つけた『人類の幸福』だから」
だから、共に。そう願ったブランシュにオデットはぱちりと瞬いた後、微笑んだ。
眩い光が形を作る。
オデットはそっと、光を抱き締めた。
奇跡(PPP)は二人で分け合える。死を、恐れてなんか居ない。
「オディール・イヴェール・クリスタリア。
白鳥と対なす黒鳥の名を、貴方の性質である冬の名を、そして家族として私の姓を――フローズヴィトニルの欠片、貴方にあげるわ」
エリスが驚いたように目を見開いた。
「オデットちゃん、ブランシュちゃん!」
呼び掛けたエリスの傍を小さな子犬たちが駆けて行く。それはレイリーの元に、レイチェルの元に、リースリットの元に。
オデットは穏やかに微笑んでから、膝から崩れ落ちた。
――生きて返る使命を課された己は、運命を賭した奇跡と縁がない。それでも神逐の日からこの道は此処まで続いていた。
振り絞った正気で立つ『愛深き女』、悪であることを刻まれた『冬と恐怖の化身』
其れ等を見詰めそうなるしかないという諦観など此処には無意味なのだと『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)は向き直る。
黄龍の『ガキ扱い』は今更のこと、特等席で見守っている神霊に己の在り方を示すだけだ。
「瑞……フェニックス……通じ合い、託し、願いし友よ……力を貸してくれ!
黄龍……豊穣の皆、海洋の皆、冬の王……。
そして、今なお『一員』と認めがたきも……世界を彩り、それぞれの想いを掲げ走る眩き『特異運命座標』達。
集いし絆に照らされて、宿した『不殺』と『転生』の力を振り絞るべき時は今!」
振り下ろされた光に、フギン=ムニンが「貴様」と叫んだ。
「貴様等、本当に封印するつもりか――!」
何処までも余裕を見せていたのはバルナバスが勝利しこの場のイレギュラーズ諸共消し飛んで欲しかったからか。
「おっと暴れるんじゃない。自分のケツは自分で拭けって、ママに習わなかったか?」
鋭く睨め付けたのはアルヴァであった。その背後でチェレンチィが武器を構える。
本当に封印が迫れば彼は抵抗すると花丸も踏んでいた。えいやっ、と殴りつけようとしてふと思う。
「気絶させちゃっても大丈夫なのかな!?」
「はい」
エリスが小さく頷いたことが安心の材料だ。花丸はずんずんと進みフギンの眼前へと躍り出る。
「バタンキューさせちゃうんだからね!」
「実に分かり易い発言で困る」
フギンが、咄嗟に見せた抵抗に幾人もが警戒を露わにする。
『本と珈琲』綾辻・愛奈(p3p010320)は睨め付ける。嘘など口にするわけがない。この期に及んでどの様に『嘘』を塗り固めろというのか。
「貴方には死んで貰うわけには行かないのです」
冴えた言葉と共に愛奈はフギンへと飛び付いた。背後で穏やかな笑みを何時までも浮かべている『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)の言葉は愛情が込められているようで、酷く冷たい響きだ。
「スコルピオくんを馬鹿になんてしないわ。むしろ馬鹿にしてるのはフギンくんの方じゃないかしら?
夢を継いでスコルピオくんの為の国を作るのよね? なら、どうして魔種になることを良しとできたの?
あなたが教えてくれたことじゃない、スコルピオくんは王として反骨を貫いたのだと。
なのに君はよりによって”世界を呪って憤怒して”魔種に墜ちたのだわ。
君の戦争を、スコルピオくんの戦争を! ただの”魔種の戦争”にしちゃたのだわ!
スコルピオくんなら、死んだほうがマシと言うんじゃないかしら? ――でもね、死なせてあげないのだわ」
「お前達が、王を殺したからだろう!」
叫ぶフギンの鞭が音を立てた。
――畜生。
――畜生、畜生、畜生。
あの日のことは未だに夢に見る。王の下へと行くことも出来ず、奇跡の風に翻弄された。
――畜生。
「ッ、死ぬが良い! イレギュラーズ!」
ガイアドニスは微笑んだ。尚も未だ、『人を愛している』と告げる唇をそのままにして。
「フギン=ムニンくん。君は遺される悲しみは知っていても。
それをずうっとずうっと抱えていかなきゃいけない辛さはまだ知らないのだわ。
これからよ。これから知ることになるの。スコルピオくんの為に何も出来ない時間の中で。
後を追うことすらできないで。顔も声も少しずつ忘れていくの。
それが罰とは言わないわ。でもね。……それは地獄よ。か弱くあれなかった、ニンゲンさんでいられなかった君自身が選んだ地獄よ」
フギンが立ち上がった。地を蹴って、飛び掛かる。その先には奇跡を乞うたオデットがいる。
「オデットさん!」
サイズが滑り込む。同時に花丸が拳を固めフギンの横面を殴りつけた。
「ッ、――だから逃がさねぇって言ってんだろ?」
アルヴァが手を伸ばす。ラサから続いた『砂蠍』の戦いを――
「腕を落とされたとしても、死んだとしても、絶対に放すかよ。これで全て終わりにしてやる」
――今、此処で終らせるために。
「くらい、やがれえええええええええ!!!」
アルヴァが、フギンを掴んでいる。ならば。『Stargazer』ファニー(p3p010255)と『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)は駆けだした。
「おまえも無茶すんなよ! ミゼラブル!」
「そっちこそ、死んだら承知しませんからね、にいさま!」
二人は封印の元へと走り行く。この鎖がフギンを捕えてしまえば、全てをお終いに出来る。
冬を終らせるため。
――冬の最期を見届けるため。
ファニーが告げるカーテンコールは果たして、ミザリィにとって心地良いものであっただろうか。
大陸をも飲み込むオオカミは、冬の化身を見て何を思うか。
(……あなたがそう生み出された理由は、)
屹度、『人間』のせいなのだろうけれど。
成否
成功
状態異常
第4章 第12節
「ね、エリスちゃん、ひとつだけお願いしてもいい?
望んで頂戴な。一緒に春を迎えたいって――それだけで、アタシたちは何倍だって力を出せちゃうんだから」
まるで、甘えるような声色で『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は微笑みかけた。
「……はい」
エリスが、望んでくれるなら何れだけだって力が出てくるのだから。
寒さも、傷みも、何もかもが感じないのは戦いに高揚しているからか。それとも。
もう、考えて居る暇なんてなかった。
鎖が伸び上がっていく。『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)は『要石』を手に、笑みを浮かべた。
「冬(きみ)は終わりにしたいんだね。要石は制御してる。方法も分かった。
勿論一人では無理かもしれないけど……私には手伝ってくれる仲間がこんなにも居る。
――私は皆を助けたい。皆は私の為に、私は皆の為に冬を終わりにするっ!!!」
頷いたのは『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)。共に要石を維持するルル家は「ヴァン君」とフローズヴィトニルへと呼び掛ける。
「もう少しだけおりこうにしていて下さいねヴァンくん!」
目の前のフローズヴィトニルは最早動かない。後は――
「最後の大仕事ですよ!」
けれど、とンクルスの唇が震える。どうしようもなく、『フギンを代償にする』事にさえ忌避感を感じてしまうのだ。
「あのさあ。念のために聞くけど。まさか……万策尽きた、なんて言わないよね?」
『友人ハイン/死神』フロイント ハイン(p3p010570)の問い掛けにぱちくりと瞬いたのはンクルスだった。
フギン=ムニンの犠牲さえも躊躇する彼女は、優しすぎる。
「命というものはね、他の命を犠牲にしないと成り立たないんだ。
君は食事の必要がないから、その実感が湧かない。僕も秘宝種だから良くわかる。
でもね、犠牲のない世界は、人が人である限り存在し得ない。だから、人は食事の際に感謝するんだ。いただきますって」
ブリギットも、言って居たではないか。
――人間は己を最も高尚な種だと認識している。故に、言語を持ち得ぬ家畜を喰らうた。当たり前の摂理の如く。
その通り、とは言わない。だが、栄養を得るために、家畜を喰らわねばならないのだ。それが人が人である限り必要とされた犠牲だ。
「実は私あんまり食事をしないんだ。必要じゃないからね。
でも今考えると無意識に犠牲を避けてたのかな……人が人である限り犠牲は出る。……覚悟してたつもりだったんだけどね。」
肩を竦めたンクルスは首を振った。
「……だけど改めて覚悟を決めるよ。私は私の世界の為にフギンさんを消費する。だからせめての祈りと感謝をフギンさんに……」
――頂きます。
辞めろ、と男は叫んだ。情けもない、死を目の当たりにした男の最後。
呆気のないものだと眺める『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の傍でブリギットが「少し足りません」と呟いた。
「ブリギットさん」
「スティア、わたくしは貴方達が傷付くのは嫌なのです」
「けれど――」
スティアは小さく首を振る。ブリギットを助けたい。それは彼女の願いだった。後で戦いたくはない。
だが、彼女が魔種である以上、何が最善になるかは分からない。要石を用いてもブリギットは魔種のまま。
「教えて欲しいことややりたいことだってある。誰かを護る為の魔法を教わったり、一緒に料理だってしてみたい。
それにウォンブラングに戻って村の再建もできるかもしれない。あそこにはブリギットさんが絶対に必要だと思う。
だから敵対する運命に打ち勝って欲しい。なんだってするから……」
縋るような声音を漏したスティアに『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は頷いた。
己だって、考えて居る事がある。その為に――
「フギン!」
男の名を呼んだジルーシャは腕を伸ばす。
ジルーシャはこの男と心中なんてするつもりはなかった。
――畜生!
何度も繰返し叫ばれた言葉を包み込むように、ジルーシャは封印の中へと男を押し込んで行く。
ジルーシャの力の源たる右眼。だが、フギン=ムニンの代償が足りぬのは男の目が『欠けている』からではないか。
「アンタにアタシの目を、あげるわ。
アタシの力の源、約束の証。敵でも、魔種でも、アンタ一人にすべてを押しつけることへのお詫び……アタシの自己満足にすぎないけれど」
精霊の力を借りて抉り出された右眼が男を雁字搦めにした鎖に包み込まれていく。
(構わない、何があろうとも――今は!)
ジルーシャの決意を見届けながらもブリギットは縋るスティアを眺めて居た。
「スティア君、ブリギットさん……。
ブリギットさんに、お願いがあるんだ。フローズヴィトニルと一緒に眠って欲しい」
「アレクシアさん!?」
ンクルスが声を荒げたがアレクシアは首を振った。
「……私、ずっと考えてたんだ。ブリギットさんと和解できたとしても、魔種であればずっと一緒にはいられない。
それじゃあ『ミロワール』の……シャルロット君のときと一緒だ。私はそんな束の間の未来は嫌だ。きちんと未来を紡ぎたい!」
だからこそ、考え続けたことがある。
深緑での『一件』が、アレクシアの『考え』を確信めいたものにして居た。
「だから、一緒に眠ってもらえば……或いはその可能性を遺せるんじゃないかと思ったの
いつかまた、封印を解いて、ブリギットさんを迎えに来ることができるんじゃないかって
……ただ、そのまま眠れば溶け合ってしまう。いなくなってしまう……」
「ええ」
ブリギットもそれは認識している。エリスとて同じだ。しかし――アレクシアは諦めることはない。
「でも、この遺失魔法は『鎖を作る』のでしょう?
それを応用して、封印と同時にブリギットさんの形を……魂を繋ぎ止めておけないかって。
遺失魔法は何が起きるかわからない……でも、何かを起こせる可能性もあるってことでしょ?」
その言葉に『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は静かに頷いた。
――主が、許してくれた選択肢があった。
「Bちゃん様を救えなかったことを悔いてるのもありますが、心優しき人を犠牲にしたくはないのです。
それにもし彼女がここにいたならきっと文句を言いながらも手を差し伸べてくれたに違いありません。ですから――」
奇跡を乞う。大切な短剣だ。
悪しき狼よ、その傍に佇むウォンブラングの魔女よ。
「私は」
パンドラパーティープロジェクト。それは、自らの命を代償にした奇跡。
「リュティス!」
ブリギットの声が響く。女の手を握りしめたのはアレクシアだった。
自らだって願った。有りっ丈の『可能性』の奇跡を此処に繋いで欲しかった。
あの海で、微笑んだあの娘も、『兄さん』も。未来へと祝福をくれていたから。
けれど。
「だめ」
ブリギットは、その時初めて理解し居た。
オデットが、ブランシュが、冬の狼たちに願った『奇跡』とて、その一つだった。
自らの命を削り、誰かを救う。それは尊い願いであり、一握りしか起ることのない希望だった。
眩い光がブリギットに『僅か限り』の時間を与えた。それは魔種でありながら猶予を齎したのだろうか。
鎖が結ばれて征く。ブリギットは己の杖にその鎖を巻き付けてから深く息を吐いた。
「ウォンブラングの地に、コレを結びましょう。春を齎す白花を迎えに行くために」
己のこれからも、その時に決めようとブリギットはぎこちなく呟く。
その手をぎゅっと握り震える声音でルル家は良かった、と絞り出した。
「……ブリギットちゃん、こんなのはどうですか?
かつて貴方に良くあれと願ったものがいたからエリス殿が生まれた、ならば拙者はこの地に伝え続けましょう」
――かつて悪しき狼は心優しき魔女、狼の良き心たる精霊、そして英雄達によって封じられた。
しかし彼らは狼を殺すことを良しとせず未来に繋いだ。いつか狼は彼を想うものたちによって良き狼となって再誕する。
冬がやがて春になり、雪が解け、水となって川を作り大地を潤す希望となるように。だからそれまで……。
「おやすみなさい、ヴァンくん」
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。
●作戦目標
・『悪しき狼』フローズヴィトニルの再封印
・フギン=ムニン及び敵勢魔種の撃退、撃破
・『氷の城』の崩壊
●重要な備考
当ラリーは『悪しき狼』フローズヴィトニルが『氷の城』から飛び出した時点で失敗判定となります。
皆さんは<鉄と血と>系ラリーのどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
(決戦シナリオ形式との同時参加も可能となります)
・参加時の注意事項
『同行者』が居る場合は選択肢にて『同行者有』を選択の上、プレイング冒頭に【チーム名(チーム人数)】or【キャラ(ID)】をプレイング冒頭にご記載下さい。
・プレイング失効に関して
進行都合で採用できない場合、または、同時参加者記載人数と合わずやむを得ずプレイングを採用しない場合は失効する可能性があります。
そうした場合も再度のプレイング送付を歓迎しております。内容次第では採用出来かねる場合も有りますので適宜のご確認をお願い致します。
・エネミー&味方状況について
シナリオ詳細に記載されているのはシナリオ開始時の情報です。詳細は『各章 一章』をご確認下さい。
・章進行について
不定期に進行していきます。プレイング締め切りを行なう際は日時が提示されますので参考にして下さい。
(正確な日時の指定は日時提示が行なわれるまで不明確です。急な進行/締め切りが有り得ますのでご了承ください)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド
鉄帝国帝都近くに作り上げられた『氷の城』です。非常に巨大な建造物であり、帝都外郭に位置する場所に存在しています。
この内部には『フローズヴィトニル(氷狼)』が存在している他、魔種などが配置されているようです。
内部の現状は把握することは不可能ですが、フローズヴィトニルは完全覚醒に至っていないため、最奥部分で目覚めるのを待っている状況でしょう。
皆さんは、氷の城を攻略し、フローズヴィトニルへと到達、そしてその『再封印』を行なって下さい。
●『フローズヴィトニル』
悪しき狼と呼ばれた鉄帝国の厳冬の原因。猛吹雪を産み出し、全てを雪に包み込む力を有しています。
精霊であったとされていますが、意思の疎通は不可能であり、現状は全てを呑み喰らう妄執の塊ともいえます。
非常に餓えて居るためか、原動力に人の命を引き換えとしています。ですが、完全覚醒時にはバルナバスの権能たる太陽を喰らうことを目論むでしょう。
(そして、完全覚醒した際には鉄帝国の全てを終らぬ冬に飲み込み、その余波は近隣諸国をも包み込むことが推測されています)
【データ】
・現時点では巨大な首だけでしょう。章の進行(時間経過)と共に徐々にその肉体が取り戻されて行きます。
※アラクランの目的はフローズヴィトニルの掌握及び完全覚醒である為、イレギュラーズを侵入者として食い止めるでしょう
・実体化している部位とは他に、その姿を小さくした分霊が無数に産み出されイレギュラーズと相対することが推測されます。
【主だったステータス】
・分霊召喚:複数の分霊を召喚し、それぞれを個別ユニットとして動かします。一定ダメージで消失、ダメージは本体に蓄積します。
・狂吹雪:P。フィールド上の全ての存在に対して『凍結』系統のBSの付与を行ないます。
・凍て付く牙:単体対象に対して強烈なダメージ。『出血』及び『不吉』系列のBS付与を行ないます。
・氷の息吹:幅広い複数対象に対してランダムで何らかのBSを5つ付与。中程度のダメージ。
・狂化:???
・使役:???
●魔種
・『総帥』フギン=ムニン
魔種。『アラクラン』総帥。革命派ではギュルヴィと名乗っていた男。
新生・砂蠍と呼ばれた幻想王国を襲った盗賊団の頭領キングスコルピオの副官。イレギュラーズには一度の敗北経験が有。
その際にはイレギュラーズ三人を捕虜に取り、取引を持ちかけ二人が応じて寝返り死亡しました。
バルナバスに声を掛けられ憤怒により反転し、現在は彼の側近のように動いていますが、目的は別です。
フギンの目的はキングスコルピオのための国を得る事。バルナバスをも打ち倒し、己が最期に立っていればよいと考えて居るようです。
・『爪研ぎ鴉』クロックホルム
魔種。前線で戦う事に長けた青年。筋骨隆々であり、所持するは無骨な斧です。フギンの副官であり、彼に付き従っています。
フギンを庇う他、指揮官のように動きます。基本はフギン第一です。元は幻想の騎士。その矜持も落ちました。
・『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラング
魔種。ハイエスタの魔女。ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
イレギュラーズを本当の我が子のように扱い、慈しんでいます。それでも為さねばならぬ事があると認識しているようです。
・『無銘の』ローズル
鉄帝国の外交官の青年。フギンと共に活動して居ます。平凡な日常が詰まらなかった為に手を組んでいるようです。
いっそのこと誰かがこの力ばかりの国を蹂躙してくれればなどと思って居るようですが――
・『奔放の白刃』乱花
・『狡知の幻霧』魅咲
魔種。暴食の魅咲と怠惰の乱花。互いのみが大切であるため、仲間でも最悪死ねば良いと考えて居ます。
乱花は剣を駆使し戦います。我流としか呼べぬ変幻自在な太刀筋は読みづらく強力なユニットと言えるでしょう。
魅咲は蒐集した知識を駆使した神秘アタッカー。物理的な破壊は知識の消失や欠損になると幻惑などの搦め手を得意とします。
・『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐
魔種。鉄帝国軍。中佐。ビーストテイマーです。元々はアーカーシュアーカイブスの編纂にも関わっていました。
刀を獲物としていますが、本職は獣たちを駆使することであり卓越した技能を有します。
フローズヴィトニルの封印である『要石』を所持しています。意識朦朧としており乱花と魅咲に護られています。
また、『要石』とクラウィスを繋ぐのは彼の相棒であった2匹の狼であるようですが……。
・『脱獄王』ドージェ
犯罪者として収容されていた男。恩赦を受けて最近出て来ました。受けなくても出てくるけど。
ハンティングトロフィーとして人間も含め、パーツを奪い取っていく収集癖があります。此処に居ればイレギュラーズの目玉取り放題ってマジィッ!?
●味方NPC
当シナリオでは『海洋』『豊穣』のNPCなどが皆さんの支援に向けて動き出しているようです。
シナリオの進行により援軍は変化します。詳しくは『ラリー各章 の 一節目』を参照して下さい。
・ラド・バウ闘士
ランク帯で言えばBまでの闘士達が疏らにお手伝いに訪れています。
・アルア・ウォンブラング
ブリギット・トール・ウォンブラングの義理の孫娘。彼女の最期を看取るために皆さんと戦います。
・『氷の精霊女王』エリス・マスカレイド
フローズヴィトニルの欠片。ある程度の自衛は可能です。フローズヴィトニルの居場所を探知します。
・月原・亮 (p3n000006)、ウォロク・ウォンバット (p3n000125)&マイケル、建葉・晴明 (p3n000180)、珱・琉珂 (p3n000246)
夏あかね所有NPCです。何かあればお声かけ下さい。ご指示頂けましたらその通り活動致します。
●特殊ドロップ『闘争の誉れ』
当シナリオでは参加者(プレイング採用者)全員にアイテム『闘争の誉れ』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
同行者確認
同時に行動する方が居るかの確認用です。
【同行者】が居る場合は【同行者有】を選択の上、プレイング冒頭に
【チーム名(チーム人数)】or【キャラ(ID)】をご記入下さい
【1】ソロ参加
個人参加です。
【2】チーム参加
プレイング冒頭に【チーム名(チーム人数)】をご記載下さい。
チーム人数については迷子対策です。チーム人数確定後にご記入下さい。
例:【月リリ(2)】
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