シナリオ詳細
<鉄と血と>悪しき狼
完了
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
オープニング
●『悪しき狼』
それは、ひたひたとやってくる。
おぞましき冬の知らせ。びゅうびゅうと風が吹けばその獣は氷の牙を突き立てるだろう。
扉をも蹴破り、獣は全てを蹂躙して去って行く。それは災いの象徴だった。
冬の狼は唯、腹を空かせていた。目に映る者全てを食べてしまうのだ。
月を喰らって、深い夜を作った。
太陽を喰らって、陽など遠ざけた。
そうして世界を深い深い冬に閉ざしてしまうのだ。
そんな狼は、手脚をもがれ、首を落とされて封じられた。
いまや、静かに眠るその狼が暗い夜には姿を見せる。
――だから、雪深い夜は一人で外に出てはいけないよ。悪い狼に食べられてしまうから。
「おばあさま、救いはないの?」
兎の耳を生やした少女が、血の繋がらぬ『祖母』に問うた。
ふかふかとしたベッドで子供にこの御伽噺を語り聞かせる風習がヴィーザルには旧くからあったのだ。
冬の夜は一人で出て行ってはいけない、フローズヴィトニルに食べられてしまうから。
そんな御伽噺が教訓として語られるのだ。耳を傾けた娘の頭を撫でながら『祖母』は笑う。
「いいえ、そんな狼にも少しだけ救いが合ったのでしょうね。狼を愛した人が居たのです。
その人の心が、狼の力と混ざって『狼の唯一の理解者』になった。その優しい心こそ、冬を終らせる春の魔法なのですよ」
アルア、と呼んだ『祖母』は腹をぽん、ぽんと叩きながら微笑む。
「春?」
眠気眼を擦った娘に『祖母』は――ブリギット・トール・ウォンブラング (p3n000291)は微笑んだ。
「ええ、春ですよ。冬の雪が溶ければヴィーザルにも春が訪れます。
春の訪れを告げる白花を見付けに行きましょう。だから、今日はお眠りなさい。アルア、わたくしの可愛い子供達」
死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
空の盃に並々と注ぐその日が来たならば、この体など雷に打たれて朽ちても構わない。
革命派だけではない。出会った全てのイレギュラーズがブリギットにとっては優しく、可愛い子供達だった。
大切な命の数々。例え、『村の子供達だと誤認していた』だけであったとしても、愛着は本物だった。
無条件で愛した。無条件で護りたかった。ただ、子供達が――イレギュラーズが笑っていてくれるだけで良かったのだ。
「わたくしは、ただ、幸せになって欲しかっただけなのです。
だから……だからこそ、この『冬』を終らせなくては――例え、何が起きたって」
フギン=ムニン。
貴方がフローズヴィトニルでバルナバスの権能を喰らい寝首を掻くことが狙いならば。
……わたくしだって。
この命が朽ちて仕舞っても構わないのですから。
●フギン=ムニン
男はラサの出身である。言葉には出来ぬ薬品ばかりを扱っていた薬屋の跡継ぎとして産まれた。
だが、生活は切り詰めても足りない程。だからこそ、悪い薬に、悪い人間に、と縋るように手を伸ばしてしまったのだ。
ある時、母は幻想貴族の男に求められて合法ではない強い薬を調合して売りつけた。
薬を盛られたのは名のある貴族だったらしい。薬の出所を突き止められ、傭兵は青年の生家を蹂躙した。
命辛々、幾許かの薬を手に逃亡した男を拾ったのは『蠍座』の如き輝きを有した男だった。
男には力も無い。持っていたのは僅かな薬と薬学の知識、それから、ほんのちょっとの貴族とのコネだった。
――生きていたいのです。
懇願し、その膝に縋り付いた時、プライドなんてチンケなものは持ち合わせてやなかった。
男は詰まらなさそうに「勝手にしろ」と言った。興味も持たなかったのかも知れない。
彼に認められれば生活も楽になろう。その気持ちで彼の傍に居ただけだったというのに、情が移った。どうしようも無く魅せられた。
所詮は下層の、底辺の人間だ。恵まれてなんかいない。
だと言うのに、莫迦みたいな理想を、莫迦みたいに追掛けるその人が眩くて、堪らなかったのだ。
そんな理想の後を継ごうとした己だって莫迦者だ。何とでも云って笑えば良い。
だが――たった一つの命の使い方ぐらいどうしたっていいだろう。
バルナバスだって、どうでもいい。
鉄帝国だって、どうでもいい。
すべては、あの人が、眩きただ一つの蠍座の光が目指した『もの』を得たかっただけなのだ。
「いやあ、お涙頂戴だねえ」
手を叩いた『脱獄王』ドージェは寒々しい氷の城の中で笑っていた。
フローズヴィトニルの冬の力を伴い、急造されたこの場所は鉄帝帝都の郊外に位置している。
『アラクラン』の本拠とされたその場所の最奥で『フローズヴィトニル』の覚醒が始まろうとしていた。
そんな危険地帯に彼が居るのは単純明快、この場所に居ればイレギュラーズがやってくる。綺麗な目玉に、美しい腕、特別なパーツを持った者達を多く見、殺せば奪う事が出来るからだ。
「それで? 総帥はどうするんだったかなあ」
「あはは、ドージェがとぼけてる」
「絶対、言わせたいだけだよね」
手を叩いて笑っているのは魅咲と乱花と言う二人の魔種だった。少年のなりをしている二人は外交官ローズルに連れられ遣ってきた。
ただの賑やかしのつもりなのだろうが、魅咲はフギン=ムニンの理想の物語に興味を持った。
ただ、その飽くなき知識欲だけがこの場に二人を留まらせ、二人を戦いに駆り立てているのだ。
「……茶化していますか」
「「いいえ!」」
不機嫌そうに眉を吊り上げたフギンに乱花と魅咲が首を振る。クロックホルムが嘆息し、ローズルは笑った。
「――フローズヴィトニルの『覚醒』を」
生憎ながら欠片自体はイレギュラーズの手に渡ってしまった。だが、フローズヴィトニルの『首』たる主の封印はフギン=ムニンの手の内だ。
現在ではビーストテイマーとして高い能力を有していたクラウィス=カデナが『自身の使役生物』であった相棒の2匹の狼を引き換えに『フローズヴィトニル』とパスを繋いでいる状態になる。クラウィスの生命力と2匹の狼の力を引き換えにしながらフローズヴィトニルは無数の分霊を作りだし獲物(イレギュラーズ)を待っているのだ。
「クラウィスだけで足りなくなったらどうするの?」
「ええ、勿論。何だって餌にしましょう。そうしてその肉体が実体化し、覚醒にあと一歩となればフローズヴィトニルはこの場所を飛び出して行くはずです」
目的はバルナバスの権能たる太陽だ。それを喰らえばフローズヴィトニルは覚醒し、この国を冬に閉ざすだろう。
だが、制御は『要石』を有すれば容易だ。クラウィスが死したならば、次はエリス・マスカレイドを捉え、その力を要石にでも込めれば制御しきれるだろう。
……余波で幻想や天義、ラサ辺りは冬に飲まれるかも知れないが必要な犠牲だと認識しておくべきだろう。
猛吹雪に閉ざされた鉄帝で新たな王国を作り上げることこそがフギンの目的なのだから。
「そんなに上手くいきますでしょうか」
「さあ?」
「おや、珍しい。貴方ともあろう人が曖昧な答えを返すのですね」
ローズルは穏やかに微笑んだままフギンを眺めた。強い精神力を有する青年は悪辣で有ながら憤怒の声には靡かない。
ただ、愉快だからトコの場所に居座っている外交官にフギンは「少々、困ったことがありましてね」と肩を竦めた。
一つは、革命派を瓦解させるべく送り込んだブリギットの事だった。
『革命派の象徴』であったアミナを反転させ、派閥を分解させてイレギュラーズの余力を削る事が目的であったが、失敗に終わっている。
アミナは改めて人民軍と共に戦う決意をし、ブリギットなど『狂気』に蝕まれながらも僅かな正気を保っている。
あれだけ愛情の強い女だ。イレギュラーズの事を我が子のように思って居る。何をしでかすかは分からない。
もう一つはと言えばエリス・マスカレイドがイレギュラーズと好意的である事である。
どのみち彼女はフローズヴィトニルのためにこの場所にやってくるだろうが――さて、その時にイレギュラーズがその命を守り抜く可能性がある。
エリスならば何処で死んだとて、その気配をフローズヴィトニルが逃すわけがない。さっさと何処かで野垂れ死に糧にしたかったのだが銀の森のガードは強かった。
「……バルナバスが太陽を喰わせるわけがないというのは考えないのですか?」
「よい質問ですね、クロックホルム」
嘗ては幻想騎士であり、己の主人であった貴族に手酷い裏切りを受けた事で憤怒に寄り添った男は肩を竦める。
フギンは「あの男はその様な事を考えやしないでしょう」と静かに告げた。
どのみち、其れは最期だ。その前にあの太陽が全てを無に帰す可能性もある。その場合はフローズヴィトニルの氷で己達だけでも守り抜けば良いのだ。
「だからこそ、心配事の二つだけをどうにかするだけです。イレギュラーズはあの手この手でこの城の陥落を狙うでしょうからね」
「しつもーん! この城って、フローズヴィトニルが死んだら消え失せるんすか?」
「はい。乱花。その通りです」
ならば――護るべきは単純明快フローズヴィトニルなのだと魔種の少年達は笑った。
●氷の城にて
「……途轍もない気配です」
ふるり、と震えたのはエリス・マスカレイドであった。『氷の精霊女王』はわがままであっても連れて行って欲しいとこの場までやって来た。
城の周りは吹雪に包まれ、雪が聳えるように積もっている。
その一体だけが深い冬ののようであったのだ。春を忘れた『冬』の領域だ。
「この先にフローズヴィトニルがいます」
エリスは指差した。封じられ悪しき獣が腹を空かせて待っている。
「あれを封じなくては……わたしの、命に代えたって」
エリスは震える声で、そう言った。封じる為にはフローズヴィトニルの近くに行かねばならない。
エリス・マスカレイドは『善性』の欠片だ。フローズヴィトニルの中に存在したそれは分かたれ、力の管理者としての役割を担う。
外付け制御装置、と表現するのが正しいのだろう。彼女の強力なくしては封印を行なう事は出来まい。
――エリスは要石を破壊するように言っているが、フローズヴィトニルの再封印には要石が必要なのではなかろうか。
まさか、エリス自身が要石の代わりになるつもりなのでは……
その様な推測を行なった者も居た。その通りだとはエリスは答えやしないが『最悪の場合』はそうする事も出来る。
……その決断を出すには未だ遠い。その前に、この城を攻略し狼の前に辿り着かなくてはならない。
降り積もる雪が全てを閉ざす。
天は鳴くように光を走らせた。
春は、まだ遠い――
- <鉄と血と>悪しき狼Lv:50以上完了
- GM名夏あかね
- 種別ラリー
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2023年03月29日 21時30分
- 章数4章
- 総採用数573人
- 参加費50RC
第3章
第3章 第1節
●フギン=ムニン
狼の遠吠えが響く。
凍て付く気配と共に、その場に存在していたのは巨大な狼であった。首、そして前足。その部分までは『完全顕現』しているのだろうか。
だが、胴の半分から尾に至るまではその姿は掻き消えているかのようでもある。
「もう少し時間が稼げれば良かったのですがね」
やれやれと肩を竦めた男はイレギュラーズを前にして恭しく一礼をした。
「ご機嫌よう。『アラクラン』総帥――いいえ、『新生・砂蠍』のフギン=ムニンと名乗りましょうか」
男は片目から血を流し、翼をも喪っていた。
その目はイレギュラーズが穿ったものだ。
ギルドローレットが活動し始めて暫くの事、サーカス事変を終えた幻想王国に訪れた未曾有の嵐。それが『新生・砂蠍』と呼ばれたラサの盗賊団による強襲。
国盗りを狙ったキング・スコルピオの副官として男は三人のイレギュラーズを拐かした。
二人は死に至り、生存したのはサンディ・カルタ(p3p000438)だけであった。
男は非常に悪辣だ。目的のためには犠牲を厭わず、己が為に邁進する事が出来る。
男は人間の命は全て手駒のように扱っていた。
そんな男が憤怒に身を任せたのは『崇拝する王を殺された』事に起因したのだろう。目を失い、王を喪い、目的としたのは彼の王に捧げる『新たな王国』だ。
ターリャ達は『建国勢』と己を揶揄っていたがフギン=ムニンは真面目に事を為すつもりであった。
「美しいでしょう。フローズヴィトニルです。
……これが『冬に世界を鎖す』事が楽しみだ。バルナバスとも戦っているのでしょう? どうぞ、あの男の事は皆さんにお任せしましょう。
フローズヴィトニル――この、『悪しき狼』さえ完全顕現してしまえば冠位魔種のことなど喰らってしまえるでしょう!」
『悪しき狼』
鉄帝国を襲った未曾有の大寒波そのもの。
その完全顕現が終ってしまえば、冬に飲まれるのは鉄帝国だけではない。
その影響は隣国である天義や幻想、ラサにまで及ぶ可能性があるのだ。
●氷狼の封印
――……わたしが、フローズヴィトニルと同化し一緒に眠るのです。それは個を失うからこそ、死を意味していると、言えるでしょう。
精霊女王『エリス』。
その本来の名はディスコルディア。災いの名を有した彼女は、災いを管理するために産み出された存在だった。
冬を管理する精霊女王は人ではない。精霊種と精霊は大きく違うものである。
言い換えればエリスは豊穣では神霊と、希望ヶ浜では真性怪異と、そう呼ばれる者にも近しい存在なのだ。
「フローズヴィトニルは巨大な精霊です。遺失魔法である封印は、ここにはなく、わたしはわたしとしての在り方を全うするだけ。
……ただ、魔種であるブリギットちゃんはとても大きな力を持っているから、よりしろとして機能することができる、そうでしょう」
封印の方法は喪われた。だからこそ、エリスが共に眠ることによりフローズヴィトニルと封じ込めることが出来ると、そう彼女は告げて居た。
だが、ブリギット・トール・ウォンブラングという『魔種』が封印を肩代わりすることを提案してきたのである。
――それに……あなたは、ウォンブラングの出身だから……。
エリスのその発言がメリーノ・アリテンシア(p3p010217)は気になっていた。ウォンブラングという村に、何かあるのだろうか。
「アルア」
ウォンブラングに拾われた少女はシラス(p3p004421)の呼び掛けに小さく頷いた。
「ウォンブラングは、ハイエスタの集落です。雷神の末裔を自称しているハイエスタではありますが、あの村は……冬の気配が強かった」
アルア・ウォンブラングはぽつりと呟いた。
「何かあるのね」
メリーノに問われてからエリスは恐る恐ると唇を震わせた。
「恐らくは、ウォンブラングの地は、フローズヴィトニルに親和性があった。冬の遠吠えが聞こえたその場所は『御伽噺の最初』の地だったのかもしれません。
……オデットちゃんが心配していた、フローズヴィトニルを愛しているか、どうか、という話し……。
屹度、ウォンブラングのこどもたちならば、大丈夫なのかもしれません。ブリギットちゃんに流れる血は、わたしにもフローズヴィトニルにもよく合っているから」
だから、封印の際に繋(パス)となりエリスの代わりに眠りにつく事が出来る、と言うことか。
女は魔種だ。
魔種は生きているだけで滅びを蓄積させる。
魔種は生きているだけで世界を滅ぼす。
――この戦いを共に終えても、殺さねばならぬ存在であることは確かだった。
「結論は、まだです。ブリギットちゃんをどうするかも、これから。
今は、フギン=ムニンを……それから、顕現を始めたフローズヴィトニルを、此処で押し止めなくては」
封印を行なうにも、弱らせなくてはその全てを鎖に搦め取る事はできまい。エリスは緊張を滲ませながら、そう言った。
=== 現在位置 ===
・氷の城の地下ダンスホール
・『半顕現』フローズヴィトニル、フギン=ムニン、『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐がいます
・『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラングはイレギュラーズと同行しています。力を貸してくれます。
(大体はフローズヴィトニルを抑えることに尽力するようです)
・随分減ってしまったアラクラン兵士達(魔種、通常の兵士)と数が随分減ってしまった天衝種(アンチ・ヘイヴン)の姿もあります。
・『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐
フローズヴィトニルの顕現を行う為に使用された古い封印具『要石』を手にしています。
クラウィスを撃破するとフローズヴィトニルはフギン=ムニン側による制御が外れて自由自在に動き回ります。
現状ではフローズヴィトニルはクラウィスの生存によりフギンの制御下に有りイレギュラーズを狙うようです
・『フローズヴィトニル』
完全顕現しているのは首~胴の半分(前足)、その後ろ側は半透明です。
詳細なステータスはGMコメントをご覧下さい。
・フギン=ムニン
基本はフローズヴィトニルの後ろに居ます。引きずり出しましょう。
・『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラング
フローズヴィトニルの封印を肩代わりし、イレギュラーズと戦う未来を避け皆を救うことを願う魔種です。
フローズヴィトニルを抑えていますが何かあれば指示には従います。
===章進行について===
開始時にはプレイング締め切りを設定せず、1日(またはプレイングが一定数になった時点)で執筆を行ないます。
状況進行により、プレイング締め切りが設けられますので予めご了承下さい。
===第三章援軍===
・豊穣軍(『霞帝』、『四神』青龍&朱雀&白虎&玄武&黄龍)
霞帝:前に出たがりおじさん。豊穣郷の一番偉い人。四神の召喚を行なう事が可能。その力を借りて刀の召喚と攻撃を行ないます。
黄龍:加護により重傷率の低下
青龍:伝達&ヒーラー
玄武:タンク&アタッカー
朱雀・白虎:アタッカー。朱雀は飛行可、白虎は不意打ちを受けづらいです。
・海洋軍(海洋軍人、海洋艦隊)
※海洋艦隊は外からの援護射撃です。外への指令は青龍の『権能』を使用して下さい。
第3章 第2節
――蕃茄、かみさまだから。何となく分かる。人間って難解なんだよ。
愛無は自分をばけものだとおもってるかもしれないけど、人間らしいね。
感情は人を人たらしめる下品な毒だ。蕃茄は――蕃茄かな、心咲かな。わからないや――そう思う。
毒が回っているうちは永遠に悶え苦しむんだよ。抜けきるまでも時間が掛かる。特に、恋は。愛になれば、毒は抜け落ちるけど。
そんな言葉を、ふと『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)が思い出したのは何故だったのだろうか。
誰も彼も、まるで熱病に侵されたようだ。強さに、決意に、夢に、何かに恋をしている。
「全くもって人間というモノは理解しがたい。氷狼とていい迷惑だろう。叩き起こされたと思えば無理やり寝かしつけられたのでは。
犠牲だ何だと騒ぐのも良いが。彼の意志はどうなるのだろうな。……だが余計に興味は湧いた。
氷狼が愛した者が、どんな者だったのか。彼にとって『愛』とは何だったのか」
果たして御伽噺の通りにそうした存在が居るのかさえ今は分からないが、その結末を見る為にも『躾け』は必要だ。
愛無が地を蹴った。眼前には巨躯の狼が存在している。アレを一人で受け止める之厄介だろうと『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は認識する。
「……フローズヴィトニルを封印するにせよ先ずは皆が選択する時間を稼がないとね!
この地の冬を閉ざして、皆で暖かな春を迎える為に……皆、もう一踏ん張りだよっ!」
傷だらけの拳を固めた。地下ダンスホールの床は固く、つるりと滑る。凍て付く気配を感じながら氷狼を目視し、確認する。
(一人では抑え切れなさそう……けど、3人くらい居れば、行く先をブロックは出来る……?)
何もかもが手探りだ。戦う為の努力を積み重ね、仲間達が次々とやってくる間にも確実にダメージを与え続ける。
「残された時間は少ないです。中佐を討ち、状況を動かさねばなりません。本体より要石が重要です。それは敵も承知でしょう」
『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)は淡々と呟いてからロングソードを握りしめた。手によく馴染んだ獲物を真っ直ぐに向けたのはクラウィス・カデナ中佐。
蒼白い顔をした男が要石を駆使する為に『何か』を贄にしたのは明確だ。彼の手の内を暴き、直ぐにでもフローズヴィトニルの制御をフギンから引き離さねばならないが。
「……その前に、ブリギット”さん”。あれだけ想いをぶつけられて、それでもまだ救うだとか戦いたくないだとか。
筋金入りの頑固者ですね。……貴女の事を、ようやく好きになれた気がします」
ブリギット・トール・ウォンブラングは目を見開きオリーブを見遣った。銀と金、色彩の違う眸がじっくりと青年を見詰める。
「オリーブ……わたくしは、」
「ともかく、勝手に死なないで下さいね。手に掛けるよりも、それすら出来ない方がずっと辛い。自分はそう思いますよ」
それだけを言い残して青年が前線へと駆けて行く。その背を追掛けてクラウィスを狙うのは『太陽を識る者』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)。
魔種との共闘。それだけで彼女の脳裏に過ったのはあの絶望の海での事であった。『鏡の魔種』と呼ばれた少女は戦いきり、最後の時をもイレギュラーズと共にした。
(……今は猫の手も借りたいところ)
征くしかない。再封印の道を切り拓くためにも、今はその借りるのみだ。
「フローズヴィトニルを開放すればフギンも隠れてはおれまい。必ずや戦場に引きずり出してくれよう。
詰まり奴は、制御下に居るフローズヴィトニルが己の盾となることを理解して居るのだろう……対処すべきはクラウィスか」
クラウィスが連れていた二匹の狼の姿が見えない。どうやらそれを媒介にクラウィスが長らえ、フローズヴィトニルとのパスを強固にしたのだろう。
クラウィスは魔種だ。周囲を取り囲むように戦意の気配が立ちこめる。咲耶の暗器が暗闇でも最も美しい色を帯びた。影より、来たる一撃を男の獲物が寸で受け止める。
「やれやれあれだけ散々吼えておきながらフギン=ムニンは引きこもりかい?
それなら仕方ない、大人しくフローズヴィトニルを叩くとしましょう。お早う冬の化身。悪いけどもう一度寝て貰うよ」
地面を一度踏んだクラウィスの元から飛び込んできた分霊達。其れ等を眺めた『氷狼の封印を求めし者』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)の唇が揺らいだ。
夜の魔典に鮮やかな魔力が載る。叡智と力の結晶。淡い光が毀れ落ち、周囲に漂う魔素を漆黒の泥へと変化させた。
濁流の如く、襲い征く。牙を剥き出す分霊達。ルーキスが眺めて居れば、それを倒す事でフローズヴィトニルの『完全顕現』を先延ばしにすることが出来るか。
「成程ね、身を削ってでも本体を護りたいという意志が伝わるよ」
「承知したっす。……ただ倒せばいいって話じゃないっすからね。
暴れ疲れてオネムになるまで、時間稼ぎくらいはしてやるっすよ」
倒すのも骨が折れると言うからには封印という儀式が必要だ。その為の時間稼ぎ、フローズヴィトニルに封印具を付ける事の出来るように『歪角ノ夜叉』八重 慧(p3p008813)は立ち回るのみだ。
「あー、つっめて……冷えてきましたね」
身を縮こまらせてフローズヴィトニルの分霊を押し戻すルーキスの傍を走り抜ける。厄招きの血符が凍り付き、フローズヴィトニルが攻撃を行なった青年に気付いて睨め付ける。
大地を蹴り天井すれすれの位置まで飛び上がったフローズヴィトニルの息吹が周辺へと襲い来る。
「おっ――!?」
不意打ちを防ぐような広範囲の息吹。地上で立っていたフギン=ムニンが『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)の姿に気付いた。
道中敵の対処を行いながらもフギン=ムニンに一撃を放ち挑発を兼ねて引き摺りだそうとして居たが、獣の嗅覚はそれを逃すまい。
「おや、私に用事ですか」
いけしゃあしゃあと。軽やかに告げるフギンへと負けずと飛呂が放ったのは死神の狙撃。
身を僅かにズラしてから男は「いやはや、素晴らしい腕前だ」と手を叩いた。未だ余裕を見せているのは、やはりフローズヴィトニルが制御下に居るからなのだろう。
成否
成功
状態異常
第3章 第3節
「先程よりも寒さが一段と増しましたね……。フローズヴィトニルの顕現が進んだということでしょうか」
身を震わせた『劉の書架守』劉・紫琳(p3p010462)は傍らの『亜竜姫』珱・琉珂(p3n000246)を見遣った。カイロを握りしめている琉珂を見て「カイロ……」と呟くが首を振る。
「い、いえ私は大丈夫。大丈夫ですので……! ……さむっ」
「私は暖まったから、大丈夫よ、紫琳」
カイロを手渡した琉珂は「あの、寒い奴を大元からどうにかしなくちゃなのよね?」と振り返った。
「ええ。早く対処をしなくては風邪を引いてしまいますから」
現れ続ける分霊を相手取る。視界を確保し、空より来たる鳥にも頼りながら味方の側面や背面に出現した敵を穿つ。
放たれた弾丸。それは二重にも重なった。降り続けるのは鋼の驟雨。『ひだまり猫』もこねこ みーお(p3p009481)は「とっても寒いですにゃ……」と縮こまった。
大きな狼があれ以上強くなったら――そう思い浮かべてから思わず身を竦める。鉄帝国だけではない、その影響は更に広がっていくはずだ。
「みーおには守るべきパン屋があるのですにゃ。これ以上やらせないのですにゃー!」
分霊達に向けて弾丸の雨が降り続ける。走り込んでくる分霊は自由自在。そして、前方のフローズヴィトニルとてイレギュラーズに向けて攻撃を重ね続ける。
「爪とぎ代わりに降らせる鋼の雨あられ、全弾食らえーですにゃー!」
後方にフギン=ムニンがいる。フローズヴィトニルの背後に隠れ、静かに息を潜めている。
(成程、な)
その動きを確認するために敢て『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)は『様子見』にやって来た。
フローズヴィトニルの爪が振るわれる。それは単体への攻撃ではない。ミーナとその隣で果敢に攻める『時には花を』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)をも傷付ける。
「アナタも狼なんだってね。ワタシも狼だよ。でも……悪い狼は追い払われちゃうんだよ。おしおきなんだから……!」
ふわふわとした雪色の髪を揺らし鋭く睨め付けたフラーゴラは盾を手に迷う事なき道標を定めるように邁進する。不吉を委ね、フローズヴィトニルの動きを確認し続ける。
(うん、爪はそれ程痛くなかった。只の通常攻撃だ。体が軋んだのはこの吹雪のせい……!
氷の息吹を吐くとき、フローズヴィトニルは――)
観察していたフラーゴラと同じく、ミーナもその予兆に気付いた。
「少し仰け反る。爪を振り下ろしたのは体が上向くのを堪えるためか。来るぞ!」
身を庇うようにミーナが屈んだ。フラーゴラも盾を手に構えを作る。その体を苛むのは無数の災いか。
しかし、気を取られては居られまい。ミーナの目的は次に来る仲間の為に出来る限りの情報を集めることだった。
「……エリスさん……あれが……フローズヴィトニル……なんだよね……?」
思わず問い掛けた『青混じる氷狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)にエリス・マスカレイドが頷いた。
(……この力の投影・再現は……流石に無理かな……規模を小さくしたとしても……)
それだけ強大な存在だった。正に冬が狼の形をしている。それが『自我を有した狼』というよりも、概念的なものが形を作ったと感じずには要られない。
「……あれを……抑えておかないといけないんだよね……。
……分かったよ……同じ氷の魔術を扱うものとして……狼として……全ての力を持って抑えてみせるよ……」
緊張したのは確かだ。だが、スコルと共にグレイルは駆け抜けると決めた。
凍て付く牙が突き立てられる。未だ、自由自在に動き回るのはそれを抑える為には幾人かの尽力が必要だからだ。
(……強い……)
その強大なる力を前に『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)はごくり、と息を呑んだ。
「ついに来たか、氷狼……フローズヴィトニル!
妖精郷で間近で見た、冬の王の脱け殻とは比べ物にはならない力だな……。
相手はまるでもう一人の冬の王、状況は夜の王戦に近い……両方とも妖精郷を強く思い出す……ならば負けられない!」
それがサイズの決意だった。共に来たる『冬の王』オリオンがエリスに「余ににて居るか?」と問うている声が聞こえたが気にもならない。
フローズヴィトニルに向けてサイズは、為したいことがあった。だが、妖精郷の時に魔種が持ち出した『マナセの宝珠』もなければ『フィナリィの封印術』も此処にはない。
眼前の狼の魂と力を切り分けることを狙うが、それを為し得る事は難しい。
命を賭した妖精エレインとロスローリエン。一方の妖精が命を失い、ロスローリエンが妖精女王になったと言う逸話を思い出すが、それだけの代償が必要なのだ。
「フローズヴィトニルの欠片はエリスが強く制御しているから、意思疎通は出来ないようだったが……
エリスの制御下にない要石ならば、命を賭ければ対話を試みる事が出来るのではなかろうか」
問い掛ける『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)にエリスは「わたしは目の前のフローズヴィトニルと意思の疎通ができないのです」と不安げに呟く。
「クラウィスならば銅貨――」
意識も朦朧として居るらしい。しかも、相手は魔種だ。ブリギット達のように対話できる者も多いが、そうでない自我の崩壊がある者も居る。
「……ネーロとビアンコをパスにして要石で制御しているならば、対話にするにしてもクラウィスに協力してもらわないといけない。
クラウィスには何のメリットどころかデメリットしかない。それでも力を貸してもらいたい」
「ええ。ダンスホールはダンスをする場所よ。一緒に踊ってもらうわぁ、ビーストテイマー クラウィスちゃん」
美しい笑みを浮かべて『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)は囁いた。その眸には鋭い決意が乗せられている。
「絶対に殺させないわ。生きてなんとかしてもらうのよ。おまえは生きてこそ、その価値があるのよ。死んで楽になんてさせてあげない」
クラウィスが要石を手にしている。その制御下にある事が最も重視されるというならばフローズヴィトニルも現在は大人しいと見るべきだ。
クラウィスとの対話を求めるゲオルグに、クラウィスそのものを自身達の手の内にと願うメリーノ。何方もが、クラウィスの元へと動き出す。
(……クラウィスが死んだらオオカミちゃんが自由に動けるようになる、それはだめ。
要石も取り返したい あの石と動物を愛している男とそういうギリギリでバランスが取れているはず。
魔種のおばあちゃんを楔にするのは今でも反対。でもその半分くらいとクラウィスの魔力、エリスの権能、全部合わせたら封印ができるんじゃないかしら……)
どうか――クラウィスと接触しようとするゲオルグの表情が歪む。
フローズヴィトニルの封印はするべきだとゲオルグは考えて居た。
だが、悪き狼であれ、『厳冬』の象徴たれと、冬に一人で置き去りにされた狼に、いつかその時が来るのを待つのではなく、今、春を届けに行きたかった。
冬が終われば、春が来る。ならば、あの子にだって春は訪れていい筈だ。優しい男は自分たちには不都合なものを一方的に封印することは避けたかった。
『―――――あ、ああ』
クラウィスは狂気の淵に立っている。魔種はゲオルグの声掛けに気付いてにたりと笑った。
「お嬢さん、クラウィスをどうぞ護って下さい。ええ、構いませんよ。
クラウィスは魔種です。私が反転を促した存在だ。そんな彼がフローズヴィトニルの制御を狂いながらも為している。
……分かりますね? 私を護らすように命じているのですよ。その男が死に絶えるまで、私は高みの見物だ」
「その時は、エリスを狙うつもりか。そう上手くいくと思うなよ」
ゲオルグが苛立ったように声を掛けた。睨め付けていたメリーノはクラウィスを見る。最早正気の影もなくした男は要石と呼ばれた美しい宝玉を懐に隠しにたりと笑っていた。
「そう……フローズヴィトニル……あれと、あれが生み出す分霊が主体か。
大切な切り札を盾にしてその後ろに隠れるなんて……随分な余裕ね、『軍師ギュルヴィ』」
酷く胡乱な声音で『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)はそう言った。
「……意外にも、似合っていると思っていたのだけれど。
結局、予測は大きく外れる事も無く。初めからその心算であった以上、こうなる以外の道は無かったようね。
残念――と思うべきか。それとも……決着をつける機会をありがとうと言うべきか」
「何方でも構いませんよ。ですが、往々にして覚悟をして居る人間の方が迷いは少ない。
貴方方は何時狂うかも知れぬ『ドルイド』一人を護るが為に人間らしい群像劇を演じているのですからね!」
「ああ、貴方の性根が昔の通りで良かった。迷いなどなく殺す事が出来るわ」
成否
成功
状態異常
第3章 第4節
いつ狂うかも分からない。
その言葉を耳にしながら、『あたたかな声』ニル(p3p009185)は不安げな表情でブリギットを見上げた。
「……ニル」
「はい。どちらにしても、今ここでフローズヴィトニルを抑えなくちゃ、なのですよね……コアのあたりが、ぎゅうってするのです」
悲しいのが嫌で、ここまでやってきた。ブリギットの力になりたいと願った。『かなしい』がなくなればいいと、そう思ったからだ。
ずっと一緒に過ごしたわけではない。魔種であった彼女は呼び声の影響もあり、長く共に過ごしたとは言い切れない。
『おばあちゃん』と呼んで欲しいと笑った彼女をそう呼ぶのは気が引けた。それでも――平穏無事に全てが終わったならば、そう呼んでみたいと願った。
「ブリギット様、だいじょうぶです。ニルが、まもります」
襲い来る全てを遠ざけるように。ニルは泥の濁流で押し流す。その傍に立っていた『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)も深く息を吐いた。
「……エリスを犠牲にするのは論外だし、魔種だからって生贄にしていいなんて言うのも筋違いだわ。
わたし達は思考を止めない。最善の道を探し続ける――その為にも、フローズヴィトニルを、奴らを止めないといけないわ」
「魔種であるのに?」
「魔種だって人よ」
「ならば、悪人だって人だ。私も人間ですよ、お嬢さん」
フギン=ムニンが語りかけてくる。セレナは唇を噛んだ。男は余裕然として揶揄うような素振りを見せる。
要石か、此方の欠片か。フローズヴィトニルをどうにかする糸口が何処かに存在していないか。考えることを辞めやしない。
「『エリスの制御下』で繋ぎになる何かってフローズヴィトニルの欠片じゃダメなのかしら?
ダメなのだとしたら何が足りないのか理由が知りたいわ。もう隠したりはしないでしょう? エリス」
問い掛けた『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)にエリスは「それは、フローズヴィトニルに触れれば、同化します」と告げた。
「……フローズヴィトニルにこの欠片で触れると何が起るか分からないのね?」
「はい。わたしの制御を離れ、あちらに取り込まれてしまえば、暴走する可能性だって……。
けれど、使い道は、ひとつだけ、思いついています。この場では、意味が無いかも知れませんが……」
エリスは緊張しながらオデットを見た。オデットは頷く。隣に立っていた『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)もその話しを促した。
「外の、太陽です。あれがもしも『完全』に出来上がってしまったなら、フローズヴィトニルの欠片を使って、僅かにでも食い止めることが出来る筈です」
狼が太陽を喰らう。その再現をするという事だろうか。神妙なる表情をしたのは『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)。
(封印の代償……遺失魔術……。
……それを追求する前に、一つ確認しておくべき、か。フギン=ムニン達は、バルナバスを事の後に討つ意思がある様子だった)
つまりは切り札であるフローズヴィトニルを使用するという事だ。
「精霊女王。フローズヴィトニルの力を『黒い太陽にぶつけた場合』、どうなりますか?
アラクランは、恐らく似たような事を考えていたのではないか。黒い太陽を防ぐか、もしくは消滅させる算段として……それを実行したら、どうなる?
そして、仮に実行するとして何が障害になる?
……フローズヴィトニルの力を黒い太陽と対消滅させる事が出来れば、封印の代償を気にする必要など無くなるのではないか、と。ふと思いましたが」
「わたしは、確かなことは、言えません。もしも『完全なフローズヴィトニル』になってしまえば、あの太陽を喰らい尽くすことが出来るでしょう。
防ぐ、ではなく、取り込むのです。フローズヴィトニルが強化され、それを食んだ狼は更に広範囲を冬に閉ざすでしょう」
「……成程、だからこそ『欠片』での対処が一時凌ぎでも出来る、と言うことですね」
リースリットは頷いた。太陽が完全顕現した際に、僅かにでも食い止めることが出来る可能性。それがあの欠片達だ。
フローズヴィトニルが完全顕現し、それを喰らうか『フローズヴィトニルの怒り』などが太陽に相互的に影響を与える可能性。
『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)が考えたのは『黒い太陽』がフローズヴィトニルの自我たる怒りや苦しみを全て吸い上げている可能性だ。
「……そういうのは全部、目の前の私達にぶつけてくれよ。お前自身の怒りだ、他人に良いように使われるのは御免だろ?」
照準を合わせた。どの様な決着であれど、狼の事は弱らせる必要がある。
「折角この世に生まれてきたのに、ずっと眠らせているのも申し訳ない話ではある。
だがこればかりは生存競争の一環だ。全力でぶつかり、どちらが残るかを決めるしかない」
それが獣同士のやりとりである。ラダが狩る側になるか、フローズヴィトニルがそうなるか。何方とも言えぬ状況が其処には広がっているのだ。
「うげぇ、フローズヴィトニルが邪魔すぎるー!!
ぶはははは! 日頃の感謝の気持ち、お返ししちゃおうぜー! 貰う方だって、嬉しいに決まってるもんね!」
『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は明るい声音を漏してから俯いた。
(……待っていた。ミッションターゲットを確認……敵機、確認。
およびその僚機……登録、確認。フギンムニン……戦闘準備完了……最終確認……)
秋奈は走り出す。フローズヴィトニルと『とっちめて』遣るためだ。
「みんな行くぞォ! か弱い乙女-っ!」
フギン=ムニンを無理矢理引きずり出すにはクラウィスの要石をどうにかしてしまえばいいのだろう。
話半分、何て言おうが聞き流すとは決めて居る。話すだけ無駄だと本能的に理解している秋奈はフローズヴィトニルへと直線で飛び込んだ。
「私はまだエリスからしかあなたのことを知らない、もっともっとちゃんとあなたのことが知りたいのよ。知らなきゃ、何も選べないんだもの、教えて!」
オデットは叫んだ。フローズヴィトニルに近付きたい。ああ、けれど遠い。
春の木漏れ日を、知って欲しい光を与えたかった。もうクラウィスの狼たちは取り込まれているだろうか。だから、彼が狂ってしまっているのだろうか。
手探りで飛び込む。体が痛み、軋み、弾かれる。これ以上はダメとでも言う様に。
弾かれるオデットを受け止めて『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が鋭くフギン=ムニンを睨め付ける。
「アンタの掲げる『新たな王国』に、これ以上フローズヴィトニルを――いいえ、誰の命だって、利用させてたまるもんですか」
力を貸して。囁いた声音に、右眼が痛み始める。自分がどうなったって構わない。あの男を、此処で殺したいのだ。
「っ、覚悟しなさい、アタシの魔力はそう簡単に尽きたりしないわよ!」
クラウィスに何かあれば必ずエリスに魔の手が及ぶ。ならば、離れすぎてはならない。前に進むも、戻るも、曖昧でどうしようもなく苦い気持ちが溢れ出す。
「んもう、さっさと出て来なさいよ!」
「はは、冗談ばかりだ」
「そうだよ。出て来なよ」
真剣な声色を漏した秋奈が鋭く睨め付ける。
「……ギュルヴィ……」
呼ぶブリギットの傍でレイチェルは問い掛けた。
「フローズヴィトニルの封印は遺失魔法と聞いた。もしも遺失魔法を此処で再現する事が出来れば、エリスもブリギットも犠牲にならないで済むンじゃねぇか?」
「……封印の術式を、それに似合った代償を払い、執り行うと伝わっています」
ウォンブラングに伝わっている伝承。それは嘗て妖精郷で冬の王を封じたように誰かの犠牲を孕んだものだったのだろう。
「封印具は遺失物。わたくしには分かりません……わたくしが、魔種であるから……正気ではないから……分からないのです」
「ブリギット……」
レイチェルは目の前の女が改めて正気ではないことを察する。
最善を諦めたくはない、だが、欠けたパースを埋めることは出来ない。『それがそうなった』後に生まれたエリスと、口伝で限られた情報を持ったブリギット。
――妖精郷では一人の妖精が命を落とし、もう一人が女王になった。
――幻想では術者がその命を賭した。巫女フィナリィは何重もの封印を行ない、命を落とし『綻び』を作った。
語られてきた全てに、誰かの犠牲が伴っている。レイチェルは何とか糸口を掴みたいとブリギットの横顔を見詰めていた。
成否
成功
状態異常
第3章 第5節
「オデット氏、喰い下がってるなぁ。アーカーシュでもフローズヴィトニルのこと気にしてましたもんね。
……んま、躾には飴と鞭が必要でしょう。私の方は躾の時間と行きまスかね」
やれやれと肩を竦めた『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)は眼鏡のブリッジに指先を当て、位置を正す。
戦場情報を確認する 00機関式情報統合端末は良好だ。左の義手が寒さで軋んだことだけはご愛敬。
後方を見遣る。総勢25名。束ねる総大将のかんばせを眺め遣ってから『闇之雲』武器商人(p3p001107)の唇が三日月を描いた。
「おやまあ、結構な割合が顕現してきたこと。これは騎兵隊も気合を入れないといけない場面だね。ヒヒ!」
白磁の肌を隠すように長い袖口が口元に添えられる。如何にも楽しげな武器商人はギネヴィアと共にやって来た。
「あれがフローズヴィトニルか」
それは鉄帝国で生れ落ちた存在だ。故に、ジェド・マロースと言う男はそれを前に慄いた。あれが伝承の獣であるならばその身が本能的に竦むのも致し方がない。
「完全顕現に至って居らぬのならば倒す事はできるだろう、英雄達よ」
「そうとも言われちゃ、やるしかないねぇ? ねぇ、ジョーンズの」
名指し、と呟いたのは『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)。まじない避けの『エリーン』の名を此処で掲げることはない。
騎兵隊の旗目として、何よりも、幾人もの英雄達と戦場を駆ける者として。名はしるべになると知っているからだ。
「ひひっ……! ここまで来たらやり切ってしまいましょうかね! 目標フローズヴィトニル! ですよね!?」
にんまりと笑って、身を屈めたのは『こそどろ』エマ(p3p000257)。足の速さは取り柄だ。だから、いの一番に駆けて行く事がエマの成せる全て。
コンディションは最適だ。地を蹴って、跳ね上がれば良い。狼は図体が大きな事を後悔すればよい。
「さぁて、わざわざ自分を危険に晒してまで様子見したんだ……その成果見せてやるよ! 指示は頼むぜ」
『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)はくるりとイーリンを振り返った。フローズヴィトニルによる攻撃。様々な仕草を見極めるために一人、先見した価値はある。
「ええ。騎兵隊の必須目標は変わらないわ。全員が死なないこと。
今から私達がやるのは単純な事よ。フローズヴィトニルの喉笛に噛み付いてやりましょう!
何も噛み千切れとは言わないわ。ええ、『千切れてしまったなら仕方が無いけれど』?」
イーリンの唇が吊り上がった。フローズヴィトニルの血潮を浴び、暗い、繋がりを得る。それが、鎖か、首輪かは此処から決まるのだから。
「エリス達にティータイムを作ってあげましょう。突撃用意!」
師の号令に『副官の覚悟』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は頷いた。騎兵隊は『顎』だ。フローズヴィトニルの喉笛に食らい付く鋭き牙だ。
イーリンが、師匠が進めというならば、その号令が確かなものになるように支えるのはココロの役割。
「動物はまず大きい方が強い。なら狼や鴉では馬には勝てません」
静かな声音と共に、最後方に位置するココロは信じていた。不死鳥の如く、仲間達に飛び立つだけの勇気を、力を。
医術士は希望を信じさせる存在であることを目指すが為に、覚悟を胸にやって来た。己が、見落とせば誰かが死ぬ。ひりつく気配が肌を刺す。
冷ややかな気配の中を駆けていた『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は白い息を吐いた。
「フローズヴィトニル…全身出てないにも関わらずなんという冷気でありますか!
いや、立ち止まってはいられない! 胸の焔にかけて、その氷、溶かし切ってみせる!」
燃え滾ったのはブレイ・ブレイザー。それは、炎の嘆きが残した熱き心。意志を貫くという勇気と責務が燃え、その身を包む。
「その氷……! 自分に宿る焔で溶かさせてもらう! シェームさん、その焔、お借りしますッ! 焔閃抜刀・交ッ!」
あの男は、何と云うだろうか。そんなことを考えながら光を纏わせた剣と、形を変え、刃と転じた『炎』を握りしめた。
二天一流・宙の技――その、ムサシならではの一撃を。
届かぬならば、届けるのみ。鋭く、突きつけるのは自らの覚悟であれ。
「騎兵隊先鋒、鳴神抜刀流の霧江詠蓮だ! 喰らわせてもらうぞ、氷狼!」
『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)の刀がすらりと抜かれたのと同時だ。一閃。
太刀之事始は、雷を帯びてフローズヴィトニルの肉体を斬り伏せる。騎兵隊が大顎となるならば、走る者達は牙だ。
鋭き牙を突き立てて、狼の動きを留めれば良い。暴れるフローズヴィトニルの鋭い牙がエーレンの握る刃にぶつかり合った。
膂力を生かし、押し込む。フローズヴィトニルが一度、仰け反った。
なrばあ、もう一度。突出せず、牙として立ち位置に気を配っていた居合いの士は再度の機会をうかがった。
「ブリギットの意志を無駄にしてはならぬ。全力で踏ん張らねばならないな……!」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は『愛染童子餓慈郎』の声を聞きながら戦場を直走る。
フローズヴィトニルが完全に顕現しては居ない後方は氷を思わせた。柔いが、直ぐに修復される。
(攻撃は通っている――だが、確証は得られんか……)
後方で此方を観察するフギン=ムニンの表情だけがやけに苛立った。男は聡く様々な犠牲を生み出しながらその存在をある程度は把握しているのか。
「半ば封印されたままの状態で、尚も完全無欠という事はあるまい。必ず、どこかしらに綻びがある筈だ!
希望の兆し、必ず見出して見せる……!」
此方が尽力し、足掻く様子は嘸面白かろう。だが、何時までも笑っていられると思うなと鋭い視線を投げ掛けた。
フローズヴィトニルの体の中央。完全顕現を始めたばかりの部分の僅かな温度の違いに気付き汰磨羈が『一ノ太刀』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)を呼んだ。
「此処かッ!」
エレンシアの突き立てた刃が鈍い音を立てた。固い。だが、確かに効いている。
「アタシの立つのは常に前線だ! 纏めてぶっ飛ばしてやるからなんぼでも掛かって来やがれ!」
鳴る工場は変わりない。『一番槍ならぬ一番刀』――それこそが『一ノ太刀』としての矜持。
空駆ける翼諸共氷の吐息が包み込む。体が重く、振り上げた刀の向かう先までもが変化する。だが――『ラド・バウA級闘士』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)の声が響いた。
「フローズヴィトニルって言ったっけ。お前がどんどん寒くするのなら、おれはどんどんぶん殴って動いてあったまるだけだ!」
叫ぶ。その声と共に、仲間達を支えるのは『与え続ける』倉庫マン(p3p009901)。
「いやはや、大変厄介な術をお持ちの様ですが、私が思うのはただ一つ。
ヒーラー需要が増えて有難い、ですよ。お仕事に参りましょう」
仕事だと駆り出されたならば、それは有り難い事だと笑うように。『ソウコガジェット:ソウコレギオンリカバリー』を以て応急処置を施して行く。
マッチョ ☆ プリンと共に前線に向かう倉庫マンは後方より戦場を眺め、的確に仲間の支援に徹する。春風の如き白き風。
ソウコガジェット:ネバーデッド・ソウコマンがあれば、多少の無茶も出来ると言いたげな倉庫マンの前をずんずんと進むマッチョ ☆ プリンは、殴る、殴る、殴る。
「何か隠し玉があるらしいけど、隠しとーす余裕もあるのか試してやるぞ!」
そうだ。何を恐れることがあろうか。傍らのロージーの背を撫でる。愛馬のムーンリットナイトが嘶いた。
「私の名はレイリー=シュタイン! 春を奪い取りに来たわよ」
大きく仰け反ったフローズヴィトニルを受け止める。『騎兵隊一番槍』レイリー=シュタイン(p3p007270)はぎろりとそれを睨め付けて構えた。
「信頼している。危なくなったら私の影に隠れなさい」
囁いた相手はフローズヴィトニルの欠片『ロージー』だった。それはエリスの影響が強く、フローズヴィトニルそのものに影響を与えられない。
が――
(ああ、そうね。彼方がコレを通じて何かしてくる可能性もあるのね)
そんなコトさせやしないと睨め付けた。封印の手がかりを得られるわけではない。だが、フローズヴィトニルは『欠片』が奪われたことにより顕現が遅れているのだろう。
何せ、欠片達はある意味で壊れた封印具そのものと、其処に封じられていた力の『欠片』なのだ。
レイリーが連れるロージーをじっとりと見た獣の瞳は、狙いを定めたかのようにも見える。
『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は確かその状況を理解した。フローズヴィトニルの欠片がこちらにあるという状況での本体との戦いだ。
(何が起きてもおかしくない、注意深く見ておく方が良さそうだ。
レイリーさんが欠片を持っているハズだから、彼女に対してのフローズヴィトニルの動きは注視しつつ行動しておこう)
フローズヴィトニルは己から奪われた者であることを認識している。取り戻そうとするわけではないが、それを取り込む可能性もある。
「気をつけてくれ」
「ええ……!」
レイリーに向け、そいて雲雀に向けてフローズヴィトニルの牙が襲い来る。
「させないのだわ」
真白の翼を開いて『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が飛び込んだ。
己が為せることは護る事。凍て付く牙が突き立てられればそれはどれ程の痛みになるか。
「私は、皆を護る為に此処までやってきたのだわ!」
祝詞を口遊めば、天地に遍く神々の恩恵が身を包むかのようにも感じられた。神の寵愛を感じ入る。
雲雀は支援を行なうように突撃戦術と共に、死兆星の煌めきを宿した。凝固した血液で作り上げた鞭がフローズヴィトニルに巻き付いて行く。
「……阻止しないと……!」
「ええ、ええ……!」
華蓮が頷いた。コレが災厄の冬。未曾有の大災害と呼ばれ鉄帝国を一度は閉ざしたあの吹雪。雲雀はひりつく体を突き動かしてフローズヴィトニルと相対し続ける。
(稀久理媛神様がこの力を与えて下さったのは――この身、この心が護る事を決意したから!)
華蓮の傍を走り抜けたミーナの希望は氷の獣を前に蒼穹の気配に閃いた。血色の滝の如く。斬りつけた狼の血潮は冷たく、そして透明だ。
霧散し消えていく傷口から溢れ出るそれは柔らかな雪か、冷たい空気のみを宿している。
「アーカーシュもだいぶ慣れましたが、やっぱ騎兵隊とは質感が違いまスね」
統率された軍隊とは違う、獣の群れを思わせる戦い。美咲はその中に身を置き、仲間達と共にバーベと共に進む。
無数に炸裂する爆弾。美咲は生存を優先し、戦場を走る仲間の支援に徹する。
「……いやしかし、我がこんな前線に立つものかね?
まぁいい。此処からが汝らの戦いの見せ場だぜ! ヒャァッハァ!」
かあらからと笑った『敗れた幻想の担い手』夢野 幸潮(p3p010573)は眼鏡の位置を正し、仲間を支える事に徹していた。
重傷を負ったからと此処で退く意味も感じられぬと言う様に幸潮は笑う。
「未だ冬は終わらず、それが獣となって牙剥くなら!その顎(アギト)を食いちぎってやろうじゃねぇか!」
『老兵の咆哮』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)が吼えた。吹雪など何するものか。飛び込んできた分霊が腕に牙を突き立てた。
ならば、それは『零距離』と呼ぶべきだ。至近で叩き込んだのは虚空に閃く男の覚悟。極寒の気候など、恐れるに足らず、寧ろ己の肉体を突き動かす原動力にも成り得る。
「寒さに強いが鉄騎種だ、それがだめでも俺たちゃ任せられる仲間がいる、なら征くぞ」
長い髪を揺らがせる幸潮は「イケイケ!」と楽しげに拳を振り上げた。だが、その頬を撫でた凍て風に思わず盛大な嚔を漏す。
「……近づいてみるとより一層凄まじい冷気だ。
全身が顕現したら永遠の冬が来るというのも頷けるね。けど、ラグナロクには早すぎるよ。地の底にお帰り願おうか」
終焉。バルナバスと共にこの状況が横行するのは意味があるのだろうか。『友人ハイン/死神』フロイント ハイン(p3p010570)はふと、物思う。
魔種達が各地に狂気を伝播させ、滅びを蓄積させることが目的ならば。
(ああ、そうだね。屹度、創造主なんてモノが居ればフローズヴィトニルの影響がイレギュラーズが食い止めた滅びの気配の続きを齎す様で、嘸心地良いのだろう)
幾重にも術式を書き連ね、織り込んだ。杖は複雑にも光を宿す。ハインの白杖が眩く輝き、一撃をフローズヴィトニルへと投じた。
僅かな怯み。負けじと覗いた牙が襲い来る。
『騎兵隊一番翼』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)は上空より狙う。
分霊のダメージが本体にも征くならば都合が良い。全てを焼き尽くせばよいのだから。
「たどり着いたぞ、フローズヴィトニル……! 顕現までもう一歩と言ったところか……その最期の一歩、大いに潰させてもらう」
不毛な消耗戦に付き合って貰うと唇を吊り上げたレイヴンは空を駆る。そして、叩き落とすは鉄槌の如き、万物を砕く星。
(漸く現れたか、氷の大狼。お前は一体何を考えている?)
唸り声は吹雪く風のように響いていた。爪が突き立てられる。急接近した『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)の表情が歪む。
それでも、此処で臆す暇などない。ティンダロスとて、進むことを望んでいる。
「道産子舐めんなよッ、狼」
己の肉体から鎖が伸び上がった。顎となる。牙を剥きだし飛び込んで行く。フローズヴィトニルの巨体へと突き立てられた牙。
吹雪く風の唸り声がマカライトの体を横薙ぎにする。その体を受け止めたのは『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)。
「……専門業者の土台で戦う訳には行かねえからな、業腹だが。
だが、氷を溶かすにも温かい雨だっているし、明けない冬は無いんだと。
そう思って俺達は此処に立っている。超常存在の運命を容易に握れるたァ一言も思わねえが、少しだけ確信はあんだよ」
青年は舞台を整えるが為にやってきた。封じ手を増やせばやりこむことが出来よう。演出家は荒む空の下でもそれをも舞台に取り込んでしまえと嘲笑うように唇を吊り上げた。
「――『ひとり』でないならば、覆せるものもある」
青年が搦め手を特異とするならば、『八十八式重火砲型機動魔法少女』オニキス・ハート(p3p008639)は圧倒的火力を重ねることが得意だ。
脳内で重ねた演算式。周辺気温の低下により、体が軋んだ。広範囲を確認する獣の目だけでは事足りず、巨大な狼が爪を振り上げた。
予兆だとミーナが叫ぶ。頷いた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)が全ての元凶なる獣の牙を退けるべく刃を返す。
「ルーキス!」
叫んだ師の声に頷いた。寒さが一段と増したが、ルーキスはそれでも安心していられた。護るべき主君を師、空木が確かに護ると告げてくれた。
長居は無用だと背を押して、前へ、前へと走れと言う。危なっかしい弟子が、いや、我が子が駆ける姿は何と良いものか。
「来ます!」
ルーキスの声にオニキスは頷く。
(見えた――!)
放つ。マジカル☆アハトアハト・クアドラプルバースト。
魔力回路が開く。体内の全ての魔素の集積を――そして、先ずは一撃。支える仲間達がリソースの供給を続けてくれる。
オニキスの元へと飛び込んでくる分霊達に気付き、我武者羅に殴りつけた拳は『先駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)の『乙女』の一撃。
「ネタが被ってやがるんすよぉ! お前らを倒してあたしが悪しき狼を名乗ってやるっす!」
叩き込めば、腕がじんと居たんだ。だからといって止まるわけが無い。暗殺拳を思い出したあの剣閃。
あの日、あの時、己の中に存在した獣(せんし)の血が滾ったのだから。
これが根競べだとウルズが叩きつけた拳を更に、更にと押し込むように。『修羅の如く』三鬼 昴(p3p010722)は一気呵成に拳を打ち込んだ。
破砕の闘氣よ。金剛の闘氣よ。
獄人のその身を包み込んだのは修羅の如き気配。鋭く突き立てた拳がフローズヴィトニルの牙をへし折った。脆くなったそれは直ぐに消え失せる。
「小細工は無用。冬の狼の喉笛に逆に喰らいつき、噛み千切ってやろう――相手にとって不足は無し!」
敵が強大であればあるほどに滾る。闘士を全開にしフローズヴィトニルの攻撃を受け止めた腕に力を込めた。
腹直筋、広背筋、大胸筋。遍く筋を連動させる。体力が続く限り、打つ。打つ。傷付いても、血を吐いても。
血に餓えた獣の如く、戦場を求むる者として。
武器商人がイーリンを庇う。後方より支援と、指示を行なうイーリンは「進みなさい!」と声を荒げた。
「使役、狂化、何するものぞ。今までの戦いで結ばれた私達が、容易に崩れるものですか!」
エリスは覚悟を疾うの昔に決めて居る。オリオンもそうだ。自分の全てを賭けるに値するならば、脇目も振らずに走り出す。
(嫌ね、私もそうだもの――)
イーリンはその覚悟を変えられる可能性があると感じていた。
一つは時間。時間を稼ぐのは騎兵隊が出来る。
一つは、それをも超える輝き。その光は、仲間達が集めてくれる。
(ニエンテ――貴方の加護は、ここに辿り着いた。それは私達を守る為だけではない。
違う? ……違うなら、私「が」力を貸してあげるから)
イーリンの決意と共に、精霊は柔らかな光を纏う。時間稼ぎなら守護のまじないを持つ者は得意だ。だから、それに協力させていて。
成否
成功
状態異常
第3章 第6節
「広範囲結界のようなものは楔が壊れれば大きく力を減じるから長期間想定だと懸念事項はある、今回のように。
……とはいえ地形や、自然現象や……何を柱に立てても壊れるときは壊れる」
ならば、何を以て『封ずるべきか』。『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は豊穣軍に敢て意見を求めた。
彼等はエキスパートだ。豊穣郷の高天京も戦いの際には広域に結界術が駆使されていたことg青も出される。
「他に手段がなくてやむを得ない場合以外、エリス殿は勿論、ブリギット殿も犠牲にするのは俺も賛成しないんだ。
いまそういう別れ方をするのは、大勢に大きな未練を残す事になり、縁が捩れやすい」
「確かに、人柱が巫女とならば強固なる封印には成り得る」
「黄龍殿」
「吾は良き方法だとは思うたぞ。じゃが――それをも厭うなら奇跡を起こすのが神使であろう」
その言葉を聞きながら『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は敢て、問うた。
「例えばだけどエリスさんとブリギットさんが力を合わせた時はどうなるのかな?
魔種であるブリギットさんが封印を肩代わりして、その間にエリスさんがフローズヴィトニルを掌握できたりできないかなって?」
封印の時点でブリギットが死んでしまうなら使えない手段だと呟くスティアに黄龍は「補えばよいのじゃな」と頷いた。
「補う方法が見つかれば、それを利用すればよい。しかし、分け合えど相応の代償の肩代わりは必要じゃぞ。それに――」
「……魔種としての特性を打ち消せるかはわからない、だよね。
何でも倒せば良い訳じゃないって、深緑での決戦でそう学んだんだ。
可能性があって実行可能なら試してみたいと思うよ。何もせずに後で後悔なんて絶対にしたくないから」
ならば、『補う方法』を探せば良いのか。この戦いの中で、何か。一つでも、欠片でも。
「うむ。吾はそんな御主等を『生かす』為に此処にまでやって来たのだ。ちと、心強いと褒め称えてくれても構わんがのう?」
からからと笑う黄龍を一瞥し『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)は頷いた。
思うが儘に。揶揄った黄龍には心を見透かされていたのだろうか。あの神霊はウォリアの事も幼子のように接してくるのだ。
(やる事は何時だって変わらない。欠片など無い、繋がりなど無い。孤兵なれど、進む道が見えずとも――)
邁進する。瑞神とも、フェニックスとも変わらぬ手段で渡り合ったのだ。託されたものが、特異運命座標という符号しかなくとも、その一員である事を疑う己に確かな意味を刻んだのだ。
「黄龍よ」
「うむ、吾が見守って居る」
己に宿った縁絲を、天翔る彗星の如く靡かせる。眼前の悪しき狼が放つ分霊を、退けるべく斬る。
春告げの鳥が何処かでなく為に。熱く、苛烈で、凄惨なる炎となれ。
「相変わらず気に入った者を焚き付けるな、黄龍は」
「賀澄が晴明の胃を苦しめる事に長けているがの?」
揶揄い合う二人に気付いたのは『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)。
「賀澄様! 少し前に出すぎです!」
慌て声を掛ければ、式神招来・玄狐初姫が晴明を留めているのが視界の端に見えた。前に出たがり帝は「む、そうか?」と首を捻っている。
「仕方有るまいな。此処に居るか」
妙見子は、緊張したように賀澄様と呼んだ。その人と、出会うことを避けていた。
「……賀澄様、豊穣の春は美しいですか?
悪しき狼に憐憫を抱いているとはいえ、あれが完全に顕現すれば豊穣もただでは済まないでしょう。
私はここに集った方々と共に春を迎えたいと……きっと四神の皆様も晴明様も……同じ気持ちだろうと思って私は戦っております」
「ああ。豊穣の桜は美しい。春は、穏やかで、酒の一杯も欲しくなるほどだ」
穏やかに笑う賀澄に妙見子は背を向けながら囁いた。
「諸事情で貴方を避けてましたが……帰ったら花見で一杯、くらいはお付き合い致しますよ」
それは少しだけの決意のように。『悪性』の精霊に向けて僅かな同情に、感傷に、苛まれていた『悪性』の娘は白虎と共に賀澄を護る為に立ちはだかった。
「前に出るのはもう少し、待って下さい、ね」
賀澄を同じように押し止めた『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)はスカートをぎゅうと握りしめた。目の前にはフローズヴィトニルと、クラウィスが立っている。
「霞帝さま、晴明さま。あの人をどうにかしようと思えば、必ず氷狼の分霊が立ち塞がるでしょう……なので、今は分霊への対応をお願いします」
「承知した」
頷いた晴明は暗い表情をしたメイメイにふと、気付く。メイメイが気にしていたのはフローズヴィトニルの御伽噺だった。
「わたしの知っている狼さんの話と違って…… 悪い狼にも、救いはあるのだと聞いて、少し、嬉しかったのです。
優しい心が、春を連れてくる……だから、こそ……そうあれるよう、凡ゆる可能性を諦めずに」
これから、より厳しい戦いになるだろうと緊張し、震えた手を押さえ付けて白き薫風を届けながらも尽力し続ける。
「……もしかすると、その優しい心とは、今のことなのかも知れないな」
晴明の横顔を眺めてメイメイは「そう、かもしれません」と目を伏せた。
彼の視線の先には青龍と共に仲間を支える『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)がいた。豊穣郷でも見た、あの日の再来のような光景だ。
「フローズヴィトニル 強イ。分霊 多イ 次々出現。
フリック 役目 仲間 戦闘可能維持。青龍トモ協力シツツ ミンナ 癒ヤス」
「……」
「無口じゃと、嫌われるぞい?」
けらけらと笑った玄武に青龍が横目で向ける。玄武は『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)と共に前線での敵の引きつけを行って居た。
「さて、パーリィじゃ!」
「ぶはははッ、この程度の寒さで脂肪たっぷり蓄えたこの豚が動けなくなるこたぁねぇぜ! パーティーだぜ!」
腹太鼓をしてみせるゴリョウと玄武は共に分霊達を引き寄せていた。
周辺に現れるフローズヴィトニルの分霊達を引き寄せ、出来うる限りの攻撃を本体に届ける手伝いをすることが此度のオーダーだ。
跳ねるように前線に出た玄武を支援する青龍は言葉なくともその動きを理解しているかのようだった。
「四神同士、理解し合ってるって事か?」
「あれは、よく見て居るからのぅ!」
楽しげに笑う玄武と手分けをするゴリョウは「人も負けてはられねぇな!」と大仰に笑って見せた。
フリークライが小さく頷く。視線の先にはクラウィスが居た。虚ろな目をした男はふらついているようにも見える。
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。
クラウィス。護リタカッタ動物達スラ糧ニシテ永ラエタ命 尚削ルカ。君 死ネバ 動物達 墓標 弔ウ者 イナクナルトイウノニ」
「ふ――ふふ、あの子達は、もうフローズヴィトニルと同化している。動物たちを傷付けるな」
狂気が走ったその眸がフリークライを睨め付ける。刀を手に、周辺に動物を思わせる幻影を産み出したクラウィスが「襲え」と低く呟いた。
「それにしても、クラウィス中佐のあの姿……状況を見る限り、フギン=ムニン、貴方が彼に命じてるのね?
彼が死んで制御不可能になったフローズヴィトニルをこの国に解き放つつもりで……!!」
「彼が望んでいる、の間違いですよ」
笑みを絶やさぬフギン=ムニンを『雪花の燐光』ノア=サス=ネクリム(p3p009625)は睨め付けた。
「どう言うことですか?」
静かに問うたのは『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)であった。震える拳をなんとか鎮め、周辺の分霊を引き寄せる。
炎を心に灯せば、立っているだけの勇気は湧いた。指先が震えている。
「ビーストテイマーなる彼はフローズヴィトニルを解き放ってやりたかった。魅入られた、と言うべきでしょうか。
強大な力にはそうしたものが付き物ですからね」
「……フローズヴィトニルによって己を解き放ち扱うように誘導されているという訳か」
「ええ。どうしたってオオカミに同情する者も多いようですが、一つ注釈して差し上げましょう。
『悪しき狼』がそう呼ばれる由縁。それこそ、狼を愛したという御伽噺の通り――人柱がこの狼を抱き留めたからに過ぎない。
そして、『ディスコルディア』、貴方方が護る精霊女王こそが狼の良心であった。それを喪ったのならば、今は悪性の獣に過ぎない!」
フギンが愉快だとでも言う様に笑っていた。その顔を見れば、トールは彼が望む世界は決して受け入れがたいものであることを理解する。
「私はフギンさんやクラウィス中佐、ブリギットさんと因縁らしい因縁はありません。
皆さんのように心に熱が入る事もなく、イレギュラーズとしての冷めた義務感だけで戦っています。
それでもこれだけは言えます! あれは……フローズヴィニトルはこの世界に出てきちゃいけないんです! だから私はここであなた達と、その野望を討ちます!!」
そう、只、其れだけでも良かった。
本当ならばずっと眠り続けられていた狼が無理矢理にでも利用され――出て来たことを喜んでいるとしても――再度封じられんとするのは哀れだと『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は感じていた。
「こちらも鉄帝を解放するために封印のための『要石』の確保は必須!
イレギュラーズだから魔種には厳しく言うが護るための力を欲して反転したんだろう、それなら気合いで鴉の囁きぐらい跳ね除けろ!」
「護る為に、貴様等を殺すのだ! 狼を傷付けようとする不届き者め!」
狂気を孕んだ眸が錬を見た。無数に産み出された獣達は張り付くように襲い来る。
クラウィスが手にしている要石を確認する錬をサポートするゴリョウは「どうだ」と問うた。
「……あれは悪しき狼の力が強すぎる。容易に手にすれば――」
その先の言葉を飲み込んだ。
死、という最も覆せぬ概念が脳裏に過ったからだ。
まだ、結論は出すには早いか。観察せねばならないか。
「フギン=ムニン、貴方、私が知る限りでも最低の魔種よ。己が野望、己が忠節のために敵である特異点達はおろか、アラクランすら足蹴にする。
誰かが魔種も人だと言いました。貴方は悪人もまた人だと言いました。私もその通りだと思うけど、一つだけ訂正させてもらうわ!」
ノアはクラウィスの純な心をも踏み躙る『当たり前の悪』に酷く憤っていた。
「フギン=ムニン!! お前は魔種でも悪人でもない! お前はただの討たれるべき邪悪! 物語における悪役なのよ!」
――放った魔砲を受け止めたのはフローズヴィトニルであった。
ノアが歯噛みする。あの男は、フローズヴィトニルに護られながらのうのうと此方を観察している。
手札を全て見る機なのだ。そんなこと、させやしない。狼など簡単に弱らせてしまうと再度、攻撃態勢を整える。
成否
成功
状態異常
第3章 第7節
「やっとここまで来たわね。
色々とやらかしてくれたらしいフギン=ムニンに一発ぶちかましてやりたいけど、先ずはあのデカブツを抑えない事には始まらないわね。
それにアイツにムカついてる奴は他にも居る筈だもの。任せるわ」
炎は盛る。『煉獄の剣』朱華(p3p010458)は灼炎の剱を手に、フローズヴィトニルを睨め付けた。
朱華はアタッカーだ。兎に角、周辺に存在する者全てを『まとめて』攻撃してしまうことこそが必須事項でアル。
朱華の炎が鈍り玉を作り上げる。薙いだ剣より礫が飛び出し、欠片達を打ち砕く。
「中ボスを倒して奥へって、RPGみたいだよな。でも、これは現実だ」
朱華の背中を追掛けて、『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)はやって来た。蒼き外套を翻す。
戦う事にも慣れていない。現代からやって来た少年は、青年へと成長した。だからこそ、この氷に閉ざされた空間も、『中ボス』を倒すかのような仕草も全てが現実だと知っている。
「この城のラスボスを倒して、冬を終わらせるとしよう。暦の上でももう春だ」
誠吾は『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)の背を叩く。項垂れていた彼女は唇を震わせた。
もう少しでも、話をしていれば良かったのだろうか。彼は、人の話を聞くような存在ではなかったのかも知れない。
「……色々考えるのは、後。フローズヴィトニルを、その後ろにいる奴を倒すまで一緒に行かせて貰う」
黒狼の群れに同行すべく、ハリエットは自身の持ち得るスキルを彼等に委ねることに決めた。あの時に要石を壊していれば? ――後悔は山のようにある、けれど。
誠吾が言う通り走るだけ。もう少し頑張れば良いだけなのだ。朱華が真っ直ぐ走るように。
ボロボロの外套を揺らす青年が飛び込んでくる欠片達を押し止める。ぐん、と腕の筋力を活かして後退させた欠片達を包んだのは眩い焔。
「冬だか何だか知らないけど朱華の剣で焼き尽くしてやるっ!」
それは眩き太陽の如く。朱華を支える様に戦線を確認し、統率することに気を配っていたのは『独立島の司令』マルク・シリング(p3p001309)。
「フローズヴィトニルへ攻撃を集めよう。今、あれに好きに動かれたら戦線が崩壊する。
きっと状況は動く。その時まで、戦線を維持するんだ」
『マルクの書』と名付けたのは自らのコレまでの研鑽の結果である。其処に書き連ねた経験こそが青年を形作った。今や、アーカーシュの司令とも呼ばれる立場に至るまで、青年は幾重もの努力を積み重ねてきたのだ。
「分霊を削るだけではフローズヴィトニルの体力は僅かにしか減らない。本体と、分霊の何方もを狙おう」
「了解」
マルクは右前足部分をターゲットに当て、適宜、黒狼隊の立ち位置に気を配る。快活な返事を返した『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は長槍を構え、小さく息を吐いた。
「やるぜ、黒狼対氷狼、世紀の対決ここに開戦! ってな」
そして――後方を見遣ってから風牙は声を荒げる。丁度、後方には豊穣援軍の姿が見えたのだ。
「……ところで帝、っていうかカスミさん! あんまり前出てくんじゃないぞ!
あんたに何かあったら、つづりとそそぎが泣くぞ! あの二人にとって、あんたは父親みたいなもんなんだからさ。ほんと、無理だけは勘弁な!」
「そそぎがそう言っていたか?!」
「嫌われた父親みたいな反応は今は良い!」
明るすぎる霞帝に思わず笑みを零した風牙が地を蹴った。槍を支点に宙返りをするようにフローズヴィトニルに迫る。
考えて見れば、それは善性の生物ではない。フギン=ムニンの言う通り『僅かにでもよくあれ』と願った欠片がエリスならば、残されたフローズヴィトニルは悪性であるために産み出された。邪悪な存在ではない、ただ、そうあるだけで人が死ぬのだ。
(まるで、魔種みたいだ――)
故に、此処に感傷など持ち込んではならないと風牙は知っていた。
「流石にこのデカブツ硬いわぁ。上手く合わせて蓄積させなきゃね。
此奴の善悪はどうあれ、アタシ達は此処を突破しないといけないの。抗わせてもらうわよ!」
拳銃を形作る『福音砲機』を構えて『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が苦々しく呟いた。コレまでの戦いでフローズヴィトニルも疲弊している。だが、後一押しか。
「やれやれ、当然だけどまだまだ終わらないわね。ボーナスは付くのかしら……デケェ図体だこと、独りじゃどうにもならねぇが、数が居るなら……!」
「ボーナスは……出来高次第ってところじゃない? コルネリアちゃん!」
「なら活躍が必要ね?」
コルネリアの唇が吊り上がれば『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は夢見るような微笑みを返した。
ハリエットの宿縁が終え、辿り着いたダンスホールは生憎ながら魔女を誘うような麗しい舞台ではなかった。
だからと言って退散できるほど彼女は気紛れではいられない。間違って、傷付いて、傷付いてやってきた。不完全な物語の、不完全な役者。それは、自分だってそう。
「……私は、いかに的確に当てるか、よねぇ」
まじまじと眺める。コルネリアが放った一撃に、続き眼鏡のブリッジに指先を当てた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が静かに弾丸を放つ。
「ええ。あれだけ目標が大きければ、外しようがありませんね」
右前足から、その右側面の頭部へと弾丸を放つ。目だ。眼球を穿ち、幾度も叩き込む。此の儘連戦の流れを汲めば寛治やコルネリアのような狙撃手と攻撃の手を合せるべきだろうとアーリアが狙い澄ます。
「たとえ敵に寄られても、己の身が攻撃に晒されても、狙撃手が見るべき世界は照門と照星が結ぶ線のみです」
「あら。素敵ね。真白な雪を、氷を、塗り潰すほどの漆黒を。黒狼はその喉元を、食い千切ってしまうわ!」
揶揄うような声音と共に、アーリアが囁き、破壊的な魔術が色彩を伴って飛び込んで行く。
吹雪の気配に苛立ち「ええい、鬱陶しい!」と叫んだコルネリアを支えたのはティッシュで鼻の頭を抑えていた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)。
「もうやだー! 鼻かみすぎて鼻の頭の皮むけた! 身体はぽかぽかしてきたけど、早く帰って黒狼のみんなでお花見するの!
リュティスさんのおべんとに、茶太郎に埋もれてのお花見! だから、春を取り戻す! ――ふあっっくしゅん!」
大きな嚔をしながら仲間達に『何時も通り』を齎すフランは四季を慈しんでいた。冬は嫌いではない。ああ、けれど。
芽吹きの春に、目覚める夏が来る。枯れ落ちていく秋に、全てが死に絶える冬。冬が春を愛するならば、それは全てが生まれる季節だからか。
「ごめんね」
冬を嫌いではないけれど、誰もが死に絶えてしまうそれは許せやしない。
優しい少女を見遣ればドライな狙撃手はただ唇を噤むのみ。寛治は大人だ。故に、幼い感傷も嫋やかな感情も此処にはない。ただ、敵を撃ち抜く事だけだ。
「ええ。春でなくてはフラン様の風邪が大変なことになりますね。さっさと狼の調教を行ないましょう」
この先に、どの様な結末が待ち受けているのかは分からない。『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は目を伏せる。
(優しすぎる魔種ですか……ブリギット様を見ていると何故かBちゃん様を思い出します)
――戦いたく、無かったよ。
そんな彼女を思い出せば出すほどに。どうしようもなく、『倒さなくてはならない』という意識が削がれてしまうのだ。
リュティスは、主が殺すと言えば従うだろう。だが、主人はリュティスに「どうしたい」と問う筈だ。
それが『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)という男だからだ。
「今は目の前のことを片付けてから考えることです。皆様が望む未来を手繰り寄せられるように全力を尽くしましょう」
「ああ。此処で崩れては元も子もない、相手は強大。最後まで油断せずに戦い抜くとしよう」
ベネディクトの黒い外套が翻った。征くぞと唇が動く。フローズヴィトニルの腕が振り上げられた。爪先がベネディクトのロングソードにぶつかる。
押し返したベネディクトが「退避!」と声を掛ければ直ぐにリュティスは一撃を投じ後方へと下がる。フランの支援の元、息吹を避ける。
「怯むな、相手がどれだけ強大であろうとも俺達ならば勝てる!」
強大な存在だ。しかし、幾重にも重ねた攻撃でフローズヴィトニルにも疲弊が出てきているのは確かだ。ここで崩れてはなるものか。
フローズヴィトニルを『削りきれば』封印の手もあるのだから。
成否
成功
第3章 第8節
「どうもあの魔種のネーチャンを助けたいやつが多いらしいな。
事情はわからねえが、仲間がそう願うならそれを手伝わなきゃあ男が廃るってもんだ。
どうするのかはわからねえが、あのデカブツを弱らせなきゃ話にはならねえだろうからな」
そう呟いた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が珱・琉珂(p3n000246)の背をとん、と叩いた。
「見ろよ琉珂。あのデカイのがボスらしい。殴りやすくて仕方ねえな」
「はーい、師匠!」
師匠の友達紹介キャンペーンはないのかと『秦の倉庫守』秦・鈴花(p3p010358)が勢い良く首を回転させた。見て居て気持ちの良いほどの素直な反応だ。
「それにしたって、『私が男の子だったら、絶対鈴花は私が好きよ』だなんて、随分アタシの幼馴染は自信満々なこと!
……でもそれ、半分正解で半分不正解ね。アタシはリュカもゆえも好きで、おばーちゃんになるまで笑い合っていたいの」
「ふへへ」
「えへへ」
にんまりと微笑んだ琉珂と『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)。楽しげな亜竜三人娘と共に進むことになるルカは大ぶりの剣をゆっくりと担ぎ上げた。
「それじゃ、時間もねぇ。飛ばしていくぜ!」
地を蹴った。勢い良く飛び込んだルカがフローズヴィトニルの『目』を狙う。黒狼隊が重ねて攻撃を送っていた目の周辺は『氷が剥がれたように』脆い。
完全顕現していたとしても、所詮はそれは生物ではない。概念のようなものだ。故に、血潮の代わりに氷が溢れ出るのか。
「ワンパクだなワンチャン! ポメ太郎の方がお行儀が良いぜ!」
勢い良く殴りつけた拳は其の儘に、剣を突き立てる。流派も何もかもが存在しない殺法。琉珂が続き鋏に炎を宿らせた。
「ユウェル、浮かない顔。
「あーやだやだ。個を失うだとか肩代わりだとか。そういうの嫌いなんだよね。
封印なんてしなくてもあのデカ狼をわたしたちが倒しちゃえばいいんでしょ?
誰かを犠牲にして勝っても嬉しくない! だから目指すのは皆生き残るハッピーエンド!」
真っ直ぐにフローズヴィトニルを見詰めたユウェルは義母より譲り受けた斧槍を振り下ろした。『おかーさん』に比べれば大きいだけの犬なんて怖くない。
そう告げるかのように、真っ直ぐ。叩きつける。
「そうね。アタシは犠牲とか肩代わりとか、この国のそんなの知らない。
だから、目の前の敵を殴って、倒すだけ! リュカ、身体は温まったでしょ? いくわよ、あのでっかい犬(フローズヴィトニル)に!」
「殴るわ!」
勢いがあればそれで言い。春は美味しいものが沢山なのだ。冬に美味しいお鍋は『もうそろそろ食べ飽きる』頃だから。
鈴花と共に、ユウェルが走る。
「冬そのものだからなんだ! 皆で寄り添って助け合えばどんな冬だって超えられるんだ! お前なんかに負けてやるもんか!」
冬そのもの。だからこそ、途轍もない大きさで、途轍もない存在だと嫌でも知らしめられる。
「初めまして……厳冬……眠らされてたのに……急に起こされて……怒ってるよね……眠らされて……起こされて……落ち着かない?」
ひょとすればやっとの目覚めだと思えただろうか。『玉響』レイン・レイン(p3p010586)はまじまじとフローズヴィトニルを見詰めていた。
対話が出来ない。それが悪辣な存在に分類されるからか、それとも。
「君は……僕達の事……この世界の事……八つ裂きにしたいのかも知れないけど……。
君が眠らされてた間に……少し……だけかも知れないけど……変わった事……あると思う……勿論……変わらない事……やな事とか……も、沢山あると思う……」
それでも、この世界にフローズヴィトニルが射続けるために何かできないかとレインは模索していた。
退屈で、眠くなるならば心地良い誰かが傍にあるのも良いだろう。何よりも退屈しないはずだからだ。
「それとも……やっぱり今は……いつもよりもっと暴れたいのかな……そうだとしたら……少し……気持ちを落ち着かせる為に……」
「レインちゃん!」
エリスの呼び掛けにレインが頷いた。フローズヴィトニルは対話を望んでいないのだろうか。
鋭い牙が襲い来る。真っ向からそれを眺めて居たのは『あたたかな声』ニル(p3p009185)であった。
「ココア!」
有りっ丈を籠める。フローズヴィトニルを倒す為に。力を貸して欲しいと呼び掛けた可愛らしい子猫はにゃあと鳴いた。
呪物の力を借りて勢い良く放ったのは零距離での極撃。「ニル」と呼んだブリギットの杖に雷が纏わり付いた。ニルを庇う為に一歩を踏み出したのだろうか。
「おばあちゃん」
ダメと首を振ったのは『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)であった。ブリギットが魔種であろうと、彼女の正気が続く内はリュコスも護るつもりだったのだ。
「ブリギットのおばあちゃんはギリギリまで考えてくれる方を選んでくれたんだね。
ならぼくも、全力でギリギリまで足掻いて別の方法を探すんだよ。だから、身を挺さなくて良いから」
「……わたくしの為に、傷付かないで可愛い子」
歯噛みするブリギットにリュコスは首を振った。クラウィスは狂気が混じって居る。彼の反応から『相棒の狼たち』はフローズヴィトニルと同化したか。
(……狼さん達が制御でクラウィスと強い繋がりになってるなら……)
リュコスはどう思うかとブリギットを振り仰いだ。
「あの男を殺し、石を手中に収めるしかありません」
「……そう、そうだね……何かを救うのには犠牲を伴うことがあるってROOで学んだ。
この場でも、沢山の人が、大きな決断を前に色んな想いを抱えてる。それぞれが、それぞれの思う事があるんだね」
ゼラー・ゼウスには無茶をしないで欲しいと『オフィーリアの祝福』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は声を掛けた。
大きく頷いた『命の守人』であるラドバウ闘士の姿に気付いて『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は「ああー!? ラドバウのー!」と叫ぶ。
「皆で一生懸命、倒すんですね! あの大きな狼……狼……ウワッ! フローズヴィトニル出来上がってきてる…!
封印を施すにしても、弱らせなくっちゃね。行くぞ! 力こそパワー!」
猪突猛進に飛び込んでいくリュカシスを追掛けてイーハトーヴも前へと進む。紡いでいく未来の道筋を確かにする手助けをするために。
フローズヴィトニルに厄を詰め込んだ黒箱を叩きつける。糸は、その全てを絡め取る。
「やっと手が届くところまで来れたんだ。何度だって喰らいついてやる」
歯を剥き出すリュカシスは好戦的な笑みを浮かべていた。此処まで来た。国を襲った未曾有の事態を、全て解決できるかも知れない。
「パワーーー!」
叫んだリュカシスが勢い任せに叩きつける。
そんな少年の真っ直ぐさが灼けに眩しく感じていたのは『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)であった。
(ドージェは死んだ。ああ……残念だな。もしかしたらウチに再就職する道もあったかもな。いやねェよ。首輪付けられるような男かよ
兎に角、封印だの何だのと、俺は諸々の選択を下す立場に無い。なら、その立場にある仲間がより良い選択が出来るように動こうじゃあねェか)
やれやれとキドーは肩を竦める支える事も社長の重要な仕事だ。フローズヴィトニルに向かって飛び込んでいくリュカシスの為。周囲に現れる分霊を撃てと妖精達へと指令を出す。
無論、ツケで。
協力の対価は死した後にと言う約束なのだから『死後の事なんて何も知らない』ゴブリンは「行け行け!」と嗾けるだけなのである。
「何だアレもう半分くらい出てるじゃねーか。ロスタイムが何分出るとか、んな悠長な事は考えてる暇はないっつーワケっスか。
一先ずアレさえ封印さえできりゃどうとでもなるんだろ! ゴールは見えてんだ、後はきっちり点を入れるまでっスよ」
ボールを蹴ったのは『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)であった。側面に上手く回り込めたのは前方から騎兵隊が、右方からは黒狼隊が攻撃を仕掛けていたからだ。
多重の攻撃にフローズヴィトニルはかなりのダメージを蓄積させ動きが鈍くなっている。故に、後方のフギン・ムニンの表情も幾許か厳しい物になったか。
(ここでフギン=ムニンをどうにかするにしても周りが気になる……なら!)
『恋揺れる天華』零・K・メルヴィル(p3p000277)は周辺の兵士達に向けて多重の攻撃を重ね続けた。
「どうにかするのは他の奴らに任せるが……てめぇら、その邪魔するのは無粋ってもんだぜッ!」
顕現したのはお馴染みの『フランスパン』だ。必ず『おいしい』を届ける為に――此処で放つ。
「冥土の土産だ、喰らっときなッ!」
勢い良く叩き込んだフランスパン。仲間達の邪魔をさせぬ為、露払いに尽力するパン屋を振り返り葵が叩き込んだのは鋭いシュート。
脚に纏わり付いたのは重力エネルギー。シュートはその時退きに合せて変化できる。だが、此処は力任せに叩きつけても外れる事も無い。
「デカブツ、喰らっていけ!」
フローズヴィトニルがぐるぐると唸りを上げた。牙が砕け落ちる。苛立ったように立った体は顕現仕切っていない部分が僅かに消えているかのようだった。
「……此の儘」
ぐ、と杖を握ったブリギットの背を眺めながら『革命の医師』ルブラット・メルクライン(p3p009557)はおとがいに指先を当てた。
何の好感もないと帰ってきたならば郷人だと彼女を断じたが、そうではないのだからある意味でも『救い』がないのだろうか。
「ところで私の戦友のアミナ君のことはブリギット君や皆も気になっているのではないかな?」
「アミナ……」
「彼女は立ち直り、勇敢に戦ってくれているよ――しかし、私が知る限り、貴方達への恨み言は一切口にしていなかったな
不可解に見えるかもしれないが、私にも彼女の気持ちが……」
其処まで呟いてから唇を噤んだ。言葉は、それ以上紡ぐことが出来なかった。
成否
成功
状態異常
第3章 第9節
「あれが、存在するだけで命を喰らい続けるなんて
途方も無い、想像さえ及ばないけれど『あれは、いけないものだ』と肌で感じる事が出来たから……リカちゃん、行くよ!」
前を走る『雲雀』サンティール・リアン(p3p000050)を追掛けたのは『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)。
リカの視線はフローズヴィトニルではなく、フギン=ムニンに向けられていた。
(フギン……物覚えの悪い私でも存じてますよ。
裏切りを唆し仲違いを生み、同士討ちを図らせた趣味悪。そんな面でしたか、ヘドが出る。大物の後ろで文官気取りです? それとも……)
此方の出方を見ているだけか。フローズヴィトニルを盾にしている時点でイレギュラーズの現状を確かめようとしているのは分かる。
「サティさんは後ろへ」
「リカちゃん」
あの男は何をするか分からないと唇を動かしてリカは苛立ったようにフギンを睨め付けた。
「砂蠍、まだかの大盗賊に囚われていたのですか。死を以て弔いに捧げるとでも?
……愚かな。あれは負けたのです。この世界じゃあ死んだら終わりきり、苦しみも野望も。無駄なんですよ、その弔い」
「いいえ、『継いだ』のです」
鼻先で笑った。リカにとって、男の言葉は何もかもが薄っぺらい。亡き王に捧ぐ。そんな戯曲めいた莫迦らしいお遊戯に他人を巻込む愚か者。
フギンを挑発する言葉を仕掛けたのはフローズヴィトニルが仲間達によってダメージが蓄積し、疲弊していたからだ。
あの男を引きずり出すのが仕事だ。サンティールはぐ、と息を呑む。
身に纏った気配が、春の花弁の如き剣戟を彩った。
「僕の願いは、祈りは、ちっぽけなものかもしれない。でも――」
サンティールが手を空へと掲げる。此処は地下で、そのささやかなギフトは確かなことを掴めないかも知れない。
けれど。
勝ち取れば良い。
「――明日は、晴れるよ!」
晴れ間を望むべく。弱ったフローズヴィトニルを『乗り越える』事が出来たのは『魔法騎士』セララ(p3p000273)であった。
危険な行いではある。フギンとフローズヴィトニルに挟まれるのだ。それでも。
「タイムリミットがあるからね」
ブリギットを助ける方法は何だろうか。魔種を元に戻すことは出来ない。存在だけで破滅を齎すその人。
(それでも――ボクは)
方法を探す時間が欲しかった。手探りでも、何かを掴めるならば。
全力全『壊』。苛烈なる一撃が叩きつけられる。ギガセララブレイク。そう名付けた少女の必殺技がフギン=ムニンの鞭へとぶつかり合った。
「貴方のことは知っていますよ。『魔法騎士』」
「ボクも『王様』のことは知ってるよ、フギン」
言葉少なに、それだけで戦う理由がそこにはあった。
フギンに一撃を投じたセララを狙うように振り向かんとするフローズヴィトニルを押し止めんとしたのは『Stargazer』ファニー(p3p010255)であった。
タイトルコールはご機嫌に。そして星くずが遊ぶ。死をなぞり、男を引き摺り出すよりも、邪魔立てする獣を相手取る方が重要だ。
「いよいよ舞台も終盤だ。さぁ、ここからあっと驚くどんでん返しを見せてやろうぜ!」
小さく頷いたのは『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)であった。アタッカーであるファニーを支える役目を担っている。
銀製のカトラリーは魔力を帯その身の丈ほどになっていた。澄んだ魔力が『誰かを傷付けることがないように』と徹底したミザリィの覚悟。
「封印か……おまえも好きでそんな存在に生まれてきたわけじゃないだろうに。
どうして御伽話の狼はいつも悪役なんだろうな……」
ファニーのつぶやきにその表情が暗くなる。目の前のフローズヴィトニルから何か読み取れれば良いのに。
(ああ……嫌ですね。故郷にいた頃の自分を思い出します。
大陸すら飲み込む狼、それが向こうの世界での自分の正体。この子も……本当はこんな風に生まれてきたかったわけではないでしょうに)
――ああ、それとも。
ミザリィは読み取ろうとして、その心へと手を伸ばした時にエリスの態度が妙だったことにも気付いた。
「……この子から溢れた欠片である貴女がいなければ、暴れることを求めるだけの獣なのでしょうね」
フローズヴィトニルに優しい心を与えたいと願うのならばエリスが同化するべきだ。それは個を亡くすという事になる。
ディスコルディアと呼ばれていたフローズヴィトニルの心が精霊としての形を帯びてその心の良き部分だけを持っているならば、空っぽになった容れ物に過ぎない。
「殺してあげるのが、救いなのでしょうか」
呟くミザリィにファニーは「さあな」と呻いた。
「……ええ。その結論に行き着くのは容易だというのに。
本当にブリギットも…皆さんも。私だってブリギットと同じなら同じことをする。だから、もっと抗って魅せてくださいね?」
『だから』嫌だ。
『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は唇を震わせた。
「こんな想い……無碍になんかできません。でも、私はブリギットを信じきれないのは変わりません。
だから、せめてでも封印に必要な力が不要となるよう、その力を削がせてもらいましょう」
唇を噛み締めた。フローズヴィトニルを封じ、フギンへと届かんと手を伸ばす者を支える為にマリエッタは進む。
「悪しき狼、フローズヴィトニル――その血と力、死血の魔女が奪わせてもらいます」
『死血を奪う血の魔術』。それはフローズヴィトニルの回りに杭のように立ち塞がった。串刺しにした部分からは霧散する氷の気配がする。
「春が来ることだけを求めているのです」
だから――魔女にその身を委ねる。フローズヴィトニルは確かに弱っている。それを肌で感じるマリエッタの傍を『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が走り抜けた。
フギンと接近する。一対の蛇が威嚇するように大口を開き、襲い来る。
「亡き主へ忠誠を捧ぐ気持ちは分からないでもないけどね。このやり方を選んだのは俺達への復讐も兼ねてかな?
この国はこれまで鉄帝国で生きてきた人たちのものだ、キミの手に渡すわけにはいかない。キミの野望はこの城で潰えるんだ、俺達の手で」
「何を」
「……それでも、亡き王と同じ結末だと受け入れてくれ」
ヴェルグリーズの剣が一瞬の煌めきを残す。鞭が撓り、神々廻剱その映しを受け止めた。
ぐ、と引き寄せられるようにバランスを崩すが膝を付いて直ぐさまに身を転がす。フローズヴィトニルの爪がその位置へと襲い来る。
「制御されているフローズヴィトニル……」
呻いたヴェルグリーズはフローズヴィトニルの爪を受け止め押し返す。
ならば、と前線へと飛び出したのは『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)だった。
「フギン=ムニン!」
名を呼ぶ。叫ぶ。いつまでも後方で高みの見物など出来るものか。
「すべての原因があなたにあった……とまでは言わないよ。あなたにもあなたの想いがあったことは理解してる。
でも、だからといって、その野望まで成就させるわけにはいかないんだ!
ずいぶんと長い付き合いになっちゃったけれど……ここで最後にしましょう!」
「最後になどさせるものですか!」
フギン=ムニンが目を見開いた。撓った鞭から無数に毒がばら撒かれて行く。甘んじて受け止めたアレクシアの杖が黄の光を帯びた。
ごく僅かでもいい。己が、男の傍に飛び込めるだけの力があれば良かった。
「いいえ、これが最後になる!」
アトロファ・ヴェラ。引き寄せんとする魔女の毒。
一人でダメなら――『三人』がやってくる。
「よくも長々と暗躍したものだ。いい加減、この因縁にも決着を付けるべきだろう!」
軍帽を抑えて『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)が口を開いた。奥歯がぎり、と鳴る。
逃げ回らせてなるものか。ここは鉄帝国、戦より遁れるならばそれは敗者を意味しているのだから。
「フギン=ムニン!」
「私のことを覚えているか!? 私は一度たりとも君のことを忘れたことはない!」
雷が走った。『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)は叫ぶように、男の元へと飛び込んで行く。
今度こそ、彼女の力になりたい。『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)と、アルアの力になりたい。
――誰も犠牲にする事なくフローズヴィトニルを封印する……まるで夢物語ですわね。
でも、その都合の良い夢物語に乗りましょう
……家族を失わずに済むなら、その方が良いに決まっていますものね。
聖職者は夢物語が好きだと揶揄うエッダに「勿論ですわ」とヴァレーリヤは微笑んだ。その笑顔を護る為に、そして『あの日』の続きのためにマリアはやって来た。
「あの時の借りを返えし! ブリギット君の無念を晴らさせて貰う!!! 覚悟しろ!」
指先から雷が走った。何もかも、此処でリソースにばかりかまけて居る暇はない。
寧ろ、男から全てむしり取ってやると『怒りに囚われたように』マリアは見せかけた。
「あれから皆強くなった! あの時は届かなかったが今度こそ届かせてみせる! 歯ぁ食いしばれ! ぶん殴ってやるから!」
端から見ればそれは雪辱を果たすが為の女の戦いだっただろう。悔しかった。何処までも悔しさばかりで溢れていたのだから――本心であり、隠したことではある。
ヴァレーリヤの狙いは『フギン=ムニン』を捕えることだった。だが、それは悟られてはならぬのだから。
「フローズヴィトニルをやるっしょ? カマすっしょ?
とりま殴っとけ!? 私ら今までもやってきたじゃん! 叩けば治る的な!
ブリちゃんもやれることはやるのが一番だぜ! 何が起こるかわからない、それが楽しみ方だぜ? なんとかなれーってさ」
「秋奈、貴女の目的は」
「……まあ、ね」
『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)はフローズヴィトニルに一刀を当時ながらフギンを睨め付けた。
封印が行えるのであれば支援する。結果がどうあれ障害が排除できるならば、選択を行えるのが秋奈なのだ。
(戦いの中にしか、私の存在する場はない。ない筈)
――なのに、秋奈は揺らぐ。その肩を叩いたのは『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)。
「秋奈、後ろで踏ん反り返っている隻眼の鴉を。引き摺り出して、殺して。殺して。殺していこう」
フローズヴィトニルは、あと少し。半顕現といえど、相手は冬そのものだ。生半可では此方が怪我をする。
「紫電ちん」
「立ち塞がる障害は斬り捨てる。オレと秋奈の、未来のためになら。
神だって、悪魔だって、誰であろうとな……そう誓ったんだ、秋奈と共にいると、想いを告げた日から、ずっと」
「はは、痺れるぜ」
揶揄うように笑った秋奈がすう、と息を吸った。フローズヴィトニルを打倒したならば『あの男』はどんな顔をする?
刀を翻す、身を捻り、叩きつける。紫電の刀としての本能が叫ぶ。フギンを斬れと。
あの鴉は片目を失った怒りと、王を喪った怒りで『バルナバスの呼び声』で反転している。
何処までも強大な力を有していることは察するに余りある。だからこそ、障害は全て覗かねばならない。
「ご機嫌よう、『ギュルヴィ』。お元気そうで何よりでございますわ。私、欲しいものがあるのだけれど、頂いてしまってもよろしくて?」
「おや、何ですか? 同士ヴァレーリヤ」
呼び掛けにヴァレーリヤが暗い笑みを浮かべた。
ヴァレーリヤが一つ考えたのは『男を捕えることで封印の選択肢が出来るのではないか』ということだ。
「随分とご執心ですのね。なら、聞いておきたいのだけれど、貴方は野望を果たした後、どんな国を作り上げるつもりですの?
まさか、何も考えていないだなんて言いませんわよね」
「我が王の理想を継いだのです。ええ……それは素晴らしい国になる」
展望を語らんとする男の僅かな隙。それで時間を稼ぐのだ。
――例えば、この男を『フローズヴィトニルの封印に使ってしまう』だとか。
成否
成功
状態異常
第3章 第10節
「ではブリギットちゃん、狼はお願いしますね!」
『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)は走る。朦朧として居るクラウィスならばその手から要石を奪取できる可能性がある。
「印具は遺失物。遺失物──欠片に溶け合った『鎖(グレイプニル)』か?
なぁ……エリス、ブリギット。俺の持ってる欠片から、封印具として鎖を生み出す事は出来ないか?」
問うた『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)にエリスは「それは、壊れてしまっていますから」と首を振った。
「その欠片に、代償を支払えば、或いは……」
「代償。代償ばっかりで……ダメだよ。
ボク達を救うために自分を犠牲にするなんて、そんなやり方、もう絶対に誰にも選ばせたりはしない!
深緑の、クラリーちゃんの時は間に合わなかった、けどエリスちゃんはまだここにいる、間に合うんだ。
だったらボクは最後の最後まで絶対に諦めない!」
友を喪った苦しみが『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の前にはあった。
フローズヴィトニルは制御されている。要石を奪えば再封印に干渉できる可能性があるのではないかと焔は考えて居た。
「エリスちゃん、あの石は壊さないとダメ?」
「……あの男とつよいつながりがあります」
「じゃあ、カデナ中佐を殺して、要石を奪えば?」
レイチェルが言った『鎖を産み出す方法』はそれだけだ。それならば、クラウィスが一人犠牲になるだけで封印の準備は出来る。その上に、代償を支払う者が必要なのだ。
それが、エリスか、ブリギットか、イレギュラーズか、それとも――
「……兎に角、あの石を奪うんだね」
焔は駆けだした。『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)の魔砲がその背を追掛ける。
(悔しい。武器所か、妖精道具すら名乗る資格がないのか俺は……? それでも諦めたくない!)
桃源郷――『死後の世界』からファレノプシスを連れ戻すことは不可能だ。混沌は死者蘇生を認めては居ない。永劫の別れがそこにある。
だが、そうして誰かが身を挺し死するという禁断のまじないをサイズは許すことは出来なかった。己の誇りを掛けて戦場に飛び込むが、奇跡とは起らぬ空こそ奇跡と呼ぶのであろう。愛しい人を想えばこそ、命を賭すタイミングは今ではない。
――よーちゃんがあのオオカミちゃんをなんとかしたいなら、わたしが矛になるよ。
微笑んだ『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)の傍に『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は立っていた。
「クラウィス……狂気に飲まれ、正気を失ってしまっているとはな。
残りの命も長くはないし、ネーロとビアンコが戻ってくるかもわからない」
いや、最早戻ってこないからこそあの様に狂ってしまったのだろうか。
他の動物たちを巻込んで、自分は討たれて終わりなど何の救いにもならないではないか。
「ネーロとビアンコが自分を犠牲にしたのはお前が愛しているのと同じように、お前のことを愛していたからだろう。
だというのに、正気を失って狂うとかふざけてるのか。自分が選んだ道の先に待つ結末くらい、自分でちゃんと見届けろ。
お前だけじゃ戻ってこれないというならば、私が引きずり上げてやる――だからさっさと正気に戻って目を覚ませ大馬鹿者!」
叫ぶゲオルグの声にフギン=ムニンは「させません」と声を荒げた。『ラド・バウA級闘士』サンディ・カルタ(p3p000438)は直ぐ様に身を滑り込ませる。
もう、これ以上誰かの犠牲を増やしたくはない。ブリギットが反転したのだって、この男の手に落ちたからだ。
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)と共に走る。最後まで、彼と共に駆けるとシキは決めたから。
「フギンムニンはサンディくんにとって因縁のある相手だからね。君が望む結末のためなら、私はなんだってやってみせるさ」
翻した刃と共に、シキはフローズヴィトニルの影より飛び出したフギンに狙いを付けた。サンディを護り、生き残ることが最優先だ。
「フギン・ムニン。部下にとって、お前は多分、希望だった。
でもきっと、お前の希望は、王、ただ一人だった。それをとうの昔に無くして、まだわかんねえのか」
「……黙りなさい」
フギンがサンディを睨め付ける。シキが地を踏み締めた。刃が、鞭とぶつかる。
「ッ」
シキが睨め付ければフギンは鼻先でふん、と笑った。だが、サンディは言葉を止めない。あの日から、ずっと、言いたかった『言葉』がある。
「大事なモノは、それより前に出なくちゃ、守れねぇ。クロックホルムも、メアリ・メアリも、お前より前に立って、死んでったぜ。
スコルピオだって、自らの誇りを賭けて、最後まで最前線で殴り合ってたはずだ。お前、欲しいものがあるんだろ。また、取りこぼすのか?」
「黙りなさい!」
久方振りの再会だ。サンディとフギンの因縁。彼が為したいことを支える為にシキは一度後退し、ぴくりと肩を跳ねさせた。
フギンが声を荒げ、鞭を打てばフローズヴィトニルが氷の息吹を吐出す。クラウィスが巻込まれるとメリーノは青年を庇い――
「え?」
メリーノが腹を押さえた。刃が貫いている。臓を突き刺したそれは生暖かい液体に濡れている。
「めー、ちゃん」
レイチェル――いや、ヨハンナの声が聞こえてメリーノは振り返った。
「はは、死ね」
後方で聞こえたのはメリーノが庇ったはずの魔種の声だった。
「死んでしまえ、お前があの女のために戦うというなら、死ね。何もかも喪った私の前に立つな。死ね。死んでしまえ」
「……クラウィス!」
ゲオルグが呼ぶが、男は半狂乱にメリーノを殺さんとする。刀を振り下ろそうとする男との間合いに滑り込んだのは『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)。
「時間の余裕はもうござらん。エリス殿やブリギットを犠牲にしない為にもそれは重要、お主が持つ要石を頂戴いたす」
フローズヴィトニルとの『リンク』を有するこの男を殺さねばフギン=ムニンを庇うようにその狼は動き回る。
今は狼も顕現していた部分が消え始めている。此処が狙い目。もはや、咲耶は男の生存に構っている暇はないと考えて居た。
「ばかね」
メリーノが囁く。
「……クラウィスちゃんの意識がなかろうが、生きてさえいればいいのよ。
売られた喧嘩はちゃんと、買うわぁ。ご挨拶有り難うねぇ、フギン=ムニン」
震え、メリーノは振り向いた。クラウィスの血走った目を覗き込む。遠くレイチェルの姿が見えた。
「メリーノ! 魔種は、『わたくしたちは正気ではない』のです」
ブリギットが何度も繰返していた『魔種はそう言う存在だ』という言葉。それをありありと感じさせるクラウィスに「だから?」とメリーノは笑った。
「言ったでしょう。よーちゃんの為に、必要なピースは集めきる」
最初から最後まで、なんら変わっていない。メリーノに意識を取られている男の元へ咲耶とルル家が滑り込んだ。要石を奪取したか。
途端、体には猛烈な負荷が掛かる。何か『命を削る』とはこの様なことを言うのかと二人は感じた。
二人だからこそ、良かったのか。それとも。
「……フローズヴィトニル。孤独な狼よ。俺は、お前の話を聞きに来た。お前の想いを受け止めに来たんだ。ちと、付き合って貰うぜ?」
彼女の思いを、確かなものにしなくてはならなかった。
『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)とて同じ。今ならば近付くことが出来る。そうやって戦ってきたのだから。
「エリス。この子はまだ、此処に居て貰う。
でもいよいよフローズヴィトニルがなんともならなそうなら可能性の一つとしてこの子を返すかもしれないこと、覚えておいて。
後エリスはディスコルディアじゃなくてコンコルディアに改名すべきよね。
こんなに周りに人を集めておいて不和だの災いの名だのってあまりに似合わないわ。
……フローズヴィトニルとも間を取り持ってるんだから不和より調和よね」
くすくすと笑ったオデットは真っ向からフローズヴィトニルに向き合った。傷付いても、苦しんでも対話をと望んだレイチェルと共に声を掛ける。
――死を。真白き恐怖を。
「フローズヴィトニル。……貴方の優しさがエリスで、貴方にそれを取り戻すためにエリスを犠牲にしなくちゃならないというのなら」
オデットは真っ向からそれを見詰める。フローズヴィトニルの『言葉』を聞きレイチェルは振り返った。
クラウィスの狂気は、フローズヴィトニルから伝わっていたのだろう。メリーノを襲った凶刃も全ては真白き恐怖に包み永劫の終わりを齎さんとする狼のものか。
――我は冬。そうあるように産み出された。吹雪は世界を覆い、軈て全てを真白き世界に包み込むであろう。
「これ以上は、いけません。削り取られてしまう……」
エリスが不安げにレイチェルとオデットの元へと走り寄った。
「『そうあるように』産み出されたこの狼に芽生えた善性を私が以て『出て来て』しまったから」
膝を付いた精霊女王は小さな嗚咽を漏した。
「わたしが、ここにいるから」
「違うわ、エリス。けれど」
フローズヴィトニルは『恐怖』『冬』であるために産み出された。対話はこれ以上は出来まい。
此処から先を決断せねばならないか。
「エリスさんが同化し、一緒に眠るなら彼女は個を失い実質死ぬ。
ブリギットさんは封印の際に繋となりエリスさんの代わりに眠れる、けど……誰も一緒に眠らずに済む方法……何とか、見つけないと」
つぶさにそう呟いたのは『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)であった。
ブリギットは魔種であり、自身もフローズヴィトニルと戦うとは告げて居たが、彼女が傷付くのを見過ごしたくはないとヨゾラは考えて居る。
それは彼と行動を共にして居た『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)も同じだ。
「エリスさんという良心が分かたれているから、エリスさんが同化しないと、悪しきままで眠れないんだね。
要石が敵の手にある以上、ヴィトニルは敵に操られ続けるけど、敵の手から離れても僕等を攻撃しないとは限らない……」
祝音はぐ、と息を呑んだ。フローズヴィトニルの心を癒やすことは出来ないのか。
エリスは何処か悲しげな表情をして居た。違うのだ、と。
フローズヴィトニルは何かに苦しんでいるわけではないのだ、と。その存在はそうあるために産み出されている。寧ろ、善悪を決めて居るのは自身達であるのだと。
「それじゃあ……癒やせない?」
「癒やす、のは違うのかも知れません。祝音ちゃん。フローズヴィトニルの在り方を歪めることになるの、かも」
そう言われれば唇を引き結びしかない。
「……エリスさん、聞いても良いかな。もし奇跡が起こって、ブリギットさんが『一時的にでも魔種でなくなったなら』」
告げた刹那にブリギットが鋭い声音で「やめなさい」と叫んだ。
「わたくしの為に奇跡を起こそうとするならば、わたくしは自死を致します」
「ブ、ブリギットさん」
「わたくしは、誰かを傷付けてまでのうのうと生き残りたくはありません」
「可能性の話しだよ。可能性の……その場合でも共に眠る必要はあるのか、効きたいんだ。
魔種でなくても、共に眠り封印できる力はあるのかな」
ヨゾラの問い掛けにエリスは「出来ると、思います。ですが、『足りない』かもしれません」と呟いた。
「何か、封印に足る力が必要、なのです。それは可能性(パンドラ)でも滅び(アーク)でも、良いのです。強大な――」
其処まで告げたエリスの視線の先には――
「フギン=ムニン……」
『革命の用心棒』ンクルス・クー(p3p007660)は呟いた。
「そう、だよね。
ねえ。フローズヴィトニルの欠片にしろ、封印具にしろ、要石にしろ、遺失物で物体。だから――」
ンクルスがルル家が手にした要石を握りしめた。
「任せてね」
微笑んだンクルスをルル家が血を吐いた指先で追う。何をするつもりだと、問う声音が震える。
「ンクルス! やめなさい!」
ブリギットが振り返ったが、遅い。
ンクルスは『拡張性』というギフトを有していた。
それは無機物と接続し、自分の体の一部のように使用する事が出来る場合があると云うささやかなものだ。
けれど――構わない。
『おばあちゃん』の為だった。
「皆に創造神様の加護がありますように!」
奇跡が欲しい。『創造神様』が居たら、今、何てお願いしようか。
多分、きっと。
――誰も犠牲にならない方法。
ばち、と弾けた音がする。ンクルスはそれでも尚も『制御』するべく手を伸ばした。
一人でそれの制御が難しいことは知っていた。エリスも、オリオンも、ブリギットも。フローズヴィトニルの欠片を持つ仲間もいる。
今更何を怖がることがあるか。ルル家は命とパンドラが喰われても制御が難しいなら奇跡を願う。
「知っていますかフギン=ムニン! パンドラが少ないほど奇跡はより輝くのですよ!
さぁ大人しくしなさいフローズ……ええい呼びにくい! 貴方は今からヴァンくんです!」
希望の名を与えようとするルル家にフローズヴィトニルが牙を剥きだし襲い来る。奪取した要石を『抑える』のはンクルスが願った奇跡か。
「冬(きみ)は終わりにしたいんだね。もう一度、眠る?」
ンクルスは痛みを堪えながらもフローズヴィトニルを見て笑った。
成否
成功
GMコメント
夏あかねです。
●作戦目標
・『悪しき狼』フローズヴィトニルの再封印
・フギン=ムニン及び敵勢魔種の撃退、撃破
・『氷の城』の崩壊
●重要な備考
当ラリーは『悪しき狼』フローズヴィトニルが『氷の城』から飛び出した時点で失敗判定となります。
皆さんは<鉄と血と>系ラリーのどのシナリオにも、同時に何度でも挑戦することが出来ます。
(決戦シナリオ形式との同時参加も可能となります)
・参加時の注意事項
『同行者』が居る場合は選択肢にて『同行者有』を選択の上、プレイング冒頭に【チーム名(チーム人数)】or【キャラ(ID)】をプレイング冒頭にご記載下さい。
・プレイング失効に関して
進行都合で採用できない場合、または、同時参加者記載人数と合わずやむを得ずプレイングを採用しない場合は失効する可能性があります。
そうした場合も再度のプレイング送付を歓迎しております。内容次第では採用出来かねる場合も有りますので適宜のご確認をお願い致します。
・エネミー&味方状況について
シナリオ詳細に記載されているのはシナリオ開始時の情報です。詳細は『各章 一章』をご確認下さい。
・章進行について
不定期に進行していきます。プレイング締め切りを行なう際は日時が提示されますので参考にして下さい。
(正確な日時の指定は日時提示が行なわれるまで不明確です。急な進行/締め切りが有り得ますのでご了承ください)
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●フィールド
鉄帝国帝都近くに作り上げられた『氷の城』です。非常に巨大な建造物であり、帝都外郭に位置する場所に存在しています。
この内部には『フローズヴィトニル(氷狼)』が存在している他、魔種などが配置されているようです。
内部の現状は把握することは不可能ですが、フローズヴィトニルは完全覚醒に至っていないため、最奥部分で目覚めるのを待っている状況でしょう。
皆さんは、氷の城を攻略し、フローズヴィトニルへと到達、そしてその『再封印』を行なって下さい。
●『フローズヴィトニル』
悪しき狼と呼ばれた鉄帝国の厳冬の原因。猛吹雪を産み出し、全てを雪に包み込む力を有しています。
精霊であったとされていますが、意思の疎通は不可能であり、現状は全てを呑み喰らう妄執の塊ともいえます。
非常に餓えて居るためか、原動力に人の命を引き換えとしています。ですが、完全覚醒時にはバルナバスの権能たる太陽を喰らうことを目論むでしょう。
(そして、完全覚醒した際には鉄帝国の全てを終らぬ冬に飲み込み、その余波は近隣諸国をも包み込むことが推測されています)
【データ】
・現時点では巨大な首だけでしょう。章の進行(時間経過)と共に徐々にその肉体が取り戻されて行きます。
※アラクランの目的はフローズヴィトニルの掌握及び完全覚醒である為、イレギュラーズを侵入者として食い止めるでしょう
・実体化している部位とは他に、その姿を小さくした分霊が無数に産み出されイレギュラーズと相対することが推測されます。
【主だったステータス】
・分霊召喚:複数の分霊を召喚し、それぞれを個別ユニットとして動かします。一定ダメージで消失、ダメージは本体に蓄積します。
・狂吹雪:P。フィールド上の全ての存在に対して『凍結』系統のBSの付与を行ないます。
・凍て付く牙:単体対象に対して強烈なダメージ。『出血』及び『不吉』系列のBS付与を行ないます。
・氷の息吹:幅広い複数対象に対してランダムで何らかのBSを5つ付与。中程度のダメージ。
・狂化:???
・使役:???
●魔種
・『総帥』フギン=ムニン
魔種。『アラクラン』総帥。革命派ではギュルヴィと名乗っていた男。
新生・砂蠍と呼ばれた幻想王国を襲った盗賊団の頭領キングスコルピオの副官。イレギュラーズには一度の敗北経験が有。
その際にはイレギュラーズ三人を捕虜に取り、取引を持ちかけ二人が応じて寝返り死亡しました。
バルナバスに声を掛けられ憤怒により反転し、現在は彼の側近のように動いていますが、目的は別です。
フギンの目的はキングスコルピオのための国を得る事。バルナバスをも打ち倒し、己が最期に立っていればよいと考えて居るようです。
・『爪研ぎ鴉』クロックホルム
魔種。前線で戦う事に長けた青年。筋骨隆々であり、所持するは無骨な斧です。フギンの副官であり、彼に付き従っています。
フギンを庇う他、指揮官のように動きます。基本はフギン第一です。元は幻想の騎士。その矜持も落ちました。
・『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラング
魔種。ハイエスタの魔女。ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
イレギュラーズを本当の我が子のように扱い、慈しんでいます。それでも為さねばならぬ事があると認識しているようです。
・『無銘の』ローズル
鉄帝国の外交官の青年。フギンと共に活動して居ます。平凡な日常が詰まらなかった為に手を組んでいるようです。
いっそのこと誰かがこの力ばかりの国を蹂躙してくれればなどと思って居るようですが――
・『奔放の白刃』乱花
・『狡知の幻霧』魅咲
魔種。暴食の魅咲と怠惰の乱花。互いのみが大切であるため、仲間でも最悪死ねば良いと考えて居ます。
乱花は剣を駆使し戦います。我流としか呼べぬ変幻自在な太刀筋は読みづらく強力なユニットと言えるでしょう。
魅咲は蒐集した知識を駆使した神秘アタッカー。物理的な破壊は知識の消失や欠損になると幻惑などの搦め手を得意とします。
・『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐
魔種。鉄帝国軍。中佐。ビーストテイマーです。元々はアーカーシュアーカイブスの編纂にも関わっていました。
刀を獲物としていますが、本職は獣たちを駆使することであり卓越した技能を有します。
フローズヴィトニルの封印である『要石』を所持しています。意識朦朧としており乱花と魅咲に護られています。
また、『要石』とクラウィスを繋ぐのは彼の相棒であった2匹の狼であるようですが……。
・『脱獄王』ドージェ
犯罪者として収容されていた男。恩赦を受けて最近出て来ました。受けなくても出てくるけど。
ハンティングトロフィーとして人間も含め、パーツを奪い取っていく収集癖があります。此処に居ればイレギュラーズの目玉取り放題ってマジィッ!?
●味方NPC
当シナリオでは『海洋』『豊穣』のNPCなどが皆さんの支援に向けて動き出しているようです。
シナリオの進行により援軍は変化します。詳しくは『ラリー各章 の 一節目』を参照して下さい。
・ラド・バウ闘士
ランク帯で言えばBまでの闘士達が疏らにお手伝いに訪れています。
・アルア・ウォンブラング
ブリギット・トール・ウォンブラングの義理の孫娘。彼女の最期を看取るために皆さんと戦います。
・『氷の精霊女王』エリス・マスカレイド
フローズヴィトニルの欠片。ある程度の自衛は可能です。フローズヴィトニルの居場所を探知します。
・月原・亮 (p3n000006)、ウォロク・ウォンバット (p3n000125)&マイケル、建葉・晴明 (p3n000180)、珱・琉珂 (p3n000246)
夏あかね所有NPCです。何かあればお声かけ下さい。ご指示頂けましたらその通り活動致します。
●特殊ドロップ『闘争の誉れ』
当シナリオでは参加者(プレイング採用者)全員にアイテム『闘争の誉れ』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
同行者確認
同時に行動する方が居るかの確認用です。
【同行者】が居る場合は【同行者有】を選択の上、プレイング冒頭に
【チーム名(チーム人数)】or【キャラ(ID)】をご記入下さい
【1】ソロ参加
個人参加です。
【2】チーム参加
プレイング冒頭に【チーム名(チーム人数)】をご記載下さい。
チーム人数については迷子対策です。チーム人数確定後にご記入下さい。
例:【月リリ(2)】
Tweet